No.439, No.438, No.437, No.436, No.435, No.434, No.4337件]

〇自分が楽しむための物語の種を作ってみよう!

①キャラクターに喋らせながらキャラクターを作ってみよう!

・はじめに
 キャラクターを作り、掘り下げるということは、時に自分を掘り下げることです。
 キャラクターを動かすのに必要なのは納得感です。自分のキャラクターの気持ちや思想に納得感や理解が無いと、どう動かしていいか分からなくなります。
 逆に言えば、どれだけ自分とかけ離れた思想をしていても、どれだけ自分が抱えないようにしているような嫌な気持ちを気持ちを抱えても、納得さえしてしまえば、理解さえしてしまえば書けるということです。
 そのため、キャラクターを自分に寄せたり、自分がキャラクターに寄り添ったりする必要があります。そういう時、キャラクターは自分の傷や欲求を映し出しますが、キャラクターと自分は違う生き物だと信じ、恥を捨てましょう。
 すぐに出来なくても構いません。長いことキャラクターと関わっていればキャラクターに愛着が湧き、慣れます。多分。それを待ちましょう。

・やりたいことを決める
 ざっくりで大丈夫です! 関係性であれば少女漫画の男女みたいな雰囲気、少年漫画のライバルみたいな雰囲気、勇者パーティご一行、幼馴染、などの、雰囲気と大体の世界観があるとイメージがはっきりしていて良いと思います。
 その方面でやりたいことがない場合は、最近見た好きな世界観(ファンタジー、SF、などのざっくりしたもの)や、職業などをイメージしてください。全ては目安なので、無かったことにしても良いものとします。
 私はファンタジーの勇者パーティご一行が作りたいのでそれを作ります。

・口調を定めて喋らせてみる
 口調を定めましょう。キャラクターのことを知るには喋らせてみるのが一番です。そこから読み取れるものからキャラクターにしていきましょう。ちなみに、私は基本的に自己紹介から始めています。
 思い浮かばない場合は、好きな人(有名人でも、キャラクターでも構いません)の口調で、その人と被らないよう、名前、所属、好きなこと、もの、嫌いなこと、ものを喋らせてみてください。特に、好きなこと、嫌いなことが定まっていると良いかもしれません。

「は、初めまして、私は(名前)です……! (勇者の名前)様のパーティで、ヒーラーを務めさせていただいております! よ、よろしくお願いします……!」

 例えば上記の言葉を話す女の子であれば、少し弱気で、勇者のことを慕っているんだな、という情報が読み取れます。少し吃っているので、自分に自信がない子だ、ということがここで決まりますね。

「俺は(名前)。(勇者の名前)んとこのパーティで魔道士やってるよ〜。お嬢ちゃん可愛いねえ、今から俺とデートしない? だめ? ケチ〜」

 上記は軽薄な男の例ですね。自分の見目に自信があり、勇者とは友達関係なのでしょう。あるいは、腐れ縁などの可能性もありますね。

・口調が固まったら
 個人的に、物語の種を作る鍵はギャップです。弱気な人の隣には強気な人を置くのが簡単ですが、例えどれだけ似た者同士でも違うところがあるから物語が生まれます。

 もし「〇〇な子の裏に、実は〇〇な一面がある」がすぐ浮かぶなら、それでOKです。多分あなたの中に、好きな作品から吸収した「ギャップの在庫」があるので、それを引っ張り出しているだけです。

 パッと浮かばない場合は、以下のどちらかを試してみてください。

(1)表の性格をひとつ決め、対義語を、3〜5個くらい機械的に書き出してみましょう。手っ取り早いのは調べてみることです。その中から好ましい、あるいは思いつきそうなもの、共感できるものを選んでみましょう。
 共感できるものが一番良いと思います。動かしやすいので。

(2) 身近な人や有名人を思い浮かべてみましょう。推しでも大丈夫です。あなたの好きなその人のギャップを思いついたらそれをそのままモデルにしてOKです。エピソードや口調を足していくうちに、自然と原型は消えていきます。

 ギャップの原型が決まったら、それに沿っていよいよ弱音を吐かせてみましょう。

「わ、私、力の制御ができなくて……っ、す、すみません、お役に立てないかもしれません、すみません、私……!」

 弱気な女の子が実は強いとギャップがあって嬉しいですよね。
 例えば、ヒーラーということは味方の回復をする役です。回復が出来るということはその逆もできてしまうこともあるし、過度に回復してしまうこともあるでしょう。それほどまでに魔力が強く、恐れられてきた優しい子、という設定をここで付与できますね。
 じゃあ、ここでこれを解決する方法を模索します。お、ちょうどいいところに魔道士がいますね。
 魔道士ということは、彼は魔法の扱いに長けているということです。もしかしたら助けてやれるかもしれません。

「はいはい、俺、俺! 俺魔道士だからめちゃくちゃ魔法の扱い得意だよ〜」

 もしかしたらここで勇者の補足が入ったかもしれません。例えば、「こいつはこんなだけどちゃんとその道のプロなんだよ」「こんなってなんだよ」みたいな。もしこういうことを思いついたら、物語の種になるので取っておきましょう。いつか勇者を作るのに役立つかもしれません。

 魔道士と一緒に修行することにより、ヒーラーとして強く育った女の子。では、魔道士の弱点も考えましょう。

「だって、仕方ねえじゃん、それが最善だったんだよ。俺、間違ってた? じゃあどうすれば良かった? あの時、ガキの俺一人で何が出来たってんだよ、教えてくれよ……」

 弱音は、必ずしも職業の機能から出さなくても大丈夫です。他のキャラとの関係性から出しても構いません。

 おや? 過去に何かがあったことを悔やんでいるみたいです。詳細を設定しましょう。
 過去、幼馴染の女の子(=ヒーラーちゃん)を助けられなかったことを忘却させられている、とかだとアツいですね。勇者ご一行ということは魔王がいるかもしれませんから、一度ヒーラーちゃんは魔王の手に落ちており、そこからスパイとして派遣されている、でもアツいかもしれません。これも物語の種ですね。
 記憶が抜け落ちているが、パーティの面々のピンチに人一倍敏感で、その分信頼が厚い、とかだと筋が通って良いかもしれません。

 これを解決するのは物語の本筋に関わりそうですね。他のキャラクターも関わらせたいので、これは一度置いておくとして、大分この二人のキャラクターが見えてきたんじゃないでしょうか。

その他キャラクターもその調子で作ってみましょう。まずは自己紹介からキャラクターの性格を掘り下げ、弱音を聞いてバックグラウンドの設定をしてみましょう。

例:

