#ふたつの翼、ひとつの空 8話 6194文字 続きを読む 朝。ナユタはなんだか落ち着かなくて、早くに登校してはベランダでぼんやりと風に当たっていた。 先生たちの話を思い出す。隠し通すのは、難しいかもしれない。――――ということは、つまり、彼には聞かれて、いただろうか。 風の鍵。隠された遺跡。雲の下の世界。この雲上では誰も知らない知識を、ナユタ一人が持っている。 だから先生方も丁重に扱う。分かっている。 孤独だ、と思った。 ここで感じているのも、地上で感じていたのも、似たような類のなにかだ。それに名前をつけるのなら孤独だ。ボクは、普通じゃないから。 言い聞かせるように思い出す。思い出してから、この行為にももう何ら意味がないことに気づいた。 ここは地上じゃない。 「おはようございます、ナユタさん」 後ろから声がかかる。ヴェルタ先生だ。 彼女が来ることは、風が教えてくれていたから、特に驚かない。振り返る。彼女には特にお世話になっていた。 「度々すみません。貴方も疲れているでしょう」 そんなことは無い。そう否定すれば、ヴェルタ先生は困ったように笑った。 「でも、疲れてるって顔してますよ。もしかしたら、これくらいは慣れてしまっているかもしれませんが」 そう、だろうか。顔に手を添えてみても、自分の表情はよく分からなかった。 「先生方はあなたの味方です。まだ、信頼は出来ないかもしれませんが……それでも、私たちにとっては、――――私にとっては、あなたも一人の子供なので」 ナユタは不思議に思った。自分が子供であることが、彼らにとって何になるのだろう。 それをそのまま伝えれば、先生はまた笑ってこう言った。 「大人は子供を守るものですよ、それが誰であっても」 彼女の周りは、どこまでも穏やかな風が吹いていた。 * 「なー、聞いてくれよ!」 シーアとサーヤ、リアムとマシューが登校する時間を狙い、わざわざ寮の前で全員を待ち伏せしていたジゼルが、わくわくとした様子でそう言った。 「なによ、わざわざ待ち伏せたりして」 「いや、オマエらもこういう話、聞きてえかなと思ったんだよなー! 聞きてえだろ、地上に関連する話」 つってもまだ詳しくは分かんねえんだけどさ。わはは。ジゼルがそう言うのに合わせて、シーアとサーヤは目を合わせた。 「詳しく分かんねえならそんな勿体ぶる必要もねえだろ」 「おっ、知りたいすか?」 「バカバカしいとは思うな」 「返答になってねえすよそれは!」 リアムが呆れたように肩を竦めた。ジゼルは少しの間拗ねたような態度を取ってから、誰も取りなしてくれる相手がいないので咳払いをする。 「聞いて驚け! あの変な時期に来た転入生、実は地上の民だったっぽいんすよね~!」 シーアとサーヤは再び目を合わせた。やばい? やばい。名前をつけるなら双子テレパシー。そうして、目線だけで会話しているのを見たジゼルはあれ? と首を傾げる。 「もしかして知ってたっすか?」 「いや……」 「むしろなんでアンタも知ってるのよ」 じと、とシーアがジゼルを睨む。 「それに、変な時期に来た転入生に関してはアンタも人のこと言えないでしょ」 「だはは! それもそうすね」 リアムとマシューは置いてけぼりだった。マシューが、えっと、と言葉を挟む。 「それで、なんで急にそんな話になってるの?」 ジゼルは昨日のことを、時に脚色しながら事細かに話した。思ったよりなにも分かってないな、とシーアとサーヤは思ったが、言葉には出さないことにした。 「へえ、先生方すら巻き込んだドッキリは考えにくいし……、君が嘘をついてないなら、本当なんだろうね」 「嘘じゃねえっすよ!」 ふうん。マシューはそれだけ言って何事かを考え始めてしまった。 「でも、ナユタさん、あんまり言いふらしてほしそうな感じではなかったから……」 サーヤがそう言うと、それにジゼルが食いつく。 