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#ふたつの翼、ひとつの空
小話 3353文字
リアムは、シーアのことが好きだった。
理由は自分でもよく分からない。でも、祖父が言ったように、女の子は守られるべきもので、男の子よりも弱くて、という思い込みの全てを覆したのが、シーアだった。
全てがひっくり返されたのが、あまりにも鮮烈だったのだ。もちろんその分悔しくて、腹立たしくて、でも目が離せなかった。
ことある事に理由をつけてシーアをからかった。勝負を挑んだ。時には意地悪もした。今思うと、どうにかシーアの気を引きたくて必死だったのだと思う。
そうしてシーアのことを視線で追っていると、気付けばすぐ側にマシューがいた。
なんだこいつ。
第一印象はそんなもの。しばらく付き合ってみて、賢いがなよなよしいやつ、という印象に変わって、それで、気付いたことがあった。
彼の視線の先には、いつだってシーアとサーヤが居るのだ。
もしかして。
もしかして、こいつもシーアのことが好きなのか?
そんな疑念を抱き始めたある日、マシューと二人で話す機会があった。たまたまお互い、シーアとサーヤを待っているだけの、とても短い時間だった。
「……あのさ」
先に切り出したのはマシューだった。
「リアムくんって、好きな子いる?」
「っはァ!?」
急な切り出しにギョッとしたリアムは思わず咳き込んだ。そんなリアムを気にも止めずにマシューは続ける。
「僕は居るよ。好きな子」
「……なんだよ、急に。意味わかんねえ」
マシューはじ、としばらくこちらを観察してから目を逸らした。
「別に。好きなわけじゃないならいいんだ」
まさか。
まさかこいつ、本当にシーアのことが好きなのか!?
何かを言おうか悩んだまま何も言えずにいると、あっさりとシーアとサーヤが戻ってきて、それ以上をリアムが口にすることは叶わなかった。
それから。
リアムが話し掛けようとするとマシューが先に二人と話していた。マシューは頭が良かった。頭の良さではリアムも負けてはいなかったが、それでもマシューが居る時は本当にやりづらかった。
「クソ、なんだよ、あいつ……」
なんだか酷くモヤモヤして仕方なかった。苛立ちの正体も分からないまま、湖に石を放り込む。
むすくれたまま、横になる。外で横になるのが好きだったが、祖母にはそれでよく怒られていた。なんでも、洗濯が大変だ、とか。
いいだろ、少しくらい。特に、今日くらいは、と頭の中で言い訳をしながら目を瞑る。
瞼で光の阻害された視界が、さらに暗くなった気がして、次に目を開けた時、目の前にシーアがいた。
「は、」
「なにしてるの?」
リアムを覗き込んだシーアの隣にサーヤはいなかった。珍しいこともあるもんだと思いながら体を起こす。
「別に。サーヤは?」
「知らない。私よりマシューが良いみたいなの」
そんなわけないだろ、とリアムは思った。今頃必死になって探していることだろう。でも、言わなかった。
「拗ねてんのか、ガキくせー」
「うるさいわね」
リアムの口からは揶揄う言葉しか出てこない。違う。そうじゃなくて。焦って黙りこくったリアムにシーアが追撃をした。
「別に、ガキでいいわよ。寂しいものは寂しいもの」
こういう時、素直にそう言えるシーアのことが羨ましかった。リアムは少し黙って、目を伏せて答えた。
「ま、分からんでもないよ」
「あら」
秒速で素直に答えたことに後悔した。シーアの瞳が好奇心で輝く。
「リアムもそういうことあるのね!」
「は? 別にいいだろ」
「悪いとは言ってないでしょ。もう、どうしてそうなるのかしら」
拗ねたようにシーアが言う。そういう性格で悪かったな、とリアムは思った。
「寝転ぶの、好きなの?」
気を取り直して、シーアが問う。一瞬、なんのことかわからなくて、言葉に詰まった。シーアが補足する。
「ほら、さっきまで寝転んでたじゃない」
「……あ〜」
好きかと言われたら、好きだが。
「服が汚れるぞ」
「つまらないことを言うのね! 服が汚れたら洗濯を手伝えばいいのよ」
なるほど、確かに。それはナイスアイデアだと思うと同時、何であれやっぱりシーアに負けるのは悔しかった。
「……じゃ、寝転んでみたら」
それだけ言葉を絞り出して、自分も寝転んで目を瞑った。今は黙っていた方が良い気がした。
「……マシューったら、酷いのよ」
寝転がってしばらく、シーアがぼやく。目を開けてシーアの方を見れば、シーアはこちらに背を向けていた。
「サーヤのこと、取って行っちゃうんだもの。私、サーヤはずっと一緒にいてくれるものだと思っていたわ」
リアムはそれを黙って聞くことにした。
「でも、歳は変わらなくても、私はお姉ちゃんだもの。妹が私から離れるからって寂しくて泣かないのよ」
弱音だ、と思った。シーアが弱音を吐くことも、自分に弱音を吐いたことも、全てが意外で、リアムは少しだけ困った。
「……別に、泣けばいいんじゃねえの」
しばらくして、リアムはようやくそう返した。リアムの家は上に兄がいるくらいで、下の子は居ないから、その感覚は分からなかった。
「泣くだけ泣いて、スッキリしてから送り出すでいいんじゃねえの。まあ、あいつがお前のことほっぽり出すとは全く思えねえけどな」
シーアはしばらく黙っていた。泣いているのかもしれない、と思ったが、別に何もしなかった。
「リアムって、こういう時は優しいのね」
「こういう時はってなんだよ!」
「そう思うなら日頃の行いを鑑みるべきだわ」
ぐぬぬ。分かりやすく悔しがってみせると、シーアは楽しげに笑い声を上げた。良かった、と少しだけ安堵していれば、サーヤの声が遠くから聞こえてきた。
「ほら、探されてるぞ」
「ええ〜」
「さっさと行けよ。マシューだって待ってるだろ」
「マシューはサーヤのことばかりだもの」
つまらないわ、とシーアは不貞腐れた。
その言葉を聞いて、ようやく辻褄があった。そうか、マシューはシーアじゃなくてサーヤが好きだったのか。
「じゃあ余計な牽制じゃねえか……」
リアムがぼやいたのを聞き返されるより前に、サーヤがシーアを見つけた。
「シーア!」
「……サーヤ」
シーアの目元は少しだけ赤くなっていて、サーヤはリアムをじと、と睨んだ。
「何話してたの」
「言っとくけど泣かせたのはお前だからな」
俺じゃねえよとリアムはしっしっと手を振った。サーヤはまるで信じていないみたいな顔をしてシーアに向き直る。
「あのね、サーヤ。私、サーヤがマシューに取られちゃうんじゃないかって、寂しくなっちゃったの。でも、本当にそれだけなのよ」
「シーア……」
シーアは、大丈夫よ、と笑ってみせた。それが強がりだというのがリアムにも分かった。サーヤはシーアを抱きしめた。
「シーア、ごめんね。ぼくも、シーアが誰かに取られたら寂しいよ」
シーアとサーヤはとっくに二人の世界に入っていたので、リアムは邪魔にならないようにそそくさと退散することにした。ふと、サーヤを追いかけたきたのであろうマシューと目が合った。
「……お前」
「あはは。シーアさんには勝てなかったよ」
分かりやすく落胆した様子のマシューを連れて、適当な場所に座る。
「お前が好きなのって、サーヤの方?」
「……そうだよ」
「ふうん」
やっぱりそうか。納得したように頷くリアムを見て、マシューも気付いたようだった。
「もしかして、君が好きなのって……」
「……言うなよ」
「そ、そっか! 僕ったら勘違いしちゃった、ごめんね」
安心したようにマシューは困り笑いをした。リアムは、まあ、とか、別に、とか、そんなことをモゴモゴと返した。
それならさ、とマシューは続ける。
「共同戦線を張らない?」
「は?」
「僕はサーヤさんが好き。君はシーアさんが好き。お互いがお互い協力すればウィンウィンだなって」
「お前なあ……」
じと、としたリアムの視線を受け流して、マシューはあっさりと笑った。
「だって、僕はサーヤさんを取られたくないよ」
君は違うの? 問われてから考える。シーアが、他の誰かと? ――そんなことあるか? そもそもシーアが誰かと付き合うという選択肢を取ることが想像できなかった。
「ほら、僕みたいなのがまた現れないとも限らないでしょ」
追撃。リアムはそれで納得した。
「それは嫌だな……」
「おっ、素直」
「どっちかって言うとお前の存在が嫌だったんだよ」
「あはは」
じゃあ、よろしくね、とマシューが手を差し出す。リアムはその手を取ることにした。
「ところで君、名前なんて言うの?」
「マジか、お前」
その日から、マシューの印象は絶対敵に回したくないやつ、だ。
畳む
小話 3353文字
リアムは、シーアのことが好きだった。
理由は自分でもよく分からない。でも、祖父が言ったように、女の子は守られるべきもので、男の子よりも弱くて、という思い込みの全てを覆したのが、シーアだった。
全てがひっくり返されたのが、あまりにも鮮烈だったのだ。もちろんその分悔しくて、腹立たしくて、でも目が離せなかった。
ことある事に理由をつけてシーアをからかった。勝負を挑んだ。時には意地悪もした。今思うと、どうにかシーアの気を引きたくて必死だったのだと思う。
そうしてシーアのことを視線で追っていると、気付けばすぐ側にマシューがいた。
なんだこいつ。
第一印象はそんなもの。しばらく付き合ってみて、賢いがなよなよしいやつ、という印象に変わって、それで、気付いたことがあった。
彼の視線の先には、いつだってシーアとサーヤが居るのだ。
もしかして。
もしかして、こいつもシーアのことが好きなのか?
そんな疑念を抱き始めたある日、マシューと二人で話す機会があった。たまたまお互い、シーアとサーヤを待っているだけの、とても短い時間だった。
「……あのさ」
先に切り出したのはマシューだった。
「リアムくんって、好きな子いる?」
「っはァ!?」
急な切り出しにギョッとしたリアムは思わず咳き込んだ。そんなリアムを気にも止めずにマシューは続ける。
「僕は居るよ。好きな子」
「……なんだよ、急に。意味わかんねえ」
マシューはじ、としばらくこちらを観察してから目を逸らした。
「別に。好きなわけじゃないならいいんだ」
まさか。
まさかこいつ、本当にシーアのことが好きなのか!?
何かを言おうか悩んだまま何も言えずにいると、あっさりとシーアとサーヤが戻ってきて、それ以上をリアムが口にすることは叶わなかった。
それから。
リアムが話し掛けようとするとマシューが先に二人と話していた。マシューは頭が良かった。頭の良さではリアムも負けてはいなかったが、それでもマシューが居る時は本当にやりづらかった。
「クソ、なんだよ、あいつ……」
なんだか酷くモヤモヤして仕方なかった。苛立ちの正体も分からないまま、湖に石を放り込む。
むすくれたまま、横になる。外で横になるのが好きだったが、祖母にはそれでよく怒られていた。なんでも、洗濯が大変だ、とか。
いいだろ、少しくらい。特に、今日くらいは、と頭の中で言い訳をしながら目を瞑る。
瞼で光の阻害された視界が、さらに暗くなった気がして、次に目を開けた時、目の前にシーアがいた。
「は、」
「なにしてるの?」
リアムを覗き込んだシーアの隣にサーヤはいなかった。珍しいこともあるもんだと思いながら体を起こす。
「別に。サーヤは?」
「知らない。私よりマシューが良いみたいなの」
そんなわけないだろ、とリアムは思った。今頃必死になって探していることだろう。でも、言わなかった。
「拗ねてんのか、ガキくせー」
「うるさいわね」
リアムの口からは揶揄う言葉しか出てこない。違う。そうじゃなくて。焦って黙りこくったリアムにシーアが追撃をした。
「別に、ガキでいいわよ。寂しいものは寂しいもの」
こういう時、素直にそう言えるシーアのことが羨ましかった。リアムは少し黙って、目を伏せて答えた。
「ま、分からんでもないよ」
「あら」
秒速で素直に答えたことに後悔した。シーアの瞳が好奇心で輝く。
「リアムもそういうことあるのね!」
「は? 別にいいだろ」
「悪いとは言ってないでしょ。もう、どうしてそうなるのかしら」
拗ねたようにシーアが言う。そういう性格で悪かったな、とリアムは思った。
「寝転ぶの、好きなの?」
気を取り直して、シーアが問う。一瞬、なんのことかわからなくて、言葉に詰まった。シーアが補足する。
「ほら、さっきまで寝転んでたじゃない」
「……あ〜」
好きかと言われたら、好きだが。
「服が汚れるぞ」
「つまらないことを言うのね! 服が汚れたら洗濯を手伝えばいいのよ」
なるほど、確かに。それはナイスアイデアだと思うと同時、何であれやっぱりシーアに負けるのは悔しかった。
「……じゃ、寝転んでみたら」
それだけ言葉を絞り出して、自分も寝転んで目を瞑った。今は黙っていた方が良い気がした。
「……マシューったら、酷いのよ」
寝転がってしばらく、シーアがぼやく。目を開けてシーアの方を見れば、シーアはこちらに背を向けていた。
「サーヤのこと、取って行っちゃうんだもの。私、サーヤはずっと一緒にいてくれるものだと思っていたわ」
リアムはそれを黙って聞くことにした。
「でも、歳は変わらなくても、私はお姉ちゃんだもの。妹が私から離れるからって寂しくて泣かないのよ」
弱音だ、と思った。シーアが弱音を吐くことも、自分に弱音を吐いたことも、全てが意外で、リアムは少しだけ困った。
「……別に、泣けばいいんじゃねえの」
しばらくして、リアムはようやくそう返した。リアムの家は上に兄がいるくらいで、下の子は居ないから、その感覚は分からなかった。
「泣くだけ泣いて、スッキリしてから送り出すでいいんじゃねえの。まあ、あいつがお前のことほっぽり出すとは全く思えねえけどな」
シーアはしばらく黙っていた。泣いているのかもしれない、と思ったが、別に何もしなかった。
「リアムって、こういう時は優しいのね」
「こういう時はってなんだよ!」
「そう思うなら日頃の行いを鑑みるべきだわ」
ぐぬぬ。分かりやすく悔しがってみせると、シーアは楽しげに笑い声を上げた。良かった、と少しだけ安堵していれば、サーヤの声が遠くから聞こえてきた。
「ほら、探されてるぞ」
「ええ〜」
「さっさと行けよ。マシューだって待ってるだろ」
「マシューはサーヤのことばかりだもの」
つまらないわ、とシーアは不貞腐れた。
その言葉を聞いて、ようやく辻褄があった。そうか、マシューはシーアじゃなくてサーヤが好きだったのか。
「じゃあ余計な牽制じゃねえか……」
リアムがぼやいたのを聞き返されるより前に、サーヤがシーアを見つけた。
「シーア!」
「……サーヤ」
シーアの目元は少しだけ赤くなっていて、サーヤはリアムをじと、と睨んだ。
「何話してたの」
「言っとくけど泣かせたのはお前だからな」
俺じゃねえよとリアムはしっしっと手を振った。サーヤはまるで信じていないみたいな顔をしてシーアに向き直る。
「あのね、サーヤ。私、サーヤがマシューに取られちゃうんじゃないかって、寂しくなっちゃったの。でも、本当にそれだけなのよ」
「シーア……」
シーアは、大丈夫よ、と笑ってみせた。それが強がりだというのがリアムにも分かった。サーヤはシーアを抱きしめた。
「シーア、ごめんね。ぼくも、シーアが誰かに取られたら寂しいよ」
シーアとサーヤはとっくに二人の世界に入っていたので、リアムは邪魔にならないようにそそくさと退散することにした。ふと、サーヤを追いかけたきたのであろうマシューと目が合った。
「……お前」
「あはは。シーアさんには勝てなかったよ」
分かりやすく落胆した様子のマシューを連れて、適当な場所に座る。
「お前が好きなのって、サーヤの方?」
「……そうだよ」
「ふうん」
やっぱりそうか。納得したように頷くリアムを見て、マシューも気付いたようだった。
「もしかして、君が好きなのって……」
「……言うなよ」
「そ、そっか! 僕ったら勘違いしちゃった、ごめんね」
安心したようにマシューは困り笑いをした。リアムは、まあ、とか、別に、とか、そんなことをモゴモゴと返した。
それならさ、とマシューは続ける。
「共同戦線を張らない?」
「は?」
「僕はサーヤさんが好き。君はシーアさんが好き。お互いがお互い協力すればウィンウィンだなって」
「お前なあ……」
じと、としたリアムの視線を受け流して、マシューはあっさりと笑った。
「だって、僕はサーヤさんを取られたくないよ」
君は違うの? 問われてから考える。シーアが、他の誰かと? ――そんなことあるか? そもそもシーアが誰かと付き合うという選択肢を取ることが想像できなかった。
「ほら、僕みたいなのがまた現れないとも限らないでしょ」
追撃。リアムはそれで納得した。
「それは嫌だな……」
「おっ、素直」
「どっちかって言うとお前の存在が嫌だったんだよ」
「あはは」
じゃあ、よろしくね、とマシューが手を差し出す。リアムはその手を取ることにした。
「ところで君、名前なんて言うの?」
「マジか、お前」
その日から、マシューの印象は絶対敵に回したくないやつ、だ。
畳む
SS / 4226文字
クラスメイトは馬鹿ばかり。周りの会話をイヤホンで遮断して、教室の隅で本を読みながら和田は小さくため息を着いた。
あいつもこいつもそいつも馬鹿だ。馬鹿だから人の間で生きていける。群れの中で適応できる。
全員のことが嫌いだ。だから休み時間は苦痛だ。でも今日は――図書委員会がある!
図書室は静かで良い。それぞれ本としか話してないから、イヤホンで耳が痛くなることも無く、読書を誰かに邪魔されることも無い。
ただ――
「(今日、同じ当番は臼井か……)」
火曜日の当番、臼井。和田の後輩である彼のことが、和田は苦手だった。
*
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
放課後。図書委員会として仕事をするべく図書室に向かうと、先に臼井が座っていた。普通に挨拶して、そのまま沈黙。臼井はおすすめ本のポップを作るのに専念していて、和田はたまに来る貸出、返却の対応をしつつ読書に勤しんでいた。
ちら、と彼の作っているポップに目を向ける。――山崎先生の「詩を書く」。詩って意外と自由で楽しい! 言葉にしたい想いを詩にしてみませんか?
「……臼井って、そういうのが好きなの」
「えっ、」
臼井と目が合う。和田は、声を掛けるんじゃなかった、と後悔した。えーっと。目線をうろつかせてから、臼井は言った。
「変、ですかね」
「別に、意外だと思っただけ。何よ、そんなに機嫌を伺わなくてもいいでしょ」
「すみません……」
謝られた。それ以上は何も言わずに読書に戻る。詩なんか、まどろっこしいだけじゃない、と言うのは、流石に言わなかった。
「あの、先輩」
珍しく、臼井から声が掛かった。出来上がったポップを持ち上げて、無理だったらいいんですけど、前置かれる。
「今日、山崎先生の新しい本が出るんです。なので、早めに帰ってもいいですか?」
和田はため息をついた。それだけで臼井は慌てたように謝り出すので、違う、とそれを制する。
「そんなの、好きにしなさいよ」
「あ、ありがとうございます……」
イライラとして仕方がなかったのが伝わったのか、それ以降、臼井は話しかけてこなかった。
臼井は言葉を選びすぎる。それどころか、時に飲み込みすぎることがある。そうやって言葉を選ぶから誰にも伝わらないのに。
そういう態度がまどろっこしくてもどかしくて、とても好きにはなれかった。
伝わらなくて悲しくないのかしら。悔しくないのかしら。もしそうじゃないのなら、彼の言葉は何の為にあるの?
そんなことをふと考えても、もうよく分からなくて、和田は大人しく読書に没頭することにした。
*
チャイムが鳴る。図書委員会の仕事は終わりの時間だ。片付けをして、見回りをして、軽く掃除、戸締りをする。そこまでは一緒にやる、と臼井が言ったので、仕方なく和田は一緒に片付けをすることにした。
そこで、バタバタと駆け込んできた生徒がいた。
「臼井、ここに居た! なあ、お願いなんだけど、ちょっと今日の掃除変わってくんない?」
「え……」
慌てて声を掛けて来たのは臼井のクラスメイトのようだった。ヘラヘラとした態度で、曰く、今日は友人と遊ぶ予定を入れてしまったんだ、と。――それ、この間も言ってたな、と和田は思った。
気に入らない。和田は足音を立てて彼に近付いた。
「臼井は今日、ナントカ先生の新作発表があるから早く帰りたいんですって」
空気が固まるのがわかった。それでも言わなきゃ分からないだろう、と和田は続ける。
「あなた、この間も同じ言い訳をしてなかった? バレたくないならバリエーション増やしなさいな。そもそも仕事は仕事。それはあなたがやるべきでしょ」
「い、いやあ……? お願いしますよ、友達が待ってるんすよ、先輩」
めげない田口に呆れたように和田はため息を着いた。臼井は固まってしまって何も言えないようだった。
「そんなに大切なお友達は、あなたのことを待とうともしてくれないって言うの? 手伝って貰ったらいいじゃない。友達を理由にサボりたいだけでしょ、恥ずかしい」
田口は、分かりやすくむす、とした顔をして、何かを言い返そうとしたが、この場において正しいのは和田だった。分が悪い。そう思ったのか、それ以上は何も言わず大人しく引き下がった。
「あんたもさっさと帰んなさいよ」
またあんなのに捕まらないようにね。そっけなく言った和田に対して、臼井は困ったように言葉を吐いた。
「あんな言い方しなくても……」
「なによ」
「……」
しん、と空気が落ちる。和田はイライラした様子で臼井を見た。
「気に食わないならちゃんと言いなさいよ。そうやって黙ってるから伝わらないんでしょ」
「伝わればいいってもんじゃないでしょ」
「じゃあ何、自分が我慢すればいいって?」
ぐ、と言葉に詰まった。図星のようだ。
「そうじゃないですけど……」
「じゃあ、なによ」
イライラして仕方がない。和田はもう止まれなかった。
「そんなんだからなよなよしいって言われるのよ」
「……和田先輩に何が分かるんですか」
「何も分からないわ。あなたは伝える気がないみたいだから」
言葉が止まらない。臼井はかっとした様子で、珍しく声を荒らげた。
「そんなこと言って、先輩だって、伝えようとしてない。対等に話し合おうって思ってないでしょ。どうせ伝わらないって思ってる、いつもそう! そんなんだから怖がられるんですよ、傷つけるんですよ、なんでわかんないんですか!」
沈黙。言ってしまった、といった様子だった。和田は、自分が思ったより冷静なことに驚いていた。彼はそのままこちらを見ずにカバンを引っ掴んだ。
「――すみません、帰ります。」
そのまま、逃げるように図書室を出て行った。
和田はそれを見送ってから、大人しく家に帰ることにした。
「(対等に話し合おうって思ってない、か)」
その通りだった。それでもいつか対等になりたい、と思っていたのを見透かされていたのがなんだか痛くて、それでも受け止めるしかなくて、苦しかった。
*
「和田ちゃんが急に怒った!」
急じゃない。何回も言った。そう訴えようとして、声が出なかった。
「そんなふうに言わないで、ほら、お菓子を食べましょ」
もっと深刻に受け取って欲しかった。私はそれほど嫌だったんだ、と訴えたくても、声が出ない。
――ああ、夢だ。これは、悪夢だ。
言葉は選ばない方が良い。だって、そうじゃないと伝わらない。有耶無耶にされる。私のこの感情は、無かったものになる。
それが嫌だったから、言葉を選ぶのをやめた。
「どうせ伝わらないって思ってる!」
臼井の言葉がリフレインする。そりゃそうでしょ、伝わらなかったんだから。声は出てこない。そうやって足掻いているうちに、気付いたら涙が出た。ようやく出した泣き声で目が覚めた。――朝だ。
*
不快な気持ちで目覚めて、そのまま学校に行く。何があっても日常は続いていくのが恨めしかった。
クラスメイトは変わらず馬鹿をやっているし、放課後に図書室に行けば静かに本が読める。全部変わらずだ。
「臼井、あいつ、結局なんにも言わねえんだもん。よく分かんねえよな」
ふ、と声がして足を止める。彼のクラスメイトだ。
「まあでも、それが都合良かったんじゃなかったっけ?」
「それがさあ、なんかあいつも用事あったみたいで。知らん先輩に怒られたよ、もう、俺が悪者!? みたいな! あの先輩スゲーこえーし、スゲー嫌な言い方すんの!」
「え〜、まあ、お前が悪いよ」
「ひでー!」
む、として、このまま姿を現してなにか言ってやろうかと思って、やめる。自分が何に怒っているか分からなかった。
和田は、そのまま踵を返した。一人で考え事がしたくて、静かな場所を探すことにした。
真っ当だった、と思う。それで臼井が利用されることは不当だが、それでも、何も言わないからよく分からない、という評価自体はそこまで怒るようなものではない気がした。
――気に食わないならちゃんと言いなさいよ。そうやって黙ってるから伝わらないんでしょ。
過去の自分の言葉が頭を反響している。そう思った。思っていた。じゃあ頭を渦巻くこのいらだちはなんだ?
私が、正しいと思う。正しくなければなんだ。間違っていたと言いたいのか。頭の中の自分に強気に出てみても相手は自分、水掛け論だ。
私は、なにかを間違っている?
そう思ってしまったが最後、臼井と顔を合わせるのがなんだか気まずくて、そのままその週は彼を避けた。
それでも正しい答えはわからなくて、気付けば図書委員会の日が迫っていた。
ばたり。
「あ」
「は?」
教室に向かうため、階段を上っていると、降りてくる臼井と目が合った。舌打ち。そのまま上がっていこうとすれば、後ろから声がかけられる。
「待って、和田先輩」
「!」
そのまま臼井がなにか言おうとするので、慌てて走って階段を上がった。だって、まだ、答えも出てないのに!
ばたばたばたばた。廊下を二人分の足音が反響する。臼井が待てと言っている。教師が廊下を走るな、青春か、と茶々を入れた。
そんな可愛いものじゃない! と悲鳴をあげたい気持ちを抑えて走る。それでも体力はそんなにあるほうじゃなくて、階段から転げ落ちそうになって――臼井が腕を掴んで止めた。
息を整える。二人揃ってぜえぜえはあはあしているので、周囲の生徒は不思議そうにそれを眺めた。
「はあ……先輩、ちゃんと聞いてくださいよ」
「は、はあ……っ、嫌よ、だって、私」
「いいから、俺だって謝りたいんですよ!」
和田はようやく臼井を見上げた。彼はそれで安心したように手を離して、
「ちゃんと言うから。……すみませんでした」
瞬き。
「言葉が過ぎました。でも、間違ってたとは思ってない。俺も先輩も間違ってて、俺も先輩も正しいこと言ってると思う」
だから、とそこで臼井は息を吸った。
「先輩の良いところは見習います。ちゃんと相手に伝えたいと思ってるとことか。なので、今に見てろ、って気持ちです」
和田は、口をぱくぱくとさせた。目から鱗、青天の霹靂。そんな答えで、いいのか。いいのか?
「は、はは……」
思わず笑いが漏れた。なんだ、そんな答えでもいいのか!
「すっ……ごい、ムカついた! けど、そうね、アンタが正しいわ」
和田は、にい、と笑った。
「じゃあ、私もなるべく言葉を選ぶようにするわ。対等になりたいもの」
臼井は安心したように笑った。笑って、からかうように言った。
「ま、いつでも相談には乗るんでね」
「はあ!? 調子に乗るんじゃないわよ」
二人して睨み合って、そして同時にあはは、と笑った。あの日の自分が、少しだけ報われた気がした。
「(――次は間違えない)」
畳む
クラスメイトは馬鹿ばかり。周りの会話をイヤホンで遮断して、教室の隅で本を読みながら和田は小さくため息を着いた。
あいつもこいつもそいつも馬鹿だ。馬鹿だから人の間で生きていける。群れの中で適応できる。
全員のことが嫌いだ。だから休み時間は苦痛だ。でも今日は――図書委員会がある!
図書室は静かで良い。それぞれ本としか話してないから、イヤホンで耳が痛くなることも無く、読書を誰かに邪魔されることも無い。
ただ――
「(今日、同じ当番は臼井か……)」
火曜日の当番、臼井。和田の後輩である彼のことが、和田は苦手だった。
*
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
放課後。図書委員会として仕事をするべく図書室に向かうと、先に臼井が座っていた。普通に挨拶して、そのまま沈黙。臼井はおすすめ本のポップを作るのに専念していて、和田はたまに来る貸出、返却の対応をしつつ読書に勤しんでいた。
ちら、と彼の作っているポップに目を向ける。――山崎先生の「詩を書く」。詩って意外と自由で楽しい! 言葉にしたい想いを詩にしてみませんか?
「……臼井って、そういうのが好きなの」
「えっ、」
臼井と目が合う。和田は、声を掛けるんじゃなかった、と後悔した。えーっと。目線をうろつかせてから、臼井は言った。
「変、ですかね」
「別に、意外だと思っただけ。何よ、そんなに機嫌を伺わなくてもいいでしょ」
「すみません……」
謝られた。それ以上は何も言わずに読書に戻る。詩なんか、まどろっこしいだけじゃない、と言うのは、流石に言わなかった。
「あの、先輩」
珍しく、臼井から声が掛かった。出来上がったポップを持ち上げて、無理だったらいいんですけど、前置かれる。
「今日、山崎先生の新しい本が出るんです。なので、早めに帰ってもいいですか?」
和田はため息をついた。それだけで臼井は慌てたように謝り出すので、違う、とそれを制する。
「そんなの、好きにしなさいよ」
「あ、ありがとうございます……」
イライラとして仕方がなかったのが伝わったのか、それ以降、臼井は話しかけてこなかった。
臼井は言葉を選びすぎる。それどころか、時に飲み込みすぎることがある。そうやって言葉を選ぶから誰にも伝わらないのに。
そういう態度がまどろっこしくてもどかしくて、とても好きにはなれかった。
伝わらなくて悲しくないのかしら。悔しくないのかしら。もしそうじゃないのなら、彼の言葉は何の為にあるの?
そんなことをふと考えても、もうよく分からなくて、和田は大人しく読書に没頭することにした。
*
チャイムが鳴る。図書委員会の仕事は終わりの時間だ。片付けをして、見回りをして、軽く掃除、戸締りをする。そこまでは一緒にやる、と臼井が言ったので、仕方なく和田は一緒に片付けをすることにした。
そこで、バタバタと駆け込んできた生徒がいた。
「臼井、ここに居た! なあ、お願いなんだけど、ちょっと今日の掃除変わってくんない?」
「え……」
慌てて声を掛けて来たのは臼井のクラスメイトのようだった。ヘラヘラとした態度で、曰く、今日は友人と遊ぶ予定を入れてしまったんだ、と。――それ、この間も言ってたな、と和田は思った。
気に入らない。和田は足音を立てて彼に近付いた。
「臼井は今日、ナントカ先生の新作発表があるから早く帰りたいんですって」
空気が固まるのがわかった。それでも言わなきゃ分からないだろう、と和田は続ける。
「あなた、この間も同じ言い訳をしてなかった? バレたくないならバリエーション増やしなさいな。そもそも仕事は仕事。それはあなたがやるべきでしょ」
「い、いやあ……? お願いしますよ、友達が待ってるんすよ、先輩」
めげない田口に呆れたように和田はため息を着いた。臼井は固まってしまって何も言えないようだった。
「そんなに大切なお友達は、あなたのことを待とうともしてくれないって言うの? 手伝って貰ったらいいじゃない。友達を理由にサボりたいだけでしょ、恥ずかしい」
田口は、分かりやすくむす、とした顔をして、何かを言い返そうとしたが、この場において正しいのは和田だった。分が悪い。そう思ったのか、それ以上は何も言わず大人しく引き下がった。
「あんたもさっさと帰んなさいよ」
またあんなのに捕まらないようにね。そっけなく言った和田に対して、臼井は困ったように言葉を吐いた。
「あんな言い方しなくても……」
「なによ」
「……」
しん、と空気が落ちる。和田はイライラした様子で臼井を見た。
「気に食わないならちゃんと言いなさいよ。そうやって黙ってるから伝わらないんでしょ」
「伝わればいいってもんじゃないでしょ」
「じゃあ何、自分が我慢すればいいって?」
ぐ、と言葉に詰まった。図星のようだ。
「そうじゃないですけど……」
「じゃあ、なによ」
イライラして仕方がない。和田はもう止まれなかった。
「そんなんだからなよなよしいって言われるのよ」
「……和田先輩に何が分かるんですか」
「何も分からないわ。あなたは伝える気がないみたいだから」
言葉が止まらない。臼井はかっとした様子で、珍しく声を荒らげた。
「そんなこと言って、先輩だって、伝えようとしてない。対等に話し合おうって思ってないでしょ。どうせ伝わらないって思ってる、いつもそう! そんなんだから怖がられるんですよ、傷つけるんですよ、なんでわかんないんですか!」
沈黙。言ってしまった、といった様子だった。和田は、自分が思ったより冷静なことに驚いていた。彼はそのままこちらを見ずにカバンを引っ掴んだ。
「――すみません、帰ります。」
そのまま、逃げるように図書室を出て行った。
和田はそれを見送ってから、大人しく家に帰ることにした。
「(対等に話し合おうって思ってない、か)」
その通りだった。それでもいつか対等になりたい、と思っていたのを見透かされていたのがなんだか痛くて、それでも受け止めるしかなくて、苦しかった。
*
「和田ちゃんが急に怒った!」
急じゃない。何回も言った。そう訴えようとして、声が出なかった。
「そんなふうに言わないで、ほら、お菓子を食べましょ」
もっと深刻に受け取って欲しかった。私はそれほど嫌だったんだ、と訴えたくても、声が出ない。
――ああ、夢だ。これは、悪夢だ。
言葉は選ばない方が良い。だって、そうじゃないと伝わらない。有耶無耶にされる。私のこの感情は、無かったものになる。
それが嫌だったから、言葉を選ぶのをやめた。
「どうせ伝わらないって思ってる!」
臼井の言葉がリフレインする。そりゃそうでしょ、伝わらなかったんだから。声は出てこない。そうやって足掻いているうちに、気付いたら涙が出た。ようやく出した泣き声で目が覚めた。――朝だ。
*
不快な気持ちで目覚めて、そのまま学校に行く。何があっても日常は続いていくのが恨めしかった。
クラスメイトは変わらず馬鹿をやっているし、放課後に図書室に行けば静かに本が読める。全部変わらずだ。
「臼井、あいつ、結局なんにも言わねえんだもん。よく分かんねえよな」
ふ、と声がして足を止める。彼のクラスメイトだ。
「まあでも、それが都合良かったんじゃなかったっけ?」
「それがさあ、なんかあいつも用事あったみたいで。知らん先輩に怒られたよ、もう、俺が悪者!? みたいな! あの先輩スゲーこえーし、スゲー嫌な言い方すんの!」
「え〜、まあ、お前が悪いよ」
「ひでー!」
む、として、このまま姿を現してなにか言ってやろうかと思って、やめる。自分が何に怒っているか分からなかった。
和田は、そのまま踵を返した。一人で考え事がしたくて、静かな場所を探すことにした。
真っ当だった、と思う。それで臼井が利用されることは不当だが、それでも、何も言わないからよく分からない、という評価自体はそこまで怒るようなものではない気がした。
――気に食わないならちゃんと言いなさいよ。そうやって黙ってるから伝わらないんでしょ。
過去の自分の言葉が頭を反響している。そう思った。思っていた。じゃあ頭を渦巻くこのいらだちはなんだ?
私が、正しいと思う。正しくなければなんだ。間違っていたと言いたいのか。頭の中の自分に強気に出てみても相手は自分、水掛け論だ。
私は、なにかを間違っている?
そう思ってしまったが最後、臼井と顔を合わせるのがなんだか気まずくて、そのままその週は彼を避けた。
それでも正しい答えはわからなくて、気付けば図書委員会の日が迫っていた。
ばたり。
「あ」
「は?」
教室に向かうため、階段を上っていると、降りてくる臼井と目が合った。舌打ち。そのまま上がっていこうとすれば、後ろから声がかけられる。
「待って、和田先輩」
「!」
そのまま臼井がなにか言おうとするので、慌てて走って階段を上がった。だって、まだ、答えも出てないのに!
ばたばたばたばた。廊下を二人分の足音が反響する。臼井が待てと言っている。教師が廊下を走るな、青春か、と茶々を入れた。
そんな可愛いものじゃない! と悲鳴をあげたい気持ちを抑えて走る。それでも体力はそんなにあるほうじゃなくて、階段から転げ落ちそうになって――臼井が腕を掴んで止めた。
息を整える。二人揃ってぜえぜえはあはあしているので、周囲の生徒は不思議そうにそれを眺めた。
「はあ……先輩、ちゃんと聞いてくださいよ」
「は、はあ……っ、嫌よ、だって、私」
「いいから、俺だって謝りたいんですよ!」
和田はようやく臼井を見上げた。彼はそれで安心したように手を離して、
「ちゃんと言うから。……すみませんでした」
瞬き。
「言葉が過ぎました。でも、間違ってたとは思ってない。俺も先輩も間違ってて、俺も先輩も正しいこと言ってると思う」
だから、とそこで臼井は息を吸った。
「先輩の良いところは見習います。ちゃんと相手に伝えたいと思ってるとことか。なので、今に見てろ、って気持ちです」
和田は、口をぱくぱくとさせた。目から鱗、青天の霹靂。そんな答えで、いいのか。いいのか?
「は、はは……」
思わず笑いが漏れた。なんだ、そんな答えでもいいのか!
「すっ……ごい、ムカついた! けど、そうね、アンタが正しいわ」
和田は、にい、と笑った。
「じゃあ、私もなるべく言葉を選ぶようにするわ。対等になりたいもの」
臼井は安心したように笑った。笑って、からかうように言った。
「ま、いつでも相談には乗るんでね」
「はあ!? 調子に乗るんじゃないわよ」
二人して睨み合って、そして同時にあはは、と笑った。あの日の自分が、少しだけ報われた気がした。
「(――次は間違えない)」
畳む
詩まとめ
あたし今シンデレラ!
灰被りだとあたしを笑うあの子の
ガラスの靴は血まみれで可哀想!
それでも笑うし歌って踊るの
足元に咲く薔薇に誰も気付かぬように
花を踏みつける靴底が笑って、泣いて、怒って、
それでも笑うの、王子さまに見つけてもらうために
ああ、素敵な王子さま!
足元なんて見なくてもいいから、
笑顔の私をあいしていてね。
ーーー
時には落ち込むことがあったっていい
時には頼ってくれたっていい
月の影に隠れたってその分、
かがやいてみたら指輪になる
指輪をはめて!
顔を上げて!
笑って、マイディアー
いつだって美しいあなたがだいすきよ
ーーー
落ち込みがちなあの子が
珍しく自分のために怒っていて
嬉しかったことをよく覚えている。
世界の美しさを歌う人が
世界に蔑ろにされているところを
見たことがある。
それでも命は、
輝かしいきらめきを放って、
清く正しく美しくなんて
いられぬままに息をする。
清く正しく美しく、なんてなくても
輝けるんだと、きっと人々はもう、知っている。
あなたの好きな物はなあに?
どうしても許せないことはある?
守り抜きたいものってなに?
誰にも負けないきらめきをもらって、
強くなっていく私たちのバトンリレー
きらめきをあげる。
ーーー
うつくしいものになりたい、
波に削られたガラス玉みたいな。
あれ、シーグラスって言うらしいよ、
知ってた?
花火の後の余韻、
あの日頬を撫でた手のひらの暖かさ、
もらった言葉、
そういううつくしいものを集めて集めて
ひとかたまりにしたものがわたしであれ、と、願う。
願ってもかみさまは星を降らせてなんかくれないから、
わたしは削れていかずにトゲトゲしたガラスのまま誰かを傷つけている。
ああ、あ、あ、
(聞くに絶えない慟哭)、(自分に対する罵詈雑言)、
お願いだから触らないで。
そんなことを言いながらきっと誰かが、
そんなわたしの、
まだ尖りきらない平らなところをつまんで、
これなら痛くないよと笑ってくれるって、
信じてるんだよ、ごめんね。
ーーー
優しさなんかじゃないって
言えばよかった
言ってやればよかった、
どうして、だって、そんなこと、
自分がいちばん分かってるのに?
本当は、わたし、全部がどうでもいいの
このまま続くなら、
全部がどうでも良かったのに、
どうでも良かったって思わせてよ!
今、多分、怒りなんて綺麗なものじゃなくて、
もっと違う何かがわたしを突き動かしている
返せ! 返して、返してよ!
わたしは、わたしたちは、―――あなたは、
孤独だったのか、そうではなかったのか、
そうじゃないよ、そうじゃなくて、
ちゃんと泣いて怒ってよ!
胸ぐらを掴んで泣き喚いても
どうかな、多分、答えはかえってこないね
散っていった桜の花びらだって
風が行進させていくように
いずれ土に還るとしても尚、
生き足掻くことを、
変わりゆく残酷な世界を、
美しさを歌うよ
あなたの望んだ輝かしさを掴むよ
誰より遠くに飛び立って
帰って来てなんてやらないよ
寂しいって泣いてよ
どうしてって怒ってよ
物分りの良いふりで
勝手に納得しないで!
今、多分、悲しみなんて美しいものじゃなくて、
もっと違う何かがわたしを突き動かしている
ああ、もう、
自己嫌悪と同族嫌悪が
混じって混じってぐっちゃぐちゃ!
振り上げた拳は下ろす場所がなくて、
ああ、もう、知らないんだから!
ーーー
ただ、
救いを求めている。
きっと、この際、
それが多少、冷たくてもいい。
救われたい。
天国は信じてたいけど
神様は信じていられない、から
であれば、それは
不敬で罪になるのかな、と
(考えてみたり、した)
天国を信じてたいのは、
終わりに救いを求めたいから、
神様を信じていられないのは、
あなたは救いになれないから。
何もかもを救っていたら、
世界が壊れちゃうから、
あなたは救いになれない
無ければ、良かったね。
なんにも。
あなたも。
ーーー
月が食べたいって君が言うから、
月を取りに行くことにした。
しめしめ、と
男は考える。
君は人気者だから、
僕じゃなくてもいいかもね。
でも、
月を引っ提げて帰ってくる男なんて、
この世界にそういないよ。
しめしめ、と、卵を割る。
彼女を欲しがる誰かには、
羨ましがられちゃうのかも。
へへっ、ざまあみろ!
ーーー
人生には分岐点が沢山あって、
その分岐点を間違えて、
間違えて、間違えた結果、
いま、ここに立っている。
ねえ、良かったと思う?
どうかな。君はどう思う?
ええ、ずるいよ。私が聞いたのに!
ふふん、でもね。
人生まるごと大間違い!
あなたもそうでしょ、マイダーリン。
それが良いでしょ、マイダーリン!
ーーー
でもでも、だって、
仕方ないけど、
嫌だ嫌だと駄々をこねるよ
大の大人が恥ずかしげもなく!
