灯利うみ
@ao_kzr
イラストレーター
一次創作好き
雑記置き場

よく来たな!

灯利うみの創作物保管庫です。
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    2026/05/13 19:20:34
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ふたつの翼、ひとつの空
6話 5451文字

「それでは、ホームルームを始めるよ~」
 今日も今日とて、学校が始まる。イズミ先生が教卓に出席簿を置いた。かたん、音が鳴る。
「今日は……、ていうか、今日も、かな。転入生を紹介します」
 ざわめきが広がる。イズミ先生は、おいで~、と教室の外に声を掛けた。がらり。入ってきた中世的な見た目のその人は、どこか古びた布地の服をまとった、いかにも旅人といった風貌をしていた。
「先日、王都セレスティアの入り口近くで倒れていたところを僕たちが保護しました。ええと、簡単に言うと、記憶がないんだってさ。まだ子供だし、というヴェルタ先生の意向で、騎士学校が保護することになったの」
 よろしくね、とイズミ先生は生徒たちにウィンクを飛ばした。転入生は、一つ丁寧に頭を下げた。
「ナユタです。記憶がないのは確かだけど、名前がないのも不便なので、ひとまず、そう呼んでもらえると嬉しいです。よろしく」
 どこかぎこちない発音で挨拶した彼を空いている席に座らせ、先生は補足した。
「急なことで彼は制服が用意できてないんだ、ジゼル。君はもう少しちゃんと制服を着ること」
 へいへい、と聞き流したジゼルにため息をついて、そのままホームルームは続く。
 いつも通り、時間ぴったりでそれは終わった。ちら、とナユタの方を盗み見る。ナユタは背筋を伸ばしてまっすぐ前を向いていた。どこの島から来たんだろう。なんで倒れていたんだろう。生徒たちの好奇心は尽きることなく、浮ついた空気のまま授業は始まった。

   *

「さて、ちゃんと時間通り集まったね、よしよし。ここ数週間で散々基礎はやったから、そろそろ飽きてくる頃だろうし……。今日は実際に、それぞれの武器との適性を見ていこうと思います!」
 わあっ、と声が上がる。シーアも楽しみにしていた授業だったので、不安そうなサーヤの隣でシーアは大はしゃぎだった。
「ふふ。いいかい、これは人を殺せる武器だからね。真面目に授業を受け、人を守るために使うこと。覚えておいて」
 生徒たちの様子を満足気に眺めてから、イズミ先生は釘を刺すことも忘れない。はーい、とみんな揃って返事をすれば、先生は手元に武器を模したおもちゃを出現させた。
「おもちゃだからといって人を傷つけないわけではないから、今日は一人ずつ先生と戦ってもらいます。剣道場にいるからわかってると思うけど、陸の上での戦いをイメージしてね」
 空中戦はティア先生の許可が出てからね。そんな先生の言葉に、心なしかリアムが胸を撫で下ろした気がした。
「でも先生、先生も危ねえんじゃねえの? 先生がそんな強そうには見えないし……」
 一人の生徒がそう発言した。イズミ先生はそれを笑い飛ばして、
「あまり先生を舐めない方がいいよ〜。じゃあ君からやってみる?」
 そうして、模擬戦が開始された。

   *

 ダン。硬い音がして生徒が投げ飛ばされた。次いで、はい終わり、とイズミ先生の声。
「君は双剣が合ってるかもしれないね〜」
 呑気な先生は沢山の生徒を相手しているにも関わらず息ひとつ上げておらず、床に手を付きぜえぜえと息をする生徒たちは彼の実力を思い知らされるばかりだった。
 なんとか礼をして終わった列に戻る。ジゼルは空賊時代と変わらず槍、シーアは生き生きと楽しそうに戦って双剣、サーヤは苦戦を強いられ盾と剣、時々弓もやってみようか、と先生は言った。少し不安だったリアムは平然とそれを乗り越え剣。マシューは危ないところはありつつも盾と槍。
 お揃いだな、とジゼルがからかうように言ったのを、マシューは少し嫌そうな顔をして流した。正直なものだ。
「じゃあ最後にナユタ……って言いたいところだけど、君、戦える?」
「ええと……」
 クラスメイトの視線が一斉にナユタに集まる。ナユタは少し何事かを考えるように間を開けて、
「多分、剣であれば、それなりに」
 と答えた。

 ナユタの戦い方は言葉通りそれなりだった。先生ほどではないが生徒たちよりもはるかに上の実力を持っている。覚えてないのにすごいね、と声を掛けたクラスメイトには、体が覚えてるみたいなんだよ、と返答していた。
「あいつ、やるわね」
 シーアも悔しげだ。その隣でサーヤは、自分のことなんかよりもシーアが怪我をするんじゃないかと心配していたので、杞憂に終わって安心していた。
「うんうん、これで全員武器が選べたかな。」
 次は戦術の授業だから、早めに着替えて移動するように。そうやって授業を締め括ったイズミ先生は、さっさと出した武器たちの片付けを始めた。
 なんとなく気になってナユタの方を見れば、ふらりとその場を抜け出しているところだった。
「……ぼく、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「あら、行ってらっしゃい」
 来たばかりなら、教室のことも分からないだろう。そうやってナユタを案じたサーヤは、その後を追っていくことにした。

