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#TrendSync 四話
進捗 1155文字
「お祭り?」
「そう!」
学校の休み時間。地域のお祭りのポスターを見せつけながら、翼は二人に声を掛けた。
「お祭りのステージに立つトレンドシンカーを募集してるんだって! ボクはもう申し込んだんだけど、二人のステージも見れたらもっと嬉しいから」
朱希がふうん、と頷きながらスマホを操作する。開いたのはカレンダーアプリだ。何日? 再来週の土曜! いけるな、申し込むわ。ぽんぽんと二人の会話が続く。
「ももちゃんは?」
「えっ」
桃音はここしばらく、トレンドシンカーとしてステージに立つための覚悟を決めあぐねていた。翼と朱希は当然みたいに凄くて、自分が同じステージに立って見劣りするのが怖かったのもそうだ。
「私は……」
言葉に詰まる。翼は少しきょとんとしてから、仕方がないなというように笑って、話題を変えた。
「お母さんが、お姉ちゃんもお祭りに連れてきてくれるみたいなんだ」
「奏海さんが?」
「そう。ほら、お姉ちゃんって、ステージ好きでしょ。なにか変わったらいいなって」
「あ……」
夕空奏海。翼の姉である彼女は、不協和の影と呼ばれる人々のステージを見て、心を壊した。
それを見ることで心に不調を与えるステージをする人々をまとめて不協和の影と呼び、これは既に社会的な問題になっている。原因の早急な究明が急がれているが、進捗は芳しくはないらしかった。
「奏海さん元気?」
「うーん、変わらずかなあ」
「……そっか」
奏海が心を壊した日。翼にも、奏海にも、なにもできなかったことを、悔やんでいた。
「じゃあ、私も……ステージ、出る!」
「ええっ」
翼が首を傾げた。桃音は、翼と目を合わせて笑った。
「奏海お姉ちゃんに、見てほしいから」
そう言えば、翼も嬉しそうに、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
*
「お姉ちゃん」
お祭り前日。練習から帰宅した翼は奏海の部屋へと向かった。奏海は変わらず外を見ている。
ぼんやりして、焦点の合わない瞳の中、彼女が何を考えているのかは、よく分からなかった。
「あのね、明日のお祭り、ボク、トレンドシンカーとして参加するんだ。朱希とももちゃんも一緒なの」
奏海から返事はない。
「お姉ちゃん、まだ、ステージのこと、好きかな」
奏海から返事はない。嫌というほど静かだった。
「楽しみにしてて、お姉ちゃん。最高のステージを届けるから」
奏海は窓の外を見ている。ぼうっとした瞳の奥に隠れている感情を探し当てようとして、諦める。
それからはしばらく今日あった面白いことや、楽しかったことの話をした。ある程度の話題が尽きたあたりで、翼は奏海の手を握る。
「……じゃあ、おやすみ、お姉ちゃん」
こうすると安心するでしょ、と、いつぞや奏海が教えてくれた仕草を返す。これも習慣だった。
自分の部屋に戻って、改めて窓の外を見た。星がきらきらと瞬いていて、こんな時まで能天気だなと思った。
*
畳む
進捗 1155文字
「お祭り?」
「そう!」
学校の休み時間。地域のお祭りのポスターを見せつけながら、翼は二人に声を掛けた。
「お祭りのステージに立つトレンドシンカーを募集してるんだって! ボクはもう申し込んだんだけど、二人のステージも見れたらもっと嬉しいから」
朱希がふうん、と頷きながらスマホを操作する。開いたのはカレンダーアプリだ。何日? 再来週の土曜! いけるな、申し込むわ。ぽんぽんと二人の会話が続く。
「ももちゃんは?」
「えっ」
桃音はここしばらく、トレンドシンカーとしてステージに立つための覚悟を決めあぐねていた。翼と朱希は当然みたいに凄くて、自分が同じステージに立って見劣りするのが怖かったのもそうだ。
「私は……」
言葉に詰まる。翼は少しきょとんとしてから、仕方がないなというように笑って、話題を変えた。
「お母さんが、お姉ちゃんもお祭りに連れてきてくれるみたいなんだ」
「奏海さんが?」
「そう。ほら、お姉ちゃんって、ステージ好きでしょ。なにか変わったらいいなって」
「あ……」
夕空奏海。翼の姉である彼女は、不協和の影と呼ばれる人々のステージを見て、心を壊した。
それを見ることで心に不調を与えるステージをする人々をまとめて不協和の影と呼び、これは既に社会的な問題になっている。原因の早急な究明が急がれているが、進捗は芳しくはないらしかった。
「奏海さん元気?」
「うーん、変わらずかなあ」
「……そっか」
奏海が心を壊した日。翼にも、奏海にも、なにもできなかったことを、悔やんでいた。
「じゃあ、私も……ステージ、出る!」
「ええっ」
翼が首を傾げた。桃音は、翼と目を合わせて笑った。
「奏海お姉ちゃんに、見てほしいから」
そう言えば、翼も嬉しそうに、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
*
「お姉ちゃん」
お祭り前日。練習から帰宅した翼は奏海の部屋へと向かった。奏海は変わらず外を見ている。
ぼんやりして、焦点の合わない瞳の中、彼女が何を考えているのかは、よく分からなかった。
「あのね、明日のお祭り、ボク、トレンドシンカーとして参加するんだ。朱希とももちゃんも一緒なの」
奏海から返事はない。
「お姉ちゃん、まだ、ステージのこと、好きかな」
奏海から返事はない。嫌というほど静かだった。
「楽しみにしてて、お姉ちゃん。最高のステージを届けるから」
奏海は窓の外を見ている。ぼうっとした瞳の奥に隠れている感情を探し当てようとして、諦める。
それからはしばらく今日あった面白いことや、楽しかったことの話をした。ある程度の話題が尽きたあたりで、翼は奏海の手を握る。
「……じゃあ、おやすみ、お姉ちゃん」
こうすると安心するでしょ、と、いつぞや奏海が教えてくれた仕草を返す。これも習慣だった。
自分の部屋に戻って、改めて窓の外を見た。星がきらきらと瞬いていて、こんな時まで能天気だなと思った。
*
畳む
#TrendSync 三話
7724文字
「おはよう……」
「おはよう、ももちゃん!」
「はよ〜」
三者三様の挨拶が響く。あんなに大きな宣言をした後日だったので、桃音は二人と顔を合わせるのがなんだか照れくさかった。
「桃ちゃん、トレンドシンカーを目指すんでしょ!?」
「ゆ、ゆうちゃん! 声が大きいって!」
「いやあ、楽しみだなあ、桃ちゃんのステージ……!」
翼のキラキラとした視線を一身に受けて、桃音は思わず苦笑した。それでなんだか気が抜けたのも事実だった。
うんうん、と勝手になにか納得したように頷いて、翼は拳を突き上げた。
「よーし、まず二人が目指すは来月のオーディション! というわけで今日から特訓、頑張らなくちゃね」
「おー!」
朱希と桃音は視線を合わせた。二人で笑いあってから、翼に合わせて拳を突き上げる。
三人はこの時、お互いに力強い味方に、そして、ライバルになった。
*
――――靴の音が響く。三人は、市内にある貸しレンタルスタジオまで来ていた。目的はひとつ、朱希と桃音のオーディション合格のため。
朱希は歌が、桃音はダンスと体力がお互いに課題だった。
特に、桃音のダンスを彼女の体力に合わせて調節しながら、作曲もしつつ、自身も練習をしなければならない朱希は大変そうだったが、それでも毎日楽しそうだった。
「つ、疲れた……!」
「お疲れ様、ももちゃん! 最初に比べたら随分体力もついてきたんじゃない?」
「ありがとう、ゆうちゃん……そうかな……」
「まだまだ課題アリアリって感じだけどな。ま、形にはなるだろ」
「……朱希だって、歌は全然まだまだなくせに」
「うるせえなあ」
翼が二人に差し入れとして水分を渡す。二人――――特に桃音は随分ヘロヘロで、ペットボトルの半分くらいを一気に飲み干してしまった。
「……形には、なるかな」
「誰がダンス見てると思ってんだよ。大丈夫だって、なんとかするから」
な、と朱希はにい、と笑って言った。それでも不安そうなままの桃音を差し置いて、翼は唇を尖らせた。
「ボクももっと朱希に見てもらえば良かったなあ」
「おっ、今からでもやるか? 俺は厳しいぜ」
「ももちゃんには甘々なくせに」
「桃音は体力ないからなあ」
不服そうな翼の様子に、呆れた朱希がデコピンをお見舞いする。痛い、だの、なんだの。翼が騒ぐのを放置して、朱希は桃音に向き直った。
「そんな顔しなくても、大丈夫だって。信じてくれよ、俺を」
「……朱希のことはもちろん、信じてるよ。信じられないのは自分の方」
困った顔をした桃音は、そう呟いてから、ぱちん、と自身の頬を叩いた。
「だから、もっともっと頑張らなくちゃ」
「おっ、いいぞ、その意気だ。だけど今日はもう休め。へろへろだろ」
立ち上がろうとした桃音を朱希が押し戻す。不満そうな桃音に、翼が時計を見てから笑ってこう言った。
「頑張ったから、今日はおやつ買って帰ろう。たまにはご褒美も必要だよ」
桃音は、ご褒美と練習を天秤にかけて、ご褒美を取ることにしたようだ。頷く桃音の隣で、朱希も賛成、とグッドサインを作った。
*
帰り道。他愛ない話をしながら、お菓子を買って、アイスも買って、少しお行儀悪く食べながら帰路に着く。
ふと、帰宅するために駅に群がる人間の集合体の中から一人、朱希は、目が合った。
「……あ」
目を逸らす。気付いているのか気付いて居ないのか、相手はまじまじとこちらを眺めているのが分かった。
「朱希?」
不思議そうに翼が声をかけてくる。朱希は、咄嗟に笑顔を取り繕って応えた。
「なんでもない。ちょっと……昔の知り合いっぽい人が」
「えっ、どれどれ」
「や、やっぱ朱希だよな!?」
気付けば近くにまで来ていたその人――――紫苑は、食いつくように声を掛けてきた。
「元気してたか? 急に辞めたって聞いたからびっくりしたぞ」
「えっ、……あ〜」
「ダンスは続けているんだよな?」
紫苑の目は真っ直ぐだった。なんだか後ろめたくて、朱希は思わず誤魔化すように目を逸らした。
桃音と翼は視線を交わした。まずいんじゃない? そうかも。
「……あー! あ、あの! そろそろ門限だから帰らないと怒られちゃうなー!」
「えっ」
「も、ももちゃんのお家って、厳しいもんねー! 行こう、朱希!」
二人して朱希の手を引っ掴んで走り出す。呆気に取られた紫苑を置いて、三人は人混みをかき分けてその場から逃げた。
「はあ……、はあ……っ」
「も、ももちゃん、大丈夫? ほら、深呼吸深呼吸!」
桃音はぜえぜえと上がった息を整えてから、ぼうっとしている朱希に声を掛けた。
「朱希、大丈夫?」
「……ああ」
「大丈夫じゃなさそ〜」
朱希の頭の中は紫苑のことでいっぱいだった。ハッキリ言うのであれば、動揺していた。まさか、こんなところで会うなんて。
「あの人、って」
「……」
朱希はなにも言わなかった。何を言うか悩んでいるようだった。しばらくの沈黙の後、口を開く。
「なんでもねえ。ごめん、帰るわ」
「え、ちょ、ちょっと!」
翼と桃音は顔を見合せた。朱希の後ろ姿を視線で追いながら、二人で首を傾げる。
「大丈夫かな……」
「うーん」
大丈夫には、見えなかったが。でも、深く言わなかったということは、放っておけと言うことなのだろう。少しの心配をそこに置いて、二人も帰路につくことにした。
*
――――ダンスを習っていた。小さい頃の話だ。
歌うのは得意ではなかったが、踊るのは好きだった。紫苑とはライバルで、親友だった。彼と一緒に踊るのが好きだった。
でも。本当にたまたま調子が悪くて、うまく踊れなかった日があった。――――緊張していたのだ。柄にもなく。
それは、親にダンスを辞めさせられるかもしれない、という恐怖からだった。
ダンスが好きだ。歌うことは得意じゃないけど、好きだ。いつかトップシンカーにだってなりたい。そんな話を親にした、後日、両親はこんな話をしていた。――――やめさせるべきなのではないか、と。
彼の、失望したような顔をよく覚えている。
また失敗して同じ思いをしたくなくて、あの日、もう、全部を諦めることにしたのだ。
そのはずだったのだ。翼のステージを見るまでは。
まさかまた会うことになるなんて。いや、彼の家がまだ変わっていないなら、当然のことかもしれないが。
あの時の感情がぐつぐつと煮え立つように湧き出る。ああ、怖いのだ。
ダンスが好きだった。それでも恐怖に負けて逃げた幼い頃のダサい自分を、もう誰にも見ないで欲しかった。
ピコン。スマホから音が鳴る。見れば、紫苑だった。ああ、こんなことならブロックしておけばよかった。スマホを手に取る。
『今日は急に声を掛けてごめんな』
『トレンドシンカーには、もうなれたのか?』
既読をつけずにその文章を読む。もう随分長いこと、彼からの連絡を無視していた。
しばらくして、また、通知が飛んでくる。
『怒ってる?』
『朱希のステージが見たいだけなんだ』
どうして。
『俺はもう、諦めたから』
どうしてお前が、そんなことを言うんだ。
見ていられなくて、通知を消してスマホを閉じる。明滅するだけになった画面には、『返信待ってる』と新たに表示されて、嫌になった朱希はそのまま電源を落とした。
*
――――そうして、オーディション最終審査、当日。
朱希は、あれからずっと調子が悪いようだった。翼と桃音は心配していたが、結局、朱希はなにも話してはくれなかった。
「朱希、調子はどう?」
「まあ、普通」
「普通か〜」
いつもなら、バッチリ、くらいは言ってくれるのにな。そう思いながらその隣でガチガチの桃音を見る。
「ももちゃん、大丈夫だよ。深呼吸深呼吸!」
「う、うん……! 大丈夫、大丈夫……」
息を吸って、吐く。いつもみたいに茶々を入れなかった代わりに、朱希は桃音の背中をさすった。
「……朱希、緊張してるの?」
その手が少し震えているのを感じて、桃音は思わず朱希を見上げた。表情はいつも通りだ。いつも通り、だけれど。
「……そうかもな」
ぽつり、言葉が漏れる。その言葉がなんだか意外で、桃音は急に朱希が心配になった。
「朱希、」
「お、そろそろ出番じゃねえの」
桃音の言葉に被せるように朱希が言う。慌てたように時計を確認すれば、確かにその通りだった。準備をしなければ。
「翼。俺も準備してくるから」
「あ、うん。行ってらっしゃい……」
こくん、と頷いて朱希は去っていった。桃音も慌てたように準備をする。翼は、ステージ脇まで、桃音について行くことにした。
「――――ももちゃん」
ステージの脇で、翼が声をかける。
「なあに?」
「これね、ももちゃんに」
桃音が目を見開く。翼の手に握られているのは、スタイルコードだった。
「ボクがデザインしたの。もちろん、ももちゃんにはももちゃんの衣装があると思うから、お守りになったらいいなと思って……」
桃音はまじまじとそのスタイルコードを眺める。ピンクの長めのスカートに、青いリボン。本当は、自分のためのデザインができなくて、オーディション用にと配られるスタイルコードを使う予定だったのだ。
「……ゆうちゃん。これ、使ってもいい?」
「えっ」
今度は翼が目を丸くする番だった。桃音は嬉しそうに目を細めて続ける。
「だって、とっても嬉しいし……その方が、安心するから。ね、いいでしょ」
翼はなんだかむず痒くて、目を逸らして頷いた。やった、と桃音がスタイルコードを抱きしめる。
「じゃあ、行ってくるね、ゆうちゃん」
「うん、頑張って」
桃音が貸し出されたレゾナンスマイクを持つ。翼が一歩離れたのを合図に、スイッチを押した。
桃音のステージは大盛況だった。ステラ・ノーツこそ出なかったものの、大きなミスもなく最後まで歌い踊った。得点は――――1003点。ギリギリとはいえ、合格は合格だ。
桃音が戻ってきたのと同時に、朱希がステージ脇までやってくる。
「桃音、おめでと」
「朱希……」
桃音も翼も、たくさん言いたいことがあった。でも、時間はなかった。
「俺も頑張んなきゃな」
言葉とは裏腹にどこか不安そうな朱希は、よし、と気合を入れて、レゾナンスマイクを握った。
「レゾナンスマイク!」
ボタンを押す。
「スタイルコードセット!」
読み込ませたカードはオーディションで配布されるものだ。
息を吸って、吐く。期待と不安を綯い交ぜにしたような、複雑な気持ちだった。いや、どちらかといえば不安の方が大きい。
それでも。
「――――オーディション、合格……!」
目指すのは、それだけだ。
「オン・ステージ!」
視線を上げれば、たくさんの人々の顔が見えて、それがよりプレッシャーだった。
曲が流れ出す。自分で作って、何度も聞いたから、問題なく歌えるはずだ。踊れるはずだ。
なのに、どうして。
どうしようもなく集中出来なかった。歌詞を間違えて、焦って音程がズレる。上手く歌えなかった。身体に染み付いたダンスだけが完璧で、それがなんだか、余計に恥ずかしかった。
ああ、無理だ。
どうしようもなくそう思った。気付けば曲は終わっていた。得点は――――869点。ああ、そうだろうな、と、ぼんやりと思った。
翼と桃音の元に戻るのが嫌で、でもステージの上に居座るのももっと嫌で、そそくさとステージから降りた。
「朱希!」
翼が声をかけてくる。ああ、惨めになるから心配なんかしないでくれ。
「朱希……あのね、私たち……」
「んだよ」
不機嫌な声が漏れる。ああ、いけない。当たってしまう。咄嗟に言葉を止めた。代わりに何を言おうか悩んで、絞り出すように、
「……ごめん、しばらくほっといてくれ」
それだけ言って、彼らの前を去ることにした。引き止める声はあったが、全てを無視する。冷静でいられる自信が、全くもってなかった。
背を向ける。歩き出す。そんな時、
「いやだ!」
がしりと手を掴まれる。桃音だった。翼が目を見開いているのが見えた。
「なっ、」
「朱希って全然私たちに相談してくれないんだから!」
拗ねたような顔で桃音が言う。面食らった朱希がなにか言い返す間もなく桃音は捲し立てた。
「私たち、朱希のこといっぱい心配してる! あの子と会ってから朱希ったらずっと様子がおかしいんだもの」
息継ぎ。勢いのまま言葉を続けた。
「どうして何も言ってくれないの、私じゃ……頼りないかもしれないけど! それでも、朱希の力になりたいよ」
朱希はなにか言おうとして、結局、何も言えなかった。後ろから翼が声を掛けてくる。
「ボクたち、ちょっと当たられたくらいで怒らないよ。朱希だって許してくれるでしょ」
それはそうかもしれないが。翼は続ける。
「それに、ひとりじゃ解決できない悩みを抱え続けるのは、きっと苦しいことだよ」
朱希はしばらく悩んだ。しばらく悩んでようやく、少しづつ言葉を口にする。
「いや……悪い。頼りないと思ってたとか、そんなつもりじゃなくて……」
目を伏せる。なんだか二人と目を合わせられなかった。
「自分が恥ずかしいんだ。ただそれだけで」
翼と桃音は顔を見合せた。少しの間をおいて、翼が口を開く。
「でも、朱希は変わろうとしてるじゃん」
「そ、そうだよ!」
桃音も拳を握りしめて言った。
「何の話かは……わかんないけどっ、かっこ悪い自分が嫌で変わろうとしてるのなら、朱希が恥ずかしいって思うようなこと、絶対にないんだから!」
翼も頷く。朱希は思わず顔を上げた。二人と目が合う。二人は、に、と笑って朱希の手を握った。
「ももちゃんの言う通り。大丈夫だよ、朱希はちゃんとかっこいいから」
そうだそうだと桃音がヤジを入れた。朱希は、一人で悩んでいたことがなんだか馬鹿らしくなって、ようやく苦笑した。
「お前らも、なんだかんだお人好しだよな」
「私たちがお人好しだからじゃなくて、相手が朱希だからこうしてるんだよ」
そう真正面から言われて、朱希は照れたように、くすぐったそうに視線を逸らして、それから、小さな声で感謝を述べた。
もうすっかり、いつも通りの朱希だった。
*
息を吸って、吐く。それから、紫苑からのLINEに既読をつけた。
『連絡出来なくてごめん』
『オーディション、落ちたよ』
とりあえず送る。既読はすぐついた。少し悩んでから、追加で送った。
『でも俺、諦めたくないから、諦めない』
誰に、とも言えない宣言だった。でも、紫苑に聞いて欲しかった。
『それでこそ!』
『俺もまた頑張ろうかな』
紫苑からはそんな言葉が返ってきた。
それでこそ、か。朱希は、自身の周りの人々って、こちらを信じすぎるところがあるんじゃないかとぼんやり思った。
なにはともあれ、友人が、自身のやりたいことを諦めないという選択をするのは嬉しいことなので、最高、のスタンプを送った。
それから。
『800点は越えたから、一応、もう一回だけチャンスがあるんだ』
TrendSync Performで、特に大切なのは素直な心だと言われている。そのために、800点を越した未来のトレンドシンカー候補は、その月のオーディションにもう一度だけチャンスを貰える。心は揺れるものだから。
『だから、見に来て』
勢いのまま、送ってしまった。でも、それで良かったと思った。知ってもらおう。今の、朱希のステージを。
『もちろん!』
その連絡を最後に、スマホの電源を落とす。そろそろ眠らねばならなかった。
不安で、なによりも怖かった前夜と比べて、どこか安心した心地だった。
*
オーディション会場に向かえば、当然のように、翼と桃音もそこに立っていた。
「お前ら……」
わざわざ言わなかったのに。翼はいたずらっぽく笑った。
「諦め悪い朱希のことだからと思ってね。調子良さそうで良かったよ」
桃音も嬉しそうに頷いてから、心を決めたように朱希に視線を合わせる。
「朱希、これ、ゆうちゃんと二人でデザインしたの!」
スタイルコードだった。
「本当は前回渡そうと思ってたんだけど、タイミングがなくて」
翼が補足する。そうだったのか。
「気持ちはいーっぱい込めといたから! 頑張ってね、朱希!」
桃音が押し付けるようにそれを渡して、朱希は思わず受け取った。それだけを言うと、二人は時間を見て、慌てて客席に向かって行った。
「……はは、やってやろうじゃん」
不安はもう無かった。ちゃんと、覚悟を決めることが出来そうだった。
その勢いを殺さぬようにと、走ってステージに向かうことにした。
*
真っ赤なサイリウムが広がる客席がよく見える。朱希はステージに躍り出た。
曲が流れ出す。覚悟を決める。上手く歌えなかったあの日から、更に曲を聞き込んだ。身体は勝手に動くのだから、課題である歌に集中する必要があった。
前回のステージを見ていた人はこの客席の中にどれくらいいるんだろう。
その人達すらあっと驚かせてやりたかった。――――見違えるようだと、思って欲しい。
ふと、客席に紫苑を見つけた。
ああ、紫苑、俺、悔しかった!
