#ふたつの翼、ひとつの空 10話 5264文字 続きを読む 寮に戻れば、険しい顔の先生方がロビーで話をしている最中だった。マシューに気付いたティア先生は、表情が和らげておかえり、と声を掛けてくる。 「サーヤさんたちは!?」 「部屋にいるよ~。リアムとジゼルも一緒じゃないかな? ほんとはだめだけど、今は特別にね」 ありがとうございます、とだけ答えて、マシューは彼女たちの部屋に急いだ。 「にしても、もっと早く相談出来たのでは?」 じと、とした顔でヴェルタが言う。イズミは気まずそうに目線をうろつかせた。 「いや……。すみません」 何も言えずに観念したように謝ると、ティアが助け舟を出した。 「でも私たちには共有してくれましたよ、彼」 「えっ」 レナードも頷く。 「……あなたは忙しくしているようだから、職員会議で改めて共有しようかと言っていた」 「ああ~……」 ヴェルタは頭を抱えた。イズミは気まずくて仕方なかった。フォローする言葉が見つからない。 「私も知っていたぞ、ヴェルタ」 いつの間にいたのか、後ろからセラ校長までやって来る。くつくつと笑う彼女はあまりにも楽しそうだった。 「君はいつもそういう役回りだよな。まあ、君はもう現役の騎士ではないわけだし、今回は対処できたんだろう? それはひとまず褒められるべきだ。まあ、対策を立てるべきでもあるが……、なあ、イズミ君」 「やめてくださいよ、先生……」 巻き込まれたイズミは困った顔をした。そうすることでやり過ごそうとしている。変わらないしぐさに、セラはわっはっはと大きく笑った。 「あ……貴方も現役じゃないでしょう……!! ふん、役立たずだと言いたいんですか! 私だって騎士だったわけです、知識であなたをぎゃふんと言わせることだって容易いんですから」 「あはは、悪かったって。ぎゃふんと言わされたくはないからこの辺でやめとくか」 セラの物言いに不満そうなヴェルタをあっさりといなして、セラは全員と顔を合わせた。 「さて、残業だよ、諸君。生徒のためを思うと腕が鳴るねえ」 全員が自然と姿勢を正して返事をした。彼女は不敵にほほ笑む。 「うちの生徒を攫おうととした不届き者の所在を突き止めてやろうじゃないか」 * 「二人とも!」 「うわっ、……なによ、マシューじゃない」 「びっくりした……」 大きく音を立てて扉を開けば、先生の言葉通り、シーアとサーヤ、リアム、ジゼルがいた。マシューは驚かせたことを謝りながらも、大慌てのまま問うた。 「なんか、襲われたって聞いたよ!? 大丈夫だったの、怪我とかは」 「先生方とジゼルがなんとかしてくれたから問題ないわよ」 「ま、慣れっこっすわな」 シーアが答えればジゼルが胸を張る。胸を張ってから、そのまま静かになった。何かを考え込んでいるようだった。 「オマエ、どうしたんだよ」 リアムが聞く。ジゼルはしばらく黙っていたが、リアムの視線が自分に向いていると気づいて顔を上げた。 「……あ、俺すか? いや、……」 そうしてしばらく考え込む。それから、改めてジゼルはこう言った。 「……確証が持てないことは言うべきではないと思うんすよね~。シーアとサーヤって、なんで襲われたかとか分かってんすか?」 ジゼルはそう言って首を傾げた。全員が怪訝そうな顔したが、彼に話す気は無いようだった。 「……まあ、それが分かってたらここで頭付き合わせて悩んだりしてないわよね」 シーアはうーん、と唸ってから答えた。 「ぼくたちも戸惑ってるんだ」 サーヤも困り顔だ。不安そうな二人は顔を見合わせて同時に首を傾げた。 「……」 ほかの四人がああじゃないこうじゃないと憶測を立てる中で、ジゼルだけが静かに何事かを思案していた。 