#概念創作 >254の話 〇書くに至った経緯 自分の思考に一区切りついたので、旅人さんにも旅を終えてもらおうかと思って……。少なくとも今の私は彼を生み出したときの私じゃないからな、と。スペシャルサンクスはフォロワー。勝手にお借りした様々達。 当時、救われたくて創作をしたんだろうなと今となっては思います。設定を読み返すと当時のことがありありと思い出されるね。 自分のために書いたし、当時のフォロワーに聞いて欲しくて書いたんですが、あまりにもわかりにくい文章になった気がしています。身内ネタすぎる! 参考までに当時の募集文と設定を載せておくので気になったら読んだり読まんかったりしてください。 〇当時の募集文 続きを読む・やりたいこと 自分の概念を元とした自創作が作ってみたい! そこにフォロワーの概念もぶち込みたい。 ・やってほしいこと 自分の概念の見た目と性格を練り私に送り付けて欲しい!別にまんま本人じゃなくても良いです。理想の姿でも推しになりそうな人間でもなんでも。文章だけでも良いです。見た目は無ければ私が勝手に錬成します。 世界観とかは勝手にいじくり散らすのでなんでも許せる方のみ あとはあまり期待せず見守っていただけると幸。 ・注意事項 私の概念を中心とした創作になると思います。 こう、「私が主人公です!!!」というよりは「私視点」みたいなイメージなんですけど、それって何が違うの?って言われたら分からんので黙ります。 あとなんか 適宜確認取ります!!こんな感じのことしたいよ〜を空リプでもDMでも確認取るのでそこら辺は一応安心してもらえれば幸!です! ・世界観 世界に寿命がある世界。 少なくとも橙の自創作の中では遅かれ早かれいずれ終わりゆく世界にみんなたちには生きてもらおうかなと思っています。 世界設定については設定したければ好きに設定していただいて構いません。寿命についてどう思っていても良いです。それらに対抗する手段があっても良いし、無くても良い。マジで好きに決めていただいて良い!です。 畳む 〇旅人の設定 続きを読む終わりゆく世界を観測する観測者であり、旅人。元々は他の世界で神様と言われる存在だったが、誰も彼もを救おうとする性格のせいでなにもかもが上手く回らず世界から追い出され、それからは宛もなくふらふらと色んな世界を旅をし続けている。 様々な生きている者たちの願いを知っている。それら全てを救うことが難しいことを承知した上で救いたいと願っており、そして自分も、救われたいと願っている。要するに割り切るのがめちゃめちゃ下手なひと。神様としての力は既にほとんど無い。多少の魔法(と表現するのがいちばん近い)が使える。ただ、魔法は願いの力である。あまりにも大きな願いは同時に、自分自身の願いを削ることとなる。 旅人の願いは「他者を救い、自身も救われること」。この大きな願いは少しでも削れば道は遠く離れる。 世界中の誰かと、自分も一緒に救われる道を模索して足掻きながら、最低限できることとして観測している。 結局は終わりゆく世界の結末と、そこに生きる誰かたちを観測し、記録する。それになんの意味があろうとなかろうと、きっといつか、誰かの何かにはなれる。そう信じている。 一人称:ぼく、二人称:あなた、(名前)さん 「この花は、ネモフィラっていうんです。……もうぼくには関係の無い世界の花なんですけど、ぼくはこの花が好きなんです。」 「青色?ああ、たまたま好きな花が青いものだったならそれに合わせているだけで……別に、青色が特別好きってわけじゃないですよ。」 「どうしたら、ぼくは正しく楽に生きられたんだろう、って思わなくもない、ですけど。でもぼくが、生きるものたちを踏みにじって、その先にある自分だけの利益を手に笑うような人じゃなくて良かったと、ぼくはぼくをそう思っています。ぼくはしんどいけど、でも、そしたらだれも独りじゃないでしょ?」 旅人が生み出した、少し不格好な世界。旅人以外のそれぞれの子たちはもともと違う場所からやって来ている。それぞれ元いた場所の記憶は無い。 世界が無いと存在することすら出来ない、ただ、消えることが怖い。旅人は臆病な神だ。 願いを削ることは、心を摩耗させることとそう変わらない。それを旅人が自覚するまでに、いくつ世界が滅んだだろう。 旅人という神が居るから世界は生まれ、そして簡単に滅びていく。他者を救いたいと願いながら自分が救われたくて、心のどこかで世界なんて終われば良いと思っているのだ。 その願いを観測することの出来たえらい人たちは、顔も名も知らぬ旅人を今日も探している。 しかし、世界が滅びるという運命は、滅びた方が良いという判断は、神が下したものなのだ。 旅人という神は自分勝手であり、自分に縁のある者としか出会う事は無い。 だから、旅人がそれを自覚することは無く、今日もいつも通り、世界を作り上げ、回していく。 ・願っていること 「他者を救い、自分も救われること」 もっと詳しく言うと、「誰も彼も、生きているものたちが救われる世界」、もしくは「傷つかずにいられる世界」を望んでいる。 それがどれだけつまらないものだと言われようと、ぼくはもう傷つきたくない。結局は全て自分のエゴであり自分のため。 ・理想と現状 理想:誰も傷つかなく、誰も傷つけなければ、ぼくも救われるのに。 現実:当たり前に何かに傷ついた人がいるし、他人を傷つける人もいる。それらは全て、傷つけた人が100%悪いというわけでもなく、そうなった要因が100%悪い訳でもない。だから、旅人は何も出来ない。仕方の無いことだ。 ・現状への割り切り方 「仕方の無いこと」、分かってはいる。旅人はただ綺麗に生きたいだけで、他の命を踏みつけて笑う自分を自分が1番許せないだけで、結局は他人のためではなく自分のためだ。それも分かっている。分かっている上で足掻くことにより、自分の願いと向き合い続けることで、綺麗であり続けたい。 他人から見て綺麗かどうかは分からないが、たとえそれが偽善でも「良い人」でありたいのだ。 畳む 2025.8.8(Fri) 23:31:14 文章
#概念創作 SS 4040文字 続きを読む 彼は、旅人だ。―――旅人、だった。 今まで、たくさんの旅をして、たくさんの人々と出会い、そして、見送ってきた。 この旅に終わりはない。 なぜならこの旅は、旅人の意思ではなく、勝手に流れていくものだからだ。 一つ、また一つ世界が滅んで、神様たちは世界を作る。旅人はそこに流れ着く。 ―――そう、身勝手にも。身勝手に世界を作り、命を与え、旅人たちは、生き続ける。 今回も、変わらぬような、そんな旅だった。 いつか滅ぶと予言されている世界を、観測し、ノートに書き溜める。ノートはとっくに分厚くて、旅人の拡張式の特殊なバッグだっていっぱいになりそうだった。 誰も救えなかった。一つ世界をまたぐ度、何かの記憶が零れ落ちる。 誰も救えなかった。 ―――誰も、救わなかった。 でも、なぜか。穏やかな気持ちだけがそこにあって、静かに揺れていた。 トン。なんだか固い音がして、旅人は地面に降り立った。 流れ着いたのだ。次の旅の目的地に。 しかしなんだか様子がおかしい。見渡してみれば、生き物の姿が全くなかった。 青い空。白い雲は浮かばない。草原。遠くに大きな海が見える。昼間なのに、月もなんだか大きくてきれいだった。 ここはどこだろう。そして、どうして生き物がいないのだろう。 そんなことを考えて少し、気づいた。旅人はこれを知っている。 これは、僕がかつて願ったなにかの、―――夢の、成れの果て。旅の終点、随分と遠かったはずの、世界の中心。 ああ、それにしては、この空間は旅人を知りすぎている。 「まるで、僕自身を象った箱庭みたいだ。」 ぽつりとつぶやいた音はやけに大きく響いて、旅人は居心地悪そうに肩をすくめた。 「へんなの」 改めて周囲を見渡しても、どれだけ声を発しても旅人に帰ってくるような何かはなかった。 それが不思議で、少し不安だった。 ゆっくりと足を踏み出す。見知った感覚で地面に足が付き、あっさり離れる。この世界の重力には慣れるのに困らなくてすみそうだ。 軽く息を吐いて、歩き出す。せっかく海があるのだから、海に行ってみよう。 特段面白いこともなく旅人はその砂浜にたどり着いた。波打ち際には小さな空のガラス瓶が流れ着いている。きれいな海だった。 ガラス瓶を拾う。何気なしに開けてみれば、大きな音で笑い声がガラス瓶から発された。思わず耳を塞いだ。いやな響きだった。 笑い声はそのまま瓶からするりと抜け出して、どこか遠く、手の届かないところまで行ってしまった。 「……なんだよ、もう」 それが聞こえなくなってから悪態を一つついた。思い出す。そう、当時は耳を塞ぐことすらできなかったそれ。 