灯利うみ
@ao_kzr
イラストレーター
一次創作好き
雑記置き場

よく来たな!

灯利うみの創作物保管庫です。
二次利用は総じて許可しておりません。

  • 最終更新
    2026/05/13 19:20:34
  • 誕生日
    06/19
  • 41
    フォロー
  • 45
    フォロワー
ふたつの翼、ひとつの空 
7話 6357文字

 その日の夜、なんだか寝付けなくてサーヤはそっと部屋を抜け出した。シーアは一度寝たらそう簡単には起きない。食堂で少し水を飲んで、また寝よう。
 食堂まで向かえば、珍しく先客がいるようで、明かりがついていた。そういえば、今日は寮母さんの代わりにヴェルタ先生が入っていた。なんでも、睡眠がおろそかになりがちだからと無理矢理入れられることがあるらしい。お恥ずかしい、困ったものです、とヴェルタ先生は笑っていた。
 ヴェルタ先生が眠れずにいるのかもしれない。こんこん、軽くノックをして、食堂に入る。
 そこに居たのは、予想通り、ヴェルタ先生と、ナユタだった。きょとん、とした顔で二人はこちらを見る。
「サーヤさん。どうしましたか、こんな時間に」
「こちらのセリフですが……」
 机の上には紙が散らばっていた。その横に、制服らしき衣服がちょこん。机を追いやられるように置かれていた。
「ああ……、制服が届いたのと、勉学が遅れているから教えてくれとナユタさんから希望がありましてね。あら? いけない、もうこんな時間ですか」
 ヴェルタ先生は時計を見て、慌てて紙を整理しだした。
「ナユタさん、続きはまた学校で。大丈夫、あなたは賢いから、すぐに慣れるわ」
「はい、ありがとうございます」
 ナユタもそれを整理するのを手伝い始めたので、流れでサーヤもお手伝いをすることにした。
「あ、これ」
 ぱっと手に取ったそこに書かれていたのは古代文字だった。たどたどしく書かれた古代文字がいくつか。文章を紡ぐのにも慣れたように紡がれている古代文字がいくつか。サーヤには読めないが、二人には読めるのだろうか。
「ああ、授業でも少しお話しましたが……。興味深く聞いてくれるので、楽しくなってしまって。悪い癖です」
 お恥ずかしい、と笑いながら、彼女は頬をかいた。
「これ、なんて書いてあるんですか?」
 ヴェルタ先生にそう聞けば、彼女は少し固まる。隣からナユタが声を掛けた。
「風の誓約の日に使う祈りの言葉なんだって先程先生が仰られたよ。風の誓約の日って、君も経験があるの?」
 なるほど。頷いてから、サーヤは答えた。
「あるよ。もう、大変だったんだから……」
 そう言ってから、気づく。騎士学校に入ったとはいえ、彼は風の誓約の日を経験していない。
「先生、ナユタさんのウィンドグライダーって、どういう扱いになるんですか?」
「ああ、ええと、風の誓約の日に風翼の誓いを結べなかった生徒と同じ扱いになりますね。簡単に言うと、補習みたいな感じで。またフェリシアさんにお願いしないといけませんね」
 そのままの話の流れてで、そういえばサーヤさんはどうして食堂に? と、ヴェルタ先生は改めてサーヤに聞いた。眠れなかったのでなにか飲もうと思って、と答えれば、なるほど、と納得したようだった。
 散らばっていた紙たちを整理して、よいしょ、と抱える。
「じゃあ、お二人も早く眠られてくださいね。私も早く眠らないと怒られちゃうわ」
 にこ、と微笑んで、ヴェルタ先生は部屋を出ていった。
「……きみも、寝れそう?」
 サーヤはなんとなくナユタに声をかけた。
「うーん、慣れない土地では眠りづらいね」
 困ったような返答が返ってきた。サーヤは、彼の分の水も汲んで渡した。ありがとう、と返答が返ってきた。
 それからしばらく静かな時間が続いた。サーヤにとっては、聞きたいことは沢山あったが、聞いていいのか分からなくて思案している時間だった。
「何も聞かないの?」
 座ったままのナユタが言った。
「聞いていいの?」
 サーヤが言った言葉に、失言だったと気付いたのか、ナユタは困った顔をした。
「聞いて欲しくないなら聞かないよ」
 ナユタはさらに困ったといったふうに頭をかいて、思考を巡らせ始めた。沈黙。
「……、人と関わるのは難しいね」
 沈黙の末、ナユタはそう言った。
「ボクは今まで、本当に、人と関わってこなかったから。人と話す、ということそのものに戸惑っているんだ」
 多分ね、と付け加えてナユタが話す。
「それは、聞いてもいいやつ?」
「うーん、聞いて欲しいやつ」
 サーヤが聞けば、そう答えが返ってくる。ならいいか、とサーヤは椅子を引いて座った。
「……、サーヤさん、ボクは、雲の下から来たんだよ」
 少し視線を彷徨わせてから、意を決したように、ナユタはそう言った。サーヤは、少し目を開いて、続きを促した。
「ボクも……、こんなふうになるとは思っていなかったけれどね。この風向きが悪いようには感じないんだ」
 しばしの沈黙。サーヤは、少し悩んでから、聞きたいことを聞くことにした。
「雲の下には、どんな世界が広がってるの?」
 ナユタは思い出すように目を細めた。
「うーん、でも、想像通りかな。陽の光の当たらない、真っ暗な土地さ。その分、人工の灯りがよく映えて綺麗なんだよ」
「……じゃあ、どうして雲の上まで?」
 ナユタは再び困った顔をした。そうして、なにか言葉を探すように悩んでから、こう言った。
「地上は、ボクには合わなかったんだよ」

