〇自分が楽しむための物語の種を作ってみよう! 続きを読む ①キャラクターに喋らせながらキャラクターを作ってみよう! ・はじめに キャラクターを作り、掘り下げるということは、時に自分を掘り下げることです。 キャラクターを動かすのに必要なのは納得感です。自分のキャラクターの気持ちや思想に納得感や理解が無いと、どう動かしていいか分からなくなります。 逆に言えば、どれだけ自分とかけ離れた思想をしていても、どれだけ自分が抱えないようにしているような嫌な気持ちを気持ちを抱えても、納得さえしてしまえば、理解さえしてしまえば書けるということです。 そのため、キャラクターを自分に寄せたり、自分がキャラクターに寄り添ったりする必要があります。そういう時、キャラクターは自分の傷や欲求を映し出しますが、キャラクターと自分は違う生き物だと信じ、恥を捨てましょう。 すぐに出来なくても構いません。長いことキャラクターと関わっていればキャラクターに愛着が湧き、慣れます。多分。それを待ちましょう。 ・やりたいことを決める ざっくりで大丈夫です! 関係性であれば少女漫画の男女みたいな雰囲気、少年漫画のライバルみたいな雰囲気、勇者パーティご一行、幼馴染、などの、雰囲気と大体の世界観があるとイメージがはっきりしていて良いと思います。 その方面でやりたいことがない場合は、最近見た好きな世界観(ファンタジー、SF、などのざっくりしたもの)や、職業などをイメージしてください。全ては目安なので、無かったことにしても良いものとします。 私はファンタジーの勇者パーティご一行が作りたいのでそれを作ります。 ・口調を定めて喋らせてみる 口調を定めましょう。キャラクターのことを知るには喋らせてみるのが一番です。そこから読み取れるものからキャラクターにしていきましょう。ちなみに、私は基本的に自己紹介から始めています。 思い浮かばない場合は、好きな人(有名人でも、キャラクターでも構いません)の口調で、その人と被らないよう、名前、所属、好きなこと、もの、嫌いなこと、ものを喋らせてみてください。特に、好きなこと、嫌いなことが定まっていると良いかもしれません。 「は、初めまして、私は(名前)です……! (勇者の名前)様のパーティで、ヒーラーを務めさせていただいております! よ、よろしくお願いします……!」 例えば上記の言葉を話す女の子であれば、少し弱気で、勇者のことを慕っているんだな、という情報が読み取れます。少し吃っているので、自分に自信がない子だ、ということがここで決まりますね。 「俺は(名前)。(勇者の名前)んとこのパーティで魔道士やってるよ〜。お嬢ちゃん可愛いねえ、今から俺とデートしない? だめ? ケチ〜」 上記は軽薄な男の例ですね。自分の見目に自信があり、勇者とは友達関係なのでしょう。あるいは、腐れ縁などの可能性もありますね。 ・口調が固まったら 個人的に、物語の種を作る鍵はギャップです。弱気な人の隣には強気な人を置くのが簡単ですが、例えどれだけ似た者同士でも違うところがあるから物語が生まれます。 もし「〇〇な子の裏に、実は〇〇な一面がある」がすぐ浮かぶなら、それでOKです。多分あなたの中に、好きな作品から吸収した「ギャップの在庫」があるので、それを引っ張り出しているだけです。 パッと浮かばない場合は、以下のどちらかを試してみてください。 (1)表の性格をひとつ決め、対義語を、3〜5個くらい機械的に書き出してみましょう。手っ取り早いのは調べてみることです。その中から好ましい、あるいは思いつきそうなもの、共感できるものを選んでみましょう。 共感できるものが一番良いと思います。動かしやすいので。 (2) 身近な人や有名人を思い浮かべてみましょう。推しでも大丈夫です。あなたの好きなその人のギャップを思いついたらそれをそのままモデルにしてOKです。エピソードや口調を足していくうちに、自然と原型は消えていきます。 ギャップの原型が決まったら、それに沿っていよいよ弱音を吐かせてみましょう。 