ただ耐えることしかできなかったそれ。 悪態をつくなんてもってのほかだった。ずっと、受け入れることに必死だった。 ああ、聞き流せるようになってしまった。旅人はそう思った。 それは君にとって悪いことだろうか。そうであるにしろ、君は楽だろうに。 いつしかの旅人はこう言っていた。 旅人は、ただ綺麗に生きたいだけで、他の命を踏みつけて笑う自分を自分が1番許せないだけで、結局は他人のためではなく自分のためだ、と。 それも分かっていて、足掻くことにより、自分の願いと向き合い続けることで、綺麗であり続けたい、と。 他人から見て綺麗かどうかは分からないが、たとえそれが偽善でも「良い人」でありたいのだ。 それについて、思考を巡らせているようだった。旅人は何も答えない。 気を取り直して、と旅人は進んでいく。 波打ち際には、いろいろな物が流れ着いているようだった。 子供サイズの靴。どこかで見たことがある。少しおしゃまなかわいい靴。きっとあの子のものだろう、あの子は、自身が無知であると良く知っているようだった。 そのくせ、知らないことを全く知らない、まだまだ成長途中の、ちょっと強気な女の子。 だからこそ、旅人はその純粋さを許容できなかった。それが苦しかった。 覚えている。 ロザリオ。これはあの不思議な―――言ってしまえば少し変な、心の優しい神父のものだろうか。 変な人だった。旅人は海の中でも死ぬことはないと何度言っても、一人でいるよりはと教会に誘うような、穏やかで暖かなひと。それゆえに、たくさん心配をかけたのだろうなと、勝手に思う。思うくらいには、穏やかに日々を送れるようになった。 だから、感謝しているのだ。さみしい夜を放っておかずにいてくれたことに。 不思議な人だった。 覚えている。 ネジ。怪物を名乗る彼のものだろう、世界は滅んだが、彼は、ネジがなくても生きていけるようになっただろうか。 彼は、無くしたネジを、一緒に探してくれる人を。生きる意味になれる誰かを探していたのだろう。旅人は、その性質上、それにはなれなかった。 今、旅人は、悔やんでいるのだろうか。自問する日がある。 自分と他人の存在を、言葉で肯定したいと彼は言っていた。今なら、旅人であればこういうだろう。 存在というものは、みんな等しく欠陥を抱えている。自分が自分であると証明するのには長い時間が必要になる。それでも、生きていていい。生きていて、いいのだ。それを探す旅をしているんだ。ぼくたちは、きっと。 旅を続けるのに理由がないのと同じように、旅を終わらすのにも理由はいらない。それでいいのだ。好きなものを生きる理由にして、好きなものを答えにすればいい。彼が、もっと楽に生きていたらいい。 旅人は、裏切ってしまっただろうと思うのだ。彼の信頼を。申し訳ないとは思う。でも、旅人は神様にはなれなかった。なれない。これからも、ならない。 それでいいと肯定できるようになったのは、きっと、彼のおかげでもある。 覚えている。 大きなカバン。勝手に浮いてしまうのだと言った、彼女の持ち物だ。 彼女は、最期に旅人にこう言った。 「花畑を踏みしめてこぼれた種が、旅人さんの靴に運ばれて、どこか遠い場所で新しい命を芽吹かせることがあるかもしれない」 「そうして咲いた花が、いつか新しい花畑になって、あなたや……別の誰かの心を慰める日が来るかもしれない……って」 「……都合の良いストーリーだって思うかな。でも私は、そんなことを思い描く自分を、どうしてか責める気になれないんだ」 穏やかに笑う彼女を見て、旅人は、「人間の祝福」の意味を知ったのだ。 いいのだ。世界が救えなくても、誰かを、花々を踏みしめて歩くことしかできなくても、美しく生きれなくても、だって、それが人間のかたちだ。 ―――旅人の愛する、人間だ。 そうだ、思い出した。僕は神様だった。落ちこぼれで、出来損ないの。小さな小さな神様。 「ああ、それにしては、この空間は旅人を知りすぎている。」 それはそうだ。だって、この世界も、あの世界も、どれもが僕が救われたくて作り出した白紙の世界だ。美しい人々と、僕の描いた心象風景。 それが良かった。それで良かったんだ。救えないことに痛む心も、誰かを踏みつけて生きている事実も、抱えたまま生きられるようになってしまった。大人になったというのかもしれない。 罪悪感はある。けれど、後悔しようとは思わなかった。楽だからかもしれない。でも、それでいいのだ。 僕がそうであることで、喜ぶ人がいる。安心してくれる人がいて、笑ってくれる人がいる。 僕にはそれでじゅうぶんだった。 僕がこうでなければ、誰かとは話せなかったかもしれないし、誰かがそうでなければ、僕とは関わらなかったかもしれない。 反対に。僕がこうであるから関わらなかった誰かもいるだろう。 それで良い。良かった。だって、そういうものだ。そういうものだ、で、納得できるようになってしまった。 「―――僕も君も、あの日の僕たちではなくなったかもしれないけれど、」 「君にも、僕にも。これからも変わり続ける日々にも、暖かな祝福があればいいなって思うんだ」 「もっとも、そんな高尚なことは出来ないんだけど……」 「……それで、良いんだと、思えるようになった。こうやって祈ることこそが、誰かにとっての救いで、祝福なのかもしれないな、と」 「それが、僕が旅で得た答えだよ。」 誰にでも無く旅人はそう言う。風が吹いている。 覚えている。 ガラスペン。青い炎のランタン。使いかけの絵の具。鏡の破片。 濡れていない傘。忘れ去られた鍵。使われなかった消しゴム。誰かの日記。 後悔も、温もりも、悲しみも、穏やかさも。 寂しさも、喜びも、怒りも、醜ささえすべてを抱きしめて、僕は生きていくことにした。 それが、誰かにとっては悪い決断かもしれない。それで良かった。だって、人は間違う生き物だ。 僕は、旅を経てなお、神様にはなれなかった。 だから、人として。 人として君たちに祝福を贈りたいのだ。 ―――僕と出会ってくれてありがとう。そして、 どうか、君たちの旅に、なにかしら美しいものが在ればいい。 もっともっと素敵で、もっともっと美しい、たくさんの楽しい思い出を詰め込んで、そのまま穏やかに一生を終えてほしい。 そうだ。 また会えたらいい。きっと君のことも、一生分覚えていようとしたとして、いつか忘れてしまうかもしれないけど。 忘れてしまっても、残るものはある。あるんだ。例えば、僕の旅の答えが見つかったみたいに。 旅が、地続きで続いていくみたいに。 僕はそれで満足することにするよ。 君たちの旅に、たくさんの祝福が降り注ぎますように! そして、たくさんの愛が、君たちの周りにあふれていますように。 いつの間にやら草原にたどり着いた旅人の足元からネモフィラの花が広がっていく。 ああ、もうこれ以上の魔法は使えないけど、きっといつか、ここにも生命が生まれるのだ。 穏やかな気持ちだ。なにもかもを、僕一人で救わなくてよかったんだ! 僕は一人じゃなかったんだ。 地面に倒れこむ。旅の疲れか、体力が尽きていた。 でも、きっと旅は終わらない。 この世界は、続いていく。 さようなら、またいつか。 今度は、人間として。もっと君と、怒ったり、泣いたり、笑ったり、悩んだりして、対等に話ができますように! 星がちかちかと瞬いて、まるで返事をしているみたいだった。畳む 補足 >255 2025.8.8(Fri) 23:22:09 文章
#宇宙の箱、しあわせのかけら 本編 21542文字 続きを読む 宇宙の箱、しあわせのかけら 遠い遠い、宇宙の果て。 ぽつりと、他の星から隔絶されたように浮かぶ、戦場の星。 この星では、誰か、人がいる気配も無いのに、機械だけが戦闘を続けている。 どん、と大きな音が鳴って、弾ける。ミサイルの雨が降る。 それでも、ここに住む人々は、この星を捨てられず、いまだに留まり続けている。 僕たちは、そんな攻撃で簡単に死ぬような種族ではない。 だから―――小さな妹と二人だけでも、生きていける。 父さんはどこか遠くの星に交渉へ行ったまま、帰ってこない。 母さんは毎日、大変な人たちの手伝いで、家にいることはほとんどなかった。 恨んでいるわけではない。 でも、こうして過ぎ行く毎日を、どう納得させたら良いのか分からなくなってしまった。それに少し疲れてしまった頃―――。 ―――妹のミラが、姿を消した。 * 戦闘区域をかき分け、戦場の喧騒が少し落ち着いている、当分の間は平穏に過ごせそうな―――昔、首都であったところ。 一隻の大きな船が、廃墟から突き出るように鎮座している。 その船を眺めて、青年が二人佇んでいる。 焼けた肌の青年はノア。そして隣に立つ銀髪の青年は、ノアの親友・テオだ。 「……な、大きな船だろ。