お前に失望されたのが悔しかった。ダンスで負けたのが悔しかった。なにより、そんなことで逃げていた自分の存在がいちばん悔しかった!
でも、変わるって決めたんだ。決めたから、変わるんだ。
客席に指を指す。指を指して、手拍子を誘導した。光のノーツが見えた。
伝われ、伝われ、伝われ! これが俺の決意で覚悟なのだと、ただ、それだけが伝わればなんでも良かった。
夢中で手拍子を取る。リズムを誘導する。
――――爆発的な光だった。
音を操るように、曲を作る時のように。飛び交う音符を操って、美しい旋律を作り出す。
そうして完成したその旋律を、ギターを掻き鳴らすみたいに鳴らす。鳴らす。
その音に合わせるみたいにステップを踏んだ。ああ、楽しい!
そうだ、そうだとも。
この瞬間を誰よりも楽しまなくちゃ、トップシンカーになんてなれない!
大きな歓声が鼓膜を揺らした。朱希はそれで我に返った。気付けば曲は終わっていて、自分の身体も、止まっていた。
得点は――――1360点。1360点?
「合格……!」
思わずガッツポーズを作ってから、客席の全員に頭を下げた。拍手は鳴り止まず、大きな拍手の中、朱希はそのステージを降りた。
「朱希!」
手続きを終えれば、翼と桃音が迎えてくれた。
「凄かったよ、朱希! まさかステラ・ノーツまで出しちゃうなんて!」
桃音が興奮した様子でそう言う。翼も隣でうんうんと頷いた。
「覚悟の伝わる良いステージだったよ、朱希」
「……おう、ありがとう」
2人は、どこか上の空の朱希を見て不思議そうな顔をした。朱希は、補足するように続ける。
「いや……、現実味がなくて。まだ夢なんじゃねえかなって」
「ああ……」
「わかるなあ……」
合格直後ってそうだよね、とトレンドシンカーになったばかりの三人は笑い合う。ともあれ、三人とも無事に合格したのだ。
「朱希〜!」
その声で振り返る。紫苑だった。翼と桃音がちょっと警戒したのを他所に、朱希は平然とそちらに向かって行く。
「どうだった?」
「めっちゃ良かった! 朱希は昔から才能あったからな、当然の結果だと思うぞ」
興奮冷めやらぬといわんばかりに紫苑は朱希に感想をぶつける。それをすかした態度で受け止めている朱希は、いつも通りだった。
「……解決したのかな」
「かもね?」
翼と桃音は顔を見合せて首を傾げた。それから二人して、解決したならそれがいいか、と納得する。
空には星が瞬いている。いつか、この中の誰かが、あの一番星みたいに。そんな想像をしてしまうほど浮かれたその日を、満喫するように伸びをした。
畳む
7724文字
「おはよう……」
「おはよう、ももちゃん!」
「はよ〜」
三者三様の挨拶が響く。あんなに大きな宣言をした後日だったので、桃音は二人と顔を合わせるのがなんだか照れくさかった。
「桃ちゃん、トレンドシンカーを目指すんでしょ!?」
「ゆ、ゆうちゃん! 声が大きいって!」
「いやあ、楽しみだなあ、桃ちゃんのステージ……!」
翼のキラキラとした視線を一身に受けて、桃音は思わず苦笑した。それでなんだか気が抜けたのも事実だった。
うんうん、と勝手になにか納得したように頷いて、翼は拳を突き上げた。
「よーし、まず二人が目指すは来月のオーディション! というわけで今日から特訓、頑張らなくちゃね」
「おー!」
朱希と桃音は視線を合わせた。二人で笑いあってから、翼に合わせて拳を突き上げる。
三人はこの時、お互いに力強い味方に、そして、ライバルになった。
*
――――靴の音が響く。三人は、市内にある貸しレンタルスタジオまで来ていた。目的はひとつ、朱希と桃音のオーディション合格のため。
朱希は歌が、桃音はダンスと体力がお互いに課題だった。
特に、桃音のダンスを彼女の体力に合わせて調節しながら、作曲もしつつ、自身も練習をしなければならない朱希は大変そうだったが、それでも毎日楽しそうだった。
「つ、疲れた……!」
「お疲れ様、ももちゃん! 最初に比べたら随分体力もついてきたんじゃない?」
「ありがとう、ゆうちゃん……そうかな……」
「まだまだ課題アリアリって感じだけどな。ま、形にはなるだろ」
「……朱希だって、歌は全然まだまだなくせに」
「うるせえなあ」
翼が二人に差し入れとして水分を渡す。二人――――特に桃音は随分ヘロヘロで、ペットボトルの半分くらいを一気に飲み干してしまった。
「……形には、なるかな」
「誰がダンス見てると思ってんだよ。大丈夫だって、なんとかするから」
な、と朱希はにい、と笑って言った。それでも不安そうなままの桃音を差し置いて、翼は唇を尖らせた。
「ボクももっと朱希に見てもらえば良かったなあ」
「おっ、今からでもやるか? 俺は厳しいぜ」
「ももちゃんには甘々なくせに」
「桃音は体力ないからなあ」
不服そうな翼の様子に、呆れた朱希がデコピンをお見舞いする。痛い、だの、なんだの。翼が騒ぐのを放置して、朱希は桃音に向き直った。
「そんな顔しなくても、大丈夫だって。信じてくれよ、俺を」
「……朱希のことはもちろん、信じてるよ。信じられないのは自分の方」
困った顔をした桃音は、そう呟いてから、ぱちん、と自身の頬を叩いた。
「だから、もっともっと頑張らなくちゃ」
「おっ、いいぞ、その意気だ。だけど今日はもう休め。へろへろだろ」
立ち上がろうとした桃音を朱希が押し戻す。不満そうな桃音に、翼が時計を見てから笑ってこう言った。
「頑張ったから、今日はおやつ買って帰ろう。たまにはご褒美も必要だよ」
桃音は、ご褒美と練習を天秤にかけて、ご褒美を取ることにしたようだ。頷く桃音の隣で、朱希も賛成、とグッドサインを作った。
*
帰り道。他愛ない話をしながら、お菓子を買って、アイスも買って、少しお行儀悪く食べながら帰路に着く。
ふと、帰宅するために駅に群がる人間の集合体の中から一人、朱希は、目が合った。
「……あ」
目を逸らす。気付いているのか気付いて居ないのか、相手はまじまじとこちらを眺めているのが分かった。
「朱希?」
不思議そうに翼が声をかけてくる。朱希は、咄嗟に笑顔を取り繕って応えた。
「なんでもない。ちょっと……昔の知り合いっぽい人が」
「えっ、どれどれ」
「や、やっぱ朱希だよな!?」
気付けば近くにまで来ていたその人――――紫苑は、食いつくように声を掛けてきた。
「元気してたか? 急に辞めたって聞いたからびっくりしたぞ」
「えっ、……あ〜」
「ダンスは続けているんだよな?」
紫苑の目は真っ直ぐだった。なんだか後ろめたくて、朱希は思わず誤魔化すように目を逸らした。
桃音と翼は視線を交わした。まずいんじゃない? そうかも。
「……あー! あ、あの! そろそろ門限だから帰らないと怒られちゃうなー!」
「えっ」
「も、ももちゃんのお家って、厳しいもんねー! 行こう、朱希!」
二人して朱希の手を引っ掴んで走り出す。呆気に取られた紫苑を置いて、三人は人混みをかき分けてその場から逃げた。
「はあ……、はあ……っ」
「も、ももちゃん、大丈夫? ほら、深呼吸深呼吸!」
桃音はぜえぜえと上がった息を整えてから、ぼうっとしている朱希に声を掛けた。
「朱希、大丈夫?」
「……ああ」
「大丈夫じゃなさそ〜」
朱希の頭の中は紫苑のことでいっぱいだった。ハッキリ言うのであれば、動揺していた。まさか、こんなところで会うなんて。
「あの人、って」
「……」
朱希はなにも言わなかった。何を言うか悩んでいるようだった。しばらくの沈黙の後、口を開く。
「なんでもねえ。ごめん、帰るわ」
「え、ちょ、ちょっと!」
翼と桃音は顔を見合せた。朱希の後ろ姿を視線で追いながら、二人で首を傾げる。
「大丈夫かな……」
「うーん」
大丈夫には、見えなかったが。でも、深く言わなかったということは、放っておけと言うことなのだろう。少しの心配をそこに置いて、二人も帰路につくことにした。
*
――――ダンスを習っていた。小さい頃の話だ。
歌うのは得意ではなかったが、踊るのは好きだった。紫苑とはライバルで、親友だった。彼と一緒に踊るのが好きだった。
でも。本当にたまたま調子が悪くて、うまく踊れなかった日があった。――――緊張していたのだ。柄にもなく。
それは、親にダンスを辞めさせられるかもしれない、という恐怖からだった。
ダンスが好きだ。歌うことは得意じゃないけど、好きだ。いつかトップシンカーにだってなりたい。そんな話を親にした、後日、両親はこんな話をしていた。――――やめさせるべきなのではないか、と。
彼の、失望したような顔をよく覚えている。
また失敗して同じ思いをしたくなくて、あの日、もう、全部を諦めることにしたのだ。
そのはずだったのだ。翼のステージを見るまでは。
まさかまた会うことになるなんて。いや、彼の家がまだ変わっていないなら、当然のことかもしれないが。
あの時の感情がぐつぐつと煮え立つように湧き出る。ああ、怖いのだ。
ダンスが好きだった。それでも恐怖に負けて逃げた幼い頃のダサい自分を、もう誰にも見ないで欲しかった。
ピコン。スマホから音が鳴る。見れば、紫苑だった。ああ、こんなことならブロックしておけばよかった。スマホを手に取る。
『今日は急に声を掛けてごめんな』
『トレンドシンカーには、もうなれたのか?』
既読をつけずにその文章を読む。もう随分長いこと、彼からの連絡を無視していた。
しばらくして、また、通知が飛んでくる。
『怒ってる?』
『朱希のステージが見たいだけなんだ』
どうして。
『俺はもう、諦めたから』
どうしてお前が、そんなことを言うんだ。
見ていられなくて、通知を消してスマホを閉じる。明滅するだけになった画面には、『返信待ってる』と新たに表示されて、嫌になった朱希はそのまま電源を落とした。
*
――――そうして、オーディション最終審査、当日。
朱希は、あれからずっと調子が悪いようだった。翼と桃音は心配していたが、結局、朱希はなにも話してはくれなかった。
「朱希、調子はどう?」
「まあ、普通」
「普通か〜」
いつもなら、バッチリ、くらいは言ってくれるのにな。そう思いながらその隣でガチガチの桃音を見る。
「ももちゃん、大丈夫だよ。深呼吸深呼吸!」
「う、うん……! 大丈夫、大丈夫……」
息を吸って、吐く。いつもみたいに茶々を入れなかった代わりに、朱希は桃音の背中をさすった。
「……朱希、緊張してるの?」
その手が少し震えているのを感じて、桃音は思わず朱希を見上げた。表情はいつも通りだ。いつも通り、だけれど。
「……そうかもな」
ぽつり、言葉が漏れる。その言葉がなんだか意外で、桃音は急に朱希が心配になった。
「朱希、」
「お、そろそろ出番じゃねえの」
桃音の言葉に被せるように朱希が言う。慌てたように時計を確認すれば、確かにその通りだった。準備をしなければ。
「翼。俺も準備してくるから」
「あ、うん。行ってらっしゃい……」
こくん、と頷いて朱希は去っていった。桃音も慌てたように準備をする。翼は、ステージ脇まで、桃音について行くことにした。
「――――ももちゃん」
ステージの脇で、翼が声をかける。
「なあに?」
「これね、ももちゃんに」
桃音が目を見開く。翼の手に握られているのは、スタイルコードだった。
「ボクがデザインしたの。もちろん、ももちゃんにはももちゃんの衣装があると思うから、お守りになったらいいなと思って……」
桃音はまじまじとそのスタイルコードを眺める。ピンクの長めのスカートに、青いリボン。本当は、自分のためのデザインができなくて、オーディション用にと配られるスタイルコードを使う予定だったのだ。
「……ゆうちゃん。これ、使ってもいい?」
「えっ」
今度は翼が目を丸くする番だった。桃音は嬉しそうに目を細めて続ける。
「だって、とっても嬉しいし……その方が、安心するから。ね、いいでしょ」
翼はなんだかむず痒くて、目を逸らして頷いた。やった、と桃音がスタイルコードを抱きしめる。
「じゃあ、行ってくるね、ゆうちゃん」
「うん、頑張って」
桃音が貸し出されたレゾナンスマイクを持つ。翼が一歩離れたのを合図に、スイッチを押した。
桃音のステージは大盛況だった。ステラ・ノーツこそ出なかったものの、大きなミスもなく最後まで歌い踊った。得点は――――1003点。ギリギリとはいえ、合格は合格だ。
桃音が戻ってきたのと同時に、朱希がステージ脇までやってくる。
「桃音、おめでと」
「朱希……」
桃音も翼も、たくさん言いたいことがあった。でも、時間はなかった。
「俺も頑張んなきゃな」
言葉とは裏腹にどこか不安そうな朱希は、よし、と気合を入れて、レゾナンスマイクを握った。
「レゾナンスマイク!」
ボタンを押す。
「スタイルコードセット!」
読み込ませたカードはオーディションで配布されるものだ。
息を吸って、吐く。期待と不安を綯い交ぜにしたような、複雑な気持ちだった。いや、どちらかといえば不安の方が大きい。
それでも。
「――――オーディション、合格……!」
目指すのは、それだけだ。
「オン・ステージ!」
視線を上げれば、たくさんの人々の顔が見えて、それがよりプレッシャーだった。
曲が流れ出す。自分で作って、何度も聞いたから、問題なく歌えるはずだ。踊れるはずだ。
なのに、どうして。
どうしようもなく集中出来なかった。歌詞を間違えて、焦って音程がズレる。上手く歌えなかった。身体に染み付いたダンスだけが完璧で、それがなんだか、余計に恥ずかしかった。
ああ、無理だ。
どうしようもなくそう思った。気付けば曲は終わっていた。得点は――――869点。ああ、そうだろうな、と、ぼんやりと思った。
翼と桃音の元に戻るのが嫌で、でもステージの上に居座るのももっと嫌で、そそくさとステージから降りた。
「朱希!」
翼が声をかけてくる。ああ、惨めになるから心配なんかしないでくれ。
「朱希……あのね、私たち……」
「んだよ」
不機嫌な声が漏れる。ああ、いけない。当たってしまう。咄嗟に言葉を止めた。代わりに何を言おうか悩んで、絞り出すように、
「……ごめん、しばらくほっといてくれ」
それだけ言って、彼らの前を去ることにした。引き止める声はあったが、全てを無視する。冷静でいられる自信が、全くもってなかった。
背を向ける。歩き出す。そんな時、
「いやだ!」
がしりと手を掴まれる。桃音だった。翼が目を見開いているのが見えた。
「なっ、」
「朱希って全然私たちに相談してくれないんだから!」
拗ねたような顔で桃音が言う。面食らった朱希がなにか言い返す間もなく桃音は捲し立てた。
「私たち、朱希のこといっぱい心配してる! あの子と会ってから朱希ったらずっと様子がおかしいんだもの」
息継ぎ。勢いのまま言葉を続けた。
「どうして何も言ってくれないの、私じゃ……頼りないかもしれないけど! それでも、朱希の力になりたいよ」
朱希はなにか言おうとして、結局、何も言えなかった。後ろから翼が声を掛けてくる。
「ボクたち、ちょっと当たられたくらいで怒らないよ。朱希だって許してくれるでしょ」
それはそうかもしれないが。翼は続ける。
「それに、ひとりじゃ解決できない悩みを抱え続けるのは、きっと苦しいことだよ」
朱希はしばらく悩んだ。しばらく悩んでようやく、少しづつ言葉を口にする。
「いや……悪い。頼りないと思ってたとか、そんなつもりじゃなくて……」
目を伏せる。なんだか二人と目を合わせられなかった。
「自分が恥ずかしいんだ。ただそれだけで」
翼と桃音は顔を見合せた。少しの間をおいて、翼が口を開く。
「でも、朱希は変わろうとしてるじゃん」
「そ、そうだよ!」
桃音も拳を握りしめて言った。
「何の話かは……わかんないけどっ、かっこ悪い自分が嫌で変わろうとしてるのなら、朱希が恥ずかしいって思うようなこと、絶対にないんだから!」
翼も頷く。朱希は思わず顔を上げた。二人と目が合う。二人は、に、と笑って朱希の手を握った。
「ももちゃんの言う通り。大丈夫だよ、朱希はちゃんとかっこいいから」
そうだそうだと桃音がヤジを入れた。朱希は、一人で悩んでいたことがなんだか馬鹿らしくなって、ようやく苦笑した。
「お前らも、なんだかんだお人好しだよな」
「私たちがお人好しだからじゃなくて、相手が朱希だからこうしてるんだよ」
そう真正面から言われて、朱希は照れたように、くすぐったそうに視線を逸らして、それから、小さな声で感謝を述べた。
もうすっかり、いつも通りの朱希だった。
*
息を吸って、吐く。それから、紫苑からのLINEに既読をつけた。
『連絡出来なくてごめん』
『オーディション、落ちたよ』
とりあえず送る。既読はすぐついた。少し悩んでから、追加で送った。
『でも俺、諦めたくないから、諦めない』
誰に、とも言えない宣言だった。でも、紫苑に聞いて欲しかった。
『それでこそ!』
『俺もまた頑張ろうかな』
紫苑からはそんな言葉が返ってきた。
それでこそ、か。朱希は、自身の周りの人々って、こちらを信じすぎるところがあるんじゃないかとぼんやり思った。
なにはともあれ、友人が、自身のやりたいことを諦めないという選択をするのは嬉しいことなので、最高、のスタンプを送った。
それから。
『800点は越えたから、一応、もう一回だけチャンスがあるんだ』
TrendSync Performで、特に大切なのは素直な心だと言われている。そのために、800点を越した未来のトレンドシンカー候補は、その月のオーディションにもう一度だけチャンスを貰える。心は揺れるものだから。
『だから、見に来て』
勢いのまま、送ってしまった。でも、それで良かったと思った。知ってもらおう。今の、朱希のステージを。
『もちろん!』
その連絡を最後に、スマホの電源を落とす。そろそろ眠らねばならなかった。
不安で、なによりも怖かった前夜と比べて、どこか安心した心地だった。
*
オーディション会場に向かえば、当然のように、翼と桃音もそこに立っていた。
「お前ら……」
わざわざ言わなかったのに。翼はいたずらっぽく笑った。
「諦め悪い朱希のことだからと思ってね。調子良さそうで良かったよ」
桃音も嬉しそうに頷いてから、心を決めたように朱希に視線を合わせる。
「朱希、これ、ゆうちゃんと二人でデザインしたの!」
スタイルコードだった。
「本当は前回渡そうと思ってたんだけど、タイミングがなくて」
翼が補足する。そうだったのか。
「気持ちはいーっぱい込めといたから! 頑張ってね、朱希!」
桃音が押し付けるようにそれを渡して、朱希は思わず受け取った。それだけを言うと、二人は時間を見て、慌てて客席に向かって行った。
「……はは、やってやろうじゃん」
不安はもう無かった。ちゃんと、覚悟を決めることが出来そうだった。
その勢いを殺さぬようにと、走ってステージに向かうことにした。
*
真っ赤なサイリウムが広がる客席がよく見える。朱希はステージに躍り出た。
曲が流れ出す。覚悟を決める。上手く歌えなかったあの日から、更に曲を聞き込んだ。身体は勝手に動くのだから、課題である歌に集中する必要があった。
前回のステージを見ていた人はこの客席の中にどれくらいいるんだろう。
その人達すらあっと驚かせてやりたかった。――――見違えるようだと、思って欲しい。
ふと、客席に紫苑を見つけた。
ああ、紫苑、俺、悔しかった!