「わ、私、力の制御ができなくて……っ、す、すみません、お役に立てないかもしれません、すみません、私……!」 弱気な女の子が実は強いとギャップがあって嬉しいですよね。 例えば、ヒーラーということは味方の回復をする役です。回復が出来るということはその逆もできてしまうこともあるし、過度に回復してしまうこともあるでしょう。それほどまでに魔力が強く、恐れられてきた優しい子、という設定をここで付与できますね。 じゃあ、ここでこれを解決する方法を模索します。お、ちょうどいいところに魔道士がいますね。 魔道士ということは、彼は魔法の扱いに長けているということです。もしかしたら助けてやれるかもしれません。 「はいはい、俺、俺! 俺魔道士だからめちゃくちゃ魔法の扱い得意だよ〜」 もしかしたらここで勇者の補足が入ったかもしれません。例えば、「こいつはこんなだけどちゃんとその道のプロなんだよ」「こんなってなんだよ」みたいな。もしこういうことを思いついたら、物語の種になるので取っておきましょう。いつか勇者を作るのに役立つかもしれません。 魔道士と一緒に修行することにより、ヒーラーとして強く育った女の子。では、魔道士の弱点も考えましょう。 「だって、仕方ねえじゃん、それが最善だったんだよ。俺、間違ってた? じゃあどうすれば良かった? あの時、ガキの俺一人で何が出来たってんだよ、教えてくれよ……」 弱音は、必ずしも職業の機能から出さなくても大丈夫です。他のキャラとの関係性から出しても構いません。 おや? 過去に何かがあったことを悔やんでいるみたいです。詳細を設定しましょう。 過去、幼馴染の女の子(=ヒーラーちゃん)を助けられなかったことを忘却させられている、とかだとアツいですね。勇者ご一行ということは魔王がいるかもしれませんから、一度ヒーラーちゃんは魔王の手に落ちており、そこからスパイとして派遣されている、でもアツいかもしれません。これも物語の種ですね。 記憶が抜け落ちているが、パーティの面々のピンチに人一倍敏感で、その分信頼が厚い、とかだと筋が通って良いかもしれません。 これを解決するのは物語の本筋に関わりそうですね。他のキャラクターも関わらせたいので、これは一度置いておくとして、大分この二人のキャラクターが見えてきたんじゃないでしょうか。 その他キャラクターもその調子で作ってみましょう。まずは自己紹介からキャラクターの性格を掘り下げ、弱音を聞いてバックグラウンドの設定をしてみましょう。 例: ○勇者 「僕は(名前)、今をときめく勇者様だよ。自分で言うかって? 最近(魔道士)にユーモアが足りないって怒られたんだよ。面白くなかった?」 →冗談は言わない、真面目な性格。パーティのことが好きで、メンバーに言われたことはとりあえず取り入れてみるようにしている。 「僕はごくごく普通の人間だよ。力がある訳でも、知識があるわけでもない。でも戦うんだ。いつかの平和な未来のために。……付き合わせてごめんね」 →自分に自信がない。 ○戦士 「アタシ、(名前)! (勇者の名前)のとこで戦士やってんだ。よろしくな!」 →豪胆で明るく元気な女性。笑顔が素敵なお姉さんだと嬉しい。 「アタシ、(勇者の名前)みたいに人をまとめたりなんか出来ないし、(魔道士)みたいに知識が豊富な訳でもない。だからといって(ヒーラー)みたいな根性もないんだ。だけど、アタシにはアタシに出来ることがしたい!」 →よく言えば無垢、悪く言えばお馬鹿で、よくわからぬまま流されやすい。だけど自分の芯はしっかり持っていて、それにそぐわないものはしっかり断れる強気な女。 ②関係性の掘り下げ キャラクターの要素がある程度決まったら、次は関係性を決めましょう。関係性は物語を作る上で重要な鍵です。キャラクターの成長譚はみんな好きですよね。 関係性を深堀するにしても、また、キャラクターを喋らせてみましょう。今回は、他のキャラクターに何を思っているか、を知るために喋らせます。 さっき私は四人分キャラクターを作りましたので、四人分喋ってもらいます。 「勇者様は、とても素晴らしいお方で……! 