No.560

座標零域 一話
4313文字

 自分の人生を改めて振り返っても、恵まれていたと思う。
 友達にも、恋人にも、兄にも。誰もが光にとって良い隣人だった。しかし両親には恵まれなかったがために、今、光は人生を終えようとしている。
 明菜が泣き叫んでいる。ああ、どうか泣かないで。隣で兄が倒れている。兄だけでも助かればいいな、と思いながら、ぼやける視界の中、今にも明菜に襲いかからんとする実の母親は、なんだか知らない化け物のようだった。
 知らない人が母親を抑え込んだ。おそらく通行人だろう。勇敢な人もいるもんだ。安心したと同時、徐々に痛みが引いていく。そうして無くなっていくのは痛みじゃなくて私の意識だったと気付いた時、私は私の身体から抜けていくような感覚を覚えて、ああ、死ぬ時ってこんな感じなんだなと――

「いやいやいやいやっ、まだ死ぬわけにはいかないでしょ!」
 ――考えた瞬間に目を覚ます。目を覚ます? 変だ。だって、そんなにすぐには目を覚ませるような状態ではなかったはずだ。起き上がって、周囲を見渡す。知らない家だ。ここはどこだ。自分の身体を確認する。わざわざ包丁を上下逆さまに持ってまで母親が開けた穴は見る影もなく、身体はとっても綺麗だった。
 ベッド脇に置かれていた靴を履いて、立ち上がる。特段ふらつくこともなく立ち上がることができた。私の寝かされていたベッドはそれはそれはふかふかで、ここがそこそこ良い家だということが分かった。
 扉を開けてみる。特に鍵はかかっていない。広い家だ。警戒しながら階段を降りれば、見るからに玄関ですと訴えてくるような大きな扉が目の前にあった。開く。
 真っ黒な空。夜だろうか。辺りには本当に何も無かった。いや、何も無かったというのには誤解がある。辺り一面、枯れた花畑だ。誰も手入れしなかったのか、雑草がそこかしこに見つかる。花は枯れているし、地面はひび割れている。これでは植物は育たないだろう。
「ここって――」
 確信した。
 ここは、宇宙のどこか――正確には、観測可能宇宙、うしかい座ボイド、座標零域、孤立恒星系アステリア、惑星碧海号。
 私、死んだら星に帰るの。そう宣言した過去の記憶を思い出す。ここはいつか空想したその星とよく似ていた。
「じゃあ、私、やっぱり死んだ……?」
 だとすれば、これは二度目の人生、といったところだろうか。ここで、穏やかに暮らしていけるのだろうか。
「――っ、やった――――!!」
 拳を突き上げる。地球にはしがらみが多すぎる。だから、ちょうど、一人になりたいと思っていたところだったのだ。
 そうと決まれば一人を満喫しなければ。ウキウキと屋敷に戻り、自身の寝ていた部屋に戻る。予想が間違っていなければ、ここにノートがあるはずだ。
「あった!」
 ノートを開く。インクとペンもついでに探し出して、書き出した。宇宙に住むこと。宇宙人になれたこと。今の気持ち。これからどうしたいか。次々に出てくる書きたいことは留まるところを知らず、気付けばノートを一冊使い切ってしまった。それで、自分が柄にもなくはしゃいでいることに気がついた。ここまでにしよう。
 気分の高揚を落ち着かせるために、外に出る。空を見上げる。この興奮を、誰かに話したい、と思って、誰もいないことに気がついた。
 誰もいない。
 そういえば。と、連鎖的に、思い出さないようにしていた記憶が溢れてくる。兄は――俊は、助かっただろうか。親友の明菜には迷惑をかけてしまったし、嫌なものを見せてしまった。あの後、ちゃんと逃げ切れただろうか。対処できただろうか。とはいえ、彼女は運動が得意だから大丈夫だと信じたいけれど。恋人であった久詞くんは私の死知れば悲しむのだろう。どうか幸せに生きて欲しい。私がいなくても、きっと、いつか、誰かと――

 ――そんなの嫌だ。

 思ってしまった言葉に自分で動揺する。それでも私は確かに死んだのだ。そんなこと考えてもどうしようもない。でも嫌だ。死人に口はない。嫌だ。なにか、生き返る方法が、あれば。
 いや、生き返る方法なんかなくても、どうにかして地球に向かうことが出来れば?

