#ふたつの翼、ひとつの空 3話 6130文字 続きを読む 風が、吹き抜けて行った。 セレスティア騎士学院の大広間に、盛大な音楽が流れ始める。高い天井から差し込む光が、整列した生徒たちの上に降り注いで、まるで祝福のようだった。 その光景に、シーアとサーヤは思わず息を飲んだ。 今日は、記念すべきセレスティア騎士学院の入学式だ。 おじいちゃんもおばあちゃんも、ウィンドグライダーに乗って王都まで見に来てくれているようだった。 彼らに小さく手を振ってから辺りを見渡す。クラスメイトたちはみんな、まっすぐ前を向いていた。 ここにいる人たちはみんな、強くなりたくてここにいるんだ。 そう思うとわくわくして、今にも走り出したくなった。 「続いては、校長先生のお話です」 アナウンスが流れて、校長先生らしき細身の綺麗な女性が壇上に上がった。少しの驚きが、空気をざわつかせた。 少しばかりマイクの確認をしてから、ふう、と一つ息をついた彼女は、声を出す。 「風は、行き先を選ばない」 強く、芯のある声だった。校長先生――――セラ校長は、壇上からゆっくりと生徒たちを見渡した。 「どんな者にも等しく吹き、どんな者にも等しく翼を与える。強い者にも、弱い者にも。正しい者にも、そうでない者にも」 一拍。 「だから、風に恥じない騎士になりなさい。それだけでいい」 「――――アタシを失望させないように」 以上。彼女はその言葉でスピーチを締めた。ぱちぱちと拍手がおきて、来賓の挨拶、校歌斉唱、その後に先生方の紹介。 一年生の授業を担当する先生はイズミ先生を含め四人だった。 「レナードだ。戦術や作戦の立案の授業を担当をしている。最も、そんなことは必要にならない方がいいんだが……」 ガタイの良い怖い顔の先生がそう語り出そうとして、ひとつ咳払いをした。 「こほん。この話は長くなりそうだ。えーと、一年生の諸君、よろしく頼む」 「相変わらずお堅いなあ、レナード先生は!」 隣で楽しそうに笑う女性につつかれて、レナード先生は少し眉間に皺を寄せた。 気にも止めない彼女は前に出る。 「ティアです! ウィンドグライダーの操縦の授業をします。操縦って言うと機械みたいでやだよねえ、彼らは生き物なのにね~」 あっはっは。そんな言葉も一人で笑い飛ばして、よろしくね、と言葉が付け加えられた。 その隣で、穏やかな表情をした先生が一歩前に出る。 「ヴェルタです。座学的なところはおおよそ担当なんじゃないでしょうか」 うーん、そうですね、と首を捻ってから、言葉がまとまったのかこちらに向き直る。 「歴史や文化、教養、あと魔法の授業を担当しています。よろしくお願いしますね」 最後にイズミ先生が前に出た。 「はあい、イズミで~す。先に寮に入ってる子達には言ったけど、今年の一年生の担任の先生をやります。あと武道・剣道の授業もやるからね~」 ひと呼吸。 「分かってる子もいるかもしれないけど、君たちが今日から学ぶ技術は人を殺す技術だからね。授業は真面目に受けること。そうじゃないと、自分の命が守れないからね」 よろしくね、と念を押して、先生方の自己紹介は締められた。拍手が響く。 その空気のまま入学式は終わり、新入生の生徒、そしてその保護者たちは、先生に連れられて教室に行くことになった。 シーアとサーヤはそわそわと辺りを見渡した。今年の一年生は一クラスだけのようだった。 席順はみんなバラバラで、サーヤはなんだか少し寂しかったが、いやいや、でも、と思い直す。イズミ先生の言う通り、真面目に授業を受けるための計らいなのだろうと思うことにした。 ざわざわと騒がしい教室の中、イズミ先生がパチリと手を叩く。 「はい、静かに! 色々と話したいことがあるかもしれないけど、一旦僕の話を聞いてねー」 静かになった生徒たちを見て、イズミ先生はうんうんと頷いた。 