私なんかがそばにいていいのかなっていつも思います、いや、あの人にとっては……パーティにとっては、本当は良くないんでしょうけど、……私は、離れられずにいる」 「(勇者の名前)はな〜、真面目すぎるんだよな。もっと肩の力抜けよ〜って俺は思ってるけど、まあアレは元来の質ってことで、変わんねえもんだろうな〜」 「(勇者の名前)はすげ〜奴だぜ。アタシとも互角に戦えるし、なにより根性がある! 諦めたくない時に諦めないことを選べるやつはすげ〜やつだ。アタシはアイツのこと、尊敬してるぜ」 上からヒーラー、魔道士、戦士です。ヒーラーは、魔王の手先であるという設定を採用して、それでも離れがたく思っている、という設定をつけました。 「(ヒーラーの名前)は、強くてかっこいい子だよ。自分の中に信念がある。最初はどうなる事やらと思っていたけど……、今は、彼女がどう思っていようと、僕たちは彼女の味方だ。」 「(ヒーラーの名前)……、あいつ見てるとなんかザワザワすんだよな。でもあいつは悪い奴じゃないんだ、根性があって良いと思う。ただ……、変な感じがするんだ、ずっと」 「(ヒーラーの名前)は本当に可愛いんだ! 本当はアタシにい〜っぱい甘えてくれ〜! って思ってるんだけど、なんかそうもいかないらしいんだよな。寂しい時は寂しい、辛い時は辛いって言えばいいのにな」 こちらは上から勇者、魔道士、戦士です。魔道士はヒーラーとは元々幼馴染であるという設定を採用しました。最も、お互いにその記憶はないでしょうが……。 「(魔道士の名前)は……あれでいて、悪いやつじゃないんだよ、本当に。ああいう振る舞いをすることで余裕を見せ掛けているだけだ。そうしなければならなかったんだ思う。だから僕は見過ごすようにしてるよ」 「(魔道士の名前)さん……、あの人を見てると、なんだか不思議な気持ちになるんです。これがなんなのか、分からないけど……。でも、(魔道士の名前)さんは良い人ですよ。上手く魔法が使えなかった私を、いっぱい助けてくれたので……!」 「(魔道士の名前)? 実はアイツのことちょっと苦手なんだよな、何考えてるか分からなくて。でもいつもアタシたちのために動いてくれてるから、悪いやつじゃないのは知ってる!」 こちらは勇者、ヒーラー、戦士です。 「(戦士の名前)は、何事にも真っ直ぐでかっこいい人だよ。誰よりも勘が鋭くて、危険を察知するのが早いんだ。自分のことをバカだって言うけど、(ヒーラーの名前)のことはわざと見過ごしてると思うから……、自分で選べる人は、バカでは無いと思う。」 「(戦士の名前)さんは……、私のこと、いっぱい可愛がってくれます。もし私にお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかもしれないなあって、不相応ですけど……。いっぱい心配かけてることは知ってるんです。でも、……」 「(戦士の名前)は俺ちょっと苦手なんだよな。真っ直ぐ突っ込まれると誤魔化すしかねえじゃん。俺ってそういう素直なキャラじゃねえし。……ま、でも信頼はしてるよ。」 勇者、ヒーラー、魔道士ですね。 このように、それぞれの関係性が見えてきたら、物語のネタが落ちていないかを探します。 それぞれのセリフを見比べると、本人は気づいていないことに他のキャラが気づいていたり、逆に、気づいていながらあえて黙っていたりすることがあります(例えば、戦士がヒーラーの異変にわざと気づかないふりをしている、という勇者の指摘のように)。このズレこそが、物語の種になります。 例えば、魔道士とヒーラーの関係性が顕になるときってどんなだろう? とか、勇者がヒーラーに真実を話させるために外堀を埋めていたら嬉しい、とか。戦士が魔道士の弱い所を突いてちょっと喧嘩になったらどうだろう、とか、戦士が勇者を甘やかす日がたまに訪れていたら可愛い、とか。 これが物語の種です。もし、物語本編を作りたい! ということであれば、この物語の種を頭の中でも紙の上でもストックしておいて、なんとなく時系列順に並べてから、その間を埋める出来事を考えると良いと思います。