 そこまで考えて、首を横に振る。こんなこと考えたって虚しいだけだ。やめよう。

「――それにしたって、これから一人ぼっちか」

 言葉が漏れる。改めて口にすると実感が湧いて、思わず寂しくなった。体育座りをして、顔を膝に埋める。こんなことなら、ちゃんと話し相手とかまで考えておくんだった。

 静かだ。
 ぶうん、と、遠くから何かが近づいて来る音まで聞こえてくる。なにかの機械みたいな。例えるなら、飛行機みたいな。……飛行機、みたいな?
 顔を上げる。と、同時、強い風と、ぶつかってきた何かに吹き飛ばされた。
「突撃ーッ!」
「ッ、うわあ!?」
「えっ、弱」
 ぐるん、ぐるん、ぐるん、べちゃり。私の身体は綺麗に三回転して地面に転がった。いてて、と零しながら起き上がろうとした私の首に、なにかが突きつけられる。剣だ。ひやりとした感覚に嫌な汗が伝う。緊張が走る。
「なあアンタ、元々地球に住んでいたニンゲンってやつだろ。急にこの星を出現させたっていう、ヤバいヤツ!」
「なにそれ……」
 ヤバいやつとは心外である。急に知らない話をされている上に剣まで突きつけられている私の身にもなってくれ。
「ええと……とりあえず、きみは誰?」
「冷静だな。自分の命の危機だぞ」
「だってもう既に一回死んだし……」
「……拍子抜けだな」
 剣が首元から離れていく。顔を上げる。
 まんまるな生き物だった。それ以外に形容できない。ここが地球であればマスコットとして人気になっていただろう。いや、人気に……なるか……? ともかく、その妙なマスコットは自身がまじまじと観察されていることに特段文句も言わず、自己紹介を始めた。
「オレは観測可能宇宙、ヘルクレス座=かんむり座グレートウォール、第四百十二銀河団、過密恒星系ガヤ・ガヤ、第三惑星ごった煮騎士団所属、ベガ隊長だぜ〜! 恐れ戦け〜」
「ええ……」
「ええ〜じゃないだろ」
 マスコットの顔らしき部分が不服そうな顔をした。私も答える。
「ええ〜だよ、私は今これから一人ぼっちなんだ〜って思ってセンチメンタルだったんだから」
「しらね〜」
 拍子抜けだと言わんばかりに地面に転がったベガの傍に寄る。ベガは私のことをちら、と見てこう聞いた。
「アンタ、なんでこの星作ったんだ? どうやってここまで?」
「ええ……知らない、分かんないよ。気づいたらこの星があって、気づいたらここにいたの」
「ええ〜……じゃあ、この星の地下に眠る資源のことは?」
「こんな何も無い星に資源が?」
 辺りを見る限り星は一面花畑だが。ベガは困ったように頭を抱えて、説明を始めた。
「ごった煮星の所属する過密恒星系ガヤ・ガヤは、その名の通り、人が多くて騒がしい場所だ。だから騒音問題は耐えず起こるし、その対策のために静寂鉱という鉱石が居る」
「ほへえ」
 宇宙人も防音対策するんだ。歌うのが好きだった光はそれで少しの親近感を持った。
「しかし静寂鉱は貴重な鉱石だ。他に必要な種族が居ないのを良いことに、もうずいぶんな数を消費してしまったから、静寂鉱は滅多に見つからないんだ。そんなところに、この星の出現だ」
「……ということは、この星に、静寂鉱が?」
 ベガは頷いた。
「そもそも、急な星の出現だし、なんか危ないかもってことで、他の部隊が何度か調査にここまで来ているんだが、そのほとんどが毒を吸って重症のまま帰ってきている。心当たりは?」