○勇者
「僕は(名前)、今をときめく勇者様だよ。自分で言うかって? 最近(魔道士)にユーモアが足りないって怒られたんだよ。面白くなかった?」
→冗談は言わない、真面目な性格。パーティのことが好きで、メンバーに言われたことはとりあえず取り入れてみるようにしている。
「僕はごくごく普通の人間だよ。力がある訳でも、知識があるわけでもない。でも戦うんだ。いつかの平和な未来のために。……付き合わせてごめんね」
→自分に自信がない。

○戦士
「アタシ、(名前)! (勇者の名前)のとこで戦士やってんだ。よろしくな!」
→豪胆で明るく元気な女性。笑顔が素敵なお姉さんだと嬉しい。
「アタシ、(勇者の名前)みたいに人をまとめたりなんか出来ないし、(魔道士)みたいに知識が豊富な訳でもない。だからといって(ヒーラー)みたいな根性もないんだ。だけど、アタシにはアタシに出来ることがしたい!」
→よく言えば無垢、悪く言えばお馬鹿で、よくわからぬまま流されやすい。だけど自分の芯はしっかり持っていて、それにそぐわないものはしっかり断れる強気な女。

②関係性の掘り下げ
 キャラクターの要素がある程度決まったら、次は関係性を決めましょう。関係性は物語を作る上で重要な鍵です。キャラクターの成長譚はみんな好きですよね。
 関係性を深堀するにしても、また、キャラクターを喋らせてみましょう。今回は、他のキャラクターに何を思っているか、を知るために喋らせます。
 さっき私は四人分キャラクターを作りましたので、四人分喋ってもらいます。

「勇者様は、とても素晴らしいお方で……! 私なんかがそばにいていいのかなっていつも思います、いや、あの人にとっては……パーティにとっては、本当は良くないんでしょうけど、……私は、離れられずにいる」
「(勇者の名前)はな〜、真面目すぎるんだよな。もっと肩の力抜けよ〜って俺は思ってるけど、まあアレは元来の質ってことで、変わんねえもんだろうな〜」
「(勇者の名前)はすげ〜奴だぜ。アタシとも互角に戦えるし、なにより根性がある! 諦めたくない時に諦めないことを選べるやつはすげ〜やつだ。アタシはアイツのこと、尊敬してるぜ」

 上からヒーラー、魔道士、戦士です。ヒーラーは、魔王の手先であるという設定を採用して、それでも離れがたく思っている、という設定をつけました。

「(ヒーラーの名前)は、強くてかっこいい子だよ。自分の中に信念がある。最初はどうなる事やらと思っていたけど……、今は、彼女がどう思っていようと、僕たちは彼女の味方だ。」
「(ヒーラーの名前)……、あいつ見てるとなんかザワザワすんだよな。でもあいつは悪い奴じゃないんだ、根性があって良いと思う。ただ……、変な感じがするんだ、ずっと」
「(ヒーラーの名前)は本当に可愛いんだ! 本当はアタシにい〜っぱい甘えてくれ〜! って思ってるんだけど、なんかそうもいかないらしいんだよな。寂しい時は寂しい、辛い時は辛いって言えばいいのにな」

 こちらは上から勇者、魔道士、戦士です。魔道士はヒーラーとは元々幼馴染であるという設定を採用しました。最も、お互いにその記憶はないでしょうが……。

「(魔道士の名前)は……あれでいて、悪いやつじゃないんだよ、本当に。ああいう振る舞いをすることで余裕を見せ掛けているだけだ。そうしなければならなかったんだ思う。だから僕は見過ごすようにしてるよ」
「(魔道士の名前)さん……、あの人を見てると、なんだか不思議な気持ちになるんです。これがなんなのか、分からないけど……。でも、(魔道士の名前)さんは良い人ですよ。上手く魔法が使えなかった私を、いっぱい助けてくれたので……!」
「(魔道士の名前)? 実はアイツのことちょっと苦手なんだよな、何考えてるか分からなくて。でもいつもアタシたちのために動いてくれてるから、悪いやつじゃないのは知ってる!」

 こちらは勇者、ヒーラー、戦士です。

「(戦士の名前)は、何事にも真っ直ぐでかっこいい人だよ。誰よりも勘が鋭くて、危険を察知するのが早いんだ。自分のことをバカだって言うけど、(ヒーラーの名前)のことはわざと見過ごしてると思うから……、自分で選べる人は、バカでは無いと思う。」
「(戦士の名前)さんは……、私のこと、いっぱい可愛がってくれます。もし私にお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかもしれないなあって、不相応ですけど……。いっぱい心配かけてることは知ってるんです。でも、……」
「(戦士の名前)は俺ちょっと苦手なんだよな。真っ直ぐ突っ込まれると誤魔化すしかねえじゃん。俺ってそういう素直なキャラじゃねえし。……ま、でも信頼はしてるよ。」

 勇者、ヒーラー、魔道士ですね。
 このように、それぞれの関係性が見えてきたら、物語のネタが落ちていないかを探します。
 それぞれのセリフを見比べると、本人は気づいていないことに他のキャラが気づいていたり、逆に、気づいていながらあえて黙っていたりすることがあります(例えば、戦士がヒーラーの異変にわざと気づかないふりをしている、という勇者の指摘のように)。このズレこそが、物語の種になります。

 例えば、魔道士とヒーラーの関係性が顕になるときってどんなだろう? とか、勇者がヒーラーに真実を話させるために外堀を埋めていたら嬉しい、とか。戦士が魔道士の弱い所を突いてちょっと喧嘩になったらどうだろう、とか、戦士が勇者を甘やかす日がたまに訪れていたら可愛い、とか。

 これが物語の種です。もし、物語本編を作りたい! ということであれば、この物語の種を頭の中でも紙の上でもストックしておいて、なんとなく時系列順に並べてから、その間を埋める出来事を考えると良いと思います。その間に、世界観が更に深堀出来るとより良いでしょう。
 例えば、私の考えた世界であれば倒すべき魔王のこと。勇者の世間的な立ち位置や、そもそもどんな国に住んでいるのか、どんな世界が広がっていて、どんなモンスターが存在しているのか、など。
 自分が楽しむための創作として見るのであれば必ずしも必要ではないですが、本編を作るのであれば、加われば加わるほど物語に深みが出るので、時間のある時に考えてみましょう。

 以上が、物語の種を作るための個人的な工程です。自分なりに流用できないかと思って書いてみましたが、いかがでしょうか。この文章が、なにかの参考になれば嬉しいです。
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,文章