「そういや、なんでアンタらは知ってんすか」 「本人に聞いたの。ちょっと、そういうタイミングがあって……」 「ふうん、なに、逢い引き的な?」 「違う!」 慌ててサーヤが否定したのと同時、話半分に聞いていたマシューが酷く咳き込んだ。慌てて背中をさすろうとすれば、ごめん、大丈夫、とマシューはそれを手を上げて制した。 「……はあ、ジゼル、冗談でもそういうこと言うのは良くないよ」 ははん、さてはこいつ、サーヤに気があるんだな。ジゼルはそれで全てを察してニヤリと表情を変えた。 「なんすか、だって別に、マシューには関係がないでしょ」 「セクハラするおじさんみてーなこと言いやがって」 マシューに同情的なリアムがそう言ったのすらわはは! と笑い飛ばして、ジゼルはシーアとサーヤに向き直った。 「それで、やっぱ気になりません? あの人、多分もっと沢山隠してますよ」 シーアとサーヤは目を合わせた。二人ともどうするかを悩んで、ギリギリで好奇心が勝ったようだった。 「休み時間にでも聞きに行きましょうよ」 こうして、ジゼルにほとんど押される形で、その日の昼休みの予定が決まった。 * いくら変わった出来事があったとしても授業はいつも通りだ。 ティア先生は手をパチリと鳴らして生徒の注目を集めた。 「今日からはレナード先生と一緒に授業していきますよ~! 飛行の訓練と合わせて戦術の授業もやりますからね!」 隣でレナード先生が頷く。 「君たちはまだまだ飛行に不慣れだろうから、先輩方とも一緒に授業をすることになる。私たちも注意は払うが、もし誰かが落ちることがあったら各自助け合うように!」 はい! 生徒たちは一斉に返事をした。先輩方の中にはフェリシアもいて、シーアとサーヤと目が合うとにこりと微笑んだ。 それでは班に分けて訓練をします、とティア先生は言って、今日の班分けを発表した。シーアとリアム、ジゼル、フェリシアが同じ班、サーヤとマシュー、ナユタ、あとはもう一人知らない先輩が同じ班だった。 「ごきげんよう、シーアさん。お久しぶりです」 「はい! お久しぶりです、フェリシア先輩」 今回は切迫した状況じゃなくて嬉しいわ、と微笑んだフェリシア先輩は、リアムとジゼルにも向き直った。 「あなた方とは……初めまして、ですよね? わたくしはフェリシア。よろしくお願いします」 「俺はリアム。よろしくお願いします」 「……」 パッと返事を返したリアムの後ろで、ジゼルがまじまじとフェリシアを見ていた。少し首を傾げてみせれば、ジゼルは、あ! と何かを思い出したように声をあげる。 「どっかで見たことあると思ったら、オヒメサマじゃん」 ぴしり。フェリシアが固まる。リアムは眉をひそめた。 「おい、ジゼル」 「オヒメサマがこんなとこで訓練して大丈夫なの? おれらなんか気使った方が良い?」 窘めようとするリアムの言葉を遮って、あけすけな物言いをするジゼルのその態度に、流石のフェリシアの方もムッとして言い返した。 「お気遣いは結構ですよ。この立場だからこそ、皆さんと同じ環境で訓練がしたいのです。この国を、より良くするために」 「は~ん」 ジゼルは話半分、といった態度だった。完全になめている。 「……はあ、まあいいでしょう。よろしくお願いしますね、ジゼル」 ため息を着いて、フェリシアは手を差し出し握手を求めた。ジゼルはその手を取らなかった。 「なんか上からじゃん? 気に入らないすね~、守られてばかりのオヒメサマはなにかを成し遂げたんすか」 「ちょっと!」 再びフェリシアが固まった。シーアが仲裁に入ろうとはしたが、それよりも先にジゼルは何も言い返せないフェリシアを鼻で笑った。 「ま、おれらにも立場がありますもんね~。よろしくお願いしますよ、オヒメサマ」 フェリシアはどうにもできずに、ジゼルはそのまま彼女に背を向けた。 「……集中できなくない?」 シーアがぼやく。