お前に失望されたのが悔しかった。ダンスで負けたのが悔しかった。なにより、そんなことで逃げていた自分の存在がいちばん悔しかった!
でも、変わるって決めたんだ。決めたから、変わるんだ。
客席に指を指す。指を指して、手拍子を誘導した。光のノーツが見えた。
伝われ、伝われ、伝われ! これが俺の決意で覚悟なのだと、ただ、それだけが伝わればなんでも良かった。
夢中で手拍子を取る。リズムを誘導する。
――――爆発的な光だった。
音を操るように、曲を作る時のように。飛び交う音符を操って、美しい旋律を作り出す。
そうして完成したその旋律を、ギターを掻き鳴らすみたいに鳴らす。鳴らす。
その音に合わせるみたいにステップを踏んだ。ああ、楽しい!
そうだ、そうだとも。
この瞬間を誰よりも楽しまなくちゃ、トップシンカーになんてなれない!
大きな歓声が鼓膜を揺らした。朱希はそれで我に返った。気付けば曲は終わっていて、自分の身体も、止まっていた。
得点は――――1360点。1360点?
「合格……!」
思わずガッツポーズを作ってから、客席の全員に頭を下げた。拍手は鳴り止まず、大きな拍手の中、朱希はそのステージを降りた。
「朱希!」
手続きを終えれば、翼と桃音が迎えてくれた。
「凄かったよ、朱希! まさかステラ・ノーツまで出しちゃうなんて!」
桃音が興奮した様子でそう言う。翼も隣でうんうんと頷いた。
「覚悟の伝わる良いステージだったよ、朱希」
「……おう、ありがとう」
2人は、どこか上の空の朱希を見て不思議そうな顔をした。朱希は、補足するように続ける。
「いや……、現実味がなくて。まだ夢なんじゃねえかなって」
「ああ……」
「わかるなあ……」
合格直後ってそうだよね、とトレンドシンカーになったばかりの三人は笑い合う。ともあれ、三人とも無事に合格したのだ。
「朱希〜!」
その声で振り返る。紫苑だった。翼と桃音がちょっと警戒したのを他所に、朱希は平然とそちらに向かって行く。
「どうだった?」
「めっちゃ良かった! 朱希は昔から才能あったからな、当然の結果だと思うぞ」
興奮冷めやらぬといわんばかりに紫苑は朱希に感想をぶつける。それをすかした態度で受け止めている朱希は、いつも通りだった。
「……解決したのかな」
「かもね?」
翼と桃音は顔を見合せて首を傾げた。それから二人して、解決したならそれがいいか、と納得する。
空には星が瞬いている。いつか、この中の誰かが、あの一番星みたいに。そんな想像をしてしまうほど浮かれたその日を、満喫するように伸びをした。
畳む
#TrendSync 二話
7864文字
「昔、それこそ小学校までダンス習ってて。その頃、俺も、トレンドシンカーを目指してたんだ」
翼や桃音と出会う前の朱希の夢は、トレンドシンカーだった。色々あって、諦めてしまったそれを、憧れという感情を、翼のステージを見て、思い出した。
「俺、翼に、『好きなもんは好きだ、って、堂々としてた方がかっこいい』って言ったけど、どの口がって話だよな。それが、なんだか恥ずかしくなっちゃって」
そんな自分の言葉を、空気が重くならないよう軽く笑い飛ばしてから、朱希は言った。
「俺ももっかいトレンドシンカーを目指したい。歌って踊って、みんなに元気を与えるトレンドシンカーが好きだから!」
そこまで言って翼と桃音の反応を伺うと、多少なりとも驚いている様子だった。そんな二人を見て、朱希は急に急になんだか恥ずかしくなった。何かを訂正しようと開けた口が音を発する前に、翼がふ、と笑った。
「いいんじゃない?」
「……!」
「堂々としなよ。好きなものは好きだって堂々としてた方がかっこいい、んでしょ」
自分が発した言葉が返ってくる。ああ、そうだ。確かに自分はそう思っている。
「きっとなれるよ。朱希って普通にかっこいいし、なんでも器用にこなしちゃうんだもん、これは強力なライバルが増えちゃったな」
ね、と、翼は言葉を押した。言葉とは裏腹に心底嬉しそうで、朱希はなんだかむず痒かった。
「す、すごいね……!」
桃音も隣から声をかけてくる。
「朱希も、トレンドシンカーを目指すんだ……! 私、どっちを応援していいか分からなくなっちゃいそうだよ!」
そんなことを言う桃音の声は少し上擦っていて、朱希は思わず怪訝な顔になった。なんだか少し様子が変だ、と思った。
「さて、もう夜も遅いし、ひとまず帰ろう! ゆうちゃんも疲れてるだろうし、今日はゆっくり休まなくちゃでしょ?」
それについて追求しようと口を開けたところで、桃音にそう言われてしまって、朱希は思わず口を閉ざした。先に歩き始めてしまった桃音の表情は見えなくて、それが静かに不安を煽った。
*
ずっと、朱希の言葉がぐるぐると回っている。もし彼も、彼までトレンドシンカーになってしまったら、私は一人になってしまうのではないかと、嫌な想像ばかりが桃音の頭に浮かんでいた。
あまりにも長いこと上の空だったせいで、母親にまで心配されてしまった。これでは良くないと、なんとか思考を逸らすため、時間を勉強に費やす。
翼のことは良いのだ。いつか置いていかれることの覚悟を、決めていたから。でも、朱希は違う。
なんとなく、ずっと一緒にいてくれると思っていた。
そうじゃないかもしれないことが怖くて、ペンが止まる。集中出来ないからとベッドに倒れ込むと、なんだかとても眠たくなった。
ああ、今日ももう寝てしまおう。明日には、いつも通りの朝が来るのだから。
*
「おはよう、翼」
「おはよう朱希。ももちゃんは?」
「LINE見てねえの? 風邪だってよ」
そう言われて慌ててLINEを見ると、数分前に連絡が来ていた。了解、のスタンプをぽんと押して、じゃあ行こうか、と鞄を持ち直した。
学校に行く道すがら、朱希がううん、と唸る。
「なあ、こないだから桃音、変じゃないか」
「……そう?」
翼はピンとこなくて首を傾げた。翼の前では隠してるもんな、と、眉をひそめたまま、朱希は続ける。
「……下手に抱え込んでないといいけどな」
ま、気のせいだって思っとくよ。朱希はそう言って笑って、いつも通り雑談を始めた。
朱希の様子から冗談を言っている訳では無いのだろうと察した翼は、桃音のことが心配になった。すぐに話すことができないことがもどかしくて、翼は朱希に声をかける。
「ねえ、じゃあ、今日は放課後お見舞いに行こうよ」
「でも翼、今日は手続きあるって言ってたろ」
「あ」
そうだった。
「……じゃあ、朱希だけで行ってきて。ちゃんと大丈夫だったか教えてね」
「それも問題じゃね? いくら桃音とはいえ俺だけで行くの意味分かんねえだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
なんで、と言われると答えられなかった。翼は呆れたように肩を竦めてみせた。
「いいじゃん、気になるならボクがお願いしたんだってことにしたらいいよ」
「……分かったよ」
朱希は渋々、というようにそう頷いた。よろしい、と翼が頷いた頃には学校が見えていた。
心配なのはお互い一緒だろうに、素直じゃないヤツ。そんなふうに思いながら、校舎へと歩を進めた。
*
「とはいえさあ……」
男女の区別くらいは朱希にもあった。確かに桃音は距離が近いところがあるが、それはそれ、これはこれだ。
女性の家に恋人でもない男性が一人で入るのってどうなんだよ。そんなことを思いながらチャイムを鳴らす。はい、と桃音の母親のものであろう声がして、扉が開いた。
「お見舞いです。翼は用があって来れなかったんですけど」
「あら、朱希くん。お見舞いありがとう、良ければ上がっていって」
そう言って、桃音の母親は朱希をリビングに案内した。
「桃音は風邪って言ってたけど……、多分、そうじゃないと思うの」
紅茶を入れながら、母親は話した。お菓子どれがいい? あ、どれでも大丈夫です。じゃあクッキーにしましょう。そんな雑談も挟みつつ、朱希は口を開いた。
「仮病? って、ことすか? 珍しいですね」
「そうなの。よければ会ってやってくれないかしら」
そう言いながらクッキーと紅茶をトレーに乗せた。桃音が仮病を使うことは、本当に珍しいので、何かを勘ぐりそうになってしまう。例えば、――――自分に会いたくなかったんじゃないか、とか。
「このまま仮病を続けられても困るもの。一日くらいは休んでも良いけど、勉強についていけなくなったら困るじゃない」
それもそうだ。もしそうであるのなら、向き合うのは早い方がいいだろう。
「分かりました」
朱希は頷いてトレーを受け取った。よろしくね、と彼女の母親は微笑んで、朱希を見送った。
*
「桃音? 入るぞ」
声をかけても応答はなかった。代わりにバタバタバタ、と音がしたのでしばらく待つ。
「どうぞ!」
そうしていると、そのうちに上擦った声が聞こえた。そこでようやく、朱希は扉を開けた。
「仮病だって?」
「……朱希」
茶化すように笑いながら部屋に入れば、困った顔をした桃音が目に入る。と言うよりは、なにか、思い詰めているような。
「なんか嫌なことでもあったか」
「……」
桃音は押し黙った。
「俺が……トレンドシンカー目指すって言ったのが、嫌だった?」
「……!」
びくり、と身体が動く。やっぱりな、と思った。ため息をつくと、怯えたような目が朱希を見上げた。
「ち、違うの」
「何が違うって?」
再び沈黙。これでは埒が明かない、と朱希は踏み込むことにした。
「なんで嫌なの」
責めるような物言いになってしまっているな、と自分でも思った。でも嫌だった。翼のことはちゃんと応援するのに、俺のことは応援してくんねえのか、と、拗ねた気持ちがそこにある。
「……置いていかれるみたいで」
観念したように、ポツリ、と言葉を漏らした。ぽつり、ぽつり、言葉が漏れる。
「ゆうちゃんはいいの。私、いつ置いていかれてもいいって思ってる、覚悟を決めてるの」
「でも、朱希は……一緒に置いて行かれてくれるって思ってた、から」
朱希は黙って聞いていた。ショックの方が近かった。
「そんなふうに……」
思っていたのか、ずっと。
でも、言われてみれば、と考える。
翼も朱希も男だ。トレンドシンカーになる以上、女性である上に一般人である桃音がそばに居続けるのは、あまり宜しくないだろう。
「わ、私は……トレンドシンカーには、なれないから」
「それは、そんなことないと思うけど」
「なれないよ」
桃音は首を横に振る。
「……なんで断言できんだよ。まだやったことないだろ」
「……それは」
そう、だけど。桃音は視線を逸らした。
「桃音もやってみたらいいじゃん、なれないって言葉が出るってことは、ちょっとはなりたいんだろ」
帰ってきたのは沈黙だった。桃音は下を向いていて表情が見えない。ぐす、と鼻をすする音がした。
「えっ」
「朱希には、分からないよ」
視線を上げた桃音の頬は涙に濡れていて、やってしまった、と思った。
「……悪い、でも」
「私、完璧じゃないとダメなの」
ぽつり。その言葉を、朱希は黙って聞くことにした。
「完璧じゃないと怒られちゃうから」
それは、誰にだろうか。相槌だけを打った。
「トレンドシンカーって、そもそもが不安定じゃない。そりゃなれるものならなりたいよ……!」
ず、と鼻をすするので、その辺にあったティッシュを渡した。ありがとう、と桃音が受け取る。律儀なやつ、と思った。
「怒られたくない……、見捨てられるのは怖いの」
「……」
朱希は困りきって何も言えなかった。何も言えないなりに考えて、考えた上で言葉が出てこなかった。
桃音のことはそれなりに、知っているつもりでいた。知らなかったんだ、知らなかったから傷つけたんだ、というショックが朱希の頭でぐるぐるとしていた。
「……ごめん、俺」
「いいの」
桃音の言葉はキッパリとしていた。
「私が勝手に怯えてるだけなの、分かってる、分かってるの」
それでも、と言葉は続く。
「私は誰にも見捨てられたくない……」
朱希は少し悩んで言葉を探した。何も言えないなりに、何も知らないなりに、桃音を安心させたかった。
「……俺らは」
少なくとも、俺と翼は、
「完璧じゃないお前も好きだよ」
別に完璧になりたいなら止めないけど。翼も同じことを言うはずだ、と確信があった。
桃音の目が少し見開かれて、それから笑みの形を作った。
「変なの。二人ともお人好しだよね」
でも、ありがとう。涙を拭って朱希に目線を合わせる。
「ごめんね、困らせちゃった」
「別に、いいよ、そんなの」
そんなことで謝らないでくれ、までは言えなかった。分かっている、というように頷いた桃音は多分、分かってはいないのだろう。
「そろそろ帰った方がいいんじゃない? 色々忙しいだろうし」
「……そうだな」
朱希は桃音が心配だったが、それ以上何かを言えるとも思えなかった。
「なあ」
「うん?」
桃音が首を傾げる。朱希は少し躊躇ってから、それでも言葉にした。
「いつでも相談しろよ」
なんでもいいから。見捨てるつもりはないぞ、という意思表示のつもりで言ってから、朱希は言葉を待たずに部屋を出た。
「……なんなの?」
桃音は、びっくりして言葉が出ないうちに部屋を出ていかれてしまって、思わずそんな言葉が漏れた。
でも、少しだけ気が楽になったのは確かだった。明日はちゃんと学校に行くから、安心してね。と朱希に連絡を送れば、OKのスタンプだけが返ってきた。
*
次の日、桃音は宣言通り学校に登校した。
「おはようももちゃん。体調は大丈夫?」
「あ……、うん、平気! 心配かけてごめんね」
「いいって、そんなことで謝らないでよ」
なんだか気まずくて、朱希に視線を合わせることは出来なかった。それを翼に悟られないよう話題を作る。
「そういえば、ゆうちゃん、今日レゾナンスマイク受け取るんでしょ!?」
「うん! ちょうど昨日必要な手続きはだいたい終わったからね。今日受け取って、希望者はお披露目のライブが出来るんだって」
もちろん、ボクも希望者の一人! と、翼は心から嬉しそうに笑った。桃音はその笑顔を見てなんだか心苦しくなった。
「……」
「下手くそな、お前」
後ろから朱希が声をかけてくる。じと、とした視線が桃音に刺さって、翼も眉をひそめた。
「ももちゃん、やっぱりまだ体調が……」
「ご、ごめん! そうじゃないの、そうじゃなくて」
何かを言おうとして、悩んで、は、と気付く。
「が、学校が始まっちゃうから! また後で話させて!」
そう言って桃音は翼と朱希を置いて走り出した。翼は、朱希をじと、と睨んだ。
「やっぱなんかあったでしょ」
「いやあ、そりゃねえ……」
桃音はお前には隠したがると思ったんだよな、と言えば、翼は少し傷ついたような顔をした。
「……そっか」
「そうなんだよ。あいつお前のこと大好きだからなあ」
ボクからすれば。そうして本音を話されていたり、頼られていたりする朱希の方が余程、羨ましいけど、と思って、言わなかった。
不安を抱えながらも、学校は始まる。大人しく授業を付けることにした。
*
授業が終わり、放課後。鞄を引っ掴んで朱希と二人、桃音のクラスへと迎えば、困った顔をした桃音が帰り支度をしていた。
「……ももちゃん」
「ゆうちゃん……」
桃音が鞄を持つ。視線が合わない。何かを言おうとしているのに、何も言えないような。翼は少し悩んで、自分から切り出してみることにした。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ」
「えっ」
あ、目が合った。桃音は、どうしていいか分からないような顔をしている。
「その変わり、言いたくなったら教えてね。ボク、ももちゃんの話なら聞きたいから」
桃音は、少し迷ってから、口を開いた。
「……あのね!」
口を開けて、閉じる。しばらく迷って、小さく言葉を落とした。
「私、ゆうちゃんにも朱希にも置いていかれたくないって思ってる……!」
翼の目が見開かれる。桃音は言葉に詰まりながらも、少しずつ、しっかりと話した。
「置いていかれたくないよ、捨てられるのは怖いことだもん……、でも、でも、私、何も出来ないから……!」
翼は、そんなことないでしょ、と言おうとして、やめた。ひとまず黙って聞くことが先決な気がした。
「わ、私、デザインだって、そんなに上手くないし、……歌もダンスも、完璧には、出来ないから」
言葉が止まる。しばらくの沈黙の後、翼が口を開いた。
「……だから、置いていかれるって、思ってる?」
「……うん」
そうか、そんなふうに思っていたんだ。翼は確かなショックを頭に抱えながら、少しずつ言葉を続ける。
「……ももちゃん。ステージの上で、歌もダンスも完璧じゃなきゃダメだと思ってるの?」
「……うん」
翼は桃音の手を取った。桃音の肩がびくりと震えたのに苦笑して、翼は続ける。
「でも、ももちゃんはボクに、もしなにか失敗したとしても、楽しいステージだったらいいんだって教えてくれたよね」
「それは……、ゆうちゃんのステージだから」
「同じだよ、ももちゃん」
桃音の視線が上がる。目線が合う。翼は微笑んだ。
「ももちゃんのステージも、みんなが楽しければいいんだよ」
桃音が戸惑ったように視線を逸らした。翼は桃音の手を離して、よし、と気合いを入れるように頬を叩いた。
「ももちゃん、朱希、今日のステージ、ちゃんと見てくれるよね?」
「おう」
「えっ、あ、……うん」
頷く。翼は桃音を真っ直ぐ見て、にい、と笑った。
「ちゃんと見ててね、ももちゃん。ももちゃんは絶対大丈夫なんだって、ボクが証明するから」
突拍子も無い言葉に、桃音はきょとんとしていたが、翼はその答えも聞かずに歩き出した。
朱希に促されて、桃音も歩き出す。翼の言葉の真意は、はかれなかった。
*
ステージの裏。翼は、受け取ったばかりのレゾナンスマイクを握り締めて、一度、深呼吸した。
今日の衣装も、桃音のデザインしてくれたもの。オーディションの時とは違ってピンクを全面に出し、差し色に青を入れた、ヒラヒラのかわいい服。ふう、と息を整えてから、レゾナンスマイクを起動した。
「レゾナンスマイク!」
桃音が言ったのだ、「可愛い服は心の鎧だ」と。
「スタイルコードセット!」
だから、自分を信じて欲しいのだ。自分のことを、自分の思う可愛いものを、心の鎧を!
