No.272, No.271, No.270, No.269, No.268, No.267, No.266[7件]
#ふたつの翼、ひとつの空
1話 6992文字
ピピピピ。ピピピピ。
目覚まし時計がやかましく朝を告げる。
サーヤは、まだ眠たい目を擦りながら、眠りを阻害する音を止めようと手を伸ばした――――その寸前で、誰かの手が先にボタンを押した。音が止む。
「おはよう、サーヤ! はやく起きなさい!」
その手の主は、サーヤの双子の姉、シーアだ。うるさい。薄く目を開けてみれば、彼女の髪は既に綺麗に結われていて、いかにも準備万端といった風合いだった。
いつもなら、もっと眠たそうな顔をして、隣でうだうだ駄々をこねているはずなのに。
時計を見る。いつも起きる時間だ、学校があっても遅刻はしない。
安心したのも束の間、は、とサーヤは思い出す。
それと同時、シーアはにかりと笑ってこう言った。
「今日は騎士学校の実技試験があるんだから!」
そうだ。そうだった。
「じ、じゃあ、もっと早く起こしてよ~~!!」
サーヤは慌ただしく身体を起こして、バタバタと階段を下りていった。
シーアとサーヤは孤児だった。冒険家の養父に拾われて、今は彼の祖父と祖母が二人の世話をしている。
「おじいちゃん、おばあちゃん、おはようっ」
「おはよう、サーヤちゃん。ふふ、今日も時間通りの早起きさんね」
リビングに向かえば、おばあちゃんが笑顔で出迎えてくれる。
「シーアの方が早起きだもん」
「あらま、比べるものじゃないのよ。ねえおじいちゃん」
「……それに、まだまだ間に合うだろう」
拗ねたように言うと、二人からはあっさりとフォローが返ってくる。これが大人の余裕なのかもしれない、と思いながら焼き立てのパンを齧った。流石はおばあちゃん、バッチリの焼き加減だ。
「それより、今日はセレスティア騎士学院の実技試験の日でしょう?」
「う」
「……サーヤ、大丈夫なのか。調子は」
セレスティア騎士学院。王都セレスティアを守る騎士から冒険者まで、様々な人々が集まる、武道の名門校。シーアとサーヤは、二人してその学院に志願しているのだった。
「だいじょうぶ……じゃない。ちょっと……かなり……緊張するなあ……! うう、不安だよ~!」
「でも、風の具合は良さそうだわ!」
そう言いながらシーアがリビングに降りてくる。
「きっと私たちの門出を祝福してくれてるのね! きっと大丈夫よ、サーヤ!」
ぐ、とガッツポーズを作り、シーアはそう笑った。サーヤは困ってしまって俯いた。
「シーア、ぼくが受からなかったら……」
「サーヤ!」
最悪の仮定をぴしゃりとシーアが止める。そう強く止められてしまっては、サーヤはそれを飲み込むしか無かった。
「だいじょうぶ。大丈夫よ、サーヤ。だって、いつも通りの空だもの」
そう言われても。緊張は緊張だ。何も言えなくなってしまったサーヤを見ながら、おじいちゃんとおばあちゃんは静かに顔を見合わせた。
*
騎士学院のある王都までは少し距離がある。二人は、子供向け装備を搭載したそれぞれの空飛ぶ魚のような、鳥のような生き物――――ウィンドグライダーに跨り、風に乗って行くのだ。
おじいちゃんとおばあちゃんに見送られて、シーアとサーヤは試験会場まで飛び立つ。
眼下にぽつぽつと島が浮かんでいる。その下には、分厚い大きな雲がいっぱいに広がっていて、そこを突き抜けていくことはできない。
そう、ここはスカイラヴィス。
ウィンドグライダーで行き交う冒険者たちには挨拶を。時々騎士のお兄さんお姉さんに敬礼をしたり、空賊を避けつつ飛んでいけば、目的地はすぐそこだ。
風と星の信仰、空の都。
王都セレスティアの美しい街並みが目の前に広がる。
白い塔がいくつも連なって、その間を無数のウィンドグライダーが行き交っている。風車が緩やかに回って、街全体が風と一緒に息をしているみたいだった。
これは、何度も見ている光景だと言うのに、サーヤは毎度毎度、息を飲んでしまうのだ。
飛んでいる最中もシーアは好きなようにぺちゃくちゃ喋るし、サーヤはそれで彼女が落っこちてしまわないかを気にしながら飛ぶので、道中は大変だった。
でも、それにいつも通りを感じてしまって、実は本当に、大丈夫なのかもしれないと、少しだけ思った。
王都のグライダー広場に降り立つ。ウィンドグライダーからぱっと降りて、お疲れ様、とひとつ撫でる。はあ、とため息をひとつ吐いたと同時、後ろからバン、と背中を叩かれて悲鳴を上げた。
「お~! シーアとサーヤじゃん。 お前らも騎士学校の試験受けんの?」
「リアム! サーヤは今日、とても緊張してるんだから、下手に驚かさないで!」
「へ~んだ。そんなの、勢いで吹き飛ばすしかね~だろ!」
ふん、と彼――――リアムは鼻を鳴らしてサーヤを見た。その後ろからぱたぱたともう一人の少年――――マシューが駆けてくる。
「リアム、ちょっと早いよ……! あ、シーアさん、サーヤさん! おはよう!」
「お、おはよう」
「おはよう、マシュー!」
彼は息を整えてからにこやかに挨拶をした。それに挨拶を返せば、彼はサーヤの方を見て微笑む。
「緊張するね……。でも、きっと大丈夫。頑張ろうね」
「う、うん。もちろん。マシューくんも、頑張ろうね」
その後ろで、シーアとリアムがぎゃんぎゃんとやり合う。
いつも通り、だ。
でも、誰も彼もいつも通りを装っているのだ、とも思った。
ああ、きっと大丈夫だ。
「ふんっ、もう行くわよ。ほら、サーヤ!」
「わ、うん!」
「マシューも行くぜ。絶対にシーアには負けねえんだからな」
「うーん、変わらないなあ」
少しだけ。少しだけ安心して、サーヤはシーアの隣に並んで歩き出した。
*
「はい、並んで並んで~! 始めるよ~!」
試験会場は人でごった返している。
騎士学院の先生らしい長髪の男性が、声を掛けて生徒を集め、二列に並べていた。