#TrendSync 二話
7864文字

「昔、それこそ小学校までダンス習ってて。その頃、俺も、トレンドシンカーを目指してたんだ」
 翼や桃音と出会う前の朱希の夢は、トレンドシンカーだった。色々あって、諦めてしまったそれを、憧れという感情を、翼のステージを見て、思い出した。
「俺、翼に、『好きなもんは好きだ、って、堂々としてた方がかっこいい』って言ったけど、どの口がって話だよな。それが、なんだか恥ずかしくなっちゃって」
 そんな自分の言葉を、空気が重くならないよう軽く笑い飛ばしてから、朱希は言った。
「俺ももっかいトレンドシンカーを目指したい。歌って踊って、みんなに元気を与えるトレンドシンカーが好きだから!」
 そこまで言って翼と桃音の反応を伺うと、多少なりとも驚いている様子だった。そんな二人を見て、朱希は急に急になんだか恥ずかしくなった。何かを訂正しようと開けた口が音を発する前に、翼がふ、と笑った。
「いいんじゃない?」
「……!」
「堂々としなよ。好きなものは好きだって堂々としてた方がかっこいい、んでしょ」
 自分が発した言葉が返ってくる。ああ、そうだ。確かに自分はそう思っている。
「きっとなれるよ。朱希って普通にかっこいいし、なんでも器用にこなしちゃうんだもん、これは強力なライバルが増えちゃったな」
 ね、と、翼は言葉を押した。言葉とは裏腹に心底嬉しそうで、朱希はなんだかむず痒かった。
「す、すごいね……!」
 桃音も隣から声をかけてくる。
「朱希も、トレンドシンカーを目指すんだ……! 私、どっちを応援していいか分からなくなっちゃいそうだよ!」
 そんなことを言う桃音の声は少し上擦っていて、朱希は思わず怪訝な顔になった。なんだか少し様子が変だ、と思った。
「さて、もう夜も遅いし、ひとまず帰ろう! ゆうちゃんも疲れてるだろうし、今日はゆっくり休まなくちゃでしょ?」
 それについて追求しようと口を開けたところで、桃音にそう言われてしまって、朱希は思わず口を閉ざした。先に歩き始めてしまった桃音の表情は見えなくて、それが静かに不安を煽った。

   *
 
 ずっと、朱希の言葉がぐるぐると回っている。もし彼も、彼までトレンドシンカーになってしまったら、私は一人になってしまうのではないかと、嫌な想像ばかりが桃音の頭に浮かんでいた。
 あまりにも長いこと上の空だったせいで、母親にまで心配されてしまった。これでは良くないと、なんとか思考を逸らすため、時間を勉強に費やす。
 翼のことは良いのだ。いつか置いていかれることの覚悟を、決めていたから。でも、朱希は違う。
 なんとなく、ずっと一緒にいてくれると思っていた。
 そうじゃないかもしれないことが怖くて、ペンが止まる。集中出来ないからとベッドに倒れ込むと、なんだかとても眠たくなった。
 ああ、今日ももう寝てしまおう。明日には、いつも通りの朝が来るのだから。
 
   *
 
「おはよう、翼」
「おはよう朱希。ももちゃんは?」
「LINE見てねえの? 風邪だってよ」
 そう言われて慌ててLINEを見ると、数分前に連絡が来ていた。了解、のスタンプをぽんと押して、じゃあ行こうか、と鞄を持ち直した。
 学校に行く道すがら、朱希がううん、と唸る。
「なあ、こないだから桃音、変じゃないか」
「……そう?」
 翼はピンとこなくて首を傾げた。翼の前では隠してるもんな、と、眉をひそめたまま、朱希は続ける。
「……下手に抱え込んでないといいけどな」
 ま、気のせいだって思っとくよ。朱希はそう言って笑って、いつも通り雑談を始めた。
 朱希の様子から冗談を言っている訳では無いのだろうと察した翼は、桃音のことが心配になった。すぐに話すことができないことがもどかしくて、翼は朱希に声をかける。
「ねえ、じゃあ、今日は放課後お見舞いに行こうよ」
「でも翼、今日は手続きあるって言ってたろ」
「あ」
 そうだった。
「……じゃあ、朱希だけで行ってきて。ちゃんと大丈夫だったか教えてね」
「それも問題じゃね? いくら桃音とはいえ俺だけで行くの意味分かんねえだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
 なんで、と言われると答えられなかった。翼は呆れたように肩を竦めてみせた。
「いいじゃん、気になるならボクがお願いしたんだってことにしたらいいよ」
「……分かったよ」
 朱希は渋々、というようにそう頷いた。よろしい、と翼が頷いた頃には学校が見えていた。
 心配なのはお互い一緒だろうに、素直じゃないヤツ。そんなふうに思いながら、校舎へと歩を進めた。
 
   *
 
「とはいえさあ……」
 男女の区別くらいは朱希にもあった。確かに桃音は距離が近いところがあるが、それはそれ、これはこれだ。
 女性の家に恋人でもない男性が一人で入るのってどうなんだよ。そんなことを思いながらチャイムを鳴らす。はい、と桃音の母親のものであろう声がして、扉が開いた。
「お見舞いです。翼は用があって来れなかったんですけど」
「あら、朱希くん。お見舞いありがとう、良ければ上がっていって」
 そう言って、桃音の母親は朱希をリビングに案内した。
「桃音は風邪って言ってたけど……、多分、そうじゃないと思うの」
 紅茶を入れながら、母親は話した。お菓子どれがいい? あ、どれでも大丈夫です。じゃあクッキーにしましょう。そんな雑談も挟みつつ、朱希は口を開いた。
「仮病? って、ことすか? 珍しいですね」
「そうなの。よければ会ってやってくれないかしら」
 そう言いながらクッキーと紅茶をトレーに乗せた。桃音が仮病を使うことは、本当に珍しいので、何かを勘ぐりそうになってしまう。例えば、――――自分に会いたくなかったんじゃないか、とか。
「このまま仮病を続けられても困るもの。一日くらいは休んでも良いけど、勉強についていけなくなったら困るじゃない」
 それもそうだ。もしそうであるのなら、向き合うのは早い方がいいだろう。
「分かりました」
 朱希は頷いてトレーを受け取った。よろしくね、と彼女の母親は微笑んで、朱希を見送った。
 
   *
 
「桃音? 入るぞ」
 声をかけても応答はなかった。代わりにバタバタバタ、と音がしたのでしばらく待つ。
「どうぞ!」
 そうしていると、そのうちに上擦った声が聞こえた。そこでようやく、朱希は扉を開けた。