姉さんと頑張ったんだぜ。」 テオは大きく胸を張った。確かに立派で大きな帆船だ。肯定の相槌を打てば、そうだろうとテオはさらに胸を張る。仰け反らんばかりだ。 「こんな大きな船、借りちゃっていいの? それに……」 「だーもう! いいって言ってるだろ~? どうせ機械音痴だから~とか言うんだろうけど、お前の妹のこともかかってんだからな!」 ……全部お見通しのようだ。 ミラが失踪したその日。その足で親友のテオの家へ駆けこみ、事情を説明したのが今朝のこと。少なくとも、その辺で野垂れ死ぬほどやわな種族ではないだろうと信じ、テオお得意の機械を使って周辺を調べ回ったのが、ついさっきまでのことだ。 「宙力に余韻が残るなんて知らなかったな。この船なら、それを追うことができるの?」 「そのとーり!」 び、と指を立ててテオは言う。曰く、ミラにも開発を手伝ってもらっていたから、その分彼女の宙力―――言い換えるならば魔力―――の色が記録されているのだという。 いつの間に。確かに最近入り浸っているなとは思ってはいたが。 テオ曰く、その宙力の余韻は、この星の外まで続いているのだそうだ。信じがたいことだが、テオはこんな時まで冗談を言うやつではない。 ミラは、この星から出て行ってしまった。 まだまだ子供のあの子を一人にしておくわけにはいかない。それに、もし何かに巻き込まれていたら。 僕は、ミラを追って旅立つことにした。 * テオの案内で船内に入り、簡単に船の操縦を教わってから、雑に物資を運び込む。例えば寝袋。灯り。食料は娯楽なので少しで良い。 そのまま、テオに見送られながら、あっさりと旅立ちの時はやってくる。 「気をつけろよ、ノア。ミラも、何かに巻き込まれてるかもしれないから、覚悟して行け。」 そう言ったテオに見送られながら、ゆっくりと船は浮上する。 ミラは、どうして星の外まで行ってしまったのか。もしかしたら、なにかに巻き込まれているかもしれない。 早く、早く会って、話して、それで―― そのあとのことは、そのあと考えよう。 時間の流れが少し変わる航路があって、星間移動は意外と早いのだと、テオは言った。 ミラの宙力を追い、最初にたどりついたのは、小さな小人たちが暮らす「積み木の星」だった。 ブロックみたいな家。ちょこまか動くロボットたちが、小人たちの生活を支えているらしい。 それにより、どこか、おもちゃ箱みたいな風景が広がっている―――その、はずだった。 「……おかしい」 この星は、こんなに静かな星ではなかったはずだ。もっとガチャガチャとにぎやかで、どちらかと言うとやかましくて……。 オイルの匂いと、笑い声と、金属音がごちゃまぜになって、それがこの星のいつもの朝だったはずだ。頭に過去の記憶を何度浮かべようと、記憶と視界は合致しない。 ひとまず、船をそこで停め、地上に降り立てば、一人の住人がそこで座り込んでいた。 「ねえ、急に声をかけてごめんね。大丈夫?」 「……」 返事はなかった。どこかぼんやりとこちらを見つめ返してくるその視線は虚ろだ。どう考えても、尋常な様子ではなかった。 続けて様子をみようと声を掛けつつ手を伸ばす。そのとき、ずん、ずん、と低い音を立てて何かが近づいて来ているのが分かった。 息を詰める。なんだってこの星には、そんなに大きな生き物はいなかったはずだが―――? ふ、と背後から影が差した。 ノアと同じくらいの大きさの、無人のロボットだ。普段は小人たちが乗り回しているもの。 ではなぜ急にロボットが現れたのだろう? 疑問に思う間もなく、ロボットはその硬い腕を振りかぶって―――。 がしゃん。大きな音。 間一髪でそれを避けたノアは、慌てて走り出す。ああ、この星の道が広くてよかった。 がしゃん。ずん、ずん、ずん。音を立ててロボットはノアを追う。 「ねえ! 僕は敵じゃないから追いかけないでよ! 妹を探しに来ただけなんだって!」 慌ててノアが言う。機械に言葉は通じない。 「僕が誰かを踏んづけちゃったらどうするんだよ!」 走りながらそう言って、気づく。そこら一帯に住人は一人も見当たらない。 いや、どうして誰もいないんだ。この静けさがいちばん怖い! 警戒は緩めず、走る。だって、住人とノアの身長差では、踏まれた住人の方はただでは済まないだろう。 人を殺したいわけではないのだ。ただ、ミラを探しに来ただけ。 しかし、こうなってはどうしようもない。このロボットを破壊するか。そうでもしなければ、僕の体力が先に尽きそうだ。 いや、でも、しかし。と、考える。このロボットを破壊した場合、その責任はどこに向かうんだろう!? ウンウンと悩んでいれば、気付けば行き止まりに辿り着いていた。振り返る。ロボットはすぐそこに迫っている。 数発では死なないだろう。だが、急所を狙われる可能性は十分にある。 ええい、ままよ。このまま戦うしかない、と懐から武器を取り出そうとしたその時、 「待った!」 誰かがそう叫ぶ。ロボットの動きが鈍くなる。その隙を利用して、もう一体―――小人の乗った、一回り小さなロボットがノアの前に立った。 「この旅人さんには、本当に悪意は無さそうだ。少なくとも、殺す必要は無いと思うよ!」 観察されていたのか、それとも。その小人がそう言えば、そのロボットは振り上げた腕を大人しく下げ、またずんずんと音を立ててどこかへ行ってしまった。 その小人の乗ったロボットは、改まってこちらを振り返る。 「ええと、君は……?」 「いや、いや、ごめんね。ちょっと……こちらの事情で、いきなり諸手を上げて歓迎という訳にはいかなかったんだ。許しておくれ」 その小人はロボットからぴょんと飛び降り、恭しく礼をする。彼の名前はレオと言うらしい。 実は、と前置いて彼は話した。 「見ての通りなんだけど……今、この星は大きなピンチを抱えているんだ。人々が、無気力になってしまっているみたいで」 レオは、困ったように頬をかいて、少し唸る。何かを言うべきか悩んで、また口を開け、閉じる。 「……言いにくいことがあるのなら、別に言わなくてもいいよ」 そう声を掛ければ、レオは決心がついたように顔を上げ、こう言った。 「君に似た人が、この星を訪れた形跡があってね。」 「それから、らしいんだ。本来、この星はこんなに静かな場所じゃない。妹を探しているんだろう?」 それに、なにか心当たりがないか。それが聞きたいのだろうが、生憎ノアはその答えを持ち合わせて居なかった。 「彼女は、一人で?」 「そうみたいだよ」 だとすれば、妹が自分で選んだことのようだった。何故、どうして。いろんな言葉が浮かんでは消える。でも、ひとつ答えられるのは、 「それを、探しに来たんだよな」 ミラがどうしてそんなことをしているのか。どうして、星を出ていってしまったのか。 そう、少なくとも、その答えを探しに来たのだ。 「そっか、君にも、分からないんだね……」 困ったなあ、とレオは唸った。 「……実は、僕、元の星では医者みたいなことをやってたんだ。と言っても、まだまだ勉強中の身なんだけどさ。さっきは、そこで倒れてた住人さんを診ようとしてたんだけど……。」 「なるほど、それでロボットに襲われたんだな。」 レオが納得したように頷く。その後、小さなカギをノアに手渡した。 「おれ、向こうの屋敷にな、住人たちを集めてるんだ。のざらしじゃかわいそうだと思って」 非礼は詫びる。だから、彼らのことを診てくれないか。そう言ってレオは頭を下げた。 「……、ありがとう。確かに、風邪をひいてしまうかもしれないからね、良い判断だと思う。」 任されたよ、とノアは頷いた。 レオも頷いて、再びロボットに乗り込んだ。残りの住人たちを探しに行くらしい。大丈夫だと思うけど、気を付けて。そうノアに伝えると、そのままロボットは歩き出していった。 * 「……奇妙な現象だな」 診る、とは言ったって、違う種族を診たことなんてなかった。ひとまず、と、声を掛けながら体の異常を確認していく。だいたいは、特に異常なさそうだ。だとすれば、問題は内側にあるのだろう。宙力が足りていないのかもしれない。そう思って、持ってきていた宙石を近づけてみる。―――瞬間、瞼が震え、その人はこちらを向いた。 「……旅人さん?」 「そうだよ、驚かせてごめんね。ねえ、ここで何があったか、知らない?」 「いいえ……。意識はあったから、さほど驚いてはないのよ。」 彼女はしばらく困ったように黙って、再び口を開いた。 「その……、貴方に似た女の子が、この星に来てくれたの。たくさん歓迎して、それで、やりたいことがあるんだっていうから、みんな、なにも聞かずに協力したの。そうしたら、……その」 「こうなってたってわけか……。そう聞くと、全部は彼女のせい、なんだろうな」 ノアがそう呟くと、彼女は視線をさまよわせた。 