灯利うみ
@ao_kzr
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雑記置き場

よく来たな!

灯利うみの創作物保管庫です。
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    2026/05/13 19:20:34
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ふたつの翼、ひとつの空 
7話 6357文字

 その日の夜、なんだか寝付けなくてサーヤはそっと部屋を抜け出した。シーアは一度寝たらそう簡単には起きない。食堂で少し水を飲んで、また寝よう。
 食堂まで向かえば、珍しく先客がいるようで、明かりがついていた。そういえば、今日は寮母さんの代わりにヴェルタ先生が入っていた。なんでも、睡眠がおろそかになりがちだからと無理矢理入れられることがあるらしい。お恥ずかしい、困ったものです、とヴェルタ先生は笑っていた。
 ヴェルタ先生が眠れずにいるのかもしれない。こんこん、軽くノックをして、食堂に入る。
 そこに居たのは、予想通り、ヴェルタ先生と、ナユタだった。きょとん、とした顔で二人はこちらを見る。
「サーヤさん。どうしましたか、こんな時間に」
「こちらのセリフですが……」
 机の上には紙が散らばっていた。その横に、制服らしき衣服がちょこん。机を追いやられるように置かれていた。
「ああ……、制服が届いたのと、勉学が遅れているから教えてくれとナユタさんから希望がありましてね。あら? いけない、もうこんな時間ですか」
 ヴェルタ先生は時計を見て、慌てて紙を整理しだした。
「ナユタさん、続きはまた学校で。大丈夫、あなたは賢いから、すぐに慣れるわ」
「はい、ありがとうございます」
 ナユタもそれを整理するのを手伝い始めたので、流れでサーヤもお手伝いをすることにした。
「あ、これ」
 ぱっと手に取ったそこに書かれていたのは古代文字だった。たどたどしく書かれた古代文字がいくつか。文章を紡ぐのにも慣れたように紡がれている古代文字がいくつか。サーヤには読めないが、二人には読めるのだろうか。
「ああ、授業でも少しお話しましたが……。興味深く聞いてくれるので、楽しくなってしまって。悪い癖です」
 お恥ずかしい、と笑いながら、彼女は頬をかいた。
「これ、なんて書いてあるんですか?」
 ヴェルタ先生にそう聞けば、彼女は少し固まる。隣からナユタが声を掛けた。
「風の誓約の日に使う祈りの言葉なんだって先程先生が仰られたよ。風の誓約の日って、君も経験があるの?」
 なるほど。頷いてから、サーヤは答えた。
「あるよ。もう、大変だったんだから……」
 そう言ってから、気づく。騎士学校に入ったとはいえ、彼は風の誓約の日を経験していない。
「先生、ナユタさんのウィンドグライダーって、どういう扱いになるんですか?」
「ああ、ええと、風の誓約の日に風翼の誓いを結べなかった生徒と同じ扱いになりますね。簡単に言うと、補習みたいな感じで。またフェリシアさんにお願いしないといけませんね」
 そのままの話の流れてで、そういえばサーヤさんはどうして食堂に? と、ヴェルタ先生は改めてサーヤに聞いた。眠れなかったのでなにか飲もうと思って、と答えれば、なるほど、と納得したようだった。
 散らばっていた紙たちを整理して、よいしょ、と抱える。
「じゃあ、お二人も早く眠られてくださいね。私も早く眠らないと怒られちゃうわ」
 にこ、と微笑んで、ヴェルタ先生は部屋を出ていった。
「……きみも、寝れそう?」
 サーヤはなんとなくナユタに声をかけた。
「うーん、慣れない土地では眠りづらいね」
 困ったような返答が返ってきた。サーヤは、彼の分の水も汲んで渡した。ありがとう、と返答が返ってきた。
 それからしばらく静かな時間が続いた。サーヤにとっては、聞きたいことは沢山あったが、聞いていいのか分からなくて思案している時間だった。
「何も聞かないの?」
 座ったままのナユタが言った。
「聞いていいの?」
 サーヤが言った言葉に、失言だったと気付いたのか、ナユタは困った顔をした。
「聞いて欲しくないなら聞かないよ」
 ナユタはさらに困ったといったふうに頭をかいて、思考を巡らせ始めた。沈黙。
「……、人と関わるのは難しいね」
 沈黙の末、ナユタはそう言った。
「ボクは今まで、本当に、人と関わってこなかったから。人と話す、ということそのものに戸惑っているんだ」
 多分ね、と付け加えてナユタが話す。
「それは、聞いてもいいやつ?」
「うーん、聞いて欲しいやつ」
 サーヤが聞けば、そう答えが返ってくる。ならいいか、とサーヤは椅子を引いて座った。
「……、サーヤさん、ボクは、雲の下から来たんだよ」
 少し視線を彷徨わせてから、意を決したように、ナユタはそう言った。サーヤは、少し目を開いて、続きを促した。
「ボクも……、こんなふうになるとは思っていなかったけれどね。この風向きが悪いようには感じないんだ」
 しばしの沈黙。サーヤは、少し悩んでから、聞きたいことを聞くことにした。
「雲の下には、どんな世界が広がってるの?」
 ナユタは思い出すように目を細めた。
「うーん、でも、想像通りかな。陽の光の当たらない、真っ暗な土地さ。その分、人工の灯りがよく映えて綺麗なんだよ」
「……じゃあ、どうして雲の上まで?」
 ナユタは再び困った顔をした。そうして、なにか言葉を探すように悩んでから、こう言った。
「地上は、ボクには合わなかったんだよ」

