No.476, No.475, No.474, No.473, No.4件]

SS 創作物について
 僕の書くものは、大抵、不特定多数の、あるいは、特定個人の、誰かに向けている。誰かに何かを書くこと、伝わりうる言葉にすることで、取りこぼす何かを、僕は軽視しているところがある。伝わればそれでいい、と、思う。多少曲がっていても、それがどんな形でも、今だけ君と同じものを見ていて、同じものを感じていると信じられるのなら、事実がどうだろうと、それでいい。――それがいい。

 誰かの言葉を引用するが、水面に映る月をそのまま手で掬ったとして、同じものを見せることはできないように。揺れては漏れて、ひび割れ、消えていく何か。手のひらの温度で水だってぬるくなる。そこに映る月だってもう丸くないかもしれないけれど、それでも尚、月を見せたい。君と同じものが見たい。
 寂しいことに、そうすることでしか、僕たちは同じにはなれない。

 形にすることで失われる何かを切り捨ててなお君たちと同じものを共有したい。他人と違うことは不安要素で、美しいものは誰かと共有したくて、そうやって言葉にしてこそ人と分かり合える何かがある気がして、そうやって寂しい自分を慰めているのだろう。君たちと同じ立場で、君たちと同じものを見たい。君たちと同じようになりたい。
 どうしたって僕は醜いかいぶつのようだ。

 ――かいぶつの言葉だっていつか誰かに届くことを夢見ている。届けたいから言葉を使う。誰に伝わらなくても祈り続けたいから書き続けている、書き続けている。

 誰かに届いてほしい。これは、世界に叫ぶSOSであり、I Love Youでもあるのだと思う。
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創作,文章

毎日百文字以上チャレンジをしていた時のやつ
一日目¦隣で眠るあなたの鼓動まで聞こえそう
主な人物:飛鳥井慎也・鬼良稀雷

 起きた。伸びをして、欠伸をひとつ、ふと隣にあるぬくもりに気づいて、そちらに目をやる。ああ、そういえば、昨日はホラー映画を見て、それを口実に一緒に寝ようと誘って。
 そんな雑な理由でも、仕方がないなと一緒に寝てくれる恋人のことが、ぐうと愛おしくなった。きっとあの時、考えていることは一緒だった。
 もう一度横になってみる。その整った顔を眺めていれば、ふと瞼があいた。半分しか開かない瞼、おそらくは薄い視界に自分を捉えた彼は、少し不思議そうな顔をして、そのまま腕が伸びて。ぎゅう、と抱き枕みたいに抱きしめられた。
 何事かと問うても、彼はどうやらゆめうつつのようで唸るような返事しか返ってこない。
 突然のことでばくばくと心臓が鳴るものだから、それで起こしてしまいそうで、慌てて抑えようと思考を散らす。隣で眠る彼の鼓動まで聞こえそうだった。
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二日目¦今日は君の全てが欲しい
主な人物:和歌月泉・欠月牙狼

「今日はさあ、おうち泊まっても良い?」
 いつも通り学校に行って、生徒会の仕事を終えて、帰り道。いつも通り仕事が終わるのを待ってくれた牙狼くんと歩きながら、他愛のない話をする。
「ああ……別に構わない、俺の部屋はちょっと散らかってるかもしれん」
「とか言って、いつも綺麗だと思うけどな」
 少し前に同じことを言われて、好奇心で覗いた部屋を思い出す。別に、男子高校生にしては、大変綺麗な部屋だったと思う。そういうとこも好きだけどな、とぼんやり思って、次に出てきた言葉に、あ、と自覚した。
「そう、最近はあまり2人だけの時間を取れていなかったからさ。……今日は牙狼くんの全てが欲しくて」
「……な、」
 こんな小っ恥ずかしいラブソングでも歌わないようなことを、バカ正直に思ったのだから仕方がない。
 動揺する恋人の手をゆっくり繋いで、ぎゅ、とちからをこめて、しばらく堪能して、それから、上目遣いで一言、「ダメなの?」と言ってしまえば、牙狼くんはなんだかんだ頷いてしまうのだから、本当に優しい人だな、と思う。
「……ダメ、ではない」
「よし! 決まりだね」
 赤く染まる彼の手を引っ張って家まで走ろうとすれば、「待て」と呼び止められる。
「なあに?」
 首を傾げて問えば、真っ直ぐ俺を見据えて「俺にも欲しい。……泉の、ぜんぶ」なんて、小っ恥ずかしいことを宣うものだから、ああもう、俺まで赤くさせてどうするんだ! 
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二日目②¦守られるだけというのは癪なので
主な人物:三角心・キク

「あ~、真っ当に行くとしたら、君を守るためとはいえ、多少の危険がつくモンだし……俺としても、君に危険が迫ることを良しとしたいわけじゃない。」
 指をピンと立て、いたずらっぽくキクは笑う。
「だからね、ひとつ提案があるんだ」
「……提案、ですか」
 真面目な顔で聞き返した三角にキクは苦笑を返した。
「うん。俺がぜんぶなんとかするから、君は家の中で待機すること。そりゃまあ真っ当な手段ではないんだが、ここまで来たら仕方ねえだろ」
「マネージャーさんを納得させてくれる手段でも考えて待っててくれれば、あっという間に終わる話だ。悪くないだろ?」
「……それは」
 三角はぐう、と眉を寄せた。色々言いたいことはあったが、どうせ答えてくれやしないだろうし、それはそのまま飲み込んだ。
 少しの沈黙、それでも、と声が落ちた。
「私はアイドルだから、そういうことに関与したってバレたらまずいんです。」
「証拠は残さねえよ」
「いいえ。世の中に完璧なんてないでしょう、それに、万が一バレた時にあなた一人が罪を被るというのなら、それも嫌ですし……」
「……私を守るために、私が戦わなくてどうするんですか?」
「私、何も出来ないお姫様じゃない。なんでもやってみせますよ、キクさん」
 にい、と今までに無い表情で笑ってみせた三角の表情と、覚悟と。それに息を飲んで、キクは少し恥ずかしそうに笑った。
「はは、アンタってやっぱカッコ良いよ。」
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三日目¦お前のためにはしてやらない
主な人物:黒瀬愛海

「あ」
「……あ、」
 困ったような声が響いた。それに、やってしまった、とでも言いたげな色が重なって、そのまま黒瀬は吸っていた煙草の火を消した。
「ど~も。良い夜ね」
「……そうだね」
 会いたかった。それはもちろんそう。だけれど、だけれど、もう二度と会うつもりのない人だった。
「……ねえ、」
 ああ、これはめんどくさいな。わざとそれを滲ませながら続きを促す。そうして促してしまうのが良くないのだと、少し昔の彼女の言葉を思い出した。
「私のためだったの」
 黒瀬は少し目を伏せて、ふ、と息だけで笑った。
 それに不服そうな顔をした彼女を見て、いつも通り、そう、いつも通り笑いながら、
「そんなわけないでしょ」
 そう言った。
 そう、あれは私のためだった。私の感情だった。決して、決してお前のためなんかでは無く、いや、絶対に、……絶対にお前のせいにはしてやらないのだ。
「あんたには、わかんなくて良いよ」
 続けてそう言えば、彼女は諦めたように息をついた。
「愛海ってそればっかり、……私だって木偶の坊じゃないんだよ」
 へえ、と大して興味もなさげに言えば、一瞬、悔しそうな表情をした彼女は隠すように黒瀬に背を向けた。
「……私、あなたのことが好きだったよ」
 そう言い残して立ち去った。彼女を追うことすらしない黒瀬はそんな出来損ないみたいな告白を、ただ鼻で笑って流した。
「それが何になるって言うんだよ」
 どこまでも愚直で、どこまでもお馬鹿で、どこまでも賢い私の大切な君。
 私もあなたが大好きだった。そのために、世界が滅んでも良いと思える程。
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四日目¦ただあなたの心をすこし和らげたい
主な人物:箒星蛍

「あ。」
 休日。ちょっとしたメイクと帽子で変装をして、ウィンドウショッピングをしていた、帰り道。
 たまたま目に止まった雑貨屋の、シックな色の髪飾りを手に取ってまじまじと眺める。
 少しくすんだ青から水色の花々たち、アクセントに黄色が入っていて、それはまるで夜空に蛍の光が浮かんでいるような色をしていた。
 あまり派手なものは嫌がるかもしれない。いや、これも少し派手だけれど、きっとこれは似合うだろうし、……夏夜さんは、あたしからのプレゼントは無碍には出来ないでしょ。ひとりで勝手に頷いて、それをレジに持ち込んだ。
 
 たまたま、似合いそうだったから買っただけだし、要らなかったら飾ってもらおう。
 ついでにお菓子とか買っていったら怒られるかな。最近はあんまり動いていないから、食べないようにしてるけど、今日だけ特別に。
 