「ねえ、あなたは彼女の知り合いかしら。どうか気を落とさないで。彼女、ずいぶん思いつめた顔をしていて、私たちも、心配だったから手伝っただけなの。ちゃんと話を聞くべきだったわ、……ごめんなさい」 「これが私を起こしてくれたの? まるで意識はあるのに寝てるみたい。体が動かなくて、心がなんだかさみしいの。だから、やりたいことが浮かばなくなって、体を動かす気もわかないんじゃないかしら。」 そこまで話すと、カタンと音がした。振り返れば、レオが、何人かの住人たちを運び込んでいるようだった。 宙石を彼女に渡し、手伝うよと声を掛ける。レオの話によれば、これで全ての住人は避難させることができたようだった。 「レオさん、無事だったのね」 「おお、喋れるようになってる!?」 「彼のおかげよ。」 「いや、どれかといえばこれかな。宙石っていうんだ。」 それを彼女から離しすぎないよう拾い上げる。そういえばとふと浮かんだ疑問を口にした。 「レオはなんで無事だったの?」 「仕事だったんだよ。まったく、運がいいのか悪いのか」 レオは肩をすくめてそう言った。ピンと来なくて首を傾げれば、レオは重ねてこう補足した。 「ほかの星に食料調達に行ってたんだよ。」 なるほど、とノアは頷いた。 「それで、原因は分かったの?」 レオがそう聞く。ノアは少し唸った。解明にまで至ったわけでは、ない。けれど、きっと、宙力で何とかなるということは、気持ち、とか、心、とか、あるいは、脳のはたらき、とか。そういうところに原因があるのだろう。これがノアの推測だ。 宙力の量は、その時の感情により左右される。だとしても、ここまで大勢が、一気にとなると、それはその人の核となる部分なのだろう。 人の、核となる部分。それに影響を及ぼす何か。少なくとも、それが特定できない以上は、宙石でなんとかするしかない、が。 「そんな大きな宙石なんて滅多にないし、分け合うのも難しいだろうね」 「え――!! あんた、医者なんだろ、諦めずになんとかしてくれよ!」 「いや、もちろんそのつもりだけど……。」 もしかしたら、ミラがしでかしたことでもあるのだろうし。困っている人を放ってはおけない。にしたって、何の案も浮かばないのだから仕方がないだろう。 宙力を分け与えるもの。大きな宙石があれば、一時はしのげるだろうが……。もっと燃費が良く、宙力を分配する方法とすれば? うんうんと悩んでいれば、ふと、レオがこうこぼした。 「こう……、なんか、宙力が、ガ――っと広がればいいのにな。」 「ガ――ーっとって……」 そういえば、そういうものをミラが作っていた記憶がある。あれは確か、音を広げるものだった。どんな形状で、どんな構造をしていたか。 懐からメモ帳を取り出し、ぐりぐりと描き出していく。ああ、もう、こういうのは妹の方が得意なのに! それを覗きこんでいたレオが、納得したような声を出した。 「ああ、なるほど。スピーカー!」 「それだ!」 スピーカー。拡声器。あとは、それを宙石に当てはめ、構造を改めて再構築して、……。 「……、できた?」 「破綻はしてないと思うけど……。自信はないや」 「とりあえず作ってみよう。だいじょうぶ、資源はそれなりにあるんだ」 それなら、と頷く。ようやく希望が見えた気がした。 * 小人たちのものづくりの技術力はとても高い。 レオは、あっという間に宙力スピーカーを制作し終わったどころか、いくつか余分に予備まで渡してくれた。 「もしほかの星もこんなになってたら困るからな~。ノア、妹さんのためにほかの星にも行くんだろ?」 「ためっていうか……。まあ、そうだよ。」 「じゃあそこで必要になるかもしれないし、持って行ってくれよ」 「……ありがとう、助かるよ。」 それを受け取って、宙力で船の中へ転送する。さて、とレオに向き直れば、大きな宙石を一生懸命運ぼうとしているところだった。 「……運べる?」 「悔しいけど、無理かも……」 それを手伝って、街の中心部、噴水広場までたどり着く。静かな街は、何度行き来しても不気味だったが、これがうまくいけば。 宙石をそこに置く。悪戦苦闘の末、なんとかその大きなスピーカーをセットして、あとはスイッチを入れるだけだった。 「頼む……!」 レオが祈りながらスイッチを押す。その瞬間、ぐわん、と、大きな音にも似た揺らぎが二人を襲ったが、それ以上のことは何も起こらなかった。 「……成功したのかな。少なくとも、拡散はされてるんだろうけど」 「ほんとうに? あ、もしかして、さっきの揺れみたいなのがそれなのか?」 「宙力って、めちゃくちゃ簡単に言えば振動に似たものだからね。おそらくはそう、かな」 なるほど、とレオが頷く。ひとまず、二人で住人たちの様子を見に行くことにした。 * ロボットたちがガシャガシャと歩き回っている中を、屋敷まで歩いて進んでいく。 「もしかしたら、上手くはいってないかもしれないね」 ノアはぽつりと呟いた。 「どうして?」 「宙力を増幅させるための媒体が必要なんじゃないか、って思ったんだ。」 それはきっと、影響を及ぼされている元のなにかしらに、強く紐づいたアイテムだとか、あるいは思い出だとか、そういうもの。 「そうでないと、宙石に宿った宙力もすぐ尽きちゃうだろ?」 「……それは、無いよ」 レオはまっすぐ前を向いて言った。 「だっておれたち、そんな弱くないし。それに、生きていく力っていうのは、勝手に作り出すものだから。」 動けるようになったら、そういう類のものは、きっと、勝手に見つかるって、信じてる。 そう言って、レオは笑った。 屋敷に着けば、中がざわざわと騒がしいようだった。宙力スピーカーの開発が、成功したことの裏付けだった。 顔を見合わせ、扉を開ける。 住人たちが、一斉に静まり返ってこちらを見た。 「ああ、紹介するよ。彼はノア。妹さんを探しに来たんだって。この事態を解決してくれたのは、彼だ」 レオが安心させるようにそう言えば、わあっと拍手が上がる。 その後、わいわいとそれぞれ好き勝手に喋り出した。ようこそ。よく来たね。タイミングが悪かったね。お礼は何がいい? そんなふうに騒がしくなる中、近くにいた住人がノアにこう言った。 「あの女の子は妹さん?」 その言葉にまた、少しだけ喧騒が止む。 「……おそらくは、ね」 「そう……。さっきまで話してたんだけど、どうやら、彼女は私たちの幸せを欲していたらしいの。」 その言葉に、ガンとショックを受ける。幸せを? ミラが? わざわざ、人から奪い取るほど? 「理由は分からないのよね。……彼女、本当に必死だったの。私たちは大丈夫だから、彼女を救ってあげて欲しいわ」 「……そ、それは、もちろん。……その、それ以上になにか言ってた?」 「いえ……。私たちの症状を、総括した結果がそうだった、ってだけなの。やりたいことがあるって言ってた。それ以上のことは知らないわ」 「そっか、いや、ありがとう。」 彼女は、少し心配そうな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。 レオも、「ま、きっと大丈夫だ」と軽く背を叩くに留め、それ以上に何かを言うつもりはないようだった。 * それなりの量の食料、宙力スピーカーと、小さな花束。 船にありったけたくさんの感謝を詰め込まれ、それらをどう消費しようか悩みながら旅立つ。 ミラは、なにをしたくて、みんなの幸せを奪っているんだろう。 彼女にそのつもりがなくても、やってることはそれと相違ない。その自覚があって? いや、そんなはずはない。 彼女は、どこまでも優しい女の子なのだ。 この旅は、今まで経験したことの無い苦難の旅になるのだろう。 文面だけ見ればわくわく出来そうな事象でも、実際こうして苦難に見舞われると話は変わるものだ。 なんだか少し気が重くなった。 それでも、進まなければならない。ミラを見つけなければ。 この旅は、続いていく。 船は静かに進んでいく。ごうんごうんと鳴る音はそれなりに心地良く、ぼうっとしていれば眠ってしまいそうだ。 貰った食料を食べながら考えてみても、ミラの目的なんて皆目検討もつかなかった。 星が襲撃された日の、驚きと悲しみがないまぜになったような、複雑な気持ちが、ずっと続いていた。 それでも生きる限り生活は続いていくので、変わらず長めの睡眠と、娯楽とは言えもらってしまった食べ物の消費に勤しむ日々である。 次の星は、緑の星。獣人たちの住む、木々が沢山生えた原生林の広がる美しい星だ。確か、野菜などの食料資源が豊富で、それぞれに余裕がある心優しい星だと聞いたことがある。 彼らにとっては食は娯楽ではないのだ、とも。もしかしたら、貰ってきた食料がなにかの役に立つかもしれない。 ぼうっと窓の外を見る。もうそろそろ到着しそうだ。