あなたにとって、
それは間違いかもしれないけど。
それでも、
間違いでいいよ
間違いだらけのあなたが好きで、
間違いだらけのあなたを愛している
そればかりが、
そればかりが私とあなたを繋いでいる
私も間違いだ
あまり寂しいことを言ってくれるなよ
全部一緒に背負うことはできないけれど
でも、それでも、きっと、たぶん
あなたと一緒にいたいのは、嘘じゃない
嘘に、したくない
……と、思う、から
間違いがいいよ、
全ての間違いが正解を模倣しているだけで
この世は全て間違いで出来ている
ーーー
それは、
大地に、力強く根差す力。
それは、
海の水の穏やかさ。
それは、
風の静かなささやき声。
それは、
夜明け前の暖かな光。
あの日握った手のぬくもり、静かに落とされた言葉の温度、隣で人が眠る時の静けさ。
私たちは日々、祈りを探している。
祈りは、繋がり。
わたしとあなたの境界線を、少しだけ溶かすもの。
祈りは愛と隣り合わせ
わたしとあなたを結びつけ、
根を張り、
波を撫で、
風を運び、
光を齎す。
それは、
未来の保証ではなく、
それは、
現在の肯定。
それは、
矛盾ごと抱きしめるもので、
それは、
誰かに確かに残るもの。
ーーー
光が似合う人だった。
それ以外の暗くて脆くてうしろめたいものは
なにひとつも似合わないような、
太陽のような、
美しいひとだった。
本当は、なにもいらなかった。
太陽を手に入れようとした俺が馬鹿で、
誰の手にも収まらないあなたは
困ったように笑って、
困らせてしまった、と、思った、から。
……。
太陽だって闇には勝てないんだな。
眠るあなたのすこし痩せた顔を見て、
そんなことを思った。
あなたの夢が、
暗くて、脆くて、うしろめたいものでなければ良い。
頼むから、
ひだまりの中心にいてくれ。
ーーー
小さな鳥を保護した。
小さくて、可愛くて、
まだ弱くて、幼い、
綺麗な声で鳴く小鳥を。
小鳥は歌った。
「飛び立ちたい、飛び立ちたい」と、
私は困ってしまった。
小鳥の翼は、
―――翼、を?
私は思い立ってしまった。
だから、大きな翼を仕立てたの。
ああ、
あなたはきっと私の元を離れていくのね。
そうして誰よりも輝く一番星になって、
夜鷹なんかも追い越しちゃって、
私の手が、届かなくなる。
仕立てた翼は問題なく、
小鳥も嬉しそうに鳴いては飛び立って、
わたし、
ああ、どこまでも行ってしまえばいい!
と、泣いたんだった。
―――小鳥が鳴いている。
一緒に行こうと鳴いている。
私はその手を取った。
ああ、私たち、
きっとどこまでも飛べるのね
ーーー
強くならなくちゃ。
少年は思った。
小さく静まった海を前に、誰よりも大きな背伸びをした。
もう奏でられなくなった旋律を代わりに口ずさめば、海は呼応するようにさざめき立つ。
口ずさむ。
呼応する。
口ずさむ、
こちらを見る。
口ずさむ、
穏やかに微笑んだ海の、その手のひらの、先
ああ、青い青い憧憬の、その先に、
夢と、未来が―――
きっと、待っている。
夢、夢だ。
夢になる。
未来が来る!
強くならなくちゃ、ね。
信じなくちゃ。
誰よりも、自分のために、
海のために。
畳む
あたし今シンデレラ!
灰被りだとあたしを笑うあの子の
ガラスの靴は血まみれで可哀想!
それでも笑うし歌って踊るの
足元に咲く薔薇に誰も気付かぬように
花を踏みつける靴底が笑って、泣いて、怒って、
それでも笑うの、王子さまに見つけてもらうために
ああ、素敵な王子さま!
足元なんて見なくてもいいから、
笑顔の私をあいしていてね。
ーーー
時には落ち込むことがあったっていい
時には頼ってくれたっていい
月の影に隠れたってその分、
かがやいてみたら指輪になる
指輪をはめて!
顔を上げて!
笑って、マイディアー
いつだって美しいあなたがだいすきよ
ーーー
落ち込みがちなあの子が
珍しく自分のために怒っていて
嬉しかったことをよく覚えている。
世界の美しさを歌う人が
世界に蔑ろにされているところを
見たことがある。
それでも命は、
輝かしいきらめきを放って、
清く正しく美しくなんて
いられぬままに息をする。
清く正しく美しく、なんてなくても
輝けるんだと、きっと人々はもう、知っている。
あなたの好きな物はなあに?
どうしても許せないことはある?
守り抜きたいものってなに?
誰にも負けないきらめきをもらって、
強くなっていく私たちのバトンリレー
きらめきをあげる。
ーーー
うつくしいものになりたい、
波に削られたガラス玉みたいな。
あれ、シーグラスって言うらしいよ、
知ってた?
花火の後の余韻、
あの日頬を撫でた手のひらの暖かさ、
もらった言葉、
そういううつくしいものを集めて集めて
ひとかたまりにしたものがわたしであれ、と、願う。
願ってもかみさまは星を降らせてなんかくれないから、
わたしは削れていかずにトゲトゲしたガラスのまま誰かを傷つけている。
ああ、あ、あ、
(聞くに絶えない慟哭)、(自分に対する罵詈雑言)、
お願いだから触らないで。
そんなことを言いながらきっと誰かが、
そんなわたしの、
まだ尖りきらない平らなところをつまんで、
これなら痛くないよと笑ってくれるって、
信じてるんだよ、ごめんね。
ーーー
優しさなんかじゃないって
言えばよかった
言ってやればよかった、
どうして、だって、そんなこと、
自分がいちばん分かってるのに?
本当は、わたし、全部がどうでもいいの
このまま続くなら、
全部がどうでも良かったのに、
どうでも良かったって思わせてよ!
今、多分、怒りなんて綺麗なものじゃなくて、
もっと違う何かがわたしを突き動かしている
返せ! 返して、返してよ!
わたしは、わたしたちは、―――あなたは、
孤独だったのか、そうではなかったのか、
そうじゃないよ、そうじゃなくて、
ちゃんと泣いて怒ってよ!
胸ぐらを掴んで泣き喚いても
どうかな、多分、答えはかえってこないね
散っていった桜の花びらだって
風が行進させていくように
いずれ土に還るとしても尚、
生き足掻くことを、
変わりゆく残酷な世界を、
美しさを歌うよ
あなたの望んだ輝かしさを掴むよ
誰より遠くに飛び立って
帰って来てなんてやらないよ
寂しいって泣いてよ
どうしてって怒ってよ
物分りの良いふりで
勝手に納得しないで!
今、多分、悲しみなんて美しいものじゃなくて、
もっと違う何かがわたしを突き動かしている
ああ、もう、
自己嫌悪と同族嫌悪が
混じって混じってぐっちゃぐちゃ!
振り上げた拳は下ろす場所がなくて、
ああ、もう、知らないんだから!
ーーー
ただ、
救いを求めている。
きっと、この際、
それが多少、冷たくてもいい。
救われたい。
天国は信じてたいけど
神様は信じていられない、から
であれば、それは
不敬で罪になるのかな、と
(考えてみたり、した)
天国を信じてたいのは、
終わりに救いを求めたいから、
神様を信じていられないのは、
あなたは救いになれないから。
何もかもを救っていたら、
世界が壊れちゃうから、
あなたは救いになれない
無ければ、良かったね。
なんにも。
あなたも。
ーーー
月が食べたいって君が言うから、
月を取りに行くことにした。
しめしめ、と
男は考える。
君は人気者だから、
僕じゃなくてもいいかもね。
でも、
月を引っ提げて帰ってくる男なんて、
この世界にそういないよ。
しめしめ、と、卵を割る。
彼女を欲しがる誰かには、
羨ましがられちゃうのかも。
へへっ、ざまあみろ!
ーーー
人生には分岐点が沢山あって、
その分岐点を間違えて、
間違えて、間違えた結果、
いま、ここに立っている。
ねえ、良かったと思う?
どうかな。君はどう思う?
ええ、ずるいよ。私が聞いたのに!
ふふん、でもね。
人生まるごと大間違い!
あなたもそうでしょ、マイダーリン。
それが良いでしょ、マイダーリン!
ーーー
でもでも、だって、
仕方ないけど、
嫌だ嫌だと駄々をこねるよ
大の大人が恥ずかしげもなく!
あなたにとって、
それは間違いかもしれないけど。
それでも、
間違いでいいよ
間違いだらけのあなたが好きで、
間違いだらけのあなたを愛している
そればかりが、
そればかりが私とあなたを繋いでいる
私も間違いだ
あまり寂しいことを言ってくれるなよ
全部一緒に背負うことはできないけれど
でも、それでも、きっと、たぶん
あなたと一緒にいたいのは、嘘じゃない
嘘に、したくない
……と、思う、から
間違いがいいよ、
全ての間違いが正解を模倣しているだけで
この世は全て間違いで出来ている
ーーー
それは、
大地に、力強く根差す力。
それは、
海の水の穏やかさ。
それは、
風の静かなささやき声。
それは、
夜明け前の暖かな光。
あの日握った手のぬくもり、静かに落とされた言葉の温度、隣で人が眠る時の静けさ。
私たちは日々、祈りを探している。
祈りは、繋がり。
わたしとあなたの境界線を、少しだけ溶かすもの。
祈りは愛と隣り合わせ
わたしとあなたを結びつけ、
根を張り、
波を撫で、
風を運び、
光を齎す。
それは、
未来の保証ではなく、
それは、
現在の肯定。
それは、
矛盾ごと抱きしめるもので、
それは、
誰かに確かに残るもの。
ーーー
光が似合う人だった。
それ以外の暗くて脆くてうしろめたいものは
なにひとつも似合わないような、
太陽のような、
美しいひとだった。
本当は、なにもいらなかった。
太陽を手に入れようとした俺が馬鹿で、
誰の手にも収まらないあなたは
困ったように笑って、
困らせてしまった、と、思った、から。
……。
太陽だって闇には勝てないんだな。
眠るあなたのすこし痩せた顔を見て、
そんなことを思った。
あなたの夢が、
暗くて、脆くて、うしろめたいものでなければ良い。
頼むから、
ひだまりの中心にいてくれ。
ーーー
小さな鳥を保護した。
小さくて、可愛くて、
まだ弱くて、幼い、
綺麗な声で鳴く小鳥を。
小鳥は歌った。
「飛び立ちたい、飛び立ちたい」と、
私は困ってしまった。
小鳥の翼は、
―――翼、を?
私は思い立ってしまった。
だから、大きな翼を仕立てたの。
ああ、
あなたはきっと私の元を離れていくのね。
そうして誰よりも輝く一番星になって、
夜鷹なんかも追い越しちゃって、
私の手が、届かなくなる。
仕立てた翼は問題なく、
小鳥も嬉しそうに鳴いては飛び立って、
わたし、
ああ、どこまでも行ってしまえばいい!
と、泣いたんだった。
―――小鳥が鳴いている。
一緒に行こうと鳴いている。
私はその手を取った。
ああ、私たち、
きっとどこまでも飛べるのね
ーーー
強くならなくちゃ。
少年は思った。
小さく静まった海を前に、誰よりも大きな背伸びをした。
もう奏でられなくなった旋律を代わりに口ずさめば、海は呼応するようにさざめき立つ。
口ずさむ。
呼応する。
口ずさむ、
こちらを見る。
口ずさむ、
穏やかに微笑んだ海の、その手のひらの、先
ああ、青い青い憧憬の、その先に、
夢と、未来が―――
きっと、待っている。
夢、夢だ。
夢になる。
未来が来る!
強くならなくちゃ、ね。
信じなくちゃ。
誰よりも、自分のために、
海のために。
畳む
短歌まとめ
目が合った。ふわり笑って、暗闇。あ〜あ、スポットライトも恋していれば……。
ああ、ひかり。 彼らの全てを灼き尽くしどこまでも飛んでねよだかの星へ
誰にでも見つけて欲しくて鮮烈に光り続ける虫ひとり
星を統べ、世界も羨む王になる。お前の視線もあたしのものだ。
守られてばかりは嫌、けど、だから何? おまえの元には届かぬ祈り
「言わねえと分からねえのか」と宣うが、分かんねえだろ調子乗んな
金木犀甘い匂いの朝の道少し暖かな秋の訪れ
私たちも薔薇だといって咲く花壇風を味方にドレスのひらひら
おめでとう今年地球を手渡して来年は宇宙を確かな祈り
生きるため自分を許さねばその影にまた傷つく誰かよ
美しいこころを端からコピペして愛するふりをまだ諦めない
ひややかな熱を持たない画面越し言葉をなぞる、ことばをなぞる
いろいろな地獄があるよねおそろいだぐつぐつ煮込んで指輪にしようよ
たくさんの時間を言葉とともにして磨き上げたのそれ恋だったの
人間は嫌い自分は好きだが愛せない個のぬくもりをたまに愛して
わたしたち視野が狭くて嫌い合う波打つ心もささくれ立って
あなたとの夜の散歩が好きだった高い夜空の寒さとココア
部屋の隅勝手にぱちぱちペンライトアイドルだった幽霊がいる
夢を見るばかで可愛く幼い日朝の光が嫌いでしたね
静まって奏でられないその海を背負う背負うよ二人の夢を
強くあれお願いこの手に届くまで冷たく綺麗な青の憧憬
翼なら仕立ててあげるよその代わりどこまでも飛んで帰ってこないで
強さとは己の弱さを許すこと己の努力を認めてやること
努力さえ続けていれば手に届く(信じていました、ほんとうなんです)
うるさいなみじめになるから胸張れよ夢は夢のまま終わるんだから
あの頃のあなたを愛した私ごと好きが枯れればもう戻らない
空を飛ぶ船だの汽車だの翼だの自由に逃げたいここから飛びたい
空飛びたい!いっぱい青を背負ってさ風になったらスキップしちゃお
欲求を選び整え理性となり揺れているから自我と呼ぶ
情報が起こした揺れこそ自我ならば機械の揺らぎも自我と呼べるか
木で出来た誰も知らない秘密基地お父さんがね作ってくれたの
信じてる震える空気がなくたってなにかに震える心があると
とても長い旅をしてきた光です帰れませんが、見えていますか
このマヌケ聞いているのかボケカスがうるさい黙れ、私が正しい
猫かぶり可愛く被った化けの皮剥がれちゃったねしかたがないや
最初から被る気のない猫の皮バケモン来ましたほらもてなして
人間が好き、嫌いけど好き、嫌いう〜ん嫌いか、じゃあブロックで
他人が嫌いそれは自分を守るためこんなふうにはなりたくなかった
素敵だね綺麗なあなたのここが好きでもここが醜いから嫌い
そうやってばかぼこばかぼこ傷つけて自分が大事か? まあそりゃそうよな。
傷つけた?後悔してる?なら走れお前の口はなんのためある!?
御足労感謝しますね一等星返事の届く頃には私は
星の影綺麗な花には刺があるバキュンと一発恋に落ちろや
かぼちゃの馬車ティアラにドレスガラスの靴それはそうとして拳は振るう
「死にたくない」静かに涙を流してさ あ、アイシャドウにラメ入ってる
シャボン玉の中に入って浮かびたい風船みたいね割れないでよね
「一緒ならなんでも楽しいから平気」って!? 残したいからもっかい言って!
この今を必死に生きてるおれたちのの綺麗な言葉が味方にな〜れ
ミッションワン、この希死念慮をぶっ倒せ!どんな言葉を使ってもいいよ
寒いからホットミルクと希死念慮、今日からお前は冬の季語だよ
嘘つけます本音を隠して笑えますでも漢字も書けずに生きています
見せかけのインターネットの裏側にどろり濁った化け物が棲む
驚いた愛はここまでいけるのか返り血までもが綺麗に見えて
微笑んでばかでも可愛くゆるしてね愛嬌だけで生きてきました
地獄でもあなたのためなら生きていくもうこの場所にいられなくても
あたしって海割りたいんだそうしたらあなたの国まで走っていくよ
痛むほどぬくもりばかりを愛すのに私が触れたら冷めてしまうね
キラキラになってやろうかその瞳焼け焦がすほどの熱さで光るよ
橙のクレヨンで描くのが好きだった夕焼けの色、ひだまりの色
自分ごと好きすぎくらいでちょうど良い半分くらいは嘘だしハッタリ
やんやんとうるさく言ってもどうせ他人他人のこととか気にしなくていい
絵文字とか伸ばし棒とか使い分け強い言葉もやわこくなってよ
うるせえな恋だの好きだの嫌いだの一人で立つからおまえは要らない
星々の光を指輪にして笑い「運命だね」と歌い合う日々だ
他人とのお話し合いはコミュニケーション自分との対話は創作と呼ぶ
ボツにした昔の欠片も一部だし幸せになれよ創作物
空を飛ぶ宇宙に行ける音が鳴るあなたのことを可能性と呼ぶ
作品よ長く光ってうつくしのどうか汚れずそのままで
帰宅中でっかいプリンとか買っちゃって明日は休み明日は土曜日
分かりやすい詩を好む傾向にある、かしこくないからと卑下したりして
下心と甘い言葉だけの君をもう、ハーメルンみたいに拐かしちゃう
あなたへと伝える言葉アイラブユーかちかちかちとキーボード鳴らして
ああ夜鷹、燃え尽きた先に星になれあなたが幸せならばそれがいい
貫いた正しさすらも間違いとするなら信じたこれはなに、ゴミ?
大丈夫、いつか温度を忘れてもそれでも今はあなたが好きよ
あっ太陽出てきやがったな暑苦しいお前を地面に引きずり下ろす
春が来る。寒さに震えた大地さえ歓喜に震える、ああ、春一番!
救われたい、から、中途半端な神様をバン!そこに救いはないけどね
きやびやかあたし、宝石、ラグジュアリー姫と呼んでよ王子を呼びつけ
泣かないで、どうか祈って、きらめいて! メタモルフォーゼただ強くあれ
手を繋ぎ歩く親子と見守るだれか、魔法少女が置いたステッキ
えっ死んだ? 未練たらたら地縛霊死の手触りを僕にください
寂しくて詩を書いているどこまでもひとりぼっち、誘蛾灯の下
「退きなさい誰の前かを心得て?」あたしプリンセス剣を片手に
シャッターを下ろした次の瞬間の照れたように笑むあなたに向日葵
光ってるように見えてる? このあたし、全部嘘だよ、化け物だもの
あたし今スポットライトあなたの目焼いて焦がして潰しちゃうから
いつだってハートのキラキラ抱きしめて夢の中でもメタモルフォーゼ
自分だけの星を作ろう死んだ時いつか迷子にならないように
私という醜い生き物それをただ受け止めてくれる揺り籠、が星
帰り着く星には何も無ければいい花とか咲かせられたことないし
思い出もなければいいなそれならば悲しみなんていらないからさ
欲しいのは住所、名義と眠りだけいつか書いてね、手紙、約束
袖触れ合い杯交わした友人に、幸福ばかりが降り注げばいい
宇宙まで届いちゃうようなでかい声許せないから出しちゃおっかな
手に触れて指輪のサイズをたしかめて影に現る宝石の月
それは薔薇? 真っ赤なドレスが焼き付いて最期の瞬間も奪い去っていく
「月が綺麗、まるで貴方の言葉みたい」薔薇かと思った愛かと思った
私たち世界でいちばん強いから人を殺す夢だけを見ようね
深夜二時、ブランコに乗ると星に手が届くんだよね、知ってた? ふふん
滑り台、寝そべってみたら、空を見て! 星の光でプラネタリウム
私ってきらめきらしい、おら、目潰し! なんかそれくらい光ってるらしい
畳む
目が合った。ふわり笑って、暗闇。あ〜あ、スポットライトも恋していれば……。
ああ、ひかり。 彼らの全てを灼き尽くしどこまでも飛んでねよだかの星へ
誰にでも見つけて欲しくて鮮烈に光り続ける虫ひとり
星を統べ、世界も羨む王になる。お前の視線もあたしのものだ。
守られてばかりは嫌、けど、だから何? おまえの元には届かぬ祈り
「言わねえと分からねえのか」と宣うが、分かんねえだろ調子乗んな
金木犀甘い匂いの朝の道少し暖かな秋の訪れ
私たちも薔薇だといって咲く花壇風を味方にドレスのひらひら
おめでとう今年地球を手渡して来年は宇宙を確かな祈り
生きるため自分を許さねばその影にまた傷つく誰かよ
美しいこころを端からコピペして愛するふりをまだ諦めない
ひややかな熱を持たない画面越し言葉をなぞる、ことばをなぞる
いろいろな地獄があるよねおそろいだぐつぐつ煮込んで指輪にしようよ
たくさんの時間を言葉とともにして磨き上げたのそれ恋だったの
人間は嫌い自分は好きだが愛せない個のぬくもりをたまに愛して
わたしたち視野が狭くて嫌い合う波打つ心もささくれ立って
あなたとの夜の散歩が好きだった高い夜空の寒さとココア
部屋の隅勝手にぱちぱちペンライトアイドルだった幽霊がいる
夢を見るばかで可愛く幼い日朝の光が嫌いでしたね
静まって奏でられないその海を背負う背負うよ二人の夢を
強くあれお願いこの手に届くまで冷たく綺麗な青の憧憬
翼なら仕立ててあげるよその代わりどこまでも飛んで帰ってこないで
強さとは己の弱さを許すこと己の努力を認めてやること
努力さえ続けていれば手に届く(信じていました、ほんとうなんです)
うるさいなみじめになるから胸張れよ夢は夢のまま終わるんだから
あの頃のあなたを愛した私ごと好きが枯れればもう戻らない
空を飛ぶ船だの汽車だの翼だの自由に逃げたいここから飛びたい
空飛びたい!いっぱい青を背負ってさ風になったらスキップしちゃお
欲求を選び整え理性となり揺れているから自我と呼ぶ
情報が起こした揺れこそ自我ならば機械の揺らぎも自我と呼べるか
木で出来た誰も知らない秘密基地お父さんがね作ってくれたの
信じてる震える空気がなくたってなにかに震える心があると
とても長い旅をしてきた光です帰れませんが、見えていますか
このマヌケ聞いているのかボケカスがうるさい黙れ、私が正しい
猫かぶり可愛く被った化けの皮剥がれちゃったねしかたがないや
最初から被る気のない猫の皮バケモン来ましたほらもてなして
人間が好き、嫌いけど好き、嫌いう〜ん嫌いか、じゃあブロックで
他人が嫌いそれは自分を守るためこんなふうにはなりたくなかった
素敵だね綺麗なあなたのここが好きでもここが醜いから嫌い
そうやってばかぼこばかぼこ傷つけて自分が大事か? まあそりゃそうよな。
傷つけた?後悔してる?なら走れお前の口はなんのためある!?
御足労感謝しますね一等星返事の届く頃には私は
星の影綺麗な花には刺があるバキュンと一発恋に落ちろや
かぼちゃの馬車ティアラにドレスガラスの靴それはそうとして拳は振るう
「死にたくない」静かに涙を流してさ あ、アイシャドウにラメ入ってる
シャボン玉の中に入って浮かびたい風船みたいね割れないでよね
「一緒ならなんでも楽しいから平気」って!? 残したいからもっかい言って!
この今を必死に生きてるおれたちのの綺麗な言葉が味方にな〜れ
ミッションワン、この希死念慮をぶっ倒せ!どんな言葉を使ってもいいよ
寒いからホットミルクと希死念慮、今日からお前は冬の季語だよ
嘘つけます本音を隠して笑えますでも漢字も書けずに生きています
見せかけのインターネットの裏側にどろり濁った化け物が棲む
驚いた愛はここまでいけるのか返り血までもが綺麗に見えて
微笑んでばかでも可愛くゆるしてね愛嬌だけで生きてきました
地獄でもあなたのためなら生きていくもうこの場所にいられなくても
あたしって海割りたいんだそうしたらあなたの国まで走っていくよ
痛むほどぬくもりばかりを愛すのに私が触れたら冷めてしまうね
キラキラになってやろうかその瞳焼け焦がすほどの熱さで光るよ
橙のクレヨンで描くのが好きだった夕焼けの色、ひだまりの色
自分ごと好きすぎくらいでちょうど良い半分くらいは嘘だしハッタリ
やんやんとうるさく言ってもどうせ他人他人のこととか気にしなくていい
絵文字とか伸ばし棒とか使い分け強い言葉もやわこくなってよ
うるせえな恋だの好きだの嫌いだの一人で立つからおまえは要らない
星々の光を指輪にして笑い「運命だね」と歌い合う日々だ
他人とのお話し合いはコミュニケーション自分との対話は創作と呼ぶ
ボツにした昔の欠片も一部だし幸せになれよ創作物
空を飛ぶ宇宙に行ける音が鳴るあなたのことを可能性と呼ぶ
作品よ長く光ってうつくしのどうか汚れずそのままで
帰宅中でっかいプリンとか買っちゃって明日は休み明日は土曜日
分かりやすい詩を好む傾向にある、かしこくないからと卑下したりして
下心と甘い言葉だけの君をもう、ハーメルンみたいに拐かしちゃう
あなたへと伝える言葉アイラブユーかちかちかちとキーボード鳴らして
ああ夜鷹、燃え尽きた先に星になれあなたが幸せならばそれがいい
貫いた正しさすらも間違いとするなら信じたこれはなに、ゴミ?
大丈夫、いつか温度を忘れてもそれでも今はあなたが好きよ
あっ太陽出てきやがったな暑苦しいお前を地面に引きずり下ろす
春が来る。寒さに震えた大地さえ歓喜に震える、ああ、春一番!
救われたい、から、中途半端な神様をバン!そこに救いはないけどね
きやびやかあたし、宝石、ラグジュアリー姫と呼んでよ王子を呼びつけ
泣かないで、どうか祈って、きらめいて! メタモルフォーゼただ強くあれ
手を繋ぎ歩く親子と見守るだれか、魔法少女が置いたステッキ
えっ死んだ? 未練たらたら地縛霊死の手触りを僕にください
寂しくて詩を書いているどこまでもひとりぼっち、誘蛾灯の下
「退きなさい誰の前かを心得て?」あたしプリンセス剣を片手に
シャッターを下ろした次の瞬間の照れたように笑むあなたに向日葵
光ってるように見えてる? このあたし、全部嘘だよ、化け物だもの
あたし今スポットライトあなたの目焼いて焦がして潰しちゃうから
いつだってハートのキラキラ抱きしめて夢の中でもメタモルフォーゼ
自分だけの星を作ろう死んだ時いつか迷子にならないように
私という醜い生き物それをただ受け止めてくれる揺り籠、が星
帰り着く星には何も無ければいい花とか咲かせられたことないし
思い出もなければいいなそれならば悲しみなんていらないからさ
欲しいのは住所、名義と眠りだけいつか書いてね、手紙、約束
袖触れ合い杯交わした友人に、幸福ばかりが降り注げばいい
宇宙まで届いちゃうようなでかい声許せないから出しちゃおっかな
手に触れて指輪のサイズをたしかめて影に現る宝石の月
それは薔薇? 真っ赤なドレスが焼き付いて最期の瞬間も奪い去っていく
「月が綺麗、まるで貴方の言葉みたい」薔薇かと思った愛かと思った
私たち世界でいちばん強いから人を殺す夢だけを見ようね
深夜二時、ブランコに乗ると星に手が届くんだよね、知ってた? ふふん
滑り台、寝そべってみたら、空を見て! 星の光でプラネタリウム
私ってきらめきらしい、おら、目潰し! なんかそれくらい光ってるらしい
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SS 創作物について
僕の書くものは、大抵、不特定多数の、あるいは、特定個人の、誰かに向けている。誰かに何かを書くこと、伝わりうる言葉にすることで、取りこぼす何かを、僕は軽視しているところがある。伝わればそれでいい、と、思う。多少曲がっていても、それがどんな形でも、今だけ君と同じものを見ていて、同じものを感じていると信じられるのなら、事実がどうだろうと、それでいい。――それがいい。
誰かの言葉を引用するが、水面に映る月をそのまま手で掬ったとして、同じものを見せることはできないように。揺れては漏れて、ひび割れ、消えていく何か。手のひらの温度で水だってぬるくなる。そこに映る月だってもう丸くないかもしれないけれど、それでも尚、月を見せたい。君と同じものが見たい。
寂しいことに、そうすることでしか、僕たちは同じにはなれない。
形にすることで失われる何かを切り捨ててなお君たちと同じものを共有したい。他人と違うことは不安要素で、美しいものは誰かと共有したくて、そうやって言葉にしてこそ人と分かり合える何かがある気がして、そうやって寂しい自分を慰めているのだろう。君たちと同じ立場で、君たちと同じものを見たい。君たちと同じようになりたい。
どうしたって僕は醜いかいぶつのようだ。
――かいぶつの言葉だっていつか誰かに届くことを夢見ている。届けたいから言葉を使う。誰に伝わらなくても祈り続けたいから書き続けている、書き続けている。
誰かに届いてほしい。これは、世界に叫ぶSOSであり、I Love Youでもあるのだと思う。
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僕の書くものは、大抵、不特定多数の、あるいは、特定個人の、誰かに向けている。誰かに何かを書くこと、伝わりうる言葉にすることで、取りこぼす何かを、僕は軽視しているところがある。伝わればそれでいい、と、思う。多少曲がっていても、それがどんな形でも、今だけ君と同じものを見ていて、同じものを感じていると信じられるのなら、事実がどうだろうと、それでいい。――それがいい。
誰かの言葉を引用するが、水面に映る月をそのまま手で掬ったとして、同じものを見せることはできないように。揺れては漏れて、ひび割れ、消えていく何か。手のひらの温度で水だってぬるくなる。そこに映る月だってもう丸くないかもしれないけれど、それでも尚、月を見せたい。君と同じものが見たい。
寂しいことに、そうすることでしか、僕たちは同じにはなれない。
形にすることで失われる何かを切り捨ててなお君たちと同じものを共有したい。他人と違うことは不安要素で、美しいものは誰かと共有したくて、そうやって言葉にしてこそ人と分かり合える何かがある気がして、そうやって寂しい自分を慰めているのだろう。君たちと同じ立場で、君たちと同じものを見たい。君たちと同じようになりたい。
どうしたって僕は醜いかいぶつのようだ。
――かいぶつの言葉だっていつか誰かに届くことを夢見ている。届けたいから言葉を使う。誰に伝わらなくても祈り続けたいから書き続けている、書き続けている。
誰かに届いてほしい。これは、世界に叫ぶSOSであり、I Love Youでもあるのだと思う。
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毎日百文字以上チャレンジをしていた時のやつ
一日目¦隣で眠るあなたの鼓動まで聞こえそう
主な人物:飛鳥井慎也・鬼良稀雷
起きた。伸びをして、欠伸をひとつ、ふと隣にあるぬくもりに気づいて、そちらに目をやる。ああ、そういえば、昨日はホラー映画を見て、それを口実に一緒に寝ようと誘って。
そんな雑な理由でも、仕方がないなと一緒に寝てくれる恋人のことが、ぐうと愛おしくなった。きっとあの時、考えていることは一緒だった。
もう一度横になってみる。その整った顔を眺めていれば、ふと瞼があいた。半分しか開かない瞼、おそらくは薄い視界に自分を捉えた彼は、少し不思議そうな顔をして、そのまま腕が伸びて。ぎゅう、と抱き枕みたいに抱きしめられた。
何事かと問うても、彼はどうやらゆめうつつのようで唸るような返事しか返ってこない。
突然のことでばくばくと心臓が鳴るものだから、それで起こしてしまいそうで、慌てて抑えようと思考を散らす。隣で眠る彼の鼓動まで聞こえそうだった。
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二日目¦今日は君の全てが欲しい
主な人物:和歌月泉・欠月牙狼
「今日はさあ、おうち泊まっても良い?」
いつも通り学校に行って、生徒会の仕事を終えて、帰り道。いつも通り仕事が終わるのを待ってくれた牙狼くんと歩きながら、他愛のない話をする。
「ああ……別に構わない、俺の部屋はちょっと散らかってるかもしれん」
「とか言って、いつも綺麗だと思うけどな」
少し前に同じことを言われて、好奇心で覗いた部屋を思い出す。別に、男子高校生にしては、大変綺麗な部屋だったと思う。そういうとこも好きだけどな、とぼんやり思って、次に出てきた言葉に、あ、と自覚した。
「そう、最近はあまり2人だけの時間を取れていなかったからさ。……今日は牙狼くんの全てが欲しくて」
「……な、」
こんな小っ恥ずかしいラブソングでも歌わないようなことを、バカ正直に思ったのだから仕方がない。
動揺する恋人の手をゆっくり繋いで、ぎゅ、とちからをこめて、しばらく堪能して、それから、上目遣いで一言、「ダメなの?」と言ってしまえば、牙狼くんはなんだかんだ頷いてしまうのだから、本当に優しい人だな、と思う。
「……ダメ、ではない」
「よし! 決まりだね」
赤く染まる彼の手を引っ張って家まで走ろうとすれば、「待て」と呼び止められる。
「なあに?」
首を傾げて問えば、真っ直ぐ俺を見据えて「俺にも欲しい。……泉の、ぜんぶ」なんて、小っ恥ずかしいことを宣うものだから、ああもう、俺まで赤くさせてどうするんだ!
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二日目②¦守られるだけというのは癪なので
主な人物:三角心・キク
「あ~、真っ当に行くとしたら、君を守るためとはいえ、多少の危険がつくモンだし……俺としても、君に危険が迫ることを良しとしたいわけじゃない。」
指をピンと立て、いたずらっぽくキクは笑う。
「だからね、ひとつ提案があるんだ」
「……提案、ですか」
真面目な顔で聞き返した三角にキクは苦笑を返した。
「うん。俺がぜんぶなんとかするから、君は家の中で待機すること。そりゃまあ真っ当な手段ではないんだが、ここまで来たら仕方ねえだろ」
「マネージャーさんを納得させてくれる手段でも考えて待っててくれれば、あっという間に終わる話だ。悪くないだろ?」
「……それは」
三角はぐう、と眉を寄せた。色々言いたいことはあったが、どうせ答えてくれやしないだろうし、それはそのまま飲み込んだ。
少しの沈黙、それでも、と声が落ちた。
「私はアイドルだから、そういうことに関与したってバレたらまずいんです。」
「証拠は残さねえよ」
「いいえ。世の中に完璧なんてないでしょう、それに、万が一バレた時にあなた一人が罪を被るというのなら、それも嫌ですし……」
「……私を守るために、私が戦わなくてどうするんですか?」
「私、何も出来ないお姫様じゃない。なんでもやってみせますよ、キクさん」
にい、と今までに無い表情で笑ってみせた三角の表情と、覚悟と。それに息を飲んで、キクは少し恥ずかしそうに笑った。
「はは、アンタってやっぱカッコ良いよ。」
畳む
三日目¦お前のためにはしてやらない
主な人物:黒瀬愛海
「あ」
「……あ、」
困ったような声が響いた。それに、やってしまった、とでも言いたげな色が重なって、そのまま黒瀬は吸っていた煙草の火を消した。
「ど~も。良い夜ね」
「……そうだね」
会いたかった。それはもちろんそう。だけれど、だけれど、もう二度と会うつもりのない人だった。
「……ねえ、」
ああ、これはめんどくさいな。わざとそれを滲ませながら続きを促す。そうして促してしまうのが良くないのだと、少し昔の彼女の言葉を思い出した。
「私のためだったの」
黒瀬は少し目を伏せて、ふ、と息だけで笑った。
それに不服そうな顔をした彼女を見て、いつも通り、そう、いつも通り笑いながら、
「そんなわけないでしょ」
そう言った。
そう、あれは私のためだった。私の感情だった。決して、決してお前のためなんかでは無く、いや、絶対に、……絶対にお前のせいにはしてやらないのだ。
「あんたには、わかんなくて良いよ」
続けてそう言えば、彼女は諦めたように息をついた。
「愛海ってそればっかり、……私だって木偶の坊じゃないんだよ」
へえ、と大して興味もなさげに言えば、一瞬、悔しそうな表情をした彼女は隠すように黒瀬に背を向けた。
「……私、あなたのことが好きだったよ」
そう言い残して立ち去った。彼女を追うことすらしない黒瀬はそんな出来損ないみたいな告白を、ただ鼻で笑って流した。
「それが何になるって言うんだよ」
どこまでも愚直で、どこまでもお馬鹿で、どこまでも賢い私の大切な君。
私もあなたが大好きだった。そのために、世界が滅んでも良いと思える程。
畳む
四日目¦ただあなたの心をすこし和らげたい
主な人物:箒星蛍
「あ。」
休日。ちょっとしたメイクと帽子で変装をして、ウィンドウショッピングをしていた、帰り道。
たまたま目に止まった雑貨屋の、シックな色の髪飾りを手に取ってまじまじと眺める。
少しくすんだ青から水色の花々たち、アクセントに黄色が入っていて、それはまるで夜空に蛍の光が浮かんでいるような色をしていた。
あまり派手なものは嫌がるかもしれない。いや、これも少し派手だけれど、きっとこれは似合うだろうし、……夏夜さんは、あたしからのプレゼントは無碍には出来ないでしょ。ひとりで勝手に頷いて、それをレジに持ち込んだ。
たまたま、似合いそうだったから買っただけだし、要らなかったら飾ってもらおう。
ついでにお菓子とか買っていったら怒られるかな。最近はあんまり動いていないから、食べないようにしてるけど、今日だけ特別に。
今日は、ちょっとステキなプレゼントを持って会いに行くね。しばらく退屈な毎日だろうしさ。
ステージなんかじゃない、普通の日常で、上機嫌に走っていく彼女は、まるでただ一人の女の子のようで。
暗くなってきた空がひとつ、星を零したことにも気づかずに。ただ、真っ直ぐな想いを抱えていた。
畳む
五日目¦運命とかじゃなくて良い
主な人物:満見葉月
別に俺じゃなくても良いんだろ、とかいうめんどくさい女みたいな言葉に、それはそうだろを返したら、才川が怒った。
そう、だってべつに、世の中の恋人だって最初はただの他人なわけだし、別にそこに居心地が良く収まった人が恋人になるだけで、変わりはいくらでもいるもので。だけど、それはお前にだって言えることで、俺だってお前じゃなくて良いし、お前だって俺じゃなくて良いのだから、そこに理不尽もクソもなくないか?
そんなことをつらつらと喋ったら呆れられた。
だって別に、もうそんな運命だなんてロマンティックなものが信じられるほど子供じゃないし、なにより、そうだからこそ今はお前が良いってとこあるんだけど、それじゃダメなのか。
そう首を傾げたら才川は少し唸って、何かを諦めたように首を横に振られた。
それなりにこいつには色々な感情を置いてると思うんだけど、それはどうしたら伝わるんだろうか。
どれだけ考えても出ないだろうし、一先ずそこは休戦してアイスを食べることにした。
畳む
六日目¦嬉しいな〜って思ったんだよ
主な人物:箒星蛍
世界の全てに忘れ去られる夢をみた。
そう、夢。ただの夢だ。ただ、嫌な現実味に体をふるわせて、父親の元へと向かえばいつも通り。名前を呼んで、おはよう、と声がかかる。
それにおはよう、と返すと、どうした、と首を傾げられた。
「何も無いよ。嫌な夢を見ただけ」
「……そうか」
それ以上は深入りしてこなかった。
父が、蛍に罪悪感と不安を抱いてるのは知っている。色々なことがあったのだし、それは仕方がないと思う。
だから、だけど、あなただってあたしのことを1番に思ってくれていたのに、罪悪感なんて抱く必要はないのに、それをぶつけた日には、親というのはそういうものなのだと言われた。
「……世界から、忘れられる夢だったんだ」
「……」
「ま、ありえない話だけど。嫌な夢見た後って、なんか嫌な感じあるよね」
そう言って笑えば、父は少し難しい顔をしながら、
「……世界から忘れられる夢、」
そう呟いて、顔を上げた。
「……きっとお前程の人間であるのなら、誰もが同じ言葉で口を揃えるんじゃないのか。父さんもそれと同じで、忘れてなんかやらない」
「だから、心配しなくて良い。忘れてもどこかで残るものはあるさ」
「……」
父は、蛍の周りにある非日常のことなんか知らないし、蛍も話す気もないけれど。けれど、だと言うのに、まっすぐそんなことを言ってくるもんだから、蛍は少し気が抜けたように笑った。
「……あたしってやっぱりちゃんとお父さんの元に産まれたんだね」
「どういう意味だ」
チン、とトーストが焼ける音がする。それをお皿に移しながら、とびきりの笑顔で蛍は笑った。
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七日目¦へんなやつ
主な人物:上空明日翔・天海深月
「なあ、お前。ほんとうに神様なの?」
ずっと気になっていたことだった。同じクラスのへんなやつ。聞けば、彼に願ったことは全て叶うらしく、だから神様と呼ばれている。
「……なあに、願い事?」
返事は間を置いて返ってきた。面倒くさそうにこちらを見るその瞳は、普通の人間と同じ。
「いや? 別に。残念だけど、自分の願いは自分で叶えられるのさ」
好奇心だよ、と付け加えると、そいつはぱちくり、と目を瞬かせた。
「なんだその反応」
「いや、別に……。俺に話しかけてくるのなんて、僕の力を宛にしているやつらばかりだから。なんというか……物珍しくて?」
「ふーん。そういうモン?」
「そういうもんだよ、僕の周りはね。」
そうだなあ、と少し考える素振りを見せて、そいつは言う。
「神様とは、ちょっとちがう。」
「へえ。じゃあ何?」
「なんだと思う?」
はぐらかされたな、と思った。別に深入りするほどでもないか、とそれには特に追求せず、少し考える。
どう見ても、人間と同じ身体、人間と同じ言語。そいつの不思議な力を体感したこともなく、体感する予定もない俺にはそこに人間以外の答えも出るはずもなく、首を傾げた。
「俺と同じじゃないか?」
「は?」
「ああ、いや。俺と同じ、普通の人間。男子高校生。アンタの持ってる力のことは知らないけど、だから俺にはそう見えるよ。」
「……ふうん」
へえ、と頷きながらそいつはこちらを見て、
「じゃあ、そういうことだよ。」
そう言った。
「……ふうん。そっか、良かった。」
「良かった?」
俺の言葉に首を傾げたそいつに、今度は俺が上機嫌に人差し指を突き立て、
「俺の友達百人目! 神様はさすがに友達になれないなって思うけど、お前は人間なら俺の友達になれるだろ?」
しばらく俺の立てた指を見て、キョトン、という顔をしたそいつは、ええ、と困惑したような声を上げて、
「君、実は変なやつだろ……?」
「お前それは失礼なやつだろ!」
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八日目¦はじめてのおくりもの
ラブレターフロムロランネタバレあり 現行未通過×
主な人物:晴間翔と天使
「ほら見ろ、これ!」
そう言いながらアユムがドヤ顔で出てきたのは、所謂赤ちゃんとかの名前を決める時に使う名付け辞典。
少し前にその話題になった時の壊滅的な名前のセンスを思い出して、真面目に考えるつもりのアユムを見て、思わず笑みがこぼれた。
真面目だな、この人。
「ふふ、俺は太郎なんじゃなかった?」
「おまえ太郎って雰囲気じゃねーしなあ、オレがかっけーの決めてやるよ~」
「お、そしたら楽しみにしちゃおっかな。天使様に似合うやつにしてね」
いつも絵を描く時みたいに、向かいに座って考え始めたアユムを眺める。
天使は、そういう時間が好きだった。アユムが、真面目に、想いを込めて創作物を生み出す。そういう場所に立ち会えるのは光栄なことだ、と思っているし、そうして出来上がった創作物のことも、全部気に入っていた。
「はれま……はれまに続く名前だろ? なんかいい感じのやつ……」
それに天使はぱちくり、と目を瞬かせた。
「……俺って晴間なの」
「えっ」
きょとんとした顔でこちらを見たアユムは、まるでそれが当然であるかのように首を傾げた。
「晴間以外にあるのか?」
「……いや」
いや、べつに、アユムが良いなら良いけれど。苗字が同じっていうのは、家族とかそういう人たちだけのものじゃないのか。
そう思いながら、口にしなかった。別にそれが嬉しくないわけじゃないし、アユムは当然だと思ってるみたいだし、……口出すことじゃないか。
黙り込んた俺に不思議そうにしながら、アユムはまた本に目を落とす。しばらく目を落として、その視線は一つのところでピタリと止まった。
「はれま、……かける」
「うわ! 超天使っぽい。晴間翔だって、いいじゃん。やりぃ~~」
ハレマカケル。晴間、翔。悪くない響きだった。
「……へえ、アユムにしては良いセンスじゃん」
「オレは元々センスいいだろ??」
「ちょっと前の名付けのセンス思い出しなよ」
別に太郎でも良かったのだが、センスは無かっただろ。アユムはううんと唸った。
「太郎……もまあ、まあな。アリではあったしな」
「そう? まあでも、晴間翔、良いんじゃない? 貰ってくよ」
にい、とアユムは満面の笑みを浮かべた。
「そうだろ! これからよろしくな、翔」
「うん。よろしくね、アユム」
呼ばれた名前は初めての響きで、なんだかむず痒い気持ちになった。
畳む
九日目¦寂しそうなやつ
主な人物:上空明日翔・天海深月
意味が分からない、と思う。
ちょっと不思議な力が使えるからって神様だなんて祀られて、周りがぜんぶ変な宗教みたいになっている僕の傍には、まともなやつは近寄らない。
僕だって近寄りたくない。神様なんか信じてないし、特別に僕が神様だとも思ってないし、じゃあ、だとしたら、やっぱりこいつはどこかおかしいんだろうなと思う。
「アンタさ」
「ん?」
友達なんか、沢山いるだろうに。今日もそいつは僕の傍まで平然と来ているし、そいつが喋りたいことを次から次に話していく。
今は、テストの点が悪かった、とか、そういう話だったと思う。一通り聞き終えてから、僕は口を開いた。
「……、友達、たくさんいるんじゃないの」
「? そりゃもちろん、たくさんいるぜ」
「じゃあそっちに行ったらいいじゃん。僕じゃなくて良いんじゃないの」
きょとん、とした顔をしたそいつは、
「友達が寂しそうにしてたら声掛けるだろ」
そんなことを、当然のように言ってのけた。
「寂しそうに見えるの」
「違うか?」
大きな溜め息が出た。
「ほっといてもらった方が、うるさくなくて助かるんだけどな」
「あ! 俺うるさいってよく言われる~! でもほら、やっぱり楽しいじゃん。人と喋るのってさ」
何も気にせず「でさ、」と話を変えたそいつに頭を抱えたくなる。ふい、と視線をそらして窓の外を見た。
寂しいのか。僕は。
それが否定できなかったことが悔しくて、見透かされていたみたいで腹立たしくて、しばらくそいつの顔を見れなかった。
畳む
十日目¦普通とは
主な人物:上空明日翔・天海深月
「お前、なんでアイツに毎日話しかけてんの?」
友人にそう聞かれた。
なんで、と言われると友達になりたいから。それにもなんでと聞かれたら、……なんでだろう。首を傾げてしまった。
「神様だとかなんだとか、俺にはよくわかんねえけど、アイツの周り異常だよ。だから、程々にしとけよ」
好奇心は身を滅ぼすって言うだろ、とその友人は指を立てて俺に言った。
帰り道。特別近くに住む友達も居ない俺は、1人でその道を歩いていく。
別に。
別に、俺と何ら変わらない。本人は至って、普通の子供だろうに。
あいつの周りが異常だと言うのなら、俺の周りは異常では無く、普通だとでも言うのだろうか。
それを言うには、俺も、友人も、あいつも、お互いのことを知らなさすぎるんじゃないのか。
そんなことを思いながら、帰りたくもない家のドアを開け、ただいま、と親に声をかけるのだった。
畳む
十一日目¦どうか祈りが届きますように
主な人物:曾根崎獅道・???