リアムも流石に素直に頷かざるを得なかった。――――ただでさえ空中戦の訓練、飛ばねばならないというのに。 ジゼルが勝手に刺々しい態度を取っているので、フェリシアも困っているようだった。普段の彼からは想像もできない態度だった。 「次の班~! 準備して!」 ティア先生が声を掛ける。シーアたちの番だ。はい、と返事して四人は準備を始める。 「リアム、大丈夫よ」 「うるせーな、分かってるよ」 緊張で少しカチコチなリアムにシーアが声を掛ける。それをリアムは跳ねのけた。 「はい、行きますよー!」 ティア先生が笛を吹く。――――訓練の始まりだ。 * 飛び立ってしばらく、シーアとリアムが前衛、フェリシアが後衛、ジゼルが好き勝手飛び回って翻弄、という形で落ち着いた。戦術としてはまだまだぎこちないシーアとリアムを、フェリシアがサポートする。ジゼルに指示は飛ばなかったが、ジゼルの意図を汲んで二人に指示をしているのか邪魔なく飛びやすくて、それがなんだか悔しかった。 リアムも意外と上手くやっているようだった。フェリシアは彼に無理をさせないことを選んだらしい。正解だ、と思う。たまに体が浮くと焦ったように声を出すので、ノーヴァはなるべく彼を怯えさせないようにしているようだった。 それにしても。なんとかフェリシアに一泡吹かせてやりたい。このまま何もなく終わってしまうのは嫌だ。 ジゼルはもはや意地になっていた。どこまで突飛な飛び方をしても対応してくるフェリシアに悔しさを募らせて、くそ、と誰にも聞こえぬように、吐き捨てるように言葉を吐く。 「――――シーアさん、後ろ!」 ふと、フェリシアが焦ったように叫ぶ。 シーアの方を見る。いつのまにかそこにいた生徒は、容赦なくシーアを吹き飛ばした。 「シーア!」 リアムが慌ててシーアを追う。受ける体制も整っていなかったシーアはあらぬ方向に飛んでいく。彼女のウィンドグライダーもぐんと速度を上げて受け取りに行く――――が、あれでは間に合わない。先生方も飛び出した、が――――……。 今、確実に間に合うのは、ジゼルしかいない。 「ジゼルさん!」 フェリシアの声がする。それよりも先に飛び出していたジゼルは、あっさりとシーアを受け止めて、陸地に戻ってきた。 「――――……アンタの指示に従ったわけではないすからね」 ジゼルは戻ってくるなりこれだった。シーアが咎めようと口を開いたのを、フェリシアが制した。 「分かっています。でも、今は彼女が無事だったことが大事です。ありがとう、ジゼルさん」 「……」 ジゼルは拗ねたような顔をして返事をしなかった。リアムが戻ってくる。 「お前、すげーな」 「そりゃ、実戦経験が違うんで」 そうかよ。リアムはなんだか悔しそうだった。 「ありがとう、ジゼル。認めたくないけど、助かったわ」 シーアが礼を言う。ジゼルはなんだか居心地が悪かったが、それをごまかすようにふざけることを選んだ。 「あんた、素直に礼とか言えるんすね。おれの舎弟にしてやってもいいすよ!」 「なんですって!? 誰が!」 フェリシアはそんな様子をぼうっと見ていた。ジゼルの言葉を反芻する。 ――――守られてばかりのオヒメサマはなにかを成し遂げたんすか。 何も言い返せない。まだなにも成し遂げていないから。それが悔しくて、ぎゅっと手を握り締めた。 * 気づけば昼休みになっていた。サーヤはなんだか気が重くてため息をついた。 「ナユタさん! ちょっといいすか」 とっくにいつも通りのジゼルがナユタに話しかけている。やっぱり今からでも止めたほうがいいだろうか。立ち上がろうとしたところでナユタが言う。 「ああ……。いいよ。場所を移そうか、気になるなら、君たちも来ると良い」 ナユタはシーアたちを見ていた。バレている。これも風向きというやつなのかもしれない。どうするか悩んだようにみんなで顔を見合わせて、結局全員外に出ることにした。 