その間に、世界観が更に深堀出来るとより良いでしょう。 例えば、私の考えた世界であれば倒すべき魔王のこと。勇者の世間的な立ち位置や、そもそもどんな国に住んでいるのか、どんな世界が広がっていて、どんなモンスターが存在しているのか、など。 自分が楽しむための創作として見るのであれば必ずしも必要ではないですが、本編を作るのであれば、加われば加わるほど物語に深みが出るので、時間のある時に考えてみましょう。 以上が、物語の種を作るための個人的な工程です。自分なりに流用できないかと思って書いてみましたが、いかがでしょうか。この文章が、なにかの参考になれば嬉しいです。 畳む 2026.7.6(Mon) 17:39:51 ,文章
#TrendSync 二話 7864文字 続きを読む 「昔、それこそ小学校までダンス習ってて。その頃、俺も、トレンドシンカーを目指してたんだ」 翼や桃音と出会う前の朱希の夢は、トレンドシンカーだった。色々あって、諦めてしまったそれを、憧れという感情を、翼のステージを見て、思い出した。 「俺、翼に、『好きなもんは好きだ、って、堂々としてた方がかっこいい』って言ったけど、どの口がって話だよな。それが、なんだか恥ずかしくなっちゃって」 そんな自分の言葉を、空気が重くならないよう軽く笑い飛ばしてから、朱希は言った。 「俺ももっかいトレンドシンカーを目指したい。歌って踊って、みんなに元気を与えるトレンドシンカーが好きだから!」 そこまで言って翼と桃音の反応を伺うと、多少なりとも驚いている様子だった。そんな二人を見て、朱希は急に急になんだか恥ずかしくなった。何かを訂正しようと開けた口が音を発する前に、翼がふ、と笑った。 「いいんじゃない?」 「……!」 「堂々としなよ。好きなものは好きだって堂々としてた方がかっこいい、んでしょ」 自分が発した言葉が返ってくる。ああ、そうだ。確かに自分はそう思っている。 「きっとなれるよ。朱希って普通にかっこいいし、なんでも器用にこなしちゃうんだもん、これは強力なライバルが増えちゃったな」 ね、と、翼は言葉を押した。言葉とは裏腹に心底嬉しそうで、朱希はなんだかむず痒かった。 「す、すごいね……!」 桃音も隣から声をかけてくる。 「朱希も、トレンドシンカーを目指すんだ……! 私、どっちを応援していいか分からなくなっちゃいそうだよ!」 そんなことを言う桃音の声は少し上擦っていて、朱希は思わず怪訝な顔になった。なんだか少し様子が変だ、と思った。 「さて、もう夜も遅いし、ひとまず帰ろう! ゆうちゃんも疲れてるだろうし、今日はゆっくり休まなくちゃでしょ?」 それについて追求しようと口を開けたところで、桃音にそう言われてしまって、朱希は思わず口を閉ざした。先に歩き始めてしまった桃音の表情は見えなくて、それが静かに不安を煽った。 * ずっと、朱希の言葉がぐるぐると回っている。もし彼も、彼までトレンドシンカーになってしまったら、私は一人になってしまうのではないかと、嫌な想像ばかりが桃音の頭に浮かんでいた。 あまりにも長いこと上の空だったせいで、母親にまで心配されてしまった。これでは良くないと、なんとか思考を逸らすため、時間を勉強に費やす。 翼のことは良いのだ。いつか置いていかれることの覚悟を、決めていたから。でも、朱希は違う。 なんとなく、ずっと一緒にいてくれると思っていた。 そうじゃないかもしれないことが怖くて、ペンが止まる。集中出来ないからとベッドに倒れ込むと、なんだかとても眠たくなった。 ああ、今日ももう寝てしまおう。明日には、いつも通りの朝が来るのだから。 * 「おはよう、翼」 「おはよう朱希。ももちゃんは?」 「LINE見てねえの? 風邪だってよ」 そう言われて慌ててLINEを見ると、数分前に連絡が来ていた。了解、のスタンプをぽんと押して、じゃあ行こうか、と鞄を持ち直した。 学校に行く道すがら、朱希がううん、と唸る。 「なあ、こないだから桃音、変じゃないか」 「……そう?」 翼はピンとこなくて首を傾げた。