四人ともそれに気付いていたが、深入りしても仕方ないだろうと分かっていたので、気付かないふりをして話を続けた。 * 「ごきげんよう、シーアさん、サーヤさん」 次の日の朝。シーアとサーヤが支度をして寮を出た先で、フェリシア先輩が待っていた。リアムとマシューも一緒だ。 「昨日は大変だったそうですね。お話は聞いております。先生方が悩まれていた様子だったので、わたくしが送迎を申し出ましたの」 疑問が顔に出ていたのか、フェリシアは二人が聞くより先にそう答えた。それに照れたように笑ったサーヤは、シーアと顔を合わせて言った。 「フェリシア先輩が一緒なら安心できるね、シーア!」 「そうね。よろしくお願いします、先輩」 フェリシアは頷いて、そのまま一緒に学校に向かうことになる。いつもなら後ろからジゼルが話しかけてくるのだが、フェリシア先輩が一緒だからか、今日はそれは無かった。 何事もなく校舎へ着く。二人を教室まで送り届けて、フェリシアはこう言った。 「校内には先生方がいらっしゃいますが、それでも十分にお気を付けて。帰りも迎えに参りますから」 「はい、先輩!」 それでは、とフェリシア先輩は上品に手を振って自身の教室へ向かって行った。ジゼルはいつのまにか教室にいたが、特に話しかけては来なかった。クラスメイト達の心配の言葉を受けていると、イズミ先生がホームルームにやって来る。 その日、ジゼルはずっと静かだった。リアムやマシューがそれとなく声を掛けても上の空で、なんだかずいぶんと嫌な予感がした。 * 昼休み。先生たちの監視の目を潜り抜け、屋上で昼食を食べるのがジゼルの日課だった。 「……」 ぼう、っと空を見上げるのは気持ちいい。授業では空の上には宇宙があるのだと言っていたが、どこまでも高く続く青に天井があるようには思えなくて、それをそのまま口にすれば、先生は空に天井はないのだと教えた。そのあとの話はよく分からなかった。 天井がないなら、上って概念もないんじゃねえの。どこからどこまでが俺たちの空で、どこを超えたら宇宙なんだろうか。 よく分からないことばかりだ、と思う。父はジゼルにいろいろなことを教えたが、それらは生きるために必要な技術でしかなかった。 よく分からないことは、知らなくても生きていける。だが、頭を使えたら状況が有利になることもある。これが、ジゼルにとって、新しい学びだった。 もし、自分の頭が良かったら。 今抱えている悩みも、父の後悔も、その他のたくさんのことが、上手くいったりするのだろうか。 ふと、見上げていた空に人の影が差す。――――気づかなかった。顔を上げる。 「やあ、ジゼル。久しぶりだね、覚えているかな」 「――――アンタ、あの時の」 それは、シーアとサーヤを襲った張本人だった。咄嗟にナイフを出そうとして武器の所持を禁止されていたことに気付く。 彼はそれを見てにんまりと笑った。 「覚えているわけではなさそうだね。まあどっちでもいのさ、そんなことは」 不意を衝いて、が、と胸ぐらを捕まれる。声が出せないよう手を口で覆われれば、もう後は何もできなかった。 「おとなしくしていてくれ。そうじゃなきゃ、痛い目に合うと思えよ」 男は小さな声で呪文を唱える。そうすれば、あっという間にジゼルは拘束されてしまった。ろくに抵抗も出来ぬまま、ウィンドグライダーに乗せられる。 「さあ、行こうか」 ね、と男はジゼルに微笑みかけ、ウィンドグライダーに跨ろうとしたところで、 「待ちなさい!」 「おっと」 フェリシアだった。だが一歩遅い、と男はそのまま飛び立った。フェリシアも負けじと飛び立つ。ああ、良い連携ができている、と場違いにもジゼルは思った。 「はあ、面倒だな」 男がぐんぐんと上に飛ぶ。それこそ、宇宙にでも届くんじゃないかと思うほどだった。 フェリシアもそれを追ってきたが、これは罠だった。 