指示に従って並べば、サーヤの隣はリアムだった。シーアの隣には、マシューがいる。マシューはこちらを心配していたのかバッチリと目が合って、少しだけ微笑まれてしまった。目をそらす。
なにかリアムに茶々を入れられるかと思ったが、その時の彼は思いのほか静かであった。
「さて、無事にみんな並べたかな? 今回の試験監督を務めます、イズミです。気軽にイズミ先生って呼んでね~」
イズミと名乗った先生が、その場が静かになったのを見計らってゆるく説明を始める。
「事前に聞いていたと思うけど、今日は筆記テストはやりません。みなさんは、風花と呼ばれる綺麗な花々があちらこちらに舞っているのを見たことがありますね〜?」
頷く。風花畑からたまに飛んでくるものだ。主に装飾に使われる。シーアとサーヤも、それを使ってお揃いの栞を作ったことがあるほど、身近なものだ。
「今回は、それを沢山集めてもらいます。ウィンドグライダーとの連携と、どこまで地理の感覚が染み付いているか、あるいは知識があるかを知るための試験です」
筆記のテストは事前に終わっている。この試験が終わった後に、軽い面接があって、後日また合否が発表される、という流れだ。
「もちろん先生や先輩方が総出で確認して回るけれど、一人でなにかに巻き込まれたら大変なので、隣の人とペアになってもらいます。丁度割り切れるからね」
これには不満の声が上がったが、それを先生は笑顔でかわした。
リアムとサーヤも思わず顔を見合わせた。
「さて、これで説明は終わり! 時計の針が半になったら、そこの橋から出発してね。あと……十秒くらいかな?」
ごめん、みんな、撤回させてください。
あんまりにも不安しかない!
先生が時計を見ながら十を始めた。生徒たちは慌てて橋の方へ走り出す。
「サーヤ、頑張りましょっ」
「サーヤさん、リアム、また後で!」
シーアとマシューがそう声を掛けて追い抜いていく。
「ぼ、ぼくたちも行かなきゃ!」
「……」
普段なら、もっとこちらを引っ張っていくのに。意外にも、帰ってきたのは沈黙だった。
「……リアムくん……?」
そう声を掛ければ、は、として彼はこちらを見る。少し青ざめているように感じた。
「……緊張してるの?」
「ふ、ふん、そんなわけないだろ! おい、シーアたちには勝つぞ、いいな!」
慌てて返事を返した彼のそれは取り繕っているようにしか見えなくて、サーヤはさらに心配になった。それ以上の詮索を避けるように、リアムは走り出した。
「あ、わわ、待ってよ~!」
サーヤは、それを慌てて追うことになった。
そうして、実技試験が始まったのである。
「それで?」
「え?」
ウィンドグライダーに跨り、とりあえずと空へと飛び出し、飛行が安定した頃。
「風花なんて俺は拾ったことねえし、具体的にどこが沢山拾えるかなんて分かんねえけど」
リアムがこちらを見ることも無くそう言った。
「……そ、そっか、そうだよね!」
たしかに、彼はそういうものに興味を持つ質には見えない。
「ぼく、良いところならたくさん知ってるよ。着いてきて!」
「ふん、仕方ねえからな。いいか、これはシーアたちに勝つためだぞ!」
「分かってるってば!」
普段の彼なら、シーアにもサーヤにもこんなに従順じゃない。そんなことは言われなくても分かっていた。拗ねたように先を飛べば、後ろから慌てた声が追いかけてきた。
風を切って飛ぶ。朝にシーアが言っていた通り、風向きはサーヤたちの味方をしていた。
しばらく飛べば、風花がたくさん舞っている場所に出る。風花畑だ。先生によれば、畑の主さんにはしっかり話を通してあるらしいので、ある程度、しかしたくさん貰って行こう。
「ハンカチとかで取ると取りやすいよ」
「ふうん、ハンカチねえ」
持っていただろうかとリアムがポケットを漁る。くしゃくしゃのハンカチがそこから出てきた。
「よし、取ろう!」
「さて、どっちが多く取れるかな」
そう言いながら飛び回る。ハンカチに風花が引っ付いて、あっという間に沢山集めることが出来た。
「取れた?」
「もちろん。……くそ、引き分けだな」
それを瓶に入れれば、舞い散る花がスノードームみたいで綺麗だった。
「もう少し集めに行く?」
「う~ん、ま、そうするか。お前が詳しいならシーアも詳しいだろうし」
「うーん、そうだね~。次の場所の方が量としては多いかも」
じゃあ、と次の場所に飛べば、シーアとマシューが先にそこに居た。
「サーヤさん、リアム!」
「来たわね、サーヤ!」
向こうのふたりが反応して手を振る。サーヤはそれに手を振り返した。
「シーア、マシューくん!」
「おい、俺も居るんだからな!」
シーアはそう言うリアムを笑ってスルーした。
「はいはい、ほら、二人はどれくらい集まったのかしら!」
集めた風花の瓶を二人に見せびらかす。サーヤたちの分より少し多めに集まっていた。それを見たリアムが悔しそうにうめく。
「わ、いっぱい集まったね」
「くっ」
「ふふん、やっぱりここが一番集まるわよね」
綺麗だし、と言いながらシーアは瓶を仕舞う。リアムは悔しがって、ぐぬぬ、と唸った後、シーアを指さしてこう言った。
「まだまだ勝負は終わってないんだからな!」
「ふふ、今からここのを集めるんでしょ? 楽しみにしてるわっ」
リアムはふん、とそっぽを向いて、またハンカチを取りだして集めに飛び出して行った。
「全く、いつまで経ってもガキなんだから」
「ははは……」
「ぼくも集めてくる! シーア、マシューくん、またね」
シーアとマシューは頷いて、その場を離れようとした――――その時。
「うわあっ」
悲鳴が聞こえた。リアムのものだ。そちらを見れば、ハンカチをいっぱいに広げて、少し遠くの風花に手を伸ばした瞬間だった。重心がずれて、ウィンドグライダーとの息が合わなかったのだろう。リアムの身体が、ぐらりと傾いた。
ウィンドグライダーから転落しかけている。
「! リアム!」
「え、」
「バカ!」