こつん、靴音がして、ちょうどコーヒーを飲み終えた曾根崎は顔を上げた。
一人の少女が立っていた。真っ直ぐ見据える視線は、あなたに用があるのだと訴えていた。
「こんにちは」
「……どうも」
ぺこ、と頭を軽く下げ、薄く残った既視感の糸を辿る。
「あのひとの……愛海が最期に出会った人だって聞いた」
その言葉を聞いて、ハッキリと思い出す。……ああ、黒瀬の。
「愛海、なんで死んじゃったの? 誰も私には教えてくれないの。……きっとそれも、愛海の意思なんだと思うけど」
中身の入ってないコーヒーを飲むふりをして、誤魔化す。……どうしたものだろうか。
何かを言おうか。何を言おうにも黒瀬の言葉が頭をよぎって、声が止まる。
そうして1人ぐるぐるとしている俺を怪訝そうに眺めた彼女は、なに、と少し固い声で言った。
「あなたも答えられないの」
「……黒瀬に言われた」
するり、と言葉が出た。そのまま、真っ直ぐ少女を見つめた。
「警察って言ったって、資料上で見る、極わずかな分しか分かってないんだって」
「俺は、あいつのことを何も知らない。だから、あんたになにか伝えても、全部お門違いな気がする」
「……そう、」
少女は目を伏せた。少し瞳が揺らいで、それでも、目を閉じ、気を強く保つようにまっすぐあなたを見る。
似ている。
「……そっか。確かに愛海が言いそうな事だよ。私も、愛海のこと、分かっていたつもりだったのかもね」
「悔しいな。……真実を掴み取りたくても、もう本人が居ないんだもの」
無意識のうちに、拳に力が入った。
「……まあ、あなたに言っても仕方ないのは、分かってる。独り言だから、全部忘れていいよ」
「……待て」
勝手に口が動いた。何かを、言わずにはいられなかった。
「これも、独り言だが。黒瀬はたぶん、あんたのことが大事だったんだと思う。いや、……わからん。俺には何も分からんのだろうが、……黒瀬が聞いたら怒りそうだな。聞かなかったことにしてくれ。」
驚いたような表情の少女は、安堵したように笑った。
「……そう、そうね」
「痛いくらいに大切にされていたことは、知ってるの。でも、ふふ、そうね。」
「最期に愛海が会ったのが貴方で良かった。」
「あの人が、そうして案じてもらえているなら、確かに誰かが、あの人の想いを、心の淵を少しでも知ってくれていたなら、良かった……。」
「……ごめんなさい。ありがとう。私も、彼女のことを大切にしていたから。引きずってでも生きていくことにするわ。」
綺麗に笑う彼女が、そう言って踵を返した。
持っていた缶コーヒーのゴミをゴミ箱に投げ入れて、大きな溜め息をついた。
それでも。
俺が彼女に何を思うにも、鼻で笑われて終わるんだろうな。
そんなことを考えながら、仕事へと戻ることにした。
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十二日目¦天使も悪魔もいなかった
主な人物:???
赤いものを見ると、あなたのドレスを思い出す。
そう言えば、貴方はきっと呆れたように笑うのだろうと思う。
私には分からなくて良い。そう言った愛海の言葉通り、彼女の死のほとんどの概要は私に知らされることは無かった。
それがすごく悔しくて、自分の足で特定しようとしてみたけど、それも結局、何にもならなかった。
だけどね、愛海。もういいの。
墓に花を供えて、手を合わせる。
私、あなたが好きだった。私にはそれだけで十分だったのかもしれない。
あなたは、私を愛してくれていたけど、だけど、だから、踏み込まれたくなかったのね。
そっと目を伏せた。
だけど、そんなのは酷い話ではないかしら。
あなたがそういう人であったのは、知っていたつもりだった。知っていて、好きだった、つもりなのに。私もあなたと対等にはなれなかったのね。
ごめんなさい、愛しかったひと。
私、あなたを引き摺って歩くことにする。最大限幸せになってみせるわ。
あなたなら、そう言うのでしょうから。
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十三日目¦あなたの手を汚したかったわけじゃない
主な人物:鳥羽朔賭・鳥羽咲百合
教会。昔、自分が育った家は、今も大して変わらずそこに建っている。
扉を開けばいつも通り血を分けた姉が居るのだろうし、そこで姉は愛想でも振り撒いているのだろうと思う。
そんな大それた人間でもないくせに、やめてしまえば楽なのに。
「よう」
声をかければ、明らかに警戒した表情でこちらを振り向いた。
「……朔賭」
それに分かりやすくため息をついて、両手を上にあげながら近づく。
「まだ迷える子羊でも探して助けてんの? もう諦めたら良いのに。全部自己満だって分かってんだろ? それに、」
息をついた。
「どうせ無理だよ。全部救うなんてさ」
真っ直ぐこちらを見据えてくる姉の瞳に強く刻まれた警戒心。あーあ、嫌われてんな、と思いながらやれやれと肩を竦めた。
「……って、何度言ってもわかんねえのか。敬虔な信徒サマには」
姉は、無言でこちらを見、一言も声を発しようとしない。お人形遊びをしに来たわけじゃないんだけどな、と思いながらため息をついた。
「……はあ、何その態度。俺とは喋るだけ無駄ってこと? 悲しいな。こんなに心配してやってんのにさ」
そうして煽ってみても、こちらを探るような視線が返ってくるのみだった。
今回も、……いや、これは。もう、無理なのかもしれない。そんなことを冷静な自分が考えたが、とにかく機嫌は最高に悪かった。物分りの悪い、馬鹿な姉。そう頭で悪態を着くことでそれを発散しようとしたが、それもうまくいかなかった。
「……そうかよ」
そのまま視線を逸らして出口に向かっていく。
それでも姉は、最後まで俺と喋ろうとはしなかった。
「……ほんとうは、」
ぽつり。誰もいなくなった教会に声が響いた。
声は、続く。
神様なんて信じてない。だから、全部私が救えたら、と思ってる。
……だからね、私が神様になるって決めたの。
あなたにとってはそんな柄でも無いかもしれないけど。あなただって、私を全部知ってるわけじゃないでしょ。
目を伏せた。
馬鹿馬鹿しいと思うなら思えば良いよ。でも、
声が詰まった。息を吐いて、決意するように音を吐き出す。
わたしは。
あなたの事も救うつもりよ。
……朔賭。
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十四日目¦面倒な事に変わりは無いけど
主な人物:和歌月泉・欠月牙狼
たまたま夜遅くまで勉強していたものだから、何もかもをほっぽり出して寝てしまった。
そうして、朝起きたら髪の毛がとんでもないことになっている、なんて日が、立て続けに続いた。
どうしたもんかな、とあくびを噛み殺しながら思案する。別に伸ばしているのは頻繁に切らなきゃいけないのが面倒だからというだけだし、いっそテスト期間中は短めに切ってもらおうかな。
思い立ったが吉日、休みのうちに美容院の予約をして、ぱぱっと短くしたのが、昨日。
月曜日。学校に行くために支度をして、いつも通り恋人を迎えに行ったら、髪を見るなり眉をひそめられた。
「……何かあったのか?」
「なんでそんな反応なのさ……」
髪なんか短くても長くてもそんな変わらないだろうに。短くても似合うって言ってくれるかと思った、と少しむくれてみた。
「あ~、いや、似合うとは思うんだが……、ううん」
「……でしょ、似合うなら良くない?」
「いや、泉が良いなら良いんだが……」
「何、はっきり言いなよ。」
うぐ。もにょもにょと言葉を選ぶ様子の恋人に、今度がこちらが眉をしかめると、ガシガシと頭をかいた牙狼くんは「笑うなよ」と前置いてから、
「綺麗な髪だったから、勿体無いなと思っただけだ!」
きょとん。ぱちくり。そんな音が響いたような、予想外の言葉に、時間をかけてその言葉を噛み砕いて、笑わずにはいられなかった。
「あはは!」
「あ、おい! 笑うなっ」
「だって、そっか、そんなに俺の髪好きだったんだ?」
「……」
「じゃあ、また伸ばそっかな。」
もとよりテスト期間の間だけだしね。とつけ加えて、軽く理由を話せば、牙狼くんはそんなことだったのかと項垂れた。
心配をかけているなあ、と思いながら自分の髪を触る。
いつもより軽くて楽な髪を、初めて少し惜しく思った。
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十五日目¦十九日目、夜、暗闇
塔葬の国ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:猫田心音
俺が決めたことだから。
誰よりも先に俺が決めた。こうなることも予測した上で、彼らを見捨てることを選択したのは、俺だった。
だから、俺が一番に、腹を括るべきだった。
「選んだのは俺たちだ、……行こっか!」
そう言った時の声は震えていなかっただろうか。作った笑顔は上手くできていただろうか。今の俺に確かめる術はなく、確かめたところで何にもならない。
どれだけ慣れがあったとしても、人の命を、自分の手で。何度考えても恐ろしいことだ。
それでも。……それでも。
それをやらねば、この島に居るほとんどの人間の命は無いものとなる。
くそったれだ。
それでも、誰かがやらねばやらないことなのだ。
「嫌な島ですね」
不意に、そんな声が落ちた。
「……そうだね」
それに同意を示しながら、だけど、と、思考を巡らせる。
俺で良かった。
あの子を指名するのも、あの子を殺すのも、全部、俺ができることで良かった。
俺でさえ。俺でさえ、あの子を指名する表情はきっと固まっていたし、俺でさえ、注射器を持つ手は震えていたし、ミツオさんが乱入するまで、注射を打てなかった。
優しい、一時的でも世帯となった彼らに、そんなことをさせなくて、良かった。それが出来る俺で良かった。
それだけが今、俺の誇りだった。
本当は、と、そこまで思考が動き始めて、慌てて止めた。
俺がここで折れてどうするんだ。
まだやるべきことは残っている。こんな、こんなことを、もう二度とさせないために、この島を。
そんなことを考えながら目を閉じた。
二人に気を使ってやれるほどの気力は、残っていなかった。
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ここから散文
キュートアグレッション
主な人物:特になし
「私を殺したいの?」
そう言って、不気味なほど綺麗に笑った彼女は、ぐいと距離を詰めた。そのまま俺が手に持っている銃を左胸に当てて、「どうぞ」と囁いてみせた。
「な……っ」
「殺したいんでしょう?」
まさか撃てないだなんて言わないわよね。変わらず綺麗に微笑むその人を、そう、確かにその人を殺すことは、悲願で、喉から手が出るほど、喜ばしいことなのに、どうして、
どうしてこの人は、こんなに動じないんだ。
「ほら、早くしないと、私の愛しい番犬たちがあなたを殺しても知らないわ」
ゾッと背筋が凍った。恐ろしい。人間であるはずのその人が、なにか別の、化け物のように思えた。
ああ、ここまでしても、自分はこの人に傷一つ付けられない。
それを悟った時、頭に鈍い衝撃が届いて、そのまま俺の視界は閉ざされた。
最期に認識できたのは、その人の、薄く細められた美しく光る瞳と、その口が、「だから言ったのに、」と動いたことだった。
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なんだか違う人みたいだった
主な人物:上空明日翔、天海深月
「……い、おい」
控えめな声。揺さぶられて目が覚めた。
呆れたような顔をしたそいつと目が合う。いつの間に寝ていたんだろうか。
「……次、移動教室だけど。」
「ああ……おはよう、起こしてくれたの」
「誰も起こしてやんないみたいだったからね。友達100人作ったんじゃなかったの」
ふい、とそっぽを向き、じゃあ、と歩き出したそいつの腕を掴む。
何故かは、分からない。ただ、そういう気分だっただけ、で。
「午後、サボんねえ?」
「……は?」
ぱちくり、と大きな目を瞬かせて、そいつは思考を巡らせているみたいだったから、
「だめか?」
と、ひと押し。
「……優等生の肩書きに傷がついたらどうしてくれんの。」
「え〜、困るな。俺も一応優等生なんだけど……まあ、そしたら全部俺のせいにしていいからさ。」
「……」
そうすれば、簡単に押されてくれるのだから、優しいのかちょろいのか、分からない。
「1時間だけなら」
と言ったそいつににんまりと笑って、よし、と立ち上がり手を引く。
ただ、普通の子供みたいに遊びたかった。
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やがて鬼と成る
かいぶつたちとマホラカルトネタバレあり 現行未通過×
主な人物:沙華祈
ほら、歩けるだろう。そう言って急かしてくる大人の声を聞きながら、せめてゆっくり歩いていく。
俺は、死刑囚だ。死刑囚、だった。
世界の全部が嫌になった。だから、全部壊した。そしたら世界の外の大人たちは、あんまりにも俺が黙っているものだから、全部を俺が悪いということにした。
ざまあみろ、と思う。お前たちも結局は人間で、正しいことなんてひとつも行えやしない。
結局は、同じ穴の狢だ。
ドアを開け、扉の向こうを見る。
そこに立っていたのは、痩せた、今にも死にそうな雰囲気の男性。
「この方が、お前を引き取るんだそうだ。」
「……そう」
興味も無かったので、視線を逸らした。睨む警察様をその人は制して、そこからは淡々と手続きが進んでいるようだった。
死刑囚であるので、表向きは死んでいることにしてください。だとか、そういう話を半ば無理矢理聞かされて、難しい(お互いに良い感情は持っていないのだろう)会話が眼前で行われて、そうして、気づけば引き渡されていた。
「ねえ」
「なにかな。」
帰り道、と言っていいのかも定かじゃない。車でどこかに連れていかれながら、その人が特に何も喋らないもんだから、声をかけた。
「俺が、さ。今ここであんたを殺すとか、思わないの」
「おや。そんな元気が君にあるとも思えないけどな、そのつもりなの?」
別にそんなつもりでは無いので首を横に振った。そうしたら、そうだろ? と一言返されて、そのまま沈黙が続いた。
ただ、不思議な時間だった。
そうして、静かな時間をしばらく過ごし、車はどこかの店の駐車場に停められた。
「そうだ。君は今日からその名前じゃなくなる。具体的に言うと、君を組織に入れます。その間は、コードネームで生活してもらうよ。」
「コードネーム」
「そう。君のことは、戦力担当として連れてきたから。『鬼』だなんてどう? かっこいいでしょ」
「……」
あんまり真面目にそう思ってもなさそうな口調で言うもんだから、適当な言葉を吐いているようにも思えた。
「ま、だからそうやって名乗ってね。別に偽名であればなんでもいいけれど……そうだ、プライベートは君が好きなように動けるよう手配しよう。それでいいね?」
「……別に、なんでもいい。」
「そう?」
「……」
じ、とその人を見た。その人はじ、とこちらを見返してくるから、嫌になって視線を逸らした。
「俺は、その……組織? とやらに、入るなんて決めてないけど」
「ああ、そうだったね。まあゆっくり考えてくれればいいさ、最も、君に拒否権はないのだけど。でもほら、悩む時間は与えてあげられる……予定、だから。ゆっくり覚悟を決めてよ」
「……」
じゃあ早速、組織のメンバーに挨拶に行こう、と、幽霊を名乗るその人は言った。
とりあえず車から降りて、店の扉のドアに手をかけた幽霊の方を見て、再び声をかける。
「……ただの戦力担当なら、死刑囚だった身じゃなくても良かったんじゃない。わざわざこうやって引き抜く程、俺が必要なの?」
うーん、と困ったように笑った幽霊は、改めてこちらを見やった。
「まあ、そうだね。君が必要だ。」
「……君でなくても良かった、なんて嘘は良くないね。君だから引き抜いたんだ。」
そう言ってから、幽霊は改めてドアを開く。
特になんの変哲もない、俺にとっての日常の続きだと言うのに、何かが変わるような気がして、少し落ち着かない気持ちでドアの向こうに歩みを進めた。
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夢心地
主な人物:椿・楸
「ヒサギ、なんてどう?」
「はあ?」
ある日、ある時、ある任務で。自分に復讐すると息巻いて機会を狙い続けている彼を連れ回していた時。ふと思い出したように椿は言った。
「名前だよ名前、君、本名だって教えてくれないだろ? まあ知りたい訳でもないから良いのだけど、そのまま何も無いのは僕にとってとても不便だ。だからさ、どう?」
「……どうって」
得意げな顔をして、ついさっき人の命を奪った得物――――ナイフを手持ち無沙汰に回しながら、椿は続ける。
「木へんに秋で楸。花言葉は澄んだ心! あははっ、ほら、君にピッタリだろ?」
「……バカにしてるのか」
「やだなあ、褒めたじゃないか。心が綺麗なのは良いことだと思うけれど?」
「……お前に褒められたって嬉しくない。」
不機嫌さを隠さずそう言っても、特に、椿には怯む理由がなかった。
はは、といつも通りを崩さず笑っているのに腹立って舌打ちを一つ。それでもそんなことお構い無しと言わんばかりだ。
「そりゃそうだろうね。……ま、君がどれだけ嫌だと言っても、もう僕が決めたことだ。君には今度から楸と名乗ってもらうよ、分かったね。楸?」
「……」
ぎろ、と椿を睨みつけて、たった今楸と呼ばれた青年は、震える手を握りしめその場を立ち去ることを選んだらしい。
どうせ逆らえず従うのに、椿の言葉にいちいち反抗してみせるその姿勢がお気に入りだった。随分と、可愛らしいことだ。
ひとまず、と自分の足元を見る。白の面積が多い自身の服は特に汚れなかったが、床に落ちた死体やその痕跡は片付けねばならなかった。
痛ましいことだけれど、必要な犠牲だった。
テキパキとその場を片付けて、さっさとその場を後にすることにした。
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全部無駄になれば良い
主な人物:椿・楸
「殺してやる!」
そう言って知らない少年はナイフを椿に向けた。それを軽々と交わせば、そのまま地面へと倒れ込む。
あーあ、面倒だなあ。そんなことを思いながら、椿はにこやかな笑顔を彼に向けた。
「……君は誰? 残念だけれど、僕は殺した人間の顔なんかわざわざ覚えていないものでね。復讐だと言うのなら、愚かなことはやめた方が良いよ。」
「なっ……うるさい! 死ね!」
また交わす。はあ、とため息をついて椿は体制を崩したその人へと距離を詰めた。少年は、それにぎょっとして目を瞑った。自分も殺されるのかと勘違いしたのだろうか、全く馬鹿馬鹿しい。
その人の手を掴み、ナイフを自分の首筋へと持ってくる。そのタイミングで、恐る恐ると目を開けた彼は、愕然とした顔でこちらを見た。
「どうしたんだい。僕を殺したいのだろう?ほら、この手に少し力を込めれば僕は死ぬよ。――まさか、本当は殺す覚悟なんてありませんでした〜……なんて、言わないよね?」
はくり。少年の口が動く。
よく、知った色をしていた。彼の瞳に覚悟の色なんて無く、ただそこにあるのは恐怖と動揺だった。
「あはは、ほら、愚かだったと思わない?人は感情のままに動くべきじゃない、覚えておくと良いさ」
正義のために人を殺してきた。覚悟を決めたのは、もう覚えていない程過去の話だ。だから、椿にはもう、理解ができない。
「ほら、最後のチャンスだよ。僕を殺してみる?」
君なんかにできるとは到底思えないけれど。心の中でそう呟いて、震える手を感じながら、そっと目を瞑った。
――――銃声。
目の前の少年がばたりと倒れた。代わりに楸が現れたと思えば、そのまま照準をこちらに合わせる。どうやら随分頭に血が上っているようだった。
「あれ、楸くん。顔色が悪いよ、どうしちゃったの? ……ああ、僕が本当に死ぬとでも思ってビックリしちゃった?」
椿がわざとらしく問えば、楸は照準を合わせたまま叫んだ。
「お前っ、俺以外の誰かに殺されたら絶対許さないからな!」
「……ふふっ、あはは!」
「なにがおかしい……!」
睨みつけても怯みもしない。本当に引き金を引いてやろうかと楸は思ったが、結局指先に力は入れなかった。
「許すも許さないもないだろ、僕の命はずっと僕の手中にあるわけで、生きるのも死ぬのも、選択権はず〜っと、僕の手にある。」
そう、君が弱いから。心底楽しそうに付け足さられた言葉にイラついて、でも結局殺せていないのは事実だった。
「君だって、彼だって、奪う側に立つ覚悟どころか、人を殺す覚悟だってま〜ったく決まってないだろうに! あはは! 今の君を見たらご家族はなんて言うのかな〜! せっかく唯一生き伸びたというのにね。可哀想に!」
そう喋るのと同時、距離を詰められたと思えば銃を足で蹴り飛ばされ、それを椿は奪い取った。
別に今更物珍しくもないだろうに、まじまじと銃を観察するのを、楸は黙って見ていることしかできなかった。
「僕が先に他の誰かに殺されないように。もしくは、殺されても良いように? あははっ、せいぜい頑張ってくれよ、楸くん。」
椿は終始楽しそうな口調を崩さぬまま、銃を投げ返し、その場を立ち去った。
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これからのために、話をしよう
かいぶつたちとマホラカルトネタバレあり 現行未通過×
主な人物:NPC・鬼・魔女を中心に組織の全員
「仕方ないじゃないか。おかげで君は守れたのだし、そう思うと、安い犠牲だっただろう?」
だから、納得しなさい。
それを聞いた瞬間、鬼の中の何かが切れる音がした。
「分かった。アンタがそこまで言うんだったら俺にだって考えがあるよ。……せいぜい爪でも噛みながら、自分の命の重さでも思い知ればいいんじゃない?」
その時、自分はどんな表情を浮かべていたのか。
呆れたような顔をしたままの幽霊が少し目を見開いたのを見たがらただそれだけを伝えた後、外へと飛び出し、しばらく走った。
その場にあったのが、穏やかな感情でなかったのは確かだった。
・
・
・
「……それからずっと、鬼殿が行方不明、と」
「そう。」
簡潔にまとめた狼の言葉に、幽霊が頷く。不安そうな天使が幽霊を見た。
「鬼くんは無事なのでしょうか?」
「まあ、あの子ならどこかで元気にやってそうだとは思うけど? 悪魔さんの件もあるし、裏切りと断定するには早いんじゃないかしら。」
あなたの子供でしょう、と付け足された魔女の言葉に苦い顔をした幽霊は、だからこそだよ、と全員を見た。
「必ず、あの子を見つけ出して欲しいんだ。僕の見てないところで、危険な目にあってたらと思うと……」
そう肩を落とした幽霊の顔は確かにやつれていて、目の隈を化粧で隠しているのも、組織の誰も――――特に初期メンバー3人――――が察していた。
「いつ助けを求めてくるんだとは思ってたけどよ、こんな早ェとは思わなんだ、なあ? えーっと……狼。」
「アナタはそろそろ慣れてくださいよ。……でもまあ、そうですね。考えたくもありませんが、億が一裏切りであった場合が怖いので。捜索するのはワタクシも賛成ですよ。」
「僕も賛成なのです! 鬼くんが危険な目にあってたら大変! そうですよね、人魚ちゃん!」
「……おに、ゆうれい、けんか? ……マアナ、なかなおり、てつだう」
「……だそうよ、良いんじゃないかしら」
全員の意見が出揃ってようやく安心したような顔をした幽霊は、テキパキと指示を出し、よろしく頼むよ、と言ってその場を解散とした。
・
それからしばらく、狼のツテを使っても、魔女のハッキング技術を使っても鬼は見つからなかった。
ここまで掴めなくなるものだろうか。まさか、本当に……と、幽霊は焦りに焦っていたが、時間は刻々とすぎていく。
普段は指揮をする立場の幽霊が、自身も前線に出て積極的に探そうとするものだから、組織の全員はそのサポートに回ることにした。
「今日も、見つかりませんでしたね」
「なんの痕跡もなかったのです……」
「……スゥ、」
不安そうな天使の手をマアナが握る。それを眺めてから、魔女は幽霊の方を見た。
「そろそろ打ち切っても良いんじゃないかしら。ここまで姿を表さないんだから、組織が嫌になって逃げている、なんて可能性も無いわけじゃないわ」
あなたが嫌になって、と、真っ直ぐ言葉を出さなかったのは、幽霊の相応の行いを知っていたからだった。
「……そう、……そう、だね」
「幽霊、」
悪魔がなにか気遣う言葉をかけようとして、それを人魚が遮った。
「マアナはスウといっしょだから、ここ。おにも、ここがいいならかえってくる。おうちにかえってくるなら、かえってくるよ」
いやに真っ直ぐな目だった。それに頷いた悪魔は、改めて幽霊に向き直る。
「きっと大丈夫だ、鬼を信じようぜ。……まあ、帰ってくるかどうかは、お前次第かもしれねえけどよ」
「……あれ?」
ふと、天使が声を上げた。その視線の先には、彼が元いたという、孤児院がある。
その庭に、一人のシスターが立っている。その向こうに、見知った影があった。
幽霊が必死になって探している人だった。
「っ、祈!」
そう叫んで走り出す。息が苦しくても構わなかった。
その声でこちらに気づいた鬼は、シスターに別れを告げた後、教会の出口で立ち止まって幽霊を待った。その顔には、驚く程に、表情が無かった。
ああ、あれは本気で怒っている。
他の全員はそれを肌で感じ取ったが、幽霊には、そんなことに構っていられる余裕はないようだった。
「……っはあ、はあ、……よ、かった、生きてるね!? 怪我は、……どこも、」
「……なんで?」
冷たい音が、落ちる。
どこまでも冷えきった目に射抜かれて、流石の幽霊も何も言えなくなった。
「何、今更父親面すんのやめてよ。俺のこと、置いていける程どうでも良かったんでしょ。何?形だけでもみたいな? ……別にそういうの、いらないけどな。」
「鬼殿、」
鋭い言葉が放たれる。正しく言葉のナイフだった。狼が止めかけたのを、鬼は視線だけで制した。
「……、祈、」
「無事だよ。ご心配どーも。でも組織には帰らない、これは裏切りだと捉えてもらっても良いよ。申し訳ないけど、」
すう、と鬼は息を吸った。
「アンタの居ない組織には帰らない。たとえそれが、可能性の話だとしても」
鬼は、そう言って真っ直ぐ幽霊を見つめた後、あっさりと踵を返した。
話し合いの余地なんてなかった。ハッキリと傷つけられた幽霊は、その後しばらく何も喋らなかった。
・
・
「幽霊さん。」
「……入ってくるなと、言ったはずだけれど」
呆然としていた幽霊が魔女を睨む。その視線を受け流して、魔女は部屋へとズカズカと入り込んだ。
「お邪魔するわね。いえ、鬼くんがあんまりにも言い過ぎるものだから。……私、実は最初から全部知ってるの」
「……は、」
目を白黒とさせている幽霊を他所に、魔女は話を続ける。
「あんまりにあなたが可哀想なものだから、さすがに手を出しておこうかしら、ってね。彼も、貴方が傷ついたままなのは、本望じゃないでしょうから」
「……どういうこと」
「彼がなぜ怒っていたか分かる? 分からないかもしれないわね。貴方があまりに自分を大事にしないものだから、よ。」
「……」
「貴方、早とちりで鬼くんを庇ったでしょう。彼は避ける体制をとっていたし、言ってしまえば必要のない援護だったわ。それで大怪我を負った貴方は、『鬼を守れるなら安い犠牲だった』と言った。合ってるかしら。」
何も言えなくなった幽霊は黙って頷いた。
「その後、鬼くんは私に連絡を寄越した。とある依頼と一緒にね。……彼がなんて言ってたか、教えてあげるから、ヒントにでもしなさい」
どこから話せば良いのかしら、と、呆れたように魔女は頬に手を当てた。
・
「失踪したいの?」
「そう。」
「それはまた、どうして。」
とあるカフェ。たまたま出会った鬼と魔女は、2人でカフェに入り、オシャレなメニューとともに話をする。
「幽霊がさ、自分の命の価値を分かってないみたいだから。……分かってほしくて」
それには同意するけれど、と、魔女は困った顔をした。あまりにも、情報が足りていなかった。
「……幽霊、今大怪我してるでしょ。あれ、必要な犠牲だったと思う? ……安い犠牲だったかな。」
「いいえ。あれは必要な犠牲ではなかったわ、幽霊さん、貴方のこととなると周りが見えなくなっちゃうから」
「うん。」
「……安い犠牲、っていうのは、幽霊さんが?」
「そう」
なるほど、と魔女は頷いた。
「それがどうして失踪に繋がるのかしら。」
「……」
一息置く。底に残ったコーヒーを飲み干して、鬼は続けた。
「幽霊は、俺のことが一番大事でしょ?幽霊の命の価値がどうしても軽いって言うなら、俺の命も足して考えてもらおうと思ってさ。」
「……なるほど」
「まあ、実際どうするかは別として、だよ。……いざお前が死んだら、俺だって追いかけるかもしれないんだぞ、って脅しておきたい。少なくとも、1度死ぬ覚悟を決めた身だし、俺はそれくらい簡単に出来る。っていうのを、嫌でも分かってもらえるかなって」
「危ない目にわざと合うってこと?」
魔女は眉を顰めた。それなら乗る訳にはいかない。断りを入れようとしたあたりで、鬼が遮る。
「いや、俺はプチ旅行でも楽しんでくるつもりだよ。危ない目には合わない。だから、見つからないように隠して欲しいんだ。最悪、幽霊にバレないんだったら誰に話しても良いから。」
心配されるだろうしね、と眉を下げて鬼は笑ったが、決意は固いようだった。依頼料がいるなら払うよ、と付け足されて、魔女は少し考えた。
確かに、それなら幽霊にも少しは分かってもらえるかもしれない。
「仕方ないわね……止めても聞かないのでしょうし。それなら、依頼料の話をしましょうか。」
「はは、ありがとう」
そう言って、安心したように鬼は笑った。
・
「……これが、この事件の真相。ここから貴方がどんな答えを出して、どんなふうに彼と接するかは、自分で決めなさい。連絡は私が間に入るから。」
「……」
それじゃあ、と出ていった魔女の背中を眺めながら、鬼の言葉を反芻する。
『俺のこと、置いていける程どうでも良かったんでしょ。』
彼は、そう言っていた。
「まさか、」
僕は、もしかしなくても、あの子を、傷つけた?
幽霊は、真っ青になって顔を上げた。慌てて魔女の端末に連絡を入れ、繋がった瞬間に相手を確認することも無く捲し立てる。
「っ、魔女!頼む、鬼と……祈と話をさせて欲しい。今度は、ちゃんと彼の話も聞くから」
だから、と続く言葉の間に、魔女は呆れたようにため息をついた。
『貸し、ってことにしといてあげるわ。』
・
・
・
狼と悪魔と顔を合わせ、天使とマアナと顔を合わせ、迷惑と心配をかけてごめんね、と謝罪してから、鬼はようやく幽霊の元へと向かうことにした。
久々に会った幽霊は、なんだかやつれていた。……それだけ俺の心配が出来て、俺を大切に出来るのだから、同じように自分のことを大切にしてくらたら良いのに、と、すこしのやるせなさが湧いて出る。
「……とりあえず、入ってよ」
「ここじゃダメなわけ?」
「逃げられたら困る」
「アンタの態度次第だよ」
ぐ、と黙りこんだ幽霊は、諦めて鬼の方へと向き直った。
そのまま頭を下げる。
「ごめん。……置いていけるほど、なんて、そんなことないんだ。ただ、僕は……君が死ぬ瞬間なんて、どうしても見たくなかった、ただそれだけなんだ。」
「うん、知ってるよ。……で?」
どこまでも声は冷たかった。
「だから、安い犠牲だったんだっけ?」
「っ違う!」
顔を上げた幽霊は、鬼の肩を掴んだ。鬼は、振り払うこともせずに、ただまっすぐ幽霊を見ている。
「……ごめん、分からなかった。僕は、1度君を捨てた身だ。僕を恨んでいる、と言われた方が余程しっくりくるくらい、酷い人間だ。だから、だから、君の大切な組織の中に、僕が入ってるだなんて、夢にも思わなかったんだ」
「……はあ。まあ、それも知ってる。んで?」
だけど、と幽霊は必死になって言葉を紡ぐ。
「だけど、君は言っただろう。僕の居ない組織には帰らない、と。……たとえそれが、可能性の話だとしても」
「……」
一気に喋って上がってしまった息を整えて、それでも幽霊は続けた。
「僕が生きてさえいれば、君はこの組織で、生きて、くれるのかな」
「まだ分かってないの?」
「違う、確認だ。認識の擦り合わせがしたいんだ、頼むよ……。今度は絶対に、ないがしろになんてしないから」
「……ふうん。」
鬼は、少し態度を和らげ、対話に応じた。
「そうだね。アンタが生きる、って意思を見せてくれるんだったら、ひとまずは生きてあげようかな?」
「……そうかい」
幽霊は息を吸い込んだ。酷く緊張しているようだった。鬼はその様子を見ながら目を細め、言葉を待つ。
「それなら、僕はできる限り生きてみせよう。なるべく死なないよう努力すると誓うよ、僕の命にはどうやら、君の命も乗っているらしいからね……」
「……」
ひとつ、瞬きをして、鬼は、仕方がねえな、と笑った。
「俺も、分かって欲しかったとはいえめちゃくちゃ言ったしな。やっぱ傷ついた?」
「そりゃもちろん、しばらく何も考えられないくらいには……」
「はは、ごめんな。」
「いや、もう……良いさ、君が無事でいてくれたんなら、それで」
良かった、と呟く幽霊は、ようやっと安心できる場所を見つけた子供のようだった。思わず頭を撫でてやれば、馬鹿にしてるのかと睨まれた。
それを遠くから眺めていた仲間たちも、ようやく息をついてそれに混じる。
まあ、そんなこんなで今回の件も、これにて一件落着ってことで。
どこまでも突き抜けた晴天は、彼らの目の色をして、
それを見ながら幽霊は、眩しいなあ、と少し目を細めた。
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ろくでもない
幽世常世の満天下ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:燈実 / NPC
拝啓、両親へ。
金がないからと言って愛する息子を売るのは、どうかと思います。
「ほら、お前はまだ動けるだろう。買ってもらえたんだから、働きなさい。」
それに近しい…… いや、もうちょっと荒々しい言葉だったと記憶している。その子どもは大人しく従うばかりで、文句ひとつ垂れなかったが、その足ではもうしばらくしたら歩けなくなるのだろう、というのは一目瞭然だった。
何度も売られて、捨てられた。だからここに来たのだと、先日の夜に語っていた。
ああ、ろくでもないところに来てしまった。
死ぬわけにはいかない。だから、あの子どもを助けてやる訳にも行かなかった。
どうにかして。
どうにかしてこの檻から逃げなければ、人権などは無いに等しい。 ……そんな扱いは、両親だって望んでいないだろう。
不思議と、そんなふうに思った。確証はなかった。それでも、
死にたくなかった。
だから、理由はなんでも良かったのだ。
売人と取引した。どうやらここは地下のようだった。地上の知識はあまり重宝されないが、たまに物好きもいた。なので、地上の知識と引き換えに定期的に檻の外の空気を吸わせてもらうことにした。もちろん、その売人の見張り付きだ。
俺の知ってる範囲。学校で習ったこと。本で読んだこと。たまに空想も織りまぜて、そいつに話して聞かせた。顔も良くないし、筋力も体力もなかったので、決行の日まで誰かに売られることもなかった。
そろそろお前も処分だな。売人はそう言った。
そうだな、清々する。俺はそう返した。
そう、返して、売人を殴りつけた。ちょうど手枷が嵌っていたので、それで頭を重点的に。
生意気なガキだったと自分でも思う。それでも、その売人は俺にそれなりに情が出来てしまっていたらしかった。
その人は、意地でも声をあげなかった。人を殺すすべなんて知らない、筋力もない無力な子供の精一杯の打撃に、苦しそうにのた打ち回り、長い時間をかけて、息を止めた。
苦しめたかったわけじゃなかった。だけど、そうでもしないとお互いに救われなかった。
この人が生まれ変わったら、地上で、搾取なんてされず、穏やかに暮らせますように。そんな、意味があるかもわからない祈りだけを捧げて、その人の懐から手枷の鍵を盗み出し、そのまま、ゆく宛もなく走った。
誰かにバレたのだろうか。大人たちの怒号が遠くで鳴っていた。でも、それも遠くだったから、獣の鳴き声に聞こえた。
それが恐ろしくてまた走った。走って走って、気づけばネオン街の、どことも言えぬ街だった。
知らない。こんなところは、知らない。
帰らなければならない。どこにだろう? もう分からなかった。
その場で、生きていく理由が無くなった。死にたくない理由も、無くなった。だって、帰れないのだ。
だから、街の隅っこに蹲って、時間が来るのを待った。
飲まず食わずでいれば、いずれ人は死ぬことを知っていた。人攫いにあっても良かった。苦しんで死ぬのだろうな、と悲観しながら、それでもぼう、と虚空を眺めていた。
ふいに、
視界に影がさえぎった。
若い男だった。
「なあお前さん、名前は? こんなところで何をしている。」
「……、知らない人に名前を教えちゃいけないんだ」
「そうか。じゃあ俺から。俺の名前は柳。ほら、名乗ったんだから知らない人じゃないだろ?」
「……、」
わざと生意気な対応をしたのに、その男は困ったように頭をガシガシとかいた。
「ああもう、それなら良いさ。……お前、俺の家に来ないか。」
「……は?」
「ああ、目的なんかは聞いてくれるなよ。気分だ。お前さんを拾いたい。捨てられたんだろう?」
「……、好きにしたらいい」
その男は頷いて、手を差し伸べた。ほら、と伸ばされた手を、俺は取った。
気付けば、それが生きる意味になっていた。そして、
死なない理由も、じきに増えていくことに、なる。
拝啓、両親へ。
愛する息子を売るなんてどうなんだ、とは、思ったが。
なんだかんだ、俺は生きてるから、
気に病むことなく、幸せに暮らしてくれ。
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命令
幽世常世の満天下ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:燈実 / 暁蕾
「暁蕾!」
ガキン。暁蕾の背後でそんな音が鳴って、燈実の薙刀が敵のナイフを弾き飛ばし、そのまままっすぐ追撃。相手は倒れていく。
九朧城で暴れるこまったさんたちの鎮圧。今回の任務は達成した、さあ帰ろう。そんな時のことだった。
「どうもありがとなあ、燈実ちゃん。これは貸し?」
暁蕾は、いつもと変わらぬ笑顔で、そんなことを抜かす。燈実はため息をついた。
「……いや、それは別にいい。それより暁蕾、怪我を見せろ」
「……それは命令?」
「はあ……、命令だ。」
再びのため息。そうしながら、ぴくり、瞼が動いたのを燈実は見逃さなかった。
どうやらこの男はどうにも、この組織でさえ誰のことも信用出来ないらしいかった。
それならそれで好きにしたらいい。お願いを聞かないなら命令をするまでだ。それはそうと、勝手に心配はさせてもらうし、勝手に助けさせてもらう。
半分くらい意地だった。そうしていつか、それが彼のためになると、信じていた。
少し間を開けて、燈実は付け加えた。
「別に、見せるのは俺でなくともいいさ。俺は治療はそんなに得意じゃない。自分で治療できるというならそれでも良いし、他の奴に治療して貰ってもいい。」
「……、どうも。そしたら自分でやるわあ」
「但し、条件がある。」
暁蕾は、警戒するようにこちらを見た。実際は目が合うことはなく、そんな気がするだけだったが。
「その怪我が、来週までに治ってなかったら。強制的に俺が治療をする。分かったな?」
「……なんやの、そんなに心配してくれるん?」
「嫌か?」
暁蕾は黙った。別にこちらの機嫌をめちゃくちゃに損ねてやりたい、なんてつもりではないらしかった。
下手くそな男だ。
何が要因かまでは知らないので、ただぼんやりそう思った。それが彼に対する感想だった。
「お前の周りに今までどんな環境があったのか、俺は全くもって知らないし、お前のことだ。別に話したくもないだろうから、きっとこれからも知らない。だが……、郷に入っては郷に従えだ。俺はお前に対して好きにさせてもらうし、お前も好きにしたらいい。」
すう、と息をつく。
「ただ、必要な命令はする。命令であれば聞くと言ったな? ……その言葉、違えるなよ。」
「……」
それ以上に声は掛けなかった。彼の中で、今贈った言葉が、どんなふうに解釈されて、どんな想定が生まれているのか。燈実にはそんなこと、全く想像もつかなかったが、それでも良いのだ。
1度懐に入れた人間を相手に、気は長い方だった。
だから、分かるまでいくらでも待つつもりであったし、いくらでも伝えるつもりであったし、それまでそばにいる予定であった。この、当時から。
時は流れ、今。
星歩会での暁蕾の言葉をきっかけに、そんなこともあった、とふと思い出して、
長かったなあ、としみじみと実感しながら、それでも少しだけ喜びに浸った。
大きな争いの気配を感じながら、その道中だけはずっと穏やかだった。
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許容範囲と嫌がらせ
主な人物:燈実 / 暁蕾
二次創作 無い話です
「……そういえば」
なんでもない時間。なんでもない日常の、延長線。だらだらとソファで寛ぎながら、ふと、燈実は言葉を漏らした。
「暁蕾は、俺が命令だと言ったらどこまで許すんだ」
「……ええ?」
唐突にぶつけられた疑問に、暁蕾は首を傾げた。どこまで許す。なにを? どこまで、許す……。
「……それは、身体を?」
「……、それでも別に構わないが……」
燈実としては、そういうつもりでは無く、ただ彼の許容範囲を知っておきたいだけだった。だけれど、基本的にガードの固い彼が……身体を? どこまで許してくれるのか否か、だなんて。
面白い話題だと思ってしまった。
それが暁蕾の運の尽きだった。
「……ふむ。じゃあ、どこまで許すんだ?」
「ええ……ってことは、手を繋ぐ、とか、……ハグ、とかやんな……?」
暁蕾は少し動揺した様子でこちらを伺っている。燈実はわざと表情の変化が分からないように光の方向に首を傾げた。
「そうだな? そういうことになる」
「……へえ、燈実ちゃん、そういう趣味あったんや?」
「いや? 全く無い」
「……?」
暁蕾は、ますますわけがわからない、と言った顔でこちらを見ていた。少しだけ自身の口角が上がっているのを感じながら、その後の言葉を促す。
「……、それこそ、今更やない? 知りたいなら、やってみたらええやん。」
「……ほう?」
それは、命令を、ということか。こいつ、墓穴を掘ったな。楽しくなってきてしまった燈実は、少し考える素振りをして、……そうだ、少しだけ意地悪をしよう。
「では、先程言った通り手を繋いだり、ハグをしたりするのを、今ここで出来るか?」
「ええ……ほんとにやんの……? まあええけどな。ほら。」
そ、と手を握り、ぎゅ、と抱きついてくる。じんわりとした体温に混ざって聞こえる心音は、少し緊張しているように思えた。
なるほど、あまり得意では無さそうだ。
「ふむ、ありがとう。それじゃあ……、……いつも撫でられてばかりだから、撫でさせろ、と言ったら?」
「……なんやの? ええけど」
「わかった。」
なるべく彼が怖がらないように、頬を撫でてからそっと手を頭に載せる。よしよし、とそのまま撫でてみれば、少し不服そうな顔をしているのが見えた。なるほど、これは中々。
「……ふ、ありがとう。」
「なあ燈実ちゃん、これなんの時間?」
「なんだと思う?」
変わらずこちらを伺う暁蕾は、それになんの答えも得られないようだった。
「……では、キスをしろ、と言ったら?」
「ええ? なに、どうしたん? ほんとにそういう趣味が……?」
「いや、今回はそういう目的では無いな」
「ええ、……はあ、燈実ちゃんのお遊びには付き合ってられへんなあ」
ため息をついて、燈実の身体を少し押す。そうして部屋を出ていこうとした暁蕾の袖を、「待て」と、ぐい、引っ張った。
「……は、なに」
「暁蕾」
抱き締める。そうして、彼が全く抵抗できないようにしてから、ぐ、と顔を近付ける。目を見開いてこちらを見ていた暁蕾は、自体を察したのか、ぐ、と目を瞑った。
鼻先が当たる。1秒、2秒、……3秒。
少しの怯え。動揺、それと、……覚悟、だろうか。
まじまじと観察していれば、ようやく不思議に思ったのか、暁蕾が目を開いた。
「……せんの?」
「して欲しかったか?」
黙って解放すれば、警戒したようにす、と距離を取られる。それについ笑いが漏れて、それに刺々しくなんや、と返答。
「……いや? 少し意地悪をしたかっただけだ。すまない、実はお前の許容出来る範囲が知りたくてな。こういったもの関連の任務は苦手と見たから、今後は割り振らないようにしよう。他のことについては……、文章にでもまとめて柳さんに渡しておけ。それでは。」
「……は、」
ぱちくり、事態を飲み込むのに時間がかかっているようで、暁蕾はその場で何度か瞬きをした。
その間の燈実といえば、しれっとその場から居なくなっているものだから、暁蕾はその場にある怒りやら、羞恥やら、安堵やら、そんなたくさんの感情を持て余して一日を過ごすこととなるのだった。
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宝物の送り主
主な人物:エルティス・二グリア / ルーカス
どん。
人とぶつかった。まだ小さな、入学してきたばかりの1年生。もちろんこちらからわざわざ注目なんてしていないような、(それぞれの個性の強い子の学園では特に)あまり目立たない女の子だった。
「っあ、」
「……ああ、」
彼女の持っていた小さな袋からバサバサと色々なものが落ちた。
色々なもの――――例えば、年季の入った小さな靴、もう使うこともないような子供向けの指輪、その辺で拾ってきたと言われても納得できる石ころ。
そんなものだ。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててそれらを拾い集め始めた彼女に、こちらこそごめん、手伝うよ、なんて在り来りな言葉を掛けてひとつひとつ拾っていく。
きっとこの小さな袋は、彼女にとっての、宝箱だったのだ。
ひとつ。ふたつ。みっつ。
それほど数は多くない、最後のひとつ――――手紙を拾い上げて、その既視感に首を傾げた。
見覚えがある。どこかで。
よくある普通の手紙だ。普通の封筒に、普通に封がされている。
裏を返す。少し汚い字で住所が書いてある。送り主の名前は――――ルーカス。
「あ、あの……?」
そこまで見てから、声を掛けてきた彼女に改めて向き直る。
上から下までまじまじと眺める。その後、手紙を見て、また彼女の顔を見る。彼女は困ったような顔をして首を傾げた。
「それ、返して貰えませんか?」
「……ああ、ごめんね」
彼女に手紙と、その他拾った宝物たちを渡す。ありがとうございました、と頭を下げかけた彼女を引き止めた。
「あのさ、」
息を吸う。すこし、緊張していた。
「その手紙、知らない人から間違いで届かなかった……?」
「……え?」
手紙の送り主は、僕だった。
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今日の分
主な人物:ルスティス・二グリア / ルーカス
「ほらルス、昼ご飯前に "" 今日の分 "" 、終わらせようよ」
ルーカスはそう言って、ポケットから一枚のコインを持ち出した。いやに使い古された、入学時はもっと、ピカピカだったそれ。
「いいだろう」
ルスはそれにこくりと頷いてみせた。
"" 今日の分 "" ――――今日の分の彼らの昼ご飯を、どちらが奢るか。
入学式からしばらく経ち、お互いに友人も少なかった頃。そんな時に気まぐれで持ち掛けたギャンブルが、なんだかんだ、一年も半分以上は過ぎた今日に至るまで続いている。
「今日は負けないぞ〜」
「どうかな、現状で勝ち負けの回数は全部合わせて引き分けなわけだ。どちらが勝ってもおかしくない。勝率は十分にある」
「君、なんだかんだこれを毎日楽しみにしてるよな?」
ピン。綺麗な動作で弾かれたコインは、くるくると宙を舞ってルーカスの手の甲へと落ちる。
「さて、どっちにする?」
「……表」
「よしきた、俺が裏ね」
ごくり。どちらかが息を飲んだ音を合図に、ルーカスはその手を開いて見せた。
――――表。
「あ〜〜!!」
「ふん、これで二百十六勝二百十五敗だな」
「毎回言うけどよく覚えてられるよね〜」
「楽しみにしているからな」
「いや、これは負けたからなんだと思うけど釈然としねえ〜〜」
ともあれ、負けは負けだとルーカスは唸った。
ルスはといえば、そんな軽口を叩きながらも最近お金がピンチなのだと嘆く友人のため、なるべく安く多く食べることの出来るメニューを頭に浮かべているのであった。
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一日目¦隣で眠るあなたの鼓動まで聞こえそう
主な人物:飛鳥井慎也・鬼良稀雷
起きた。伸びをして、欠伸をひとつ、ふと隣にあるぬくもりに気づいて、そちらに目をやる。ああ、そういえば、昨日はホラー映画を見て、それを口実に一緒に寝ようと誘って。
そんな雑な理由でも、仕方がないなと一緒に寝てくれる恋人のことが、ぐうと愛おしくなった。きっとあの時、考えていることは一緒だった。
もう一度横になってみる。その整った顔を眺めていれば、ふと瞼があいた。半分しか開かない瞼、おそらくは薄い視界に自分を捉えた彼は、少し不思議そうな顔をして、そのまま腕が伸びて。ぎゅう、と抱き枕みたいに抱きしめられた。
何事かと問うても、彼はどうやらゆめうつつのようで唸るような返事しか返ってこない。
突然のことでばくばくと心臓が鳴るものだから、それで起こしてしまいそうで、慌てて抑えようと思考を散らす。隣で眠る彼の鼓動まで聞こえそうだった。
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二日目¦今日は君の全てが欲しい
主な人物:和歌月泉・欠月牙狼
「今日はさあ、おうち泊まっても良い?」
いつも通り学校に行って、生徒会の仕事を終えて、帰り道。いつも通り仕事が終わるのを待ってくれた牙狼くんと歩きながら、他愛のない話をする。
「ああ……別に構わない、俺の部屋はちょっと散らかってるかもしれん」
「とか言って、いつも綺麗だと思うけどな」
少し前に同じことを言われて、好奇心で覗いた部屋を思い出す。別に、男子高校生にしては、大変綺麗な部屋だったと思う。そういうとこも好きだけどな、とぼんやり思って、次に出てきた言葉に、あ、と自覚した。
「そう、最近はあまり2人だけの時間を取れていなかったからさ。……今日は牙狼くんの全てが欲しくて」
「……な、」
こんな小っ恥ずかしいラブソングでも歌わないようなことを、バカ正直に思ったのだから仕方がない。
動揺する恋人の手をゆっくり繋いで、ぎゅ、とちからをこめて、しばらく堪能して、それから、上目遣いで一言、「ダメなの?」と言ってしまえば、牙狼くんはなんだかんだ頷いてしまうのだから、本当に優しい人だな、と思う。
「……ダメ、ではない」
「よし! 決まりだね」
赤く染まる彼の手を引っ張って家まで走ろうとすれば、「待て」と呼び止められる。
「なあに?」
首を傾げて問えば、真っ直ぐ俺を見据えて「俺にも欲しい。……泉の、ぜんぶ」なんて、小っ恥ずかしいことを宣うものだから、ああもう、俺まで赤くさせてどうするんだ!
