No.426

#ふたつの翼、ひとつの空
後日談 5466文字

「魔法学校の学園祭?」
「そ!」
 いつにもまして上機嫌なイズミ先生が笑顔で頷く。呼び出されたシーアとサーヤ、リアムとマシューは思わず顔を見合わせた。曰く、毎年開催されるエアリス魔法学校の学園祭に、騎士学校からも生徒が数名、招待されるのだという。
「仲良しの君たちにはぴったりだと思ってね。それに、それなりに真面目に授業も聞いてくれているだろう。興味があるなら是非、とのことだけど、どうする?」
 エアリス魔法学校。確か、入寮案内の手伝いをしてくれたガロウ先生がいる学校だったはずだと、ふんわり思い出す。
「お祭りかあ、なんだか楽しそう! 私は行きたいわ」
「ぼ、ぼくも……!」
 シーアとサーヤがそういえば、リアムとマシューも頷いた。
「ま、お前らを二人で行かせるのも不安だしな」
「はあ? 何よそれ、行きたくないならついてこなくてもいいのよ」
「行きたくねーとは言ってねえだろ!」
「あはは、まあまあ……」
 マシューが二人をなだめる。イズミ先生は前向きな返事にうんうんと頷いて、じゃあ、と話を続けた。
「来月のこの日、丸一日開けておいてね~」
 はーい、と全員で返事をする。サーヤは、久々にとっても楽しみな予定が増えて、なんだかとても嬉しかった。

   *

 ――――それがあったのが、先月の、全てが起こる前のこと。時が過ぎるのは早いもので、また、いろんなことがあったのもあり随分長くも感じたが、当日はあっさりとやってきた。
 魔法学校の大きなホールに座って待っていれば、大きな音楽とともに、魔法の光がホールを照らし、弾ける。司会を任せられたのであろう生徒が魔法学校に住み着いている幽霊に茶々を入れられながら何とか進めていくのを、客席のシーアたちは笑いながら眺めた。
「それでは――――エアリス魔法学校学園祭、開幕です!」
 わぁっと拍手が弾け、いっせいに光が灯る。開会式は豪勢に終わり、はしゃぐシーアたちを先生は穏やかに眺めていた。
「すごいすごい! 魔法って使い方によってはこんなことも出来るのね!」
「そ、そうだよね……! ぼく、感動しちゃった」
「今のは星魔法だね。僕たちが基本的に使えるのは風魔法なんだけど、エアリス魔法学校では星魔法の研究も行われているんだ」
「へえ、そうなんだ……」
「星魔法と風魔法の違いってあるんですか?」
 イズミ先生が補足を入れたのに、リアムが質問を重ねる。イズミ先生がうーん、と唸っていると、後ろから声が降ってきた。
「風魔法が生活などのいろいろな物事に役立つのと比べて、星魔法は基本的には役に立たないものだ。生活を彩るもの、とも言い換えられる。だけれど、時に星魔法は強力な魔法を発揮し俺たちを助けてくれる。だから俺たちはそれをもっと上手く生活に役立てられないかと研究している」
「ガロウ先生!」
 シーアたちにぺこ、と軽く頭を下げて、ガロウ先生はイズミ先生に視線をやった。
「イズミ、今年の案内役も俺だ」
「やった。じゃ、例年通りよろしくね」
 そうしてガロウ先生はシーアたちに向き直る。怖い先生ではないと分かってはいるが、向き合うと少し緊張してしまうのも事実だった。
「ガロウだ。覚えているかは分からないが、入寮の日にお手伝いをさせてもらった。薬草学の授業を担当している。よろしく」
 それに倣ってシーアたちも自己紹介をした。ガロウ先生は頷いてから、少しだけ眉を下げた。
「イズミから聞いたが……、なんか色々大変だったらしいな。お前たちが無事で良かった。イズミもそれはそれは心配していて……」
「わーっ! その話はいいの! もう終わった話なんだから掘り返さないで! いいから、学園祭の説明をしてよ」
 話を遮られたガロウ先生は目線をイズミ先生に向けたが特に何も言わず、彼の言葉に従って学園祭の説明を始めた。
 学園祭は生徒たちが自主的に研究し制作した出し物を楽しむイベントであり、今回出されているのは、星魔法で作られたプラネタリウム、様々なことを占ってもらえるブース、魔法植物の展示・即売会、自由研究自費出版本の即売会、古代魔法の文字を習うコーナー、など。その他には魔法を駆使して作られた食べ物や飲み物が販売されるとの事だった。
 その中でも今回の目玉は舞踏会だった。エアリス魔法学校のいちばん大きなホールを借りてみんなで踊る。だから正装指定だったのか、とリアムは納得した。正装は動きにくくて苦手だった。
「どこに行きたいかはお前たちで決めると良い」
「そうだよ〜。僕たちはあくまで引率だからね、決まったら教えてね」
 先生方はそう言って邪魔にならないよう二人で話し始めた。シーアが貰ったパンフレットを開いて口を開く。
「さて、どこに行きたいかしら!」
「ぼ、ぼく、本が欲しいな……!」
「私はプラネタリウムに行きたいわ」
「僕は魔法植物が気になるかなあ」
「俺はどこでも……」
「どこでも!?」
 リアムの言葉にシーアが食いつく。
「どこでもいいわけないでしょ、こんなにワクワクするんだから! 遠慮せずに行きたいとこ言いなさいよ」
 そんなことを言われても。本当にどこでも良かったので、リアムはしばらく悩んで、こう言った。
「どこに行っても楽しいだろうし、どこでもいいよ」
 あらま、素直。シーアが目を丸くしたのを見て、リアムはやらかしたと思った。思ったが、そのまま話が進み、訂正する隙もなく向かう場所は決まっていった。
 