 そうして、サーヤに目を合わせて、さらに言葉を重ねる。
「あそこには、きっとここの誰もが行かない方がいい」
 サーヤは何も言えなくなった。そんなサーヤにふと微笑んで、ナユタは立ち上がる。
「もう遅いから眠ろう。きっとまた話す時が来るさ」
 おやすみ、と出て行ったナユタをなんとなく引き止められなくて、サーヤも仕方なく部屋に戻ることにした。

   *

 次の日。寝ぼけ眼を擦ってサーヤは目を覚ました。シーアはまだ寝ている。いつも通りの時間だ。
 ナユタの言葉を思い出す。わくわくでどきどきの大冒険を想像していたが、彼の言葉は重かった。きっとそれだけではないのだろう。
 あの雲の下に、行けるとしたら。
 父や祖父母へののお土産話には大きすぎる大冒険が、待っているのかもしれない。
 それだけではないとしても、好奇心が駆り立てられて抑えられなかった。
 シーアであれば。
 シーアであれば、どうしただろうか。
 なんとなく誰かに話すのは憚られる気がして、サーヤはぼうっと彼の言葉を思い返すことしか出来なかった。
 そんなタイミングで、目指し時計が鳴る。シーアが起きる時間だ。
「んん……、うるさあい」
 バチン。目指し時計を勢いよく止めて、いつも通りシーアは二度寝をしようとした。
「シーア、起きて」
「んえ〜ん……」
 布団を剥がせば、渋々とシーアは目を覚ます。目を覚まして、ぱちぱちと瞬きをして、サーヤと目を合わせた。
「あんま眠れなかった?」
「えっ」
 なんで。なんとなく。ふああ、と大きく欠伸をして、そのままシーアは顔を洗いに行った。
 いつも通りシーアの髪を結う準備をしながら、サーヤはぼんやりと考える。
 シーアになら、話しても良いかもしれない。ナユタへの言い訳を心の中で述べながら、顔を洗って戻ってきたシーアに声を掛けた。
「シーア、あのね……」