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二日目②¦守られるだけというのは癪なので
主な人物:三角心・キク
「あ~、真っ当に行くとしたら、君を守るためとはいえ、多少の危険がつくモンだし……俺としても、君に危険が迫ることを良しとしたいわけじゃない。」
指をピンと立て、いたずらっぽくキクは笑う。
「だからね、ひとつ提案があるんだ」
「……提案、ですか」
真面目な顔で聞き返した三角にキクは苦笑を返した。
「うん。俺がぜんぶなんとかするから、君は家の中で待機すること。そりゃまあ真っ当な手段ではないんだが、ここまで来たら仕方ねえだろ」
「マネージャーさんを納得させてくれる手段でも考えて待っててくれれば、あっという間に終わる話だ。悪くないだろ?」
「……それは」
三角はぐう、と眉を寄せた。色々言いたいことはあったが、どうせ答えてくれやしないだろうし、それはそのまま飲み込んだ。
少しの沈黙、それでも、と声が落ちた。
「私はアイドルだから、そういうことに関与したってバレたらまずいんです。」
「証拠は残さねえよ」
「いいえ。世の中に完璧なんてないでしょう、それに、万が一バレた時にあなた一人が罪を被るというのなら、それも嫌ですし……」
「……私を守るために、私が戦わなくてどうするんですか?」
「私、何も出来ないお姫様じゃない。なんでもやってみせますよ、キクさん」
にい、と今までに無い表情で笑ってみせた三角の表情と、覚悟と。それに息を飲んで、キクは少し恥ずかしそうに笑った。
「はは、アンタってやっぱカッコ良いよ。」
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三日目¦お前のためにはしてやらない
主な人物:黒瀬愛海
「あ」
「……あ、」
困ったような声が響いた。それに、やってしまった、とでも言いたげな色が重なって、そのまま黒瀬は吸っていた煙草の火を消した。
「ど~も。良い夜ね」
「……そうだね」
会いたかった。それはもちろんそう。だけれど、だけれど、もう二度と会うつもりのない人だった。
「……ねえ、」
ああ、これはめんどくさいな。わざとそれを滲ませながら続きを促す。そうして促してしまうのが良くないのだと、少し昔の彼女の言葉を思い出した。
「私のためだったの」
黒瀬は少し目を伏せて、ふ、と息だけで笑った。
それに不服そうな顔をした彼女を見て、いつも通り、そう、いつも通り笑いながら、
「そんなわけないでしょ」
そう言った。
そう、あれは私のためだった。私の感情だった。決して、決してお前のためなんかでは無く、いや、絶対に、……絶対にお前のせいにはしてやらないのだ。
「あんたには、わかんなくて良いよ」
続けてそう言えば、彼女は諦めたように息をついた。
「愛海ってそればっかり、……私だって木偶の坊じゃないんだよ」
へえ、と大して興味もなさげに言えば、一瞬、悔しそうな表情をした彼女は隠すように黒瀬に背を向けた。
「……私、あなたのことが好きだったよ」
そう言い残して立ち去った。彼女を追うことすらしない黒瀬はそんな出来損ないみたいな告白を、ただ鼻で笑って流した。
「それが何になるって言うんだよ」
どこまでも愚直で、どこまでもお馬鹿で、どこまでも賢い私の大切な君。
私もあなたが大好きだった。そのために、世界が滅んでも良いと思える程。
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四日目¦ただあなたの心をすこし和らげたい
主な人物:箒星蛍
「あ。」
休日。ちょっとしたメイクと帽子で変装をして、ウィンドウショッピングをしていた、帰り道。
たまたま目に止まった雑貨屋の、シックな色の髪飾りを手に取ってまじまじと眺める。
少しくすんだ青から水色の花々たち、アクセントに黄色が入っていて、それはまるで夜空に蛍の光が浮かんでいるような色をしていた。
あまり派手なものは嫌がるかもしれない。いや、これも少し派手だけれど、きっとこれは似合うだろうし、……夏夜さんは、あたしからのプレゼントは無碍には出来ないでしょ。ひとりで勝手に頷いて、それをレジに持ち込んだ。
たまたま、似合いそうだったから買っただけだし、要らなかったら飾ってもらおう。
ついでにお菓子とか買っていったら怒られるかな。最近はあんまり動いていないから、食べないようにしてるけど、今日だけ特別に。
今日は、ちょっとステキなプレゼントを持って会いに行くね。しばらく退屈な毎日だろうしさ。
ステージなんかじゃない、普通の日常で、上機嫌に走っていく彼女は、まるでただ一人の女の子のようで。
暗くなってきた空がひとつ、星を零したことにも気づかずに。ただ、真っ直ぐな想いを抱えていた。
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五日目¦運命とかじゃなくて良い
主な人物:満見葉月
別に俺じゃなくても良いんだろ、とかいうめんどくさい女みたいな言葉に、それはそうだろを返したら、才川が怒った。
そう、だってべつに、世の中の恋人だって最初はただの他人なわけだし、別にそこに居心地が良く収まった人が恋人になるだけで、変わりはいくらでもいるもので。だけど、それはお前にだって言えることで、俺だってお前じゃなくて良いし、お前だって俺じゃなくて良いのだから、そこに理不尽もクソもなくないか?
そんなことをつらつらと喋ったら呆れられた。
だって別に、もうそんな運命だなんてロマンティックなものが信じられるほど子供じゃないし、なにより、そうだからこそ今はお前が良いってとこあるんだけど、それじゃダメなのか。
そう首を傾げたら才川は少し唸って、何かを諦めたように首を横に振られた。
それなりにこいつには色々な感情を置いてると思うんだけど、それはどうしたら伝わるんだろうか。
どれだけ考えても出ないだろうし、一先ずそこは休戦してアイスを食べることにした。
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六日目¦嬉しいな〜って思ったんだよ
主な人物:箒星蛍
世界の全てに忘れ去られる夢をみた。
そう、夢。ただの夢だ。ただ、嫌な現実味に体をふるわせて、父親の元へと向かえばいつも通り。名前を呼んで、おはよう、と声がかかる。
それにおはよう、と返すと、どうした、と首を傾げられた。
「何も無いよ。嫌な夢を見ただけ」
「……そうか」
それ以上は深入りしてこなかった。
父が、蛍に罪悪感と不安を抱いてるのは知っている。色々なことがあったのだし、それは仕方がないと思う。
だから、だけど、あなただってあたしのことを1番に思ってくれていたのに、罪悪感なんて抱く必要はないのに、それをぶつけた日には、親というのはそういうものなのだと言われた。
「……世界から、忘れられる夢だったんだ」
「……」
「ま、ありえない話だけど。嫌な夢見た後って、なんか嫌な感じあるよね」
そう言って笑えば、父は少し難しい顔をしながら、
「……世界から忘れられる夢、」
そう呟いて、顔を上げた。
「……きっとお前程の人間であるのなら、誰もが同じ言葉で口を揃えるんじゃないのか。父さんもそれと同じで、忘れてなんかやらない」
「だから、心配しなくて良い。忘れてもどこかで残るものはあるさ」
「……」
父は、蛍の周りにある非日常のことなんか知らないし、蛍も話す気もないけれど。けれど、だと言うのに、まっすぐそんなことを言ってくるもんだから、蛍は少し気が抜けたように笑った。
「……あたしってやっぱりちゃんとお父さんの元に産まれたんだね」
「どういう意味だ」
チン、とトーストが焼ける音がする。それをお皿に移しながら、とびきりの笑顔で蛍は笑った。
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七日目¦へんなやつ
主な人物:上空明日翔・天海深月
「なあ、お前。ほんとうに神様なの?」
ずっと気になっていたことだった。同じクラスのへんなやつ。聞けば、彼に願ったことは全て叶うらしく、だから神様と呼ばれている。
「……なあに、願い事?」
返事は間を置いて返ってきた。面倒くさそうにこちらを見るその瞳は、普通の人間と同じ。
「いや? 別に。残念だけど、自分の願いは自分で叶えられるのさ」
好奇心だよ、と付け加えると、そいつはぱちくり、と目を瞬かせた。
「なんだその反応」
「いや、別に……。俺に話しかけてくるのなんて、僕の力を宛にしているやつらばかりだから。なんというか……物珍しくて?」
「ふーん。そういうモン?」
「そういうもんだよ、僕の周りはね。」
そうだなあ、と少し考える素振りを見せて、そいつは言う。
「神様とは、ちょっとちがう。」
「へえ。じゃあ何?」
「なんだと思う?」
はぐらかされたな、と思った。別に深入りするほどでもないか、とそれには特に追求せず、少し考える。
どう見ても、人間と同じ身体、人間と同じ言語。そいつの不思議な力を体感したこともなく、体感する予定もない俺にはそこに人間以外の答えも出るはずもなく、首を傾げた。
「俺と同じじゃないか?」
「は?」
「ああ、いや。俺と同じ、普通の人間。男子高校生。アンタの持ってる力のことは知らないけど、だから俺にはそう見えるよ。」
「……ふうん」
へえ、と頷きながらそいつはこちらを見て、
「じゃあ、そういうことだよ。」
そう言った。
「……ふうん。そっか、良かった。」
「良かった?」
俺の言葉に首を傾げたそいつに、今度は俺が上機嫌に人差し指を突き立て、
「俺の友達百人目! 神様はさすがに友達になれないなって思うけど、お前は人間なら俺の友達になれるだろ?」
しばらく俺の立てた指を見て、キョトン、という顔をしたそいつは、ええ、と困惑したような声を上げて、
「君、実は変なやつだろ……?」
「お前それは失礼なやつだろ!」
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八日目¦はじめてのおくりもの
ラブレターフロムロランネタバレあり 現行未通過×
主な人物:晴間翔と天使
「ほら見ろ、これ!」
そう言いながらアユムがドヤ顔で出てきたのは、所謂赤ちゃんとかの名前を決める時に使う名付け辞典。
少し前にその話題になった時の壊滅的な名前のセンスを思い出して、真面目に考えるつもりのアユムを見て、思わず笑みがこぼれた。
真面目だな、この人。
「ふふ、俺は太郎なんじゃなかった?」
「おまえ太郎って雰囲気じゃねーしなあ、オレがかっけーの決めてやるよ~」
「お、そしたら楽しみにしちゃおっかな。天使様に似合うやつにしてね」
いつも絵を描く時みたいに、向かいに座って考え始めたアユムを眺める。
天使は、そういう時間が好きだった。アユムが、真面目に、想いを込めて創作物を生み出す。そういう場所に立ち会えるのは光栄なことだ、と思っているし、そうして出来上がった創作物のことも、全部気に入っていた。
「はれま……はれまに続く名前だろ? なんかいい感じのやつ……」
それに天使はぱちくり、と目を瞬かせた。
「……俺って晴間なの」
「えっ」
きょとんとした顔でこちらを見たアユムは、まるでそれが当然であるかのように首を傾げた。
「晴間以外にあるのか?」
「……いや」
いや、べつに、アユムが良いなら良いけれど。苗字が同じっていうのは、家族とかそういう人たちだけのものじゃないのか。
そう思いながら、口にしなかった。別にそれが嬉しくないわけじゃないし、アユムは当然だと思ってるみたいだし、……口出すことじゃないか。
黙り込んた俺に不思議そうにしながら、アユムはまた本に目を落とす。しばらく目を落として、その視線は一つのところでピタリと止まった。
「はれま、……かける」
「うわ! 超天使っぽい。晴間翔だって、いいじゃん。やりぃ~~」
ハレマカケル。晴間、翔。悪くない響きだった。
「……へえ、アユムにしては良いセンスじゃん」
「オレは元々センスいいだろ??」
「ちょっと前の名付けのセンス思い出しなよ」
別に太郎でも良かったのだが、センスは無かっただろ。アユムはううんと唸った。
「太郎……もまあ、まあな。アリではあったしな」
「そう? まあでも、晴間翔、良いんじゃない? 貰ってくよ」
にい、とアユムは満面の笑みを浮かべた。
「そうだろ! これからよろしくな、翔」
「うん。よろしくね、アユム」
呼ばれた名前は初めての響きで、なんだかむず痒い気持ちになった。
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九日目¦寂しそうなやつ
主な人物:上空明日翔・天海深月
意味が分からない、と思う。
ちょっと不思議な力が使えるからって神様だなんて祀られて、周りがぜんぶ変な宗教みたいになっている僕の傍には、まともなやつは近寄らない。
僕だって近寄りたくない。神様なんか信じてないし、特別に僕が神様だとも思ってないし、じゃあ、だとしたら、やっぱりこいつはどこかおかしいんだろうなと思う。
「アンタさ」
「ん?」
友達なんか、沢山いるだろうに。今日もそいつは僕の傍まで平然と来ているし、そいつが喋りたいことを次から次に話していく。
今は、テストの点が悪かった、とか、そういう話だったと思う。一通り聞き終えてから、僕は口を開いた。
「……、友達、たくさんいるんじゃないの」
「? そりゃもちろん、たくさんいるぜ」
「じゃあそっちに行ったらいいじゃん。僕じゃなくて良いんじゃないの」
きょとん、とした顔をしたそいつは、
「友達が寂しそうにしてたら声掛けるだろ」
そんなことを、当然のように言ってのけた。
「寂しそうに見えるの」
「違うか?」
大きな溜め息が出た。
「ほっといてもらった方が、うるさくなくて助かるんだけどな」
「あ! 俺うるさいってよく言われる~! でもほら、やっぱり楽しいじゃん。人と喋るのってさ」
何も気にせず「でさ、」と話を変えたそいつに頭を抱えたくなる。ふい、と視線をそらして窓の外を見た。
寂しいのか。僕は。
それが否定できなかったことが悔しくて、見透かされていたみたいで腹立たしくて、しばらくそいつの顔を見れなかった。
畳む
十日目¦普通とは
主な人物:上空明日翔・天海深月
「お前、なんでアイツに毎日話しかけてんの?」
友人にそう聞かれた。
なんで、と言われると友達になりたいから。それにもなんでと聞かれたら、……なんでだろう。首を傾げてしまった。
「神様だとかなんだとか、俺にはよくわかんねえけど、アイツの周り異常だよ。だから、程々にしとけよ」
好奇心は身を滅ぼすって言うだろ、とその友人は指を立てて俺に言った。
帰り道。特別近くに住む友達も居ない俺は、1人でその道を歩いていく。
別に。
別に、俺と何ら変わらない。本人は至って、普通の子供だろうに。
あいつの周りが異常だと言うのなら、俺の周りは異常では無く、普通だとでも言うのだろうか。
それを言うには、俺も、友人も、あいつも、お互いのことを知らなさすぎるんじゃないのか。
そんなことを思いながら、帰りたくもない家のドアを開け、ただいま、と親に声をかけるのだった。
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十一日目¦どうか祈りが届きますように
主な人物:曾根崎獅道・???
こつん、靴音がして、ちょうどコーヒーを飲み終えた曾根崎は顔を上げた。
一人の少女が立っていた。真っ直ぐ見据える視線は、あなたに用があるのだと訴えていた。
「こんにちは」
「……どうも」
ぺこ、と頭を軽く下げ、薄く残った既視感の糸を辿る。
「あのひとの……愛海が最期に出会った人だって聞いた」
その言葉を聞いて、ハッキリと思い出す。……ああ、黒瀬の。
「愛海、なんで死んじゃったの? 誰も私には教えてくれないの。……きっとそれも、愛海の意思なんだと思うけど」
中身の入ってないコーヒーを飲むふりをして、誤魔化す。……どうしたものだろうか。
何かを言おうか。何を言おうにも黒瀬の言葉が頭をよぎって、声が止まる。
そうして1人ぐるぐるとしている俺を怪訝そうに眺めた彼女は、なに、と少し固い声で言った。
「あなたも答えられないの」
「……黒瀬に言われた」
するり、と言葉が出た。そのまま、真っ直ぐ少女を見つめた。
「警察って言ったって、資料上で見る、極わずかな分しか分かってないんだって」
「俺は、あいつのことを何も知らない。だから、あんたになにか伝えても、全部お門違いな気がする」
「……そう、」
少女は目を伏せた。少し瞳が揺らいで、それでも、目を閉じ、気を強く保つようにまっすぐあなたを見る。
似ている。
「……そっか。確かに愛海が言いそうな事だよ。私も、愛海のこと、分かっていたつもりだったのかもね」
「悔しいな。……真実を掴み取りたくても、もう本人が居ないんだもの」
無意識のうちに、拳に力が入った。
「……まあ、あなたに言っても仕方ないのは、分かってる。独り言だから、全部忘れていいよ」
「……待て」
勝手に口が動いた。何かを、言わずにはいられなかった。
「これも、独り言だが。黒瀬はたぶん、あんたのことが大事だったんだと思う。いや、……わからん。俺には何も分からんのだろうが、……黒瀬が聞いたら怒りそうだな。聞かなかったことにしてくれ。」
驚いたような表情の少女は、安堵したように笑った。
「……そう、そうね」
「痛いくらいに大切にされていたことは、知ってるの。でも、ふふ、そうね。」
「最期に愛海が会ったのが貴方で良かった。」
「あの人が、そうして案じてもらえているなら、確かに誰かが、あの人の想いを、心の淵を少しでも知ってくれていたなら、良かった……。」
「……ごめんなさい。ありがとう。私も、彼女のことを大切にしていたから。引きずってでも生きていくことにするわ。」
綺麗に笑う彼女が、そう言って踵を返した。
持っていた缶コーヒーのゴミをゴミ箱に投げ入れて、大きな溜め息をついた。
それでも。
俺が彼女に何を思うにも、鼻で笑われて終わるんだろうな。
そんなことを考えながら、仕事へと戻ることにした。
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十二日目¦天使も悪魔もいなかった
主な人物:???
赤いものを見ると、あなたのドレスを思い出す。
そう言えば、貴方はきっと呆れたように笑うのだろうと思う。
私には分からなくて良い。そう言った愛海の言葉通り、彼女の死のほとんどの概要は私に知らされることは無かった。
それがすごく悔しくて、自分の足で特定しようとしてみたけど、それも結局、何にもならなかった。
だけどね、愛海。もういいの。
墓に花を供えて、手を合わせる。
私、あなたが好きだった。私にはそれだけで十分だったのかもしれない。
あなたは、私を愛してくれていたけど、だけど、だから、踏み込まれたくなかったのね。
そっと目を伏せた。
だけど、そんなのは酷い話ではないかしら。
あなたがそういう人であったのは、知っていたつもりだった。知っていて、好きだった、つもりなのに。私もあなたと対等にはなれなかったのね。
ごめんなさい、愛しかったひと。
私、あなたを引き摺って歩くことにする。最大限幸せになってみせるわ。
あなたなら、そう言うのでしょうから。
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十三日目¦あなたの手を汚したかったわけじゃない
主な人物:鳥羽朔賭・鳥羽咲百合
教会。昔、自分が育った家は、今も大して変わらずそこに建っている。
扉を開けばいつも通り血を分けた姉が居るのだろうし、そこで姉は愛想でも振り撒いているのだろうと思う。
そんな大それた人間でもないくせに、やめてしまえば楽なのに。
「よう」
声をかければ、明らかに警戒した表情でこちらを振り向いた。
「……朔賭」
それに分かりやすくため息をついて、両手を上にあげながら近づく。
「まだ迷える子羊でも探して助けてんの? もう諦めたら良いのに。全部自己満だって分かってんだろ? それに、」
息をついた。
「どうせ無理だよ。全部救うなんてさ」
真っ直ぐこちらを見据えてくる姉の瞳に強く刻まれた警戒心。あーあ、嫌われてんな、と思いながらやれやれと肩を竦めた。
「……って、何度言ってもわかんねえのか。敬虔な信徒サマには」
姉は、無言でこちらを見、一言も声を発しようとしない。お人形遊びをしに来たわけじゃないんだけどな、と思いながらため息をついた。
「……はあ、何その態度。俺とは喋るだけ無駄ってこと? 悲しいな。こんなに心配してやってんのにさ」
そうして煽ってみても、こちらを探るような視線が返ってくるのみだった。
今回も、……いや、これは。もう、無理なのかもしれない。そんなことを冷静な自分が考えたが、とにかく機嫌は最高に悪かった。物分りの悪い、馬鹿な姉。そう頭で悪態を着くことでそれを発散しようとしたが、それもうまくいかなかった。
「……そうかよ」
そのまま視線を逸らして出口に向かっていく。
それでも姉は、最後まで俺と喋ろうとはしなかった。
「……ほんとうは、」
ぽつり。誰もいなくなった教会に声が響いた。
声は、続く。
神様なんて信じてない。だから、全部私が救えたら、と思ってる。
……だからね、私が神様になるって決めたの。
あなたにとってはそんな柄でも無いかもしれないけど。あなただって、私を全部知ってるわけじゃないでしょ。
目を伏せた。
馬鹿馬鹿しいと思うなら思えば良いよ。でも、
声が詰まった。息を吐いて、決意するように音を吐き出す。
わたしは。
あなたの事も救うつもりよ。
……朔賭。
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十四日目¦面倒な事に変わりは無いけど
主な人物:和歌月泉・欠月牙狼
たまたま夜遅くまで勉強していたものだから、何もかもをほっぽり出して寝てしまった。
そうして、朝起きたら髪の毛がとんでもないことになっている、なんて日が、立て続けに続いた。
どうしたもんかな、とあくびを噛み殺しながら思案する。別に伸ばしているのは頻繁に切らなきゃいけないのが面倒だからというだけだし、いっそテスト期間中は短めに切ってもらおうかな。
思い立ったが吉日、休みのうちに美容院の予約をして、ぱぱっと短くしたのが、昨日。
月曜日。学校に行くために支度をして、いつも通り恋人を迎えに行ったら、髪を見るなり眉をひそめられた。
「……何かあったのか?」
「なんでそんな反応なのさ……」
髪なんか短くても長くてもそんな変わらないだろうに。短くても似合うって言ってくれるかと思った、と少しむくれてみた。
「あ~、いや、似合うとは思うんだが……、ううん」
「……でしょ、似合うなら良くない?」
「いや、泉が良いなら良いんだが……」
「何、はっきり言いなよ。」
うぐ。もにょもにょと言葉を選ぶ様子の恋人に、今度がこちらが眉をしかめると、ガシガシと頭をかいた牙狼くんは「笑うなよ」と前置いてから、
「綺麗な髪だったから、勿体無いなと思っただけだ!」
きょとん。ぱちくり。そんな音が響いたような、予想外の言葉に、時間をかけてその言葉を噛み砕いて、笑わずにはいられなかった。
「あはは!」
「あ、おい! 笑うなっ」
「だって、そっか、そんなに俺の髪好きだったんだ?」
「……」
「じゃあ、また伸ばそっかな。」
もとよりテスト期間の間だけだしね。とつけ加えて、軽く理由を話せば、牙狼くんはそんなことだったのかと項垂れた。
心配をかけているなあ、と思いながら自分の髪を触る。
いつもより軽くて楽な髪を、初めて少し惜しく思った。
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十五日目¦十九日目、夜、暗闇
塔葬の国ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:猫田心音
俺が決めたことだから。
誰よりも先に俺が決めた。こうなることも予測した上で、彼らを見捨てることを選択したのは、俺だった。
だから、俺が一番に、腹を括るべきだった。
「選んだのは俺たちだ、……行こっか!」
そう言った時の声は震えていなかっただろうか。作った笑顔は上手くできていただろうか。今の俺に確かめる術はなく、確かめたところで何にもならない。
どれだけ慣れがあったとしても、人の命を、自分の手で。何度考えても恐ろしいことだ。
それでも。……それでも。
それをやらねば、この島に居るほとんどの人間の命は無いものとなる。
くそったれだ。
それでも、誰かがやらねばやらないことなのだ。
「嫌な島ですね」
不意に、そんな声が落ちた。
「……そうだね」
それに同意を示しながら、だけど、と、思考を巡らせる。
俺で良かった。
あの子を指名するのも、あの子を殺すのも、全部、俺ができることで良かった。
俺でさえ。俺でさえ、あの子を指名する表情はきっと固まっていたし、俺でさえ、注射器を持つ手は震えていたし、ミツオさんが乱入するまで、注射を打てなかった。
優しい、一時的でも世帯となった彼らに、そんなことをさせなくて、良かった。それが出来る俺で良かった。
それだけが今、俺の誇りだった。
本当は、と、そこまで思考が動き始めて、慌てて止めた。
俺がここで折れてどうするんだ。
まだやるべきことは残っている。こんな、こんなことを、もう二度とさせないために、この島を。
そんなことを考えながら目を閉じた。
二人に気を使ってやれるほどの気力は、残っていなかった。
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ここから散文
キュートアグレッション
主な人物:特になし
「私を殺したいの?」
そう言って、不気味なほど綺麗に笑った彼女は、ぐいと距離を詰めた。そのまま俺が手に持っている銃を左胸に当てて、「どうぞ」と囁いてみせた。
「な……っ」
「殺したいんでしょう?」
まさか撃てないだなんて言わないわよね。変わらず綺麗に微笑むその人を、そう、確かにその人を殺すことは、悲願で、喉から手が出るほど、喜ばしいことなのに、どうして、
どうしてこの人は、こんなに動じないんだ。
「ほら、早くしないと、私の愛しい番犬たちがあなたを殺しても知らないわ」
ゾッと背筋が凍った。恐ろしい。人間であるはずのその人が、なにか別の、化け物のように思えた。
ああ、ここまでしても、自分はこの人に傷一つ付けられない。
それを悟った時、頭に鈍い衝撃が届いて、そのまま俺の視界は閉ざされた。
最期に認識できたのは、その人の、薄く細められた美しく光る瞳と、その口が、「だから言ったのに、」と動いたことだった。
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なんだか違う人みたいだった
主な人物:上空明日翔、天海深月
「……い、おい」
控えめな声。揺さぶられて目が覚めた。
呆れたような顔をしたそいつと目が合う。いつの間に寝ていたんだろうか。
「……次、移動教室だけど。」
「ああ……おはよう、起こしてくれたの」
「誰も起こしてやんないみたいだったからね。友達100人作ったんじゃなかったの」
ふい、とそっぽを向き、じゃあ、と歩き出したそいつの腕を掴む。
何故かは、分からない。ただ、そういう気分だっただけ、で。
「午後、サボんねえ?」
「……は?」
ぱちくり、と大きな目を瞬かせて、そいつは思考を巡らせているみたいだったから、
「だめか?」
と、ひと押し。
「……優等生の肩書きに傷がついたらどうしてくれんの。」
「え〜、困るな。俺も一応優等生なんだけど……まあ、そしたら全部俺のせいにしていいからさ。」
「……」
そうすれば、簡単に押されてくれるのだから、優しいのかちょろいのか、分からない。
「1時間だけなら」
と言ったそいつににんまりと笑って、よし、と立ち上がり手を引く。
ただ、普通の子供みたいに遊びたかった。
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やがて鬼と成る
かいぶつたちとマホラカルトネタバレあり 現行未通過×
主な人物:沙華祈
ほら、歩けるだろう。そう言って急かしてくる大人の声を聞きながら、せめてゆっくり歩いていく。
俺は、死刑囚だ。死刑囚、だった。
世界の全部が嫌になった。だから、全部壊した。そしたら世界の外の大人たちは、あんまりにも俺が黙っているものだから、全部を俺が悪いということにした。
ざまあみろ、と思う。お前たちも結局は人間で、正しいことなんてひとつも行えやしない。
結局は、同じ穴の狢だ。
ドアを開け、扉の向こうを見る。
そこに立っていたのは、痩せた、今にも死にそうな雰囲気の男性。
「この方が、お前を引き取るんだそうだ。」
「……そう」
興味も無かったので、視線を逸らした。睨む警察様をその人は制して、そこからは淡々と手続きが進んでいるようだった。
死刑囚であるので、表向きは死んでいることにしてください。だとか、そういう話を半ば無理矢理聞かされて、難しい(お互いに良い感情は持っていないのだろう)会話が眼前で行われて、そうして、気づけば引き渡されていた。
「ねえ」
「なにかな。」
帰り道、と言っていいのかも定かじゃない。車でどこかに連れていかれながら、その人が特に何も喋らないもんだから、声をかけた。
「俺が、さ。今ここであんたを殺すとか、思わないの」
「おや。そんな元気が君にあるとも思えないけどな、そのつもりなの?」
別にそんなつもりでは無いので首を横に振った。そうしたら、そうだろ? と一言返されて、そのまま沈黙が続いた。
ただ、不思議な時間だった。
そうして、静かな時間をしばらく過ごし、車はどこかの店の駐車場に停められた。
「そうだ。君は今日からその名前じゃなくなる。具体的に言うと、君を組織に入れます。その間は、コードネームで生活してもらうよ。」
「コードネーム」
「そう。君のことは、戦力担当として連れてきたから。『鬼』だなんてどう? かっこいいでしょ」
「……」
あんまり真面目にそう思ってもなさそうな口調で言うもんだから、適当な言葉を吐いているようにも思えた。
「ま、だからそうやって名乗ってね。別に偽名であればなんでもいいけれど……そうだ、プライベートは君が好きなように動けるよう手配しよう。それでいいね?」
「……別に、なんでもいい。」
「そう?」
「……」
じ、とその人を見た。その人はじ、とこちらを見返してくるから、嫌になって視線を逸らした。
「俺は、その……組織? とやらに、入るなんて決めてないけど」
「ああ、そうだったね。まあゆっくり考えてくれればいいさ、最も、君に拒否権はないのだけど。でもほら、悩む時間は与えてあげられる……予定、だから。ゆっくり覚悟を決めてよ」
「……」
じゃあ早速、組織のメンバーに挨拶に行こう、と、幽霊を名乗るその人は言った。
とりあえず車から降りて、店の扉のドアに手をかけた幽霊の方を見て、再び声をかける。
「……ただの戦力担当なら、死刑囚だった身じゃなくても良かったんじゃない。わざわざこうやって引き抜く程、俺が必要なの?」
うーん、と困ったように笑った幽霊は、改めてこちらを見やった。
「まあ、そうだね。君が必要だ。」
「……君でなくても良かった、なんて嘘は良くないね。君だから引き抜いたんだ。」
そう言ってから、幽霊は改めてドアを開く。
特になんの変哲もない、俺にとっての日常の続きだと言うのに、何かが変わるような気がして、少し落ち着かない気持ちでドアの向こうに歩みを進めた。
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夢心地
主な人物:椿・楸
「ヒサギ、なんてどう?」
「はあ?」
ある日、ある時、ある任務で。自分に復讐すると息巻いて機会を狙い続けている彼を連れ回していた時。ふと思い出したように椿は言った。
「名前だよ名前、君、本名だって教えてくれないだろ? まあ知りたい訳でもないから良いのだけど、そのまま何も無いのは僕にとってとても不便だ。だからさ、どう?」
「……どうって」
得意げな顔をして、ついさっき人の命を奪った得物――――ナイフを手持ち無沙汰に回しながら、椿は続ける。
「木へんに秋で楸。花言葉は澄んだ心! あははっ、ほら、君にピッタリだろ?」
「……バカにしてるのか」
「やだなあ、褒めたじゃないか。心が綺麗なのは良いことだと思うけれど?」
「……お前に褒められたって嬉しくない。」
不機嫌さを隠さずそう言っても、特に、椿には怯む理由がなかった。
はは、といつも通りを崩さず笑っているのに腹立って舌打ちを一つ。それでもそんなことお構い無しと言わんばかりだ。
「そりゃそうだろうね。……ま、君がどれだけ嫌だと言っても、もう僕が決めたことだ。君には今度から楸と名乗ってもらうよ、分かったね。楸?」
「……」
ぎろ、と椿を睨みつけて、たった今楸と呼ばれた青年は、震える手を握りしめその場を立ち去ることを選んだらしい。
どうせ逆らえず従うのに、椿の言葉にいちいち反抗してみせるその姿勢がお気に入りだった。随分と、可愛らしいことだ。
ひとまず、と自分の足元を見る。白の面積が多い自身の服は特に汚れなかったが、床に落ちた死体やその痕跡は片付けねばならなかった。
痛ましいことだけれど、必要な犠牲だった。
テキパキとその場を片付けて、さっさとその場を後にすることにした。
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全部無駄になれば良い
主な人物:椿・楸
「殺してやる!」
そう言って知らない少年はナイフを椿に向けた。それを軽々と交わせば、そのまま地面へと倒れ込む。
あーあ、面倒だなあ。そんなことを思いながら、椿はにこやかな笑顔を彼に向けた。
「……君は誰? 残念だけれど、僕は殺した人間の顔なんかわざわざ覚えていないものでね。復讐だと言うのなら、愚かなことはやめた方が良いよ。」
「なっ……うるさい! 死ね!」
また交わす。はあ、とため息をついて椿は体制を崩したその人へと距離を詰めた。少年は、それにぎょっとして目を瞑った。自分も殺されるのかと勘違いしたのだろうか、全く馬鹿馬鹿しい。
その人の手を掴み、ナイフを自分の首筋へと持ってくる。そのタイミングで、恐る恐ると目を開けた彼は、愕然とした顔でこちらを見た。
「どうしたんだい。僕を殺したいのだろう?ほら、この手に少し力を込めれば僕は死ぬよ。――まさか、本当は殺す覚悟なんてありませんでした〜……なんて、言わないよね?」
はくり。少年の口が動く。
よく、知った色をしていた。彼の瞳に覚悟の色なんて無く、ただそこにあるのは恐怖と動揺だった。
「あはは、ほら、愚かだったと思わない?人は感情のままに動くべきじゃない、覚えておくと良いさ」
正義のために人を殺してきた。覚悟を決めたのは、もう覚えていない程過去の話だ。だから、椿にはもう、理解ができない。
「ほら、最後のチャンスだよ。僕を殺してみる?」
君なんかにできるとは到底思えないけれど。心の中でそう呟いて、震える手を感じながら、そっと目を瞑った。
――――銃声。
目の前の少年がばたりと倒れた。代わりに楸が現れたと思えば、そのまま照準をこちらに合わせる。どうやら随分頭に血が上っているようだった。
「あれ、楸くん。顔色が悪いよ、どうしちゃったの? ……ああ、僕が本当に死ぬとでも思ってビックリしちゃった?」
椿がわざとらしく問えば、楸は照準を合わせたまま叫んだ。
「お前っ、俺以外の誰かに殺されたら絶対許さないからな!」
「……ふふっ、あはは!」
「なにがおかしい……!」
睨みつけても怯みもしない。本当に引き金を引いてやろうかと楸は思ったが、結局指先に力は入れなかった。
「許すも許さないもないだろ、僕の命はずっと僕の手中にあるわけで、生きるのも死ぬのも、選択権はず〜っと、僕の手にある。」
そう、君が弱いから。心底楽しそうに付け足さられた言葉にイラついて、でも結局殺せていないのは事実だった。
「君だって、彼だって、奪う側に立つ覚悟どころか、人を殺す覚悟だってま〜ったく決まってないだろうに! あはは! 今の君を見たらご家族はなんて言うのかな〜! せっかく唯一生き伸びたというのにね。可哀想に!」
そう喋るのと同時、距離を詰められたと思えば銃を足で蹴り飛ばされ、それを椿は奪い取った。
別に今更物珍しくもないだろうに、まじまじと銃を観察するのを、楸は黙って見ていることしかできなかった。
「僕が先に他の誰かに殺されないように。もしくは、殺されても良いように? あははっ、せいぜい頑張ってくれよ、楸くん。」
椿は終始楽しそうな口調を崩さぬまま、銃を投げ返し、その場を立ち去った。
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これからのために、話をしよう
かいぶつたちとマホラカルトネタバレあり 現行未通過×
主な人物:NPC・鬼・魔女を中心に組織の全員
「仕方ないじゃないか。おかげで君は守れたのだし、そう思うと、安い犠牲だっただろう?」
だから、納得しなさい。
それを聞いた瞬間、鬼の中の何かが切れる音がした。
「分かった。アンタがそこまで言うんだったら俺にだって考えがあるよ。……せいぜい爪でも噛みながら、自分の命の重さでも思い知ればいいんじゃない?」
その時、自分はどんな表情を浮かべていたのか。
呆れたような顔をしたままの幽霊が少し目を見開いたのを見たがらただそれだけを伝えた後、外へと飛び出し、しばらく走った。
その場にあったのが、穏やかな感情でなかったのは確かだった。
・
・
・
「……それからずっと、鬼殿が行方不明、と」
「そう。」
簡潔にまとめた狼の言葉に、幽霊が頷く。不安そうな天使が幽霊を見た。
「鬼くんは無事なのでしょうか?」
「まあ、あの子ならどこかで元気にやってそうだとは思うけど? 悪魔さんの件もあるし、裏切りと断定するには早いんじゃないかしら。」
あなたの子供でしょう、と付け足された魔女の言葉に苦い顔をした幽霊は、だからこそだよ、と全員を見た。
「必ず、あの子を見つけ出して欲しいんだ。僕の見てないところで、危険な目にあってたらと思うと……」
そう肩を落とした幽霊の顔は確かにやつれていて、目の隈を化粧で隠しているのも、組織の誰も――――特に初期メンバー3人――――が察していた。
「いつ助けを求めてくるんだとは思ってたけどよ、こんな早ェとは思わなんだ、なあ? えーっと……狼。」
「アナタはそろそろ慣れてくださいよ。……でもまあ、そうですね。考えたくもありませんが、億が一裏切りであった場合が怖いので。捜索するのはワタクシも賛成ですよ。」
「僕も賛成なのです! 鬼くんが危険な目にあってたら大変! そうですよね、人魚ちゃん!」
「……おに、ゆうれい、けんか? ……マアナ、なかなおり、てつだう」
「……だそうよ、良いんじゃないかしら」
全員の意見が出揃ってようやく安心したような顔をした幽霊は、テキパキと指示を出し、よろしく頼むよ、と言ってその場を解散とした。
・
それからしばらく、狼のツテを使っても、魔女のハッキング技術を使っても鬼は見つからなかった。
ここまで掴めなくなるものだろうか。まさか、本当に……と、幽霊は焦りに焦っていたが、時間は刻々とすぎていく。
普段は指揮をする立場の幽霊が、自身も前線に出て積極的に探そうとするものだから、組織の全員はそのサポートに回ることにした。
「今日も、見つかりませんでしたね」
「なんの痕跡もなかったのです……」
「……スゥ、」
不安そうな天使の手をマアナが握る。それを眺めてから、魔女は幽霊の方を見た。
「そろそろ打ち切っても良いんじゃないかしら。ここまで姿を表さないんだから、組織が嫌になって逃げている、なんて可能性も無いわけじゃないわ」
あなたが嫌になって、と、真っ直ぐ言葉を出さなかったのは、幽霊の相応の行いを知っていたからだった。
「……そう、……そう、だね」
「幽霊、」
悪魔がなにか気遣う言葉をかけようとして、それを人魚が遮った。
「マアナはスウといっしょだから、ここ。おにも、ここがいいならかえってくる。おうちにかえってくるなら、かえってくるよ」
いやに真っ直ぐな目だった。それに頷いた悪魔は、改めて幽霊に向き直る。
「きっと大丈夫だ、鬼を信じようぜ。……まあ、帰ってくるかどうかは、お前次第かもしれねえけどよ」
「……あれ?」
ふと、天使が声を上げた。その視線の先には、彼が元いたという、孤児院がある。
その庭に、一人のシスターが立っている。その向こうに、見知った影があった。
幽霊が必死になって探している人だった。
「っ、祈!」
そう叫んで走り出す。息が苦しくても構わなかった。
その声でこちらに気づいた鬼は、シスターに別れを告げた後、教会の出口で立ち止まって幽霊を待った。その顔には、驚く程に、表情が無かった。
ああ、あれは本気で怒っている。
他の全員はそれを肌で感じ取ったが、幽霊には、そんなことに構っていられる余裕はないようだった。
「……っはあ、はあ、……よ、かった、生きてるね!? 怪我は、……どこも、」
「……なんで?」
冷たい音が、落ちる。
どこまでも冷えきった目に射抜かれて、流石の幽霊も何も言えなくなった。
「何、今更父親面すんのやめてよ。俺のこと、置いていける程どうでも良かったんでしょ。何?形だけでもみたいな? ……別にそういうの、いらないけどな。」
「鬼殿、」
鋭い言葉が放たれる。正しく言葉のナイフだった。狼が止めかけたのを、鬼は視線だけで制した。
「……、祈、」
「無事だよ。ご心配どーも。でも組織には帰らない、これは裏切りだと捉えてもらっても良いよ。申し訳ないけど、」
すう、と鬼は息を吸った。
「アンタの居ない組織には帰らない。たとえそれが、可能性の話だとしても」
鬼は、そう言って真っ直ぐ幽霊を見つめた後、あっさりと踵を返した。
話し合いの余地なんてなかった。ハッキリと傷つけられた幽霊は、その後しばらく何も喋らなかった。
・
・
「幽霊さん。」
「……入ってくるなと、言ったはずだけれど」
呆然としていた幽霊が魔女を睨む。その視線を受け流して、魔女は部屋へとズカズカと入り込んだ。
「お邪魔するわね。いえ、鬼くんがあんまりにも言い過ぎるものだから。……私、実は最初から全部知ってるの」
「……は、」
目を白黒とさせている幽霊を他所に、魔女は話を続ける。
「あんまりにあなたが可哀想なものだから、さすがに手を出しておこうかしら、ってね。彼も、貴方が傷ついたままなのは、本望じゃないでしょうから」
「……どういうこと」
「彼がなぜ怒っていたか分かる? 分からないかもしれないわね。貴方があまりに自分を大事にしないものだから、よ。」
「……」
「貴方、早とちりで鬼くんを庇ったでしょう。彼は避ける体制をとっていたし、言ってしまえば必要のない援護だったわ。それで大怪我を負った貴方は、『鬼を守れるなら安い犠牲だった』と言った。合ってるかしら。」
何も言えなくなった幽霊は黙って頷いた。
「その後、鬼くんは私に連絡を寄越した。とある依頼と一緒にね。……彼がなんて言ってたか、教えてあげるから、ヒントにでもしなさい」
どこから話せば良いのかしら、と、呆れたように魔女は頬に手を当てた。
・
「失踪したいの?」
「そう。」
「それはまた、どうして。」
とあるカフェ。たまたま出会った鬼と魔女は、2人でカフェに入り、オシャレなメニューとともに話をする。
「幽霊がさ、自分の命の価値を分かってないみたいだから。……分かってほしくて」
それには同意するけれど、と、魔女は困った顔をした。あまりにも、情報が足りていなかった。
「……幽霊、今大怪我してるでしょ。あれ、必要な犠牲だったと思う? ……安い犠牲だったかな。」
「いいえ。あれは必要な犠牲ではなかったわ、幽霊さん、貴方のこととなると周りが見えなくなっちゃうから」
「うん。」
「……安い犠牲、っていうのは、幽霊さんが?」
「そう」
なるほど、と魔女は頷いた。
「それがどうして失踪に繋がるのかしら。」
「……」
一息置く。底に残ったコーヒーを飲み干して、鬼は続けた。
「幽霊は、俺のことが一番大事でしょ?幽霊の命の価値がどうしても軽いって言うなら、俺の命も足して考えてもらおうと思ってさ。」
「……なるほど」
「まあ、実際どうするかは別として、だよ。……いざお前が死んだら、俺だって追いかけるかもしれないんだぞ、って脅しておきたい。少なくとも、1度死ぬ覚悟を決めた身だし、俺はそれくらい簡単に出来る。っていうのを、嫌でも分かってもらえるかなって」
「危ない目にわざと合うってこと?」
魔女は眉を顰めた。それなら乗る訳にはいかない。断りを入れようとしたあたりで、鬼が遮る。
「いや、俺はプチ旅行でも楽しんでくるつもりだよ。危ない目には合わない。だから、見つからないように隠して欲しいんだ。最悪、幽霊にバレないんだったら誰に話しても良いから。」
心配されるだろうしね、と眉を下げて鬼は笑ったが、決意は固いようだった。依頼料がいるなら払うよ、と付け足されて、魔女は少し考えた。
確かに、それなら幽霊にも少しは分かってもらえるかもしれない。
「仕方ないわね……止めても聞かないのでしょうし。それなら、依頼料の話をしましょうか。」
「はは、ありがとう」
そう言って、安心したように鬼は笑った。
・
「……これが、この事件の真相。ここから貴方がどんな答えを出して、どんなふうに彼と接するかは、自分で決めなさい。連絡は私が間に入るから。」
「……」
それじゃあ、と出ていった魔女の背中を眺めながら、鬼の言葉を反芻する。
『俺のこと、置いていける程どうでも良かったんでしょ。』
彼は、そう言っていた。
「まさか、」
僕は、もしかしなくても、あの子を、傷つけた?