シーアが飛び出す。それに続いてサーヤとマシュー、リアムの身体がどんどん傾いて、落ちて――――その先で、シーアが彼の身体を抱き止めた。
「バカ、アンタ、なにやってんのよ!?」
「……あ? お、おう、ごめん……」
「大丈夫、二人とも!?」
「怪我は!?」
流石のリアムも目を白黒とさせている。遠くから見回りの先輩が飛んできているのが見えた。
「私は大丈夫、リアムのウィンドグライダーは!?」
「ざっと見たけど、平気そうだよ」
そう言いながらマシューがウィンドグライダーを連れてくる。彼は申し訳なさそうに震えてみせた。
リアムは真っ青な顔のままウィンドグライダーに跨り直し、そのうちに先輩が近くまで飛んできていた。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「全員無事です!」
「そう、良かったです。どうかお気をつけて」
「はーい!」
全員で返事をする。リアムの顔色を見て、その先輩は少し考え込んだ。その後、
「貴方のペアは?」
「ぼくです」
サーヤが手を挙げる。先輩は頷いて、リアムが手に持っていたハンカチを受け取った。
それを二人用の瓶に入れてから、もう一度頷いて、
「これであれば問題ないでしょう。大幅に時間は余りますが、全員、私について一緒に島に戻りましょう」
「は~い!」
再びの返事。そうして、四人の実技試験は幕を閉じたのだった。
*
「……悪かったよ」
あの後。
医務室で軽く検査をし、特に怪我は無いからと解放されて戻ってきたリアムが不貞腐れたようにそう言った。
「なにが?」
「ッ、お前……!」
「ちゃ~んと言葉にしないと伝わらないわよ~」
「ぐ……」
シーアがからかうようにそう言う。リアムはしばらく拳を握りしめ震えていたが、そのうち、その手を解いて、
「だから、迷惑かけて悪かったよ!」
そう言った。
「そうじゃないわよ」
「はあ!?」
「助けてくれてありがとう、でしょ?」
シーアがさらに言葉を重ねる。
「はあ!? ……ま、まあ助かったとは思ってるけど……」
「じゃ、ありがとうくらい貰わなくちゃ!」
クソ、こいつ。調子に乗りやがって。リアムはそんなことをぼやいた。
「……でも、まあ、ふん、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして! 私にはそれだけでいいわよ」
「分かってるよ!」
ぷんすこ怒りながらリアムはそのままサーヤを見て、
「大切な試験だったっつーのに、ハプニング起こして悪かったな」
お前も、とマシューの方も見る。サーヤとマシューはぱちくりと目を瞬かせ、顔を合わせた。
「うーん……でもほら、先輩もこれだけあれば大丈夫って言ってくれたし……無事だったならいいよ」
「心配なのは今回よりも筆記の方じゃない? リアムくんって勉強出来たっけ」
「ぐぐ、なにを~~!!」
ひとしきりそうやって騒いでから、リアムはすっかり調子を取り戻したらしく、全員を指さしてこう言った。
「次は負けないんだからな!」
やれやれとばかりにシーアが肩を竦めた。サーヤも思わず笑ってしまったし、マシューも呆れている。
それでも、いつも通りが戻ってきて、少し安心したのは事実だった。
*
「シーア!」
「んん……何よ、サーヤ、まだ起きる時間じゃないわ……」
「起きる時間はとっくに過ぎてるよ! そんなことはいいの、今日は騎士学校の合否が来るんだよ!」
バタバタと部屋に入ってきたサーヤの言葉を聞いて、ようやくシーアは目覚める。
そうだった。
「ちょ、ちょっと、サーヤ! もっと早く起こしなさいよ!」
「何回も起こしたもん……」
不満そうにサーヤが呟いたのを綺麗にスルーして、シーアは慌ててベッドから飛び出る。
その時、おばあちゃんが部屋をノックしてこう言った。
「シーアちゃん、サーヤちゃん。来たわよ」
「本当!?」
「……!」
合否の通知は郵送で、風花と共に寮の鍵が入っていれば合格。そうでなければ――――不合格。
「おばあちゃんっ、どう!? 鍵、二つ入ってそう!?」
「う~ん、封筒が分厚くて外からじゃ分からないわね……開けてみましょう」
「うわ――――!! ちょっと待って!! 顔洗ってくるっ」
「あらあら、慌ただしいんだから」
ドタバタと洗面台にシーアが駆けていく。サーヤはもう、とても緊張してしまってその場で震えているところだった。
「サーヤちゃん」
「な、なに!?」
「きっと大丈夫よ」
「……」
おばあちゃんの言葉で少しだけ落ち着きを取り戻す。そうだ。大丈夫だと、信じることしか出来ない。信じるしかない。
「うん」
そうしていると、シーアとおじいちゃんがそわそわしながら戻ってきた。
「ど、どうだったんだ」
「まだ開けてないわよね!?」
「まだよ~、開けるわね」
ドキドキ。おばあちゃんがハサミで封筒を切っていくのを、緊張しながら見ることしか出来ない。
心臓の音が近い。シーアも緊張しているようだった。
「あら!」
「……!」
「ど、どう!?」
「おめでとう、シーアちゃん、サーヤちゃん!」
そうしておばあちゃんが鍵をふたつ、掲げてみせた。
つまりは、――――合格、だ。
シーアとサーヤはしばらく、何も言えなかった。ほっとして、うれしくて、それだけで胸がいっぱいになってしまって。気づいたら二人でぎゅっと抱き合っていた。おじいちゃんは何も言わなかったけれど、目が少し赤くなっていた。おばあちゃんはそれを見てふふ、と笑った。
「やったわ~! サーヤ! 私たち、無事に合格したのよ!」
「う、うん……! 嬉しいね、シーア!」
「それじゃ、荷造りをしなくちゃね。ちょっと早めに入寮出来るみたいだから、慣れておいた方が良いわ」
「はーい!」
そうして今日も、日常は動いていく。不思議と、リアムとマシューもきっと、大丈夫だと思えた。
騎士学校にはどんな先生がいて、どんな人がクラスメイトになるのだろう!