   *

「それってとんでもないことじゃないの!?」
 朝の寮にシーアの声はよく響いた。
「シ、シーア、声がでかい!」
「あら、ごめんなさい」
 慌ててシーアは声を小さくしたが、それでも興奮は抑えられないようだった。
「でも、だって、それって確かに雲の下の世界があるってことでしょ」
「うん……」
「鍵の伝説も本当なのかしら」
「どうだろう、そこまでは聞けなかったな」
 ふうん、とシーアは少し考え込んだ。そうして、サーヤに向き直って、
「これは私たちだけの秘密にしましょ。間違ってもアイツらには教えてやんないんだから!」
「うーん、そうだね。そもそもあんまり勝手に話すようなことじゃないし……」
「そうそう。それに、アイツら最近隠し事が多いのよ、全く……」
 同じようなこと隠してたりしてないかしらね。そう言うシーアはもう冒険のことで頭がいっぱいらしかった。
「でも、地上には行かない方がいいって言ってたよ」
「そうねえ、それについては、機を伺って問いただしましょ。気になるもの」
「問いただす……かはさておき、気になるのには同意だな」
 シーアとサーヤは目を合わせて頷いた。それから、シーアは何かを思い出したように慌てて自分の荷物を漁り始めた。
「そうだ、これ、サーヤにあげるわ!」
 そう言って取り出したのは、入寮の時に売店で見かけた風の鍵のレプリカだった。
「最近の頑張りのおかげで、無事お小遣いが目標まで届いたのよ! だからこれは私からの入学祝い。自分の分も買ってるから安心して受け取りなさいね」
 シーアはとても嬉しそうだった。サーヤは、ありがとう、と受け取って、少し悩んで、こう言った。
「シーア、ぼく、出来れば一緒に頑張りたかったよ」
 シーアは少しきょとんとした。そうして、少しばつが悪そうな顔をした。
「あー……。そ、そうよね! ごめんなさい、私、これが早く欲しくて……」
 もう少し待つべきだったわね、とシーアは言った。そうじゃない。
「ぼく、ちゃんと体力もついたし、昔の弱い身体のままじゃないもん。それに、ちゃんと自分で体調の管理くらいできるよ」
 シーアは困った顔をした。
「それは、知っているけれど……」
 少し悩んで、シーアは言葉を重ねた。
「それでもなんだか心配だったのよ、ただそれだけで」
 言い訳だ、とシーアは思った。でもそれ以上に言葉が浮かばなくて困ってしまった。
「ぼくのこと、もっと信頼してほしいよ、シーア」
 サーヤはなんだかむっとして、少し語気を強めてそう言った。シーアは何も言えなかった。何も言わなかった。それが更に良くなくて、サーヤは先に外に出ることにした。お互いに、冷静になるべきだと思った。
 シーアは、自分の手元にある鍵と、静かに閉められた扉の先を交互に見て、なんだか少し途方に暮れてしまった。

   *

 サーヤが寮の外に出て、一人で学校に向かっていると、リアムとマシューにバッタリと出会った。
「おはよう、サーヤさん」
「はよ。シーアは?」
「おはよう。別に、いつも一緒じゃないもん」
 自分でも分かるような、拗ねたような口調だった。リアムとマシューは顔を見合せた。
「……あ、俺、ペンケース忘れたかも」
 リアムが唐突にそんなことを言った。マシューもサーヤもきょとんとしたが、マシューがそれに乗っかった。
「じゃあ、取りに戻らないと。今からならまだギリギリ間に合うよ」
「おー、走るわ。んじゃ」
 行ってらっしゃい。マシューがそれを見送って、じゃあ行こっか、とサーヤを促した。
 気を使われているのが分かって、なんだかそれが情けなかった。
「大丈夫だよ」
 唐突にマシューが言った。サーヤに目を合わせて、彼は笑った。
「僕もリアムも好きでやってるから」
 それに、と付け加える。
「すぐ仲直りするでしょ。いつもみたいに」
 シーアさんもちゃんと考える人だから、大丈夫だよ。マシューはそれだけ言って、いつも通り雑談を始めた。
 それに少し安心したのと同時に、無くしていた冷静さが戻ってきた気がした。