 今日は、ちょっとステキなプレゼントを持って会いに行くね。しばらく退屈な毎日だろうしさ。
 ステージなんかじゃない、普通の日常で、上機嫌に走っていく彼女は、まるでただ一人の女の子のようで。
 暗くなってきた空がひとつ、星を零したことにも気づかずに。ただ、真っ直ぐな想いを抱えていた。
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五日目¦運命とかじゃなくて良い
主な人物:満見葉月
 別に俺じゃなくても良いんだろ、とかいうめんどくさい女みたいな言葉に、それはそうだろを返したら、才川が怒った。
 そう、だってべつに、世の中の恋人だって最初はただの他人なわけだし、別にそこに居心地が良く収まった人が恋人になるだけで、変わりはいくらでもいるもので。だけど、それはお前にだって言えることで、俺だってお前じゃなくて良いし、お前だって俺じゃなくて良いのだから、そこに理不尽もクソもなくないか?
 そんなことをつらつらと喋ったら呆れられた。
 だって別に、もうそんな運命だなんてロマンティックなものが信じられるほど子供じゃないし、なにより、そうだからこそ今はお前が良いってとこあるんだけど、それじゃダメなのか。
 そう首を傾げたら才川は少し唸って、何かを諦めたように首を横に振られた。
 それなりにこいつには色々な感情を置いてると思うんだけど、それはどうしたら伝わるんだろうか。
 どれだけ考えても出ないだろうし、一先ずそこは休戦してアイスを食べることにした。
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六日目¦嬉しいな〜って思ったんだよ
主な人物:箒星蛍

 世界の全てに忘れ去られる夢をみた。
 そう、夢。ただの夢だ。ただ、嫌な現実味に体をふるわせて、父親の元へと向かえばいつも通り。名前を呼んで、おはよう、と声がかかる。
 それにおはよう、と返すと、どうした、と首を傾げられた。
「何も無いよ。嫌な夢を見ただけ」
「……そうか」
 それ以上は深入りしてこなかった。
 父が、蛍に罪悪感と不安を抱いてるのは知っている。色々なことがあったのだし、それは仕方がないと思う。
 だから、だけど、あなただってあたしのことを1番に思ってくれていたのに、罪悪感なんて抱く必要はないのに、それをぶつけた日には、親というのはそういうものなのだと言われた。
「……世界から、忘れられる夢だったんだ」
「……」
「ま、ありえない話だけど。嫌な夢見た後って、なんか嫌な感じあるよね」
 そう言って笑えば、父は少し難しい顔をしながら、
「……世界から忘れられる夢、」
 そう呟いて、顔を上げた。
「……きっとお前程の人間であるのなら、誰もが同じ言葉で口を揃えるんじゃないのか。父さんもそれと同じで、忘れてなんかやらない」
「だから、心配しなくて良い。忘れてもどこかで残るものはあるさ」
「……」
 父は、蛍の周りにある非日常のことなんか知らないし、蛍も話す気もないけれど。けれど、だと言うのに、まっすぐそんなことを言ってくるもんだから、蛍は少し気が抜けたように笑った。
「……あたしってやっぱりちゃんとお父さんの元に産まれたんだね」
「どういう意味だ」
 チン、とトーストが焼ける音がする。それをお皿に移しながら、とびきりの笑顔で蛍は笑った。
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七日目¦へんなやつ
主な人物:上空明日翔・天海深月

「なあ、お前。ほんとうに神様なの?」
 ずっと気になっていたことだった。同じクラスのへんなやつ。聞けば、彼に願ったことは全て叶うらしく、だから神様と呼ばれている。
「……なあに、願い事?」
 返事は間を置いて返ってきた。面倒くさそうにこちらを見るその瞳は、普通の人間と同じ。
「いや? 別に。残念だけど、自分の願いは自分で叶えられるのさ」
 好奇心だよ、と付け加えると、そいつはぱちくり、と目を瞬かせた。
「なんだその反応」
「いや、別に……。俺に話しかけてくるのなんて、僕の力を宛にしているやつらばかりだから。なんというか……物珍しくて?」
「ふーん。そういうモン?」
「そういうもんだよ、僕の周りはね。」
 そうだなあ、と少し考える素振りを見せて、そいつは言う。
「神様とは、ちょっとちがう。」
「へえ。じゃあ何?」
「なんだと思う?」
 はぐらかされたな、と思った。別に深入りするほどでもないか、とそれには特に追求せず、少し考える。
 どう見ても、人間と同じ身体、人間と同じ言語。そいつの不思議な力を体感したこともなく、体感する予定もない俺にはそこに人間以外の答えも出るはずもなく、首を傾げた。
「俺と同じじゃないか?」
「は?」
「ああ、いや。俺と同じ、普通の人間。男子高校生。アンタの持ってる力のことは知らないけど、だから俺にはそう見えるよ。」
「……ふうん」
 へえ、と頷きながらそいつはこちらを見て、
「じゃあ、そういうことだよ。」
 そう言った。
「……ふうん。そっか、良かった。」
「良かった?」
 俺の言葉に首を傾げたそいつに、今度は俺が上機嫌に人差し指を突き立て、
「俺の友達百人目! 神様はさすがに友達になれないなって思うけど、お前は人間なら俺の友達になれるだろ?」
 しばらく俺の立てた指を見て、キョトン、という顔をしたそいつは、ええ、と困惑したような声を上げて、
「君、実は変なやつだろ……?」
「お前それは失礼なやつだろ!」
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八日目¦はじめてのおくりもの
ラブレターフロムロランネタバレあり 現行未通過×
主な人物:晴間翔と天使

「ほら見ろ、これ!」
 そう言いながらアユムがドヤ顔で出てきたのは、所謂赤ちゃんとかの名前を決める時に使う名付け辞典。
 少し前にその話題になった時の壊滅的な名前のセンスを思い出して、真面目に考えるつもりのアユムを見て、思わず笑みがこぼれた。
 真面目だな、この人。
「ふふ、俺は太郎なんじゃなかった?」
「おまえ太郎って雰囲気じゃねーしなあ、オレがかっけーの決めてやるよ~」
「お、そしたら楽しみにしちゃおっかな。天使様に似合うやつにしてね」
 いつも絵を描く時みたいに、向かいに座って考え始めたアユムを眺める。
 天使は、そういう時間が好きだった。アユムが、真面目に、想いを込めて創作物を生み出す。そういう場所に立ち会えるのは光栄なことだ、と思っているし、そうして出来上がった創作物のことも、全部気に入っていた。
「はれま……はれまに続く名前だろ? なんかいい感じのやつ……」
 それに天使はぱちくり、と目を瞬かせた。
「……俺って晴間なの」
「えっ」
 きょとんとした顔でこちらを見たアユムは、まるでそれが当然であるかのように首を傾げた。
「晴間以外にあるのか?」
「……いや」
 いや、べつに、アユムが良いなら良いけれど。苗字が同じっていうのは、家族とかそういう人たちだけのものじゃないのか。
 そう思いながら、口にしなかった。別にそれが嬉しくないわけじゃないし、アユムは当然だと思ってるみたいだし、……口出すことじゃないか。
 黙り込んた俺に不思議そうにしながら、アユムはまた本に目を落とす。しばらく目を落として、その視線は一つのところでピタリと止まった。
「はれま、……かける」
「うわ! 超天使っぽい。晴間翔だって、いいじゃん。やりぃ~~」
 ハレマカケル。晴間、翔。悪くない響きだった。
「……へえ、アユムにしては良いセンスじゃん」
「オレは元々センスいいだろ??」
「ちょっと前の名付けのセンス思い出しなよ」
 別に太郎でも良かったのだが、センスは無かっただろ。アユムはううんと唸った。
「太郎……もまあ、まあな。アリではあったしな」
「そう? まあでも、晴間翔、良いんじゃない? 貰ってくよ」
 にい、とアユムは満面の笑みを浮かべた。
「そうだろ! これからよろしくな、翔」
「うん。よろしくね、アユム」
 呼ばれた名前は初めての響きで、なんだかむず痒い気持ちになった。
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九日目¦寂しそうなやつ
主な人物:上空明日翔・天海深月