ぐい、と方向転換。男が呪文を唱えながらフェリシアに突っ込んだ。思いっきり吹っ飛ぶ。――――それも、地面がある方に。 こんな高さで落ちたら死んでしまう、とジゼルは焦った。その気持ちを汲んだのか、ジゼルのウィンドグライダーがそれを拾った。それに安心した自分がいるのがなんだか居心地悪かった。 フェリシアは態勢を立て直し、ジゼルのウィンドグライダーに跨ったまま負けじとこちらを追おうとする、が―――― 「残念だったな、姫様」 一歩遅い。男はあっさりとそこに置いていたワープゲートに突っ込んで、 ――――彼らの姿は見えなくなった。 * ジゼルが攫われてしまったと報告を受けて、校内は騒然としていた。なるべく一斉に帰宅すること。できれば上級生と一緒に、ということで、その日は集団下校となった。 「お前ら、今日は寮から出るなよ」 「そうだよ、変なことがあったらすぐ先生に言ってね」 リアムもマシューも、特にリアムは珍しく素直に二人を心配してから部屋に戻って行った。 「どうする、シーア」 「ひとまず部屋に戻りましょ、サーヤ。きっと大丈夫よ」 そうだろうか。なんだかとっても不安な気持ちで部屋に戻る。部屋に戻っても二人とも落ち着かなくて、ずっとそわそわと過ごしていた。 ふと、着信が鳴る。おばあちゃんだろうかと顔をほころばせて二人が画面を見れば、そこにはジゼル、と表記があった。 顔を見合わせる。それから、スピーカーにして、録音しながらその電話を取った。 「もしもし?」 「誰よ、アンタ」 知らない声だ。男、だろうか。くつくつと笑う男は、それでもあっさりとネタバラシをした。 「学校、大変そうだね。ジゼル君は無事だよ。最も、生きているだけに過ぎないけれど」 「……要件は何ですか」 サーヤも表情が硬い。おや、と男は意外そうな声を出した。 「もしかしてそんなに心配じゃない? じゃあ別にいいか。このまま彼一人いなくなっても」 「馬鹿なこと言わないで。サーヤはあなたの用件を聞いたの。心配じゃないなんて一言も言ってない」 「おやおや……」 血の気が多いな。向こうはこちらを逆なでする言葉を選んでいるようだった。乗っては思うツボだとシーアは小さく息を吐いた。 「簡単さ、彼を無事に返してほしかったら二人だけでここまで来なさい。場所はメールで送ってあげようとも」 ぽこん、通知が鳴る。確かにメールには座標が表示されていた。 「ほかの人に伝えたり、万が一君たちが来ないようなら、彼はここで一人死んでしまうことになるだろうね」 ね、という声とともに鈍い音、呻き声。 「……っ、分かったからもうジゼルくんに触らないで!」 サーヤも限界のようだった。ふふ、と笑みをこぼした男は、最後に待ってるよと言い残して電話を切った。 「……行きましょ、サーヤ。窓から出ればきっとバレないわ」 「……うん」 不安そうにしながらも、シーアとサーヤは顔を見合わせて頷いた。窓を開けて、木々を伝って外に出る。ドジは踏まなかった。 そのままこそこそと座標の場所まで走った。着いた頃にはジゼルはもう、なんて想像が頭をよぎっては消える。それでも言葉にはせずに走った。言葉にしたら現実になってしまう気がした。 そんな頃。ナユタはなんだか唐突にものすごく嫌な予感がして、寮の中でサーヤを探し回っていた。ノックをする。返事はない。風の音がする。声を掛けてからドアを開ければ、窓が開けっぱなしだった。二人はいない。 「部屋にはいないか……」 開けっぱなしにするなんて、と窓を閉める。それから、リアムとマシュ―を探しに行った。 二人は部屋にいた。息を切らして訪問してきた思ってもいなかった客に目を丸くする。 「――――シーアとサーヤは?」 「は? ここにはいねえけど。部屋じゃね?」 