   *

「ナユタ……さん!」
 サーヤが声を掛ければ、あっさりとその彼は振り返り小さく首を傾げた。
「君は……」
「あ、えっと、ぼく、サーヤっていうんだ。」
 教室の場所が分からないんじゃないかと思って、と言えば、ああ、とナユタは頷いた。
「それでわざわざ追ってきてくれたのかい? ありがとう、大丈夫だよ。君たちの集まっているところに行けばいいんだろう?」
「そ、そうだけど……。不思議な言い方をするんだね、分かるものなの?」
 その言葉に、ナユタは少し戸惑ったようにして、少しなにごとかを悩んでから、言葉を選ぶようにして答えた。
「……風が、教えてくれるんだ。元々そういうのが得意でね。……ええと、みんなは……あんまり、そういう感覚ってないんだっけ。」
 今度はサーヤが戸惑う番だった。しかし、そんな感覚はサーヤには備わっていないし、他の子達からも聞いたことがない。もし彼が本当にそれができるとしたら、とんでもないことのように思えた。
「……すごいね。少なくともぼくにはできないかな」
「そうか……。」
 ナユタはそのまま何かを考え始めてしまったので、サーヤは何を言うか悩んでしまった。
「……それって、ぼくでも、出来るようになる?」
 ナユタはそれに不思議そうな顔をした。
「出来るようになりたいの?」
 サーヤは咄嗟に出た疑問を口にしただけだったので、気に触ったかと少し慌ててしまった。
「ああ、ええと、違くて……。いや、でも、できるようになりたいって言うか、みんなの役に立ちそうで、いいなって」
「……そうかな」
 役に立つ、か。ナユタはそれをもう一度繰り返してから、何かを言いかけて、やめた。その様子に、サーヤは更に慌てて言葉を重ねる。
「ご、ごめん! 好奇心だったんだ。なんか、えっと、もし本当は隠したいことだったらごめんね……」
 その様子を見てか、彼は弁明を始めた。
「……ほら、だって、みんなと違うなら普通じゃないだろ。普通と違うのはヘンだ、って」
 村の子供たちは、と、そこまで言ってから彼は失言に気付いたようだった。
「……いや、……、……すまない、忘れておくれ」
 青ざめてこちらを伺ってくる彼の様子に、なにか事情があるのだろうと汲んだサーヤは、困った顔をしながらも、頷いた。
「……うん、今言ってたことは聞かなかったことにするけど、」
 ひとつ呼吸を置いて、
「もし仮に、それ……が、その子たちにとってはヘン? だとしても、ぼくたちがそう思うかどうかは別の問題だよ」
 それだけ言ってから、教室の場所を軽く説明して、サーヤはその場を去ることにした。
 ナユタの表情はそう変わらなかったが、それでも最後に掛けられた感謝の言葉は嘘じゃなさそうだった。
「なあ、サーヤ」
 去り際。ナユタが声を掛けてくる。
「嵐が来るみたいだ。気を付けてね」
 サーヤは首を傾げた。天気予報では今日は晴れ間が続くはずだったが……。と、窓の外を見て、彼の方を再び見る。ナユタは既にどこかに歩き出していて、こちらを見てはいなかった。
 なんだと言うんだ。不穏な言葉に胸をざわつかせながら、サーヤは授業の準備をすることにした。

   *

 レナード先生の戦術の授業はシンプルだった。空図を見ながら駒を動かし、仮想の敵を倒していく。いずれは実戦形式になるだろう、と初回の授業で先生は言った。
「今日は武器を持ったらしいな」
 出席簿を取り出すがてら、先生は雑談としてそんな話題を出した。
「今日から実戦にしても良かったが……、転入生が居てその実力が分からない以上、急に実戦形式を取るのは褒められたことではないだろう。というわけで、今日はちょっとやり方を変えてみようと思う」
 さて、と、全員の出席を確認してから、先生はいつも通り生徒たちを奥の大きな机に集めた。
「エオル・ナ・ガルディア・イ」
 先生が呪文を唱えれば、そこに空図と駒が出現する。魔法で動くこの駒は、先生の指示により、生徒の戦術を再現してくれるものだ。
「今日はこれを使って、敵に囲まれた時の突破の方法を考える授業だ。簡単なテストだな」
 それでは、と先生は駒を動かす。ひとつの青い駒がいくつかの赤い駒に囲まれた。
「この状況になったら、お前たちはどうする」
 いつもは率先して発言するシーアも、戦術の授業は苦手だった。それはほとんどの生徒が同じで、しんとした室内に唸った声が思ったより大きく響いた。
「囲まれてるから、正面から突破は厳しいと思うのよね」
 シーアがそう言った。先生は頷いて駒を動かす。赤い駒が反応して動いて、あっという間に青い駒を囲んでしまった。
「その通りだ。敵の飛ぶ速度がわからない以上、得策とは言えないな」
 それを皮切りに、他の生徒たちも次々と答えていく。リアムは囮を使うと言って、先生が駒を動かしてみせた。悪くはないが、囮になった駒はどうなる。それも助ける。どうやって。リアムは黙り込んだ。
 しんとした室内で、先生の視線がゆっくりと動く。
「サーヤ」
 名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
「え、ええと……」
 サーヤは、自身の作戦にいまいち自信がなかった。先生に促されて、仕方なくそれを発表する。
「周りの様子を観察して、できる限り逃げます。追いかけてきたところで、風の流れが複雑な場所に引き込んで、動きを鈍らせる……かな」
 風の強い場所や風向きが複雑な場所に誘い込む。ウィンドグライダーで飛ぶ敵にとって、風の流れが読めない場所は動きにくい。
 先生は目を細めて駒を動かした。青い駒が逃げるふりをして、一方向にだけ穴を開ける。敵は追いかけてくる。でも、その先は風の乱れが強い場所で、敵の動きが鈍くなる。そこで一気に振り返って反撃する。
「これをやるなら、地理に詳しい必要があるな」
「そ、そうですよね……」
「だが、悪くはない。知識は常に武器だ。このように、実技だけではなく座学も真面目に受けた方がいい。」
 サーヤがほっと胸を撫で下ろした。シーアが背中をポンポンと叩いて、親指を立てる。サーヤはなんだか誇らしくなって、同じように親指を立ててみせた。
 そこで、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「今日の授業はここまでだ。次は先輩方と実技も合わせて授業をするから、各自、基礎のおさらいをしておくように」
 はーい、と元気の良い返事。そうして、戦術の授業が終わった。