 意味が分からない、と思う。
 ちょっと不思議な力が使えるからって神様だなんて祀られて、周りがぜんぶ変な宗教みたいになっている僕の傍には、まともなやつは近寄らない。
 僕だって近寄りたくない。神様なんか信じてないし、特別に僕が神様だとも思ってないし、じゃあ、だとしたら、やっぱりこいつはどこかおかしいんだろうなと思う。
「アンタさ」
「ん?」
 友達なんか、沢山いるだろうに。今日もそいつは僕の傍まで平然と来ているし、そいつが喋りたいことを次から次に話していく。
 今は、テストの点が悪かった、とか、そういう話だったと思う。一通り聞き終えてから、僕は口を開いた。
「……、友達、たくさんいるんじゃないの」
「? そりゃもちろん、たくさんいるぜ」
「じゃあそっちに行ったらいいじゃん。僕じゃなくて良いんじゃないの」
 きょとん、とした顔をしたそいつは、
「友達が寂しそうにしてたら声掛けるだろ」
 そんなことを、当然のように言ってのけた。
「寂しそうに見えるの」
「違うか?」
 大きな溜め息が出た。
「ほっといてもらった方が、うるさくなくて助かるんだけどな」
「あ! 俺うるさいってよく言われる~! でもほら、やっぱり楽しいじゃん。人と喋るのってさ」
 何も気にせず「でさ、」と話を変えたそいつに頭を抱えたくなる。ふい、と視線をそらして窓の外を見た。
 寂しいのか。僕は。
 それが否定できなかったことが悔しくて、見透かされていたみたいで腹立たしくて、しばらくそいつの顔を見れなかった。
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十日目¦普通とは
主な人物:上空明日翔・天海深月

「お前、なんでアイツに毎日話しかけてんの?」
 友人にそう聞かれた。
 なんで、と言われると友達になりたいから。それにもなんでと聞かれたら、……なんでだろう。首を傾げてしまった。
「神様だとかなんだとか、俺にはよくわかんねえけど、アイツの周り異常だよ。だから、程々にしとけよ」
 好奇心は身を滅ぼすって言うだろ、とその友人は指を立てて俺に言った。
 帰り道。特別近くに住む友達も居ない俺は、1人でその道を歩いていく。
 別に。
 別に、俺と何ら変わらない。本人は至って、普通の子供だろうに。
 あいつの周りが異常だと言うのなら、俺の周りは異常では無く、普通だとでも言うのだろうか。
 それを言うには、俺も、友人も、あいつも、お互いのことを知らなさすぎるんじゃないのか。
 そんなことを思いながら、帰りたくもない家のドアを開け、ただいま、と親に声をかけるのだった。
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十一日目¦どうか祈りが届きますように
主な人物:曾根崎獅道・???

 こつん、靴音がして、ちょうどコーヒーを飲み終えた曾根崎は顔を上げた。
 一人の少女が立っていた。真っ直ぐ見据える視線は、あなたに用があるのだと訴えていた。
「こんにちは」
「……どうも」
 ぺこ、と頭を軽く下げ、薄く残った既視感の糸を辿る。
「あのひとの……愛海が最期に出会った人だって聞いた」
 その言葉を聞いて、ハッキリと思い出す。……ああ、黒瀬の。
「愛海、なんで死んじゃったの? 誰も私には教えてくれないの。……きっとそれも、愛海の意思なんだと思うけど」
 中身の入ってないコーヒーを飲むふりをして、誤魔化す。……どうしたものだろうか。
 何かを言おうか。何を言おうにも黒瀬の言葉が頭をよぎって、声が止まる。
 そうして1人ぐるぐるとしている俺を怪訝そうに眺めた彼女は、なに、と少し固い声で言った。
「あなたも答えられないの」
「……黒瀬に言われた」
 するり、と言葉が出た。そのまま、真っ直ぐ少女を見つめた。
「警察って言ったって、資料上で見る、極わずかな分しか分かってないんだって」
「俺は、あいつのことを何も知らない。だから、あんたになにか伝えても、全部お門違いな気がする」
「……そう、」
 少女は目を伏せた。少し瞳が揺らいで、それでも、目を閉じ、気を強く保つようにまっすぐあなたを見る。
 似ている。
「……そっか。確かに愛海が言いそうな事だよ。私も、愛海のこと、分かっていたつもりだったのかもね」
「悔しいな。……真実を掴み取りたくても、もう本人が居ないんだもの」
 無意識のうちに、拳に力が入った。
「……まあ、あなたに言っても仕方ないのは、分かってる。独り言だから、全部忘れていいよ」
「……待て」
 勝手に口が動いた。何かを、言わずにはいられなかった。
「これも、独り言だが。黒瀬はたぶん、あんたのことが大事だったんだと思う。いや、……わからん。俺には何も分からんのだろうが、……黒瀬が聞いたら怒りそうだな。聞かなかったことにしてくれ。」
 驚いたような表情の少女は、安堵したように笑った。
「……そう、そうね」
「痛いくらいに大切にされていたことは、知ってるの。でも、ふふ、そうね。」
「最期に愛海が会ったのが貴方で良かった。」
「あの人が、そうして案じてもらえているなら、確かに誰かが、あの人の想いを、心の淵を少しでも知ってくれていたなら、良かった……。」
「……ごめんなさい。ありがとう。私も、彼女のことを大切にしていたから。引きずってでも生きていくことにするわ。」
 綺麗に笑う彼女が、そう言って踵を返した。
 持っていた缶コーヒーのゴミをゴミ箱に投げ入れて、大きな溜め息をついた。
 それでも。
 俺が彼女に何を思うにも、鼻で笑われて終わるんだろうな。
 そんなことを考えながら、仕事へと戻ることにした。
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十二日目¦天使も悪魔もいなかった
主な人物:???

 赤いものを見ると、あなたのドレスを思い出す。
 そう言えば、貴方はきっと呆れたように笑うのだろうと思う。
 私には分からなくて良い。そう言った愛海の言葉通り、彼女の死のほとんどの概要は私に知らされることは無かった。
 それがすごく悔しくて、自分の足で特定しようとしてみたけど、それも結局、何にもならなかった。
 だけどね、愛海。もういいの。
 墓に花を供えて、手を合わせる。
 私、あなたが好きだった。私にはそれだけで十分だったのかもしれない。
 あなたは、私を愛してくれていたけど、だけど、だから、踏み込まれたくなかったのね。
 そっと目を伏せた。
 だけど、そんなのは酷い話ではないかしら。
 あなたがそういう人であったのは、知っていたつもりだった。知っていて、好きだった、つもりなのに。私もあなたと対等にはなれなかったのね。
 
 ごめんなさい、愛しかったひと。
 私、あなたを引き摺って歩くことにする。最大限幸せになってみせるわ。
 あなたなら、そう言うのでしょうから。
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十三日目¦あなたの手を汚したかったわけじゃない
主な人物:鳥羽朔賭・鳥羽咲百合

 教会。昔、自分が育った家は、今も大して変わらずそこに建っている。
 扉を開けばいつも通り血を分けた姉が居るのだろうし、そこで姉は愛想でも振り撒いているのだろうと思う。
 そんな大それた人間でもないくせに、やめてしまえば楽なのに。
「よう」
 声をかければ、明らかに警戒した表情でこちらを振り向いた。
「……朔賭」
 それに分かりやすくため息をついて、両手を上にあげながら近づく。
「まだ迷える子羊でも探して助けてんの? もう諦めたら良いのに。全部自己満だって分かってんだろ? それに、」
 息をついた。
「どうせ無理だよ。全部救うなんてさ」
 真っ直ぐこちらを見据えてくる姉の瞳に強く刻まれた警戒心。あーあ、嫌われてんな、と思いながらやれやれと肩を竦めた。
「……って、何度言ってもわかんねえのか。敬虔な信徒サマには」
 姉は、無言でこちらを見、一言も声を発しようとしない。お人形遊びをしに来たわけじゃないんだけどな、と思いながらため息をついた。
「……はあ、何その態度。俺とは喋るだけ無駄ってこと? 悲しいな。こんなに心配してやってんのにさ」
 そうして煽ってみても、こちらを探るような視線が返ってくるのみだった。
 今回も、……いや、これは。もう、無理なのかもしれない。そんなことを冷静な自分が考えたが、とにかく機嫌は最高に悪かった。物分りの悪い、馬鹿な姉。そう頭で悪態を着くことでそれを発散しようとしたが、それもうまくいかなかった。
「……そうかよ」
 そのまま視線を逸らして出口に向かっていく。
 それでも姉は、最後まで俺と喋ろうとはしなかった。
 
 
「……ほんとうは、」
 ぽつり。誰もいなくなった教会に声が響いた。
 声は、続く。
 神様なんて信じてない。だから、全部私が救えたら、と思ってる。
 ……だからね、私が神様になるって決めたの。
 あなたにとってはそんな柄でも無いかもしれないけど。あなただって、私を全部知ってるわけじゃないでしょ。
 目を伏せた。
 馬鹿馬鹿しいと思うなら思えば良いよ。でも、
 声が詰まった。息を吐いて、決意するように音を吐き出す。
 わたしは。
 あなたの事も救うつもりよ。
 ……朔賭。
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十四日目¦面倒な事に変わりは無いけど
主な人物:和歌月泉・欠月牙狼

