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#宇宙の箱、しあわせのかけら
562文字


「これ、違くないか」
 テオが設計図を指さしてそう言った。言ってから、余計だったか、と焦った。ミラのものだったからだ。
 駆け寄ってきたミラは、どこが、とテオに聞く。作りたいのはデジタルな手紙をとどける機械だ。破綻している箇所を指さしつつ、上手くいかない理由を話す。ミラはなるほどと頷いて、設計図に何かを書き足し始めた。
 ミラは、設計の天才だ。しかし、そのための知識は圧倒的に足りていない。だから、たまにこういう破綻がうまれる。それなのに、たまにしかうまれないから彼女は化け物なのだ。
「これでどう?」
 ミラがそれを見せてくる。確認すれば、発生していた問題はあっさりと解決されていた。
「……お前、本当に、そのアイデアはどこから……」
「……? 考えたら、分かる」
 不思議そうな顔でミラは首を傾げる。悔しくて黙れば、ミラは、は、と口を抑えた。
「嫌なことだった?」
「……いや、」
 お前のそれに嫉妬しているだけで、嫌ではない。弁明すれば、ミラは理解したというように頷いて、それから胸を張った。
 ミラのこの清々しいところは好きだった。
「でも、テオの知識は頼りにしているから」
 ミラはそう言った。テオはなんとも言えない気持ちになってまた黙った。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
 お前と話すと劣等感が刺激されるから嫌だ。そう言えば、ミラは珍しく笑ってピースを作った。

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▼本編
>250

文章,創作

#宇宙の箱、しあわせのかけら
1012文字


 兄は自分の前で無理しがちなところがある。ミラは嫌という程知っていた。
 ルイに手伝ってもらって、確証を得たことがある。人の心の正体は箱のようなものだ。そこから必要なものだけを抜き出し、別の箱に入れる。それだけなら、装置を作るのも簡単なことだった。
 長いこと見ていたから知っていた。兄が最近疲労していたこと。ため息が多くなって、笑顔に無理が滲むようになって、最終的に、彼は弱音を吐いた。
 お兄ちゃんは、やっぱり、幸せじゃなかった。
 これだけは、ミラの中で揺るぎのない真実だった。

 小人たちに手伝ってもらって、その装置を作る。小人たちは、ものを作る技術は高いが、設計するための技術はそこまで持っていないようだった。
 出来たものを迷いなく起動する。その場の誰も止めなかった。
 次の瞬間、ぐわん、と大きな振動がして、箱にそれが集まったことを確認して、立ち上がる。こんなところで留まっている訳にはいかなかった。

 次の星では、一人で起動した。どの星でも、周りのことはあまり見なかった。あの時、ちゃんと現実を見ていれば、こんなことにはならなかったのだろう。

 自分のせいでのたうち回る彼を見て、自分は何を思ったのだろう。心配? どの面を下げて。悔しさ? それはそうかもしれない。が、そんな場合ではなかっただろう。ひとつずつ感情を否定しては何も残らなくなる。

 兄を、幸せにしたかった。本当にそれだけだった。ほとんどの人々はミラを責めなかったが、遠くから刺すような視線を感じた。彼らにも、自身にとっての兄のように、大切な人がいたのだろう。

 考えることは好きだ。けれど、それは技術のことだけだった。それ以外は要らなかった。どちらかといえば、それは兄の得意分野だった。
 
「お兄ちゃん」
「なあに、ミラ」
 だから、兄に聞くのが早いと思った。
「お兄ちゃんにとって、昔の方が幸せだった?」
「……それは、」
 兄は少し黙って考えた。しばらくして、首を横に振った。
「それは、無いよ。星にミサイルが降ったから、今は、テオたちとも友達でいられるんだ。……でも、」
「いや、そもそも幸せって言うのはきっと、比べるものじゃないんだよ。きっといつだって、その時の幸せがあるものだからね」
 なんとなく納得のいく説だった。ミラは続けてこう聞いた。
「それで、納得してる?」
「うん、そうなるかな」
 ノアは頷いた。じゃあ、いいか。ミラも納得したので、それ以上のことは何も言わなかった。畳む


▼本編
>250

文章,創作

#宇宙の箱、しあわせのかけら
1768文字


 ああ、夢だ。ノアは自覚した。
 こんな昔の記憶を掘り起こすなんて、今日の僕はナイーブなのかもしれない。そんなことを思いながら、夢の中を漂う。目の前には小さな頃のテオがいた。

 ―――僕たちは、親友なんかじゃなかった。

 父さんは、この星に君臨する王様だった。だけれど、自由を愛していた。子供が好き勝手知らない家の子供と遊ぶのを咎めなかった。
 テオとルイは、城の近くに住んでいる、普通の家の子供だった。たまたま、城から抜け出し遊びに出かけた時に出会った歳も知らない友達。
 父さんも母さんも、勉強をサボったことしか咎めなかった。友達と遊ぶのは見過ごしてくれていた。
 しかし、周りの意見は厳しいものだった。
 王子様なのに、普通の家の子と遊んでいる。きっとあっちの子が金目のものを渡したんだ。いやいや、王子様が好き好んで遊んでるだけだ。品格がない。
 それでも友達は友達だった。僕たちがあんまり気にしなかったのが、良くなかった。
 気づけばテオとルイは、なにやら勉強をしているのだとか言って、家から出てこなくなった。
 遊び相手が居なくなったので、自然と勉強に身を入れた。特に、身体のことを学ぶのが好きだった。この頃から、医者という将来の夢は決まっていた。

 ある日のことだ。
 新しい従者がやって来るのだと父から聞いてはいた。ミラと一緒に会いに行けば、テオとルイだった。
 また遊べるのだと喜んだのも束の間、彼らは似合いもしない敬語を使って首を横に振った。
 王子様と王女様のイメージが落ちてしまうから、と。

 しばらく拗ねてみた。ダメだった。ちょっとだけ荒れた。それでもダメだった。嗜められて終わった。どうしても納得のいかない僕を、ミラが困った顔で見ていたのを覚えている。
 でも、それはきっと、友達と一緒に居るための、父の配慮だった。それでいて、彼らの気遣いだったのだ。
 しばらく時が経ち、その関係性にも慣れた頃―――突然、この星にミサイルの雨が降るようになった。

 父は即座にその星を突き止め一人で交渉に向かった。母は国民たちを大きな船に乗せ他の星へ避難するべく奔走した。
 幼い僕たちは何も出来なかった。知識を振り絞って重傷な怪我人たちを診ている間、ミラとルイが船の点検をしていた。
 テオは、何を言っても僕のそばを離れなかった。
 その船が飛び立つ間際、テオとルイだけでも一緒に乗って行けと説得した。僕たちは、父のために残ることを決めていた。
 彼らは頑として乗らなかった。どこまでも頑固なやつらだった。命令だと言っても、もうそんなのなしだろ、とかえってくる。
 そして、どうして、と聞けば、必ずこう返ってくるのだ。
 お前たちは子供だからだ、と。

 歴史に名を残すような大喧嘩だった。テオはそれでも船には乗らなかった。悔しくて、なんでだよ、とぼやけば、心配だからだ! と返ってきた。痺れを切らしたような声だった。
 僕が何も言えなくなった隙に、彼らは船を飛ばした。そもそも時間がなかった。
 ミラが僕の手を握る。それまで、悔しくて泣いていることに気付かなかった。ああ、これでは本当に子供みたいだ。テオが呆れたようにため息をついて、ルイがおろおろと僕の頭を撫でる。それでも止まらない涙が悔しくて憎かった。
 船を見送った後、僕を振り返ったテオは、敬語も王子様呼びも全てを外して、あんま情けない顔すんなよ、と言った。これで友達に戻れるのだから、とも。

 ああ、遠くで、誰かが呼ぶ声がする。―――テオだ。
 その瞬間、スコン、と頭に衝撃が走った。
「ノア、こら、この寝坊助!」
「いてっ」
 目を覚ます。不機嫌そうなテオが、丸めた設計図を手にこちらを見ている。これで殴られたのだろう。
「寝坊助って……、まだそんなに寝てないじゃんか」
 テオは不機嫌そうな眉間のシワをさらに寄せた。
「あんまりにも魘されてるもんだから、嫌な夢でも見てんのかと思って起こしてやったのに?」
「はあ? ……ああ、」
 どうやら、魘されていたらしい。うるさかっただろうかと謝れば、別に、と返ってくる。
「心配してただけだしな」
 彼らのこういうところを見ると、僕たちはまだ、彼らにとっては子供なのかもしれないと思う。
「スープあるけど、いる?」
「……いる」
 それ自体は多少不満ではあったが、それが一番子供っぽいことをもう知っていた。心配は素直に嬉しかったので、仕方なく、仕方なく受け取ってやることにした。
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▼本編
>250