「――――心ときめくステージを目指して!」
ももちゃんの何かを変えられますように。
「オン・ステージ!」
*
曲が流れ出す。この曲は、オーディションの時と変わらない。手拍子を取りながら、光の中に躍り出る。
サイリウムの光、観客の期待に満ちた瞳、そのすべてがキラキラしていて眩しかった。その中に、――――桃音を見つけた。
*
「ゆうちゃん……」
桃音はなんだかとても不安だった。自分の考えた衣装を着て、翼がステージに立つ。あれだけ豪語しておいて、実感が追い付くと不安が勝った。
覚悟は決めたはずなのに。
「大丈夫だよ」
祈るような気持ちでステージを眺めていれば、朱希が隣であっさりと言った。なにがよ、と返せば、朱希は桃音を真っ直ぐ見て答えた。
「俺は翼を信じてるからさ」
そう言われてしまえば、桃音もそうするしかない。それでも不安は拭えずに、翼のステージが始まった。
光の中に現れた翼の、楽しそうな表情ときたら! 何回見たってなぜだか羨ましくて、まともに直視できなくなりそうで、その反面、とても綺麗だと思うのだ。桃音は、自分のこういうところが好きではなかった。そんなことを考えていたら、翼がこちらを見たような気がして、桃音は息を飲んだ。
ふわり。まさしく天使みたいに微笑んだ翼は、そのまま何事も無かったかのように歌い出す。
ひらりと衣装が揺れる。大きなリボンがふわりふわりと弛んで、誰よりも可愛いという言葉が似合う幼馴染に、この衣装をあてがったのは間違いじゃなかった、と桃音は少し安心した。
「あの衣装かわいいー!」
「リボン大きいのいいねえ」
ふと、そんな言葉が聞こえた。それでも自分がすごいとは思わなかった。
着こなしている翼がすごいのだ。誰よりも可愛くて、誰よりもかっこいい、私の幼馴染。
伸ばした指が、ひらめくフリルが、弾んだ声が、桃音を魅了する。ああ、これは私が好きなステージだ。――――私は、ゆうちゃんのステージが、好きだ。
翼が手拍子を誘導する。ぱち、ぱち、観客がリズムに乗って、星のノーツが現れる。
気付けば夢中になってそれを叩いていた。翼の、レゾナンスマイクを手に入れた初ステージだ。楽しまなければ、翼に失礼だ。
ステラ・ノーツが発動する間際――――
翼と目が合った気がした。
ステラ・ノーツが発動した瞬間、光の中に滲み出すように――――溢れたのは、たくさんの衣装。あれは、桃音がデザインしたものたちだ。翼は、たくさんの衣装の中から、ひとつの衣装を手に取った。それは、今着ているのとは違う、――――初めて、桃音がデザインしたもの。
なんで。
なんでそんなもの、
美しい光の中で、翼はその衣装を抱きしめて――――
*
翼のステージは圧倒的だった。翼は、誰よりもステージを楽しみ、誰よりも美しい光を放って、ステージをおりた。
桃音は、しばらく呆然として動けなかった。それを分かっているのかいないのか、朱希も何も言わなかった。
完璧でなければダメだと思っていた。でも、幼馴染である彼らは、きっと、桃音が完璧じゃなくても許してくれていた。今までも、ずっと。
簡単なことだ。簡単なことだったから、すっかり忘れていた。いいのだ、完璧じゃなくても。
「私も、トレンドシンカーになれるかなあ……」
ぽつり、と漏れた言葉。本心だった。あの光に焦がれている。あの光の中心に、立ってみたかった。
朱希は、仕方ないなと言うように笑った。
「桃音次第だろ、それは」
*
その後、結局翼とは会えなかった。感想は上手く言葉にならなかったから、それで良かったかもしれない。
帰ってきてからしばらく悩んで、ようやく桃音は決意した。LINEを開いて、翼と朱希のグループラインをタップする。
「私もトレンドシンカーになりたい。練習、付き合ってくれない?」
すぐに既読が着いた。OK、のスタンプが二人から送られてくる。翼からは、嬉しい、のスタンプも送られてきた。
――――お母さんに、なんて説明したらいいかな。
母は桃音に完璧を求める。トレンドシンカーという職は、そう簡単に認められるものではないだろう。
しばらくは何も言わなくてもいいか。
天井を見上げ、桃音はそう思った。そのまま目を閉じた。心は比較的穏やかだった。
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7864文字
「昔、それこそ小学校までダンス習ってて。その頃、俺も、トレンドシンカーを目指してたんだ」
翼や桃音と出会う前の朱希の夢は、トレンドシンカーだった。色々あって、諦めてしまったそれを、憧れという感情を、翼のステージを見て、思い出した。
「俺、翼に、『好きなもんは好きだ、って、堂々としてた方がかっこいい』って言ったけど、どの口がって話だよな。それが、なんだか恥ずかしくなっちゃって」
そんな自分の言葉を、空気が重くならないよう軽く笑い飛ばしてから、朱希は言った。
「俺ももっかいトレンドシンカーを目指したい。歌って踊って、みんなに元気を与えるトレンドシンカーが好きだから!」
そこまで言って翼と桃音の反応を伺うと、多少なりとも驚いている様子だった。そんな二人を見て、朱希は急に急になんだか恥ずかしくなった。何かを訂正しようと開けた口が音を発する前に、翼がふ、と笑った。
「いいんじゃない?」
「……!」
「堂々としなよ。好きなものは好きだって堂々としてた方がかっこいい、んでしょ」
自分が発した言葉が返ってくる。ああ、そうだ。確かに自分はそう思っている。
「きっとなれるよ。朱希って普通にかっこいいし、なんでも器用にこなしちゃうんだもん、これは強力なライバルが増えちゃったな」
ね、と、翼は言葉を押した。言葉とは裏腹に心底嬉しそうで、朱希はなんだかむず痒かった。
「す、すごいね……!」
桃音も隣から声をかけてくる。
「朱希も、トレンドシンカーを目指すんだ……! 私、どっちを応援していいか分からなくなっちゃいそうだよ!」
そんなことを言う桃音の声は少し上擦っていて、朱希は思わず怪訝な顔になった。なんだか少し様子が変だ、と思った。
「さて、もう夜も遅いし、ひとまず帰ろう! ゆうちゃんも疲れてるだろうし、今日はゆっくり休まなくちゃでしょ?」
それについて追求しようと口を開けたところで、桃音にそう言われてしまって、朱希は思わず口を閉ざした。先に歩き始めてしまった桃音の表情は見えなくて、それが静かに不安を煽った。
*
ずっと、朱希の言葉がぐるぐると回っている。もし彼も、彼までトレンドシンカーになってしまったら、私は一人になってしまうのではないかと、嫌な想像ばかりが桃音の頭に浮かんでいた。
あまりにも長いこと上の空だったせいで、母親にまで心配されてしまった。これでは良くないと、なんとか思考を逸らすため、時間を勉強に費やす。
翼のことは良いのだ。いつか置いていかれることの覚悟を、決めていたから。でも、朱希は違う。
なんとなく、ずっと一緒にいてくれると思っていた。
そうじゃないかもしれないことが怖くて、ペンが止まる。集中出来ないからとベッドに倒れ込むと、なんだかとても眠たくなった。
ああ、今日ももう寝てしまおう。明日には、いつも通りの朝が来るのだから。
*
「おはよう、翼」
「おはよう朱希。ももちゃんは?」
「LINE見てねえの? 風邪だってよ」
そう言われて慌ててLINEを見ると、数分前に連絡が来ていた。了解、のスタンプをぽんと押して、じゃあ行こうか、と鞄を持ち直した。
学校に行く道すがら、朱希がううん、と唸る。
「なあ、こないだから桃音、変じゃないか」
「……そう?」
翼はピンとこなくて首を傾げた。翼の前では隠してるもんな、と、眉をひそめたまま、朱希は続ける。
「……下手に抱え込んでないといいけどな」
ま、気のせいだって思っとくよ。朱希はそう言って笑って、いつも通り雑談を始めた。
朱希の様子から冗談を言っている訳では無いのだろうと察した翼は、桃音のことが心配になった。すぐに話すことができないことがもどかしくて、翼は朱希に声をかける。
「ねえ、じゃあ、今日は放課後お見舞いに行こうよ」
「でも翼、今日は手続きあるって言ってたろ」
「あ」
そうだった。
「……じゃあ、朱希だけで行ってきて。ちゃんと大丈夫だったか教えてね」
「それも問題じゃね? いくら桃音とはいえ俺だけで行くの意味分かんねえだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
なんで、と言われると答えられなかった。翼は呆れたように肩を竦めてみせた。
「いいじゃん、気になるならボクがお願いしたんだってことにしたらいいよ」
「……分かったよ」
朱希は渋々、というようにそう頷いた。よろしい、と翼が頷いた頃には学校が見えていた。
心配なのはお互い一緒だろうに、素直じゃないヤツ。そんなふうに思いながら、校舎へと歩を進めた。
*
「とはいえさあ……」
男女の区別くらいは朱希にもあった。確かに桃音は距離が近いところがあるが、それはそれ、これはこれだ。
女性の家に恋人でもない男性が一人で入るのってどうなんだよ。そんなことを思いながらチャイムを鳴らす。はい、と桃音の母親のものであろう声がして、扉が開いた。
「お見舞いです。翼は用があって来れなかったんですけど」
「あら、朱希くん。お見舞いありがとう、良ければ上がっていって」
そう言って、桃音の母親は朱希をリビングに案内した。
「桃音は風邪って言ってたけど……、多分、そうじゃないと思うの」
紅茶を入れながら、母親は話した。お菓子どれがいい? あ、どれでも大丈夫です。じゃあクッキーにしましょう。そんな雑談も挟みつつ、朱希は口を開いた。
「仮病? って、ことすか? 珍しいですね」
「そうなの。よければ会ってやってくれないかしら」
そう言いながらクッキーと紅茶をトレーに乗せた。桃音が仮病を使うことは、本当に珍しいので、何かを勘ぐりそうになってしまう。例えば、――――自分に会いたくなかったんじゃないか、とか。
「このまま仮病を続けられても困るもの。一日くらいは休んでも良いけど、勉強についていけなくなったら困るじゃない」
それもそうだ。もしそうであるのなら、向き合うのは早い方がいいだろう。
「分かりました」
朱希は頷いてトレーを受け取った。よろしくね、と彼女の母親は微笑んで、朱希を見送った。
*
「桃音? 入るぞ」
声をかけても応答はなかった。代わりにバタバタバタ、と音がしたのでしばらく待つ。
「どうぞ!」
そうしていると、そのうちに上擦った声が聞こえた。そこでようやく、朱希は扉を開けた。
「仮病だって?」
「……朱希」
茶化すように笑いながら部屋に入れば、困った顔をした桃音が目に入る。と言うよりは、なにか、思い詰めているような。
「なんか嫌なことでもあったか」
「……」
桃音は押し黙った。
「俺が……トレンドシンカー目指すって言ったのが、嫌だった?」
「……!」
びくり、と身体が動く。やっぱりな、と思った。ため息をつくと、怯えたような目が朱希を見上げた。
「ち、違うの」
「何が違うって?」
再び沈黙。これでは埒が明かない、と朱希は踏み込むことにした。
「なんで嫌なの」
責めるような物言いになってしまっているな、と自分でも思った。でも嫌だった。翼のことはちゃんと応援するのに、俺のことは応援してくんねえのか、と、拗ねた気持ちがそこにある。
「……置いていかれるみたいで」
観念したように、ポツリ、と言葉を漏らした。ぽつり、ぽつり、言葉が漏れる。
「ゆうちゃんはいいの。私、いつ置いていかれてもいいって思ってる、覚悟を決めてるの」
「でも、朱希は……一緒に置いて行かれてくれるって思ってた、から」
朱希は黙って聞いていた。ショックの方が近かった。
「そんなふうに……」
思っていたのか、ずっと。
でも、言われてみれば、と考える。
翼も朱希も男だ。トレンドシンカーになる以上、女性である上に一般人である桃音がそばに居続けるのは、あまり宜しくないだろう。
「わ、私は……トレンドシンカーには、なれないから」
「それは、そんなことないと思うけど」
「なれないよ」
桃音は首を横に振る。
「……なんで断言できんだよ。まだやったことないだろ」
「……それは」
そう、だけど。桃音は視線を逸らした。
「桃音もやってみたらいいじゃん、なれないって言葉が出るってことは、ちょっとはなりたいんだろ」
帰ってきたのは沈黙だった。桃音は下を向いていて表情が見えない。ぐす、と鼻をすする音がした。
「えっ」
「朱希には、分からないよ」
視線を上げた桃音の頬は涙に濡れていて、やってしまった、と思った。
「……悪い、でも」
「私、完璧じゃないとダメなの」
ぽつり。その言葉を、朱希は黙って聞くことにした。
「完璧じゃないと怒られちゃうから」
それは、誰にだろうか。相槌だけを打った。
「トレンドシンカーって、そもそもが不安定じゃない。そりゃなれるものならなりたいよ……!」
ず、と鼻をすするので、その辺にあったティッシュを渡した。ありがとう、と桃音が受け取る。律儀なやつ、と思った。
「怒られたくない……、見捨てられるのは怖いの」
「……」
朱希は困りきって何も言えなかった。何も言えないなりに考えて、考えた上で言葉が出てこなかった。
桃音のことはそれなりに、知っているつもりでいた。知らなかったんだ、知らなかったから傷つけたんだ、というショックが朱希の頭でぐるぐるとしていた。
「……ごめん、俺」
「いいの」
桃音の言葉はキッパリとしていた。
「私が勝手に怯えてるだけなの、分かってる、分かってるの」
それでも、と言葉は続く。
「私は誰にも見捨てられたくない……」
朱希は少し悩んで言葉を探した。何も言えないなりに、何も知らないなりに、桃音を安心させたかった。
「……俺らは」
少なくとも、俺と翼は、
「完璧じゃないお前も好きだよ」
別に完璧になりたいなら止めないけど。翼も同じことを言うはずだ、と確信があった。
桃音の目が少し見開かれて、それから笑みの形を作った。
「変なの。二人ともお人好しだよね」
でも、ありがとう。涙を拭って朱希に目線を合わせる。
「ごめんね、困らせちゃった」
「別に、いいよ、そんなの」
そんなことで謝らないでくれ、までは言えなかった。分かっている、というように頷いた桃音は多分、分かってはいないのだろう。
「そろそろ帰った方がいいんじゃない? 色々忙しいだろうし」
「……そうだな」
朱希は桃音が心配だったが、それ以上何かを言えるとも思えなかった。
「なあ」
「うん?」
桃音が首を傾げる。朱希は少し躊躇ってから、それでも言葉にした。
「いつでも相談しろよ」
なんでもいいから。見捨てるつもりはないぞ、という意思表示のつもりで言ってから、朱希は言葉を待たずに部屋を出た。
「……なんなの?」
桃音は、びっくりして言葉が出ないうちに部屋を出ていかれてしまって、思わずそんな言葉が漏れた。
でも、少しだけ気が楽になったのは確かだった。明日はちゃんと学校に行くから、安心してね。と朱希に連絡を送れば、OKのスタンプだけが返ってきた。
*
次の日、桃音は宣言通り学校に登校した。
「おはようももちゃん。体調は大丈夫?」
「あ……、うん、平気! 心配かけてごめんね」
「いいって、そんなことで謝らないでよ」
なんだか気まずくて、朱希に視線を合わせることは出来なかった。それを翼に悟られないよう話題を作る。
「そういえば、ゆうちゃん、今日レゾナンスマイク受け取るんでしょ!?」
「うん! ちょうど昨日必要な手続きはだいたい終わったからね。今日受け取って、希望者はお披露目のライブが出来るんだって」
もちろん、ボクも希望者の一人! と、翼は心から嬉しそうに笑った。桃音はその笑顔を見てなんだか心苦しくなった。
「……」
「下手くそな、お前」
後ろから朱希が声をかけてくる。じと、とした視線が桃音に刺さって、翼も眉をひそめた。
「ももちゃん、やっぱりまだ体調が……」
「ご、ごめん! そうじゃないの、そうじゃなくて」
何かを言おうとして、悩んで、は、と気付く。
「が、学校が始まっちゃうから! また後で話させて!」
そう言って桃音は翼と朱希を置いて走り出した。翼は、朱希をじと、と睨んだ。
「やっぱなんかあったでしょ」
「いやあ、そりゃねえ……」
桃音はお前には隠したがると思ったんだよな、と言えば、翼は少し傷ついたような顔をした。
「……そっか」
「そうなんだよ。あいつお前のこと大好きだからなあ」
ボクからすれば。そうして本音を話されていたり、頼られていたりする朱希の方が余程、羨ましいけど、と思って、言わなかった。
不安を抱えながらも、学校は始まる。大人しく授業を付けることにした。
*
授業が終わり、放課後。鞄を引っ掴んで朱希と二人、桃音のクラスへと迎えば、困った顔をした桃音が帰り支度をしていた。
「……ももちゃん」
「ゆうちゃん……」
桃音が鞄を持つ。視線が合わない。何かを言おうとしているのに、何も言えないような。翼は少し悩んで、自分から切り出してみることにした。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ」
「えっ」
あ、目が合った。桃音は、どうしていいか分からないような顔をしている。
「その変わり、言いたくなったら教えてね。ボク、ももちゃんの話なら聞きたいから」
桃音は、少し迷ってから、口を開いた。
「……あのね!」
口を開けて、閉じる。しばらく迷って、小さく言葉を落とした。
「私、ゆうちゃんにも朱希にも置いていかれたくないって思ってる……!」
翼の目が見開かれる。桃音は言葉に詰まりながらも、少しずつ、しっかりと話した。
「置いていかれたくないよ、捨てられるのは怖いことだもん……、でも、でも、私、何も出来ないから……!」
翼は、そんなことないでしょ、と言おうとして、やめた。ひとまず黙って聞くことが先決な気がした。
「わ、私、デザインだって、そんなに上手くないし、……歌もダンスも、完璧には、出来ないから」
言葉が止まる。しばらくの沈黙の後、翼が口を開いた。
「……だから、置いていかれるって、思ってる?」
「……うん」
そうか、そんなふうに思っていたんだ。翼は確かなショックを頭に抱えながら、少しずつ言葉を続ける。
「……ももちゃん。ステージの上で、歌もダンスも完璧じゃなきゃダメだと思ってるの?」
「……うん」
翼は桃音の手を取った。桃音の肩がびくりと震えたのに苦笑して、翼は続ける。
「でも、ももちゃんはボクに、もしなにか失敗したとしても、楽しいステージだったらいいんだって教えてくれたよね」
「それは……、ゆうちゃんのステージだから」
「同じだよ、ももちゃん」
桃音の視線が上がる。目線が合う。翼は微笑んだ。
「ももちゃんのステージも、みんなが楽しければいいんだよ」
桃音が戸惑ったように視線を逸らした。翼は桃音の手を離して、よし、と気合いを入れるように頬を叩いた。
「ももちゃん、朱希、今日のステージ、ちゃんと見てくれるよね?」
「おう」
「えっ、あ、……うん」
頷く。翼は桃音を真っ直ぐ見て、にい、と笑った。
「ちゃんと見ててね、ももちゃん。ももちゃんは絶対大丈夫なんだって、ボクが証明するから」
突拍子も無い言葉に、桃音はきょとんとしていたが、翼はその答えも聞かずに歩き出した。
朱希に促されて、桃音も歩き出す。翼の言葉の真意は、はかれなかった。
*
ステージの裏。翼は、受け取ったばかりのレゾナンスマイクを握り締めて、一度、深呼吸した。
今日の衣装も、桃音のデザインしてくれたもの。オーディションの時とは違ってピンクを全面に出し、差し色に青を入れた、ヒラヒラのかわいい服。ふう、と息を整えてから、レゾナンスマイクを起動した。
「レゾナンスマイク!」
桃音が言ったのだ、「可愛い服は心の鎧だ」と。
「スタイルコードセット!」
だから、自分を信じて欲しいのだ。自分のことを、自分の思う可愛いものを、心の鎧を!