ドキドキとワクワクを抱えながら、入学式までの時を過ごすことになるのだった。
畳む
1話 6992文字
ピピピピ。ピピピピ。
目覚まし時計がやかましく朝を告げる。
サーヤは、まだ眠たい目を擦りながら、眠りを阻害する音を止めようと手を伸ばした――――その寸前で、誰かの手が先にボタンを押した。音が止む。
「おはよう、サーヤ! はやく起きなさい!」
その手の主は、サーヤの双子の姉、シーアだ。うるさい。薄く目を開けてみれば、彼女の髪は既に綺麗に結われていて、いかにも準備万端といった風合いだった。
いつもなら、もっと眠たそうな顔をして、隣でうだうだ駄々をこねているはずなのに。
時計を見る。いつも起きる時間だ、学校があっても遅刻はしない。
安心したのも束の間、は、とサーヤは思い出す。
それと同時、シーアはにかりと笑ってこう言った。
「今日は騎士学校の実技試験があるんだから!」
そうだ。そうだった。
「じ、じゃあ、もっと早く起こしてよ~~!!」
サーヤは慌ただしく身体を起こして、バタバタと階段を下りていった。
シーアとサーヤは孤児だった。冒険家の養父に拾われて、今は彼の祖父と祖母が二人の世話をしている。
「おじいちゃん、おばあちゃん、おはようっ」
「おはよう、サーヤちゃん。ふふ、今日も時間通りの早起きさんね」
リビングに向かえば、おばあちゃんが笑顔で出迎えてくれる。
「シーアの方が早起きだもん」
「あらま、比べるものじゃないのよ。ねえおじいちゃん」
「……それに、まだまだ間に合うだろう」
拗ねたように言うと、二人からはあっさりとフォローが返ってくる。これが大人の余裕なのかもしれない、と思いながら焼き立てのパンを齧った。流石はおばあちゃん、バッチリの焼き加減だ。
「それより、今日はセレスティア騎士学院の実技試験の日でしょう?」
「う」
「……サーヤ、大丈夫なのか。調子は」
セレスティア騎士学院。王都セレスティアを守る騎士から冒険者まで、様々な人々が集まる、武道の名門校。シーアとサーヤは、二人してその学院に志願しているのだった。
「だいじょうぶ……じゃない。ちょっと……かなり……緊張するなあ……! うう、不安だよ~!」
「でも、風の具合は良さそうだわ!」
そう言いながらシーアがリビングに降りてくる。
「きっと私たちの門出を祝福してくれてるのね! きっと大丈夫よ、サーヤ!」
ぐ、とガッツポーズを作り、シーアはそう笑った。サーヤは困ってしまって俯いた。
「シーア、ぼくが受からなかったら……」
「サーヤ!」
最悪の仮定をぴしゃりとシーアが止める。そう強く止められてしまっては、サーヤはそれを飲み込むしか無かった。
「だいじょうぶ。大丈夫よ、サーヤ。だって、いつも通りの空だもの」
そう言われても。緊張は緊張だ。何も言えなくなってしまったサーヤを見ながら、おじいちゃんとおばあちゃんは静かに顔を見合わせた。
*
騎士学院のある王都までは少し距離がある。二人は、子供向け装備を搭載したそれぞれの空飛ぶ魚のような、鳥のような生き物――――ウィンドグライダーに跨り、風に乗って行くのだ。
おじいちゃんとおばあちゃんに見送られて、シーアとサーヤは試験会場まで飛び立つ。
眼下にぽつぽつと島が浮かんでいる。その下には、分厚い大きな雲がいっぱいに広がっていて、そこを突き抜けていくことはできない。
そう、ここはスカイラヴィス。
ウィンドグライダーで行き交う冒険者たちには挨拶を。時々騎士のお兄さんお姉さんに敬礼をしたり、空賊を避けつつ飛んでいけば、目的地はすぐそこだ。
風と星の信仰、空の都。
王都セレスティアの美しい街並みが目の前に広がる。
白い塔がいくつも連なって、その間を無数のウィンドグライダーが行き交っている。風車が緩やかに回って、街全体が風と一緒に息をしているみたいだった。