「さて、今日からこのクラスのみんなで授業を受けてもらいます。なので、まずは自己紹介からだよね」 生徒一人一人の顔を見て、にっこりと先生は笑った。 「仲良くするにはある程度をお互いを知ってもらうことが一番! じゃあ君から、どうぞ」 席の端っこに座っていた生徒が指され、自己紹介をしていく。みんながみんな堂々と自己紹介するので、慌てて自分の自己紹介を考える羽目になった。 「シーアよ。いつかお父様のように立派な冒険者になるために騎士学院に入ったわ! よろしくね」 シーアがサーヤにウィンクを飛ばした。 「マシューです。ウィンドグライダーと沢山触れ合いたくて騎士学院に入りました。よろしくお願いします」 「俺はリアム。……そんな大それた理由はないけど、戦えたらかっけえなと思って騎士学院に入りました。よろしく」 二人もあっさりと自己紹介をこなした。 そうしているうちに、気付けばサーヤの番になってしまっていて、慌てて立ち上がる。 「ええっと、サーヤです! シーアと一緒で、いつか立派な冒険者になるために騎士学院に入りました。よろしくお願いします!」 無事、自己紹介を終えて座る。自分の自己紹介考えるのに必死で、他の子達の自己紹介はあまり頭に残らなかった。 あとでシーアに教えてもらおう。そう静かに決心していれば、全員の自己紹介が終わっていた。 よしよしと満足気なイズミ先生は、その後の連絡事項をさっさと済ませて、パタリと出席簿を畳んだ。 「さて、今日はこれでおしまい! 明日から授業だから気を引き締めて来るように。それじゃあね~」 手をひらひらと振ってイズミ先生は生徒を解散させる。シーアとサーヤは真っ直ぐにおじいちゃんとおばあちゃんの元に駆け寄った。 「おじいちゃん! おばあちゃん!」 彼らは嬉しそうに顔を綻ばせ、二人を穏やかに迎え入れた。 「見てたかしら! 私たち、無事に入学したのよ!」 「ええ、ええ、見てたわよ~」 「……」 おばあちゃんがニコニコ笑ってそう言った横で、無言で立っているおじいちゃんの目元は少し赤かった。 「おじいちゃんたら、入学式の時ずっと泣いてたんだから。私も泣きそうになっちゃったわ~」 「こ、こら、その話はいいだろう」 シーアとサーヤは顔を見合せて笑った。しばらくの寮暮らしであまり会えていなかったが、彼らは変わらずだった。 寮の部屋が広くて嬉しいこと。それでも屋根裏部屋が恋しいこと。おじいちゃんとおばあちゃんがいなくて寂しいこと。でも、楽しみな気持ちが勝っていること。そんな話を次々二人でしていれば、おじいちゃんもおばあちゃんも安心したように笑った。 「二人とも、楽しそうねえ。私たちまで寂しくなっちゃうわ~」 「先生方に迷惑はかけないようにするんだぞ」 「もちろん!」 「当然だわ」 まあ、なんだ、二人なら大丈夫だろう。とおじいちゃんが言ったあたりで、帰りのウィンドグライダーのタクシーが来たことを告げるアナウンスが鳴る。 「ああ、そろそろね。」 「ああ……。それじゃ、二人とも、また」 「うん、おじいちゃん、おばあちゃん!」 「またね!」 おじいちゃんとおばあちゃんを見送れば、二人だけ、というのが急に寂しく感じた。 それでも、きっと、大丈夫だ。 「ねえ、サーヤ! せっかく学園に来たことだし、少しだけ探検してから帰らない!?」 「え、あ、それって良いのかな!?」 「だって、もう私たちの学校でしょ!」 に、と笑ってシーアが駆け出す。サーヤはそれを慌てて追うことになった。 シーアがぱたぱたと廊下を走っていけば、どん、と誰かにぶつかる。わ、とシーアがよろけたのを受け止めて、その人は、安心したように微笑んだ。 「ああ、良かった。すみません、よそ見をしていたもので」 大丈夫でしたか? と、シーアに問う。ふと、思い出した。試験の日、リアムが落ちかけた時に駆けつけてくれた先輩だ。 