「――――心ときめくステージを目指して!」
ももちゃんの何かを変えられますように。
「オン・ステージ!」
*
曲が流れ出す。この曲は、オーディションの時と変わらない。手拍子を取りながら、光の中に躍り出る。
サイリウムの光、観客の期待に満ちた瞳、そのすべてがキラキラしていて眩しかった。その中に、――――桃音を見つけた。
*
「ゆうちゃん……」
桃音はなんだかとても不安だった。自分の考えた衣装を着て、翼がステージに立つ。あれだけ豪語しておいて、実感が追い付くと不安が勝った。
覚悟は決めたはずなのに。
「大丈夫だよ」
祈るような気持ちでステージを眺めていれば、朱希が隣であっさりと言った。なにがよ、と返せば、朱希は桃音を真っ直ぐ見て答えた。
「俺は翼を信じてるからさ」
そう言われてしまえば、桃音もそうするしかない。それでも不安は拭えずに、翼のステージが始まった。
光の中に現れた翼の、楽しそうな表情ときたら! 何回見たってなぜだか羨ましくて、まともに直視できなくなりそうで、その反面、とても綺麗だと思うのだ。桃音は、自分のこういうところが好きではなかった。そんなことを考えていたら、翼がこちらを見たような気がして、桃音は息を飲んだ。
ふわり。まさしく天使みたいに微笑んだ翼は、そのまま何事も無かったかのように歌い出す。
ひらりと衣装が揺れる。大きなリボンがふわりふわりと弛んで、誰よりも可愛いという言葉が似合う幼馴染に、この衣装をあてがったのは間違いじゃなかった、と桃音は少し安心した。
「あの衣装かわいいー!」
「リボン大きいのいいねえ」
ふと、そんな言葉が聞こえた。それでも自分がすごいとは思わなかった。
着こなしている翼がすごいのだ。誰よりも可愛くて、誰よりもかっこいい、私の幼馴染。
伸ばした指が、ひらめくフリルが、弾んだ声が、桃音を魅了する。ああ、これは私が好きなステージだ。――――私は、ゆうちゃんのステージが、好きだ。
翼が手拍子を誘導する。ぱち、ぱち、観客がリズムに乗って、星のノーツが現れる。
気付けば夢中になってそれを叩いていた。翼の、レゾナンスマイクを手に入れた初ステージだ。楽しまなければ、翼に失礼だ。
ステラ・ノーツが発動する間際――――
翼と目が合った気がした。
ステラ・ノーツが発動した瞬間、光の中に滲み出すように――――溢れたのは、たくさんの衣装。あれは、桃音がデザインしたものたちだ。翼は、たくさんの衣装の中から、ひとつの衣装を手に取った。それは、今着ているのとは違う、――――初めて、桃音がデザインしたもの。
なんで。
なんでそんなもの、
美しい光の中で、翼はその衣装を抱きしめて――――
*
翼のステージは圧倒的だった。翼は、誰よりもステージを楽しみ、誰よりも美しい光を放って、ステージをおりた。
桃音は、しばらく呆然として動けなかった。それを分かっているのかいないのか、朱希も何も言わなかった。
完璧でなければダメだと思っていた。でも、幼馴染である彼らは、きっと、桃音が完璧じゃなくても許してくれていた。今までも、ずっと。
簡単なことだ。簡単なことだったから、すっかり忘れていた。いいのだ、完璧じゃなくても。
「私も、トレンドシンカーになれるかなあ……」
ぽつり、と漏れた言葉。本心だった。あの光に焦がれている。あの光の中心に、立ってみたかった。
朱希は、仕方ないなと言うように笑った。
「桃音次第だろ、それは」
*
その後、結局翼とは会えなかった。感想は上手く言葉にならなかったから、それで良かったかもしれない。
帰ってきてからしばらく悩んで、ようやく桃音は決意した。LINEを開いて、翼と朱希のグループラインをタップする。
「私もトレンドシンカーになりたい。練習、付き合ってくれない?」
すぐに既読が着いた。OK、のスタンプが二人から送られてくる。翼からは、嬉しい、のスタンプも送られてきた。
――――お母さんに、なんて説明したらいいかな。
母は桃音に完璧を求める。トレンドシンカーという職は、そう簡単に認められるものではないだろう。
しばらくは何も言わなくてもいいか。
天井を見上げ、桃音はそう思った。そのまま目を閉じた。心は比較的穏やかだった。
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#TrendSync 一話
7136文字
――――お姉ちゃん。
幼い声がした。今よりはるかに低い視点、姉と手をつないで帰る途中。翼は姉に声を掛けた。
――――なあに、翼。
翼の声に応えるように微笑みを返し振り返る姉の顔はぼやけている。よく見えない、よく思い出せないけれど、姉のことだから、きっと笑顔だった。
――――いつか一緒に、あのステージに立とうね。
TrendSync Perform。歌とダンスとファッションを組み合わせた、この世界における最も重要な未来を紡ぐ手段であり、競技のこと。姉は、その世界でも頂点である『トップシンカー』を目指していた。小さな間の後、姉は息を大きく吸った。
――――もちろん!
嬉しそうな声だったと、思う。もう思い出せない。ああ、これは過去の夢だ、だって、姉は、今――――……
「……ばさ、翼! 起きなさい!」
は、と目を覚ます。目の前には呆れた顔をした母親が立っている。頭が回らない。なんだか怒っているようだった。ぼんやりした翼を前に、母は、す、と時計を掲げてみせた。時間は遅刻ギリギリを示している。
「えっ、うわあ!」
「もう桃音ちゃんたちには先に行ってもらったからね。アンタも早く支度なさい」
ご飯はできてるから早く降りてくるのよと母は部屋を出て行った。翼も、慌ててベッドから出て支度をする。顔を洗って歯を磨き、雑に髪を整え制服に着替える。
先日買ったばかりのかわいいヘアピンを今日こそつけていくか悩んで断念する。顔が幼い方とはいえ、男である自分がこれをつけるという違和感がどうしても拭えなかった。
ふと、さっきまで見ていた夢を思い出して、そっと姉の部屋の扉を開けた。
静かだった。部屋に翼が入ってきて尚、視線は窓の外を向いている。
「お姉ちゃん、おはよう」
声を掛けても反応はなかった。普段だったらもう少し、一方的にでもおしゃべりをしてから行くのだが、今日はそうも言ってられない。行ってきます、とだけ声を掛けて、ご飯を済ませるべく階段を下りた。
*
「お、遅かったな、寝坊助さん」
教室に入れば、クラスメイト兼幼馴染の正城朱希が真っ先にこちらに気付いた。よう、と手を振ってくる彼の隣で、同じく幼馴染の結城桃音がぱあっと顔を明るくした。
「おはよう、ゆうちゃん!」
夕空翼の夕をとってゆうちゃん。その呼び方は幼稚園の頃から変わっておらず、いつも通りの教室内になんだか少し気が解けていくような気がした。
「おはよう。まさか遅刻するなんて思わなかったよ~……」
「なんだか珍しいよね、遅刻するの」
ちょっと心配したんだよ、と言う桃音の横で、朱希が意地悪気にこう言った。
「とか言って、授業中居眠りしがちじゃん。ちゃんと夜に眠らないと駄目だぜ」
「う……」
何も言い返せなかった。言葉に詰まった翼を見て、桃音は首を傾げた。
「夜、あんまり眠れてないの?」
「う~ん……」
眠れている、と言えば嘘になる。最近は、自分がステージに上がるための衣装デザインに苦戦しっぱなしで、夜更かしをしがちだった。そのせいで、授業もおろそかになっている、自覚がある。
「良くないってわかってるんだけどね」
「自分でデザインもやらなきゃなんねえのか。そりゃ大変だな」
翼の描いたデザイン画を見て朱希が唸る。そのまま、無理、専門外、と言いながら桃音にスライドした。桃音が言う。
「ゆうちゃん、トップシンカーになりたいんだもんね……」
まじまじとデザインを見ながら桃音も困った顔をした。それから少し悩んで、意を決したようによし、と気合を入れる。
「えっとね、ゆうちゃんさえ良ければなんだけど」
そう言いながらごそごそとカバンを漁る。カバンから出てきたのは一つの携帯端末だった。
「それは?」
「トレンドフォージ! これで衣装をデザインして、スタイルコード――――ええと、カードに印刷するの」
こうやって、と、桃音は一つのデータを選択して印刷する。朱希は興味深げにそれを眺めていた。
「へえ、桃音もそういうの持ってたのか」
「ボクでさえ自分のは持ってないのに……」
えへへ、と照れたように笑った桃音は、印刷したカードで口元を隠してこう言った。
「ゆうちゃんの役に立ちたくて。あのね、ゆうちゃん」
桃音はそのまま、そのカードを翼に差し出す。翼は、どこからどう見ても女の子のための服が印刷されたそれと、桃音の顔を見比べた。
「私のデザインを着て、オーディションのステージに立ってみてくれないかな!?」
「……え、」
再びスタイルコードに視線をやる。女の子の服だ。桃音の顔を見る。冗談を言っているようには見えなかった。
「あー、いいんじゃね? 似合うだろ」
朱希の他人事みたいな声がその後ろから響く。キーンコーンカーンコーン……と、そのタイミングでチャイムが鳴った。いけない、と桃音はスタイルコードを翼に押し付けた。
「考えておいて!」
「え、ちょっ」
桃音がバタバタと自分の教室に戻って行く。一人取り残されっぱなしの翼は、それを引き留めることも、朱希に助けを求めることも出来ずに、先生が入ってきて、授業が始まった。
*
トレンドシンカーになるには、レゾナンスマイクを手に入れる必要がある。レゾナンスマイクは、オーディションに参加することで手に入れられる、トレンドシンカーの証明だ。翼は、そのオーディションに、二回落ちている。
桃音の考えた衣装を着て、オーディションのステージに立つ。何度スタイルコードを確認してもそこに描かれているのはかわいいふわふわのスカートと大きなリボンで、翼は小さくため息をついた。
かわいいものは好きだ。でも、身に纏いたいと思うかと言われたら、分からない。だって、男がこんな服を着るのは、変だ。ううん、と声が漏れる。
「何悩んでんの。授業ちゃんと聞いてたか?」
スタイルコードを眺めてぼうとしていると、後ろから朱希が声を掛けてきた。開いている椅子をがたがたと引きずって隣に座る。翼は、少し悩んでから言葉を口にした。
「いや、ボクは男なのになあって……。授業は、あとでももちゃんに教えてもらうよ」
「贅沢な奴。んで、服だっけ、でもお前、可愛いの好きだろ」
「好きだけどさ……」
間髪入れずに入った言葉に尻込みする。朱希は、しばらく黙ってから、改めて口を開いた。
「俺は好きな物を好きだ! って堂々としてた方がかっこいいと思うぜ」
「……わかってるけど」
「それに、今更じゃね?」
じ、とこちらを見据える朱希はいたって真面目な顔をしていてなんだか居心地が悪い。
「今更?」
「トップシンカーになりたいなんて、笑われても仕方ないだろ」
それでもなるんだろ、翼は。そう言われてみて、考える。確かに、同じことかもしれない。トレンドシンカーになることは比較的簡単だが、トップシンカーとなると唯一だ。夢物語と笑われてもおかしくないだろう。
「利用できるもん利用したらいいんじゃねえの。俺はその辺、よく分かんねえけど」
「朱希ってこういうの興味ないもんね」
「裏方の方が性にあってんだよな。曲作るだけ~とかさ」
確かに、それで良いのかもしれない。可愛いものが好きだから、可愛い服を着る。そう言葉にすると、ごく単純な話のように思えた。
「ゆうちゃん、朱希、帰ろ~!」
がたがた、と扉が開かれ桃音が現れる。おう、と返事をして朱希も荷物をまとめ始めた。桃音が近づいてくる。
「何話してたの?」
「えーと……」
桃音はちら、とスタイルコードに目をやった。翼は、少し悩んで、思い切って聞いてみることにした。
「ももちゃんは、どうしてボクにこの衣装が似合うと思ったの?」
「えっ、そうだなあ……」
桃音は少し悩んだ。言葉を選んでいるようだったので、大人しく待つことにした。
「……、ゆうちゃんが、喜んでくれたらいいな、が一番だったの。もちろん、かっこいいのが似合わないと思ってるわけじゃなくて……。ゆうちゃんなら、こっちの方が喜んでくれるかなって」
違った? と小さく首を傾げて見せる桃音は翼のなりたい女の子の形をしていて、なんだか複雑だった。言葉が足りなかったのを察した桃音が、慌てて言葉を付け足す。
「ゆうちゃんに似合うと思ったからデザインしたんだよ! ゆうちゃんは世界一可愛いもの。私を信じて」
ね、と念を押す。翼は困ってしまって、スタイルコードに視線をやった。
「……えっと、まずね。嬉しいのは本当なんだ。ももちゃんがボクのためにデザインを持ってきてくれるなんて思ってなかったから……。でも、戸惑いと不安が強くて。だって、これを着て、ボクが失敗したら……」
「翼」
そんな言葉を、後ろから朱希が止めた。押し黙った翼に、桃音は少し考えてから言葉を発した。
「大丈夫よ、ゆうちゃん。私を信じて。ダメでもいいの、ゆうちゃんが心ときめくかどうかが一番大事なの」
「心ときめく……」
「そう。私、ゆうちゃんのステージが好き! 楽しく歌って踊ってるゆうちゃんが好き。見てると楽しくなって、嬉しくなって、がんばれーって、いっぱい応援したくなるの。ゆうちゃんなら、もしなにか失敗したとしても楽しいステージにできるって、信じてるから」
桃音はふわりと笑みを浮かべた。花のような笑みだった。
「だから、大丈夫。大丈夫よ、ゆうちゃん。それにほら、可愛い服は心の鎧だもの」
「……ももちゃん」
「俺もそう思うぜ」
桃音の言葉に、朱希も頷いた。
「一回やってみりゃいいじゃん。今までダメだったのが嘘みたいに楽しいかもしれないぜ」
かわいい感じの曲を作り直さなきゃな、と朱希は笑った。確かに、と桃音は頷く。翼は、少しだけ自分を――――ひいては、自分を信じてくれている二人を、信じてみることにした。
「……二人とも、ありがとう」
スタイルコードを掲げて、翼は宣言した。
「ボク、やってみる。最高に可愛いトップシンカーになってみせるよ!」
朱希と桃音は、目線を合わせて頷いた。ただ、その信頼が嬉しかった。
*
朱希が爆速で曲を作り、なんとか振り付けを完成させた頃にはオーディションが数週間後に迫っていた。
TrendSync Performのオーディションは一大イベントだ。未来のスターがここから生まれるかもしれない、と、大きなホールで未来のファンたちの視線の元、行われる。
オーディションでは、一次審査で書類を見、二次審査で課題曲をやり、最後にステージに立つ。観客のときめきがそのまま得点となり、それが1000を越せばレゾナンスマイクを手に入れられる。
だから、出来うる限り完璧に仕上げなければならない。翼は、小さくて華奢とはいえ男だ。女性らしい立ち振る舞いを習得するのにそこそこの時間がかかった。
朱希がダンスを見てくれたり、桃音が歌の練習を手伝ってくれたり。
最大限使えるものを使い、利用出来るものを利用し、そうして目まぐるしく時は過ぎ――――
――――気付けば最終審査の当日だった。
「頑張ってね、ゆうちゃん……!」
「ここまで残ったの初めてじゃね? すげえな」
変わらず応援してくれる桃音と朱希がそんなふうに見送ってくれる。翼は頷いて、親指を立てて二人に突き出した。
「ちゃんと寝たし、体調も万全! それに、ボクには二人がついてる。必ずレゾナンスマイクを手に入れて、トレンドシンカーになってみせるよ!」
だから、見てて。そう言って笑ってみせれば、笑顔が硬かったのか、桃音は仕方ないなと言うように笑って、翼の頬に指を当て、ぐいと上にあげた。
「でも緊張してる? 大丈夫、ゆうちゃん。今まで頑張ってきたもん、今まで通り、歌って踊るだけ、だよ」
そのままぐにぐにと顔をもみくちゃにされる。なんだかそれがおかしくて、思わず自然に笑みがこぼれた。
「うんうん、ゆうちゃんは自然体で笑ってるのがいちばんかわいいんだから」
「……緊張するなは無理な話かもしんねえけど、ま、信じろよ。積み上げてきた経験をさ」
「そうそう! あ、これはお守りね」
そう言いながら、桃音は翼に紙袋を突き出した。
「……これは?」
「ふふん。開けてみて!」
言われるがまま開けるとそこには羽根のヘアピンがふたつ、収まっていた。よくよく見れば少し縫い目がブレていたりするところがあって、手作りなのだろうと察することができた。
「……これ」
「朱希と一緒に作ったの! 朱希ったら玉留めもできないのよ。めちゃくちゃ苦戦したんだから」
「それは別にいいだろ、高校生男子の裁縫力なんてそんなもんだって」
二人はそこまで言ってから、オーディション開演の時間が迫っているのに気づいて目を合わせた。
「じゃあ、頑張ってね、ゆうちゃん!」
「見てるからな、ちゃんと」
「あ、……ありがとう!」
朱希と桃音はその言葉に誇らしげな顔をしてから客席に急ぐ。翼は、安心した心持ちで二人に手を振り、ステージへと向かった。
――――お姉ちゃん。
ボクは、お姉ちゃんの代わりに、トップシンカーになる。
トップシンカーになって――――お姉ちゃんを、助けるから。
どこか覚悟を決めた面持ちで、翼は貸し出されたレゾナンスマイクを起動した。
「レゾナンスマイク!」
手順は何度も動画で見たから知っている。翼にとって長く憧れだった、変身の手順。
「スタイルコードセット!」
マイクのボタンを押してからカードを読み込ませる。淡く光ったカードがその衣装を投影した。
息を吸う。吐く。想いはひとつだった。
「――――最高のステージを目指して!」
二人の気持ちを無駄にしないように。
「オン・ステージ!」
視線を上げれば、一面にピンクのサイリウムが広がっていた。
*
曲が流れ出す。朱希が翼のために作ってくれた曲だ。手拍子が多めの、リズムの取りやすい曲。翼はリズム感あんまないからこの方がいいだろ、と言った朱希の思惑は正しくて、翼でもそれなりに踊れるようになった。
「みんな! 今日は楽しんで行ってねー!」
わああ、と歓声が上がる。音に合わせて腕を運び、足を運び、歌う。
観客の顔が見える。楽しんでくれている人、そっぽを向いている人、様々だ。この視線を、全て、自分のものにしなければ、――――トップシンカーになんて、なれない!
指先まで綺麗に運ぶよう意識しながら、声を出す。歌え、歌え、誰にも負けぬように。
ああ、それにしたって、ステージがこんなに楽しいものだなんて知らなかった。
人の前で歌って踊るのがこんなに楽しいなんて知らなかった!
「みんなっ、もっともっと声を出して! もっともっと――――楽しんで!」
手拍子を誘導する。今なら何でもできる気がした。ぱち、ぱち、ぱち、手拍子が合って行く。観客の前にノーツが現れた。
光が見える。降り注ぐ星のノーツは観客の元に届き手元で弾ける。リズムを取りやすいよう夢中で誘導した。
そうしているうちに、
鮮烈。そんな言葉が似合うような、爆発的な光とともに、――――圧倒的なステラ・ノーツ!
翼の背後に羽が生えたように思えた。みにくいアヒルの子は、白鳥の真似をして美しく羽ばたいた。
あと少し頑張れば、光に届く。ぐうっと手を伸ばした翼の、光に届いた手の、先――――
「すごいよ、ゆうちゃん!」
そこにいたのは小さな生き物だった。マスコット、と言っても差し支えないだろう。
「いいなあ、ゆうちゃんの光は、希望って感じですごいなあ!」
「――――君は?」
そのマスコットは、その身体をふるりとさせてから答えた。
「ぼくはルミィ、メロディアに住んでいる、おとだまさ!」
おとだま――――ルミィは、翼の頬にすり、と頬擦りをして、笑った。
「ああ、君ならきっと、いつか壊れてしまった未来も紡げる……」
――――そんな言葉を最後に、翼の意識はステージに戻った。
わああ、と大歓声が響く。得点は――――1340点。1000点を、こえている。
「……嘘」
信じられない。
「合格……?」
呆然と呟いてから、はっとした。まだステージの上だ。慌てて観客に向き直り、丁寧に頭を下げた。そのままステージを下りれば、あのステージの光も、大歓声も、まるで夢だったかのように静かだった。
*
その後はすごくあっさりしていた。おめでとうございます、と頭を下げたのはレゾナンスマイクを製造する会社の社員さんで、桃音の作ってくれた衣装に合わせた装飾を頼めば快く快諾してくれた。
それが届くまで、数週間いただきますね。この度は本当におめでとうございます。と、そんな言葉を貰って外に出れば、朱希と桃音が駆け寄ってきた。
「ゆうちゃん!」
「翼! おっまえ、すげえなあ!」
朱希がばしばしと背中を叩く。桃音も翼の手を取りぶんぶんと振り回した。
「わ、わ、朱希、痛いし、ももちゃんもちょっと落ち着いて……」
「落ち着いてられないよー!」
そのまま桃音は翼に抱きついた。翼が固まったのを良いことに、桃音は話し出す。
「ゆうちゃん、本当に可愛かったし、本当に凄かった! 本当にステージに立つの初めてなの!? ってくらい、最強だった。私の見立ては正しかった!」
ぐう、と抱きしめて、離す。それから桃音は、心から嬉しそうに笑った。
「ゆうちゃんがトレンドシンカーになるお手伝いが出来て嬉しい! おめでとう、ゆうちゃん」
「ももちゃん……」
翼は、もう、夢なのではないかとばかり思っていたから、桃音の言葉で現実感がようやく追いついてきて、なんだかとても嬉しくなった。
「いや……」
朱希がぽつりと声を出した。少し悩んで、唸って、それからようやく話し出す。
「改めて、めちゃくちゃ良かったと思う。良かった、から……」
それからしばらく、沈黙。焦れた桃音が急かしてようやく、朱希は言葉を続けた。
「あー、えっと、……あのさ」
頬をかいて、朱希は首を傾げてこう言った。
「俺でもトレンドシンカーになれると思う?」
久々に踊りたくなっちゃって。そう続いた朱希の言葉を何度か反芻する。おれでもとれんどしんかーになれるとおもう?
