SS 帰り着く星 3336文字 続きを読む 私は、宇宙人だ。 ――いや、正確には、君たちと同じく地球に住んでいる。地球も宇宙にあるといえばそうだけれど、宇宙という名称は地球のものであり、私が宇宙人を名乗るのは、変だ。 それでも、私は宇宙人なのだ。心の中にたった一つ、自分だけの星を持っている。 ――だというのに。 「おや?」 「……な、」 「こんにちは。君、なんでこんな所にいるんだい」 「なんでこの星に私以外の人間がいるのよ――!!」 * 「落ち着いたかい」 「ええ……」 肩で息をする私を他所に、その男は平然とお茶なんかを差し出してくる。それをぶんどって口に含めば、思ったより苦くて思わず舌を出した。 「さて、……本題だが。この星は僕の星であるはずだよ。君はこの星にいるべきじゃない」 あくまで穏やかにその男は言った。ギ、と睨めば、きょとん、とした表情が返ってくる。 「この星は、私が作ったはずなんだけど」 「……、そうなのかい? すごいねえ」 呑気なものだ。すごいねえ、の言葉に拍手まで添えてくる。苛立ちがピークに来ている私は思わず用意された机をだん、と叩いた。 「あーもう! なんで私の星に知らない人がいるの! 勝手に入ってこないでよ!!」 「そうは言われても」 困った顔を微塵も見せずに優雅に苦いそのお茶を飲む男はまるで幼い頃夢見た王子様の様相だった。こんな状況でさえなければ。そう、ここに板が1枚挟まっていて、これがアニメや漫画の世界であれば。楽しく鑑賞でもなんでもできたかもしれないのに。 「この星を君が作ったのなら、確かに、ここは君の星でもあるんだろうな。でも、同時に、僕の星でもあるんだよ」 少しの間、ようやくこちらに視線を向けた男は、困ったように笑ってこう言った。 「帰る場所が無くなるのは、困るな」 少し、心臓がどきりとした。それでも、引く訳には行かなかった。 「それでも、ここは私の星よ」 「うーん……」 そしてここは、私の帰る場所でもあるのだから。知らない人になんか、踏み荒らされてたまるものか。負けじと睨めば、男は苦笑してからこう言った。 「でも君、地球人だろ」 「……」 「地球に君の家族や友人はいないのかい」 友人。 「居ないわけないでしょ」 「じゃ、帰らなくちゃならないよ」 あっけらかんとその男は言う。私は目を伏せる。帰らなくちゃならない。分かっている。 「それでも、ここは私の帰る場所なの」 「……」 「私の、私だけの……」 堂々巡りだと男がそのお茶を啜る。私は用意された椅子に行儀悪く体育座りをしてしばらく黙っていた。男は何も言わなかった。 「……君は、家族や友人は好きだよね」 「なによ」 男は言葉を紡ぐ。 「人の記憶や感情を見ることが出来るんだ」 びく、と私の肩が震えたのが分かった。恐る恐るその男を見上げる。涼しい顔をした男は、小さく小首を傾げてみせた。 「違った?」 「……違わ、ない、けど」 うんうん、と頷く。今、この男は、記憶や感情を見ることができる、と言った? 「それ以上は――」 「君には好きな子がいるよね」 私の言葉を遮るように男が言う。ああ、時すでに遅しだ。知られている。 「……だったら、なによ」 「その子のために帰りたいとは?」 「あの子は私なんか好きじゃないもの」 探るような視線がこちらを覗いている。居心地が悪くて膝に顔を埋めた。 「……そんなことは」 「ないって言う?」 「ないように思うけどねえ」 暗闇の中で、男の呑気な声だけがする。ああ、出来れば思い出させないで欲しかった。 「あの子のために、帰らないのよ」 言ってから、涙を堪えるように唇を噛み締める。涙は出なかった。 