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 クラスメイトは馬鹿ばかり。周りの会話をイヤホンで遮断して、教室の隅で本を読みながら和田は小さくため息を着いた。
 あいつもこいつもそいつも馬鹿だ。馬鹿だから人の間で生きていける。群れの中で適応できる。
 全員のことが嫌いだ。だから休み時間は苦痛だ。でも今日は――図書委員会がある!
 図書室は静かで良い。それぞれ本としか話してないから、イヤホンで耳が痛くなることも無く、読書を誰かに邪魔されることも無い。
 ただ――

「(今日、同じ当番は臼井か……)」

 火曜日の当番、臼井。和田の後輩である彼のことが、和田は苦手だった。

   *

「お疲れ様」
「お疲れ様です」
 放課後。図書委員会として仕事をするべく図書室に向かうと、先に臼井が座っていた。普通に挨拶して、そのまま沈黙。臼井はおすすめ本のポップを作るのに専念していて、和田はたまに来る貸出、返却の対応をしつつ読書に勤しんでいた。
 ちら、と彼の作っているポップに目を向ける。――山崎先生の「詩を書く」。詩って意外と自由で楽しい! 言葉にしたい想いを詩にしてみませんか?
「……臼井って、そういうのが好きなの」
「えっ、」
 臼井と目が合う。和田は、声を掛けるんじゃなかった、と後悔した。えーっと。目線をうろつかせてから、臼井は言った。
「変、ですかね」
「別に、意外だと思っただけ。何よ、そんなに機嫌を伺わなくてもいいでしょ」
「すみません……」
 謝られた。それ以上は何も言わずに読書に戻る。詩なんか、まどろっこしいだけじゃない、と言うのは、流石に言わなかった。
「あの、先輩」
 珍しく、臼井から声が掛かった。出来上がったポップを持ち上げて、無理だったらいいんですけど、前置かれる。
「今日、山崎先生の新しい本が出るんです。なので、早めに帰ってもいいですか?」
 和田はため息をついた。それだけで臼井は慌てたように謝り出すので、違う、とそれを制する。
「そんなの、好きにしなさいよ」
「あ、ありがとうございます……」
 イライラとして仕方がなかったのが伝わったのか、それ以降、臼井は話しかけてこなかった。

 臼井は言葉を選びすぎる。それどころか、時に飲み込みすぎることがある。そうやって言葉を選ぶから誰にも伝わらないのに。
 そういう態度がまどろっこしくてもどかしくて、とても好きにはなれかった。
 伝わらなくて悲しくないのかしら。悔しくないのかしら。もしそうじゃないのなら、彼の言葉は何の為にあるの?
 そんなことをふと考えても、もうよく分からなくて、和田は大人しく読書に没頭することにした。

   *

 チャイムが鳴る。図書委員会の仕事は終わりの時間だ。片付けをして、見回りをして、軽く掃除、戸締りをする。そこまでは一緒にやる、と臼井が言ったので、仕方なく和田は一緒に片付けをすることにした。
 そこで、バタバタと駆け込んできた生徒がいた。
「臼井、ここに居た! なあ、お願いなんだけど、ちょっと今日の掃除変わってくんない?」
「え……」
 慌てて声を掛けて来たのは臼井のクラスメイトのようだった。ヘラヘラとした態度で、曰く、今日は友人と遊ぶ予定を入れてしまったんだ、と。――それ、この間も言ってたな、と和田は思った。
 気に入らない。和田は足音を立てて彼に近付いた。
「臼井は今日、ナントカ先生の新作発表があるから早く帰りたいんですって」
 空気が固まるのがわかった。それでも言わなきゃ分からないだろう、と和田は続ける。
「あなた、この間も同じ言い訳をしてなかった? バレたくないならバリエーション増やしなさいな。そもそも仕事は仕事。それはあなたがやるべきでしょ」
「い、いやあ……? お願いしますよ、友達が待ってるんすよ、先輩」
 めげない田口に呆れたように和田はため息を着いた。臼井は固まってしまって何も言えないようだった。
「そんなに大切なお友達は、あなたのことを待とうともしてくれないって言うの? 手伝って貰ったらいいじゃない。友達を理由にサボりたいだけでしょ、恥ずかしい」
 田口は、分かりやすくむす、とした顔をして、何かを言い返そうとしたが、この場において正しいのは和田だった。分が悪い。そう思ったのか、それ以上は何も言わず大人しく引き下がった。
「あんたもさっさと帰んなさいよ」
 またあんなのに捕まらないようにね。そっけなく言った和田に対して、臼井は困ったように言葉を吐いた。
「あんな言い方しなくても……」
「なによ」
「……」
 しん、と空気が落ちる。和田はイライラした様子で臼井を見た。
「気に食わないならちゃんと言いなさいよ。そうやって黙ってるから伝わらないんでしょ」
「伝わればいいってもんじゃないでしょ」
「じゃあ何、自分が我慢すればいいって?」
 ぐ、と言葉に詰まった。図星のようだ。
「そうじゃないですけど……」
「じゃあ、なによ」
 イライラして仕方がない。和田はもう止まれなかった。
「そんなんだからなよなよしいって言われるのよ」
「……和田先輩に何が分かるんですか」
「何も分からないわ。あなたは伝える気がないみたいだから」
 言葉が止まらない。臼井はかっとした様子で、珍しく声を荒らげた。
「そんなこと言って、先輩だって、伝えようとしてない。対等に話し合おうって思ってないでしょ。どうせ伝わらないって思ってる、いつもそう! そんなんだから怖がられるんですよ、傷つけるんですよ、なんでわかんないんですか!」
 沈黙。言ってしまった、といった様子だった。和田は、自分が思ったより冷静なことに驚いていた。彼はそのままこちらを見ずにカバンを引っ掴んだ。
「――すみません、帰ります。」
 そのまま、逃げるように図書室を出て行った。
 和田はそれを見送ってから、大人しく家に帰ることにした。
「(対等に話し合おうって思ってない、か)」
 その通りだった。それでもいつか対等になりたい、と思っていたのを見透かされていたのがなんだか痛くて、それでも受け止めるしかなくて、苦しかった。

   *

「和田ちゃんが急に怒った!」
 急じゃない。何回も言った。そう訴えようとして、声が出なかった。
「そんなふうに言わないで、ほら、お菓子を食べましょ」
 もっと深刻に受け取って欲しかった。私はそれほど嫌だったんだ、と訴えたくても、声が出ない。
 ――ああ、夢だ。これは、悪夢だ。
 言葉は選ばない方が良い。だって、そうじゃないと伝わらない。有耶無耶にされる。私のこの感情は、無かったものになる。
 それが嫌だったから、言葉を選ぶのをやめた。

「どうせ伝わらないって思ってる!」
 臼井の言葉がリフレインする。そりゃそうでしょ、伝わらなかったんだから。声は出てこない。そうやって足掻いているうちに、気付いたら涙が出た。ようやく出した泣き声で目が覚めた。――朝だ。


   *


 不快な気持ちで目覚めて、そのまま学校に行く。何があっても日常は続いていくのが恨めしかった。

 クラスメイトは変わらず馬鹿をやっているし、放課後に図書室に行けば静かに本が読める。全部変わらずだ。
「臼井、あいつ、結局なんにも言わねえんだもん。よく分かんねえよな」
 ふ、と声がして足を止める。彼のクラスメイトだ。
「まあでも、それが都合良かったんじゃなかったっけ?」
「それがさあ、なんかあいつも用事あったみたいで。知らん先輩に怒られたよ、もう、俺が悪者!? みたいな! あの先輩スゲーこえーし、スゲー嫌な言い方すんの!」
「え〜、まあ、お前が悪いよ」
「ひでー!」
 む、として、このまま姿を現してなにか言ってやろうかと思って、やめる。自分が何に怒っているか分からなかった。
 和田は、そのまま踵を返した。一人で考え事がしたくて、静かな場所を探すことにした。

 真っ当だった、と思う。それで臼井が利用されることは不当だが、それでも、何も言わないからよく分からない、という評価自体はそこまで怒るようなものではない気がした。
 ――気に食わないならちゃんと言いなさいよ。そうやって黙ってるから伝わらないんでしょ。
 過去の自分の言葉が頭を反響している。そう思った。思っていた。じゃあ頭を渦巻くこのいらだちはなんだ?
 私が、正しいと思う。正しくなければなんだ。間違っていたと言いたいのか。頭の中の自分に強気に出てみても相手は自分、水掛け論だ。
 私は、なにかを間違っている?

 そう思ってしまったが最後、臼井と顔を合わせるのがなんだか気まずくて、そのままその週は彼を避けた。
 それでも正しい答えはわからなくて、気付けば図書委員会の日が迫っていた。

 ばたり。
「あ」
「は?」
 教室に向かうため、階段を上っていると、降りてくる臼井と目が合った。舌打ち。そのまま上がっていこうとすれば、後ろから声がかけられる。
「待って、和田先輩」
「!」
 そのまま臼井がなにか言おうとするので、慌てて走って階段を上がった。だって、まだ、答えも出てないのに!
 ばたばたばたばた。廊下を二人分の足音が反響する。臼井が待てと言っている。教師が廊下を走るな、青春か、と茶々を入れた。
 そんな可愛いものじゃない! と悲鳴をあげたい気持ちを抑えて走る。それでも体力はそんなにあるほうじゃなくて、階段から転げ落ちそうになって――臼井が腕を掴んで止めた。
 息を整える。二人揃ってぜえぜえはあはあしているので、周囲の生徒は不思議そうにそれを眺めた。
「はあ……先輩、ちゃんと聞いてくださいよ」
「は、はあ……っ、嫌よ、だって、私」
「いいから、俺だって謝りたいんですよ!」
 和田はようやく臼井を見上げた。彼はそれで安心したように手を離して、
「ちゃんと言うから。……すみませんでした」
 瞬き。
「言葉が過ぎました。でも、間違ってたとは思ってない。俺も先輩も間違ってて、俺も先輩も正しいこと言ってると思う」
 だから、とそこで臼井は息を吸った。
「先輩の良いところは見習います。ちゃんと相手に伝えたいと思ってるとことか。なので、今に見てろ、って気持ちです」
 和田は、口をぱくぱくとさせた。目から鱗、青天の霹靂。そんな答えで、いいのか。いいのか?
「は、はは……」
 思わず笑いが漏れた。なんだ、そんな答えでもいいのか!
「すっ……ごい、ムカついた! けど、そうね、アンタが正しいわ」
 和田は、にい、と笑った。
「じゃあ、私もなるべく言葉を選ぶようにするわ。対等になりたいもの」
 臼井は安心したように笑った。笑って、からかうように言った。
「ま、いつでも相談には乗るんでね」
「はあ!? 調子に乗るんじゃないわよ」
 二人して睨み合って、そして同時にあはは、と笑った。あの日の自分が、少しだけ報われた気がした。


「(――次は間違えない)」

畳む

創作,文章/詩歌

日記まとめ 時系列はバラバラ

 世に出す作品の中に、あんまり気に入ってないものがある。
 上手くできなかったとか、もっとやれるなとか、そういう向上心が元である。
 でも、世に出す。それはとりあえずでも作品として形になったものだから。反応が来る。他者の需要と自分の需要はイコールでないことを知る。次に活かす。私にとってインターネットはこの繰り返しだ。

 作品。私にとっては、絵だったり、漫画だったり、はたまた文だったり、詩だったり、短歌だったり。いろいろある。
 絵と漫画には目標がある。簡単に、それをいつか自身の職にする、というものだ。それ以外には無い。でもなんとなく歌人にはなりたい。なりたいが、目標として掲げるには、自分の中では現実味が無い。

 絵の話をする。幼少の頃から絵が好きで、ずっと絵を描いて生きてきた。逆に、それ以外のことはあまりしてこなかった。勉強とか。これは悔やんでいる。今からでも遅くない。そらそうだ。でも当時の無垢な私が学ぶことに今から学ぶこととは違う意義があったように思う。まあ、今から学ぶことにもそれとは違う意義がある。それはそうと、悔やんでいる。が、時は戻らないので諦めている。

 文章も、あまり書いてこなかった。小学校の頃は好きだった。本の虫だった。本を読まなくなって、絵を描くことに没頭するようになってから、そのスキルは衰えたと思う。
 考えていることや、気持ちを言葉にするようになったのも、最近のことだ。他者の気持ちを理解できるようになったのもわりと最近だ。
 だから、私の短歌は拙いはずだ。もっと上手な言葉がきっとあると私は思う。好いてくれる人はありがとう。これは向上心の話だから、どうか一旦聞いて欲しい。私は私の短歌を拙いと思っているが、私も私の短歌は好きだ。

 すごく昔、私の絵って素晴らしい、という話をしていたら、満足したらそこで止まっちゃうよと言葉が返ってきたことがある。正しいと思う。その言葉が出るのもわかる、なんせ下手だったから。でも私は私の絵に満足していたわけではなく、ただ今の絵も好きだという話がしたかった。

 もっと上手くなれる。常にこれだ。満足する日はきっと来ない。創作物に対して、模索するのが好きだ。試行錯誤の日々が好きだ。その記録をつけるのも結構好きだし、見返すのも好きだ。

 創作物に良いも悪いもなければ正解も不正解も無い。ただ、私はもっと上手くやれると思っている。ただそれだけの話である。


ーーー


・空を飛ぶ宇宙に行ける音が鳴るあなたのことを可能性と呼ぶ

 簡単な短歌だなと思う。解説することもそんなに多くはないけど、なんとなく話してみたかったので書いてみる。

 私は創作で空を飛びたがる。地上に留まるよりも自由な気がするからだ。ロマンでもある。美しい空を全部背負って駆けることが出来たら、どれだけ気持ち良いだろうと想像しては焦がれている。
 宇宙にロマンを感じる。今だ、私たち人間の範疇では、知らないこと。分からないこと。実は他の生命体がいるかもしれないとか、綺麗な 星々も、恒星も、綺麗で見惚れてしまう。実はこれは畏怖なのかもしれない。それでも焦がれる。死ぬまでに月に行きたい。別に死んでからでもいい。
 宇宙では音は鳴らない。震えるものがないから。それでも人類は、宇宙の、地球外の誰かに地球のことを知らせるために音楽を選んだ。
 地球の外でも音楽が鳴れと夢を見る。音楽で世界は救われなくてもなにか通じ合うものがあれと願う。

 全ては想像だ。妄想で、妄言で、現実味のない幻想だ。それが創作であると私は思う。

 それを可能性と呼びたくて、この短歌を詠んだ。
 ちょっと前に詠んだ短歌に、ここにある話のいくつかの要素が入っている。

・空飛びたい!いっぱい青を背負ってさ風になったらスキップしちゃお

・信じてる震える空気がなくたってなにかに震える心があると

 創作の中ではロマンは自由だ。好きなだけ表現して良くて、そのロマンは、誰にも馬鹿にされるべきではない。
 だから、創作を愛している。誰にも認められない世界を、誰かに笑われてしまうような世界を、愛しているのだと叫べるから。


ーーー


 自分だけの星を欲している。ダジャレみたいだが、これは至極真面目な話なのだ。

 安らぎの形は人それぞれだし、救いの形も人それぞれだから、この世にないなら作ればいいと思った。

 人間の真似事をしている気分だと言葉にした。やってはいけないこともやるべきこともこうすれば誰かが喜ぶとかも、全部が全部打算でしかなくて、そこに私の本意はないのかもしれないと思った。だから、他の星から来たとかだったら良かったなと思ったのがこの話のきっかけだ。どこかに帰る場所があるなら、なにか目的のためにそうせざるを得ないなら、人間の真似事だって楽しいのかもしれないな、と。

 ずっと帰る場所を欲している。暖かくて優しくて時に厳しくてもいつでも受け入れてくれるって信じられるような場所が欲しい。
 自分の中に留めておくなら吐きたい言葉を吐いていいし、誰にでも邪魔されない創作があってもいい。頭の中は自由だから。私は自由だから。

 死んだらそこに還り着きたいと祈る。これは、自分だけの宗教みたいなものなんだと思う。

 目的を決めよう。何がいいかな。無難に侵略のため?
 でも自分だけの星に他の人はいない。救いの中に他の人を入れると絶対的じゃなくなるから。私は侵略は望んでない。しいて言うなら、一人が寂しい。
 じゃあ、交信のため。あるいは、学びのため。学びのためがそれらしいかも。勝手に発展した星の技術を行使して、観測した、地球という星の人間という生き物と交流したかった。いいじゃん。

 帰る場所である星には何があるかな。花の枯れた花畑があるといいな。私が管理を怠っているから花も咲かないけど、いつか芽吹く日が来るんだ。私が自分の星の管理に興味を持ったから。
 あとは、ポストがあるといいな。ポストがあるってことは家もあんのかな。もし私が先に死んだら、観測可能宇宙/うしかい座ボイド/座標零域/孤立恒星系アステリア/惑星碧海号まで手紙を送ってね。家でゆっくり読むよ。

 家には簡単にノートとペンとインク、あとベットがあって、私は眠ることで旅をしている。もちろん、疲れたら旅をしないこともできる。そういう時は目を覚まして、ノートに向き合って記録したり、考え事をしたり、創作をしたりする。別に眠らなくても生きていけたらいい。帰ってきてしまえば、私はもう宇宙人で、地球の人間ではないのだから。

 自分だけの星を作ろう死んだ時いつか迷子にならないように
 私という醜い生き物それをただ受け止めてくれる揺り籠、が星
 帰り着く星には何も無ければいい花とか咲かせられたことないし
 思い出もなければいいなそれならば悲しみなんていらないからさ
 欲しいのは住所、名義と眠りだけいつか書いてね、手紙、約束

 無いものを、特に自分で創っている物を、ただ愚直に信じて生きるのは、世間一般的には多分ありえない話なんだろうなって思うけど、たまにそれを一緒にそうなんだって思ってくれる人と出会うと嬉しいよね。私は、これからも大丈夫になれるように、自分だけの星を自分だけの宗教にするんだと言って、いいね、と言われたのがただ嬉しかったんだ。
 皆さんも自分だけの星を作ってみませんか。人間社会になじむのは大変だけど、宇宙には自分の還る場所があって、いつか星に帰れるかもしれないって思うだけで、私はちょっと楽になったから。普通に創作として出してくれたっていいよ。みんなはどんな星だったら住みたい?

 私は、自分の星に好きなものを詰め込むことはしなかったけど、それは身軽でいたいからで、人によっては好きな物全部持って帰っちゃうのかもしれないなとか、想像するだけで楽しいので。気が向いたら教えてね。


ーーー


 自分が落ち込みたい気分であるがためにこちらの強さを理由にしないでもらっていいか? とはずっと思ってるらしいよ

 こちらにはこちらなりのそうなった理由があるわけじゃん 別になりたくてなった訳じゃないのよ私だって

 慰められチヤホヤされたいのは勝手だけど人を勝手に悪者ポジに置かないでもらっていい? 私、あなたになんかしたかしら

 なんかやわらかさを武器にしてて嫌ね〜って思っていま〜す!!!
 それは優しさの搾取と何が違うんだ?

ーーー


 可哀想であればあるほど人は味方をしてくれると知っているので意図的にそう見せているところはあるな、と思う。事実を曲げるのは嫌いだからそれだけはしてないつもり。だけど、だから、可哀想は侮辱だと言う人の心がよく分からないし、可哀想を武器にしなくても生きてこれたならいいことなんじゃない、って妬ましく思う時もある。

 可哀想を武器にしないと全うに扱ってもらえなかったんだよな。私って賢いガキだから本当に苦しい時だって隠せちゃったし、馬鹿なガキだったから本当に苦しいんだってわからなかった。

 同情して優しくしてね。私が欲しいのは常に優しさとか愛とかそういうものだからいつまでもこのまま可哀想を武器にするんだろうな、たとえ安くてもその場しのぎにはなるから。

 こんなチラシの裏のらくがきに声を掛けてくれる方は、私が寂しいのは愛情とかそういうものを受け取る器が壊れているからであって別に愛されていないと思っているわけではないので、あまり気にしないでくださいね。それはそうと嬉しい。ありがとう。

 言葉をかけて貰えるのは嬉しいよ。もっと素直に受けとって満足できたらいいのにね〜。

 なんだかなあ、なんだかな。私が周りに愛されていることは知っているんだ。知っているけれども受け取れないんだ、よく分からなくて。形だけ受け取らせてもらっている。そういうものがあるという知識はあるけれど実感がなくてずっと怖い、よく分からないから。

 でもそれをそうだとするとあなたの愛を否定してしまう気がしてもっとこわい。

 暖かいものに触れるのは怖い。今までずっと冷たい場所にいたみたいな錯覚を覚えるから、それは知りたくない。知りたくないけど欲しい。だから可哀想を振りまいて軽い愛を受け取って満足している……。

 届いてない訳では無いと思うんだ。確かに私はそれを暖かいものだと認識しているし、触れて受け入れようとしている。だから、たぶん、成長痛なんだよな……。

 私も、それが愛かどうかはさておき、相手が受け取る/受け取らないのどちらを選んでもこの好意的な感情は変わらない、みたいな状態にはわりと覚えがあるから、向けることはできるんだよな。

 向けることができるなら、私はたしかにそれを知っているのにな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! 難しいね。


ーーー


 今日は打ち合わせがあったのだけれど、私の力不足であなたを燻らせてしまっている、と言われてしまってもう本当に申し訳なかった。そんなことはない。少なくとも無駄ではなかったので、どうかそんな風に自分を責めないで欲しいと思った。力不足はこちらも同じだ。

 描きたいものと描けるものとそれはそうと好きなものはそれぞれ違うなと思うから仕方の無いことなのだろう、とも思う。いや、でも、本当に良い人だな……(しみじみ)


ーーー


 らくがきで納得できるラインと「絵」として認められる(納得できる)ラインは全然違うよね〜みたいな話をした。自分で言っておいてめちゃくちゃ納得したので日記に書いちゃう。ボツになった絵もらくがきとしてなら悪くないなって思うし……。
 でもその分らくがきがお絵描きにカウントされてなくて毎日最近お絵描きしてないなあって思う。らくがきだけなら毎日描いてるから全然嘘だ。私は自分が納得できるものを描くことをお絵描きと呼んでいるんだろうな。もっと描きたいですね……。


ーーー


 今日は一日何もしなかった。嘘。お絵描きをしながらちょっと人と喋って遊びの予定を立てた。絵を描けるのも人と遊べるのもなんだか嬉しい。なんだか嬉しいから、買ってきたバゲットをこんな深夜に食べてしまった。初めて食べるマーマレードはあんまり口には合わなかった。踊り出したいような喜びがその残念さを上回っていて、マーマレードを初めて食べたのが今日で良かったと思った。

ーーー


 プリティーリズム・オーロラドリームで育ったから「ママやパパには内緒で」の概念がとても好きだ。だからフィクションでまで子供は大人が守るべきものだと言われるとウーンと思う。それってとっても窮屈だ。立派な大人という概念に偶像みを感じている、そんなものはどこにも存在しないというのにSNSではそればかりを追い求められていて大人って窮屈だなと子供みたいに思う。本当に自分がそれになれると思っているんだろうか。大人として完璧であれると思っているんだろうか。自分が出来ないことは人に強制しないと小さい頃躾られたのを思い出したりとかする。正しいがあれは過度だったと思う。


ーーー


 嫌な事ばかりが言葉になる、自分がされて嬉しいことはあんまり言葉にならないのに


ーーー


 これはなんか見たの文章です。

 SNSの一部の人々って、親という存在を万能だと思い過ぎているなあとおすすめタイムラインを見ながら思ったので、書き出してみる。

 みんなは忘れてしまったかもしれないが、親というものも自分達と同じ人間だ。強いて言うなら、自分たちよりちょっと大人なだけだ。大人だからそうあるべき? であれば言葉を変えよう。子供の延長線にあるのが大人だ。私たちと同じように、彼らもまた子供だった。私たちと同じ物質で出来ていて、同じよう中身を持っている、同じ生命体だ。

 自分が親になることを想像してみて欲しい。私は、言うことを聞かない子供を怒鳴りつけない自信はないし、不登校になった子供に笑って接することが出来るかも分からないし、突然八つ当たりをされたらこちらも何かをぶつけてしまいそうだ。

 しかも、それだけ頑張って何にもならないのだ。形に見える成長は子供が大人になるだけ。
 考えてもみてほしい。そうやって育てた子供に嫌われたり、心無い言葉を投げつけられたり、SNSでああだこうだと言われたりする親の気持ちを。

 補足するが、もちろん虐待は良くない。子供を産む以上それを保護し生かす責任が伴うのは事実であるから、そういう話は今はしてない。

 私たちは子供の時、言葉を知らないから親になにかを伝える術を持たない。あれが嫌だったな、これが嫌だったな。こうすればよかった、ああすればよかった、など、不満はもちろん沢山あると思う。私もある。でも何も考えずにこちらの不満ばかりをぶつけるのは、子供から成長出来ていないのではないか思う。

 家族だから理解して当然、という言説があるが、あれは幻想だ。家族とて別個体。言葉にしなければ伝わらないことは伝わらない。

 親は、きっと、それでも愛していたつもりなんだ。家族として、あなたの成長のためになにかをしてくれたなら。それがこちらにとって良くなかったとしても、愛していたつもりだったのだろうという事実だけは認めてやってくれないか。

 親は職業ではないんだ。これらを無給でやっているんだ。家族だからって見放されない訳じゃない。
 もちろん、親が完全に悪いパターンもあるだろうが……。

 親も一人の人間だ。自分と同じで、間違いだらけで、それでも上手く生きようとしているだけの、ただ一人の人間だ。
 私たちと彼らは、生まれてきた時代が違うから、分かり合えないこともあるかもしれない。考えることも、感じてきたことも違うから、話しても仕方ないかもしれない。
 でもせめて、話し合う心持ちを持って欲しい。なんのために言葉があると思ってるんだ。

 親はあなたを育てる為だけに作られた万能な装置じゃない。覚えて帰ってくれ。


ーーー


 私が誰かに愛されるために見せる形を変えなければならなかったことが許される環境が目に見えるところにお出しされて不快なんだろうな
 でもこれってあくまで許容であって受容ではないと思うからいつか離れていく人間関係に過ぎないんだと思うよ
 人に優しくできない、もう、誰にも
 出来ないことを出来ないからと諦めるな それを認めてくれるな 私がやってきた血のにじむような努力が否定された気になるから良くない
 全部が言葉になってしまった 見えるようになってしまったんだよ


ーーー


 人によっては厳しい話かもしれないから、落ち込んでいる自覚がある人は読まない方が良いです。誰かや何かの悪口とかでは決してない。
 これは私が知った現実の話でしかないから、あなたの周りは違うかもしれないし、必ずしも全てが当てはまる訳では無いと思って読んでね。

 傷ついた時、私たちは他人に救いを求めてしまうけど、それに完璧に寄り添ってくれる他人は多少無茶していることが多いな、と思っています。

 人が傷つくのには沢山の理由があるな、と思っています。自分にも、相手にも。傷つける側にも事情はあるし、思ってることもあるし、そうなるに至った環境がある。逆に、傷つけられる側にも事情があって、思ってることがあって、環境がある。だからこそ、それらが噛み合わなかった時に双方に傷が生じるな、と思っていて、だからこそ、傷つくのは確かにあなたのせいでは無い、と言えます。

 でも逆に、100%傷つけた誰かのせいであるか、と言われたら、そうではない、と思うんです。

 生きていく上で、自我というのは環境やそれまで受けてきた扱いで変化します。そこから理性が育ち、それが何を選びとるかが揺れるから私たちはそれぞれ違う思考を持ちます。

 極端な話。例えば、家族から虐待を受けていた子供が、親を害することがあったとして、この場合は子供は100%の悪か、と言われたら、そうではない、と言えると思います。
 では、家族は? もしかしたら、何らかの理由でその家族にも余裕がなかったかもしれません。

 こんなに極端ではなくても、世の中の悪意は全てこういうものだと思っていて、相手を100%の悪にはしてはいけない、と私は思っています。もちろん、こちらを害することはこちらにとって良くないことなので、それに怒りを覚えたり、その後の扱いを考えたりは勝手にしたらいいですが、それでも相手は100%の悪では無いと知っておいた方が良い、と思います。

 話を戻します。これは昔、私が知ってしまった事なのですが、例え自分がどれだけ傷ついて、どれだけ壊れてしまっても、その傷の責任の所在は相手にも自分にもないことを、知ってしまいました。

 そうなった時、自分の尻を拭けるのが自分だけだった。自分を守るのは自分だけで、自分の人生とかいうものの責任を取れるのも、自分だけでした。

 そして、他人に救いを求めるのは、他人に自分の尻拭いをさせていることに他ならない、と考えます。

 多少誰かに慰めてもらう。話を聞いてもらう。結構です。素晴らしい交友関係があって良いと思います。でも、そればかりが気持ちよくなっては、良くない。それは依存と近い。
 依存してはいけないの? と思われるかたがいるかもしれませんが、双方が同じだけ寄りかかって、ずっと一緒に生きていく、というのは本当に、とても難しいです。どれだけ言葉を尽くしても。

 どうしてもそのバランスは崩れてしまう。依存し合うほど気が合って仲良くできる友人を、簡単に無くすことになる。
 だから最初からそうでない方が良い、というのが、私の人生経験からの結論です。

 なんとなく、そういう危うさを感じる方がサーバーに多くて、でも面と向かっては言葉にしにくくて、がーっと書き出してみましたが、これがなにかの思考の参考になればいいなと思うばかりです。
 同じ答えでなくてもいいので、もし、気が向いたら思考を共有してください。

 ただ、私と同じように傷ついて、ひとりぼっちで耐えるこどもが減るように、という思いで書きました。

  サーバーに書いたように、これは私が知った現実の話でしかないから、あなたの周りは違うかもしれないし、必ずしも全てが当てはまる訳では無いと思って読んでね。デカキスやね。あなたのすこやかな安寧を祈ってるよ。
畳む

文章/詩歌,日記

詩まとめ

あたし今シンデレラ!
灰被りだとあたしを笑うあの子の
ガラスの靴は血まみれで可哀想!

それでも笑うし歌って踊るの
足元に咲く薔薇に誰も気付かぬように
花を踏みつける靴底が笑って、泣いて、怒って、

それでも笑うの、王子さまに見つけてもらうために
ああ、素敵な王子さま!
足元なんて見なくてもいいから、
笑顔の私をあいしていてね。


ーーー


時には落ち込むことがあったっていい
時には頼ってくれたっていい

月の影に隠れたってその分、
かがやいてみたら指輪になる

指輪をはめて!
顔を上げて!
笑って、マイディアー

いつだって美しいあなたがだいすきよ


ーーー


落ち込みがちなあの子が
珍しく自分のために怒っていて
嬉しかったことをよく覚えている。

世界の美しさを歌う人が
世界に蔑ろにされているところを
見たことがある。
 
それでも命は、
輝かしいきらめきを放って、
清く正しく美しくなんて
いられぬままに息をする。

清く正しく美しく、なんてなくても
輝けるんだと、きっと人々はもう、知っている。

あなたの好きな物はなあに?
どうしても許せないことはある?
守り抜きたいものってなに?

誰にも負けないきらめきをもらって、
強くなっていく私たちのバトンリレー

きらめきをあげる。


ーーー


うつくしいものになりたい、
波に削られたガラス玉みたいな。
あれ、シーグラスって言うらしいよ、
知ってた?

花火の後の余韻、
あの日頬を撫でた手のひらの暖かさ、
もらった言葉、
そういううつくしいものを集めて集めて
ひとかたまりにしたものがわたしであれ、と、願う。
願ってもかみさまは星を降らせてなんかくれないから、
わたしは削れていかずにトゲトゲしたガラスのまま誰かを傷つけている。

ああ、あ、あ、
(聞くに絶えない慟哭)、(自分に対する罵詈雑言)、
お願いだから触らないで。

そんなことを言いながらきっと誰かが、
そんなわたしの、
まだ尖りきらない平らなところをつまんで、
これなら痛くないよと笑ってくれるって、
信じてるんだよ、ごめんね。


ーーー


優しさなんかじゃないって
言えばよかった
言ってやればよかった、
どうして、だって、そんなこと、
自分がいちばん分かってるのに?

本当は、わたし、全部がどうでもいいの
このまま続くなら、
全部がどうでも良かったのに、
どうでも良かったって思わせてよ!

今、多分、怒りなんて綺麗なものじゃなくて、
もっと違う何かがわたしを突き動かしている

返せ! 返して、返してよ!
わたしは、わたしたちは、―――あなたは、
孤独だったのか、そうではなかったのか、
そうじゃないよ、そうじゃなくて、
ちゃんと泣いて怒ってよ!
胸ぐらを掴んで泣き喚いても
どうかな、多分、答えはかえってこないね

散っていった桜の花びらだって
風が行進させていくように
いずれ土に還るとしても尚、
生き足掻くことを、
変わりゆく残酷な世界を、
美しさを歌うよ

あなたの望んだ輝かしさを掴むよ
誰より遠くに飛び立って
帰って来てなんてやらないよ

寂しいって泣いてよ
どうしてって怒ってよ
物分りの良いふりで
勝手に納得しないで!

今、多分、悲しみなんて美しいものじゃなくて、
もっと違う何かがわたしを突き動かしている

ああ、もう、
自己嫌悪と同族嫌悪が
混じって混じってぐっちゃぐちゃ!

振り上げた拳は下ろす場所がなくて、
ああ、もう、知らないんだから!


ーーー


ただ、
救いを求めている。
きっと、この際、
それが多少、冷たくてもいい。

救われたい。
天国は信じてたいけど
神様は信じていられない、から
であれば、それは
不敬で罪になるのかな、と
(考えてみたり、した)

天国を信じてたいのは、
終わりに救いを求めたいから、
神様を信じていられないのは、
あなたは救いになれないから。

何もかもを救っていたら、
世界が壊れちゃうから、
あなたは救いになれない

無ければ、良かったね。
なんにも。

あなたも。


ーーー


月が食べたいって君が言うから、
月を取りに行くことにした。
しめしめ、と
男は考える。

君は人気者だから、
僕じゃなくてもいいかもね。
でも、
月を引っ提げて帰ってくる男なんて、
この世界にそういないよ。
しめしめ、と、卵を割る。

彼女を欲しがる誰かには、
羨ましがられちゃうのかも。

へへっ、ざまあみろ!


ーーー


人生には分岐点が沢山あって、
その分岐点を間違えて、
間違えて、間違えた結果、
いま、ここに立っている。

ねえ、良かったと思う?
どうかな。君はどう思う?
ええ、ずるいよ。私が聞いたのに!
ふふん、でもね。

人生まるごと大間違い!
あなたもそうでしょ、マイダーリン。

それが良いでしょ、マイダーリン!


ーーー


でもでも、だって、
仕方ないけど、
嫌だ嫌だと駄々をこねるよ
大の大人が恥ずかしげもなく!
あなたにとって、
それは間違いかもしれないけど。
それでも、

間違いでいいよ
間違いだらけのあなたが好きで、
間違いだらけのあなたを愛している

そればかりが、
そればかりが私とあなたを繋いでいる
私も間違いだ

あまり寂しいことを言ってくれるなよ
全部一緒に背負うことはできないけれど
でも、それでも、きっと、たぶん
あなたと一緒にいたいのは、嘘じゃない
嘘に、したくない

……と、思う、から

間違いがいいよ、
全ての間違いが正解を模倣しているだけで
この世は全て間違いで出来ている


ーーー


それは、
大地に、力強く根差す力。
それは、
海の水の穏やかさ。
それは、
風の静かなささやき声。
それは、
夜明け前の暖かな光。

あの日握った手のぬくもり、静かに落とされた言葉の温度、隣で人が眠る時の静けさ。
私たちは日々、祈りを探している。
祈りは、繋がり。
わたしとあなたの境界線を、少しだけ溶かすもの。

祈りは愛と隣り合わせ
わたしとあなたを結びつけ、
根を張り、
波を撫で、
風を運び、
光を齎す。

それは、
未来の保証ではなく、
それは、
現在の肯定。
それは、
矛盾ごと抱きしめるもので、
それは、
誰かに確かに残るもの。


ーーー


光が似合う人だった。
それ以外の暗くて脆くてうしろめたいものは
なにひとつも似合わないような、
太陽のような、
美しいひとだった。

本当は、なにもいらなかった。
太陽を手に入れようとした俺が馬鹿で、
誰の手にも収まらないあなたは
困ったように笑って、
困らせてしまった、と、思った、から。

……。

太陽だって闇には勝てないんだな。
眠るあなたのすこし痩せた顔を見て、
そんなことを思った。
あなたの夢が、
暗くて、脆くて、うしろめたいものでなければ良い。

頼むから、
ひだまりの中心にいてくれ。


ーーー


小さな鳥を保護した。
小さくて、可愛くて、
まだ弱くて、幼い、
綺麗な声で鳴く小鳥を。

小鳥は歌った。
「飛び立ちたい、飛び立ちたい」と、
私は困ってしまった。
小鳥の翼は、
―――翼、を?
私は思い立ってしまった。
だから、大きな翼を仕立てたの。

ああ、
あなたはきっと私の元を離れていくのね。
そうして誰よりも輝く一番星になって、
夜鷹なんかも追い越しちゃって、
私の手が、届かなくなる。
仕立てた翼は問題なく、
小鳥も嬉しそうに鳴いては飛び立って、

わたし、
ああ、どこまでも行ってしまえばいい!
と、泣いたんだった。

―――小鳥が鳴いている。
一緒に行こうと鳴いている。
私はその手を取った。
ああ、私たち、
きっとどこまでも飛べるのね


ーーー


強くならなくちゃ。
少年は思った。
小さく静まった海を前に、誰よりも大きな背伸びをした。
もう奏でられなくなった旋律を代わりに口ずさめば、海は呼応するようにさざめき立つ。
口ずさむ。
呼応する。
口ずさむ、
こちらを見る。
口ずさむ、
穏やかに微笑んだ海の、その手のひらの、先
ああ、青い青い憧憬の、その先に、
夢と、未来が―――
きっと、待っている。

夢、夢だ。
夢になる。
未来が来る!

強くならなくちゃ、ね。
信じなくちゃ。
誰よりも、自分のために、
海のために。
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創作,文章/詩歌,日記

短歌まとめ

目が合った。ふわり笑って、暗闇。あ〜あ、スポットライトも恋していれば……。
ああ、ひかり。 彼らの全てを灼き尽くしどこまでも飛んでねよだかの星へ
誰にでも見つけて欲しくて鮮烈に光り続ける虫ひとり
星を統べ、世界も羨む王になる。お前の視線もあたしのものだ。
守られてばかりは嫌、けど、だから何? おまえの元には届かぬ祈り
「言わねえと分からねえのか」と宣うが、分かんねえだろ調子乗んな
金木犀甘い匂いの朝の道少し暖かな秋の訪れ
私たちも薔薇だといって咲く花壇風を味方にドレスのひらひら
おめでとう今年地球を手渡して来年は宇宙を確かな祈り
生きるため自分を許さねばその影にまた傷つく誰かよ
美しいこころを端からコピペして愛するふりをまだ諦めない
ひややかな熱を持たない画面越し言葉をなぞる、ことばをなぞる
いろいろな地獄があるよねおそろいだぐつぐつ煮込んで指輪にしようよ
たくさんの時間を言葉とともにして磨き上げたのそれ恋だったの
人間は嫌い自分は好きだが愛せない個のぬくもりをたまに愛して
わたしたち視野が狭くて嫌い合う波打つ心もささくれ立って
あなたとの夜の散歩が好きだった高い夜空の寒さとココア
部屋の隅勝手にぱちぱちペンライトアイドルだった幽霊がいる
夢を見るばかで可愛く幼い日朝の光が嫌いでしたね
静まって奏でられないその海を背負う背負うよ二人の夢を
強くあれお願いこの手に届くまで冷たく綺麗な青の憧憬
翼なら仕立ててあげるよその代わりどこまでも飛んで帰ってこないで
強さとは己の弱さを許すこと己の努力を認めてやること
努力さえ続けていれば手に届く(信じていました、ほんとうなんです)
うるさいなみじめになるから胸張れよ夢は夢のまま終わるんだから
あの頃のあなたを愛した私ごと好きが枯れればもう戻らない
空を飛ぶ船だの汽車だの翼だの自由に逃げたいここから飛びたい
空飛びたい!いっぱい青を背負ってさ風になったらスキップしちゃお
欲求を選び整え理性となり揺れているから自我と呼ぶ
情報が起こした揺れこそ自我ならば機械の揺らぎも自我と呼べるか
木で出来た誰も知らない秘密基地お父さんがね作ってくれたの
信じてる震える空気がなくたってなにかに震える心があると
とても長い旅をしてきた光です帰れませんが、見えていますか
このマヌケ聞いているのかボケカスがうるさい黙れ、私が正しい
猫かぶり可愛く被った化けの皮剥がれちゃったねしかたがないや
最初から被る気のない猫の皮バケモン来ましたほらもてなして
人間が好き、嫌いけど好き、嫌いう〜ん嫌いか、じゃあブロックで
他人が嫌いそれは自分を守るためこんなふうにはなりたくなかった
素敵だね綺麗なあなたのここが好きでもここが醜いから嫌い
そうやってばかぼこばかぼこ傷つけて自分が大事か? まあそりゃそうよな。
傷つけた?後悔してる?なら走れお前の口はなんのためある!?
御足労感謝しますね一等星返事の届く頃には私は
星の影綺麗な花には刺があるバキュンと一発恋に落ちろや
かぼちゃの馬車ティアラにドレスガラスの靴それはそうとして拳は振るう
「死にたくない」静かに涙を流してさ あ、アイシャドウにラメ入ってる
シャボン玉の中に入って浮かびたい風船みたいね割れないでよね
「一緒ならなんでも楽しいから平気」って!? 残したいからもっかい言って!
この今を必死に生きてるおれたちのの綺麗な言葉が味方にな〜れ
ミッションワン、この希死念慮をぶっ倒せ!どんな言葉を使ってもいいよ
寒いからホットミルクと希死念慮、今日からお前は冬の季語だよ
嘘つけます本音を隠して笑えますでも漢字も書けずに生きています
見せかけのインターネットの裏側にどろり濁った化け物が棲む
驚いた愛はここまでいけるのか返り血までもが綺麗に見えて
微笑んでばかでも可愛くゆるしてね愛嬌だけで生きてきました
地獄でもあなたのためなら生きていくもうこの場所にいられなくても
あたしって海割りたいんだそうしたらあなたの国まで走っていくよ
痛むほどぬくもりばかりを愛すのに私が触れたら冷めてしまうね
キラキラになってやろうかその瞳焼け焦がすほどの熱さで光るよ
橙のクレヨンで描くのが好きだった夕焼けの色、ひだまりの色
自分ごと好きすぎくらいでちょうど良い半分くらいは嘘だしハッタリ
やんやんとうるさく言ってもどうせ他人他人のこととか気にしなくていい
絵文字とか伸ばし棒とか使い分け強い言葉もやわこくなってよ
うるせえな恋だの好きだの嫌いだの一人で立つからおまえは要らない
星々の光を指輪にして笑い「運命だね」と歌い合う日々だ
他人とのお話し合いはコミュニケーション自分との対話は創作と呼ぶ
ボツにした昔の欠片も一部だし幸せになれよ創作物
空を飛ぶ宇宙に行ける音が鳴るあなたのことを可能性と呼ぶ
作品よ長く光ってうつくしのどうか汚れずそのままで
帰宅中でっかいプリンとか買っちゃって明日は休み明日は土曜日
分かりやすい詩を好む傾向にある、かしこくないからと卑下したりして
下心と甘い言葉だけの君をもう、ハーメルンみたいに拐かしちゃう
あなたへと伝える言葉アイラブユーかちかちかちとキーボード鳴らして
ああ夜鷹、燃え尽きた先に星になれあなたが幸せならばそれがいい
貫いた正しさすらも間違いとするなら信じたこれはなに、ゴミ?
大丈夫、いつか温度を忘れてもそれでも今はあなたが好きよ
あっ太陽出てきやがったな暑苦しいお前を地面に引きずり下ろす
春が来る。寒さに震えた大地さえ歓喜に震える、ああ、春一番!
救われたい、から、中途半端な神様をバン!そこに救いはないけどね
きやびやかあたし、宝石、ラグジュアリー姫と呼んでよ王子を呼びつけ
泣かないで、どうか祈って、きらめいて! メタモルフォーゼただ強くあれ
手を繋ぎ歩く親子と見守るだれか、魔法少女が置いたステッキ
えっ死んだ? 未練たらたら地縛霊死の手触りを僕にください
寂しくて詩を書いているどこまでもひとりぼっち、誘蛾灯の下
「退きなさい誰の前かを心得て?」あたしプリンセス剣を片手に
シャッターを下ろした次の瞬間の照れたように笑むあなたに向日葵
光ってるように見えてる? このあたし、全部嘘だよ、化け物だもの
あたし今スポットライトあなたの目焼いて焦がして潰しちゃうから
いつだってハートのキラキラ抱きしめて夢の中でもメタモルフォーゼ
自分だけの星を作ろう死んだ時いつか迷子にならないように
私という醜い生き物それをただ受け止めてくれる揺り籠、が星
帰り着く星には何も無ければいい花とか咲かせられたことないし
思い出もなければいいなそれならば悲しみなんていらないからさ
欲しいのは住所、名義と眠りだけいつか書いてね、手紙、約束
袖触れ合い杯交わした友人に、幸福ばかりが降り注げばいい
宇宙まで届いちゃうようなでかい声許せないから出しちゃおっかな
手に触れて指輪のサイズをたしかめて影に現る宝石の月
それは薔薇? 真っ赤なドレスが焼き付いて最期の瞬間も奪い去っていく
「月が綺麗、まるで貴方の言葉みたい」薔薇かと思った愛かと思った
私たち世界でいちばん強いから人を殺す夢だけを見ようね
深夜二時、ブランコに乗ると星に手が届くんだよね、知ってた? ふふん
滑り台、寝そべってみたら、空を見て! 星の光でプラネタリウム
私ってきらめきらしい、おら、目潰し! なんかそれくらい光ってるらしい
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創作,文章/詩歌,日記

SS 創作物について
 僕の書くものは、大抵、不特定多数の、あるいは、特定個人の、誰かに向けている。誰かに何かを書くこと、伝わりうる言葉にすることで、取りこぼす何かを、僕は軽視しているところがある。伝わればそれでいい、と、思う。多少曲がっていても、それがどんな形でも、今だけ君と同じものを見ていて、同じものを感じていると信じられるのなら、事実がどうだろうと、それでいい。――それがいい。

 誰かの言葉を引用するが、水面に映る月をそのまま手で掬ったとして、同じものを見せることはできないように。揺れては漏れて、ひび割れ、消えていく何か。手のひらの温度で水だってぬるくなる。そこに映る月だってもう丸くないかもしれないけれど、それでも尚、月を見せたい。君と同じものが見たい。
 寂しいことに、そうすることでしか、僕たちは同じにはなれない。

 形にすることで失われる何かを切り捨ててなお君たちと同じものを共有したい。他人と違うことは不安要素で、美しいものは誰かと共有したくて、そうやって言葉にしてこそ人と分かり合える何かがある気がして、そうやって寂しい自分を慰めているのだろう。君たちと同じ立場で、君たちと同じものを見たい。君たちと同じようになりたい。
 どうしたって僕は醜いかいぶつのようだ。

 ――かいぶつの言葉だっていつか誰かに届くことを夢見ている。届けたいから言葉を使う。誰に伝わらなくても祈り続けたいから書き続けている、書き続けている。

 誰かに届いてほしい。これは、世界に叫ぶSOSであり、I Love Youでもあるのだと思う。
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創作,文章/詩歌

毎日百文字以上チャレンジをしていた時のやつ
一日目¦隣で眠るあなたの鼓動まで聞こえそう
主な人物:飛鳥井慎也・鬼良稀雷

 起きた。伸びをして、欠伸をひとつ、ふと隣にあるぬくもりに気づいて、そちらに目をやる。ああ、そういえば、昨日はホラー映画を見て、それを口実に一緒に寝ようと誘って。
 そんな雑な理由でも、仕方がないなと一緒に寝てくれる恋人のことが、ぐうと愛おしくなった。きっとあの時、考えていることは一緒だった。
 もう一度横になってみる。その整った顔を眺めていれば、ふと瞼があいた。半分しか開かない瞼、おそらくは薄い視界に自分を捉えた彼は、少し不思議そうな顔をして、そのまま腕が伸びて。ぎゅう、と抱き枕みたいに抱きしめられた。
 何事かと問うても、彼はどうやらゆめうつつのようで唸るような返事しか返ってこない。
 突然のことでばくばくと心臓が鳴るものだから、それで起こしてしまいそうで、慌てて抑えようと思考を散らす。隣で眠る彼の鼓動まで聞こえそうだった。
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二日目¦今日は君の全てが欲しい
主な人物:和歌月泉・欠月牙狼

「今日はさあ、おうち泊まっても良い?」
 いつも通り学校に行って、生徒会の仕事を終えて、帰り道。いつも通り仕事が終わるのを待ってくれた牙狼くんと歩きながら、他愛のない話をする。
「ああ……別に構わない、俺の部屋はちょっと散らかってるかもしれん」
「とか言って、いつも綺麗だと思うけどな」
 少し前に同じことを言われて、好奇心で覗いた部屋を思い出す。別に、男子高校生にしては、大変綺麗な部屋だったと思う。そういうとこも好きだけどな、とぼんやり思って、次に出てきた言葉に、あ、と自覚した。
「そう、最近はあまり2人だけの時間を取れていなかったからさ。……今日は牙狼くんの全てが欲しくて」
「……な、」
 こんな小っ恥ずかしいラブソングでも歌わないようなことを、バカ正直に思ったのだから仕方がない。
 動揺する恋人の手をゆっくり繋いで、ぎゅ、とちからをこめて、しばらく堪能して、それから、上目遣いで一言、「ダメなの?」と言ってしまえば、牙狼くんはなんだかんだ頷いてしまうのだから、本当に優しい人だな、と思う。
「……ダメ、ではない」
「よし! 決まりだね」
 赤く染まる彼の手を引っ張って家まで走ろうとすれば、「待て」と呼び止められる。
「なあに?」
 首を傾げて問えば、真っ直ぐ俺を見据えて「俺にも欲しい。……泉の、ぜんぶ」なんて、小っ恥ずかしいことを宣うものだから、ああもう、俺まで赤くさせてどうするんだ! 
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二日目②¦守られるだけというのは癪なので
主な人物:三角心・キク