「え――――っ!?」
言葉を咀嚼しおわってようやく、翼と桃音は顔を見合せて、それから二人で大きく声を上げた。
夢への道は始まったばかりだ。
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7136文字
――――お姉ちゃん。
幼い声がした。今よりはるかに低い視点、姉と手をつないで帰る途中。翼は姉に声を掛けた。
――――なあに、翼。
翼の声に応えるように微笑みを返し振り返る姉の顔はぼやけている。よく見えない、よく思い出せないけれど、姉のことだから、きっと笑顔だった。
――――いつか一緒に、あのステージに立とうね。
TrendSync Perform。歌とダンスとファッションを組み合わせた、この世界における最も重要な未来を紡ぐ手段であり、競技のこと。姉は、その世界でも頂点である『トップシンカー』を目指していた。小さな間の後、姉は息を大きく吸った。
――――もちろん!
嬉しそうな声だったと、思う。もう思い出せない。ああ、これは過去の夢だ、だって、姉は、今――――……
「……ばさ、翼! 起きなさい!」
は、と目を覚ます。目の前には呆れた顔をした母親が立っている。頭が回らない。なんだか怒っているようだった。ぼんやりした翼を前に、母は、す、と時計を掲げてみせた。時間は遅刻ギリギリを示している。
「えっ、うわあ!」
「もう桃音ちゃんたちには先に行ってもらったからね。アンタも早く支度なさい」
ご飯はできてるから早く降りてくるのよと母は部屋を出て行った。翼も、慌ててベッドから出て支度をする。顔を洗って歯を磨き、雑に髪を整え制服に着替える。
先日買ったばかりのかわいいヘアピンを今日こそつけていくか悩んで断念する。顔が幼い方とはいえ、男である自分がこれをつけるという違和感がどうしても拭えなかった。
ふと、さっきまで見ていた夢を思い出して、そっと姉の部屋の扉を開けた。
静かだった。部屋に翼が入ってきて尚、視線は窓の外を向いている。
「お姉ちゃん、おはよう」
声を掛けても反応はなかった。普段だったらもう少し、一方的にでもおしゃべりをしてから行くのだが、今日はそうも言ってられない。行ってきます、とだけ声を掛けて、ご飯を済ませるべく階段を下りた。
*
「お、遅かったな、寝坊助さん」
教室に入れば、クラスメイト兼幼馴染の正城朱希が真っ先にこちらに気付いた。よう、と手を振ってくる彼の隣で、同じく幼馴染の結城桃音がぱあっと顔を明るくした。
「おはよう、ゆうちゃん!」
夕空翼の夕をとってゆうちゃん。その呼び方は幼稚園の頃から変わっておらず、いつも通りの教室内になんだか少し気が解けていくような気がした。
「おはよう。まさか遅刻するなんて思わなかったよ~……」
「なんだか珍しいよね、遅刻するの」
ちょっと心配したんだよ、と言う桃音の横で、朱希が意地悪気にこう言った。
「とか言って、授業中居眠りしがちじゃん。ちゃんと夜に眠らないと駄目だぜ」
「う……」
何も言い返せなかった。言葉に詰まった翼を見て、桃音は首を傾げた。
「夜、あんまり眠れてないの?」
「う~ん……」
眠れている、と言えば嘘になる。最近は、自分がステージに上がるための衣装デザインに苦戦しっぱなしで、夜更かしをしがちだった。そのせいで、授業もおろそかになっている、自覚がある。
「良くないってわかってるんだけどね」
「自分でデザインもやらなきゃなんねえのか。そりゃ大変だな」
翼の描いたデザイン画を見て朱希が唸る。そのまま、無理、専門外、と言いながら桃音にスライドした。桃音が言う。
「ゆうちゃん、トップシンカーになりたいんだもんね……」
まじまじとデザインを見ながら桃音も困った顔をした。それから少し悩んで、意を決したようによし、と気合を入れる。
「えっとね、ゆうちゃんさえ良ければなんだけど」
そう言いながらごそごそとカバンを漁る。カバンから出てきたのは一つの携帯端末だった。
「それは?」
「トレンドフォージ! これで衣装をデザインして、スタイルコード――――ええと、カードに印刷するの」
こうやって、と、桃音は一つのデータを選択して印刷する。朱希は興味深げにそれを眺めていた。
「へえ、桃音もそういうの持ってたのか」
「ボクでさえ自分のは持ってないのに……」
えへへ、と照れたように笑った桃音は、印刷したカードで口元を隠してこう言った。
「ゆうちゃんの役に立ちたくて。あのね、ゆうちゃん」
桃音はそのまま、そのカードを翼に差し出す。翼は、どこからどう見ても女の子のための服が印刷されたそれと、桃音の顔を見比べた。
「私のデザインを着て、オーディションのステージに立ってみてくれないかな!?」
「……え、」
再びスタイルコードに視線をやる。女の子の服だ。桃音の顔を見る。冗談を言っているようには見えなかった。
「あー、いいんじゃね? 似合うだろ」
朱希の他人事みたいな声がその後ろから響く。キーンコーンカーンコーン……と、そのタイミングでチャイムが鳴った。いけない、と桃音はスタイルコードを翼に押し付けた。
「考えておいて!」
「え、ちょっ」
桃音がバタバタと自分の教室に戻って行く。一人取り残されっぱなしの翼は、それを引き留めることも、朱希に助けを求めることも出来ずに、先生が入ってきて、授業が始まった。
*
トレンドシンカーになるには、レゾナンスマイクを手に入れる必要がある。レゾナンスマイクは、オーディションに参加することで手に入れられる、トレンドシンカーの証明だ。翼は、そのオーディションに、二回落ちている。
桃音の考えた衣装を着て、オーディションのステージに立つ。何度スタイルコードを確認してもそこに描かれているのはかわいいふわふわのスカートと大きなリボンで、翼は小さくため息をついた。
かわいいものは好きだ。でも、身に纏いたいと思うかと言われたら、分からない。だって、男がこんな服を着るのは、変だ。ううん、と声が漏れる。
「何悩んでんの。授業ちゃんと聞いてたか?」
スタイルコードを眺めてぼうとしていると、後ろから朱希が声を掛けてきた。開いている椅子をがたがたと引きずって隣に座る。翼は、少し悩んでから言葉を口にした。
「いや、ボクは男なのになあって……。授業は、あとでももちゃんに教えてもらうよ」
「贅沢な奴。んで、服だっけ、でもお前、可愛いの好きだろ」
「好きだけどさ……」
間髪入れずに入った言葉に尻込みする。朱希は、しばらく黙ってから、改めて口を開いた。
「俺は好きな物を好きだ! って堂々としてた方がかっこいいと思うぜ」
「……わかってるけど」
「それに、今更じゃね?」
じ、とこちらを見据える朱希はいたって真面目な顔をしていてなんだか居心地が悪い。
「今更?」
「トップシンカーになりたいなんて、笑われても仕方ないだろ」
それでもなるんだろ、翼は。そう言われてみて、考える。確かに、同じことかもしれない。トレンドシンカーになることは比較的簡単だが、トップシンカーとなると唯一だ。夢物語と笑われてもおかしくないだろう。
「利用できるもん利用したらいいんじゃねえの。俺はその辺、よく分かんねえけど」
「朱希ってこういうの興味ないもんね」
「裏方の方が性にあってんだよな。曲作るだけ~とかさ」
確かに、それで良いのかもしれない。可愛いものが好きだから、可愛い服を着る。そう言葉にすると、ごく単純な話のように思えた。
「ゆうちゃん、朱希、帰ろ~!」
がたがた、と扉が開かれ桃音が現れる。おう、と返事をして朱希も荷物をまとめ始めた。桃音が近づいてくる。
「何話してたの?」
「えーと……」
桃音はちら、とスタイルコードに目をやった。翼は、少し悩んで、思い切って聞いてみることにした。
「ももちゃんは、どうしてボクにこの衣装が似合うと思ったの?」
「えっ、そうだなあ……」
桃音は少し悩んだ。言葉を選んでいるようだったので、大人しく待つことにした。
「……、ゆうちゃんが、喜んでくれたらいいな、が一番だったの。もちろん、かっこいいのが似合わないと思ってるわけじゃなくて……。ゆうちゃんなら、こっちの方が喜んでくれるかなって」
違った? と小さく首を傾げて見せる桃音は翼のなりたい女の子の形をしていて、なんだか複雑だった。言葉が足りなかったのを察した桃音が、慌てて言葉を付け足す。
「ゆうちゃんに似合うと思ったからデザインしたんだよ! ゆうちゃんは世界一可愛いもの。私を信じて」
ね、と念を押す。翼は困ってしまって、スタイルコードに視線をやった。
「……えっと、まずね。嬉しいのは本当なんだ。ももちゃんがボクのためにデザインを持ってきてくれるなんて思ってなかったから……。でも、戸惑いと不安が強くて。だって、これを着て、ボクが失敗したら……」
「翼」
そんな言葉を、後ろから朱希が止めた。押し黙った翼に、桃音は少し考えてから言葉を発した。
「大丈夫よ、ゆうちゃん。私を信じて。ダメでもいいの、ゆうちゃんが心ときめくかどうかが一番大事なの」
「心ときめく……」
「そう。私、ゆうちゃんのステージが好き! 楽しく歌って踊ってるゆうちゃんが好き。見てると楽しくなって、嬉しくなって、がんばれーって、いっぱい応援したくなるの。ゆうちゃんなら、もしなにか失敗したとしても楽しいステージにできるって、信じてるから」
桃音はふわりと笑みを浮かべた。花のような笑みだった。
「だから、大丈夫。大丈夫よ、ゆうちゃん。それにほら、可愛い服は心の鎧だもの」
「……ももちゃん」
「俺もそう思うぜ」
桃音の言葉に、朱希も頷いた。
「一回やってみりゃいいじゃん。今までダメだったのが嘘みたいに楽しいかもしれないぜ」
かわいい感じの曲を作り直さなきゃな、と朱希は笑った。確かに、と桃音は頷く。翼は、少しだけ自分を――――ひいては、自分を信じてくれている二人を、信じてみることにした。
「……二人とも、ありがとう」
スタイルコードを掲げて、翼は宣言した。
「ボク、やってみる。最高に可愛いトップシンカーになってみせるよ!」
朱希と桃音は、目線を合わせて頷いた。ただ、その信頼が嬉しかった。
*
朱希が爆速で曲を作り、なんとか振り付けを完成させた頃にはオーディションが数週間後に迫っていた。
TrendSync Performのオーディションは一大イベントだ。未来のスターがここから生まれるかもしれない、と、大きなホールで未来のファンたちの視線の元、行われる。
オーディションでは、一次審査で書類を見、二次審査で課題曲をやり、最後にステージに立つ。観客のときめきがそのまま得点となり、それが1000を越せばレゾナンスマイクを手に入れられる。
だから、出来うる限り完璧に仕上げなければならない。翼は、小さくて華奢とはいえ男だ。女性らしい立ち振る舞いを習得するのにそこそこの時間がかかった。
朱希がダンスを見てくれたり、桃音が歌の練習を手伝ってくれたり。
最大限使えるものを使い、利用出来るものを利用し、そうして目まぐるしく時は過ぎ――――
――――気付けば最終審査の当日だった。
「頑張ってね、ゆうちゃん……!」
「ここまで残ったの初めてじゃね? すげえな」
変わらず応援してくれる桃音と朱希がそんなふうに見送ってくれる。翼は頷いて、親指を立てて二人に突き出した。
「ちゃんと寝たし、体調も万全! それに、ボクには二人がついてる。必ずレゾナンスマイクを手に入れて、トレンドシンカーになってみせるよ!」
だから、見てて。そう言って笑ってみせれば、笑顔が硬かったのか、桃音は仕方ないなと言うように笑って、翼の頬に指を当て、ぐいと上にあげた。
「でも緊張してる? 大丈夫、ゆうちゃん。今まで頑張ってきたもん、今まで通り、歌って踊るだけ、だよ」
そのままぐにぐにと顔をもみくちゃにされる。なんだかそれがおかしくて、思わず自然に笑みがこぼれた。
「うんうん、ゆうちゃんは自然体で笑ってるのがいちばんかわいいんだから」
「……緊張するなは無理な話かもしんねえけど、ま、信じろよ。積み上げてきた経験をさ」
「そうそう! あ、これはお守りね」
そう言いながら、桃音は翼に紙袋を突き出した。
「……これは?」
「ふふん。開けてみて!」
言われるがまま開けるとそこには羽根のヘアピンがふたつ、収まっていた。よくよく見れば少し縫い目がブレていたりするところがあって、手作りなのだろうと察することができた。
「……これ」
「朱希と一緒に作ったの! 朱希ったら玉留めもできないのよ。めちゃくちゃ苦戦したんだから」
「それは別にいいだろ、高校生男子の裁縫力なんてそんなもんだって」
二人はそこまで言ってから、オーディション開演の時間が迫っているのに気づいて目を合わせた。
「じゃあ、頑張ってね、ゆうちゃん!」
「見てるからな、ちゃんと」
「あ、……ありがとう!」
朱希と桃音はその言葉に誇らしげな顔をしてから客席に急ぐ。翼は、安心した心持ちで二人に手を振り、ステージへと向かった。
――――お姉ちゃん。
ボクは、お姉ちゃんの代わりに、トップシンカーになる。
トップシンカーになって――――お姉ちゃんを、助けるから。
どこか覚悟を決めた面持ちで、翼は貸し出されたレゾナンスマイクを起動した。
「レゾナンスマイク!」
手順は何度も動画で見たから知っている。翼にとって長く憧れだった、変身の手順。
「スタイルコードセット!」
マイクのボタンを押してからカードを読み込ませる。淡く光ったカードがその衣装を投影した。
息を吸う。吐く。想いはひとつだった。
「――――最高のステージを目指して!」
二人の気持ちを無駄にしないように。
「オン・ステージ!」
視線を上げれば、一面にピンクのサイリウムが広がっていた。
*
曲が流れ出す。朱希が翼のために作ってくれた曲だ。手拍子が多めの、リズムの取りやすい曲。翼はリズム感あんまないからこの方がいいだろ、と言った朱希の思惑は正しくて、翼でもそれなりに踊れるようになった。
「みんな! 今日は楽しんで行ってねー!」
わああ、と歓声が上がる。音に合わせて腕を運び、足を運び、歌う。
観客の顔が見える。楽しんでくれている人、そっぽを向いている人、様々だ。この視線を、全て、自分のものにしなければ、――――トップシンカーになんて、なれない!
指先まで綺麗に運ぶよう意識しながら、声を出す。歌え、歌え、誰にも負けぬように。
ああ、それにしたって、ステージがこんなに楽しいものだなんて知らなかった。
人の前で歌って踊るのがこんなに楽しいなんて知らなかった!
「みんなっ、もっともっと声を出して! もっともっと――――楽しんで!」
手拍子を誘導する。今なら何でもできる気がした。ぱち、ぱち、ぱち、手拍子が合って行く。観客の前にノーツが現れた。
光が見える。降り注ぐ星のノーツは観客の元に届き手元で弾ける。リズムを取りやすいよう夢中で誘導した。
そうしているうちに、
鮮烈。そんな言葉が似合うような、爆発的な光とともに、――――圧倒的なステラ・ノーツ!
翼の背後に羽が生えたように思えた。みにくいアヒルの子は、白鳥の真似をして美しく羽ばたいた。
あと少し頑張れば、光に届く。ぐうっと手を伸ばした翼の、光に届いた手の、先――――
「すごいよ、ゆうちゃん!」
そこにいたのは小さな生き物だった。マスコット、と言っても差し支えないだろう。
「いいなあ、ゆうちゃんの光は、希望って感じですごいなあ!」
「――――君は?」
そのマスコットは、その身体をふるりとさせてから答えた。
「ぼくはルミィ、メロディアに住んでいる、おとだまさ!」
おとだま――――ルミィは、翼の頬にすり、と頬擦りをして、笑った。
「ああ、君ならきっと、いつか壊れてしまった未来も紡げる……」
――――そんな言葉を最後に、翼の意識はステージに戻った。
わああ、と大歓声が響く。得点は――――1340点。1000点を、こえている。
「……嘘」
信じられない。
「合格……?」
呆然と呟いてから、はっとした。まだステージの上だ。慌てて観客に向き直り、丁寧に頭を下げた。そのままステージを下りれば、あのステージの光も、大歓声も、まるで夢だったかのように静かだった。
*
その後はすごくあっさりしていた。おめでとうございます、と頭を下げたのはレゾナンスマイクを製造する会社の社員さんで、桃音の作ってくれた衣装に合わせた装飾を頼めば快く快諾してくれた。
それが届くまで、数週間いただきますね。この度は本当におめでとうございます。と、そんな言葉を貰って外に出れば、朱希と桃音が駆け寄ってきた。
「ゆうちゃん!」
「翼! おっまえ、すげえなあ!」
朱希がばしばしと背中を叩く。桃音も翼の手を取りぶんぶんと振り回した。
「わ、わ、朱希、痛いし、ももちゃんもちょっと落ち着いて……」
「落ち着いてられないよー!」
そのまま桃音は翼に抱きついた。翼が固まったのを良いことに、桃音は話し出す。
「ゆうちゃん、本当に可愛かったし、本当に凄かった! 本当にステージに立つの初めてなの!? ってくらい、最強だった。私の見立ては正しかった!」
ぐう、と抱きしめて、離す。それから桃音は、心から嬉しそうに笑った。
「ゆうちゃんがトレンドシンカーになるお手伝いが出来て嬉しい! おめでとう、ゆうちゃん」
「ももちゃん……」
翼は、もう、夢なのではないかとばかり思っていたから、桃音の言葉で現実感がようやく追いついてきて、なんだかとても嬉しくなった。
「いや……」
朱希がぽつりと声を出した。少し悩んで、唸って、それからようやく話し出す。
「改めて、めちゃくちゃ良かったと思う。良かった、から……」
それからしばらく、沈黙。焦れた桃音が急かしてようやく、朱希は言葉を続けた。
「あー、えっと、……あのさ」
頬をかいて、朱希は首を傾げてこう言った。
「俺でもトレンドシンカーになれると思う?」
久々に踊りたくなっちゃって。そう続いた朱希の言葉を何度か反芻する。おれでもとれんどしんかーになれるとおもう?