「あの子は、優しいから、私の相手もしてくれるけど――それが良くないの」 男は黙っている。 「どんどん、あの子のこと、好きになっちゃう。私、あの子の負担にはなりたくないの。――ともだち、だから」 男が小さく息を吐いたのが分かった。それに思わずむ、として顔をあげる。 「だからここまで来たの。それなのに私の星に勝手に住み着いて勝手に踏み荒らして、どういうつもり?」 「そんなこと言われてもなあ」 男は困ったように頬をかく。 「まあでも――自分の力じゃ、どうにもならないことがある、っていうのは、分かるよ。困ったね」 「一人でこの星に住んでるくせに?」 「僕にも『ともだち』がいたんだよ」 ふうん。私は喉が乾いた気がして改めてそのお茶に口をつけた。相変わらず苦い。美味しくない。 「君のこともどうにもならなさそうだな」 「そうよ。早く出ていって」 「それは出来ないよ。どうしてもって言うなら、君が僕の移住するための星を作らないと」 ぱちくり。私は瞳を瞬かせた。男は言う。 「僕はこの星と一緒に産まれたんだ。覚えてないかい」 「……どういうこと?」 「うーん、前途多難だなあ」 男は腕を組んで困った困ったというようなポーズをとった。それから、真っ直ぐな目でこちらを見やる。 「僕は君に作られたんだ。君の味方であるようにって」 「……作られた、って……、味方なんかじゃないくせに。信じられるわけないでしょ」 「そりゃまあ、君の意思だろ。僕は君に動かされているんだから、僕の知った事じゃないさ」 男はそんな意地悪を言う。思い出したくない。耳を塞ぐ。 「あんなこと言いながら、君自身が帰る理由を探してるんじゃないのか? 分かっているんだろう」 うるさい。 「だから、帰らなくちゃだめだよ」 「うるさい!」 ああ、ダメだ。 「作り物のお前に何が分かるんだよ! ああそうだよ、辛いことも苦しいこともほとんどないぬるま湯みたいな環境で、一人で勝手に自分の首を締めて動けなくなって、挙句の果てには宇宙まで逃げてきちゃった!」 男は静かにこちらを見ている。 「うるさいな、分かってるよ、分かってるけど帰りたいよ、死ぬのって怖いから! でも、帰りたくないよ、怖いんだもん、だって、仕方ないじゃん……」 涙が溢れて止まらない。男は静かにこちらを見ている。 「私の味方だって言うなら、ちゃんと助けてくれなきゃ嫌だよ、どうしてそんなに意地悪言うの……」 静かな宇宙に私一人のしゃっくりが木霊する。しばらく男は何も言わなかった。 「……君は僕で、僕は君だからだよ」 男がぽつり、と呟いた。それが『意地悪』の理由だとすぐに分かった。小さくため息を着いて男は続ける。 「助けて欲しい?」 男が聞く。 「君が望むなら、ここを君の星にしよう。ここは恒星だから、誰にも邪魔されないように惑星を作ってくれたら、僕が君に仇なす物は全部倒してあげる。でも、そこに君の友人がいても分からないかもね」 は、と目を開く。男を見る。私の答えなんか分かりきっている、と言わんばかりの顔をしていた。 「それでも、君が寂しい時に君を一人にはしない。名前を呼んでくれたらすぐに駆けつけるし、優しい言葉だけをかけ続けてあげよう。永遠に、二人だけの小さな箱庭で生きていくんだ」 それは確かに私が望んだことなのに、男の選ぶ言葉のせいで酷く恐ろしいものに思えた。 「どうする?」 ああ、それが答えだ。これが、帰る理由であり、言い訳だ。彼は言い訳を私にくれている。 帰って欲しいと、思っているのだろう。ああ、そうだ、そうだった。 「……わかった、よ」 震える手を握り締めて、私は彼に目を合わせた。 「私はこの星には残らない。