「仮病だって?」
「……朱希」
 茶化すように笑いながら部屋に入れば、困った顔をした桃音が目に入る。と言うよりは、なにか、思い詰めているような。
「なんか嫌なことでもあったか」
「……」
 桃音は押し黙った。
「俺が……トレンドシンカー目指すって言ったのが、嫌だった?」
「……!」
 びくり、と身体が動く。やっぱりな、と思った。ため息をつくと、怯えたような目が朱希を見上げた。
「ち、違うの」
「何が違うって?」
 再び沈黙。これでは埒が明かない、と朱希は踏み込むことにした。
「なんで嫌なの」
 責めるような物言いになってしまっているな、と自分でも思った。でも嫌だった。翼のことはちゃんと応援するのに、俺のことは応援してくんねえのか、と、拗ねた気持ちがそこにある。
「……置いていかれるみたいで」
 観念したように、ポツリ、と言葉を漏らした。ぽつり、ぽつり、言葉が漏れる。
「ゆうちゃんはいいの。私、いつ置いていかれてもいいって思ってる、覚悟を決めてるの」
「でも、朱希は……一緒に置いて行かれてくれるって思ってた、から」
 朱希は黙って聞いていた。ショックの方が近かった。
「そんなふうに……」
 思っていたのか、ずっと。
 でも、言われてみれば、と考える。
 翼も朱希も男だ。トレンドシンカーになる以上、女性である上に一般人である桃音がそばに居続けるのは、あまり宜しくないだろう。
「わ、私は……トレンドシンカーには、なれないから」
「それは、そんなことないと思うけど」
「なれないよ」
 桃音は首を横に振る。
「……なんで断言できんだよ。まだやったことないだろ」
「……それは」
 そう、だけど。桃音は視線を逸らした。
「桃音もやってみたらいいじゃん、なれないって言葉が出るってことは、ちょっとはなりたいんだろ」
 帰ってきたのは沈黙だった。桃音は下を向いていて表情が見えない。ぐす、と鼻をすする音がした。
「えっ」
「朱希には、分からないよ」
 視線を上げた桃音の頬は涙に濡れていて、やってしまった、と思った。
「……悪い、でも」
「私、完璧じゃないとダメなの」
 ぽつり。その言葉を、朱希は黙って聞くことにした。
「完璧じゃないと怒られちゃうから」
 それは、誰にだろうか。相槌だけを打った。
「トレンドシンカーって、そもそもが不安定じゃない。そりゃなれるものならなりたいよ……!」
 ず、と鼻をすするので、その辺にあったティッシュを渡した。ありがとう、と桃音が受け取る。律儀なやつ、と思った。
「怒られたくない……、見捨てられるのは怖いの」
「……」
 朱希は困りきって何も言えなかった。何も言えないなりに考えて、考えた上で言葉が出てこなかった。
 桃音のことはそれなりに、知っているつもりでいた。知らなかったんだ、知らなかったから傷つけたんだ、というショックが朱希の頭でぐるぐるとしていた。
「……ごめん、俺」
「いいの」
 桃音の言葉はキッパリとしていた。
「私が勝手に怯えてるだけなの、分かってる、分かってるの」
 それでも、と言葉は続く。
「私は誰にも見捨てられたくない……」
 朱希は少し悩んで言葉を探した。何も言えないなりに、何も知らないなりに、桃音を安心させたかった。
「……俺らは」
 少なくとも、俺と翼は、
「完璧じゃないお前も好きだよ」
 別に完璧になりたいなら止めないけど。翼も同じことを言うはずだ、と確信があった。
 桃音の目が少し見開かれて、それから笑みの形を作った。
「変なの。二人ともお人好しだよね」
 でも、ありがとう。涙を拭って朱希に目線を合わせる。
「ごめんね、困らせちゃった」
「別に、いいよ、そんなの」
 そんなことで謝らないでくれ、までは言えなかった。分かっている、というように頷いた桃音は多分、分かってはいないのだろう。
「そろそろ帰った方がいいんじゃない? 色々忙しいだろうし」
「……そうだな」
 朱希は桃音が心配だったが、それ以上何かを言えるとも思えなかった。
「なあ」
「うん?」
 桃音が首を傾げる。朱希は少し躊躇ってから、それでも言葉にした。
「いつでも相談しろよ」
 なんでもいいから。見捨てるつもりはないぞ、という意思表示のつもりで言ってから、朱希は言葉を待たずに部屋を出た。
「……なんなの?」
 桃音は、びっくりして言葉が出ないうちに部屋を出ていかれてしまって、思わずそんな言葉が漏れた。
 でも、少しだけ気が楽になったのは確かだった。明日はちゃんと学校に行くから、安心してね。と朱希に連絡を送れば、OKのスタンプだけが返ってきた。
 
   *
 
 次の日、桃音は宣言通り学校に登校した。
「おはようももちゃん。体調は大丈夫?」
「あ……、うん、平気! 心配かけてごめんね」
「いいって、そんなことで謝らないでよ」
 なんだか気まずくて、朱希に視線を合わせることは出来なかった。それを翼に悟られないよう話題を作る。
「そういえば、ゆうちゃん、今日レゾナンスマイク受け取るんでしょ!?」
「うん! ちょうど昨日必要な手続きはだいたい終わったからね。今日受け取って、希望者はお披露目のライブが出来るんだって」
 もちろん、ボクも希望者の一人! と、翼は心から嬉しそうに笑った。桃音はその笑顔を見てなんだか心苦しくなった。
「……」
「下手くそな、お前」
 後ろから朱希が声をかけてくる。じと、とした視線が桃音に刺さって、翼も眉をひそめた。
「ももちゃん、やっぱりまだ体調が……」
「ご、ごめん! そうじゃないの、そうじゃなくて」
 何かを言おうとして、悩んで、は、と気付く。
「が、学校が始まっちゃうから! また後で話させて!」
 そう言って桃音は翼と朱希を置いて走り出した。翼は、朱希をじと、と睨んだ。
「やっぱなんかあったでしょ」
「いやあ、そりゃねえ……」
 桃音はお前には隠したがると思ったんだよな、と言えば、翼は少し傷ついたような顔をした。
「……そっか」
「そうなんだよ。あいつお前のこと大好きだからなあ」
 ボクからすれば。そうして本音を話されていたり、頼られていたりする朱希の方が余程、羨ましいけど、と思って、言わなかった。
 不安を抱えながらも、学校は始まる。大人しく授業を付けることにした。
 