「あ~、真っ当に行くとしたら、君を守るためとはいえ、多少の危険がつくモンだし……俺としても、君に危険が迫ることを良しとしたいわけじゃない。」
 指をピンと立て、いたずらっぽくキクは笑う。
「だからね、ひとつ提案があるんだ」
「……提案、ですか」
 真面目な顔で聞き返した三角にキクは苦笑を返した。
「うん。俺がぜんぶなんとかするから、君は家の中で待機すること。そりゃまあ真っ当な手段ではないんだが、ここまで来たら仕方ねえだろ」
「マネージャーさんを納得させてくれる手段でも考えて待っててくれれば、あっという間に終わる話だ。悪くないだろ?」
「……それは」
 三角はぐう、と眉を寄せた。色々言いたいことはあったが、どうせ答えてくれやしないだろうし、それはそのまま飲み込んだ。
 少しの沈黙、それでも、と声が落ちた。
「私はアイドルだから、そういうことに関与したってバレたらまずいんです。」
「証拠は残さねえよ」
「いいえ。世の中に完璧なんてないでしょう、それに、万が一バレた時にあなた一人が罪を被るというのなら、それも嫌ですし……」
「……私を守るために、私が戦わなくてどうするんですか?」
「私、何も出来ないお姫様じゃない。なんでもやってみせますよ、キクさん」
 にい、と今までに無い表情で笑ってみせた三角の表情と、覚悟と。それに息を飲んで、キクは少し恥ずかしそうに笑った。
「はは、アンタってやっぱカッコ良いよ。」
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三日目¦お前のためにはしてやらない
主な人物:黒瀬愛海

「あ」
「……あ、」
 困ったような声が響いた。それに、やってしまった、とでも言いたげな色が重なって、そのまま黒瀬は吸っていた煙草の火を消した。
「ど~も。良い夜ね」
「……そうだね」
 会いたかった。それはもちろんそう。だけれど、だけれど、もう二度と会うつもりのない人だった。
「……ねえ、」
 ああ、これはめんどくさいな。わざとそれを滲ませながら続きを促す。そうして促してしまうのが良くないのだと、少し昔の彼女の言葉を思い出した。
「私のためだったの」
 黒瀬は少し目を伏せて、ふ、と息だけで笑った。
 それに不服そうな顔をした彼女を見て、いつも通り、そう、いつも通り笑いながら、
「そんなわけないでしょ」
 そう言った。
 そう、あれは私のためだった。私の感情だった。決して、決してお前のためなんかでは無く、いや、絶対に、……絶対にお前のせいにはしてやらないのだ。
「あんたには、わかんなくて良いよ」
 続けてそう言えば、彼女は諦めたように息をついた。
「愛海ってそればっかり、……私だって木偶の坊じゃないんだよ」
 へえ、と大して興味もなさげに言えば、一瞬、悔しそうな表情をした彼女は隠すように黒瀬に背を向けた。
「……私、あなたのことが好きだったよ」
 そう言い残して立ち去った。彼女を追うことすらしない黒瀬はそんな出来損ないみたいな告白を、ただ鼻で笑って流した。
「それが何になるって言うんだよ」
 どこまでも愚直で、どこまでもお馬鹿で、どこまでも賢い私の大切な君。
 私もあなたが大好きだった。そのために、世界が滅んでも良いと思える程。
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四日目¦ただあなたの心をすこし和らげたい
主な人物:箒星蛍

「あ。」
 休日。ちょっとしたメイクと帽子で変装をして、ウィンドウショッピングをしていた、帰り道。
 たまたま目に止まった雑貨屋の、シックな色の髪飾りを手に取ってまじまじと眺める。
 少しくすんだ青から水色の花々たち、アクセントに黄色が入っていて、それはまるで夜空に蛍の光が浮かんでいるような色をしていた。
 あまり派手なものは嫌がるかもしれない。いや、これも少し派手だけれど、きっとこれは似合うだろうし、……夏夜さんは、あたしからのプレゼントは無碍には出来ないでしょ。ひとりで勝手に頷いて、それをレジに持ち込んだ。
 
 たまたま、似合いそうだったから買っただけだし、要らなかったら飾ってもらおう。
 ついでにお菓子とか買っていったら怒られるかな。最近はあんまり動いていないから、食べないようにしてるけど、今日だけ特別に。
 
 今日は、ちょっとステキなプレゼントを持って会いに行くね。しばらく退屈な毎日だろうしさ。
 ステージなんかじゃない、普通の日常で、上機嫌に走っていく彼女は、まるでただ一人の女の子のようで。
 暗くなってきた空がひとつ、星を零したことにも気づかずに。ただ、真っ直ぐな想いを抱えていた。
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五日目¦運命とかじゃなくて良い
主な人物:満見葉月
 別に俺じゃなくても良いんだろ、とかいうめんどくさい女みたいな言葉に、それはそうだろを返したら、才川が怒った。
 そう、だってべつに、世の中の恋人だって最初はただの他人なわけだし、別にそこに居心地が良く収まった人が恋人になるだけで、変わりはいくらでもいるもので。だけど、それはお前にだって言えることで、俺だってお前じゃなくて良いし、お前だって俺じゃなくて良いのだから、そこに理不尽もクソもなくないか?
 そんなことをつらつらと喋ったら呆れられた。
 だって別に、もうそんな運命だなんてロマンティックなものが信じられるほど子供じゃないし、なにより、そうだからこそ今はお前が良いってとこあるんだけど、それじゃダメなのか。
 そう首を傾げたら才川は少し唸って、何かを諦めたように首を横に振られた。
 それなりにこいつには色々な感情を置いてると思うんだけど、それはどうしたら伝わるんだろうか。
 どれだけ考えても出ないだろうし、一先ずそこは休戦してアイスを食べることにした。
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六日目¦嬉しいな〜って思ったんだよ
主な人物:箒星蛍

 世界の全てに忘れ去られる夢をみた。
 そう、夢。ただの夢だ。ただ、嫌な現実味に体をふるわせて、父親の元へと向かえばいつも通り。名前を呼んで、おはよう、と声がかかる。
 それにおはよう、と返すと、どうした、と首を傾げられた。
「何も無いよ。嫌な夢を見ただけ」
「……そうか」
 それ以上は深入りしてこなかった。
 父が、蛍に罪悪感と不安を抱いてるのは知っている。色々なことがあったのだし、それは仕方がないと思う。
 だから、だけど、あなただってあたしのことを1番に思ってくれていたのに、罪悪感なんて抱く必要はないのに、それをぶつけた日には、親というのはそういうものなのだと言われた。
「……世界から、忘れられる夢だったんだ」
「……」
「ま、ありえない話だけど。嫌な夢見た後って、なんか嫌な感じあるよね」
 そう言って笑えば、父は少し難しい顔をしながら、
「……世界から忘れられる夢、」
 そう呟いて、顔を上げた。
「……きっとお前程の人間であるのなら、誰もが同じ言葉で口を揃えるんじゃないのか。父さんもそれと同じで、忘れてなんかやらない」
「だから、心配しなくて良い。忘れてもどこかで残るものはあるさ」
「……」
 父は、蛍の周りにある非日常のことなんか知らないし、蛍も話す気もないけれど。けれど、だと言うのに、まっすぐそんなことを言ってくるもんだから、蛍は少し気が抜けたように笑った。
「……あたしってやっぱりちゃんとお父さんの元に産まれたんだね」
「どういう意味だ」
 チン、とトーストが焼ける音がする。それをお皿に移しながら、とびきりの笑顔で蛍は笑った。
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七日目¦へんなやつ
主な人物:上空明日翔・天海深月

「なあ、お前。ほんとうに神様なの?」
 ずっと気になっていたことだった。同じクラスのへんなやつ。聞けば、彼に願ったことは全て叶うらしく、だから神様と呼ばれている。
「……なあに、願い事?」
 返事は間を置いて返ってきた。面倒くさそうにこちらを見るその瞳は、普通の人間と同じ。
「いや? 別に。残念だけど、自分の願いは自分で叶えられるのさ」
 好奇心だよ、と付け加えると、そいつはぱちくり、と目を瞬かせた。
「なんだその反応」
「いや、別に……。俺に話しかけてくるのなんて、僕の力を宛にしているやつらばかりだから。なんというか……物珍しくて?」
「ふーん。そういうモン?」
「そういうもんだよ、僕の周りはね。」
 そうだなあ、と少し考える素振りを見せて、そいつは言う。
「神様とは、ちょっとちがう。」
「へえ。じゃあ何?」
「なんだと思う?」
 はぐらかされたな、と思った。別に深入りするほどでもないか、とそれには特に追求せず、少し考える。
 どう見ても、人間と同じ身体、人間と同じ言語。そいつの不思議な力を体感したこともなく、体感する予定もない俺にはそこに人間以外の答えも出るはずもなく、首を傾げた。
「俺と同じじゃないか?」
「は?」
「ああ、いや。俺と同じ、普通の人間。男子高校生。アンタの持ってる力のことは知らないけど、だから俺にはそう見えるよ。」
「……ふうん」
 へえ、と頷きながらそいつはこちらを見て、
「じゃあ、そういうことだよ。」
 そう言った。
「……ふうん。そっか、良かった。」
「良かった?」
 俺の言葉に首を傾げたそいつに、今度は俺が上機嫌に人差し指を突き立て、
「俺の友達百人目! 神様はさすがに友達になれないなって思うけど、お前は人間なら俺の友達になれるだろ?」
 しばらく俺の立てた指を見て、キョトン、という顔をしたそいつは、ええ、と困惑したような声を上げて、
「君、実は変なやつだろ……?」
「お前それは失礼なやつだろ!」
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八日目¦はじめてのおくりもの
ラブレターフロムロランネタバレあり 現行未通過×
主な人物:晴間翔と天使

「ほら見ろ、これ!」
 そう言いながらアユムがドヤ顔で出てきたのは、所謂赤ちゃんとかの名前を決める時に使う名付け辞典。
 少し前にその話題になった時の壊滅的な名前のセンスを思い出して、真面目に考えるつもりのアユムを見て、思わず笑みがこぼれた。
 真面目だな、この人。
「ふふ、俺は太郎なんじゃなかった?」
「おまえ太郎って雰囲気じゃねーしなあ、オレがかっけーの決めてやるよ~」
「お、そしたら楽しみにしちゃおっかな。天使様に似合うやつにしてね」
 いつも絵を描く時みたいに、向かいに座って考え始めたアユムを眺める。
 天使は、そういう時間が好きだった。アユムが、真面目に、想いを込めて創作物を生み出す。そういう場所に立ち会えるのは光栄なことだ、と思っているし、そうして出来上がった創作物のことも、全部気に入っていた。
「はれま……はれまに続く名前だろ? なんかいい感じのやつ……」
 それに天使はぱちくり、と目を瞬かせた。
「……俺って晴間なの」
「えっ」
 きょとんとした顔でこちらを見たアユムは、まるでそれが当然であるかのように首を傾げた。
「晴間以外にあるのか?」
「……いや」
 いや、べつに、アユムが良いなら良いけれど。苗字が同じっていうのは、家族とかそういう人たちだけのものじゃないのか。
 そう思いながら、口にしなかった。別にそれが嬉しくないわけじゃないし、アユムは当然だと思ってるみたいだし、……口出すことじゃないか。
 黙り込んた俺に不思議そうにしながら、アユムはまた本に目を落とす。しばらく目を落として、その視線は一つのところでピタリと止まった。
「はれま、……かける」
「うわ! 超天使っぽい。晴間翔だって、いいじゃん。やりぃ~~」
 ハレマカケル。晴間、翔。悪くない響きだった。
「……へえ、アユムにしては良いセンスじゃん」
「オレは元々センスいいだろ??」
「ちょっと前の名付けのセンス思い出しなよ」
 別に太郎でも良かったのだが、センスは無かっただろ。アユムはううんと唸った。
「太郎……もまあ、まあな。アリではあったしな」
「そう? まあでも、晴間翔、良いんじゃない? 貰ってくよ」
 にい、とアユムは満面の笑みを浮かべた。
「そうだろ! これからよろしくな、翔」
「うん。よろしくね、アユム」
 呼ばれた名前は初めての響きで、なんだかむず痒い気持ちになった。
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九日目¦寂しそうなやつ
主な人物:上空明日翔・天海深月

 意味が分からない、と思う。
 ちょっと不思議な力が使えるからって神様だなんて祀られて、周りがぜんぶ変な宗教みたいになっている僕の傍には、まともなやつは近寄らない。
 僕だって近寄りたくない。神様なんか信じてないし、特別に僕が神様だとも思ってないし、じゃあ、だとしたら、やっぱりこいつはどこかおかしいんだろうなと思う。
「アンタさ」
「ん?」
 友達なんか、沢山いるだろうに。今日もそいつは僕の傍まで平然と来ているし、そいつが喋りたいことを次から次に話していく。
 今は、テストの点が悪かった、とか、そういう話だったと思う。一通り聞き終えてから、僕は口を開いた。
「……、友達、たくさんいるんじゃないの」
「? そりゃもちろん、たくさんいるぜ」
「じゃあそっちに行ったらいいじゃん。僕じゃなくて良いんじゃないの」
 きょとん、とした顔をしたそいつは、
「友達が寂しそうにしてたら声掛けるだろ」
 そんなことを、当然のように言ってのけた。
「寂しそうに見えるの」
「違うか?」
 大きな溜め息が出た。
「ほっといてもらった方が、うるさくなくて助かるんだけどな」
「あ! 俺うるさいってよく言われる~! でもほら、やっぱり楽しいじゃん。人と喋るのってさ」
 何も気にせず「でさ、」と話を変えたそいつに頭を抱えたくなる。ふい、と視線をそらして窓の外を見た。
 寂しいのか。僕は。
 それが否定できなかったことが悔しくて、見透かされていたみたいで腹立たしくて、しばらくそいつの顔を見れなかった。
畳む


十日目¦普通とは
主な人物:上空明日翔・天海深月

「お前、なんでアイツに毎日話しかけてんの?」
 友人にそう聞かれた。
 なんで、と言われると友達になりたいから。それにもなんでと聞かれたら、……なんでだろう。首を傾げてしまった。
「神様だとかなんだとか、俺にはよくわかんねえけど、アイツの周り異常だよ。だから、程々にしとけよ」
 好奇心は身を滅ぼすって言うだろ、とその友人は指を立てて俺に言った。
 帰り道。特別近くに住む友達も居ない俺は、1人でその道を歩いていく。
 別に。
 別に、俺と何ら変わらない。本人は至って、普通の子供だろうに。
 あいつの周りが異常だと言うのなら、俺の周りは異常では無く、普通だとでも言うのだろうか。
 それを言うには、俺も、友人も、あいつも、お互いのことを知らなさすぎるんじゃないのか。
 そんなことを思いながら、帰りたくもない家のドアを開け、ただいま、と親に声をかけるのだった。
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十一日目¦どうか祈りが届きますように
主な人物:曾根崎獅道・???

 こつん、靴音がして、ちょうどコーヒーを飲み終えた曾根崎は顔を上げた。
 一人の少女が立っていた。真っ直ぐ見据える視線は、あなたに用があるのだと訴えていた。
「こんにちは」
「……どうも」
 ぺこ、と頭を軽く下げ、薄く残った既視感の糸を辿る。
「あのひとの……愛海が最期に出会った人だって聞いた」
 その言葉を聞いて、ハッキリと思い出す。……ああ、黒瀬の。
「愛海、なんで死んじゃったの? 誰も私には教えてくれないの。……きっとそれも、愛海の意思なんだと思うけど」
 中身の入ってないコーヒーを飲むふりをして、誤魔化す。……どうしたものだろうか。
 何かを言おうか。何を言おうにも黒瀬の言葉が頭をよぎって、声が止まる。
 そうして1人ぐるぐるとしている俺を怪訝そうに眺めた彼女は、なに、と少し固い声で言った。
「あなたも答えられないの」
「……黒瀬に言われた」
 するり、と言葉が出た。そのまま、真っ直ぐ少女を見つめた。
「警察って言ったって、資料上で見る、極わずかな分しか分かってないんだって」
「俺は、あいつのことを何も知らない。だから、あんたになにか伝えても、全部お門違いな気がする」
「……そう、」
 少女は目を伏せた。少し瞳が揺らいで、それでも、目を閉じ、気を強く保つようにまっすぐあなたを見る。
 似ている。
「……そっか。確かに愛海が言いそうな事だよ。私も、愛海のこと、分かっていたつもりだったのかもね」
「悔しいな。……真実を掴み取りたくても、もう本人が居ないんだもの」
 無意識のうちに、拳に力が入った。
「……まあ、あなたに言っても仕方ないのは、分かってる。独り言だから、全部忘れていいよ」
「……待て」
 勝手に口が動いた。何かを、言わずにはいられなかった。
「これも、独り言だが。黒瀬はたぶん、あんたのことが大事だったんだと思う。いや、……わからん。俺には何も分からんのだろうが、……黒瀬が聞いたら怒りそうだな。聞かなかったことにしてくれ。」
 驚いたような表情の少女は、安堵したように笑った。
「……そう、そうね」
「痛いくらいに大切にされていたことは、知ってるの。でも、ふふ、そうね。」
「最期に愛海が会ったのが貴方で良かった。」
「あの人が、そうして案じてもらえているなら、確かに誰かが、あの人の想いを、心の淵を少しでも知ってくれていたなら、良かった……。」
「……ごめんなさい。ありがとう。私も、彼女のことを大切にしていたから。引きずってでも生きていくことにするわ。」
 綺麗に笑う彼女が、そう言って踵を返した。
 持っていた缶コーヒーのゴミをゴミ箱に投げ入れて、大きな溜め息をついた。
 それでも。
 俺が彼女に何を思うにも、鼻で笑われて終わるんだろうな。
 そんなことを考えながら、仕事へと戻ることにした。
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十二日目¦天使も悪魔もいなかった
主な人物:???

 赤いものを見ると、あなたのドレスを思い出す。
 そう言えば、貴方はきっと呆れたように笑うのだろうと思う。
 私には分からなくて良い。そう言った愛海の言葉通り、彼女の死のほとんどの概要は私に知らされることは無かった。
 それがすごく悔しくて、自分の足で特定しようとしてみたけど、それも結局、何にもならなかった。
 だけどね、愛海。もういいの。
 墓に花を供えて、手を合わせる。
 私、あなたが好きだった。私にはそれだけで十分だったのかもしれない。
 あなたは、私を愛してくれていたけど、だけど、だから、踏み込まれたくなかったのね。
 そっと目を伏せた。
 だけど、そんなのは酷い話ではないかしら。
 あなたがそういう人であったのは、知っていたつもりだった。知っていて、好きだった、つもりなのに。私もあなたと対等にはなれなかったのね。
 
 ごめんなさい、愛しかったひと。
 私、あなたを引き摺って歩くことにする。最大限幸せになってみせるわ。
 あなたなら、そう言うのでしょうから。
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十三日目¦あなたの手を汚したかったわけじゃない
主な人物:鳥羽朔賭・鳥羽咲百合

 教会。昔、自分が育った家は、今も大して変わらずそこに建っている。
 扉を開けばいつも通り血を分けた姉が居るのだろうし、そこで姉は愛想でも振り撒いているのだろうと思う。
 そんな大それた人間でもないくせに、やめてしまえば楽なのに。
「よう」
 声をかければ、明らかに警戒した表情でこちらを振り向いた。
「……朔賭」
 それに分かりやすくため息をついて、両手を上にあげながら近づく。
「まだ迷える子羊でも探して助けてんの? もう諦めたら良いのに。全部自己満だって分かってんだろ? それに、」
 息をついた。
「どうせ無理だよ。全部救うなんてさ」
 真っ直ぐこちらを見据えてくる姉の瞳に強く刻まれた警戒心。あーあ、嫌われてんな、と思いながらやれやれと肩を竦めた。
「……って、何度言ってもわかんねえのか。敬虔な信徒サマには」
 姉は、無言でこちらを見、一言も声を発しようとしない。お人形遊びをしに来たわけじゃないんだけどな、と思いながらため息をついた。
「……はあ、何その態度。俺とは喋るだけ無駄ってこと? 悲しいな。こんなに心配してやってんのにさ」
 そうして煽ってみても、こちらを探るような視線が返ってくるのみだった。
 今回も、……いや、これは。もう、無理なのかもしれない。そんなことを冷静な自分が考えたが、とにかく機嫌は最高に悪かった。物分りの悪い、馬鹿な姉。そう頭で悪態を着くことでそれを発散しようとしたが、それもうまくいかなかった。
「……そうかよ」
 そのまま視線を逸らして出口に向かっていく。
 それでも姉は、最後まで俺と喋ろうとはしなかった。
 
 
「……ほんとうは、」
 ぽつり。誰もいなくなった教会に声が響いた。
 声は、続く。
 神様なんて信じてない。だから、全部私が救えたら、と思ってる。
 ……だからね、私が神様になるって決めたの。
 あなたにとってはそんな柄でも無いかもしれないけど。あなただって、私を全部知ってるわけじゃないでしょ。
 目を伏せた。
 馬鹿馬鹿しいと思うなら思えば良いよ。でも、
 声が詰まった。息を吐いて、決意するように音を吐き出す。
 わたしは。
 あなたの事も救うつもりよ。
 ……朔賭。
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十四日目¦面倒な事に変わりは無いけど
主な人物:和歌月泉・欠月牙狼

 たまたま夜遅くまで勉強していたものだから、何もかもをほっぽり出して寝てしまった。
 そうして、朝起きたら髪の毛がとんでもないことになっている、なんて日が、立て続けに続いた。
 どうしたもんかな、とあくびを噛み殺しながら思案する。別に伸ばしているのは頻繁に切らなきゃいけないのが面倒だからというだけだし、いっそテスト期間中は短めに切ってもらおうかな。
 思い立ったが吉日、休みのうちに美容院の予約をして、ぱぱっと短くしたのが、昨日。
 月曜日。学校に行くために支度をして、いつも通り恋人を迎えに行ったら、髪を見るなり眉をひそめられた。
「……何かあったのか?」
「なんでそんな反応なのさ……」
 髪なんか短くても長くてもそんな変わらないだろうに。短くても似合うって言ってくれるかと思った、と少しむくれてみた。
「あ~、いや、似合うとは思うんだが……、ううん」
「……でしょ、似合うなら良くない?」
「いや、泉が良いなら良いんだが……」
「何、はっきり言いなよ。」
 うぐ。もにょもにょと言葉を選ぶ様子の恋人に、今度がこちらが眉をしかめると、ガシガシと頭をかいた牙狼くんは「笑うなよ」と前置いてから、
「綺麗な髪だったから、勿体無いなと思っただけだ!」
 きょとん。ぱちくり。そんな音が響いたような、予想外の言葉に、時間をかけてその言葉を噛み砕いて、笑わずにはいられなかった。
「あはは!」
「あ、おい! 笑うなっ」
「だって、そっか、そんなに俺の髪好きだったんだ?」
「……」
「じゃあ、また伸ばそっかな。」
 もとよりテスト期間の間だけだしね。とつけ加えて、軽く理由を話せば、牙狼くんはそんなことだったのかと項垂れた。
 心配をかけているなあ、と思いながら自分の髪を触る。
 いつもより軽くて楽な髪を、初めて少し惜しく思った。
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十五日目¦十九日目、夜、暗闇
塔葬の国ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:猫田心音

 俺が決めたことだから。
 誰よりも先に俺が決めた。こうなることも予測した上で、彼らを見捨てることを選択したのは、俺だった。
 だから、俺が一番に、腹を括るべきだった。
「選んだのは俺たちだ、……行こっか!」
 そう言った時の声は震えていなかっただろうか。作った笑顔は上手くできていただろうか。今の俺に確かめる術はなく、確かめたところで何にもならない。
 どれだけ慣れがあったとしても、人の命を、自分の手で。何度考えても恐ろしいことだ。
 それでも。……それでも。
 それをやらねば、この島に居るほとんどの人間の命は無いものとなる。
 くそったれだ。
 それでも、誰かがやらねばやらないことなのだ。
 
「嫌な島ですね」
 不意に、そんな声が落ちた。
「……そうだね」
 それに同意を示しながら、だけど、と、思考を巡らせる。
 俺で良かった。
 あの子を指名するのも、あの子を殺すのも、全部、俺ができることで良かった。
 俺でさえ。俺でさえ、あの子を指名する表情はきっと固まっていたし、俺でさえ、注射器を持つ手は震えていたし、ミツオさんが乱入するまで、注射を打てなかった。
 優しい、一時的でも世帯となった彼らに、そんなことをさせなくて、良かった。それが出来る俺で良かった。
 それだけが今、俺の誇りだった。
 本当は、と、そこまで思考が動き始めて、慌てて止めた。
 俺がここで折れてどうするんだ。
 まだやるべきことは残っている。こんな、こんなことを、もう二度とさせないために、この島を。
 
 そんなことを考えながら目を閉じた。
 二人に気を使ってやれるほどの気力は、残っていなかった。
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ここから散文
キュートアグレッション
主な人物:特になし

「私を殺したいの?」
 そう言って、不気味なほど綺麗に笑った彼女は、ぐいと距離を詰めた。そのまま俺が手に持っている銃を左胸に当てて、「どうぞ」と囁いてみせた。
「な……っ」
「殺したいんでしょう?」
 まさか撃てないだなんて言わないわよね。変わらず綺麗に微笑むその人を、そう、確かにその人を殺すことは、悲願で、喉から手が出るほど、喜ばしいことなのに、どうして、
 どうしてこの人は、こんなに動じないんだ。
「ほら、早くしないと、私の愛しい番犬たちがあなたを殺しても知らないわ」
 ゾッと背筋が凍った。恐ろしい。人間であるはずのその人が、なにか別の、化け物のように思えた。
 ああ、ここまでしても、自分はこの人に傷一つ付けられない。
 それを悟った時、頭に鈍い衝撃が届いて、そのまま俺の視界は閉ざされた。
 最期に認識できたのは、その人の、薄く細められた美しく光る瞳と、その口が、「だから言ったのに、」と動いたことだった。
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なんだか違う人みたいだった
主な人物:上空明日翔、天海深月

「……い、おい」
控えめな声。揺さぶられて目が覚めた。
呆れたような顔をしたそいつと目が合う。いつの間に寝ていたんだろうか。
「……次、移動教室だけど。」
「ああ……おはよう、起こしてくれたの」
「誰も起こしてやんないみたいだったからね。友達100人作ったんじゃなかったの」
ふい、とそっぽを向き、じゃあ、と歩き出したそいつの腕を掴む。
何故かは、分からない。ただ、そういう気分だっただけ、で。
「午後、サボんねえ?」
「……は?」
ぱちくり、と大きな目を瞬かせて、そいつは思考を巡らせているみたいだったから、
「だめか?」
と、ひと押し。

「……優等生の肩書きに傷がついたらどうしてくれんの。」
「え〜、困るな。俺も一応優等生なんだけど……まあ、そしたら全部俺のせいにしていいからさ。」
「……」
そうすれば、簡単に押されてくれるのだから、優しいのかちょろいのか、分からない。
「1時間だけなら」
と言ったそいつににんまりと笑って、よし、と立ち上がり手を引く。
ただ、普通の子供みたいに遊びたかった。
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やがて鬼と成る
かいぶつたちとマホラカルトネタバレあり 現行未通過×
主な人物:沙華祈

 ほら、歩けるだろう。そう言って急かしてくる大人の声を聞きながら、せめてゆっくり歩いていく。
 俺は、死刑囚だ。死刑囚、だった。
 世界の全部が嫌になった。だから、全部壊した。そしたら世界の外の大人たちは、あんまりにも俺が黙っているものだから、全部を俺が悪いということにした。
 ざまあみろ、と思う。お前たちも結局は人間で、正しいことなんてひとつも行えやしない。
 結局は、同じ穴の狢だ。
 
 ドアを開け、扉の向こうを見る。
 そこに立っていたのは、痩せた、今にも死にそうな雰囲気の男性。
「この方が、お前を引き取るんだそうだ。」
「……そう」
 興味も無かったので、視線を逸らした。睨む警察様をその人は制して、そこからは淡々と手続きが進んでいるようだった。
 死刑囚であるので、表向きは死んでいることにしてください。だとか、そういう話を半ば無理矢理聞かされて、難しい(お互いに良い感情は持っていないのだろう)会話が眼前で行われて、そうして、気づけば引き渡されていた。
 
「ねえ」
「なにかな。」
 帰り道、と言っていいのかも定かじゃない。車でどこかに連れていかれながら、その人が特に何も喋らないもんだから、声をかけた。
「俺が、さ。今ここであんたを殺すとか、思わないの」
「おや。そんな元気が君にあるとも思えないけどな、そのつもりなの?」
 別にそんなつもりでは無いので首を横に振った。そうしたら、そうだろ? と一言返されて、そのまま沈黙が続いた。
 ただ、不思議な時間だった。
 そうして、静かな時間をしばらく過ごし、車はどこかの店の駐車場に停められた。
「そうだ。君は今日からその名前じゃなくなる。具体的に言うと、君を組織に入れます。その間は、コードネームで生活してもらうよ。」
「コードネーム」
「そう。君のことは、戦力担当として連れてきたから。『鬼』だなんてどう? かっこいいでしょ」
「……」
 あんまり真面目にそう思ってもなさそうな口調で言うもんだから、適当な言葉を吐いているようにも思えた。
「ま、だからそうやって名乗ってね。別に偽名であればなんでもいいけれど……そうだ、プライベートは君が好きなように動けるよう手配しよう。それでいいね?」
「……別に、なんでもいい。」
「そう?」
「……」
 じ、とその人を見た。その人はじ、とこちらを見返してくるから、嫌になって視線を逸らした。
「俺は、その……組織? とやらに、入るなんて決めてないけど」
「ああ、そうだったね。まあゆっくり考えてくれればいいさ、最も、君に拒否権はないのだけど。でもほら、悩む時間は与えてあげられる……予定、だから。ゆっくり覚悟を決めてよ」
「……」
 じゃあ早速、組織のメンバーに挨拶に行こう、と、幽霊を名乗るその人は言った。
 とりあえず車から降りて、店の扉のドアに手をかけた幽霊の方を見て、再び声をかける。
「……ただの戦力担当なら、死刑囚だった身じゃなくても良かったんじゃない。わざわざこうやって引き抜く程、俺が必要なの?」
 うーん、と困ったように笑った幽霊は、改めてこちらを見やった。
「まあ、そうだね。君が必要だ。」
「……君でなくても良かった、なんて嘘は良くないね。君だから引き抜いたんだ。」
 そう言ってから、幽霊は改めてドアを開く。
 特になんの変哲もない、俺にとっての日常の続きだと言うのに、何かが変わるような気がして、少し落ち着かない気持ちでドアの向こうに歩みを進めた。
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夢心地
主な人物:椿・楸

「ヒサギ、なんてどう?」
「はあ?」
 ある日、ある時、ある任務で。自分に復讐すると息巻いて機会を狙い続けている彼を連れ回していた時。ふと思い出したように椿は言った。
「名前だよ名前、君、本名だって教えてくれないだろ? まあ知りたい訳でもないから良いのだけど、そのまま何も無いのは僕にとってとても不便だ。だからさ、どう?」
「……どうって」
 得意げな顔をして、ついさっき人の命を奪った得物――――ナイフを手持ち無沙汰に回しながら、椿は続ける。
「木へんに秋で楸。花言葉は澄んだ心! あははっ、ほら、君にピッタリだろ?」
「……バカにしてるのか」
「やだなあ、褒めたじゃないか。心が綺麗なのは良いことだと思うけれど?」
「……お前に褒められたって嬉しくない。」
 不機嫌さを隠さずそう言っても、特に、椿には怯む理由がなかった。
 はは、といつも通りを崩さず笑っているのに腹立って舌打ちを一つ。それでもそんなことお構い無しと言わんばかりだ。
「そりゃそうだろうね。……ま、君がどれだけ嫌だと言っても、もう僕が決めたことだ。君には今度から楸と名乗ってもらうよ、分かったね。楸?」
「……」
 ぎろ、と椿を睨みつけて、たった今楸と呼ばれた青年は、震える手を握りしめその場を立ち去ることを選んだらしい。
 どうせ逆らえず従うのに、椿の言葉にいちいち反抗してみせるその姿勢がお気に入りだった。随分と、可愛らしいことだ。
 ひとまず、と自分の足元を見る。白の面積が多い自身の服は特に汚れなかったが、床に落ちた死体やその痕跡は片付けねばならなかった。

 痛ましいことだけれど、必要な犠牲だった。
 テキパキとその場を片付けて、さっさとその場を後にすることにした。
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全部無駄になれば良い
主な人物:椿・楸

「殺してやる!」
 そう言って知らない少年はナイフを椿に向けた。それを軽々と交わせば、そのまま地面へと倒れ込む。
 あーあ、面倒だなあ。そんなことを思いながら、椿はにこやかな笑顔を彼に向けた。
「……君は誰? 残念だけれど、僕は殺した人間の顔なんかわざわざ覚えていないものでね。復讐だと言うのなら、愚かなことはやめた方が良いよ。」
「なっ……うるさい! 死ね!」
 また交わす。はあ、とため息をついて椿は体制を崩したその人へと距離を詰めた。少年は、それにぎょっとして目を瞑った。自分も殺されるのかと勘違いしたのだろうか、全く馬鹿馬鹿しい。
 その人の手を掴み、ナイフを自分の首筋へと持ってくる。そのタイミングで、恐る恐ると目を開けた彼は、愕然とした顔でこちらを見た。
「どうしたんだい。僕を殺したいのだろう?ほら、この手に少し力を込めれば僕は死ぬよ。――まさか、本当は殺す覚悟なんてありませんでした〜……なんて、言わないよね?」
 はくり。少年の口が動く。
 よく、知った色をしていた。彼の瞳に覚悟の色なんて無く、ただそこにあるのは恐怖と動揺だった。
「あはは、ほら、愚かだったと思わない?人は感情のままに動くべきじゃない、覚えておくと良いさ」
 正義のために人を殺してきた。覚悟を決めたのは、もう覚えていない程過去の話だ。だから、椿にはもう、理解ができない。
「ほら、最後のチャンスだよ。僕を殺してみる?」
 君なんかにできるとは到底思えないけれど。心の中でそう呟いて、震える手を感じながら、そっと目を瞑った。

 ――――銃声。

 目の前の少年がばたりと倒れた。代わりに楸が現れたと思えば、そのまま照準をこちらに合わせる。どうやら随分頭に血が上っているようだった。
「あれ、楸くん。顔色が悪いよ、どうしちゃったの? ……ああ、僕が本当に死ぬとでも思ってビックリしちゃった?」
 椿がわざとらしく問えば、楸は照準を合わせたまま叫んだ。
「お前っ、俺以外の誰かに殺されたら絶対許さないからな!」
「……ふふっ、あはは!」
「なにがおかしい……!」
 睨みつけても怯みもしない。本当に引き金を引いてやろうかと楸は思ったが、結局指先に力は入れなかった。
「許すも許さないもないだろ、僕の命はずっと僕の手中にあるわけで、生きるのも死ぬのも、選択権はず〜っと、僕の手にある。」
 そう、君が弱いから。心底楽しそうに付け足さられた言葉にイラついて、でも結局殺せていないのは事実だった。
「君だって、彼だって、奪う側に立つ覚悟どころか、人を殺す覚悟だってま〜ったく決まってないだろうに! あはは! 今の君を見たらご家族はなんて言うのかな〜! せっかく唯一生き伸びたというのにね。可哀想に!」
 そう喋るのと同時、距離を詰められたと思えば銃を足で蹴り飛ばされ、それを椿は奪い取った。
 別に今更物珍しくもないだろうに、まじまじと銃を観察するのを、楸は黙って見ていることしかできなかった。
「僕が先に他の誰かに殺されないように。もしくは、殺されても良いように? あははっ、せいぜい頑張ってくれよ、楸くん。」
 椿は終始楽しそうな口調を崩さぬまま、銃を投げ返し、その場を立ち去った。
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これからのために、話をしよう
かいぶつたちとマホラカルトネタバレあり 現行未通過×
主な人物:NPC・鬼・魔女を中心に組織の全員

「仕方ないじゃないか。おかげで君は守れたのだし、そう思うと、安い犠牲だっただろう?」

 だから、納得しなさい。
 それを聞いた瞬間、鬼の中の何かが切れる音がした。

「分かった。アンタがそこまで言うんだったら俺にだって考えがあるよ。……せいぜい爪でも噛みながら、自分の命の重さでも思い知ればいいんじゃない?」

 その時、自分はどんな表情を浮かべていたのか。
 呆れたような顔をしたままの幽霊が少し目を見開いたのを見たがらただそれだけを伝えた後、外へと飛び出し、しばらく走った。
 その場にあったのが、穏やかな感情でなかったのは確かだった。


・
・
・


「……それからずっと、鬼殿が行方不明、と」
「そう。」
 簡潔にまとめた狼の言葉に、幽霊が頷く。不安そうな天使が幽霊を見た。
「鬼くんは無事なのでしょうか?」
「まあ、あの子ならどこかで元気にやってそうだとは思うけど? 悪魔さんの件もあるし、裏切りと断定するには早いんじゃないかしら。」
 あなたの子供でしょう、と付け足された魔女の言葉に苦い顔をした幽霊は、だからこそだよ、と全員を見た。
「必ず、あの子を見つけ出して欲しいんだ。僕の見てないところで、危険な目にあってたらと思うと……」
 そう肩を落とした幽霊の顔は確かにやつれていて、目の隈を化粧で隠しているのも、組織の誰も――――特に初期メンバー3人――――が察していた。
「いつ助けを求めてくるんだとは思ってたけどよ、こんな早ェとは思わなんだ、なあ? えーっと……狼。」
「アナタはそろそろ慣れてくださいよ。……でもまあ、そうですね。考えたくもありませんが、億が一裏切りであった場合が怖いので。捜索するのはワタクシも賛成ですよ。」
「僕も賛成なのです! 鬼くんが危険な目にあってたら大変! そうですよね、人魚ちゃん!」
「……おに、ゆうれい、けんか? ……マアナ、なかなおり、てつだう」
「……だそうよ、良いんじゃないかしら」
 全員の意見が出揃ってようやく安心したような顔をした幽霊は、テキパキと指示を出し、よろしく頼むよ、と言ってその場を解散とした。


・


 それからしばらく、狼のツテを使っても、魔女のハッキング技術を使っても鬼は見つからなかった。
 ここまで掴めなくなるものだろうか。まさか、本当に……と、幽霊は焦りに焦っていたが、時間は刻々とすぎていく。
 普段は指揮をする立場の幽霊が、自身も前線に出て積極的に探そうとするものだから、組織の全員はそのサポートに回ることにした。

「今日も、見つかりませんでしたね」
「なんの痕跡もなかったのです……」
「……スゥ、」
 不安そうな天使の手をマアナが握る。それを眺めてから、魔女は幽霊の方を見た。
「そろそろ打ち切っても良いんじゃないかしら。ここまで姿を表さないんだから、組織が嫌になって逃げている、なんて可能性も無いわけじゃないわ」
 あなたが嫌になって、と、真っ直ぐ言葉を出さなかったのは、幽霊の相応の行いを知っていたからだった。
「……そう、……そう、だね」
「幽霊、」
 悪魔がなにか気遣う言葉をかけようとして、それを人魚が遮った。
「マアナはスウといっしょだから、ここ。おにも、ここがいいならかえってくる。おうちにかえってくるなら、かえってくるよ」
 いやに真っ直ぐな目だった。それに頷いた悪魔は、改めて幽霊に向き直る。
「きっと大丈夫だ、鬼を信じようぜ。……まあ、帰ってくるかどうかは、お前次第かもしれねえけどよ」
「……あれ?」
 ふと、天使が声を上げた。その視線の先には、彼が元いたという、孤児院がある。
 その庭に、一人のシスターが立っている。その向こうに、見知った影があった。

 幽霊が必死になって探している人だった。

「っ、祈!」
 そう叫んで走り出す。息が苦しくても構わなかった。
 その声でこちらに気づいた鬼は、シスターに別れを告げた後、教会の出口で立ち止まって幽霊を待った。その顔には、驚く程に、表情が無かった。
 ああ、あれは本気で怒っている。
 他の全員はそれを肌で感じ取ったが、幽霊には、そんなことに構っていられる余裕はないようだった。
「……っはあ、はあ、……よ、かった、生きてるね!? 怪我は、……どこも、」
「……なんで?」
 冷たい音が、落ちる。
 どこまでも冷えきった目に射抜かれて、流石の幽霊も何も言えなくなった。
「何、今更父親面すんのやめてよ。俺のこと、置いていける程どうでも良かったんでしょ。何?形だけでもみたいな? ……別にそういうの、いらないけどな。」
「鬼殿、」
 鋭い言葉が放たれる。正しく言葉のナイフだった。狼が止めかけたのを、鬼は視線だけで制した。
「……、祈、」
「無事だよ。ご心配どーも。でも組織には帰らない、これは裏切りだと捉えてもらっても良いよ。申し訳ないけど、」
 すう、と鬼は息を吸った。
「アンタの居ない組織には帰らない。たとえそれが、可能性の話だとしても」

 鬼は、そう言って真っ直ぐ幽霊を見つめた後、あっさりと踵を返した。
 話し合いの余地なんてなかった。ハッキリと傷つけられた幽霊は、その後しばらく何も喋らなかった。



・
・


「幽霊さん。」
「……入ってくるなと、言ったはずだけれど」
 呆然としていた幽霊が魔女を睨む。その視線を受け流して、魔女は部屋へとズカズカと入り込んだ。
「お邪魔するわね。いえ、鬼くんがあんまりにも言い過ぎるものだから。……私、実は最初から全部知ってるの」
「……は、」
 目を白黒とさせている幽霊を他所に、魔女は話を続ける。
「あんまりにあなたが可哀想なものだから、さすがに手を出しておこうかしら、ってね。彼も、貴方が傷ついたままなのは、本望じゃないでしょうから」
「……どういうこと」
「彼がなぜ怒っていたか分かる? 分からないかもしれないわね。貴方があまりに自分を大事にしないものだから、よ。」
「……」
「貴方、早とちりで鬼くんを庇ったでしょう。彼は避ける体制をとっていたし、言ってしまえば必要のない援護だったわ。それで大怪我を負った貴方は、『鬼を守れるなら安い犠牲だった』と言った。合ってるかしら。」
 何も言えなくなった幽霊は黙って頷いた。
「その後、鬼くんは私に連絡を寄越した。とある依頼と一緒にね。……彼がなんて言ってたか、教えてあげるから、ヒントにでもしなさい」
 どこから話せば良いのかしら、と、呆れたように魔女は頬に手を当てた。


・


「失踪したいの?」
「そう。」
「それはまた、どうして。」
 とあるカフェ。たまたま出会った鬼と魔女は、2人でカフェに入り、オシャレなメニューとともに話をする。
「幽霊がさ、自分の命の価値を分かってないみたいだから。……分かってほしくて」
 それには同意するけれど、と、魔女は困った顔をした。あまりにも、情報が足りていなかった。
「……幽霊、今大怪我してるでしょ。あれ、必要な犠牲だったと思う? ……安い犠牲だったかな。」
「いいえ。あれは必要な犠牲ではなかったわ、幽霊さん、貴方のこととなると周りが見えなくなっちゃうから」
「うん。」
「……安い犠牲、っていうのは、幽霊さんが?」
「そう」
 なるほど、と魔女は頷いた。
「それがどうして失踪に繋がるのかしら。」
「……」
 一息置く。底に残ったコーヒーを飲み干して、鬼は続けた。
「幽霊は、俺のことが一番大事でしょ?幽霊の命の価値がどうしても軽いって言うなら、俺の命も足して考えてもらおうと思ってさ。」
「……なるほど」
「まあ、実際どうするかは別として、だよ。……いざお前が死んだら、俺だって追いかけるかもしれないんだぞ、って脅しておきたい。少なくとも、1度死ぬ覚悟を決めた身だし、俺はそれくらい簡単に出来る。っていうのを、嫌でも分かってもらえるかなって」
「危ない目にわざと合うってこと?」
 魔女は眉を顰めた。それなら乗る訳にはいかない。断りを入れようとしたあたりで、鬼が遮る。
「いや、俺はプチ旅行でも楽しんでくるつもりだよ。危ない目には合わない。だから、見つからないように隠して欲しいんだ。最悪、幽霊にバレないんだったら誰に話しても良いから。」
 心配されるだろうしね、と眉を下げて鬼は笑ったが、決意は固いようだった。依頼料がいるなら払うよ、と付け足されて、魔女は少し考えた。
 確かに、それなら幽霊にも少しは分かってもらえるかもしれない。
「仕方ないわね……止めても聞かないのでしょうし。それなら、依頼料の話をしましょうか。」
「はは、ありがとう」
 そう言って、安心したように鬼は笑った。


・


「……これが、この事件の真相。ここから貴方がどんな答えを出して、どんなふうに彼と接するかは、自分で決めなさい。連絡は私が間に入るから。」
「……」

それじゃあ、と出ていった魔女の背中を眺めながら、鬼の言葉を反芻する。
『俺のこと、置いていける程どうでも良かったんでしょ。』
 彼は、そう言っていた。
「まさか、」
 僕は、もしかしなくても、あの子を、傷つけた?
 幽霊は、真っ青になって顔を上げた。慌てて魔女の端末に連絡を入れ、繋がった瞬間に相手を確認することも無く捲し立てる。
「っ、魔女!頼む、鬼と……祈と話をさせて欲しい。今度は、ちゃんと彼の話も聞くから」
 だから、と続く言葉の間に、魔女は呆れたようにため息をついた。
『貸し、ってことにしといてあげるわ。』


・
・
・


 狼と悪魔と顔を合わせ、天使とマアナと顔を合わせ、迷惑と心配をかけてごめんね、と謝罪してから、鬼はようやく幽霊の元へと向かうことにした。
 久々に会った幽霊は、なんだかやつれていた。……それだけ俺の心配が出来て、俺を大切に出来るのだから、同じように自分のことを大切にしてくらたら良いのに、と、すこしのやるせなさが湧いて出る。
「……とりあえず、入ってよ」
「ここじゃダメなわけ?」
「逃げられたら困る」
「アンタの態度次第だよ」
 ぐ、と黙りこんだ幽霊は、諦めて鬼の方へと向き直った。
 そのまま頭を下げる。
「ごめん。……置いていけるほど、なんて、そんなことないんだ。ただ、僕は……君が死ぬ瞬間なんて、どうしても見たくなかった、ただそれだけなんだ。」
「うん、知ってるよ。……で?」
 どこまでも声は冷たかった。
「だから、安い犠牲だったんだっけ?」
「っ違う!」
顔を上げた幽霊は、鬼の肩を掴んだ。鬼は、振り払うこともせずに、ただまっすぐ幽霊を見ている。
「……ごめん、分からなかった。僕は、1度君を捨てた身だ。僕を恨んでいる、と言われた方が余程しっくりくるくらい、酷い人間だ。だから、だから、君の大切な組織の中に、僕が入ってるだなんて、夢にも思わなかったんだ」
「……はあ。まあ、それも知ってる。んで?」
 だけど、と幽霊は必死になって言葉を紡ぐ。
「だけど、君は言っただろう。僕の居ない組織には帰らない、と。……たとえそれが、可能性の話だとしても」
「……」
 一気に喋って上がってしまった息を整えて、それでも幽霊は続けた。
「僕が生きてさえいれば、君はこの組織で、生きて、くれるのかな」
「まだ分かってないの?」
「違う、確認だ。認識の擦り合わせがしたいんだ、頼むよ……。今度は絶対に、ないがしろになんてしないから」
「……ふうん。」
 鬼は、少し態度を和らげ、対話に応じた。
「そうだね。アンタが生きる、って意思を見せてくれるんだったら、ひとまずは生きてあげようかな?」
「……そうかい」
 幽霊は息を吸い込んだ。酷く緊張しているようだった。鬼はその様子を見ながら目を細め、言葉を待つ。
「それなら、僕はできる限り生きてみせよう。なるべく死なないよう努力すると誓うよ、僕の命にはどうやら、君の命も乗っているらしいからね……」
「……」
 ひとつ、瞬きをして、鬼は、仕方がねえな、と笑った。
「俺も、分かって欲しかったとはいえめちゃくちゃ言ったしな。やっぱ傷ついた?」
「そりゃもちろん、しばらく何も考えられないくらいには……」
「はは、ごめんな。」
「いや、もう……良いさ、君が無事でいてくれたんなら、それで」
 良かった、と呟く幽霊は、ようやっと安心できる場所を見つけた子供のようだった。思わず頭を撫でてやれば、馬鹿にしてるのかと睨まれた。
 それを遠くから眺めていた仲間たちも、ようやく息をついてそれに混じる。

 まあ、そんなこんなで今回の件も、これにて一件落着ってことで。
 どこまでも突き抜けた晴天は、彼らの目の色をして、
 それを見ながら幽霊は、眩しいなあ、と少し目を細めた。
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ろくでもない
幽世常世の満天下ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:燈実 / NPC

 拝啓、両親へ。
 金がないからと言って愛する息子を売るのは、どうかと思います。

 「ほら、お前はまだ動けるだろう。買ってもらえたんだから、働きなさい。」
 それに近しい…… いや、もうちょっと荒々しい言葉だったと記憶している。その子どもは大人しく従うばかりで、文句ひとつ垂れなかったが、その足ではもうしばらくしたら歩けなくなるのだろう、というのは一目瞭然だった。
 何度も売られて、捨てられた。だからここに来たのだと、先日の夜に語っていた。
 ああ、ろくでもないところに来てしまった。
 死ぬわけにはいかない。だから、あの子どもを助けてやる訳にも行かなかった。
 どうにかして。
 どうにかしてこの檻から逃げなければ、人権などは無いに等しい。 ……そんな扱いは、両親だって望んでいないだろう。
 不思議と、そんなふうに思った。確証はなかった。それでも、
 死にたくなかった。
 だから、理由はなんでも良かったのだ。



 売人と取引した。どうやらここは地下のようだった。地上の知識はあまり重宝されないが、たまに物好きもいた。なので、地上の知識と引き換えに定期的に檻の外の空気を吸わせてもらうことにした。もちろん、その売人の見張り付きだ。

 俺の知ってる範囲。学校で習ったこと。本で読んだこと。たまに空想も織りまぜて、そいつに話して聞かせた。顔も良くないし、筋力も体力もなかったので、決行の日まで誰かに売られることもなかった。

 そろそろお前も処分だな。売人はそう言った。
 そうだな、清々する。俺はそう返した。
 
 そう、返して、売人を殴りつけた。ちょうど手枷が嵌っていたので、それで頭を重点的に。
 生意気なガキだったと自分でも思う。それでも、その売人は俺にそれなりに情が出来てしまっていたらしかった。

 その人は、意地でも声をあげなかった。人を殺すすべなんて知らない、筋力もない無力な子供の精一杯の打撃に、苦しそうにのた打ち回り、長い時間をかけて、息を止めた。

 苦しめたかったわけじゃなかった。だけど、そうでもしないとお互いに救われなかった。
 この人が生まれ変わったら、地上で、搾取なんてされず、穏やかに暮らせますように。そんな、意味があるかもわからない祈りだけを捧げて、その人の懐から手枷の鍵を盗み出し、そのまま、ゆく宛もなく走った。