文章,創作

#宇宙の箱、しあわせのかけら
本編 21542文字


宇宙の箱、しあわせのかけら
 
 遠い遠い、宇宙の果て。
 ぽつりと、他の星から隔絶されたように浮かぶ、戦場の星。
 この星では、誰か、人がいる気配も無いのに、機械だけが戦闘を続けている。
 どん、と大きな音が鳴って、弾ける。ミサイルの雨が降る。
 それでも、ここに住む人々は、この星を捨てられず、いまだに留まり続けている。
 
 僕たちは、そんな攻撃で簡単に死ぬような種族ではない。
 だから―――小さな妹と二人だけでも、生きていける。
 
 父さんはどこか遠くの星に交渉へ行ったまま、帰ってこない。
 母さんは毎日、大変な人たちの手伝いで、家にいることはほとんどなかった。
 
 恨んでいるわけではない。
 でも、こうして過ぎ行く毎日を、どう納得させたら良いのか分からなくなってしまった。それに少し疲れてしまった頃―――。
 
 ―――妹のミラが、姿を消した。
 
 
   *
 
 
 戦闘区域をかき分け、戦場の喧騒が少し落ち着いている、当分の間は平穏に過ごせそうな―――昔、首都であったところ。
 一隻の大きな船が、廃墟から突き出るように鎮座している。
 その船を眺めて、青年が二人佇んでいる。
 焼けた肌の青年はノア。そして隣に立つ銀髪の青年は、ノアの親友・テオだ。
「……な、大きな船だろ。姉さんと頑張ったんだぜ。」
 テオは大きく胸を張った。確かに立派で大きな帆船だ。肯定の相槌を打てば、そうだろうとテオはさらに胸を張る。仰け反らんばかりだ。
「こんな大きな船、借りちゃっていいの? それに……」
「だーもう! いいって言ってるだろ~? どうせ機械音痴だから~とか言うんだろうけど、お前の妹のこともかかってんだからな!」
 ……全部お見通しのようだ。
 ミラが失踪したその日。その足で親友のテオの家へ駆けこみ、事情を説明したのが今朝のこと。少なくとも、その辺で野垂れ死ぬほどやわな種族ではないだろうと信じ、テオお得意の機械を使って周辺を調べ回ったのが、ついさっきまでのことだ。
「宙力に余韻が残るなんて知らなかったな。この船なら、それを追うことができるの?」
「そのとーり!」
 び、と指を立ててテオは言う。曰く、ミラにも開発を手伝ってもらっていたから、その分彼女の宙力―――言い換えるならば魔力―――の色が記録されているのだという。
 いつの間に。確かに最近入り浸っているなとは思ってはいたが。
 テオ曰く、その宙力の余韻は、この星の外まで続いているのだそうだ。信じがたいことだが、テオはこんな時まで冗談を言うやつではない。
 ミラは、この星から出て行ってしまった。
 まだまだ子供のあの子を一人にしておくわけにはいかない。それに、もし何かに巻き込まれていたら。
 僕は、ミラを追って旅立つことにした。
 
 
  *
 
 
 
 テオの案内で船内に入り、簡単に船の操縦を教わってから、雑に物資を運び込む。例えば寝袋。灯り。食料は娯楽なので少しで良い。
 そのまま、テオに見送られながら、あっさりと旅立ちの時はやってくる。
「気をつけろよ、ノア。ミラも、何かに巻き込まれてるかもしれないから、覚悟して行け。」
 そう言ったテオに見送られながら、ゆっくりと船は浮上する。
 
 ミラは、どうして星の外まで行ってしまったのか。もしかしたら、なにかに巻き込まれているかもしれない。
 早く、早く会って、話して、それで――
 そのあとのことは、そのあと考えよう。

 
 時間の流れが少し変わる航路があって、星間移動は意外と早いのだと、テオは言った。
 ミラの宙力を追い、最初にたどりついたのは、小さな小人たちが暮らす「積み木の星」だった。
 ブロックみたいな家。ちょこまか動くロボットたちが、小人たちの生活を支えているらしい。
それにより、どこか、おもちゃ箱みたいな風景が広がっている―――その、はずだった。
「……おかしい」
 この星は、こんなに静かな星ではなかったはずだ。もっとガチャガチャとにぎやかで、どちらかと言うとやかましくて……。
 オイルの匂いと、笑い声と、金属音がごちゃまぜになって、それがこの星のいつもの朝だったはずだ。頭に過去の記憶を何度浮かべようと、記憶と視界は合致しない。
 ひとまず、船をそこで停め、地上に降り立てば、一人の住人がそこで座り込んでいた。
「ねえ、急に声をかけてごめんね。大丈夫?」
「……」
 返事はなかった。どこかぼんやりとこちらを見つめ返してくるその視線は虚ろだ。どう考えても、尋常な様子ではなかった。
 続けて様子をみようと声を掛けつつ手を伸ばす。そのとき、ずん、ずん、と低い音を立てて何かが近づいて来ているのが分かった。
 息を詰める。なんだってこの星には、そんなに大きな生き物はいなかったはずだが―――?
 
 ふ、と背後から影が差した。
 ノアと同じくらいの大きさの、無人のロボットだ。普段は小人たちが乗り回しているもの。
 ではなぜ急にロボットが現れたのだろう? 疑問に思う間もなく、ロボットはその硬い腕を振りかぶって―――。
 
 がしゃん。大きな音。
 間一髪でそれを避けたノアは、慌てて走り出す。ああ、この星の道が広くてよかった。
 がしゃん。ずん、ずん、ずん。音を立ててロボットはノアを追う。
「ねえ! 僕は敵じゃないから追いかけないでよ! 妹を探しに来ただけなんだって!」
 慌ててノアが言う。機械に言葉は通じない。
「僕が誰かを踏んづけちゃったらどうするんだよ!」
 走りながらそう言って、気づく。そこら一帯に住人は一人も見当たらない。
 いや、どうして誰もいないんだ。この静けさがいちばん怖い!
 警戒は緩めず、走る。だって、住人とノアの身長差では、踏まれた住人の方はただでは済まないだろう。
 人を殺したいわけではないのだ。ただ、ミラを探しに来ただけ。
 しかし、こうなってはどうしようもない。このロボットを破壊するか。そうでもしなければ、僕の体力が先に尽きそうだ。
 いや、でも、しかし。と、考える。このロボットを破壊した場合、その責任はどこに向かうんだろう!?
 ウンウンと悩んでいれば、気付けば行き止まりに辿り着いていた。振り返る。ロボットはすぐそこに迫っている。
 数発では死なないだろう。だが、急所を狙われる可能性は十分にある。
 
 ええい、ままよ。このまま戦うしかない、と懐から武器を取り出そうとしたその時、
「待った!」
 誰かがそう叫ぶ。ロボットの動きが鈍くなる。その隙を利用して、もう一体―――小人の乗った、一回り小さなロボットがノアの前に立った。
「この旅人さんには、本当に悪意は無さそうだ。少なくとも、殺す必要は無いと思うよ!」
 観察されていたのか、それとも。その小人がそう言えば、そのロボットは振り上げた腕を大人しく下げ、またずんずんと音を立ててどこかへ行ってしまった。
 
 その小人の乗ったロボットは、改まってこちらを振り返る。
「ええと、君は……?」
「いや、いや、ごめんね。ちょっと……こちらの事情で、いきなり諸手を上げて歓迎という訳にはいかなかったんだ。許しておくれ」
 その小人はロボットからぴょんと飛び降り、恭しく礼をする。彼の名前はレオと言うらしい。
 