これは、何度も見ている光景だと言うのに、サーヤは毎度毎度、息を飲んでしまうのだ。
飛んでいる最中もシーアは好きなようにぺちゃくちゃ喋るし、サーヤはそれで彼女が落っこちてしまわないかを気にしながら飛ぶので、道中は大変だった。
でも、それにいつも通りを感じてしまって、実は本当に、大丈夫なのかもしれないと、少しだけ思った。
王都のグライダー広場に降り立つ。ウィンドグライダーからぱっと降りて、お疲れ様、とひとつ撫でる。はあ、とため息をひとつ吐いたと同時、後ろからバン、と背中を叩かれて悲鳴を上げた。
「お~! シーアとサーヤじゃん。 お前らも騎士学校の試験受けんの?」
「リアム! サーヤは今日、とても緊張してるんだから、下手に驚かさないで!」
「へ~んだ。そんなの、勢いで吹き飛ばすしかね~だろ!」
ふん、と彼――――リアムは鼻を鳴らしてサーヤを見た。その後ろからぱたぱたともう一人の少年――――マシューが駆けてくる。
「リアム、ちょっと早いよ……! あ、シーアさん、サーヤさん! おはよう!」
「お、おはよう」
「おはよう、マシュー!」
彼は息を整えてからにこやかに挨拶をした。それに挨拶を返せば、彼はサーヤの方を見て微笑む。
「緊張するね……。でも、きっと大丈夫。頑張ろうね」
「う、うん。もちろん。マシューくんも、頑張ろうね」
その後ろで、シーアとリアムがぎゃんぎゃんとやり合う。
いつも通り、だ。
でも、誰も彼もいつも通りを装っているのだ、とも思った。
ああ、きっと大丈夫だ。
「ふんっ、もう行くわよ。ほら、サーヤ!」
「わ、うん!」
「マシューも行くぜ。絶対にシーアには負けねえんだからな」
「うーん、変わらないなあ」
少しだけ。少しだけ安心して、サーヤはシーアの隣に並んで歩き出した。
*
「はい、並んで並んで~! 始めるよ~!」
試験会場は人でごった返している。
騎士学院の先生らしい長髪の男性が、声を掛けて生徒を集め、二列に並べていた。
指示に従って並べば、サーヤの隣はリアムだった。シーアの隣には、マシューがいる。マシューはこちらを心配していたのかバッチリと目が合って、少しだけ微笑まれてしまった。目をそらす。
なにかリアムに茶々を入れられるかと思ったが、その時の彼は思いのほか静かであった。
「さて、無事にみんな並べたかな? 今回の試験監督を務めます、イズミです。気軽にイズミ先生って呼んでね~」
イズミと名乗った先生が、その場が静かになったのを見計らってゆるく説明を始める。
「事前に聞いていたと思うけど、今日は筆記テストはやりません。みなさんは、風花と呼ばれる綺麗な花々があちらこちらに舞っているのを見たことがありますね〜?」
頷く。風花畑からたまに飛んでくるものだ。主に装飾に使われる。シーアとサーヤも、それを使ってお揃いの栞を作ったことがあるほど、身近なものだ。
「今回は、それを沢山集めてもらいます。ウィンドグライダーとの連携と、どこまで地理の感覚が染み付いているか、あるいは知識があるかを知るための試験です」
筆記のテストは事前に終わっている。この試験が終わった後に、軽い面接があって、後日また合否が発表される、という流れだ。
「もちろん先生や先輩方が総出で確認して回るけれど、一人でなにかに巻き込まれたら大変なので、隣の人とペアになってもらいます。丁度割り切れるからね」
これには不満の声が上がったが、それを先生は笑顔でかわした。
リアムとサーヤも思わず顔を見合わせた。
「さて、これで説明は終わり! 時計の針が半になったら、そこの橋から出発してね。あと……十秒くらいかな?」
ごめん、みんな、撤回させてください。
あんまりにも不安しかない!