「どこまで聞いていたのかな、君は」 「意外とあっさり認めるんすね」 「言わなかったら勝手に調べるだろう」 ジゼルは照れたように頭を掻いて、それほどでも、と言った。褒めてねえだろとリアムが突っ込む。 「ごめん、ぼく……」 サーヤが言いかけたのを、ナユタが止める。 「君のせいじゃないさ、ボクの不注意だ。ごめんね」 そう言われては、サーヤは何も言えなかった。それで、とマシューが間に入る。 「地上から来たって、本当?」 「――――ああ、本当さ」 ナユタは本当にあっさりと頷いた。ジゼルが得意げに胸を張る。 「やっぱ地上って存在するんすねえ」 「じゃあ、何で雲上まで来たんだ? 地上の話は、こっちではほとんど言い伝えられてないけど、行き帰りができるなんてもっと聞いたことがない」 リアムがそう問う。ナユタは困ったように頬を掻いた。 「それは、……」 沈黙。しばらく言葉を探して、ナユタはこういった。 「君たちは、勝ったからじゃないかな」 「勝った……?」 シーアのつぶやきに反応して、ナユタは語り始める。要約すると、こうだ。 かつて。大きな争いがあった。争いの種は――――地上の食糧難。地上から争いを仕掛けたが、地上と雲上では技術の差も大きく、また土地の高さが功を成したか、雲上の人々は抵抗として地上を焼いた。 そのため、地上の……ナユタの先祖たちは、互いを行き来するための道を封鎖した。そうして時は過ぎ去り、――――気づけばその歴史は忘れ去られ……今に至る。 「地上では雲上には近づかないほうがいいってことになってるんだ。恐ろしい目にあうから、って。過度に高い建物を作るのも禁止されているね。僕がこういう歴史に詳しいのは、たまたま僕が鍵を守る種族だったからだ」 「鍵を守る種族?」 「雲上と地上の鍵を、ね」 聞いたこともない話だった。唖然としているシーアたちを置いて、ナユタは続ける。 「地上の技術も発達している。雲上を焼くための計画がひそかに進められていて、ボクはそれが嫌だったから、記録をすべて燃やして逃げてきたんだ。――――復讐のための争いなんて無意味だ」 だから、と一呼吸おいてナユタは言う。 「地上に行く、なんて、馬鹿なことを考えるのはやめたほうがいいよ」 ナユタはそう言って、それじゃあ、と去って行った。 「なんか……とんでもない話だったな」 「聞いてよかったのかな」 「少なくとも、好奇心は満たされたっすね」 「そりゃ良かった」 シーアとサーヤは目を合わせた。お互いが懐に入れていた鍵のレプリカを取り出す。 「――――地上、ねえ」 言葉は見つからなかった。少なくとも今、彼の言葉が確かなことだけはなんとなく感じていて、不穏な空気を振り払うように首を横に振った。 * 「お兄さん。何してるの」 その陰で。イズミは不審な動きをする男性に声を掛けた。 「うわっ、びっくりした。いやちょっと、見てくださいよ!」 イズミがその人の視線の先、手元を辿る。――――虫? 「俺、コイツの研究者だったんすけど……久々に飛んでるのを見てしまって。ここって、騎士学校の敷地内でしたっけ、すみません!」 「ああ、なるほど? じゃあ今回は見逃すけど、次はちゃんと申請してね」 ありがとうございます! 元気に返事をした男性は、そのまま悠々と歩きだした。 「そうだ先生、知ってますか?」 ――――こいつ、地上にもいるらしいですよ。高値で売れるんですって。 は、としてイズミが振り返ってももうそいつはいなくて、逃がしたか、と一人舌打ちをする。彼がしゃがんでいた場所に行けばシーアたちの声が聞こえた。どうやら手を打つのが遅かったようだ。 「こら、君たち~! もうそろそろ昼休み終わるよ~」 イズミが声を掛ければ慌てたように返事が返ってくる。どうしようもなく嫌な予感を抱えながら、午後の授業の準備に取り掛かるのだった。 畳む 2026.4.16(Thu) 00:41:26 文章,ふたつの翼、ひとつの空