 実は、と前置いて彼は話した。
「見ての通りなんだけど……今、この星は大きなピンチを抱えているんだ。人々が、無気力になってしまっているみたいで」
 レオは、困ったように頬をかいて、少し唸る。何かを言うべきか悩んで、また口を開け、閉じる。
「……言いにくいことがあるのなら、別に言わなくてもいいよ」
 そう声を掛ければ、レオは決心がついたように顔を上げ、こう言った。
「君に似た人が、この星を訪れた形跡があってね。」
「それから、らしいんだ。本来、この星はこんなに静かな場所じゃない。妹を探しているんだろう?」
 それに、なにか心当たりがないか。それが聞きたいのだろうが、生憎ノアはその答えを持ち合わせて居なかった。
「彼女は、一人で?」
「そうみたいだよ」
 だとすれば、妹が自分で選んだことのようだった。何故、どうして。いろんな言葉が浮かんでは消える。でも、ひとつ答えられるのは、
「それを、探しに来たんだよな」
 ミラがどうしてそんなことをしているのか。どうして、星を出ていってしまったのか。
 そう、少なくとも、その答えを探しに来たのだ。
「そっか、君にも、分からないんだね……」
 困ったなあ、とレオは唸った。
「……実は、僕、元の星では医者みたいなことをやってたんだ。と言っても、まだまだ勉強中の身なんだけどさ。さっきは、そこで倒れてた住人さんを診ようとしてたんだけど……。」
「なるほど、それでロボットに襲われたんだな。」
 レオが納得したように頷く。その後、小さなカギをノアに手渡した。
「おれ、向こうの屋敷にな、住人たちを集めてるんだ。のざらしじゃかわいそうだと思って」
 非礼は詫びる。だから、彼らのことを診てくれないか。そう言ってレオは頭を下げた。
「……、ありがとう。確かに、風邪をひいてしまうかもしれないからね、良い判断だと思う。」 
 任されたよ、とノアは頷いた。
 レオも頷いて、再びロボットに乗り込んだ。残りの住人たちを探しに行くらしい。大丈夫だと思うけど、気を付けて。そうノアに伝えると、そのままロボットは歩き出していった。
 
  *
 
 
「……奇妙な現象だな」
 診る、とは言ったって、違う種族を診たことなんてなかった。ひとまず、と、声を掛けながら体の異常を確認していく。だいたいは、特に異常なさそうだ。だとすれば、問題は内側にあるのだろう。宙力が足りていないのかもしれない。そう思って、持ってきていた宙石を近づけてみる。―――瞬間、瞼が震え、その人はこちらを向いた。
「……旅人さん?」
「そうだよ、驚かせてごめんね。ねえ、ここで何があったか、知らない?」
「いいえ……。意識はあったから、さほど驚いてはないのよ。」
 彼女はしばらく困ったように黙って、再び口を開いた。
「その……、貴方に似た女の子が、この星に来てくれたの。たくさん歓迎して、それで、やりたいことがあるんだっていうから、みんな、なにも聞かずに協力したの。そうしたら、……その」
「こうなってたってわけか……。そう聞くと、全部は彼女のせい、なんだろうな」
 ノアがそう呟くと、彼女は視線をさまよわせた。
「ねえ、あなたは彼女の知り合いかしら。どうか気を落とさないで。彼女、ずいぶん思いつめた顔をしていて、私たちも、心配だったから手伝っただけなの。ちゃんと話を聞くべきだったわ、……ごめんなさい」
「これが私を起こしてくれたの? まるで意識はあるのに寝てるみたい。体が動かなくて、心がなんだかさみしいの。だから、やりたいことが浮かばなくなって、体を動かす気もわかないんじゃないかしら。」
 そこまで話すと、カタンと音がした。振り返れば、レオが、何人かの住人たちを運び込んでいるようだった。
 宙石を彼女に渡し、手伝うよと声を掛ける。レオの話によれば、これで全ての住人は避難させることができたようだった。
「レオさん、無事だったのね」
「おお、喋れるようになってる!?」
「彼のおかげよ。」
「いや、どれかといえばこれかな。宙石っていうんだ。」
 それを彼女から離しすぎないよう拾い上げる。そういえばとふと浮かんだ疑問を口にした。
「レオはなんで無事だったの?」
「仕事だったんだよ。まったく、運がいいのか悪いのか」
 レオは肩をすくめてそう言った。ピンと来なくて首を傾げれば、レオは重ねてこう補足した。
「ほかの星に食料調達に行ってたんだよ。」
 なるほど、とノアは頷いた。
「それで、原因は分かったの?」
 レオがそう聞く。ノアは少し唸った。解明にまで至ったわけでは、ない。けれど、きっと、宙力で何とかなるということは、気持ち、とか、心、とか、あるいは、脳のはたらき、とか。そういうところに原因があるのだろう。これがノアの推測だ。
 宙力の量は、その時の感情により左右される。だとしても、ここまで大勢が、一気にとなると、それはその人の核となる部分なのだろう。
 人の、核となる部分。それに影響を及ぼす何か。少なくとも、それが特定できない以上は、宙石でなんとかするしかない、が。
「そんな大きな宙石なんて滅多にないし、分け合うのも難しいだろうね」
「え――!! あんた、医者なんだろ、諦めずになんとかしてくれよ!」
「いや、もちろんそのつもりだけど……。」
 もしかしたら、ミラがしでかしたことでもあるのだろうし。困っている人を放ってはおけない。にしたって、何の案も浮かばないのだから仕方がないだろう。
 宙力を分け与えるもの。大きな宙石があれば、一時はしのげるだろうが……。もっと燃費が良く、宙力を分配する方法とすれば? うんうんと悩んでいれば、ふと、レオがこうこぼした。
「こう……、なんか、宙力が、ガ――っと広がればいいのにな。」
「ガ――ーっとって……」
 そういえば、そういうものをミラが作っていた記憶がある。あれは確か、音を広げるものだった。どんな形状で、どんな構造をしていたか。
 懐からメモ帳を取り出し、ぐりぐりと描き出していく。ああ、もう、こういうのは妹の方が得意なのに! 
 それを覗きこんでいたレオが、納得したような声を出した。
「ああ、なるほど。スピーカー!」
「それだ!」
 スピーカー。拡声器。あとは、それを宙石に当てはめ、構造を改めて再構築して、……。
「……、できた?」
「破綻はしてないと思うけど……。自信はないや」
「とりあえず作ってみよう。だいじょうぶ、資源はそれなりにあるんだ」
 それなら、と頷く。ようやく希望が見えた気がした。
 
 
  *
 
 
 小人たちのものづくりの技術力はとても高い。
 レオは、あっという間に宙力スピーカーを制作し終わったどころか、いくつか余分に予備まで渡してくれた。
「もしほかの星もこんなになってたら困るからな~。ノア、妹さんのためにほかの星にも行くんだろ?」
「ためっていうか……。まあ、そうだよ。」
「じゃあそこで必要になるかもしれないし、持って行ってくれよ」
「……ありがとう、助かるよ。」
 それを受け取って、宙力で船の中へ転送する。さて、とレオに向き直れば、大きな宙石を一生懸命運ぼうとしているところだった。
「……運べる?」
「悔しいけど、無理かも……」
 それを手伝って、街の中心部、噴水広場までたどり着く。静かな街は、何度行き来しても不気味だったが、これがうまくいけば。
 
 宙石をそこに置く。悪戦苦闘の末、なんとかその大きなスピーカーをセットして、あとはスイッチを入れるだけだった。
「頼む……!」
 レオが祈りながらスイッチを押す。その瞬間、ぐわん、と、大きな音にも似た揺らぎが二人を襲ったが、それ以上のことは何も起こらなかった。
「……成功したのかな。少なくとも、拡散はされてるんだろうけど」
「ほんとうに? あ、もしかして、さっきの揺れみたいなのがそれなのか?」
「宙力って、めちゃくちゃ簡単に言えば振動に似たものだからね。おそらくはそう、かな」
 なるほど、とレオが頷く。ひとまず、二人で住人たちの様子を見に行くことにした。
 
 
   *
 
 
 ロボットたちがガシャガシャと歩き回っている中を、屋敷まで歩いて進んでいく。
「もしかしたら、上手くはいってないかもしれないね」
 ノアはぽつりと呟いた。
「どうして?」
「宙力を増幅させるための媒体が必要なんじゃないか、って思ったんだ。」
 それはきっと、影響を及ぼされている元のなにかしらに、強く紐づいたアイテムだとか、あるいは思い出だとか、そういうもの。
「そうでないと、宙石に宿った宙力もすぐ尽きちゃうだろ?」
「……それは、無いよ」
 レオはまっすぐ前を向いて言った。
「だっておれたち、そんな弱くないし。それに、生きていく力っていうのは、勝手に作り出すものだから。」
 動けるようになったら、そういう類のものは、きっと、勝手に見つかるって、信じてる。
 そう言って、レオは笑った。
 
 
 屋敷に着けば、中がざわざわと騒がしいようだった。宙力スピーカーの開発が、成功したことの裏付けだった。
 顔を見合わせ、扉を開ける。
 住人たちが、一斉に静まり返ってこちらを見た。
「ああ、紹介するよ。彼はノア。妹さんを探しに来たんだって。この事態を解決してくれたのは、彼だ」
 レオが安心させるようにそう言えば、わあっと拍手が上がる。
 その後、わいわいとそれぞれ好き勝手に喋り出した。ようこそ。よく来たね。タイミングが悪かったね。お礼は何がいい? そんなふうに騒がしくなる中、近くにいた住人がノアにこう言った。
「あの女の子は妹さん?」
 その言葉にまた、少しだけ喧騒が止む。
「……おそらくは、ね」
「そう……。さっきまで話してたんだけど、どうやら、彼女は私たちの幸せを欲していたらしいの。」
 その言葉に、ガンとショックを受ける。幸せを? ミラが? わざわざ、人から奪い取るほど?
「理由は分からないのよね。……彼女、本当に必死だったの。私たちは大丈夫だから、彼女を救ってあげて欲しいわ」
「……そ、それは、もちろん。……その、それ以上になにか言ってた?」
「いえ……。私たちの症状を、総括した結果がそうだった、ってだけなの。やりたいことがあるって言ってた。それ以上のことは知らないわ」
「そっか、いや、ありがとう。」
 彼女は、少し心配そうな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。
 レオも、「ま、きっと大丈夫だ」と軽く背を叩くに留め、それ以上に何かを言うつもりはないようだった。
  