翼の前では隠してるもんな、と、眉をひそめたまま、朱希は続ける。 「……下手に抱え込んでないといいけどな」 ま、気のせいだって思っとくよ。朱希はそう言って笑って、いつも通り雑談を始めた。 朱希の様子から冗談を言っている訳では無いのだろうと察した翼は、桃音のことが心配になった。すぐに話すことができないことがもどかしくて、翼は朱希に声をかける。 「ねえ、じゃあ、今日は放課後お見舞いに行こうよ」 「でも翼、今日は手続きあるって言ってたろ」 「あ」 そうだった。 「……じゃあ、朱希だけで行ってきて。ちゃんと大丈夫だったか教えてね」 「それも問題じゃね? いくら桃音とはいえ俺だけで行くの意味分かんねえだろ」 「なんで?」 「なんでって……」 なんで、と言われると答えられなかった。翼は呆れたように肩を竦めてみせた。 「いいじゃん、気になるならボクがお願いしたんだってことにしたらいいよ」 「……分かったよ」 朱希は渋々、というようにそう頷いた。よろしい、と翼が頷いた頃には学校が見えていた。 心配なのはお互い一緒だろうに、素直じゃないヤツ。そんなふうに思いながら、校舎へと歩を進めた。 * 「とはいえさあ……」 男女の区別くらいは朱希にもあった。確かに桃音は距離が近いところがあるが、それはそれ、これはこれだ。 女性の家に恋人でもない男性が一人で入るのってどうなんだよ。そんなことを思いながらチャイムを鳴らす。はい、と桃音の母親のものであろう声がして、扉が開いた。 「お見舞いです。翼は用があって来れなかったんですけど」 「あら、朱希くん。お見舞いありがとう、良ければ上がっていって」 そう言って、桃音の母親は朱希をリビングに案内した。 「桃音は風邪って言ってたけど……、多分、そうじゃないと思うの」 紅茶を入れながら、母親は話した。お菓子どれがいい? あ、どれでも大丈夫です。じゃあクッキーにしましょう。そんな雑談も挟みつつ、朱希は口を開いた。 「仮病? って、ことすか? 珍しいですね」 「そうなの。よければ会ってやってくれないかしら」 そう言いながらクッキーと紅茶をトレーに乗せた。桃音が仮病を使うことは、本当に珍しいので、何かを勘ぐりそうになってしまう。例えば、――――自分に会いたくなかったんじゃないか、とか。 「このまま仮病を続けられても困るもの。一日くらいは休んでも良いけど、勉強についていけなくなったら困るじゃない」 それもそうだ。もしそうであるのなら、向き合うのは早い方がいいだろう。 「分かりました」 朱希は頷いてトレーを受け取った。よろしくね、と彼女の母親は微笑んで、朱希を見送った。 * 「桃音? 入るぞ」 声をかけても応答はなかった。代わりにバタバタバタ、と音がしたのでしばらく待つ。 「どうぞ!」 そうしていると、そのうちに上擦った声が聞こえた。そこでようやく、朱希は扉を開けた。 「仮病だって?」 「……朱希」 茶化すように笑いながら部屋に入れば、困った顔をした桃音が目に入る。と言うよりは、なにか、思い詰めているような。 「なんか嫌なことでもあったか」 「……」 桃音は押し黙った。 「俺が……トレンドシンカー目指すって言ったのが、嫌だった?」 「……!」 びくり、と身体が動く。やっぱりな、と思った。ため息をつくと、怯えたような目が朱希を見上げた。 「ち、違うの」 「何が違うって?」 再び沈黙。これでは埒が明かない、と朱希は踏み込むことにした。 「なんで嫌なの」 責めるような物言いになってしまっているな、と自分でも思った。でも嫌だった。翼のことはちゃんと応援するのに、俺のことは応援してくんねえのか、と、拗ねた気持ちがそこにある。 「……置いていかれるみたいで」 観念したように、ポツリ、と言葉を漏らした。ぽつり、ぽつり、言葉が漏れる。 「ゆうちゃんはいいの。私、いつ置いていかれてもいいって思ってる、覚悟を決めてるの」 「でも、朱希は……一緒に置いて行かれてくれるって思ってた、から」 朱希は黙って聞いていた。ショックの方が近かった。 「そんなふうに……」 思っていたのか、ずっと。 でも、言われてみれば、と考える。 