   *
 
 授業が終わり、放課後。鞄を引っ掴んで朱希と二人、桃音のクラスへと迎えば、困った顔をした桃音が帰り支度をしていた。
「……ももちゃん」
「ゆうちゃん……」
 桃音が鞄を持つ。視線が合わない。何かを言おうとしているのに、何も言えないような。翼は少し悩んで、自分から切り出してみることにした。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ」
「えっ」
 あ、目が合った。桃音は、どうしていいか分からないような顔をしている。
「その変わり、言いたくなったら教えてね。ボク、ももちゃんの話なら聞きたいから」
 桃音は、少し迷ってから、口を開いた。
「……あのね!」
 口を開けて、閉じる。しばらく迷って、小さく言葉を落とした。
「私、ゆうちゃんにも朱希にも置いていかれたくないって思ってる……!」
 翼の目が見開かれる。桃音は言葉に詰まりながらも、少しずつ、しっかりと話した。
「置いていかれたくないよ、捨てられるのは怖いことだもん……、でも、でも、私、何も出来ないから……!」
 翼は、そんなことないでしょ、と言おうとして、やめた。ひとまず黙って聞くことが先決な気がした。
「わ、私、デザインだって、そんなに上手くないし、……歌もダンスも、完璧には、出来ないから」
 言葉が止まる。しばらくの沈黙の後、翼が口を開いた。
「……だから、置いていかれるって、思ってる?」
「……うん」
 そうか、そんなふうに思っていたんだ。翼は確かなショックを頭に抱えながら、少しずつ言葉を続ける。
「……ももちゃん。ステージの上で、歌もダンスも完璧じゃなきゃダメだと思ってるの?」
「……うん」
 翼は桃音の手を取った。桃音の肩がびくりと震えたのに苦笑して、翼は続ける。
「でも、ももちゃんはボクに、もしなにか失敗したとしても、楽しいステージだったらいいんだって教えてくれたよね」
「それは……、ゆうちゃんのステージだから」
「同じだよ、ももちゃん」
 桃音の視線が上がる。目線が合う。翼は微笑んだ。
「ももちゃんのステージも、みんなが楽しければいいんだよ」
 桃音が戸惑ったように視線を逸らした。翼は桃音の手を離して、よし、と気合いを入れるように頬を叩いた。
「ももちゃん、朱希、今日のステージ、ちゃんと見てくれるよね?」
「おう」
「えっ、あ、……うん」
 頷く。翼は桃音を真っ直ぐ見て、にい、と笑った。
「ちゃんと見ててね、ももちゃん。ももちゃんは絶対大丈夫なんだって、ボクが証明するから」
 突拍子も無い言葉に、桃音はきょとんとしていたが、翼はその答えも聞かずに歩き出した。
 朱希に促されて、桃音も歩き出す。翼の言葉の真意は、はかれなかった。
 
   *
 
 ステージの裏。翼は、受け取ったばかりのレゾナンスマイクを握り締めて、一度、深呼吸した。
 今日の衣装も、桃音のデザインしてくれたもの。オーディションの時とは違ってピンクを全面に出し、差し色に青を入れた、ヒラヒラのかわいい服。ふう、と息を整えてから、レゾナンスマイクを起動した。
「レゾナンスマイク!」
 桃音が言ったのだ、「可愛い服は心の鎧だ」と。
「スタイルコードセット!」
 だから、自分を信じて欲しいのだ。自分のことを、自分の思う可愛いものを、心の鎧を!
「――――心ときめくステージを目指して!」
 ももちゃんの何かを変えられますように。
「オン・ステージ!」
 
   *
 
 曲が流れ出す。この曲は、オーディションの時と変わらない。手拍子を取りながら、光の中に躍り出る。
 サイリウムの光、観客の期待に満ちた瞳、そのすべてがキラキラしていて眩しかった。その中に、――――桃音を見つけた。
 
   *
 
「ゆうちゃん……」
 桃音はなんだかとても不安だった。自分の考えた衣装を着て、翼がステージに立つ。あれだけ豪語しておいて、実感が追い付くと不安が勝った。
 覚悟は決めたはずなのに。
「大丈夫だよ」
 祈るような気持ちでステージを眺めていれば、朱希が隣であっさりと言った。なにがよ、と返せば、朱希は桃音を真っ直ぐ見て答えた。
「俺は翼を信じてるからさ」
 そう言われてしまえば、桃音もそうするしかない。それでも不安は拭えずに、翼のステージが始まった。
 光の中に現れた翼の、楽しそうな表情ときたら! 何回見たってなぜだか羨ましくて、まともに直視できなくなりそうで、その反面、とても綺麗だと思うのだ。桃音は、自分のこういうところが好きではなかった。そんなことを考えていたら、翼がこちらを見たような気がして、桃音は息を飲んだ。
 ふわり。まさしく天使みたいに微笑んだ翼は、そのまま何事も無かったかのように歌い出す。
 ひらりと衣装が揺れる。大きなリボンがふわりふわりと弛んで、誰よりも可愛いという言葉が似合う幼馴染に、この衣装をあてがったのは間違いじゃなかった、と桃音は少し安心した。
「あの衣装かわいいー!」
「リボン大きいのいいねえ」
 ふと、そんな言葉が聞こえた。それでも自分がすごいとは思わなかった。
 着こなしている翼がすごいのだ。誰よりも可愛くて、誰よりもかっこいい、私の幼馴染。
 伸ばした指が、ひらめくフリルが、弾んだ声が、桃音を魅了する。ああ、これは私が好きなステージだ。――――私は、ゆうちゃんのステージが、好きだ。
 翼が手拍子を誘導する。ぱち、ぱち、観客がリズムに乗って、星のノーツが現れる。
 気付けば夢中になってそれを叩いていた。翼の、レゾナンスマイクを手に入れた初ステージだ。楽しまなければ、翼に失礼だ。
 ステラ・ノーツが発動する間際――――
 翼と目が合った気がした。

 ステラ・ノーツが発動した瞬間、光の中に滲み出すように――――溢れたのは、たくさんの衣装。あれは、桃音がデザインしたものたちだ。翼は、たくさんの衣装の中から、ひとつの衣装を手に取った。それは、今着ているのとは違う、――――初めて、桃音がデザインしたもの。

 なんで。
 なんでそんなもの、

 美しい光の中で、翼はその衣装を抱きしめて――――
 
   *
 
 翼のステージは圧倒的だった。翼は、誰よりもステージを楽しみ、誰よりも美しい光を放って、ステージをおりた。
 桃音は、しばらく呆然として動けなかった。それを分かっているのかいないのか、朱希も何も言わなかった。
 完璧でなければダメだと思っていた。でも、幼馴染である彼らは、きっと、桃音が完璧じゃなくても許してくれていた。今までも、ずっと。
 簡単なことだ。簡単なことだったから、すっかり忘れていた。いいのだ、完璧じゃなくても。

「私も、トレンドシンカーになれるかなあ……」
 ぽつり、と漏れた言葉。本心だった。あの光に焦がれている。あの光の中心に、立ってみたかった。
 朱希は、仕方ないなと言うように笑った。
「桃音次第だろ、それは」
 
   *
 
 その後、結局翼とは会えなかった。感想は上手く言葉にならなかったから、それで良かったかもしれない。
 帰ってきてからしばらく悩んで、ようやく桃音は決意した。LINEを開いて、翼と朱希のグループラインをタップする。
「私もトレンドシンカーになりたい。練習、付き合ってくれない?」
 すぐに既読が着いた。OK、のスタンプが二人から送られてくる。翼からは、嬉しい、のスタンプも送られてきた。
 ――――お母さんに、なんて説明したらいいかな。
 母は桃音に完璧を求める。トレンドシンカーという職は、そう簡単に認められるものではないだろう。
 しばらくは何も言わなくてもいいか。
 天井を見上げ、桃音はそう思った。そのまま目を閉じた。心は比較的穏やかだった。
畳む

文章,TrendSync!