 
   *
 
 
 それなりの量の食料、宙力スピーカーと、小さな花束。
 船にありったけたくさんの感謝を詰め込まれ、それらをどう消費しようか悩みながら旅立つ。
 
 ミラは、なにをしたくて、みんなの幸せを奪っているんだろう。
 彼女にそのつもりがなくても、やってることはそれと相違ない。その自覚があって? いや、そんなはずはない。
 彼女は、どこまでも優しい女の子なのだ。
 
 この旅は、今まで経験したことの無い苦難の旅になるのだろう。
 文面だけ見ればわくわく出来そうな事象でも、実際こうして苦難に見舞われると話は変わるものだ。
 なんだか少し気が重くなった。
 
 それでも、進まなければならない。ミラを見つけなければ。
 この旅は、続いていく。
 
 
 
 船は静かに進んでいく。ごうんごうんと鳴る音はそれなりに心地良く、ぼうっとしていれば眠ってしまいそうだ。
 貰った食料を食べながら考えてみても、ミラの目的なんて皆目検討もつかなかった。
 星が襲撃された日の、驚きと悲しみがないまぜになったような、複雑な気持ちが、ずっと続いていた。
 それでも生きる限り生活は続いていくので、変わらず長めの睡眠と、娯楽とは言えもらってしまった食べ物の消費に勤しむ日々である。
 
 次の星は、緑の星。獣人たちの住む、木々が沢山生えた原生林の広がる美しい星だ。確か、野菜などの食料資源が豊富で、それぞれに余裕がある心優しい星だと聞いたことがある。
 彼らにとっては食は娯楽ではないのだ、とも。もしかしたら、貰ってきた食料がなにかの役に立つかもしれない。
 
 ぼうっと窓の外を見る。もうそろそろ到着しそうだ。緑の光を発する星が、ぐんぐんと近づいているのが見えた。
 
 次の星では、何も問題が起きていないといいな。
 そう祈りながら、ノアは出発の準備をすることにした。
  
 
   *

 
 緑の星に辿り着いた。
 前回のようになにかに襲われないよう、警戒しながらその地に降り立つ。
 葉っぱのあいだから光がさして、どこからか美味しいにおいが漂ってくる。
 スープの匂い、焼けたパンの匂い、それから、甘く煮た果物の匂い。
 胃袋を持たない僕でさえ、お腹が鳴りそうな気がした。
 文字通り、噂通りの美しい星だった。
 だというのに、その森の中には、たくさんの人がただ座りこんで、ぼんやりと空を見上げている。
「……」
 この星にもミラが来て、幸せを奪っていったのだろうか。
「あら、旅人さん?」
「!」
 ふと、黄色い猫のような、狐のような、耳の生えた獣人に声を掛けられた。
「……君は話せるんだね、はじめまして。僕はノア、妹を探しに来たんだ。」
 そう話せば、彼女は困ったように頬に手を当てた。
「妹さんを? それなら間が悪いかもしれないわ。見ての通りよ、もう大変なことになってるんだから……」
 やはり、ここでもミラは何かを起こしたようだ。
「うーん……、まあ、それの解決も、目的のひとつかな」
 不思議そうに彼女はこちらを見つめる。ノアはそれを苦笑して流し、彼女に言った。
「君はどうして被害を免れたの?」
「地下に居たからだと思うわ。私たち、地下で食料を育ててるから、その時地下にいた私たちは無事だったんだけど……。」
「こうなった原因も、治し方も分からない、と?」
「そうね」
 そこまでは、前回と同じだ。確認しつつ、頷く。
「実は、なんとかできるかもしれないんだ。前の星でも、似たような場面に遭遇したからね。」
 ぱちくり、と目を瞬かせてから、彼女は首を傾げた。
「そうなの? ……ああ、自己紹介を忘れていたわね、ごめんなさい。私はエラ。この森で料理人をやっているの。」
 エラは困った顔で続けた。
「私一人で、あなたを信用するかどうかを判断するのは、とても難しいわ。もうひとり、頼れる人を連れてきてもいい?」
 もちろん、とノアは頷いた。
 
 
   *
 
 
「ノア……さん、こちらはニコ。」
 そう言って紹介されたのは、長い耳の兎の獣人だった。
「どうも。よろしくね、ノア。」
「うん、よろしく。」
 ニコは頷いて、ノアと握手を交わした。彼も、エラと同じように地下に居たらしい。
「妹さんを探してるそうなの」
 エラが補足する。ニコは目を瞬かせた。
「へえ、妹を? それでこの星に?」
「あー……、いや、まだ確定ではい……と信じたいんだけど、妹がこの事態を引き起こしたかもしれなくて」
「ええ?」
 困ったようにニコとエラが顔を見合わせる。
「えっと、そうなるともっと信頼出来ないのは分かってるんだけど……。兄として、見過ごしておけないんだ。あいつは、唯一の家族なんだよ」
 それを聞くと、しばらく二人は黙り込んで、改めてノアの目を見て、顔を合わせた。
「……分かった。今は信じるけど、変なことしたら許さないからな」
「うん、もちろん。ありがとう」
 ほ、と肩を撫で下ろしたノアを見て、二人は複雑そうな顔をしていた。
 
「へえ、じゃあ、この装置で宙力を広げれば解決するかもしれないってこと?」
「話が早くて助かるよ」
 ノアの説明に、感心したようにニコは言った。
「でも、これだけの規模じゃ、僕の手持ちの宙石では足りないかもしれないな……」
 ノアが言う。この星に宙石があればいいが、とエラを見れば、
「宙石なら、地下に行けば取れるはずだわ」
 と答えが返ってくる。
「それじゃ、取りに行く他無さそうだな」
「でも、きっと大変な道になるわ。」
「どれくらい?」
 エラとニコは言葉を重ねてこう言った。
「一泊しなきゃいけないくらい」
「ええっ」
 ノアは驚いて、それから首を傾げた。
「そんなに!? どこにあるの?」
「地下にあるの。宙石は貴重だから簡単には盗めないように保管されてる」
「まあ、この事態だから、番犬との戦闘は避けられないだろうね」
 ニコとエラは揃って首を横に振る。番犬たちは何故か暴れ出しており、手が付けられない。
 かつ、彼らは戦闘は得意ではないのだそうだ。
 かくいうノアも戦うのは得意ではない。が、ここまで来たらやるしかないだろう。
「じゃあ、戦う時は僕が行くよ。二人は隠れててくれていい。その後、宙石をとる時はついてきてくれる?」
「え、そこまでするか?」
「うん」
 ノアは頷いた。それから、
「じゃ、準備が出来たら行こう。きっと大丈夫だ」
 と声を掛けた。二人もさっさと準備を済ませ、地下へと向かうことにした」
 