幽霊は、真っ青になって顔を上げた。慌てて魔女の端末に連絡を入れ、繋がった瞬間に相手を確認することも無く捲し立てる。
「っ、魔女!頼む、鬼と……祈と話をさせて欲しい。今度は、ちゃんと彼の話も聞くから」
だから、と続く言葉の間に、魔女は呆れたようにため息をついた。
『貸し、ってことにしといてあげるわ。』
・
・
・
狼と悪魔と顔を合わせ、天使とマアナと顔を合わせ、迷惑と心配をかけてごめんね、と謝罪してから、鬼はようやく幽霊の元へと向かうことにした。
久々に会った幽霊は、なんだかやつれていた。……それだけ俺の心配が出来て、俺を大切に出来るのだから、同じように自分のことを大切にしてくらたら良いのに、と、すこしのやるせなさが湧いて出る。
「……とりあえず、入ってよ」
「ここじゃダメなわけ?」
「逃げられたら困る」
「アンタの態度次第だよ」
ぐ、と黙りこんだ幽霊は、諦めて鬼の方へと向き直った。
そのまま頭を下げる。
「ごめん。……置いていけるほど、なんて、そんなことないんだ。ただ、僕は……君が死ぬ瞬間なんて、どうしても見たくなかった、ただそれだけなんだ。」
「うん、知ってるよ。……で?」
どこまでも声は冷たかった。
「だから、安い犠牲だったんだっけ?」
「っ違う!」
顔を上げた幽霊は、鬼の肩を掴んだ。鬼は、振り払うこともせずに、ただまっすぐ幽霊を見ている。
「……ごめん、分からなかった。僕は、1度君を捨てた身だ。僕を恨んでいる、と言われた方が余程しっくりくるくらい、酷い人間だ。だから、だから、君の大切な組織の中に、僕が入ってるだなんて、夢にも思わなかったんだ」
「……はあ。まあ、それも知ってる。んで?」
だけど、と幽霊は必死になって言葉を紡ぐ。
「だけど、君は言っただろう。僕の居ない組織には帰らない、と。……たとえそれが、可能性の話だとしても」
「……」
一気に喋って上がってしまった息を整えて、それでも幽霊は続けた。
「僕が生きてさえいれば、君はこの組織で、生きて、くれるのかな」
「まだ分かってないの?」
「違う、確認だ。認識の擦り合わせがしたいんだ、頼むよ……。今度は絶対に、ないがしろになんてしないから」
「……ふうん。」
鬼は、少し態度を和らげ、対話に応じた。
「そうだね。アンタが生きる、って意思を見せてくれるんだったら、ひとまずは生きてあげようかな?」
「……そうかい」
幽霊は息を吸い込んだ。酷く緊張しているようだった。鬼はその様子を見ながら目を細め、言葉を待つ。
「それなら、僕はできる限り生きてみせよう。なるべく死なないよう努力すると誓うよ、僕の命にはどうやら、君の命も乗っているらしいからね……」
「……」
ひとつ、瞬きをして、鬼は、仕方がねえな、と笑った。
「俺も、分かって欲しかったとはいえめちゃくちゃ言ったしな。やっぱ傷ついた?」
「そりゃもちろん、しばらく何も考えられないくらいには……」
「はは、ごめんな。」
「いや、もう……良いさ、君が無事でいてくれたんなら、それで」
良かった、と呟く幽霊は、ようやっと安心できる場所を見つけた子供のようだった。思わず頭を撫でてやれば、馬鹿にしてるのかと睨まれた。
それを遠くから眺めていた仲間たちも、ようやく息をついてそれに混じる。
まあ、そんなこんなで今回の件も、これにて一件落着ってことで。
どこまでも突き抜けた晴天は、彼らの目の色をして、
それを見ながら幽霊は、眩しいなあ、と少し目を細めた。
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ろくでもない
幽世常世の満天下ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:燈実 / NPC
拝啓、両親へ。
金がないからと言って愛する息子を売るのは、どうかと思います。
「ほら、お前はまだ動けるだろう。買ってもらえたんだから、働きなさい。」
それに近しい…… いや、もうちょっと荒々しい言葉だったと記憶している。その子どもは大人しく従うばかりで、文句ひとつ垂れなかったが、その足ではもうしばらくしたら歩けなくなるのだろう、というのは一目瞭然だった。
何度も売られて、捨てられた。だからここに来たのだと、先日の夜に語っていた。
ああ、ろくでもないところに来てしまった。
死ぬわけにはいかない。だから、あの子どもを助けてやる訳にも行かなかった。
どうにかして。
どうにかしてこの檻から逃げなければ、人権などは無いに等しい。 ……そんな扱いは、両親だって望んでいないだろう。
不思議と、そんなふうに思った。確証はなかった。それでも、
死にたくなかった。
だから、理由はなんでも良かったのだ。
売人と取引した。どうやらここは地下のようだった。地上の知識はあまり重宝されないが、たまに物好きもいた。なので、地上の知識と引き換えに定期的に檻の外の空気を吸わせてもらうことにした。もちろん、その売人の見張り付きだ。
俺の知ってる範囲。学校で習ったこと。本で読んだこと。たまに空想も織りまぜて、そいつに話して聞かせた。顔も良くないし、筋力も体力もなかったので、決行の日まで誰かに売られることもなかった。
そろそろお前も処分だな。売人はそう言った。
そうだな、清々する。俺はそう返した。
そう、返して、売人を殴りつけた。ちょうど手枷が嵌っていたので、それで頭を重点的に。
生意気なガキだったと自分でも思う。それでも、その売人は俺にそれなりに情が出来てしまっていたらしかった。
その人は、意地でも声をあげなかった。人を殺すすべなんて知らない、筋力もない無力な子供の精一杯の打撃に、苦しそうにのた打ち回り、長い時間をかけて、息を止めた。
苦しめたかったわけじゃなかった。だけど、そうでもしないとお互いに救われなかった。
この人が生まれ変わったら、地上で、搾取なんてされず、穏やかに暮らせますように。そんな、意味があるかもわからない祈りだけを捧げて、その人の懐から手枷の鍵を盗み出し、そのまま、ゆく宛もなく走った。
誰かにバレたのだろうか。大人たちの怒号が遠くで鳴っていた。でも、それも遠くだったから、獣の鳴き声に聞こえた。
それが恐ろしくてまた走った。走って走って、気づけばネオン街の、どことも言えぬ街だった。
知らない。こんなところは、知らない。
帰らなければならない。どこにだろう? もう分からなかった。
その場で、生きていく理由が無くなった。死にたくない理由も、無くなった。だって、帰れないのだ。
だから、街の隅っこに蹲って、時間が来るのを待った。
飲まず食わずでいれば、いずれ人は死ぬことを知っていた。人攫いにあっても良かった。苦しんで死ぬのだろうな、と悲観しながら、それでもぼう、と虚空を眺めていた。
ふいに、
視界に影がさえぎった。
若い男だった。
「なあお前さん、名前は? こんなところで何をしている。」
「……、知らない人に名前を教えちゃいけないんだ」
「そうか。じゃあ俺から。俺の名前は柳。ほら、名乗ったんだから知らない人じゃないだろ?」
「……、」
わざと生意気な対応をしたのに、その男は困ったように頭をガシガシとかいた。
「ああもう、それなら良いさ。……お前、俺の家に来ないか。」
「……は?」
「ああ、目的なんかは聞いてくれるなよ。気分だ。お前さんを拾いたい。捨てられたんだろう?」
「……、好きにしたらいい」
その男は頷いて、手を差し伸べた。ほら、と伸ばされた手を、俺は取った。
気付けば、それが生きる意味になっていた。そして、
死なない理由も、じきに増えていくことに、なる。
拝啓、両親へ。
愛する息子を売るなんてどうなんだ、とは、思ったが。
なんだかんだ、俺は生きてるから、
気に病むことなく、幸せに暮らしてくれ。
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命令
幽世常世の満天下ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:燈実 / 暁蕾
「暁蕾!」
ガキン。暁蕾の背後でそんな音が鳴って、燈実の薙刀が敵のナイフを弾き飛ばし、そのまままっすぐ追撃。相手は倒れていく。
九朧城で暴れるこまったさんたちの鎮圧。今回の任務は達成した、さあ帰ろう。そんな時のことだった。
「どうもありがとなあ、燈実ちゃん。これは貸し?」
暁蕾は、いつもと変わらぬ笑顔で、そんなことを抜かす。燈実はため息をついた。
「……いや、それは別にいい。それより暁蕾、怪我を見せろ」
「……それは命令?」
「はあ……、命令だ。」
再びのため息。そうしながら、ぴくり、瞼が動いたのを燈実は見逃さなかった。
どうやらこの男はどうにも、この組織でさえ誰のことも信用出来ないらしいかった。
それならそれで好きにしたらいい。お願いを聞かないなら命令をするまでだ。それはそうと、勝手に心配はさせてもらうし、勝手に助けさせてもらう。
半分くらい意地だった。そうしていつか、それが彼のためになると、信じていた。
少し間を開けて、燈実は付け加えた。
「別に、見せるのは俺でなくともいいさ。俺は治療はそんなに得意じゃない。自分で治療できるというならそれでも良いし、他の奴に治療して貰ってもいい。」
「……、どうも。そしたら自分でやるわあ」
「但し、条件がある。」
暁蕾は、警戒するようにこちらを見た。実際は目が合うことはなく、そんな気がするだけだったが。
「その怪我が、来週までに治ってなかったら。強制的に俺が治療をする。分かったな?」
「……なんやの、そんなに心配してくれるん?」
「嫌か?」
暁蕾は黙った。別にこちらの機嫌をめちゃくちゃに損ねてやりたい、なんてつもりではないらしかった。
下手くそな男だ。
何が要因かまでは知らないので、ただぼんやりそう思った。それが彼に対する感想だった。
「お前の周りに今までどんな環境があったのか、俺は全くもって知らないし、お前のことだ。別に話したくもないだろうから、きっとこれからも知らない。だが……、郷に入っては郷に従えだ。俺はお前に対して好きにさせてもらうし、お前も好きにしたらいい。」
すう、と息をつく。
「ただ、必要な命令はする。命令であれば聞くと言ったな? ……その言葉、違えるなよ。」
「……」
それ以上に声は掛けなかった。彼の中で、今贈った言葉が、どんなふうに解釈されて、どんな想定が生まれているのか。燈実にはそんなこと、全く想像もつかなかったが、それでも良いのだ。
1度懐に入れた人間を相手に、気は長い方だった。
だから、分かるまでいくらでも待つつもりであったし、いくらでも伝えるつもりであったし、それまでそばにいる予定であった。この、当時から。
時は流れ、今。
星歩会での暁蕾の言葉をきっかけに、そんなこともあった、とふと思い出して、
長かったなあ、としみじみと実感しながら、それでも少しだけ喜びに浸った。
大きな争いの気配を感じながら、その道中だけはずっと穏やかだった。
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許容範囲と嫌がらせ
主な人物:燈実 / 暁蕾
二次創作 無い話です
「……そういえば」
なんでもない時間。なんでもない日常の、延長線。だらだらとソファで寛ぎながら、ふと、燈実は言葉を漏らした。
「暁蕾は、俺が命令だと言ったらどこまで許すんだ」
「……ええ?」
唐突にぶつけられた疑問に、暁蕾は首を傾げた。どこまで許す。なにを? どこまで、許す……。
「……それは、身体を?」
「……、それでも別に構わないが……」
燈実としては、そういうつもりでは無く、ただ彼の許容範囲を知っておきたいだけだった。だけれど、基本的にガードの固い彼が……身体を? どこまで許してくれるのか否か、だなんて。
面白い話題だと思ってしまった。
それが暁蕾の運の尽きだった。
「……ふむ。じゃあ、どこまで許すんだ?」
「ええ……ってことは、手を繋ぐ、とか、……ハグ、とかやんな……?」
暁蕾は少し動揺した様子でこちらを伺っている。燈実はわざと表情の変化が分からないように光の方向に首を傾げた。
「そうだな? そういうことになる」
「……へえ、燈実ちゃん、そういう趣味あったんや?」
「いや? 全く無い」
「……?」
暁蕾は、ますますわけがわからない、と言った顔でこちらを見ていた。少しだけ自身の口角が上がっているのを感じながら、その後の言葉を促す。
「……、それこそ、今更やない? 知りたいなら、やってみたらええやん。」
「……ほう?」
それは、命令を、ということか。こいつ、墓穴を掘ったな。楽しくなってきてしまった燈実は、少し考える素振りをして、……そうだ、少しだけ意地悪をしよう。
「では、先程言った通り手を繋いだり、ハグをしたりするのを、今ここで出来るか?」
「ええ……ほんとにやんの……? まあええけどな。ほら。」
そ、と手を握り、ぎゅ、と抱きついてくる。じんわりとした体温に混ざって聞こえる心音は、少し緊張しているように思えた。
なるほど、あまり得意では無さそうだ。
「ふむ、ありがとう。それじゃあ……、……いつも撫でられてばかりだから、撫でさせろ、と言ったら?」
「……なんやの? ええけど」
「わかった。」
なるべく彼が怖がらないように、頬を撫でてからそっと手を頭に載せる。よしよし、とそのまま撫でてみれば、少し不服そうな顔をしているのが見えた。なるほど、これは中々。
「……ふ、ありがとう。」
「なあ燈実ちゃん、これなんの時間?」
「なんだと思う?」
変わらずこちらを伺う暁蕾は、それになんの答えも得られないようだった。
「……では、キスをしろ、と言ったら?」
「ええ? なに、どうしたん? ほんとにそういう趣味が……?」
「いや、今回はそういう目的では無いな」
「ええ、……はあ、燈実ちゃんのお遊びには付き合ってられへんなあ」
ため息をついて、燈実の身体を少し押す。そうして部屋を出ていこうとした暁蕾の袖を、「待て」と、ぐい、引っ張った。
「……は、なに」
「暁蕾」
抱き締める。そうして、彼が全く抵抗できないようにしてから、ぐ、と顔を近付ける。目を見開いてこちらを見ていた暁蕾は、自体を察したのか、ぐ、と目を瞑った。
鼻先が当たる。1秒、2秒、……3秒。
少しの怯え。動揺、それと、……覚悟、だろうか。
まじまじと観察していれば、ようやく不思議に思ったのか、暁蕾が目を開いた。
「……せんの?」
「して欲しかったか?」
黙って解放すれば、警戒したようにす、と距離を取られる。それについ笑いが漏れて、それに刺々しくなんや、と返答。
「……いや? 少し意地悪をしたかっただけだ。すまない、実はお前の許容出来る範囲が知りたくてな。こういったもの関連の任務は苦手と見たから、今後は割り振らないようにしよう。他のことについては……、文章にでもまとめて柳さんに渡しておけ。それでは。」
「……は、」
ぱちくり、事態を飲み込むのに時間がかかっているようで、暁蕾はその場で何度か瞬きをした。
その間の燈実といえば、しれっとその場から居なくなっているものだから、暁蕾はその場にある怒りやら、羞恥やら、安堵やら、そんなたくさんの感情を持て余して一日を過ごすこととなるのだった。
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宝物の送り主
主な人物:エルティス・二グリア / ルーカス
どん。
人とぶつかった。まだ小さな、入学してきたばかりの1年生。もちろんこちらからわざわざ注目なんてしていないような、(それぞれの個性の強い子の学園では特に)あまり目立たない女の子だった。
「っあ、」
「……ああ、」
彼女の持っていた小さな袋からバサバサと色々なものが落ちた。
色々なもの――――例えば、年季の入った小さな靴、もう使うこともないような子供向けの指輪、その辺で拾ってきたと言われても納得できる石ころ。
そんなものだ。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててそれらを拾い集め始めた彼女に、こちらこそごめん、手伝うよ、なんて在り来りな言葉を掛けてひとつひとつ拾っていく。
きっとこの小さな袋は、彼女にとっての、宝箱だったのだ。
ひとつ。ふたつ。みっつ。
それほど数は多くない、最後のひとつ――――手紙を拾い上げて、その既視感に首を傾げた。
見覚えがある。どこかで。
よくある普通の手紙だ。普通の封筒に、普通に封がされている。
裏を返す。少し汚い字で住所が書いてある。送り主の名前は――――ルーカス。
「あ、あの……?」
そこまで見てから、声を掛けてきた彼女に改めて向き直る。
上から下までまじまじと眺める。その後、手紙を見て、また彼女の顔を見る。彼女は困ったような顔をして首を傾げた。
「それ、返して貰えませんか?」
「……ああ、ごめんね」
彼女に手紙と、その他拾った宝物たちを渡す。ありがとうございました、と頭を下げかけた彼女を引き止めた。
「あのさ、」
息を吸う。すこし、緊張していた。
「その手紙、知らない人から間違いで届かなかった……?」
「……え?」
手紙の送り主は、僕だった。
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今日の分
主な人物:ルスティス・二グリア / ルーカス
「ほらルス、昼ご飯前に "" 今日の分 "" 、終わらせようよ」
ルーカスはそう言って、ポケットから一枚のコインを持ち出した。いやに使い古された、入学時はもっと、ピカピカだったそれ。
「いいだろう」
ルスはそれにこくりと頷いてみせた。
"" 今日の分 "" ――――今日の分の彼らの昼ご飯を、どちらが奢るか。
入学式からしばらく経ち、お互いに友人も少なかった頃。そんな時に気まぐれで持ち掛けたギャンブルが、なんだかんだ、一年も半分以上は過ぎた今日に至るまで続いている。
「今日は負けないぞ〜」
「どうかな、現状で勝ち負けの回数は全部合わせて引き分けなわけだ。どちらが勝ってもおかしくない。勝率は十分にある」
「君、なんだかんだこれを毎日楽しみにしてるよな?」
ピン。綺麗な動作で弾かれたコインは、くるくると宙を舞ってルーカスの手の甲へと落ちる。
「さて、どっちにする?」
「……表」
「よしきた、俺が裏ね」
ごくり。どちらかが息を飲んだ音を合図に、ルーカスはその手を開いて見せた。
――――表。
「あ〜〜!!」
「ふん、これで二百十六勝二百十五敗だな」
「毎回言うけどよく覚えてられるよね〜」
「楽しみにしているからな」
「いや、これは負けたからなんだと思うけど釈然としねえ〜〜」
ともあれ、負けは負けだとルーカスは唸った。
ルスはといえば、そんな軽口を叩きながらも最近お金がピンチなのだと嘆く友人のため、なるべく安く多く食べることの出来るメニューを頭に浮かべているのであった。
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SS 帰り着く星
3336文字
私は、宇宙人だ。
――いや、正確には、君たちと同じく地球に住んでいる。地球も宇宙にあるといえばそうだけれど、宇宙という名称は地球のものであり、私が宇宙人を名乗るのは、変だ。
それでも、私は宇宙人なのだ。心の中にたった一つ、自分だけの星を持っている。
――だというのに。
「おや?」
「……な、」
「こんにちは。君、なんでこんな所にいるんだい」
「なんでこの星に私以外の人間がいるのよ――!!」
*
「落ち着いたかい」
「ええ……」
肩で息をする私を他所に、その男は平然とお茶なんかを差し出してくる。それをぶんどって口に含めば、思ったより苦くて思わず舌を出した。
「さて、……本題だが。この星は僕の星であるはずだよ。君はこの星にいるべきじゃない」
あくまで穏やかにその男は言った。ギ、と睨めば、きょとん、とした表情が返ってくる。
「この星は、私が作ったはずなんだけど」
「……、そうなのかい? すごいねえ」
呑気なものだ。すごいねえ、の言葉に拍手まで添えてくる。苛立ちがピークに来ている私は思わず用意された机をだん、と叩いた。
「あーもう! なんで私の星に知らない人がいるの! 勝手に入ってこないでよ!!」
「そうは言われても」
困った顔を微塵も見せずに優雅に苦いそのお茶を飲む男はまるで幼い頃夢見た王子様の様相だった。こんな状況でさえなければ。そう、ここに板が1枚挟まっていて、これがアニメや漫画の世界であれば。楽しく鑑賞でもなんでもできたかもしれないのに。
「この星を君が作ったのなら、確かに、ここは君の星でもあるんだろうな。でも、同時に、僕の星でもあるんだよ」
少しの間、ようやくこちらに視線を向けた男は、困ったように笑ってこう言った。
「帰る場所が無くなるのは、困るな」
少し、心臓がどきりとした。それでも、引く訳には行かなかった。
「それでも、ここは私の星よ」
「うーん……」
そしてここは、私の帰る場所でもあるのだから。知らない人になんか、踏み荒らされてたまるものか。負けじと睨めば、男は苦笑してからこう言った。
「でも君、地球人だろ」
「……」
「地球に君の家族や友人はいないのかい」
友人。
「居ないわけないでしょ」
「じゃ、帰らなくちゃならないよ」
あっけらかんとその男は言う。私は目を伏せる。帰らなくちゃならない。分かっている。
「それでも、ここは私の帰る場所なの」
「……」
「私の、私だけの……」
堂々巡りだと男がそのお茶を啜る。私は用意された椅子に行儀悪く体育座りをしてしばらく黙っていた。男は何も言わなかった。
「……君は、家族や友人は好きだよね」
「なによ」
男は言葉を紡ぐ。
「人の記憶や感情を見ることが出来るんだ」
びく、と私の肩が震えたのが分かった。恐る恐るその男を見上げる。涼しい顔をした男は、小さく小首を傾げてみせた。
「違った?」
「……違わ、ない、けど」
うんうん、と頷く。今、この男は、記憶や感情を見ることができる、と言った?
「それ以上は――」
「君には好きな子がいるよね」
私の言葉を遮るように男が言う。ああ、時すでに遅しだ。知られている。
「……だったら、なによ」
「その子のために帰りたいとは?」
「あの子は私なんか好きじゃないもの」
探るような視線がこちらを覗いている。居心地が悪くて膝に顔を埋めた。
「……そんなことは」
「ないって言う?」
「ないように思うけどねえ」
暗闇の中で、男の呑気な声だけがする。ああ、出来れば思い出させないで欲しかった。
「あの子のために、帰らないのよ」
言ってから、涙を堪えるように唇を噛み締める。涙は出なかった。
「あの子は、優しいから、私の相手もしてくれるけど――それが良くないの」
男は黙っている。
「どんどん、あの子のこと、好きになっちゃう。私、あの子の負担にはなりたくないの。――ともだち、だから」
男が小さく息を吐いたのが分かった。それに思わずむ、として顔をあげる。
「だからここまで来たの。それなのに私の星に勝手に住み着いて勝手に踏み荒らして、どういうつもり?」
「そんなこと言われてもなあ」
男は困ったように頬をかく。
「まあでも――自分の力じゃ、どうにもならないことがある、っていうのは、分かるよ。困ったね」
「一人でこの星に住んでるくせに?」
「僕にも『ともだち』がいたんだよ」
ふうん。私は喉が乾いた気がして改めてそのお茶に口をつけた。相変わらず苦い。美味しくない。
「君のこともどうにもならなさそうだな」
「そうよ。早く出ていって」
「それは出来ないよ。どうしてもって言うなら、君が僕の移住するための星を作らないと」
ぱちくり。私は瞳を瞬かせた。男は言う。
「僕はこの星と一緒に産まれたんだ。覚えてないかい」
「……どういうこと?」
「うーん、前途多難だなあ」
男は腕を組んで困った困ったというようなポーズをとった。それから、真っ直ぐな目でこちらを見やる。
「僕は君に作られたんだ。君の味方であるようにって」
「……作られた、って……、味方なんかじゃないくせに。信じられるわけないでしょ」
「そりゃまあ、君の意思だろ。僕は君に動かされているんだから、僕の知った事じゃないさ」
男はそんな意地悪を言う。思い出したくない。耳を塞ぐ。
「あんなこと言いながら、君自身が帰る理由を探してるんじゃないのか? 分かっているんだろう」
うるさい。
「だから、帰らなくちゃだめだよ」
「うるさい!」
ああ、ダメだ。
「作り物のお前に何が分かるんだよ! ああそうだよ、辛いことも苦しいこともほとんどないぬるま湯みたいな環境で、一人で勝手に自分の首を締めて動けなくなって、挙句の果てには宇宙まで逃げてきちゃった!」
男は静かにこちらを見ている。
「うるさいな、分かってるよ、分かってるけど帰りたいよ、死ぬのって怖いから! でも、帰りたくないよ、怖いんだもん、だって、仕方ないじゃん……」
涙が溢れて止まらない。男は静かにこちらを見ている。
「私の味方だって言うなら、ちゃんと助けてくれなきゃ嫌だよ、どうしてそんなに意地悪言うの……」
静かな宇宙に私一人のしゃっくりが木霊する。しばらく男は何も言わなかった。
「……君は僕で、僕は君だからだよ」
男がぽつり、と呟いた。それが『意地悪』の理由だとすぐに分かった。小さくため息を着いて男は続ける。
「助けて欲しい?」
男が聞く。
「君が望むなら、ここを君の星にしよう。ここは恒星だから、誰にも邪魔されないように惑星を作ってくれたら、僕が君に仇なす物は全部倒してあげる。でも、そこに君の友人がいても分からないかもね」
は、と目を開く。男を見る。私の答えなんか分かりきっている、と言わんばかりの顔をしていた。
「それでも、君が寂しい時に君を一人にはしない。名前を呼んでくれたらすぐに駆けつけるし、優しい言葉だけをかけ続けてあげよう。永遠に、二人だけの小さな箱庭で生きていくんだ」
それは確かに私が望んだことなのに、男の選ぶ言葉のせいで酷く恐ろしいものに思えた。
「どうする?」
ああ、それが答えだ。これが、帰る理由であり、言い訳だ。彼は言い訳を私にくれている。
帰って欲しいと、思っているのだろう。ああ、そうだ、そうだった。
「……わかった、よ」
震える手を握り締めて、私は彼に目を合わせた。
「私はこの星には残らない。けど、いつか絶対に帰ってくる場所はここ。それまで、貴方はこの星を守っていてくれるのね?」
だって私はあなたを、この星を守る王子様として作ったのだから。
「もちろんだとも、まかせて」
男は穏やかに微笑んだ。光の中で、私の名前を呼ぶ声がする。ぱちぱちと光が弾けた。
なにかを言おうとして、何も言えなかった私の代わりに、男が口を開く。
「あいしているよ、僕の主人、いつか、また会う時は――」
君の友だちも、紹介してね。
そんな声は光にかき消される。私の返事もきっと、その光に飲まれて、届かなかった。
――絶対に嫌だ!
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3336文字
私は、宇宙人だ。
――いや、正確には、君たちと同じく地球に住んでいる。地球も宇宙にあるといえばそうだけれど、宇宙という名称は地球のものであり、私が宇宙人を名乗るのは、変だ。
それでも、私は宇宙人なのだ。心の中にたった一つ、自分だけの星を持っている。
――だというのに。
「おや?」
「……な、」
「こんにちは。君、なんでこんな所にいるんだい」
「なんでこの星に私以外の人間がいるのよ――!!」
*
「落ち着いたかい」
「ええ……」
肩で息をする私を他所に、その男は平然とお茶なんかを差し出してくる。それをぶんどって口に含めば、思ったより苦くて思わず舌を出した。
「さて、……本題だが。この星は僕の星であるはずだよ。君はこの星にいるべきじゃない」
あくまで穏やかにその男は言った。ギ、と睨めば、きょとん、とした表情が返ってくる。
「この星は、私が作ったはずなんだけど」
「……、そうなのかい? すごいねえ」
呑気なものだ。すごいねえ、の言葉に拍手まで添えてくる。苛立ちがピークに来ている私は思わず用意された机をだん、と叩いた。
「あーもう! なんで私の星に知らない人がいるの! 勝手に入ってこないでよ!!」
「そうは言われても」
困った顔を微塵も見せずに優雅に苦いそのお茶を飲む男はまるで幼い頃夢見た王子様の様相だった。こんな状況でさえなければ。そう、ここに板が1枚挟まっていて、これがアニメや漫画の世界であれば。楽しく鑑賞でもなんでもできたかもしれないのに。
「この星を君が作ったのなら、確かに、ここは君の星でもあるんだろうな。でも、同時に、僕の星でもあるんだよ」
少しの間、ようやくこちらに視線を向けた男は、困ったように笑ってこう言った。
「帰る場所が無くなるのは、困るな」
少し、心臓がどきりとした。それでも、引く訳には行かなかった。
「それでも、ここは私の星よ」
「うーん……」
そしてここは、私の帰る場所でもあるのだから。知らない人になんか、踏み荒らされてたまるものか。負けじと睨めば、男は苦笑してからこう言った。
「でも君、地球人だろ」
「……」
「地球に君の家族や友人はいないのかい」
友人。
「居ないわけないでしょ」
「じゃ、帰らなくちゃならないよ」
あっけらかんとその男は言う。私は目を伏せる。帰らなくちゃならない。分かっている。
「それでも、ここは私の帰る場所なの」
「……」
「私の、私だけの……」
堂々巡りだと男がそのお茶を啜る。私は用意された椅子に行儀悪く体育座りをしてしばらく黙っていた。男は何も言わなかった。
「……君は、家族や友人は好きだよね」
「なによ」
男は言葉を紡ぐ。
「人の記憶や感情を見ることが出来るんだ」
びく、と私の肩が震えたのが分かった。恐る恐るその男を見上げる。涼しい顔をした男は、小さく小首を傾げてみせた。
「違った?」
「……違わ、ない、けど」
うんうん、と頷く。今、この男は、記憶や感情を見ることができる、と言った?
「それ以上は――」
「君には好きな子がいるよね」
私の言葉を遮るように男が言う。ああ、時すでに遅しだ。知られている。
「……だったら、なによ」
「その子のために帰りたいとは?」
「あの子は私なんか好きじゃないもの」
探るような視線がこちらを覗いている。居心地が悪くて膝に顔を埋めた。
「……そんなことは」
「ないって言う?」
「ないように思うけどねえ」
暗闇の中で、男の呑気な声だけがする。ああ、出来れば思い出させないで欲しかった。
「あの子のために、帰らないのよ」
言ってから、涙を堪えるように唇を噛み締める。涙は出なかった。
「あの子は、優しいから、私の相手もしてくれるけど――それが良くないの」
男は黙っている。
「どんどん、あの子のこと、好きになっちゃう。私、あの子の負担にはなりたくないの。――ともだち、だから」
男が小さく息を吐いたのが分かった。それに思わずむ、として顔をあげる。
「だからここまで来たの。それなのに私の星に勝手に住み着いて勝手に踏み荒らして、どういうつもり?」
「そんなこと言われてもなあ」
男は困ったように頬をかく。
「まあでも――自分の力じゃ、どうにもならないことがある、っていうのは、分かるよ。困ったね」
「一人でこの星に住んでるくせに?」
「僕にも『ともだち』がいたんだよ」
ふうん。私は喉が乾いた気がして改めてそのお茶に口をつけた。相変わらず苦い。美味しくない。
「君のこともどうにもならなさそうだな」
「そうよ。早く出ていって」
「それは出来ないよ。どうしてもって言うなら、君が僕の移住するための星を作らないと」
ぱちくり。私は瞳を瞬かせた。男は言う。
「僕はこの星と一緒に産まれたんだ。覚えてないかい」
「……どういうこと?」
「うーん、前途多難だなあ」
男は腕を組んで困った困ったというようなポーズをとった。それから、真っ直ぐな目でこちらを見やる。
「僕は君に作られたんだ。君の味方であるようにって」
「……作られた、って……、味方なんかじゃないくせに。信じられるわけないでしょ」
「そりゃまあ、君の意思だろ。僕は君に動かされているんだから、僕の知った事じゃないさ」
男はそんな意地悪を言う。思い出したくない。耳を塞ぐ。
「あんなこと言いながら、君自身が帰る理由を探してるんじゃないのか? 分かっているんだろう」
うるさい。
「だから、帰らなくちゃだめだよ」
「うるさい!」
ああ、ダメだ。
「作り物のお前に何が分かるんだよ! ああそうだよ、辛いことも苦しいこともほとんどないぬるま湯みたいな環境で、一人で勝手に自分の首を締めて動けなくなって、挙句の果てには宇宙まで逃げてきちゃった!」
男は静かにこちらを見ている。
「うるさいな、分かってるよ、分かってるけど帰りたいよ、死ぬのって怖いから! でも、帰りたくないよ、怖いんだもん、だって、仕方ないじゃん……」
涙が溢れて止まらない。男は静かにこちらを見ている。
「私の味方だって言うなら、ちゃんと助けてくれなきゃ嫌だよ、どうしてそんなに意地悪言うの……」
静かな宇宙に私一人のしゃっくりが木霊する。しばらく男は何も言わなかった。
「……君は僕で、僕は君だからだよ」
男がぽつり、と呟いた。それが『意地悪』の理由だとすぐに分かった。小さくため息を着いて男は続ける。
「助けて欲しい?」
男が聞く。
「君が望むなら、ここを君の星にしよう。ここは恒星だから、誰にも邪魔されないように惑星を作ってくれたら、僕が君に仇なす物は全部倒してあげる。でも、そこに君の友人がいても分からないかもね」
は、と目を開く。男を見る。私の答えなんか分かりきっている、と言わんばかりの顔をしていた。
「それでも、君が寂しい時に君を一人にはしない。名前を呼んでくれたらすぐに駆けつけるし、優しい言葉だけをかけ続けてあげよう。永遠に、二人だけの小さな箱庭で生きていくんだ」
それは確かに私が望んだことなのに、男の選ぶ言葉のせいで酷く恐ろしいものに思えた。
「どうする?」
ああ、それが答えだ。これが、帰る理由であり、言い訳だ。彼は言い訳を私にくれている。
帰って欲しいと、思っているのだろう。ああ、そうだ、そうだった。
「……わかった、よ」
震える手を握り締めて、私は彼に目を合わせた。
「私はこの星には残らない。けど、いつか絶対に帰ってくる場所はここ。それまで、貴方はこの星を守っていてくれるのね?」
だって私はあなたを、この星を守る王子様として作ったのだから。
「もちろんだとも、まかせて」
男は穏やかに微笑んだ。光の中で、私の名前を呼ぶ声がする。ぱちぱちと光が弾けた。
なにかを言おうとして、何も言えなかった私の代わりに、男が口を開く。
「あいしているよ、僕の主人、いつか、また会う時は――」
君の友だちも、紹介してね。
そんな声は光にかき消される。私の返事もきっと、その光に飲まれて、届かなかった。
――絶対に嫌だ!