#TrendSync 一話
7136文字

 ――――お姉ちゃん。
 幼い声がした。今よりはるかに低い視点、姉と手をつないで帰る途中。翼は姉に声を掛けた。
 ――――なあに、翼。
 翼の声に応えるように微笑みを返し振り返る姉の顔はぼやけている。よく見えない、よく思い出せないけれど、姉のことだから、きっと笑顔だった。
 ――――いつか一緒に、あのステージに立とうね。
 TrendSync Perform。歌とダンスとファッションを組み合わせた、この世界における最も重要な未来を紡ぐ手段であり、競技のこと。姉は、その世界でも頂点である『トップシンカー』を目指していた。小さな間の後、姉は息を大きく吸った。
 ――――もちろん!
 嬉しそうな声だったと、思う。もう思い出せない。ああ、これは過去の夢だ、だって、姉は、今――――……

「……ばさ、翼! 起きなさい!」
 は、と目を覚ます。目の前には呆れた顔をした母親が立っている。頭が回らない。なんだか怒っているようだった。ぼんやりした翼を前に、母は、す、と時計を掲げてみせた。時間は遅刻ギリギリを示している。
「えっ、うわあ!」
「もう桃音ちゃんたちには先に行ってもらったからね。アンタも早く支度なさい」
 ご飯はできてるから早く降りてくるのよと母は部屋を出て行った。翼も、慌ててベッドから出て支度をする。顔を洗って歯を磨き、雑に髪を整え制服に着替える。
 先日買ったばかりのかわいいヘアピンを今日こそつけていくか悩んで断念する。顔が幼い方とはいえ、男である自分がこれをつけるという違和感がどうしても拭えなかった。
 ふと、さっきまで見ていた夢を思い出して、そっと姉の部屋の扉を開けた。
 静かだった。部屋に翼が入ってきて尚、視線は窓の外を向いている。
「お姉ちゃん、おはよう」
 声を掛けても反応はなかった。普段だったらもう少し、一方的にでもおしゃべりをしてから行くのだが、今日はそうも言ってられない。行ってきます、とだけ声を掛けて、ご飯を済ませるべく階段を下りた。

   *

「お、遅かったな、寝坊助さん」
 教室に入れば、クラスメイト兼幼馴染の正城朱希が真っ先にこちらに気付いた。よう、と手を振ってくる彼の隣で、同じく幼馴染の結城桃音がぱあっと顔を明るくした。
「おはよう、ゆうちゃん!」
 夕空翼の夕をとってゆうちゃん。その呼び方は幼稚園の頃から変わっておらず、いつも通りの教室内になんだか少し気が解けていくような気がした。
「おはよう。まさか遅刻するなんて思わなかったよ~……」
「なんだか珍しいよね、遅刻するの」
 ちょっと心配したんだよ、と言う桃音の横で、朱希が意地悪気にこう言った。
「とか言って、授業中居眠りしがちじゃん。ちゃんと夜に眠らないと駄目だぜ」
「う……」
 何も言い返せなかった。言葉に詰まった翼を見て、桃音は首を傾げた。
「夜、あんまり眠れてないの?」
「う~ん……」
 眠れている、と言えば嘘になる。最近は、自分がステージに上がるための衣装デザインに苦戦しっぱなしで、夜更かしをしがちだった。そのせいで、授業もおろそかになっている、自覚がある。
「良くないってわかってるんだけどね」
「自分でデザインもやらなきゃなんねえのか。そりゃ大変だな」
 翼の描いたデザイン画を見て朱希が唸る。そのまま、無理、専門外、と言いながら桃音にスライドした。桃音が言う。
「ゆうちゃん、トップシンカーになりたいんだもんね……」
 まじまじとデザインを見ながら桃音も困った顔をした。それから少し悩んで、意を決したようによし、と気合を入れる。
「えっとね、ゆうちゃんさえ良ければなんだけど」
 そう言いながらごそごそとカバンを漁る。カバンから出てきたのは一つの携帯端末だった。
「それは?」
「トレンドフォージ! これで衣装をデザインして、スタイルコード――――ええと、カードに印刷するの」
 こうやって、と、桃音は一つのデータを選択して印刷する。朱希は興味深げにそれを眺めていた。
「へえ、桃音もそういうの持ってたのか」
「ボクでさえ自分のは持ってないのに……」
 えへへ、と照れたように笑った桃音は、印刷したカードで口元を隠してこう言った。
「ゆうちゃんの役に立ちたくて。あのね、ゆうちゃん」
 桃音はそのまま、そのカードを翼に差し出す。翼は、どこからどう見ても女の子のための服が印刷されたそれと、桃音の顔を見比べた。
「私のデザインを着て、オーディションのステージに立ってみてくれないかな!?」
「……え、」
 再びスタイルコードに視線をやる。女の子の服だ。桃音の顔を見る。冗談を言っているようには見えなかった。
「あー、いいんじゃね? 似合うだろ」
 朱希の他人事みたいな声がその後ろから響く。キーンコーンカーンコーン……と、そのタイミングでチャイムが鳴った。いけない、と桃音はスタイルコードを翼に押し付けた。
「考えておいて!」
「え、ちょっ」
 桃音がバタバタと自分の教室に戻って行く。一人取り残されっぱなしの翼は、それを引き留めることも、朱希に助けを求めることも出来ずに、先生が入ってきて、授業が始まった。
 