「だ、大丈夫です! こちらこそ、すみません」 自然と敬語になったシーアに、先輩はこう言った。 「廊下を走るのは危ないので、なるべくやめましょうね」 その綺麗な所作に見惚れていたシーアとサーヤにそうやって念を押す。すみません、と答えれば、彼女はまた微笑んだ。 「あの時は受験生でしたね。入学おめでとうございます、わたくしはフェリシア。」 「は、はい! 私はシーアです」 「ぼくはサーヤです」 「いつかきっとなにかで一緒になる日も来るでしょう、頼もしい一年生のおふたりさん。その時はよろしくお願いいたしますね」 それでは、とフェリシアが去ろうとしたところで、 「ああ、あなたは本当に馬鹿な子!」 と、近くから怒鳴り声が聞こえた。 眉根を潜めたフェリシアは、ため息をひとつ着いて、二人に向き直る。 「……念の為、先生を呼んできてもらえますか」 「は、はい!」 誰かに何かがあったら大変だからと、指示通り、シーアとサーヤは先生を呼びに行くことにした。 * フェリシアがその声の方に向かえば、一人の生徒とその母親であろう人物が立っていた。揉めているようだ。怒鳴り声がきんきんとしていて耳に悪い。 「本当にこんな場所に通うなんて! あなたは本当は絵を描くべきだって、なんで分かってくれないのかしら」 生徒――――マシューは事態を悪化させたくないのか、ただ、黙りこくっていた。 母親の方を見る。フェリシアも見たことがある。確か、著名な画家だったはずだ。あまり良い噂は聞いたことがない。こんなところで人目もはばからず喚いているのだから、おおよそは真実なのかもしれない、と思った。 だとしても、自身の顔くらいは知っているだろう、と判断して、フェリシアはひとつ、前に出る。 「ご家族でのご歓談中、失礼いたしますわ。今、わたくしの通う学院に何と?」 突然の乱入に眉を顰めてフェリシアの方を見た彼の母親は、分かりやすく慌てて笑顔を浮かべた。 「姫様!? ど、どうして……、ふふ、いえ、嫌だ、姫様ともなれば、私たちのことだってご存知でしょう。この子に言ってやってくれないかしら、我が家に生まれておきながら、ゼフィルアート学院に入らないのはおかしい、って」 この子は才能に恵まれているんです、他の子達と違って。彼女はそう言って笑った。噂通りだな、と思った。 フェリシアは小さくため息をついた。ああ、波風を立ててしまう。しかし、火のないところに煙は立たない。フェリシアは意を決して、口を開いた。 「失礼、わたくしは彼の意思が尊重されるべきと思いますわ」 あなたはどうしたいの。そうしてマシューに視線を向ければ、彼はまっすぐ母親を見てこう言った。 「母さん、前々から言ってるけど、僕はここで学びたいことがあるんだ」 彼の母親は口元をひくりと引き攣らせた。 「家系、血筋問わず、子供にはやりたいことをやらせるのが一番、とわたくしは考えます。それが本当にやりたいことなら、尚更。彼の人生はあなたがたのものではございませんよ」 ところで、とフェリシアはマシューの方を見る。 「貴方のことを先生がお呼びです。ついてきてくださるかしら」 マシューは慌てて頷いた。それじゃあ、と両親に断りを入れて、踵を返す。 残された母親の方はなんだかんだと騒いでいたが、そのうち先生方が駆け付け、騒ぎは半ば無理矢理な形で収束した。 * 「マシュー!」 「マシューくん!」 シーアとサーヤがイズミ先生を連れてきた頃には、騒ぎは終わっていた。 「あちゃあ、ごめんね。ちょっと用事があって出ていたんだ、他の先生方が対応してくれて良かったよ」 大丈夫だった? とイズミ先生は二人――――フェリシアとマシューに問う。フェリシアは頷いた。マシューは静かに頭を下げた。 「ごめんなさい、先生。うちの家族が……」 「ああ、いやいや、いいんだよ。顔を上げて」 イズミ先生にそう言われて顔を上げたマシューは、心底困り果てているようだった。 