「え――――っ!?」
言葉を咀嚼しおわってようやく、翼と桃音は顔を見合せて、それから二人で大きく声を上げた。
夢への道は始まったばかりだ。
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【夕空翼/結城桃音/正城朱希】
・夕空翼
一人称はボク、二人称はキミ、アンタ、など
〜だよね、〜だよ、〜だからさ、あたりの口調が基本です。焦ったりとかで荒々しくなるとちょっと男の子っぽくなったりもする。〜だろ! とか。
好きな景色や心躍る瞬間:名前に入っているからという簡単な理由で幼い頃から夕空が好きです。心躍るのはやっぱりステージ上で歌ったり踊ったりしているときなのではと思います。それ以外なら美味しいご飯を食べているときです。
クラスメイトの名前:一通り覚えています。が、顔と名前は一致しません
好印象を抱く人の特徴:自分の好きに正直であるとか、強い信念を持っているとかにプラスして、彼自身の好みについてとやかく言わない人がだいたい好印象です。それ以外はおおよそあまり興味がありません。
・結城桃音
一人称は私、二人称はあなた、君、など
夕空翼と似たような口調を使います。でも夕空翼よりは女の子らしいです。〜よね、〜だよ、〜だからね、のような……
好きな景色や心躍る瞬間:かわいい服のたくさん売っているお店なんかが好きなんじゃないでしょうか。心躍るのは特に気に入ったデザインを翼が着ている時とかだと思います
クラスメイトの名前:顔まで含めて覚えています。
好印象を抱く人の特徴:この世界のあらゆる人々が基本的に好印象からスタートします。幼馴染さえ傷つけなければ「いい人なんだよな……」で止まってくれるでしょう。
・正城朱希
一人称は俺、二人称はお前、あんた、など
〜だろ、〜だよな?、〜だな、など、男の子らしい口調で話します。
好きな景色や心躍る瞬間:好きな景色 景色? 幼馴染といる時間がなんだかんだ好きなんじゃないでしょうか。あるいは、翼の姉である奏海の歌を聞くのが嫌いではなかった、とか
心躍るのはやっぱりダンスをしているその瞬間だろうなと思います。それ以外であれば……、友人に作曲を褒められるのは嫌いじゃないだろうなと思います
クラスメイトの名前:顔とエピソードは覚えています、が、名前はたまに忘れがちです。
好印象を抱く人の特徴:フラットにおおよその他人に興味が無いので、彼が憧れを持つほどの何かがなければ好印象は難しいかもしれません。強い熱を持っている人を好ましく思う傾向があります。
・三人共通
三点リーダーも使うだろうし、伸ばし棒もその時々によって使い分けて頂いて構いません。
また、三人とも声色に出やすいタイプだと思います。
好印象を抱く人の特徴:三人とも、いちばん大きなところに言葉を選んで会話が出来る、という項目が入ります。
また、衣装や髪型については好きにしていただいて構いません。畳む
・夕空翼
一人称はボク、二人称はキミ、アンタ、など
〜だよね、〜だよ、〜だからさ、あたりの口調が基本です。焦ったりとかで荒々しくなるとちょっと男の子っぽくなったりもする。〜だろ! とか。
好きな景色や心躍る瞬間:名前に入っているからという簡単な理由で幼い頃から夕空が好きです。心躍るのはやっぱりステージ上で歌ったり踊ったりしているときなのではと思います。それ以外なら美味しいご飯を食べているときです。
クラスメイトの名前:一通り覚えています。が、顔と名前は一致しません
好印象を抱く人の特徴:自分の好きに正直であるとか、強い信念を持っているとかにプラスして、彼自身の好みについてとやかく言わない人がだいたい好印象です。それ以外はおおよそあまり興味がありません。
・結城桃音
一人称は私、二人称はあなた、君、など
夕空翼と似たような口調を使います。でも夕空翼よりは女の子らしいです。〜よね、〜だよ、〜だからね、のような……
好きな景色や心躍る瞬間:かわいい服のたくさん売っているお店なんかが好きなんじゃないでしょうか。心躍るのは特に気に入ったデザインを翼が着ている時とかだと思います
クラスメイトの名前:顔まで含めて覚えています。
好印象を抱く人の特徴:この世界のあらゆる人々が基本的に好印象からスタートします。幼馴染さえ傷つけなければ「いい人なんだよな……」で止まってくれるでしょう。
・正城朱希
一人称は俺、二人称はお前、あんた、など
〜だろ、〜だよな?、〜だな、など、男の子らしい口調で話します。
好きな景色や心躍る瞬間:好きな景色 景色? 幼馴染といる時間がなんだかんだ好きなんじゃないでしょうか。あるいは、翼の姉である奏海の歌を聞くのが嫌いではなかった、とか
心躍るのはやっぱりダンスをしているその瞬間だろうなと思います。それ以外であれば……、友人に作曲を褒められるのは嫌いじゃないだろうなと思います
クラスメイトの名前:顔とエピソードは覚えています、が、名前はたまに忘れがちです。
好印象を抱く人の特徴:フラットにおおよその他人に興味が無いので、彼が憧れを持つほどの何かがなければ好印象は難しいかもしれません。強い熱を持っている人を好ましく思う傾向があります。
・三人共通
三点リーダーも使うだろうし、伸ばし棒もその時々によって使い分けて頂いて構いません。
また、三人とも声色に出やすいタイプだと思います。
好印象を抱く人の特徴:三人とも、いちばん大きなところに言葉を選んで会話が出来る、という項目が入ります。
また、衣装や髪型については好きにしていただいて構いません。畳む
SS / 本編のちょっと前、朱希と奏海の話
1049文字
彼女のことが、好きだった。
幼馴染である夕空翼の姉。夕空奏海。
トップシンカーになりたいのだと、翼を引っ張って、夢に向かって一直線なその姿勢が好きだった。
自分より周りを優先してしまうようなちょっと危なっかしいところも、困っている人に手を差し伸べる時の察しの早さも、その青くてまっすぐで綺麗な瞳も。
彼女の全部が好きだった。
「ごめんね」
一度だけ、わがままを言ったことがある。
それで察してしまったのだろうと思う。彼女は酷く困った様子で、それでもはっきりそう言った。
「それ、……貰っても、私からは何も返せないんだ」
言葉は出なかった。
黙って頷くことしか出来なかった。自分がどんな顔をしていたかも分からない。ただ、分かっていても苦しかったのだけは、覚えている。
そうだ。
本当に、分かっていたんだ。あんたは、心からトップシンカーになりたいんだもんな。
いいんだ。それで。それでいい。そういうところが好きだから。それでよかった。
今のままで良い。
今のままで、良かったんだ。
好きでいさせてくれるだけで十分だった。
それを知った時にはもう遅かった。彼女は既に朱希を避けていたし、朱希にもそれは分かっていた。無理に追うことは、しなかった。
そうこうしているうちに、彼女は心を壊した。原因は不協和の影のパフォーマンスだった。
驚きはあったが、当時にしては冷静に飲み込んだように思う。彼女なら、下手に落ち込まれたくないからと無理やりにでも励ますのだろうと思ったからだ。
そうして、今となっては過去のこととなってしまった思い出をなぞっては捨てた。
終わってしまったんだ、もう。
彼女のことが、好きだった。
もう、今となっては、昔の話。
目を覚ました。
息を詰めていたのか。大きくため息をついて安堵した様子の彼らは、記憶の中より少し大人になっているように思えた。
翼がトップシンカーになったらしい。
それと同時に、桃音も朱希も一緒にトレンドシンカーになって、ライバルとしてやりあっているらしかった。驚きだった。
少し見ないうちに、世界の未来が大変なことになって、それをなんとかするべく頑張ったのだと話す弟の笑顔が愛らしくて、昔より背筋の伸びた桃音の気遣いが嬉しくて、朱希のその赤い瞳の奥にあったあの熱が、今はダンスに向けられているのを感じて、私は少し安堵してしまった。
酷い女でごめんね。でも、私にあなたは勿体なかったよ。
そんなこと言ったらまた怒られちゃうだろうか。
でも、彼は一人でも幸せを掴める人だと知っているからこそ、私に出来るのはそれを祈ることくらいだった。畳む
1049文字
彼女のことが、好きだった。
幼馴染である夕空翼の姉。夕空奏海。
トップシンカーになりたいのだと、翼を引っ張って、夢に向かって一直線なその姿勢が好きだった。
自分より周りを優先してしまうようなちょっと危なっかしいところも、困っている人に手を差し伸べる時の察しの早さも、その青くてまっすぐで綺麗な瞳も。
彼女の全部が好きだった。
「ごめんね」
一度だけ、わがままを言ったことがある。
それで察してしまったのだろうと思う。彼女は酷く困った様子で、それでもはっきりそう言った。
「それ、……貰っても、私からは何も返せないんだ」
言葉は出なかった。
黙って頷くことしか出来なかった。自分がどんな顔をしていたかも分からない。ただ、分かっていても苦しかったのだけは、覚えている。
そうだ。
本当に、分かっていたんだ。あんたは、心からトップシンカーになりたいんだもんな。
いいんだ。それで。それでいい。そういうところが好きだから。それでよかった。
今のままで良い。
今のままで、良かったんだ。
好きでいさせてくれるだけで十分だった。
それを知った時にはもう遅かった。彼女は既に朱希を避けていたし、朱希にもそれは分かっていた。無理に追うことは、しなかった。
そうこうしているうちに、彼女は心を壊した。原因は不協和の影のパフォーマンスだった。
驚きはあったが、当時にしては冷静に飲み込んだように思う。彼女なら、下手に落ち込まれたくないからと無理やりにでも励ますのだろうと思ったからだ。
そうして、今となっては過去のこととなってしまった思い出をなぞっては捨てた。
終わってしまったんだ、もう。
彼女のことが、好きだった。
もう、今となっては、昔の話。
目を覚ました。
息を詰めていたのか。大きくため息をついて安堵した様子の彼らは、記憶の中より少し大人になっているように思えた。
翼がトップシンカーになったらしい。
それと同時に、桃音も朱希も一緒にトレンドシンカーになって、ライバルとしてやりあっているらしかった。驚きだった。
少し見ないうちに、世界の未来が大変なことになって、それをなんとかするべく頑張ったのだと話す弟の笑顔が愛らしくて、昔より背筋の伸びた桃音の気遣いが嬉しくて、朱希のその赤い瞳の奥にあったあの熱が、今はダンスに向けられているのを感じて、私は少し安堵してしまった。
酷い女でごめんね。でも、私にあなたは勿体なかったよ。
そんなこと言ったらまた怒られちゃうだろうか。
でも、彼は一人でも幸せを掴める人だと知っているからこそ、私に出来るのはそれを祈ることくらいだった。畳む









































世界の地下に、レコードが回っている。
過去も、現在も、未来も――――
すべての旋律が、そこに刻まれていく。
歌、ダンス、ファッション。
その三つが重なる時、世界の未来が動き出す。
これは、光に焦がれた少年少女たちの物語。
作中用語
・メロディア
メロディアは、物理的な別世界ではなく、同じ世界に存在している。具体的には世界の裏側、地下に存在するが、その存在を知っているものは少ない。知っていても、あくまでおとぎ話程度である。
その世界は大きな蓄音機のような形をしており、地球が回るようにレコードが回っている。このレコードの上におとだまが存在している。
このレコードはアカシックレコードの役割も担っており、おとだまはその身体を共鳴させることによって世界の記録をしているのだ。
このアカシックレコードは、過去と現在のすべてを記録するだけでなく、未来の可能性も宿している。未来の可能性は未完成のメロディや空白の楽譜として記録されており、世界が調和を保つためには、この未来の音を紡いでいくことが重要だ。
アカシックレコードには未完成の楽譜があり、シンカーたちのパフォーマンスによってそれが完成される。完成した旋律は未来の調べとして新たな調和を生み出すのだが、その一方で、不協和の旋律によって楽譜が消滅する危険性がある。これにより未来の可能性が失われ、世界に不調和が生じるのだ。
そこで、シンカーたちのTrendSync Performは、未来の音を紡ぐための鍵となる。彼らのパフォーマンスや想いが未来の空白を埋め、新たな旋律をアカシックレコードに刻み込み、ステラ・ノーツは、その瞬間に発生する未来を繋ぐ力であり、観客や仲間の感情と響き合うことで、新たな音が生まれるのだ。
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・おとだま
おとだまは、この世界の中心的なエネルギー源であり、音楽、ダンス、そしてファッションに宿る力を集め、世界の調和を保つ役割を果たしている。おとだまの力は、各人の感情や心の状態に反応し、特に純粋な心や他者を思いやる心に共鳴するため、感情や心の成長がパフォーマンスやその結果に直接的な影響を与えることができる。
基本的には小さな音符の形をとっている。世界の観測者、私たちの良き隣人である。
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・トップシンカー
この世界では、おとだまに認められることが最も重要な目的の一つのなる。おとだまに認められた者には、シンフォニック・ティアラを贈られる。ティアラは、1つだけ持ち主の願いを叶える力を持っているが、おとだまに認められることはそう簡単なことではない。強く、気高く、優しい心の持ち主のみが、ティアラを手にすることができるのだ。
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・シンフォニック・ティアラ
音楽と感情の調和そのものを象徴するティアラ。トップシンカーだけが手にすることを許される、メロディアの祝福そのもの。
ティアラは、音符や波紋を模した装飾が施され、中央にはハーモニーの結晶が輝いている。身につけると、虹色の光が淡く輝き、見る人すべての心に感動を与えるとされている。
このハーモニーの結晶が、持ち主の想いを旋律として未来に刻み、願いを叶えてくれる。
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・不協和の影
不協和の影は、メロディアのアカシックレコードに目をつけ、世界の破壊・または改変を狙っている勢力だ。
組織というよりは、そういう事象に対する名称である。
彼らは、自分たちの過去の痛みや絶望から歪んだ未来を望んでおり、そのためにアカシックレコードを改ざんしようとしている。
シンカーたちの役割は、本来あるべき未来の可能性を守り、不協和音による破壊を阻止することだ。
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・レゾナンスマイク
シンカーはそれぞれが特注のマイクを持っている。
マイクは、毎月行われるオーディションで実力で手に入れるものであり、それが、少年少女をシンカーたらしめる証明になるのだ。
このマイクのボタンを押し、トレンドフォージで刷られたカードに翳すと、シンカーに変身することが出来る。
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・変身共通口上
「レゾナンスマイク! スタイルコード、セット!」
「(任意のセリフ)」
「オン・ステージ!」
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・トレンドフォージ
主にデザイナーが使う機器。カードを差し込み、デザインを描くと、そのまま印刷することが出来る。印刷されたカードはスタイルコードと呼ばれ、少年少女が変身するのを手伝ってくれるのだ。
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・スタイルコード
デザイナーがトレンドフォージを使い印刷するカードのこと。デザイナーによってはカードに手書きすることもあるらしい。
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・ミラージュクロゼット衣装
デザイナーが感情を強く強く込めることで、稀にミラージュクロゼットと呼ばれる衣装が生まれる。この衣装は、シンカーの不安や、緊張、その他負の感情を和らげる力がある。いつだってあなたの背中を押してくれるのは素敵な服だった。
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・TrendSync Perform
トレンドシンク・パフォーム
「TrendSync Performは、ただの競技でもなければ、子供のお遊びでもない。」
「美しい歌が、リズムが、ファッションが、世界の未来を描きだす……、世界を動かすハーモニーにすらなる。」
「―――未来は、君次第なんだよ。」
TrendSync Performは、この世界における最も重要な未来を紡ぐ手段であり、競技の名前である。歌、ダンス、そしてファッションが一体となり、世界を動かす強力な力を生み出すことができる。特に、シンカーたちが力を入れるのはステラ・ノーツである。
それらを生業にする人々のことを、トレンドシンカーと呼ぶ。略称はシンカー。
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・ステラ・ノーツ
「心音が奏でる輝きのリズムを、わたしたちは、ステラ・ノーツと呼ぶことにした。」
「ひとつの音が、無限の星空を描いていく……、わたしたちは、きっと星すら超えていける。」
ステラ・ノーツは、シンカーの心が強く輝き、パフォーマンスに込めた想いが観客や仲間たちに完全に伝わったときに発動する。
シンカーが動作や歌の中で発動条件を満たすと、観客席に「星のノーツ」が現れる。
ノーツが星空のように散りばめられ、観客がそのリズムに合わせて参加することになる。
ステラ・ノーツの完成は、観客との一体感が評価されるポイントとなるだろう。
観客は、ライブのリズムやメロディに合わせて画面上に流れるノーツをタップする。そうすることで、ステラ・ノーツの演出が変化する。
成功率が高いほど、シンカーたちのパフォーマンスに強力なエネルギーが追加されるが、タップミスやリズムのズレが多い場合、ステラ・ノーツは上手くいかないかもしれない。手拍子で誘導しよう。
「リズムに触れて、光と想いを届けるよ!」
「―――さあ、オン、ステージ!」
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・トレンドシンク・グランド・ステージ
TrendSync Grand Stage
この名称は、シンカーたちが「ティアラ」を目指して競い合う、年間最大規模のライブイベントを表している。
トレンドシンク・グランド・ステージは、1年を通じて各地で行われる予選やステージの集大成であり、すべてのシンカーが目指す頂点の舞台。ライブの主旨は、「TrendSync Perform」のすべてをシンクロさせ、最も輝くシンカーが世界を導く」 というもの。優勝者は、シンボルである「ティアラ」を授与されるとともに、シンフォニック・ティアラを手にする権利を得られる。
これらは、地方予選、全国予選、そして最終決戦のグランドステージ、という3段階で行われ、それぞれのステージで異なる課題曲やテーマが提示され、参加者の多彩な表現力が試される。
ステラ・ノーツの成功やライブの感動は、会場の観客や視聴者のリアクションによってポイント化される。ファンの応援が結果を左右する仕組みが追加され、観客とシンカーの一体感がより高まる。
最終決戦では、トップ5に選ばれたシンカーがシンフォニック・ティアラを賭けてTrendSync Performをすることになる。
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登場人物
○主人公サイド
・夕空翼
ゆうぞら つばさ
一人称:ボク 二人称:きみ、あんた 〇〇ちゃん / さん 性別:男 年齢:17
主人公。
小さくて華奢なので女の子にしか見えないが男。ツンデレに見えるが基本的には素直。と言うよりは、意図的にデレを作っている。また、可愛いものが大好きであるが、基本的には隠している。男としてのなけなしのプライドである。
姉がいる。姉の夢は、トップシンカーになり、シンフォニック・ティアラを手に入れることだった。彼女の夢を応援していた。一緒に歌った。一緒に踊った。なのに、不協和の影の活動のせいで、彼女は夢を叶えられなくなった。
翼は、それを代わりに叶えるため、トップシンカーを目指している。
いつか背が伸びて、大きくなって、かっこいいトレンドシンカーになるのが今の夢だが、現実問題背が伸びる気配はないのである。
そのため、幼馴染である結城桃音に提案されて、多少葛藤しながらも女装シンカーとして活動することになる。
「ボクは夕空翼。よろしく。……なあに、そんなにじろじろ見て。『噂通り小さくてかわいいですね』? うるさーーーい! 誰だそんな噂流してんのは!!」
「桃ちゃんだって可愛い、ってボクは思うけど、でも桃ちゃんはそれを受け止めきらないんだと思う。だけどボクは知ってるもん。桃ちゃんが頑張り屋さんでかっこいいのも、好きなことに一直線で可愛いとこも」
「朱希〜、ちょっと付き合ってよ。は? 何って、分かってるでしょ。買い物! 荷物持ちがいるんだよ、なんか奢ってあげるからさ!」
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・夕空奏海
ゆうぞら かなみ
一人称:わたし 二人称:あなた 〇〇ちゃん / さん 性別:女 年齢:19
翼の姉。背が高く、美人だった。不協和の影のパフォーマンスに影響され、心を壊してしまった。
今はベッドの上でぼんやりしていることが多い。ご飯は食べてくれるようになった。
将来の夢がトップシンカーだった。理由は単純で、白露夢菜のことが好きだったからだ。彼女と同じティアラが被りたかった。
彼女がトップシンカーになる前から、長いことファンをしていた。トップシンカーになったと聞いた日には泣きながら喜んだし、心から祝福した。いつしか、自身もトップシンカーを目指すようになっていた。