   *
 
 まず本を見て買う。次にプラネタリウムに行って、古代文字を習って、ご飯を食べて、魔法植物は嵩張りそうなので最後でいい、とマシューは言った。
 先生二人はそれを聞くと、計画的だね、と笑って、立ち上がった。
「じゃあまずは、本を買いに行こう」

 並べられた自費出版の本たちは、サーヤの目にはキラキラ輝いて見えた。
 風花の生態と分布に関する研究、ウィンドグライダーの飛行原理の解明、古代魔法の復元研究、星魔法の発現条件と遺伝的要因、雲の下に関する仮説、ウィンドグライダーの好む食べ物大全、など。
 全員の好みがバラバラなので、それぞれで見て周り、時間を決めて出口に集合、ということになった。
 サーヤは星魔法や図鑑を中心に気になるものを買ったし、マシューはウィンドグライダーに関係しそうな資料を気まぐれに買った。リアムは地上に関する資料を集めて、シーアは可愛いものや物語を中心に買った。
 時間通り全員が集まったのを確認したイズミ先生もいくつか本を買っていた。
「いやいや、思ったより買っちゃった。面白そうなものが多いね」
「こういう場に来るとまだまだ学ぶべきことがあると実感させられるよな。これから楽しむのに本が嵩張るようなら俺が持つが」
 視線がサーヤに集まる。サーヤは慌てて大丈夫です、と伝えたが、ガロウ先生はその荷物をそっと手に取った。
「いや、どう考えても重いだろう。任せてくれ」
 そう言ってガロウ先生はその荷物を手にしていた本の中に収納した。おおーっと歓声が上がる。簡単に魔法を使う先生たちはやっぱりかっこよかった。便乗してシーアが荷物を差し出せば、ガロウ先生はそれも収納してみせた。
「お前たちは?」
 リアムとマシューは目を見合わせた。二人はなんだか少し悔しくて、首を横に振って大丈夫だと伝えた。
 
   *
 
 プラネタリウムでは月と星座の話が主だった。終わった後、イズミ先生とガロウ先生は、自分たちの苗字には、月を意味する単語が入っているのだと話した。
 古代文字を書いてみるワークショップでは、古代文字の五十音順が配られた。長らく研究の進んでいなかった古代文字は、最近になってぐんと進んだらしい。小さくヴェルタ先生の名前を見つけて、ナユタもこれに関わっているのだろうなとサーヤは思った。
 ご飯を買って、魔法植物を買って、一通り満足したところで、イズミ先生がよし、と頷いた。
「そろそろ舞踏会の方行ってみる? 必要なら荷物はガロウ先生か僕が預かるし」
「そうね〜! 楽しみだわ、ね、サーヤ!」
「そうだね、シーア……!」
 先生たち二人は、舞踏会、という響きだけでわくわくしているシーアとサーヤを微笑ましげに眺めて、それからホールまで足を進めることにした。