   *

「あ」
「おっ、舎弟」
 マシューとサーヤが見えなくなったあたりで、リアムは足を止めてシーアを待つことにした。そこで、登校中のジゼルと鉢合わせた。
「何してんすか、こんなとこで立ち止まって」
「別に関係ねえだろ」
「授業に遅れるっすよ〜」
「そうなったら走るって」
 ふうん。不審そうに頭からつま先までじろじろと見たジゼルは、特に変わった点が見つけられなくて首を傾げた。
「えー。やっぱなんかあったんすか?」
「なんもねえって」
「嘘だ〜」
 こいつが居るとややこしくなる、と判断したリアムは断固として教えたくはなかったが、ジゼルもその身を引かなかった。
 むむむ。睨み合いっ子をしていると、後ろからシーアに声をかけられた。
「なにしてんの」
「げ」
「あ」
「げって何よ」
 一人で登校しているシーアに、ジゼルは納得したような顔をした。リアムはなんだかばつが悪くて目を逸らした。
「あんた、喧嘩でもしたんすか」
「うるさいわね」
「だから心配して待ってたんだ!」
 ジゼルがリアムを指さしてそう言った。全力で揶揄っている。
「うるせーよ! そんなんじゃねえって」
「ほんとすか? どう考えたってそんなんでしょ」
「ちげーって、ああもう!」
 てんやわんやだった。シーアもぱちくりと目を丸くしている。リアムは時計を見るふりをした。
「急ぐぞ、授業が始まるから!」
「誤魔化しっすかあ!?」
「うるせえってお前なあ!」
 やいのやいの。騒がしく道を走り出した二人に釣られてシーアも慌てて走り出した。
 いつも二人の通学が、一人じゃなくて少しだけ安心していた。

   *

 最後の授業はイズミ先生の剣術だった。タイミングの悪いことに、二人一組でそれぞれ戦ってみる、という内容だった。
 更に、シーアとサーヤはペアだった。間が悪い。気まずいったらありゃしないしない。たどたどしく礼をして、武器を構える。相手の生徒もそれぞれ武器を構え、先生の合図で訓練が始まった。

 シーアが双剣で突っ込んでいく。突っ込まれた生徒はそれを避けて槍でシーアを吹き飛ばした。
 それに追い討ちをかけようとしたもう片方の生徒の双剣をサーヤが盾で受け止めた。
 その影からシーアが飛び出て迎撃し、一人落とし、二人落とした。
 笛の音が鳴る。礼をして、二人目を合わせ、拳を合わせて、気付く。
 そうだ、今、喧嘩してたんだった!
 慌てて目を逸らしたシーアを見てサーヤなんだかおかしくなって笑ってしまった。
 それを見てシーアはしばらく拗ねたような顔を作ったが、それもなんだかおかしくて、そのうち二人で笑い始めた。なんだか全部がおかしかった。
 リアムとマシューは、それを見て少し安心したように顔を見合せた。世話のやける奴らだな、とリアムが言ったのに、どの口が、とジゼルが突っ込んで、こっちも騒がしくなる。
 最後に、仲が良いのは良いことだけど、授業はちゃんと受けてね、とイズミ先生に名指しで注意をされて、少し恥ずかしい思いをしながら、その日の授業は終わっていった。

   *

「サーヤ」
 放課後。シーアはサーヤに声を掛けた。
「ごめんなさい、私、反省したわ。信頼してない訳じゃないつもりだったの、本当よ」
 困ったようにシーアは目線をうろつかせる。
「いいよ、シーア」
 そんなつもりじゃなかったことなんて、とっくに知っていた。分かっていて、拗ねたかったから、拗ねた。シーアは頷いて、言葉を続けた。
「でも、これからは信頼できるように努めるわ。今のサーヤは今のサーヤだもの」
 サーヤも頷いた。
「帰ろう。今日は私も売店のお手伝いしちゃおうかな」
「良いと思うわ、私、随分慣れたのよ! 教えてあげるから一緒に頑張りましょ」
 そう笑って、扉を開ける。帰路に着く。
 色んなことがあるけれど、その日も、穏やかな日常の延長線で、二人がその事実になんだか少しだけ、安心しているのも事実だった。