翼も朱希も男だ。トレンドシンカーになる以上、女性である上に一般人である桃音がそばに居続けるのは、あまり宜しくないだろう。 「わ、私は……トレンドシンカーには、なれないから」 「それは、そんなことないと思うけど」 「なれないよ」 桃音は首を横に振る。 「……なんで断言できんだよ。まだやったことないだろ」 「……それは」 そう、だけど。桃音は視線を逸らした。 「桃音もやってみたらいいじゃん、なれないって言葉が出るってことは、ちょっとはなりたいんだろ」 帰ってきたのは沈黙だった。桃音は下を向いていて表情が見えない。ぐす、と鼻をすする音がした。 「えっ」 「朱希には、分からないよ」 視線を上げた桃音の頬は涙に濡れていて、やってしまった、と思った。 「……悪い、でも」 「私、完璧じゃないとダメなの」 ぽつり。その言葉を、朱希は黙って聞くことにした。 「完璧じゃないと怒られちゃうから」 それは、誰にだろうか。相槌だけを打った。 「トレンドシンカーって、そもそもが不安定じゃない。そりゃなれるものならなりたいよ……!」 ず、と鼻をすするので、その辺にあったティッシュを渡した。ありがとう、と桃音が受け取る。律儀なやつ、と思った。 「怒られたくない……、見捨てられるのは怖いの」 「……」 朱希は困りきって何も言えなかった。何も言えないなりに考えて、考えた上で言葉が出てこなかった。 桃音のことはそれなりに、知っているつもりでいた。知らなかったんだ、知らなかったから傷つけたんだ、というショックが朱希の頭でぐるぐるとしていた。 「……ごめん、俺」 「いいの」 桃音の言葉はキッパリとしていた。 「私が勝手に怯えてるだけなの、分かってる、分かってるの」 それでも、と言葉は続く。 「私は誰にも見捨てられたくない……」 朱希は少し悩んで言葉を探した。何も言えないなりに、何も知らないなりに、桃音を安心させたかった。 「……俺らは」 少なくとも、俺と翼は、 「完璧じゃないお前も好きだよ」 別に完璧になりたいなら止めないけど。翼も同じことを言うはずだ、と確信があった。 桃音の目が少し見開かれて、それから笑みの形を作った。 「変なの。二人ともお人好しだよね」 でも、ありがとう。涙を拭って朱希に目線を合わせる。 「ごめんね、困らせちゃった」 「別に、いいよ、そんなの」 そんなことで謝らないでくれ、までは言えなかった。分かっている、というように頷いた桃音は多分、分かってはいないのだろう。 「そろそろ帰った方がいいんじゃない? 色々忙しいだろうし」 「……そうだな」 朱希は桃音が心配だったが、それ以上何かを言えるとも思えなかった。 「なあ」 「うん?」 桃音が首を傾げる。朱希は少し躊躇ってから、それでも言葉にした。 「いつでも相談しろよ」 なんでもいいから。見捨てるつもりはないぞ、という意思表示のつもりで言ってから、朱希は言葉を待たずに部屋を出た。 「……なんなの?」 桃音は、びっくりして言葉が出ないうちに部屋を出ていかれてしまって、思わずそんな言葉が漏れた。 でも、少しだけ気が楽になったのは確かだった。明日はちゃんと学校に行くから、安心してね。と朱希に連絡を送れば、OKのスタンプだけが返ってきた。 * 次の日、桃音は宣言通り学校に登校した。 「おはようももちゃん。体調は大丈夫?」 「あ……、うん、平気! 心配かけてごめんね」 「いいって、そんなことで謝らないでよ」 なんだか気まずくて、朱希に視線を合わせることは出来なかった。それを翼に悟られないよう話題を作る。 「そういえば、ゆうちゃん、今日レゾナンスマイク受け取るんでしょ!?」 「うん! ちょうど昨日必要な手続きはだいたい終わったからね。今日受け取って、希望者はお披露目のライブが出来るんだって」 もちろん、ボクも希望者の一人! と、翼は心から嬉しそうに笑った。桃音はその笑顔を見てなんだか心苦しくなった。 「……」 「下手くそな、お前」 後ろから朱希が声をかけてくる。じと、とした視線が桃音に刺さって、翼も眉をひそめた。 