8話 6194文字
朝。ナユタはなんだか落ち着かなくて、早くに登校してはベランダでぼんやりと風に当たっていた。
先生たちの話を思い出す。隠し通すのは、難しいかもしれない。――――ということは、つまり、彼には聞かれて、いただろうか。
風の鍵。隠された遺跡。雲の下の世界。この雲上では誰も知らない知識を、ナユタ一人が持っている。
だから先生方も丁重に扱う。分かっている。
孤独だ、と思った。
ここで感じているのも、地上で感じていたのも、似たような類のなにかだ。それに名前をつけるのなら孤独だ。ボクは、普通じゃないから。
言い聞かせるように思い出す。思い出してから、この行為にももう何ら意味がないことに気づいた。
ここは地上じゃない。
「おはようございます、ナユタさん」
後ろから声がかかる。ヴェルタ先生だ。
彼女が来ることは、風が教えてくれていたから、特に驚かない。振り返る。彼女には特にお世話になっていた。
「度々すみません。貴方も疲れているでしょう」
そんなことは無い。そう否定すれば、ヴェルタ先生は困ったように笑った。
「でも、疲れてるって顔してますよ。もしかしたら、これくらいは慣れてしまっているかもしれませんが」
そう、だろうか。顔に手を添えてみても、自分の表情はよく分からなかった。
「先生方はあなたの味方です。まだ、信頼は出来ないかもしれませんが……それでも、私たちにとっては、――――私にとっては、あなたも一人の子供なので」
ナユタは不思議に思った。自分が子供であることが、彼らにとって何になるのだろう。
それをそのまま伝えれば、先生はまた笑ってこう言った。
「大人は子供を守るものですよ、それが誰であっても」
彼女の周りは、どこまでも穏やかな風が吹いていた。
*
「なー、聞いてくれよ!」
シーアとサーヤ、リアムとマシューが登校する時間を狙い、わざわざ寮の前で全員を待ち伏せしていたジゼルが、わくわくとした様子でそう言った。
「なによ、わざわざ待ち伏せたりして」
「いや、オマエらもこういう話、聞きてえかなと思ったんだよなー! 聞きてえだろ、地上に関連する話」
つってもまだ詳しくは分かんねえんだけどさ。わはは。ジゼルがそう言うのに合わせて、シーアとサーヤは目を合わせた。
「詳しく分かんねえならそんな勿体ぶる必要もねえだろ」
「おっ、知りたいすか?」
「バカバカしいとは思うな」
「返答になってねえすよそれは!」
リアムが呆れたように肩を竦めた。ジゼルは少しの間拗ねたような態度を取ってから、誰も取りなしてくれる相手がいないので咳払いをする。
「聞いて驚け! あの変な時期に来た転入生、実は地上の民だったっぽいんすよね~!」
シーアとサーヤは再び目を合わせた。やばい? やばい。名前をつけるなら双子テレパシー。そうして、目線だけで会話しているのを見たジゼルはあれ? と首を傾げる。
「もしかして知ってたっすか?」
「いや……」
「むしろなんでアンタも知ってるのよ」
じと、とシーアがジゼルを睨む。
「それに、変な時期に来た転入生に関してはアンタも人のこと言えないでしょ」
「だはは! それもそうすね」
リアムとマシューは置いてけぼりだった。マシューが、えっと、と言葉を挟む。
「それで、なんで急にそんな話になってるの?」
ジゼルは昨日のことを、時に脚色しながら事細かに話した。思ったよりなにも分かってないな、とシーアとサーヤは思ったが、言葉には出さないことにした。
「へえ、先生方すら巻き込んだドッキリは考えにくいし……、君が嘘をついてないなら、本当なんだろうね」
「嘘じゃねえっすよ!」
ふうん。マシューはそれだけ言って何事かを考え始めてしまった。
「でも、ナユタさん、あんまり言いふらしてほしそうな感じではなかったから……」
サーヤがそう言うと、それにジゼルが食いつく。