 そうして、サーヤに目を合わせて、さらに言葉を重ねる。
「あそこには、きっとここの誰もが行かない方がいい」
 サーヤは何も言えなくなった。そんなサーヤにふと微笑んで、ナユタは立ち上がる。
「もう遅いから眠ろう。きっとまた話す時が来るさ」
 おやすみ、と出て行ったナユタをなんとなく引き止められなくて、サーヤも仕方なく部屋に戻ることにした。

   *

 次の日。寝ぼけ眼を擦ってサーヤは目を覚ました。シーアはまだ寝ている。いつも通りの時間だ。
 ナユタの言葉を思い出す。わくわくでどきどきの大冒険を想像していたが、彼の言葉は重かった。きっとそれだけではないのだろう。
 あの雲の下に、行けるとしたら。
 父や祖父母へののお土産話には大きすぎる大冒険が、待っているのかもしれない。
 それだけではないとしても、好奇心が駆り立てられて抑えられなかった。
 シーアであれば。
 シーアであれば、どうしただろうか。
 なんとなく誰かに話すのは憚られる気がして、サーヤはぼうっと彼の言葉を思い返すことしか出来なかった。
 そんなタイミングで、目指し時計が鳴る。シーアが起きる時間だ。
「んん……、うるさあい」
 バチン。目指し時計を勢いよく止めて、いつも通りシーアは二度寝をしようとした。
「シーア、起きて」
「んえ〜ん……」
 布団を剥がせば、渋々とシーアは目を覚ます。目を覚まして、ぱちぱちと瞬きをして、サーヤと目を合わせた。
「あんま眠れなかった?」
「えっ」
 なんで。なんとなく。ふああ、と大きく欠伸をして、そのままシーアは顔を洗いに行った。
 いつも通りシーアの髪を結う準備をしながら、サーヤはぼんやりと考える。
 シーアになら、話しても良いかもしれない。ナユタへの言い訳を心の中で述べながら、顔を洗って戻ってきたシーアに声を掛けた。
「シーア、あのね……」