   *
 
 
 地下は広い。どこまでも続く似たような道に、ところどころドアが設置されている。
 その先には大きな空間があり、大切な資源が保管されているのだと、エラは説明した。
 
 会話もそう長くは続かない。静かな道の中に靴の音だけが反響している。
 もうずいぶん長いこと歩いた気がする。ドアもいくつ通ってきたか分からない。
 そろそろ休憩をした方がいいか、と思案し始めたところで、手前のドアにエラが駆け寄った。
「今日はもう休みましょう。夜に地下に居るのは危険だから」
「そうだね。ノア、夜の地下は危ないんだ。沢山の化け物が徘徊するから」
「ええっ、そうなの!? ……気になるけど、危ないならとりあえず入ろうか。今が何時かも分からないし」
 こくり、頷いた二人の背を追い掛けて、そのドアの中に入る。
 ドアの中は小さな宿のような内装だった。簡単なものなら作れそうなくらいの大きさのキッチン、ちょっと狭い寝床。必要最低限転がっている趣味の様々な備品は、今まで使用した人々が残していったのだろう。
「まあ、まだ夕方頃だと思うけどね」
「でも、ご飯を食べるなら今の方がいいわ。彼らは音に敏感なの」
 そう言いながらエラは料理の準備をする。そういえば、彼女は料理人だと言っていた。
「……その、化け物っていうのは」
 おそるおそるノアが聞く。それにはニコが答えた。
「元々この星に住み着いていたらしいよ。元は俺たちと共生していたらしいんだけど……」
 エラが補足する。
「彼らは昼の明るい時間には活動できないからね。明るい時間は私たちの時間、夜は彼らの時間。だからお互い邪魔しないようにしてるの」
 ニコは肩を竦めた。
「化け物って呼び方だけはなんとかなんないかなって思うけどね~。そうとしか言いようがないんだよ」
「へえ、なるほど、そういう習慣なんだね」
「そうさ」
 ノアは納得した、と頷いた。
「……ところでニコ、お腹は空いている?」
「残念だけど、あんまりかな」
「そう……実は私もなの。ノアさんは?」
「僕は食事を必要としないから、大丈夫だよ。君たちもそうなの?」
 二人は首を横に振った。
「じゃあ食べた方が良いよ」
「でも、ちょっと作るのが面倒だなって思ってしまったの。今までこんなこと無かったんだけど……」
 本当なら、初めて会った旅人さんには、自慢のきのこのシチューと甘い果実酒風のジュースを出していたのだけどね、とエラは苦笑した。
「地下に来たからねえ、気が落ちてるのかもしれないね」
 困ったように二人は笑う。ノアは少し訝しんだ。
「地下に落ちたら気が落ちるものなの?」
「そんなことは無いけど……それ以外に原因が浮かばないんだよね」
「……ふうん、そっか」
 これも、幸せを奪われた結果だったりして。そんな思考がふと頭を掠めた。
「……じゃあ、僕が作るのは? 君ほどの腕はきっとないけど、ご飯を作るのは好きだよ」
「そう? じゃあお願いするわ」
 そうしてご飯を食べ、布団を敷いて、眠る。
 
 次の日も、これ以上のことは起こらなかったが、ご飯のことだけ無気力になる彼らを見て、やはり彼らの幸福は食に関係していたのだろうと思った。
 
 再びその道を下っていく。階段なんて無いから、上るのは大変だろうな、なんて頭で考えてしまったばかりに、下に降りるのが少しだけ億劫だった。
「あそこだよ」
 ずいぶん下って、下って、今日も辿り着かないのではと疑ってしまったあたりで、小さな声でニコが言った。
 見れば確かに、番犬らしき大きな生き物が、そのドアの前にどっかりと寝転がっている。寝顔は苦しそうで、そこらじゅうにかぎ爪のあとがあり、ずいぶん暴れ、疲れてしまっているようだった。
 丸くなった尻尾だけが、子犬みたいに、時々ぴくぴく揺れている。
「おお……」
「彼も、夜に活動する化け物の一人なんだ。ただ、他のと違って昼間も活動できるみたい。」
 ほう、ともう一度その生き物を見る。化け物。確かに言い得て妙だった。
「いつもはちゃんと言うことを聞いてくれるのだけど……」
「今回ばかりは……」
 ニコとエラが顔を見合わせて、ノアの方を改めて見る。不安そうだった。
 大丈夫だと言うようにノアは頷いた。
「小さな宙石であれば余っているし、それがなにかの役に立つかもね。でも、それをするには一度近くに寄らなければいけなさそうだ」
 まあ、やれるだけやるよ。それに二人が頷いたのを見て、ノアはそこから歩き出した。
 
 姿勢を低くして、そろりそろり。これが合っているかは分からないが、敵意が無いことを示したかった。
 それが幸をなしたか、番犬はこちらに気付いているようだったが、静かにノアを待ち続けていた。
「番犬さん、こんにちは。」
 がるる。返事の代わりに唸り声がした。
「おやすみのところ、ごめんね。実はいまの君の苦しみの役に立ちそうなものを持っているんだ。」
 これを、と宙石を見せた瞬間、番犬は目を見開いて立ち上がった。
 
 間髪入れずにかぎ爪がノアに飛ぶ。ノアも、警戒は怠っていなかった。ひとつ、ふたつ。間を開けてみっつ。避けてしまえば、疲れた番犬はこちらに声を上げる。
「それはなんだ? あの時と同じ光だ! 答えろ! 私たちに何をした!」
 ノアはハッとした。宙力がその穴を埋めるなら、幸せを奪ったのだって宙力を使っているだろう。
「それは僕じゃない! 妹なんだ! 僕はそれを止めるために旅をしてるんだ!」
 がしゃん。壁にかぎ爪があたって離れる。もう一発と番犬は振りかざした。
「この光は宙力の光なんだ、君たちが失ったのは君たちを形作る感情の核の一つで、おそらくそれは―――」
 番犬の顔が迫る。近くにその鋭い爪があって、思わず目をつむる。遠くで二人が手を伸ばしているのが見えた。
 ギイ。いやな音がする。壁がえぐれたのだろう。しかし、しばらく待ってみても、衝撃は来なかった。
「―――それは?」
「……幸福、と呼ばれるものだ」
 目を開く。番犬は思ったより離れた場所にいた。後ろを確認すれば、深く抉れた壁が目に入った。
「嘘はついてないようだな。私たちは馬鹿じゃない、それくらいは分かる。」
 番犬は話しながらノアに背を向け、扉の前まで歩く。静かな声だった。先ほどとは違い、静かすぎて、聞き取りづらいほどだ。
「私たちは宙力の塊のようなものだ。その分、感情の核は常に剥き出しになっているようなものなのだろう。私たちは深く影響を受けてしまった。自分が死なないよう、壁を攻撃するだけで精一杯だ。」
 幸福は、彼にとっては大きな生きる糧だったのだろう。くるりと振り返った番犬は、ノアに頭を下げた。
「すまなかった、旅人よ。ここを通るといい。お前の技術でなんとかなるからここまで来たのだろう。」
「正しくは前の星に行った星の住人のものだけどね。まあ、でも、ほら。頭を上げてよ、番犬さん。」
 ノアは笑って、今度はこちらが頭を下げた。
「妹がすまない。君の同胞たちも、きっと苦しんでいるのだろう。……必ず何とかしよう、約束する。」
 そうして、隠れていたニコとエラを呼べば、二人は無事でよかったと次々口にした。番犬にも頭を下げて、改めて三人で扉をくぐることになったのである。 
 
 
 扉の中には、部屋を埋め尽くさんとする大きな宙石が鎮座していた。何メートルあるのだろう。とにかく大きくて立派な宙石だ。これであれば、彼らの手助けになるだろう。
「ノアさん、さっき言ってた、幸福がどうとかって……」
「……ああ」
 ノアは頷く。
「妹は、幸福を探してるらしいんだ。」
 二人は困ったように顔を見合わせた。ノアはその空気を苦笑して流し、さてと切り替えた。
「このスピーカーを使って、この石の宙力を拡散するんだ。そうすることで、足りてない幸福の部分が補われるはずだよ」
 そう言って、収納カバンの中からスピーカーの部品を取り出していく。初めて見る技術だったようで、二人はいたく感動していた。
「そんな小さいカバンの中からこんなに大きな部品が出てくるなんて! これはどこの部品?」
「開発したのはうちの国の技術者なんだ。僕の親友でもある。それはこっち」
「へえ、じゃ、あなたも技術者なの?」
「僕は医者だよ。技術方面は難しくて苦手だ。組み立てはできるけどね……」
 そんな会話をしながらテキパキと組み立てていく。この部品はこっち。あの部品はあっち。エラが器用だったおかげか、二回目だからか、すんなりと組み立て終えることができた。
「さて、起動するよ」
 そうしてそれを動かす。ぐわん、と、大きな音にも似た揺らぎがして、それ以外は特に目立った変化はないが、成功しているだろうか。
「うーん。成功してるかどうかも分からないのが難点だよなあ」
「でもきっとうまくいってると思うわ、ノアさん」
 エラがそう声を掛ける。
「だって私、今とても料理がしたいの。戻ったらパーティにしましょう」
 嬉しそうに微笑んで、彼女はそう言った。
 
 地上までは、番犬の背に乗り連れて行ってもらった。番犬もすっかり穏やかな顔をしており、それは装置の起動がうまくいったことの裏付けだった。彼は頭を下げて地下へと戻っていく。
「エラの料理、楽しみだなあ! ぼく、すっかりお腹がすいてぺこぺこだよ」
 ニコがそんなことを言いながら地上への扉を開ければ、地上は声で溢れていた。無事でよかった。なんだったんだろうね。そうして無事を喜び合う彼らに、安堵のため息が漏れた。
 