 誰かにバレたのだろうか。大人たちの怒号が遠くで鳴っていた。でも、それも遠くだったから、獣の鳴き声に聞こえた。
 それが恐ろしくてまた走った。走って走って、気づけばネオン街の、どことも言えぬ街だった。
 知らない。こんなところは、知らない。

 帰らなければならない。どこにだろう? もう分からなかった。
 その場で、生きていく理由が無くなった。死にたくない理由も、無くなった。だって、帰れないのだ。
 だから、街の隅っこに蹲って、時間が来るのを待った。
 飲まず食わずでいれば、いずれ人は死ぬことを知っていた。人攫いにあっても良かった。苦しんで死ぬのだろうな、と悲観しながら、それでもぼう、と虚空を眺めていた。
 
 ふいに、
 
 視界に影がさえぎった。
 若い男だった。
 
「なあお前さん、名前は? こんなところで何をしている。」
「……、知らない人に名前を教えちゃいけないんだ」
「そうか。じゃあ俺から。俺の名前は柳。ほら、名乗ったんだから知らない人じゃないだろ?」
「……、」

 わざと生意気な対応をしたのに、その男は困ったように頭をガシガシとかいた。
 
「ああもう、それなら良いさ。……お前、俺の家に来ないか。」
「……は?」
「ああ、目的なんかは聞いてくれるなよ。気分だ。お前さんを拾いたい。捨てられたんだろう?」
「……、好きにしたらいい」

 その男は頷いて、手を差し伸べた。ほら、と伸ばされた手を、俺は取った。
 気付けば、それが生きる意味になっていた。そして、
 死なない理由も、じきに増えていくことに、なる。



 拝啓、両親へ。
 愛する息子を売るなんてどうなんだ、とは、思ったが。
 なんだかんだ、俺は生きてるから、
 気に病むことなく、幸せに暮らしてくれ。
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命令
幽世常世の満天下ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:燈実 / 暁蕾

「暁蕾!」

 ガキン。暁蕾の背後でそんな音が鳴って、燈実の薙刀が敵のナイフを弾き飛ばし、そのまままっすぐ追撃。相手は倒れていく。
  九朧城で暴れるこまったさんたちの鎮圧。今回の任務は達成した、さあ帰ろう。そんな時のことだった。
 
「どうもありがとなあ、燈実ちゃん。これは貸し?」

 暁蕾は、いつもと変わらぬ笑顔で、そんなことを抜かす。燈実はため息をついた。
 
「……いや、それは別にいい。それより暁蕾、怪我を見せろ」
「……それは命令?」
「はあ……、命令だ。」

 再びのため息。そうしながら、ぴくり、瞼が動いたのを燈実は見逃さなかった。
 どうやらこの男はどうにも、この組織でさえ誰のことも信用出来ないらしいかった。
 それならそれで好きにしたらいい。お願いを聞かないなら命令をするまでだ。それはそうと、勝手に心配はさせてもらうし、勝手に助けさせてもらう。
 半分くらい意地だった。そうしていつか、それが彼のためになると、信じていた。

 少し間を開けて、燈実は付け加えた。
 
「別に、見せるのは俺でなくともいいさ。俺は治療はそんなに得意じゃない。自分で治療できるというならそれでも良いし、他の奴に治療して貰ってもいい。」
「……、どうも。そしたら自分でやるわあ」
「但し、条件がある。」

 暁蕾は、警戒するようにこちらを見た。実際は目が合うことはなく、そんな気がするだけだったが。
 
「その怪我が、来週までに治ってなかったら。強制的に俺が治療をする。分かったな?」
「……なんやの、そんなに心配してくれるん?」
「嫌か?」

 暁蕾は黙った。別にこちらの機嫌をめちゃくちゃに損ねてやりたい、なんてつもりではないらしかった。
 下手くそな男だ。
 何が要因かまでは知らないので、ただぼんやりそう思った。それが彼に対する感想だった。
 
「お前の周りに今までどんな環境があったのか、俺は全くもって知らないし、お前のことだ。別に話したくもないだろうから、きっとこれからも知らない。だが……、郷に入っては郷に従えだ。俺はお前に対して好きにさせてもらうし、お前も好きにしたらいい。」

すう、と息をつく。

「ただ、必要な命令はする。命令であれば聞くと言ったな? ……その言葉、違えるなよ。」
「……」

 それ以上に声は掛けなかった。彼の中で、今贈った言葉が、どんなふうに解釈されて、どんな想定が生まれているのか。燈実にはそんなこと、全く想像もつかなかったが、それでも良いのだ。
 1度懐に入れた人間を相手に、気は長い方だった。
 だから、分かるまでいくらでも待つつもりであったし、いくらでも伝えるつもりであったし、それまでそばにいる予定であった。この、当時から。

 時は流れ、今。
 星歩会での暁蕾の言葉をきっかけに、そんなこともあった、とふと思い出して、
 長かったなあ、としみじみと実感しながら、それでも少しだけ喜びに浸った。

 大きな争いの気配を感じながら、その道中だけはずっと穏やかだった。
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許容範囲と嫌がらせ
主な人物:燈実 / 暁蕾
二次創作 無い話です

「……そういえば」
 なんでもない時間。なんでもない日常の、延長線。だらだらとソファで寛ぎながら、ふと、燈実は言葉を漏らした。

「暁蕾は、俺が命令だと言ったらどこまで許すんだ」
「……ええ?」

 唐突にぶつけられた疑問に、暁蕾は首を傾げた。どこまで許す。なにを? どこまで、許す……。

「……それは、身体を?」
「……、それでも別に構わないが……」

 燈実としては、そういうつもりでは無く、ただ彼の許容範囲を知っておきたいだけだった。だけれど、基本的にガードの固い彼が……身体を? どこまで許してくれるのか否か、だなんて。
 面白い話題だと思ってしまった。
 それが暁蕾の運の尽きだった。

「……ふむ。じゃあ、どこまで許すんだ?」
「ええ……ってことは、手を繋ぐ、とか、……ハグ、とかやんな……?」

 暁蕾は少し動揺した様子でこちらを伺っている。燈実はわざと表情の変化が分からないように光の方向に首を傾げた。

「そうだな? そういうことになる」
「……へえ、燈実ちゃん、そういう趣味あったんや?」
「いや? 全く無い」
「……?」

 暁蕾は、ますますわけがわからない、と言った顔でこちらを見ていた。少しだけ自身の口角が上がっているのを感じながら、その後の言葉を促す。

「……、それこそ、今更やない? 知りたいなら、やってみたらええやん。」
「……ほう?」

 それは、命令を、ということか。こいつ、墓穴を掘ったな。楽しくなってきてしまった燈実は、少し考える素振りをして、……そうだ、少しだけ意地悪をしよう。

「では、先程言った通り手を繋いだり、ハグをしたりするのを、今ここで出来るか?」
「ええ……ほんとにやんの……? まあええけどな。ほら。」
 そ、と手を握り、ぎゅ、と抱きついてくる。じんわりとした体温に混ざって聞こえる心音は、少し緊張しているように思えた。

 なるほど、あまり得意では無さそうだ。

「ふむ、ありがとう。それじゃあ……、……いつも撫でられてばかりだから、撫でさせろ、と言ったら?」
「……なんやの? ええけど」
「わかった。」
 なるべく彼が怖がらないように、頬を撫でてからそっと手を頭に載せる。よしよし、とそのまま撫でてみれば、少し不服そうな顔をしているのが見えた。なるほど、これは中々。

「……ふ、ありがとう。」
「なあ燈実ちゃん、これなんの時間?」
「なんだと思う?」

変わらずこちらを伺う暁蕾は、それになんの答えも得られないようだった。
「……では、キスをしろ、と言ったら?」
「ええ? なに、どうしたん? ほんとにそういう趣味が……?」
「いや、今回はそういう目的では無いな」
「ええ、……はあ、燈実ちゃんのお遊びには付き合ってられへんなあ」

 ため息をついて、燈実の身体を少し押す。そうして部屋を出ていこうとした暁蕾の袖を、「待て」と、ぐい、引っ張った。

「……は、なに」
「暁蕾」

 抱き締める。そうして、彼が全く抵抗できないようにしてから、ぐ、と顔を近付ける。目を見開いてこちらを見ていた暁蕾は、自体を察したのか、ぐ、と目を瞑った。
 鼻先が当たる。1秒、2秒、……3秒。
 少しの怯え。動揺、それと、……覚悟、だろうか。
 まじまじと観察していれば、ようやく不思議に思ったのか、暁蕾が目を開いた。
「……せんの?」
「して欲しかったか?」

 黙って解放すれば、警戒したようにす、と距離を取られる。それについ笑いが漏れて、それに刺々しくなんや、と返答。

「……いや? 少し意地悪をしたかっただけだ。すまない、実はお前の許容出来る範囲が知りたくてな。こういったもの関連の任務は苦手と見たから、今後は割り振らないようにしよう。他のことについては……、文章にでもまとめて柳さんに渡しておけ。それでは。」
「……は、」

 ぱちくり、事態を飲み込むのに時間がかかっているようで、暁蕾はその場で何度か瞬きをした。
 その間の燈実といえば、しれっとその場から居なくなっているものだから、暁蕾はその場にある怒りやら、羞恥やら、安堵やら、そんなたくさんの感情を持て余して一日を過ごすこととなるのだった。
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宝物の送り主
主な人物:エルティス・二グリア / ルーカス

 どん。
 人とぶつかった。まだ小さな、入学してきたばかりの1年生。もちろんこちらからわざわざ注目なんてしていないような、(それぞれの個性の強い子の学園では特に)あまり目立たない女の子だった。

「っあ、」
「……ああ、」
 彼女の持っていた小さな袋からバサバサと色々なものが落ちた。
 色々なもの――――例えば、年季の入った小さな靴、もう使うこともないような子供向けの指輪、その辺で拾ってきたと言われても納得できる石ころ。
 そんなものだ。
 
「ご、ごめんなさい!」

 慌ててそれらを拾い集め始めた彼女に、こちらこそごめん、手伝うよ、なんて在り来りな言葉を掛けてひとつひとつ拾っていく。
 きっとこの小さな袋は、彼女にとっての、宝箱だったのだ。

 ひとつ。ふたつ。みっつ。
 それほど数は多くない、最後のひとつ――――手紙を拾い上げて、その既視感に首を傾げた。
 見覚えがある。どこかで。

 よくある普通の手紙だ。普通の封筒に、普通に封がされている。
 裏を返す。少し汚い字で住所が書いてある。送り主の名前は――――ルーカス。

「あ、あの……?」

 そこまで見てから、声を掛けてきた彼女に改めて向き直る。
 上から下までまじまじと眺める。その後、手紙を見て、また彼女の顔を見る。彼女は困ったような顔をして首を傾げた。
 
「それ、返して貰えませんか?」
「……ああ、ごめんね」

 彼女に手紙と、その他拾った宝物たちを渡す。ありがとうございました、と頭を下げかけた彼女を引き止めた。

「あのさ、」

 息を吸う。すこし、緊張していた。

「その手紙、知らない人から間違いで届かなかった……?」
「……え?」

 手紙の送り主は、僕だった。
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今日の分
主な人物:ルスティス・二グリア / ルーカス

「ほらルス、昼ご飯前に "" 今日の分 "" 、終わらせようよ」

 ルーカスはそう言って、ポケットから一枚のコインを持ち出した。いやに使い古された、入学時はもっと、ピカピカだったそれ。

「いいだろう」

 ルスはそれにこくりと頷いてみせた。
 "" 今日の分 "" ――――今日の分の彼らの昼ご飯を、どちらが奢るか。
 入学式からしばらく経ち、お互いに友人も少なかった頃。そんな時に気まぐれで持ち掛けたギャンブルが、なんだかんだ、一年も半分以上は過ぎた今日に至るまで続いている。

「今日は負けないぞ〜」
「どうかな、現状で勝ち負けの回数は全部合わせて引き分けなわけだ。どちらが勝ってもおかしくない。勝率は十分にある」
「君、なんだかんだこれを毎日楽しみにしてるよな?」

 ピン。綺麗な動作で弾かれたコインは、くるくると宙を舞ってルーカスの手の甲へと落ちる。
 
「さて、どっちにする?」
「……表」
「よしきた、俺が裏ね」

 ごくり。どちらかが息を飲んだ音を合図に、ルーカスはその手を開いて見せた。
 ――――表。

「あ〜〜!!」
「ふん、これで二百十六勝二百十五敗だな」
「毎回言うけどよく覚えてられるよね〜」
「楽しみにしているからな」
「いや、これは負けたからなんだと思うけど釈然としねえ〜〜」

 ともあれ、負けは負けだとルーカスは唸った。
 ルスはといえば、そんな軽口を叩きながらも最近お金がピンチなのだと嘆く友人のため、なるべく安く多く食べることの出来るメニューを頭に浮かべているのであった。
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創作,TRPG,文章/詩歌

SS 帰り着く星
3336文字

 私は、宇宙人だ。
 ――いや、正確には、君たちと同じく地球に住んでいる。地球も宇宙にあるといえばそうだけれど、宇宙という名称は地球のものであり、私が宇宙人を名乗るのは、変だ。
 それでも、私は宇宙人なのだ。心の中にたった一つ、自分だけの星を持っている。

 ――だというのに。
「おや?」
「……な、」
「こんにちは。君、なんでこんな所にいるんだい」

「なんでこの星に私以外の人間がいるのよ――!!」

   *
 
「落ち着いたかい」
「ええ……」
 肩で息をする私を他所に、その男は平然とお茶なんかを差し出してくる。それをぶんどって口に含めば、思ったより苦くて思わず舌を出した。
「さて、……本題だが。この星は僕の星であるはずだよ。君はこの星にいるべきじゃない」
 あくまで穏やかにその男は言った。ギ、と睨めば、きょとん、とした表情が返ってくる。
「この星は、私が作ったはずなんだけど」
「……、そうなのかい? すごいねえ」
 呑気なものだ。すごいねえ、の言葉に拍手まで添えてくる。苛立ちがピークに来ている私は思わず用意された机をだん、と叩いた。
「あーもう! なんで私の星に知らない人がいるの! 勝手に入ってこないでよ!!」
「そうは言われても」
 困った顔を微塵も見せずに優雅に苦いそのお茶を飲む男はまるで幼い頃夢見た王子様の様相だった。こんな状況でさえなければ。そう、ここに板が1枚挟まっていて、これがアニメや漫画の世界であれば。楽しく鑑賞でもなんでもできたかもしれないのに。
「この星を君が作ったのなら、確かに、ここは君の星でもあるんだろうな。でも、同時に、僕の星でもあるんだよ」
 少しの間、ようやくこちらに視線を向けた男は、困ったように笑ってこう言った。
「帰る場所が無くなるのは、困るな」
 少し、心臓がどきりとした。それでも、引く訳には行かなかった。
「それでも、ここは私の星よ」
「うーん……」
 そしてここは、私の帰る場所でもあるのだから。知らない人になんか、踏み荒らされてたまるものか。負けじと睨めば、男は苦笑してからこう言った。
「でも君、地球人だろ」
「……」
「地球に君の家族や友人はいないのかい」
 友人。
「居ないわけないでしょ」
「じゃ、帰らなくちゃならないよ」
 あっけらかんとその男は言う。私は目を伏せる。帰らなくちゃならない。分かっている。
「それでも、ここは私の帰る場所なの」
「……」
「私の、私だけの……」
 堂々巡りだと男がそのお茶を啜る。私は用意された椅子に行儀悪く体育座りをしてしばらく黙っていた。男は何も言わなかった。
「……君は、家族や友人は好きだよね」
「なによ」
 男は言葉を紡ぐ。
「人の記憶や感情を見ることが出来るんだ」
 びく、と私の肩が震えたのが分かった。恐る恐るその男を見上げる。涼しい顔をした男は、小さく小首を傾げてみせた。
「違った?」
「……違わ、ない、けど」
 うんうん、と頷く。今、この男は、記憶や感情を見ることができる、と言った?
「それ以上は――」
「君には好きな子がいるよね」
 私の言葉を遮るように男が言う。ああ、時すでに遅しだ。知られている。
「……だったら、なによ」
「その子のために帰りたいとは?」
「あの子は私なんか好きじゃないもの」
 探るような視線がこちらを覗いている。居心地が悪くて膝に顔を埋めた。
「……そんなことは」
「ないって言う?」
「ないように思うけどねえ」
 暗闇の中で、男の呑気な声だけがする。ああ、出来れば思い出させないで欲しかった。
「あの子のために、帰らないのよ」
 言ってから、涙を堪えるように唇を噛み締める。涙は出なかった。
「あの子は、優しいから、私の相手もしてくれるけど――それが良くないの」
 男は黙っている。
「どんどん、あの子のこと、好きになっちゃう。私、あの子の負担にはなりたくないの。――ともだち、だから」
 男が小さく息を吐いたのが分かった。それに思わずむ、として顔をあげる。
「だからここまで来たの。それなのに私の星に勝手に住み着いて勝手に踏み荒らして、どういうつもり?」
「そんなこと言われてもなあ」
 男は困ったように頬をかく。
「まあでも――自分の力じゃ、どうにもならないことがある、っていうのは、分かるよ。困ったね」
「一人でこの星に住んでるくせに?」
「僕にも『ともだち』がいたんだよ」
 ふうん。私は喉が乾いた気がして改めてそのお茶に口をつけた。相変わらず苦い。美味しくない。
「君のこともどうにもならなさそうだな」
「そうよ。早く出ていって」
「それは出来ないよ。どうしてもって言うなら、君が僕の移住するための星を作らないと」
 ぱちくり。私は瞳を瞬かせた。男は言う。
「僕はこの星と一緒に産まれたんだ。覚えてないかい」
「……どういうこと?」
「うーん、前途多難だなあ」
 男は腕を組んで困った困ったというようなポーズをとった。それから、真っ直ぐな目でこちらを見やる。
「僕は君に作られたんだ。君の味方であるようにって」
「……作られた、って……、味方なんかじゃないくせに。信じられるわけないでしょ」
「そりゃまあ、君の意思だろ。僕は君に動かされているんだから、僕の知った事じゃないさ」
 男はそんな意地悪を言う。思い出したくない。耳を塞ぐ。
「あんなこと言いながら、君自身が帰る理由を探してるんじゃないのか? 分かっているんだろう」
 うるさい。
「だから、帰らなくちゃだめだよ」
「うるさい!」
 ああ、ダメだ。
「作り物のお前に何が分かるんだよ! ああそうだよ、辛いことも苦しいこともほとんどないぬるま湯みたいな環境で、一人で勝手に自分の首を締めて動けなくなって、挙句の果てには宇宙まで逃げてきちゃった!」
 男は静かにこちらを見ている。
「うるさいな、分かってるよ、分かってるけど帰りたいよ、死ぬのって怖いから! でも、帰りたくないよ、怖いんだもん、だって、仕方ないじゃん……」
 涙が溢れて止まらない。男は静かにこちらを見ている。
「私の味方だって言うなら、ちゃんと助けてくれなきゃ嫌だよ、どうしてそんなに意地悪言うの……」
 静かな宇宙に私一人のしゃっくりが木霊する。しばらく男は何も言わなかった。
「……君は僕で、僕は君だからだよ」
 男がぽつり、と呟いた。それが『意地悪』の理由だとすぐに分かった。小さくため息を着いて男は続ける。
「助けて欲しい?」
 男が聞く。
「君が望むなら、ここを君の星にしよう。ここは恒星だから、誰にも邪魔されないように惑星を作ってくれたら、僕が君に仇なす物は全部倒してあげる。でも、そこに君の友人がいても分からないかもね」
 は、と目を開く。男を見る。私の答えなんか分かりきっている、と言わんばかりの顔をしていた。
「それでも、君が寂しい時に君を一人にはしない。名前を呼んでくれたらすぐに駆けつけるし、優しい言葉だけをかけ続けてあげよう。永遠に、二人だけの小さな箱庭で生きていくんだ」
 それは確かに私が望んだことなのに、男の選ぶ言葉のせいで酷く恐ろしいものに思えた。
「どうする?」
 ああ、それが答えだ。これが、帰る理由であり、言い訳だ。彼は言い訳を私にくれている。
 帰って欲しいと、思っているのだろう。ああ、そうだ、そうだった。
「……わかった、よ」
 震える手を握り締めて、私は彼に目を合わせた。
「私はこの星には残らない。けど、いつか絶対に帰ってくる場所はここ。それまで、貴方はこの星を守っていてくれるのね?」
 だって私はあなたを、この星を守る王子様として作ったのだから。
「もちろんだとも、まかせて」
 男は穏やかに微笑んだ。光の中で、私の名前を呼ぶ声がする。ぱちぱちと光が弾けた。
 なにかを言おうとして、何も言えなかった私の代わりに、男が口を開く。
「あいしているよ、僕の主人、いつか、また会う時は――」

 君の友だちも、紹介してね。
 そんな声は光にかき消される。私の返事もきっと、その光に飲まれて、届かなかった。

 ――絶対に嫌だ!

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創作,文章/詩歌

#TrendSync 四話
進捗 1155文字

「お祭り?」
「そう!」
 学校の休み時間。地域のお祭りのポスターを見せつけながら、翼は二人に声を掛けた。
「お祭りのステージに立つトレンドシンカーを募集してるんだって! ボクはもう申し込んだんだけど、二人のステージも見れたらもっと嬉しいから」
 朱希がふうん、と頷きながらスマホを操作する。開いたのはカレンダーアプリだ。何日? 再来週の土曜! いけるな、申し込むわ。ぽんぽんと二人の会話が続く。
「ももちゃんは?」
「えっ」
 桃音はここしばらく、トレンドシンカーとしてステージに立つための覚悟を決めあぐねていた。翼と朱希は当然みたいに凄くて、自分が同じステージに立って見劣りするのが怖かったのもそうだ。
「私は……」
 言葉に詰まる。翼は少しきょとんとしてから、仕方がないなというように笑って、話題を変えた。
「お母さんが、お姉ちゃんもお祭りに連れてきてくれるみたいなんだ」
「奏海さんが?」
「そう。ほら、お姉ちゃんって、ステージ好きでしょ。なにか変わったらいいなって」
「あ……」
 夕空奏海。翼の姉である彼女は、不協和の影と呼ばれる人々のステージを見て、心を壊した。
 それを見ることで心に不調を与えるステージをする人々をまとめて不協和の影と呼び、これは既に社会的な問題になっている。原因の早急な究明が急がれているが、進捗は芳しくはないらしかった。
「奏海さん元気?」
「うーん、変わらずかなあ」
「……そっか」
 奏海が心を壊した日。翼にも、奏海にも、なにもできなかったことを、悔やんでいた。
「じゃあ、私も……ステージ、出る!」
「ええっ」
 翼が首を傾げた。桃音は、翼と目を合わせて笑った。
「奏海お姉ちゃんに、見てほしいから」
 そう言えば、翼も嬉しそうに、少しだけ申し訳なさそうに笑った。

   *

「お姉ちゃん」
 お祭り前日。練習から帰宅した翼は奏海の部屋へと向かった。奏海は変わらず外を見ている。
 ぼんやりして、焦点の合わない瞳の中、彼女が何を考えているのかは、よく分からなかった。
「あのね、明日のお祭り、ボク、トレンドシンカーとして参加するんだ。朱希とももちゃんも一緒なの」
 奏海から返事はない。
「お姉ちゃん、まだ、ステージのこと、好きかな」
 奏海から返事はない。嫌というほど静かだった。
「楽しみにしてて、お姉ちゃん。最高のステージを届けるから」
 奏海は窓の外を見ている。ぼうっとした瞳の奥に隠れている感情を探し当てようとして、諦める。
 それからはしばらく今日あった面白いことや、楽しかったことの話をした。ある程度の話題が尽きたあたりで、翼は奏海の手を握る。
「……じゃあ、おやすみ、お姉ちゃん」
 こうすると安心するでしょ、と、いつぞや奏海が教えてくれた仕草を返す。これも習慣だった。
 自分の部屋に戻って、改めて窓の外を見た。星がきらきらと瞬いていて、こんな時まで能天気だなと思った。

   *

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TrendSync!,文章/詩歌

#TrendSync 三話
7724文字

「おはよう……」
「おはよう、ももちゃん!」
「はよ〜」
 三者三様の挨拶が響く。あんなに大きな宣言をした後日だったので、桃音は二人と顔を合わせるのがなんだか照れくさかった。
「ももちゃん、トレンドシンカーを目指すんでしょ!?」
「ゆ、ゆうちゃん! 声が大きいって!」
「いやあ、楽しみだなあ、ももちゃんのステージ……!」
 翼のキラキラとした視線を一身に受けて、桃音は思わず苦笑した。それでなんだか気が抜けたのも事実だった。
 うんうん、と勝手になにか納得したように頷いて、翼は拳を突き上げた。
「よーし、まず二人が目指すは来月のオーディション! というわけで今日から特訓、頑張らなくちゃね」
「おー!」
 朱希と桃音は視線を合わせた。二人で笑いあってから、翼に合わせて拳を突き上げる。
 三人はこの時、お互いに力強い味方に、そして、ライバルになった。

   *

 ――靴の音が響く。三人は、市内にある貸しレンタルスタジオまで来ていた。目的はひとつ、朱希と桃音のオーディション合格のため。
 朱希は歌が、桃音はダンスと体力がお互いに課題だった。
 特に、桃音のダンスを彼女の体力に合わせて調節しながら、作曲もしつつ、自身も練習をしなければならない朱希は大変そうだったが、それでも毎日楽しそうだった。
「つ、疲れた……!」
「お疲れ様、ももちゃん! 最初に比べたら随分体力もついてきたんじゃない?」
「ありがとう、ゆうちゃん……そうかな……」
「まだまだ課題アリアリって感じだけどな。ま、形にはなるだろ」
「……朱希だって、歌は全然まだまだなくせに」
「うるせえなあ」
 翼が二人に差し入れとして水分を渡す。二人――特に桃音は随分ヘロヘロで、ペットボトルの半分くらいを一気に飲み干してしまった。
「……形には、なるかな」
「誰がダンス見てると思ってんだよ。大丈夫だって、なんとかするから」
 な、と朱希はにい、と笑って言った。それでも不安そうなままの桃音を差し置いて、翼は唇を尖らせた。
「ボクももっと朱希に見てもらえば良かったなあ」
「おっ、今からでもやるか? 俺は厳しいぜ」
「ももちゃんには甘々なくせに」
「桃音は体力ないからなあ」
 不服そうな翼の様子に、呆れた朱希がデコピンをお見舞いする。痛い、だの、なんだの。翼が騒ぐのを放置して、朱希は桃音に向き直った。
「そんな顔しなくても、大丈夫だって。信じてくれよ、俺を」
「……朱希のことはもちろん、信じてるよ。信じられないのは自分の方」
 困った顔をした桃音は、そう呟いてから、ぱちん、と自身の頬を叩いた。
「だから、もっともっと頑張らなくちゃ」
「おっ、いいぞ、その意気だ。だけど今日はもう休め。へろへろだろ」
 立ち上がろうとした桃音を朱希が押し戻す。不満そうな桃音に、翼が時計を見てから笑ってこう言った。
「頑張ったから、今日はおやつ買って帰ろう。たまにはご褒美も必要だよ」
 桃音は、ご褒美と練習を天秤にかけて、ご褒美を取ることにしたようだ。頷く桃音の隣で、朱希も賛成、とグッドサインを作った。

   *

 帰り道。他愛ない話をしながら、お菓子を買って、アイスも買って、少しお行儀悪く食べながら帰路に着く。
 ふと、帰宅するために駅に群がる人間の集合体の中から一人、朱希は、目が合った。
「……あ」
 目を逸らす。気付いているのか気付いて居ないのか、相手はまじまじとこちらを眺めているのが分かった。
「朱希?」
 不思議そうに翼が声をかけてくる。朱希は、咄嗟に笑顔を取り繕って応えた。
「なんでもない。ちょっと……昔の知り合いっぽい人が」
「えっ、どれどれ」
「や、やっぱ朱希だよな!?」
 気付けば近くにまで来ていたその人――紫苑は、食いつくように声を掛けてきた。
「元気してたか? 急に辞めたって聞いたからびっくりしたぞ」
「えっ、……あ〜」
「ダンスは続けているんだよな?」
 紫苑の目は真っ直ぐだった。なんだか後ろめたくて、朱希は思わず誤魔化すように目を逸らした。
 桃音と翼は視線を交わした。まずいんじゃない? そうかも。
「……あー! あ、あの! そろそろ門限だから帰らないと怒られちゃうなー!」
「えっ」
「も、ももちゃんのお家って、厳しいもんねー! 行こう、朱希!」
 二人して朱希の手を引っ掴んで走り出す。呆気に取られた紫苑を置いて、三人は人混みをかき分けてその場から逃げた。

「はあ……、はあ……っ」
「も、ももちゃん、大丈夫? ほら、深呼吸深呼吸!」
 桃音はぜえぜえと上がった息を整えてから、ぼうっとしている朱希に声を掛けた。
「朱希、大丈夫?」
「……ああ」
「大丈夫じゃなさそ〜」
 朱希の頭の中は紫苑のことでいっぱいだった。ハッキリ言うのであれば、動揺していた。まさか、こんなところで会うなんて。
「あの人、って」
「……」
 朱希はなにも言わなかった。何を言うか悩んでいるようだった。しばらくの沈黙の後、口を開く。
「なんでもねえ。ごめん、帰るわ」
「え、ちょ、ちょっと!」
 翼と桃音は顔を見合せた。朱希の後ろ姿を視線で追いながら、二人で首を傾げる。
「大丈夫かな……」
「うーん」
 大丈夫には、見えなかったが。でも、深く言わなかったということは、放っておけと言うことなのだろう。少しの心配をそこに置いて、二人も帰路につくことにした。

   *

 ――ダンスを習っていた。小さい頃の話だ。
 歌うのは得意ではなかったが、踊るのは好きだった。紫苑とはライバルで、親友だった。彼と一緒に踊るのが好きだった。
 でも。本当にたまたま調子が悪くて、うまく踊れなかった日があった。――緊張していたのだ。柄にもなく。
 それは、親にダンスを辞めさせられるかもしれない、という恐怖からだった。
 ダンスが好きだ。歌うことは得意じゃないけど、好きだ。いつかトップシンカーにだってなりたい。そんな話を親にした、後日、両親はこんな話をしていた。――やめさせるべきなのではないか、と。
 彼の、失望したような顔をよく覚えている。
 また失敗して同じ思いをしたくなくて、あの日、もう、全部を諦めることにしたのだ。

 そのはずだったのだ。翼のステージを見るまでは。

 まさかまた会うことになるなんて。いや、彼の家がまだ変わっていないなら、当然のことかもしれないが。
 あの時の感情がぐつぐつと煮え立つように湧き出る。ああ、怖いのだ。
 ダンスが好きだった。それでも恐怖に負けて逃げた幼い頃のダサい自分を、もう誰にも見ないで欲しかった。

 ピコン。スマホから音が鳴る。見れば、紫苑だった。ああ、こんなことならブロックしておけばよかった。スマホを手に取る。
『今日は急に声を掛けてごめんな』
『トレンドシンカーには、もうなれたのか?』
 既読をつけずにその文章を読む。もう随分長いこと、彼からの連絡を無視していた。
 しばらくして、また、通知が飛んでくる。
『怒ってる?』
『朱希のステージが見たいだけなんだ』
 どうして。
『俺はもう、諦めたから』
 どうしてお前が、そんなことを言うんだ。

 見ていられなくて、通知を消してスマホを閉じる。明滅するだけになった画面には、『返信待ってる』と新たに表示されて、嫌になった朱希はそのまま電源を落とした。

   *

 ――そうして、オーディション最終審査、当日。
 朱希は、あれからずっと調子が悪いようだった。翼と桃音は心配していたが、結局、朱希はなにも話してはくれなかった。
「朱希、調子はどう?」
「まあ、普通」
「普通か〜」
 いつもなら、バッチリ、くらいは言ってくれるのにな。そう思いながらその隣でガチガチの桃音を見る。
「ももちゃん、大丈夫だよ。深呼吸深呼吸!」
「う、うん……! 大丈夫、大丈夫……」
 息を吸って、吐く。いつもみたいに茶々を入れなかった代わりに、朱希は桃音の背中をさすった。
「……朱希、緊張してるの?」
 その手が少し震えているのを感じて、桃音は思わず朱希を見上げた。表情はいつも通りだ。いつも通り、だけれど。
「……そうかもな」
 ぽつり、言葉が漏れる。その言葉がなんだか意外で、桃音は急に朱希が心配になった。
「朱希、」
「お、そろそろ出番じゃねえの」
 桃音の言葉に被せるように朱希が言う。慌てたように時計を確認すれば、確かにその通りだった。準備をしなければ。
「翼。俺も準備してくるから」
「あ、うん。行ってらっしゃい……」
 こくん、と頷いて朱希は去っていった。桃音も慌てたように準備をする。翼は、ステージ脇まで、桃音について行くことにした。

「――ももちゃん」
 ステージの脇で、翼が声をかける。
「なあに?」
「これね、ももちゃんに」
 桃音が目を見開く。翼の手に握られているのは、スタイルコードだった。
「ボクがデザインしたの。もちろん、ももちゃんにはももちゃんの衣装があると思うから、お守りになったらいいなと思って……」
 桃音はまじまじとそのスタイルコードを眺める。ピンクの長めのスカートに、青いリボン。本当は、自分のためのデザインができなくて、オーディション用にと配られるスタイルコードを使う予定だったのだ。
「……ゆうちゃん。これ、使ってもいい?」
「えっ」
 今度は翼が目を丸くする番だった。桃音は嬉しそうに目を細めて続ける。
「だって、とっても嬉しいし……その方が、安心するから。ね、いいでしょ」
 翼はなんだかむず痒くて、目を逸らして頷いた。やった、と桃音がスタイルコードを抱きしめる。
「じゃあ、行ってくるね、ゆうちゃん」
「うん、頑張って」
 桃音が貸し出されたレゾナンスマイクを持つ。翼が一歩離れたのを合図に、スイッチを押した。

 桃音のステージは大盛況だった。ステラ・ノーツこそ出なかったものの、大きなミスもなく最後まで歌い踊った。得点は――1003点。ギリギリとはいえ、合格は合格だ。
 桃音が戻ってきたのと同時に、朱希がステージ脇までやってくる。
「桃音、おめでと」
「朱希……」
 桃音も翼も、たくさん言いたいことがあった。でも、時間はなかった。
「俺も頑張んなきゃな」
 言葉とは裏腹にどこか不安そうな朱希は、よし、と気合を入れて、レゾナンスマイクを握った。

「レゾナンスマイク!」
 ボタンを押す。
「スタイルコードセット!」
 読み込ませたカードはオーディションで配布されるものだ。
 息を吸って、吐く。期待と不安を綯い交ぜにしたような、複雑な気持ちだった。いや、どちらかといえば不安の方が大きい。
 それでも。
「――オーディション、合格……!」
 目指すのは、それだけだ。
「オン・ステージ!」
 視線を上げれば、たくさんの人々の顔が見えて、それがよりプレッシャーだった。

 曲が流れ出す。自分で作って、何度も聞いたから、問題なく歌えるはずだ。踊れるはずだ。
 なのに、どうして。
 どうしようもなく集中出来なかった。歌詞を間違えて、焦って音程がズレる。上手く歌えなかった。身体に染み付いたダンスだけが完璧で、それがなんだか、余計に恥ずかしかった。

 ああ、無理だ。

 どうしようもなくそう思った。気付けば曲は終わっていた。得点は――869点。ああ、そうだろうな、と、ぼんやりと思った。
 翼と桃音の元に戻るのが嫌で、でもステージの上に居座るのももっと嫌で、そそくさとステージから降りた。

「朱希!」
 翼が声をかけてくる。ああ、惨めになるから心配なんかしないでくれ。
「朱希……あのね、私たち……」
「んだよ」
 不機嫌な声が漏れる。ああ、いけない。当たってしまう。咄嗟に言葉を止めた。代わりに何を言おうか悩んで、絞り出すように、
「……ごめん、しばらくほっといてくれ」
 それだけ言って、彼らの前を去ることにした。引き止める声はあったが、全てを無視する。冷静でいられる自信が、全くもってなかった。
 背を向ける。歩き出す。そんな時、
「いやだ!」
 がしりと手を掴まれる。桃音だった。翼が目を見開いているのが見えた。
「なっ、」
「朱希って全然私たちに相談してくれないんだから!」
 拗ねたような顔で桃音が言う。面食らった朱希がなにか言い返す間もなく桃音は捲し立てた。
「私たち、朱希のこといっぱい心配してる! あの子と会ってから朱希ったらずっと様子がおかしいんだもの」
 息継ぎ。勢いのまま言葉を続けた。
「どうして何も言ってくれないの、私じゃ……頼りないかもしれないけど! それでも、朱希の力になりたいよ」
 朱希はなにか言おうとして、結局、何も言えなかった。後ろから翼が声を掛けてくる。
「ボクたち、ちょっと当たられたくらいで怒らないよ。朱希だって許してくれるでしょ」
 それはそうかもしれないが。翼は続ける。
「それに、ひとりじゃ解決できない悩みを抱え続けるのは、きっと苦しいことだよ」
 朱希はしばらく悩んだ。しばらく悩んでようやく、少しづつ言葉を口にする。
「いや……悪い。頼りないと思ってたとか、そんなつもりじゃなくて……」
 目を伏せる。なんだか二人と目を合わせられなかった。
「自分が恥ずかしいんだ。ただそれだけで」
 翼と桃音は顔を見合せた。少しの間をおいて、翼が口を開く。
「でも、朱希は変わろうとしてるじゃん」
「そ、そうだよ!」
 桃音も拳を握りしめて言った。
「何の話かは……わかんないけどっ、かっこ悪い自分が嫌で変わろうとしてるのなら、朱希が恥ずかしいって思うようなこと、絶対にないんだから!」
 翼も頷く。朱希は思わず顔を上げた。二人と目が合う。二人は、に、と笑って朱希の手を握った。
「ももちゃんの言う通り。大丈夫だよ、朱希はちゃんとかっこいいから」
 そうだそうだと桃音がヤジを入れた。朱希は、一人で悩んでいたことがなんだか馬鹿らしくなって、ようやく苦笑した。
「お前らも、なんだかんだお人好しだよな」
「私たちがお人好しだからじゃなくて、相手が朱希だからこうしてるんだよ」
 そう真正面から言われて、朱希は照れたように、くすぐったそうに視線を逸らして、それから、小さな声で感謝を述べた。
 もうすっかり、いつも通りの朱希だった。

   *
 
 息を吸って、吐く。それから、紫苑からのLINEに既読をつけた。
『連絡出来なくてごめん』
『オーディション、落ちたよ』
 とりあえず送る。既読はすぐついた。少し悩んでから、追加で送った。
『でも俺、諦めたくないから、諦めない』
 誰に、とも言えない宣言だった。でも、紫苑に聞いて欲しかった。
『それでこそ!』
『俺もまた頑張ろうかな』
 紫苑からはそんな言葉が返ってきた。
 それでこそ、か。朱希は、自身の周りの人々って、こちらを信じすぎるところがあるんじゃないかとぼんやり思った。
 なにはともあれ、友人が、自身のやりたいことを諦めないという選択をするのは嬉しいことなので、最高、のスタンプを送った。
 それから。
『800点は越えたから、一応、もう一回だけチャンスがあるんだ』
 TrendSync Performで、特に大切なのは素直な心だと言われている。そのために、800点を越した未来のトレンドシンカー候補は、その月のオーディションにもう一度だけチャンスを貰える。心は揺れるものだから。
『だから、見に来て』
 勢いのまま、送ってしまった。でも、それで良かったと思った。知ってもらおう。今の、朱希のステージを。
『もちろん!』
 その連絡を最後に、スマホの電源を落とす。そろそろ眠らねばならなかった。

 不安で、なによりも怖かった前夜と比べて、どこか安心した心地だった。

   *

 オーディション会場に向かえば、当然のように、翼と桃音もそこに立っていた。
「お前ら……」
 わざわざ言わなかったのに。翼はいたずらっぽく笑った。
「諦め悪い朱希のことだからと思ってね。調子良さそうで良かったよ」
 桃音も嬉しそうに頷いてから、心を決めたように朱希に視線を合わせる。
「朱希、これ、ゆうちゃんと二人でデザインしたの!」
 スタイルコードだった。
「本当は前回渡そうと思ってたんだけど、タイミングがなくて」
 翼が補足する。そうだったのか。
「気持ちはいーっぱい込めといたから! 頑張ってね、朱希!」
 桃音が押し付けるようにそれを渡して、朱希は思わず受け取った。それだけを言うと、二人は時間を見て、慌てて客席に向かって行った。
「……はは、やってやろうじゃん」
 不安はもう無かった。ちゃんと、覚悟を決めることが出来そうだった。
 その勢いを殺さぬようにと、走ってステージに向かうことにした。

   *

 真っ赤なサイリウムが広がる客席がよく見える。朱希はステージに躍り出た。
 曲が流れ出す。覚悟を決める。上手く歌えなかったあの日から、更に曲を聞き込んだ。身体は勝手に動くのだから、課題である歌に集中する必要があった。
 前回のステージを見ていた人はこの客席の中にどれくらいいるんだろう。
 その人達すらあっと驚かせてやりたかった。――見違えるようだと、思って欲しい。
 ふと、客席に紫苑を見つけた。
 ああ、紫苑、俺、悔しかった!
 お前に失望されたのが悔しかった。ダンスで負けたのが悔しかった。なにより、そんなことで逃げていた自分の存在がいちばん悔しかった!

 でも、変わるって決めたんだ。決めたから、変わるんだ。

 客席に指を指す。指を指して、手拍子を誘導した。光のノーツが見えた。
 伝われ、伝われ、伝われ! これが俺の決意で覚悟なのだと、ただ、それだけが伝わればなんでも良かった。
 夢中で手拍子を取る。リズムを誘導する。
 ――爆発的な光だった。

 音を操るように、曲を作る時のように。飛び交う音符を操って、美しい旋律を作り出す。
 そうして完成したその旋律を、ギターを掻き鳴らすみたいに鳴らす。鳴らす。
 その音に合わせるみたいにステップを踏んだ。ああ、楽しい!
 そうだ、そうだとも。

 この瞬間を誰よりも楽しまなくちゃ、トップシンカーになんてなれない!

 大きな歓声が鼓膜を揺らした。朱希はそれで我に返った。気付けば曲は終わっていて、自分の身体も、止まっていた。
 得点は――1360点。1360点?
「合格……!」
 思わずガッツポーズを作ってから、客席の全員に頭を下げた。拍手は鳴り止まず、大きな拍手の中、朱希はそのステージを降りた。

「朱希!」
 手続きを終えれば、翼と桃音が迎えてくれた。
「凄かったよ、朱希! まさかステラ・ノーツまで出しちゃうなんて!」
 桃音が興奮した様子でそう言う。翼も隣でうんうんと頷いた。
「覚悟の伝わる良いステージだったよ、朱希」
「……おう、ありがとう」
 2人は、どこか上の空の朱希を見て不思議そうな顔をした。朱希は、補足するように続ける。
「いや……、現実味がなくて。まだ夢なんじゃねえかなって」
「ああ……」
「わかるなあ……」
 合格直後ってそうだよね、とトレンドシンカーになったばかりの三人は笑い合う。ともあれ、三人とも無事に合格したのだ。
「朱希〜!」
 その声で振り返る。紫苑だった。翼と桃音がちょっと警戒したのを他所に、朱希は平然とそちらに向かって行く。
「どうだった?」
「めっちゃ良かった! 朱希は昔から才能あったからな、当然の結果だと思うぞ」
 興奮冷めやらぬといわんばかりに紫苑は朱希に感想をぶつける。それをすかした態度で受け止めている朱希は、いつも通りだった。
「……解決したのかな」
「かもね?」
 翼と桃音は顔を見合せて首を傾げた。それから二人して、解決したならそれがいいか、と納得する。
 空には星が瞬いている。いつか、この中の誰かが、あの一番星みたいに。そんな想像をしてしまうほど浮かれたその日を、満喫するように伸びをした。
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TrendSync!,文章/詩歌

〇自分が楽しむための物語の種を作ってみよう!

①キャラクターに喋らせながらキャラクターを作ってみよう!