   *
 
 トレンドシンカーになるには、レゾナンスマイクを手に入れる必要がある。レゾナンスマイクは、オーディションに参加することで手に入れられる、トレンドシンカーの証明だ。翼は、そのオーディションに、二回落ちている。
 桃音の考えた衣装を着て、オーディションのステージに立つ。何度スタイルコードを確認してもそこに描かれているのはかわいいふわふわのスカートと大きなリボンで、翼は小さくため息をついた。
 かわいいものは好きだ。でも、身に纏いたいと思うかと言われたら、分からない。だって、男がこんな服を着るのは、変だ。ううん、と声が漏れる。
「何悩んでんの。授業ちゃんと聞いてたか?」
 スタイルコードを眺めてぼうとしていると、後ろから朱希が声を掛けてきた。開いている椅子をがたがたと引きずって隣に座る。翼は、少し悩んでから言葉を口にした。
「いや、ボクは男なのになあって……。授業は、あとでももちゃんに教えてもらうよ」
「贅沢な奴。んで、服だっけ、でもお前、可愛いの好きだろ」
「好きだけどさ……」
 間髪入れずに入った言葉に尻込みする。朱希は、しばらく黙ってから、改めて口を開いた。
「俺は好きな物を好きだ! って堂々としてた方がかっこいいと思うぜ」
「……わかってるけど」
「それに、今更じゃね?」
 じ、とこちらを見据える朱希はいたって真面目な顔をしていてなんだか居心地が悪い。
「今更?」
「トップシンカーになりたいなんて、笑われても仕方ないだろ」
 それでもなるんだろ、翼は。そう言われてみて、考える。確かに、同じことかもしれない。トレンドシンカーになることは比較的簡単だが、トップシンカーとなると唯一だ。夢物語と笑われてもおかしくないだろう。
「利用できるもん利用したらいいんじゃねえの。俺はその辺、よく分かんねえけど」
「朱希ってこういうの興味ないもんね」
「裏方の方が性にあってんだよな。曲作るだけ~とかさ」
 確かに、それで良いのかもしれない。可愛いものが好きだから、可愛い服を着る。そう言葉にすると、ごく単純な話のように思えた。
「ゆうちゃん、朱希、帰ろ~!」
 がたがた、と扉が開かれ桃音が現れる。おう、と返事をして朱希も荷物をまとめ始めた。桃音が近づいてくる。
「何話してたの?」
「えーと……」
 桃音はちら、とスタイルコードに目をやった。翼は、少し悩んで、思い切って聞いてみることにした。
「ももちゃんは、どうしてボクにこの衣装が似合うと思ったの?」
「えっ、そうだなあ……」
 桃音は少し悩んだ。言葉を選んでいるようだったので、大人しく待つことにした。
「……、ゆうちゃんが、喜んでくれたらいいな、が一番だったの。もちろん、かっこいいのが似合わないと思ってるわけじゃなくて……。ゆうちゃんなら、こっちの方が喜んでくれるかなって」
 違った? と小さく首を傾げて見せる桃音は翼のなりたい女の子の形をしていて、なんだか複雑だった。言葉が足りなかったのを察した桃音が、慌てて言葉を付け足す。
「ゆうちゃんに似合うと思ったからデザインしたんだよ! ゆうちゃんは世界一可愛いもの。私を信じて」
 ね、と念を押す。翼は困ってしまって、スタイルコードに視線をやった。
「……えっと、まずね。嬉しいのは本当なんだ。ももちゃんがボクのためにデザインを持ってきてくれるなんて思ってなかったから……。でも、戸惑いと不安が強くて。だって、これを着て、ボクが失敗したら……」
「翼」
 そんな言葉を、後ろから朱希が止めた。押し黙った翼に、桃音は少し考えてから言葉を発した。
「大丈夫よ、ゆうちゃん。私を信じて。ダメでもいいの、ゆうちゃんが心ときめくかどうかが一番大事なの」
「心ときめく……」
「そう。私、ゆうちゃんのステージが好き! 楽しく歌って踊ってるゆうちゃんが好き。見てると楽しくなって、嬉しくなって、がんばれーって、いっぱい応援したくなるの。ゆうちゃんなら、もしなにか失敗したとしても楽しいステージにできるって、信じてるから」
 桃音はふわりと笑みを浮かべた。花のような笑みだった。
「だから、大丈夫。大丈夫よ、ゆうちゃん。それにほら、可愛い服は心の鎧だもの」
「……ももちゃん」
「俺もそう思うぜ」
 桃音の言葉に、朱希も頷いた。
「一回やってみりゃいいじゃん。今までダメだったのが嘘みたいに楽しいかもしれないぜ」
 かわいい感じの曲を作り直さなきゃな、と朱希は笑った。確かに、と桃音は頷く。翼は、少しだけ自分を――――ひいては、自分を信じてくれている二人を、信じてみることにした。
「……二人とも、ありがとう」
 スタイルコードを掲げて、翼は宣言した。
「ボク、やってみる。最高に可愛いトップシンカーになってみせるよ!」
 朱希と桃音は、目線を合わせて頷いた。ただ、その信頼が嬉しかった。
 
   *
 
 朱希が爆速で曲を作り、なんとか振り付けを完成させた頃にはオーディションが数週間後に迫っていた。
 TrendSync Performのオーディションは一大イベントだ。未来のスターがここから生まれるかもしれない、と、大きなホールで未来のファンたちの視線の元、行われる。
 オーディションでは、一次審査で書類を見、二次審査で課題曲をやり、最後にステージに立つ。観客のときめきがそのまま得点となり、それが1000を越せばレゾナンスマイクを手に入れられる。
 だから、出来うる限り完璧に仕上げなければならない。翼は、小さくて華奢とはいえ男だ。女性らしい立ち振る舞いを習得するのにそこそこの時間がかかった。
 朱希がダンスを見てくれたり、桃音が歌の練習を手伝ってくれたり。
 最大限使えるものを使い、利用出来るものを利用し、そうして目まぐるしく時は過ぎ――――