 ふと、奥の方が騒がしくなる。王さま。ご無事でしたか。そんな言葉が聞こえてきたと共に、大きなライオンの獣人がこちらに歩いてきているのが見えた。
 彼は、三人の目の前で足を止め、しばらくの間、こちらを見つめた。あたりは静まり返っていた。
「エラ、ニコ、ご苦労。こちらの方は?」
「ありがとうございます、王さま。こちらはノアさん。今回の騒動における、救世主です。」
 エラが経緯を説明すれば、あたりから拍手が巻き起こった。
「なるほど。それでは、パーティを開かねばならないね」
 王さまもまたそう言って拍手をし、いそいそとパーティの準備を始めた。
「王さま、楽しいことが好きなんだ。きっとパーティの気配を察してここまで来たんだよ」
 ニコがそうノアに耳打ちする。ノアは緊張していたのがなんだかおかしくなって、思わず笑ってしまった。 
  
 
   *
 
 
 パーティをするなら、前の星でレオたちにもらった食材も是非使ってくれと船から下ろせば、なにやら貴重なものが多かったようで、悲鳴が上がった。
 何も知らず調理もせずに食べていたから、と言ったら怒られた。食に熱い種族である。
 パーティではたくさんの料理たちが並び、それを気まぐれに食べては歌って踊りが繰り返された。端っこで眺めていれば踊りに連れ出されるし、料理を食べていればもっと食えと盛られる。
 その熱狂ぶりは面白かったが、時間は有限である。
 早々に切り上げようとすれば、王さまから止められ、大きな宙石を渡された。
「きっと必要になるだろうから、持っていきなさい」
 必要なのはあなたたちではないのか。返そうとすれば「この星は、たまたま宙石にだけ恵まれているから」と押し戻される。ありがたく貰うことにした。
「それじゃ、またね」
「気をつけろよ、ノア!」
「今度は妹さんも連れてご飯を食べに来るといいわ」
「ありがとう、そうするよ」
 ニコとエラにも手を振って、船に乗る。
 船を飛ばせば、手を振っている住人たちはみんな森の緑に掻き消され、緑の星は遠くなっていった。
 
 
 
 船はゆるやかな航行を続けている。この間、ノアには特にやることもないので、うつらうつらと眠気と戦っていた。
 そんな時、ふいに船は大きな音を鳴らした。
「なっ、なんだ!?」
 慌ててノアは起き上がる。レーダーを見れば、宙力の反応が今までになく大きいようだった。
 近い。
 慌てて船を動かし、立ち上がる。聞かねばならないことが山ほどあった。
  
 
   *

 
 ミラが居るのは、特に何も無い星のようだった。文明の滅んだ跡だけが薄らと残るその星の、どこかに、ミラが。
「ミラ! どこにいる!?」
 大きな声を上げながらその辺を探し回る。返事は無い。
 話したいことがある。聞きたいことがある。なにか、嫌なことがあったなら聞くから。
 頼むから返事をしてくれ、と手当たり次第に探す。
 視界がちらつく。
 大きな光が漏れている建物を、見つけた。
 
 大きな建物だ。
 その光の元は最深部にある。
 ばち。
 ばち、ばち。
 ばちばちばち。ばち。
 嫌な音がする。
「ミラ!」
 ばたん。大きな音を立てて扉を開いた。
「ノア!」
 驚いた顔でテオがこちらを振り返る。
 その隙にとミラはその手をテオにかざした。
「ミラ、待て!」
 ミラは止まらない。
「ミラっ、……テオ、危ない!」
 テオの前に飛び出す。それでようやく、ミラの呪文を紡ぐ声が止まった。
「……どうして?」
 ミラが首を傾げた。
「どうしてはこっちのセリフだ!」
 ノアが吠える。ミラは不思議そうな顔をして、やがて、諦めたように首を横に振った。
「―――大丈夫。待っててね、お兄ちゃん」
 そう言って、一歩、二歩、後ずさっていく。
「待てミラ、馬鹿!」
 慌ててその後を追おうとしたがその時、強い光がミラの手のひらから放たれた。
 目を眩ませているうちに、ミラはその場から姿を消してしまった。
「くそっ」
 ノアが悪態をつく。それまで呆然としていたテオは、それで我に返ったらしかった。
「ノア……」
 テオは、何かを言おうとして、言葉を選んでいるようだった。
「……テオ、一度船に戻ろう。きっと、まだ、そんな遠くにまでは行っていないはずだ」
「……、……そうだな」
 しばらく逡巡して、諦めたようにテオが頷く。彼がここまで来たのにも、理由があるのだろう。 
 
 
   *
 
 
 船に乗り、ミラの宙力の余韻をふたたび追っていく。テオの小さな船も、一緒に乗せることが出来た。
 その間、暖かい飲み物をテオに渡して話を聞くことにした。
「テオ、どうしてここまで来たんだ? 何かあったのか」
「……」
 テオはそれを受け取り、しばらく黙っていた。
 それなりに長く考えていたように思う。そうして、ようやく口を開いた。
「……姉さん、死にかけたんだ」
「や、違う……」
 あんまりにも唐突で、有り得ないと思ってしまうような話だった。
 彼は少しずつ言葉を漏らす。話を要約すると、彼女の姉は部屋で自死を測ったらしい。
 彼の姉は、底抜けに明るくて、いつも誰かを引っ張っていけるような、心優しい性格をしている。何も無く彼女がそんなふうになるとは思えない。
 何も無ければ。
「それに、ミラが関係してる?」
「ああ、……お前も」
 絞り出すような声だった。
「生きるために、俺たちは宙力を必要とする。それは気持ちと呼ばれたり、心と呼ばれたり、あるいは脳のはたらきと呼ばれたりする。」
「これはお前が教えてくれたことだ。」
 ぽつり、ぽつり。言葉が落ちる。肩が震えていた。
「……姉さん、今、それが全部無いんだ。だから……」
 そこで、言葉がつっかえた。
「なあ。お前のこと、疑いたくないけど……、本当に何もなかったのか? 妹があんなことする理由、本当に分からないのかよ」
「……ふがいないばかりだよ」
 テオは目を合わせようとしなかった。しばらく黙り込んで、立ち上がる。
「ごめん、ノア。俺、頭冷やしてくるよ。冷静になれねえ」
「うん、分かったよ。……ごめんな。」
 そう言って外に出ていくテオを、引き留めることはできなかった。 
 ノアは一つため息をついて、休息を取るべく眠りにつく準備をした。
 
 
   *
 
 
 ―――夢を、見る。
 バタバタと走っている。先程までミラの居た建物だ。扉を開ける。扉を開ける。扉を開けた。
「ミラ!」
 口から言葉が飛び出す。テオの声だ。つまりこれは、テオの見た光景だろうか。
「……テオ」
「お前っ、よくも俺の姉さんを……!」
 ぱちぱち。ふたつ、瞬きをしたミラは不思議そうに首を傾けた。
「……同意の上だったはず。それに、あなたには関係ない」
 ショックを受けたようにテオが黙り込む。
「お兄ちゃんを、幸せにしなくちゃいけないの」
「ノアを……?」
「そう。そうじゃなきゃ、嫌だから」
 だから、あなたのも貰うね。
 ばち、ばちばち。嫌な音がする。ミラが手を翳す。
 ばち、ばち―――。
 
 ―――思い出した、ことがある。
 
 遠い遠い、宇宙の果て。
 ぽつりと、他の星から隔絶されたように浮かぶ、戦場の星。
 その星では、誰か、人がいる気配も無いのに、機械だけが戦闘を続けている。
 どん、と大きな音が鳴って、弾ける。ミサイルの雨が降る。
 空が赤く光るたびに、窓ガラスがびりびりと震える。
 子どものころは、そのたびに泣きそうになっていたのに、今はもう、テーブルの皿が落ちないかだけを気にしている自分がいる。
 ―――こんなふうに慣れてしまった自分が、少し、嫌だった。
 それでも、ここに住む人々は、この星を捨てられず、いまだに留まり続けている。
 
 父さんはどこか遠くの星に交渉へ行ったまま、帰ってこない。
 母さんは毎日、大変な人たちの手伝いで、家にいることはほとんどなかった。
 
 恨んでいるわけではない。本当だ。
 でも、こうして過ぎていく毎日を、自分の中でどう納得させたらいいのか分からなくなってしまった。それだけの、いわば、ため息だったのだ。
「ねえ、ミラ」
「……?」
 妹―――ミラに話しかける。ミラは少し首をかしげてこちらを見た。
「……僕たちが、もっと平和な星で生きられてたら。もっと幸せになれたのかもしれない。ね、そう思わない?」
「……、……」
 ミラは、しばらく口を開けたまま固まり、ぎゅっと膝の上で手を握り合わせていた。
 眉を寄せて、口を少し開け、閉じる。何かを言いたげだった。でも、何も言わなかった。
「……なんて、冗談だよ。怒らないで。」
 むすくれた表情のミラに笑いかけて、その話はそこで終わった。
 