「そういや、なんでアンタらは知ってんすか」
「本人に聞いたの。ちょっと、そういうタイミングがあって……」
「ふうん、なに、逢い引き的な?」
「違う!」
慌ててサーヤが否定したのと同時、話半分に聞いていたマシューが酷く咳き込んだ。慌てて背中をさすろうとすれば、ごめん、大丈夫、とマシューはそれを手を上げて制した。
「……はあ、ジゼル、冗談でもそういうこと言うのは良くないよ」
ははん、さてはこいつ、サーヤに気があるんだな。ジゼルはそれで全てを察してニヤリと表情を変えた。
「なんすか、だって別に、マシューには関係がないでしょ」
「セクハラするおじさんみてーなこと言いやがって」
マシューに同情的なリアムがそう言ったのすらわはは! と笑い飛ばして、ジゼルはシーアとサーヤに向き直った。
「それで、やっぱ気になりません? あの人、多分もっと沢山隠してますよ」
シーアとサーヤは目を合わせた。二人ともどうするかを悩んで、ギリギリで好奇心が勝ったようだった。
「休み時間にでも聞きに行きましょうよ」
こうして、ジゼルにほとんど押される形で、その日の昼休みの予定が決まった。
*
いくら変わった出来事があったとしても授業はいつも通りだ。
ティア先生は手をパチリと鳴らして生徒の注目を集めた。
「今日からはレナード先生と一緒に授業していきますよ~! 飛行の訓練と合わせて戦術の授業もやりますからね!」
隣でレナード先生が頷く。
「君たちはまだまだ飛行に不慣れだろうから、先輩方とも一緒に授業をすることになる。私たちも注意は払うが、もし誰かが落ちることがあったら各自助け合うように!」
はい! 生徒たちは一斉に返事をした。先輩方の中にはフェリシアもいて、シーアとサーヤと目が合うとにこりと微笑んだ。
それでは班に分けて訓練をします、とティア先生は言って、今日の班分けを発表した。シーアとリアム、ジゼル、フェリシアが同じ班、サーヤとマシュー、ナユタ、あとはもう一人知らない先輩が同じ班だった。
「ごきげんよう、シーアさん。お久しぶりです」
「はい! お久しぶりです、フェリシア先輩」
今回は切迫した状況じゃなくて嬉しいわ、と微笑んだフェリシア先輩は、リアムとジゼルにも向き直った。
「あなた方とは……初めまして、ですよね? わたくしはフェリシア。よろしくお願いします」
「俺はリアム。よろしくお願いします」
「……」
パッと返事を返したリアムの後ろで、ジゼルがまじまじとフェリシアを見ていた。少し首を傾げてみせれば、ジゼルは、あ! と何かを思い出したように声をあげる。
「どっかで見たことあると思ったら、オヒメサマじゃん」
ぴしり。フェリシアが固まる。リアムは眉をひそめた。
「おい、ジゼル」
「オヒメサマがこんなとこで訓練して大丈夫なの? おれらなんか気使った方が良い?」
窘めようとするリアムの言葉を遮って、あけすけな物言いをするジゼルのその態度に、流石のフェリシアの方もムッとして言い返した。
「お気遣いは結構ですよ。この立場だからこそ、皆さんと同じ環境で訓練がしたいのです。この国を、より良くするために」
「は~ん」
ジゼルは話半分、といった態度だった。完全になめている。
「……はあ、まあいいでしょう。よろしくお願いしますね、ジゼル」
ため息を着いて、フェリシアは手を差し出し握手を求めた。ジゼルはその手を取らなかった。
「なんか上からじゃん? 気に入らないすね~、守られてばかりのオヒメサマはなにかを成し遂げたんすか」
「ちょっと!」
再びフェリシアが固まった。シーアが仲裁に入ろうとはしたが、それよりも先にジゼルは何も言い返せないフェリシアを鼻で笑った。
「ま、おれらにも立場がありますもんね~。よろしくお願いしますよ、オヒメサマ」
フェリシアはどうにもできずに、ジゼルはそのまま彼女に背を向けた。
「……集中できなくない?」