遅かったかもしれない。ナユタの顔色が悪くなったのを見て、マシューが心配そうに声を掛けた。 「もしかして……」 「部屋にはいなかったんだ」 その言葉に、リアムとマシューは目を見合わせて立ち上がる。 「先生呼んできてくれ、俺らは寮の中をもう一度探してみる」 「僕、二階行くよ」 「まかせた」 そう言ってあっという間に走って行った。ナユタもなるべく早く先生方に伝えるべく走り出した。 * 「ああ、来たね」 「ジゼル!」 「ジゼルくん!」 のんびりとした動きで男は二人を制した。拘束されたまま驚いた顔をしているジゼルは思ったより元気そうだった。 「じゃあ、約束通りだ。こっちにおいで」 「……ジゼルを先に開放しなさいよ」 「おや、君たちはそんなことを言える立場じゃないだろう」 男はそう言って、ジゼルにナイフを突きつけた。 「……わかったわよ」 二人が近づいていけば、男は再び呪文を唱えた。身構えることも出来ずに拘束された二人とは反対に、ジゼルの拘束は外されていた。 「ほら、帰りたまえよ。君はもう必要ないから」 「お前……ッ」 「いいのか? この二人の命は今、私が握っているんだよ」 咄嗟に襲い掛かろうとしたジゼルをそんな言葉一つで制する。 「絶対に助けに行くんで。首洗って待ってろ」 悔しそうに言葉を吐いて、ジゼルはウィンドグライダーに乗って行った。不安そうにそれを眺める二人に、男はこう言った。 「いや、いや、みんなして馬鹿で助かるね。君たちには無事でいてもらわないといけないから乱暴はしないけれど、抵抗したら容赦しないよ」 男はそのまま、ウィンドグライダーに二人を乗せて、どこかに飛び立った。行く先も、男の目的も分からないまま飛んでいる中、シーアとサーヤは身を寄せ合うことで何とか恐怖を耐え忍んでいた。 外は風が強くて、嵐が近いことを予感させていた。 畳む 2026.5.6(Wed) 21:52:43 文章,ふたつの翼、ひとつの空
10話 5264文字
寮に戻れば、険しい顔の先生方がロビーで話をしている最中だった。マシューに気付いたティア先生は、表情が和らげておかえり、と声を掛けてくる。
「サーヤさんたちは!?」
「部屋にいるよ~。リアムとジゼルも一緒じゃないかな? ほんとはだめだけど、今は特別にね」
ありがとうございます、とだけ答えて、マシューは彼女たちの部屋に急いだ。
「にしても、もっと早く相談出来たのでは?」
じと、とした顔でヴェルタが言う。イズミは気まずそうに目線をうろつかせた。
「いや……。すみません」
何も言えずに観念したように謝ると、ティアが助け舟を出した。
「でも私たちには共有してくれましたよ、彼」
「えっ」
レナードも頷く。
「……あなたは忙しくしているようだから、職員会議で改めて共有しようかと言っていた」
「ああ~……」
ヴェルタは頭を抱えた。イズミは気まずくて仕方なかった。フォローする言葉が見つからない。
「私も知っていたぞ、ヴェルタ」
いつの間にいたのか、後ろからセラ校長までやって来る。くつくつと笑う彼女はあまりにも楽しそうだった。
「君はいつもそういう役回りだよな。まあ、君はもう現役の騎士ではないわけだし、今回は対処できたんだろう? それはひとまず褒められるべきだ。まあ、対策を立てるべきでもあるが……、なあ、イズミ君」
「やめてくださいよ、先生……」
巻き込まれたイズミは困った顔をした。そうすることでやり過ごそうとしている。変わらないしぐさに、セラはわっはっはと大きく笑った。
「あ……貴方も現役じゃないでしょう……!! ふん、役立たずだと言いたいんですか! 私だって騎士だったわけです、知識であなたをぎゃふんと言わせることだって容易いんですから」
「あはは、悪かったって。ぎゃふんと言わされたくはないからこの辺でやめとくか」