・はじめに
 キャラクターを作り、掘り下げるということは、時に自分を掘り下げることです。
 キャラクターを動かすのに必要なのは納得感です。自分のキャラクターの気持ちや思想に納得感や理解が無いと、どう動かしていいか分からなくなります。
 逆に言えば、どれだけ自分とかけ離れた思想をしていても、どれだけ自分が抱えないようにしているような嫌な気持ちを気持ちを抱えても、納得さえしてしまえば、理解さえしてしまえば書けるということです。
 そのため、キャラクターを自分に寄せたり、自分がキャラクターに寄り添ったりする必要があります。そういう時、キャラクターは自分の傷や欲求を映し出しますが、キャラクターと自分は違う生き物だと信じ、恥を捨てましょう。
 すぐに出来なくても構いません。長いことキャラクターと関わっていればキャラクターに愛着が湧き、慣れます。多分。それを待ちましょう。

・やりたいことを決める
 ざっくりで大丈夫です! 関係性であれば少女漫画の男女みたいな雰囲気、少年漫画のライバルみたいな雰囲気、勇者パーティご一行、幼馴染、などの、雰囲気と大体の世界観があるとイメージがはっきりしていて良いと思います。
 その方面でやりたいことがない場合は、最近見た好きな世界観(ファンタジー、SF、などのざっくりしたもの)や、職業などをイメージしてください。全ては目安なので、無かったことにしても良いものとします。
 私はファンタジーの勇者パーティご一行が作りたいのでそれを作ります。

・口調を定めて喋らせてみる
 口調を定めましょう。キャラクターのことを知るには喋らせてみるのが一番です。そこから読み取れるものからキャラクターにしていきましょう。ちなみに、私は基本的に自己紹介から始めています。
 思い浮かばない場合は、好きな人(有名人でも、キャラクターでも構いません)の口調で、その人と被らないよう、名前、所属、好きなこと、もの、嫌いなこと、ものを喋らせてみてください。特に、好きなこと、嫌いなことが定まっていると良いかもしれません。

「は、初めまして、私は(名前)です……! (勇者の名前)様のパーティで、ヒーラーを務めさせていただいております! よ、よろしくお願いします……!」

 例えば上記の言葉を話す女の子であれば、少し弱気で、勇者のことを慕っているんだな、という情報が読み取れます。少し吃っているので、自分に自信がない子だ、ということがここで決まりますね。

「俺は(名前)。(勇者の名前)んとこのパーティで魔道士やってるよ〜。お嬢ちゃん可愛いねえ、今から俺とデートしない? だめ? ケチ〜」

 上記は軽薄な男の例ですね。自分の見目に自信があり、勇者とは友達関係なのでしょう。あるいは、腐れ縁などの可能性もありますね。

・口調が固まったら
 個人的に、物語の種を作る鍵はギャップです。弱気な人の隣には強気な人を置くのが簡単ですが、例えどれだけ似た者同士でも違うところがあるから物語が生まれます。

 もし「〇〇な子の裏に、実は〇〇な一面がある」がすぐ浮かぶなら、それでOKです。多分あなたの中に、好きな作品から吸収した「ギャップの在庫」があるので、それを引っ張り出しているだけです。

 パッと浮かばない場合は、以下のどちらかを試してみてください。

(1)表の性格をひとつ決め、対義語を、3〜5個くらい機械的に書き出してみましょう。手っ取り早いのは調べてみることです。その中から好ましい、あるいは思いつきそうなもの、共感できるものを選んでみましょう。
 共感できるものが一番良いと思います。動かしやすいので。

(2) 身近な人や有名人を思い浮かべてみましょう。推しでも大丈夫です。あなたの好きなその人のギャップを思いついたらそれをそのままモデルにしてOKです。エピソードや口調を足していくうちに、自然と原型は消えていきます。

 ギャップの原型が決まったら、それに沿っていよいよ弱音を吐かせてみましょう。

「わ、私、力の制御ができなくて……っ、す、すみません、お役に立てないかもしれません、すみません、私……!」

 弱気な女の子が実は強いとギャップがあって嬉しいですよね。
 例えば、ヒーラーということは味方の回復をする役です。回復が出来るということはその逆もできてしまうこともあるし、過度に回復してしまうこともあるでしょう。それほどまでに魔力が強く、恐れられてきた優しい子、という設定をここで付与できますね。
 じゃあ、ここでこれを解決する方法を模索します。お、ちょうどいいところに魔道士がいますね。
 魔道士ということは、彼は魔法の扱いに長けているということです。もしかしたら助けてやれるかもしれません。

「はいはい、俺、俺! 俺魔道士だからめちゃくちゃ魔法の扱い得意だよ〜」

 もしかしたらここで勇者の補足が入ったかもしれません。例えば、「こいつはこんなだけどちゃんとその道のプロなんだよ」「こんなってなんだよ」みたいな。もしこういうことを思いついたら、物語の種になるので取っておきましょう。いつか勇者を作るのに役立つかもしれません。

 魔道士と一緒に修行することにより、ヒーラーとして強く育った女の子。では、魔道士の弱点も考えましょう。

「だって、仕方ねえじゃん、それが最善だったんだよ。俺、間違ってた? じゃあどうすれば良かった? あの時、ガキの俺一人で何が出来たってんだよ、教えてくれよ……」

 弱音は、必ずしも職業の機能から出さなくても大丈夫です。他のキャラとの関係性から出しても構いません。

 おや? 過去に何かがあったことを悔やんでいるみたいです。詳細を設定しましょう。
 過去、幼馴染の女の子(=ヒーラーちゃん)を助けられなかったことを忘却させられている、とかだとアツいですね。勇者ご一行ということは魔王がいるかもしれませんから、一度ヒーラーちゃんは魔王の手に落ちており、そこからスパイとして派遣されている、でもアツいかもしれません。これも物語の種ですね。
 記憶が抜け落ちているが、パーティの面々のピンチに人一倍敏感で、その分信頼が厚い、とかだと筋が通って良いかもしれません。

 これを解決するのは物語の本筋に関わりそうですね。他のキャラクターも関わらせたいので、これは一度置いておくとして、大分この二人のキャラクターが見えてきたんじゃないでしょうか。

その他キャラクターもその調子で作ってみましょう。まずは自己紹介からキャラクターの性格を掘り下げ、弱音を聞いてバックグラウンドの設定をしてみましょう。

例:

○勇者
「僕は(名前)、今をときめく勇者様だよ。自分で言うかって? 最近(魔道士)にユーモアが足りないって怒られたんだよ。面白くなかった?」
→冗談は言わない、真面目な性格。パーティのことが好きで、メンバーに言われたことはとりあえず取り入れてみるようにしている。
「僕はごくごく普通の人間だよ。力がある訳でも、知識があるわけでもない。でも戦うんだ。いつかの平和な未来のために。……付き合わせてごめんね」
→自分に自信がない。

○戦士
「アタシ、(名前)! (勇者の名前)のとこで戦士やってんだ。よろしくな!」
→豪胆で明るく元気な女性。笑顔が素敵なお姉さんだと嬉しい。
「アタシ、(勇者の名前)みたいに人をまとめたりなんか出来ないし、(魔道士)みたいに知識が豊富な訳でもない。だからといって(ヒーラー)みたいな根性もないんだ。だけど、アタシにはアタシに出来ることがしたい!」
→よく言えば無垢、悪く言えばお馬鹿で、よくわからぬまま流されやすい。だけど自分の芯はしっかり持っていて、それにそぐわないものはしっかり断れる強気な女。

②関係性の掘り下げ
 キャラクターの要素がある程度決まったら、次は関係性を決めましょう。関係性は物語を作る上で重要な鍵です。キャラクターの成長譚はみんな好きですよね。
 関係性を深堀するにしても、また、キャラクターを喋らせてみましょう。今回は、他のキャラクターに何を思っているか、を知るために喋らせます。
 さっき私は四人分キャラクターを作りましたので、四人分喋ってもらいます。

「勇者様は、とても素晴らしいお方で……! 私なんかがそばにいていいのかなっていつも思います、いや、あの人にとっては……パーティにとっては、本当は良くないんでしょうけど、……私は、離れられずにいる」
「(勇者の名前)はな〜、真面目すぎるんだよな。もっと肩の力抜けよ〜って俺は思ってるけど、まあアレは元来の質ってことで、変わんねえもんだろうな〜」
「(勇者の名前)はすげ〜奴だぜ。アタシとも互角に戦えるし、なにより根性がある! 諦めたくない時に諦めないことを選べるやつはすげ〜やつだ。アタシはアイツのこと、尊敬してるぜ」

 上からヒーラー、魔道士、戦士です。ヒーラーは、魔王の手先であるという設定を採用して、それでも離れがたく思っている、という設定をつけました。

「(ヒーラーの名前)は、強くてかっこいい子だよ。自分の中に信念がある。最初はどうなる事やらと思っていたけど……、今は、彼女がどう思っていようと、僕たちは彼女の味方だ。」
「(ヒーラーの名前)……、あいつ見てるとなんかザワザワすんだよな。でもあいつは悪い奴じゃないんだ、根性があって良いと思う。ただ……、変な感じがするんだ、ずっと」
「(ヒーラーの名前)は本当に可愛いんだ! 本当はアタシにい〜っぱい甘えてくれ〜! って思ってるんだけど、なんかそうもいかないらしいんだよな。寂しい時は寂しい、辛い時は辛いって言えばいいのにな」

 こちらは上から勇者、魔道士、戦士です。魔道士はヒーラーとは元々幼馴染であるという設定を採用しました。最も、お互いにその記憶はないでしょうが……。

「(魔道士の名前)は……あれでいて、悪いやつじゃないんだよ、本当に。ああいう振る舞いをすることで余裕を見せ掛けているだけだ。そうしなければならなかったんだ思う。だから僕は見過ごすようにしてるよ」
「(魔道士の名前)さん……、あの人を見てると、なんだか不思議な気持ちになるんです。これがなんなのか、分からないけど……。でも、(魔道士の名前)さんは良い人ですよ。上手く魔法が使えなかった私を、いっぱい助けてくれたので……!」
「(魔道士の名前)? 実はアイツのことちょっと苦手なんだよな、何考えてるか分からなくて。でもいつもアタシたちのために動いてくれてるから、悪いやつじゃないのは知ってる!」

 こちらは勇者、ヒーラー、戦士です。

「(戦士の名前)は、何事にも真っ直ぐでかっこいい人だよ。誰よりも勘が鋭くて、危険を察知するのが早いんだ。自分のことをバカだって言うけど、(ヒーラーの名前)のことはわざと見過ごしてると思うから……、自分で選べる人は、バカでは無いと思う。」
「(戦士の名前)さんは……、私のこと、いっぱい可愛がってくれます。もし私にお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかもしれないなあって、不相応ですけど……。いっぱい心配かけてることは知ってるんです。でも、……」
「(戦士の名前)は俺ちょっと苦手なんだよな。真っ直ぐ突っ込まれると誤魔化すしかねえじゃん。俺ってそういう素直なキャラじゃねえし。……ま、でも信頼はしてるよ。」

 勇者、ヒーラー、魔道士ですね。
 このように、それぞれの関係性が見えてきたら、物語のネタが落ちていないかを探します。
 それぞれのセリフを見比べると、本人は気づいていないことに他のキャラが気づいていたり、逆に、気づいていながらあえて黙っていたりすることがあります(例えば、戦士がヒーラーの異変にわざと気づかないふりをしている、という勇者の指摘のように)。このズレこそが、物語の種になります。

 例えば、魔道士とヒーラーの関係性が顕になるときってどんなだろう? とか、勇者がヒーラーに真実を話させるために外堀を埋めていたら嬉しい、とか。戦士が魔道士の弱い所を突いてちょっと喧嘩になったらどうだろう、とか、戦士が勇者を甘やかす日がたまに訪れていたら可愛い、とか。

 これが物語の種です。もし、物語本編を作りたい! ということであれば、この物語の種を頭の中でも紙の上でもストックしておいて、なんとなく時系列順に並べてから、その間を埋める出来事を考えると良いと思います。その間に、世界観が更に深堀出来るとより良いでしょう。
 例えば、私の考えた世界であれば倒すべき魔王のこと。勇者の世間的な立ち位置や、そもそもどんな国に住んでいるのか、どんな世界が広がっていて、どんなモンスターが存在しているのか、など。
 自分が楽しむための創作として見るのであれば必ずしも必要ではないですが、本編を作るのであれば、加われば加わるほど物語に深みが出るので、時間のある時に考えてみましょう。

 以上が、物語の種を作るための個人的な工程です。自分なりに流用できないかと思って書いてみましたが、いかがでしょうか。この文章が、なにかの参考になれば嬉しいです。
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,文章/詩歌

#TrendSync 二話
7864文字

「昔、それこそ小学校までダンス習ってて。その頃、俺も、トレンドシンカーを目指してたんだ」
 翼や桃音と出会う前の朱希の夢は、トレンドシンカーだった。色々あって、諦めてしまったそれを、憧れという感情を、翼のステージを見て、思い出した。
「俺、翼に、『好きなもんは好きだ、って、堂々としてた方がかっこいい』って言ったけど、どの口がって話だよな。それが、なんだか恥ずかしくなっちゃって」
 そんな自分の言葉を、空気が重くならないよう軽く笑い飛ばしてから、朱希は言った。
「俺ももっかいトレンドシンカーを目指したい。歌って踊って、みんなに元気を与えるトレンドシンカーが好きだから!」
 そこまで言って翼と桃音の反応を伺うと、多少なりとも驚いている様子だった。そんな二人を見て、朱希は急に急になんだか恥ずかしくなった。何かを訂正しようと開けた口が音を発する前に、翼がふ、と笑った。
「いいんじゃない?」
「……!」
「堂々としなよ。好きなものは好きだって堂々としてた方がかっこいい、んでしょ」
 自分が発した言葉が返ってくる。ああ、そうだ。確かに自分はそう思っている。
「きっとなれるよ。朱希って普通にかっこいいし、なんでも器用にこなしちゃうんだもん、これは強力なライバルが増えちゃったな」
 ね、と、翼は言葉を押した。言葉とは裏腹に心底嬉しそうで、朱希はなんだかむず痒かった。
「す、すごいね……!」
 桃音も隣から声をかけてくる。
「朱希も、トレンドシンカーを目指すんだ……! 私、どっちを応援していいか分からなくなっちゃいそうだよ!」
 そんなことを言う桃音の声は少し上擦っていて、朱希は思わず怪訝な顔になった。なんだか少し様子が変だ、と思った。
「さて、もう夜も遅いし、ひとまず帰ろう! ゆうちゃんも疲れてるだろうし、今日はゆっくり休まなくちゃでしょ?」
 それについて追求しようと口を開けたところで、桃音にそう言われてしまって、朱希は思わず口を閉ざした。先に歩き始めてしまった桃音の表情は見えなくて、それが静かに不安を煽った。

   *
 
 ずっと、朱希の言葉がぐるぐると回っている。もし彼も、彼までトレンドシンカーになってしまったら、私は一人になってしまうのではないかと、嫌な想像ばかりが桃音の頭に浮かんでいた。
 あまりにも長いこと上の空だったせいで、母親にまで心配されてしまった。これでは良くないと、なんとか思考を逸らすため、時間を勉強に費やす。
 翼のことは良いのだ。いつか置いていかれることの覚悟を、決めていたから。でも、朱希は違う。
 なんとなく、ずっと一緒にいてくれると思っていた。
 そうじゃないかもしれないことが怖くて、ペンが止まる。集中出来ないからとベッドに倒れ込むと、なんだかとても眠たくなった。
 ああ、今日ももう寝てしまおう。明日には、いつも通りの朝が来るのだから。
 
   *
 
「おはよう、翼」
「おはよう朱希。ももちゃんは?」
「LINE見てねえの? 風邪だってよ」
 そう言われて慌ててLINEを見ると、数分前に連絡が来ていた。了解、のスタンプをぽんと押して、じゃあ行こうか、と鞄を持ち直した。
 学校に行く道すがら、朱希がううん、と唸る。
「なあ、こないだから桃音、変じゃないか」
「……そう?」
 翼はピンとこなくて首を傾げた。翼の前では隠してるもんな、と、眉をひそめたまま、朱希は続ける。
「……下手に抱え込んでないといいけどな」
 ま、気のせいだって思っとくよ。朱希はそう言って笑って、いつも通り雑談を始めた。
 朱希の様子から冗談を言っている訳では無いのだろうと察した翼は、桃音のことが心配になった。すぐに話すことができないことがもどかしくて、翼は朱希に声をかける。
「ねえ、じゃあ、今日は放課後お見舞いに行こうよ」
「でも翼、今日は手続きあるって言ってたろ」
「あ」
 そうだった。
「……じゃあ、朱希だけで行ってきて。ちゃんと大丈夫だったか教えてね」
「それも問題じゃね? いくら桃音とはいえ俺だけで行くの意味分かんねえだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
 なんで、と言われると答えられなかった。翼は呆れたように肩を竦めてみせた。
「いいじゃん、気になるならボクがお願いしたんだってことにしたらいいよ」
「……分かったよ」
 朱希は渋々、というようにそう頷いた。よろしい、と翼が頷いた頃には学校が見えていた。
 心配なのはお互い一緒だろうに、素直じゃないヤツ。そんなふうに思いながら、校舎へと歩を進めた。
 
   *
 
「とはいえさあ……」
 男女の区別くらいは朱希にもあった。確かに桃音は距離が近いところがあるが、それはそれ、これはこれだ。
 女性の家に恋人でもない男性が一人で入るのってどうなんだよ。そんなことを思いながらチャイムを鳴らす。はい、と桃音の母親のものであろう声がして、扉が開いた。
「お見舞いです。翼は用があって来れなかったんですけど」
「あら、朱希くん。お見舞いありがとう、良ければ上がっていって」
 そう言って、桃音の母親は朱希をリビングに案内した。
「桃音は風邪って言ってたけど……、多分、そうじゃないと思うの」
 紅茶を入れながら、母親は話した。お菓子どれがいい? あ、どれでも大丈夫です。じゃあクッキーにしましょう。そんな雑談も挟みつつ、朱希は口を開いた。
「仮病? って、ことすか? 珍しいですね」
「そうなの。よければ会ってやってくれないかしら」
 そう言いながらクッキーと紅茶をトレーに乗せた。桃音が仮病を使うことは、本当に珍しいので、何かを勘ぐりそうになってしまう。例えば、――自分に会いたくなかったんじゃないか、とか。
「このまま仮病を続けられても困るもの。一日くらいは休んでも良いけど、勉強についていけなくなったら困るじゃない」
 それもそうだ。もしそうであるのなら、向き合うのは早い方がいいだろう。
「分かりました」
 朱希は頷いてトレーを受け取った。よろしくね、と彼女の母親は微笑んで、朱希を見送った。
 
   *
 
「桃音? 入るぞ」
 声をかけても応答はなかった。代わりにバタバタバタ、と音がしたのでしばらく待つ。
「どうぞ!」
 そうしていると、そのうちに上擦った声が聞こえた。そこでようやく、朱希は扉を開けた。

「仮病だって?」
「……朱希」
 茶化すように笑いながら部屋に入れば、困った顔をした桃音が目に入る。と言うよりは、なにか、思い詰めているような。
「なんか嫌なことでもあったか」
「……」
 桃音は押し黙った。
「俺が……トレンドシンカー目指すって言ったのが、嫌だった?」
「……!」
 びくり、と身体が動く。やっぱりな、と思った。ため息をつくと、怯えたような目が朱希を見上げた。
「ち、違うの」
「何が違うって?」
 再び沈黙。これでは埒が明かない、と朱希は踏み込むことにした。
「なんで嫌なの」
 責めるような物言いになってしまっているな、と自分でも思った。でも嫌だった。翼のことはちゃんと応援するのに、俺のことは応援してくんねえのか、と、拗ねた気持ちがそこにある。
「……置いていかれるみたいで」
 観念したように、ポツリ、と言葉を漏らした。ぽつり、ぽつり、言葉が漏れる。
「ゆうちゃんはいいの。私、いつ置いていかれてもいいって思ってる、覚悟を決めてるの」
「でも、朱希は……一緒に置いて行かれてくれるって思ってた、から」
 朱希は黙って聞いていた。ショックの方が近かった。
「そんなふうに……」
 思っていたのか、ずっと。
 でも、言われてみれば、と考える。
 翼も朱希も男だ。トレンドシンカーになる以上、女性である上に一般人である桃音がそばに居続けるのは、あまり宜しくないだろう。
「わ、私は……トレンドシンカーには、なれないから」
「それは、そんなことないと思うけど」
「なれないよ」
 桃音は首を横に振る。
「……なんで断言できんだよ。まだやったことないだろ」
「……それは」
 そう、だけど。桃音は視線を逸らした。
「桃音もやってみたらいいじゃん、なれないって言葉が出るってことは、ちょっとはなりたいんだろ」
 帰ってきたのは沈黙だった。桃音は下を向いていて表情が見えない。ぐす、と鼻をすする音がした。
「えっ」
「朱希には、分からないよ」
 視線を上げた桃音の頬は涙に濡れていて、やってしまった、と思った。
「……悪い、でも」
「私、完璧じゃないとダメなの」
 ぽつり。その言葉を、朱希は黙って聞くことにした。
「完璧じゃないと怒られちゃうから」
 それは、誰にだろうか。相槌だけを打った。
「トレンドシンカーって、そもそもが不安定じゃない。そりゃなれるものならなりたいよ……!」
 ず、と鼻をすするので、その辺にあったティッシュを渡した。ありがとう、と桃音が受け取る。律儀なやつ、と思った。
「怒られたくない……、見捨てられるのは怖いの」
「……」
 朱希は困りきって何も言えなかった。何も言えないなりに考えて、考えた上で言葉が出てこなかった。
 桃音のことはそれなりに、知っているつもりでいた。知らなかったんだ、知らなかったから傷つけたんだ、というショックが朱希の頭でぐるぐるとしていた。
「……ごめん、俺」
「いいの」
 桃音の言葉はキッパリとしていた。
「私が勝手に怯えてるだけなの、分かってる、分かってるの」
 それでも、と言葉は続く。
「私は誰にも見捨てられたくない……」
 朱希は少し悩んで言葉を探した。何も言えないなりに、何も知らないなりに、桃音を安心させたかった。
「……俺らは」
 少なくとも、俺と翼は、
「完璧じゃないお前も好きだよ」
 別に完璧になりたいなら止めないけど。翼も同じことを言うはずだ、と確信があった。
 桃音の目が少し見開かれて、それから笑みの形を作った。
「変なの。二人ともお人好しだよね」
 でも、ありがとう。涙を拭って朱希に目線を合わせる。
「ごめんね、困らせちゃった」
「別に、いいよ、そんなの」
 そんなことで謝らないでくれ、までは言えなかった。分かっている、というように頷いた桃音は多分、分かってはいないのだろう。
「そろそろ帰った方がいいんじゃない? 色々忙しいだろうし」
「……そうだな」
 朱希は桃音が心配だったが、それ以上何かを言えるとも思えなかった。
「なあ」
「うん?」
 桃音が首を傾げる。朱希は少し躊躇ってから、それでも言葉にした。
「いつでも相談しろよ」
 なんでもいいから。見捨てるつもりはないぞ、という意思表示のつもりで言ってから、朱希は言葉を待たずに部屋を出た。
「……なんなの?」
 桃音は、びっくりして言葉が出ないうちに部屋を出ていかれてしまって、思わずそんな言葉が漏れた。
 でも、少しだけ気が楽になったのは確かだった。明日はちゃんと学校に行くから、安心してね。と朱希に連絡を送れば、OKのスタンプだけが返ってきた。
 
   *
 
 次の日、桃音は宣言通り学校に登校した。
「おはようももちゃん。体調は大丈夫?」
「あ……、うん、平気! 心配かけてごめんね」
「いいって、そんなことで謝らないでよ」
 なんだか気まずくて、朱希に視線を合わせることは出来なかった。それを翼に悟られないよう話題を作る。
「そういえば、ゆうちゃん、今日レゾナンスマイク受け取るんでしょ!?」
「うん! ちょうど昨日必要な手続きはだいたい終わったからね。今日受け取って、希望者はお披露目のライブが出来るんだって」
 もちろん、ボクも希望者の一人! と、翼は心から嬉しそうに笑った。桃音はその笑顔を見てなんだか心苦しくなった。
「……」
「下手くそな、お前」
 後ろから朱希が声をかけてくる。じと、とした視線が桃音に刺さって、翼も眉をひそめた。
「ももちゃん、やっぱりまだ体調が……」
「ご、ごめん! そうじゃないの、そうじゃなくて」
 何かを言おうとして、悩んで、は、と気付く。
「が、学校が始まっちゃうから! また後で話させて!」
 そう言って桃音は翼と朱希を置いて走り出した。翼は、朱希をじと、と睨んだ。
「やっぱなんかあったでしょ」
「いやあ、そりゃねえ……」
 桃音はお前には隠したがると思ったんだよな、と言えば、翼は少し傷ついたような顔をした。
「……そっか」
「そうなんだよ。あいつお前のこと大好きだからなあ」
 ボクからすれば。そうして本音を話されていたり、頼られていたりする朱希の方が余程、羨ましいけど、と思って、言わなかった。
 不安を抱えながらも、学校は始まる。大人しく授業を付けることにした。
 
   *
 
 授業が終わり、放課後。鞄を引っ掴んで朱希と二人、桃音のクラスへと迎えば、困った顔をした桃音が帰り支度をしていた。
「……ももちゃん」
「ゆうちゃん……」
 桃音が鞄を持つ。視線が合わない。何かを言おうとしているのに、何も言えないような。翼は少し悩んで、自分から切り出してみることにした。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ」
「えっ」
 あ、目が合った。桃音は、どうしていいか分からないような顔をしている。
「その変わり、言いたくなったら教えてね。ボク、ももちゃんの話なら聞きたいから」
 桃音は、少し迷ってから、口を開いた。
「……あのね!」
 口を開けて、閉じる。しばらく迷って、小さく言葉を落とした。
「私、ゆうちゃんにも朱希にも置いていかれたくないって思ってる……!」
 翼の目が見開かれる。桃音は言葉に詰まりながらも、少しずつ、しっかりと話した。
「置いていかれたくないよ、捨てられるのは怖いことだもん……、でも、でも、私、何も出来ないから……!」
 翼は、そんなことないでしょ、と言おうとして、やめた。ひとまず黙って聞くことが先決な気がした。
「わ、私、デザインだって、そんなに上手くないし、……歌もダンスも、完璧には、出来ないから」
 言葉が止まる。しばらくの沈黙の後、翼が口を開いた。
「……だから、置いていかれるって、思ってる?」
「……うん」
 そうか、そんなふうに思っていたんだ。翼は確かなショックを頭に抱えながら、少しずつ言葉を続ける。
「……ももちゃん。ステージの上で、歌もダンスも完璧じゃなきゃダメだと思ってるの?」
「……うん」
 翼は桃音の手を取った。桃音の肩がびくりと震えたのに苦笑して、翼は続ける。
「でも、ももちゃんはボクに、もしなにか失敗したとしても、楽しいステージだったらいいんだって教えてくれたよね」
「それは……、ゆうちゃんのステージだから」
「同じだよ、ももちゃん」
 桃音の視線が上がる。目線が合う。翼は微笑んだ。
「ももちゃんのステージも、みんなが楽しければいいんだよ」
 桃音が戸惑ったように視線を逸らした。翼は桃音の手を離して、よし、と気合いを入れるように頬を叩いた。
「ももちゃん、朱希、今日のステージ、ちゃんと見てくれるよね?」
「おう」
「えっ、あ、……うん」
 頷く。翼は桃音を真っ直ぐ見て、にい、と笑った。
「ちゃんと見ててね、ももちゃん。ももちゃんは絶対大丈夫なんだって、ボクが証明するから」
 突拍子も無い言葉に、桃音はきょとんとしていたが、翼はその答えも聞かずに歩き出した。
 朱希に促されて、桃音も歩き出す。翼の言葉の真意は、はかれなかった。
 
   *
 
 ステージの裏。翼は、受け取ったばかりのレゾナンスマイクを握り締めて、一度、深呼吸した。
 今日の衣装も、桃音のデザインしてくれたもの。オーディションの時とは違ってピンクを全面に出し、差し色に青を入れた、ヒラヒラのかわいい服。ふう、と息を整えてから、レゾナンスマイクを起動した。
「レゾナンスマイク!」
 桃音が言ったのだ、「可愛い服は心の鎧だ」と。
「スタイルコードセット!」
 だから、自分を信じて欲しいのだ。自分のことを、自分の思う可愛いものを、心の鎧を!
「――心ときめくステージを目指して!」
 ももちゃんの何かを変えられますように。
「オン・ステージ!」
 
   *
 
 曲が流れ出す。この曲は、オーディションの時と変わらない。手拍子を取りながら、光の中に躍り出る。
 サイリウムの光、観客の期待に満ちた瞳、そのすべてがキラキラしていて眩しかった。その中に、――桃音を見つけた。
 
   *
 
「ゆうちゃん……」
 桃音はなんだかとても不安だった。自分の考えた衣装を着て、翼がステージに立つ。あれだけ豪語しておいて、実感が追い付くと不安が勝った。
 覚悟は決めたはずなのに。
「大丈夫だよ」
 祈るような気持ちでステージを眺めていれば、朱希が隣であっさりと言った。なにがよ、と返せば、朱希は桃音を真っ直ぐ見て答えた。
「俺は翼を信じてるからさ」
 そう言われてしまえば、桃音もそうするしかない。それでも不安は拭えずに、翼のステージが始まった。
 光の中に現れた翼の、楽しそうな表情ときたら! 何回見たってなぜだか羨ましくて、まともに直視できなくなりそうで、その反面、とても綺麗だと思うのだ。桃音は、自分のこういうところが好きではなかった。そんなことを考えていたら、翼がこちらを見たような気がして、桃音は息を飲んだ。
 ふわり。まさしく天使みたいに微笑んだ翼は、そのまま何事も無かったかのように歌い出す。
 ひらりと衣装が揺れる。大きなリボンがふわりふわりと弛んで、誰よりも可愛いという言葉が似合う幼馴染に、この衣装をあてがったのは間違いじゃなかった、と桃音は少し安心した。
「あの衣装かわいいー!」
「リボン大きいのいいねえ」
 ふと、そんな言葉が聞こえた。それでも自分がすごいとは思わなかった。
 着こなしている翼がすごいのだ。誰よりも可愛くて、誰よりもかっこいい、私の幼馴染。
 伸ばした指が、ひらめくフリルが、弾んだ声が、桃音を魅了する。ああ、これは私が好きなステージだ。――私は、ゆうちゃんのステージが、好きだ。
 翼が手拍子を誘導する。ぱち、ぱち、観客がリズムに乗って、星のノーツが現れる。
 気付けば夢中になってそれを叩いていた。翼の、レゾナンスマイクを手に入れた初ステージだ。楽しまなければ、翼に失礼だ。
 ステラ・ノーツが発動する間際――
 翼と目が合った気がした。

 ステラ・ノーツが発動した瞬間、光の中に滲み出すように――溢れたのは、たくさんの衣装。あれは、桃音がデザインしたものたちだ。翼は、たくさんの衣装の中から、ひとつの衣装を手に取った。それは、今着ているのとは違う、――初めて、桃音がデザインしたもの。

 なんで。
 なんでそんなもの、

 美しい光の中で、翼はその衣装を抱きしめて――
 
   *
 
 翼のステージは圧倒的だった。翼は、誰よりもステージを楽しみ、誰よりも美しい光を放って、ステージをおりた。
 桃音は、しばらく呆然として動けなかった。それを分かっているのかいないのか、朱希も何も言わなかった。
 完璧でなければダメだと思っていた。でも、幼馴染である彼らは、きっと、桃音が完璧じゃなくても許してくれていた。今までも、ずっと。
 簡単なことだ。簡単なことだったから、すっかり忘れていた。いいのだ、完璧じゃなくても。

「私も、トレンドシンカーになれるかなあ……」
 ぽつり、と漏れた言葉。本心だった。あの光に焦がれている。あの光の中心に、立ってみたかった。
 朱希は、仕方ないなと言うように笑った。
「桃音次第だろ、それは」
 
   *
 
 その後、結局翼とは会えなかった。感想は上手く言葉にならなかったから、それで良かったかもしれない。
 帰ってきてからしばらく悩んで、ようやく桃音は決意した。LINEを開いて、翼と朱希のグループラインをタップする。
「私もトレンドシンカーになりたい。練習、付き合ってくれない?」
 すぐに既読が着いた。OK、のスタンプが二人から送られてくる。翼からは、嬉しい、のスタンプも送られてきた。
 ――お母さんに、なんて説明したらいいかな。
 母は桃音に完璧を求める。トレンドシンカーという職は、そう簡単に認められるものではないだろう。
 しばらくは何も言わなくてもいいか。
 天井を見上げ、桃音はそう思った。そのまま目を閉じた。心は比較的穏やかだった。
畳む

TrendSync!,文章/詩歌

#TrendSync 一話
7136文字

 ――お姉ちゃん。
 幼い声がした。今よりはるかに低い視点、姉と手をつないで帰る途中。翼は姉に声を掛けた。
 ――なあに、翼。
 翼の声に応えるように微笑みを返し振り返る姉の顔はぼやけている。よく見えない、よく思い出せないけれど、姉のことだから、きっと笑顔だった。
 ――いつか一緒に、あのステージに立とうね。
 TrendSync Perform。歌とダンスとファッションを組み合わせた、この世界における最も重要な未来を紡ぐ手段であり、競技のこと。姉は、その世界でも頂点である『トップシンカー』を目指していた。小さな間の後、姉は息を大きく吸った。
 ――もちろん!
 嬉しそうな声だったと、思う。もう思い出せない。ああ、これは過去の夢だ、だって、姉は、今――……

「……ばさ、翼! 起きなさい!」
 は、と目を覚ます。目の前には呆れた顔をした母親が立っている。頭が回らない。なんだか怒っているようだった。ぼんやりした翼を前に、母は、す、と時計を掲げてみせた。時間は遅刻ギリギリを示している。
「えっ、うわあ!」
「もう桃音ちゃんたちには先に行ってもらったからね。アンタも早く支度なさい」
 ご飯はできてるから早く降りてくるのよと母は部屋を出て行った。翼も、慌ててベッドから出て支度をする。顔を洗って歯を磨き、雑に髪を整え制服に着替える。
 先日買ったばかりのかわいいヘアピンを今日こそつけていくか悩んで断念する。顔が幼い方とはいえ、男である自分がこれをつけるという違和感がどうしても拭えなかった。
 ふと、さっきまで見ていた夢を思い出して、そっと姉の部屋の扉を開けた。
 静かだった。部屋に翼が入ってきて尚、視線は窓の外を向いている。
「お姉ちゃん、おはよう」
 声を掛けても反応はなかった。普段だったらもう少し、一方的にでもおしゃべりをしてから行くのだが、今日はそうも言ってられない。行ってきます、とだけ声を掛けて、ご飯を済ませるべく階段を下りた。

   *

「お、遅かったな、寝坊助さん」
 教室に入れば、クラスメイト兼幼馴染の正城朱希が真っ先にこちらに気付いた。よう、と手を振ってくる彼の隣で、同じく幼馴染の結城桃音がぱあっと顔を明るくした。
「おはよう、ゆうちゃん!」
 夕空翼の夕をとってゆうちゃん。その呼び方は幼稚園の頃から変わっておらず、いつも通りの教室内になんだか少し気がほどけていくような気がした。
「おはよう。まさか遅刻するなんて思わなかったよ~……」
「なんだか珍しいよね、遅刻するの」
 ちょっと心配したんだよ、と言う桃音の横で、朱希が意地悪げにこう言った。
「とか言って、授業中居眠りしがちじゃん。ちゃんと夜に眠らないと駄目だぜ」
「う……」
 何も言い返せなかった。言葉に詰まった翼を見て、桃音は首を傾げた。
「夜、あんまり眠れてないの?」
「う~ん……」
 眠れている、と言えば嘘になる。最近は、自分がステージに上がるための衣装デザインに苦戦しっぱなしで、夜更かしをしがちだった。そのせいで、授業もおろそかになっている、自覚がある。
「良くないってわかってるんだけどね」
「自分でデザインもやらなきゃなんねえのか。そりゃ大変だな」
 翼の描いたデザイン画を見て朱希が唸る。そのまま、無理、専門外、と言いながら桃音にスライドした。桃音が言う。
「ゆうちゃん、トップシンカーになりたいんだもんね……」
 まじまじとデザインを見ながら桃音も困った顔をした。それから少し悩んで、意を決したようによし、と気合を入れる。
「えっとね、ゆうちゃんさえ良ければなんだけど」
 そう言いながらごそごそとカバンを漁る。カバンから出てきたのは一つの携帯端末だった。
「それは?」
「トレンドフォージ! これで衣装をデザインして、スタイルコード――ええと、カードに印刷するの」
 こうやって、と、桃音は一つのデータを選択して印刷する。朱希は興味深げにそれを眺めていた。
「へえ、桃音もそういうの持ってたのか」
「ボクでさえ自分のは持ってないのに……」
 えへへ、と照れたように笑った桃音は、印刷したカードで口元を隠してこう言った。
「ゆうちゃんの役に立ちたくて。あのね、ゆうちゃん」
 桃音はそのまま、そのカードを翼に差し出す。翼は、どこからどう見ても女の子のための服が印刷されたそれと、桃音の顔を見比べた。
「私のデザインを着て、オーディションのステージに立ってみてくれないかな!?」
「……え、」
 再びスタイルコードに視線をやる。女の子の服だ。桃音の顔を見る。冗談を言っているようには見えなかった。
「あー、いいんじゃね? 似合うだろ」
 朱希の他人事みたいな声がその後ろから響く。キーンコーンカーンコーン……と、そのタイミングでチャイムが鳴った。いけない、と桃音はスタイルコードを翼に押し付けた。
「考えておいて!」
「え、ちょっ」
 桃音がバタバタと自分の教室に戻って行く。一人取り残されっぱなしの翼は、それを引き留めることも、朱希に助けを求めることも出来ずに、先生が入ってきて、授業が始まった。
 
   *
 
 トレンドシンカーになるには、レゾナンスマイクを手に入れる必要がある。レゾナンスマイクは、オーディションに参加することで手に入れられる、トレンドシンカーの証明だ。翼は、そのオーディションを一度、辞退している。
 レゾナンスマイクでの変身は、その人のなりたい姿を映し出す。変身した翼の髪は、今よりも長く、かわいくふたつにまとめられていた。
 ――ボクは、女の子になりたいのだろうか。
 桃音の考えた衣装を着て、オーディションのステージに立つ。何度スタイルコードを確認してもそこに描かれているのはかわいいふわふわのスカートと大きなリボンで、翼は小さくため息をついた。
 かわいいものは好きだ。でも、身に纏いたいと思うかと言われたら、分からない。だって、男がこんな服を着るのは、変だ。ううん、と声が漏れる。
「何悩んでんの。授業ちゃんと聞いてたか?」
 スタイルコードを眺めてぼうっとしていると、後ろから朱希が声を掛けてきた。空いている椅子をがたがたと引きずって隣に座る。翼は、少し悩んでから言葉を口にした。
「いや、ボクは男なのになあって……。授業は、あとでももちゃんに教えてもらうよ」
「贅沢な奴。んで、服だっけ、でもお前、可愛いの好きだろ」
「好きだけどさ……」
 間髪容れずに入った言葉に尻込みする。朱希は、しばらく黙ってから、改めて口を開いた。
「俺は好きな物を好きだ! って堂々としてた方がかっこいいと思うぜ」
「……わかってるけど」
「それに、今更じゃね?」
 じ、とこちらを見据える朱希はいたって真面目な顔をしていてなんだか居心地が悪い。
「今更?」
「トップシンカーになりたいなんて、笑われても仕方ないだろ」
 それでもなるんだろ、翼は。そう言われてみて、考える。確かに、同じことかもしれない。トレンドシンカーになることは比較的簡単だが、トップシンカーとなると唯一だ。夢物語と笑われてもおかしくないだろう。
「利用できるもん利用したらいいんじゃねえの。俺はその辺、よく分かんねえけど」
「朱希ってこういうの興味ないもんね」
「裏方の方が性に合ってんだよな。曲作るだけ~とかさ」
 確かに、それで良いのかもしれない。可愛いものが好きだから、可愛い服を着る。そう言葉にすると、ごく単純な話のように思えた。
「ゆうちゃん、朱希、帰ろ~!」
 がたがた、と扉が開かれ桃音が現れる。おう、と返事をして朱希も荷物をまとめ始めた。桃音が近づいてくる。
「何話してたの?」
「えーと……」
 桃音はちら、とスタイルコードに目をやった。翼は、少し悩んで、思い切って聞いてみることにした。
「ももちゃんは、どうしてボクにこの衣装が似合うと思ったの?」
「えっ、そうだなあ……」
 桃音は少し悩んだ。言葉を選んでいるようだったので、大人しく待つことにした。
「……、ゆうちゃんが、喜んでくれたらいいな、が一番だったの。もちろん、かっこいいのが似合わないと思ってるわけじゃなくて……。ゆうちゃんなら、こっちの方が喜んでくれるかなって」
 違った? と小さく首を傾げて見せる桃音は翼のなりたい女の子の形をしていて、なんだか複雑だった。言葉が足りなかったのを察した桃音が、慌てて言葉を付け足す。
「ゆうちゃんに似合うと思ったからデザインしたんだよ! ゆうちゃんは世界一可愛いもの。私を信じて」
 ね、と念を押す。翼は困ってしまって、スタイルコードに視線をやった。
「……えっと、まずね。嬉しいのは本当なんだ。ももちゃんがボクのためにデザインを持ってきてくれるなんて思ってなかったから……。でも、戸惑いと不安が強くて。だって、これを着て、ボクが失敗したら……」
「翼」
 そんな言葉を、後ろから朱希が止めた。押し黙った翼に、桃音は少し考えてから言葉を発した。
「大丈夫よ、ゆうちゃん。私を信じて。ダメでもいいの、ゆうちゃんが心ときめくかどうかが一番大事なの」
「心ときめく……」
「そう。私、ゆうちゃんのステージが好き! 楽しく歌って踊ってるゆうちゃんが好き。見てると楽しくなって、嬉しくなって、がんばれーって、いっぱい応援したくなるの。ゆうちゃんなら、もしなにか失敗したとしても楽しいステージにできるって、信じてるから」
 桃音はふわりと笑みを浮かべた。花のような笑みだった。
「だから、大丈夫。大丈夫よ、ゆうちゃん。それにほら、可愛い服は心の鎧だもの」
「……ももちゃん」
「俺もそう思うぜ」
 桃音の言葉に、朱希もうなずいた。
「一回やってみりゃいいじゃん。今までダメだったのが嘘みたいに楽しいかもしれないぜ」
 かわいい感じの曲を作り直さなきゃな、と朱希は笑った。確かに、と桃音はうなずく。翼は、少しだけ自分を――ひいては、自分を信じてくれている二人を、信じてみることにした。
「……二人とも、ありがとう」
 スタイルコードを掲げて、翼は宣言した。
「ボク、やってみる。最高に可愛いトップシンカーになってみせるよ!」
 朱希と桃音は、目線を合わせてうなずいた。ただ、その信頼が嬉しかった。
 
   *
 
 朱希が爆速で曲を作り、なんとか振り付けを完成させた頃にはオーディションが数週間後に迫っていた。
 TrendSync Performのオーディションは一大イベントだ。未来のスターがここから生まれるかもしれない、と、大きなホールで未来のファンたちの視線のもと、行われる。
 オーディションでは、一次審査で書類を見、二次審査で課題曲をやり、最後にステージに立つ。観客のときめきがそのまま得点となり、それが1000を超えればレゾナンスマイクを手に入れられる。
 だから、出来うる限り完璧に仕上げなければならない。翼は、小さくて華奢とはいえ男だ。女性らしい立ち居振る舞いを習得するのにそこそこの時間がかかった。
 朱希がダンスを見てくれたり、桃音が歌の練習を手伝ってくれたり。
 最大限使えるものを使い、利用出来るものを利用し、そうして目まぐるしく時は過ぎ――

 ――気付けば最終審査の当日だった。
「頑張ってね、ゆうちゃん……!」
「ここまで残ったの初めてじゃね? すげえな」
 変わらず応援してくれる桃音と朱希がそんなふうに見送ってくれる。翼は頷いて、親指を立てて二人に突き出した。
「ちゃんと寝たし、体調も万全! それに、ボクには二人がついてる。必ずレゾナンスマイクを手に入れて、トレンドシンカーになってみせるよ!」
 だから、見てて。そう言って笑ってみせたが、その笑顔が硬かったのか。桃音は仕方ないなと言うように笑って、翼の頬に指を当て、ぐいと上にあげた。
「でも緊張してる? 大丈夫、ゆうちゃん。今まで頑張ってきたもん、今まで通り、歌って踊るだけ、だよ」
 そのままぐにぐにと顔をもみくちゃにされる。なんだかそれがおかしくて、思わず自然に笑みがこぼれた。
「うんうん、ゆうちゃんは自然体で笑ってるのがいちばんかわいいんだから」
「……緊張するなは無理な話かもしんねえけど、ま、信じろよ。積み上げてきた経験をさ」
「そうそう! あ、これはお守りね」
 そう言いながら、桃音は翼に紙袋を突き出した。
「……これは?」
「ふふん。開けてみて!」
 言われるがまま開けるとそこには羽根のヘアピンがふたつ、収まっていた。よくよく見れば少し縫い目がブレていたりするところがあって、手作りなのだろうと察することができた。
「……これ」
「朱希と一緒に作ったの! 朱希ったら玉留めもできないのよ。めちゃくちゃ苦戦したんだから」
「それは別にいいだろ、高校生男子の裁縫力なんてそんなもんだって」
 二人はそこまで言ってから、オーディション開演の時間が迫っているのに気づいて目を合わせた。
「じゃあ、頑張ってね、ゆうちゃん!」
「見てるからな、ちゃんと」
「あ、……ありがとう!」
 朱希と桃音はその言葉に誇らしげな顔をしてから客席に急ぐ。翼は、安心した心持ちで二人に手を振り、ステージへと向かった。

 ――お姉ちゃん。
 ボクは、お姉ちゃんの代わりに、トップシンカーになる。
 トップシンカーになって――お姉ちゃんを、助けるから。

 どこか覚悟を決めた面持ちで、翼は貸し出されたレゾナンスマイクを起動した。

「レゾナンスマイク!」
 手順は何度も動画で見たから知っている。翼にとって長く憧れだった、変身の手順。
「スタイルコードセット!」
 マイクのボタンを押してからカードを読み込ませる。淡く光ったカードがその衣装を投影した。
 息を吸う。吐く。想いはひとつだった。
「――最高のステージを目指して!」
 二人の気持ちを無駄にしないように。
「オン・ステージ!」
 視線を上げれば、一面にピンクのサイリウムが広がっていた。


   *

 曲が流れ出す。朱希が翼のために作ってくれた曲だ。手拍子が多めの、リズムの取りやすい曲。翼はリズム感あんまないからこの方がいいだろ、と言った朱希の思惑は正しくて、翼でもそれなりに踊れるようになった。
「みんな! 今日は楽しんで行ってねー!」
 わああ、と歓声が上がる。音に合わせて腕を運び、足を運び、歌う。
 観客の顔が見える。楽しんでくれている人、そっぽを向いている人、様々だ。この視線を、全て、自分のものにしなければ、――トップシンカーになんて、なれない!
 指先まで綺麗に運ぶよう意識しながら、声を出す。歌え、歌え、誰にも負けぬように。
 ああ、それにしたって、ステージがこんなに楽しいものだなんて知らなかった。
 人の前で歌って踊るのがこんなに楽しいなんて知らなかった!
「みんなっ、もっともっと声を出して! もっともっと――楽しんで!」
 手拍子を誘導する。今なら何でもできる気がした。ぱち、ぱち、ぱち、手拍子が合って行く。観客の前にノーツが現れた。
 光が見える。降り注ぐ星のノーツは観客の元に届き手元で弾ける。リズムを取りやすいよう夢中で誘導した。

 そうしているうちに、
 鮮烈。そんな言葉が似合うような、爆発的な光とともに――圧倒的なステラ・ノーツ!

 翼の背後に羽が生えたように思えた。みにくいアヒルの子は、白鳥の真似をして美しく羽ばたいた。
 あと少し頑張れば、光に届く。ぐうっと手を伸ばした翼の、光に届いた手の、先――
「すごいよ、ゆうちゃん!」
 そこにいたのは小さな生き物だった。マスコット、と言っても差し支えないだろう。
「いいなあ、ゆうちゃんの光は、希望って感じですごいなあ!」
「――君は?」
 そのマスコットは、その身体をふるりとさせてから答えた。
「ぼくはルミィ、メロディアに住んでいる、おとだまさ!」
 おとだま――ルミィは、翼の頬にすり、と頬擦りをして、笑った。
「ああ、君ならきっと、いつか壊れてしまった未来も紡げる……」
 ――そんな言葉を最後に、翼の意識はステージに戻った。
 わああ、と大歓声が響く。得点は――1340点。1000点を、こえている。
「……嘘」
 信じられない。
「合格……?」
 呆然と呟いてから、はっとした。まだステージの上だ。慌てて観客に向き直り、丁寧に頭を下げた。そのままステージを下りれば、あのステージの光も、大歓声も、まるで夢だったかのように静かだった。
 
   *
 
 その後はすごくあっさりしていた。おめでとうございます、と頭を下げたのはレゾナンスマイクを製造する会社の社員さんで、桃音の作ってくれた衣装に合わせた装飾を頼めば快く快諾してくれた。
 それが届くまで、数週間いただきますね。この度は本当におめでとうございます。と、そんな言葉を貰って外に出れば、朱希と桃音が駆け寄ってきた。
「ゆうちゃん!」
「翼! おっまえ、すげえなあ!」
 朱希がばしばしと背中を叩く。桃音も翼の手を取りぶんぶんと振り回した。
「わ、わ、朱希、痛いし、ももちゃんもちょっと落ち着いて……」
「落ち着いてられないよー!」
 そのまま桃音は翼に抱きついた。翼が固まったのを良いことに、桃音は話し出す。
「ゆうちゃん、本当に可愛かったし、本当に凄かった! 本当にステージに立つの初めてなの!? ってくらい、最強だった。私の見立ては正しかった!」
 ぐう、と抱きしめて、離す。それから桃音は、心から嬉しそうに笑った。
「ゆうちゃんがトレンドシンカーになるお手伝いが出来て嬉しい! おめでとう、ゆうちゃん」
「ももちゃん……」
 翼は、もう、夢なのではないかとばかり思っていたから、桃音の言葉で現実感がようやく追いついてきて、なんだかとても嬉しくなった。
「いや……」
 朱希がぽつりと声を出した。少し悩んで、唸って、それからようやく話し出す。
「改めて、めちゃくちゃ良かったと思う。良かった、から……」
 それからしばらく、沈黙。焦れた桃音が急かしてようやく、朱希は言葉を続けた。
「あー、えっと、……あのさ」
 頬をかいて、朱希は首を傾げてこう言った。
「俺でもトレンドシンカーになれると思う?」
 久々に踊りたくなっちゃって。そう続いた朱希の言葉を何度か反芻する。おれでもとれんどしんかーになれるとおもう?
「え――っ!?」
 言葉を咀嚼しおわってようやく、翼と桃音は顔を見合せて、それから二人で大きく声を上げた。
 夢への道は始まったばかりだ。
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TrendSync!,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
後日談 5466文字

「魔法学校の学園祭?」
「そ!」
 いつにもまして上機嫌なイズミ先生が笑顔で頷く。呼び出されたシーアとサーヤ、リアムとマシューは思わず顔を見合わせた。曰く、毎年開催されるエアリス魔法学校の学園祭に、騎士学校からも生徒が数名、招待されるのだという。
「仲良しの君たちにはぴったりだと思ってね。それに、それなりに真面目に授業も聞いてくれているだろう。興味があるなら是非、とのことだけど、どうする?」
 エアリス魔法学校。確か、入寮案内の手伝いをしてくれたガロウ先生がいる学校だったはずだと、ふんわり思い出す。
「お祭りかあ、なんだか楽しそう! 私は行きたいわ」
「ぼ、ぼくも……!」
 シーアとサーヤがそういえば、リアムとマシューも頷いた。
「ま、お前らを二人で行かせるのも不安だしな」
「はあ? 何よそれ、行きたくないならついてこなくてもいいのよ」
「行きたくねーとは言ってねえだろ!」
「あはは、まあまあ……」
 マシューが二人をなだめる。イズミ先生は前向きな返事にうんうんと頷いて、じゃあ、と話を続けた。
「来月のこの日、丸一日開けておいてね~」
 はーい、と全員で返事をする。サーヤは、久々にとっても楽しみな予定が増えて、なんだかとても嬉しかった。

   *

 ――それがあったのが、先月の、全てが起こる前のこと。時が過ぎるのは早いもので、また、いろんなことがあったのもあり随分長くも感じたが、当日はあっさりとやってきた。
 魔法学校の大きなホールに座って待っていれば、大きな音楽とともに、魔法の光がホールを照らし、弾ける。司会を任されたのであろう生徒が魔法学校に住み着いている幽霊に茶々を入れられながら何とか進めていくのを、客席のシーアたちは笑いながら眺めた。
「それでは――エアリス魔法学校学園祭、開幕です!」
 わぁっと拍手が弾け、いっせいに光が灯る。開会式は豪勢に終わり、はしゃぐシーアたちを先生は穏やかに眺めていた。
「すごいすごい! 魔法って使い方によってはこんなことも出来るのね!」
「そ、そうだよね……! ぼく、感動しちゃった」
「今のは星魔法だね。僕たちが基本的に使えるのは風魔法なんだけど、エアリス魔法学校では星魔法の研究も行われているんだ」
「へえ、そうなんだ……」
「星魔法と風魔法の違いってあるんですか?」
 イズミ先生が補足を入れたのに、リアムが質問を重ねる。イズミ先生がうーん、と唸っていると、後ろから声が降ってきた。
「風魔法が生活などのいろいろな物事に役立つのと比べて、星魔法は基本的には役に立たないものだ。生活を彩るもの、とも言い換えられる。だけれど、時に星魔法は強力な魔法を発揮し俺たちを助けてくれる。だから俺たちはそれをもっと上手く生活に役立てられないかと研究している」
「ガロウ先生!」
 シーアたちにぺこ、と軽く頭を下げて、ガロウ先生はイズミ先生に視線をやった。
「イズミ、今年の案内役も俺だ」
「やった。じゃ、例年通りよろしくね」
 そうしてガロウ先生はシーアたちに向き直る。怖い先生ではないと分かってはいるが、向き合うと少し緊張してしまうのも事実だった。
「ガロウだ。覚えているかは分からないが、入寮の日にお手伝いをさせてもらった。薬草学の授業を担当している。よろしく」
 それに習ってシーアたちも自己紹介をした。ガロウ先生は頷いてから、少しだけ眉を下げた。
「イズミから聞いたが……、なんか色々大変だったらしいな。お前たちが無事で良かった。イズミもそれはそれは心配していて……」
「わーっ! その話はいいの! もう終わった話なんだから掘り返さないで! いいから、学園祭の説明をしてよ」
 話を遮られたガロウ先生は目線をイズミ先生に向けたが特に何も言わず、彼の言葉に従って学園祭の説明を始めた。
 学園祭は生徒たちが自主的に研究し制作した出し物を楽しむイベントであり、今回出されているのは、星魔法で作られたプラネタリウム、様々なことを占ってもらえるブース、魔法植物の展示・即売会、自由研究自費出版本の即売会、古代魔法の文字を習うコーナー、など。その他には魔法を駆使して作られた食べ物や飲み物が販売されるとの事だった。
 その中でも今回の目玉は舞踏会だった。エアリス魔法学校のいちばん大きなホールを借りてみんなで踊る。だから正装指定だったのか、とリアムは納得した。正装は動きにくくて苦手だった。
「どこに行きたいかはお前たちで決めると良い」
「そうだよ~。僕たちはあくまで引率だからね、決まったら教えてね」
 先生方はそう言って邪魔にならないよう二人で話し始めた。シーアが貰ったパンフレットを開いて口を開く。
「さて、どこに行きたいかしら!」
「ぼ、ぼく、本が欲しいな……!」
「私はプラネタリウムに行きたいわ」
「僕は魔法植物が気になるかなあ」
「俺はどこでも……」
「どこでも!?」
 リアムの言葉にシーアが食いつく。
「どこでもいいわけないでしょ、こんなにワクワクするんだから! 遠慮せずに行きたいとこ言いなさいよ」
 そんなことを言われても。本当にどこでも良かったので、リアムはしばらく悩んで、こう言った。
「どこに行っても楽しいだろうし、どこでもいいよ」
 あらま、素直。シーアが目を丸くしたのを見て、リアムはやらかしたと思った。思ったが、そのまま話が進み、訂正する隙もなく向かう場所は決まっていった。
 
   *
 
 まず本を見て買う。次にプラネタリウムに行って、古代文字を習って、ご飯を食べて、魔法植物は嵩張りそうなので最後でいい、とマシューは言った。
 先生二人はそれを聞くと、計画的だね、と笑って、立ち上がった。
「じゃあまずは、本を買いに行こう」