先生が時計を見ながら十を始めた。生徒たちは慌てて橋の方へ走り出す。
「サーヤ、頑張りましょっ」
「サーヤさん、リアム、また後で!」
シーアとマシューがそう声を掛けて追い抜いていく。
「ぼ、ぼくたちも行かなきゃ!」
「……」
普段なら、もっとこちらを引っ張っていくのに。意外にも、帰ってきたのは沈黙だった。
「……リアムくん……?」
そう声を掛ければ、は、として彼はこちらを見る。少し青ざめているように感じた。
「……緊張してるの?」
「ふ、ふん、そんなわけないだろ! おい、シーアたちには勝つぞ、いいな!」
慌てて返事を返した彼のそれは取り繕っているようにしか見えなくて、サーヤはさらに心配になった。それ以上の詮索を避けるように、リアムは走り出した。
「あ、わわ、待ってよ~!」
サーヤは、それを慌てて追うことになった。
そうして、実技試験が始まったのである。
「それで?」
「え?」
ウィンドグライダーに跨り、とりあえずと空へと飛び出し、飛行が安定した頃。
「風花なんて俺は拾ったことねえし、具体的にどこが沢山拾えるかなんて分かんねえけど」
リアムがこちらを見ることも無くそう言った。
「……そ、そっか、そうだよね!」
たしかに、彼はそういうものに興味を持つ質には見えない。
「ぼく、良いところならたくさん知ってるよ。着いてきて!」
「ふん、仕方ねえからな。いいか、これはシーアたちに勝つためだぞ!」
「分かってるってば!」
普段の彼なら、シーアにもサーヤにもこんなに従順じゃない。そんなことは言われなくても分かっていた。拗ねたように先を飛べば、後ろから慌てた声が追いかけてきた。
風を切って飛ぶ。朝にシーアが言っていた通り、風向きはサーヤたちの味方をしていた。
しばらく飛べば、風花がたくさん舞っている場所に出る。風花畑だ。先生によれば、畑の主さんにはしっかり話を通してあるらしいので、ある程度、しかしたくさん貰って行こう。
「ハンカチとかで取ると取りやすいよ」
「ふうん、ハンカチねえ」
持っていただろうかとリアムがポケットを漁る。くしゃくしゃのハンカチがそこから出てきた。
「よし、取ろう!」
「さて、どっちが多く取れるかな」
そう言いながら飛び回る。ハンカチに風花が引っ付いて、あっという間に沢山集めることが出来た。
「取れた?」
「もちろん。……くそ、引き分けだな」
それを瓶に入れれば、舞い散る花がスノードームみたいで綺麗だった。
「もう少し集めに行く?」
「う~ん、ま、そうするか。お前が詳しいならシーアも詳しいだろうし」
「うーん、そうだね~。次の場所の方が量としては多いかも」
じゃあ、と次の場所に飛べば、シーアとマシューが先にそこに居た。
「サーヤさん、リアム!」
「来たわね、サーヤ!」
向こうのふたりが反応して手を振る。サーヤはそれに手を振り返した。
「シーア、マシューくん!」
「おい、俺も居るんだからな!」
シーアはそう言うリアムを笑ってスルーした。
「はいはい、ほら、二人はどれくらい集まったのかしら!」
集めた風花の瓶を二人に見せびらかす。サーヤたちの分より少し多めに集まっていた。それを見たリアムが悔しそうにうめく。
「わ、いっぱい集まったね」
「くっ」
「ふふん、やっぱりここが一番集まるわよね」
綺麗だし、と言いながらシーアは瓶を仕舞う。リアムは悔しがって、ぐぬぬ、と唸った後、シーアを指さしてこう言った。
「まだまだ勝負は終わってないんだからな!」
「ふふ、今からここのを集めるんでしょ? 楽しみにしてるわっ」
リアムはふん、とそっぽを向いて、またハンカチを取りだして集めに飛び出して行った。
「全く、いつまで経ってもガキなんだから」
「ははは……」
「ぼくも集めてくる! シーア、マシューくん、またね」
シーアとマシューは頷いて、その場を離れようとした――――その時。
「うわあっ」
悲鳴が聞こえた。リアムのものだ。そちらを見れば、ハンカチをいっぱいに広げて、少し遠くの風花に手を伸ばした瞬間だった。重心がずれて、ウィンドグライダーとの息が合わなかったのだろう。リアムの身体が、ぐらりと傾いた。
ウィンドグライダーから転落しかけている。
「! リアム!」
「え、」
「バカ!」
シーアが飛び出す。それに続いてサーヤとマシュー、リアムの身体がどんどん傾いて、落ちて――――その先で、シーアが彼の身体を抱き止めた。
「バカ、アンタ、なにやってんのよ!?」
「……あ? お、おう、ごめん……」
「大丈夫、二人とも!?」
「怪我は!?」
流石のリアムも目を白黒とさせている。遠くから見回りの先輩が飛んできているのが見えた。
「私は大丈夫、リアムのウィンドグライダーは!?」
「ざっと見たけど、平気そうだよ」
そう言いながらマシューがウィンドグライダーを連れてくる。彼は申し訳なさそうに震えてみせた。
リアムは真っ青な顔のままウィンドグライダーに跨り直し、そのうちに先輩が近くまで飛んできていた。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「全員無事です!」
「そう、良かったです。どうかお気をつけて」
「はーい!」
全員で返事をする。リアムの顔色を見て、その先輩は少し考え込んだ。その後、
「貴方のペアは?」
「ぼくです」
サーヤが手を挙げる。先輩は頷いて、リアムが手に持っていたハンカチを受け取った。
それを二人用の瓶に入れてから、もう一度頷いて、
「これであれば問題ないでしょう。大幅に時間は余りますが、全員、私について一緒に島に戻りましょう」
「は~い!」
再びの返事。そうして、四人の実技試験は幕を閉じたのだった。
*
「……悪かったよ」
あの後。
医務室で軽く検査をし、特に怪我は無いからと解放されて戻ってきたリアムが不貞腐れたようにそう言った。
「なにが?」
「ッ、お前……!」
「ちゃ~んと言葉にしないと伝わらないわよ~」
「ぐ……」
シーアがからかうようにそう言う。リアムはしばらく拳を握りしめ震えていたが、そのうち、その手を解いて、
「だから、迷惑かけて悪かったよ!」
そう言った。
「そうじゃないわよ」
「はあ!?」
「助けてくれてありがとう、でしょ?」
シーアがさらに言葉を重ねる。
「はあ!? ……ま、まあ助かったとは思ってるけど……」
「じゃ、ありがとうくらい貰わなくちゃ!」