   *

「では、風の鍵は封印してきたのですね?」
 ジゼルが校内をふらついていると、そんな声が聞こえた。彼はその身に染み着いた気配を隠す術をフル活用して、その会話を聞くことにした。
「はい。地上にとっても、ここ、雲上にとっても、その方が良いかと思いまして」
 会話の相手はナユタだった。地上。地上って言ったか、今。じ、と息を殺して会話に集中する。
「ジゼル?」
「うわっ」
 声を掛けてきたのはイズミ先生だった。何してるの、と怪しむ視線にべ、と舌をだす。
「なんもしてないすよ、ほんとほんと」
「……まあ、信じるけれど」
 この先生もなんだかんだお人好しだな。そんなことを思いながら、そそくさとその場を去った。
 地上。やっぱりこの雲の下には、大きななにかが隠れている!
 リアムたちにも教えてやろう。そんなことを考えながら、上機嫌でジゼルも帰路に着いた。

 その傍ら、イズミ先生と、音に気付いて出てきたヴェルタ先生は困った顔をしていた。
「隠し通すのは難しいかもしれないね」
「そうですね……」
 ナユタは、なにか、とんでもないことが起きる前のような風向きを感じて不安になった。
 刻一刻と嵐は近付いている。
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ふたつの翼、ひとつの空
6話 5451文字

「それでは、ホームルームを始めるよ~」
 今日も今日とて、学校が始まる。イズミ先生が教卓に出席簿を置いた。かたん、音が鳴る。
「今日は……、ていうか、今日も、かな。転入生を紹介します」
 ざわめきが広がる。イズミ先生は、おいで~、と教室の外に声を掛けた。がらり。入ってきた中世的な見た目のその人は、どこか古びた布地の服をまとった、いかにも旅人といった風貌をしていた。
「先日、王都セレスティアの入り口近くで倒れていたところを僕たちが保護しました。ええと、簡単に言うと、記憶がないんだってさ。まだ子供だし、というヴェルタ先生の意向で、騎士学校が保護することになったの」
 よろしくね、とイズミ先生は生徒たちにウィンクを飛ばした。転入生は、一つ丁寧に頭を下げた。
「ナユタです。記憶がないのは確かだけど、名前がないのも不便なので、ひとまず、そう呼んでもらえると嬉しいです。よろしく」
 どこかぎこちない発音で挨拶した彼を空いている席に座らせ、先生は補足した。
「急なことで彼は制服が用意できてないんだ、ジゼル。君はもう少しちゃんと制服を着ること」
 へいへい、と聞き流したジゼルにため息をついて、そのままホームルームは続く。
 いつも通り、時間ぴったりでそれは終わった。ちら、とナユタの方を盗み見る。ナユタは背筋を伸ばしてまっすぐ前を向いていた。どこの島から来たんだろう。なんで倒れていたんだろう。生徒たちの好奇心は尽きることなく、浮ついた空気のまま授業は始まった。

   *

「さて、ちゃんと時間通り集まったね、よしよし。ここ数週間で散々基礎はやったから、そろそろ飽きてくる頃だろうし……。今日は実際に、それぞれの武器との適性を見ていこうと思います!」
 わあっ、と声が上がる。シーアも楽しみにしていた授業だったので、不安そうなサーヤの隣でシーアは大はしゃぎだった。
「ふふ。いいかい、これは人を殺せる武器だからね。真面目に授業を受け、人を守るために使うこと。覚えておいて」
 生徒たちの様子を満足気に眺めてから、イズミ先生は釘を刺すことも忘れない。はーい、とみんな揃って返事をすれば、先生は手元に武器を模したおもちゃを出現させた。
「おもちゃだからといって人を傷つけないわけではないから、今日は一人ずつ先生と戦ってもらいます。剣道場にいるからわかってると思うけど、陸の上での戦いをイメージしてね」
 空中戦はティア先生の許可が出てからね。そんな先生の言葉に、心なしかリアムが胸を撫で下ろした気がした。
「でも先生、先生も危ねえんじゃねえの? 先生がそんな強そうには見えないし……」
 一人の生徒がそう発言した。イズミ先生はそれを笑い飛ばして、
「あまり先生を舐めない方がいいよ〜。じゃあ君からやってみる?」
 そうして、模擬戦が開始された。