「僕、どうしたらいいんでしょうか」 フェリシアがひとつ、息をついた。 「あなたがやりたいことは明確なんでしょう」 「……はい、ですが」 マシューは彼女に視線を合わせずに頷いた。続く言葉を制して彼女は話す。 「困っている子供を助けるのが大人の役目、ですよね、先生」 「……そうだね。強いて言うなら、君も子供だよ、ということくらいかな」 笑って頷いたイズミ先生は、フェリシアに釘を刺すことも忘れない。フェリシアは少し不満気な顔をしたが、特に何も言わなかった。 「沢山迷惑をかけてくれよ、マシューくん。先生たちは大丈夫だから」 マシューは少し迷ってから頷いた。シーアとサーヤは、その光景を見ていることしか出来なかった。 そのうち、今日の終わりを告げる鐘が鳴る。イズミ先生は、もうそんな時間か、と零した。 「じゃあ、今日は解散! 疲れたでしょう、寮でいっぱい休んでね」 そうだ、と良いことを思いついたと言わんばかりに先生は指先を振った。 「ゼフィ・ドラヴァン・フォーレ・ス!」 その言葉と共に、ふ、と身体が軽くなる。翼が生えたよう、とはこのことだろうか。 本物の魔法だ。おじいちゃんとおばあちゃんが使っていたみたいな。シーアとサーヤは驚いて、イズミ先生の方を見た。 「イズミ先生って魔法使えるんですか!?」 「使えるよー。君たちもそのうち学ぶことになるからね」 それじゃ、先生は仕事してくるから。そう言って手を振って去っていく彼の背を見送ってから、フェリシアは三人に向き直った。 「寮まで送りましょう。どうせ目的地は同じですから」 * 寮に戻れば、大広間でリアムが待っていた。 読んでいた本から顔を上げて、咎めるようにリアムは言う。 「どこ行ってたんだよ」 俺一人ですげ~気まずかったけど。言葉の外にそんな雰囲気を醸しつつ彼はこちらを見た。 「それ、何読んでるの?」 そんなことは知ったことでは無いシーアが強引に話題を変えた。 「話聞けよ。……別に、何読んでてもいいだろ」 む、としたリアムは、それでも深入りはしなかった。 「えー! 気になるじゃない、教えなさいよ」 「嫌だよ! シーアには絶対教えてやらないね」 「なんでよ!」 ぎゃんぎゃん。いつも通りやり合い始めた二人をよそに、サーヤはマシューに声をかけた。 「マシューくん」 「なに?」 「ぼくたちにも頼ってね。リアムくんも、シーアも、きっとその方が嬉しいから」 マシューは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに破顔して頷いた。 「ありがとう。そうさせてもらおうかな」 サーヤはそれに頷いてから、シーアとリアムにご飯を食べようと誘いに行った。 フェリシアは、しばらくそれを眺めてから、ああいう距離の近さが、自分にはまだ分からなくて、少し羨ましい気がした。 * 「リアム」 夕食を済ませ、寮の部屋に戻ったマシューは、リアムに声を掛けた。 なんだよ。言葉にせずに視線だけを寄越したリアムに、マシューは苦笑してからこう言った。 「気を回してくれてありがとう」 「はあ?」 「踏み込まなかったでしょ」 別に、お前のためじゃない、と、リアムはそっぽを向いた。ああ、拗ねているなあ、とマシューは思った。 「いつか解決したら、笑い話として聞いてくれたら嬉しいよ。今は、……ちょっと情けなくてね」 リアムはそっぽを向いたままだ。 しばらくの沈黙。後、リアムが口を開いた。 「マシューだって、踏み込んで来ねえじゃん」 だから、これはお前のためじゃない。そう言ったリアムは、マシューがリアムの読んでいる本の内容とその意味を理解していることを知っていた。 再び沈黙。マシューは何を言うか悩んで、結局何も言わずに、おやすみ、と声をかけた。 帰ってくる声は、なかった。 畳む 2026.3.11(Wed) 08:23:56 文章,ふたつの翼、ひとつの空