 ホールは賑やかだった。
 並べられた美味しそうな料理たち、楽しそうに踊る人々の靴の音と、談笑の声。みんながみんなこの時を楽しんでいて、活気で満ちていた。
「わああ……!」
 思わず、と歓声が漏れた。シーアは、そんなサーヤを見て嬉しそうに笑った。
「まるでおとぎ話みたいね!」
「そうだね、シーア!」
 くるくると音楽に合わせて踊る人々を眺めながら、ほうとため息をつく。手を取り合い踊る年上のお姉さんやお兄さんたちは、なんだかとてもきれいに見えた。
「僕たちも踊る?」
 マシューがサーヤに声を掛けた。サーヤは少し慌てて首を横に振った。
「ええっ、ぼ、ぼく、踊ったことなんてないし……」
「大丈夫だよ、たとえ下手でも、誰も怒ったりしないさ」
 どうしよう、とシーアの方を見れば、そこにシーアはおらず。代わりにそこにいたリアムがこう答えた。
「あいつはケーキ取りに行った。踊りたいんなら踊れば」
 滅多にない機会だろ、とそっぽを向いたリアムの視線の先には、シーアがいた。サーヤは少し考えて、リアムにこう聞いた。
「リアムくんもシーアと踊りたいの?」
「なっ」
 返ってきたのは沈黙だった。違う、ともそうだ、とも言わなかったが、沈黙は肯定だった。へえ、ふうん。薄々気づいてはいたけれど。
「シーア、踊るの好きだけど、リアムくんとは踊ってくれないかもね。いつも素直じゃないもん」
「は」
「素直じゃないリアムくんにはシーアはあげられないな」
 リアムにじと、とした視線をやったサーヤは、マシューを向き直って手を引いた。
「行こう、マシューくん」
「えっ、あ、う、うん!」
 マシューも驚いたまま手を引かれていく。そうして置いていけぼりにされたリアムの後ろで、イズミ先生が盛大に笑った。
「おい、イズミ」
「だ、だって……。ふふ、あはは!」
 そこで戻ってきたシーアが楽しそうなイズミ先生に首を傾げた。
「なにかあった?」
「いや……」
 どう答えてもよくなかった。結局なんでもない、と言ったリアムにシーアがむすくれる。リアムに同情気味のガロウ先生が助け舟を出した。
「……こほん。サーヤとマシューは二人で踊りに行ったぞ」
「え――――!?」
 シーアの視線がサーヤを探す。踊るサーヤは思ったよりも楽しそうで、それが不服だった。
「何よ、マシューのやつ! サーヤは渡さないんだから」
 流石双子というべきか、二人して同じような気持ちを抱えているらしい。そのくせ、自分に向けられたものにはお互い気づいていない様子だったのがなんだか恨めしかった。
「シーア」
 リアムが声を掛ける。シーアはケーキを口に突っ込みながらリアムを見た。リアムは、あー、とか、んー、とか、しばらく唸った。先生方は空気に徹してくれている。
「……俺達も踊るか?」
 結局出た言葉はそんなもので、シーアは少し考えた後にそれを断った。
「今ケーキ食べてるから、無理よ」
「……そうだな」
 シーアは、しおらしくて変なリアム、と思った。
「リアムだって、別に積極的に踊りたいわけじゃないでしょ。私はこういう場は好きだけど、気を使わなくていいのよ」
 サーヤが戻ってきたら少し一緒に踊ってもらおう、と心に決めながら、ケーキを次々と口に放り込んでいく。リアムは、しばらく黙っていたが、シーアがケーキを食べ終わったころにようやく立ち上がった。
 そのまま、シーアのそばに膝をついて――――
「俺が踊りたいから! ――――……俺と、一緒に、踊りませんか」
 ひゅう、と周囲から歓声が上がった。茶化されている。シーアは少し驚いてリアムをまじまじと見た。リアムは顔を真っ赤にしていて、珍しい顔、なんて思った。
「それなら、いいわよ。喜んで」
 シーアが手を取って立ち上がる。それから、リアムを見てこう言った。
「踊りたいなら最初から素直にそういえばいいじゃない。誰だって手を取ってくれたでしょ」
 サーヤもマシューも。付け加えられた言葉にそうじゃないとまでは言えず、リアムは小さく、おう、とだけ返した。

   *
 
「いや、青春だね。なんだか懐かしいな」
 イズミがガロウに向かってそう言った。ガロウも目を細めてそうだなと同意を返す。
「俺達も踊る?」
「仕事中だろ、イズミ先生」
「つれないなあ、ガロウ先生は」
 そんな言葉の反面、二人は楽しそうだった。穏やかな空気がその場に漂っている。
「俺も跪いてお誘いしたらいい?」
「生徒にからかわれるのが目に見えてるからなあ」
 ガロウが唸る。イズミは悪戯っぽく笑ってこう聞いた。
「恥ずかしい?」
「そうじゃないが、億劫が勝つ」
「うわ、ちょっと分かるな」
 イズミは自分の持つ生徒たちの顔を思い浮かべて頷いた。だろ、とガロウが困ったように笑う。
「そんなふうに誇示しなくても、俺は恋人を信じているので。ちゃんと帰ってきてくれると」
「そうじゃなくて、普通にガロウ君と踊りたいだけだよ。下手そう」
「醜態を晒せと?」
「かわいいとこが見たいって話だよ」
 じと、と睨んだガロウに、イズミがにこやかに返す。しばらく睨み合ってから、観念したようにガロウは目を逸らした。
「機会があったらな」
「お、言質」
 せんせー! と、遠くから声がかかる。シーアたちが戻ってきているのを、少しだけ惜しく思いながら、二人は立ち上がって彼らの方へと向かって行った。
 ――――そうして、平和な日常は続いていく。
 いつか彼らも、自分たちと同じようになるのだろうかと、不確定な未来に思いを馳せながら。先生方もまた、まだ小さな生徒たちのために奔走する日々を、平和と呼んでいるのであった。
 畳む

文章,ふたつの翼、ひとつの空