   *

 ダン。硬い音がして生徒が投げ飛ばされた。次いで、はい終わり、とイズミ先生の声。
「君は双剣が合ってるかもしれないね〜」
 呑気な先生は沢山の生徒を相手しているにも関わらず息ひとつ上げておらず、床に手を付きぜえぜえと息をする生徒たちは彼の実力を思い知らされるばかりだった。
 なんとか礼をして終わった列に戻る。ジゼルは空賊時代と変わらず槍、シーアは生き生きと楽しそうに戦って双剣、サーヤは苦戦を強いられ盾と剣、時々弓もやってみようか、と先生は言った。少し不安だったリアムは平然とそれを乗り越え剣。マシューは危ないところはありつつも盾と槍。
 お揃いだな、とジゼルがからかうように言ったのを、マシューは少し嫌そうな顔をして流した。正直なものだ。
「じゃあ最後にナユタ……って言いたいところだけど、君、戦える?」
「ええと……」
 クラスメイトの視線が一斉にナユタに集まる。ナユタは少し何事かを考えるように間を開けて、
「多分、剣であれば、それなりに」
 と答えた。

 ナユタの戦い方は言葉通りそれなりだった。先生ほどではないが生徒たちよりもはるかに上の実力を持っている。覚えてないのにすごいね、と声を掛けたクラスメイトには、体が覚えてるみたいなんだよ、と返答していた。
「あいつ、やるわね」
 シーアも悔しげだ。その隣でサーヤは、自分のことなんかよりもシーアが怪我をするんじゃないかと心配していたので、杞憂に終わって安心していた。
「うんうん、これで全員武器が選べたかな。」
 次は戦術の授業だから、早めに着替えて移動するように。そうやって授業を締め括ったイズミ先生は、さっさと出した武器たちの片付けを始めた。
 なんとなく気になってナユタの方を見れば、ふらりとその場を抜け出しているところだった。
「……ぼく、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「あら、行ってらっしゃい」
 来たばかりなら、教室のことも分からないだろう。そうやってナユタを案じたサーヤは、その後を追っていくことにした。

   *

「ナユタ……さん!」
 サーヤが声を掛ければ、あっさりとその彼は振り返り小さく首を傾げた。
「君は……」
「あ、えっと、ぼく、サーヤっていうんだ。」
 教室の場所が分からないんじゃないかと思って、と言えば、ああ、とナユタは頷いた。
「それでわざわざ追ってきてくれたのかい? ありがとう、大丈夫だよ。君たちの集まっているところに行けばいいんだろう?」
「そ、そうだけど……。不思議な言い方をするんだね、分かるものなの?」
 その言葉に、ナユタは少し戸惑ったようにして、少しなにごとかを悩んでから、言葉を選ぶようにして答えた。
「……風が、教えてくれるんだ。元々そういうのが得意でね。……ええと、みんなは……あんまり、そういう感覚ってないんだっけ。」
 今度はサーヤが戸惑う番だった。しかし、そんな感覚はサーヤには備わっていないし、他の子達からも聞いたことがない。もし彼が本当にそれができるとしたら、とんでもないことのように思えた。
「……すごいね。少なくともぼくにはできないかな」
「そうか……。」
 ナユタはそのまま何かを考え始めてしまったので、サーヤは何を言うか悩んでしまった。
「……それって、ぼくでも、出来るようになる?」
 ナユタはそれに不思議そうな顔をした。
「出来るようになりたいの?」
 サーヤは咄嗟に出た疑問を口にしただけだったので、気に触ったかと少し慌ててしまった。
「ああ、ええと、違くて……。いや、でも、できるようになりたいって言うか、みんなの役に立ちそうで、いいなって」
「……そうかな」
 役に立つ、か。ナユタはそれをもう一度繰り返してから、何かを言いかけて、やめた。その様子に、サーヤは更に慌てて言葉を重ねる。
「ご、ごめん! 好奇心だったんだ。なんか、えっと、もし本当は隠したいことだったらごめんね……」
 その様子を見てか、彼は弁明を始めた。
「……ほら、だって、みんなと違うなら普通じゃないだろ。普通と違うのはヘンだ、って」
 村の子供たちは、と、そこまで言ってから彼は失言に気付いたようだった。
「……いや、……、……すまない、忘れておくれ」
 青ざめてこちらを伺ってくる彼の様子に、なにか事情があるのだろうと汲んだサーヤは、困った顔をしながらも、頷いた。
「……うん、今言ってたことは聞かなかったことにするけど、」
 ひとつ呼吸を置いて、
「もし仮に、それ……が、その子たちにとってはヘン? だとしても、ぼくたちがそう思うかどうかは別の問題だよ」
 それだけ言ってから、教室の場所を軽く説明して、サーヤはその場を去ることにした。
 ナユタの表情はそう変わらなかったが、それでも最後に掛けられた感謝の言葉は嘘じゃなさそうだった。
「なあ、サーヤ」
 去り際。ナユタが声を掛けてくる。
「嵐が来るみたいだ。気を付けてね」
 サーヤは首を傾げた。天気予報では今日は晴れ間が続くはずだったが……。と、窓の外を見て、彼の方を再び見る。ナユタは既にどこかに歩き出していて、こちらを見てはいなかった。
 なんだと言うんだ。不穏な言葉に胸をざわつかせながら、サーヤは授業の準備をすることにした。