クソ、こいつ。調子に乗りやがって。リアムはそんなことをぼやいた。
「……でも、まあ、ふん、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして! 私にはそれだけでいいわよ」
「分かってるよ!」
ぷんすこ怒りながらリアムはそのままサーヤを見て、
「大切な試験だったっつーのに、ハプニング起こして悪かったな」
お前も、とマシューの方も見る。サーヤとマシューはぱちくりと目を瞬かせ、顔を合わせた。
「うーん……でもほら、先輩もこれだけあれば大丈夫って言ってくれたし……無事だったならいいよ」
「心配なのは今回よりも筆記の方じゃない? リアムくんって勉強出来たっけ」
「ぐぐ、なにを~~!!」
ひとしきりそうやって騒いでから、リアムはすっかり調子を取り戻したらしく、全員を指さしてこう言った。
「次は負けないんだからな!」
やれやれとばかりにシーアが肩を竦めた。サーヤも思わず笑ってしまったし、マシューも呆れている。
それでも、いつも通りが戻ってきて、少し安心したのは事実だった。
*
「シーア!」
「んん……何よ、サーヤ、まだ起きる時間じゃないわ……」
「起きる時間はとっくに過ぎてるよ! そんなことはいいの、今日は騎士学校の合否が来るんだよ!」
バタバタと部屋に入ってきたサーヤの言葉を聞いて、ようやくシーアは目覚める。
そうだった。
「ちょ、ちょっと、サーヤ! もっと早く起こしなさいよ!」
「何回も起こしたもん……」
不満そうにサーヤが呟いたのを綺麗にスルーして、シーアは慌ててベッドから飛び出る。
その時、おばあちゃんが部屋をノックしてこう言った。
「シーアちゃん、サーヤちゃん。来たわよ」
「本当!?」
「……!」
合否の通知は郵送で、風花と共に寮の鍵が入っていれば合格。そうでなければ――――不合格。
「おばあちゃんっ、どう!? 鍵、二つ入ってそう!?」
「う~ん、封筒が分厚くて外からじゃ分からないわね……開けてみましょう」
「うわ――――!! ちょっと待って!! 顔洗ってくるっ」
「あらあら、慌ただしいんだから」
ドタバタと洗面台にシーアが駆けていく。サーヤはもう、とても緊張してしまってその場で震えているところだった。
「サーヤちゃん」
「な、なに!?」
「きっと大丈夫よ」
「……」
おばあちゃんの言葉で少しだけ落ち着きを取り戻す。そうだ。大丈夫だと、信じることしか出来ない。信じるしかない。
「うん」
そうしていると、シーアとおじいちゃんがそわそわしながら戻ってきた。
「ど、どうだったんだ」
「まだ開けてないわよね!?」
「まだよ~、開けるわね」
ドキドキ。おばあちゃんがハサミで封筒を切っていくのを、緊張しながら見ることしか出来ない。
心臓の音が近い。シーアも緊張しているようだった。
「あら!」
「……!」
「ど、どう!?」
「おめでとう、シーアちゃん、サーヤちゃん!」
そうしておばあちゃんが鍵をふたつ、掲げてみせた。
つまりは、――――合格、だ。
シーアとサーヤはしばらく、何も言えなかった。ほっとして、うれしくて、それだけで胸がいっぱいになってしまって。気づいたら二人でぎゅっと抱き合っていた。おじいちゃんは何も言わなかったけれど、目が少し赤くなっていた。おばあちゃんはそれを見てふふ、と笑った。
「やったわ~! サーヤ! 私たち、無事に合格したのよ!」
「う、うん……! 嬉しいね、シーア!」
「それじゃ、荷造りをしなくちゃね。ちょっと早めに入寮出来るみたいだから、慣れておいた方が良いわ」
「はーい!」
そうして今日も、日常は動いていく。不思議と、リアムとマシューもきっと、大丈夫だと思えた。
騎士学校にはどんな先生がいて、どんな人がクラスメイトになるのだろう!
ドキドキとワクワクを抱えながら、入学式までの時を過ごすことになるのだった。
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【夕空翼/結城桃音/正城朱希】




















〇街の特徴
舞台:糸紡ぎの街「リュシエル」
石畳と小さな工房が並ぶ、川辺の穏やかな街。
通りには「糸の市」があり、糸や布、ボタンや木片が売られ、人形師たちが材料を集める。
夜になると、窓辺に座るドールたちがランプの光を反射し、まるで街じゅうの心が灯っているように見える。
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〇ドールの「こころ」
ドールに魔力の籠った任意の宝石を埋め込み、それにキスをすることでドールは目覚める。眠りにつく時も同様である。
また、宝石を埋め込む場所は任意である。
宝石に込められた魔力の強さによってドールの髪の長さが変わる。この世界では、長い髪は魔力の象徴である。
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登場人物
〇ティアナ
病弱な少年の夢を叶えるため、生み出されたドール。
健気で穏やかで、まるでミルフィとは正反対。絵本作家になりたかった彼の夢を手伝っている。そんな自分のことを誇らしく思っているし、ミルフィのことを気高く美しいひとだと思っている。
可愛くて優しくて素直だが、その笑顔の裏にはある程度の打算が隠れている。
こうすれば相手は黙る。こうすれば相手は喜ぶ。こうすれば相手は。
なるべく痛みの少ない選択肢を選ぶことによりなるべく誰も傷つかないようにしているが、それは彼女だけがより傷つくことと同義である。
彼女がそうであるのは、ミルフィがそうであったためである。
彼女の心は、もとはミルフィのものだ。彼女はミルフィから生まれたドールだ。
彼が捨てたくても捨てられなかった打算的な優しさの部分を、ティアナが引き継いだ。
それを苦には思っていないティアナだが、ミルフィにとっては苦しいものに映るのかもしれない。
「ミルフィさまの悪口ですか!? 良くないですよ、ティアナは悲しいです」
「ミルフィさま、今日はどんなお話を書かれますか?」
「どうか、悲しまないで。後悔も、しないで。わたしはあなたのドール、あなたの夢は私の夢ですから!」
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〇ミルフィ