   *

 放課後。シーアは売店のお仕事を手伝って来るからとバタバタと出ていった。一緒に行きたい、と言えば、疲れてるでしょ、と断られた。シーアは最近ずっとこの調子で、サーヤはなんだか寂しかった。
 シーアの中では、サーヤは身体が弱かった子供の頃のままなのだろう。理解はしているが、もうそう心配される程ではなくなった。
 よし、と立ち上がる。こうなったら直談判だ。売店のおばちゃんなら分かってくれる!
 そう決めて、売店まで行く道中のことだった。
「だから、いい加減にしなさいって言ってるでしょ!」
 寮の外からそんな大きな声が聞こえた。聞き覚えがあった。マシューのお母さんだ。
 サーヤは慌てて寮の扉を開けた。案の定、マシューとリアムがそこに立っていた。彼のお母さんはサーヤに背を向けていたが、リアムとマシューの視線に気づいたのか振り返る。
「あなた……」
「あっ、えっと……、こんにちは」
 挨拶をする。マシューのお母さんは何事かを思いついたような顔をして、挨拶も返さずマシューに向き直った。
「マシュー、あなた、もしかしてこの子たちがいるから騎士学校に入ったんじゃないの? やめときなさい、そんなのは。子供の勘違いよ、やっぱりあなたはゼフィルアート学院に入るべきだわ!」
 その方が、あなたもきっと幸せよ。サーヤは何を言っているのかよくわからなくて、マシューたちの方を見た。リアムがぽそっと、あーあ、と呟いた。
「違うよ、母さん」
「何が違うっていうの」
 マシューが彼女に向き直る。怒っている、とサーヤでも分かった。
「僕がセレスティア騎士学院に入ったのは、ウィンドグライダーが好きだからだ。彼らに触れ合うためにこの学院に入った。これは何度も説明したと思うよ」
 至って冷静で、静かな口調だった。
「母さんは、僕が選んだことが気に入らない? 気に入らないから、僕には選ばせてくれないの?」
 その声色に、悲しみが滲んだ。
「僕が好きなものは認めてもらえないかな。このままじゃ、僕も、母さんたちの好きなものが認められなくなっちゃうよ。ねえ、母さん、僕はここにいたいんだ」
 マシューはそのまま頭を下げた。
「帰ってください。学院に必要な経費を払ってくれてるのも、ちゃんと僕のことを好きで育ててくれてたのも知ってる。必要なら経費は返すから、僕をここに居させて欲しいんだ」
 マシューのお母さんははくはくを口を開けたり閉じたりして、何かを言おうとしていた。それでも、全くもって言葉が見つからなくて、口を閉ざして、開いて、……。
「……帰ったら?」
 リアムが言う。マシューのお母さんはかっとなって、しかし、すぐにしおらしくなった。
「あなたも、私が悪いって言うの?」
 困ったような声色で、ぽつり。小さい声で漏れた言葉は、サーヤにしか聞き取れなかった。
 首を横に振って、ため息。そうして、彼女は帰って行った。
「マシューくん……」
 サーヤは、彼女の言葉をどう伝えるかで悩んで、とりあえず声を掛けた。マシューは、困ったように笑った。
「サーヤさん。気にしないで」
 いつものことだ。そう言って、寮の中に入っていく。リアムも、じゃあな、とあっさり部屋に戻って行った。
 サーヤは結局それを伝え損ねて、彼の母親が帰って行った方向をしばらく眺めていた。
 ナユタの言葉を思い出す。嵐だった。どうしようも無かった。どうしようも無かったが、なにか、とんでもなく大きななにかを見落としている気がした。

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