翼のことも大切にしており、彼の声が好きだった。できることなら一緒にステージに立ちたかったのだが、その夢は未遂に終わる。
今でも、翼がそばで歌うと少しの反応を見せることがある。
奏海が翼をトレンドシンカーに誘ったのは彼に才能があるのを知っていたからである。自分はダンスも歌も精一杯でちっとも楽しくなんてないのに、彼が下手でも楽しく歌って踊っているさまを誰より近くで見ていたから。
それでも悟らせないよう明るい言葉を吐き続けた。吐いた言葉はいつか、自分の味方になってくれると信じていた。
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・結城桃音
ゆいしろ ももね
一人称:私 二人称:あなた、〇〇ちゃん / くん 性別:女 年齢:17
夕空翼の幼馴染。男子生徒からの人気が高く、一部女子からやっかみを受けている。が、基本的に無害で優しいので、話したことのある人は彼女のことを好きになるのだ。
普段の勉学に追加して家で服飾デザインを学んでおり、こっそりとデザイナーを目指している。
両親が非常に厳格な人たちで、彼女に対して「完璧であれ」というプレッシャーを彼女に与え続けてきた。
幼い頃から親に褒められることはほとんどなく、「もっと頑張れ」「まだ足りない」と言われてきたため、成功しても「まだ足りない」と感じてしまう。そんな中で、衣装やファッションが人を元気づけたり、変身させたりする力に魅了されていた。
一度だけ、褒められたことがある。彼女がデザインした服を見て、可愛いじゃない、と。ただそれだけだ。それだけを、大切に心に抱えて、それ以来、デザインにだけは自信が持てている。
両親としては、趣味としてならまあ、という感じで認めているだけであるのだが。
「可愛い服は心の鎧になる」という信念を持っている。
翼がかわいいものが好きだと知っている。彼のことを世界でいちばん可愛いと思っており、自慢の幼馴染だと思っている。対して、自己評価が少し低い側面がある。
翼のことも、姉のことも、ずっと見てきた。なのに、何もしてやれなかった。何も出来なかった己のことがあまり好きではない。それでも、やっぱり胸を張って隣にいたいから、翼のデザイナーになると決めた。デザインを学びだしたのはそれからでもある。
翼のことが大好き過ぎて朱希のことを雑に扱いがちだが、彼女にとっても朱希にとってもそういうコミュニケーションだ。桃音にとって、なんだかんだ困った時に頼るのは朱希であり、翼ではないのだ。
「私は結城桃音。よろしくね! ……うん? ああ、そう、これはデザインの本。もしかして……貴方もこういうの、興味あるの!?」
「……は、はしゃぎすぎて喋りすぎちゃった……ごめんなさい、私の周りにこういうの興味ある人あまり居なくて。嬉しかったの、ここでのことは良かったら内緒にしておいてくれる? ふふ、また会えたら話しましょ」
「ゆうちゃんは世界でいちばん可愛いんだから! 私が世界で一番最初のファンなの。ふふっ、素敵でしょ?」
「朱希!え?今日も人気だねって? ……そう? まあいいや、それで? 何か用があった?」
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・正城朱希
まさき あき
一人称:俺 二人称:君、お前 〇〇さん / 呼び捨て 性別:男 年齢:17
翼と桃音の幼馴染。桃音には少々雑に扱われがちだが、それをあまり不快には思っていない。頼られているからだ。
翼と桃音と共に過ごしてきたため、トレンドシンカーには興味が無いがトレンドシンカーへの知識だけがそれなりにある、というのは建前。元々ダンスを習っており、それに伴ってトレンドシンカーになりたかった。しかし、彼自身の思い出したくない記憶として、同じくダンスを習っていた友人にボロ負けしたことがあり、それ以来、同じ想いをしなくても済むようにとトレンドシンカーになることを諦めた過去がある。
彼とは、ライバルだったのだ。でも、本当にたまたま調子が悪くて、うまく踊れなかった。――緊張していたのだ。柄にもなく。
それは、親にダンスを辞めさせられるかもしれないという恐怖からだった。
ダンスが好きだ。歌うことは得意じゃないけど、好きだ。いつかトップシンカーにだってなりたい。そんな話を親にした、後日、両親はこんな話をしていた。――やめさせるべきなのではないか、と。
実際には応援するという形でまとまった話し合いの、断片的な部分だけを聞いてしまった。焦った脳は実績を残さなければならないと解を出し、そのまま練習に明け暮れた。
彼の、失望したような顔をよく覚えている。
また失敗して同じ思いをしたくなくて、もう、全部を諦めることにしたのだ。
翼の姉のことが密かに好きだった。傷ついてなお夢を語る彼女はいやにまぶしかった。それと同時に、同じところに来てくれればいいのにと思っていたのも嘘じゃない。そんな自分が嫌いだった。今はもう昔の話と心に閉まっている。
音楽に強く関心があり、作曲が趣味だった。優とはそれ繋がりで知り合っている。
「俺は正城朱希って言うんだ。君の名前は?」
「お前、翼に喧嘩売って桃音に嫌われたってマジ? はは! バ〜カ、あれだけ止めたじゃん。まあそれがなくてもアイツらそういうのに興味ないと思うぜ、シンカーだもん」
「俺もシンカーになりたいんだけど……今から始めるのって、遅いかな」
「俺がお前たちの前に立てなくて誰が立つってんだよ!」
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○トップシンカーたち
・白露夢菜
しらつゆ ゆめな
一人称: 私(わたし) 二人称: あなた、〇〇さん 性別:女 年齢:20
穏やかで優しさに満ちた女性。人一倍他者に気を使い、周囲の人々を和ませる力を持っている。どんな時でも冷静で落ち着いており、困難な状況でも感情的にならずに、周囲をリードしながら解決に導くことができるタイプ。おっとりした印象を与えがちだが、実は芯が強く、内面では大きな責任感と優れた感受性を持っている。
彼女は他者の気持ちを理解し、共感することが得意で、シンカー活動においてもその「心の柔らかさ」と「思いやり」がファンや仲間に深い感動を与えているようだ。
かつてトップシンカーとしての地位を確立し、今もなお現役で活動を続けている。彼女はその穏やかな性格ゆえに、トレンドシンカー業界での激しい競争には向かない部分もあったが、逆にその優しさと真摯な態度で、ファンやスタッフに愛され続けている。彼女は一度も過度に派手なパフォーマンスをしたことはなく、その代わりに、穏やかで心に響く歌声やダンスで人々の心を打ってきた。
なお、デザインは壊滅的。作曲は昔は人に頼んでいたが今は一人でやっている。
麗奈とは昔、親友だった。夢菜にとって、彼女は同じ才能を持った仲間だった。
夢菜には、才能があった。誰もが羨む才能があることで、妬み嫉みは日常茶飯事だった。「自分を理解してくれる人がいない」と孤独を感じていたのだ。
また、「完璧であること」を求められるがゆえに、仲間たちのペースに合わせることが苦手だと悩んでいることもあった。そのため、結果的に「自分のやり方でやればいい」と孤立することも多かった。
だから、初めてだったのだ。それに着いてきてくれる人ができたのは。
でも、麗奈がトップシンカーを目指していたことを知りながら、夢菜は先にその夢を叶えてしまった。麗奈を置いて。
それが麗奈の心を壊してしまったこと、麗奈のそばに居てやれなかったこと、何も解決してやれない無力な子供だったこと。
彼女はずっと、後悔している。
「白露夢菜です、みなさん、こんにちは。今日は楽しんでいってもらえると嬉しいわ。」
「あら、愛、そんなことを言ってはダメよ。もっと優しく接してあげて?ほら、みんな不安そうだわ。ごめんなさいね、彼女はシンカーとして戦うことの恐ろしさをよく知っているの。」
「ふふ、助けに来たわ。間に合ったようで何より」
「……あなたには、負けない。」
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・赤羽根愛
あかばね あい
一人称: 私 / あたし 二人称: あなた、あんた、〇〇さん 性別:女 年齢:18
デザイナー。どんな衣装も創れるが、最近はあまり表舞台では見かけない。
沢山のオファーは来るが、今はシンカーとタッグを組むことも白露以外とはしていないらしい。
実はその昔、伝説と呼ばれていたデザイナーの娘である。このことは世間から隠している。
親は、この世界には存在しない、シンフォニック・クラウンを探しに旅立ってしまったきり帰ってこないからである。自分は自分、親は親。そう切り離して欲しい、と彼女は願った。
だから世間には公表していない。それでもデザインに血筋は感じられるのか、そうでは無いのかという噂は後を絶たない。
親が失踪した時、そばにいてくれたのが夢菜だった。「伝説のデザイナー」が消えたことにより、周囲の人間からの期待は愛に一身に注がれたが、夢菜だけが普通に接してくれたのだ。
「気にしないで。愛は愛、あなたはあなた……。周囲の期待が煩わしいのね。それなら貴方も消えてしまえばいいの。少し休みましょう、幸い、あなたの両親は、あなたのことを公表していないわ」
夢菜はそう言った。彼女の家族は、行く宛てのなかった愛を匿ったのだ。
それもあって、夢菜に大きな恩を感じている。
学校には行っているが、クラスまでは上がらず、普通科目だけをかろうじて学んでいる状態である。
主人公たちには絶対に懐かないが夢菜の言うことだけは絶対に聞く猫ちゃん。
「私は愛。べつによろしくなんてしないけど。」
「夢菜、余計なこと言わないで……ああもう!」
「あたしはっ、親のことなんて全く知らない!もうあたしはあたしなんだってば、ほっといて!」
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○ライバルサイド
・月見里朧
つきみさとおぼろ
一人称: 私 二人称: 君、あなた、〇〇さん 性別:女 年齢:16
日和と比べて、口数の少ない少女。饒舌では無いが、寡黙でもない。
笑顔があまり得意ではなく、クールな表情が多め。ソロの時はファンの、ユニットの時は日和の騎士として活動している。
小さい頃にやったおままごとの延長線の感覚でシンカーをやっている。トップシンカーになる、という程の情熱は一人の時は全く無いが、日和がなりたいと言うので2人の時は特に頑張っている。ソロライブの時の手の抜き方が巧み。そこをファンに切り取られ、日和のことが好きすぎて可愛いと呼ばれていることを知っているので直すつもりは無い。
二人は幼い頃に両親を事故で失い、祖父母に育てられた。朧が日和の面倒をずっと見てきたため、自然と「お姉ちゃんが守る」という関係性が築かれた。
朧は「私が日和を支えないと」と強い責任感を抱いている。
歌が天才的に上手いので、難しい曲や、歌唱力が生かされるものを宛てがわれることが多い。
彼女にとって夢は頑張って辿り着くものではなく、ただそこにある結果である。しかし彼女の夢はトップシンカーではなく、日和がずっと笑顔でいることだ。
「……ん、私?朧です。……苗字? 日和と一緒だよ。月見里朧。」
「日和が出来るって言うなら、……うん、私も出来るよ。でも日和ができるって言ってくれないとできないから。いっぱい言って」
「大丈夫、日和。私に任せて。……私は、日和の騎士だから。」
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・月見里日和
つきみさとひより
一人称: 私 二人称: 君、あなた、〇〇ちゃん / くん 性別:女 年齢:16
朧と比べておしゃべりな女の子。元気で強気。
「可愛いは最強」をモットーにしているので、柔らかな見目に反して強気な表情が多め。かなりの努力家で、ファンからは「成長コンテンツ」と呼ばれている。それが逆にプレッシャーになることもある。
おままごとの延長などではなく、本気で夢に向かって走っている。トップシンカーになって、本当にお姫様のような生活をするのが夢。もちろんその時は朧を王子様にしてあげてもいいのよ? 姉妹なのにって? 妹がお姉ちゃんを大好きで何が悪いのかしら!
朧と比べてしまうと歌もダンスも下手と言わざるを得ないが、それでも平均以上の実力はある。
本当は、姉に依存する自分の存在を自覚しているが、寂しいので、変わろうとまでは思えていない。このままでいいのだろうか、という漠然とした不安だけがただそこにある。
いつか絶対姉に追いついて、胸を張って隣に立って、エスコートしてもらうのだ。
「お姉ちゃんっ、自己紹介する時は苗字も! ……はあ、出来るなら最初からちゃんとしなさい!」
「はあ?……いつだって緊張するよ、お姉ちゃんの隣に立つのは! お姉ちゃんってばなんでも上手に出来ちゃうんだもん、歌だってダンスだって上手いし……、いやいやいや、私も負けないんだから!見てなさい、あなたには絶ッ対に勝つんだから!」
「朧の隣に立つのは私しかいないんだって、証明してやるのよ。私は……朧のお姫様なんだから!」
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○不協和の影サイド
・明嵐麗奈
めあらし れいな
一人称:私 二人称:貴方 呼び捨て / ○○さん 性別:女 年齢:20
かつて、誰もが憧れる才能を持ったトップシンカー候補であり、白露夢菜の親友であった。
幼い頃から歌やダンスの才能を持ち、次世代のトップシンカーと期待されていた。
しかし、隣にはいつだってさらに優秀で、恵まれた少女がいた。白露夢菜である。
最初は誇りに思っていた。思っていたのだ。
麗奈の家族は、トップシンカーになることを認めてはくれなかった。
だから、歌とダンスの練習を止められた。ようやく再開して、オーディションに行っても、トップシンカーにはなれない。
――――そう、既に麗奈よりも、もっと沢山の努力を重ねてきた、夢菜が居たから。
それからだ。
諦めることにした。諦めれば傷つかずに済むからだ。両親の言う通り、普通に、堅実に生きることを決めた。でも諦められなくて、なんとかならないかと探って探って、出会ってしまった。
おとだまには記録を消す力もある。
麗奈はこの力を利用し、恐怖でおとだまを支配することで、自分の「夢を叶えられなかった過去」を消そうとしている。過去を消し去ることで、「トレンドシンカーを目指した麗奈」は存在しなかったことになり、代わりに「家族に応援されながら夢を叶えた麗奈」という新たな歴史が生まれると信じている。
記録を消すということは、それに紐づいた「人々の記憶」も消えることを意味する。
もし過去を消してしまえば、現在の麗奈自身も「存在しなかった」ことになり、
それだけでなく、彼女と関わった白露夢菜、七夜蒼井、両親、その他大勢すら影響を受ける可能性がある。
しかし麗奈は 「それでもいい」 と考えている。
夢を手放すくらいなら、消えてしまった方が楽だ。
夢だなんて甘いものを語って聞かせておきながら、それを叶えさせてくれる世界じゃなかった、ということに強い恨みを抱えるようになった。全て、全ては世界が悪いのだ。
「蒼井、……私について来てくれるのよね?」
「夢菜。あなたの歌は、今でも好きなの。こんなに好きなのに、こんなに、聞いてると、苦しくて、聞きたくなくて、涙が出るの。どうして? でもね、きっと私と同じひとはたくさんいる。私は知ってるの」
「……だから。この場で私を救うの、ねえ、夢菜。あなたには分からないでしょう。」
〇アカシックレコードの書き換え
メロディアのアカシックレコードは、世界の「音の記録」であり、過去・現在・未来の旋律を刻んでいく。麗奈は、おとだまの「記録を消す」力を利用することで、自分の過去を上書きしようとしている。
おとだまは、人々の「想い」が強く込められた旋律によって記録を更新する性質を持つ。
特に、 「感情のエネルギー」が極限まで高まった旋律は、アカシックレコードそのものを書き換えるほどの影響を持つ。
麗奈は、「絶望」と「渇望」から生まれる強烈な旋律を作り出し、メロディアに影響を与えることで、自分の 「夢を叶えられなかった過去」 を消し去り、「家族に応援されながら夢を叶えた麗奈」という新たな歴史を刻もうとしている。
本来、アカシックレコードは「調和の旋律」で構成されている。しかし、不協和の影が作り出す「歪んだ旋律」は、その記録を 破壊し、塗り替える力 を持つ。
麗奈は、この「不協和の旋律」を最大限まで増幅し、「世界の秩序を歪ませるほどの影響」を与えることで、過去の記録を上書きしようとする。
これは単なる「過去の改ざん」ではない。
過去を変えた時点で、それに関わる全ての人々の記憶、歴史、関係性が影響を受け、 現在の世界そのものが変化してしまう。
アカシックレコードを書き換えるには、 未来の旋律を犠牲にする必要がある。
なぜなら、「新しい記録を刻むこと」と「過去の記録を書き換えること」は、本来は相反する行為だからだ。
麗奈が「過去を変える」ことに成功した場合、彼女が夢を叶えた歴史が新たに生まれる一方で、 「現在の麗奈」や「彼女が関わった全ての人々」も影響を受け、今の自分を失うことになる。
つまり、 「過去を書き換えるために、現在と未来を犠牲にする」 ことになる。
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・七夜蒼井
ななや あおい
一人称:おれ 二人称:おまえ、呼び捨て 性別:男 年齢:19
中学の時、家族を事故で失った。交通事故だった。
自身が映画館に行きたいと頼んで車を出してもらった先のことだった。
自分だけ、生き残ってしまった。でも、周りの誰にもその気持ちを理解されなかった。その孤独の中で、そのうち音楽にすがるようになった。
シンカーがこの世界の未来を守っている。この世界では当たり前に信じられているおとぎ話だった。あまり興味はなかったので、詳しくは知らなかったが。
こんな世界を守るなんて、と思った。歌う意味も、踊る意味も、分からなかった。
でも、綺麗だと思った。それが嫌で、みんな居なくなればいいのに、と思った。
そうして鬱々と日々を過ごしている間、世界を滅ぼす力すらを持った物質のこと、それを音楽で左右できること、不協和の影のことを知った。
面白そうだ。
そう思って麗奈に連絡した。麗奈は、彼にとって初めて自身の孤独を分かち合える相手だ。
それだけで彼は救われた。ひとりじゃない。1人じゃなかった。それが嬉しかった。
だから、今一緒に居るのは麗奈を一人にしないためだ。麗奈の傷を、自身が癒せるとも思っていなかった。
だからせめて、隣に居ることにしたのだ。
「……ふうん、アンタが白露夢菜? 俺は麗奈の親友の七夜。よろしくね。」
「なんで不協和の影として活動するのか? 面白そうだから。あとついて行きたい人がいるから? ……ま、恵まれた君たちには分からないだろうね。じゃ、逆に聞くけどなんでシンカーやってんの?」
「……麗奈、俺は……、いや、なんでもねえよ。最後まで隣にいるさ」
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・姫乃千咲
ひめのちさき
一人称: あたし 二人称: あなた、あんた、〇〇ちゃん / くん 性別:女 年齢:16
母と兄が不協和の影として活動している。父とは既に離婚済みである。彼らが家族であるからか、不協和の影の活動に協力的な少女。
彼女のパフォーマンスはとても素晴らしいものだが、人気が目標まで伸びないからとかなり躍起になっており、最近のパフォーマンスは少々雑に見られがちである。
本人はただ音楽が好きで、ファッションが好きで、歌が好きな普通の女の子。
母親が彼女をシンカーしたのは、不協和の影響をなるべく拡大化するためである。彼女の母親はそうしておとだまの力を引き出し、全てを得ようとしているのだ。
今は母親の曲を歌い、踊っている。
母親は、父親との離婚後に精神的に不安定になり、それを支えたのが千咲だったが、母親から感謝されることはなく、「力を証明しなさい」とプレッシャーばかりをかけられてきた。
父親が母を捨てたことを恨んでおり、父親のように「家族を捨てる人間」には絶対になりたくないと思っている。
そのため、母親や兄に執着し、「家族のために生きる」という強い価値観を持つようになった。
母親の目的は、アカシックレコードを壊し、世界を破壊することである。
「はいはいはーい! あたし、姫乃千咲! よろしくお願いします!」
「どうして不協和の影として活動してるのか? ……う〜ん、お家に帰るのに理由っているのかなあ?」
「あたし、ほんとは知ってたの。お母さんが良くないことしてるのも、あたしのやってることが間違ってるのも、こんなことしてたってお母さんがあたしのこと認めてくれるわけじゃないってことも……。でも、仕方ないじゃん、認めてほしかったんだよ」
「あたしがお母さんから離れたら、お母さん1人になっちゃうんだもん。仕方ないよね」
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・姫乃優
ひめのゆう
一人称: 僕 二人称: 君、〇〇ちゃん / くん 性別:男 年齢:17
姫乃千咲の兄。不協和の影に居る。また、朱希の友人。
穏やかで物静かな男。不協和の影にいる理由は母親への罪悪感によるものである。
父と母が毎夜言い争っているのを知っていた。そのうち、父親は母親に暴力を振るうようになった。
その結果、母親は怪しい団体に所属して、よく分からない陰謀論のようなものを信じるようになってしまった。
父は母を見限って出ていった。残されたのは、まだ幼い妹とおかしくなってしまった母だった。
間違っていると何度言っても母親の中にあるその破壊衝動は収まらず、妹まで巻き込んで事態はどんどん悪化している。
その事に危機感を感じながら、ずっと何も出来ずにいる自分のことが大嫌いである。
母親の影響で作曲をはじめ、それ繋がりで朱希と知り合っている。母親の曲も嫌にはなりきれない。
「朱希、おはよう。今日は幼馴染さんたちの相手はいいの? ふうん、そう」
「僕が……悪いのかな。母さんのこと、ちゃんと守ってやれなかった僕が、全部……」
「僕も、トップシンカーを目指すことにしたんだ。長い時間がかかったっていいさ、トップシンカーになって……今度は、世界を守るんだ」
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