ティアナの主人。周囲には冷たい性格だと思われているが、言葉が足らないだけである。
病弱故に手が震えて動かず、絵を描けなくなった絵本作家。ひとりぼっちは寂しいので、旧知の仲であるノエルに頼み人形を作ってもらった。
素直でかわいいティアナのことを羨ましく、また、眩しく思っている。
それと同時に、いつだって欲しい言葉をくれるティアナに不安を抱えている。
自身と同じように、それで壊れはしないかと。
言葉が足らないのはわざとだ。もう自分としか仲良くできない。他人となんか仲良くしたくない。
だからドールを作ってもらった。自分の片割れのような存在を。
家族は、治療の金は出せど彼のことを理解はしてくれなかった。友達はみんな彼が療養している間に忙しくなって離れていった。
薄情なものだ。でも、現実というのはきっとそういうものなのだろう。
自分とたくさん対話した。彼らに諦めをつけるには、最初からなかったことにするのが一番だった。
自分しか信じなくなった。
創作は自分との対話だ。創作ばかりにかまけていたら、今度は手を壊した。
絵の描けない絵本作家に、生きている価値はない。
そう判断した彼は自死を試みようとしたが恐怖が勝ちうまくいかなかったところを家族に発見され保護された。
そこで家族に紹介されたのが―――ドールのことだった。
頼むから死んでくれるなと泣く両親の顔を今も覚えている。分かってもらえなくて悔しかったことも。
自分ともうまく話せなくなったのなら、この苦しみはだれに聞いてもらうんだ。
「自分の世界に閉じこもってる、んだってさ。それの何が悪いって言うんだよ……」
「ティアナ、声をもう少し小さくできるか?」
「馬鹿にしないで。可哀想だなんて言わないで。僕のこと、救えもしないくせに。責任だって取れないくせに!」
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〇ノエル
リュシエルで働く人形師。元気で豪胆な女性だが、自分の感情を軽く扱うところがある。
よく言えば感情の切り替えが上手い。悪く言えば我慢しがちだ。
本人はそれを自覚しながらそれで良いと思っている。切り替えられるような感情は、そう重要なものではないのだろうから。
悲しくても苦しくても、腹が立っても、笑って流せる。そう、笑って流せばいい。
そんなお荷物はいらない。歩くときは身軽なほうがいい。
美しく楽しく生きよう。全てに蓋をしても、今日という日は美しいのだから。
「あっはっは! ミルフィ、またそんなこと言ってるのか? もっと言葉を大切に使ったほうがいいぜ。」
「あたしはアンタたちに幸せになってもらえたらそれでいーの!」
「あたしが怒ったって、あんた、なんも変わんないだろ。だから怒んないよ」
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〇ステラ
ノエルのライバルとなった人形師兼魔術師。穏やかだが正直な男性。時にそれは冷たく見えるのかもしれない。
個人的に健康でありたいと思っているようでもあるので、それが甲を制しているのかもしれない。
良くも悪くも自身の正しさを貫くが為に言葉が鋭くなりがちだが、それ以外では技術としても人としてもそれなりに出来た人である。
ノエルとは幼馴染なため、彼女のことはよく知っている。彼女が感情を抑え込みがちなことも、魔力が少ないことも。
当時、髪が短くて人見知りな彼女は、いじめの格好の的だった。
それを守っていたのがステラなのだが、ノエルは段々と処世術を身につけ、一人でも生きていけるようになっていった。
気付けば人形作りの技術は先を越されていた。
それを嬉しく思いつつ寂しく思うようになってようやく、そこにあった恋心に気が付いた。
でも、今更だ。彼女は一人で生きていけるし、それを選ぶだろう。
臆病な彼は伝えることはせず、静かに日々を過ごしている。
「俺はステラだよ〜。君たちが来た理由を当ててやろう、ノエルのお使いかな。……違う? そう、残念」
「死にたいなら死ねばいいよ。怖いなら一緒に死んであげるし。俺は君の人生の責任は取れないからね。ほら、どうする?」
「……今更だよ。今更だ。ね、ノエル。そうだろ」
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〇エトワ
遠い街から、ノエルを尋ねて来た少年。
火事で家と家族を亡くした。目の前で瓦礫に挟まれた父が「リュシエルに向かいなさい、いいね、お前は決してひとりじゃない」「ノエルさん、という人形師を尋ねなさい。父さんは大丈夫だ」と言いながら彼は強く背を押した。伝わる感触を今でも覚えている。
歩き回って、時々誰かに助けて貰って、必死に歩いた先、リュシエルで働くノエルを見つけた。
父は、エトワへの誕生日プレゼントに人形を用意していた。
父の魔力の沢山籠った、少女の人形だった。
「〜〜!! う、うるさい! じゃあなんだ、お前、俺がガキだって言いてえのかよ!」
「は〜? 絵本作家のくせに、そんな簡単なことも言えねえってわけ?」
「父さんが少しでも楽に死んでたらいいなあ……! 俺のことなんか、心配しないでさ、後悔とかもなくて、なんか、……幸せだったかなあ!?」
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〇セレネ
エトワのドール。ちょっとクールな女の子。
エトワの友達になってやってくれと頼まれたので、仕方なく友達になるつもりだった。父の魔力が籠っているからか、思ったより思い入れができてしまったからか、いつか魔力が尽きる瞬間が来ることを惜しく思うようになってしまって、困っている。
彼の父のことは魔力越しにしか知らないが、エトワのことを愛していたことだけを知っている。彼の後悔を見る度に心が痛むが、何もしてやれない自分が嫌い。
「エトワ、申し訳ないけど、キミはまだまだ子供だよ。」
「ティアナ、ミルフィも、うちのがごめんね。」
「お父さんのこと、僕はちゃんと知らないけど……。ほら、キミはひとりじゃないんだろう。だから、大丈夫だって思うしかないよ。……無責任かな、ごめんね」
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