緑の光を発する星が、ぐんぐんと近づいているのが見えた。 次の星では、何も問題が起きていないといいな。 そう祈りながら、ノアは出発の準備をすることにした。 * 緑の星に辿り着いた。 前回のようになにかに襲われないよう、警戒しながらその地に降り立つ。 葉っぱのあいだから光がさして、どこからか美味しいにおいが漂ってくる。 スープの匂い、焼けたパンの匂い、それから、甘く煮た果物の匂い。 胃袋を持たない僕でさえ、お腹が鳴りそうな気がした。 文字通り、噂通りの美しい星だった。 だというのに、その森の中には、たくさんの人がただ座りこんで、ぼんやりと空を見上げている。 「……」 この星にもミラが来て、幸せを奪っていったのだろうか。 「あら、旅人さん?」 「!」 ふと、黄色い猫のような、狐のような、耳の生えた獣人に声を掛けられた。 「……君は話せるんだね、はじめまして。僕はノア、妹を探しに来たんだ。」 そう話せば、彼女は困ったように頬に手を当てた。 「妹さんを? それなら間が悪いかもしれないわ。見ての通りよ、もう大変なことになってるんだから……」 やはり、ここでもミラは何かを起こしたようだ。 「うーん……、まあ、それの解決も、目的のひとつかな」 不思議そうに彼女はこちらを見つめる。ノアはそれを苦笑して流し、彼女に言った。 「君はどうして被害を免れたの?」 「地下に居たからだと思うわ。私たち、地下で食料を育ててるから、その時地下にいた私たちは無事だったんだけど……。」 「こうなった原因も、治し方も分からない、と?」 「そうね」 そこまでは、前回と同じだ。確認しつつ、頷く。 「実は、なんとかできるかもしれないんだ。前の星でも、似たような場面に遭遇したからね。」 ぱちくり、と目を瞬かせてから、彼女は首を傾げた。 「そうなの? ……ああ、自己紹介を忘れていたわね、ごめんなさい。私はエラ。この森で料理人をやっているの。」 エラは困った顔で続けた。 「私一人で、あなたを信用するかどうかを判断するのは、とても難しいわ。もうひとり、頼れる人を連れてきてもいい?」 もちろん、とノアは頷いた。 * 「ノア……さん、こちらはニコ。」 そう言って紹介されたのは、長い耳の兎の獣人だった。 「どうも。よろしくね、ノア。」 「うん、よろしく。」 ニコは頷いて、ノアと握手を交わした。彼も、エラと同じように地下に居たらしい。 「妹さんを探してるそうなの」 エラが補足する。ニコは目を瞬かせた。 「へえ、妹を? それでこの星に?」 「あー……、いや、まだ確定ではい……と信じたいんだけど、妹がこの事態を引き起こしたかもしれなくて」 「ええ?」 困ったようにニコとエラが顔を見合わせる。 「えっと、そうなるともっと信頼出来ないのは分かってるんだけど……。兄として、見過ごしておけないんだ。あいつは、唯一の家族なんだよ」 それを聞くと、しばらく二人は黙り込んで、改めてノアの目を見て、顔を合わせた。 「……分かった。今は信じるけど、変なことしたら許さないからな」 「うん、もちろん。ありがとう」 ほ、と肩を撫で下ろしたノアを見て、二人は複雑そうな顔をしていた。 「へえ、じゃあ、この装置で宙力を広げれば解決するかもしれないってこと?」 「話が早くて助かるよ」 ノアの説明に、感心したようにニコは言った。 「でも、これだけの規模じゃ、僕の手持ちの宙石では足りないかもしれないな……」 ノアが言う。この星に宙石があればいいが、とエラを見れば、 「宙石なら、地下に行けば取れるはずだわ」 と答えが返ってくる。 「それじゃ、取りに行く他無さそうだな」 「でも、きっと大変な道になるわ。」 「どれくらい?」 エラとニコは言葉を重ねてこう言った。 「一泊しなきゃいけないくらい」 「ええっ」 ノアは驚いて、それから首を傾げた。 「そんなに!? どこにあるの?」 「地下にあるの。宙石は貴重だから簡単には盗めないように保管されてる」 「まあ、この事態だから、番犬との戦闘は避けられないだろうね」 ニコとエラは揃って首を横に振る。番犬たちは何故か暴れ出しており、手が付けられない。 かつ、彼らは戦闘は得意ではないのだそうだ。 かくいうノアも戦うのは得意ではない。が、ここまで来たらやるしかないだろう。 「じゃあ、戦う時は僕が行くよ。二人は隠れててくれていい。その後、宙石をとる時はついてきてくれる?」 「え、そこまでするか?」 「うん」 ノアは頷いた。それから、 「じゃ、準備が出来たら行こう。きっと大丈夫だ」 と声を掛けた。二人もさっさと準備を済ませ、地下へと向かうことにした」 * 地下は広い。どこまでも続く似たような道に、ところどころドアが設置されている。 その先には大きな空間があり、大切な資源が保管されているのだと、エラは説明した。 会話もそう長くは続かない。静かな道の中に靴の音だけが反響している。 もうずいぶん長いこと歩いた気がする。ドアもいくつ通ってきたか分からない。 そろそろ休憩をした方がいいか、と思案し始めたところで、手前のドアにエラが駆け寄った。 「今日はもう休みましょう。夜に地下に居るのは危険だから」 「そうだね。ノア、夜の地下は危ないんだ。沢山の化け物が徘徊するから」 「ええっ、そうなの!? ……気になるけど、危ないならとりあえず入ろうか。今が何時かも分からないし」 こくり、頷いた二人の背を追い掛けて、そのドアの中に入る。 ドアの中は小さな宿のような内装だった。簡単なものなら作れそうなくらいの大きさのキッチン、ちょっと狭い寝床。必要最低限転がっている趣味の様々な備品は、今まで使用した人々が残していったのだろう。 「まあ、まだ夕方頃だと思うけどね」 「でも、ご飯を食べるなら今の方がいいわ。彼らは音に敏感なの」 そう言いながらエラは料理の準備をする。そういえば、彼女は料理人だと言っていた。 「……その、化け物っていうのは」 おそるおそるノアが聞く。それにはニコが答えた。 「元々この星に住み着いていたらしいよ。元は俺たちと共生していたらしいんだけど……」 エラが補足する。 「彼らは昼の明るい時間には活動できないからね。明るい時間は私たちの時間、夜は彼らの時間。だからお互い邪魔しないようにしてるの」 ニコは肩を竦めた。 「化け物って呼び方だけはなんとかなんないかなって思うけどね~。そうとしか言いようがないんだよ」 「へえ、なるほど、そういう習慣なんだね」 「そうさ」 ノアは納得した、と頷いた。 「……ところでニコ、お腹は空いている?」 「残念だけど、あんまりかな」 「そう……実は私もなの。ノアさんは?」 「僕は食事を必要としないから、大丈夫だよ。君たちもそうなの?」 二人は首を横に振った。 「じゃあ食べた方が良いよ」 「でも、ちょっと作るのが面倒だなって思ってしまったの。今までこんなこと無かったんだけど……」 本当なら、初めて会った旅人さんには、自慢のきのこのシチューと甘い果実酒風のジュースを出していたのだけどね、とエラは苦笑した。 「地下に来たからねえ、気が落ちてるのかもしれないね」 困ったように二人は笑う。ノアは少し訝しんだ。 「地下に落ちたら気が落ちるものなの?」 「そんなことは無いけど……それ以外に原因が浮かばないんだよね」 「……ふうん、そっか」 これも、幸せを奪われた結果だったりして。そんな思考がふと頭を掠めた。 「……じゃあ、僕が作るのは? 君ほどの腕はきっとないけど、ご飯を作るのは好きだよ」 「そう? じゃあお願いするわ」 そうしてご飯を食べ、布団を敷いて、眠る。 次の日も、これ以上のことは起こらなかったが、ご飯のことだけ無気力になる彼らを見て、やはり彼らの幸福は食に関係していたのだろうと思った。 再びその道を下っていく。階段なんて無いから、上るのは大変だろうな、なんて頭で考えてしまったばかりに、下に降りるのが少しだけ億劫だった。 「あそこだよ」 ずいぶん下って、下って、今日も辿り着かないのではと疑ってしまったあたりで、小さな声でニコが言った。 見れば確かに、番犬らしき大きな生き物が、そのドアの前にどっかりと寝転がっている。寝顔は苦しそうで、そこらじゅうにかぎ爪のあとがあり、ずいぶん暴れ、疲れてしまっているようだった。 丸くなった尻尾だけが、子犬みたいに、時々ぴくぴく揺れている。 「おお……」 「彼も、夜に活動する化け物の一人なんだ。ただ、他のと違って昼間も活動できるみたい。」 ほう、ともう一度その生き物を見る。化け物。確かに言い得て妙だった。 「いつもはちゃんと言うことを聞いてくれるのだけど……」 「今回ばかりは……」 ニコとエラが顔を見合わせて、ノアの方を改めて見る。不安そうだった。 大丈夫だと言うようにノアは頷いた。 「小さな宙石であれば余っているし、それがなにかの役に立つかもね。