3話 6130文字
風が、吹き抜けて行った。
セレスティア騎士学院の大広間に、盛大な音楽が流れ始める。高い天井から差し込む光が、整列した生徒たちの上に降り注いで、まるで祝福のようだった。
その光景に、シーアとサーヤは思わず息を飲んだ。
今日は、記念すべきセレスティア騎士学院の入学式だ。
おじいちゃんもおばあちゃんも、ウィンドグライダーに乗って王都まで見に来てくれているようだった。
彼らに小さく手を振ってから辺りを見渡す。クラスメイトたちはみんな、まっすぐ前を向いていた。
ここにいる人たちはみんな、強くなりたくてここにいるんだ。
そう思うとわくわくして、今にも走り出したくなった。
「続いては、校長先生のお話です」
アナウンスが流れて、校長先生らしき細身の綺麗な女性が壇上に上がった。少しの驚きが、空気をざわつかせた。
少しばかりマイクの確認をしてから、ふう、と一つ息をついた彼女は、声を出す。
「風は、行き先を選ばない」
強く、芯のある声だった。校長先生――――セラ校長は、壇上からゆっくりと生徒たちを見渡した。
「どんな者にも等しく吹き、どんな者にも等しく翼を与える。強い者にも、弱い者にも。正しい者にも、そうでない者にも」
一拍。
「だから、風に恥じない騎士になりなさい。それだけでいい」
「――――アタシを失望させないように」
以上。彼女はその言葉でスピーチを締めた。ぱちぱちと拍手がおきて、来賓の挨拶、校歌斉唱、その後に先生方の紹介。
一年生の授業を担当する先生はイズミ先生を含め四人だった。
「レナードだ。戦術や作戦の立案の授業を担当をしている。最も、そんなことは必要にならない方がいいんだが……」
ガタイの良い怖い顔の先生がそう語り出そうとして、ひとつ咳払いをした。
「こほん。この話は長くなりそうだ。えーと、一年生の諸君、よろしく頼む」
「相変わらずお堅いなあ、レナード先生は!」
隣で楽しそうに笑う女性につつかれて、レナード先生は少し眉間に皺を寄せた。
気にも止めない彼女は前に出る。
「ティアです! ウィンドグライダーの操縦の授業をします。操縦って言うと機械みたいでやだよねえ、彼らは生き物なのにね~」
あっはっは。そんな言葉も一人で笑い飛ばして、よろしくね、と言葉が付け加えられた。
その隣で、穏やかな表情をした先生が一歩前に出る。
「ヴェルタです。座学的なところはおおよそ担当なんじゃないでしょうか」
うーん、そうですね、と首を捻ってから、言葉がまとまったのかこちらに向き直る。
「歴史や文化、教養、あと魔法の授業を担当しています。よろしくお願いしますね」
最後にイズミ先生が前に出た。
「はあい、イズミで~す。先に寮に入ってる子達には言ったけど、今年の一年生の担任の先生をやります。あと武道・剣道の授業もやるからね~」
ひと呼吸。
「分かってる子もいるかもしれないけど、君たちが今日から学ぶ技術は人を殺す技術だからね。授業は真面目に受けること。そうじゃないと、自分の命が守れないからね」
よろしくね、と念を押して、先生方の自己紹介は締められた。拍手が響く。
その空気のまま入学式は終わり、新入生の生徒、そしてその保護者たちは、先生に連れられて教室に行くことになった。
シーアとサーヤはそわそわと辺りを見渡した。今年の一年生は一クラスだけのようだった。
席順はみんなバラバラで、サーヤはなんだか少し寂しかったが、いやいや、でも、と思い直す。イズミ先生の言う通り、真面目に授業を受けるための計らいなのだろうと思うことにした。
ざわざわと騒がしい教室の中、イズミ先生がパチリと手を叩く。
「はい、静かに! 色々と話したいことがあるかもしれないけど、一旦僕の話を聞いてねー」
静かになった生徒たちを見て、イズミ先生はうんうんと頷いた。