シーアがぼやく。リアムも流石に素直に頷かざるを得なかった。――――ただでさえ空中戦の訓練、飛ばねばならないというのに。
ジゼルが勝手に刺々しい態度を取っているので、フェリシアも困っているようだった。普段の彼からは想像もできない態度だった。
「次の班~! 準備して!」
ティア先生が声を掛ける。シーアたちの番だ。はい、と返事して四人は準備を始める。
「リアム、大丈夫よ」
「うるせーな、分かってるよ」
緊張で少しカチコチなリアムにシーアが声を掛ける。それをリアムは跳ねのけた。
「はい、行きますよー!」
ティア先生が笛を吹く。――――訓練の始まりだ。
*
飛び立ってしばらく、シーアとリアムが前衛、フェリシアが後衛、ジゼルが好き勝手飛び回って翻弄、という形で落ち着いた。戦術としてはまだまだぎこちないシーアとリアムを、フェリシアがサポートする。ジゼルに指示は飛ばなかったが、ジゼルの意図を汲んで二人に指示をしているのか邪魔なく飛びやすくて、それがなんだか悔しかった。
リアムも意外と上手くやっているようだった。フェリシアは彼に無理をさせないことを選んだらしい。正解だ、と思う。たまに体が浮くと焦ったように声を出すので、ノーヴァはなるべく彼を怯えさせないようにしているようだった。
それにしても。なんとかフェリシアに一泡吹かせてやりたい。このまま何もなく終わってしまうのは嫌だ。
ジゼルはもはや意地になっていた。どこまで突飛な飛び方をしても対応してくるフェリシアに悔しさを募らせて、くそ、と誰にも聞こえぬように、吐き捨てるように言葉を吐く。
「――――シーアさん、後ろ!」
ふと、フェリシアが焦ったように叫ぶ。
シーアの方を見る。いつのまにかそこにいた生徒は、容赦なくシーアを吹き飛ばした。
「シーア!」
リアムが慌ててシーアを追う。受ける体制も整っていなかったシーアはあらぬ方向に飛んでいく。彼女のウィンドグライダーもぐんと速度を上げて受け取りに行く――――が、あれでは間に合わない。先生方も飛び出した、が――――……。
今、確実に間に合うのは、ジゼルしかいない。
「ジゼルさん!」
フェリシアの声がする。それよりも先に飛び出していたジゼルは、あっさりとシーアを受け止めて、陸地に戻ってきた。
「――――……アンタの指示に従ったわけではないすからね」
ジゼルは戻ってくるなりこれだった。シーアが咎めようと口を開いたのを、フェリシアが制した。
「分かっています。でも、今は彼女が無事だったことが大事です。ありがとう、ジゼルさん」
「……」
ジゼルは拗ねたような顔をして返事をしなかった。リアムが戻ってくる。
「お前、すげーな」
「そりゃ、実戦経験が違うんで」
そうかよ。リアムはなんだか悔しそうだった。
「ありがとう、ジゼル。認めたくないけど、助かったわ」
シーアが礼を言う。ジゼルはなんだか居心地が悪かったが、それをごまかすようにふざけることを選んだ。
「あんた、素直に礼とか言えるんすね。おれの舎弟にしてやってもいいすよ!」
「なんですって!? 誰が!」
フェリシアはそんな様子をぼうっと見ていた。ジゼルの言葉を反芻する。
――――守られてばかりのオヒメサマはなにかを成し遂げたんすか。
何も言い返せない。まだなにも成し遂げていないから。それが悔しくて、ぎゅっと手を握り締めた。
*
気づけば昼休みになっていた。サーヤはなんだか気が重くてため息をついた。
「ナユタさん! ちょっといいすか」
とっくにいつも通りのジゼルがナユタに話しかけている。やっぱり今からでも止めたほうがいいだろうか。立ち上がろうとしたところでナユタが言う。
「ああ……。いいよ。場所を移そうか、気になるなら、君たちも来ると良い」
ナユタはシーアたちを見ていた。バレている。これも風向きというやつなのかもしれない。どうするか悩んだようにみんなで顔を見合わせて、結局全員外に出ることにした。