「ないよ。だって、今日初めて宇宙に来たんだもの」
 ベガはまじまじとこちらを見ていた。観察されている。しばらくして、嘘はついていないと判断されたのか、ベガは話を続けた。
「……この星には、バリアが張られていたんだそうだ。大気という名のバリア。宇宙人に大気は毒だからな」
「ええっ、そうなの?」
「俺らからしたら、お前らニンゲンがおかしいんだぜ」
 本当に何も知らないんだな、とベガは呆れたように言った。真実だ。人間って本当に宇宙のこと何も知らなかったんだな、と、光は頭の片隅でぼんやり思った。
「だけど、観測班がその大気の反応が消えたって言うから、俺はこの星から資源を持って帰るためにここまで来たんだ。そこにアンタがいた」
「へえ」
「アンタ、この星の所有者だろ。この星の静寂鉱を、俺らに渡してくれ。さもなくば――」
「いいよ」
「アンタの命は……って、あ?」
 ベガは拍子抜け、と言わんばかりだ。もはやそう顔に書いてあるまである。光は苦笑して言った。
「だって、きっとここでは必要ないもの」
「……そうか。しかし、なんの対価も無くいただいてくいのは我々騎士団のポリシーに欠けるな。なにか必要なものは?」
「ええ〜……」
 光は少し考えた。いろんなことが頭に浮かんで消えていく。でも、まあ、うん、とりあえず。
「じゃ、今度誰かしら連れて遊びに来てよ」
「はあ。それでいいのか?」
「うん。言ったじゃん、一人で寂しいな〜って思ってたの。だから、話し相手になって」
 ベガは終始怪訝そうな顔をしていた。もしかして、宇宙人には寂しいという感情は無いのだろうか。ふと浮かんだそんな疑問を口にする前にベガは頷いた。
「まあ、アンタがそれでいいなら。交渉成立ってことで」
「やった。ありがとう」
「それはこっちのセリフなんじゃね?」
 じゃあ、とベガは早速と言わんばかりに彼が乗ってきたであろう機械の元に寄っていく。小さな機械だ。ベガはそもそも飛べるのに、こんなものが必要なのだろうか。
「なんだよ」
「……いや?」
「顔で分かるっつの。星と星の移動は時間かかるから必要なんだよ、うるせえな」
「ああ、なるほどね」
 確かにな。納得してみせれば嫌そうな顔をされた。なんなんだ。
「俺は一旦本部に報告しに帰る。どうせすぐ戻ってくるけど、もし気が変わったら――」
「変わんないって、殺されちゃ堪んないもん」
「そうかよ」
 不機嫌そうに吐き捨てられた。先に殺そうとしたのはそっちのくせに。
「次来る時にはなんか美味しいもの持ってきてよ」
「はァ?」
 要望を伝えれば、不機嫌そうなまま視線を寄越される。
「私、宇宙人初心者なんだよ。宇宙の美味しいものは食べたいじゃん」
 ベガはしばらく面倒くさそうに視線を左右させた。そうして、たっぷりの間を開けてから、
「気が向いたらな」
 と言った。
「期待してるから」
 追い打ちをかけるように笑えば、ベガは不満そうな顔をして飛び立っていく。
 なにはともあれ、光はこの宇宙で一人ぼっちにはならずにすみそうだった。
 あとは。

 上手い具合にベガたちに取り入って、地球に戻るか、生き返る方法を探してみよう。

 ぐうと大きく伸びをする。伸びをして、今日あったことを記録するために屋敷に戻ることにした。
畳む

座標零域,文章/詩歌