 ――――気付けば最終審査の当日だった。
「頑張ってね、ゆうちゃん……!」
「ここまで残ったの初めてじゃね? すげえな」
 変わらず応援してくれる桃音と朱希がそんなふうに見送ってくれる。翼は頷いて、親指を立てて二人に突き出した。
「ちゃんと寝たし、体調も万全! それに、ボクには二人がついてる。必ずレゾナンスマイクを手に入れて、トレンドシンカーになってみせるよ!」
 だから、見てて。そう言って笑ってみせれば、笑顔が硬かったのか、桃音は仕方ないなと言うように笑って、翼の頬に指を当て、ぐいと上にあげた。
「でも緊張してる? 大丈夫、ゆうちゃん。今まで頑張ってきたもん、今まで通り、歌って踊るだけ、だよ」
 そのままぐにぐにと顔をもみくちゃにされる。なんだかそれがおかしくて、思わず自然に笑みがこぼれた。
「うんうん、ゆうちゃんは自然体で笑ってるのがいちばんかわいいんだから」
「……緊張するなは無理な話かもしんねえけど、ま、信じろよ。積み上げてきた経験をさ」
「そうそう! あ、これはお守りね」
 そう言いながら、桃音は翼に紙袋を突き出した。
「……これは?」
「ふふん。開けてみて!」
 言われるがまま開けるとそこには羽根のヘアピンがふたつ、収まっていた。よくよく見れば少し縫い目がブレていたりするところがあって、手作りなのだろうと察することができた。
「……これ」
「朱希と一緒に作ったの! 朱希ったら玉留めもできないのよ。めちゃくちゃ苦戦したんだから」
「それは別にいいだろ、高校生男子の裁縫力なんてそんなもんだって」
 二人はそこまで言ってから、オーディション開演の時間が迫っているのに気づいて目を合わせた。
「じゃあ、頑張ってね、ゆうちゃん!」
「見てるからな、ちゃんと」
「あ、……ありがとう!」
 朱希と桃音はその言葉に誇らしげな顔をしてから客席に急ぐ。翼は、安心した心持ちで二人に手を振り、ステージへと向かった。

 ――――お姉ちゃん。
 ボクは、お姉ちゃんの代わりに、トップシンカーになる。
 トップシンカーになって――――お姉ちゃんを、助けるから。

 どこか覚悟を決めた面持ちで、翼は貸し出されたレゾナンスマイクを起動した。

「レゾナンスマイク!」
 手順は何度も動画で見たから知っている。翼にとって長く憧れだった、変身の手順。
「スタイルコードセット!」
 マイクのボタンを押してからカードを読み込ませる。淡く光ったカードがその衣装を投影した。
 息を吸う。吐く。想いはひとつだった。
「――――最高のステージを目指して!」
 二人の気持ちを無駄にしないように。
「オン・ステージ!」
 視線を上げれば、一面にピンクのサイリウムが広がっていた。


   *

 曲が流れ出す。朱希が翼のために作ってくれた曲だ。手拍子が多めの、リズムの取りやすい曲。翼はリズム感あんまないからこの方がいいだろ、と言った朱希の思惑は正しくて、翼でもそれなりに踊れるようになった。
「みんな! 今日は楽しんで行ってねー!」
 わああ、と歓声が上がる。音に合わせて腕を運び、足を運び、歌う。
 観客の顔が見える。楽しんでくれている人、そっぽを向いている人、様々だ。この視線を、全て、自分のものにしなければ、――――トップシンカーになんて、なれない!
 指先まで綺麗に運ぶよう意識しながら、声を出す。歌え、歌え、誰にも負けぬように。
 ああ、それにしたって、ステージがこんなに楽しいものだなんて知らなかった。
 人の前で歌って踊るのがこんなに楽しいなんて知らなかった!
「みんなっ、もっともっと声を出して! もっともっと――――楽しんで!」
 手拍子を誘導する。今なら何でもできる気がした。ぱち、ぱち、ぱち、手拍子が合って行く。観客の前にノーツが現れた。
 光が見える。降り注ぐ星のノーツは観客の元に届き手元で弾ける。リズムを取りやすいよう夢中で誘導した。

 そうしているうちに、
 鮮烈。そんな言葉が似合うような、爆発的な光とともに、――――圧倒的なステラ・ノーツ!

 翼の背後に羽が生えたように思えた。みにくいアヒルの子は、白鳥の真似をして美しく羽ばたいた。
 あと少し頑張れば、光に届く。ぐうっと手を伸ばした翼の、光に届いた手の、先――――
「すごいよ、ゆうちゃん!」
 そこにいたのは小さな生き物だった。マスコット、と言っても差し支えないだろう。
「いいなあ、ゆうちゃんの光は、希望って感じですごいなあ!」
「――――君は?」
 そのマスコットは、その身体をふるりとさせてから答えた。
「ぼくはルミィ、メロディアに住んでいる、おとだまさ!」
 おとだま――――ルミィは、翼の頬にすり、と頬擦りをして、笑った。
「ああ、君ならきっと、いつか壊れてしまった未来も紡げる……」
 ――――そんな言葉を最後に、翼の意識はステージに戻った。
 わああ、と大歓声が響く。得点は――――1340点。1000点を、こえている。
「……嘘」
 信じられない。
「合格……?」
 呆然と呟いてから、はっとした。まだステージの上だ。慌てて観客に向き直り、丁寧に頭を下げた。そのままステージを下りれば、あのステージの光も、大歓声も、まるで夢だったかのように静かだった。
 
   *
 
 その後はすごくあっさりしていた。おめでとうございます、と頭を下げたのはレゾナンスマイクを製造する会社の社員さんで、桃音の作ってくれた衣装に合わせた装飾を頼めば快く快諾してくれた。
 それが届くまで、数週間いただきますね。この度は本当におめでとうございます。と、そんな言葉を貰って外に出れば、朱希と桃音が駆け寄ってきた。
「ゆうちゃん!」
「翼! おっまえ、すげえなあ!」
 朱希がばしばしと背中を叩く。桃音も翼の手を取りぶんぶんと振り回した。
「わ、わ、朱希、痛いし、ももちゃんもちょっと落ち着いて……」
「落ち着いてられないよー!」
 そのまま桃音は翼に抱きついた。翼が固まったのを良いことに、桃音は話し出す。
「ゆうちゃん、本当に可愛かったし、本当に凄かった! 本当にステージに立つの初めてなの!? ってくらい、最強だった。私の見立ては正しかった!」
 ぐう、と抱きしめて、離す。それから桃音は、心から嬉しそうに笑った。
「ゆうちゃんがトレンドシンカーになるお手伝いが出来て嬉しい! おめでとう、ゆうちゃん」
「ももちゃん……」
 翼は、もう、夢なのではないかとばかり思っていたから、桃音の言葉で現実感がようやく追いついてきて、なんだかとても嬉しくなった。
「いや……」
 朱希がぽつりと声を出した。少し悩んで、唸って、それからようやく話し出す。
「改めて、めちゃくちゃ良かったと思う。良かった、から……」
 それからしばらく、沈黙。焦れた桃音が急かしてようやく、朱希は言葉を続けた。
「あー、えっと、……あのさ」
 頬をかいて、朱希は首を傾げてこう言った。
「俺でもトレンドシンカーになれると思う?」
 久々に踊りたくなっちゃって。そう続いた朱希の言葉を何度か反芻する。おれでもとれんどしんかーになれるとおもう?
「え――――っ!?」
 言葉を咀嚼しおわってようやく、翼と桃音は顔を見合せて、それから二人で大きく声を上げた。
 夢への道は始まったばかりだ。
畳む

TrendSync!,文章