 たまたま夜遅くまで勉強していたものだから、何もかもをほっぽり出して寝てしまった。
 そうして、朝起きたら髪の毛がとんでもないことになっている、なんて日が、立て続けに続いた。
 どうしたもんかな、とあくびを噛み殺しながら思案する。別に伸ばしているのは頻繁に切らなきゃいけないのが面倒だからというだけだし、いっそテスト期間中は短めに切ってもらおうかな。
 思い立ったが吉日、休みのうちに美容院の予約をして、ぱぱっと短くしたのが、昨日。
 月曜日。学校に行くために支度をして、いつも通り恋人を迎えに行ったら、髪を見るなり眉をひそめられた。
「……何かあったのか?」
「なんでそんな反応なのさ……」
 髪なんか短くても長くてもそんな変わらないだろうに。短くても似合うって言ってくれるかと思った、と少しむくれてみた。
「あ~、いや、似合うとは思うんだが……、ううん」
「……でしょ、似合うなら良くない?」
「いや、泉が良いなら良いんだが……」
「何、はっきり言いなよ。」
 うぐ。もにょもにょと言葉を選ぶ様子の恋人に、今度がこちらが眉をしかめると、ガシガシと頭をかいた牙狼くんは「笑うなよ」と前置いてから、
「綺麗な髪だったから、勿体無いなと思っただけだ!」
 きょとん。ぱちくり。そんな音が響いたような、予想外の言葉に、時間をかけてその言葉を噛み砕いて、笑わずにはいられなかった。
「あはは!」
「あ、おい! 笑うなっ」
「だって、そっか、そんなに俺の髪好きだったんだ?」
「……」
「じゃあ、また伸ばそっかな。」
 もとよりテスト期間の間だけだしね。とつけ加えて、軽く理由を話せば、牙狼くんはそんなことだったのかと項垂れた。
 心配をかけているなあ、と思いながら自分の髪を触る。
 いつもより軽くて楽な髪を、初めて少し惜しく思った。
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十五日目¦十九日目、夜、暗闇
塔葬の国ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:猫田心音

 俺が決めたことだから。
 誰よりも先に俺が決めた。こうなることも予測した上で、彼らを見捨てることを選択したのは、俺だった。
 だから、俺が一番に、腹を括るべきだった。
「選んだのは俺たちだ、……行こっか!」
 そう言った時の声は震えていなかっただろうか。作った笑顔は上手くできていただろうか。今の俺に確かめる術はなく、確かめたところで何にもならない。
 どれだけ慣れがあったとしても、人の命を、自分の手で。何度考えても恐ろしいことだ。
 それでも。……それでも。
 それをやらねば、この島に居るほとんどの人間の命は無いものとなる。
 くそったれだ。
 それでも、誰かがやらねばやらないことなのだ。
 
「嫌な島ですね」
 不意に、そんな声が落ちた。
「……そうだね」
 それに同意を示しながら、だけど、と、思考を巡らせる。
 俺で良かった。
 あの子を指名するのも、あの子を殺すのも、全部、俺ができることで良かった。
 俺でさえ。俺でさえ、あの子を指名する表情はきっと固まっていたし、俺でさえ、注射器を持つ手は震えていたし、ミツオさんが乱入するまで、注射を打てなかった。
 優しい、一時的でも世帯となった彼らに、そんなことをさせなくて、良かった。それが出来る俺で良かった。
 それだけが今、俺の誇りだった。
 本当は、と、そこまで思考が動き始めて、慌てて止めた。
 俺がここで折れてどうするんだ。
 まだやるべきことは残っている。こんな、こんなことを、もう二度とさせないために、この島を。
 
 そんなことを考えながら目を閉じた。
 二人に気を使ってやれるほどの気力は、残っていなかった。
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ここから散文
キュートアグレッション
主な人物:特になし

「私を殺したいの?」
 そう言って、不気味なほど綺麗に笑った彼女は、ぐいと距離を詰めた。そのまま俺が手に持っている銃を左胸に当てて、「どうぞ」と囁いてみせた。
「な……っ」
「殺したいんでしょう?」
 まさか撃てないだなんて言わないわよね。変わらず綺麗に微笑むその人を、そう、確かにその人を殺すことは、悲願で、喉から手が出るほど、喜ばしいことなのに、どうして、
 どうしてこの人は、こんなに動じないんだ。
「ほら、早くしないと、私の愛しい番犬たちがあなたを殺しても知らないわ」
 ゾッと背筋が凍った。恐ろしい。人間であるはずのその人が、なにか別の、化け物のように思えた。
 ああ、ここまでしても、自分はこの人に傷一つ付けられない。
 それを悟った時、頭に鈍い衝撃が届いて、そのまま俺の視界は閉ざされた。
 最期に認識できたのは、その人の、薄く細められた美しく光る瞳と、その口が、「だから言ったのに、」と動いたことだった。
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なんだか違う人みたいだった
主な人物:上空明日翔、天海深月

「……い、おい」
控えめな声。揺さぶられて目が覚めた。
呆れたような顔をしたそいつと目が合う。いつの間に寝ていたんだろうか。
「……次、移動教室だけど。」
「ああ……おはよう、起こしてくれたの」
「誰も起こしてやんないみたいだったからね。友達100人作ったんじゃなかったの」
ふい、とそっぽを向き、じゃあ、と歩き出したそいつの腕を掴む。
何故かは、分からない。ただ、そういう気分だっただけ、で。
「午後、サボんねえ?」
「……は?」
ぱちくり、と大きな目を瞬かせて、そいつは思考を巡らせているみたいだったから、
「だめか?」
と、ひと押し。

「……優等生の肩書きに傷がついたらどうしてくれんの。」
「え〜、困るな。俺も一応優等生なんだけど……まあ、そしたら全部俺のせいにしていいからさ。」
「……」
そうすれば、簡単に押されてくれるのだから、優しいのかちょろいのか、分からない。
「1時間だけなら」
と言ったそいつににんまりと笑って、よし、と立ち上がり手を引く。
ただ、普通の子供みたいに遊びたかった。
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やがて鬼と成る
かいぶつたちとマホラカルトネタバレあり 現行未通過×
主な人物:沙華祈

 ほら、歩けるだろう。そう言って急かしてくる大人の声を聞きながら、せめてゆっくり歩いていく。
 俺は、死刑囚だ。死刑囚、だった。
 世界の全部が嫌になった。だから、全部壊した。そしたら世界の外の大人たちは、あんまりにも俺が黙っているものだから、全部を俺が悪いということにした。
 ざまあみろ、と思う。お前たちも結局は人間で、正しいことなんてひとつも行えやしない。
 結局は、同じ穴の狢だ。
 
 ドアを開け、扉の向こうを見る。
 そこに立っていたのは、痩せた、今にも死にそうな雰囲気の男性。
「この方が、お前を引き取るんだそうだ。」
「……そう」
 興味も無かったので、視線を逸らした。睨む警察様をその人は制して、そこからは淡々と手続きが進んでいるようだった。
 死刑囚であるので、表向きは死んでいることにしてください。だとか、そういう話を半ば無理矢理聞かされて、難しい(お互いに良い感情は持っていないのだろう)会話が眼前で行われて、そうして、気づけば引き渡されていた。
 
「ねえ」
「なにかな。」
 帰り道、と言っていいのかも定かじゃない。車でどこかに連れていかれながら、その人が特に何も喋らないもんだから、声をかけた。
「俺が、さ。今ここであんたを殺すとか、思わないの」
「おや。そんな元気が君にあるとも思えないけどな、そのつもりなの?」
 別にそんなつもりでは無いので首を横に振った。そうしたら、そうだろ? と一言返されて、そのまま沈黙が続いた。
 ただ、不思議な時間だった。
 そうして、静かな時間をしばらく過ごし、車はどこかの店の駐車場に停められた。
「そうだ。君は今日からその名前じゃなくなる。具体的に言うと、君を組織に入れます。その間は、コードネームで生活してもらうよ。」
「コードネーム」
「そう。君のことは、戦力担当として連れてきたから。『鬼』だなんてどう? かっこいいでしょ」
「……」
 あんまり真面目にそう思ってもなさそうな口調で言うもんだから、適当な言葉を吐いているようにも思えた。
「ま、だからそうやって名乗ってね。別に偽名であればなんでもいいけれど……そうだ、プライベートは君が好きなように動けるよう手配しよう。それでいいね?」
「……別に、なんでもいい。」
「そう?」
「……」
 じ、とその人を見た。その人はじ、とこちらを見返してくるから、嫌になって視線を逸らした。
「俺は、その……組織? とやらに、入るなんて決めてないけど」
「ああ、そうだったね。まあゆっくり考えてくれればいいさ、最も、君に拒否権はないのだけど。でもほら、悩む時間は与えてあげられる……予定、だから。ゆっくり覚悟を決めてよ」
「……」
 じゃあ早速、組織のメンバーに挨拶に行こう、と、幽霊を名乗るその人は言った。
 とりあえず車から降りて、店の扉のドアに手をかけた幽霊の方を見て、再び声をかける。
「……ただの戦力担当なら、死刑囚だった身じゃなくても良かったんじゃない。わざわざこうやって引き抜く程、俺が必要なの?」
 うーん、と困ったように笑った幽霊は、改めてこちらを見やった。
「まあ、そうだね。君が必要だ。」
「……君でなくても良かった、なんて嘘は良くないね。君だから引き抜いたんだ。」
 そう言ってから、幽霊は改めてドアを開く。
 特になんの変哲もない、俺にとっての日常の続きだと言うのに、何かが変わるような気がして、少し落ち着かない気持ちでドアの向こうに歩みを進めた。
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夢心地
主な人物:椿・楸