でも、それをするには一度近くに寄らなければいけなさそうだ」 まあ、やれるだけやるよ。それに二人が頷いたのを見て、ノアはそこから歩き出した。 姿勢を低くして、そろりそろり。これが合っているかは分からないが、敵意が無いことを示したかった。 それが幸をなしたか、番犬はこちらに気付いているようだったが、静かにノアを待ち続けていた。 「番犬さん、こんにちは。」 がるる。返事の代わりに唸り声がした。 「おやすみのところ、ごめんね。実はいまの君の苦しみの役に立ちそうなものを持っているんだ。」 これを、と宙石を見せた瞬間、番犬は目を見開いて立ち上がった。 間髪入れずにかぎ爪がノアに飛ぶ。ノアも、警戒は怠っていなかった。ひとつ、ふたつ。間を開けてみっつ。避けてしまえば、疲れた番犬はこちらに声を上げる。 「それはなんだ? あの時と同じ光だ! 答えろ! 私たちに何をした!」 ノアはハッとした。宙力がその穴を埋めるなら、幸せを奪ったのだって宙力を使っているだろう。 「それは僕じゃない! 妹なんだ! 僕はそれを止めるために旅をしてるんだ!」 がしゃん。壁にかぎ爪があたって離れる。もう一発と番犬は振りかざした。 「この光は宙力の光なんだ、君たちが失ったのは君たちを形作る感情の核の一つで、おそらくそれは―――」 番犬の顔が迫る。近くにその鋭い爪があって、思わず目をつむる。遠くで二人が手を伸ばしているのが見えた。 ギイ。いやな音がする。壁がえぐれたのだろう。しかし、しばらく待ってみても、衝撃は来なかった。 「―――それは?」 「……幸福、と呼ばれるものだ」 目を開く。番犬は思ったより離れた場所にいた。後ろを確認すれば、深く抉れた壁が目に入った。 「嘘はついてないようだな。私たちは馬鹿じゃない、それくらいは分かる。」 番犬は話しながらノアに背を向け、扉の前まで歩く。静かな声だった。先ほどとは違い、静かすぎて、聞き取りづらいほどだ。 「私たちは宙力の塊のようなものだ。その分、感情の核は常に剥き出しになっているようなものなのだろう。私たちは深く影響を受けてしまった。自分が死なないよう、壁を攻撃するだけで精一杯だ。」 幸福は、彼にとっては大きな生きる糧だったのだろう。くるりと振り返った番犬は、ノアに頭を下げた。 「すまなかった、旅人よ。ここを通るといい。お前の技術でなんとかなるからここまで来たのだろう。」 「正しくは前の星に行った星の住人のものだけどね。まあ、でも、ほら。頭を上げてよ、番犬さん。」 ノアは笑って、今度はこちらが頭を下げた。 「妹がすまない。君の同胞たちも、きっと苦しんでいるのだろう。……必ず何とかしよう、約束する。」 そうして、隠れていたニコとエラを呼べば、二人は無事でよかったと次々口にした。番犬にも頭を下げて、改めて三人で扉をくぐることになったのである。 扉の中には、部屋を埋め尽くさんとする大きな宙石が鎮座していた。何メートルあるのだろう。とにかく大きくて立派な宙石だ。これであれば、彼らの手助けになるだろう。 「ノアさん、さっき言ってた、幸福がどうとかって……」 「……ああ」 ノアは頷く。 「妹は、幸福を探してるらしいんだ。」 二人は困ったように顔を見合わせた。ノアはその空気を苦笑して流し、さてと切り替えた。 「このスピーカーを使って、この石の宙力を拡散するんだ。そうすることで、足りてない幸福の部分が補われるはずだよ」 そう言って、収納カバンの中からスピーカーの部品を取り出していく。初めて見る技術だったようで、二人はいたく感動していた。 「そんな小さいカバンの中からこんなに大きな部品が出てくるなんて! これはどこの部品?」 「開発したのはうちの国の技術者なんだ。僕の親友でもある。それはこっち」 「へえ、じゃ、あなたも技術者なの?」 「僕は医者だよ。技術方面は難しくて苦手だ。組み立てはできるけどね……」 そんな会話をしながらテキパキと組み立てていく。この部品はこっち。あの部品はあっち。エラが器用だったおかげか、二回目だからか、すんなりと組み立て終えることができた。 「さて、起動するよ」 そうしてそれを動かす。ぐわん、と、大きな音にも似た揺らぎがして、それ以外は特に目立った変化はないが、成功しているだろうか。 「うーん。成功してるかどうかも分からないのが難点だよなあ」 「でもきっとうまくいってると思うわ、ノアさん」 エラがそう声を掛ける。 「だって私、今とても料理がしたいの。戻ったらパーティにしましょう」 嬉しそうに微笑んで、彼女はそう言った。 地上までは、番犬の背に乗り連れて行ってもらった。番犬もすっかり穏やかな顔をしており、それは装置の起動がうまくいったことの裏付けだった。彼は頭を下げて地下へと戻っていく。 「エラの料理、楽しみだなあ! ぼく、すっかりお腹がすいてぺこぺこだよ」 ニコがそんなことを言いながら地上への扉を開ければ、地上は声で溢れていた。無事でよかった。なんだったんだろうね。そうして無事を喜び合う彼らに、安堵のため息が漏れた。 ふと、奥の方が騒がしくなる。王さま。ご無事でしたか。そんな言葉が聞こえてきたと共に、大きなライオンの獣人がこちらに歩いてきているのが見えた。 彼は、三人の目の前で足を止め、しばらくの間、こちらを見つめた。あたりは静まり返っていた。 「エラ、ニコ、ご苦労。こちらの方は?」 「ありがとうございます、王さま。こちらはノアさん。今回の騒動における、救世主です。」 エラが経緯を説明すれば、あたりから拍手が巻き起こった。 「なるほど。それでは、パーティを開かねばならないね」 王さまもまたそう言って拍手をし、いそいそとパーティの準備を始めた。 「王さま、楽しいことが好きなんだ。きっとパーティの気配を察してここまで来たんだよ」 ニコがそうノアに耳打ちする。ノアは緊張していたのがなんだかおかしくなって、思わず笑ってしまった。 * パーティをするなら、前の星でレオたちにもらった食材も是非使ってくれと船から下ろせば、なにやら貴重なものが多かったようで、悲鳴が上がった。 何も知らず調理もせずに食べていたから、と言ったら怒られた。食に熱い種族である。 パーティではたくさんの料理たちが並び、それを気まぐれに食べては歌って踊りが繰り返された。端っこで眺めていれば踊りに連れ出されるし、料理を食べていればもっと食えと盛られる。 その熱狂ぶりは面白かったが、時間は有限である。 早々に切り上げようとすれば、王さまから止められ、大きな宙石を渡された。 「きっと必要になるだろうから、持っていきなさい」 必要なのはあなたたちではないのか。返そうとすれば「この星は、たまたま宙石にだけ恵まれているから」と押し戻される。ありがたく貰うことにした。 「それじゃ、またね」 「気をつけろよ、ノア!」 「今度は妹さんも連れてご飯を食べに来るといいわ」 「ありがとう、そうするよ」 ニコとエラにも手を振って、船に乗る。 船を飛ばせば、手を振っている住人たちはみんな森の緑に掻き消され、緑の星は遠くなっていった。 船はゆるやかな航行を続けている。この間、ノアには特にやることもないので、うつらうつらと眠気と戦っていた。 そんな時、ふいに船は大きな音を鳴らした。 「なっ、なんだ!?」 慌ててノアは起き上がる。レーダーを見れば、宙力の反応が今までになく大きいようだった。 近い。 慌てて船を動かし、立ち上がる。聞かねばならないことが山ほどあった。 * ミラが居るのは、特に何も無い星のようだった。文明の滅んだ跡だけが薄らと残るその星の、どこかに、ミラが。 「ミラ! どこにいる!?」 大きな声を上げながらその辺を探し回る。返事は無い。 話したいことがある。聞きたいことがある。なにか、嫌なことがあったなら聞くから。 頼むから返事をしてくれ、と手当たり次第に探す。 視界がちらつく。 大きな光が漏れている建物を、見つけた。 大きな建物だ。 その光の元は最深部にある。 ばち。 ばち、ばち。 ばちばちばち。ばち。 嫌な音がする。 「ミラ!」 ばたん。大きな音を立てて扉を開いた。 「ノア!」 驚いた顔でテオがこちらを振り返る。 その隙にとミラはその手をテオにかざした。 「ミラ、待て!」 ミラは止まらない。 「ミラっ、……テオ、危ない!」 テオの前に飛び出す。それでようやく、ミラの呪文を紡ぐ声が止まった。 「……どうして?」 ミラが首を傾げた。 「どうしてはこっちのセリフだ!」 ノアが吠える。ミラは不思議そうな顔をして、やがて、諦めたように首を横に振った。 「―――大丈夫。待っててね、お兄ちゃん」 そう言って、一歩、二歩、後ずさっていく。 「待てミラ、馬鹿!」 慌ててその後を追おうとしたがその時、強い光がミラの手のひらから放たれた。 