「どこまで聞いていたのかな、君は」
「意外とあっさり認めるんすね」
「言わなかったら勝手に調べるだろう」
ジゼルは照れたように頭を掻いて、それほどでも、と言った。褒めてねえだろとリアムが突っ込む。
「ごめん、ぼく……」
サーヤが言いかけたのを、ナユタが止める。
「君のせいじゃないさ、ボクの不注意だ。ごめんね」
そう言われては、サーヤは何も言えなかった。それで、とマシューが間に入る。
「地上から来たって、本当?」
「――――ああ、本当さ」
ナユタは本当にあっさりと頷いた。ジゼルが得意げに胸を張る。
「やっぱ地上って存在するんすねえ」
「じゃあ、何で雲上まで来たんだ? 地上の話は、こっちではほとんど言い伝えられてないけど、行き帰りができるなんてもっと聞いたことがない」
リアムがそう問う。ナユタは困ったように頬を掻いた。
「それは、……」
沈黙。しばらく言葉を探して、ナユタはこういった。
「君たちは、勝ったからじゃないかな」
「勝った……?」
シーアのつぶやきに反応して、ナユタは語り始める。要約すると、こうだ。
かつて。大きな争いがあった。争いの種は――――地上の食糧難。地上から争いを仕掛けたが、地上と雲上では技術の差も大きく、また土地の高さが功を成したか、雲上の人々は抵抗として地上を焼いた。
そのため、地上の……ナユタの先祖たちは、互いを行き来するための道を封鎖した。そうして時は過ぎ去り、――――気づけばその歴史は忘れ去られ……今に至る。
「地上では雲上には近づかないほうがいいってことになってるんだ。恐ろしい目にあうから、って。過度に高い建物を作るのも禁止されているね。僕がこういう歴史に詳しいのは、たまたま僕が鍵を守る種族だったからだ」
「鍵を守る種族?」
「雲上と地上の鍵を、ね」
聞いたこともない話だった。唖然としているシーアたちを置いて、ナユタは続ける。
「地上の技術も発達している。雲上を焼くための計画がひそかに進められていて、ボクはそれが嫌だったから、記録をすべて燃やして逃げてきたんだ。――――復讐のための争いなんて無意味だ」
だから、と一呼吸おいてナユタは言う。
「地上に行く、なんて、馬鹿なことを考えるのはやめたほうがいいよ」
ナユタはそう言って、それじゃあ、と去って行った。
「なんか……とんでもない話だったな」
「聞いてよかったのかな」
「少なくとも、好奇心は満たされたっすね」
「そりゃ良かった」
シーアとサーヤは目を合わせた。お互いが懐に入れていた鍵のレプリカを取り出す。
「――――地上、ねえ」
言葉は見つからなかった。少なくとも今、彼の言葉が確かなことだけはなんとなく感じていて、不穏な空気を振り払うように首を横に振った。
*
「お兄さん。何してるの」
その陰で。イズミは不審な動きをする男性に声を掛けた。
「うわっ、びっくりした。いやちょっと、見てくださいよ!」
イズミがその人の視線の先、手元を辿る。――――虫?
「俺、コイツの研究者だったんすけど……久々に飛んでるのを見てしまって。ここって、騎士学校の敷地内でしたっけ、すみません!」
「ああ、なるほど? じゃあ今回は見逃すけど、次はちゃんと申請してね」
ありがとうございます! 元気に返事をした男性は、そのまま悠々と歩きだした。
「そうだ先生、知ってますか?」
――――こいつ、地上にもいるらしいですよ。高値で売れるんですって。
は、としてイズミが振り返ってももうそいつはいなくて、逃がしたか、と一人舌打ちをする。彼がしゃがんでいた場所に行けばシーアたちの声が聞こえた。どうやら手を打つのが遅かったようだ。
「こら、君たち~! もうそろそろ昼休み終わるよ~」
イズミが声を掛ければ慌てたように返事が返ってくる。どうしようもなく嫌な予感を抱えながら、午後の授業の準備に取り掛かるのだった。
畳む