   *

「それってとんでもないことじゃないの!?」
 朝の寮にシーアの声はよく響いた。
「シ、シーア、声がでかい!」
「あら、ごめんなさい」
 慌ててシーアは声を小さくしたが、それでも興奮は抑えられないようだった。
「でも、だって、それって確かに雲の下の世界があるってことでしょ」
「うん……」
「鍵の伝説も本当なのかしら」
「どうだろう、そこまでは聞けなかったな」
 ふうん、とシーアは少し考え込んだ。そうして、サーヤに向き直って、
「これは私たちだけの秘密にしましょ。間違ってもアイツらには教えてやんないんだから!」
「うーん、そうだね。そもそもあんまり勝手に話すようなことじゃないし……」
「そうそう。それに、アイツら最近隠し事が多いのよ、全く……」
 同じようなこと隠してたりしてないかしらね。そう言うシーアはもう冒険のことで頭がいっぱいらしかった。
「でも、地上には行かない方がいいって言ってたよ」
「そうねえ、それについては、機を伺って問いただしましょ。気になるもの」
「問いただす……かはさておき、気になるのには同意だな」
 シーアとサーヤは目を合わせて頷いた。それから、シーアは何かを思い出したように慌てて自分の荷物を漁り始めた。
「そうだ、これ、サーヤにあげるわ!」
 そう言って取り出したのは、入寮の時に売店で見かけた風の鍵のレプリカだった。
「最近の頑張りのおかげで、無事お小遣いが目標まで届いたのよ! だからこれは私からの入学祝い。自分の分も買ってるから安心して受け取りなさいね」
 シーアはとても嬉しそうだった。サーヤは、ありがとう、と受け取って、少し悩んで、こう言った。
「シーア、ぼく、出来れば一緒に頑張りたかったよ」
 シーアは少しきょとんとした。そうして、少しばつが悪そうな顔をした。
「あー……。そ、そうよね! ごめんなさい、私、これが早く欲しくて……」
 もう少し待つべきだったわね、とシーアは言った。そうじゃない。
「ぼく、ちゃんと体力もついたし、昔の弱い身体のままじゃないもん。それに、ちゃんと自分で体調の管理くらいできるよ」
 シーアは困った顔をした。
「それは、知っているけれど……」
 少し悩んで、シーアは言葉を重ねた。
「それでもなんだか心配だったのよ、ただそれだけで」
 言い訳だ、とシーアは思った。でもそれ以上に言葉が浮かばなくて困ってしまった。
「ぼくのこと、もっと信頼してほしいよ、シーア」
 サーヤはなんだかむっとして、少し語気を強めてそう言った。シーアは何も言えなかった。何も言わなかった。それが更に良くなくて、サーヤは先に外に出ることにした。お互いに、冷静になるべきだと思った。
 シーアは、自分の手元にある鍵と、静かに閉められた扉の先を交互に見て、なんだか少し途方に暮れてしまった。

   *

 サーヤが寮の外に出て、一人で学校に向かっていると、リアムとマシューにバッタリと出会った。
「おはよう、サーヤさん」
「はよ。シーアは?」
「おはよう。別に、いつも一緒じゃないもん」
 自分でも分かるような、拗ねたような口調だった。リアムとマシューは顔を見合せた。
「……あ、俺、ペンケース忘れたかも」
 リアムが唐突にそんなことを言った。マシューもサーヤもきょとんとしたが、マシューがそれに乗っかった。
「じゃあ、取りに戻らないと。今からならまだギリギリ間に合うよ」
「おー、走るわ。んじゃ」
 行ってらっしゃい。マシューがそれを見送って、じゃあ行こっか、とサーヤを促した。
 気を使われているのが分かって、なんだかそれが情けなかった。
「大丈夫だよ」
 唐突にマシューが言った。サーヤに目を合わせて、彼は笑った。
「僕もリアムも好きでやってるから」
 それに、と付け加える。
「すぐ仲直りするでしょ。いつもみたいに」
 シーアさんもちゃんと考える人だから、大丈夫だよ。マシューはそれだけ言って、いつも通り雑談を始めた。
 それに少し安心したのと同時に、無くしていた冷静さが戻ってきた気がした。

   *

「あ」
「おっ、舎弟」
 マシューとサーヤが見えなくなったあたりで、リアムは足を止めてシーアを待つことにした。そこで、登校中のジゼルと鉢合わせた。
「何してんすか、こんなとこで立ち止まって」
「別に関係ねえだろ」
「授業に遅れるっすよ〜」
「そうなったら走るって」
 ふうん。不審そうに頭からつま先までじろじろと見たジゼルは、特に変わった点が見つけられなくて首を傾げた。
「えー。やっぱなんかあったんすか?」
「なんもねえって」
「嘘だ〜」
 こいつが居るとややこしくなる、と判断したリアムは断固として教えたくはなかったが、ジゼルもその身を引かなかった。
 むむむ。睨み合いっ子をしていると、後ろからシーアに声をかけられた。
「なにしてんの」
「げ」
「あ」
「げって何よ」
 一人で登校しているシーアに、ジゼルは納得したような顔をした。リアムはなんだかばつが悪くて目を逸らした。
「あんた、喧嘩でもしたんすか」
「うるさいわね」
「だから心配して待ってたんだ!」
 ジゼルがリアムを指さしてそう言った。全力で揶揄っている。
「うるせーよ! そんなんじゃねえって」
「ほんとすか? どう考えたってそんなんでしょ」
「ちげーって、ああもう!」
 てんやわんやだった。シーアもぱちくりと目を丸くしている。リアムは時計を見るふりをした。
「急ぐぞ、授業が始まるから!」
「誤魔化しっすかあ!?」
「うるせえってお前なあ!」
 やいのやいの。騒がしく道を走り出した二人に釣られてシーアも慌てて走り出した。
 いつも二人の通学が、一人じゃなくて少しだけ安心していた。

