#ふたつの翼、ひとつの空 小話 3353文字 続きを読む リアムは、シーアのことが好きだった。 理由は自分でもよく分からない。でも、祖父が言ったように、女の子は守られるべきもので、男の子よりも弱くて、という思い込みの全てを覆したのが、シーアだった。 全てがひっくり返されたのが、あまりにも鮮烈だったのだ。もちろんその分悔しくて、腹立たしくて、でも目が離せなかった。 ことある事に理由をつけてシーアをからかった。勝負を挑んだ。時には意地悪もした。今思うと、どうにかシーアの気を引きたくて必死だったのだと思う。 そうしてシーアのことを視線で追っていると、気付けばすぐ側にマシューがいた。 なんだこいつ。 第一印象はそんなもの。しばらく付き合ってみて、賢いがなよなよしいやつ、という印象に変わって、それで、気付いたことがあった。 彼の視線の先には、いつだってシーアとサーヤが居るのだ。 もしかして。 もしかして、こいつもシーアのことが好きなのか? そんな疑念を抱き始めたある日、マシューと二人で話す機会があった。たまたまお互い、シーアとサーヤを待っているだけの、とても短い時間だった。 「……あのさ」 先に切り出したのはマシューだった。 「リアムくんって、好きな子いる?」 「っはァ!?」 急な切り出しにギョッとしたリアムは思わず咳き込んだ。そんなリアムを気にも止めずにマシューは続ける。 「僕は居るよ。好きな子」 「……なんだよ、急に。意味わかんねえ」 マシューはじ、としばらくこちらを観察してから目を逸らした。 「別に。好きなわけじゃないならいいんだ」 まさか。 まさかこいつ、本当にシーアのことが好きなのか!? 何かを言おうか悩んだまま何も言えずにいると、あっさりとシーアとサーヤが戻ってきて、それ以上をリアムが口にすることは叶わなかった。 それから。 リアムが話し掛けようとするとマシューが先に二人と話していた。マシューは頭が良かった。頭の良さではリアムも負けてはいなかったが、それでもマシューが居る時は本当にやりづらかった。 「クソ、なんだよ、あいつ……」 なんだか酷くモヤモヤして仕方なかった。苛立ちの正体も分からないまま、湖に石を放り込む。 むすくれたまま、横になる。外で横になるのが好きだったが、祖母にはそれでよく怒られていた。なんでも、洗濯が大変だ、とか。 いいだろ、少しくらい。特に、今日くらいは、と頭の中で言い訳をしながら目を瞑る。 瞼で光の阻害された視界が、さらに暗くなった気がして、次に目を開けた時、目の前にシーアがいた。 「は、」 「なにしてるの?」 リアムを覗き込んだシーアの隣にサーヤはいなかった。珍しいこともあるもんだと思いながら体を起こす。 「別に。サーヤは?」 「知らない。私よりマシューが良いみたいなの」 そんなわけないだろ、とリアムは思った。今頃必死になって探していることだろう。でも、言わなかった。 「拗ねてんのか、ガキくせー」 「うるさいわね」 リアムの口からは揶揄う言葉しか出てこない。違う。そうじゃなくて。焦って黙りこくったリアムにシーアが追撃をした。 「別に、ガキでいいわよ。寂しいものは寂しいもの」 こういう時、素直にそう言えるシーアのことが羨ましかった。リアムは少し黙って、目を伏せて答えた。 「ま、分からんでもないよ」 「あら」 秒速で素直に答えたことに後悔した。シーアの瞳が好奇心で輝く。 「リアムもそういうことあるのね!」 「は? 別にいいだろ」 「悪いとは言ってないでしょ。もう、どうしてそうなるのかしら」 拗ねたようにシーアが言う。そういう性格で悪かったな、とリアムは思った。 「寝転ぶの、好きなの?」 気を取り直して、シーアが問う。一瞬、なんのことかわからなくて、言葉に詰まった。シーアが補足する。 「ほら、さっきまで寝転んでたじゃない」 「……あ〜」 好きかと言われたら、好きだが。 「服が汚れるぞ」 「つまらないことを言うのね! 服が汚れたら洗濯を手伝えばいいのよ」 なるほど、確かに。それはナイスアイデアだと思うと同時、何であれやっぱりシーアに負けるのは悔しかった。 「……じゃ、寝転んでみたら」 それだけ言葉を絞り出して、自分も寝転んで目を瞑った。今は黙っていた方が良い気がした。 「……マシューったら、酷いのよ」 寝転がってしばらく、シーアがぼやく。目を開けてシーアの方を見れば、シーアはこちらに背を向けていた。 「サーヤのこと、取って行っちゃうんだもの。私、サーヤはずっと一緒にいてくれるものだと思っていたわ」 リアムはそれを黙って聞くことにした。 「でも、歳は変わらなくても、私はお姉ちゃんだもの。妹が私から離れるからって寂しくて泣かないのよ」 弱音だ、と思った。シーアが弱音を吐くことも、自分に弱音を吐いたことも、全てが意外で、リアムは少しだけ困った。 