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#宇宙の箱、しあわせのかけら
562文字
「これ、違くないか」
テオが設計図を指さしてそう言った。言ってから、余計だったか、と焦った。ミラのものだったからだ。
駆け寄ってきたミラは、どこが、とテオに聞く。作りたいのはデジタルな手紙をとどける機械だ。破綻している箇所を指さしつつ、上手くいかない理由を話す。ミラはなるほどと頷いて、設計図に何かを書き足し始めた。
ミラは、設計の天才だ。しかし、そのための知識は圧倒的に足りていない。だから、たまにこういう破綻がうまれる。それなのに、たまにしかうまれないから彼女は化け物なのだ。
「これでどう?」
ミラがそれを見せてくる。確認すれば、発生していた問題はあっさりと解決されていた。
「……お前、本当に、そのアイデアはどこから……」
「……? 考えたら、分かる」
不思議そうな顔でミラは首を傾げる。悔しくて黙れば、ミラは、は、と口を抑えた。
「嫌なことだった?」
「……いや、」
お前のそれに嫉妬しているだけで、嫌ではない。弁明すれば、ミラは理解したというように頷いて、それから胸を張った。
ミラのこの清々しいところは好きだった。
「でも、テオの知識は頼りにしているから」
ミラはそう言った。テオはなんとも言えない気持ちになってまた黙った。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
お前と話すと劣等感が刺激されるから嫌だ。そう言えば、ミラは珍しく笑ってピースを作った。
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▼本編
>250
562文字
「これ、違くないか」
テオが設計図を指さしてそう言った。言ってから、余計だったか、と焦った。ミラのものだったからだ。
駆け寄ってきたミラは、どこが、とテオに聞く。作りたいのはデジタルな手紙をとどける機械だ。破綻している箇所を指さしつつ、上手くいかない理由を話す。ミラはなるほどと頷いて、設計図に何かを書き足し始めた。
ミラは、設計の天才だ。しかし、そのための知識は圧倒的に足りていない。だから、たまにこういう破綻がうまれる。それなのに、たまにしかうまれないから彼女は化け物なのだ。
「これでどう?」
ミラがそれを見せてくる。確認すれば、発生していた問題はあっさりと解決されていた。
「……お前、本当に、そのアイデアはどこから……」
「……? 考えたら、分かる」
不思議そうな顔でミラは首を傾げる。悔しくて黙れば、ミラは、は、と口を抑えた。
「嫌なことだった?」
「……いや、」
お前のそれに嫉妬しているだけで、嫌ではない。弁明すれば、ミラは理解したというように頷いて、それから胸を張った。
ミラのこの清々しいところは好きだった。
「でも、テオの知識は頼りにしているから」
ミラはそう言った。テオはなんとも言えない気持ちになってまた黙った。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
お前と話すと劣等感が刺激されるから嫌だ。そう言えば、ミラは珍しく笑ってピースを作った。
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▼本編
>250
#宇宙の箱、しあわせのかけら
1012文字
兄は自分の前で無理しがちなところがある。ミラは嫌という程知っていた。
ルイに手伝ってもらって、確証を得たことがある。人の心の正体は箱のようなものだ。そこから必要なものだけを抜き出し、別の箱に入れる。それだけなら、装置を作るのも簡単なことだった。
長いこと見ていたから知っていた。兄が最近疲労していたこと。ため息が多くなって、笑顔に無理が滲むようになって、最終的に、彼は弱音を吐いた。
お兄ちゃんは、やっぱり、幸せじゃなかった。
これだけは、ミラの中で揺るぎのない真実だった。
小人たちに手伝ってもらって、その装置を作る。小人たちは、ものを作る技術は高いが、設計するための技術はそこまで持っていないようだった。
出来たものを迷いなく起動する。その場の誰も止めなかった。
次の瞬間、ぐわん、と大きな振動がして、箱にそれが集まったことを確認して、立ち上がる。こんなところで留まっている訳にはいかなかった。
次の星では、一人で起動した。どの星でも、周りのことはあまり見なかった。あの時、ちゃんと現実を見ていれば、こんなことにはならなかったのだろう。
自分のせいでのたうち回る彼を見て、自分は何を思ったのだろう。心配? どの面を下げて。悔しさ? それはそうかもしれない。が、そんな場合ではなかっただろう。ひとつずつ感情を否定しては何も残らなくなる。
兄を、幸せにしたかった。本当にそれだけだった。ほとんどの人々はミラを責めなかったが、遠くから刺すような視線を感じた。彼らにも、自身にとっての兄のように、大切な人がいたのだろう。
考えることは好きだ。けれど、それは技術のことだけだった。それ以外は要らなかった。どちらかといえば、それは兄の得意分野だった。
「お兄ちゃん」
「なあに、ミラ」
だから、兄に聞くのが早いと思った。
「お兄ちゃんにとって、昔の方が幸せだった?」
「……それは、」
兄は少し黙って考えた。しばらくして、首を横に振った。
「それは、無いよ。星にミサイルが降ったから、今は、テオたちとも友達でいられるんだ。……でも、」
「いや、そもそも幸せって言うのはきっと、比べるものじゃないんだよ。きっといつだって、その時の幸せがあるものだからね」
なんとなく納得のいく説だった。ミラは続けてこう聞いた。
「それで、納得してる?」
「うん、そうなるかな」
ノアは頷いた。じゃあ、いいか。ミラも納得したので、それ以上のことは何も言わなかった。
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▼本編
>250
1012文字
兄は自分の前で無理しがちなところがある。ミラは嫌という程知っていた。
ルイに手伝ってもらって、確証を得たことがある。人の心の正体は箱のようなものだ。そこから必要なものだけを抜き出し、別の箱に入れる。それだけなら、装置を作るのも簡単なことだった。
長いこと見ていたから知っていた。兄が最近疲労していたこと。ため息が多くなって、笑顔に無理が滲むようになって、最終的に、彼は弱音を吐いた。
お兄ちゃんは、やっぱり、幸せじゃなかった。
これだけは、ミラの中で揺るぎのない真実だった。
小人たちに手伝ってもらって、その装置を作る。小人たちは、ものを作る技術は高いが、設計するための技術はそこまで持っていないようだった。
出来たものを迷いなく起動する。その場の誰も止めなかった。
次の瞬間、ぐわん、と大きな振動がして、箱にそれが集まったことを確認して、立ち上がる。こんなところで留まっている訳にはいかなかった。
次の星では、一人で起動した。どの星でも、周りのことはあまり見なかった。あの時、ちゃんと現実を見ていれば、こんなことにはならなかったのだろう。
自分のせいでのたうち回る彼を見て、自分は何を思ったのだろう。心配? どの面を下げて。悔しさ? それはそうかもしれない。が、そんな場合ではなかっただろう。ひとつずつ感情を否定しては何も残らなくなる。
兄を、幸せにしたかった。本当にそれだけだった。ほとんどの人々はミラを責めなかったが、遠くから刺すような視線を感じた。彼らにも、自身にとっての兄のように、大切な人がいたのだろう。
考えることは好きだ。けれど、それは技術のことだけだった。それ以外は要らなかった。どちらかといえば、それは兄の得意分野だった。
「お兄ちゃん」
「なあに、ミラ」
だから、兄に聞くのが早いと思った。
「お兄ちゃんにとって、昔の方が幸せだった?」
「……それは、」
兄は少し黙って考えた。しばらくして、首を横に振った。
「それは、無いよ。星にミサイルが降ったから、今は、テオたちとも友達でいられるんだ。……でも、」
「いや、そもそも幸せって言うのはきっと、比べるものじゃないんだよ。きっといつだって、その時の幸せがあるものだからね」
なんとなく納得のいく説だった。ミラは続けてこう聞いた。
「それで、納得してる?」
「うん、そうなるかな」
ノアは頷いた。じゃあ、いいか。ミラも納得したので、それ以上のことは何も言わなかった。
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▼本編
>250
#宇宙の箱、しあわせのかけら
1768文字
ああ、夢だ。ノアは自覚した。
こんな昔の記憶を掘り起こすなんて、今日の僕はナイーブなのかもしれない。そんなことを思いながら、夢の中を漂う。目の前には小さな頃のテオがいた。
――僕たちは、親友なんかじゃなかった。
父さんは、この星に君臨する王様だった。だけれど、自由を愛していた。子供が好き勝手知らない家の子供と遊ぶのを咎めなかった。
テオとルイは、城の近くに住んでいる、普通の家の子供だった。たまたま、城から抜け出し遊びに出かけた時に出会った歳も知らない友達。
父さんも母さんも、勉強をサボったことしか咎めなかった。友達と遊ぶのは見過ごしてくれていた。
しかし、周りの意見は厳しいものだった。
王子様なのに、普通の家の子と遊んでいる。きっとあっちの子が金目のものを渡したんだ。いやいや、王子様が好き好んで遊んでるだけだ。品格がない。
それでも友達は友達だった。僕たちがあんまり気にしなかったのが、良くなかった。
気づけばテオとルイは、なにやら勉強をしているのだとか言って、家から出てこなくなった。
遊び相手が居なくなったので、自然と勉強に身を入れた。特に、身体のことを学ぶのが好きだった。この頃から、医者という将来の夢は決まっていた。
ある日のことだ。
新しい従者がやって来るのだと父から聞いてはいた。ミラと一緒に会いに行けば、テオとルイだった。
また遊べるのだと喜んだのも束の間、彼らは似合いもしない敬語を使って首を横に振った。
王子様と王女様のイメージが落ちてしまうから、と。
しばらく拗ねてみた。ダメだった。ちょっとだけ荒れた。それでもダメだった。嗜められて終わった。どうしても納得のいかない僕を、ミラが困った顔で見ていたのを覚えている。
でも、それはきっと、友達と一緒に居るための、父の配慮だった。それでいて、彼らの気遣いだったのだ。
しばらく時が経ち、その関係性にも慣れた頃――突然、この星にミサイルの雨が降るようになった。
父は即座にその星を突き止め一人で交渉に向かった。母は国民たちを大きな船に乗せ他の星へ避難するべく奔走した。
幼い僕たちは何も出来なかった。知識を振り絞って重傷な怪我人たちを診ている間、ミラとルイが船の点検をしていた。
テオは、何を言っても僕のそばを離れなかった。
その船が飛び立つ間際、テオとルイだけでも一緒に乗って行けと説得した。僕たちは、父のために残ることを決めていた。
彼らは頑として乗らなかった。どこまでも頑固なやつらだった。命令だと言っても、もうそんなのなしだろ、とかえってくる。
そして、どうして、と聞けば、必ずこう返ってくるのだ。
お前たちは子供だからだ、と。
歴史に名を残すような大喧嘩だった。テオはそれでも船には乗らなかった。悔しくて、なんでだよ、とぼやけば、心配だからだ! と返ってきた。痺れを切らしたような声だった。
僕が何も言えなくなった隙に、彼らは船を飛ばした。そもそも時間がなかった。
ミラが僕の手を握る。それまで、悔しくて泣いていることに気付かなかった。ああ、これでは本当に子供みたいだ。テオが呆れたようにため息をついて、ルイがおろおろと僕の頭を撫でる。それでも止まらない涙が悔しくて憎かった。
船を見送った後、僕を振り返ったテオは、敬語も王子様呼びも全てを外して、あんま情けない顔すんなよ、と言った。これで友達に戻れるのだから、とも。
ああ、遠くで、誰かが呼ぶ声がする。――テオだ。
その瞬間、スコン、と頭に衝撃が走った。
「ノア、こら、この寝坊助!」
「いてっ」
目を覚ます。不機嫌そうなテオが、丸めた設計図を手にこちらを見ている。これで殴られたのだろう。
「寝坊助って……、まだそんなに寝てないじゃんか」
テオは不機嫌そうな眉間のシワをさらに寄せた。
「あんまりにも魘されてるもんだから、嫌な夢でも見てんのかと思って起こしてやったのに?」
「はあ? ……ああ、」
どうやら、魘されていたらしい。うるさかっただろうかと謝れば、別に、と返ってくる。
「心配してただけだしな」
彼らのこういうところを見ると、僕たちはまだ、彼らにとっては子供なのかもしれないと思う。
「スープあるけど、いる?」
「……いる」
それ自体は多少不満ではあったが、それが一番子供っぽいことをもう知っていた。心配は素直に嬉しかったので、仕方なく、仕方なく受け取ってやることにした。
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▼本編
>250
1768文字
ああ、夢だ。ノアは自覚した。
こんな昔の記憶を掘り起こすなんて、今日の僕はナイーブなのかもしれない。そんなことを思いながら、夢の中を漂う。目の前には小さな頃のテオがいた。
――僕たちは、親友なんかじゃなかった。
父さんは、この星に君臨する王様だった。だけれど、自由を愛していた。子供が好き勝手知らない家の子供と遊ぶのを咎めなかった。
テオとルイは、城の近くに住んでいる、普通の家の子供だった。たまたま、城から抜け出し遊びに出かけた時に出会った歳も知らない友達。
父さんも母さんも、勉強をサボったことしか咎めなかった。友達と遊ぶのは見過ごしてくれていた。
しかし、周りの意見は厳しいものだった。
王子様なのに、普通の家の子と遊んでいる。きっとあっちの子が金目のものを渡したんだ。いやいや、王子様が好き好んで遊んでるだけだ。品格がない。
それでも友達は友達だった。僕たちがあんまり気にしなかったのが、良くなかった。
気づけばテオとルイは、なにやら勉強をしているのだとか言って、家から出てこなくなった。
遊び相手が居なくなったので、自然と勉強に身を入れた。特に、身体のことを学ぶのが好きだった。この頃から、医者という将来の夢は決まっていた。
ある日のことだ。
新しい従者がやって来るのだと父から聞いてはいた。ミラと一緒に会いに行けば、テオとルイだった。
また遊べるのだと喜んだのも束の間、彼らは似合いもしない敬語を使って首を横に振った。
王子様と王女様のイメージが落ちてしまうから、と。
しばらく拗ねてみた。ダメだった。ちょっとだけ荒れた。それでもダメだった。嗜められて終わった。どうしても納得のいかない僕を、ミラが困った顔で見ていたのを覚えている。
でも、それはきっと、友達と一緒に居るための、父の配慮だった。それでいて、彼らの気遣いだったのだ。
しばらく時が経ち、その関係性にも慣れた頃――突然、この星にミサイルの雨が降るようになった。
父は即座にその星を突き止め一人で交渉に向かった。母は国民たちを大きな船に乗せ他の星へ避難するべく奔走した。
幼い僕たちは何も出来なかった。知識を振り絞って重傷な怪我人たちを診ている間、ミラとルイが船の点検をしていた。
テオは、何を言っても僕のそばを離れなかった。
その船が飛び立つ間際、テオとルイだけでも一緒に乗って行けと説得した。僕たちは、父のために残ることを決めていた。
彼らは頑として乗らなかった。どこまでも頑固なやつらだった。命令だと言っても、もうそんなのなしだろ、とかえってくる。
そして、どうして、と聞けば、必ずこう返ってくるのだ。
お前たちは子供だからだ、と。
歴史に名を残すような大喧嘩だった。テオはそれでも船には乗らなかった。悔しくて、なんでだよ、とぼやけば、心配だからだ! と返ってきた。痺れを切らしたような声だった。
僕が何も言えなくなった隙に、彼らは船を飛ばした。そもそも時間がなかった。
ミラが僕の手を握る。それまで、悔しくて泣いていることに気付かなかった。ああ、これでは本当に子供みたいだ。テオが呆れたようにため息をついて、ルイがおろおろと僕の頭を撫でる。それでも止まらない涙が悔しくて憎かった。
船を見送った後、僕を振り返ったテオは、敬語も王子様呼びも全てを外して、あんま情けない顔すんなよ、と言った。これで友達に戻れるのだから、とも。
ああ、遠くで、誰かが呼ぶ声がする。――テオだ。
その瞬間、スコン、と頭に衝撃が走った。
「ノア、こら、この寝坊助!」
「いてっ」
目を覚ます。不機嫌そうなテオが、丸めた設計図を手にこちらを見ている。これで殴られたのだろう。
「寝坊助って……、まだそんなに寝てないじゃんか」
テオは不機嫌そうな眉間のシワをさらに寄せた。
「あんまりにも魘されてるもんだから、嫌な夢でも見てんのかと思って起こしてやったのに?」
「はあ? ……ああ、」
どうやら、魘されていたらしい。うるさかっただろうかと謝れば、別に、と返ってくる。
「心配してただけだしな」
彼らのこういうところを見ると、僕たちはまだ、彼らにとっては子供なのかもしれないと思う。
「スープあるけど、いる?」
「……いる」
それ自体は多少不満ではあったが、それが一番子供っぽいことをもう知っていた。心配は素直に嬉しかったので、仕方なく、仕方なく受け取ってやることにした。
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▼本編
>250
#宇宙の箱、しあわせのかけら
本編 21542文字
宇宙の箱、しあわせのかけら
遠い遠い、宇宙の果て。
ぽつりと、他の星から隔絶されたように浮かぶ、戦場の星。
この星では、誰か、人がいる気配も無いのに、機械だけが戦闘を続けている。
どん、と大きな音が鳴って、弾ける。ミサイルの雨が降る。
それでも、ここに住む人々は、この星を捨てられず、いまだに留まり続けている。
僕たちは、そんな攻撃で簡単に死ぬような種族ではない。
だから――小さな妹と二人だけでも、生きていける。
父さんはどこか遠くの星に交渉へ行ったまま、帰ってこない。
母さんは毎日、大変な人たちの手伝いで、家にいることはほとんどなかった。
恨んでいるわけではない。
でも、こうして過ぎ行く毎日を、どう納得させたら良いのか分からなくなってしまった。それに少し疲れてしまった頃――。
――妹のミラが、姿を消した。
*
戦闘区域をかき分け、戦場の喧騒が少し落ち着いている、当分の間は平穏に過ごせそうな――昔、首都であったところ。
一隻の大きな船が、廃墟から突き出るように鎮座している。
その船を眺めて、青年が二人佇んでいる。
焼けた肌の青年はノア。そして隣に立つ銀髪の青年は、ノアの親友・テオだ。
「……な、大きな船だろ。姉さんと頑張ったんだぜ。」
テオは大きく胸を張った。確かに立派で大きな帆船だ。肯定の相槌を打てば、そうだろうとテオはさらに胸を張る。仰け反らんばかりだ。
「こんな大きな船、借りちゃっていいの? それに……」
「だーもう! いいって言ってるだろ~? どうせ機械音痴だから~とか言うんだろうけど、お前の妹のこともかかってんだからな!」
……全部お見通しのようだ。
ミラが失踪したその日。その足で親友のテオの家へ駆けこみ、事情を説明したのが今朝のこと。少なくとも、その辺で野垂れ死ぬほどやわな種族ではないだろうと信じ、テオお得意の機械を使って周辺を調べ回ったのが、ついさっきまでのことだ。
「宙力に余韻が残るなんて知らなかったな。この船なら、それを追うことができるの?」
「そのとーり!」
び、と指を立ててテオは言う。曰く、ミラにも開発を手伝ってもらっていたから、その分彼女の宙力――言い換えるならば魔力――の色が記録されているのだという。
いつの間に。確かに最近入り浸っているなとは思ってはいたが。
テオ曰く、その宙力の余韻は、この星の外まで続いているのだそうだ。信じがたいことだが、テオはこんな時まで冗談を言うやつではない。
ミラは、この星から出て行ってしまった。
まだまだ子供のあの子を一人にしておくわけにはいかない。それに、もし何かに巻き込まれていたら。
僕は、ミラを追って旅立つことにした。
*
テオの案内で船内に入り、簡単に船の操縦を教わってから、雑に物資を運び込む。例えば寝袋。灯り。食料は娯楽なので少しで良い。
そのまま、テオに見送られながら、あっさりと旅立ちの時はやってくる。
「気をつけろよ、ノア。ミラも、何かに巻き込まれてるかもしれないから、覚悟して行け。」
そう言ったテオに見送られながら、ゆっくりと船は浮上する。
ミラは、どうして星の外まで行ってしまったのか。もしかしたら、なにかに巻き込まれているかもしれない。
早く、早く会って、話して、それで――
そのあとのことは、そのあと考えよう。
時間の流れが少し変わる航路があって、星間移動は意外と早いのだと、テオは言った。
ミラの宙力を追い、最初にたどりついたのは、小さな小人たちが暮らす「積み木の星」だった。
ブロックみたいな家。ちょこまか動くロボットたちが、小人たちの生活を支えているらしい。
それにより、どこか、おもちゃ箱みたいな風景が広がっている――その、はずだった。
「……おかしい」
この星は、こんなに静かな星ではなかったはずだ。もっとガチャガチャとにぎやかで、どちらかと言うとやかましくて……。
オイルの匂いと、笑い声と、金属音がごちゃまぜになって、それがこの星のいつもの朝だったはずだ。頭に過去の記憶を何度浮かべようと、記憶と視界は合致しない。
ひとまず、船をそこで停め、地上に降り立てば、一人の住人がそこで座り込んでいた。
「ねえ、急に声をかけてごめんね。大丈夫?」
「……」
返事はなかった。どこかぼんやりとこちらを見つめ返してくるその視線は虚ろだ。どう考えても、尋常な様子ではなかった。
続けて様子をみようと声を掛けつつ手を伸ばす。そのとき、ずん、ずん、と低い音を立てて何かが近づいて来ているのが分かった。
息を詰める。なんだってこの星には、そんなに大きな生き物はいなかったはずだが――?
ふ、と背後から影が差した。
ノアと同じくらいの大きさの、無人のロボットだ。普段は小人たちが乗り回しているもの。
ではなぜ急にロボットが現れたのだろう? 疑問に思う間もなく、ロボットはその硬い腕を振りかぶって――。
がしゃん。大きな音。
間一髪でそれを避けたノアは、慌てて走り出す。ああ、この星の道が広くてよかった。
がしゃん。ずん、ずん、ずん。音を立ててロボットはノアを追う。
「ねえ! 僕は敵じゃないから追いかけないでよ! 妹を探しに来ただけなんだって!」
慌ててノアが言う。機械に言葉は通じない。
「僕が誰かを踏んづけちゃったらどうするんだよ!」
走りながらそう言って、気づく。そこら一帯に住人は一人も見当たらない。
いや、どうして誰もいないんだ。この静けさがいちばん怖い!
警戒は緩めず、走る。だって、住人とノアの身長差では、踏まれた住人の方はただでは済まないだろう。
人を殺したいわけではないのだ。ただ、ミラを探しに来ただけ。
しかし、こうなってはどうしようもない。このロボットを破壊するか。そうでもしなければ、僕の体力が先に尽きそうだ。
いや、でも、しかし。と、考える。このロボットを破壊した場合、その責任はどこに向かうんだろう!?
ウンウンと悩んでいれば、気付けば行き止まりに辿り着いていた。振り返る。ロボットはすぐそこに迫っている。
数発では死なないだろう。だが、急所を狙われる可能性は十分にある。
ええい、ままよ。このまま戦うしかない、と懐から武器を取り出そうとしたその時、
「待った!」
誰かがそう叫ぶ。ロボットの動きが鈍くなる。その隙を利用して、もう一体――小人の乗った、一回り小さなロボットがノアの前に立った。
「この旅人さんには、本当に悪意は無さそうだ。少なくとも、殺す必要は無いと思うよ!」
観察されていたのか、それとも。その小人がそう言えば、そのロボットは振り上げた腕を大人しく下げ、またずんずんと音を立ててどこかへ行ってしまった。
その小人の乗ったロボットは、改まってこちらを振り返る。
「ええと、君は……?」
「いや、いや、ごめんね。ちょっと……こちらの事情で、いきなり諸手を上げて歓迎という訳にはいかなかったんだ。許しておくれ」
その小人はロボットからぴょんと飛び降り、恭しく礼をする。彼の名前はレオと言うらしい。
実は、と前置いて彼は話した。
「見ての通りなんだけど……今、この星は大きなピンチを抱えているんだ。人々が、無気力になってしまっているみたいで」
レオは、困ったように頬をかいて、少し唸る。何かを言うべきか悩んで、また口を開け、閉じる。
「……言いにくいことがあるのなら、別に言わなくてもいいよ」
そう声を掛ければ、レオは決心がついたように顔を上げ、こう言った。
「君に似た人が、この星を訪れた形跡があってね。」
「それから、らしいんだ。本来、この星はこんなに静かな場所じゃない。妹を探しているんだろう?」
それに、なにか心当たりがないか。それが聞きたいのだろうが、生憎ノアはその答えを持ち合わせて居なかった。
「彼女は、一人で?」
「そうみたいだよ」
だとすれば、妹が自分で選んだことのようだった。何故、どうして。いろんな言葉が浮かんでは消える。でも、ひとつ答えられるのは、
「それを、探しに来たんだよな」
ミラがどうしてそんなことをしているのか。どうして、星を出ていってしまったのか。
そう、少なくとも、その答えを探しに来たのだ。
「そっか、君にも、分からないんだね……」
困ったなあ、とレオは唸った。
「……実は、僕、元の星では医者みたいなことをやってたんだ。と言っても、まだまだ勉強中の身なんだけどさ。さっきは、そこで倒れてた住人さんを診ようとしてたんだけど……。」
「なるほど、それでロボットに襲われたんだな。」
レオが納得したように頷く。その後、小さなカギをノアに手渡した。
「おれ、向こうの屋敷にな、住人たちを集めてるんだ。のざらしじゃかわいそうだと思って」
非礼は詫びる。だから、彼らのことを診てくれないか。そう言ってレオは頭を下げた。
「……、ありがとう。確かに、風邪をひいてしまうかもしれないからね、良い判断だと思う。」
任されたよ、とノアは頷いた。
レオも頷いて、再びロボットに乗り込んだ。残りの住人たちを探しに行くらしい。大丈夫だと思うけど、気を付けて。そうノアに伝えると、そのままロボットは歩き出していった。
*
「……奇妙な現象だな」
診る、とは言ったって、違う種族を診たことなんてなかった。ひとまず、と、声を掛けながら体の異常を確認していく。だいたいは、特に異常なさそうだ。だとすれば、問題は内側にあるのだろう。宙力が足りていないのかもしれない。そう思って、持ってきていた宙石を近づけてみる。――瞬間、瞼が震え、その人はこちらを向いた。
「……旅人さん?」
「そうだよ、驚かせてごめんね。ねえ、ここで何があったか、知らない?」
「いいえ……。意識はあったから、さほど驚いてはないのよ。」
彼女はしばらく困ったように黙って、再び口を開いた。
「その……、貴方に似た女の子が、この星に来てくれたの。たくさん歓迎して、それで、やりたいことがあるんだっていうから、みんな、なにも聞かずに協力したの。そうしたら、……その」
「こうなってたってわけか……。そう聞くと、全部は彼女のせい、なんだろうな」
ノアがそう呟くと、彼女は視線をさまよわせた。
「ねえ、あなたは彼女の知り合いかしら。どうか気を落とさないで。彼女、ずいぶん思いつめた顔をしていて、私たちも、心配だったから手伝っただけなの。ちゃんと話を聞くべきだったわ、……ごめんなさい」
「これが私を起こしてくれたの? まるで意識はあるのに寝てるみたい。体が動かなくて、心がなんだかさみしいの。だから、やりたいことが浮かばなくなって、体を動かす気もわかないんじゃないかしら。」
そこまで話すと、カタンと音がした。振り返れば、レオが、何人かの住人たちを運び込んでいるようだった。
宙石を彼女に渡し、手伝うよと声を掛ける。レオの話によれば、これで全ての住人は避難させることができたようだった。
「レオさん、無事だったのね」
「おお、喋れるようになってる!?」
「彼のおかげよ。」
「いや、どれかといえばこれかな。宙石っていうんだ。」
それを彼女から離しすぎないよう拾い上げる。そういえばとふと浮かんだ疑問を口にした。
「レオはなんで無事だったの?」
「仕事だったんだよ。まったく、運がいいのか悪いのか」
レオは肩をすくめてそう言った。ピンと来なくて首を傾げれば、レオは重ねてこう補足した。
「ほかの星に食料調達に行ってたんだよ。」
なるほど、とノアは頷いた。
「それで、原因は分かったの?」
レオがそう聞く。ノアは少し唸った。解明にまで至ったわけでは、ない。けれど、きっと、宙力で何とかなるということは、気持ち、とか、心、とか、あるいは、脳のはたらき、とか。そういうところに原因があるのだろう。これがノアの推測だ。
宙力の量は、その時の感情により左右される。だとしても、ここまで大勢が、一気にとなると、それはその人の核となる部分なのだろう。
人の、核となる部分。それに影響を及ぼす何か。少なくとも、それが特定できない以上は、宙石でなんとかするしかない、が。
「そんな大きな宙石なんて滅多にないし、分け合うのも難しいだろうね」
「え――!! あんた、医者なんだろ、諦めずになんとかしてくれよ!」
「いや、もちろんそのつもりだけど……。」
もしかしたら、ミラがしでかしたことでもあるのだろうし。困っている人を放ってはおけない。にしたって、何の案も浮かばないのだから仕方がないだろう。
宙力を分け与えるもの。大きな宙石があれば、一時はしのげるだろうが……。もっと燃費が良く、宙力を分配する方法とすれば? うんうんと悩んでいれば、ふと、レオがこうこぼした。
「こう……、なんか、宙力が、ガ――っと広がればいいのにな。」
「ガ――ーっとって……」
そういえば、そういうものをミラが作っていた記憶がある。あれは確か、音を広げるものだった。どんな形状で、どんな構造をしていたか。
懐からメモ帳を取り出し、ぐりぐりと描き出していく。ああ、もう、こういうのは妹の方が得意なのに!
それを覗きこんでいたレオが、納得したような声を出した。
「ああ、なるほど。スピーカー!」
「それだ!」
スピーカー。拡声器。あとは、それを宙石に当てはめ、構造を改めて再構築して、……。
「……、できた?」
「破綻はしてないと思うけど……。自信はないや」
「とりあえず作ってみよう。だいじょうぶ、資源はそれなりにあるんだ」
それなら、と頷く。ようやく希望が見えた気がした。
*
小人たちのものづくりの技術力はとても高い。
レオは、あっという間に宙力スピーカーを制作し終わったどころか、いくつか余分に予備まで渡してくれた。
「もしほかの星もこんなになってたら困るからな~。ノア、妹さんのためにほかの星にも行くんだろ?」
「ためっていうか……。まあ、そうだよ。」
「じゃあそこで必要になるかもしれないし、持って行ってくれよ」
「……ありがとう、助かるよ。」
それを受け取って、宙力で船の中へ転送する。さて、とレオに向き直れば、大きな宙石を一生懸命運ぼうとしているところだった。
「……運べる?」
「悔しいけど、無理かも……」
それを手伝って、街の中心部、噴水広場までたどり着く。静かな街は、何度行き来しても不気味だったが、これがうまくいけば。
宙石をそこに置く。悪戦苦闘の末、なんとかその大きなスピーカーをセットして、あとはスイッチを入れるだけだった。
「頼む……!」
レオが祈りながらスイッチを押す。その瞬間、ぐわん、と、大きな音にも似た揺らぎが二人を襲ったが、それ以上のことは何も起こらなかった。
「……成功したのかな。少なくとも、拡散はされてるんだろうけど」
「ほんとうに? あ、もしかして、さっきの揺れみたいなのがそれなのか?」
「宙力って、めちゃくちゃ簡単に言えば振動に似たものだからね。おそらくはそう、かな」
なるほど、とレオが頷く。ひとまず、二人で住人たちの様子を見に行くことにした。
*
ロボットたちがガシャガシャと歩き回っている中を、屋敷まで歩いて進んでいく。
「もしかしたら、上手くはいってないかもしれないね」
ノアはぽつりと呟いた。
「どうして?」
「宙力を増幅させるための媒体が必要なんじゃないか、って思ったんだ。」
それはきっと、影響を及ぼされている元のなにかしらに、強く紐づいたアイテムだとか、あるいは思い出だとか、そういうもの。
「そうでないと、宙石に宿った宙力もすぐ尽きちゃうだろ?」
「……それは、無いよ」
レオはまっすぐ前を向いて言った。
「だっておれたち、そんな弱くないし。それに、生きていく力っていうのは、勝手に作り出すものだから。」
動けるようになったら、そういう類のものは、きっと、勝手に見つかるって、信じてる。
そう言って、レオは笑った。
屋敷に着けば、中がざわざわと騒がしいようだった。宙力スピーカーの開発が、成功したことの裏付けだった。
顔を見合わせ、扉を開ける。
住人たちが、一斉に静まり返ってこちらを見た。
「ああ、紹介するよ。彼はノア。妹さんを探しに来たんだって。この事態を解決してくれたのは、彼だ」
レオが安心させるようにそう言えば、わあっと拍手が上がる。
その後、わいわいとそれぞれ好き勝手に喋り出した。ようこそ。よく来たね。タイミングが悪かったね。お礼は何がいい? そんなふうに騒がしくなる中、近くにいた住人がノアにこう言った。
「あの女の子は妹さん?」
その言葉にまた、少しだけ喧騒が止む。
「……おそらくは、ね」
「そう……。さっきまで話してたんだけど、どうやら、彼女は私たちの幸せを欲していたらしいの。」
その言葉に、ガンとショックを受ける。幸せを? ミラが? わざわざ、人から奪い取るほど?