   *

 レナード先生の戦術の授業はシンプルだった。空図を見ながら駒を動かし、仮想の敵を倒していく。いずれは実戦形式になるだろう、と初回の授業で先生は言った。
「今日は武器を持ったらしいな」
 出席簿を取り出すがてら、先生は雑談としてそんな話題を出した。
「今日から実戦にしても良かったが……、転入生が居てその実力が分からない以上、急に実戦形式を取るのは褒められたことではないだろう。というわけで、今日はちょっとやり方を変えてみようと思う」
 さて、と、全員の出席を確認してから、先生はいつも通り生徒たちを奥の大きな机に集めた。
「エオル・ナ・ガルディア・イ」
 先生が呪文を唱えれば、そこに空図と駒が出現する。魔法で動くこの駒は、先生の指示により、生徒の戦術を再現してくれるものだ。
「今日はこれを使って、敵に囲まれた時の突破の方法を考える授業だ。簡単なテストだな」
 それでは、と先生は駒を動かす。ひとつの青い駒がいくつかの赤い駒に囲まれた。
「この状況になったら、お前たちはどうする」
 いつもは率先して発言するシーアも、戦術の授業は苦手だった。それはほとんどの生徒が同じで、しんとした室内に唸った声が思ったより大きく響いた。
「囲まれてるから、正面から突破は厳しいと思うのよね」
 シーアがそう言った。先生は頷いて駒を動かす。赤い駒が反応して動いて、あっという間に青い駒を囲んでしまった。
「その通りだ。敵の飛ぶ速度がわからない以上、得策とは言えないな」
 それを皮切りに、他の生徒たちも次々と答えていく。リアムは囮を使うと言って、先生が駒を動かしてみせた。悪くはないが、囮になった駒はどうなる。それも助ける。どうやって。リアムは黙り込んだ。
 しんとした室内で、先生の視線がゆっくりと動く。
「サーヤ」
 名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
「え、ええと……」
 サーヤは、自身の作戦にいまいち自信がなかった。先生に促されて、仕方なくそれを発表する。
「周りの様子を観察して、できる限り逃げます。追いかけてきたところで、風の流れが複雑な場所に引き込んで、動きを鈍らせる……かな」
 風の強い場所や風向きが複雑な場所に誘い込む。ウィンドグライダーで飛ぶ敵にとって、風の流れが読めない場所は動きにくい。
 先生は目を細めて駒を動かした。青い駒が逃げるふりをして、一方向にだけ穴を開ける。敵は追いかけてくる。でも、その先は風の乱れが強い場所で、敵の動きが鈍くなる。そこで一気に振り返って反撃する。
「これをやるなら、地理に詳しい必要があるな」
「そ、そうですよね……」
「だが、悪くはない。知識は常に武器だ。このように、実技だけではなく座学も真面目に受けた方がいい。」
 サーヤがほっと胸を撫で下ろした。シーアが背中をポンポンと叩いて、親指を立てる。サーヤはなんだか誇らしくなって、同じように親指を立ててみせた。
 そこで、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「今日の授業はここまでだ。次は先輩方と実技も合わせて授業をするから、各自、基礎のおさらいをしておくように」
 はーい、と元気の良い返事。そうして、戦術の授業が終わった。