「……別に、泣けばいいんじゃねえの」 しばらくして、リアムはようやくそう返した。リアムの家は上に兄がいるくらいで、下の子は居ないから、その感覚は分からなかった。 「泣くだけ泣いて、スッキリしてから送り出すでいいんじゃねえの。まあ、あいつがお前のことほっぽり出すとは全く思えねえけどな」 シーアはしばらく黙っていた。泣いているのかもしれない、と思ったが、別に何もしなかった。 「リアムって、こういう時は優しいのね」 「こういう時はってなんだよ!」 「そう思うなら日頃の行いを鑑みるべきだわ」 ぐぬぬ。分かりやすく悔しがってみせると、シーアは楽しげに笑い声を上げた。良かった、と少しだけ安堵していれば、サーヤの声が遠くから聞こえてきた。 「ほら、探されてるぞ」 「ええ〜」 「さっさと行けよ。マシューだって待ってるだろ」 「マシューはサーヤのことばかりだもの」 つまらないわ、とシーアは不貞腐れた。 その言葉を聞いて、ようやく辻褄があった。そうか、マシューはシーアじゃなくてサーヤが好きだったのか。 「じゃあ余計な牽制じゃねえか……」 リアムがぼやいたのを聞き返されるより前に、サーヤがシーアを見つけた。 「シーア!」 「……サーヤ」 シーアの目元は少しだけ赤くなっていて、サーヤはリアムをじと、と睨んだ。 「何話してたの」 「言っとくけど泣かせたのはお前だからな」 俺じゃねえよとリアムはしっしっと手を振った。サーヤはまるで信じていないみたいな顔をしてシーアに向き直る。 「あのね、サーヤ。私、サーヤがマシューに取られちゃうんじゃないかって、寂しくなっちゃったの。でも、本当にそれだけなのよ」 「シーア……」 シーアは、大丈夫よ、と笑ってみせた。それが強がりだというのがリアムにも分かった。サーヤはシーアを抱きしめた。 「シーア、ごめんね。ぼくも、シーアが誰かに取られたら寂しいよ」 シーアとサーヤはとっくに二人の世界に入っていたので、リアムは邪魔にならないようにそそくさと退散することにした。ふと、サーヤを追いかけたきたのであろうマシューと目が合った。 「……お前」 「あはは。シーアさんには勝てなかったよ」 分かりやすく落胆した様子のマシューを連れて、適当な場所に座る。 「お前が好きなのって、サーヤの方?」 「……そうだよ」 「ふうん」 やっぱりそうか。納得したように頷くリアムを見て、マシューも気付いたようだった。 「もしかして、君が好きなのって……」 「……言うなよ」 「そ、そっか! 僕ったら勘違いしちゃった、ごめんね」 安心したようにマシューは困り笑いをした。リアムは、まあ、とか、別に、とか、そんなことをモゴモゴと返した。 それならさ、とマシューは続ける。 「共同戦線を張らない?」 「は?」 「僕はサーヤさんが好き。君はシーアさんが好き。お互いがお互い協力すればウィンウィンだなって」 「お前なあ……」 じと、としたリアムの視線を受け流して、マシューはあっさりと笑った。 「だって、僕はサーヤさんを取られたくないよ」 君は違うの? 問われてから考える。シーアが、他の誰かと? ――そんなことあるか? そもそもシーアが誰かと付き合うという選択肢を取ることが想像できなかった。 「ほら、僕みたいなのがまた現れないとも限らないでしょ」 追撃。リアムはそれで納得した。 「それは嫌だな……」 「おっ、素直」 「どっちかって言うとお前の存在が嫌だったんだよ」 「あはは」 じゃあ、よろしくね、とマシューが手を差し出す。リアムはその手を取ることにした。 「ところで君、名前なんて言うの?」 「マジか、お前」 その日から、マシューの印象は絶対敵に回したくないやつ、だ。 畳む 2026.9.18(Fri) 05:13:47 創作,ふたつの翼、ひとつの空
小話 3353文字
リアムは、シーアのことが好きだった。
理由は自分でもよく分からない。でも、祖父が言ったように、女の子は守られるべきもので、男の子よりも弱くて、という思い込みの全てを覆したのが、シーアだった。
全てがひっくり返されたのが、あまりにも鮮烈だったのだ。もちろんその分悔しくて、腹立たしくて、でも目が離せなかった。
ことある事に理由をつけてシーアをからかった。勝負を挑んだ。時には意地悪もした。今思うと、どうにかシーアの気を引きたくて必死だったのだと思う。
そうしてシーアのことを視線で追っていると、気付けばすぐ側にマシューがいた。
なんだこいつ。
第一印象はそんなもの。しばらく付き合ってみて、賢いがなよなよしいやつ、という印象に変わって、それで、気付いたことがあった。
彼の視線の先には、いつだってシーアとサーヤが居るのだ。
もしかして。
もしかして、こいつもシーアのことが好きなのか?
