No.476

SS 創作物について
 僕の書くものは、大抵、不特定多数の、あるいは、特定個人の、誰かに向けている。誰かに何かを書くこと、伝わりうる言葉にすることで、取りこぼす何かを、僕は軽視しているところがある。伝わればそれでいい、と、思う。多少曲がっていても、それがどんな形でも、今だけ君と同じものを見ていて、同じものを感じていると信じられるのなら、事実がどうだろうと、それでいい。――それがいい。

 誰かの言葉を引用するが、水面に映る月をそのまま手で掬ったとして、同じものを見せることはできないように。揺れては漏れて、ひび割れ、消えていく何か。手のひらの温度で水だってぬるくなる。そこに映る月だってもう丸くないかもしれないけれど、それでも尚、月を見せたい。君と同じものが見たい。
 寂しいことに、そうすることでしか、僕たちは同じにはなれない。

 形にすることで失われる何かを切り捨ててなお君たちと同じものを共有したい。他人と違うことは不安要素で、美しいものは誰かと共有したくて、そうやって言葉にしてこそ人と分かり合える何かがある気がして、そうやって寂しい自分を慰めているのだろう。君たちと同じ立場で、君たちと同じものを見たい。君たちと同じようになりたい。
 どうしたって僕は醜いかいぶつのようだ。

 ――かいぶつの言葉だっていつか誰かに届くことを夢見ている。届けたいから言葉を使う。誰に伝わらなくても祈り続けたいから書き続けている、書き続けている。

 誰かに届いてほしい。これは、世界に叫ぶSOSであり、I Love Youでもあるのだと思う。
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創作,文章