「理由は分からないのよね。……彼女、本当に必死だったの。私たちは大丈夫だから、彼女を救ってあげて欲しいわ」
「……そ、それは、もちろん。……その、それ以上になにか言ってた?」
「いえ……。私たちの症状を、総括した結果がそうだった、ってだけなの。やりたいことがあるって言ってた。それ以上のことは知らないわ」
「そっか、いや、ありがとう。」
彼女は、少し心配そうな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。
レオも、「ま、きっと大丈夫だ」と軽く背を叩くに留め、それ以上に何かを言うつもりはないようだった。
*
それなりの量の食料、宙力スピーカーと、小さな花束。
船にありったけたくさんの感謝を詰め込まれ、それらをどう消費しようか悩みながら旅立つ。
ミラは、なにをしたくて、みんなの幸せを奪っているんだろう。
彼女にそのつもりがなくても、やってることはそれと相違ない。その自覚があって? いや、そんなはずはない。
彼女は、どこまでも優しい女の子なのだ。
この旅は、今まで経験したことの無い苦難の旅になるのだろう。
文面だけ見ればわくわく出来そうな事象でも、実際こうして苦難に見舞われると話は変わるものだ。
なんだか少し気が重くなった。
それでも、進まなければならない。ミラを見つけなければ。
この旅は、続いていく。
船は静かに進んでいく。ごうんごうんと鳴る音はそれなりに心地良く、ぼうっとしていれば眠ってしまいそうだ。
貰った食料を食べながら考えてみても、ミラの目的なんて皆目検討もつかなかった。
星が襲撃された日の、驚きと悲しみがないまぜになったような、複雑な気持ちが、ずっと続いていた。
それでも生きる限り生活は続いていくので、変わらず長めの睡眠と、娯楽とは言えもらってしまった食べ物の消費に勤しむ日々である。
次の星は、緑の星。獣人たちの住む、木々が沢山生えた原生林の広がる美しい星だ。確か、野菜などの食料資源が豊富で、それぞれに余裕がある心優しい星だと聞いたことがある。
彼らにとっては食は娯楽ではないのだ、とも。もしかしたら、貰ってきた食料がなにかの役に立つかもしれない。
ぼうっと窓の外を見る。もうそろそろ到着しそうだ。緑の光を発する星が、ぐんぐんと近づいているのが見えた。
次の星では、何も問題が起きていないといいな。
そう祈りながら、ノアは出発の準備をすることにした。
*
緑の星に辿り着いた。
前回のようになにかに襲われないよう、警戒しながらその地に降り立つ。
葉っぱのあいだから光がさして、どこからか美味しいにおいが漂ってくる。
スープの匂い、焼けたパンの匂い、それから、甘く煮た果物の匂い。
胃袋を持たない僕でさえ、お腹が鳴りそうな気がした。
文字通り、噂通りの美しい星だった。
だというのに、その森の中には、たくさんの人がただ座りこんで、ぼんやりと空を見上げている。
「……」
この星にもミラが来て、幸せを奪っていったのだろうか。
「あら、旅人さん?」
「!」
ふと、黄色い猫のような、狐のような、耳の生えた獣人に声を掛けられた。
「……君は話せるんだね、はじめまして。僕はノア、妹を探しに来たんだ。」
そう話せば、彼女は困ったように頬に手を当てた。
「妹さんを? それなら間が悪いかもしれないわ。見ての通りよ、もう大変なことになってるんだから……」
やはり、ここでもミラは何かを起こしたようだ。
「うーん……、まあ、それの解決も、目的のひとつかな」
不思議そうに彼女はこちらを見つめる。ノアはそれを苦笑して流し、彼女に言った。
「君はどうして被害を免れたの?」
「地下に居たからだと思うわ。私たち、地下で食料を育ててるから、その時地下にいた私たちは無事だったんだけど……。」
「こうなった原因も、治し方も分からない、と?」
「そうね」
そこまでは、前回と同じだ。確認しつつ、頷く。
「実は、なんとかできるかもしれないんだ。前の星でも、似たような場面に遭遇したからね。」
ぱちくり、と目を瞬かせてから、彼女は首を傾げた。
「そうなの? ……ああ、自己紹介を忘れていたわね、ごめんなさい。私はエラ。この森で料理人をやっているの。」
エラは困った顔で続けた。
「私一人で、あなたを信用するかどうかを判断するのは、とても難しいわ。もうひとり、頼れる人を連れてきてもいい?」
もちろん、とノアは頷いた。
*
「ノア……さん、こちらはニコ。」
そう言って紹介されたのは、長い耳の兎の獣人だった。
「どうも。よろしくね、ノア。」
「うん、よろしく。」
ニコは頷いて、ノアと握手を交わした。彼も、エラと同じように地下に居たらしい。
「妹さんを探してるそうなの」
エラが補足する。ニコは目を瞬かせた。
「へえ、妹を? それでこの星に?」
「あー……、いや、まだ確定ではい……と信じたいんだけど、妹がこの事態を引き起こしたかもしれなくて」
「ええ?」
困ったようにニコとエラが顔を見合わせる。
「えっと、そうなるともっと信頼出来ないのは分かってるんだけど……。兄として、見過ごしておけないんだ。あいつは、唯一の家族なんだよ」
それを聞くと、しばらく二人は黙り込んで、改めてノアの目を見て、顔を合わせた。
「……分かった。今は信じるけど、変なことしたら許さないからな」
「うん、もちろん。ありがとう」
ほ、と肩を撫で下ろしたノアを見て、二人は複雑そうな顔をしていた。
「へえ、じゃあ、この装置で宙力を広げれば解決するかもしれないってこと?」
「話が早くて助かるよ」
ノアの説明に、感心したようにニコは言った。
「でも、これだけの規模じゃ、僕の手持ちの宙石では足りないかもしれないな……」
ノアが言う。この星に宙石があればいいが、とエラを見れば、
「宙石なら、地下に行けば取れるはずだわ」
と答えが返ってくる。
「それじゃ、取りに行く他無さそうだな」
「でも、きっと大変な道になるわ。」
「どれくらい?」
エラとニコは言葉を重ねてこう言った。
「一泊しなきゃいけないくらい」
「ええっ」
ノアは驚いて、それから首を傾げた。
「そんなに!? どこにあるの?」
「地下にあるの。宙石は貴重だから簡単には盗めないように保管されてる」
「まあ、この事態だから、番犬との戦闘は避けられないだろうね」
ニコとエラは揃って首を横に振る。番犬たちは何故か暴れ出しており、手が付けられない。
かつ、彼らは戦闘は得意ではないのだそうだ。
かくいうノアも戦うのは得意ではない。が、ここまで来たらやるしかないだろう。
「じゃあ、戦う時は僕が行くよ。二人は隠れててくれていい。その後、宙石をとる時はついてきてくれる?」
「え、そこまでするか?」
「うん」
ノアは頷いた。それから、
「じゃ、準備が出来たら行こう。きっと大丈夫だ」
と声を掛けた。二人もさっさと準備を済ませ、地下へと向かうことにした」
*
地下は広い。どこまでも続く似たような道に、ところどころドアが設置されている。
その先には大きな空間があり、大切な資源が保管されているのだと、エラは説明した。
会話もそう長くは続かない。静かな道の中に靴の音だけが反響している。
もうずいぶん長いこと歩いた気がする。ドアもいくつ通ってきたか分からない。
そろそろ休憩をした方がいいか、と思案し始めたところで、手前のドアにエラが駆け寄った。
「今日はもう休みましょう。夜に地下に居るのは危険だから」
「そうだね。ノア、夜の地下は危ないんだ。沢山の化け物が徘徊するから」
「ええっ、そうなの!? ……気になるけど、危ないならとりあえず入ろうか。今が何時かも分からないし」
こくり、頷いた二人の背を追い掛けて、そのドアの中に入る。
ドアの中は小さな宿のような内装だった。簡単なものなら作れそうなくらいの大きさのキッチン、ちょっと狭い寝床。必要最低限転がっている趣味の様々な備品は、今まで使用した人々が残していったのだろう。
「まあ、まだ夕方頃だと思うけどね」
「でも、ご飯を食べるなら今の方がいいわ。彼らは音に敏感なの」
そう言いながらエラは料理の準備をする。そういえば、彼女は料理人だと言っていた。
「……その、化け物っていうのは」
おそるおそるノアが聞く。それにはニコが答えた。
「元々この星に住み着いていたらしいよ。元は俺たちと共生していたらしいんだけど……」
エラが補足する。
「彼らは昼の明るい時間には活動できないからね。明るい時間は私たちの時間、夜は彼らの時間。だからお互い邪魔しないようにしてるの」
ニコは肩を竦めた。
「化け物って呼び方だけはなんとかなんないかなって思うけどね~。そうとしか言いようがないんだよ」
「へえ、なるほど、そういう習慣なんだね」
「そうさ」
ノアは納得した、と頷いた。
「……ところでニコ、お腹は空いている?」
「残念だけど、あんまりかな」
「そう……実は私もなの。ノアさんは?」
「僕は食事を必要としないから、大丈夫だよ。君たちもそうなの?」
二人は首を横に振った。
「じゃあ食べた方が良いよ」
「でも、ちょっと作るのが面倒だなって思ってしまったの。今までこんなこと無かったんだけど……」
本当なら、初めて会った旅人さんには、自慢のきのこのシチューと甘い果実酒風のジュースを出していたのだけどね、とエラは苦笑した。
「地下に来たからねえ、気が落ちてるのかもしれないね」
困ったように二人は笑う。ノアは少し訝しんだ。
「地下に落ちたら気が落ちるものなの?」
「そんなことは無いけど……それ以外に原因が浮かばないんだよね」
「……ふうん、そっか」
これも、幸せを奪われた結果だったりして。そんな思考がふと頭を掠めた。
「……じゃあ、僕が作るのは? 君ほどの腕はきっとないけど、ご飯を作るのは好きだよ」
「そう? じゃあお願いするわ」
そうしてご飯を食べ、布団を敷いて、眠る。
次の日も、これ以上のことは起こらなかったが、ご飯のことだけ無気力になる彼らを見て、やはり彼らの幸福は食に関係していたのだろうと思った。
再びその道を下っていく。階段なんて無いから、上るのは大変だろうな、なんて頭で考えてしまったばかりに、下に降りるのが少しだけ億劫だった。
「あそこだよ」
ずいぶん下って、下って、今日も辿り着かないのではと疑ってしまったあたりで、小さな声でニコが言った。
見れば確かに、番犬らしき大きな生き物が、そのドアの前にどっかりと寝転がっている。寝顔は苦しそうで、そこらじゅうにかぎ爪のあとがあり、ずいぶん暴れ、疲れてしまっているようだった。
丸くなった尻尾だけが、子犬みたいに、時々ぴくぴく揺れている。
「おお……」
「彼も、夜に活動する化け物の一人なんだ。ただ、他のと違って昼間も活動できるみたい。」
ほう、ともう一度その生き物を見る。化け物。確かに言い得て妙だった。
「いつもはちゃんと言うことを聞いてくれるのだけど……」
「今回ばかりは……」
ニコとエラが顔を見合わせて、ノアの方を改めて見る。不安そうだった。
大丈夫だと言うようにノアは頷いた。
「小さな宙石であれば余っているし、それがなにかの役に立つかもね。でも、それをするには一度近くに寄らなければいけなさそうだ」
まあ、やれるだけやるよ。それに二人が頷いたのを見て、ノアはそこから歩き出した。
姿勢を低くして、そろりそろり。これが合っているかは分からないが、敵意が無いことを示したかった。
それが幸をなしたか、番犬はこちらに気付いているようだったが、静かにノアを待ち続けていた。
「番犬さん、こんにちは。」
がるる。返事の代わりに唸り声がした。
「おやすみのところ、ごめんね。実はいまの君の苦しみの役に立ちそうなものを持っているんだ。」
これを、と宙石を見せた瞬間、番犬は目を見開いて立ち上がった。
間髪入れずにかぎ爪がノアに飛ぶ。ノアも、警戒は怠っていなかった。ひとつ、ふたつ。間を開けてみっつ。避けてしまえば、疲れた番犬はこちらに声を上げる。
「それはなんだ? あの時と同じ光だ! 答えろ! 私たちに何をした!」
ノアはハッとした。宙力がその穴を埋めるなら、幸せを奪ったのだって宙力を使っているだろう。
「それは僕じゃない! 妹なんだ! 僕はそれを止めるために旅をしてるんだ!」
がしゃん。壁にかぎ爪があたって離れる。もう一発と番犬は振りかざした。
「この光は宙力の光なんだ、君たちが失ったのは君たちを形作る感情の核の一つで、おそらくそれは――」
番犬の顔が迫る。近くにその鋭い爪があって、思わず目をつむる。遠くで二人が手を伸ばしているのが見えた。
ギイ。いやな音がする。壁がえぐれたのだろう。しかし、しばらく待ってみても、衝撃は来なかった。
「――それは?」
「……幸福、と呼ばれるものだ」
目を開く。番犬は思ったより離れた場所にいた。後ろを確認すれば、深く抉れた壁が目に入った。
「嘘はついてないようだな。私たちは馬鹿じゃない、それくらいは分かる。」
番犬は話しながらノアに背を向け、扉の前まで歩く。静かな声だった。先ほどとは違い、静かすぎて、聞き取りづらいほどだ。
「私たちは宙力の塊のようなものだ。その分、感情の核は常に剥き出しになっているようなものなのだろう。私たちは深く影響を受けてしまった。自分が死なないよう、壁を攻撃するだけで精一杯だ。」
幸福は、彼にとっては大きな生きる糧だったのだろう。くるりと振り返った番犬は、ノアに頭を下げた。
「すまなかった、旅人よ。ここを通るといい。お前の技術でなんとかなるからここまで来たのだろう。」
「正しくは前の星に行った星の住人のものだけどね。まあ、でも、ほら。頭を上げてよ、番犬さん。」
ノアは笑って、今度はこちらが頭を下げた。
「妹がすまない。君の同胞たちも、きっと苦しんでいるのだろう。……必ず何とかしよう、約束する。」
そうして、隠れていたニコとエラを呼べば、二人は無事でよかったと次々口にした。番犬にも頭を下げて、改めて三人で扉をくぐることになったのである。
扉の中には、部屋を埋め尽くさんとする大きな宙石が鎮座していた。何メートルあるのだろう。とにかく大きくて立派な宙石だ。これであれば、彼らの手助けになるだろう。
「ノアさん、さっき言ってた、幸福がどうとかって……」
「……ああ」
ノアは頷く。
「妹は、幸福を探してるらしいんだ。」
二人は困ったように顔を見合わせた。ノアはその空気を苦笑して流し、さてと切り替えた。
「このスピーカーを使って、この石の宙力を拡散するんだ。そうすることで、足りてない幸福の部分が補われるはずだよ」
そう言って、収納カバンの中からスピーカーの部品を取り出していく。初めて見る技術だったようで、二人はいたく感動していた。
「そんな小さいカバンの中からこんなに大きな部品が出てくるなんて! これはどこの部品?」
「開発したのはうちの国の技術者なんだ。僕の親友でもある。それはこっち」
「へえ、じゃ、あなたも技術者なの?」
「僕は医者だよ。技術方面は難しくて苦手だ。組み立てはできるけどね……」
そんな会話をしながらテキパキと組み立てていく。この部品はこっち。あの部品はあっち。エラが器用だったおかげか、二回目だからか、すんなりと組み立て終えることができた。
「さて、起動するよ」
そうしてそれを動かす。ぐわん、と、大きな音にも似た揺らぎがして、それ以外は特に目立った変化はないが、成功しているだろうか。
「うーん。成功してるかどうかも分からないのが難点だよなあ」
「でもきっとうまくいってると思うわ、ノアさん」
エラがそう声を掛ける。
「だって私、今とても料理がしたいの。戻ったらパーティにしましょう」
嬉しそうに微笑んで、彼女はそう言った。
地上までは、番犬の背に乗り連れて行ってもらった。番犬もすっかり穏やかな顔をしており、それは装置の起動がうまくいったことの裏付けだった。彼は頭を下げて地下へと戻っていく。
「エラの料理、楽しみだなあ! ぼく、すっかりお腹がすいてぺこぺこだよ」
ニコがそんなことを言いながら地上への扉を開ければ、地上は声で溢れていた。無事でよかった。なんだったんだろうね。そうして無事を喜び合う彼らに、安堵のため息が漏れた。
ふと、奥の方が騒がしくなる。王さま。ご無事でしたか。そんな言葉が聞こえてきたと共に、大きなライオンの獣人がこちらに歩いてきているのが見えた。
彼は、三人の目の前で足を止め、しばらくの間、こちらを見つめた。あたりは静まり返っていた。
「エラ、ニコ、ご苦労。こちらの方は?」
「ありがとうございます、王さま。こちらはノアさん。今回の騒動における、救世主です。」
エラが経緯を説明すれば、あたりから拍手が巻き起こった。
「なるほど。それでは、パーティを開かねばならないね」
王さまもまたそう言って拍手をし、いそいそとパーティの準備を始めた。
「王さま、楽しいことが好きなんだ。きっとパーティの気配を察してここまで来たんだよ」
ニコがそうノアに耳打ちする。ノアは緊張していたのがなんだかおかしくなって、思わず笑ってしまった。
*
パーティをするなら、前の星でレオたちにもらった食材も是非使ってくれと船から下ろせば、なにやら貴重なものが多かったようで、悲鳴が上がった。
何も知らず調理もせずに食べていたから、と言ったら怒られた。食に熱い種族である。
パーティではたくさんの料理たちが並び、それを気まぐれに食べては歌って踊りが繰り返された。端っこで眺めていれば踊りに連れ出されるし、料理を食べていればもっと食えと盛られる。
その熱狂ぶりは面白かったが、時間は有限である。
早々に切り上げようとすれば、王さまから止められ、大きな宙石を渡された。
「きっと必要になるだろうから、持っていきなさい」
必要なのはあなたたちではないのか。返そうとすれば「この星は、たまたま宙石にだけ恵まれているから」と押し戻される。ありがたく貰うことにした。
「それじゃ、またね」
「気をつけろよ、ノア!」
「今度は妹さんも連れてご飯を食べに来るといいわ」
「ありがとう、そうするよ」
ニコとエラにも手を振って、船に乗る。
船を飛ばせば、手を振っている住人たちはみんな森の緑に掻き消され、緑の星は遠くなっていった。
船はゆるやかな航行を続けている。この間、ノアには特にやることもないので、うつらうつらと眠気と戦っていた。
そんな時、ふいに船は大きな音を鳴らした。
「なっ、なんだ!?」
慌ててノアは起き上がる。レーダーを見れば、宙力の反応が今までになく大きいようだった。
近い。
慌てて船を動かし、立ち上がる。聞かねばならないことが山ほどあった。
*
ミラが居るのは、特に何も無い星のようだった。文明の滅んだ跡だけが薄らと残るその星の、どこかに、ミラが。
「ミラ! どこにいる!?」
大きな声を上げながらその辺を探し回る。返事は無い。
話したいことがある。聞きたいことがある。なにか、嫌なことがあったなら聞くから。
頼むから返事をしてくれ、と手当たり次第に探す。
視界がちらつく。
大きな光が漏れている建物を、見つけた。
大きな建物だ。
その光の元は最深部にある。
ばち。
ばち、ばち。
ばちばちばち。ばち。
嫌な音がする。
「ミラ!」
ばたん。大きな音を立てて扉を開いた。
「ノア!」
驚いた顔でテオがこちらを振り返る。
その隙にとミラはその手をテオにかざした。
「ミラ、待て!」
ミラは止まらない。
「ミラっ、……テオ、危ない!」
テオの前に飛び出す。それでようやく、ミラの呪文を紡ぐ声が止まった。
「……どうして?」
ミラが首を傾げた。
「どうしてはこっちのセリフだ!」
ノアが吠える。ミラは不思議そうな顔をして、やがて、諦めたように首を横に振った。
「――大丈夫。待っててね、お兄ちゃん」
そう言って、一歩、二歩、後ずさっていく。
「待てミラ、馬鹿!」
慌ててその後を追おうとしたがその時、強い光がミラの手のひらから放たれた。
目を眩ませているうちに、ミラはその場から姿を消してしまった。
「くそっ」
ノアが悪態をつく。それまで呆然としていたテオは、それで我に返ったらしかった。
「ノア……」
テオは、何かを言おうとして、言葉を選んでいるようだった。
「……テオ、一度船に戻ろう。きっと、まだ、そんな遠くにまでは行っていないはずだ」
「……、……そうだな」
しばらく逡巡して、諦めたようにテオが頷く。彼がここまで来たのにも、理由があるのだろう。
*
船に乗り、ミラの宙力の余韻をふたたび追っていく。テオの小さな船も、一緒に乗せることが出来た。
その間、暖かい飲み物をテオに渡して話を聞くことにした。
「テオ、どうしてここまで来たんだ? 何かあったのか」
「……」
テオはそれを受け取り、しばらく黙っていた。
それなりに長く考えていたように思う。そうして、ようやく口を開いた。
「……姉さん、死にかけたんだ」
「や、違う……」
あんまりにも唐突で、有り得ないと思ってしまうような話だった。
彼は少しずつ言葉を漏らす。話を要約すると、彼女の姉は部屋で自死を測ったらしい。
彼の姉は、底抜けに明るくて、いつも誰かを引っ張っていけるような、心優しい性格をしている。何も無く彼女がそんなふうになるとは思えない。
何も無ければ。
「それに、ミラが関係してる?」
「ああ、……お前も」
絞り出すような声だった。
「生きるために、俺たちは宙力を必要とする。それは気持ちと呼ばれたり、心と呼ばれたり、あるいは脳のはたらきと呼ばれたりする。」
「これはお前が教えてくれたことだ。」
ぽつり、ぽつり。言葉が落ちる。肩が震えていた。
「……姉さん、今、それが全部無いんだ。だから……」
そこで、言葉がつっかえた。
「なあ。お前のこと、疑いたくないけど……、本当に何もなかったのか? 妹があんなことする理由、本当に分からないのかよ」
「……ふがいないばかりだよ」
テオは目を合わせようとしなかった。しばらく黙り込んで、立ち上がる。
「ごめん、ノア。俺、頭冷やしてくるよ。冷静になれねえ」
「うん、分かったよ。……ごめんな。」
そう言って外に出ていくテオを、引き留めることはできなかった。
ノアは一つため息をついて、休息を取るべく眠りにつく準備をした。
*
――夢を、見る。
バタバタと走っている。先程までミラの居た建物だ。扉を開ける。扉を開ける。扉を開けた。
「ミラ!」
口から言葉が飛び出す。テオの声だ。つまりこれは、テオの見た光景だろうか。
「……テオ」
「お前っ、よくも俺の姉さんを……!」
ぱちぱち。ふたつ、瞬きをしたミラは不思議そうに首を傾けた。
「……同意の上だったはず。それに、あなたには関係ない」
ショックを受けたようにテオが黙り込む。
「お兄ちゃんを、幸せにしなくちゃいけないの」
「ノアを……?」
「そう。そうじゃなきゃ、嫌だから」
だから、あなたのも貰うね。
ばち、ばちばち。嫌な音がする。ミラが手を翳す。
ばち、ばち――。
――思い出した、ことがある。
遠い遠い、宇宙の果て。
ぽつりと、他の星から隔絶されたように浮かぶ、戦場の星。
その星では、誰か、人がいる気配も無いのに、機械だけが戦闘を続けている。
どん、と大きな音が鳴って、弾ける。ミサイルの雨が降る。
空が赤く光るたびに、窓ガラスがびりびりと震える。
子どものころは、そのたびに泣きそうになっていたのに、今はもう、テーブルの皿が落ちないかだけを気にしている自分がいる。
――こんなふうに慣れてしまった自分が、少し、嫌だった。
それでも、ここに住む人々は、この星を捨てられず、いまだに留まり続けている。
父さんはどこか遠くの星に交渉へ行ったまま、帰ってこない。
母さんは毎日、大変な人たちの手伝いで、家にいることはほとんどなかった。
恨んでいるわけではない。本当だ。
でも、こうして過ぎていく毎日を、自分の中でどう納得させたらいいのか分からなくなってしまった。それだけの、いわば、ため息だったのだ。
「ねえ、ミラ」
「……?」
妹――ミラに話しかける。ミラは少し首をかしげてこちらを見た。
「……僕たちが、もっと平和な星で生きられてたら。もっと幸せになれたのかもしれない。ね、そう思わない?」
「……、……」
ミラは、しばらく口を開けたまま固まり、ぎゅっと膝の上で手を握り合わせていた。
眉を寄せて、口を少し開け、閉じる。何かを言いたげだった。でも、何も言わなかった。
「……なんて、冗談だよ。怒らないで。」
むすくれた表情のミラに笑いかけて、その話はそこで終わった。
それでも。
それでも、ミラと同じテーブルで夕飯を食べて、くだらないことで笑う時間だけは、ちゃんと好きだったのだ。
その時に、ちゃんと話をしておくべきだったのだ。妹だから。家族だから。そんな理由ですべてを分かった気になっていた当時の僕の行いは、大きな後悔を生むことになった。
――その日のうちにミラは姿を消した。
*
「ノア」
テオが呼ぶ声がする。ノア、ノア……。微睡みから少しずつ目覚めて、ぱちり、ぱちりと瞬かせれば、困ったようにテオがこちらを見ていた。
「悪い。色々なことを話したかったけど、言葉じゃ説明できなくて……」
見れたか、と問われて、もちろん、と頷く。
見たものが相違ないことを共有してから、思い出したことも洗いざらい話す。それから、静かにノアは息をついた。
「――僕のせい、だ」
「……、……残念なことに、そうなるんだろうな。」
テオもゆるく首を横に振る。それから、深々とため息をついた。
「まあでも、悪気があった訳じゃないんだろ。」
ノアは頷く。テオも、分かっていると頷いた。
「姉さんのこと、連れてきてるんだ。俺の船にいる。勝手なことはできないようにしてるけど、それも暴力的で嫌だから……」
「うん。もちろん、任せて。今は、緑の星から分けてもらった宙石がたくさんあるんだ」
テオは頷く。そうして、部屋を出ていく彼の後ろを、今度はノアもついて行った。
*
彼女の目は虚ろだった。
今は拘束されているためか動く気も起きないようだが、これがなければ一人になった途端に自死を選ぶのだろう。
大量の宙石をテオの船に運び込めば、ようやく彼女の目に薄く光が灯った。
「テオ……」
彼女――ルイは、まずテオを呼んだ。それから、ごめんね、と細く謝る。普段のハツラツとした彼女からは想像も出来ない声だった。
「別に、いいよ。姉さんに迷惑かけられるのなんていつものことなんだし」
テオがそっぽを向いたままそう言えばルイは少し困ったように微笑んだ。そして、ノアの方を見る。
「ノアくん、ミラちゃんは?」
「……今、僕のために幸せを集めているみたいで」
ノアの言葉を聞いたルイは小さく頷いた。ミラが居なくなったこと。いろんな星で、人々の幸せを集めていること。それによる被害のこと。
それらを共有すれば、ルイはまた頷いて、
「ミラちゃん、まず私に相談しに来てくれたんだ」
そう言った。
「お兄ちゃんは今幸せじゃないんだって言ってるから、幸せになって欲しい、って」
頷く。ルイはゆるく首を横に振った。
「だから私、みんなの幸せを集めてノアくんに渡せたらいいのにね、って言ったんだよ」
少しの沈黙。再び口を開く。
「もっと、ふんわりとした話だったんだ。でもミラちゃんってほら、頭がいいから……」
言葉を濁す。テオがため息を着いた。
「アイツ、俺より機械いじりが上手いんだよな。俺が時間かけて考えた回路を短時間で考えてくる。あんなにガキのくせによ」
知らなかった、そんなこと。そうなんだ、と呟けば、テオにじと、と睨まれた。
「お前たちはいつもコミュニケーションが下手くそだよな」
「……いや、……、……ごめん。分かってるつもりだったんだよ……」
ルイが咳払いをして話を戻す。
「それで、しばらくして、出来たからお試ししてみたいんだっていうから、私、頷いたの。」
「そうしたらこんなことに……、ごめんなさい。私がちゃんと確認するべきだった」
「いや、まず僕があんなふうに言わなきゃ良かったんだ。きっと、もっと他の言い方があったし、もっと話すべきだった。」
「そうだな。」
テオがピシャリと言う。ルイも否定はしなかった。
ノアは頷く。
「だから、もう一度、ちゃんとミラと話したい。分かってくれるかは、分からないけど……。少なくとも、こんなことをして欲しい訳じゃないから」
テオとルイも頷く。テオが意地悪に笑って言った。
「それじゃ、いつミラが見つかってもいいように今から作戦会議でもするか?」
「賛成。ノアくんだけじゃ不安だもの」
ルイもそれに乗っかって、ノアは気まずくて小さくなる他無くなった。
ビーッ ビーッ
船が大きな音を鳴らす。あの時と同じ音。
――ミラの居場所が近い。やはりそう遠くは行っていないようだ。
「作戦会議っつってたけど、そんなに時間はなかったな」
「まあでも、失敗した時の対策は立てられたから良しとしようよ」
テオが立ち上がる。ルイはここから動かない方が良いと思うからと残ることになった。
「ミラちゃんをよろしくね、ノアくん」
「もちろん。」
任せてくれとノアは頷く。だって、元は僕の妹だ。
バタバタと準備をして、船から降りる。船内にはけたたましく音が鳴り響いていて、なんとなく、ミラが待っているような気がした。
テオが船の上でグッドサインを作り、送り出す。
「気をつけろよ。ま、なんとかなるようにするけどな!」
その言葉を背に受けて、ノアは、船から飛び出した。
*
今度こそ、何も無い星だ。文明の跡すら無い、静かで穏やかで小さな星。
ひとつだけ、人工物が建っている。大きな箱のような装置だ。
ミラはその隣で一人佇んでいた。
「お兄ちゃん、待ってた」
「……そんな気がしたよ」
ミラは嬉しそうにこちらを見ている。
「ミラ、その幸せは元の持ち主たちに返すんだ」
「……どうして? お兄ちゃんが幸せになるのに必要でしょう」
「それじゃ僕は幸せになれないよ」
ミラが困惑したように首を傾けている。
「……人から奪った幸せを貰ったとしても、それは僕の幸せでは無いからね」
「……お兄ちゃん」
目を伏せるミラの声は震えていた。
「じゃあ、お兄ちゃんはどうしたら幸せになってくれるの?」
「……僕は、ミラと居られれば幸せなんだよ」
ミラは、一度だけ瞬きをした。
その言葉を、信じたかった。でも――。
「嘘だ!」
ノアが怯む。その隙にミラはその装置のスイッチを入れた。
「ミラ……!」
「お兄ちゃんの幸せの条件って、それだけじゃないでしょう、それくらい分かってるんだから」
「ミラ、やめろ!」
「私はお兄ちゃんを幸せにしたいの!」
そんな言葉と同時、装置が起動する。
幸せが流れ込んでくる。
その機械の無駄のない動きに、ああ、本当にミラは機械いじりの天才なんだな、なんて、場違いにも頭の端で思った。
人々の幸せが頭に入っては抜ける。ああ、頭がおかしくなる。頭がおかしくなる!
これは僕のじゃない。頭が大きく拒否を示しているのに、正気を失うことができなかった。
誰かの誕生日の笑い声。知らない星の、美味しいスープの味。恋人たちの手のぬくもり。
それが全部、ごちゃまぜの熱になって頭に流れ込んでくる。
これは僕のじゃない!
唸るような音が聞こえる。ミラが慌てて駆け寄ってくる。唸るような音が自分の喉から発せられていると気付くまでにそう時間はかからなかった。膝をつく。
永遠にも思える時間を、のたうち回って過ごした。ミラが手を握っていてくれたのだけが、正気の手掛かりだった。
「……お兄ちゃん」
混乱が止まない。頭が痛い。ぐわんぐわんと目眩がして、それでもノアはミラの目を見た。
「ミラ、帰ろう……」
それだけをなんとか言葉にして、ノアの意識は途絶えた。
コミュニケーションは相互にその気がないと成り立たない、とテオは言った。
だから、おそらくミラとの話し合いは上手くいかないだろう、というのが、僕たちの結論だった。
だから、幸せを垂れ流された時、持ち主の元まで戻っていくように、それをキャッチして広げる装置をテオとルイで設計した。
ノアの身体のことまでは、話す時間がなかったため、まあなんとかなる、と雑に送り出された。
そもそも僕たちは、強靭な身体を持っているから。
やんやんと音がする。それが誰かの会話のようだと気付いて、それが徐々に像を結んでいく――。
――目を覚ました。
「ミラ……?」
「……お兄ちゃん」
「おはよう、ノア」
「ああ、大丈夫そうね。良かった!」
テオとルイも顔を出す。……無事に、終わったのだろうか。
「他の星の奴らから連絡があったぜ。要約すると……解決おめでとう、また遊びにおいで、ってな」
「それはあとで確認するといいよ。とりあえずミラちゃんと話がしたいでしょ。私たちは別の部屋にいるから」
二人はミラに目配せをし、出て行った。ミラはこくりと頷いて、こちらに向き直った。
「お兄ちゃん、あのね」
「私も、お兄ちゃんと居れたら幸せなの。……家族、だから」
唯一残った家族だから。ミラはそう言って、少し俯いた。
「だから、お兄ちゃんがもっと他の幸せの形を望むなら、それが良いと思って……」
「探しに行こうと思ってたの」
でも、とミラはひとつ息をついた。
「ルイお姉ちゃんが……みんなの幸せをお兄ちゃんにプレゼントできたらね、って言ったから……それなら出来るな、って思って」
「……でも、こんなことになるなんて思ってなかった……」
「ルイお姉ちゃんも死のうとしたんだって。他の星の人たちにも、大変だったんだって聞いた……」
「ごめんなさい」
そこまで言って、ミラは頭を下げる。ノアは彼女の頭にぽんと手を置いた。
「お兄ちゃんも、ごめんな」
ミラが顔をあげる。ノアは続けた。
「テオに怒られたよ。コミュニケーションが足りてないんだって」
「僕……ちょっと疲れただけなんだ。帰ってくるかも分からない家族を待ち続けるのも、もう跡形もない故郷を眺めるのも」
ミラが頷く。
「ねえ、ミラ。お兄ちゃんはミラと一緒にいれると幸せなんだ。それは本当。だけど、もっと他に、幸せの形があるんじゃないかと思ってる。」
「それを一緒に探さないか。」
「でも……」
ミラが言い淀む。ノアはひとつ頷いた。
「たしかに、ミラがしたことは簡単に許されることじゃない。一歩遅ければ散々な被害になっていたかもしれない。」
「だから、それはちゃんと、謝りに行こう。それで許されるかは彼ら次第だ。許してくれる人も、許してくれない人もいるだろう。でも、それでいいんだ。」
「それから、もう二度とこんなことはしないって、ちゃんと約束して、それを守ろう。そうする他ない。やらかしたことは、やらかしたことだからな」
ミラは少し迷って、頷いた。頷いてから、こう聞いた。
「ねえ、私、まだ幸せになっていいのかな……」
「それは……」
ノアは答えに迷った。でも、とノアは言う。
「僕は、幸せになって欲しいよ。間違ってたとしても、僕たちは家族だから」
「……うん。もう少し、考えてみる。」
それで、ミラはようやくスッキリとした顔になった。覚悟が決まったようで、安心してノアも笑った。
*
ずいぶん遠い所まで来ていたらしい。船は、ゆっくりと星へ向かう。
そんな時。
「お兄ちゃん」
ミラが声を掛けてくる。
「あのね、私、全部終わったら旅に出たいの。私、何も知らないなって思ったから」
「今度は、一緒に考えたいの。私たちの幸せの形って、何なのか。」
だから、と一つ呼吸を置いて、ミラはこちらを伺った。
「……着いてきてくれる?」
「もちろんだよ、ミラ。」
即答だった。呆気にとられたミラの後ろから、テオとルイが出てくる。
「言えたじゃん。おめ~」
「良かったねえミラちゃん!」
「えっ、僕より先に知ってたの!?」
「お兄ちゃんに言うのは緊張すんだってサ~」
テオがからかう。ノアがショックを受けたとばかりに落ち込んだ素振りを見せれば、ミラは慌てて弁明した。
「だって、お兄ちゃん、お父さんとお母さんを待ちたがる気がして……」
「……あ~」
なるほど、とノアが言う。ルイは笑って補足した。
「私たちが、彼らがいつ帰ってきてもいいように、装置を作って置いておくことにしたの。帰ってきたら、それでお互い手紙が送れるようにね。」
「そ。だからモーマンタイってわけ、ちゃんとみんなに謝ったら好きなとこ行こうぜ」
「待って、二人も着いてくるの?」
慌ててノアが言えば、二人は同時に
「もちろん」
「当然」
そう返した。即答だった。今度はノアがあんぐりと口を開けてしまった。
「まあ、ひとまず星にその装置を置いて~、戦闘ロボットをもうちょっと増やして~、ミラの謝罪祭り終わってからの話だな。先は長いぞ」
テオがそう言う。祭りって言うなよ、と突っ込む前に、ミラが大真面目に頷いた。
「私も、頑張る」
「心強いわ、ミラちゃん。」
ルイが笑う。三人が知らないうちに仲良くなっていて、寂しいやら嬉しいやらで、ノアの心境はぐちゃぐちゃだった。
「ああもう、僕の知らないところで仲良くならないでよ!」
「嫉妬~?」
「うるさい!」
ドタバタと今日も騒がしく航行を続ける。
僕たちの小さな船は、きっとこれからも、星々のしあわせのかけらを拾い集めながら進んでいく。それをどんな箱にしまっていくのかは、これから二人で決めればいい。
いつぞやの静かな船内とは違って、今の船は賑やかな声に満ちていた。
おしまい。
畳む
小話
▼ノアとテオの話
>344
▼ノアとミラの話
>345
▼ミラとテオの話
>346
本編 21542文字
宇宙の箱、しあわせのかけら
遠い遠い、宇宙の果て。
ぽつりと、他の星から隔絶されたように浮かぶ、戦場の星。
この星では、誰か、人がいる気配も無いのに、機械だけが戦闘を続けている。
どん、と大きな音が鳴って、弾ける。ミサイルの雨が降る。
それでも、ここに住む人々は、この星を捨てられず、いまだに留まり続けている。
僕たちは、そんな攻撃で簡単に死ぬような種族ではない。
だから――小さな妹と二人だけでも、生きていける。
父さんはどこか遠くの星に交渉へ行ったまま、帰ってこない。
母さんは毎日、大変な人たちの手伝いで、家にいることはほとんどなかった。
恨んでいるわけではない。
でも、こうして過ぎ行く毎日を、どう納得させたら良いのか分からなくなってしまった。それに少し疲れてしまった頃――。
――妹のミラが、姿を消した。
*
戦闘区域をかき分け、戦場の喧騒が少し落ち着いている、当分の間は平穏に過ごせそうな――昔、首都であったところ。
一隻の大きな船が、廃墟から突き出るように鎮座している。
その船を眺めて、青年が二人佇んでいる。
焼けた肌の青年はノア。そして隣に立つ銀髪の青年は、ノアの親友・テオだ。
「……な、大きな船だろ。姉さんと頑張ったんだぜ。」
テオは大きく胸を張った。確かに立派で大きな帆船だ。肯定の相槌を打てば、そうだろうとテオはさらに胸を張る。仰け反らんばかりだ。
「こんな大きな船、借りちゃっていいの? それに……」
「だーもう! いいって言ってるだろ~? どうせ機械音痴だから~とか言うんだろうけど、お前の妹のこともかかってんだからな!」
……全部お見通しのようだ。
ミラが失踪したその日。その足で親友のテオの家へ駆けこみ、事情を説明したのが今朝のこと。少なくとも、その辺で野垂れ死ぬほどやわな種族ではないだろうと信じ、テオお得意の機械を使って周辺を調べ回ったのが、ついさっきまでのことだ。
「宙力に余韻が残るなんて知らなかったな。この船なら、それを追うことができるの?」
「そのとーり!」
び、と指を立ててテオは言う。曰く、ミラにも開発を手伝ってもらっていたから、その分彼女の宙力――言い換えるならば魔力――の色が記録されているのだという。
いつの間に。確かに最近入り浸っているなとは思ってはいたが。
テオ曰く、その宙力の余韻は、この星の外まで続いているのだそうだ。信じがたいことだが、テオはこんな時まで冗談を言うやつではない。
ミラは、この星から出て行ってしまった。
まだまだ子供のあの子を一人にしておくわけにはいかない。それに、もし何かに巻き込まれていたら。
僕は、ミラを追って旅立つことにした。
*
テオの案内で船内に入り、簡単に船の操縦を教わってから、雑に物資を運び込む。例えば寝袋。灯り。食料は娯楽なので少しで良い。
そのまま、テオに見送られながら、あっさりと旅立ちの時はやってくる。
「気をつけろよ、ノア。ミラも、何かに巻き込まれてるかもしれないから、覚悟して行け。」
そう言ったテオに見送られながら、ゆっくりと船は浮上する。
ミラは、どうして星の外まで行ってしまったのか。もしかしたら、なにかに巻き込まれているかもしれない。
早く、早く会って、話して、それで――
そのあとのことは、そのあと考えよう。
時間の流れが少し変わる航路があって、星間移動は意外と早いのだと、テオは言った。
ミラの宙力を追い、最初にたどりついたのは、小さな小人たちが暮らす「積み木の星」だった。
ブロックみたいな家。ちょこまか動くロボットたちが、小人たちの生活を支えているらしい。
それにより、どこか、おもちゃ箱みたいな風景が広がっている――その、はずだった。
「……おかしい」
この星は、こんなに静かな星ではなかったはずだ。もっとガチャガチャとにぎやかで、どちらかと言うとやかましくて……。
オイルの匂いと、笑い声と、金属音がごちゃまぜになって、それがこの星のいつもの朝だったはずだ。頭に過去の記憶を何度浮かべようと、記憶と視界は合致しない。
ひとまず、船をそこで停め、地上に降り立てば、一人の住人がそこで座り込んでいた。
「ねえ、急に声をかけてごめんね。大丈夫?」
「……」
返事はなかった。どこかぼんやりとこちらを見つめ返してくるその視線は虚ろだ。どう考えても、尋常な様子ではなかった。
続けて様子をみようと声を掛けつつ手を伸ばす。そのとき、ずん、ずん、と低い音を立てて何かが近づいて来ているのが分かった。
息を詰める。なんだってこの星には、そんなに大きな生き物はいなかったはずだが――?
ふ、と背後から影が差した。
ノアと同じくらいの大きさの、無人のロボットだ。普段は小人たちが乗り回しているもの。
ではなぜ急にロボットが現れたのだろう? 疑問に思う間もなく、ロボットはその硬い腕を振りかぶって――。
がしゃん。大きな音。
間一髪でそれを避けたノアは、慌てて走り出す。ああ、この星の道が広くてよかった。
がしゃん。ずん、ずん、ずん。音を立ててロボットはノアを追う。
「ねえ! 僕は敵じゃないから追いかけないでよ! 妹を探しに来ただけなんだって!」
慌ててノアが言う。機械に言葉は通じない。
「僕が誰かを踏んづけちゃったらどうするんだよ!」
走りながらそう言って、気づく。そこら一帯に住人は一人も見当たらない。
いや、どうして誰もいないんだ。この静けさがいちばん怖い!
警戒は緩めず、走る。だって、住人とノアの身長差では、踏まれた住人の方はただでは済まないだろう。
人を殺したいわけではないのだ。ただ、ミラを探しに来ただけ。
しかし、こうなってはどうしようもない。このロボットを破壊するか。そうでもしなければ、僕の体力が先に尽きそうだ。
いや、でも、しかし。と、考える。このロボットを破壊した場合、その責任はどこに向かうんだろう!?
ウンウンと悩んでいれば、気付けば行き止まりに辿り着いていた。振り返る。ロボットはすぐそこに迫っている。
数発では死なないだろう。だが、急所を狙われる可能性は十分にある。
ええい、ままよ。このまま戦うしかない、と懐から武器を取り出そうとしたその時、
「待った!」
誰かがそう叫ぶ。ロボットの動きが鈍くなる。その隙を利用して、もう一体――小人の乗った、一回り小さなロボットがノアの前に立った。
「この旅人さんには、本当に悪意は無さそうだ。少なくとも、殺す必要は無いと思うよ!」
観察されていたのか、それとも。その小人がそう言えば、そのロボットは振り上げた腕を大人しく下げ、またずんずんと音を立ててどこかへ行ってしまった。
その小人の乗ったロボットは、改まってこちらを振り返る。
「ええと、君は……?」
「いや、いや、ごめんね。ちょっと……こちらの事情で、いきなり諸手を上げて歓迎という訳にはいかなかったんだ。許しておくれ」
その小人はロボットからぴょんと飛び降り、恭しく礼をする。彼の名前はレオと言うらしい。
実は、と前置いて彼は話した。
「見ての通りなんだけど……今、この星は大きなピンチを抱えているんだ。人々が、無気力になってしまっているみたいで」
レオは、困ったように頬をかいて、少し唸る。何かを言うべきか悩んで、また口を開け、閉じる。
「……言いにくいことがあるのなら、別に言わなくてもいいよ」
そう声を掛ければ、レオは決心がついたように顔を上げ、こう言った。
「君に似た人が、この星を訪れた形跡があってね。」
「それから、らしいんだ。本来、この星はこんなに静かな場所じゃない。妹を探しているんだろう?」
それに、なにか心当たりがないか。それが聞きたいのだろうが、生憎ノアはその答えを持ち合わせて居なかった。
「彼女は、一人で?」
「そうみたいだよ」
だとすれば、妹が自分で選んだことのようだった。何故、どうして。いろんな言葉が浮かんでは消える。でも、ひとつ答えられるのは、
「それを、探しに来たんだよな」
ミラがどうしてそんなことをしているのか。どうして、星を出ていってしまったのか。
そう、少なくとも、その答えを探しに来たのだ。
「そっか、君にも、分からないんだね……」
困ったなあ、とレオは唸った。
「……実は、僕、元の星では医者みたいなことをやってたんだ。と言っても、まだまだ勉強中の身なんだけどさ。さっきは、そこで倒れてた住人さんを診ようとしてたんだけど……。」
「なるほど、それでロボットに襲われたんだな。」
レオが納得したように頷く。その後、小さなカギをノアに手渡した。
「おれ、向こうの屋敷にな、住人たちを集めてるんだ。のざらしじゃかわいそうだと思って」
非礼は詫びる。だから、彼らのことを診てくれないか。そう言ってレオは頭を下げた。
「……、ありがとう。確かに、風邪をひいてしまうかもしれないからね、良い判断だと思う。」
任されたよ、とノアは頷いた。
レオも頷いて、再びロボットに乗り込んだ。残りの住人たちを探しに行くらしい。大丈夫だと思うけど、気を付けて。そうノアに伝えると、そのままロボットは歩き出していった。
*
「……奇妙な現象だな」
診る、とは言ったって、違う種族を診たことなんてなかった。ひとまず、と、声を掛けながら体の異常を確認していく。だいたいは、特に異常なさそうだ。だとすれば、問題は内側にあるのだろう。宙力が足りていないのかもしれない。そう思って、持ってきていた宙石を近づけてみる。――瞬間、瞼が震え、その人はこちらを向いた。
「……旅人さん?」
「そうだよ、驚かせてごめんね。ねえ、ここで何があったか、知らない?」
「いいえ……。意識はあったから、さほど驚いてはないのよ。」
彼女はしばらく困ったように黙って、再び口を開いた。
「その……、貴方に似た女の子が、この星に来てくれたの。たくさん歓迎して、それで、やりたいことがあるんだっていうから、みんな、なにも聞かずに協力したの。そうしたら、……その」
「こうなってたってわけか……。そう聞くと、全部は彼女のせい、なんだろうな」
ノアがそう呟くと、彼女は視線をさまよわせた。
「ねえ、あなたは彼女の知り合いかしら。どうか気を落とさないで。彼女、ずいぶん思いつめた顔をしていて、私たちも、心配だったから手伝っただけなの。ちゃんと話を聞くべきだったわ、……ごめんなさい」
「これが私を起こしてくれたの? まるで意識はあるのに寝てるみたい。体が動かなくて、心がなんだかさみしいの。だから、やりたいことが浮かばなくなって、体を動かす気もわかないんじゃないかしら。」
そこまで話すと、カタンと音がした。振り返れば、レオが、何人かの住人たちを運び込んでいるようだった。
宙石を彼女に渡し、手伝うよと声を掛ける。レオの話によれば、これで全ての住人は避難させることができたようだった。
「レオさん、無事だったのね」
「おお、喋れるようになってる!?」
「彼のおかげよ。」
「いや、どれかといえばこれかな。宙石っていうんだ。」
それを彼女から離しすぎないよう拾い上げる。そういえばとふと浮かんだ疑問を口にした。
「レオはなんで無事だったの?」
「仕事だったんだよ。まったく、運がいいのか悪いのか」
レオは肩をすくめてそう言った。ピンと来なくて首を傾げれば、レオは重ねてこう補足した。
「ほかの星に食料調達に行ってたんだよ。」
なるほど、とノアは頷いた。
「それで、原因は分かったの?」
レオがそう聞く。ノアは少し唸った。解明にまで至ったわけでは、ない。けれど、きっと、宙力で何とかなるということは、気持ち、とか、心、とか、あるいは、脳のはたらき、とか。そういうところに原因があるのだろう。これがノアの推測だ。
宙力の量は、その時の感情により左右される。だとしても、ここまで大勢が、一気にとなると、それはその人の核となる部分なのだろう。
人の、核となる部分。それに影響を及ぼす何か。少なくとも、それが特定できない以上は、宙石でなんとかするしかない、が。
「そんな大きな宙石なんて滅多にないし、分け合うのも難しいだろうね」
「え――!! あんた、医者なんだろ、諦めずになんとかしてくれよ!」
「いや、もちろんそのつもりだけど……。」
もしかしたら、ミラがしでかしたことでもあるのだろうし。困っている人を放ってはおけない。にしたって、何の案も浮かばないのだから仕方がないだろう。
宙力を分け与えるもの。大きな宙石があれば、一時はしのげるだろうが……。もっと燃費が良く、宙力を分配する方法とすれば? うんうんと悩んでいれば、ふと、レオがこうこぼした。
「こう……、なんか、宙力が、ガ――っと広がればいいのにな。」
「ガ――ーっとって……」
そういえば、そういうものをミラが作っていた記憶がある。あれは確か、音を広げるものだった。どんな形状で、どんな構造をしていたか。
懐からメモ帳を取り出し、ぐりぐりと描き出していく。ああ、もう、こういうのは妹の方が得意なのに!
それを覗きこんでいたレオが、納得したような声を出した。
「ああ、なるほど。スピーカー!」
「それだ!」
スピーカー。拡声器。あとは、それを宙石に当てはめ、構造を改めて再構築して、……。
「……、できた?」
「破綻はしてないと思うけど……。自信はないや」
「とりあえず作ってみよう。だいじょうぶ、資源はそれなりにあるんだ」
それなら、と頷く。ようやく希望が見えた気がした。
*
小人たちのものづくりの技術力はとても高い。
レオは、あっという間に宙力スピーカーを制作し終わったどころか、いくつか余分に予備まで渡してくれた。
「もしほかの星もこんなになってたら困るからな~。ノア、妹さんのためにほかの星にも行くんだろ?」
「ためっていうか……。まあ、そうだよ。」
「じゃあそこで必要になるかもしれないし、持って行ってくれよ」
「……ありがとう、助かるよ。」
それを受け取って、宙力で船の中へ転送する。さて、とレオに向き直れば、大きな宙石を一生懸命運ぼうとしているところだった。
「……運べる?」
「悔しいけど、無理かも……」
それを手伝って、街の中心部、噴水広場までたどり着く。静かな街は、何度行き来しても不気味だったが、これがうまくいけば。
宙石をそこに置く。悪戦苦闘の末、なんとかその大きなスピーカーをセットして、あとはスイッチを入れるだけだった。
「頼む……!」
レオが祈りながらスイッチを押す。その瞬間、ぐわん、と、大きな音にも似た揺らぎが二人を襲ったが、それ以上のことは何も起こらなかった。
「……成功したのかな。少なくとも、拡散はされてるんだろうけど」
「ほんとうに? あ、もしかして、さっきの揺れみたいなのがそれなのか?」
「宙力って、めちゃくちゃ簡単に言えば振動に似たものだからね。おそらくはそう、かな」
なるほど、とレオが頷く。ひとまず、二人で住人たちの様子を見に行くことにした。
*
ロボットたちがガシャガシャと歩き回っている中を、屋敷まで歩いて進んでいく。
「もしかしたら、上手くはいってないかもしれないね」
ノアはぽつりと呟いた。
「どうして?」
「宙力を増幅させるための媒体が必要なんじゃないか、って思ったんだ。」
それはきっと、影響を及ぼされている元のなにかしらに、強く紐づいたアイテムだとか、あるいは思い出だとか、そういうもの。
「そうでないと、宙石に宿った宙力もすぐ尽きちゃうだろ?」
「……それは、無いよ」
レオはまっすぐ前を向いて言った。
「だっておれたち、そんな弱くないし。それに、生きていく力っていうのは、勝手に作り出すものだから。」
動けるようになったら、そういう類のものは、きっと、勝手に見つかるって、信じてる。
そう言って、レオは笑った。
屋敷に着けば、中がざわざわと騒がしいようだった。宙力スピーカーの開発が、成功したことの裏付けだった。
顔を見合わせ、扉を開ける。
住人たちが、一斉に静まり返ってこちらを見た。
「ああ、紹介するよ。彼はノア。妹さんを探しに来たんだって。この事態を解決してくれたのは、彼だ」
レオが安心させるようにそう言えば、わあっと拍手が上がる。
その後、わいわいとそれぞれ好き勝手に喋り出した。ようこそ。よく来たね。タイミングが悪かったね。お礼は何がいい? そんなふうに騒がしくなる中、近くにいた住人がノアにこう言った。
「あの女の子は妹さん?」
その言葉にまた、少しだけ喧騒が止む。
「……おそらくは、ね」
「そう……。さっきまで話してたんだけど、どうやら、彼女は私たちの幸せを欲していたらしいの。」
その言葉に、ガンとショックを受ける。幸せを? ミラが? わざわざ、人から奪い取るほど?