 それでも。
 それでも、ミラと同じテーブルで夕飯を食べて、くだらないことで笑う時間だけは、ちゃんと好きだったのだ。
 その時に、ちゃんと話をしておくべきだったのだ。妹だから。家族だから。そんな理由ですべてを分かった気になっていた当時の僕の行いは、大きな後悔を生むことになった。
 
 ―――その日のうちにミラは姿を消した。
  
 
   *
 
 
「ノア」
 テオが呼ぶ声がする。ノア、ノア……。微睡みから少しずつ目覚めて、ぱちり、ぱちりと瞬かせれば、困ったようにテオがこちらを見ていた。
「悪い。色々なことを話したかったけど、言葉じゃ説明できなくて……」
 見れたか、と問われて、もちろん、と頷く。
 見たものが相違ないことを共有してから、思い出したことも洗いざらい話す。それから、静かにノアは息をついた。
「―――僕のせい、だ」
「……、……残念なことに、そうなるんだろうな。」
 テオもゆるく首を横に振る。それから、深々とため息をついた。
「まあでも、悪気があった訳じゃないんだろ。」
 ノアは頷く。テオも、分かっていると頷いた。
「姉さんのこと、連れてきてるんだ。俺の船にいる。勝手なことはできないようにしてるけど、それも暴力的で嫌だから……」
「うん。もちろん、任せて。今は、緑の星から分けてもらった宙石がたくさんあるんだ」
 テオは頷く。そうして、部屋を出ていく彼の後ろを、今度はノアもついて行った。
  
 
   *
 
 
 彼女の目は虚ろだった。
 今は拘束されているためか動く気も起きないようだが、これがなければ一人になった途端に自死を選ぶのだろう。
 大量の宙石をテオの船に運び込めば、ようやく彼女の目に薄く光が灯った。
「テオ……」
 彼女―――ルイは、まずテオを呼んだ。それから、ごめんね、と細く謝る。普段のハツラツとした彼女からは想像も出来ない声だった。
「別に、いいよ。姉さんに迷惑かけられるのなんていつものことなんだし」
 テオがそっぽを向いたままそう言えばルイは少し困ったように微笑んだ。そして、ノアの方を見る。
「ノアくん、ミラちゃんは?」
「……今、僕のために幸せを集めているみたいで」
 ノアの言葉を聞いたルイは小さく頷いた。ミラが居なくなったこと。いろんな星で、人々の幸せを集めていること。それによる被害のこと。
 それらを共有すれば、ルイはまた頷いて、
「ミラちゃん、まず私に相談しに来てくれたんだ」
 そう言った。
「お兄ちゃんは今幸せじゃないんだって言ってるから、幸せになって欲しい、って」
 頷く。ルイはゆるく首を横に振った。
「だから私、みんなの幸せを集めてノアくんに渡せたらいいのにね、って言ったんだよ」
 少しの沈黙。再び口を開く。
「もっと、ふんわりとした話だったんだ。でもミラちゃんってほら、頭がいいから……」
 言葉を濁す。テオがため息を着いた。
「アイツ、俺より機械いじりが上手いんだよな。俺が時間かけて考えた回路を短時間で考えてくる。あんなにガキのくせによ」
 知らなかった、そんなこと。そうなんだ、と呟けば、テオにじと、と睨まれた。
「お前たちはいつもコミュニケーションが下手くそだよな」
「……いや、……、……ごめん。分かってるつもりだったんだよ……」
 ルイが咳払いをして話を戻す。
「それで、しばらくして、出来たからお試ししてみたいんだっていうから、私、頷いたの。」
「そうしたらこんなことに……、ごめんなさい。私がちゃんと確認するべきだった」
「いや、まず僕があんなふうに言わなきゃ良かったんだ。きっと、もっと他の言い方があったし、もっと話すべきだった。」
「そうだな。」
 テオがピシャリと言う。ルイも否定はしなかった。
 ノアは頷く。
「だから、もう一度、ちゃんとミラと話したい。分かってくれるかは、分からないけど……。少なくとも、こんなことをして欲しい訳じゃないから」
 テオとルイも頷く。テオが意地悪に笑って言った。
「それじゃ、いつミラが見つかってもいいように今から作戦会議でもするか?」
「賛成。ノアくんだけじゃ不安だもの」
 ルイもそれに乗っかって、ノアは気まずくて小さくなる他無くなった。



 ビーッ ビーッ
 船が大きな音を鳴らす。あの時と同じ音。
 ――ミラの居場所が近い。やはりそう遠くは行っていないようだ。
「作戦会議っつってたけど、そんなに時間はなかったな」
「まあでも、失敗した時の対策は立てられたから良しとしようよ」
 テオが立ち上がる。ルイはここから動かない方が良いと思うからと残ることになった。
「ミラちゃんをよろしくね、ノアくん」
「もちろん。」
 任せてくれとノアは頷く。だって、元は僕の妹だ。
 バタバタと準備をして、船から降りる。船内にはけたたましく音が鳴り響いていて、なんとなく、ミラが待っているような気がした。
 テオが船の上でグッドサインを作り、送り出す。
「気をつけろよ。ま、なんとかなるようにするけどな!」
 その言葉を背に受けて、ノアは、船から飛び出した。
  
 
   *
 
 
 今度こそ、何も無い星だ。文明の跡すら無い、静かで穏やかで小さな星。
 ひとつだけ、人工物が建っている。大きな箱のような装置だ。
 ミラはその隣で一人佇んでいた。
「お兄ちゃん、待ってた」
「……そんな気がしたよ」
 ミラは嬉しそうにこちらを見ている。
「ミラ、その幸せは元の持ち主たちに返すんだ」
「……どうして? お兄ちゃんが幸せになるのに必要でしょう」
「それじゃ僕は幸せになれないよ」
 ミラが困惑したように首を傾けている。
「……人から奪った幸せを貰ったとしても、それは僕の幸せでは無いからね」
「……お兄ちゃん」
 目を伏せるミラの声は震えていた。
「じゃあ、お兄ちゃんはどうしたら幸せになってくれるの?」
「……僕は、ミラと居られれば幸せなんだよ」
 ミラは、一度だけ瞬きをした。
 その言葉を、信じたかった。でも―――。
「嘘だ!」
 ノアが怯む。その隙にミラはその装置のスイッチを入れた。
「ミラ……!」
「お兄ちゃんの幸せの条件って、それだけじゃないでしょう、それくらい分かってるんだから」
「ミラ、やめろ!」
「私はお兄ちゃんを幸せにしたいの!」
 そんな言葉と同時、装置が起動する。
 幸せが流れ込んでくる。
 その機械の無駄のない動きに、ああ、本当にミラは機械いじりの天才なんだな、なんて、場違いにも頭の端で思った。
 
 人々の幸せが頭に入っては抜ける。ああ、頭がおかしくなる。頭がおかしくなる!
 これは僕のじゃない。頭が大きく拒否を示しているのに、正気を失うことができなかった。
 
 誰かの誕生日の笑い声。知らない星の、美味しいスープの味。恋人たちの手のぬくもり。
 それが全部、ごちゃまぜの熱になって頭に流れ込んでくる。
 
 これは僕のじゃない!
 
 唸るような音が聞こえる。ミラが慌てて駆け寄ってくる。唸るような音が自分の喉から発せられていると気付くまでにそう時間はかからなかった。膝をつく。
 永遠にも思える時間を、のたうち回って過ごした。ミラが手を握っていてくれたのだけが、正気の手掛かりだった。
「……お兄ちゃん」
 混乱が止まない。頭が痛い。ぐわんぐわんと目眩がして、それでもノアはミラの目を見た。
「ミラ、帰ろう……」
 それだけをなんとか言葉にして、ノアの意識は途絶えた。
 


 コミュニケーションは相互にその気がないと成り立たない、とテオは言った。
 だから、おそらくミラとの話し合いは上手くいかないだろう、というのが、僕たちの結論だった。
 だから、幸せを垂れ流された時、持ち主の元まで戻っていくように、それをキャッチして広げる装置をテオとルイで設計した。
 ノアの身体のことまでは、話す時間がなかったため、まあなんとかなる、と雑に送り出された。
 そもそも僕たちは、強靭な身体を持っているから。
 