セラの物言いに不満そうなヴェルタをあっさりといなして、セラは全員と顔を合わせた。
「さて、残業だよ、諸君。生徒のためを思うと腕が鳴るねえ」
全員が自然と姿勢を正して返事をした。彼女は不敵にほほ笑む。
「うちの生徒を攫おうととした不届き者の所在を突き止めてやろうじゃないか」
*
「二人とも!」
「うわっ、……なによ、マシューじゃない」
「びっくりした……」
大きく音を立てて扉を開けば、先生の言葉通り、シーアとサーヤ、リアム、ジゼルがいた。マシューは驚かせたことを謝りながらも、大慌てのまま問うた。
「なんか、襲われたって聞いたよ!? 大丈夫だったの、怪我とかは」
「先生方とジゼルがなんとかしてくれたから問題ないわよ」
「ま、慣れっこっすわな」
シーアが答えればジゼルが胸を張る。胸を張ってから、そのまま静かになった。何かを考え込んでいるようだった。
「オマエ、どうしたんだよ」
リアムが聞く。ジゼルはしばらく黙っていたが、リアムの視線が自分に向いていると気づいて顔を上げた。
「……あ、俺すか? いや、……」
そうしてしばらく考え込む。それから、改めてジゼルはこう言った。
「……確証が持てないことは言うべきではないと思うんすよね~。シーアとサーヤって、なんで襲われたかとか分かってんすか?」
ジゼルはそう言って首を傾げた。全員が怪訝そうな顔したが、彼に話す気は無いようだった。
「……まあ、それが分かってたらここで頭付き合わせて悩んだりしてないわよね」
シーアはうーん、と唸ってから答えた。
「ぼくたちも戸惑ってるんだ」
サーヤも困り顔だ。不安そうな二人は顔を見合わせて同時に首を傾げた。
「……」
ほかの四人がああじゃないこうじゃないと憶測を立てる中で、ジゼルだけが静かに何事かを思案していた。
四人ともそれに気付いていたが、深入りしても仕方ないだろうと分かっていたので、気付かないふりをして話を続けた。
*
「ごきげんよう、シーアさん、サーヤさん」
次の日の朝。シーアとサーヤが支度をして寮を出た先で、フェリシア先輩が待っていた。リアムとマシューも一緒だ。
「昨日は大変だったそうですね。お話は聞いております。先生方が悩まれていた様子だったので、わたくしが送迎を申し出ましたの」
疑問が顔に出ていたのか、フェリシアは二人が聞くより先にそう答えた。それに照れたように笑ったサーヤは、シーアと顔を合わせて言った。
「フェリシア先輩が一緒なら安心できるね、シーア!」
「そうね。よろしくお願いします、先輩」
フェリシアは頷いて、そのまま一緒に学校に向かうことになる。いつもなら後ろからジゼルが話しかけてくるのだが、フェリシア先輩が一緒だからか、今日はそれは無かった。
何事もなく校舎へ着く。二人を教室まで送り届けて、フェリシアはこう言った。
「校内には先生方がいらっしゃいますが、それでも十分にお気を付けて。帰りも迎えに参りますから」
「はい、先輩!」
それでは、とフェリシア先輩は上品に手を振って自身の教室へ向かって行った。ジゼルはいつのまにか教室にいたが、特に話しかけては来なかった。クラスメイト達の心配の言葉を受けていると、イズミ先生がホームルームにやって来る。
その日、ジゼルはずっと静かだった。リアムやマシューがそれとなく声を掛けても上の空で、なんだかずいぶんと嫌な予感がした。
*
昼休み。先生たちの監視の目を潜り抜け、屋上で昼食を食べるのがジゼルの日課だった。
「……」
ぼう、っと空を見上げるのは気持ちいい。授業では空の上には宇宙があるのだと言っていたが、どこまでも高く続く青に天井があるようには思えなくて、それをそのまま口にすれば、先生は空に天井はないのだと教えた。そのあとの話はよく分からなかった。
