No.362

#ふたつの翼、ひとつの空
5.5話 幕間 4808文字


 次の日。風の誓約の日を結果的には無事に終えて、今日は振替の休日だった。
 久々にゆっくり眠れるからと遅くまで勉強をしていたサーヤは、珍しく、そう、本当に珍しく、七時を過ぎても眠りこけていた。穏やかな睡眠、まどろみ、このままこのベッドと一体化して泥のように眠り続けたい――――
「起きなさい、サーヤ!」
 ――――それを、シーアの大きな声に邪魔される。うるさい、と抵抗するように声を上げたが、既に目の覚めたシーアにとってはそんな ことは知ったことではない。
 無理矢理布団を剥がし、身体を起こさせればあっさりとサーヤは目を覚ます。朝に強い自分の身体を少しだけ恨んだ。
「なに、もう……。今日はいっぱい寝るつもりだったのに……」
「あら、そうなの? でも残念、私、良いことを思いついたのよ!」
 シーアはそう言いながら一枚の紙を掲げる。外出届、とプリントされたその紙には既に、シーアとサーヤ、リアム、マシューの名前が記入されていた。
「せっかくの休日だし、遊びに行きましょ。ほら、最近、リアムもマシューもなんだか大変そうだし」
 どうせあいつらも暇だろうし、きっと気分転換になるわよ。楽しそうに笑うシーアの突飛な発言は、これでもみんなのことを考えた結果らしかった。
 うーん、責められない……。そんなことを思いながら、ぼんやりと外出届を眺める。
「……外出届って、前日までじゃなかった?」
「大丈夫大丈夫、出し忘れましたって言って出せば、軽めの注意くらいで済むでしょ」
 必要なら私が怒られるから! 出掛けることはもうシーアにとっては決定事項のようで、サーヤは抵抗をやめ、大人しく外出の準備をすることにした。
 
 *
 
 サーヤが準備をしている間に、さっくりと外出届は提出された。シーアは、このために寮母さんと仲良くしていたのよ、とウィンクをした。
 マシューは乗り気だったが、リアムはしばらく噛み付いていた。いきなりすぎる、とか、なんでそれを先に相談せずに外出届を出したんだ、とか、他に予定があったらどうするんだ、とか。サーヤは全く持ってごもっともだ、と思ったが、シーアにはどこ吹く風だった。
「どうせ暇だったんだし、いいでしょ。それに、入学してからずっと勉強に身を詰めてたじゃない? たまには遊ばなくちゃ!」
 気分転換よ、良いでしょ? シーアがあまりに楽しそうに笑うので、リアムはそれ以上何も言えなくなって、黙ることにした。
 寮を出て、しばらく橋を伝っていくつかの島を渡る。そうすれば、王都セレスティアの商業区に辿り着いた。
 頑丈な建造物は大きめのテントたちによってカラフルに彩られている。ショッピングモールはそれなりに人で賑わっていた。シーアはこの場所が好きで、今までも、気分転換と称してたまにサーヤを誘ってはウィンドウショッピングをしていた。
「僕、初めて来たな。大きな建物だね」
 目を輝かせてそう言うマシューは、きょろ、と辺りを見渡しているさなか、見知った顔を見つけた。ジゼルだ。
 向こうもこちらに気づいたようで、こちらに寄ってくる。手には食べかけのチュロスが握られていた。一人で来ていたらしい。
「おー、お前ら、なにしてんすか?」
「げ」
「げ、ってなんすか」
 嫌そうな顔をしたシーアに、不服そうな顔でジゼルが言う。べつに、嫌われるようなことした覚えはないんすけど、と追撃。シーアはリアムとマシューもまとめて指さしこう言った。
「だってあんたたち、揃って私たちに隠し事するじゃない」
 言ってないこと、沢山あるでしょ。そう言えば、きょとん、と三人は顔を合わせた。たしかに。言わなかったことは、たくさんあるし、言ってないことも、たくさん――――
「……ま、それは僕たちの秘密、ってことに、なんとなくなってるよね」
「言ってやる理由もなくね?」
「おれのせいじゃなくねえすか、それ」
 三人揃って首を傾げる。なにが悪いのか分からなかった。この、こっちが心配してるのも知らないで。シーアはそう思ったが、それを言ってやるのもなんだか癪で、ただただ不満そうな顔をすることしか出来なかった。
「ま、まあまあ、みんな……。とりあえず、なにか見に行こうよ。今日は気分転換、だもんね」
 振り上げた拳をどこに下ろせばいいか分からなくなっているシーアを見かねて、サーヤが助け舟を出す。シーアは助かったと言うように頷いた。
「そうよ、今日は気分転換なんだから。来たいって言うなら別に同行も許可してあげるわよ」
「なんでそんな偉そうなんすか、あんたって」
 不服なジゼルはそれでも着いてくることにしたらしい。シーアは手を上げてこう宣言した。
「私、新しいお洋服が欲しいわ」