 並べられた自費出版の本たちは、サーヤの目にはキラキラ輝いて見えた。
 風花の生態と分布に関する研究、ウィンドグライダーの飛行原理の解明、古代魔法の復元研究、星魔法の発現条件と遺伝的要因、雲の下に関する仮説、ウィンドグライダーの好む食べ物大全、など。
 全員の好みがバラバラなので、それぞれで見て回り、時間を決めて出口に集合、ということになった。
 サーヤは星魔法や図鑑を中心に気になるものを買ったし、マシューはウィンドグライダーに関係しそうな資料を気まぐれに買った。リアムは地上に関する資料を集めて、シーアは可愛いものや物語を中心に買った。
 時間通り全員が集まったのを確認したイズミ先生もいくつか本を買っていた。
「いやいや、思ったより買っちゃった。面白そうなものが多いね」
「こういう場に来るとまだまだ学ぶべきことがあると実感させられるよな。これから楽しむのに本が嵩張るようなら俺が持つが」
 視線がサーヤに集まる。サーヤは慌てて大丈夫です、と伝えたが、ガロウ先生はその荷物をそっと手に取った。
「いや、どう考えても重いだろう。任せてくれ」
 そう言ってガロウ先生はその荷物を手にしていた本の中に収納した。おおーっと歓声が上がる。簡単に魔法を使う先生たちはやっぱりかっこよかった。便乗してシーアが荷物を差し出せば、ガロウ先生はそれも収納してみせた。
「お前たちは?」
 リアムとマシューは目を見合わせた。二人はなんだか少し悔しくて、首を横に振って大丈夫だと伝えた。
 
   *
 
 プラネタリウムでは月と星座の話が主だった。終わった後、イズミ先生とガロウ先生は、自分たちの苗字には、月を意味する単語が入っているのだと話した。
 古代文字を書いてみるワークショップでは、古代文字の五十音順が配られた。長らく研究の進んでいなかった古代文字は、最近になってぐんと進んだらしい。小さくヴェルタ先生の名前を見つけて、ナユタもこれに関わっているのだろうなとサーヤは思った。
 ご飯を買って、魔法植物を買って、一通り満足したところで、イズミ先生がよし、と頷いた。
「そろそろ舞踏会の方に行ってみる? 必要なら荷物はガロウ先生か僕が預かるし」
「そうね~! 楽しみだわ、ね、サーヤ!」
「そうだね、シーア……!」
 先生たち二人は、舞踏会、という響きだけでわくわくしているシーアとサーヤを微笑ましげに眺めて、それからホールまで足を進めることにした。

 ホールは賑やかだった。
 並べられた美味しそうな料理たち、楽しそうに踊る人々の靴の音と、談笑の声。みんながみんなこの時を楽しんでいて、活気で満ちていた。
「わああ……!」
 思わず、と歓声が漏れた。シーアは、そんなサーヤを見て嬉しそうに笑った。
「まるでおとぎ話みたいね!」
「そうだね、シーア!」
 くるくると音楽に合わせて踊る人々を眺めながら、ほうっとため息をつく。手を取り合い踊る年上のお姉さんやお兄さんたちは、なんだかとてもきれいに見えた。
「僕たちも踊る?」
 マシューがサーヤに声を掛けた。サーヤは少し慌てて首を横に振った。
「ええっ、ぼ、ぼく、踊ったことなんてないし……」
「大丈夫だよ、たとえ下手でも、誰も怒ったりしないさ」
 どうしよう、とシーアの方を見れば、そこにシーアはおらず。代わりにそこにいたリアムがこう答えた。
「あいつはケーキ取りに行った。踊りたいんなら踊れば」
 滅多にない機会だろ、とそっぽを向いたリアムの視線の先には、シーアがいた。サーヤは少し考えて、リアムにこう聞いた。
「リアムくんもシーアと踊りたいの?」
「なっ」
 返ってきたのは沈黙だった。違う、ともそうだ、とも言わなかったが、沈黙は肯定だった。へえ、ふうん。薄々気づいてはいたけれど。
「シーア、踊るの好きだけど、リアムくんとは踊ってくれないかもね。いつも素直じゃないもん」
「は」
「素直じゃないリアムくんにはシーアはあげられないな」
 リアムにじと、とした視線をやったサーヤは、マシューを向き直って手を引いた。
「行こう、マシューくん」
「えっ、あ、う、うん!」
 マシューも驚いたまま手を引かれていく。そうして置いてけぼりにされたリアムの後ろで、イズミ先生が盛大に笑った。
「おい、イズミ」
「だ、だって……。ふふ、あはは!」
 そこで戻ってきたシーアが楽しそうなイズミ先生に首を傾げた。
「なにかあった?」
「いや……」
 どう答えてもよくなかった。結局なんでもない、と言ったリアムにシーアがむくれる。リアムに同情気味のガロウ先生が助け舟を出した。
「……こほん。サーヤとマシューは二人で踊りに行ったぞ」
「え――!?」
 シーアの視線がサーヤを探す。踊るサーヤは思ったよりも楽しそうで、それが不服だった。
「何よ、マシューのやつ! サーヤは渡さないんだから」
 流石双子というべきか、二人して同じような気持ちを抱えているらしい。そのくせ、自分に向けられたものにはお互い気づいていない様子だったのがなんだか恨めしかった。
「シーア」
 リアムが声を掛ける。シーアはケーキを口に突っ込みながらリアムを見た。リアムは、あー、とか、んー、とか、しばらく唸った。先生方は空気に徹してくれている。
「……俺達も踊るか?」
 結局出た言葉はそんなもので、シーアは少し考えた後にそれを断った。
「今ケーキ食べてるから、無理よ」
「……そうだな」
 シーアは、しおらしくて変なリアム、と思った。
「リアムだって、別に積極的に踊りたいわけじゃないでしょ。私はこういう場は好きだけど、気を使わなくていいのよ」
 サーヤが戻ってきたら少し一緒に踊ってもらおう、と心に決めながら、ケーキを次々と口に放り込んでいく。リアムは、しばらく黙っていたが、シーアがケーキを食べ終わったころにようやく立ち上がった。
 そのまま、シーアのそばに膝をついて――
「俺が踊りたいから! ――……俺と、一緒に、踊りませんか」
 ひゅう、と周囲から歓声が上がった。茶化されている。シーアは少し驚いてリアムをまじまじと見た。リアムは顔を真っ赤にしていて、珍しい顔、なんて思った。
「それなら、いいわよ。喜んで」
 シーアが手を取って立ち上がる。それから、リアムを見てこう言った。
「踊りたいなら最初から素直にそういえばいいじゃない。誰だって手を取ってくれたでしょ」
 サーヤもマシューも。付け加えられた言葉にそうじゃないとまでは言えず、リアムは小さく、おう、とだけ返した。

   *
 
「いや、青春だね。なんだか懐かしいな」
 イズミがガロウに向かってそう言った。ガロウも目を細めてそうだなと同意を返す。
「俺達も踊る?」
「仕事中だろ、イズミ先生」
「つれないなあ、ガロウ先生は」
 そんな言葉の反面、二人は楽しそうだった。穏やかな空気がその場に漂っている。
「俺も跪いてお誘いしたらいい?」
「生徒にからかわれるのが目に見えてるからなあ」
 ガロウが唸る。イズミは悪戯っぽく笑ってこう聞いた。
「恥ずかしい?」
「そうじゃないが、億劫さが勝つ」
「うわ、ちょっと分かるな」
 イズミは自分の持つ生徒たちの顔を思い浮かべて頷いた。だろ、とガロウが困ったように笑う。
「そんなふうに誇示しなくても、俺は恋人を信じているので。ちゃんと帰ってきてくれると」
「そうじゃなくて、普通にガロウ君と踊りたいだけだよ。下手そう」
「醜態を晒せと?」
「かわいいとこが見たいって話だよ」
 じと、と睨んだガロウに、イズミがにこやかに返す。しばらく睨み合ってから、観念したようにガロウは目を逸らした。
「機会があったらな」
「お、言質」
 せんせー! と、遠くから声がかかる。シーアたちが戻ってきているのを、少しだけ惜しく思いながら、二人は立ち上がって彼らの方へと向かって行った。
 ――そうして、平和な日常は続いていく。
 いつか彼らも、自分たちと同じようになるのだろうかと、不確定な未来に思いを馳せながら。先生方もまた、まだ小さな生徒たちのために奔走する日々を、平和と呼んでいるのであった。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
11話 9549文字

 ジゼルが大慌てで寮に戻ってきたのと、フェリシア含む先輩方が二人の捜索に出ようとするタイミングは同じだった。
「……ッ、はあ、はあ、なあ!」
「貴方……!?」
 フェリシアが目を丸くする。ジゼルはいてもたってもいられず彼女に縋った。
「くそ、あいつ、おれを囮にするつもりだったみたいで……おれの代わりにシーアとサーヤが……!」
 どこに行くのかも、何が目的なのかも、満足に知れなかった。おれなんか放っておけば良かったのに! と駄々をこねたい気持ちも、今は邪魔でしかない。
「……分かりました」
 ざわめく先輩方の中で、フェリシアは唯一冷静だった。それぞれを班に分け的確に指示を飛ばす。それに従って全員が飛び立っていったのを見て、信頼されているんだなとぼんやり思った。
「ジゼルさん。ひとまず先生方のもとへ向かいましょう。あなたの知っていることを話してもらいます」
 ジゼルは頷いた。今回ばかりは、自分でどうにもならなかった手前、大人しく従わなければならないと思った。

    *
 
 ――あいつ、多分、おれの父さんを嵌めた張本人だ。
 ジゼルの話はそこから始まった。
 ジゼルの家系はもともと貴族だったらしい。らしい、というのは、ジゼルはもう覚えていないからだった。
 父は豪胆だったが、まじめな人だった。仕事仲間からの信頼も厚かったのだと本人は酒を口にしながら語った。そこに現れた父の友人が、今回の事件の首謀者だ、とジゼルは言う。
 最初は友人として。やがてはビジネスパートナーとして。信頼できるやつだと思ったから、家の財産の管理を任せたのだ、とジゼルの父は悔しそうに何度も話した。
 男は少しずつ資産を横領していった。気づいた時にはもう手遅れで、家の財産はほとんど空になってしまった。手順を踏んで抗議しようとすれば、今度は逆に証拠を捏造された。
 横領したのは父の方だ、という話を貴族社会に広められて、どれだけ違うと主張しても、誰も父の言葉を信じなかった。母は気づけば居なかったらしい。逃げられたのだと父はずっと悔しそうだった。最愛の人だった、と、何度も話す父の言葉を、今でもよく覚えている。
 地位も財産も失った父は、それでも家族を養うために空賊団に入るしかなかった。仕事ができる人だったからか、気づけば空賊団の中での地位が確かなものになっていた。

 沈黙が落ちる。――部屋にいる大人たち全員が、思い当たる事件があった。それを振り切るようにジゼルは話した。
「あいつ、貴族だったはずなんすよ。でも身なりは整ってなかった。あいつも没落したのかもしれないっすね……」
「……そうか、分かった」
 レナード先生が話を受け取った。話してくれてありがとう、と置いてから、共有も兼ねて話し出す。
「イズミ先生が、『金が目的なのかもしれない』と言っていたから、君の推測は正しいかもしれないな」
「そうですね……」
 ヴェルタ先生も唸っている。だとしても、所在が分からなければ意味がない。今は捜索班を信じて待ちましょう、とジゼルをなだめて、それから、彼を部屋に送るように、とフェリシアに指示した。先生方だけで話したいことがあるのかもしれない。
 分かりました、とだけ言って部屋を出る。ジゼルは珍しく大人しくて、なんだか心配だった。
「……おれが、もっと賢くて、強かったら、こんなことになってないんすかね」
 思わず漏れてしまったような独り言だった。フェリシアはその感情に覚えがあった。目を伏せる。それでも、前を向かねばならないのだ、今は。
 風が強くなっている。窓ががたがたと音を立てていて、フェリシアは、今日は少しだけ悪い子になると決めた。
「……作戦を立てましょう」
 ジゼルが顔を上げる。フェリシアは目も合わせず言い放った。
「わたくしたち子供が、良いように掌の上で転がされ続けるばかりじゃないって、証明しなくちゃ」
 なめられては困るでしょう、と言う彼女の瞳には、確かに怒りが籠っていた。

    *
 
 使えるものは何でも使いましょう、とフェリシアが言うので、ジゼルは絶対に裏切らない味方として、リアムとマシューを指名した。使えるかどうかはさておき、あの二人のこととなると過保護だから、居ても立っても居られないだろう、というのが、指名の理由だった。
 リアムとマシューの部屋に行けば、二人して携帯端末を持って何やら話し合っているようだった。ジゼルの顔を見てぽかん、とした後、矢継ぎ早に何かを聞こうとした二人を制してフェリシアはこう言った。
「二人を助けに行くの。先生方には内緒で。――協力してくれますね」
 有無を言わさない口調に、二人は思わず顔を見合わせ頷いた。ジゼルとともに扉を閉めれば、作戦会議が始まる。

「――これが、ことの顛末」
 フェリシアは簡単に要約して二人に今までのことを共有した。二人は難しい顔をして黙り込んだ。
 実は、とマシューが手を上げる。フェリシアとジゼルは黙って聞く体勢を取った。
「ついさっき、シーアさんから連絡が来て……それが、これ」
 それは、電話の録音だった。ジゼルはその男の声に眉をひそめた。会話には、覚えがある。
 それと一緒にメッセージが一通。――何かあったら先生に伝えて、と、座標のメールのスクショ、GPS機能共有のURL。
「たぶん、予約機能を使って送ってくれたんだと思う。今から先生に見せに行くところだったんです」
「抜けがねえすね……」
 フェリシアは頷いた。それでは同じようにしましょう、とデータをもらい、先生方の連絡先に転送する予約を――一時間後。
「GPSは今どちらに?」
「それが……」
 マシューが画面を見せる。どうやら同じところをゆったりと飛び回ってるらしい。何かを待っているようにも思えた。今、この条件で、何かを待っている――? そこで不意に、部屋にノックが響く。端末を隠してリアムが出れば、ナユタが顔をのぞかせた。
「誰にも言わないからボクもいれてくれない? きっと役に立つ情報を持っているよ」
 フェリシアは少し悩んだが、今は情報が欲しい。仕方なく招き入れることにした。ありがとう、と扉を閉めながら、ナユタは話す。

 ひとつのいのちわかたれた
 ふたつの子らが出会うとき

 我が一対のつばさとなりて
 閉ざされし道解き放たれん

 地上の空が語る声
 雲上の海の紡ぐ音

 今ふたたびひとつとならん

 なにかの詩のようだったが、リアムたちにはさっぱりだった。フェリシアだけが、その意味を理解していた。
「嵐の日は、風の力で地上の魔法は不安定になる。だからきっと、誰かが地上の扉を開けようとしているんだろうね」
「それって……」
「……めっちゃまずい状況、ってことか?」
 ナユタは頷く。それから、静かに目を伏せた。
「地上から雲上への出入りは鍵さえあれば扉が開くんだけど――雲上からは違う。必要なのは双子の心なんだ」
 ナユタ曰く。地上と雲上それぞれに同じ顔の子どもが1人ずつ産まれるのが一般的なのであって、同じ地に双子が生まれるのはとても珍しい。だから、特別仲の良かった風の民と地の民の生まれ変わりとされていた。しかし、争いが起きてから、双子は災いをもたらすとされ差別の対象になった。これは確か雲上も同じだったはずだと、ナユタは言った。
「そもそもその希少性が、扉を開かないようにさせていたんだ、今までは」
 だけど、とナユタはそこで言葉を止めた。フェリシアは、その言葉を継いで話し出す。
「雲上でその言い伝えは、王家や一部の貴族しか知らないはず。その一部に彼がいたのでしょう。彼は二人を使って扉を開け、希少な財産を掻っ攫ってお金を儲けようとしているのでしょうね……」
 沈黙が落ちる。振り切るように、フェリシアは言った。
「作戦はこう――」
 その説明に全員が頷いた。納得のできる策だった。それじゃあ、向かいましょう、とフェリシアの言葉を皮切りに、彼らは外に飛び立っていった。

    *
 
「――こんなことになるんだったら、魔法の使い方を習っておくべきだったわね」
 シーアが悪態をついた。嵐の中、ゆっくりと遺跡が出現して、その中で転がされたのがついさっきのこと。サーヤは心底不安だった。
「僕らを使って扉を開ける、って言ってたけど……」
「……」
 シーアは難しい顔をしてしばらく考え込んだが、やがてため息をついた。
「もう、信じるしかないわね。はーあ、嫌になっちゃう!」
 そんな折、別の部屋にいた男がこちらにやってくる。不敵な笑みを浮かべて彼はこう言った。
「こんな嵐の中、まともな大人は飛ばないだろうね」
 勝利を確信しているようだった。シーアがぎり、とそれを睨む。そんな視線もどこ吹く風の男は、楽しそうに笑ってこう言った。
「風で扉が開きそうなくらいの嵐だ。上手いこと行ったら、君たちも解放してやるさ」
 もっとも、嵐が晴れたらこの遺跡を見つけるのはウィンドグライダーでも難しいだろうが。それを聞いて空を見上げるが、遺跡の中、見えるのは重苦しい天井ばかりで不安が増すばかりだった。

遺跡の中を移動していき、大きな空間に出た。祭壇には重苦しい空気が漂っている。
「ほら、ここに立って、心を合わせるんだ。それだけでいいんだって、これが封印っていうのもちゃちだよねえ」
 シーアとサーヤは顔を見合わせた。なんとかして時間を稼がなければ、この扉は簡単に開いてしまう気がした。だって、今も、同じことを考えて――

「見つけた!」
 ふと、声がした。ジゼルの声だ。遅れて、リアム、マシュー、ナユタとフェリシア。
「シーアさん、サーヤさん、魔法を使うんだ! 呪文は君たちが知っているはず!」
 ナユタが叫ぶ。サーヤは思わず戸惑ったが、シーアはやってみることにしたらしい。ええい、ままよ、とサーヤも叫ぶ。
「――トゥラン・ヴォラ・ス!」
「――トゥラン・リファル・ヴィノ・ス!」
 拘束が外れる。なんだ、簡単なことじゃないかと安心したのも束の間、リアム、ジゼルと戦っていた男がシーアにぶつかり、……その衝撃で、祭壇に倒れこんだ。サーヤは慌ててシーアに駆け寄ったが、――それが良くなかった。
 魔法陣が光る。これが地上の魔法なのだろう。地響きがして、……あっさりとその扉は開かれていく。――シーアとサーヤを乗せたまま。
「サーヤさん!」
「シーア!」
 ここに二人のウィンドグライダーは居ない。落ちる、と覚悟を決めて受け身の体勢を取ろうとする二人のもとに、リアムとマシューが飛び出した。
 マシューはあっさりとサーヤを抱えたが、リアムは一歩遅かった。恐怖が勝っている。このスピードでシーアを助けるのは無理だ。
「シーア……!」
 サーヤの慌てた声がする。ノーヴァはリアムを気遣ってかそれ以上の速度を出さない。―――間に合うためには。
「……、信じてるぜ、相棒!」
 そう叫び、リアムはノーヴァから飛び降りた。この方が早い。今本気で飛ばなくて、いつ飛ぶっていうんだ! シーアに手を伸ばす。シーアは目を見開いていたが、それでもリアムに手を伸ばした。
 手をつかむ。ぎゅ、とその手を確かに握りこんで、そこでノーヴァが二人を拾った。
 そのまま遺跡に戻れば、男はナユタとジゼルの手によって完全に鎮圧されていた。バクバクと鳴る心臓を抑えつけて、リアムとシーアは地面に足を付けた。
「は~~~~……」
「リアム!」
 マシューとサーヤが駆け寄ってくる。リアムはその場に座り込んだ。
「あ、ありがとう……。大丈夫?」
「……おう」
 シーアは戸惑ったように礼を言った。リアムからはそっけない返事が返ってくる。いてもたってもいられず、サーヤはシーアを抱きしめた。
「シーア~~~……良かった……」
「わ、サーヤ……。もう、心配かけたわね」
 苦笑するシーアたちのもとにナユタが近づいてきた。盛り上がっているところに申し訳ないんだけれど、と前置いて話し出す。
「扉を封印しなくてはならなくてね。力を貸してくれるかい」
「もちろん」
 そう返事をして、シーアとサーヤはそちらに駆け寄った。男はずっと何事かを喚いていたが、そのうち、フェリシアとジゼルの魔法によって黙らされていた。

    *
 
「本当は、二人でこの鍵を開けないと開かないはずなんだけれど」
 ナユタはそういいながら風の鍵を二人に渡した。本物だ、と顔を見合わせる。
「昔の魔法だし、ひどい嵐だから、この魔法も緩んでるんだろうね」
 後でかけ直さないとな、とナユタは言った。サーヤはふと疑問に思ったことを口にした。
「ナユタさんはこっちに来た時、どうやってここを封印したの?」
 ナユタは寂しそうな顔で答えた。
「兄に協力してもらったんだ。多分、もういないんだけれどね」
「……え」
 そんな話は後だよ、と笑って、彼は封印のために魔法陣を描きなおした。そのまま、その中央に立って、二人に指示をする。
「扉が閉まったら、鍵をかけてね。鍵穴は真ん中にある。あんま長くかかるとまた落ちちゃうかもだから注意して。ボクは魔力がそう多くないんだ」
 頷く。そばでリアムとマシューがウィンドグライダーを呼び寄せてるのが見えた。
「じゃあ、いくよ」
「――オルナ・メイ・ゼア・ス!」
 魔法陣が淡く光る。ゴゴゴゴ、と音がして、大きな扉が閉まっていく。完全に閉まったところで、二人はその鍵穴に駆け寄った。鍵を差し込んで、回す――、回らない。
「……なんで?」
 シーアが慌てて零す。サーヤはちら、とシーアの表情を窺った。顔色が悪い。表情も硬い。ああ、怖いのだろう、と思った。――それもそうか。
 地上に落ちれば、どんな扱いを受けるか分からない。だけれどあの時、助からなかった時のために一度覚悟を決めたのだろう。
 しかし、今、それが揺らいでいる。シーアとサーヤで、違うことを考えていた。
「……シーア」
 あいているシーアの手をきゅっ、と握る。手は震えていた。シーアがこちらを見た。サーヤは微笑みかけた。
「ぼくも怖いけど……きっと大丈夫。また落ちても、リアムくんも、マシューくんも、きっとちゃんと助けてくれる」
 それに、と続ける。
「落ちるときは一緒だよ、シーア」
「――……!」
 シーアが目を見開いた。しかし、すぐにぱっと目を逸らす。
「馬鹿なこと言わないで!」
 差し込んだ鍵がゆっくりと回り出す。
「そんなことにはならない。ならないのよ」
 言い聞かせるような言葉だったが、それで覚悟が決まったようだった。かちり。鍵がかかったような音。
「ヴィナ・ガルナ・ス」
「――セルナ・ノウ・ト・クロザ・ス!」
 ナユタが声を張り上げた。魔法陣がひときわ光って、――ぐわん、と大きな揺れ。それからしばらくして、魔法陣から光が失われる。
「終わったよ」
 シーアとサーヤは顔を合わせて抱きしめ合った。リアムとマシューが安堵したのを見て、ジゼルが過保護っすねえ、と零す。フェリシアもそれには同意だった。
 ふいに、遺跡内が騒がしくなる。人の声だ。今度はなんだと全員が警戒すればセラ校長が先頭を切って室内に突入してくる。レナード先生、ティア先生、イズミ先生も一緒だった。
「こら――!! 先生に相談もせず無茶したガキども!! 怪我はないか!?」
 ティア先生が真っ先に全員の怪我の心配をしつつ怒った。イズミ先生とレナード先生が男を連行して行き、セラ校長はティア先生の説教に時折茶々を入れつつ見守る。
 ぷんぷんと怒るティア先生に、状況の説明を求められたフェリシアは、あくまで冷静に詳細を答えた。自分が全員を引き連れていったことも含めて、綺麗に事実を並べ立てる。
「馬鹿! 先生、めっちゃ心配したんだからね!! 今回は何事もなかったからいいけど、何事もなかったのは運が良かったに過ぎないってこと、忘れないで。もうこんなことしちゃだめだからね」
「そうだよ~」
 後ろからイズミ先生が戻って来る。
「これからレナード先生に詰められるだろうから甘く言うけど、本当に危ないから。君たちはまだ成長中の身なんだから、こういうことは大人に任せてくれよ。まあ、とはいえ――」
 そこでイズミ先生は言葉を切った。ふ、と笑って彼は言う。
「みんなが無事でよかったよ。よく頑張ったね」
「イズミ先生は甘すぎなんですよ!!」
 すかさずティア先生が噛みつく。その勢いにイズミ先生がたじろいだのをセラ校長は高らかに笑った。
「人のこと言えないものな、君は!」
「ちょっと校長! 校長もなんとか言ってくださいよ」
「それはレナードくんの役目だろう」
 校長は悪びれもしない。疲れたと言わんばかりにティア先生がため息をついたので、セラ校長はシーアたちにウィンクを飛ばした。
「たまに冒険してほどほどに痛い目に遭うのも子供の役目だとも。ま、ほどほどで済んだのは結果論だが」
 帰ろうか。そう言った先生方に連れられて、全員で寮に帰ることとなった。嵐の中を飛ぶのは骨が折れたが、そんなことよりもその後に待っていたレナード先生の説教の方が余程だったと、後にリアムは語った。

    *
 
「よっす」
「わ、」
 後日。フェリシアが廊下を歩いていると、上からジゼルが降ってきた。
「あ、あなた……!?」
「へへ~ん、びっくりしたっすか?」
 なぜか得意げなジゼルに、フェリシアはため息をついた。彼の態度は軟化したが、それでも扱いにくいことに変わりない。
「今日はなんですか……」
「ン? ああ、そう、お礼言ってねえなって」
 お礼。思っても見なかった言葉にフェリシアは目を丸くした。ジゼルはがしがしと頭を掻きながら言いにくそうに話し出す。
「いや、なんか、色々? あんなこと言って悪かったっすよ~っていうのは先に言わなきゃっすよねえ。アンタは違ったんだな」
 違った、といった言葉の真理は分からなかったが、ひとまず黙って聞くことにした。続きを促す。
「あと……、あの時、連れてってくれてありがとう。おれまたなんも出来ねえんだって落ち込むとこだったっすよ~」
 へら、と笑う。フェリシアは目を伏せた。
「いいえ。結局わたくしはなにも出来ませんでしたし」
「……」
 ジゼルはしばらく顔色を窺ってから、うーん、としばらく唸った。
「アンタって、頭良さそうなのにな」
「はあ?」
 かちん。思わずフェリシアからガラの悪い反応が飛び出したが、全く気にせずジゼルは続ける。
「策を練れるのも、情報をまとめられるのも、頭がいいからでしょ。俺一人じゃ出来なかったっすよ。アンタ一人でも無理だったかもしれませんけど」
 うーん、ともう一回唸る。
「まあ、だから、俺も勉強頑張んなきゃな~って思ったんすよねってだけなんすけど。人一人変えてんだから、何もできてないは嘘でしょ」
 そもそもアンタは人に信頼される方じゃないすか。彼にとっては正直な言葉なのだろうが、フェリシアは以前との落差に面食らってしまった。
「まあ……それなら良かったのかしら……」
「うんうん、そう思うといいすよ」
 上から目線だ。なんなんだ、と思っていると、授業開始のチャイムが鳴る。やべ、とジゼルは零した。
「あれすよ、一人でできることには限りがあるんで。あんま背負い込んだら大変すよ~ってことで! じゃ!」
「は、あ、ちょっと!」
 フェリシアが声をかけてもジゼルは止まらない。あっさりと姿を消した彼に唖然としながら、それでも悪い気はしなかった。
 フェリシアも授業を受けねばならない、と、気を取り直して走り出す。以前と比べて、少し気分が軽いような気がした。

    *

 ナユタは一人、教室のベランダでぼんやりとしていた。クラスメイトは外にいる。授業時間中だから、要するに、さぼりだった。
 シーアとサーヤが一緒に扉を封印したのを見て、双子の兄のことを思い出した。きっともう、この空にはいないだろう、兄。
 兄は、遺跡を封印した後に、地上に設置していたワープゲートを繋げて地上に戻った。それが使命だと、兄は言った。もうとっくに燃えただろう記録を守るために、そこまでする理由が、ナユタには分からなかった。
 はたして、地上でどんな扱いを受けているのかは、――考えたくないから、考えない。首を横に振って嫌な想像を誤魔化す。
 彼は賢いから、きっと何とかする術を残しているのだろう、と、信じることしかできない。
 寂しくないと言ったら嘘になる。悲しくないかと言ったら、嘘になる。
 ボクたちは違う道を行くことになった。ずっと一緒に過ごしてきた兄のことを想って、彼女たちが、こんな気持ちになるようなことがなければ良いと祈った。
 今日の風はなんだか静かで、地上の兄も同じものを感じていたらいいと思うのだった。

    *

 大人たちの間では、遺跡が見つかったことが大きなトピックになっているようだった。
 とはいえ、知っているのはごく一部だ。そのごく一部で、次の嵐の日に、調査のためと銘打って同じ場所に飛んだが、遺跡は見つからなかったらしい。
 では、なぜ男は遺跡の場所を知っていたのか。大人たちは問い詰めたが、帰ってきた答えはこうだった。
「嵐の中を飛び回ることを避けるようなお利口さんの頭じゃ、わからんだろうね」
 結局答えは分からず仕舞いで、大人たちはそのまま調査を続けることにしたようだった。
 遺跡の扉が開かれぬように。

「でも地上って、ロマンあるわよね」
「なんだよ、藪から棒に」
 やめろよ、とリアムがじとりと睨んだのをものともせず、シーアは言葉を続けた。
「だって! お父様だってきっとまだ冒険したことないはずよ! そんな場所がこの世にあるなんて、考えただけでわくわくするわ!」
 何があったら嬉しいかしら、と自分の世界に入り込んだシーアを見ながら、サーヤはぽつりと呟いた。
「怖かったくせに……」
「ま! 実際行くのと考えるのでは違うでしょ!」
 むくれたシーアにリアムが言う。
「実際、行くとしてもお前ひとりじゃ無理だろうな」
「なんですって!?」
 あんただって一人じゃ無理でしょうに! 俺はそもそも行く気はないからな、と、いつも通りぎゃんぎゃんやりだした二人の後ろで、マシューが声を掛ける。
「ちなみに、サーヤさんは大丈夫だったの?」
「? ぼくは大丈夫だよ。怖かったのはそうだけど……隣にはシーアがいたし、みんな助けてくれるって、信じてたから」
 なるほど、と頷く。確かにな、と思いながら、マシューは言った。
「それなら、僕の方が怯えてたかもね。本当に不安だったよ」
「そうなの? でもマシューくんは飛ぶの上手じゃん」
 あはは、と笑ってマシューは答えた。
「大切な友人だからね、君も、彼らも」
 サーヤはきょとんとしてから、なんだかそれが嬉しくなって、顔を綻ばせた。
「うん、ありがとう」
 気づけばシーアとリアムも静かにこっちを見ていた。シーアが意外そうに言う。
「マシュー、あんた、サーヤにはそういうこと言うのね」
「えっ」
 あー……。しばらくごまかしの言葉を考えてから、マシューはようやく言葉を吐いた。
「ほら、サーヤさんは素直に受け取ってくれるから……」
「ふうん」
 シーアはサーヤの隣に立って、サーヤの手を取る。手を取って、――走り出した。
「アンタなんかにサーヤはあげないんだから! サーヤは私の大切な妹だもの!」
「ちょ、ちょっとシーア! 絶対そういうことじゃないって!」
 サーヤの言葉もろくに聞かず、シーアはマシューにべ、と舌を出した。そのまま二人を置き去りにして、彼女たちは寮へと帰っていく。
「あー……。フ、どんまい」
「……」
 唖然とするマシューに半笑いのリアムが肩をポンと叩いた。マシューはなんだかそれが腹立たしくなったので、払いのけて走り出す。
「リアムがシーアさんを想って最近あんま眠れてないってちくってやる……!」
「はあ!? おい待てお前、お前もそういう類の弱みいっぱいあるだろ!」
 バタバタと走り出した二人を、空を飛ぶウィンドグライダーたちが眺めていた。まだまだ先は長いようだ、と呆れたように飛んでいく。
 風は彼女たちを祝福するように穏やかで、きっと明日もこんな日が続いていくのだろうと思った。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
10話 5264文字

 寮に戻れば、険しい顔の先生方がロビーで話をしている最中だった。マシューに気付いたティア先生は、表情を和らげておかえり、と声を掛けてくる。
「サーヤさんたちは!?」
「部屋にいるよ~。リアムとジゼルも一緒じゃないかな? ほんとはだめだけど、今は特別にね」
 ありがとうございます、とだけ答えて、マシューは彼女たちの部屋に急いだ。
「にしても、もっと早く相談出来たのでは?」
 じと、とした顔でヴェルタが言う。イズミは気まずそうに目線をうろつかせた。
「いや……。すみません」
 何も言えずに観念したように謝ると、ティアが助け舟を出した。
「でも私たちには共有してくれましたよ、彼」
「えっ」
 レナードも頷く。
「……あなたは忙しくしているようだから、職員会議で改めて共有しようかと言っていた」
「ああ~……」
 ヴェルタは頭を抱えた。イズミは気まずくて仕方なかった。フォローする言葉が見つからない。
「私も知っていたぞ、ヴェルタ」
 いつの間にいたのか、後ろからセラ校長までやって来る。くつくつと笑う彼女はあまりにも楽しそうだった。
「君はいつもそういう役回りだよな。まあ、君はもう現役の騎士ではないわけだし、今回は対処できたんだろう? それはひとまず褒められるべきだ。まあ、対策を立てるべきでもあるが……、なあ、イズミ君」
「やめてくださいよ、先生……」
 巻き込まれたイズミは困った顔をした。そうすることでやり過ごそうとしている。変わらないしぐさに、セラはわっはっはと大きく笑った。
「あ……貴方も現役じゃないでしょう……!! ふん、役立たずだと言いたいんですか! 私だって騎士だったわけです、知識であなたをぎゃふんと言わせることだって容易いんですから」
「あはは、悪かったって。ぎゃふんと言わされたくはないからこの辺でやめとくか」
 セラの物言いに不満そうなヴェルタをあっさりといなして、セラは全員と顔を合わせた。
「さて、残業だよ、諸君。生徒のためを思うと腕が鳴るねえ」
 全員が自然と姿勢を正して返事をした。彼女は不敵にほほ笑む。
「うちの生徒を攫おうとした不届き者の所在を突き止めてやろうじゃないか」

 *

「二人とも!」
「うわっ、……なによ、マシューじゃない」
「びっくりした……」
 大きく音を立てて扉を開けば、先生の言葉通り、シーアとサーヤ、リアム、ジゼルがいた。マシューは驚かせたことを謝りながらも、大慌てのまま問うた。
「なんか、襲われたって聞いたよ!? 大丈夫だったの、怪我とかは」
「先生方とジゼルがなんとかしてくれたから問題ないわよ」
「ま、慣れっこっすわな」
 シーアが答えればジゼルが胸を張る。胸を張ってから、そのまま静かになった。何かを考え込んでいるようだった。
「オマエ、どうしたんだよ」
 リアムが聞く。ジゼルはしばらく黙っていたが、リアムの視線が自分に向いていると気づいて顔を上げた。
「……あ、俺すか? いや、……」
 そうしてしばらく考え込む。それから、改めてジゼルはこう言った。
「……確証が持てないことは言うべきではないと思うんすよね~。シーアとサーヤって、なんで襲われたかとか分かってんすか?」
 ジゼルはそう言って首を傾げた。全員が怪訝そうな顔したが、彼に話す気は無いようだった。
「……まあ、それが分かってたらここで頭突き合わせて悩んだりしてないわよね」
 シーアはうーん、と唸ってから答えた。
「ぼくたちも戸惑ってるんだ」
 サーヤも困り顔だ。不安そうな二人は顔を見合わせて同時に首を傾げた。
「……」
 ほかの四人がああじゃないこうじゃないと憶測を立てる中で、ジゼルだけが静かに何事かを思案していた。
 四人ともそれに気付いていたが、深入りしても仕方ないだろうと分かっていたので、気付かないふりをして話を続けた。
 
   *

「ごきげんよう、シーアさん、サーヤさん」
 次の日の朝。シーアとサーヤが支度をして寮を出た先で、フェリシア先輩が待っていた。リアムとマシューも一緒だ。
「昨日は大変だったそうですね。お話は聞いております。先生方が悩まれていた様子だったので、わたくしが送迎を申し出ましたの」
 疑問が顔に出ていたのか、フェリシアは二人が聞くより先にそう答えた。それに照れたように笑ったサーヤは、シーアと顔を合わせて言った。
「フェリシア先輩が一緒なら安心できるね、シーア!」
「そうね。よろしくお願いします、先輩」
 フェリシアは頷いて、そのまま一緒に学校に向かうことになる。いつもなら後ろからジゼルが話しかけてくるのだが、フェリシア先輩が一緒だからか、今日はそれは無かった。
 何事もなく校舎へ着く。二人を教室まで送り届けて、フェリシアはこう言った。
「校内には先生方がいらっしゃいますが、それでも十分にお気を付けて。帰りも迎えに参りますから」
「はい、先輩!」
 それでは、とフェリシア先輩は上品に手を振って自身の教室へ向かって行った。ジゼルはいつのまにか教室にいたが、特に話しかけては来なかった。クラスメイト達の心配の言葉を受けていると、イズミ先生がホームルームにやって来る。
 その日、ジゼルはずっと静かだった。リアムやマシューがそれとなく声を掛けても上の空で、なんだかずいぶんと嫌な予感がした。
 
   *
 
 昼休み。先生たちの監視の目をくぐり抜け、屋上で昼食を食べるのがジゼルの日課だった。
「……」
 ぼう、っと空を見上げるのは気持ちいい。授業では空の上には宇宙があるのだと言っていたが、どこまでも高く続く青に天井があるようには思えなくて、それをそのまま口にすれば、先生は空に天井はないのだと教えた。そのあとの話はよく分からなかった。
 天井がないなら、上って概念もないんじゃねえの。どこからどこまでが俺たちの空で、どこを超えたら宇宙なんだろうか。
 よく分からないことばかりだ、と思う。父はジゼルにいろいろなことを教えたが、それらは生きるために必要な技術でしかなかった。
 よく分からないことは、知らなくても生きていける。だが、頭を使えたら状況が有利になることもある。これが、ジゼルにとって、新しい学びだった。
 もし、自分の頭が良かったら。
 今抱えている悩みも、父の後悔も、その他のたくさんのことが、上手くいったりするのだろうか。
 ふと、見上げていた空に人の影が差す。――気づかなかった。顔を上げる。
「やあ、ジゼル。久しぶりだね、覚えているかな」
「――アンタ、あの時の」
 それは、シーアとサーヤを襲った張本人だった。咄嗟にナイフを出そうとして武器の所持を禁止されていたことに気付く。
 彼はそれを見てにんまりと笑った。
「覚えているわけではなさそうだね。まあどっちでもいいのさ、そんなことは」
 不意を衝いて、が、と胸ぐらを捕まれる。声が出せないよう口を手で覆われれば、もう後は何もできなかった。
「おとなしくしていてくれ。そうじゃなきゃ、痛い目に遭うと思えよ」
 男は小さな声で呪文を唱える。そうすれば、あっという間にジゼルは拘束されてしまった。ろくに抵抗も出来ぬまま、ウィンドグライダーに乗せられる。
「さあ、行こうか」
 ね、と男はジゼルに微笑みかけ、ウィンドグライダーに跨ろうとしたところで、
「待ちなさい!」
「おっと」
 フェリシアだった。だが一歩遅い、と男はそのまま飛び立った。フェリシアも負けじと飛び立つ。ああ、良い連携ができている、と場違いにもジゼルは思った。
「はあ、面倒だな」
 男がぐんぐんと上に飛ぶ。それこそ、宇宙にでも届くんじゃないかと思うほどだった。
 フェリシアもそれを追ってきたが、これは罠だった。
 ぐい、と方向転換。男が呪文を唱えながらフェリシアに突っ込んだ。思いっきり吹っ飛ぶ。――それも、地面がある方に。
 こんな高さで落ちたら死んでしまう、とジゼルは焦った。その気持ちを汲んだのか、ジゼルのウィンドグライダーがそれを拾った。それに安心した自分がいるのがなんだか居心地悪かった。
 フェリシアは体勢を立て直し、ジゼルのウィンドグライダーに跨ったまま負けじとこちらを追おうとする、が――
「残念だったな、姫様」
 一歩遅い。男はあっさりとそこに置いていたワープゲートに突っ込んで、
 ――彼らの姿は見えなくなった。
 
    *
 
 ジゼルが攫われてしまったと報告を受けて、校内は騒然としていた。なるべく一斉に帰宅すること。できれば上級生と一緒に、ということで、その日は集団下校となった。
「お前ら、今日は寮から出るなよ」
「そうだよ、変なことがあったらすぐ先生に言ってね」
 リアムもマシューも、特にリアムは珍しく素直に二人を心配してから部屋に戻って行った。
「どうする、シーア」
「ひとまず部屋に戻りましょ、サーヤ。きっと大丈夫よ」
 そうだろうか。なんだかとっても不安な気持ちで部屋に戻る。部屋に戻っても二人とも落ち着かなくて、ずっとそわそわと過ごしていた。
 ふと、着信が鳴る。おばあちゃんだろうかと顔をほころばせて二人が画面を見れば、そこにはジゼル、と表記があった。
 顔を見合わせる。それから、スピーカーにして、録音しながらその電話を取った。
「もしもし?」
「誰よ、アンタ」
 知らない声だ。男、だろうか。くつくつと笑う男は、それでもあっさりとネタバラシをした。
「学校、大変そうだね。ジゼル君は無事だよ。尤も、生きているだけに過ぎないけれど」
「……要件は何ですか」
 サーヤも表情が硬い。おや、と男は意外そうな声を出した。
「もしかしてそんなに心配じゃない? じゃあ別にいいか。このまま彼一人いなくなっても」
「馬鹿なこと言わないで。サーヤはあなたの用件を聞いたの。心配じゃないなんて一言も言ってない」
「おやおや……」
 血の気が多いな。向こうはこちらを逆なでする言葉を選んでいるようだった。乗っては思うツボだとシーアは小さく息を吐いた。
「簡単さ、彼を無事に返してほしかったら二人だけでここまで来なさい。場所はメールで送ってあげよう」
 ぽこん、通知が鳴る。確かにメールには座標が表示されていた。
「ほかの人に伝えたり、万が一君たちが来ないようなら、彼はここで一人死んでしまうことになるだろうね」
 ね、という声とともに鈍い音、呻き声。
「……っ、分かったからもうジゼルくんに触らないで!」
 サーヤも限界のようだった。ふふ、と笑みをこぼした男は、最後に待ってるよと言い残して電話を切った。
「……行きましょ、サーヤ。窓から出ればきっとバレないわ」
「……うん」
 不安そうにしながらも、シーアとサーヤは顔を見合わせて頷いた。窓を開けて、木々を伝って外に出る。ドジは踏まなかった。
 そのままこそこそと座標の場所まで走った。着いた頃にはジゼルはもう、なんて想像が頭をよぎっては消える。それでも言葉にはせずに走った。言葉にしたら現実になってしまう気がした。
 
 そんな頃。ナユタはなんだか唐突にものすごく嫌な予感がして、寮の中でサーヤを探し回っていた。ノックをする。返事はない。風の音がする。声を掛けてからドアを開ければ、窓が開けっぱなしだった。二人はいない。
「部屋にはいないか……」
 開けっぱなしにするなんて、と窓を閉める。それから、リアムとマシューを探しに行った。
 二人は部屋にいた。息を切らして訪問してきた思ってもいなかった客に目を丸くする。
「――シーアとサーヤは?」
「は? ここにはいねえけど。部屋じゃね?」
 遅かったかもしれない。ナユタの顔色が悪くなったのを見て、マシューが心配そうに声を掛けた。
「もしかして……」
「部屋にはいなかったんだ」
 その言葉に、リアムとマシューは目を見合わせて立ち上がる。
「先生呼んできてくれ、俺らは寮の中をもう一度探してみる」
「僕、二階行くよ」
「まかせた」
 そう言ってあっという間に走って行った。ナユタもなるべく早く先生方に伝えるべく走り出した。
 
   *

「ああ、来たね」
「ジゼル!」
「ジゼルくん!」
 のんびりとした動きで男は二人を制した。拘束されたまま驚いた顔をしているジゼルは思ったより元気そうだった。
「じゃあ、約束通りだ。こっちにおいで」
「……ジゼルを先に解放しなさいよ」
「おや、君たちはそんなことを言える立場じゃないだろう」
 男はそう言って、ジゼルにナイフを突きつけた。
「……わかったわよ」
 二人が近づいていけば、男は再び呪文を唱えた。身構えることも出来ずに拘束された二人とは反対に、ジゼルの拘束は外されていた。
「ほら、帰りたまえよ。君はもう必要ないから」
「お前……ッ」
「いいのか? この二人の命は今、私が握っているんだよ」
 咄嗟に襲い掛かろうとしたジゼルをそんな言葉一つで制する。
「絶対に助けに行くんで。首洗って待ってろ」
 悔しそうに言葉を吐いて、ジゼルはウィンドグライダーに乗って行った。不安そうにそれを眺める二人に、男はこう言った。
「いや、いや、みんなして馬鹿で助かるね。君たちには無事でいてもらわないといけないから乱暴はしないけれど、抵抗したら容赦しないよ」
 男はそのまま、ウィンドグライダーに二人を乗せて、どこかに飛び立った。行く先も、男の目的も分からないまま飛んでいる中、シーアとサーヤは身を寄せ合うことで何とか恐怖を耐え忍んでいた。
 外は風が強くて、嵐が近いことを予感させていた。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
9話 7521文字

 耳元で、最大限に小さくされた目覚まし時計が鳴る。ウィンドグライダー――――アルヴィのため、相当早い時間に一度起きて世話をするのがマシューの日課だった。
 この時間はまだリアムも寝ている。最近はたまに目を覚まして一緒に彼らの手入れをすることも増えたのだが……今日はそうじゃないらしかった。ぐっすりだ。
「おはよう、アルヴィ」
 アルヴィは無口で不愛想なほうだった。それが個性ってやつなんじゃねえの、と、いつだかジゼルが言っていた。それまでは大きな反応を引き出すためにあれやこれやと頑張っていたが、そうじゃなくてもいいのだと気づいてからはそのままにしている。
「今日も林檎を持ってきたんだ。……そんな顔しないで、他のは売り切れてたんだよ」
 連日林檎で不服そうなアルヴィは、それでも受け取りはするらしかった。そんなところがかわいいんだよなあ、と撫でる。特に嫌がられはしなかった。機嫌が良いようだ。
 彼とも随分仲良くなったものだ。その一方で、アルヴィと関わるたび思い出すのは母親のことだ。はあ、と思わずため息を吐けば、アルヴィがそれに反応してこちらを見た。なんでもないよ、と笑っても、彼はしばらくこちらをじっと見ている。――――ああ、アルヴィのこういうところはすごく分かりやすい。心配をかけているなあ、と思わず苦笑した。
「はよー。毎日毎日はえーな……」
「わ、おはよう。もう習慣だからね」
 後ろから声がかかる。リアムだ。ふわあ、と大きく欠伸をした彼のもとに、ノーヴァがやってきて頭を乗せる。リアムももう慣れたもので、朝の挨拶をしながらその頭を撫でてやるのだった。
「なんか落ち込んでた?」
 そのままリアムがこちらに問う。アルヴィとの会話を見られていたのだろう。
「いや、落ち込んでたっていうか……。両親のことを考えてたんだよ、どうしたらわかってくれるのかなあって」
「ふうん」
 それからしばらくリアムは静かだった。ノーヴァにご飯を渡し、簡単に毛づくろいをする。その隣でマシューもアルヴィの体を綺麗にしてやる。わざわざ深入りしてこない空気が心地よかった。
「そういえば、」
 リアムが口を開く。
「サーヤが心配してたぜ。お前のお母さんのこと」
「えっ」
「なんつったかなあ、なんか気がかりなことがあるんだとよ。――――ああ、あれだぜ、こないだの授業で話す機会があったから知ってるだけ」
 なんでそれを知ってるのがリアムなんだよ。少しだけ漏れそうになった疑問はあっさりバレて、訂正されたのが少し恥ずかしくなった。そういえば、サーヤとは最近あまりゆっくり話していない。
「母親にも母親の苦労があんのかねえ、それでも俺にはわかんねえや」
 それだけ言って、リアムはもうひと眠りするからとその場を去った。それを見送ってから、マシューは母親のことを考えながら、アルヴィと並んで、ぼうっと空を見ているのだった。
 
 *
「おはよう、マシュー。ちょっといいかな」
 教室に着いた矢先、イズミ先生はマシューを呼び出した。不思議そうな顔をした四人を置いて立ち上がる。なんかしたんすか、と野次を飛ばすジゼルに否定を返す。
 イズミ先生は隣の空き教室までマシューを連れて行くと、小さくため息をついた。
「マシュー。お母さんがね、授業を見学したいんだってさ」
「えっ」
 どういう心境の変化なんだ。彼女の意図を図りかねていれば、だよねえ、とイズミ先生も同調する。
「でも、今までに比べるとなんだか随分しおらしかったよ。君が嫌ならもう少し交渉してみるけど」
 早朝のリアムの言葉が頭をよぎった。マシューは意を決してイズミと目を合わせる。
「いえ……。一度、母と話してきてもいいですか?」
 イズミ先生は頷いた
「君がそう言うならそうしよう。応接室にいるよ、今はレナード先生が対応してくれてる」
 わかりました、と頷く。マシューは、そのまま教室を出て、応接室まで行くことにした。
 
 *

「失礼します」
 カタン、と音を立ててマシューが扉を開ければ、イズミ先生の言葉通りレナード先生と目が合った。
「おお、マシュー」
 レナード先生が椅子を勧めてくれたのをありがたく受け取って座る。その間、母は一言も発さなかった。
「マシュー、貴方は……」
 母は何かを言おうとしては口を閉ざす。マシューは静かにそれを待った。
「いえ、……お父さんがね、あの、姫様と会った日からおかしいの。マシューにはマシューの人生がある、って……。だけど私、やっぱりあなたには絵を描いて欲しいの、あなたの絵が好きだったから。それは、……お父さんも、きっとそうだった」
 でも、と、再び口を閉ざす。しばらくして、再び口を開いた。
「あなたは、そうじゃないって言うから……」
 困ったように視線をうろつかせて、母は問う。
「あなたは、もう絵は描きたくない?」
「そんなことないよ」
「じゃあどうして、」
 沈黙。静かに息を吸って、マシューは答えた。
「もっと好きなことがあるからだよ」
「……」
 何度も話したのに、まだ分かってくれないのだろうか。どうすれば分かってくれるのだろうか。マシューが悲しい顔をしているのを見て、母親は首を横に振った。
「違う、そうじゃないのよ、そうじゃない」
 落ち着かせるように母はしばらく深呼吸をして、マシューに目を合わせた。
「私、あなたには才能があると思ってるの。いつでも絵に戻ってきて欲しい。――――これは、私にとっては変わらない。私たちの家柄なら、騎士になるより楽に幸せになれると思ってる。これも、本当」
 けれど。目を合わせたまま、彼女は言う。
「あなたがやりたいこと、何も知らないまま否定するのは違うって、……言われて」
 そうして彼女は気まずそうに目を逸らした。
「だから、知ろうと思ったの」
 最大限、歩み寄ろうとしてくれているのだろう。マシューは思った。信じられないくらいの進歩だった。先生方は、後ろで静かに見守っている。
「……分かった」
 母は顔を上げた。マシューは立ち上がる。
「先生方の迷惑にならないなら……僕も、そのほうが嬉しい」
 どうですか、と先生方を振り返れば、うんうんと頷かれた。
「子供が迷惑なんて考えなくていい。……ここの先生方は、みんなそう言って歓迎してくれるはずだ」
 ヴェルタ先生も頷いている。マシューもなんだか安心して、照れたように笑った。
 