天井がないなら、上って概念もないんじゃねえの。どこからどこまでが俺たちの空で、どこを超えたら宇宙なんだろうか。
よく分からないことばかりだ、と思う。父はジゼルにいろいろなことを教えたが、それらは生きるために必要な技術でしかなかった。
よく分からないことは、知らなくても生きていける。だが、頭を使えたら状況が有利になることもある。これが、ジゼルにとって、新しい学びだった。
もし、自分の頭が良かったら。
今抱えている悩みも、父の後悔も、その他のたくさんのことが、上手くいったりするのだろうか。
ふと、見上げていた空に人の影が差す。――――気づかなかった。顔を上げる。
「やあ、ジゼル。久しぶりだね、覚えているかな」
「――――アンタ、あの時の」
それは、シーアとサーヤを襲った張本人だった。咄嗟にナイフを出そうとして武器の所持を禁止されていたことに気付く。
彼はそれを見てにんまりと笑った。
「覚えているわけではなさそうだね。まあどっちでもいのさ、そんなことは」
不意を衝いて、が、と胸ぐらを捕まれる。声が出せないよう手を口で覆われれば、もう後は何もできなかった。
「おとなしくしていてくれ。そうじゃなきゃ、痛い目に合うと思えよ」
男は小さな声で呪文を唱える。そうすれば、あっという間にジゼルは拘束されてしまった。ろくに抵抗も出来ぬまま、ウィンドグライダーに乗せられる。
「さあ、行こうか」
ね、と男はジゼルに微笑みかけ、ウィンドグライダーに跨ろうとしたところで、
「待ちなさい!」
「おっと」
フェリシアだった。だが一歩遅い、と男はそのまま飛び立った。フェリシアも負けじと飛び立つ。ああ、良い連携ができている、と場違いにもジゼルは思った。
「はあ、面倒だな」
男がぐんぐんと上に飛ぶ。それこそ、宇宙にでも届くんじゃないかと思うほどだった。
フェリシアもそれを追ってきたが、これは罠だった。
ぐい、と方向転換。男が呪文を唱えながらフェリシアに突っ込んだ。思いっきり吹っ飛ぶ。――――それも、地面がある方に。
こんな高さで落ちたら死んでしまう、とジゼルは焦った。その気持ちを汲んだのか、ジゼルのウィンドグライダーがそれを拾った。それに安心した自分がいるのがなんだか居心地悪かった。
フェリシアは態勢を立て直し、ジゼルのウィンドグライダーに跨ったまま負けじとこちらを追おうとする、が――――
「残念だったな、姫様」
一歩遅い。男はあっさりとそこに置いていたワープゲートに突っ込んで、
――――彼らの姿は見えなくなった。
*
ジゼルが攫われてしまったと報告を受けて、校内は騒然としていた。なるべく一斉に帰宅すること。できれば上級生と一緒に、ということで、その日は集団下校となった。
「お前ら、今日は寮から出るなよ」
「そうだよ、変なことがあったらすぐ先生に言ってね」
リアムもマシューも、特にリアムは珍しく素直に二人を心配してから部屋に戻って行った。
「どうする、シーア」
「ひとまず部屋に戻りましょ、サーヤ。きっと大丈夫よ」
そうだろうか。なんだかとっても不安な気持ちで部屋に戻る。部屋に戻っても二人とも落ち着かなくて、ずっとそわそわと過ごしていた。
ふと、着信が鳴る。おばあちゃんだろうかと顔をほころばせて二人が画面を見れば、そこにはジゼル、と表記があった。
顔を見合わせる。それから、スピーカーにして、録音しながらその電話を取った。
「もしもし?」
「誰よ、アンタ」
知らない声だ。男、だろうか。くつくつと笑う男は、それでもあっさりとネタバラシをした。
「学校、大変そうだね。ジゼル君は無事だよ。最も、生きているだけに過ぎないけれど」
「……要件は何ですか」
サーヤも表情が硬い。おや、と男は意外そうな声を出した。