そんな疑念を抱き始めたある日、マシューと二人で話す機会があった。たまたまお互い、シーアとサーヤを待っているだけの、とても短い時間だった。
「……あのさ」
先に切り出したのはマシューだった。
「リアムくんって、好きな子いる?」
「っはァ!?」
急な切り出しにギョッとしたリアムは思わず咳き込んだ。そんなリアムを気にも止めずにマシューは続ける。
「僕は居るよ。好きな子」
「……なんだよ、急に。意味わかんねえ」
マシューはじ、としばらくこちらを観察してから目を逸らした。
「別に。好きなわけじゃないならいいんだ」
まさか。
まさかこいつ、本当にシーアのことが好きなのか!?
何かを言おうか悩んだまま何も言えずにいると、あっさりとシーアとサーヤが戻ってきて、それ以上をリアムが口にすることは叶わなかった。
それから。
リアムが話し掛けようとするとマシューが先に二人と話していた。マシューは頭が良かった。頭の良さではリアムも負けてはいなかったが、それでもマシューが居る時は本当にやりづらかった。
「クソ、なんだよ、あいつ……」
なんだか酷くモヤモヤして仕方なかった。苛立ちの正体も分からないまま、湖に石を放り込む。
むすくれたまま、横になる。外で横になるのが好きだったが、祖母にはそれでよく怒られていた。なんでも、洗濯が大変だ、とか。
いいだろ、少しくらい。特に、今日くらいは、と頭の中で言い訳をしながら目を瞑る。
瞼で光の阻害された視界が、さらに暗くなった気がして、次に目を開けた時、目の前にシーアがいた。
「は、」
「なにしてるの?」
リアムを覗き込んだシーアの隣にサーヤはいなかった。珍しいこともあるもんだと思いながら体を起こす。
「別に。サーヤは?」
「知らない。私よりマシューが良いみたいなの」
そんなわけないだろ、とリアムは思った。今頃必死になって探していることだろう。でも、言わなかった。
「拗ねてんのか、ガキくせー」
「うるさいわね」
リアムの口からは揶揄う言葉しか出てこない。違う。そうじゃなくて。焦って黙りこくったリアムにシーアが追撃をした。
「別に、ガキでいいわよ。寂しいものは寂しいもの」
こういう時、素直にそう言えるシーアのことが羨ましかった。リアムは少し黙って、目を伏せて答えた。
「ま、分からんでもないよ」
「あら」
秒速で素直に答えたことに後悔した。シーアの瞳が好奇心で輝く。
「リアムもそういうことあるのね!」
「は? 別にいいだろ」
「悪いとは言ってないでしょ。もう、どうしてそうなるのかしら」
拗ねたようにシーアが言う。そういう性格で悪かったな、とリアムは思った。
「寝転ぶの、好きなの?」
気を取り直して、シーアが問う。一瞬、なんのことかわからなくて、言葉に詰まった。シーアが補足する。
「ほら、さっきまで寝転んでたじゃない」
「……あ〜」
好きかと言われたら、好きだが。
「服が汚れるぞ」
「つまらないことを言うのね! 服が汚れたら洗濯を手伝えばいいのよ」
なるほど、確かに。それはナイスアイデアだと思うと同時、何であれやっぱりシーアに負けるのは悔しかった。
「……じゃ、寝転んでみたら」
それだけ言葉を絞り出して、自分も寝転んで目を瞑った。今は黙っていた方が良い気がした。
「……マシューったら、酷いのよ」
寝転がってしばらく、シーアがぼやく。目を開けてシーアの方を見れば、シーアはこちらに背を向けていた。
「サーヤのこと、取って行っちゃうんだもの。私、サーヤはずっと一緒にいてくれるものだと思っていたわ」
リアムはそれを黙って聞くことにした。
「でも、歳は変わらなくても、私はお姉ちゃんだもの。妹が私から離れるからって寂しくて泣かないのよ」
弱音だ、と思った。シーアが弱音を吐くことも、自分に弱音を吐いたことも、全てが意外で、リアムは少しだけ困った。