 そうしているうちに、授業開始のチャイムが鳴る。今彼でも準備をしてきなさいとマシューを教室に返した後、ヴェルタ先生は茫然とそれを見守る彼女に声を掛けた。
「彼の……確実な幸せを願ってのことだったんですね」
「……」
「親って、そういう生き物ですよね。親の心子知らず、なんて言葉がありますが……子の心親知らず、でもあります。ちゃんと知ろうとしてくれるなら、私たちも歓迎しますよ」
 大変だったでしょう、認めるまで。
 素直な労いだった。悪意がないのはなんとなく分かったので反発はしなかったが、なんだかむずがゆくて、自身の親のことを――――彼女が子供だった頃を、思い出した。
 
 *
「――――というわけで、今日はウィンドグライダーちゃんたちのお手入れがしっかり出来てるかをチェックするよー!」
 ティア先生が高々と宣言する。曰く、彼らも生き物なので、ちゃんと必要な世話を出来ているかは上手く飛ぶのに大切な要素らしい。
 とはいえ、マシューの母親に配慮した授業内容であることも間違いないのだろう。
「お前のかーちゃん、今度はどういう風の吹き回しなの」
 見学に来ている母を視線だけで指しながらリアムが言う。マシューは、さあ、と答えながら首を傾げた。彼女の急な心境の変化に戸惑っているのは、マシューも同じだった。
 サーヤは心配そうにマシューを見た。シーアも同じように様子を伺う。マシューは二人を安心させるように微笑んだ。大丈夫だと頷く。シーアはそれで視線を元に戻したが、サーヤは心配そうなままだった。
「まあ。でも。話を聞いてくれる気にはなったみたいだよ」
 よく分かんないけど。それを聞いたリアムはふうん、と頷いて視線を戻した。こんな会話の間もティア先生は次々に生徒たちの間を回りウィンドグライダーの様子をチェックしてはアドバイスをしている。彼女のアドバイスは的確だった。
 シーアはちょっと無茶をさせすぎ。サーヤは偏ったご飯を食べさせすぎ。ジゼルはもっと甘やしてあげなさいと言われて首を傾げていた。
「ハイ次、リアム!」
 呼ばれたリアムが少し姿勢を正す。ふむふむとティア先生は上から下までノーヴァを見た。
「思ったより良い感じじゃん? 入学して飛び始めた当初はもうほんとにどうなることかと思ってたけど……」
 最近は結構仲良くしてるもんね。はあ、そうですかね、と愛想のない返事をしたリアムの頭にはノーヴァの頭が乗っている。照れちゃって、とからかわれて居心地が悪かった。
「しいていうなら栄養バランスとか考えてあげなさいね。まだ全然詳しくないだろうから、また今度授業で教えてあげるよ」
 リアムはありがとうございます、と一礼をした。うんうんと頷いたティア先生は、ナユタの方にも歩いていく。
「ナユタは……、あらあなたも、思ったよりいい感じね。彼との付き合いには慣れた?」
「はい、それなりには」
 うんうんと頷く。大切にしてるのがよく分かるわ、と彼女が言えば、ナユタはどこか嬉しそうに顔をほころばせた。
「今は言うことないかな。いっぱい大切にしてあげてね」
「はい」
 そして、とマシューの方へと歩いてくる。自信はあったが、心配でもあった。ティア先生はそれを感じ取ったのか、安心させるように微笑んだ。
「貴方は心配いらないと思ってたけど、本当に問題なさそうね? むしろ何か困ってることはない?」
「……最近は……。彼らのためのご飯の争奪戦が激しくて、なかなかバランスを取るのが難しいですね。それくらいかな」
「分かる~!! もっと市場広げてくれたっていいのにねえ。うんうん、まあいつか慣れるわ。よくなついているみたいだし、問題なし!」
 よしよし。と言いながら他の生徒たちにも確認を取っていく。終わった生徒たちは好きなように(とはいえウィンドグライダーの話題が多いが)話していて、ふう、とため息をつく。
 いつの間にか近くにいたサーヤがそれに反応した。
「マシューくん、あの……」
「ああ、サーヤさん。……リアムから聞いたよ、心配してくれてたんだってね」
「うん。リアムくんも心配してたよ」
 頷く。あれは素直じゃないだけだと、長い付き合いでようやくわかってきたことだった。
「あのね、お母さんのことなんだけど。……もしかしたら、ちゃんと追い詰められてるのかもしれないなと、思って」
 サーヤはそう前置いて、以前の彼女の様子について話した。
 ――――あなたも、私が悪いって言うの?
 そんなことを、言っていただろうか。少なくともマシューの記憶にはないが、彼女が言うならそうなんだろう。彼女がこんなところで嘘をつくような性格でないのはちゃんと知っていた。
 そうしているうちに授業が終わる鐘が鳴る。ティア先生は慌てて生徒たちに休憩を取るように伝えた。
 次の時間はこのまま飛行訓練だ。とりあえず一息つこう、と、水を取りに行くことにした。
 
 *
 
 子供の頃、父は、あんまり家に帰ってくるような人ではなかったと記憶している。
 重要な行事の日だけ帰ってきて、気づいたらどこかに旅立っている。聞くたびにお仕事よ、と教えてくれる母は、いつも何かに追われていた。
 それでも、母はよくマシューに画材を与え、一緒に絵を描く時間をひときわ大切にしてくれていた。
 マシューが描いた絵を褒めてくれる時の、母の嬉しそうな顔を、よく覚えている。
「貴方には才能がある。いつか立派な画家になるのね」
 きっと私たちも追い越すような、素敵な画家に。今思えば、あれは彼女なりの祈りだったのだろう。
 
 ある日。本当になんでもない日に父が突然帰ってきて、マシューをウィンドグライダーに乗せ、少しの間、空の散歩をした。それまでは、王都ほどではないにしろ、そこそこ大きな家の立ち並ぶ住宅街に住んでいたので、飛ぶ必要がなかった。
 その分、衝撃は大きかった。
 父にあれやこれやと質問した。この風はどこから来るの。あの飛んでる花はなんで飛んでるの。この乗り物は生きてるの。生きてるってことはご飯を食べるの。好きなご飯は何?
 ちょこっと景色の話をした。その方が喜ばれると知っていたからだった。でも好奇心に負けて、気付けばウィンドグライダーの話ばかりを聞いていた。
 帰り際、父はこう言った。
「その気持ちを忘れないうちに絵を描きなさい。おまえには絵の才能がある。ほかにやりたいことができるならその時は、母さんには隠すようにしなさい」
 どうして、と問うても答えは返ってこなかった。静かに頭を撫でて、飛び去って行く父を、姿が見えなくなるまで見守った。
 その背中が少しかっこよく見えたのと同時に、父が自分たちを置いてどこまでも飛べてしまうことが、なんだか寂しかった。
 
 その日の授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。ヴェルタ先生は、ちょっと時間が足りなかったですね、なんて言いながら授業を終えた。いつも通りだ。
 授業が終わるや否やリアムはしれっと教室を抜け出した。お手洗いだろう、と判断して、近くにいたシーアとサーヤに声を掛ける。
「シーアさん、サーヤさん。リアムとジゼルに先に帰ってって伝えといてくれる?」
「え、それ俺に直接言えば良くないすか」
 ジゼルがひょいと姿を現す。面倒だったのでマシューは笑顔のままその場から抜け出した。シーアとサーヤは目線を合わせてからシーアが口を開き、ジゼルにこう言った。
「先に帰ってって、マシューが言ってるわよ」
「はー!? 無視すか、ちょっと!」
 不満たらたらなジゼルの声が後ろからついてくるのを無視して母親のほうに歩いていく。母親は心配そうにマシューを見た。
「良かったの?」
「うん、いつもこんなだし、彼も分かってるよ」
「そう、そうなの……」
 母は何を言ったものか迷っているようだった。マシューも何を言えばいいかわからなくて、ひとまず、と切り出す。
「疲れてない? まだ体力が残ってるなら、見てほしいものがあるんだ」
 母は少し悩んでから、ついてくることに決めたようだった。頷く。
 マシューも頷いて、教室の外に出た。アルヴィのことを知って欲しかった。
 
 *
「アルヴィ」
 呼びかければ、バサバサと音を立てて彼はマシューの近くに降り立った。
「近くで見ると思ったより大きいわね……」
 母は少し瞠目して、それからまじまじと見た。確かに、彼女はウィンドグライダーを毛嫌いしていたので、近くで見ることは少なかったかもしれない。
 ――――彼女にとっては。
 ウィンドグライダーは父を奪っていく邪魔者だったのかもしれない。いつかの自分と同じようなことを、母も思っていたのかも。
 ぼんやりとそんなことを考えた。
 そうであるなら、彼女にとっては、僕も、同じなのだろう。
「……紹介するよ。彼はアルヴィ、僕のウィンドグライダー。―――パートナーだ」
 母は戸惑ったようにしてから、会釈をした。アルヴィもそれを真似る。彼は彼なりに、マシューたちの関係性を心配してくれていたので、気を使ってくれているのがマシューには良く分かった。
「彼は、林檎よりは、蜜柑とか、柚子とか、柑橘系のおやつをとても好むよ」
 アルヴィを撫でながら、ポツリ、ポツリ、言葉をこぼす。撫でられるのは首周りが好きなこと。こちらを心配する時はじっと様子を伺ってくること。感情表現が少し分かりにくくてたまにちょっと困ること。彼らも生き物で、僕らも生き物だ。でも、ちゃんと違う個体だから、知ろうと思わなければ分からないことがあることを。
「……――――」
 母は黙っていた。相槌を打ちながら、なんだか目の前のマシューが知らない人のように楽しそうなのを見て、彼とアルヴィが確かにお互いを信頼しているのを見て、悔しくなっていた。
 ああ、わたしのマシュー。あなたは一人で勝手にどこかに行ってしまうのね……。
 悔しくて目を伏せる。それでも、前を向かなければならないことは分かっていた。
「――――分かったわ」
 マシューと目を合わす。マシューは少し緊張した面持ちになった。それがなんだか嫌で、でも、自業自得であるのも事実だった。
「私、あなたのこと何も知らなかった。彼……アルヴィと遊ぶのが好きなのは知ってたけど、あなたたちがこんなに仲良くなってるなんて」
 そして、息をつく。
「ウィンドグライダーが好きだなんて、ありえないと思っていたの。お父さんはそれを口実にあなたを置いていくから」
 でも、と顔を上げる。
「それは私の尺度だった」
 悔しいけれど、事実だった。
「ごめんなさい、マシュー。私、もうあなたの夢に口は出さないわ。一人で好きなところに飛び立てばいい。それがきっと、私に求められることなのね」
 マシューはしばらく黙って何事か考えてから、口を開いた。
「……、僕、母さんのことも、父さんのことも守れるようになりたいんだ」
 突拍子も無い言葉だった。マシューは続ける。
「空賊の取り締まりは強化され続けているし、それ以外の脅威は、少なくとも王都セレスティアには無い。それでも、人が織り成す歴史の中で、争いは沢山あったから」
 目を伏せる。王都セレスティアは大きな都市だ。――――それは、今まで、争いに勝ってきたからでもある。
「父さんと母さんが自由に絵を描く場所を守りたいんだ。父さんと母さんの絵が好きだから。もちろん自分の絵も好きだけど……」
 しばらく言葉を探す。やがてマシューは口を開いた。
「自由に絵が描けない世界になって欲しくない。少なくとも、僕が生きている限りは。いつだって他人のことは分からないし、情勢だってどう変わっていくか分からない」
 だから、と言葉を続けた。
「僕は騎士になりたい。――――でも、母さんを一人にするつもりでもない。そのつもりだよ」
 母はしばらく言葉を失っているようだった。しばらく視線をうろつかせて、少し困ったように微笑んだ。
「……子供の成長は早いっていうものね」
 それだけ言って、母はあっさり帰って行った。
 マシューが安心して教室に戻る。誰もいないかと思ったが、ヴェルタ先生がマシューを待っていた。いつもよりどこか険しい顔つきのヴェルタ先生は、落ち着いて聞いてくださいね、と前置いてからこう言った。
「―――シーアさんとサーヤさんが襲われたらしくて」
 頭が真っ白になる。襲われた? 誰が? ――――二人が?
「もちろん、事態はイズミ先生が把握していたみたいで、無事ではあるんですが……」
 念のためね、と話すヴェルタ先生は、マシューの帰り支度を促した。慌てて支度をして教室を出る。怪我はしていないだろうか。尋常じゃない事態がなんだかとても心配で、心臓がばくばくとしていた。
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文章/詩歌,ふたつの翼、ひとつの空

#ふたつの翼、ひとつの空
8話 6194文字

 朝。ナユタはなんだか落ち着かなくて、早くに登校してはベランダでぼんやりと風に当たっていた。
 先生たちの話を思い出す。隠し通すのは、難しいかもしれない。――ということは、つまり、彼には聞かれて、いただろうか。
 風の鍵。隠された遺跡。雲の下の世界。この雲上では誰も知らない知識を、ナユタ一人が持っている。
 だから先生方も丁重に扱う。分かっている。
 孤独だ、と思った。
 ここで感じているのも、地上で感じていたのも、似たような類のなにかだ。それに名前をつけるのなら孤独だ。ボクは、普通じゃないから。
 言い聞かせるように思い出す。思い出してから、この行為にももう何ら意味がないことに気づいた。
 ここは地上じゃない。
「おはようございます、ナユタさん」
 後ろから声がかかる。ヴェルタ先生だ。
 彼女が来ることは、風が教えてくれていたから、特に驚かない。振り返る。彼女には特にお世話になっていた。
「度々すみません。貴方も疲れているでしょう」
 そんなことは無い。そう否定すれば、ヴェルタ先生は困ったように笑った。
「でも、疲れてるって顔してますよ。もしかしたら、これくらいは慣れてしまっているかもしれませんが」
 そう、だろうか。顔に手を添えてみても、自分の表情はよく分からなかった。
「先生方はあなたの味方です。まだ、信頼は出来ないかもしれませんが……それでも、私たちにとっては、――私にとっては、あなたも一人の子供なので」
 ナユタは不思議に思った。自分が子供であることが、彼らにとって何になるのだろう。
 それをそのまま伝えれば、先生はまた笑ってこう言った。
「大人は子供を守るものですよ、それが誰であっても」
 彼女の周りは、どこまでも穏やかな風が吹いていた。
 
 *

「なー、聞いてくれよ!」
 シーアとサーヤ、リアムとマシューが登校する時間を狙い、わざわざ寮の前で全員を待ち伏せしていたジゼルが、わくわくとした様子でそう言った。
「なによ、わざわざ待ち伏せたりして」
「いや、オマエらもこういう話、聞きてえかなと思ったんだよなー! 聞きてえだろ、地上に関連する話」
 つってもまだ詳しくは分かんねえんだけどさ。わはは。ジゼルがそう言うのに合わせて、シーアとサーヤは目を合わせた。
「詳しく分かんねえならそんな勿体ぶる必要もねえだろ」
「おっ、知りたいすか?」
「バカバカしいとは思うな」
「返答になってねえすよそれは!」
 リアムが呆れたように肩を竦めた。ジゼルは少しの間拗ねたような態度を取ってから、誰も取り成してくれる相手がいないので咳払いをする。
「聞いて驚け! あの変な時期に来た転入生、実は地上の民だったっぽいんすよね~!」
 シーアとサーヤは再び目を合わせた。やばい? やばい。名前をつけるなら双子テレパシー。そうして、目線だけで会話しているのを見たジゼルはあれ? と首を傾げる。
「もしかして知ってたっすか?」
「いや……」
「むしろなんでアンタも知ってるのよ」
 じと、とシーアがジゼルを睨む。
「それに、変な時期に来た転入生に関してはアンタも人のこと言えないでしょ」
「だはは! それもそうすね」
 リアムとマシューは置いてけぼりだった。マシューが、えっと、と言葉を挟む。
「それで、なんで急にそんな話になってるの?」
 ジゼルは昨日のことを、時に脚色しながら事細かに話した。思ったよりなにも分かってないな、とシーアとサーヤは思ったが、言葉には出さないことにした。
「へえ、先生方すら巻き込んだドッキリは考えにくいし……、君が嘘をついてないなら、本当なんだろうね」
「嘘じゃねえっすよ!」
 ふうん。マシューはそれだけ言って何事かを考え始めてしまった。
「でも、ナユタさん、あんまり言いふらしてほしそうな感じではなかったから……」
 サーヤがそう言うと、それにジゼルが食いつく。
「そういや、なんでアンタらは知ってんすか」
「本人に聞いたの。ちょっと、そういうタイミングがあって……」
「ふうん、なに、逢い引き的な?」
「違う!」
 慌ててサーヤが否定したのと同時、話半分に聞いていたマシューがひどく咳き込んだ。慌てて背中をさすろうとすれば、ごめん、大丈夫、とマシューはそれを手を上げて制した。
「……はあ、ジゼル、冗談でもそういうこと言うのは良くないよ」
 ははん、さてはこいつ、サーヤに気があるんだな。ジゼルはそれで全てを察してニヤリと表情を変えた。
「なんすか、だって別に、マシューには関係がないでしょ」
「セクハラするおじさんみてーなこと言いやがって」
 マシューに同情的なリアムがそう言ったのすらわはは! と笑い飛ばして、ジゼルはシーアとサーヤに向き直った。
「それで、やっぱ気になりません? あの人、多分もっと沢山隠してますよ」
 シーアとサーヤは目を合わせた。二人ともどうするかを悩んで、ギリギリで好奇心が勝ったようだった。
「休み時間にでも聞きに行きましょうよ」
 こうして、ジゼルにほとんど押される形で、その日の昼休みの予定が決まった。
 
 *
 
 いくら変わった出来事があったとしても授業はいつも通りだ。
 ティア先生は手をパチリと鳴らして生徒の注目を集めた。
「今日からはレナード先生と一緒に授業していきますよ~! 飛行の訓練と合わせて戦術の授業もやりますからね!」
 隣でレナード先生が頷く。
「君たちはまだまだ飛行に不慣れだろうから、先輩方とも一緒に授業をすることになる。私たちも注意は払うが、もし誰かが落ちることがあったら各自助け合うように!」
 はい! 生徒たちは一斉に返事をした。先輩方の中にはフェリシアもいて、シーアとサーヤと目が合うとにこりと微笑んだ。
 それでは班に分けて訓練をします、とティア先生は言って、今日の班分けを発表した。シーアとリアム、ジゼル、フェリシアが同じ班、サーヤとマシュー、ナユタ、あとはもう一人知らない先輩が同じ班だった。
「ごきげんよう、シーアさん。お久しぶりです」
「はい! お久しぶりです、フェリシア先輩」
 今回は切迫した状況じゃなくて嬉しいわ、と微笑んだフェリシア先輩は、リアムとジゼルにも向き直った。
「あなた方とは……初めまして、ですよね? わたくしはフェリシア。よろしくお願いします」
「俺はリアム。よろしくお願いします」
「……」
 パッと返事を返したリアムの後ろで、ジゼルがまじまじとフェリシアを見ていた。少し首を傾げてみせれば、ジゼルは、あ! と何かを思い出したように声をあげる。
「どっかで見たことあると思ったら、オヒメサマじゃん」
 ぴしり。フェリシアが固まる。リアムは眉をひそめた。
「おい、ジゼル」
「オヒメサマがこんなとこで訓練して大丈夫なの? おれらなんか気使った方が良い?」
 窘めようとするリアムの言葉を遮って、あけすけな物言いをするジゼルのその態度に、流石のフェリシアの方もムッとして言い返した。
「お気遣いは結構ですよ。この立場だからこそ、皆さんと同じ環境で訓練がしたいのです。この国を、より良くするために」
「は~ん」
 ジゼルは話半分、といった態度だった。完全になめている。
「……はあ、まあいいでしょう。よろしくお願いしますね、ジゼル」
 ため息をついて、フェリシアは手を差し出し握手を求めた。ジゼルはその手を取らなかった。
「なんか上からじゃん? 気に入らないすね~、守られてばかりのオヒメサマはなにかを成し遂げたんすか」
「ちょっと!」
 再びフェリシアが固まった。シーアが仲裁に入ろうとはしたが、それよりも先にジゼルは何も言い返せないフェリシアを鼻で笑った。
「ま、おれらにも立場がありますもんね~。よろしくお願いしますよ、オヒメサマ」
 フェリシアはどうにもできずに、ジゼルはそのまま彼女に背を向けた。
「……集中できなくない?」
 シーアがぼやく。リアムも流石に素直にうなずかざるを得なかった。――ただでさえ空中戦の訓練、飛ばねばならないというのに。
 ジゼルが勝手に刺々しい態度を取っているので、フェリシアも困っているようだった。普段の彼からは想像もできない態度だった。
「次の班~! 準備して!」
 ティア先生が声を掛ける。シーアたちの番だ。はい、と返事して四人は準備を始める。
「リアム、大丈夫よ」
「うるせーな、分かってるよ」
 緊張で少しカチコチなリアムにシーアが声を掛ける。それをリアムは跳ねのけた。
「はい、行きますよー!」
 ティア先生が笛を吹く。――訓練の始まりだ。
 
 *
 
 飛び立ってしばらく、シーアとリアムが前衛、フェリシアが後衛、ジゼルが好き勝手飛び回って翻弄、という形で落ち着いた。戦術としてはまだまだぎこちないシーアとリアムを、フェリシアがサポートする。ジゼルに指示は飛ばなかったが、ジゼルの意図を汲んで二人に指示をしているのか邪魔なく飛びやすくて、それがなんだか悔しかった。
 リアムも意外と上手くやっているようだった。フェリシアは彼に無理をさせないことを選んだらしい。正解だ、と思う。たまに体が浮くと焦ったように声を出すので、ノーヴァはなるべく彼を怯えさせないようにしているようだった。
 それにしても。なんとかフェリシアに一泡吹かせてやりたい。このまま何もなく終わってしまうのは嫌だ。
 ジゼルはもはや意地になっていた。どこまで突飛な飛び方をしても対応してくるフェリシアに悔しさを募らせて、くそ、と誰にも聞こえぬように、吐き捨てるように言葉を吐く。
「――シーアさん、後ろ!」
 ふと、フェリシアが焦ったように叫ぶ。
 シーアの方を見る。いつのまにかそこにいた生徒は、容赦なくシーアを吹き飛ばした。
「シーア!」
 リアムが慌ててシーアを追う。受ける体勢も整っていなかったシーアはあらぬ方向に飛んでいく。彼女のウィンドグライダーもぐんと速度を上げて受け取りに行く――が、あれでは間に合わない。先生方も飛び出した、が――……。
 今、確実に間に合うのは、ジゼルしかいない。
「ジゼルさん!」
 フェリシアの声がする。それよりも先に飛び出していたジゼルは、あっさりとシーアを受け止めて、陸地に戻ってきた。
「――……アンタの指示に従ったわけではないっすからね」
 ジゼルは戻ってくるなりこれだった。シーアが咎めようと口を開いたのを、フェリシアが制した。
「分かっています。でも、今は彼女が無事だったことが大事です。ありがとう、ジゼルさん」
「……」
 ジゼルは拗ねたような顔をして返事をしなかった。リアムが戻ってくる。
「お前、すげーな」
「そりゃ、実戦経験が違うんで」
 そうかよ。リアムはなんだか悔しそうだった。
「ありがとう、ジゼル。認めたくないけど、助かったわ」
 シーアが礼を言う。ジゼルはなんだか居心地が悪かったが、それをごまかすようにふざけることを選んだ。
「あんた、素直に礼とか言えるんすね。おれの舎弟にしてやってもいいすよ!」
「なんですって!? 誰が!」
 フェリシアはそんな様子をぼうっと見ていた。ジゼルの言葉を反芻する。
 ――守られてばかりのオヒメサマはなにかを成し遂げたんすか。
 何も言い返せない。まだなにも成し遂げていないから。それが悔しくて、ぎゅっと手を握り締めた。
 
 *
 
 気づけば昼休みになっていた。サーヤはなんだか気が重くてため息をついた。
「ナユタさん! ちょっといいすか」
 とっくにいつも通りのジゼルがナユタに話しかけている。やっぱり今からでも止めたほうがいいだろうか。立ち上がろうとしたところでナユタが言う。
「ああ……。いいよ。場所を移そうか、気になるなら、君たちも来ると良い」
 ナユタはシーアたちを見ていた。バレている。これも風向きというやつなのかもしれない。どうするか悩んだようにみんなで顔を見合わせて、結局全員外に出ることにした。
「どこまで聞いていたのかな、君は」
「意外とあっさり認めるんすね」
「言わなかったら勝手に調べるだろう」
 ジゼルは照れたように頭を掻いて、それほどでも、と言った。褒めてねえだろとリアムが突っ込む。
「ごめん、ぼく……」
 サーヤが言いかけたのを、ナユタが止める。
「君のせいじゃないさ、ボクの不注意だ。ごめんね」
 そう言われては、サーヤは何も言えなかった。それで、とマシューが間に入る。
「地上から来たって、本当?」
「――ああ、本当さ」
 ナユタは本当にあっさりと頷いた。ジゼルが得意げに胸を張る。
「やっぱ地上って存在するんすねえ」
「じゃあ、何で雲上まで来たんだ? 地上の話は、こっちではほとんど言い伝えられてないけど、行き帰りができるなんてもっと聞いたことがない」
 リアムがそう問う。ナユタは困ったように頬を掻いた。
「それは、……」
 沈黙。しばらく言葉を探して、ナユタはこう言った。
「君たちは、勝ったからじゃないかな」
「勝った……?」
 シーアのつぶやきに反応して、ナユタは語り始める。要約すると、こうだ。
 かつて。大きな争いがあった。争いの種は――地上の食糧難。地上から争いを仕掛けたが、地上と雲上では技術の差も大きく、また土地の高さが功を奏したか、雲上の人々は抵抗として地上を焼いた。
 そのため、地上の……ナユタの先祖たちは、互いを行き来するための道を封鎖した。そうして時は過ぎ去り、――気づけばその歴史は忘れ去られ……今に至る。
「地上では雲上には近づかないほうがいいってことになってるんだ。恐ろしい目にあうから、って。過度に高い建物を作るのも禁止されているね。僕がこういう歴史に詳しいのは、たまたま僕が鍵を守る種族だったからだ」
「鍵を守る種族?」
「雲上と地上の鍵を、ね」
 聞いたこともない話だった。唖然としているシーアたちを置いて、ナユタは続ける。
「地上の技術も発達している。雲上を焼くための計画がひそかに進められていて、ボクはそれが嫌だったから、記録をすべて燃やして逃げてきたんだ。――復讐のための争いなんて無意味だ」
 だから、と一呼吸おいてナユタは言う。
「地上に行く、なんて、馬鹿なことを考えるのはやめたほうがいいよ」
 ナユタはそう言って、それじゃあ、と去って行った。
「なんか……とんでもない話だったな」
「聞いてよかったのかな」
「少なくとも、好奇心は満たされたっすね」
「そりゃ良かった」
 シーアとサーヤは目を合わせた。お互いが懐に入れていた鍵のレプリカを取り出す。
「――地上、ねえ」
 言葉は見つからなかった。少なくとも今、彼の言葉が確かなことだけはなんとなく感じていて、不穏な空気を払拭するように首を横に振った。
 
 *
「お兄さん。何してるの」
 その陰で。イズミは不審な動きをする男性に声を掛けた。
「うわっ、びっくりした。いやちょっと、見てくださいよ!」
 イズミがその人の視線の先、手元を辿る。――虫?
「俺、コイツの研究者だったんすけど……久々に飛んでるのを見てしまって。ここって、騎士学校の敷地内でしたっけ、すみません!」
「ああ、なるほど? じゃあ今回は見逃すけど、次はちゃんと申請してね」
 ありがとうございます! 元気に返事をした男性は、そのまま悠々と歩きだした。
「そうだ先生、知ってますか?」
 ――こいつ、地上にもいるらしいですよ。高値で売れるんですって。
 は、としてイズミが振り返ってももうそいつはいなくて、逃がしたか、と一人舌打ちをする。彼がしゃがんでいた場所に行けばシーアたちの声が聞こえた。どうやら手を打つのが遅かったようだ。
「こら、君たち~! もうそろそろ昼休み終わるよ~」
 イズミが声を掛ければ慌てたように返事が返ってくる。どうしようもなく嫌な予感を抱えながら、午後の授業の準備に取り掛かるのだった。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
7話 6357文字

 その日の夜、なんだか寝付けなくてサーヤはそっと部屋を抜け出した。シーアは一度寝たらそう簡単には起きない。食堂で少し水を飲んで、また寝よう。
 食堂まで向かえば、珍しく先客がいるようで、明かりがついていた。そういえば、今日は寮母さんの代わりにヴェルタ先生が入っていた。なんでも、睡眠がおろそかになりがちだからと無理矢理入れられることがあるらしい。お恥ずかしい、困ったものです、とヴェルタ先生は笑っていた。
 ヴェルタ先生が眠れずにいるのかもしれない。こんこん、軽くノックをして、食堂に入る。
 そこに居たのは、予想通り、ヴェルタ先生と、ナユタだった。きょとん、とした顔で二人はこちらを見る。
「サーヤさん。どうしましたか、こんな時間に」
「こちらのセリフですが……」
 机の上には紙が散らばっていた。その横に、制服らしき衣服がちょこん。机に追いやられるように置かれていた。
「ああ……、制服が届いたのと、勉学が遅れているから教えてくれとナユタさんから希望がありましてね。あら? いけない、もうこんな時間ですか」
 ヴェルタ先生は時計を見て、慌てて紙を整理しだした。
「ナユタさん、続きはまた学校で。大丈夫、あなたは賢いから、すぐに慣れるわ」
「はい、ありがとうございます」
 ナユタもそれを整理するのを手伝い始めたので、流れでサーヤもお手伝いをすることにした。
「あ、これ」
 ぱっと手に取ったそこに書かれていたのは古代文字だった。たどたどしく書かれた古代文字がいくつか。文章を紡ぐのにも慣れたように紡がれている古代文字がいくつか。サーヤには読めないが、二人には読めるのだろうか。
「ああ、授業でも少しお話しましたが……。興味深く聞いてくれるので、楽しくなってしまって。悪い癖です」
 お恥ずかしい、と笑いながら、彼女は頬をかいた。
「これ、なんて書いてあるんですか?」
 ヴェルタ先生にそう聞けば、彼女は少し固まる。隣からナユタが声を掛けた。
「風の誓約の日に使う祈りの言葉なんだって先程先生がおっしゃっていたよ。風の誓約の日って、君も経験があるの?」
 なるほど。頷いてから、サーヤは答えた。
「あるよ。もう、大変だったんだから……」
 そう言ってから、気づく。騎士学校に入ったとはいえ、彼は風の誓約の日を経験していない。
「先生、ナユタさんのウィンドグライダーって、どういう扱いになるんですか?」
「ああ、ええと、風の誓約の日に風翼の誓いを結べなかった生徒と同じ扱いになりますね。簡単に言うと、補習みたいな感じで。またフェリシアさんにお願いしないといけませんね」
 そのままの話の流れで、そういえばサーヤさんはどうして食堂に? と、ヴェルタ先生は改めてサーヤに聞いた。眠れなかったのでなにか飲もうと思って、と答えれば、なるほど、と納得したようだった。
 散らばっていた紙たちを整理して、よいしょ、と抱える。
「じゃあ、お二人も早く眠られてくださいね。私も早く眠らないと怒られちゃうわ」
 にこ、と微笑んで、ヴェルタ先生は部屋を出ていった。
「……きみも、眠れそう?」
 サーヤはなんとなくナユタに声をかけた。
「うーん、慣れない土地では眠りづらいね」
 困ったような返答が返ってきた。サーヤは、彼の分の水も汲んで渡した。ありがとう、と返答が返ってきた。
 それからしばらく静かな時間が続いた。サーヤにとっては、聞きたいことは沢山あったが、聞いていいのか分からなくて思案している時間だった。
「何も聞かないの?」
 座ったままのナユタが言った。
「聞いていいの?」
 サーヤが言った言葉に、失言だったと気付いたのか、ナユタは困った顔をした。
「聞いて欲しくないなら聞かないよ」
 ナユタはさらに困ったといったふうに頭をかいて、思考を巡らせ始めた。沈黙。
「……、人と関わるのは難しいね」
 沈黙の末、ナユタはそう言った。
「ボクは今まで、本当に、人と関わってこなかったから。人と話す、ということそのものに戸惑っているんだ」
 多分ね、と付け加えてナユタが話す。
「それは、聞いてもいいやつ?」
「うーん、多分、聞いて欲しいやつ」
 サーヤが聞けば、そう答えが返ってくる。ならいいか、とサーヤは椅子を引いて座った。
「……、サーヤさん、ボクは、雲の下から来たんだよ」
 少し視線を彷徨わせてから、意を決したように、ナユタはそう言った。サーヤは、少し目を見開いて、続きを促した。
「ボクも……、こんなふうになるとは思っていなかったけれどね。この風向きが悪いようには感じないんだ」
 少し寂しくはあるけれどね。しばしの沈黙。サーヤはちょっとの間悩んでから、結局、聞きたいことを聞くことにした。
「雲の下には、どんな世界が広がってるの?」
 ナユタは思い出すように目を細めた。
「うーん、でも、想像通りかな。陽の光の当たらない、真っ暗な土地さ。その分、人工の灯りがよく映えて綺麗なんだよ」
「……じゃあ、どうして雲の上まで?」
 ナユタは再び困った顔をした。そうして、なにか言葉を探すように悩んでから、こう言った。
「地上は、ボクには合わなかったんだよ」

 そうして、サーヤに目を合わせて、さらに言葉を重ねる。
「あそこには、きっとここの誰もが行かない方がいい」
 サーヤは何も言えなくなった。そんなサーヤにふと微笑んで、ナユタは立ち上がる。
「もう遅いから眠ろう。きっとまた話す時が来るさ」
 おやすみ、と出て行ったナユタをなんとなく引き止められなくて、サーヤも仕方なく部屋に戻ることにした。

   *

 次の日。寝ぼけ眼を擦ってサーヤは目を覚ました。シーアはまだ寝ている。いつも通りの時間だ。
 ナユタの言葉を思い出す。わくわくでどきどきの大冒険を想像していたが、彼の言葉は重かった。きっとそれだけではないのだろう。
 あの雲の下に、行けるとしたら。
 父や祖父母へのお土産話には大きすぎる大冒険が、待っているのかもしれない。
 それだけではないとしても、好奇心が駆り立てられて抑えられなかった。
 シーアであれば。
 シーアであれば、どうしただろうか。
 なんとなく誰かに話すのは憚られる気がして、サーヤはぼうっと彼の言葉を思い返すことしか出来なかった。
 そんなタイミングで、目覚まし時計が鳴る。シーアが起きる時間だ。
「んん……、うるさあい」
 バチン。目覚まし時計を勢いよく止めて、いつも通りシーアは二度寝をしようとした。
「シーア、起きて」
「んえ~ん……」
 布団を剥がせば、渋々とシーアは目を覚ます。目を覚まして、ぱちぱちと瞬きをして、サーヤと目を合わせた。
「あんま眠れなかった?」
「えっ」
 なんで。なんとなく。ふああ、と大きく欠伸をして、そのままシーアは顔を洗いに行った。
 いつも通りシーアの髪を結う準備をしながら、サーヤはぼんやりと考える。
 シーアになら、話しても良いかもしれない。ナユタへの言い訳を心の中で述べながら、顔を洗って戻ってきたシーアに声を掛けた。
「シーア、あのね……」

   *

「それってとんでもないことじゃないの!?」
 朝の寮にシーアの声はよく響いた。
「シ、シーア、声がでかい!」
「あら、ごめんなさい」
 慌ててシーアは声を小さくしたが、それでも興奮は抑えられないようだった。
「でも、だって、それって確かに雲の下の世界があるってことでしょ」
「うん……」
「鍵の伝説も本当なのかしら」
「どうだろう、そこまでは聞けなかったな」
 ふうん、とシーアは少し考え込んだ。そうして、サーヤに向き直って、
「これは私たちだけの秘密にしましょ。間違ってもアイツらには教えてやんないんだから!」
「うーん、そうだね。そもそもあんまり勝手に話すようなことじゃないし……」
「そうそう。それに、アイツら最近隠し事が多いのよ、全く……」
 同じようなこと隠してたりしてないかしらね。そう言うシーアはもう冒険のことで頭がいっぱいらしかった。
「でも、地上には行かない方がいいって言ってたよ」
「そうねえ、それについては、機を伺って問いただしましょ。気になるもの」
「問いただす……かはさておき、気になるのには同意だな」
 シーアとサーヤは目を合わせて頷いた。それから、シーアは何かを思い出したように慌てて自分の荷物を漁り始めた。
「そうだ、これ、サーヤにあげるわ!」
 そう言って取り出したのは、入寮の時に売店で見かけた風の鍵のレプリカだった。
「最近の頑張りのおかげで、無事お小遣いが目標まで届いたのよ! だからこれは私からの入学祝い。自分の分も買ってるから安心して受け取りなさいね」
 シーアはとても嬉しそうだった。サーヤは、ありがとう、と受け取って、少し悩んで、こう言った。
「シーア、ぼく、出来れば一緒に頑張りたかったよ」
 シーアは少しきょとんとした。そうして、少しばつが悪そうな顔をした。
「あー……。そ、そうよね! ごめんなさい、私、これが早く欲しくて……」
 もう少し待つべきだったわね、とシーアは言った。そうじゃない。
「ぼく、ちゃんと体力もついたし、昔の弱い身体のままじゃないもん。それに、ちゃんと自分で体調の管理くらいできるよ」
 シーアは困った顔をした。
「それは、知っているけれど……」
 少し悩んで、シーアは言葉を重ねた。
「それでもなんだか心配だったのよ、ただそれだけで」
 言い訳だ、とシーアは思った。でもそれ以上に言葉が浮かばなくて困ってしまった。
「ぼくのこと、もっと信頼してほしいよ、シーア」
 サーヤはなんだかむっとして、少し語気を強めてそう言った。シーアは何も言えなかった。何も言わなかった。それが更に良くなくて、サーヤは先に外に出ることにした。お互いに、冷静になるべきだと思った。
 シーアは、自分の手元にある鍵と、静かに閉められた扉の先を交互に見て、なんだか少し途方に暮れてしまった。

   *

 サーヤが寮の外に出て、一人で学校に向かっていると、リアムとマシューにばったりと出会った。
「おはよう、サーヤさん」
「はよ。シーアは?」
「おはよう。別に、いつも一緒じゃないもん」
 自分でも分かるような、拗ねたような口調だった。リアムとマシューは顔を見合わせた。
「……あ、俺、ペンケース忘れたかも」
 リアムが唐突にそんなことを言った。マシューもサーヤもきょとんとしたが、マシューがそれに乗っかった。
「じゃあ、取りに戻らないと。今からならまだギリギリ間に合うよ」
「おー、走るわ。んじゃ」
 行ってらっしゃい。マシューがそれを見送って、じゃあ行こっか、とサーヤを促した。
 気を使われているのが分かって、なんだかそれが情けなかった。
「大丈夫だよ」
 唐突にマシューが言った。サーヤに目を合わせて、彼は笑った。
「僕もリアムも好きでやってるから」
 それに、と付け加える。
「すぐ仲直りするでしょ。いつもみたいに」
 シーアさんもちゃんと考える人だから、大丈夫だよ。マシューはそれだけ言って、いつも通り雑談を始めた。
 それに少し安心したのと同時に、無くしていた冷静さが戻ってきた気がした。

   *

「あ」
「おっ、舎弟」
 マシューとサーヤが見えなくなったあたりで、リアムは足を止めてシーアを待つことにした。そこで、登校中のジゼルと鉢合わせた。
「何してんすか、こんなとこで立ち止まって」
「別に関係ねえだろ」
「授業に遅れるっすよ~」
「そうなったら走るって」
 ふうん。不審そうに頭からつま先までじろじろと見たジゼルは、特に変わった点が見つけられなくて首を傾げた。
「えー。やっぱなんかあったんすか?」
「なんもねえって」
「嘘だ~」
 こいつが居るとややこしくなる、と判断したリアムは断固として教えたくはなかったが、ジゼルもその身を引かなかった。
 むむむ。にらめっこをしていると、後ろからシーアに声をかけられた。
「なにしてんの」
「げ」
「あ」
「げって何よ」
 一人で登校しているシーアに、ジゼルは納得したような顔をした。リアムはなんだかばつが悪くて目を逸らした。
「あんた、喧嘩でもしたんすか」
「うるさいわね」
「だから心配して待ってたんだ!」
 ジゼルがリアムを指さしてそう言った。全力で揶揄っている。
「うるせーよ! そんなんじゃねえって」
「ほんとすか? どう考えたってそんなんでしょ」
「ちげーって、ああもう!」
 てんやわんやだった。シーアもぱちくりと目を丸くしている。リアムは時計を見るふりをした。
「急ぐぞ、授業が始まるから!」
「誤魔化しっすかあ!?」
「うるせえってお前なあ!」
 やいのやいの。騒がしく道を走り出した二人に釣られてシーアも慌てて走り出した。
 いつも二人の通学が、一人じゃなくて少しだけ安心していた。

   *

 最後の授業はイズミ先生の剣術だった。タイミングの悪いことに、二人一組でそれぞれ戦ってみる、という内容だった。
 更に、シーアとサーヤはペアだった。間が悪い。気まずいったらありゃしない。たどたどしく礼をして、武器を構える。相手の生徒もそれぞれ武器を構え、先生の合図で訓練が始まった。

 シーアが双剣で突っ込んでいく。突っ込まれた生徒はそれを避けて槍でシーアを吹き飛ばした。
 それに追い討ちをかけようとしたもう片方の生徒の双剣をサーヤが盾で受け止めた。
 その影からシーアが飛び出て迎撃し、一人落とし、二人落とした。
 笛の音が鳴る。礼をして、二人目を合わせ、拳を合わせて、気付く。
 そうだ、今、喧嘩してたんだった!
 慌てて目を逸らしたシーアを見てサーヤはなんだかおかしくなって笑ってしまった。
 それを見てシーアはしばらく拗ねたような顔を作ったが、それもなんだかおかしくて、そのうち二人で笑い始めた。なんだか全部がおかしかった。
 リアムとマシューは、それを見て少し安心したように顔を見合わせた。世話のやける奴らだな、とリアムが言ったのに、どの口が、とジゼルが突っ込んで、こっちも騒がしくなる。
 最後に、仲が良いのは良いことだけど、授業はちゃんと受けてね、とイズミ先生に名指しで注意をされて、少し恥ずかしい思いをしながら、その日の授業は終わっていった。

   *

「サーヤ」
 放課後。シーアはサーヤに声を掛けた。
「ごめんなさい、私、反省したわ。信頼してない訳じゃないつもりだったの、本当よ」
 困ったようにシーアは目線をうろつかせる。
「いいよ、シーア」
 そんなつもりじゃなかったことなんて、とっくに知っていた。分かっていて、拗ねたかったから、拗ねた。シーアは頷いて、言葉を続けた。
「でも、これからは信頼できるように努めるわ。今のサーヤは今のサーヤだもの」
 サーヤも頷いた。
「帰ろう。今日は私も売店のお手伝いしちゃおうかな」
「良いと思うわ、私、随分慣れたのよ! 教えてあげるから一緒に頑張りましょ」
 そう笑って、扉を開ける。帰路に就く。
 色んなことがあるけれど、その日も、穏やかな日常の延長線で、二人がその事実になんだか少しだけ、安心しているのも事実だった。

   *

「では、風の鍵は封印してきたのですね?」
 ジゼルが校内をふらついていると、そんな声が聞こえた。彼はその身に染み着いた気配を隠す術をフル活用して、その会話を聞くことにした。
「はい。地上にとっても、ここ、雲上にとっても、その方が良いかと思いまして」
 会話の相手はナユタだった。地上。地上って言ったか、今。じ、と息を殺して会話に集中する。
「ジゼル?」
「うわっ」
 声を掛けてきたのはイズミ先生だった。何してるの、と怪しむ視線にべ、と舌をだす。
「なんもしてないすよ、ほんとほんと」
「……まあ、信じるけれど」
 この先生もなんだかんだお人好しだな。そんなことを思いながら、そそくさとその場を去った。
 地上。やっぱりこの雲の下には、大きななにかが隠れている!
 リアムたちにも教えてやろう。そんなことを考えながら、上機嫌でジゼルも帰路に就いた。

 その傍ら、イズミ先生と、音に気付いて出てきたヴェルタ先生は困った顔をしていた。
「隠し通すのは難しいかもしれないね」
「そうですね……」
 ナユタは、なにか、とんでもないことが起きる前のような風向きを感じて不安になった。
 刻一刻と嵐は近付いている。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
6話 5451文字

「それでは、ホームルームを始めるよ~」
 今日も今日とて、学校が始まる。イズミ先生が教卓に出席簿を置いた。かたん、音が鳴る。
「今日は……、ていうか、ついこの間ジゼルが来たばかりだけど、今日もまた、転入生を紹介します」
 ざわめきが広がる。イズミ先生は、おいで~、と教室の外に声を掛けた。がらり。入ってきた中性的な見た目のその人は、どこか古びた布地の服をまとった、いかにも旅人といった風貌をしていた。
「先日、王都セレスティアの入り口近くで倒れていたところを僕たちが保護しました。ええと、簡単に言うと、記憶がないんだってさ。まだ子供だし、というヴェルタ先生の意向で、騎士学校が保護することになったの」
 よろしくね、とイズミ先生は生徒たちにウィンクを飛ばした。転入生は、一つ丁寧に頭を下げた。
「ナユタです。記憶がないのは確かだけど、名前がないのも不便なので、ひとまず、そう呼んでもらえると嬉しいです。よろしく」
 どこかぎこちない発音で挨拶した彼を空いている席に座らせ、先生は補足した。
「急なことで彼は制服が用意できてないんだ、ジゼル。君はもう少しちゃんと制服を着ること」
 へいへい、と聞き流したジゼルにため息をついて、そのままホームルームは続く。
 いつも通り、時間ぴったりでそれは終わった。ちら、とナユタの方を盗み見る。ナユタは背筋を伸ばしてまっすぐ前を向いていた。どこの島から来たんだろう。なんで倒れていたんだろう。生徒たちの好奇心は尽きることなく、浮ついた空気のまま授業は始まった。
 
 *

「さて、ちゃんと時間通り集まったね、よしよし。ここ数週間で散々基礎はやったから、そろそろ飽きてくる頃だろうし……。今日は実際に、それぞれの武器の適性を見ていこうと思います!」
 わあっ、と声が上がる。シーアも楽しみにしていた授業だったので、不安そうなサーヤの隣でシーアは大はしゃぎだった。
「ふふ。いいかい、これは人を殺せる武器だからね。真面目に授業を受け、人を守るために使うこと。覚えておいて」
 生徒たちの様子を満足気に眺めてから、イズミ先生は釘を刺すことも忘れない。はーい、とみんな揃って返事をすれば、先生は手元に武器を模したおもちゃを出現させた。
「おもちゃだからといって人を傷つけないわけではないから、今日は一人ずつ先生と戦ってもらいます。剣道場にいるからわかってると思うけど、陸の上での戦いをイメージしてね」
 空中戦はティア先生の許可が出てからね。そんな先生の言葉に、心なしかリアムが胸を撫で下ろした気がした。
「でも先生、先生も危ねえんじゃねえの? 先生がそんな強そうには見えないし……」
 一人の生徒がそう発言した。イズミ先生はそれを笑い飛ばして、
「あまり先生を舐めない方がいいよ~。じゃあ君からやってみる?」
 そうして、模擬戦が開始された。
 
 *
 
 ダン。硬い音がして生徒が投げ飛ばされた。次いで、はい終わり、とイズミ先生の声。
「君は双剣が合ってるかもしれないね~」
 呑気な先生は沢山の生徒を相手しているにも関わらず息ひとつ乱しておらず、床に手を付きぜえぜえと息をする生徒たちは彼の実力を思い知らされるばかりだった。
 なんとか礼をして終わった列に戻る。ジゼルは空賊時代と変わらず槍、シーアは生き生きと楽しそうに戦って双剣、サーヤは苦戦を強いられ盾と剣、時々弓もやってみようか、と先生は言った。少し不安だったリアムは平然とそれを乗り越え剣。マシューは危ないところはありつつも盾と槍。
 お揃いだな、とジゼルがからかうように言ったのを、マシューは少し嫌そうな顔をして流した。正直なものだ。
「じゃあ最後にナユタ……って言いたいところだけど、君、戦える?」
「ええと……」
 クラスメイトの視線が一斉にナユタに集まる。ナユタは少し何事かを考えるように間を置いて、
「多分、剣であれば、それなりに」
 と答えた。
 
 ナユタの戦い方は言葉通りそれなりだった。先生ほどではないが生徒たちよりもはるかに上の実力を持っている。覚えていないのにすごいね、と声を掛けたクラスメイトには、体が覚えてるみたいなんだよ、と返答していた。
「あいつ、やるわね」
 シーアも悔しげだ。その隣でサーヤは、自分のことなんかよりもシーアが怪我をするんじゃないかと心配していたので、杞憂に終わって安心していた。
「うんうん、これで全員武器が選べたかな。」
 次は戦術の授業だから、早めに着替えて移動するように。そうやって授業を締め括ったイズミ先生は、さっさと出した武器たちの片付けを始めた。
 なんとなく気になってナユタの方を見れば、ふらりとその場を抜け出しているところだった。
「……ぼく、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「あら、行ってらっしゃい」
 来たばかりなら、教室のことも分からないだろう。そうやってナユタを案じたサーヤは、その後を追っていくことにした。
 