「さて、今日からこのクラスのみんなで授業を受けてもらいます。なので、まずは自己紹介からだよね」
生徒一人一人の顔を見て、にっこりと先生は笑った。
「仲良くするにはある程度をお互いを知ってもらうことが一番! じゃあ君から、どうぞ」
席の端っこに座っていた生徒が指され、自己紹介をしていく。みんながみんな堂々と自己紹介するので、慌てて自分の自己紹介を考える羽目になった。
「シーアよ。いつかお父様のように立派な冒険者になるために騎士学院に入ったわ! よろしくね」
シーアがサーヤにウィンクを飛ばした。
「マシューです。ウィンドグライダーと沢山触れ合いたくて騎士学院に入りました。よろしくお願いします」
「俺はリアム。……そんな大それた理由はないけど、戦えたらかっけえなと思って騎士学院に入りました。よろしく」
二人もあっさりと自己紹介をこなした。
そうしているうちに、気付けばサーヤの番になってしまっていて、慌てて立ち上がる。
「ええっと、サーヤです! シーアと一緒で、いつか立派な冒険者になるために騎士学院に入りました。よろしくお願いします!」
無事、自己紹介を終えて座る。自分の自己紹介考えるのに必死で、他の子達の自己紹介はあまり頭に残らなかった。
あとでシーアに教えてもらおう。そう静かに決心していれば、全員の自己紹介が終わっていた。
よしよしと満足気なイズミ先生は、その後の連絡事項をさっさと済ませて、パタリと出席簿を畳んだ。
「さて、今日はこれでおしまい! 明日から授業だから気を引き締めて来るように。それじゃあね~」
手をひらひらと振ってイズミ先生は生徒を解散させる。シーアとサーヤは真っ直ぐにおじいちゃんとおばあちゃんの元に駆け寄った。
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
彼らは嬉しそうに顔を綻ばせ、二人を穏やかに迎え入れた。
「見てたかしら! 私たち、無事に入学したのよ!」
「ええ、ええ、見てたわよ~」
「……」
おばあちゃんがニコニコ笑ってそう言った横で、無言で立っているおじいちゃんの目元は少し赤かった。
「おじいちゃんたら、入学式の時ずっと泣いてたんだから。私も泣きそうになっちゃったわ~」
「こ、こら、その話はいいだろう」
シーアとサーヤは顔を見合せて笑った。しばらくの寮暮らしであまり会えていなかったが、彼らは変わらずだった。
寮の部屋が広くて嬉しいこと。それでも屋根裏部屋が恋しいこと。おじいちゃんとおばあちゃんがいなくて寂しいこと。でも、楽しみな気持ちが勝っていること。そんな話を次々二人でしていれば、おじいちゃんもおばあちゃんも安心したように笑った。
「二人とも、楽しそうねえ。私たちまで寂しくなっちゃうわ~」
「先生方に迷惑はかけないようにするんだぞ」
「もちろん!」
「当然だわ」
まあ、なんだ、二人なら大丈夫だろう。とおじいちゃんが言ったあたりで、帰りのウィンドグライダーのタクシーが来たことを告げるアナウンスが鳴る。
「ああ、そろそろね。」
「ああ……。それじゃ、二人とも、また」
「うん、おじいちゃん、おばあちゃん!」
「またね!」
おじいちゃんとおばあちゃんを見送れば、二人だけ、というのが急に寂しく感じた。
それでも、きっと、大丈夫だ。
「ねえ、サーヤ! せっかく学園に来たことだし、少しだけ探検してから帰らない!?」
「え、あ、それって良いのかな!?」
「だって、もう私たちの学校でしょ!」
に、と笑ってシーアが駆け出す。サーヤはそれを慌てて追うことになった。
シーアがぱたぱたと廊下を走っていけば、どん、と誰かにぶつかる。わ、とシーアがよろけたのを受け止めて、その人は、安心したように微笑んだ。
「ああ、良かった。すみません、よそ見をしていたもので」
大丈夫でしたか? と、シーアに問う。ふと、思い出した。試験の日、リアムが落ちかけた時に駆けつけてくれた先輩だ。