「……別に、泣けばいいんじゃねえの」
しばらくして、リアムはようやくそう返した。リアムの家は上に兄がいるくらいで、下の子は居ないから、その感覚は分からなかった。
「泣くだけ泣いて、スッキリしてから送り出すでいいんじゃねえの。まあ、あいつがお前のことほっぽり出すとは全く思えねえけどな」
シーアはしばらく黙っていた。泣いているのかもしれない、と思ったが、別に何もしなかった。
「リアムって、こういう時は優しいのね」
「こういう時はってなんだよ!」
「そう思うなら日頃の行いを鑑みるべきだわ」
ぐぬぬ。分かりやすく悔しがってみせると、シーアは楽しげに笑い声を上げた。良かった、と少しだけ安堵していれば、サーヤの声が遠くから聞こえてきた。
「ほら、探されてるぞ」
「ええ〜」
「さっさと行けよ。マシューだって待ってるだろ」
「マシューはサーヤのことばかりだもの」
つまらないわ、とシーアは不貞腐れた。
その言葉を聞いて、ようやく辻褄があった。そうか、マシューはシーアじゃなくてサーヤが好きだったのか。
「じゃあ余計な牽制じゃねえか……」
リアムがぼやいたのを聞き返されるより前に、サーヤがシーアを見つけた。
「シーア!」
「……サーヤ」
シーアの目元は少しだけ赤くなっていて、サーヤはリアムをじと、と睨んだ。
「何話してたの」
「言っとくけど泣かせたのはお前だからな」
俺じゃねえよとリアムはしっしっと手を振った。サーヤはまるで信じていないみたいな顔をしてシーアに向き直る。
「あのね、サーヤ。私、サーヤがマシューに取られちゃうんじゃないかって、寂しくなっちゃったの。でも、本当にそれだけなのよ」
「シーア……」
シーアは、大丈夫よ、と笑ってみせた。それが強がりだというのがリアムにも分かった。サーヤはシーアを抱きしめた。
「シーア、ごめんね。ぼくも、シーアが誰かに取られたら寂しいよ」
シーアとサーヤはとっくに二人の世界に入っていたので、リアムは邪魔にならないようにそそくさと退散することにした。ふと、サーヤを追いかけたきたのであろうマシューと目が合った。
「……お前」
「あはは。シーアさんには勝てなかったよ」
分かりやすく落胆した様子のマシューを連れて、適当な場所に座る。
「お前が好きなのって、サーヤの方?」
「……そうだよ」
「ふうん」
やっぱりそうか。納得したように頷くリアムを見て、マシューも気付いたようだった。
「もしかして、君が好きなのって……」
「……言うなよ」
「そ、そっか! 僕ったら勘違いしちゃった、ごめんね」
安心したようにマシューは困り笑いをした。リアムは、まあ、とか、別に、とか、そんなことをモゴモゴと返した。
それならさ、とマシューは続ける。
「共同戦線を張らない?」
「は?」
「僕はサーヤさんが好き。君はシーアさんが好き。お互いがお互い協力すればウィンウィンだなって」
「お前なあ……」
じと、としたリアムの視線を受け流して、マシューはあっさりと笑った。
「だって、僕はサーヤさんを取られたくないよ」
君は違うの? 問われてから考える。シーアが、他の誰かと? ――そんなことあるか? そもそもシーアが誰かと付き合うという選択肢を取ることが想像できなかった。
「ほら、僕みたいなのがまた現れないとも限らないでしょ」
追撃。リアムはそれで納得した。
「それは嫌だな……」
「おっ、素直」
「どっちかって言うとお前の存在が嫌だったんだよ」
「あはは」
じゃあ、よろしくね、とマシューが手を差し出す。リアムはその手を取ることにした。
「ところで君、名前なんて言うの?」
「マジか、お前」
その日から、マシューの印象は絶対敵に回したくないやつ、だ。
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