「ヒサギ、なんてどう?」
「はあ?」
 ある日、ある時、ある任務で。自分に復讐すると息巻いて機会を狙い続けている彼を連れ回していた時。ふと思い出したように椿は言った。
「名前だよ名前、君、本名だって教えてくれないだろ? まあ知りたい訳でもないから良いのだけど、そのまま何も無いのは僕にとってとても不便だ。だからさ、どう?」
「……どうって」
 得意げな顔をして、ついさっき人の命を奪った得物――――ナイフを手持ち無沙汰に回しながら、椿は続ける。
「木へんに秋で楸。花言葉は澄んだ心! あははっ、ほら、君にピッタリだろ?」
「……バカにしてるのか」
「やだなあ、褒めたじゃないか。心が綺麗なのは良いことだと思うけれど?」
「……お前に褒められたって嬉しくない。」
 不機嫌さを隠さずそう言っても、特に、椿には怯む理由がなかった。
 はは、といつも通りを崩さず笑っているのに腹立って舌打ちを一つ。それでもそんなことお構い無しと言わんばかりだ。
「そりゃそうだろうね。……ま、君がどれだけ嫌だと言っても、もう僕が決めたことだ。君には今度から楸と名乗ってもらうよ、分かったね。楸?」
「……」
 ぎろ、と椿を睨みつけて、たった今楸と呼ばれた青年は、震える手を握りしめその場を立ち去ることを選んだらしい。
 どうせ逆らえず従うのに、椿の言葉にいちいち反抗してみせるその姿勢がお気に入りだった。随分と、可愛らしいことだ。
 ひとまず、と自分の足元を見る。白の面積が多い自身の服は特に汚れなかったが、床に落ちた死体やその痕跡は片付けねばならなかった。

 痛ましいことだけれど、必要な犠牲だった。
 テキパキとその場を片付けて、さっさとその場を後にすることにした。
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全部無駄になれば良い
主な人物:椿・楸

「殺してやる!」
 そう言って知らない少年はナイフを椿に向けた。それを軽々と交わせば、そのまま地面へと倒れ込む。
 あーあ、面倒だなあ。そんなことを思いながら、椿はにこやかな笑顔を彼に向けた。
「……君は誰? 残念だけれど、僕は殺した人間の顔なんかわざわざ覚えていないものでね。復讐だと言うのなら、愚かなことはやめた方が良いよ。」
「なっ……うるさい! 死ね!」
 また交わす。はあ、とため息をついて椿は体制を崩したその人へと距離を詰めた。少年は、それにぎょっとして目を瞑った。自分も殺されるのかと勘違いしたのだろうか、全く馬鹿馬鹿しい。
 その人の手を掴み、ナイフを自分の首筋へと持ってくる。そのタイミングで、恐る恐ると目を開けた彼は、愕然とした顔でこちらを見た。
「どうしたんだい。僕を殺したいのだろう?ほら、この手に少し力を込めれば僕は死ぬよ。――まさか、本当は殺す覚悟なんてありませんでした〜……なんて、言わないよね?」
 はくり。少年の口が動く。
 よく、知った色をしていた。彼の瞳に覚悟の色なんて無く、ただそこにあるのは恐怖と動揺だった。
「あはは、ほら、愚かだったと思わない?人は感情のままに動くべきじゃない、覚えておくと良いさ」
 正義のために人を殺してきた。覚悟を決めたのは、もう覚えていない程過去の話だ。だから、椿にはもう、理解ができない。
「ほら、最後のチャンスだよ。僕を殺してみる?」
 君なんかにできるとは到底思えないけれど。心の中でそう呟いて、震える手を感じながら、そっと目を瞑った。

 ――――銃声。

 目の前の少年がばたりと倒れた。代わりに楸が現れたと思えば、そのまま照準をこちらに合わせる。どうやら随分頭に血が上っているようだった。
「あれ、楸くん。顔色が悪いよ、どうしちゃったの? ……ああ、僕が本当に死ぬとでも思ってビックリしちゃった?」
 椿がわざとらしく問えば、楸は照準を合わせたまま叫んだ。
「お前っ、俺以外の誰かに殺されたら絶対許さないからな!」
「……ふふっ、あはは!」
「なにがおかしい……!」
 睨みつけても怯みもしない。本当に引き金を引いてやろうかと楸は思ったが、結局指先に力は入れなかった。
「許すも許さないもないだろ、僕の命はずっと僕の手中にあるわけで、生きるのも死ぬのも、選択権はず〜っと、僕の手にある。」
 そう、君が弱いから。心底楽しそうに付け足さられた言葉にイラついて、でも結局殺せていないのは事実だった。
「君だって、彼だって、奪う側に立つ覚悟どころか、人を殺す覚悟だってま〜ったく決まってないだろうに! あはは! 今の君を見たらご家族はなんて言うのかな〜! せっかく唯一生き伸びたというのにね。可哀想に!」
 そう喋るのと同時、距離を詰められたと思えば銃を足で蹴り飛ばされ、それを椿は奪い取った。
 別に今更物珍しくもないだろうに、まじまじと銃を観察するのを、楸は黙って見ていることしかできなかった。
「僕が先に他の誰かに殺されないように。もしくは、殺されても良いように? あははっ、せいぜい頑張ってくれよ、楸くん。」
 椿は終始楽しそうな口調を崩さぬまま、銃を投げ返し、その場を立ち去った。
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これからのために、話をしよう
かいぶつたちとマホラカルトネタバレあり 現行未通過×
主な人物:NPC・鬼・魔女を中心に組織の全員

「仕方ないじゃないか。おかげで君は守れたのだし、そう思うと、安い犠牲だっただろう?」

 だから、納得しなさい。
 それを聞いた瞬間、鬼の中の何かが切れる音がした。

「分かった。アンタがそこまで言うんだったら俺にだって考えがあるよ。……せいぜい爪でも噛みながら、自分の命の重さでも思い知ればいいんじゃない?」

 その時、自分はどんな表情を浮かべていたのか。
 呆れたような顔をしたままの幽霊が少し目を見開いたのを見たがらただそれだけを伝えた後、外へと飛び出し、しばらく走った。
 その場にあったのが、穏やかな感情でなかったのは確かだった。







「……それからずっと、鬼殿が行方不明、と」
「そう。」
 簡潔にまとめた狼の言葉に、幽霊が頷く。不安そうな天使が幽霊を見た。
「鬼くんは無事なのでしょうか?」
「まあ、あの子ならどこかで元気にやってそうだとは思うけど? 悪魔さんの件もあるし、裏切りと断定するには早いんじゃないかしら。」
 あなたの子供でしょう、と付け足された魔女の言葉に苦い顔をした幽霊は、だからこそだよ、と全員を見た。
「必ず、あの子を見つけ出して欲しいんだ。僕の見てないところで、危険な目にあってたらと思うと……」
 そう肩を落とした幽霊の顔は確かにやつれていて、目の隈を化粧で隠しているのも、組織の誰も――――特に初期メンバー3人――――が察していた。
「いつ助けを求めてくるんだとは思ってたけどよ、こんな早ェとは思わなんだ、なあ? えーっと……狼。」
「アナタはそろそろ慣れてくださいよ。……でもまあ、そうですね。考えたくもありませんが、億が一裏切りであった場合が怖いので。捜索するのはワタクシも賛成ですよ。」
「僕も賛成なのです! 鬼くんが危険な目にあってたら大変! そうですよね、人魚ちゃん!」
「……おに、ゆうれい、けんか? ……マアナ、なかなおり、てつだう」
「……だそうよ、良いんじゃないかしら」
 全員の意見が出揃ってようやく安心したような顔をした幽霊は、テキパキと指示を出し、よろしく頼むよ、と言ってその場を解散とした。