目を眩ませているうちに、ミラはその場から姿を消してしまった。 「くそっ」 ノアが悪態をつく。それまで呆然としていたテオは、それで我に返ったらしかった。 「ノア……」 テオは、何かを言おうとして、言葉を選んでいるようだった。 「……テオ、一度船に戻ろう。きっと、まだ、そんな遠くにまでは行っていないはずだ」 「……、……そうだな」 しばらく逡巡して、諦めたようにテオが頷く。彼がここまで来たのにも、理由があるのだろう。 * 船に乗り、ミラの宙力の余韻をふたたび追っていく。テオの小さな船も、一緒に乗せることが出来た。 その間、暖かい飲み物をテオに渡して話を聞くことにした。 「テオ、どうしてここまで来たんだ? 何かあったのか」 「……」 テオはそれを受け取り、しばらく黙っていた。 それなりに長く考えていたように思う。そうして、ようやく口を開いた。 「……姉さん、死にかけたんだ」 「や、違う……」 あんまりにも唐突で、有り得ないと思ってしまうような話だった。 彼は少しずつ言葉を漏らす。話を要約すると、彼女の姉は部屋で自死を測ったらしい。 彼の姉は、底抜けに明るくて、いつも誰かを引っ張っていけるような、心優しい性格をしている。何も無く彼女がそんなふうになるとは思えない。 何も無ければ。 「それに、ミラが関係してる?」 「ああ、……お前も」 絞り出すような声だった。 「生きるために、俺たちは宙力を必要とする。それは気持ちと呼ばれたり、心と呼ばれたり、あるいは脳のはたらきと呼ばれたりする。」 「これはお前が教えてくれたことだ。」 ぽつり、ぽつり。言葉が落ちる。肩が震えていた。 「……姉さん、今、それが全部無いんだ。だから……」 そこで、言葉がつっかえた。 「なあ。お前のこと、疑いたくないけど……、本当に何もなかったのか? 妹があんなことする理由、本当に分からないのかよ」 「……ふがいないばかりだよ」 テオは目を合わせようとしなかった。しばらく黙り込んで、立ち上がる。 「ごめん、ノア。俺、頭冷やしてくるよ。冷静になれねえ」 「うん、分かったよ。……ごめんな。」 そう言って外に出ていくテオを、引き留めることはできなかった。 ノアは一つため息をついて、休息を取るべく眠りにつく準備をした。 * ―――夢を、見る。 バタバタと走っている。先程までミラの居た建物だ。扉を開ける。扉を開ける。扉を開けた。 「ミラ!」 口から言葉が飛び出す。テオの声だ。つまりこれは、テオの見た光景だろうか。 「……テオ」 「お前っ、よくも俺の姉さんを……!」 ぱちぱち。ふたつ、瞬きをしたミラは不思議そうに首を傾けた。 「……同意の上だったはず。それに、あなたには関係ない」 ショックを受けたようにテオが黙り込む。 「お兄ちゃんを、幸せにしなくちゃいけないの」 「ノアを……?」 「そう。そうじゃなきゃ、嫌だから」 だから、あなたのも貰うね。 ばち、ばちばち。嫌な音がする。ミラが手を翳す。 ばち、ばち―――。 ―――思い出した、ことがある。 遠い遠い、宇宙の果て。 ぽつりと、他の星から隔絶されたように浮かぶ、戦場の星。 その星では、誰か、人がいる気配も無いのに、機械だけが戦闘を続けている。 どん、と大きな音が鳴って、弾ける。ミサイルの雨が降る。 空が赤く光るたびに、窓ガラスがびりびりと震える。 子どものころは、そのたびに泣きそうになっていたのに、今はもう、テーブルの皿が落ちないかだけを気にしている自分がいる。 ―――こんなふうに慣れてしまった自分が、少し、嫌だった。 それでも、ここに住む人々は、この星を捨てられず、いまだに留まり続けている。 父さんはどこか遠くの星に交渉へ行ったまま、帰ってこない。 母さんは毎日、大変な人たちの手伝いで、家にいることはほとんどなかった。 恨んでいるわけではない。本当だ。 でも、こうして過ぎていく毎日を、自分の中でどう納得させたらいいのか分からなくなってしまった。それだけの、いわば、ため息だったのだ。 「ねえ、ミラ」 「……?」 妹―――ミラに話しかける。ミラは少し首をかしげてこちらを見た。 「……僕たちが、もっと平和な星で生きられてたら。もっと幸せになれたのかもしれない。ね、そう思わない?」 「……、……」 ミラは、しばらく口を開けたまま固まり、ぎゅっと膝の上で手を握り合わせていた。 眉を寄せて、口を少し開け、閉じる。何かを言いたげだった。でも、何も言わなかった。 「……なんて、冗談だよ。怒らないで。」 むすくれた表情のミラに笑いかけて、その話はそこで終わった。 それでも。 それでも、ミラと同じテーブルで夕飯を食べて、くだらないことで笑う時間だけは、ちゃんと好きだったのだ。 その時に、ちゃんと話をしておくべきだったのだ。妹だから。家族だから。そんな理由ですべてを分かった気になっていた当時の僕の行いは、大きな後悔を生むことになった。 ―――その日のうちにミラは姿を消した。 * 「ノア」 テオが呼ぶ声がする。ノア、ノア……。微睡みから少しずつ目覚めて、ぱちり、ぱちりと瞬かせれば、困ったようにテオがこちらを見ていた。 「悪い。色々なことを話したかったけど、言葉じゃ説明できなくて……」 見れたか、と問われて、もちろん、と頷く。 見たものが相違ないことを共有してから、思い出したことも洗いざらい話す。それから、静かにノアは息をついた。 「―――僕のせい、だ」 「……、……残念なことに、そうなるんだろうな。」 テオもゆるく首を横に振る。それから、深々とため息をついた。 「まあでも、悪気があった訳じゃないんだろ。」 ノアは頷く。テオも、分かっていると頷いた。 「姉さんのこと、連れてきてるんだ。俺の船にいる。勝手なことはできないようにしてるけど、それも暴力的で嫌だから……」 「うん。もちろん、任せて。今は、緑の星から分けてもらった宙石がたくさんあるんだ」 テオは頷く。そうして、部屋を出ていく彼の後ろを、今度はノアもついて行った。 * 彼女の目は虚ろだった。 今は拘束されているためか動く気も起きないようだが、これがなければ一人になった途端に自死を選ぶのだろう。 大量の宙石をテオの船に運び込めば、ようやく彼女の目に薄く光が灯った。 「テオ……」 彼女―――ルイは、まずテオを呼んだ。それから、ごめんね、と細く謝る。普段のハツラツとした彼女からは想像も出来ない声だった。 「別に、いいよ。姉さんに迷惑かけられるのなんていつものことなんだし」 テオがそっぽを向いたままそう言えばルイは少し困ったように微笑んだ。そして、ノアの方を見る。 「ノアくん、ミラちゃんは?」 「……今、僕のために幸せを集めているみたいで」 ノアの言葉を聞いたルイは小さく頷いた。ミラが居なくなったこと。いろんな星で、人々の幸せを集めていること。それによる被害のこと。 それらを共有すれば、ルイはまた頷いて、 「ミラちゃん、まず私に相談しに来てくれたんだ」 そう言った。 「お兄ちゃんは今幸せじゃないんだって言ってるから、幸せになって欲しい、って」 頷く。ルイはゆるく首を横に振った。 「だから私、みんなの幸せを集めてノアくんに渡せたらいいのにね、って言ったんだよ」 少しの沈黙。再び口を開く。 「もっと、ふんわりとした話だったんだ。でもミラちゃんってほら、頭がいいから……」 言葉を濁す。テオがため息を着いた。 「アイツ、俺より機械いじりが上手いんだよな。俺が時間かけて考えた回路を短時間で考えてくる。あんなにガキのくせによ」 知らなかった、そんなこと。そうなんだ、と呟けば、テオにじと、と睨まれた。 「お前たちはいつもコミュニケーションが下手くそだよな」 「……いや、……、……ごめん。分かってるつもりだったんだよ……」 ルイが咳払いをして話を戻す。 「それで、しばらくして、出来たからお試ししてみたいんだっていうから、私、頷いたの。」 「そうしたらこんなことに……、ごめんなさい。私がちゃんと確認するべきだった」 「いや、まず僕があんなふうに言わなきゃ良かったんだ。きっと、もっと他の言い方があったし、もっと話すべきだった。」 「そうだな。」 テオがピシャリと言う。ルイも否定はしなかった。 ノアは頷く。 「だから、もう一度、ちゃんとミラと話したい。分かってくれるかは、分からないけど……。少なくとも、こんなことをして欲しい訳じゃないから」 テオとルイも頷く。テオが意地悪に笑って言った。 「それじゃ、いつミラが見つかってもいいように今から作戦会議でもするか?」 「賛成。ノアくんだけじゃ不安だもの」 ルイもそれに乗っかって、ノアは気まずくて小さくなる他無くなった。 ビーッ ビーッ 船が大きな音を鳴らす。あの時と同じ音。 ――ミラの居場所が近い。