 *
 
 ショッピングモールの中は、寮なんかよりもさらに大きく、広い。なんせ、王都セレスティア唯一のショッピングモールだ。
 まずはお洋服! というシーアの強い希望により、手頃な店にチラホラと入ってはこれが可愛い、あれが可愛い、これはサーヤに似合いそう、だの、好き勝手歩き回る。
 そういうものに興味のないリアムとジゼルは、ただただ着いていくのに必死だった。
「シーア、これも似合うと思うよ」
 サーヤはさすが双子というところか、平然とそれについて行っている。
 マシューの方を見れば、それを穏やかに眺めては、二人の発言をたまに拾って意見を出しているのだから、手慣れたもののようだった。
「お前、すげーな……」
「見直したっすよ……」
 ようやく会計に進み、会計待ちの中マシューにそう言うと、マシューは小さく苦笑いを浮かべた。
「あはは……。昔から姉ちゃんによく付き合わされてたんだよね」
 だから、慣れだよ。そう言ってから会計の終わったシーアとサーヤの荷物を持つ。どこまでもスマートだった。
 なるほど、慣れか。仮にそうなのだとしても、しばらくは慣れなさそうだな、とリアムは思った。その隣で、ジゼルがゲームセンターを指さした。
「おれ、ああいうゲームがどんなもんか、見てみたいっす」
 見たこともあんまないんで。そう言ったジゼルに、なるほど、と頷いて、次はゲームセンターに行くことにした。
 
 *

「ほへえ、こんなほっせえアームでこんなでけ~ぬいぐるみがとれるんすか」
 思わず、といったようにジゼルはまじまじとそのアームを観察した。まあぬいぐるみって意外と軽いか? と首を傾げて、シーアたちに向き直る。
「おれ、ぬいぐるみとか持ってたことないんすけど、これはかわいいすね」
 そう言って指差すのは彼のウィンドグライダーに似たぬいぐるみだ。
「ラスカリオンに嫉妬されない?」
 シーアがからかうようにそう言う。
「おれとラスカリオンの絆をなめないでくださいよ」
 ジゼルはふん、と胸を張った。
「そ~お? でもあたし、そんなにお金使えないわ」
「僕もあんまりやったことないなあ」
「ぼくも……」
 自然と視線がリアムに集まる。リアムはぬいぐるみの位置を改めて確認して、財布を確認してから、
「……俺、取れると思う」
 ジゼルの表情がパッと明るくなる。が、とリアムの肩を組んで、バシバシと背中をたたいた。
「流石おれの舎弟! かっこいい! 認めてやるっすよ~!」
「うるせえな、舎弟じゃねえっての!」
 ぱっとそれを振り払うと、リアムはクレーンゲームにお金を入れた。
 軽快な音楽が鳴りだす中、アームを操作する。一回目。二回目。三回目で惜しいところまで行って、見事、四回目でそれを確保した。
「うおお~ッ、すげえ!」
 はい、とぬいぐるみを渡したリアムによくやったすよ、とジゼルが受け取る。その反応に、お前も大概上からだよな、と思ったが言わなかった。
「上手いじゃない、リアム。こういうの好きなの?」
「別に、妹にせがまれることが多かっただけだ。まあでもなんやかんや楽しいとは思うよ」
 ふうん。シーアがニヤニヤこちらを見ているのを見て、しまった、と思った。
「じゃあ私たちの分も取ってよ、リアム!」
「はあ!? なんでそうなんだよ、自分で取ればいいだろ!」
「私たち、やったことないもの」
 ね、とサーヤの方を見る。後ろからマシューが僕も、と声を掛けた。
「リアムお兄ちゃん、僕も欲しいな~」
「うわやめろ、誰だよ!」
「ぼくもほしいのあるんだけど、だめかな」
「……」
 後ろでジゼルが大変すねえ、と傍観を決め込んでいる。結局三人分の期待の視線に抗えずに、三人分のぬいぐるみを取る羽目になった。
 