 それからしばらく、狼のツテを使っても、魔女のハッキング技術を使っても鬼は見つからなかった。
 ここまで掴めなくなるものだろうか。まさか、本当に……と、幽霊は焦りに焦っていたが、時間は刻々とすぎていく。
 普段は指揮をする立場の幽霊が、自身も前線に出て積極的に探そうとするものだから、組織の全員はそのサポートに回ることにした。

「今日も、見つかりませんでしたね」
「なんの痕跡もなかったのです……」
「……スゥ、」
 不安そうな天使の手をマアナが握る。それを眺めてから、魔女は幽霊の方を見た。
「そろそろ打ち切っても良いんじゃないかしら。ここまで姿を表さないんだから、組織が嫌になって逃げている、なんて可能性も無いわけじゃないわ」
 あなたが嫌になって、と、真っ直ぐ言葉を出さなかったのは、幽霊の相応の行いを知っていたからだった。
「……そう、……そう、だね」
「幽霊、」
 悪魔がなにか気遣う言葉をかけようとして、それを人魚が遮った。
「マアナはスウといっしょだから、ここ。おにも、ここがいいならかえってくる。おうちにかえってくるなら、かえってくるよ」
 いやに真っ直ぐな目だった。それに頷いた悪魔は、改めて幽霊に向き直る。
「きっと大丈夫だ、鬼を信じようぜ。……まあ、帰ってくるかどうかは、お前次第かもしれねえけどよ」
「……あれ?」
 ふと、天使が声を上げた。その視線の先には、彼が元いたという、孤児院がある。
 その庭に、一人のシスターが立っている。その向こうに、見知った影があった。

 幽霊が必死になって探している人だった。

「っ、祈!」
 そう叫んで走り出す。息が苦しくても構わなかった。
 その声でこちらに気づいた鬼は、シスターに別れを告げた後、教会の出口で立ち止まって幽霊を待った。その顔には、驚く程に、表情が無かった。
 ああ、あれは本気で怒っている。
 他の全員はそれを肌で感じ取ったが、幽霊には、そんなことに構っていられる余裕はないようだった。
「……っはあ、はあ、……よ、かった、生きてるね!? 怪我は、……どこも、」
「……なんで?」
 冷たい音が、落ちる。
 どこまでも冷えきった目に射抜かれて、流石の幽霊も何も言えなくなった。
「何、今更父親面すんのやめてよ。俺のこと、置いていける程どうでも良かったんでしょ。何?形だけでもみたいな? ……別にそういうの、いらないけどな。」
「鬼殿、」
 鋭い言葉が放たれる。正しく言葉のナイフだった。狼が止めかけたのを、鬼は視線だけで制した。
「……、祈、」
「無事だよ。ご心配どーも。でも組織には帰らない、これは裏切りだと捉えてもらっても良いよ。申し訳ないけど、」
 すう、と鬼は息を吸った。
「アンタの居ない組織には帰らない。たとえそれが、可能性の話だとしても」

 鬼は、そう言って真っ直ぐ幽霊を見つめた後、あっさりと踵を返した。
 話し合いの余地なんてなかった。ハッキリと傷つけられた幽霊は、その後しばらく何も喋らなかった。







「幽霊さん。」
「……入ってくるなと、言ったはずだけれど」
 呆然としていた幽霊が魔女を睨む。その視線を受け流して、魔女は部屋へとズカズカと入り込んだ。
「お邪魔するわね。いえ、鬼くんがあんまりにも言い過ぎるものだから。……私、実は最初から全部知ってるの」
「……は、」
 目を白黒とさせている幽霊を他所に、魔女は話を続ける。
「あんまりにあなたが可哀想なものだから、さすがに手を出しておこうかしら、ってね。彼も、貴方が傷ついたままなのは、本望じゃないでしょうから」
「……どういうこと」
「彼がなぜ怒っていたか分かる? 分からないかもしれないわね。貴方があまりに自分を大事にしないものだから、よ。」
「……」
「貴方、早とちりで鬼くんを庇ったでしょう。彼は避ける体制をとっていたし、言ってしまえば必要のない援護だったわ。それで大怪我を負った貴方は、『鬼を守れるなら安い犠牲だった』と言った。合ってるかしら。」
 何も言えなくなった幽霊は黙って頷いた。
「その後、鬼くんは私に連絡を寄越した。とある依頼と一緒にね。……彼がなんて言ってたか、教えてあげるから、ヒントにでもしなさい」
 どこから話せば良いのかしら、と、呆れたように魔女は頬に手を当てた。





「失踪したいの?」
「そう。」
「それはまた、どうして。」
 とあるカフェ。たまたま出会った鬼と魔女は、2人でカフェに入り、オシャレなメニューとともに話をする。
「幽霊がさ、自分の命の価値を分かってないみたいだから。……分かってほしくて」
 それには同意するけれど、と、魔女は困った顔をした。あまりにも、情報が足りていなかった。
「……幽霊、今大怪我してるでしょ。あれ、必要な犠牲だったと思う? ……安い犠牲だったかな。」
「いいえ。あれは必要な犠牲ではなかったわ、幽霊さん、貴方のこととなると周りが見えなくなっちゃうから」
「うん。」
「……安い犠牲、っていうのは、幽霊さんが?」
「そう」
 なるほど、と魔女は頷いた。
「それがどうして失踪に繋がるのかしら。」
「……」
 一息置く。底に残ったコーヒーを飲み干して、鬼は続けた。
「幽霊は、俺のことが一番大事でしょ?幽霊の命の価値がどうしても軽いって言うなら、俺の命も足して考えてもらおうと思ってさ。」
「……なるほど」
「まあ、実際どうするかは別として、だよ。……いざお前が死んだら、俺だって追いかけるかもしれないんだぞ、って脅しておきたい。少なくとも、1度死ぬ覚悟を決めた身だし、俺はそれくらい簡単に出来る。っていうのを、嫌でも分かってもらえるかなって」
「危ない目にわざと合うってこと?」
 魔女は眉を顰めた。それなら乗る訳にはいかない。断りを入れようとしたあたりで、鬼が遮る。
「いや、俺はプチ旅行でも楽しんでくるつもりだよ。危ない目には合わない。だから、見つからないように隠して欲しいんだ。最悪、幽霊にバレないんだったら誰に話しても良いから。」
 心配されるだろうしね、と眉を下げて鬼は笑ったが、決意は固いようだった。依頼料がいるなら払うよ、と付け足されて、魔女は少し考えた。
 確かに、それなら幽霊にも少しは分かってもらえるかもしれない。
「仕方ないわね……止めても聞かないのでしょうし。それなら、依頼料の話をしましょうか。」
「はは、ありがとう」
 そう言って、安心したように鬼は笑った。





「……これが、この事件の真相。ここから貴方がどんな答えを出して、どんなふうに彼と接するかは、自分で決めなさい。連絡は私が間に入るから。」
「……」

それじゃあ、と出ていった魔女の背中を眺めながら、鬼の言葉を反芻する。
『俺のこと、置いていける程どうでも良かったんでしょ。』
 彼は、そう言っていた。
「まさか、」
 僕は、もしかしなくても、あの子を、傷つけた?
 幽霊は、真っ青になって顔を上げた。慌てて魔女の端末に連絡を入れ、繋がった瞬間に相手を確認することも無く捲し立てる。
「っ、魔女!頼む、鬼と……祈と話をさせて欲しい。今度は、ちゃんと彼の話も聞くから」
 だから、と続く言葉の間に、魔女は呆れたようにため息をついた。
『貸し、ってことにしといてあげるわ。』