「理由は分からないのよね。……彼女、本当に必死だったの。私たちは大丈夫だから、彼女を救ってあげて欲しいわ」
「……そ、それは、もちろん。……その、それ以上になにか言ってた?」
「いえ……。私たちの症状を、総括した結果がそうだった、ってだけなの。やりたいことがあるって言ってた。それ以上のことは知らないわ」
「そっか、いや、ありがとう。」
彼女は、少し心配そうな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。
レオも、「ま、きっと大丈夫だ」と軽く背を叩くに留め、それ以上に何かを言うつもりはないようだった。
*
それなりの量の食料、宙力スピーカーと、小さな花束。
船にありったけたくさんの感謝を詰め込まれ、それらをどう消費しようか悩みながら旅立つ。
ミラは、なにをしたくて、みんなの幸せを奪っているんだろう。
彼女にそのつもりがなくても、やってることはそれと相違ない。その自覚があって? いや、そんなはずはない。
彼女は、どこまでも優しい女の子なのだ。
この旅は、今まで経験したことの無い苦難の旅になるのだろう。
文面だけ見ればわくわく出来そうな事象でも、実際こうして苦難に見舞われると話は変わるものだ。
なんだか少し気が重くなった。
それでも、進まなければならない。ミラを見つけなければ。
この旅は、続いていく。
船は静かに進んでいく。ごうんごうんと鳴る音はそれなりに心地良く、ぼうっとしていれば眠ってしまいそうだ。
貰った食料を食べながら考えてみても、ミラの目的なんて皆目検討もつかなかった。
星が襲撃された日の、驚きと悲しみがないまぜになったような、複雑な気持ちが、ずっと続いていた。
それでも生きる限り生活は続いていくので、変わらず長めの睡眠と、娯楽とは言えもらってしまった食べ物の消費に勤しむ日々である。
次の星は、緑の星。獣人たちの住む、木々が沢山生えた原生林の広がる美しい星だ。確か、野菜などの食料資源が豊富で、それぞれに余裕がある心優しい星だと聞いたことがある。
彼らにとっては食は娯楽ではないのだ、とも。もしかしたら、貰ってきた食料がなにかの役に立つかもしれない。
ぼうっと窓の外を見る。もうそろそろ到着しそうだ。緑の光を発する星が、ぐんぐんと近づいているのが見えた。
次の星では、何も問題が起きていないといいな。
そう祈りながら、ノアは出発の準備をすることにした。
*
緑の星に辿り着いた。
前回のようになにかに襲われないよう、警戒しながらその地に降り立つ。
葉っぱのあいだから光がさして、どこからか美味しいにおいが漂ってくる。
スープの匂い、焼けたパンの匂い、それから、甘く煮た果物の匂い。
胃袋を持たない僕でさえ、お腹が鳴りそうな気がした。
文字通り、噂通りの美しい星だった。
だというのに、その森の中には、たくさんの人がただ座りこんで、ぼんやりと空を見上げている。
「……」
この星にもミラが来て、幸せを奪っていったのだろうか。
「あら、旅人さん?」
「!」
ふと、黄色い猫のような、狐のような、耳の生えた獣人に声を掛けられた。
「……君は話せるんだね、はじめまして。僕はノア、妹を探しに来たんだ。」
そう話せば、彼女は困ったように頬に手を当てた。
「妹さんを? それなら間が悪いかもしれないわ。見ての通りよ、もう大変なことになってるんだから……」
やはり、ここでもミラは何かを起こしたようだ。
「うーん……、まあ、それの解決も、目的のひとつかな」
不思議そうに彼女はこちらを見つめる。ノアはそれを苦笑して流し、彼女に言った。
「君はどうして被害を免れたの?」
「地下に居たからだと思うわ。私たち、地下で食料を育ててるから、その時地下にいた私たちは無事だったんだけど……。」
「こうなった原因も、治し方も分からない、と?」
「そうね」
そこまでは、前回と同じだ。確認しつつ、頷く。
「実は、なんとかできるかもしれないんだ。前の星でも、似たような場面に遭遇したからね。」
ぱちくり、と目を瞬かせてから、彼女は首を傾げた。
「そうなの? ……ああ、自己紹介を忘れていたわね、ごめんなさい。私はエラ。この森で料理人をやっているの。」
エラは困った顔で続けた。
「私一人で、あなたを信用するかどうかを判断するのは、とても難しいわ。もうひとり、頼れる人を連れてきてもいい?」
もちろん、とノアは頷いた。
*
「ノア……さん、こちらはニコ。」
そう言って紹介されたのは、長い耳の兎の獣人だった。
「どうも。よろしくね、ノア。」
「うん、よろしく。」
ニコは頷いて、ノアと握手を交わした。彼も、エラと同じように地下に居たらしい。
「妹さんを探してるそうなの」
エラが補足する。ニコは目を瞬かせた。
「へえ、妹を? それでこの星に?」
「あー……、いや、まだ確定ではい……と信じたいんだけど、妹がこの事態を引き起こしたかもしれなくて」
「ええ?」
困ったようにニコとエラが顔を見合わせる。
「えっと、そうなるともっと信頼出来ないのは分かってるんだけど……。兄として、見過ごしておけないんだ。あいつは、唯一の家族なんだよ」
それを聞くと、しばらく二人は黙り込んで、改めてノアの目を見て、顔を合わせた。
「……分かった。今は信じるけど、変なことしたら許さないからな」
「うん、もちろん。ありがとう」
ほ、と肩を撫で下ろしたノアを見て、二人は複雑そうな顔をしていた。
「へえ、じゃあ、この装置で宙力を広げれば解決するかもしれないってこと?」
「話が早くて助かるよ」
ノアの説明に、感心したようにニコは言った。
「でも、これだけの規模じゃ、僕の手持ちの宙石では足りないかもしれないな……」
ノアが言う。この星に宙石があればいいが、とエラを見れば、
「宙石なら、地下に行けば取れるはずだわ」
と答えが返ってくる。
「それじゃ、取りに行く他無さそうだな」
「でも、きっと大変な道になるわ。」
「どれくらい?」
エラとニコは言葉を重ねてこう言った。
「一泊しなきゃいけないくらい」
「ええっ」
ノアは驚いて、それから首を傾げた。
「そんなに!? どこにあるの?」
「地下にあるの。宙石は貴重だから簡単には盗めないように保管されてる」
「まあ、この事態だから、番犬との戦闘は避けられないだろうね」
ニコとエラは揃って首を横に振る。番犬たちは何故か暴れ出しており、手が付けられない。
かつ、彼らは戦闘は得意ではないのだそうだ。
かくいうノアも戦うのは得意ではない。が、ここまで来たらやるしかないだろう。
「じゃあ、戦う時は僕が行くよ。二人は隠れててくれていい。その後、宙石をとる時はついてきてくれる?」
「え、そこまでするか?」
「うん」
ノアは頷いた。それから、
「じゃ、準備が出来たら行こう。きっと大丈夫だ」
と声を掛けた。二人もさっさと準備を済ませ、地下へと向かうことにした」
*
地下は広い。どこまでも続く似たような道に、ところどころドアが設置されている。
その先には大きな空間があり、大切な資源が保管されているのだと、エラは説明した。
会話もそう長くは続かない。静かな道の中に靴の音だけが反響している。
もうずいぶん長いこと歩いた気がする。ドアもいくつ通ってきたか分からない。
そろそろ休憩をした方がいいか、と思案し始めたところで、手前のドアにエラが駆け寄った。
「今日はもう休みましょう。夜に地下に居るのは危険だから」
「そうだね。ノア、夜の地下は危ないんだ。沢山の化け物が徘徊するから」
「ええっ、そうなの!? ……気になるけど、危ないならとりあえず入ろうか。今が何時かも分からないし」
こくり、頷いた二人の背を追い掛けて、そのドアの中に入る。
ドアの中は小さな宿のような内装だった。簡単なものなら作れそうなくらいの大きさのキッチン、ちょっと狭い寝床。必要最低限転がっている趣味の様々な備品は、今まで使用した人々が残していったのだろう。
「まあ、まだ夕方頃だと思うけどね」
「でも、ご飯を食べるなら今の方がいいわ。彼らは音に敏感なの」
そう言いながらエラは料理の準備をする。そういえば、彼女は料理人だと言っていた。
「……その、化け物っていうのは」
おそるおそるノアが聞く。それにはニコが答えた。
「元々この星に住み着いていたらしいよ。元は俺たちと共生していたらしいんだけど……」
エラが補足する。
「彼らは昼の明るい時間には活動できないからね。明るい時間は私たちの時間、夜は彼らの時間。だからお互い邪魔しないようにしてるの」
ニコは肩を竦めた。
「化け物って呼び方だけはなんとかなんないかなって思うけどね~。そうとしか言いようがないんだよ」
「へえ、なるほど、そういう習慣なんだね」
「そうさ」
ノアは納得した、と頷いた。
「……ところでニコ、お腹は空いている?」
「残念だけど、あんまりかな」
「そう……実は私もなの。ノアさんは?」
「僕は食事を必要としないから、大丈夫だよ。君たちもそうなの?」
二人は首を横に振った。
「じゃあ食べた方が良いよ」
「でも、ちょっと作るのが面倒だなって思ってしまったの。今までこんなこと無かったんだけど……」
本当なら、初めて会った旅人さんには、自慢のきのこのシチューと甘い果実酒風のジュースを出していたのだけどね、とエラは苦笑した。
「地下に来たからねえ、気が落ちてるのかもしれないね」
困ったように二人は笑う。ノアは少し訝しんだ。
「地下に落ちたら気が落ちるものなの?」
「そんなことは無いけど……それ以外に原因が浮かばないんだよね」
「……ふうん、そっか」
これも、幸せを奪われた結果だったりして。そんな思考がふと頭を掠めた。
「……じゃあ、僕が作るのは? 君ほどの腕はきっとないけど、ご飯を作るのは好きだよ」
「そう? じゃあお願いするわ」
そうしてご飯を食べ、布団を敷いて、眠る。
次の日も、これ以上のことは起こらなかったが、ご飯のことだけ無気力になる彼らを見て、やはり彼らの幸福は食に関係していたのだろうと思った。
再びその道を下っていく。階段なんて無いから、上るのは大変だろうな、なんて頭で考えてしまったばかりに、下に降りるのが少しだけ億劫だった。
「あそこだよ」
ずいぶん下って、下って、今日も辿り着かないのではと疑ってしまったあたりで、小さな声でニコが言った。
見れば確かに、番犬らしき大きな生き物が、そのドアの前にどっかりと寝転がっている。寝顔は苦しそうで、そこらじゅうにかぎ爪のあとがあり、ずいぶん暴れ、疲れてしまっているようだった。
丸くなった尻尾だけが、子犬みたいに、時々ぴくぴく揺れている。
「おお……」
「彼も、夜に活動する化け物の一人なんだ。ただ、他のと違って昼間も活動できるみたい。」
ほう、ともう一度その生き物を見る。化け物。確かに言い得て妙だった。
「いつもはちゃんと言うことを聞いてくれるのだけど……」
「今回ばかりは……」
ニコとエラが顔を見合わせて、ノアの方を改めて見る。不安そうだった。
大丈夫だと言うようにノアは頷いた。
「小さな宙石であれば余っているし、それがなにかの役に立つかもね。でも、それをするには一度近くに寄らなければいけなさそうだ」
まあ、やれるだけやるよ。それに二人が頷いたのを見て、ノアはそこから歩き出した。
姿勢を低くして、そろりそろり。これが合っているかは分からないが、敵意が無いことを示したかった。
それが幸をなしたか、番犬はこちらに気付いているようだったが、静かにノアを待ち続けていた。
「番犬さん、こんにちは。」
がるる。返事の代わりに唸り声がした。
「おやすみのところ、ごめんね。実はいまの君の苦しみの役に立ちそうなものを持っているんだ。」
これを、と宙石を見せた瞬間、番犬は目を見開いて立ち上がった。
間髪入れずにかぎ爪がノアに飛ぶ。ノアも、警戒は怠っていなかった。ひとつ、ふたつ。間を開けてみっつ。避けてしまえば、疲れた番犬はこちらに声を上げる。
「それはなんだ? あの時と同じ光だ! 答えろ! 私たちに何をした!」
ノアはハッとした。宙力がその穴を埋めるなら、幸せを奪ったのだって宙力を使っているだろう。
「それは僕じゃない! 妹なんだ! 僕はそれを止めるために旅をしてるんだ!」
がしゃん。壁にかぎ爪があたって離れる。もう一発と番犬は振りかざした。
「この光は宙力の光なんだ、君たちが失ったのは君たちを形作る感情の核の一つで、おそらくそれは――」
番犬の顔が迫る。近くにその鋭い爪があって、思わず目をつむる。遠くで二人が手を伸ばしているのが見えた。
ギイ。いやな音がする。壁がえぐれたのだろう。しかし、しばらく待ってみても、衝撃は来なかった。
「――それは?」
「……幸福、と呼ばれるものだ」
目を開く。番犬は思ったより離れた場所にいた。後ろを確認すれば、深く抉れた壁が目に入った。
「嘘はついてないようだな。私たちは馬鹿じゃない、それくらいは分かる。」
番犬は話しながらノアに背を向け、扉の前まで歩く。静かな声だった。先ほどとは違い、静かすぎて、聞き取りづらいほどだ。
「私たちは宙力の塊のようなものだ。その分、感情の核は常に剥き出しになっているようなものなのだろう。私たちは深く影響を受けてしまった。自分が死なないよう、壁を攻撃するだけで精一杯だ。」
幸福は、彼にとっては大きな生きる糧だったのだろう。くるりと振り返った番犬は、ノアに頭を下げた。
「すまなかった、旅人よ。ここを通るといい。お前の技術でなんとかなるからここまで来たのだろう。」
「正しくは前の星に行った星の住人のものだけどね。まあ、でも、ほら。頭を上げてよ、番犬さん。」
ノアは笑って、今度はこちらが頭を下げた。
「妹がすまない。君の同胞たちも、きっと苦しんでいるのだろう。……必ず何とかしよう、約束する。」
そうして、隠れていたニコとエラを呼べば、二人は無事でよかったと次々口にした。番犬にも頭を下げて、改めて三人で扉をくぐることになったのである。
扉の中には、部屋を埋め尽くさんとする大きな宙石が鎮座していた。何メートルあるのだろう。とにかく大きくて立派な宙石だ。これであれば、彼らの手助けになるだろう。
「ノアさん、さっき言ってた、幸福がどうとかって……」
「……ああ」
ノアは頷く。
「妹は、幸福を探してるらしいんだ。」
二人は困ったように顔を見合わせた。ノアはその空気を苦笑して流し、さてと切り替えた。
「このスピーカーを使って、この石の宙力を拡散するんだ。そうすることで、足りてない幸福の部分が補われるはずだよ」
そう言って、収納カバンの中からスピーカーの部品を取り出していく。初めて見る技術だったようで、二人はいたく感動していた。
「そんな小さいカバンの中からこんなに大きな部品が出てくるなんて! これはどこの部品?」
「開発したのはうちの国の技術者なんだ。僕の親友でもある。それはこっち」
「へえ、じゃ、あなたも技術者なの?」
「僕は医者だよ。技術方面は難しくて苦手だ。組み立てはできるけどね……」
そんな会話をしながらテキパキと組み立てていく。この部品はこっち。あの部品はあっち。エラが器用だったおかげか、二回目だからか、すんなりと組み立て終えることができた。
「さて、起動するよ」
そうしてそれを動かす。ぐわん、と、大きな音にも似た揺らぎがして、それ以外は特に目立った変化はないが、成功しているだろうか。
「うーん。成功してるかどうかも分からないのが難点だよなあ」
「でもきっとうまくいってると思うわ、ノアさん」
エラがそう声を掛ける。
「だって私、今とても料理がしたいの。戻ったらパーティにしましょう」
嬉しそうに微笑んで、彼女はそう言った。
地上までは、番犬の背に乗り連れて行ってもらった。番犬もすっかり穏やかな顔をしており、それは装置の起動がうまくいったことの裏付けだった。彼は頭を下げて地下へと戻っていく。
「エラの料理、楽しみだなあ! ぼく、すっかりお腹がすいてぺこぺこだよ」
ニコがそんなことを言いながら地上への扉を開ければ、地上は声で溢れていた。無事でよかった。なんだったんだろうね。そうして無事を喜び合う彼らに、安堵のため息が漏れた。
ふと、奥の方が騒がしくなる。王さま。ご無事でしたか。そんな言葉が聞こえてきたと共に、大きなライオンの獣人がこちらに歩いてきているのが見えた。
彼は、三人の目の前で足を止め、しばらくの間、こちらを見つめた。あたりは静まり返っていた。
「エラ、ニコ、ご苦労。こちらの方は?」
「ありがとうございます、王さま。こちらはノアさん。今回の騒動における、救世主です。」
エラが経緯を説明すれば、あたりから拍手が巻き起こった。
「なるほど。それでは、パーティを開かねばならないね」
王さまもまたそう言って拍手をし、いそいそとパーティの準備を始めた。
「王さま、楽しいことが好きなんだ。きっとパーティの気配を察してここまで来たんだよ」
ニコがそうノアに耳打ちする。ノアは緊張していたのがなんだかおかしくなって、思わず笑ってしまった。
*
パーティをするなら、前の星でレオたちにもらった食材も是非使ってくれと船から下ろせば、なにやら貴重なものが多かったようで、悲鳴が上がった。
何も知らず調理もせずに食べていたから、と言ったら怒られた。食に熱い種族である。
パーティではたくさんの料理たちが並び、それを気まぐれに食べては歌って踊りが繰り返された。端っこで眺めていれば踊りに連れ出されるし、料理を食べていればもっと食えと盛られる。
その熱狂ぶりは面白かったが、時間は有限である。
早々に切り上げようとすれば、王さまから止められ、大きな宙石を渡された。
「きっと必要になるだろうから、持っていきなさい」
必要なのはあなたたちではないのか。返そうとすれば「この星は、たまたま宙石にだけ恵まれているから」と押し戻される。ありがたく貰うことにした。
「それじゃ、またね」
「気をつけろよ、ノア!」
「今度は妹さんも連れてご飯を食べに来るといいわ」
「ありがとう、そうするよ」
ニコとエラにも手を振って、船に乗る。
船を飛ばせば、手を振っている住人たちはみんな森の緑に掻き消され、緑の星は遠くなっていった。
船はゆるやかな航行を続けている。この間、ノアには特にやることもないので、うつらうつらと眠気と戦っていた。
そんな時、ふいに船は大きな音を鳴らした。
「なっ、なんだ!?」
慌ててノアは起き上がる。レーダーを見れば、宙力の反応が今までになく大きいようだった。
近い。
慌てて船を動かし、立ち上がる。聞かねばならないことが山ほどあった。
*
ミラが居るのは、特に何も無い星のようだった。文明の滅んだ跡だけが薄らと残るその星の、どこかに、ミラが。
「ミラ! どこにいる!?」
大きな声を上げながらその辺を探し回る。返事は無い。
話したいことがある。聞きたいことがある。なにか、嫌なことがあったなら聞くから。
頼むから返事をしてくれ、と手当たり次第に探す。
視界がちらつく。
大きな光が漏れている建物を、見つけた。
大きな建物だ。
その光の元は最深部にある。
ばち。
ばち、ばち。
ばちばちばち。ばち。
嫌な音がする。
「ミラ!」
ばたん。大きな音を立てて扉を開いた。
「ノア!」
驚いた顔でテオがこちらを振り返る。
その隙にとミラはその手をテオにかざした。
「ミラ、待て!」
ミラは止まらない。
「ミラっ、……テオ、危ない!」
テオの前に飛び出す。それでようやく、ミラの呪文を紡ぐ声が止まった。
「……どうして?」
ミラが首を傾げた。
「どうしてはこっちのセリフだ!」
ノアが吠える。ミラは不思議そうな顔をして、やがて、諦めたように首を横に振った。
「――大丈夫。待っててね、お兄ちゃん」
そう言って、一歩、二歩、後ずさっていく。
「待てミラ、馬鹿!」
慌ててその後を追おうとしたがその時、強い光がミラの手のひらから放たれた。
目を眩ませているうちに、ミラはその場から姿を消してしまった。
「くそっ」
ノアが悪態をつく。それまで呆然としていたテオは、それで我に返ったらしかった。
「ノア……」
テオは、何かを言おうとして、言葉を選んでいるようだった。
「……テオ、一度船に戻ろう。きっと、まだ、そんな遠くにまでは行っていないはずだ」
「……、……そうだな」
しばらく逡巡して、諦めたようにテオが頷く。彼がここまで来たのにも、理由があるのだろう。
*
船に乗り、ミラの宙力の余韻をふたたび追っていく。テオの小さな船も、一緒に乗せることが出来た。
その間、暖かい飲み物をテオに渡して話を聞くことにした。
「テオ、どうしてここまで来たんだ? 何かあったのか」
「……」
テオはそれを受け取り、しばらく黙っていた。
それなりに長く考えていたように思う。そうして、ようやく口を開いた。
「……姉さん、死にかけたんだ」
「や、違う……」
あんまりにも唐突で、有り得ないと思ってしまうような話だった。
彼は少しずつ言葉を漏らす。話を要約すると、彼女の姉は部屋で自死を測ったらしい。
彼の姉は、底抜けに明るくて、いつも誰かを引っ張っていけるような、心優しい性格をしている。何も無く彼女がそんなふうになるとは思えない。
何も無ければ。
「それに、ミラが関係してる?」
「ああ、……お前も」
絞り出すような声だった。
「生きるために、俺たちは宙力を必要とする。それは気持ちと呼ばれたり、心と呼ばれたり、あるいは脳のはたらきと呼ばれたりする。」
「これはお前が教えてくれたことだ。」
ぽつり、ぽつり。言葉が落ちる。肩が震えていた。
「……姉さん、今、それが全部無いんだ。だから……」
そこで、言葉がつっかえた。
「なあ。お前のこと、疑いたくないけど……、本当に何もなかったのか? 妹があんなことする理由、本当に分からないのかよ」
「……ふがいないばかりだよ」
テオは目を合わせようとしなかった。しばらく黙り込んで、立ち上がる。
「ごめん、ノア。俺、頭冷やしてくるよ。冷静になれねえ」
「うん、分かったよ。……ごめんな。」
そう言って外に出ていくテオを、引き留めることはできなかった。
ノアは一つため息をついて、休息を取るべく眠りにつく準備をした。
*
――夢を、見る。
バタバタと走っている。先程までミラの居た建物だ。扉を開ける。扉を開ける。扉を開けた。
「ミラ!」
口から言葉が飛び出す。テオの声だ。つまりこれは、テオの見た光景だろうか。
「……テオ」
「お前っ、よくも俺の姉さんを……!」
ぱちぱち。ふたつ、瞬きをしたミラは不思議そうに首を傾けた。
「……同意の上だったはず。それに、あなたには関係ない」
ショックを受けたようにテオが黙り込む。
「お兄ちゃんを、幸せにしなくちゃいけないの」
「ノアを……?」
「そう。そうじゃなきゃ、嫌だから」
だから、あなたのも貰うね。
ばち、ばちばち。嫌な音がする。ミラが手を翳す。
ばち、ばち――。
――思い出した、ことがある。
遠い遠い、宇宙の果て。
ぽつりと、他の星から隔絶されたように浮かぶ、戦場の星。
その星では、誰か、人がいる気配も無いのに、機械だけが戦闘を続けている。
どん、と大きな音が鳴って、弾ける。ミサイルの雨が降る。
空が赤く光るたびに、窓ガラスがびりびりと震える。
子どものころは、そのたびに泣きそうになっていたのに、今はもう、テーブルの皿が落ちないかだけを気にしている自分がいる。
――こんなふうに慣れてしまった自分が、少し、嫌だった。
それでも、ここに住む人々は、この星を捨てられず、いまだに留まり続けている。
父さんはどこか遠くの星に交渉へ行ったまま、帰ってこない。
母さんは毎日、大変な人たちの手伝いで、家にいることはほとんどなかった。
恨んでいるわけではない。本当だ。
でも、こうして過ぎていく毎日を、自分の中でどう納得させたらいいのか分からなくなってしまった。それだけの、いわば、ため息だったのだ。
「ねえ、ミラ」
「……?」
妹――ミラに話しかける。ミラは少し首をかしげてこちらを見た。
「……僕たちが、もっと平和な星で生きられてたら。もっと幸せになれたのかもしれない。ね、そう思わない?」
「……、……」
ミラは、しばらく口を開けたまま固まり、ぎゅっと膝の上で手を握り合わせていた。
眉を寄せて、口を少し開け、閉じる。何かを言いたげだった。でも、何も言わなかった。
「……なんて、冗談だよ。怒らないで。」
むすくれた表情のミラに笑いかけて、その話はそこで終わった。
それでも。
それでも、ミラと同じテーブルで夕飯を食べて、くだらないことで笑う時間だけは、ちゃんと好きだったのだ。
その時に、ちゃんと話をしておくべきだったのだ。妹だから。家族だから。そんな理由ですべてを分かった気になっていた当時の僕の行いは、大きな後悔を生むことになった。
――その日のうちにミラは姿を消した。
*
「ノア」
テオが呼ぶ声がする。ノア、ノア……。微睡みから少しずつ目覚めて、ぱちり、ぱちりと瞬かせれば、困ったようにテオがこちらを見ていた。
「悪い。色々なことを話したかったけど、言葉じゃ説明できなくて……」
見れたか、と問われて、もちろん、と頷く。
見たものが相違ないことを共有してから、思い出したことも洗いざらい話す。それから、静かにノアは息をついた。
「――僕のせい、だ」
「……、……残念なことに、そうなるんだろうな。」
テオもゆるく首を横に振る。それから、深々とため息をついた。
「まあでも、悪気があった訳じゃないんだろ。」
ノアは頷く。テオも、分かっていると頷いた。
「姉さんのこと、連れてきてるんだ。俺の船にいる。勝手なことはできないようにしてるけど、それも暴力的で嫌だから……」
「うん。もちろん、任せて。今は、緑の星から分けてもらった宙石がたくさんあるんだ」
テオは頷く。そうして、部屋を出ていく彼の後ろを、今度はノアもついて行った。
*
彼女の目は虚ろだった。
今は拘束されているためか動く気も起きないようだが、これがなければ一人になった途端に自死を選ぶのだろう。
大量の宙石をテオの船に運び込めば、ようやく彼女の目に薄く光が灯った。
「テオ……」
彼女――ルイは、まずテオを呼んだ。それから、ごめんね、と細く謝る。普段のハツラツとした彼女からは想像も出来ない声だった。
「別に、いいよ。姉さんに迷惑かけられるのなんていつものことなんだし」
テオがそっぽを向いたままそう言えばルイは少し困ったように微笑んだ。そして、ノアの方を見る。
「ノアくん、ミラちゃんは?」
「……今、僕のために幸せを集めているみたいで」
ノアの言葉を聞いたルイは小さく頷いた。ミラが居なくなったこと。いろんな星で、人々の幸せを集めていること。それによる被害のこと。
それらを共有すれば、ルイはまた頷いて、
「ミラちゃん、まず私に相談しに来てくれたんだ」
そう言った。
「お兄ちゃんは今幸せじゃないんだって言ってるから、幸せになって欲しい、って」
頷く。ルイはゆるく首を横に振った。
「だから私、みんなの幸せを集めてノアくんに渡せたらいいのにね、って言ったんだよ」
少しの沈黙。再び口を開く。
「もっと、ふんわりとした話だったんだ。でもミラちゃんってほら、頭がいいから……」
言葉を濁す。テオがため息を着いた。
「アイツ、俺より機械いじりが上手いんだよな。俺が時間かけて考えた回路を短時間で考えてくる。あんなにガキのくせによ」
知らなかった、そんなこと。そうなんだ、と呟けば、テオにじと、と睨まれた。
「お前たちはいつもコミュニケーションが下手くそだよな」
「……いや、……、……ごめん。分かってるつもりだったんだよ……」
ルイが咳払いをして話を戻す。
「それで、しばらくして、出来たからお試ししてみたいんだっていうから、私、頷いたの。」
「そうしたらこんなことに……、ごめんなさい。私がちゃんと確認するべきだった」
「いや、まず僕があんなふうに言わなきゃ良かったんだ。きっと、もっと他の言い方があったし、もっと話すべきだった。」
「そうだな。」
テオがピシャリと言う。ルイも否定はしなかった。
ノアは頷く。
「だから、もう一度、ちゃんとミラと話したい。分かってくれるかは、分からないけど……。少なくとも、こんなことをして欲しい訳じゃないから」
テオとルイも頷く。テオが意地悪に笑って言った。
「それじゃ、いつミラが見つかってもいいように今から作戦会議でもするか?」
「賛成。ノアくんだけじゃ不安だもの」
ルイもそれに乗っかって、ノアは気まずくて小さくなる他無くなった。
ビーッ ビーッ
船が大きな音を鳴らす。あの時と同じ音。
――ミラの居場所が近い。やはりそう遠くは行っていないようだ。
「作戦会議っつってたけど、そんなに時間はなかったな」
「まあでも、失敗した時の対策は立てられたから良しとしようよ」
テオが立ち上がる。ルイはここから動かない方が良いと思うからと残ることになった。
「ミラちゃんをよろしくね、ノアくん」
「もちろん。」
任せてくれとノアは頷く。だって、元は僕の妹だ。
バタバタと準備をして、船から降りる。船内にはけたたましく音が鳴り響いていて、なんとなく、ミラが待っているような気がした。
テオが船の上でグッドサインを作り、送り出す。
「気をつけろよ。ま、なんとかなるようにするけどな!」
その言葉を背に受けて、ノアは、船から飛び出した。
*
今度こそ、何も無い星だ。文明の跡すら無い、静かで穏やかで小さな星。
ひとつだけ、人工物が建っている。大きな箱のような装置だ。
ミラはその隣で一人佇んでいた。
「お兄ちゃん、待ってた」
「……そんな気がしたよ」
ミラは嬉しそうにこちらを見ている。
「ミラ、その幸せは元の持ち主たちに返すんだ」
「……どうして? お兄ちゃんが幸せになるのに必要でしょう」
「それじゃ僕は幸せになれないよ」
ミラが困惑したように首を傾けている。
「……人から奪った幸せを貰ったとしても、それは僕の幸せでは無いからね」
「……お兄ちゃん」
目を伏せるミラの声は震えていた。
「じゃあ、お兄ちゃんはどうしたら幸せになってくれるの?」
「……僕は、ミラと居られれば幸せなんだよ」
ミラは、一度だけ瞬きをした。
その言葉を、信じたかった。でも――。
「嘘だ!」
ノアが怯む。その隙にミラはその装置のスイッチを入れた。
「ミラ……!」
「お兄ちゃんの幸せの条件って、それだけじゃないでしょう、それくらい分かってるんだから」
「ミラ、やめろ!」
「私はお兄ちゃんを幸せにしたいの!」
そんな言葉と同時、装置が起動する。
幸せが流れ込んでくる。
その機械の無駄のない動きに、ああ、本当にミラは機械いじりの天才なんだな、なんて、場違いにも頭の端で思った。
人々の幸せが頭に入っては抜ける。ああ、頭がおかしくなる。頭がおかしくなる!
これは僕のじゃない。頭が大きく拒否を示しているのに、正気を失うことができなかった。
誰かの誕生日の笑い声。知らない星の、美味しいスープの味。恋人たちの手のぬくもり。
それが全部、ごちゃまぜの熱になって頭に流れ込んでくる。
これは僕のじゃない!
唸るような音が聞こえる。ミラが慌てて駆け寄ってくる。唸るような音が自分の喉から発せられていると気付くまでにそう時間はかからなかった。膝をつく。
永遠にも思える時間を、のたうち回って過ごした。ミラが手を握っていてくれたのだけが、正気の手掛かりだった。
「……お兄ちゃん」
混乱が止まない。頭が痛い。ぐわんぐわんと目眩がして、それでもノアはミラの目を見た。
「ミラ、帰ろう……」
それだけをなんとか言葉にして、ノアの意識は途絶えた。
コミュニケーションは相互にその気がないと成り立たない、とテオは言った。
だから、おそらくミラとの話し合いは上手くいかないだろう、というのが、僕たちの結論だった。
だから、幸せを垂れ流された時、持ち主の元まで戻っていくように、それをキャッチして広げる装置をテオとルイで設計した。
ノアの身体のことまでは、話す時間がなかったため、まあなんとかなる、と雑に送り出された。
そもそも僕たちは、強靭な身体を持っているから。
やんやんと音がする。それが誰かの会話のようだと気付いて、それが徐々に像を結んでいく――。
――目を覚ました。
「ミラ……?」
「……お兄ちゃん」
「おはよう、ノア」
「ああ、大丈夫そうね。良かった!」
テオとルイも顔を出す。……無事に、終わったのだろうか。
「他の星の奴らから連絡があったぜ。要約すると……解決おめでとう、また遊びにおいで、ってな」
「それはあとで確認するといいよ。とりあえずミラちゃんと話がしたいでしょ。私たちは別の部屋にいるから」
二人はミラに目配せをし、出て行った。ミラはこくりと頷いて、こちらに向き直った。
「お兄ちゃん、あのね」
「私も、お兄ちゃんと居れたら幸せなの。……家族、だから」
唯一残った家族だから。ミラはそう言って、少し俯いた。
「だから、お兄ちゃんがもっと他の幸せの形を望むなら、それが良いと思って……」
「探しに行こうと思ってたの」
でも、とミラはひとつ息をついた。
「ルイお姉ちゃんが……みんなの幸せをお兄ちゃんにプレゼントできたらね、って言ったから……それなら出来るな、って思って」
「……でも、こんなことになるなんて思ってなかった……」
「ルイお姉ちゃんも死のうとしたんだって。他の星の人たちにも、大変だったんだって聞いた……」
「ごめんなさい」
そこまで言って、ミラは頭を下げる。ノアは彼女の頭にぽんと手を置いた。
「お兄ちゃんも、ごめんな」
ミラが顔をあげる。ノアは続けた。
「テオに怒られたよ。コミュニケーションが足りてないんだって」
「僕……ちょっと疲れただけなんだ。帰ってくるかも分からない家族を待ち続けるのも、もう跡形もない故郷を眺めるのも」
ミラが頷く。
「ねえ、ミラ。お兄ちゃんはミラと一緒にいれると幸せなんだ。それは本当。だけど、もっと他に、幸せの形があるんじゃないかと思ってる。」
「それを一緒に探さないか。」
「でも……」
ミラが言い淀む。ノアはひとつ頷いた。
「たしかに、ミラがしたことは簡単に許されることじゃない。一歩遅ければ散々な被害になっていたかもしれない。」
「だから、それはちゃんと、謝りに行こう。それで許されるかは彼ら次第だ。許してくれる人も、許してくれない人もいるだろう。でも、それでいいんだ。」
「それから、もう二度とこんなことはしないって、ちゃんと約束して、それを守ろう。そうする他ない。やらかしたことは、やらかしたことだからな」
ミラは少し迷って、頷いた。頷いてから、こう聞いた。
「ねえ、私、まだ幸せになっていいのかな……」
「それは……」
ノアは答えに迷った。でも、とノアは言う。
「僕は、幸せになって欲しいよ。間違ってたとしても、僕たちは家族だから」
「……うん。もう少し、考えてみる。」
それで、ミラはようやくスッキリとした顔になった。覚悟が決まったようで、安心してノアも笑った。
*
ずいぶん遠い所まで来ていたらしい。船は、ゆっくりと星へ向かう。
そんな時。
「お兄ちゃん」
ミラが声を掛けてくる。
「あのね、私、全部終わったら旅に出たいの。私、何も知らないなって思ったから」
「今度は、一緒に考えたいの。私たちの幸せの形って、何なのか。」
だから、と一つ呼吸を置いて、ミラはこちらを伺った。
「……着いてきてくれる?」
「もちろんだよ、ミラ。」
即答だった。呆気にとられたミラの後ろから、テオとルイが出てくる。
「言えたじゃん。おめ~」
「良かったねえミラちゃん!」
「えっ、僕より先に知ってたの!?」
「お兄ちゃんに言うのは緊張すんだってサ~」
テオがからかう。ノアがショックを受けたとばかりに落ち込んだ素振りを見せれば、ミラは慌てて弁明した。
「だって、お兄ちゃん、お父さんとお母さんを待ちたがる気がして……」
「……あ~」
なるほど、とノアが言う。ルイは笑って補足した。
「私たちが、彼らがいつ帰ってきてもいいように、装置を作って置いておくことにしたの。帰ってきたら、それでお互い手紙が送れるようにね。」
「そ。だからモーマンタイってわけ、ちゃんとみんなに謝ったら好きなとこ行こうぜ」
「待って、二人も着いてくるの?」
慌ててノアが言えば、二人は同時に
「もちろん」
「当然」
そう返した。即答だった。今度はノアがあんぐりと口を開けてしまった。
「まあ、ひとまず星にその装置を置いて~、戦闘ロボットをもうちょっと増やして~、ミラの謝罪祭り終わってからの話だな。先は長いぞ」
テオがそう言う。祭りって言うなよ、と突っ込む前に、ミラが大真面目に頷いた。
「私も、頑張る」
「心強いわ、ミラちゃん。」
ルイが笑う。三人が知らないうちに仲良くなっていて、寂しいやら嬉しいやらで、ノアの心境はぐちゃぐちゃだった。
「ああもう、僕の知らないところで仲良くならないでよ!」
「嫉妬~?」
「うるさい!」
ドタバタと今日も騒がしく航行を続ける。
僕たちの小さな船は、きっとこれからも、星々のしあわせのかけらを拾い集めながら進んでいく。それをどんな箱にしまっていくのかは、これから二人で決めればいい。
いつぞやの静かな船内とは違って、今の船は賑やかな声に満ちていた。
おしまい。
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小話
▼ノアとテオの話
>344
▼ノアとミラの話
>345
▼ミラとテオの話
>346
これは創作百合さんの世界観
世界の寿命を壊しても
〇世界観
ファンタジーの世界観。
魔法学校があり、リリとエドはそこに通っている友達同士。
学校の中では高嶺の花扱いされている。
外の世界から世界を滅ぼしに来る敵となる""使者""がいて、 使者と戦うためにリリは攻撃魔法を、エドは治癒魔法を学んでいる。
世界にはそれぞれ寿命があって、それは定められたもので、必ず訪れるもの。
……の、はずなのだが、えらい人たちのたゆまぬ努力により、まだ世界は存在し続けている。
そのため、天から使者が現れて世界を滅ぼしに来ている。
世界は壊れていないが、バグのようなものがある。
それは、人間の体の変異。 背中に羽が生えたりだとか、動物の耳が生えてきたり、しっぽが生えたりとか、 かと思えば身体から宝石がはえたりとか。
全員が全員そうなってるわけではない。
そのため、変異のおきた人々は死んでも生き返る、という不確定な噂がある。
リリ
攻撃魔法科に所属している。
エドがいつも近くにいるため「お姫様」と呼ばれている。
目立ちたくないので他人に言われてもあまり嬉しくない。
変異は既に起きていてエドよりは少ないが鳥の翼が生えている。
これも自由に動かすことが出来、空も飛べる。
最初はいちばん得意だったからという理由で攻撃魔法科を選んだが、今はエドが戦闘で傷つくのを避けるため戦闘に出ている。 苦しい時にずっとやさしく寄り添い、自分に自信をつけてくれたエドのことが心から大切。
エドが他の人を切り捨てろと言うならいつでも切り捨てられるひと。
大人しく、感情表現が苦手。滅多に声を荒げることは無く、穏やかに話す。
他人から見れば怖い人のように思われることもあるかもしれない。
エド
魔法医療科に所属している学園の王子様のような人。
自然にそうありたいように振舞っていただけなのに、気づけば憧れの王子様にされていたので困っている。
変異は既に起きていて背中に木の枝を軸にした鳥の翼が生えている。これは自由に動かすことが出来る。
心優しく治癒が上手いが戦闘に向いていないため、リリが1人で戦闘へと出るのをいつも心配している。 もしリリが戦闘で亡くなったとしてもリリが一言「生きて」と伝えるなら抱え苦しみながら生きていくひと。
穏やかで優しい話し方をする。感情表現は素直な方だが、隠したり抑えたりするのも上手い方。
ヒナ
物静かな防衛魔法科の後輩。
治癒魔法もそれなりに上手いので戦いに出ない日などたまに手助けをしている。 自分より他人が大切な子。
ミオが好きだが、それは墓まで持って行くつもり。ややツンデレ気味。 普段は静かな話し方をするが、ミオにからかわれた時だけ少し声を荒らげる。
ミオとは幼馴染。 変異は起きていない。普通の人間。
ミオ
天真爛漫でカワイイものが好きな攻撃魔法科の後輩。
攻撃魔法なんてかわいくないと思っているが治癒魔法も防衛魔法も向いていなかったらしい。
良くも悪くも自分が大切な子。 明るく元気いっぱいに話す。よくリリに絡んではあしらわれているのを見かける。ヒナとは幼馴染。
変異は既に起きており猫耳としっぽが生えている。当然のことだが(?)カワイイじゃ〜〜ん!と騒ぎ散らし、怒られた。畳む
世界の寿命を壊しても
〇世界観
ファンタジーの世界観。
魔法学校があり、リリとエドはそこに通っている友達同士。
学校の中では高嶺の花扱いされている。
外の世界から世界を滅ぼしに来る敵となる""使者""がいて、 使者と戦うためにリリは攻撃魔法を、エドは治癒魔法を学んでいる。
世界にはそれぞれ寿命があって、それは定められたもので、必ず訪れるもの。
……の、はずなのだが、えらい人たちのたゆまぬ努力により、まだ世界は存在し続けている。
そのため、天から使者が現れて世界を滅ぼしに来ている。
世界は壊れていないが、バグのようなものがある。
それは、人間の体の変異。 背中に羽が生えたりだとか、動物の耳が生えてきたり、しっぽが生えたりとか、 かと思えば身体から宝石がはえたりとか。
全員が全員そうなってるわけではない。
そのため、変異のおきた人々は死んでも生き返る、という不確定な噂がある。
リリ
攻撃魔法科に所属している。
エドがいつも近くにいるため「お姫様」と呼ばれている。
目立ちたくないので他人に言われてもあまり嬉しくない。
変異は既に起きていてエドよりは少ないが鳥の翼が生えている。
これも自由に動かすことが出来、空も飛べる。
最初はいちばん得意だったからという理由で攻撃魔法科を選んだが、今はエドが戦闘で傷つくのを避けるため戦闘に出ている。 苦しい時にずっとやさしく寄り添い、自分に自信をつけてくれたエドのことが心から大切。
エドが他の人を切り捨てろと言うならいつでも切り捨てられるひと。
大人しく、感情表現が苦手。滅多に声を荒げることは無く、穏やかに話す。
他人から見れば怖い人のように思われることもあるかもしれない。
エド
魔法医療科に所属している学園の王子様のような人。
自然にそうありたいように振舞っていただけなのに、気づけば憧れの王子様にされていたので困っている。
変異は既に起きていて背中に木の枝を軸にした鳥の翼が生えている。これは自由に動かすことが出来る。
心優しく治癒が上手いが戦闘に向いていないため、リリが1人で戦闘へと出るのをいつも心配している。 もしリリが戦闘で亡くなったとしてもリリが一言「生きて」と伝えるなら抱え苦しみながら生きていくひと。
穏やかで優しい話し方をする。感情表現は素直な方だが、隠したり抑えたりするのも上手い方。
ヒナ
物静かな防衛魔法科の後輩。
治癒魔法もそれなりに上手いので戦いに出ない日などたまに手助けをしている。 自分より他人が大切な子。
ミオが好きだが、それは墓まで持って行くつもり。ややツンデレ気味。 普段は静かな話し方をするが、ミオにからかわれた時だけ少し声を荒らげる。
ミオとは幼馴染。 変異は起きていない。普通の人間。
ミオ
天真爛漫でカワイイものが好きな攻撃魔法科の後輩。
攻撃魔法なんてかわいくないと思っているが治癒魔法も防衛魔法も向いていなかったらしい。
良くも悪くも自分が大切な子。 明るく元気いっぱいに話す。よくリリに絡んではあしらわれているのを見かける。ヒナとは幼馴染。
変異は既に起きており猫耳としっぽが生えている。当然のことだが(?)カワイイじゃ〜〜ん!と騒ぎ散らし、怒られた。畳む












































カメレオンの肖像
【朝雲香澄 / 朝雲正雪】