「ももちゃん、やっぱりまだ体調が……」 「ご、ごめん! そうじゃないの、そうじゃなくて」 何かを言おうとして、悩んで、は、と気付く。 「が、学校が始まっちゃうから! また後で話させて!」 そう言って桃音は翼と朱希を置いて走り出した。翼は、朱希をじと、と睨んだ。 「やっぱなんかあったでしょ」 「いやあ、そりゃねえ……」 桃音はお前には隠したがると思ったんだよな、と言えば、翼は少し傷ついたような顔をした。 「……そっか」 「そうなんだよ。あいつお前のこと大好きだからなあ」 ボクからすれば。そうして本音を話されていたり、頼られていたりする朱希の方が余程、羨ましいけど、と思って、言わなかった。 不安を抱えながらも、学校は始まる。大人しく授業を付けることにした。 * 授業が終わり、放課後。鞄を引っ掴んで朱希と二人、桃音のクラスへと迎えば、困った顔をした桃音が帰り支度をしていた。 「……ももちゃん」 「ゆうちゃん……」 桃音が鞄を持つ。視線が合わない。何かを言おうとしているのに、何も言えないような。翼は少し悩んで、自分から切り出してみることにした。 「言いたくないなら言わなくてもいいよ」 「えっ」 あ、目が合った。桃音は、どうしていいか分からないような顔をしている。 「その変わり、言いたくなったら教えてね。ボク、ももちゃんの話なら聞きたいから」 桃音は、少し迷ってから、口を開いた。 「……あのね!」 口を開けて、閉じる。しばらく迷って、小さく言葉を落とした。 「私、ゆうちゃんにも朱希にも置いていかれたくないって思ってる……!」 翼の目が見開かれる。桃音は言葉に詰まりながらも、少しずつ、しっかりと話した。 「置いていかれたくないよ、捨てられるのは怖いことだもん……、でも、でも、私、何も出来ないから……!」 翼は、そんなことないでしょ、と言おうとして、やめた。ひとまず黙って聞くことが先決な気がした。 「わ、私、デザインだって、そんなに上手くないし、……歌もダンスも、完璧には、出来ないから」 言葉が止まる。しばらくの沈黙の後、翼が口を開いた。 「……だから、置いていかれるって、思ってる?」 「……うん」 そうか、そんなふうに思っていたんだ。翼は確かなショックを頭に抱えながら、少しずつ言葉を続ける。 「……ももちゃん。ステージの上で、歌もダンスも完璧じゃなきゃダメだと思ってるの?」 「……うん」 翼は桃音の手を取った。桃音の肩がびくりと震えたのに苦笑して、翼は続ける。 「でも、ももちゃんはボクに、もしなにか失敗したとしても、楽しいステージだったらいいんだって教えてくれたよね」 「それは……、ゆうちゃんのステージだから」 「同じだよ、ももちゃん」 桃音の視線が上がる。目線が合う。翼は微笑んだ。 「ももちゃんのステージも、みんなが楽しければいいんだよ」 桃音が戸惑ったように視線を逸らした。翼は桃音の手を離して、よし、と気合いを入れるように頬を叩いた。 「ももちゃん、朱希、今日のステージ、ちゃんと見てくれるよね?」 「おう」 「えっ、あ、……うん」 頷く。翼は桃音を真っ直ぐ見て、にい、と笑った。 「ちゃんと見ててね、ももちゃん。ももちゃんは絶対大丈夫なんだって、ボクが証明するから」 突拍子も無い言葉に、桃音はきょとんとしていたが、翼はその答えも聞かずに歩き出した。 朱希に促されて、桃音も歩き出す。翼の言葉の真意は、はかれなかった。 * ステージの裏。翼は、受け取ったばかりのレゾナンスマイクを握り締めて、一度、深呼吸した。 今日の衣装も、桃音のデザインしてくれたもの。オーディションの時とは違ってピンクを全面に出し、差し色に青を入れた、ヒラヒラのかわいい服。ふう、と息を整えてから、レゾナンスマイクを起動した。 「レゾナンスマイク!」 桃音が言ったのだ、「可愛い服は心の鎧だ」と。 「スタイルコードセット!」 だから、自分を信じて欲しいのだ。自分のことを、自分の思う可愛いものを、心の鎧を! 「――――心ときめくステージを目指して!」 ももちゃんの何かを変えられますように。 「オン・ステージ!」 * 曲が流れ出す。この曲は、オーディションの時と変わらない。