   *

 最後の授業はイズミ先生の剣術だった。タイミングの悪いことに、二人一組でそれぞれ戦ってみる、という内容だった。
 更に、シーアとサーヤはペアだった。間が悪い。気まずいったらありゃしないしない。たどたどしく礼をして、武器を構える。相手の生徒もそれぞれ武器を構え、先生の合図で訓練が始まった。

 シーアが双剣で突っ込んでいく。突っ込まれた生徒はそれを避けて槍でシーアを吹き飛ばした。
 それに追い討ちをかけようとしたもう片方の生徒の双剣をサーヤが盾で受け止めた。
 その影からシーアが飛び出て迎撃し、一人落とし、二人落とした。
 笛の音が鳴る。礼をして、二人目を合わせ、拳を合わせて、気付く。
 そうだ、今、喧嘩してたんだった!
 慌てて目を逸らしたシーアを見てサーヤなんだかおかしくなって笑ってしまった。
 それを見てシーアはしばらく拗ねたような顔を作ったが、それもなんだかおかしくて、そのうち二人で笑い始めた。なんだか全部がおかしかった。
 リアムとマシューは、それを見て少し安心したように顔を見合せた。世話のやける奴らだな、とリアムが言ったのに、どの口が、とジゼルが突っ込んで、こっちも騒がしくなる。
 最後に、仲が良いのは良いことだけど、授業はちゃんと受けてね、とイズミ先生に名指しで注意をされて、少し恥ずかしい思いをしながら、その日の授業は終わっていった。

   *

「サーヤ」
 放課後。シーアはサーヤに声を掛けた。
「ごめんなさい、私、反省したわ。信頼してない訳じゃないつもりだったの、本当よ」
 困ったようにシーアは目線をうろつかせる。
「いいよ、シーア」
 そんなつもりじゃなかったことなんて、とっくに知っていた。分かっていて、拗ねたかったから、拗ねた。シーアは頷いて、言葉を続けた。
「でも、これからは信頼できるように努めるわ。今のサーヤは今のサーヤだもの」
 サーヤも頷いた。
「帰ろう。今日は私も売店のお手伝いしちゃおうかな」
「良いと思うわ、私、随分慣れたのよ! 教えてあげるから一緒に頑張りましょ」
 そう笑って、扉を開ける。帰路に着く。
 色んなことがあるけれど、その日も、穏やかな日常の延長線で、二人がその事実になんだか少しだけ、安心しているのも事実だった。

   *

「では、風の鍵は封印してきたのですね?」
 ジゼルが校内をふらついていると、そんな声が聞こえた。彼はその身に染み着いた気配を隠す術をフル活用して、その会話を聞くことにした。
「はい。地上にとっても、ここ、雲上にとっても、その方が良いかと思いまして」
 会話の相手はナユタだった。地上。地上って言ったか、今。じ、と息を殺して会話に集中する。
「ジゼル?」
「うわっ」
 声を掛けてきたのはイズミ先生だった。何してるの、と怪しむ視線にべ、と舌をだす。
「なんもしてないすよ、ほんとほんと」
「……まあ、信じるけれど」
 この先生もなんだかんだお人好しだな。そんなことを思いながら、そそくさとその場を去った。
 地上。やっぱりこの雲の下には、大きななにかが隠れている!
 リアムたちにも教えてやろう。そんなことを考えながら、上機嫌でジゼルも帰路に着いた。

 その傍ら、イズミ先生と、音に気付いて出てきたヴェルタ先生は困った顔をしていた。
「隠し通すのは難しいかもしれないね」
「そうですね……」
 ナユタは、なにか、とんでもないことが起きる前のような風向きを感じて不安になった。
 刻一刻と嵐は近付いている。
畳む