 やんやんと音がする。それが誰かの会話のようだと気付いて、それが徐々に像を結んでいく―――。
 ―――目を覚ました。
「ミラ……?」
「……お兄ちゃん」
「おはよう、ノア」
「ああ、大丈夫そうね。良かった!」
 テオとルイも顔を出す。……無事に、終わったのだろうか。
「他の星の奴らから連絡があったぜ。要約すると……解決おめでとう、また遊びにおいで、ってな」
「それはあとで確認するといいよ。とりあえずミラちゃんと話がしたいでしょ。私たちは別の部屋にいるから」
 二人はミラに目配せをし、出て行った。ミラはこくりと頷いて、こちらに向き直った。
「お兄ちゃん、あのね」
「私も、お兄ちゃんと居れたら幸せなの。……家族、だから」
 唯一残った家族だから。ミラはそう言って、少し俯いた。
「だから、お兄ちゃんがもっと他の幸せの形を望むなら、それが良いと思って……」
「探しに行こうと思ってたの」
 でも、とミラはひとつ息をついた。
「ルイお姉ちゃんが……みんなの幸せをお兄ちゃんにプレゼントできたらね、って言ったから……それなら出来るな、って思って」
「……でも、こんなことになるなんて思ってなかった……」
「ルイお姉ちゃんも死のうとしたんだって。他の星の人たちにも、大変だったんだって聞いた……」
「ごめんなさい」
 そこまで言って、ミラは頭を下げる。ノアは彼女の頭にぽんと手を置いた。
「お兄ちゃんも、ごめんな」
 ミラが顔をあげる。ノアは続けた。
「テオに怒られたよ。コミュニケーションが足りてないんだって」
「僕……ちょっと疲れただけなんだ。帰ってくるかも分からない家族を待ち続けるのも、もう跡形もない故郷を眺めるのも」
 ミラが頷く。
「ねえ、ミラ。お兄ちゃんはミラと一緒にいれると幸せなんだ。それは本当。だけど、もっと他に、幸せの形があるんじゃないかと思ってる。」
「それを一緒に探さないか。」
「でも……」
 ミラが言い淀む。ノアはひとつ頷いた。
「たしかに、ミラがしたことは簡単に許されることじゃない。一歩遅ければ散々な被害になっていたかもしれない。」
「だから、それはちゃんと、謝りに行こう。それで許されるかは彼ら次第だ。許してくれる人も、許してくれない人もいるだろう。でも、それでいいんだ。」
「それから、もう二度とこんなことはしないって、ちゃんと約束して、それを守ろう。そうする他ない。やらかしたことは、やらかしたことだからな」
 ミラは少し迷って、頷いた。頷いてから、こう聞いた。
「ねえ、私、まだ幸せになっていいのかな……」
「それは……」
 ノアは答えに迷った。でも、とノアは言う。
「僕は、幸せになって欲しいよ。間違ってたとしても、僕たちは家族だから」
「……うん。もう少し、考えてみる。」
 それで、ミラはようやくスッキリとした顔になった。覚悟が決まったようで、安心してノアも笑った。
  
 
   *
 
 
 ずいぶん遠い所まで来ていたらしい。船は、ゆっくりと星へ向かう。
 そんな時。
「お兄ちゃん」
 ミラが声を掛けてくる。
「あのね、私、全部終わったら旅に出たいの。私、何も知らないなって思ったから」
「今度は、一緒に考えたいの。私たちの幸せの形って、何なのか。」
 だから、と一つ呼吸を置いて、ミラはこちらを伺った。
「……着いてきてくれる?」
「もちろんだよ、ミラ。」
 即答だった。呆気にとられたミラの後ろから、テオとルイが出てくる。
「言えたじゃん。おめ~」
「良かったねえミラちゃん!」
「えっ、僕より先に知ってたの!?」
「お兄ちゃんに言うのは緊張すんだってサ~」
 テオがからかう。ノアがショックを受けたとばかりに落ち込んだ素振りを見せれば、ミラは慌てて弁明した。
「だって、お兄ちゃん、お父さんとお母さんを待ちたがる気がして……」
「……あ~」
 なるほど、とノアが言う。ルイは笑って補足した。
「私たちが、彼らがいつ帰ってきてもいいように、装置を作って置いておくことにしたの。帰ってきたら、それでお互い手紙が送れるようにね。」
「そ。だからモーマンタイってわけ、ちゃんとみんなに謝ったら好きなとこ行こうぜ」
「待って、二人も着いてくるの?」
 慌ててノアが言えば、二人は同時に
「もちろん」
「当然」
 そう返した。即答だった。今度はノアがあんぐりと口を開けてしまった。
「まあ、ひとまず星にその装置を置いて~、戦闘ロボットをもうちょっと増やして~、ミラの謝罪祭り終わってからの話だな。先は長いぞ」
 テオがそう言う。祭りって言うなよ、と突っ込む前に、ミラが大真面目に頷いた。
「私も、頑張る」
「心強いわ、ミラちゃん。」
 ルイが笑う。三人が知らないうちに仲良くなっていて、寂しいやら嬉しいやらで、ノアの心境はぐちゃぐちゃだった。
「ああもう、僕の知らないところで仲良くならないでよ!」
「嫉妬~?」
「うるさい!」
 ドタバタと今日も騒がしく航行を続ける。
 僕たちの小さな船は、きっとこれからも、星々のしあわせのかけらを拾い集めながら進んでいく。それをどんな箱にしまっていくのかは、これから二人で決めればいい。
 いつぞやの静かな船内とは違って、今の船は賑やかな声に満ちていた。
 
 おしまい。

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小話
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▼ノアとミラの話
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文章,創作

これは創作百合さんの世界観
世界の寿命を壊しても
〇世界観
ファンタジーの世界観。
魔法学校があり、リリとエドはそこに通っている友達同士。
学校の中では高嶺の花扱いされている。
外の世界から世界を滅ぼしに来る敵となる""使者""がいて、 使者と戦うためにリリは攻撃魔法を、エドは治癒魔法を学んでいる。
世界にはそれぞれ寿命があって、それは定められたもので、必ず訪れるもの。
……の、はずなのだが、えらい人たちのたゆまぬ努力により、まだ世界は存在し続けている。
そのため、天から使者が現れて世界を滅ぼしに来ている。
世界は壊れていないが、バグのようなものがある。
それは、人間の体の変異。 背中に羽が生えたりだとか、動物の耳が生えてきたり、しっぽが生えたりとか、 かと思えば身体から宝石がはえたりとか。
全員が全員そうなってるわけではない。
そのため、変異のおきた人々は死んでも生き返る、という不確定な噂がある。


リリ
攻撃魔法科に所属している。
エドがいつも近くにいるため「お姫様」と呼ばれている。
目立ちたくないので他人に言われてもあまり嬉しくない。
変異は既に起きていてエドよりは少ないが鳥の翼が生えている。
これも自由に動かすことが出来、空も飛べる。
最初はいちばん得意だったからという理由で攻撃魔法科を選んだが、今はエドが戦闘で傷つくのを避けるため戦闘に出ている。 苦しい時にずっとやさしく寄り添い、自分に自信をつけてくれたエドのことが心から大切。
エドが他の人を切り捨てろと言うならいつでも切り捨てられるひと。

大人しく、感情表現が苦手。滅多に声を荒げることは無く、穏やかに話す。
他人から見れば怖い人のように思われることもあるかもしれない。


エド
魔法医療科に所属している学園の王子様のような人。
自然にそうありたいように振舞っていただけなのに、気づけば憧れの王子様にされていたので困っている。
変異は既に起きていて背中に木の枝を軸にした鳥の翼が生えている。これは自由に動かすことが出来る。
心優しく治癒が上手いが戦闘に向いていないため、リリが1人で戦闘へと出るのをいつも心配している。 もしリリが戦闘で亡くなったとしてもリリが一言「生きて」と伝えるなら抱え苦しみながら生きていくひと。
 
穏やかで優しい話し方をする。感情表現は素直な方だが、隠したり抑えたりするのも上手い方。


ヒナ
物静かな防衛魔法科の後輩。
治癒魔法もそれなりに上手いので戦いに出ない日などたまに手助けをしている。 自分より他人が大切な子。
ミオが好きだが、それは墓まで持って行くつもり。ややツンデレ気味。 普段は静かな話し方をするが、ミオにからかわれた時だけ少し声を荒らげる。
ミオとは幼馴染。 変異は起きていない。普通の人間。


ミオ
天真爛漫でカワイイものが好きな攻撃魔法科の後輩。
攻撃魔法なんてかわいくないと思っているが治癒魔法も防衛魔法も向いていなかったらしい。
良くも悪くも自分が大切な子。 明るく元気いっぱいに話す。よくリリに絡んではあしらわれているのを見かける。ヒナとは幼馴染。
変異は既に起きており猫耳としっぽが生えている。当然のことだが(?)カワイイじゃ〜〜ん!と騒ぎ散らし、怒られた。畳む

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