けど、いつか絶対に帰ってくる場所はここ。それまで、貴方はこの星を守っていてくれるのね?」 だって私はあなたを、この星を守る王子様として作ったのだから。 「もちろんだとも、まかせて」 男は穏やかに微笑んだ。光の中で、私の名前を呼ぶ声がする。ぱちぱちと光が弾けた。 なにかを言おうとして、何も言えなかった私の代わりに、男が口を開く。 「あいしているよ、僕の主人、いつか、また会う時は――」 君の友だちも、紹介してね。 そんな声は光にかき消される。私の返事もきっと、その光に飲まれて、届かなかった。 ――絶対に嫌だ! 畳む 2026.8.27(Thu) 02:41:29 創作,文章
3336文字
私は、宇宙人だ。
――いや、正確には、君たちと同じく地球に住んでいる。地球も宇宙にあるといえばそうだけれど、宇宙という名称は地球のものであり、私が宇宙人を名乗るのは、変だ。
それでも、私は宇宙人なのだ。心の中にたった一つ、自分だけの星を持っている。
――だというのに。
「おや?」
「……な、」
「こんにちは。君、なんでこんな所にいるんだい」
「なんでこの星に私以外の人間がいるのよ――!!」
*
「落ち着いたかい」
「ええ……」
肩で息をする私を他所に、その男は平然とお茶なんかを差し出してくる。それをぶんどって口に含めば、思ったより苦くて思わず舌を出した。
「さて、……本題だが。この星は僕の星であるはずだよ。君はこの星にいるべきじゃない」
あくまで穏やかにその男は言った。ギ、と睨めば、きょとん、とした表情が返ってくる。
「この星は、私が作ったはずなんだけど」
「……、そうなのかい? すごいねえ」
呑気なものだ。すごいねえ、の言葉に拍手まで添えてくる。苛立ちがピークに来ている私は思わず用意された机をだん、と叩いた。
「あーもう! なんで私の星に知らない人がいるの! 勝手に入ってこないでよ!!」
「そうは言われても」
困った顔を微塵も見せずに優雅に苦いそのお茶を飲む男はまるで幼い頃夢見た王子様の様相だった。こんな状況でさえなければ。そう、ここに板が1枚挟まっていて、これがアニメや漫画の世界であれば。楽しく鑑賞でもなんでもできたかもしれないのに。
「この星を君が作ったのなら、確かに、ここは君の星でもあるんだろうな。でも、同時に、僕の星でもあるんだよ」
少しの間、ようやくこちらに視線を向けた男は、困ったように笑ってこう言った。
「帰る場所が無くなるのは、困るな」
少し、心臓がどきりとした。それでも、引く訳には行かなかった。
「それでも、ここは私の星よ」
「うーん……」
そしてここは、私の帰る場所でもあるのだから。知らない人になんか、踏み荒らされてたまるものか。負けじと睨めば、男は苦笑してからこう言った。
「でも君、地球人だろ」
「……」
「地球に君の家族や友人はいないのかい」
友人。
「居ないわけないでしょ」
「じゃ、帰らなくちゃならないよ」
あっけらかんとその男は言う。私は目を伏せる。帰らなくちゃならない。分かっている。
「それでも、ここは私の帰る場所なの」
「……」
「私の、私だけの……」
堂々巡りだと男がそのお茶を啜る。私は用意された椅子に行儀悪く体育座りをしてしばらく黙っていた。男は何も言わなかった。
「……君は、家族や友人は好きだよね」
「なによ」
男は言葉を紡ぐ。
「人の記憶や感情を見ることが出来るんだ」
びく、と私の肩が震えたのが分かった。恐る恐るその男を見上げる。涼しい顔をした男は、小さく小首を傾げてみせた。
「違った?」
「……違わ、ない、けど」
うんうん、と頷く。今、この男は、記憶や感情を見ることができる、と言った?