 *
 
 リアムがぬいぐるみを取っている間、シーアはその輪を少し抜け出して、彼の分のぬいぐるみを取ることにした。
「きっと喜ぶわよ~」
 まあ、ノーヴァには嫉妬されるかもしれないけど。そんなことを考えながらご機嫌にお金を入れる。一回目。二回目。三回目。シーアは忘れていた。自分が極端に不器用であることを。
 そもそもアームがぬいぐるみに引っかからない。四回目。五回目。ここまでくると後には引けない気持ちになって、躍起になってクレーンゲームと格闘した。
 十回に行くか行かないか。そろそろ諦める選択肢を考え始めた頃、
「なにやってんだよ、下手くそ」
「げ」
 とっくに全員分のぬいぐるみを取ってしまったリアムたちは、帰りの遅いシーアを心配して探していたらしい。げってなんだよ、と言いながらリアムがお金を入れる。一回目。二回目。
「なんで取れるのよ……」
「歴がちげーな」
 ふん、とぬいぐるみを取り出してシーアに渡そうとするリアムに、もう、とシーアはふてくされた。
「あんたのに決まってるでしょ、馬鹿」
 リアムは、そのぬいぐるみとシーアの顔を交互に見た。ああ、もう! シーアはなんだか恥ずかしくて、わっと大きな声を出した。
「ノーヴァに似てるなと思ったから取りたかったの! あんたなんか、ノーヴァにそれ見せつけて嫉妬されちゃえばいいんだから!」
 シーアはふん、とそっぽを向いて、サーヤの後ろに逃げた。サーヤがヴァルカに似たぬいぐるみをわたせば、ぎゅっと抱きしめてからシーアは言う。
「さっさと帰るわよ!」
 もう話を聞く気のないシーアはサーヤを連れて一緒に歩き出す。
 お礼も、なにもかもを言うタイミングを無くし、引き留められず行き場のない手をそっと下げたリアムに、マシューとジゼルがポン、と肩をたたいた。
 
 *
 
 寮に戻ってきた。寮母さんに挨拶して、帰ってきたことを報告する。
「昨日の夜は急な嵐だったから、少し心配してたのだけど……。何もなくてよかったわあ」
 サーヤはそれで昨夜の嵐のことを思い出した。やっぱり変でしたよね、といえば、そうねえ、と寮母さんは頷く。
「きっと大人の誰かが解明してくれるわ。気になるようだったら気に留めておくわね」
 そう言いながらハンコを押して、よし、大丈夫よ、と解放される。
 ありがとうございます、と礼をしてから、全員で寮母室を出た。
「よしよし、各々気分転換になったかしら! じゃあ今日は解散!」
「うん。また明日ね、三人とも」
 シーアとサーヤはそう言って部屋に戻ろうとする。
「うす」
「……」
「良いの?」
 ジゼルはさっさと部屋に戻った。マシューはリアムに声を掛ける。
「……、や、……よくない」
 先に戻っててくれ、と、リアムはシーアを追うことにした。マシューはなんだかそれがうれしくて、少し上機嫌に部屋に戻った。
「シーア!」
 部屋の前ギリギリで追いついたリアムは、とりあえず声を掛けて言葉を探す。それを見て、サーヤは先に部屋に戻ることにした。
「……なによ」
 さっきのことなんてとっくに忘れているシーアは、怪訝そうな顔を向けている。それがなんだかさらにいたたまれなくて、リアムはがしがしと頭を掻いた。
「あー……ええと、あれだ、」
 心配かけて悪い、ありがとう。
 聞こえるか聞こえないか。とても小さな声でそう言うものだから、シーアもきょとんとしてしまった。
「ああ、もう! なんでもねえ、こんなの柄じゃねえんだよ!」
 おやすみ! それだけ言い残して、逃げるようにリアムは走って行った。
「あ、ちょ、ちょっと!?」
 取り残されたシーアは、なんなの、と思いながら、確かに聞こえた言葉を反芻した。
 なんだ、ずいぶん素直じゃない。
 少し機嫌がよくなったシーアは、ベッドにぬいぐるみを飾って、今日こそめいいっぱい眠ることにした。
畳む

文章,ふたつの翼、ひとつの空