「もしかしてそんなに心配じゃない? じゃあ別にいいか。このまま彼一人いなくなっても」
「馬鹿なこと言わないで。サーヤはあなたの用件を聞いたの。心配じゃないなんて一言も言ってない」
「おやおや……」
血の気が多いな。向こうはこちらを逆なでする言葉を選んでいるようだった。乗っては思うツボだとシーアは小さく息を吐いた。
「簡単さ、彼を無事に返してほしかったら二人だけでここまで来なさい。場所はメールで送ってあげようとも」
ぽこん、通知が鳴る。確かにメールには座標が表示されていた。
「ほかの人に伝えたり、万が一君たちが来ないようなら、彼はここで一人死んでしまうことになるだろうね」
ね、という声とともに鈍い音、呻き声。
「……っ、分かったからもうジゼルくんに触らないで!」
サーヤも限界のようだった。ふふ、と笑みをこぼした男は、最後に待ってるよと言い残して電話を切った。
「……行きましょ、サーヤ。窓から出ればきっとバレないわ」
「……うん」
不安そうにしながらも、シーアとサーヤは顔を見合わせて頷いた。窓を開けて、木々を伝って外に出る。ドジは踏まなかった。
そのままこそこそと座標の場所まで走った。着いた頃にはジゼルはもう、なんて想像が頭をよぎっては消える。それでも言葉にはせずに走った。言葉にしたら現実になってしまう気がした。
そんな頃。ナユタはなんだか唐突にものすごく嫌な予感がして、寮の中でサーヤを探し回っていた。ノックをする。返事はない。風の音がする。声を掛けてからドアを開ければ、窓が開けっぱなしだった。二人はいない。
「部屋にはいないか……」
開けっぱなしにするなんて、と窓を閉める。それから、リアムとマシュ―を探しに行った。
二人は部屋にいた。息を切らして訪問してきた思ってもいなかった客に目を丸くする。
「――――シーアとサーヤは?」
「は? ここにはいねえけど。部屋じゃね?」
遅かったかもしれない。ナユタの顔色が悪くなったのを見て、マシューが心配そうに声を掛けた。
「もしかして……」
「部屋にはいなかったんだ」
その言葉に、リアムとマシューは目を見合わせて立ち上がる。
「先生呼んできてくれ、俺らは寮の中をもう一度探してみる」
「僕、二階行くよ」
「まかせた」
そう言ってあっという間に走って行った。ナユタもなるべく早く先生方に伝えるべく走り出した。
*
「ああ、来たね」
「ジゼル!」
「ジゼルくん!」
のんびりとした動きで男は二人を制した。拘束されたまま驚いた顔をしているジゼルは思ったより元気そうだった。
「じゃあ、約束通りだ。こっちにおいで」
「……ジゼルを先に開放しなさいよ」
「おや、君たちはそんなことを言える立場じゃないだろう」
男はそう言って、ジゼルにナイフを突きつけた。
「……わかったわよ」
二人が近づいていけば、男は再び呪文を唱えた。身構えることも出来ずに拘束された二人とは反対に、ジゼルの拘束は外されていた。
「ほら、帰りたまえよ。君はもう必要ないから」
「お前……ッ」
「いいのか? この二人の命は今、私が握っているんだよ」
咄嗟に襲い掛かろうとしたジゼルをそんな言葉一つで制する。
「絶対に助けに行くんで。首洗って待ってろ」
悔しそうに言葉を吐いて、ジゼルはウィンドグライダーに乗って行った。不安そうにそれを眺める二人に、男はこう言った。
「いや、いや、みんなして馬鹿で助かるね。君たちには無事でいてもらわないといけないから乱暴はしないけれど、抵抗したら容赦しないよ」
男はそのまま、ウィンドグライダーに二人を乗せて、どこかに飛び立った。行く先も、男の目的も分からないまま飛んでいる中、シーアとサーヤは身を寄せ合うことで何とか恐怖を耐え忍んでいた。
外は風が強くて、嵐が近いことを予感させていた。
畳む