「だ、大丈夫です! こちらこそ、すみません」
自然と敬語になったシーアに、先輩はこう言った。
「廊下を走るのは危ないので、なるべくやめましょうね」
その綺麗な所作に見惚れていたシーアとサーヤにそうやって念を押す。すみません、と答えれば、彼女はまた微笑んだ。
「あの時は受験生でしたね。入学おめでとうございます、わたくしはフェリシア。」
「は、はい! 私はシーアです」
「ぼくはサーヤです」
「いつかきっとなにかで一緒になる日も来るでしょう、頼もしい一年生のおふたりさん。その時はよろしくお願いいたしますね」
それでは、とフェリシアが去ろうとしたところで、
「ああ、あなたは本当に馬鹿な子!」
と、近くから怒鳴り声が聞こえた。
眉根を潜めたフェリシアは、ため息をひとつ着いて、二人に向き直る。
「……念の為、先生を呼んできてもらえますか」
「は、はい!」
誰かに何かがあったら大変だからと、指示通り、シーアとサーヤは先生を呼びに行くことにした。
*
フェリシアがその声の方に向かえば、一人の生徒とその母親であろう人物が立っていた。揉めているようだ。怒鳴り声がきんきんとしていて耳に悪い。
「本当にこんな場所に通うなんて! あなたは本当は絵を描くべきだって、なんで分かってくれないのかしら」
生徒――――マシューは事態を悪化させたくないのか、ただ、黙りこくっていた。
母親の方を見る。フェリシアも見たことがある。確か、著名な画家だったはずだ。あまり良い噂は聞いたことがない。こんなところで人目もはばからず喚いているのだから、おおよそは真実なのかもしれない、と思った。
だとしても、自身の顔くらいは知っているだろう、と判断して、フェリシアはひとつ、前に出る。
「ご家族でのご歓談中、失礼いたしますわ。今、わたくしの通う学院に何と?」
突然の乱入に眉を顰めてフェリシアの方を見た彼の母親は、分かりやすく慌てて笑顔を浮かべた。
「姫様!? ど、どうして……、ふふ、いえ、嫌だ、姫様ともなれば、私たちのことだってご存知でしょう。この子に言ってやってくれないかしら、我が家に生まれておきながら、ゼフィルアート学院に入らないのはおかしい、って」
この子は才能に恵まれているんです、他の子達と違って。彼女はそう言って笑った。噂通りだな、と思った。
フェリシアは小さくため息をついた。ああ、波風を立ててしまう。しかし、火のないところに煙は立たない。フェリシアは意を決して、口を開いた。
「失礼、わたくしは彼の意思が尊重されるべきと思いますわ」
あなたはどうしたいの。そうしてマシューに視線を向ければ、彼はまっすぐ母親を見てこう言った。
「母さん、前々から言ってるけど、僕はここで学びたいことがあるんだ」
彼の母親は口元をひくりと引き攣らせた。
「家系、血筋問わず、子供にはやりたいことをやらせるのが一番、とわたくしは考えます。それが本当にやりたいことなら、尚更。彼の人生はあなたがたのものではございませんよ」
ところで、とフェリシアはマシューの方を見る。
「貴方のことを先生がお呼びです。ついてきてくださるかしら」
マシューは慌てて頷いた。それじゃあ、と両親に断りを入れて、踵を返す。
残された母親の方はなんだかんだと騒いでいたが、そのうち先生方が駆け付け、騒ぎは半ば無理矢理な形で収束した。
*
「マシュー!」
「マシューくん!」
シーアとサーヤがイズミ先生を連れてきた頃には、騒ぎは終わっていた。
「あちゃあ、ごめんね。ちょっと用事があって出ていたんだ、他の先生方が対応してくれて良かったよ」
大丈夫だった? とイズミ先生は二人――――フェリシアとマシューに問う。フェリシアは頷いた。マシューは静かに頭を下げた。
「ごめんなさい、先生。うちの家族が……」
「ああ、いやいや、いいんだよ。顔を上げて」