 *
 
「ナユタ……さん!」
 サーヤが声を掛ければ、あっさりとその彼は振り返り小さく首を傾げた。
「君は……」
「あ、えっと、ぼく、サーヤっていうんだ。」
 教室の場所が分からないんじゃないかと思って、と言えば、ああ、とナユタは頷いた。
「それでわざわざ追ってきてくれたのかい? ありがとう、大丈夫だよ。君たちの集まっているところに行けばいいんだろう?」
「そ、そうだけど……。不思議な言い方をするんだね、分かるものなの?」
 その言葉に、ナユタは少し戸惑ったようにして、少しなにごとかを悩んでから、言葉を選ぶようにして答えた。
「……風が、教えてくれるんだ。元々そういうのが得意でね。……ええと、みんなは……あんまり、そういう感覚ってないんだっけ」
 今度はサーヤが戸惑う番だった。しかし、そんな感覚はサーヤには備わっていないし、他の子達からも聞いたことがない。もし彼が本当にそれができるとしたら、とんでもないことのように思えた。
「……すごいね。少なくともぼくにはできないかな」
「そうか……。」
 ナユタはそのまま何かを考え始めてしまったので、サーヤは何を言うか悩んでしまった。
「……それって、ぼくでも、出来るようになる?」
 ナユタはそれに不思議そうな顔をした。
「出来るようになりたいの?」
 サーヤは咄嗟に出た疑問を口にしただけだったので、気に障ったかと少し慌ててしまった。
「ああ、ええと、違くて……。いや、でも、できるようになりたいって言うか、みんなの役に立ちそうで、いいなって」
「……そうかな」
 役に立つ、か。ナユタはそれをもう一度繰り返してから、何かを言いかけて、やめた。その様子に、サーヤは更に慌てて言葉を重ねる。
「ご、ごめん! 好奇心だったんだ。なんか、えっと、もし本当は隠したいことだったらごめんね……」
 その様子を見てか、彼は弁明を始めた。
「……ほら、だって、みんなと違うなら普通じゃないだろ。普通と違うのはヘンだ、って」
 村の子供たちは、と、そこまで言ってから彼は失言に気付いたようだった。
「……いや、……、……すまない、忘れておくれ」
 青ざめてこちらを窺ってくる彼の様子に、なにか事情があるのだろうと汲んだサーヤは、困った顔をしながらも、頷いた。
「……うん、今言ってたことは聞かなかったことにするけど、」
 ひとつ呼吸を置いて、
「もし仮に、それ……が、その子たちにとってはヘン? だとしても、ぼくたちがそう思うかどうかは別の問題だよ」
 それだけ言ってから、教室の場所を軽く説明して、サーヤはその場を去ることにした。
 ナユタの表情はそう変わらなかったが、それでも最後に掛けられた感謝の言葉は嘘じゃなさそうだった。
「なあ、サーヤ」
 去り際。ナユタが声を掛けてくる。
「嵐が来るみたいだ。気を付けてね」
 サーヤは首を傾げた。天気予報では今日は晴れ間が続くはずだったが……。と、窓の外を見て、彼の方を再び見る。ナユタは既にどこかに歩き出していて、こちらを見てはいなかった。
 なんだと言うんだ。不穏な言葉に胸をざわつかせながら、サーヤは授業の準備をすることにした。
 
 *
 
 レナード先生の戦術の授業はシンプルだった。空図を見ながら駒を動かし、仮想の敵を倒していく。いずれは実戦形式になるだろう、と初回の授業で先生は言った。
「今日は武器を持ったらしいな」
 出席簿を取り出しがてら、先生は雑談としてそんな話題を出した。
「今日から実戦にしても良かったが……、転入生が居てその実力が分からない以上、急に実戦形式を採るのは褒められたことではないだろう。というわけで、今日はちょっとやり方を変えてみようと思う」
 さて、と、全員の出席を確認してから、先生はいつも通り生徒たちを奥の大きな机に集めた。
「エオル・ナ・ガルディア・イ」
 先生が呪文を唱えれば、そこに空図と駒が出現する。魔法で動くこの駒は、先生の指示により、生徒の戦術を再現してくれるものだ。
「今日はこれを使って、敵に囲まれた時の突破の方法を考える授業だ。簡単なテストだな」
 それでは、と先生は駒を動かす。ひとつの青い駒がいくつかの赤い駒に囲まれた。
「この状況になったら、お前たちはどうする」
 いつもは率先して発言するシーアも、戦術の授業は苦手だった。それはほとんどの生徒が同じで、しんとした室内に唸った声が思ったより大きく響いた。
「囲まれてるから、正面から突破は厳しいと思うのよね」
 シーアがそう言った。先生は頷いて駒を動かす。赤い駒が反応して動いて、あっという間に青い駒を囲んでしまった。
「その通りだ。敵の飛ぶ速度がわからない以上、得策とは言えないな」
 それを皮切りに、他の生徒たちも次々と答えていく。リアムは囮を使うと言って、先生が駒を動かしてみせた。悪くはないが、囮になった駒はどうなる。それも助ける。どうやって。リアムは黙り込んだ。
 しんとした室内で、先生の視線がゆっくりと動く。
「サーヤ」
 名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
「え、ええと……」
 サーヤは、自身の作戦にいまいち自信がなかった。先生に促されて、仕方なくそれを発表する。
「周りの様子を観察して、できる限り逃げます。追いかけてきたところで、風の流れが複雑な場所に引き込んで、動きを鈍らせる……かな」
 風の強い場所や風向きが複雑な場所に誘い込む。ウィンドグライダーで飛ぶ敵にとって、風の流れが読めない場所は動きにくい。
 先生は目を細めて駒を動かした。青い駒が逃げるふりをして、一方向にだけ穴を開ける。敵は追いかけてくる。でも、その先は風の乱れが強い場所で、敵の動きが鈍くなる。そこで一気に振り返って反撃する。
「これをやるなら、地理に詳しい必要があるな」
「そ、そうですよね……」
「だが、悪くはない。知識は常に武器だ。このように、実技だけではなく座学も真面目に受けた方がいい」
 サーヤがほっと胸を撫で下ろした。シーアが背中をポンポンと叩いて、親指を立てる。サーヤはなんだか誇らしくなって、同じように親指を立ててみせた。
 そこで、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「今日の授業はここまでだ。次は先輩方と実技も合わせて授業をするから、各自、基礎のおさらいをしておくように」
 はーい、と元気の良い返事。そうして、戦術の授業が終わった。
 
 *
 
 放課後。シーアは売店のお仕事を手伝って来るからとバタバタと出ていった。一緒に行きたい、と言えば、疲れてるでしょ、と断られた。シーアは最近ずっとこの調子で、サーヤはなんだか寂しかった。
 シーアの中では、サーヤは身体が弱かった子供の頃のままなのだろう。理解はしているが、もうそう心配される程ではなくなった。
 よし、と立ち上がる。こうなったら直談判だ。売店のおばちゃんなら分かってくれる!
 そう決めて、売店まで行く道中のことだった。
「だから、いい加減にしなさいって言ってるでしょ!」
 寮の外からそんな大きな声が聞こえた。聞き覚えがあった。マシューのお母さんだ。
 サーヤは慌てて寮の扉を開けた。案の定、マシューとリアムがそこに立っていた。彼のお母さんはサーヤに背を向けていたが、リアムとマシューの視線に気づいたのか振り返る。
「あなた……」
「あっ、えっと……、こんにちは」
 挨拶をする。マシューのお母さんは何事かを思いついたような顔をして、挨拶も返さずマシューに向き直った。
「マシュー、あなた、もしかしてこの子たちがいるから騎士学校に入ったんじゃないの? やめときなさい、そんなのは。子供の勘違いよ、やっぱりあなたはゼフィルアート学校に入るべきだわ!」
 その方が、あなたもきっと幸せよ。サーヤは何を言っているのかよくわからなくて、マシューたちの方を見た。リアムがぽそっと、あーあ、と呟いた。
「違うよ、母さん」
「何が違うっていうの」
 マシューが彼女に向き直る。怒っている、とサーヤでも分かった。
「僕がセレスティア騎士学校に入ったのは、ウィンドグライダーが好きだからだ。彼らと触れ合うためにこの学校に入った。これは何度も説明したと思うよ」
 至って冷静で、静かな口調だった。
「母さんは、僕が選んだことが気に入らない? 気に入らないから、僕には選ばせてくれないの?」
 その声色に、悲しみが滲んだ。
「僕が好きなものは認めてもらえないかな。このままじゃ、僕も、母さんたちの好きなものが認められなくなっちゃうよ。ねえ、母さん、僕はここにいたいんだ」
 マシューはそのまま頭を下げた。
「帰ってください。学校に必要な経費を払ってくれてるのも、ちゃんと僕のことを好きで育ててくれてたのも知ってる。必要なら経費は返すから、僕をここに居させてほしいんだ」
 マシューのお母さんははくはくを口を開けたり閉じたりして、何かを言おうとしていた。それでも、全くもって言葉が見つからなくて、口を閉ざして、開いて、……。
「……帰ったら?」
 リアムが言う。マシューのお母さんはかっとなって、しかし、すぐにしおらしくなった。
「あなたも、私が悪いって言うの?」
 困ったような声色で、ぽつり。小さい声で漏れた言葉は、サーヤにしか聞き取れなかった。
 首を横に振って、ため息。そうして、彼女は帰って行った。
「マシューくん……」
 サーヤは、彼女の言葉をどう伝えるかで悩んで、とりあえず声を掛けた。マシューは、困ったように笑った。
「サーヤさん。気にしないで」
 いつものことだ。そう言って、寮の中に入っていく。リアムも、じゃあな、とあっさり部屋に戻って行った。
 サーヤは結局それを伝え損ねて、彼の母親が帰って行った方向をしばらく眺めていた。
 ナユタの言葉を思い出す。嵐だった。どうしようも無かった。どうしようも無かったが、なにか、とんでもなく大きななにかを見落としている気がした。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
5.5話 幕間 4808文字

 次の日。風の誓約の日を結果的には無事に終えて、今日は振替の休日だった。
 久々にゆっくり眠れるからと遅くまで勉強をしていたサーヤは、珍しく、そう、本当に珍しく、七時を過ぎても眠りこけていた。穏やかな睡眠、まどろみ、このままこのベッドと一体化して泥のように眠り続けたい――
「起きなさい、サーヤ!」
 ――それを、シーアの大きな声に邪魔される。うるさい、と抵抗するように声を上げたが、既に目の覚めたシーアにとってはそんなことは知ったことではない。
 無理矢理布団を剥がし、身体を起こさせればあっさりとサーヤは目を覚ます。朝に強い自分の身体を少しだけ恨んだ。
「なに、もう……。今日はいっぱい寝るつもりだったのに……」
「あら、そうなの? でも残念、私、良いことを思いついたのよ!」
 シーアはそう言いながら一枚の紙を掲げる。外出届、とプリントされたその紙には既に、シーアとサーヤ、リアム、マシューの名前が記入されていた。
「せっかくの休日だし、遊びに行きましょ。ほら、最近、リアムもマシューもなんだか大変そうだし」
 どうせあいつらも暇だろうし、きっと気分転換になるわよ。楽しそうに笑うシーアの突飛な発言は、これでもみんなのことを考えた結果らしかった。
 うーん、責められない……。そんなことを思いながら、ぼんやりと外出届を眺める。
「……外出届って、前日までじゃなかった?」
「大丈夫大丈夫、出し忘れましたって言って出せば、軽めの注意くらいで済むでしょ」
 必要なら私が怒られるから! 出掛けることはもうシーアにとっては決定事項のようで、サーヤは抵抗をやめ、大人しく外出の準備をすることにした。
 
 *
 
 サーヤが準備をしている間に、さっくりと外出届は提出された。シーアは、このために寮母さんと仲良くしていたのよ、とウィンクをした。
 マシューは乗り気だったが、リアムはしばらく噛み付いていた。いきなりすぎる、とか、なんでそれを先に相談せずに外出届を出したんだ、とか、他に予定があったらどうするんだ、とか。サーヤは全くもってごもっともだ、と思ったが、シーアにはどこ吹く風だった。
「どうせ暇だったんだし、いいでしょ。それに、入学してからずっと勉強に根を詰めてたじゃない? たまには遊ばなくちゃ!」
 気分転換よ、良いでしょ? シーアがあまりに楽しそうに笑うので、リアムはそれ以上何も言えなくなって、黙ることにした。
 寮を出て、しばらく橋を伝っていくつかの島を渡る。そうして、王都セレスティアの商業区に辿り着いた。
 頑丈な建造物は大きめのテントたちによってカラフルに彩られている。ショッピングモールはそれなりに人で賑わっていた。シーアはこの場所が好きで、今までも、気分転換と称してたまにサーヤを誘ってはウィンドウショッピングをしていた。
「僕、初めて来たな。大きな建物だね」
 目を輝かせてそう言うマシューは、きょろ、と辺りを見渡しているさなか、見知った顔を見つけた。ジゼルだ。
 向こうもこちらに気づいたようで、こちらに寄ってくる。手には食べかけのチュロスが握られていた。一人で来ていたらしい。
「おー、お前ら、なにしてんすか?」
「げ」
「げ、ってなんすか」
 嫌そうな顔をしたシーアに、不服そうな顔でジゼルが言う。べつに、嫌われるようなことした覚えはないんすけど、と追撃。シーアはリアムとマシューもまとめて指さしこう言った。
「だってあんたたち、揃って私たちに隠し事するじゃない」
 言ってないこと、沢山あるでしょ。そう言えば、きょとん、と三人は顔を合わせた。たしかに。言わなかったことは、たくさんあるし、言ってないことも、たくさん――
「……ま、それは僕たちの秘密、ってことに、なんとなくなってるよね」
「言ってやる理由もなくね?」
「おれのせいじゃなくねえすか、それ」
 三人揃って首を傾げる。なにが悪いのか分からなかった。この、こっちが心配してるのも知らないで。シーアはそう思ったが、それを言ってやるのもなんだか癪で、ただただ不満そうな顔をすることしか出来なかった。
「ま、まあまあ、みんな……。とりあえず、なにか見に行こうよ。今日は気分転換、だもんね」
 振り上げた拳をどこに下ろせばいいか分からなくなっているシーアを見かねて、サーヤが助け舟を出す。シーアは助かったと言うように頷いた。
「そうよ、今日は気分転換なんだから。来たいって言うなら別に同行も許可してあげるわよ」
「なんでそんな偉そうなんすか、あんたって」
 不服なジゼルはそれでも着いてくることにしたらしい。シーアは手を上げてこう宣言した。
「私、新しいお洋服が欲しいわ」

 *
 
 ショッピングモールの中は、寮なんかよりもさらに大きく、広い。なんせ、王都セレスティア唯一のショッピングモールだ。
 まずはお洋服! というシーアの強い希望により、手頃な店にチラホラと入ってはこれが可愛い、あれが可愛い、これはサーヤに似合いそう、だの、好き勝手歩き回る。
 そういうものに興味のないリアムとジゼルは、ただただ着いていくのに必死だった。
「シーア、これも似合うと思うよ」
 サーヤはさすが双子というところか、平然とそれについて行っている。
 マシューの方を見れば、それを穏やかに眺めては、二人の発言をたまに拾って意見を出しているのだから、手慣れたもののようだった。
「お前、すげーな……」
「見直したっすよ……」
 ようやく会計に進み、会計待ちの中マシューにそう言うと、マシューは小さく苦笑を浮かべた。
「あはは……。昔から姉ちゃんによく付き合わされてたんだよね」
 だから、慣れだよ。そう言ってから会計の終わったシーアとサーヤの荷物を持つ。どこまでもスマートだった。
 なるほど、慣れか。仮にそうなのだとしても、しばらくは慣れなさそうだな、とリアムは思った。その隣で、ジゼルがゲームセンターを指さした。
「おれ、ああいうゲームがどんなもんか、見てみたいっす」
 見たこともあんまないんで。そう言ったジゼルに、なるほど、と頷いて、次はゲームセンターに行くことにした。
 
 *

「ほへえ、こんなほっせえアームでこんなでけ~ぬいぐるみがとれるんすか」
 思わず、といったようにジゼルはまじまじとそのアームを観察した。まあぬいぐるみって意外と軽いか? と首を傾げて、シーアたちに向き直る。
「おれ、ぬいぐるみとか持ってたことないんすけど、これはかわいいすね」
 そう言って指差すのは彼のウィンドグライダーに似たぬいぐるみだ。
「ラスカリオンに嫉妬されない?」
 シーアがからかうようにそう言う。
「おれとラスカリオンの絆をなめないでくださいよ」
 ジゼルはふん、と胸を張った。
「そ~お? でもあたし、そんなにお金使えないわ」
「僕もあんまりやったことないなあ」
「ぼくも……」
 自然と視線がリアムに集まる。リアムはぬいぐるみの位置を改めて確認して、財布を確認してから、
「……俺、取れると思う」
 ジゼルの表情がパッと明るくなる。がっとリアムの肩を組んで、バシバシと背中をたたいた。
「流石おれの舎弟! かっこいい! 認めてやるっすよ~!」
「うるせえな、舎弟じゃねえっての!」
 ぱっとそれを振り払うと、リアムはクレーンゲームにお金を入れた。
 軽快な音楽が鳴りだす中、アームを操作する。一回目。二回目。三回目で惜しいところまで行って、見事、四回目でそれを確保した。
「うおお~ッ、すげえ!」
 はい、とぬいぐるみを渡したリアムによくやったすよ、とジゼルが受け取る。その反応に、お前も大概上からだよな、と思ったが言わなかった。
「上手いじゃない、リアム。こういうの好きなの?」
「別に、妹にせがまれることが多かっただけだ。まあでもなんやかんや楽しいとは思うよ」
 ふうん。シーアがニヤニヤこちらを見ているのを見て、しまった、と思った。
「じゃあ私たちの分も取ってよ、リアム!」
「はあ!? なんでそうなんだよ、自分で取ればいいだろ!」
「私たち、やったことないもの」
 ね、とサーヤの方を見る。後ろからマシューが僕も、と声を掛けた。
「リアムお兄ちゃん、僕も欲しいな~」
「うわやめろ、誰だよ!」
「ぼくもほしいのあるんだけど、だめかな」
「……」
 後ろでジゼルが大変すねえ、と傍観を決め込んでいる。結局三人分の期待の視線に抗えずに、三人分のぬいぐるみを取る羽目になった。
 
 *
 
 リアムがぬいぐるみを取っている間、シーアはその輪を少し抜け出して、彼の分のぬいぐるみを取ることにした。
「きっと喜ぶわよ~」
 まあ、ノーヴァには嫉妬されるかもしれないけど。そんなことを考えながらご機嫌にお金を入れる。一回目。二回目。三回目。シーアは忘れていた。自分が極端に不器用であることを。
 そもそもアームがぬいぐるみに引っかからない。四回目。五回目。ここまでくると後には引けない気持ちになって、躍起になってクレーンゲームと格闘した。
 十回に行くか行かないか。そろそろ諦める選択肢を考え始めた頃、
「なにやってんだよ、下手くそ」
「げ」
 とっくに全員分のぬいぐるみを取ってしまったリアムたちは、帰りの遅いシーアを心配して探していたらしい。げってなんだよ、と言いながらリアムがお金を入れる。一回目。二回目。
「なんで取れるのよ……」
「歴がちげーな」
 ふん、とぬいぐるみを取り出してシーアに渡そうとするリアムに、もう、とシーアはふてくされた。
「あんたのに決まってるでしょ、馬鹿」
 リアムは、そのぬいぐるみとシーアの顔を交互に見た。ああ、もう! シーアはなんだか恥ずかしくて、わっと大きな声を出した。
「ノーヴァに似てるなと思ったから取りたかったの! あんたなんか、ノーヴァにそれ見せつけて嫉妬されちゃえばいいんだから!」
 シーアはふん、とそっぽを向いて、サーヤの後ろに逃げた。サーヤがヴァルカに似たぬいぐるみを渡せば、ぎゅっと抱きしめてからシーアは言う。
「さっさと帰るわよ!」
 もう話を聞く気のないシーアはサーヤを連れて一緒に歩き出す。
 お礼も、なにもかもを言うタイミングを無くし、引き留められず行き場のない手をそっと下げたリアムに、マシューとジゼルがポン、と肩をたたいた。
 
 *
 
 寮に戻ってきた。寮母さんに挨拶して、帰ってきたことを報告する。
「昨日の夜は急な嵐だったから、少し心配してたのだけど……。何もなくてよかったわあ」
 サーヤはそれで昨夜の嵐のことを思い出した。やっぱり変でしたよね、と言えば、そうねえ、と寮母さんは頷く。
「きっと大人の誰かが解明してくれるわ。気になるようだったら気に留めておくわね」
 そう言いながらハンコを押して、よし、大丈夫よ、と解放される。
 ありがとうございます、と礼をしてから、全員で寮母室を出た。
「よしよし、各々気分転換になったかしら! じゃあ今日は解散!」
「うん。また明日ね、三人とも」
 シーアとサーヤはそう言って部屋に戻ろうとする。
「うす」
「……」
「良いの?」
 ジゼルはさっさと部屋に戻った。マシューはリアムに声を掛ける。
「……、や、……よくない」
 先に戻っててくれ、と、リアムはシーアを追うことにした。マシューはなんだかそれがうれしくて、少し上機嫌に部屋に戻った。
「シーア!」
 部屋の前ギリギリで追いついたリアムは、とりあえず声を掛けて言葉を探す。それを見て、サーヤは先に部屋に戻ることにした。
「……なによ」
 さっきのことなんてとっくに忘れているシーアは、怪訝そうな顔を向けている。それがなんだかさらにいたたまれなくて、リアムはがしがしと頭を掻いた。
「あー……ええと、あれだ、」
 心配かけて悪い、ありがとう。
 聞こえるか聞こえないか。とても小さな声でそう言うものだから、シーアもきょとんとしてしまった。
「ああ、もう! なんでもねえ、こんなの柄じゃねえんだよ!」
 おやすみ! それだけ言い残して、逃げるようにリアムは走って行った。
「あ、ちょ、ちょっと!?」
 取り残されたシーアは、なんなの、と思いながら、確かに聞こえた言葉を反芻した。
 なんだ、ずいぶん素直じゃない。
 少し機嫌がよくなったシーアは、ベッドにぬいぐるみを飾って、今日こそめいいっぱい眠ることにした。

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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
5話 5029文字

 朝方。サーヤは、ふと、目が覚めた。授業が始まってから数週間。今日は、風の誓約の日だ。ぐうぐうと寝息が聞こえる。シーアはまだ寝ているようだった。相変わらず肝が据わっている。緊張感がないとも言うだろう。
 なんだか緊張するから、少し、散歩でもしようかな。そうして、サーヤはベッドから出て歩き出した。なんとも静かだ。まだみんな寝ているのだろう。足音を立てぬよう廊下を歩いて外に出る。朝の空気が気持ち良かった。
 ふと、裏庭の方から声が聞こえた。顔を出してみれば、リアムだった。ウィンドグライダーと一緒にいる。彼の手元には、ウィンドグライダーのための食べ物がたくさん入った籠があった。
「お前、全部好きじゃん。なんかないの、特別にこれが好き、とか」
 普段の彼とは違い、落ち着いていて、少し困ったような声色だった。ウィンドグライダーは呆れたように彼の頭を小突いた。だからいてえって。
 そういえば、彼がウィンドグライダーと仲良しているのなんて見たことがなかった。
 飛べなくても、実は仲良しなんだな。少し安心したサーヤは、邪魔してもよくないな、と踵を返した。

 今日は、風の誓約の日。
 彼のために与える名前を、リアムはまだ決めあぐねていた。

   *

 大聖堂に向かい、風の神に祈りを捧げる。中心で祈りを捧げているのはフェリシア先輩だった。
 儀式として形式が決まっているとはいえ、信仰に熱くない生徒だってそれなりだ。それはシーアとサーヤもそうで、サーヤがあくびをかみ殺した横で、シーアがふわあ、と大きなあくびをした。
「ゼフィル・ラ・カイラ・ト・アーラ・ス」
 フェリシアが祈りの言葉を捧げる。それに続いて全員で復唱。ヴェルタ先生は、これを昔から続く伝統の言葉なのだと生徒に教えた。
「ウィスカ・ナ・リファル・ラ・ルミナ・ト・フォーレ・ス」
 文字も少し教わったが、授業の本筋には関係ないからと、ヴェルタ先生はその話をさっさと畳んでしまった。
「ヴィナ・ラ・エテルナ・ル・タリア・カレン・アルナ」
 風の神よ、流れを空へ。そよ風の舞は星へと進め。絆は永遠へと、信じる仲間とともに。
「ヴェリア・オフィラ・ス、ヴェリア・オフィラ・ス。タリア・ソルナ・トゥリア・ドナリア」
 祈りを捧げよ。祈りを捧げよ。信じる者に試練は与えられる。授業で教わった言葉の意味を反芻しながら言葉を紡ぐ。
 紡ぎ終えた。そう気づけば、風が吹き抜けていった。しばらく風を感じていれば、静かに空気を震わす音楽が、最後の旋律に入る。フェリシア先輩は静かに礼をして、その舞台から降りて行った。

「――それでは」
 校長先生が一歩前に歩み出る。
「諸君。今日は、風の誓約の日だ。喜ばしいことに、今日は風に恵まれている。これより、風翼の誓いのための儀式を開始する!」
 わっと、それを見に来た人々が拍手をした。王都セレスティアの民にとって、風の誓約の日は、数少ない催しごとだった。
 ざわめきが広がる中、一人ずつ前に呼ばれていく。ウィンドグライダーに認められる者、そうではない者。反応も結果も様々だった。
 シーア、サーヤ、ジゼル、マシューはあっさりと認められた。常日頃彼に尽くしているマシューなんかは、ウィンドグライダーにキスをもらってしまって、たいそう喜んでいる様子だった。
 
「これからもよろしくね、ヴァルカ!」
 会場の外に出て、シーアは彼女のウィンドグライダー――もとい、ヴァルカに声を掛けた。ヴァルカはすり、とシーアに寄り添った。
「ぼ、ぼくも、よろしくね、ティネラ」
 ティネラはサーヤの周りをぐるりと軽快に回った。
「素敵な名前だね、二人とも」
 そう声を掛けたマシューの隣でアルヴィがふわりと漂っている。
「おれのラスカリオンには負けるな」
 会話に参加してきたのはジゼルだった。長いんじゃないの、とシーアが抗議すれば、その方がかっこいいだろ、ロボットみたいで、と返事が来る。呆れたように肩を竦めるシーアの隣で、マシューは分からなくもないな、と思った。
 そうしていれば、ふと会場の方が騒がしくなる。
 なんだなんだと見に行けば、騒ぎの中心にいるのはリアムだった。

   *

 少し時は遡る。顔馴染みの面々が次々とウィンドグライダーに認められていて、リアムは不安で唾を呑んだ。隣にいるウィンドグライダーを見ても、まったく目が合わない。何を考えているのかもわからなくて、それがさらに不安を助長させた。
 こいつの、名前。
 名前を付けるのは決して強制ではなく、特につけないでそのままにしている生徒も多くはないが存在している。
 名前なんか、ねえ。俺なんかが、わざわざ付けてやるのもなんだかかわいそうだし、と、そんな思考の最中、リアムの名前が呼ばれた。

 儀式の進行を務めるのもフェリシアの役目だった。彼女はリアムの目をまっすぐ見て、それから、問いかける。
「……あなたは、ウィンドグライダーを信じますか」
 信じます、と答える。本心だった。
 フェリシアがウィンドグライダーの方に目を向ける。彼はものを言わないが、それでも殊更静かにリアムを見ていた。
 それでは、と儀式は続く。
「あなたのウィンドグライダー――パートナーに、命名を」
 リアムはウィンドグライダーの方を見た。まっすぐ目を見て、こう言った。
「彼には、名前はつけません」――と。

 それからは、なぜだか怒ったようにウィンドグライダーが暴れ出して、会場がにわかに騒がしくなる。その会場の中、こんな状況でようやくリアムは自身の祖母を見つけた。
 見に来てたのか、と思ったのも束の間、ウィンドグライダーは外へと飛び立っていってしまった。
 残されたリアムは、ただ、惨めな気持ちで退場するしかなかった。

「リアムくん!」
 一番にサーヤが声を掛けた。シーアは声はかけなかったが、うしろで見守っていた。
「振られてやんの。なにしたんすか」
「うるせえ」
 リアムはもう相当参っているようで、反発する声は小さかった。
「……リアム」
「だって、あいつ、好きな食べ物だって教えてくんねえし」
 幼い子供がぐずるような、拗ねたような声だった。誰も何も言えなくなる。いや、言いたいことはたくさんあったが、そのどれもが彼を傷つける気がした。
「俺、騎士になりてえのは確かだけど、空飛ぶの、怖いんだよな。はは、こんな奴に名前つけられたって、あいつだって困るだろ……!」
 吐き出すように彼は言葉を口にした。そんなことないよ、も、そうじゃなくていいんだよ、も届かない気がして、サーヤは言葉を選ぼうとした。
 言葉を吐き切ったことによって、リアムがいちばん傷ついたような顔をしていた。
 と、その時。
「それは違うんじゃないかい、リアム」
 後ろから声がかけられた。リアムが振り向けば、自身の祖母が、イズミ先生に付き添われて、そこに立っていた。
「あれは自分の名前が正式になる日を待っておったはずだよ、ほら、覚えておらんのか」
 リアムは狼狽したように黙り込む。焦れた彼の祖母は、ああもう、というと、イズミ先生にカバンを開くよう指示した。
「わたしはね、あんたのこんな姿を見るためにここに来たんじゃないよ」
 そういいながら取り出したのは、汚い字で書かれたノートだった。男の子が、ドキドキのまま乱雑に書き殴ったであろうそれは、一見すると読めないが――書いた本人には、分かった。ノーヴァの研究ノート、と題されている。
 思い出す。ああ、そうだ。ノーヴァ――ウィンドグライダーと出会ってすぐ、空を飛べるのがうれしくて、リアムは彼に名前を付けた。
 彼にノーヴァを預けた、元パートナーだった祖父は、それを聞いて、きっとおまえは立派な騎士になるのだろうとリアムの頭をよく撫でた。
 だからだ。
 女の子は守るべきものだと祖父に教わった。祖母がその横で呆れた顔をしていたのをよく覚えている。
 だからこそ、女の子に――シーアに負けるのが悔しかった。
 守られておけばいいのに。自分の周りには強くたくましい人しかいなくて、誰も守られてくれやしない。
 むしろ、守られてばかりだった。それが悔しくて、いろんなものに反発した。
 そうしてまた空で競い合っていたある日、無理な飛び方をしてふいに落下した。
 誰も間に合わなかった。唯一それについていけたシーアが雲の中に入りかけたリアムをさらって、それからだ。
 空を飛ぶのが、怖くなった。

 リアムは、震える手でそれを受け取った。開けば、好きな食べ物から、苦手な物、嫌いなこと、全部書いてあった。ああ、俺はもう、忘れていただけで、全部、ぜんぶ、知っていた。
「――……」
「リアム」
 おばあちゃんはそっと手を重ねた。温かかった。
「あんたなら、できるさ」
 信じているよ、おばあちゃんも、きっと、――おじいちゃんも、ね。

 風が吹き抜けた。リアムは、その風に押されるように頷いた。

「ふん、お友達に心配かけるんじゃないよ」
 そう言ってから、大きな指笛を吹いた。ピューッ。ピューッ。ピューッ。と、三回。
 そうすれば、ばさばさとはためかせてウィンドグライダーが飛んでくる。――ノーヴァだ。
「おまえ、これ覚えてたのか」
 と、リアムが問う。ノーヴァは呆れたように、いつもよりも強めにリアムを小突いた。いてえって、とよろけたリアムを、シーアが支えた。
「ふん、情けない顔」
「……うるせえなあ!」
 体勢を立て直して、リアムはノーヴァの方を見た。この名前を正式なものにする日を、彼が待ち望んでいるというのなら。
「いこうぜ、相棒」
 待っててくれてありがとう。早くしねえと、今日が終わっちまう。そう言って走り出したリアムを追って、ノーヴァもまた、飛び立った。

   *

「いつも孫をありがとうねえ、あんたがシーアで、あんたがサーヤだろう」
 そしてあんたがマシュー。生徒全員が、とはいかなかったが、少なくともリアムも含むシーアたちは無事、風翼の誓いを結び、和気あいあいとした祭りの雰囲気の中。そうして一人一人を正しく指差したリアムのおばあちゃんは、ジゼルを見てこう言った。
「あんたは騎士学校でできた友達かい? 初めまして」
「おう、ジゼルって言います。俺が親分なんすよ」
「ちげーよ、誰が舎弟だ!」
 リアムが不満そうに突っ込む。ジゼルはどこ吹く風だった。ばあちゃんも、とリアムは祖母を指さした。
「もういいだろ、挨拶とか! 気まずいって、もうそろそろ暗くなるしさっさと帰れよ」
「そんなそんな、ねえ。わたしゃまだまだ動けるよ」
 そう言いながら彼女は杖をひょいとあげてみせた。おお、と小さく感心の声が上がって、リアムは頭を抱えた。四面楚歌だ。
「うちのは素直じゃないからねえ。たまにはこうやって挨拶しとかないと」
 ね、と祖母はシーアに同意を求める。完全におちょくっているのが分かったので、シーアも頷いた。
「そうね、たまには素直に感謝の言葉でも吐いたらどう?」
「何に対してだよ!」
「しいていうなら心配をかけてること、かしら」
 ねえ、とサーヤを見る。サーヤはそれを困り笑いで流した。
「まあまあ。でもほら、僕たち、そろそろ寮に帰らなくちゃだよ」
「そ、そうだよな!」
 マシューが助け舟を出せば、リアムがそれに食いつく。シーアが不満そうな声を漏らしたが、門限は門限だった。
「ちぇっ、残念。でもそうね、帰りましょ」
「そ、そうだね……」
 リアムのおばあちゃんは、もうそんな時間かい、と驚いてから、そのまま見送る姿勢を取った。
「じゃあ、リアムのおばあちゃん。またねー!」
「また!」
「はいはい、またね」
 そうして、全員が歩き出す。リアムはついていかずに、三人と距離ができたあたりで、祖母に声を掛けた。
「来てくれて、ありがとう……それと、」
 心配かけてごめん。小さな声で紡がれたその言葉を、祖母は鼻で笑った。
「当然だろ、馬鹿!」
 ほら早く帰んな、と背中を押される。リアムがいないことに気づいたシーアたちが呼びながら待っている。
 リアムはそれがなんだかうれしくて、でも素直に認められなくて、それ以上は言葉にせず帰路に就いた。
 祖母であり育て親の彼女は、そんなリアムの心境なんかとっくに知っていて、素直じゃないねえ、と笑い飛ばしながら、その背中を見送った。

   *

「もう一度お聞きしますが、あなたは何者ですか? 何か、身分を証明できるものは……」
 ヴェルタ先生がそう問う。部屋の中には、一人の中性的な容姿の子供と、騎士学校の先生たちが全員、集まっていた。
「ボクはナユタ。身分を証明できるものは特に持ってない。でも、信じてもらえないかもしれないけど、お願いがあるんだ。」
 逃げてきたんだ。あの分厚い雲の下から、この空の上まで。役目も、期待も、全部を置いて。そう言う子供―――便宜上、彼、と表記する―――に、先生たちは顔を見合わせた。
「お願いだ。ボクをこの雲上の世界に置いてほしい」
 それ以上には何も求めないから。

 誰もが困ったように首を傾げる室内で、ヴェルタ先生だけが、真剣なまなざしをしていた。
 外ではびゅうびゅうと風が吹き荒れていて、まるで嵐の様相だった。

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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
4話 6873文字

 朝を告げる鐘が鳴る。同時に、目覚まし時計がわんわんと騒ぎ出した。シーアは慌てて目を覚まし、目を擦りながらベッドから出る。サーヤは先に起きていたようで、起きてきたシーアに挨拶をした。
「おはよう、シーア」
「おはよー……。サーヤはいつも早いわね」
「シーアが寝坊助なんだよ」
 朝弱いもんね、と付け足したサーヤに、うるさいなあ、とシーアはぼやきを返した。頭は働いていなさそうだ。
 顔を洗いに行ったシーアのために、サーヤは櫛を用意して待つことにした。出てきたシーアをこっち、と手招いて髪の毛を梳かし、結ぶ。いつものシュシュをつけてやれば、シーアも目が覚めてきたようだった。これも、もはやいつものことだった。
「今日から授業が始まるね~」
「そうね。どう、サーヤ。楽しみ?」
 シーアが振り返ってサーヤを見れば、にっ、と笑ってサーヤは言った。
「そりゃもちろん、楽しみだよ!」

 *
 
 リアムとマシューとも合流して、学校に向かう。そわそわした空気の中、しばらく教室で待っていれば、ガタガタガタ! と音を立てて教室の扉が開かれた。
 知らない子だ。入学式の時にも見なかったような気がするが……? 教室を間違えたのだろうか。
 その少年はずかずかと入って来ては、ぐるりとあたりを見渡す。見渡して、ばちり、と目のあったリアムに近づいてきた。
「なああんた、ここって一年の教室であってる?」
「……合ってるけど。あんた、誰だよ」
 その少年が答える前に、ぱたぱたとイズミ先生が教室に入ってきた。
「ああ。いたいた、ジゼル! 急にどこかに行ったから心配したよ」
 ジゼルと呼ばれた少年は、特に悪びれもせず先生の方を見た。
「えー、でも、先生。授業を受けるのってここじゃないんすかあ? 間違ってはないでしょ~」
「だとしても、だよ。まだ話さなきゃいけないことがあったんだから」
 イズミ先生は呆れたようにそう言った。ジゼルははいはい、とそれを流した。
「分かってるって、迷惑かけなきゃいいんすよね」
 イズミ先生はちょっと困った顔をして、一瞬だけ押し黙ってしまった。そうではなくて、と改めて説明しようとしたのを、ジゼルは面倒くさそうに聞き流す体勢をとった。
 それを見た先生は、諦めたように首を横に振った。
「まあ君はよほど下手なことはしないだろうけどね」
 それから、他の生徒たちに向けて彼の紹介を始めた。
「彼はジゼル。ちょっと事情があって入学式には来られなかったけど、この学校の生徒だよ」
「ジゼルで~す」
 へら、と笑った彼――ジゼルは、先生の方を見てこう言った。
「あれは言わなくていいの?」
「……どれ?」
 そんな発言を聞き返したはいいものの、なんとなく嫌な予感がして、止めようとするよりも先にジゼルが口を開いた。
「ほら、最近捕まった空賊の首領の息子さんだよって」
 みんな、もっと警戒したほうがいいすよ、ねえ。けたけたと笑いながらあっさりと大きな暴露をしたジゼルにイズミ先生は頭を抱えた。
 生徒たちといえば、ぽかん、と口を開けてジゼルを見ていたが、しばらくして理解が追いついたのかざわざわと騒ぎ出す。え、空賊ってあの? 首領の息子って言った? ――であればどうして騎士学校に?
 そんな生徒たちの前でイズミ先生は仕切り直すように大きく咳払いをした。
「はあ、だからまだ話さなきゃいけないことがあるって……。まあいいや、ええと、説明するね」
 先生の話をまとめると、こうだった。騎士学校の先生方の努力で一つの大きな空賊の集団が解散となった。大人たちは全員捕まったが、ジゼルはまだ子供だったため、更生のためという名目で騎士学校に入ることになった。
「これでも授業はちゃんと受けるつもりっすよ。だってそうじゃないと捕まるらしいし」
 あっさりとそう言ったジゼルは、に、と笑って、よろしく、と言葉を続けた。
 シーアとサーヤは顔を合わせて、お互いに何とも言えない顔をしているな、と思った。
 
 *
 
 ホームルームを終えて、初めての授業はティア先生のウィンドグライダーの扱いだった。本来は操縦、と題されているらしいが、ティア先生が操縦はちょっとね、と言って勝手に時間割の名称を変えているらしい。
「みんなは今、それぞれのウィンドグライダーに子供向けの装備を搭載して飛んでいると思うんだけど、今日からはそれを外して、戦闘用の装備を載せて飛んでもらうからねー」
 ティア先生はそう言って自身のウィンドグライダーを呼んだ。戦闘用の装備は大きくて硬そうだった。重たくないんですか、と生徒の一人が問えば、負担にならないように作られてるから大丈夫よ、と先生は答えた。
「子供向けの装備は落ちにくいようになっているけど、その分、戦闘用の装備はかなり落ちる可能性が上がるからね。飛ぶときは一人ずつ飛ぶように!」
 そう言って先生はひとまずと生徒たちにウィンドグライダーの装備を配った。装備のつけ方を順に説明していった。無事に全員が装備を終え、さて飛んでみよう、と、先生が見守る列にシーアとサーヤは並んだ。
「上手く飛べるかしらね~」
「ね、楽しみだね」
 そんなほのぼのとした二人の後ろで、ふと、こんな声が聞こえた。
「え、なに。あんた、怖いんすか!」
 ジゼルだった。振り向けば、リアムやマシューとなにやら話しているようだった。
「ちげーし! 馬鹿! んなわけねえだろうが!」
「え~、でもだってあんた、ずっとあの列に並ばないために言い訳してるじゃないすか。怖い以外の何でもなくないすか? それは素直に認めた方が……」
「ッはア!? うるせえなあ、そうじゃないって言ってんだろ!」
「ええ~~~……」
 リアムはずかずかとこちらに近づいてくる。シーアは不思議そうな顔をしていたが、サーヤはなんとなく思い当たる節があってリアムに声を掛けた。
「リ、リアムくん」
「んだよ」
「……」
 そのままサーヤは言葉が見つからず黙ってしまった。大丈夫かと聞いてもやめた方がといっても今の彼には意味がないだろう。それに、――彼も騎士になりたいはずだ。
「なに、あんた。ほんとに怖いの? やめたって笑いやしないわよ」
 シーアがそう言ったのと、次の生徒を呼ぶ先生の声が同時だった。
「だから……ッ うるせえな、見てろよ!」
 そういってリアムは空へ飛び出して行ってしまった。
「お、いい勢いだねえ!」
 先生が笑いながら追いかける。リアムはしばらく安定して飛んでいたので、なーんだ、とその場の全員が安心したのも束の間、彼はぐらり、と姿勢を崩した。
 それを後ろを飛んでいた先生がとっ捕まえて、彼のウィンドグライダーと共に戻ってくる。
 戻ってきたリアムの顔色は相当で、心配していたサーヤとマシューは慌てて彼に駆け寄った。先生は、少し考えてからマシューにリアムを任せ、他の生徒の指導に戻って行った。
「おれも着いてっていい?」
 ジゼルがそう聞いたのを、マシューは断ろうとした、が、リアムがそれを制した。マシューは少し悩んでから、好きにさせることにした。
 
 *

「なーにもあんな無茶に飛ぶことねえすよ」
 訓練所の隅っこ。逸る鼓動を落ち着かせるように水を飲んで、リアムは答えた。
「飛べねえと、騎士にだってなれねえだろ」
 不服そうだった。悔しさ故かもしれないし、それ以上の何かでもある気がした。ジゼルは不思議そうに首をかしげた。
「騎士になりたいんすか」
「じゃなきゃこんなとこに居ねえって」
「じゃ、なにがそんなダメなんすか?」
「……」
 こいつ。なにかしらで覚えてろよ、と、リアムはいつかの逆襲を誓った。マシューが口をはさむ。
「ジゼルくんは、飛ぶの得意なの?」
「ンえ、まあ、得意というか、飛べないと賊出来ないっしょ」
 これでもある程度の訓練は受けてますよ、とジゼルは言った。ああ、だからか、と一人納得して言葉を付け加える。
「おれなら、あんたのそれ、なんとかできるかもよ」
 ほら、おれって、落ちるのも別に怖くないし。そう付け加えたジゼルにリアムは瞠目した。思ってもない言葉だった。
「……なんの真似だよ」
「えー。別に、興味本位? おれも舎弟がほしいんすよね」
「誰が舎弟だ」
「あんた」
「……」
 ああ、もう。話にならない、とリアムは頭を抱えた。空ではシーアが訓練として飛んでいて、あいつはいいよな、と拗ねるような気持ちが湧いた。
 しばらく無言の時間が流れた。空を飛ぶシーアはなんだか楽しそうで、高笑いがここまで聞こえてくるようだった。いや、実際に楽しくなっているのかもしれない。あんまりにも縦横無尽に飛ぶので、先生さえルートを定めておけばよかったかもしれない、と思っていた。
 と、そんなとき、ぐらりとシーアが体勢を崩した。
「!」
「あ、」
 落ちるっすねえ、あれ。ジゼルがつぶやいた声がやけに大きく聞こえた。先生がそばを飛んでいるのだから、大丈夫だと知っている。それなのに、なんだかすごく不安になった。
 自分が今から飛んでも先生の速さには間に合わない。そもそもあそこまでたどり着けるか怪しい。危うく雲の中に突っ込みかけたシーアを、先生が拾った。当然だ。戻ってきたシーアは楽しそうにしたまま、サーヤに話しかけに行った。
 それを見て、少し安心して息をつけば、それを見ていたジゼルがさらに声を掛けた。
「優しいっすねえ、そんなすか」
「……なにがだよ」
「え、だって、怖いんでしょ」
 自分が落ちるのも、誰かが落ちるのも。自己責任だと思いますけどねえ、とジゼルが言うのはあまり聞こえなかった。その通りだな、と思考にふけってしまったからだ。
 ウィンドグライダーの乗り方の本を、片っ端から集めて読んでいる。落ちないために。みじめな姿を晒さなくていいように。
 それでも、落ちた。そうであるのなら、この恐怖には、慣れるしかないのだろうか。
 いつか、慣れる日が来るだろうか。
「リアム」
 マシューの声で我に返る。彼は少し悩んで、言葉を続けた。
「ジゼルくんの言う通り、なんで怖いのか、僕も知りたいな。それを知れば、解決できる何かがあるかもしれない」
「……」
 人を頼るなんてごめんだと思っていたが、一人では手詰まりなのも事実だった。……確かに、そうかもしれない。納得すれば、言葉は自然と出てきた。
「……本当に誰もいないところで落ちたら、見つけてもらえねえんじゃねえかなって、思ったことがあるんだ」
 スカイラヴィスの世界の人々にとって、雲の下は未知だ。しかし、雲は雲だ。突っ切って落ちれば、何かにはぶつかるだろう。
 それがとても恐ろしく思えた。実は何も無いかもしれないのが怖くて、本を読み漁った。
 分かったのは、地上、と呼ばれるなにかがあること。そこにたどり着けば、もう帰ってこられないことだけだった。
 未知は怖い。もし、先生のいないところで飛んで、落ちて、見つけてもらえなかったら。
 一人ぼっちになるのだとしたら。
 そんなリアムの話を、二人は静かに聞いていた。やがてジゼルが口を開く。
「へえ、想像力豊かすねえ、たしかに」
 なるほど、と彼は頷いた。頷いてから、こう言った。
「リアムって、ウィンドグライダーのこと、あんま信用してないでしょ」
「……え」
 思ってもみない言葉だった。思わず自身のウィンドグライダーの方を見る。目は合わなかった。
「おれはあいつが拾ってくれると思ってるから」
 な、と彼は自身のウィンドグライダーを見る。彼のウィンドグライダーは嬉しそうにパタパタと近くに寄ってきた。
「おれらって、二つで一つだからさ。なんせ、落ちたら拾ってもらえるのなんて、子供の時まで、すからね」
 そう言ってから、ウィンドグライダーを撫でる。喜びを表現するように、彼もくるる、と震えた。
「だからあんたも交流増やしたら? 見た感じ、まだあんまお互いのこと知らないでしょ」
 思ったよりも有用なアドバイスだった。意外な気持ちが勝ってしまって、リアムが唖然としていると、後ろからマシューが口を開いた。
「悔しい……ッ」
「は?」
 珍しい声だった。思わず振り返る。わなわなと手を震わせた彼は、ジゼルに噛みつくように近づいた。
「どうやってそこまでの信頼関係を築いたの!? 手入れはどうやってしてる? 好きな食べ物と嫌いな食べ物の把握ってどうやってしてる!? うちの子ほんとに表情が変わらなくて困ってるんだよ、ちょ、ちょっと、ああもう、聞きたいことがありすぎる!!」
 矢継ぎ早だった。さすがのジゼルも目を白黒させていたので、仕方なくリアムが止めに入る。
「お、おい、マシュー。少し落ち着けよ」
「落ち着けないよ! 答えてくれるまでこの手を離さないから」
「えー、それは困るすねえ……?」
 首を傾げてからジゼルは答えだした。
「でもあんたら別に仲悪くないでしょ。それくらいわかりますよ。表情が分かりにくいのはそういう個性なんじゃないすかねえ」
 ジゼルがそう言えば、マシューはなるほど、と納得したように手を離した。それから、少し恥ずかしそうに照れ笑いをした。彼のウィンドグライダーは気づけばマシューのそばにいて、一気に詰め寄りすぎだと軽く頭突きをした。
「そこの男ども――!! 休憩が終わったなら戻ってきなさーい!!」
 ティア先生が叫ぶ。思ったよりも時間を使ってしまった。全員ではーい、と返事をして、授業に戻ることにした。
 
 *
 
 その後の授業では、マシューもジゼルも訓練として飛んだが、二人は落ちることなく戻ってきた。シーアは、サーヤがうまく飛べたのをまるで自分ごとのように自慢していた。
「うんうん。このように、ウィンドグライダーたちはその人その人との関係性で飛びやすくなることもあるからね。今回の訓練で一回でも落ちた子たちは、彼らとの関係性を見直してみるのも手だよ~」
 相談は適宜受け付けるからねー、と、そう言ってティア先生は授業を締めた。
「楽しかったわね、サーヤ!」
「そ、そうだね、シーア」
 マシューはリアムの方をちらと向いたが、リアムは何かを考えこむように、ティア先生の方には向かわなかった。
「あ、リアム。大丈夫だったの、あんた」
「……おー」
 シーアが声を掛けてもリアムの返事はほとんど上の空で、シーアとサーヤは顔を合わせ首を傾げた。
「大丈夫かな、リアムくん」
「ねえ」
 そんなシーアとサーヤの後ろからマシューが声を掛けた。
「大丈夫だよ、多分ね……」
「まあ何とかする気はあるみたいすよ」
 ジゼルも後ろから声を掛けてくる。シーアは、本当に怖かったのか、あれ、とリアムに思いを馳せて、まあでもそんなこともあるか、と考え直した。空の上で彼を煽るのはやめようと思った。
 