やはりそう遠くは行っていないようだ。 「作戦会議っつってたけど、そんなに時間はなかったな」 「まあでも、失敗した時の対策は立てられたから良しとしようよ」 テオが立ち上がる。ルイはここから動かない方が良いと思うからと残ることになった。 「ミラちゃんをよろしくね、ノアくん」 「もちろん。」 任せてくれとノアは頷く。だって、元は僕の妹だ。 バタバタと準備をして、船から降りる。船内にはけたたましく音が鳴り響いていて、なんとなく、ミラが待っているような気がした。 テオが船の上でグッドサインを作り、送り出す。 「気をつけろよ。ま、なんとかなるようにするけどな!」 その言葉を背に受けて、ノアは、船から飛び出した。 * 今度こそ、何も無い星だ。文明の跡すら無い、静かで穏やかで小さな星。 ひとつだけ、人工物が建っている。大きな箱のような装置だ。 ミラはその隣で一人佇んでいた。 「お兄ちゃん、待ってた」 「……そんな気がしたよ」 ミラは嬉しそうにこちらを見ている。 「ミラ、その幸せは元の持ち主たちに返すんだ」 「……どうして? お兄ちゃんが幸せになるのに必要でしょう」 「それじゃ僕は幸せになれないよ」 ミラが困惑したように首を傾けている。 「……人から奪った幸せを貰ったとしても、それは僕の幸せでは無いからね」 「……お兄ちゃん」 目を伏せるミラの声は震えていた。 「じゃあ、お兄ちゃんはどうしたら幸せになってくれるの?」 「……僕は、ミラと居られれば幸せなんだよ」 ミラは、一度だけ瞬きをした。 その言葉を、信じたかった。でも―――。 「嘘だ!」 ノアが怯む。その隙にミラはその装置のスイッチを入れた。 「ミラ……!」 「お兄ちゃんの幸せの条件って、それだけじゃないでしょう、それくらい分かってるんだから」 「ミラ、やめろ!」 「私はお兄ちゃんを幸せにしたいの!」 そんな言葉と同時、装置が起動する。 幸せが流れ込んでくる。 その機械の無駄のない動きに、ああ、本当にミラは機械いじりの天才なんだな、なんて、場違いにも頭の端で思った。 人々の幸せが頭に入っては抜ける。ああ、頭がおかしくなる。頭がおかしくなる! これは僕のじゃない。頭が大きく拒否を示しているのに、正気を失うことができなかった。 誰かの誕生日の笑い声。知らない星の、美味しいスープの味。恋人たちの手のぬくもり。 それが全部、ごちゃまぜの熱になって頭に流れ込んでくる。 これは僕のじゃない! 唸るような音が聞こえる。ミラが慌てて駆け寄ってくる。唸るような音が自分の喉から発せられていると気付くまでにそう時間はかからなかった。膝をつく。 永遠にも思える時間を、のたうち回って過ごした。ミラが手を握っていてくれたのだけが、正気の手掛かりだった。 「……お兄ちゃん」 混乱が止まない。頭が痛い。ぐわんぐわんと目眩がして、それでもノアはミラの目を見た。 「ミラ、帰ろう……」 それだけをなんとか言葉にして、ノアの意識は途絶えた。 コミュニケーションは相互にその気がないと成り立たない、とテオは言った。 だから、おそらくミラとの話し合いは上手くいかないだろう、というのが、僕たちの結論だった。 だから、幸せを垂れ流された時、持ち主の元まで戻っていくように、それをキャッチして広げる装置をテオとルイで設計した。 ノアの身体のことまでは、話す時間がなかったため、まあなんとかなる、と雑に送り出された。 そもそも僕たちは、強靭な身体を持っているから。 やんやんと音がする。それが誰かの会話のようだと気付いて、それが徐々に像を結んでいく―――。 ―――目を覚ました。 「ミラ……?」 「……お兄ちゃん」 「おはよう、ノア」 「ああ、大丈夫そうね。良かった!」 テオとルイも顔を出す。……無事に、終わったのだろうか。 「他の星の奴らから連絡があったぜ。要約すると……解決おめでとう、また遊びにおいで、ってな」 「それはあとで確認するといいよ。とりあえずミラちゃんと話がしたいでしょ。私たちは別の部屋にいるから」 二人はミラに目配せをし、出て行った。ミラはこくりと頷いて、こちらに向き直った。 「お兄ちゃん、あのね」 「私も、お兄ちゃんと居れたら幸せなの。……家族、だから」 唯一残った家族だから。ミラはそう言って、少し俯いた。 「だから、お兄ちゃんがもっと他の幸せの形を望むなら、それが良いと思って……」 「探しに行こうと思ってたの」 でも、とミラはひとつ息をついた。 「ルイお姉ちゃんが……みんなの幸せをお兄ちゃんにプレゼントできたらね、って言ったから……それなら出来るな、って思って」 「……でも、こんなことになるなんて思ってなかった……」 「ルイお姉ちゃんも死のうとしたんだって。他の星の人たちにも、大変だったんだって聞いた……」 「ごめんなさい」 そこまで言って、ミラは頭を下げる。ノアは彼女の頭にぽんと手を置いた。 「お兄ちゃんも、ごめんな」 ミラが顔をあげる。ノアは続けた。 「テオに怒られたよ。コミュニケーションが足りてないんだって」 「僕……ちょっと疲れただけなんだ。帰ってくるかも分からない家族を待ち続けるのも、もう跡形もない故郷を眺めるのも」 ミラが頷く。 「ねえ、ミラ。お兄ちゃんはミラと一緒にいれると幸せなんだ。それは本当。だけど、もっと他に、幸せの形があるんじゃないかと思ってる。」 「それを一緒に探さないか。」 「でも……」 ミラが言い淀む。ノアはひとつ頷いた。 「たしかに、ミラがしたことは簡単に許されることじゃない。一歩遅ければ散々な被害になっていたかもしれない。」 「だから、それはちゃんと、謝りに行こう。それで許されるかは彼ら次第だ。許してくれる人も、許してくれない人もいるだろう。でも、それでいいんだ。」 「それから、もう二度とこんなことはしないって、ちゃんと約束して、それを守ろう。そうする他ない。やらかしたことは、やらかしたことだからな」 ミラは少し迷って、頷いた。頷いてから、こう聞いた。 「ねえ、私、まだ幸せになっていいのかな……」 「それは……」 ノアは答えに迷った。でも、とノアは言う。 「僕は、幸せになって欲しいよ。間違ってたとしても、僕たちは家族だから」 「……うん。もう少し、考えてみる。」 それで、ミラはようやくスッキリとした顔になった。覚悟が決まったようで、安心してノアも笑った。 * ずいぶん遠い所まで来ていたらしい。船は、ゆっくりと星へ向かう。 そんな時。 「お兄ちゃん」 ミラが声を掛けてくる。 「あのね、私、全部終わったら旅に出たいの。私、何も知らないなって思ったから」 「今度は、一緒に考えたいの。私たちの幸せの形って、何なのか。」 だから、と一つ呼吸を置いて、ミラはこちらを伺った。 「……着いてきてくれる?」 「もちろんだよ、ミラ。」 即答だった。呆気にとられたミラの後ろから、テオとルイが出てくる。 「言えたじゃん。おめ~」 「良かったねえミラちゃん!」 「えっ、僕より先に知ってたの!?」 「お兄ちゃんに言うのは緊張すんだってサ~」 テオがからかう。ノアがショックを受けたとばかりに落ち込んだ素振りを見せれば、ミラは慌てて弁明した。 「だって、お兄ちゃん、お父さんとお母さんを待ちたがる気がして……」 「……あ~」 なるほど、とノアが言う。ルイは笑って補足した。 「私たちが、彼らがいつ帰ってきてもいいように、装置を作って置いておくことにしたの。帰ってきたら、それでお互い手紙が送れるようにね。」 「そ。だからモーマンタイってわけ、ちゃんとみんなに謝ったら好きなとこ行こうぜ」 「待って、二人も着いてくるの?」 慌ててノアが言えば、二人は同時に 「もちろん」 「当然」 そう返した。即答だった。今度はノアがあんぐりと口を開けてしまった。 「まあ、ひとまず星にその装置を置いて~、戦闘ロボットをもうちょっと増やして~、ミラの謝罪祭り終わってからの話だな。先は長いぞ」 テオがそう言う。祭りって言うなよ、と突っ込む前に、ミラが大真面目に頷いた。 「私も、頑張る」 「心強いわ、ミラちゃん。」 ルイが笑う。三人が知らないうちに仲良くなっていて、寂しいやら嬉しいやらで、ノアの心境はぐちゃぐちゃだった。 「ああもう、僕の知らないところで仲良くならないでよ!」 「嫉妬~?」 「うるさい!」 ドタバタと今日も騒がしく航行を続ける。 僕たちの小さな船は、きっとこれからも、星々のしあわせのかけらを拾い集めながら進んでいく。それをどんな箱にしまっていくのかは、これから二人で決めればいい。 いつぞやの静かな船内とは違って、今の船は賑やかな声に満ちていた。 おしまい。 畳む 小話 ▼ノアとテオの話 >344 ▼ノアとミラの話 >345 ▼ミラとテオの話 >346 2025.7.30(Wed) 15:06:17 文章,創作