手拍子を取りながら、光の中に躍り出る。 サイリウムの光、観客の期待に満ちた瞳、そのすべてがキラキラしていて眩しかった。その中に、――――桃音を見つけた。 * 「ゆうちゃん……」 桃音はなんだかとても不安だった。自分の考えた衣装を着て、翼がステージに立つ。あれだけ豪語しておいて、実感が追い付くと不安が勝った。 覚悟は決めたはずなのに。 「大丈夫だよ」 祈るような気持ちでステージを眺めていれば、朱希が隣であっさりと言った。なにがよ、と返せば、朱希は桃音を真っ直ぐ見て答えた。 「俺は翼を信じてるからさ」 そう言われてしまえば、桃音もそうするしかない。それでも不安は拭えずに、翼のステージが始まった。 光の中に現れた翼の、楽しそうな表情ときたら! 何回見たってなぜだか羨ましくて、まともに直視できなくなりそうで、その反面、とても綺麗だと思うのだ。桃音は、自分のこういうところが好きではなかった。そんなことを考えていたら、翼がこちらを見たような気がして、桃音は息を飲んだ。 ふわり。まさしく天使みたいに微笑んだ翼は、そのまま何事も無かったかのように歌い出す。 ひらりと衣装が揺れる。大きなリボンがふわりふわりと弛んで、誰よりも可愛いという言葉が似合う幼馴染に、この衣装をあてがったのは間違いじゃなかった、と桃音は少し安心した。 「あの衣装かわいいー!」 「リボン大きいのいいねえ」 ふと、そんな言葉が聞こえた。それでも自分がすごいとは思わなかった。 着こなしている翼がすごいのだ。誰よりも可愛くて、誰よりもかっこいい、私の幼馴染。 伸ばした指が、ひらめくフリルが、弾んだ声が、桃音を魅了する。ああ、これは私が好きなステージだ。――――私は、ゆうちゃんのステージが、好きだ。 翼が手拍子を誘導する。ぱち、ぱち、観客がリズムに乗って、星のノーツが現れる。 気付けば夢中になってそれを叩いていた。翼の、レゾナンスマイクを手に入れた初ステージだ。楽しまなければ、翼に失礼だ。 ステラ・ノーツが発動する間際―――― 翼と目が合った気がした。 ステラ・ノーツが発動した瞬間、光の中に滲み出すように――――溢れたのは、たくさんの衣装。あれは、桃音がデザインしたものたちだ。翼は、たくさんの衣装の中から、ひとつの衣装を手に取った。それは、今着ているのとは違う、――――初めて、桃音がデザインしたもの。 なんで。 なんでそんなもの、 美しい光の中で、翼はその衣装を抱きしめて―――― * 翼のステージは圧倒的だった。翼は、誰よりもステージを楽しみ、誰よりも美しい光を放って、ステージをおりた。 桃音は、しばらく呆然として動けなかった。それを分かっているのかいないのか、朱希も何も言わなかった。 完璧でなければダメだと思っていた。でも、幼馴染である彼らは、きっと、桃音が完璧じゃなくても許してくれていた。今までも、ずっと。 簡単なことだ。簡単なことだったから、すっかり忘れていた。いいのだ、完璧じゃなくても。 「私も、トレンドシンカーになれるかなあ……」 ぽつり、と漏れた言葉。本心だった。あの光に焦がれている。あの光の中心に、立ってみたかった。 朱希は、仕方ないなと言うように笑った。 「桃音次第だろ、それは」 * その後、結局翼とは会えなかった。感想は上手く言葉にならなかったから、それで良かったかもしれない。 帰ってきてからしばらく悩んで、ようやく桃音は決意した。LINEを開いて、翼と朱希のグループラインをタップする。 「私もトレンドシンカーになりたい。練習、付き合ってくれない?」 すぐに既読が着いた。OK、のスタンプが二人から送られてくる。翼からは、嬉しい、のスタンプも送られてきた。 ――――お母さんに、なんて説明したらいいかな。 母は桃音に完璧を求める。トレンドシンカーという職は、そう簡単に認められるものではないだろう。 しばらくは何も言わなくてもいいか。 天井を見上げ、桃音はそう思った。そのまま目を閉じた。心は比較的穏やかだった。 畳む 2026.7.6(Mon) 01:27:53 文章,TrendSync!