 *
 
 次の授業はヴェルタ先生だった。
「あら、あらら、出席簿はどこに行ったかしら……?」
 あわ……あわ……、という効果音が似合いそうな、ゆったりした動きで出席簿を探し、あ、あった、とその小さな袋の中から大きさに見合わない出席簿を取り出した。
「よしよし、見つかりましたね」
 そう言って出席を取り、うんうん、と頷きながらそれをしまう。それから、こちらを向いてにこりと微笑み、はじめまして、と自己紹介を始める。
「ヴェルタです。歴史とか、文化とか、教養とかの授業を担当しています。担当授業が多いのは、私がいちばん秀でているからよ」
 今日はねえ、風の誓約の日の話をしようと思ってねえ、と彼女が話す傍ら、黒板にさらさらとペンで書き記されていく。
「みなさんはまだご自身のウィンドグライダーに、正式には名前をつけていませんね」
 はい、と生徒たちが頷く。ヴェルタ先生は続ける。
「みなさんの中には知ってる方も多いと思いますが、彼らの名前は風の誓約の日、正式に命名することができます。要するに、ウィンドグライダーと風翼の誓いを結ぶ日、ですね」
 風翼の誓いのことはご存じかしら。先生はあたりを見渡した。マシューがはい、と手を上げる。
「ウィンドグライダーを武装させて乗るための免許みたいなもの、ですよね。ウィンドグライダーたちが僕たちを選んでくれたら結べるもので、彼らとの絆が試されたりもすると聞いています」
 ヴェルタ先生は頷く。素晴らしい、その通りです。とマシューを褒めた後、補足として説明を始めた。
「風翼の誓いを結んだ人々には、彼らからの承認を得たことを証明するためのピンバッジが配られます。それがこれね」
 ヴェルタ先生は自身の胸についたピンバッジを掲げた。教室内がおお、とどよめく。シーアもサーヤも知ってはいたが、いざ説明されて見せられると、なんだかいっそうかっこ良く見えた。
「先生も飛べるんすねえ」
 ジゼルが声を掛ける。先生は笑って、これでも冒険者で研究者だったのよ、と言った。
 
 *
 
 その後の授業は何事もなく、無事に楽しく終えられた。
 その帰り道、リアムはそそくさと訓練所に向かった。自身を選んだウィンドグライダーが飛んでいる。リアムが来たのを見て、彼は飛び近づいてきた。
「お前、何が好きなの」
 突然の問いかけに、彼は首を傾げた。リアムは言葉を重ねる。
「何の食べ物が好きなのかだけでも、知れれば」
 歩み寄れるかなって。彼の声は小さくて、聞き取れるかもわからなかったが、それでも聞き取ったらしい彼は、リアムの頭にとん、と自身の頭を乗せた。
 リアムは困り果てたようにそれを受けて、思い出す。そういえば、昔はよく林檎を持ってきてやっていた。空を飛ぶのが楽しくて、こいつと一緒にどこまでも行けると思っていた頃のことだ。こいつはこれが好きだった。大人になってから、いつしか振り払うようになって、――そういえば、昔は仲が良かったっけ。
「お前、変わんないんだな」
 もう俺は、空が怖くて、お前に乗ることなんて、いつか夢のまた夢になるかもしれないのに。そんなことを思えば、何かを察した彼は、乗せていた頭をごん、とぶつけた。いて、とよろけたリアムを放置して、彼は飛び去って行った。
 今からでも、歩み寄ったとして。自分はまた空を飛べるだろうか。
 とりあえず次は、好きそうな食べ物を持ってきてみよう、と心に決めて、リアムは寮に戻ることにした。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
3話 6130文字

 風が、吹き抜けて行った。
 
 セレスティア騎士学校の大広間に、盛大な音楽が流れ始める。高い天井から差し込む光が、整列した生徒たちの上に降り注いで、まるで祝福のようだった。
 
 その光景に、シーアとサーヤは思わず息を飲んだ。
 
 今日は、記念すべきセレスティア騎士学校の入学式だ。
 おじいちゃんもおばあちゃんも、ウィンドグライダーに乗って王都まで見に来てくれているようだった。
 彼らに小さく手を振ってから辺りを見渡す。クラスメイトたちはみんな、まっすぐ前を向いていた。
 
 ここにいる人たちはみんな、強くなりたくてここにいるんだ。
 
 そう思うとわくわくして、今にも走り出したくなった。
「続いては、校長先生のお話です」
 アナウンスが流れて、校長先生らしき細身の綺麗な女性が壇上に上がった。少しの驚きが、空気をざわつかせた。
 少しばかりマイクの確認をしてから、ふう、と一つ息をついた彼女は、声を出す。
「風は、行き先を選ばない」
 強く、芯のある声だった。校長先生――――セラ校長は、壇上からゆっくりと生徒たちを見渡した。
「どんな者にも等しく吹き、どんな者にも等しく翼を与える。強い者にも、弱い者にも。正しい者にも、そうでない者にも」
 一拍。
「だから、風に恥じない騎士になりなさい。それだけでいい」
「――――アタシを失望させないように」
 以上。彼女はその言葉でスピーチを締めた。ぱちぱちと拍手がおきて、来賓の挨拶、校歌斉唱、その後に先生方の紹介。
 一年生の授業を担当する先生はイズミ先生を含め四人だった。
「レナードだ。戦術や作戦の立案の授業を担当している。尤も、そんなことは必要にならない方がいいんだが……」
 ガタイの良い怖い顔の先生がそう語り出そうとして、ひとつ咳払いをした。
「こほん。この話は長くなりそうだ。えーと、一年生の諸君、よろしく頼む」
「相変わらずお堅いなあ、レナード先生は!」
 隣で楽しそうに笑う女性につつかれて、レナード先生は少し眉間に皺を寄せた。
 気にも留めない彼女は前に出る。
「ティアです! ウィンドグライダーの操縦の授業をします。操縦って言うと機械みたいでやだよねえ、彼らは生き物なのにね~」
 あっはっは。そんな言葉も一人で笑い飛ばして、よろしくね、と言葉が付け加えられた。
 その隣で、穏やかな表情をした先生が一歩前に出る。
「ヴェルタです。座学的なところはおおよそ担当なんじゃないでしょうか」
 うーん、そうですね、と首を傾げてから、言葉がまとまったのかこちらに向き直る。
「歴史や文化、教養、あと魔法の授業を担当しています。よろしくお願いしますね」
 最後にイズミ先生が前に出た。
「はあい、イズミで~す。先に寮に入ってる子達には言ったけど、今年の一年生の担任の先生をやります。あと武道・剣道の授業もやるからね~」
 ひと呼吸。
「分かってる子もいるかもしれないけど、君たちが今日から学ぶ技術は人を殺す技術だからね。授業は真面目に受けること。そうじゃないと、自分の命が守れないからね」
 よろしくね、と念を押して、先生方の自己紹介は締められた。拍手が響く。
 その空気のまま入学式は終わり、新入生の生徒、そしてその保護者たちは、先生に連れられて教室に行くことになった。
 
 シーアとサーヤはそわそわと辺りを見渡した。今年の一年生は一クラスだけのようだった。
 席順はみんなバラバラで、サーヤはなんだか少し寂しかったが、いやいや、でも、と思い直す。イズミ先生の言う通り、真面目に授業を受けるための計らいなのだろうと思うことにした。
 ざわざわと騒がしい教室の中、イズミ先生がパチリと手を叩く。
「はい、静かに! 色々と話したいことがあるかもしれないけど、一旦僕の話を聞いてねー」
 静かになった生徒たちを見て、イズミ先生はうんうんと頷いた。
「さて、今日からこのクラスのみんなで授業を受けてもらいます。なので、まずは自己紹介からだよね」
 生徒一人一人の顔を見て、にっこりと先生は笑った。
「仲良くするにはある程度お互いを知ってもらうことが一番! じゃあ君から、どうぞ」
 席の端っこに座っていた生徒が指され、自己紹介をしていく。みんながみんな堂々と自己紹介するので、慌てて自分の自己紹介を考える羽目になった。
「シーアよ。いつかお父様のように立派な冒険者になるために騎士学校に入ったわ! よろしくね」
 シーアがサーヤにウィンクを飛ばした。
「マシューです。ウィンドグライダーと沢山触れ合いたくて騎士学校に入りました。よろしくお願いします」
「俺はリアム。……そんな大それた理由はないけど、戦えたらかっけえなと思って騎士学校に入りました。よろしく」
 二人もあっさりと自己紹介をこなした。
 そうしているうちに、気付けばサーヤの番になってしまっていて、慌てて立ち上がる。
「ええっと、サーヤです! シーアと一緒で、いつか立派な冒険者になるために騎士学校に入りました。よろしくお願いします!」
 無事、自己紹介を終えて座る。自分の自己紹介考えるのに必死で、他の子達の自己紹介はあまり頭に残らなかった。
 あとでシーアに教えてもらおう。そう静かに決心していれば、全員の自己紹介が終わっていた。
 よしよしと満足気なイズミ先生は、その後の連絡事項をさっさと済ませて、パタリと出席簿を畳んだ。
「さて、今日はこれでおしまい! 明日から授業だから気を引き締めて来るように。それじゃあね~」
 手をひらひらと振ってイズミ先生は生徒を解散させる。シーアとサーヤは真っ直ぐにおじいちゃんとおばあちゃんのもとに駆け寄った。
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
 彼らは嬉しそうに顔を綻ばせ、二人を穏やかに迎え入れた。
「見てたかしら! 私たち、無事に入学したのよ!」
「ええ、ええ、見てたわよ~」
「……」
 おばあちゃんがニコニコ笑ってそう言った横で、無言で立っているおじいちゃんの目元は少し赤かった。
「おじいちゃんたら、入学式の時ずっと泣いてたんだから。私も泣きそうになっちゃったわ~」
「こ、こら、その話はいいだろう」
 シーアとサーヤは顔を見合わせて笑った。しばらくの寮暮らしであまり会えていなかったが、彼らは変わらずだった。
 寮の部屋が広くて嬉しいこと。それでも屋根裏部屋が恋しいこと。おじいちゃんとおばあちゃんがいなくて寂しいこと。でも、楽しみな気持ちが勝っていること。そんな話を次々と二人でしていれば、おじいちゃんもおばあちゃんも安心したように笑った。
「二人とも、楽しそうねえ。私たちまで寂しくなっちゃうわ~」
「先生方に迷惑はかけないようにするんだぞ」
「もちろん!」
「当然だわ」
 まあ、なんだ、二人なら大丈夫だろう。とおじいちゃんが言ったあたりで、帰りのウィンドグライダーのタクシーが来たことを告げるアナウンスが鳴る。
「ああ、そろそろね」
「ああ……。それじゃ、二人とも、また」
「うん、おじいちゃん、おばあちゃん!」
「またね!」
 おじいちゃんとおばあちゃんを見送れば、二人だけ、というのが急に寂しく感じた。
 それでも、きっと、大丈夫だ。
「ねえ、サーヤ! せっかく学園に来たことだし、少しだけ探検してから帰らない!?」
「え、あ、それって良いのかな!?」
「だって、もう私たちの学校でしょ!」
 に、と笑ってシーアが駆け出す。サーヤはそれを慌てて追うことになった。
 シーアがぱたぱたと廊下を走っていけば、どん、と誰かにぶつかる。わ、とシーアがよろけたのを受け止めて、その人は、安心したように微笑んだ。
「ああ、良かった。すみません、よそ見をしていたもので」
 大丈夫でしたか? と、シーアに問う。ふと、思い出した。試験の日、リアムが落ちかけた時に駆けつけてくれた先輩だ。
「だ、大丈夫です! こちらこそ、すみません」
 自然と敬語になったシーアに、先輩はこう言った。
「廊下を走るのは危ないので、なるべくやめましょうね」
 その綺麗な所作に見惚れていたシーアとサーヤにそうやって念を押す。すみません、と答えれば、彼女はまた微笑んだ。
「あの時は受験生でしたね。入学おめでとうございます、わたくしはフェリシアです」
「は、はい! 私はシーアです」
「ぼくはサーヤです」
「いつかきっとなにかで一緒になる日も来るでしょう、頼もしい一年生のおふたりさん。その時はよろしくお願いいたしますね」
 それでは、とフェリシアが去ろうとしたところで、
「ああ、あなたは本当に馬鹿な子!」
 と、近くから怒鳴り声が聞こえた。
 眉根を顰めたフェリシアは、ため息をひとつ吐いて、二人に向き直る。
「……念の為、先生を呼んできてもらえますか」
「は、はい!」
 誰かに何かがあったら大変だからと、指示通り、シーアとサーヤは先生を呼びに行くことにした。
 
 *
 
 フェリシアがその声の方に向かえば、一人の生徒とその母親であろう人物が立っていた。揉めているようだ。怒鳴り声がきんきんとしていて耳に触る。
「本当にこんな場所に通うなんて! あなたは本当は絵を描くべきだって、なんで分かってくれないのかしら」
 生徒――――マシューは事態を悪化させたくないのか、ただ、黙りこくっていた。
 母親の方を見る。フェリシアも見たことがある。確か、著名な画家だったはずだ。あまり良い噂は聞いたことがない。こんなところで人目もはばからず喚いているのだから、おおよそは真実なのかもしれない、と思った。
 だとしても、自身の顔くらいは知っているだろう、と判断して、フェリシアはひとつ、前に出る。
「ご家族でのご歓談中、失礼いたしますわ。今、わたくしの通う学校に何と?」
 突然の乱入に眉を顰めてフェリシアの方を見た彼の母親は、分かりやすく慌てて笑顔を浮かべた。
「姫様!? ど、どうして……、ふふ、いえ、嫌だ、姫様ともなれば、私たちのことだってご存知でしょう。この子に言ってやってくれないかしら、我が家に生まれておきながら、ゼフィルアート学校に入らないのはおかしい、って」
 この子は才能に恵まれているんです、他の子達と違って。彼女はそう言って笑った。噂通りだな、と思った。
 フェリシアは小さくため息をついた。ああ、波風が立ってしまう。しかし、火のないところに煙は立たない。フェリシアは意を決して、口を開いた。
「失礼、わたくしは彼の意思が尊重されるべきと思いますわ」
 あなたはどうしたいの。そうしてマシューに視線を向ければ、彼はまっすぐ母親を見てこう言った。
「母さん、前々から言ってるけど、僕はここで学びたいことがあるんだ」
 彼の母親は口元をひくりと引き攣らせた。
「家系、血筋問わず、子供にはやりたいことをやらせるのが一番、とわたくしは考えます。それが本当にやりたいことなら、尚更。彼の人生はあなたがたのものではございませんよ」
 ところで、とフェリシアはマシューの方を見る。
「貴方のことを先生がお呼びです。ついてきてくださるかしら」
 マシューは慌てて頷いた。それじゃあ、と両親に断りを入れて、踵を返した。
 残された母親の方はなんだかんだと騒いでいたが、そのうち先生方が駆け付け、騒ぎは半ば無理矢理な形で収束した。
 
 *

「マシュー!」
「マシューくん!」
 シーアとサーヤがイズミ先生を連れてきた頃には、騒ぎは終わっていた。
「あちゃあ、ごめんね。ちょっと用事があって出ていたんだ、他の先生方が対応してくれて良かったよ」
 大丈夫だった? とイズミ先生は二人――――フェリシアとマシューに問う。フェリシアは頷いた。マシューは静かに頭を下げた。
「ごめんなさい、先生。うちの家族が……」
「ああ、いやいや、いいんだよ。顔を上げて」
 イズミ先生にそう言われて顔を上げたマシューは、心底困り果てているようだった。
「僕、どうしたらいいんでしょうか」
 フェリシアがひとつ、息をついた。
「あなたがやりたいことは明確なんでしょう」
「……はい、ですが」
 マシューは彼女に視線を合わせずに頷いた。続く言葉を制して彼女は話す。
「困っている子供を助けるのが大人の役目、ですよね、先生」
「……そうだね。強いて言うなら、君も子供だよ、ということくらいかな」
 笑って頷いたイズミ先生は、フェリシアに釘を刺すことも忘れない。フェリシアは少し不満気な顔をしたが、特に何も言わなかった。
「沢山迷惑をかけてくれよ、マシューくん。先生たちは大丈夫だから」
 マシューは少し迷ってから頷いた。シーアとサーヤは、その光景を見ていることしか出来なかった。
 
 そのうち、今日の終わりを告げる鐘が鳴る。イズミ先生は、もうそんな時間か、と漏らした。
「じゃあ、今日は解散! 疲れたでしょう、寮でいっぱい休んでね」
 そうだ、と良いことを思いついたと言わんばかりに先生は指先を振った。
「ゼフィ・ドラヴァン・フォーレ・ス!」
 その言葉と共に、ふ、と身体が軽くなる。翼が生えたよう、とはこのことだろうか。
 本物の魔法だ。おじいちゃんとおばあちゃんが使っていたみたいな。シーアとサーヤは驚いて、イズミ先生の方を見た。
「イズミ先生って魔法使えるんですか!?」
「使えるよー。君たちもそのうち学ぶことになるからね」
 それじゃ、先生は仕事してくるから。そう言って手を振って去っていく彼の背を見送ってから、フェリシアは三人に向き直った。
「寮まで送りましょう。どうせ目的地は同じですから」

 *
 
 寮に戻れば、大広間でリアムが待っていた。
 読んでいた本から顔を上げて、咎めるようにリアムは言う。
「どこ行ってたんだよ」
 俺一人ですげ~気まずかったけど。言葉の外にそんな雰囲気を醸しつつ彼はこちらを見た。
「それ、何読んでるの?」
 そんなことは知ったことではないシーアが強引に話題を変えた。
「話聞けよ。……別に、何読んでてもいいだろ」
 む、としたリアムは、それでも深入りはしなかった。
「えー! 気になるじゃない、教えなさいよ」
「嫌だよ! シーアには絶対教えてやらないね」
「なんでよ!」
 ぎゃんぎゃん。いつも通りやり合い始めた二人をよそに、サーヤはマシューに声をかけた。
「マシューくん」
「なに?」
「ぼくたちにも頼ってね。リアムくんも、シーアも、きっとその方が嬉しいから」
 マシューは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに破顔して頷いた。
「ありがとう。そうさせてもらおうかな」
 サーヤはそれに頷いてから、シーアとリアムにご飯を食べようと誘いに行った。
 フェリシアは、しばらくそれを眺めてから、ああいう距離の近さが、自分にはまだ分からなくて、少し羨ましい気がした。
 
 *

「リアム」
 夕食を済ませ、寮の部屋に戻ったマシューは、リアムに声を掛けた。
 なんだよ。言葉にせずに視線だけを寄越したリアムに、マシューは苦笑してからこう言った。
「気を回してくれてありがとう」
「はあ?」
「踏み込まなかったでしょ」
 別に、お前のためじゃない、と、リアムはそっぽを向いた。ああ、拗ねているなあ、とマシューは思った。
「いつか解決したら、笑い話として聞いてくれたら嬉しいよ。今は、……ちょっと情けなくてね」
 リアムはそっぽを向いたままだ。
 しばらくの沈黙。後、リアムが口を開いた。
「マシューだって、踏み込んで来ねえじゃん」
 だから、これはお前のためじゃない。そう言ったリアムは、マシューがリアムの読んでいる本の内容とその意味を理解していることを知っていた。
 再び沈黙。マシューは何を言うか悩んで、結局何も言わずに、おやすみ、と声をかけた。
 帰ってくる声は、なかった。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

#ふたつの翼、ひとつの空
2話 10823文字

 目覚まし時計がやかましく音を鳴らす。シーアはまだまだこの暖かい布団の中でくるまっていたくて、目覚まし時計を止め、二度寝をしようとする――。
「シーア! もう、早く起きてよ! 間に合わなかったら寮に入れなくなっちゃうよ~!」
「はっ」
 そうだった。
 あの合格発表から数週間。今日は寮に入る日だ。シーアは慌てて起き上がる。
 合格してからというもの、シーアはすっかり気が抜けてしまっていてダメだった。毎朝サーヤに起こされ、荷造りを後回しにし、昨晩もつい遅くまで起きていたせいで、このザマだ。
「そ、そうよ! ああ、急いで準備しなくちゃ、おばあちゃ~ん!」
 微睡んでいたのが嘘のように立ち上がったシーアは、慌てて階段を駆け下りた。駆け下りたせいで、どすん。と、大きな音。
「シーア!」
「いった~~い!! もう! なんだっていうのよ!」
「あらあら……」
 サーヤが救急キットを持ってすっ飛んでくる。悔しそうにシーアは呻いた。膝に綺麗な擦り傷が出来ていた。
「慌てるからだよ、もう……」
「まさかこんなに綺麗に擦り傷作るなんてねえ」
「うう……」
 おじいちゃんが心配そうにこちらを見ている。今日はめでたい門出だというのにねえ、とおばあちゃんが笑った。その隣で、サーヤは大きくため息をついた。
 
 荷造りは昨晩のうちに終わっている。身支度を整え、大きなカバンを引っ掴んで、二人は玄関から外に出た。
「おじいちゃん、おばあちゃん、行ってきます!」
「行ってきま~す!」
 おじいちゃんとおばあちゃんは家の外まで出て見送りをしてくれた。おばあちゃんはあっさりと手を振り、見送る姿勢をとってくれたが、おじいちゃんは、忘れ物が無いかとか、先生たちに失礼のないようにするんだぞだとか、そんな小さな心配をいっぱいいっぱいまでしていて、ずいぶんと落ち着かなさそうにしていた。
「大丈夫よ、おじいちゃん。私たち、きっと立派な騎士になって帰ってくるわ!」
「そうだよ。定期的に手紙出すからね。ちゃんと受け取ってね」
 シーアとサーヤがそう言えば、おじいちゃんは少し照れたように咳払いをして、ようやく手を振り、見送ってくれた。
 騎士学校まで、寮の部屋のことを二人で話しながら飛んだ。部屋が綺麗だといいね。広いと嬉しいよね。ちゃんと片付けができるか不安だな。そんな話をしながら飛んでいれば、あっさりと王都が見えてきた。白い塔の群れが朝の光に照らされていて、今日からあそこに住むのだと思うと、不思議な気持ちになった。二人が王都に来るのは、試験の時以来だった。
「あっ、シーアさん! サーヤさん!」
「ふん、不合格じゃなかったか」
 王都のグライダー広場には、リアムとマシューが二人で立っていた。どうやらシーアとサーヤを待っていたらしい。
 二人の顔には、分かりやすく安堵が滲んでいた。随分と心配をされていたらしかった。
「マシュー! リアムもいるじゃない!」
「良かった~! 二人も合格したんだね……!」
「当たり前だろ!」
 リアムがそう吠えるのをはいはいと聞き流して、ウィンドグライダーから降り、お疲れ様、とひとつ撫でる。彼らはふるりと身体を震わせてみせた。
「でも僕もほんとに良かったと思ってるよ、リアム。試験の日のこと、忘れたわけじゃないよね?」
「うっ」
 マシューが呆れたように窘める。ぐぬぬ。リアムが悔しがれば、シーアが勝ち誇ったように笑った。
「ふふん、この私に感謝することね!」
「うるせえな、感謝はしてるよ!」
 ふん。リアムは一度そっぽを向いて、ふ、となにかに気づいたかのように慌ててこちらを振り向いた。
「のんびりしてっけどそろそろ集合時間来るんじゃねえの!?」
「あっ、そうだ、そうだよ! シーアが寝坊するから……」
「はあ!? サーヤが起こしてくれないからじゃない!」
「何度も起こしたよ!」
「あはは。はいはい、ほら、シーアさん、サーヤさん。急ぐよ」
 マシューが二人の背中をぽんと叩く。シーアとサーヤは揃って慌て、「分かった!」と返事をし、バタバタと走り出した。
 
 *

「さて、これで全員かな。みんな優秀だね~」
 生徒を到着順に並べて、点呼を取る。シーアとサーヤ、リアムとマシューは最後の到着だったので、四人固まって列に並んでいた。
 名簿を見ながら、全員到着していることを確認したイズミ先生は、うんうん、といくつか頷いてからこちらを見た。
「今年の一年は僕が担当することになってるんだよね~。はい、今日のみんなの入寮及び案内を担当します。イズミだよ~。気軽にイズミ先生って呼んでね」
 これは前回も言ったか、と笑ってから、ちらりと横を見る。イズミ先生とは対照的に、目付きの悪い先生が立っている。彼はああ、と頷いた。
「ガロウです。エアリス魔法学院で薬草学を教えています。今日は、イズミ先生のお手伝いをしに来ました」
「この人数を一人で見るのは厳しいだろうと思ってね。騎士学校の先生方にも声を掛けたんだけど、ちょっとこの時期忙しいみたいだったから」
 顔は怖いけどいい先生だよ、とイズミ先生は笑う。そんなイズミ先生をじと、と睨んでから、よろしくお願いします、とガロウ先生は頭を下げた。イズミ先生は全く気にせず話を続ける。
「さて、まず、寮の部屋分けだけど……」
 イズミ先生によると、寮の部屋はある程度近しい仲の人と組まれているらしい。どこでそんな情報を、と質問した生徒に、「いつでも見てるってことだよ」と先生はウィンクをした。
「鍵に書いてある部屋番号が同じ人を探してみてね。おそらくは、おおよそ隣同士になってるはずだよ」
 そう言われて改めて確認してみれば、シーアとサーヤは同じ部屋のようだった。ということは、と振り返ると、リアムとマシューも同じ部屋のようだ。
 周りの生徒たちも同じように確認し終わったのを見計らって、イズミ先生は笑って手を叩き、視線を集めた。
「今日は記念すべき一日目だからね。部屋に荷物を置いて、一息ついたら大広間に集合するように。今から案内するからね。さ、善は急げって言うし、今から行こうか」
 はーい。生徒たちは揃って返事をして、先生のあとをついて歩き出した。
 
 寮は広かった。広すぎて迷子になるのではないかと不安になるほどだ。
 入ってすぐに大広間があり、大広間を通り過ぎて食堂、食事を作るための大きなキッチン、文房具などを取り扱う売店、階段を登れば居住スペース。
 案内中、後ろからガロウ先生が怖い顔で生徒たちをずっと見ていたので、下手なことは出来ない、と変な緊張感を持ったまま案内は終わった。
 シーアとサーヤの部屋番号は二〇六だった。リアムとマシューは階が変わって三〇四。イズミ先生は生徒を解散させ、荷物を置きに部屋に行くよう促した。
「はーっ、広いよな。俺らはさっさと荷物を置いてくるよ」
「うん。シーアさん、サーヤさん。また後で!」
 リアムとマシューが走っていくのを見送ってから、シーアはキラキラとした顔でサーヤを振り返った。
「さ、私達も行きましょ!」
 シーアは意気揚々と部屋とは反対方向に歩き出した。それをサーヤが止める。
「シーア、違う違う、こっちだよ!」
「あ、あれ!? そうだったかしら」
「そうだよ。……荷物片付けたら、しばらく探索して道覚えようね」
「うう……どうせ方向音痴ですよ~だ」
「シーア、いつもちゃんと慣れたら分かるようになるじゃん。大丈夫だよ」
 サーヤに慰められて、シーアは悔しそうな、拗ねたような顔をした。それでもそれ以上に何も言えずに、大人しくサーヤについていくことにした。
 
 寮が広ければ部屋も広い。二人の自慢の屋根裏部屋よりも、寮の部屋の方が少し大きく見えた。
「わくわく感は屋根裏部屋の勝ちね」
「そうだね、ぼくもそう思う」
 そんな会話をしながら自分たちのベッドに荷物を放る。備え付けの収納に持ってきた大切なものたちを並べたり、服をしまったりしていれば、慣れない部屋も少しずつ自分たちに馴染むような気がした。
「さっさと終わらせて探検しましょ!」
 と、最初に言ったシーアはサーヤよりも荷物が多く、どこに何をしまうか苦労しているようだったので、サーヤは自分の分をさっさとしまってシーアを手伝うことにした。
 シーアが持ってきた思い出の品の数々。おじいちゃんとおばあちゃんの写真、父からもらったお守り、二人でお揃いで作った栞。それらを棚に並べていれば、早くもホームシックになりそうだった。
 
 *
 
 二人が荷物の整理を終えたタイミングで、コンコン、と扉がノックされた。時間をかけすぎただろうかと慌てて時計を見たが、集合時間にはまだ早いようだ。
 扉を開けば、ガロウ先生が立っていた。
「シーア、サーヤ、……合ってるか?」
「そうよ」
 サーヤが息を飲む。シーアも少し緊張しているようだった。それを感じ取ったのか、ガロウ先生は困ったように頭をひとかきして、こちらに向き直る。
「いや、なにか困ったことはないか、と……聞いてこいって」
「へ」
 イズミ先生が、と付け加えられた言葉があまりにも小さくて、シーアとサーヤは二人で目を見合わせた。
 意外と怖くないかも。そうかも。目線だけで頷きあっていれば、ガロウ先生は居心地が悪そうに視線を彷徨わせてこう言った。
「……特にないなら、別に」
「今のところは大丈夫だと思います……! あ、でも、一応なにかあった時のために防災設備は確認しておきたくて」
 サーヤがそう答えれば、ガロウ先生はぱちくり、と目を瞬かせてから、頷いた。
「ああ、分かった。……いや、なんだ、ちゃんとそういうものを確認するのは、とても良いことだと思う。他の部屋の子たちにも確認させよう」
 ありがとう、と彼は二人の頭を撫でて、はっとする。
「……これ、セクハラとかになるか?」
 すまない、そういう癖なんだ、つい、と慌てて弁明するガロウ先生を、もうとっくに緊張なんて解けてしまったシーアが笑い飛ばした。
「あははっ、大丈夫よ、先生!」
「褒めて貰えるのは嬉しいので。私たちは好意として受け取りますね」
 サーヤもそう付け加える。ガロウ先生は安心したように頷いて、部屋の防災設備を説明した後、あっさりと部屋から出て行った。騎士学校なだけあって、防災設備や、防犯の設備は充実していたが、なるべく先生を頼るように、と念を押された。
 顔が怖いだけで、真面目な良い先生なのだろう。そんなことを二人で話してから、寮の探検に出た。
 
 *
 
 入ってすぐに大広間があり、大広間を通り過ぎて食堂、食事を作るための大きなキッチン、文房具などを取り扱う売店、階段を登れば居住スペース。
 
 大広間から全部をぐるりと回って、最後に売店に寄れば、こちらに気付いたリアムとマシューが手を振った。
「おーい! シーア、サーヤ、これ見ろよ」
「ちょうど、こういうの好きそうだよねって話してたの」
 二人の手元を見れば、ふたつの鍵が握られていた。繊細な意匠が施された、ちょっとアンティークっぽい鍵。持ってみると思ったより軽くて、でもどことなく冒険心がくすぐられるものだった。
「どっかの遺跡の鍵だって言い伝えられてるんだってさ。これはレプリカらしいんだけど」
「その遺跡から雲の下の世界に行けるんだって! なんだかわくわくするよね」
「そうか?」
 リアムとマシューがそう話しかけてくるのをそっちのけに、シーアとサーヤはその鍵に見とれてしまった。鍵から、わくわくがふわふわと溢れてくるようだった。
 分厚い分厚い雲の下。一体、そこにはどんな世界が広がっているのだろう!
「ああ、ああ、とっても素敵よ! いつか雲の下に行けたらいいわね~!」
「あ、危ないかもしれないけど……、ちょっとワクワクしちゃうな……!」
「ふふ、二人は冒険が好きだもんね」
「は~、よく分かんねえの」
「あら、怖いの?」
「はァ!?」
 リアムが食いついてこないのが意外だったので、ちょっと煽ってみる。素直じゃないんだから、とシーアは思った。
「そんなんじゃねーよ! 子供っぽいなって思ってんのさ。雲の下なんて、なにもないかもしれないだろ」
「行ってみなくちゃ分からないでしょ! ロマンがないんだから~」
「ぐぐ……」
 行ってみなくちゃ分からないのは事実、そうだ。言い返す言葉が見つからずに悔しそうにするリアムを見て、もっと素直になればいいのに、と三人は顔を見合わせた。
「それ、買うの?」
「うわあっ」
 そんな四人の後ろからひょこりと顔を出したのはイズミ先生だった。
「あはは、ごめんごめん。びっくりした?」
 何ら反省してないような声色でひら、と手を振ってみせたイズミ先生は、その鍵に視線を戻した。
「それはレプリカだけど、風の鍵は本当にあるんだよ」
 じ、と鍵を見つめながら話すイズミ先生の声はどこまでも穏やかだった。
「でも、遺跡の場所はまだ分かってないんだ。古い言い伝えだから、本当かどうかも怪しいくらいだけど……。僕たちはそれがあるって信じて、冒険し、旅をする」
 調査の役目は、時に騎士とはちょっとズレるかもしれないけど。そう言ってから、イズミ先生は四人に目を合わせた。
「意外と、君たちみたいなのがあっさりと遺跡を見つけちゃったりしてね」
 話を聞きながら、シーアとサーヤはわくわくが止まらなくなって、目をきらきらと輝かせてしまった。
「先生、私たち、きっといつかその遺跡を見つけてみせるわ!」
「ま、まだ、そうやって言い切るには早いと思うけど……冒険の日々が待ちきれないな……!」
 うんうん、とイズミ先生は頷いた。そんな話をしていると、奥から売店の管理をしているらしいおばちゃんが出てきて、二人にこう言った。
「あらあら、懐かしいお話が聞こえると思ったら。可愛いお二人さん、それを買うのかい?」
「はっ」
 二人は顔を見合わせた。おやつを買うためにとお金は持たせてもらったが、ここでこれを買ってしまっては、歯止めが利かなくなって無駄遣いが増えてしまうのではないか。
 そんなことを二人同時に考えて、困り果てたように黙り込む。
 おばちゃんもイズミ先生もそれを分かっていたかのように頷いた。
「彼女は一人で売店をやっているんだけど、一人だと大変なことも多いらしくてね。学校が始まってからになるけど、たまにお仕事を募集することがあるんだよ」
 おばちゃんも頷いてにこやかに付け加える。
「もちろん、手伝ってくれたらお小遣いが出るよ。それを貯めれば、心置きなく買えるかもしれないねえ」
 シーアとサーヤの表情が分かりやすく明るくなる。リアムが「鍵ひとつで一喜一憂しすぎだろ」と呟いたのを、シーアが睨んで黙らせた。
「それじゃ、いっぱいお手伝いするわ!」
「まかせて! ぼくたち、お手伝いは得意だから」
「頼もしいねえ。それじゃ、この風の鍵はふたつ、取っておこうかな」
 うんうんと頷きながら、おばちゃんは風の鍵と呼ばれたそれをふたつ手に取った。
「手に入るのが楽しみね!」
「うん!」
 マシューもニコニコと見守っている。リアムは態度こそ悪いものの静かに見守っていた。イズミ先生は楽しそうに笑って、将来が楽しみだな、なんて呑気に考えているのだった。
 
 *
 
  気付けばそこそこの時間が過ぎていたようで、そのままシーアたちは大広間に集まった。パンパンと手を叩いてイズミ先生が注目を集める。
「はいはい、静かに! 今日は記念すべき入寮の日だからね。ここからの流れを説明します」
 こほん。わざとらしく咳払いをしてから、先生は話を進めた。
「まずご飯ね。今日は特別に豪華な食事になっているから、たくさん堪能すると良いよ。この後すぐ、食堂に行って食べることになるから、楽しみにしててね」
 ぱちり、ウィンク。室内が少しだけ浮ついた空気になった。
「それで、それが終わったら……なんと! 肝試し大会だよ~!」
「ええ――っ」
 ここでいくつか生徒から抗議の声が飛んだ。シーアとサーヤも声を上げたうちの一人だった。イズミ先生はそれを笑って流し、話を続ける。
「まあまあ、大丈夫だって! 肝試しって言っても隠れるのは僕らと何人かの先輩方だから! 幽霊なんて居ないよ」
 まさかね、と笑い飛ばしてから、す、と挑戦的な目つきになる。
「騎士になるのに、幽霊が怖いなんて言ってられないよね?」
 それを言われてしまっては弱い。ぐ、と黙り込んだ生徒たちを見て楽しそうに笑った先生は、テキパキと班を分けて、じゃあ僕は準備があるから、とその後をガロウ先生に任せて行ってしまった。
 ガロウ先生はガロウ先生で、呆れたように首を横に振ってからそれ以上には特に何もせず、生徒を食堂に案内して最低限の説明を済ませたと思ったらあっさり居なくなってしまった。
 イズミ先生のこと止めてくださいよ、と絡んだ生徒には、あれはもう俺じゃ止まらん、と答えを返していた。彼らは付き合いが長いらしい。
 食事の席は特に決められていなかった。シーアとサーヤ、リアムとマシューはなんとなく近くに座って食事を摂った。
 肝試しのことを思うと食事の味はしない……とでも言いたいところだったが、寮の食事はとても美味しくて、それがまた悔しかった。
「肝試しか。初めて参加するからなんだか緊張するな」
「とか言って、余裕の構えじゃん。シーアとサーヤを見てみろよ」
「ええっ、別になんでもないよ! これは……武者震いだから!」
「そ、そうよ、リアム! 別に怖くなんてないけれど、特別に前を歩かせてあげるんだから」
「な」
「……うーん、この中だと余裕な方かもね」
 おばけなんてよく分からないもの、攻撃できるかも分からないのに出てこられたら困るじゃない。シーアがそう喚くのを全力で揶揄うリアムは意外にも平気そうだった。
 マシューはそれに少し安堵しながら、サーヤに声をかけた。
「サーヤさん、そんなに怯えなくても、大丈夫だよ。おばけなんていないさ。いるのは先生だけ」
「うう……分かってはいるんだけど、やっぱどうしても怖くて……。マシューくんはすごいね、怖くないの?」
「いいや、怖いよ。平気そうに見えるだけだと思う。そう振る舞ってるからね」
「……」
 笑ってマシューはそう言った。あまりにもあっさりしている。でも、嘘をついているようには見えなかった。
「まあ、確かにシーアさんとサーヤさんよりはマシかもしれないけど」
 人並みにはね、と付け加えられた言葉を咀嚼する。そうか、ちゃんと怖いのか。
「……じゃあ、びっくりすることもあるかもね」
「ふふふ、大きな声が出ちゃうかもしれないね。驚かせたらごめんよ」
「いいよ、きっとお互い様だし……」
 話していれば、サーヤの緊張も落ち着いてきたらしい。
「安心した?」
「え? ああ、うん。そう言われてみれば、ちょっとマシかも……」
 ありがとう、とサーヤはマシューに笑いかける。マシューはこの花のような笑顔が好きだった。
「ちょっと、マシュー、サーヤ! リアムったら、おばけなんて全然怖くないって言うのよ!」
「そりゃそうだろ、この世に存在しないものに怯えても仕方ないんだから」
 は、と鼻で笑ったリアムを指さしてシーアはぎゃんぎゃん騒ぐ。マシューとサーヤは顔を見合わせて少し笑った。
 
 *
 
 寮は広い。この広い寮の中を一周して、大広間に戻ってくること。大きな声は出してもいいが、基本的には先生や先輩がお化け役をやるので、なるべく無闇に攻撃はしないこと。それが肝試しのルールだった。
 暗い廊下を、リアムとマシューを先頭にして恐る恐る進む。多少マシになったとはいえ怖いものは怖いので、シーアとサーヤは後ろで手を繋いでいた。
 二人が恐る恐る歩いていく先、リアムとマシューは平然とお喋りなんかしながら歩いていく。
 そんな二人を見て、シーアが「なんで怖くないのよ、ありえない……」と恨み言を漏らしていた。
 
 ひたり、ひたり。足音が聞こえる。
「お、先生かな」
「会ったことない先生も隠れてたりするのかな。楽しみだね」
「楽しみ!? そんなわけないでしょ、こんな状況じゃなければ素直に楽しみにしたのに!」
「そ、そうだよ! 肝試しなんかじゃなければ……っ うわあっ、シーア、後ろっ」
「な、何よ……ぎゃ――!!」
 ばあ、と出てきた先輩にシーアが遠慮なく拳をとばす。うわっ、と、先輩の声が漏れて、その拳はあっさりと捕らえられた。冷たい。
「シーア!」
「コラ、あんま暴力振るうなよー。生きてたらどうすんだ」
 おそらくは先輩らしき人影はそのままシーアの手を解放する。そんな言葉とは裏腹に、彼は楽しそうだった。おばけジョーク付きだ。
「私を驚かすからでしょ!? でも、怪我させなくて良かった……です」
 慣れない敬語を使って、シーアがそう言う。
「後輩に怪我させられるほど生半可な訓練は受けてないからね」
 先輩はあっさりとそう言って、満足げに笑うとその場を離れた。しばらくして、後ろの方から他の班のものであろう悲鳴が聞こえた。
「かっこいい……!」
「くっ、そうね……。私たちもいつかああなりたいわね……」
「……今の」
「……」
 羨望の眼差しを向けるシーアとサーヤとは裏腹に、今度はリアムとマシューが真っ青な顔をしていた。
「なによ、どうしたの」
「……いや……」
「ふん、まあ、見間違いだろ」
 リアムが鼻で笑う。強がりだ、と思った。
「ええー! なに!? 気になるんだけど」
「……いや、」
「リアムくん、マシューくん、顔色悪いよ」
 サーヤがそう言えば、リアムとマシューは二人して顔を見合わせた。
 観念したようにマシューが口を開く。
「……今の人、足、なかったなって」
「……」
 シーアとサーヤは目を見開いて、さっきの人が歩いていった方を見る。が、もう既にそこは暗闇が広がるばかりで、特に何も見えないのだった。
「もしかして、本当に」
「……生きてたらどうすんだ、って言ってた」
 ぽつり。シーアが呟く。そういえば、触れた手は冷たかった。
「で、でも、触れられる幽霊なんているわけないじゃない、馬鹿ねえ!」
「そ、そうだよね、気のせい……」
「……」
 四人全員顔を合わせて沈黙していれば、ふと影が落ちた。
「……お前たち、」
「ぎゃ―――!!」
 大きな背丈の、ツギハギの顔。頭に刺さったネジ。昔、父に聞いた話を思い出す。まさか、本物のフランケンシュタイン!?
「……」
「いや、ガロウ先生じゃん」
 リアムに言われて改めてまじまじと観察する。フランケンシュタイン――もとい、ガロウ先生は、シーアとサーヤが悲鳴を上げたので、申し訳なさそうに縮こまっていた。
「……いや、これは、イズミ先生が……」
 しどろもどろな言い訳つきである。
「な、なんだ、ガロウ先生だったんだ……! ビックリした、イズミ先生ってメイクがお上手なんですね……」
「そんなことより、ガロウ先生、大変よ! 私たち、本物の幽霊を見たの、ねえ、リアム、マシュー!」
 マシューがそれにうんうんと頷く。リアムは呆れた素振りで首を横に振った。それを聞いて、ガロウ先生もひとつ頷いた。
「ああ……、エアリス魔法学院にいるやつらだ。イズミ先生にこの役を頼まれた時に、盗み聞きしていたらしくて……」
 ガロウ先生は、困ったようにポリポリと頬をかいた。
「あんまり本気で驚かすことはしないだろうが、楽しくなってしまっては良くないから。釘を刺しに行こうかと思って」
 そうなれば、うちの生徒も困るだろうから、と先生は言った。
「……先生、幽霊って触れるんですか?」
「ん? ああ……聞いたことはあるが、そうでなければポルターガイストを起こせないだろう、と答えられた」
 じゃあ、シーアは本当に幽霊に拳を……。シーアの方を見れば、顔を真っ青にして自分の手を見てから、
「私、殴ろうとしちゃったわ。祟られたりしない?」
 ガロウ先生は噴き出すように笑ってから首を横に振った。
「そこまで悪い奴らじゃないから、大丈夫だ」
 そうして、ガロウ先生が暗闇の奥に消えていくのを見届けた四人は顔を見合わせた。
 
 しばらくして、遠くの方でけたけたという笑い声が聞こえた気がしたが――気のせいだということにした。
 
 *

「さて、これにて今日の肝試しを閉幕といたします!」
 しっかり怖いメイクを施して、ノリノリで生徒をおどかし回ったイズミ先生が、楽しかったと言わんばかりの笑顔で高らかに宣言する。疲れた生徒達にもしっかりと拍手を求めてきたので、多少間を置いてからまばらな拍手が起こった。一番楽しんだであろう幽霊は、一体どこから取り出したのか、ピロピロと笛を吹き回っていた。
「今日はゆっくり休んで。授業が始まるまでしばらく間があるから、その間にここでの生活に慣れること。先生もたまに顔出すようにするし、寮の管理人さんはいつでもいるから、なにかあれば大人を頼ること。分かったね?」
 それじゃ、解散! 先生が手をパン、と叩いたのをきっかけに、辺りがゆるやかに騒がしくなる。
「お、終わった~!」
「シーア、今日は早く寝よう……」
「そうね……」
「俺らも部屋戻るか」
「そうだね、そうしよう」
 四人が解散しようかといったところに、イズミ先生が近付いてくる。
「マシューくん。ちょっとだけ先生と話せるかな」
「あ、はい! じゃ、リアム、後で」
「おー」
「また明日、マシューくん!」
「また明日~」
 シーアとサーヤが声を掛ければ、マシューは控えめに手を振って去っていった。
 
 *

「マシューくん。君の家族のことなんだけれど」
「ああ……」
 マシューは遠い目をした。イズミ先生はひとつ頷いて、事情の説明を始めた。
「学校に対してさんざん連絡が来ているんだ。君を返してくれ、と。でもこの学校への入学は君が決めたことなんだろう」
「そう、ですね。……すみません、ご迷惑を」
「いやいや、大丈夫だよ。いくらでも頼って。……それで、こちらとしても僕たちができる限りの対応をしようと思うんだ」
 イズミ先生はひとつ息をつく。そして、真剣な眼差しでマシューを見た。
「君はどうしたいかな。なるべく、解決してやりたいんだ」
「……」
 マシューは少し黙って考えた。どうしたい。どう、したい?
「僕は、ウィンドグライダーが好きなんです。彼らと触れ合いたいから騎士になりたいと思いました」
「だから、……家族には、感謝しているけど、僕は、」
「……」
 そこで、マシューは言葉に詰まった。
「……うん。そうだよね」
 イズミ先生が言う。
「ありがとう、じゃあ、君がここに居られるように全力を尽くすよ」
「ありがとうございます」
「ただ、ね」
 イズミ先生は、その声に少しの心配を乗せてこう言った。
「ご家族の理解を得るためには、きっと僕一人じゃ足りないと思うんだ。君の力ももちろん必要だと思う」
「はい、もちろんです」
 マシューは頷く。イズミ先生はため息をついて、あんまり力になれなくてごめんね、と笑った。
 
 
 部屋に戻れば、リアムが本を読んで待っていた。
「起きてたの?」
「ん、や、気遣われるのもだりいなって」
「あはは、そう」
「寝る?」
「うん、寝よっか」
 そうして、それぞれのベッドに潜り込んで、目を瞑る。
 家族のことを考えて、先生方の苦労のことを考えて、それから、自分がいますべきことを考える。
 考えれば考えるほど、よく分からなくなりそうだった。
 もう、さっさと寝てしまおう。布団を深く被り直して、マシューは目を瞑った。
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ふたつの翼、ひとつの空,文章/詩歌

【夕空翼/結城桃音/正城朱希】


・夕空翼
一人称はボク、二人称はキミ、アンタ、など
〜だよね、〜だよ、〜だからさ、あたりの口調が基本です。焦ったりとかで荒々しくなるとちょっと男の子っぽくなったりもする。〜だろ! とか。

好きな景色や心躍る瞬間:名前に入っているからという簡単な理由で幼い頃から夕空が好きです。心躍るのはやっぱりステージ上で歌ったり踊ったりしているときなのではと思います。それ以外なら美味しいご飯を食べているときです。

クラスメイトの名前:一通り覚えています。が、顔と名前は一致しません

好印象を抱く人の特徴:自分の好きに正直であるとか、強い信念を持っているとかにプラスして、彼自身の好みについてとやかく言わない人がだいたい好印象です。それ以外はおおよそあまり興味がありません。


・結城桃音
一人称は私、二人称はあなた、君、など
夕空翼と似たような口調を使います。でも夕空翼よりは女の子らしいです。〜よね、〜だよ、〜だからね、のような……

好きな景色や心躍る瞬間:かわいい服のたくさん売っているお店なんかが好きなんじゃないでしょうか。心躍るのは特に気に入ったデザインを翼が着ている時とかだと思います

クラスメイトの名前:顔まで含めて覚えています。

好印象を抱く人の特徴:この世界のあらゆる人々が基本的に好印象からスタートします。幼馴染さえ傷つけなければ「いい人なんだよな……」で止まってくれるでしょう。


・正城朱希
一人称は俺、二人称はお前、あんた、など
〜だろ、〜だよな?、〜だな、など、男の子らしい口調で話します。

好きな景色や心躍る瞬間:好きな景色 景色? 幼馴染といる時間がなんだかんだ好きなんじゃないでしょうか。あるいは、翼の姉である奏海の歌を聞くのが嫌いではなかった、とか
心躍るのはやっぱりダンスをしているその瞬間だろうなと思います。それ以外であれば……、友人に作曲を褒められるのは嫌いじゃないだろうなと思います

クラスメイトの名前:顔とエピソードは覚えています、が、名前はたまに忘れがちです。

好印象を抱く人の特徴:フラットにおおよその他人に興味が無いので、彼が憧れを持つほどの何かがなければ好印象は難しいかもしれません。強い熱を持っている人を好ましく思う傾向があります。


・三人共通
三点リーダーも使うだろうし、伸ばし棒もその時々によって使い分けて頂いて構いません。
また、三人とも声色に出やすいタイプだと思います。
好印象を抱く人の特徴:三人とも、いちばん大きなところに言葉を選んで会話が出来る、という項目が入ります。

また、衣装や髪型については好きにしていただいて構いません。畳む

,文章/詩歌,TrendSync!

#宇宙の箱、しあわせのかけら
562文字


「これ、違くないか」
 テオが設計図を指さしてそう言った。言ってから、余計だったか、と焦った。ミラのものだったからだ。
 駆け寄ってきたミラは、どこが、とテオに聞く。作りたいのはデジタルな手紙をとどける機械だ。破綻している箇所を指さしつつ、上手くいかない理由を話す。ミラはなるほどと頷いて、設計図に何かを書き足し始めた。
 ミラは、設計の天才だ。しかし、そのための知識は圧倒的に足りていない。だから、たまにこういう破綻がうまれる。それなのに、たまにしかうまれないから彼女は化け物なのだ。
「これでどう?」
 ミラがそれを見せてくる。確認すれば、発生していた問題はあっさりと解決されていた。
「……お前、本当に、そのアイデアはどこから……」
「……? 考えたら、分かる」
 不思議そうな顔でミラは首を傾げる。悔しくて黙れば、ミラは、は、と口を抑えた。
「嫌なことだった?」
「……いや、」
 お前のそれに嫉妬しているだけで、嫌ではない。弁明すれば、ミラは理解したというように頷いて、それから胸を張った。
 ミラのこの清々しいところは好きだった。
「でも、テオの知識は頼りにしているから」
 ミラはそう言った。テオはなんとも言えない気持ちになってまた黙った。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
 お前と話すと劣等感が刺激されるから嫌だ。そう言えば、ミラは珍しく笑ってピースを作った。

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▼本編
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創作,宇宙の箱、しあわせのかけら,文章/詩歌