イズミ先生にそう言われて顔を上げたマシューは、心底困り果てているようだった。
「僕、どうしたらいいんでしょうか」
フェリシアがひとつ、息をついた。
「あなたがやりたいことは明確なんでしょう」
「……はい、ですが」
マシューは彼女に視線を合わせずに頷いた。続く言葉を制して彼女は話す。
「困っている子供を助けるのが大人の役目、ですよね、先生」
「……そうだね。強いて言うなら、君も子供だよ、ということくらいかな」
笑って頷いたイズミ先生は、フェリシアに釘を刺すことも忘れない。フェリシアは少し不満気な顔をしたが、特に何も言わなかった。
「沢山迷惑をかけてくれよ、マシューくん。先生たちは大丈夫だから」
マシューは少し迷ってから頷いた。シーアとサーヤは、その光景を見ていることしか出来なかった。
そのうち、今日の終わりを告げる鐘が鳴る。イズミ先生は、もうそんな時間か、と零した。
「じゃあ、今日は解散! 疲れたでしょう、寮でいっぱい休んでね」
そうだ、と良いことを思いついたと言わんばかりに先生は指先を振った。
「ゼフィ・ドラヴァン・フォーレ・ス!」
その言葉と共に、ふ、と身体が軽くなる。翼が生えたよう、とはこのことだろうか。
本物の魔法だ。おじいちゃんとおばあちゃんが使っていたみたいな。シーアとサーヤは驚いて、イズミ先生の方を見た。
「イズミ先生って魔法使えるんですか!?」
「使えるよー。君たちもそのうち学ぶことになるからね」
それじゃ、先生は仕事してくるから。そう言って手を振って去っていく彼の背を見送ってから、フェリシアは三人に向き直った。
「寮まで送りましょう。どうせ目的地は同じですから」
*
寮に戻れば、大広間でリアムが待っていた。
読んでいた本から顔を上げて、咎めるようにリアムは言う。
「どこ行ってたんだよ」
俺一人ですげ~気まずかったけど。言葉の外にそんな雰囲気を醸しつつ彼はこちらを見た。
「それ、何読んでるの?」
そんなことは知ったことでは無いシーアが強引に話題を変えた。
「話聞けよ。……別に、何読んでてもいいだろ」
む、としたリアムは、それでも深入りはしなかった。
「えー! 気になるじゃない、教えなさいよ」
「嫌だよ! シーアには絶対教えてやらないね」
「なんでよ!」
ぎゃんぎゃん。いつも通りやり合い始めた二人をよそに、サーヤはマシューに声をかけた。
「マシューくん」
「なに?」
「ぼくたちにも頼ってね。リアムくんも、シーアも、きっとその方が嬉しいから」
マシューは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに破顔して頷いた。
「ありがとう。そうさせてもらおうかな」
サーヤはそれに頷いてから、シーアとリアムにご飯を食べようと誘いに行った。
フェリシアは、しばらくそれを眺めてから、ああいう距離の近さが、自分にはまだ分からなくて、少し羨ましい気がした。
*
「リアム」
夕食を済ませ、寮の部屋に戻ったマシューは、リアムに声を掛けた。
なんだよ。言葉にせずに視線だけを寄越したリアムに、マシューは苦笑してからこう言った。
「気を回してくれてありがとう」
「はあ?」
「踏み込まなかったでしょ」
別に、お前のためじゃない、と、リアムはそっぽを向いた。ああ、拗ねているなあ、とマシューは思った。
「いつか解決したら、笑い話として聞いてくれたら嬉しいよ。今は、……ちょっと情けなくてね」
リアムはそっぽを向いたままだ。
しばらくの沈黙。後、リアムが口を開いた。
「マシューだって、踏み込んで来ねえじゃん」
だから、これはお前のためじゃない。そう言ったリアムは、マシューがリアムの読んでいる本の内容とその意味を理解していることを知っていた。
再び沈黙。マシューは何を言うか悩んで、結局何も言わずに、おやすみ、と声をかけた。
帰ってくる声は、なかった。
畳む