   *

 放課後。シーアは売店のお仕事を手伝って来るからとバタバタと出ていった。一緒に行きたい、と言えば、疲れてるでしょ、と断られた。シーアは最近ずっとこの調子で、サーヤはなんだか寂しかった。
 シーアの中では、サーヤは身体が弱かった子供の頃のままなのだろう。理解はしているが、もうそう心配される程ではなくなった。
 よし、と立ち上がる。こうなったら直談判だ。売店のおばちゃんなら分かってくれる!
 そう決めて、売店まで行く道中のことだった。
「だから、いい加減にしなさいって言ってるでしょ!」
 寮の外からそんな大きな声が聞こえた。聞き覚えがあった。マシューのお母さんだ。
 サーヤは慌てて寮の扉を開けた。案の定、マシューとリアムがそこに立っていた。彼のお母さんはサーヤに背を向けていたが、リアムとマシューの視線に気づいたのか振り返る。
「あなた……」
「あっ、えっと……、こんにちは」
 挨拶をする。マシューのお母さんは何事かを思いついたような顔をして、挨拶も返さずマシューに向き直った。
「マシュー、あなた、もしかしてこの子たちがいるから騎士学校に入ったんじゃないの? やめときなさい、そんなのは。子供の勘違いよ、やっぱりあなたはゼフィルアート学院に入るべきだわ!」
 その方が、あなたもきっと幸せよ。サーヤは何を言っているのかよくわからなくて、マシューたちの方を見た。リアムがぽそっと、あーあ、と呟いた。
「違うよ、母さん」
「何が違うっていうの」
 マシューが彼女に向き直る。怒っている、とサーヤでも分かった。
「僕がセレスティア騎士学院に入ったのは、ウィンドグライダーが好きだからだ。彼らに触れ合うためにこの学院に入った。これは何度も説明したと思うよ」
 至って冷静で、静かな口調だった。
「母さんは、僕が選んだことが気に入らない? 気に入らないから、僕には選ばせてくれないの?」
 その声色に、悲しみが滲んだ。
「僕が好きなものは認めてもらえないかな。このままじゃ、僕も、母さんたちの好きなものが認められなくなっちゃうよ。ねえ、母さん、僕はここにいたいんだ」
 マシューはそのまま頭を下げた。
「帰ってください。学院に必要な経費を払ってくれてるのも、ちゃんと僕のことを好きで育ててくれてたのも知ってる。必要なら経費は返すから、僕をここに居させて欲しいんだ」
 マシューのお母さんははくはくを口を開けたり閉じたりして、何かを言おうとしていた。それでも、全くもって言葉が見つからなくて、口を閉ざして、開いて、……。
「……帰ったら?」
 リアムが言う。マシューのお母さんはかっとなって、しかし、すぐにしおらしくなった。
「あなたも、私が悪いって言うの?」
 困ったような声色で、ぽつり。小さい声で漏れた言葉は、サーヤにしか聞き取れなかった。
 首を横に振って、ため息。そうして、彼女は帰って行った。
「マシューくん……」
 サーヤは、彼女の言葉をどう伝えるかで悩んで、とりあえず声を掛けた。マシューは、困ったように笑った。
「サーヤさん。気にしないで」
 いつものことだ。そう言って、寮の中に入っていく。リアムも、じゃあな、とあっさり部屋に戻って行った。
 サーヤは結局それを伝え損ねて、彼の母親が帰って行った方向をしばらく眺めていた。
 ナユタの言葉を思い出す。嵐だった。どうしようも無かった。どうしようも無かったが、なにか、とんでもなく大きななにかを見落としている気がした。

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