 狼と悪魔と顔を合わせ、天使とマアナと顔を合わせ、迷惑と心配をかけてごめんね、と謝罪してから、鬼はようやく幽霊の元へと向かうことにした。
 久々に会った幽霊は、なんだかやつれていた。……それだけ俺の心配が出来て、俺を大切に出来るのだから、同じように自分のことを大切にしてくらたら良いのに、と、すこしのやるせなさが湧いて出る。
「……とりあえず、入ってよ」
「ここじゃダメなわけ?」
「逃げられたら困る」
「アンタの態度次第だよ」
 ぐ、と黙りこんだ幽霊は、諦めて鬼の方へと向き直った。
 そのまま頭を下げる。
「ごめん。……置いていけるほど、なんて、そんなことないんだ。ただ、僕は……君が死ぬ瞬間なんて、どうしても見たくなかった、ただそれだけなんだ。」
「うん、知ってるよ。……で?」
 どこまでも声は冷たかった。
「だから、安い犠牲だったんだっけ?」
「っ違う!」
顔を上げた幽霊は、鬼の肩を掴んだ。鬼は、振り払うこともせずに、ただまっすぐ幽霊を見ている。
「……ごめん、分からなかった。僕は、1度君を捨てた身だ。僕を恨んでいる、と言われた方が余程しっくりくるくらい、酷い人間だ。だから、だから、君の大切な組織の中に、僕が入ってるだなんて、夢にも思わなかったんだ」
「……はあ。まあ、それも知ってる。んで?」
 だけど、と幽霊は必死になって言葉を紡ぐ。
「だけど、君は言っただろう。僕の居ない組織には帰らない、と。……たとえそれが、可能性の話だとしても」
「……」
 一気に喋って上がってしまった息を整えて、それでも幽霊は続けた。
「僕が生きてさえいれば、君はこの組織で、生きて、くれるのかな」
「まだ分かってないの?」
「違う、確認だ。認識の擦り合わせがしたいんだ、頼むよ……。今度は絶対に、ないがしろになんてしないから」
「……ふうん。」
 鬼は、少し態度を和らげ、対話に応じた。
「そうだね。アンタが生きる、って意思を見せてくれるんだったら、ひとまずは生きてあげようかな?」
「……そうかい」
 幽霊は息を吸い込んだ。酷く緊張しているようだった。鬼はその様子を見ながら目を細め、言葉を待つ。
「それなら、僕はできる限り生きてみせよう。なるべく死なないよう努力すると誓うよ、僕の命にはどうやら、君の命も乗っているらしいからね……」
「……」
 ひとつ、瞬きをして、鬼は、仕方がねえな、と笑った。
「俺も、分かって欲しかったとはいえめちゃくちゃ言ったしな。やっぱ傷ついた?」
「そりゃもちろん、しばらく何も考えられないくらいには……」
「はは、ごめんな。」
「いや、もう……良いさ、君が無事でいてくれたんなら、それで」
 良かった、と呟く幽霊は、ようやっと安心できる場所を見つけた子供のようだった。思わず頭を撫でてやれば、馬鹿にしてるのかと睨まれた。
 それを遠くから眺めていた仲間たちも、ようやく息をついてそれに混じる。

 まあ、そんなこんなで今回の件も、これにて一件落着ってことで。
 どこまでも突き抜けた晴天は、彼らの目の色をして、
 それを見ながら幽霊は、眩しいなあ、と少し目を細めた。
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ろくでもない
幽世常世の満天下ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:燈実 / NPC

 拝啓、両親へ。
 金がないからと言って愛する息子を売るのは、どうかと思います。

 「ほら、お前はまだ動けるだろう。買ってもらえたんだから、働きなさい。」
 それに近しい…… いや、もうちょっと荒々しい言葉だったと記憶している。その子どもは大人しく従うばかりで、文句ひとつ垂れなかったが、その足ではもうしばらくしたら歩けなくなるのだろう、というのは一目瞭然だった。
 何度も売られて、捨てられた。だからここに来たのだと、先日の夜に語っていた。
 ああ、ろくでもないところに来てしまった。
 死ぬわけにはいかない。だから、あの子どもを助けてやる訳にも行かなかった。
 どうにかして。
 どうにかしてこの檻から逃げなければ、人権などは無いに等しい。 ……そんな扱いは、両親だって望んでいないだろう。
 不思議と、そんなふうに思った。確証はなかった。それでも、
 死にたくなかった。
 だから、理由はなんでも良かったのだ。



 売人と取引した。どうやらここは地下のようだった。地上の知識はあまり重宝されないが、たまに物好きもいた。なので、地上の知識と引き換えに定期的に檻の外の空気を吸わせてもらうことにした。もちろん、その売人の見張り付きだ。

 俺の知ってる範囲。学校で習ったこと。本で読んだこと。たまに空想も織りまぜて、そいつに話して聞かせた。顔も良くないし、筋力も体力もなかったので、決行の日まで誰かに売られることもなかった。

 そろそろお前も処分だな。売人はそう言った。
 そうだな、清々する。俺はそう返した。
 
 そう、返して、売人を殴りつけた。ちょうど手枷が嵌っていたので、それで頭を重点的に。
 生意気なガキだったと自分でも思う。それでも、その売人は俺にそれなりに情が出来てしまっていたらしかった。

 その人は、意地でも声をあげなかった。人を殺すすべなんて知らない、筋力もない無力な子供の精一杯の打撃に、苦しそうにのた打ち回り、長い時間をかけて、息を止めた。

 苦しめたかったわけじゃなかった。だけど、そうでもしないとお互いに救われなかった。
 この人が生まれ変わったら、地上で、搾取なんてされず、穏やかに暮らせますように。そんな、意味があるかもわからない祈りだけを捧げて、その人の懐から手枷の鍵を盗み出し、そのまま、ゆく宛もなく走った。




 誰かにバレたのだろうか。大人たちの怒号が遠くで鳴っていた。でも、それも遠くだったから、獣の鳴き声に聞こえた。
 それが恐ろしくてまた走った。走って走って、気づけばネオン街の、どことも言えぬ街だった。
 知らない。こんなところは、知らない。

 帰らなければならない。どこにだろう? もう分からなかった。
 その場で、生きていく理由が無くなった。死にたくない理由も、無くなった。だって、帰れないのだ。
 だから、街の隅っこに蹲って、時間が来るのを待った。
 飲まず食わずでいれば、いずれ人は死ぬことを知っていた。人攫いにあっても良かった。苦しんで死ぬのだろうな、と悲観しながら、それでもぼう、と虚空を眺めていた。
 
 ふいに、
 
 視界に影がさえぎった。
 若い男だった。
 
「なあお前さん、名前は? こんなところで何をしている。」
「……、知らない人に名前を教えちゃいけないんだ」
「そうか。じゃあ俺から。俺の名前は柳。ほら、名乗ったんだから知らない人じゃないだろ?」
「……、」

 わざと生意気な対応をしたのに、その男は困ったように頭をガシガシとかいた。
 
「ああもう、それなら良いさ。……お前、俺の家に来ないか。」
「……は?」
「ああ、目的なんかは聞いてくれるなよ。気分だ。お前さんを拾いたい。捨てられたんだろう?」
「……、好きにしたらいい」

 その男は頷いて、手を差し伸べた。ほら、と伸ばされた手を、俺は取った。
 気付けば、それが生きる意味になっていた。そして、
 死なない理由も、じきに増えていくことに、なる。



 拝啓、両親へ。
 愛する息子を売るなんてどうなんだ、とは、思ったが。
 なんだかんだ、俺は生きてるから、
 気に病むことなく、幸せに暮らしてくれ。
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命令
幽世常世の満天下ネタバレあり 現行未通過×
主な人物:燈実 / 暁蕾

「暁蕾!」

 ガキン。暁蕾の背後でそんな音が鳴って、燈実の薙刀が敵のナイフを弾き飛ばし、そのまままっすぐ追撃。相手は倒れていく。
  九朧城で暴れるこまったさんたちの鎮圧。今回の任務は達成した、さあ帰ろう。そんな時のことだった。
 
「どうもありがとなあ、燈実ちゃん。これは貸し?」

 暁蕾は、いつもと変わらぬ笑顔で、そんなことを抜かす。燈実はため息をついた。
 
「……いや、それは別にいい。それより暁蕾、怪我を見せろ」
「……それは命令?」
「はあ……、命令だ。」

 再びのため息。そうしながら、ぴくり、瞼が動いたのを燈実は見逃さなかった。
 どうやらこの男はどうにも、この組織でさえ誰のことも信用出来ないらしいかった。
 それならそれで好きにしたらいい。お願いを聞かないなら命令をするまでだ。それはそうと、勝手に心配はさせてもらうし、勝手に助けさせてもらう。
 半分くらい意地だった。そうしていつか、それが彼のためになると、信じていた。

 少し間を開けて、燈実は付け加えた。
 
「別に、見せるのは俺でなくともいいさ。俺は治療はそんなに得意じゃない。自分で治療できるというならそれでも良いし、他の奴に治療して貰ってもいい。」
「……、どうも。そしたら自分でやるわあ」
「但し、条件がある。」

 暁蕾は、警戒するようにこちらを見た。実際は目が合うことはなく、そんな気がするだけだったが。
 
「その怪我が、来週までに治ってなかったら。強制的に俺が治療をする。分かったな?」
「……なんやの、そんなに心配してくれるん?」
「嫌か?」

 暁蕾は黙った。別にこちらの機嫌をめちゃくちゃに損ねてやりたい、なんてつもりではないらしかった。
 下手くそな男だ。
 何が要因かまでは知らないので、ただぼんやりそう思った。それが彼に対する感想だった。
 
「お前の周りに今までどんな環境があったのか、俺は全くもって知らないし、お前のことだ。別に話したくもないだろうから、きっとこれからも知らない。だが……、郷に入っては郷に従えだ。俺はお前に対して好きにさせてもらうし、お前も好きにしたらいい。」