「それ以上は――」
「君には好きな子がいるよね」
私の言葉を遮るように男が言う。ああ、時すでに遅しだ。知られている。
「……だったら、なによ」
「その子のために帰りたいとは?」
「あの子は私なんか好きじゃないもの」
探るような視線がこちらを覗いている。居心地が悪くて膝に顔を埋めた。
「……そんなことは」
「ないって言う?」
「ないように思うけどねえ」
暗闇の中で、男の呑気な声だけがする。ああ、出来れば思い出させないで欲しかった。
「あの子のために、帰らないのよ」
言ってから、涙を堪えるように唇を噛み締める。涙は出なかった。
「あの子は、優しいから、私の相手もしてくれるけど――それが良くないの」
男は黙っている。
「どんどん、あの子のこと、好きになっちゃう。私、あの子の負担にはなりたくないの。――ともだち、だから」
男が小さく息を吐いたのが分かった。それに思わずむ、として顔をあげる。
「だからここまで来たの。それなのに私の星に勝手に住み着いて勝手に踏み荒らして、どういうつもり?」
「そんなこと言われてもなあ」
男は困ったように頬をかく。
「まあでも――自分の力じゃ、どうにもならないことがある、っていうのは、分かるよ。困ったね」
「一人でこの星に住んでるくせに?」
「僕にも『ともだち』がいたんだよ」
ふうん。私は喉が乾いた気がして改めてそのお茶に口をつけた。相変わらず苦い。美味しくない。
「君のこともどうにもならなさそうだな」
「そうよ。早く出ていって」
「それは出来ないよ。どうしてもって言うなら、君が僕の移住するための星を作らないと」
ぱちくり。私は瞳を瞬かせた。男は言う。
「僕はこの星と一緒に産まれたんだ。覚えてないかい」
「……どういうこと?」
「うーん、前途多難だなあ」
男は腕を組んで困った困ったというようなポーズをとった。それから、真っ直ぐな目でこちらを見やる。
「僕は君に作られたんだ。君の味方であるようにって」
「……作られた、って……、味方なんかじゃないくせに。信じられるわけないでしょ」
「そりゃまあ、君の意思だろ。僕は君に動かされているんだから、僕の知った事じゃないさ」
男はそんな意地悪を言う。思い出したくない。耳を塞ぐ。
「あんなこと言いながら、君自身が帰る理由を探してるんじゃないのか? 分かっているんだろう」
うるさい。
「だから、帰らなくちゃだめだよ」
「うるさい!」
ああ、ダメだ。
「作り物のお前に何が分かるんだよ! ああそうだよ、辛いことも苦しいこともほとんどないぬるま湯みたいな環境で、一人で勝手に自分の首を締めて動けなくなって、挙句の果てには宇宙まで逃げてきちゃった!」
男は静かにこちらを見ている。
「うるさいな、分かってるよ、分かってるけど帰りたいよ、死ぬのって怖いから! でも、帰りたくないよ、怖いんだもん、だって、仕方ないじゃん……」
涙が溢れて止まらない。男は静かにこちらを見ている。
「私の味方だって言うなら、ちゃんと助けてくれなきゃ嫌だよ、どうしてそんなに意地悪言うの……」
静かな宇宙に私一人のしゃっくりが木霊する。しばらく男は何も言わなかった。
「……君は僕で、僕は君だからだよ」
男がぽつり、と呟いた。それが『意地悪』の理由だとすぐに分かった。小さくため息を着いて男は続ける。
「助けて欲しい?」
男が聞く。
「君が望むなら、ここを君の星にしよう。ここは恒星だから、誰にも邪魔されないように惑星を作ってくれたら、僕が君に仇なす物は全部倒してあげる。でも、そこに君の友人がいても分からないかもね」
は、と目を開く。男を見る。私の答えなんか分かりきっている、と言わんばかりの顔をしていた。
「それでも、君が寂しい時に君を一人にはしない。名前を呼んでくれたらすぐに駆けつけるし、優しい言葉だけをかけ続けてあげよう。永遠に、二人だけの小さな箱庭で生きていくんだ」
それは確かに私が望んだことなのに、男の選ぶ言葉のせいで酷く恐ろしいものに思えた。
「どうする?」
ああ、それが答えだ。これが、帰る理由であり、言い訳だ。彼は言い訳を私にくれている。
帰って欲しいと、思っているのだろう。ああ、そうだ、そうだった。
「……わかった、よ」
震える手を握り締めて、私は彼に目を合わせた。
「私はこの星には残らない。けど、いつか絶対に帰ってくる場所はここ。それまで、貴方はこの星を守っていてくれるのね?」
だって私はあなたを、この星を守る王子様として作ったのだから。
「もちろんだとも、まかせて」
男は穏やかに微笑んだ。光の中で、私の名前を呼ぶ声がする。ぱちぱちと光が弾けた。
なにかを言おうとして、何も言えなかった私の代わりに、男が口を開く。
「あいしているよ、僕の主人、いつか、また会う時は――」
君の友だちも、紹介してね。
そんな声は光にかき消される。私の返事もきっと、その光に飲まれて、届かなかった。
――絶対に嫌だ!
畳む