すう、と息をつく。

「ただ、必要な命令はする。命令であれば聞くと言ったな? ……その言葉、違えるなよ。」
「……」

 それ以上に声は掛けなかった。彼の中で、今贈った言葉が、どんなふうに解釈されて、どんな想定が生まれているのか。燈実にはそんなこと、全く想像もつかなかったが、それでも良いのだ。
 1度懐に入れた人間を相手に、気は長い方だった。
 だから、分かるまでいくらでも待つつもりであったし、いくらでも伝えるつもりであったし、それまでそばにいる予定であった。この、当時から。

 時は流れ、今。
 星歩会での暁蕾の言葉をきっかけに、そんなこともあった、とふと思い出して、
 長かったなあ、としみじみと実感しながら、それでも少しだけ喜びに浸った。

 大きな争いの気配を感じながら、その道中だけはずっと穏やかだった。
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許容範囲と嫌がらせ
主な人物:燈実 / 暁蕾
二次創作 無い話です

「……そういえば」
 なんでもない時間。なんでもない日常の、延長線。だらだらとソファで寛ぎながら、ふと、燈実は言葉を漏らした。

「暁蕾は、俺が命令だと言ったらどこまで許すんだ」
「……ええ?」

 唐突にぶつけられた疑問に、暁蕾は首を傾げた。どこまで許す。なにを? どこまで、許す……。

「……それは、身体を?」
「……、それでも別に構わないが……」

 燈実としては、そういうつもりでは無く、ただ彼の許容範囲を知っておきたいだけだった。だけれど、基本的にガードの固い彼が……身体を? どこまで許してくれるのか否か、だなんて。
 面白い話題だと思ってしまった。
 それが暁蕾の運の尽きだった。

「……ふむ。じゃあ、どこまで許すんだ?」
「ええ……ってことは、手を繋ぐ、とか、……ハグ、とかやんな……?」

 暁蕾は少し動揺した様子でこちらを伺っている。燈実はわざと表情の変化が分からないように光の方向に首を傾げた。

「そうだな? そういうことになる」
「……へえ、燈実ちゃん、そういう趣味あったんや?」
「いや? 全く無い」
「……?」

 暁蕾は、ますますわけがわからない、と言った顔でこちらを見ていた。少しだけ自身の口角が上がっているのを感じながら、その後の言葉を促す。

「……、それこそ、今更やない? 知りたいなら、やってみたらええやん。」
「……ほう?」

 それは、命令を、ということか。こいつ、墓穴を掘ったな。楽しくなってきてしまった燈実は、少し考える素振りをして、……そうだ、少しだけ意地悪をしよう。

「では、先程言った通り手を繋いだり、ハグをしたりするのを、今ここで出来るか?」
「ええ……ほんとにやんの……? まあええけどな。ほら。」
 そ、と手を握り、ぎゅ、と抱きついてくる。じんわりとした体温に混ざって聞こえる心音は、少し緊張しているように思えた。

 なるほど、あまり得意では無さそうだ。

「ふむ、ありがとう。それじゃあ……、……いつも撫でられてばかりだから、撫でさせろ、と言ったら?」
「……なんやの? ええけど」
「わかった。」
 なるべく彼が怖がらないように、頬を撫でてからそっと手を頭に載せる。よしよし、とそのまま撫でてみれば、少し不服そうな顔をしているのが見えた。なるほど、これは中々。

「……ふ、ありがとう。」
「なあ燈実ちゃん、これなんの時間?」
「なんだと思う?」

変わらずこちらを伺う暁蕾は、それになんの答えも得られないようだった。
「……では、キスをしろ、と言ったら?」
「ええ? なに、どうしたん? ほんとにそういう趣味が……?」
「いや、今回はそういう目的では無いな」
「ええ、……はあ、燈実ちゃんのお遊びには付き合ってられへんなあ」

 ため息をついて、燈実の身体を少し押す。そうして部屋を出ていこうとした暁蕾の袖を、「待て」と、ぐい、引っ張った。

「……は、なに」
「暁蕾」

 抱き締める。そうして、彼が全く抵抗できないようにしてから、ぐ、と顔を近付ける。目を見開いてこちらを見ていた暁蕾は、自体を察したのか、ぐ、と目を瞑った。
 鼻先が当たる。1秒、2秒、……3秒。
 少しの怯え。動揺、それと、……覚悟、だろうか。
 まじまじと観察していれば、ようやく不思議に思ったのか、暁蕾が目を開いた。
「……せんの?」
「して欲しかったか?」

 黙って解放すれば、警戒したようにす、と距離を取られる。それについ笑いが漏れて、それに刺々しくなんや、と返答。

「……いや? 少し意地悪をしたかっただけだ。すまない、実はお前の許容出来る範囲が知りたくてな。こういったもの関連の任務は苦手と見たから、今後は割り振らないようにしよう。他のことについては……、文章にでもまとめて柳さんに渡しておけ。それでは。」
「……は、」

 ぱちくり、事態を飲み込むのに時間がかかっているようで、暁蕾はその場で何度か瞬きをした。
 その間の燈実といえば、しれっとその場から居なくなっているものだから、暁蕾はその場にある怒りやら、羞恥やら、安堵やら、そんなたくさんの感情を持て余して一日を過ごすこととなるのだった。
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宝物の送り主
主な人物:エルティス・二グリア / ルーカス

 どん。
 人とぶつかった。まだ小さな、入学してきたばかりの1年生。もちろんこちらからわざわざ注目なんてしていないような、(それぞれの個性の強い子の学園では特に)あまり目立たない女の子だった。

「っあ、」
「……ああ、」
 彼女の持っていた小さな袋からバサバサと色々なものが落ちた。
 色々なもの――――例えば、年季の入った小さな靴、もう使うこともないような子供向けの指輪、その辺で拾ってきたと言われても納得できる石ころ。
 そんなものだ。
 
「ご、ごめんなさい!」

 慌ててそれらを拾い集め始めた彼女に、こちらこそごめん、手伝うよ、なんて在り来りな言葉を掛けてひとつひとつ拾っていく。
 きっとこの小さな袋は、彼女にとっての、宝箱だったのだ。

 ひとつ。ふたつ。みっつ。
 それほど数は多くない、最後のひとつ――――手紙を拾い上げて、その既視感に首を傾げた。
 見覚えがある。どこかで。

 よくある普通の手紙だ。普通の封筒に、普通に封がされている。
 裏を返す。少し汚い字で住所が書いてある。送り主の名前は――――ルーカス。

「あ、あの……?」

 そこまで見てから、声を掛けてきた彼女に改めて向き直る。
 上から下までまじまじと眺める。その後、手紙を見て、また彼女の顔を見る。彼女は困ったような顔をして首を傾げた。
 
「それ、返して貰えませんか?」
「……ああ、ごめんね」

 彼女に手紙と、その他拾った宝物たちを渡す。ありがとうございました、と頭を下げかけた彼女を引き止めた。

「あのさ、」

 息を吸う。すこし、緊張していた。

「その手紙、知らない人から間違いで届かなかった……?」
「……え?」

 手紙の送り主は、僕だった。
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今日の分
主な人物:ルスティス・二グリア / ルーカス

「ほらルス、昼ご飯前に "" 今日の分 "" 、終わらせようよ」

 ルーカスはそう言って、ポケットから一枚のコインを持ち出した。いやに使い古された、入学時はもっと、ピカピカだったそれ。

「いいだろう」

 ルスはそれにこくりと頷いてみせた。
 "" 今日の分 "" ――――今日の分の彼らの昼ご飯を、どちらが奢るか。
 入学式からしばらく経ち、お互いに友人も少なかった頃。そんな時に気まぐれで持ち掛けたギャンブルが、なんだかんだ、一年も半分以上は過ぎた今日に至るまで続いている。

「今日は負けないぞ〜」
「どうかな、現状で勝ち負けの回数は全部合わせて引き分けなわけだ。どちらが勝ってもおかしくない。勝率は十分にある」
「君、なんだかんだこれを毎日楽しみにしてるよな?」

 ピン。綺麗な動作で弾かれたコインは、くるくると宙を舞ってルーカスの手の甲へと落ちる。
 
「さて、どっちにする?」
「……表」
「よしきた、俺が裏ね」

 ごくり。どちらかが息を飲んだ音を合図に、ルーカスはその手を開いて見せた。
 ――――表。

「あ〜〜!!」
「ふん、これで二百十六勝二百十五敗だな」
「毎回言うけどよく覚えてられるよね〜」
「楽しみにしているからな」
「いや、これは負けたからなんだと思うけど釈然としねえ〜〜」

 ともあれ、負けは負けだとルーカスは唸った。
 ルスはといえば、そんな軽口を叩きながらも最近お金がピンチなのだと嘆く友人のため、なるべく安く多く食べることの出来るメニューを頭に浮かべているのであった。
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