2026年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#ふたつの翼、ひとつの空
後日談 5466文字
「魔法学校の学園祭?」
「そ!」
いつにもまして上機嫌なイズミ先生が笑顔で頷く。呼び出されたシーアとサーヤ、リアムとマシューは思わず顔を見合わせた。曰く、毎年開催されるエアリス魔法学校の学園祭に、騎士学校からも生徒が数名、招待されるのだという。
「仲良しの君たちにはぴったりだと思ってね。それに、それなりに真面目に授業も聞いてくれているだろう。興味があるなら是非、とのことだけど、どうする?」
エアリス魔法学校。確か、入寮案内の手伝いをしてくれたガロウ先生がいる学校だったはずだと、ふんわり思い出す。
「お祭りかあ、なんだか楽しそう! 私は行きたいわ」
「ぼ、ぼくも……!」
シーアとサーヤがそういえば、リアムとマシューも頷いた。
「ま、お前らを二人で行かせるのも不安だしな」
「はあ? 何よそれ、行きたくないならついてこなくてもいいのよ」
「行きたくねーとは言ってねえだろ!」
「あはは、まあまあ……」
マシューが二人をなだめる。イズミ先生は前向きな返事にうんうんと頷いて、じゃあ、と話を続けた。
「来月のこの日、丸一日開けておいてね~」
はーい、と全員で返事をする。サーヤは、久々にとっても楽しみな予定が増えて、なんだかとても嬉しかった。
*
――――それがあったのが、先月の、全てが起こる前のこと。時が過ぎるのは早いもので、また、いろんなことがあったのもあり随分長くも感じたが、当日はあっさりとやってきた。
魔法学校の大きなホールに座って待っていれば、大きな音楽とともに、魔法の光がホールを照らし、弾ける。司会を任せられたのであろう生徒が魔法学校に住み着いている幽霊に茶々を入れられながら何とか進めていくのを、客席のシーアたちは笑いながら眺めた。
「それでは――――エアリス魔法学校学園祭、開幕です!」
わぁっと拍手が弾け、いっせいに光が灯る。開会式は豪勢に終わり、はしゃぐシーアたちを先生は穏やかに眺めていた。
「すごいすごい! 魔法って使い方によってはこんなことも出来るのね!」
「そ、そうだよね……! ぼく、感動しちゃった」
「今のは星魔法だね。僕たちが基本的に使えるのは風魔法なんだけど、エアリス魔法学校では星魔法の研究も行われているんだ」
「へえ、そうなんだ……」
「星魔法と風魔法の違いってあるんですか?」
イズミ先生が補足を入れたのに、リアムが質問を重ねる。イズミ先生がうーん、と唸っていると、後ろから声が降ってきた。
「風魔法が生活などのいろいろな物事に役立つのと比べて、星魔法は基本的には役に立たないものだ。生活を彩るもの、とも言い換えられる。だけれど、時に星魔法は強力な魔法を発揮し俺たちを助けてくれる。だから俺たちはそれをもっと上手く生活に役立てられないかと研究している」
「ガロウ先生!」
シーアたちにぺこ、と軽く頭を下げて、ガロウ先生はイズミ先生に視線をやった。
「イズミ、今年の案内役も俺だ」
「やった。じゃ、例年通りよろしくね」
そうしてガロウ先生はシーアたちに向き直る。怖い先生ではないと分かってはいるが、向き合うと少し緊張してしまうのも事実だった。
「ガロウだ。覚えているかは分からないが、入寮の日にお手伝いをさせてもらった。薬草学の授業を担当している。よろしく」
それに倣ってシーアたちも自己紹介をした。ガロウ先生は頷いてから、少しだけ眉を下げた。
「イズミから聞いたが……、なんか色々大変だったらしいな。お前たちが無事で良かった。イズミもそれはそれは心配していて……」
「わーっ! その話はいいの! もう終わった話なんだから掘り返さないで! いいから、学園祭の説明をしてよ」
話を遮られたガロウ先生は目線をイズミ先生に向けたが特に何も言わず、彼の言葉に従って学園祭の説明を始めた。
学園祭は生徒たちが自主的に研究し制作した出し物を楽しむイベントであり、今回出されているのは、星魔法で作られたプラネタリウム、様々なことを占ってもらえるブース、魔法植物の展示・即売会、自由研究自費出版本の即売会、古代魔法の文字を習うコーナー、など。その他には魔法を駆使して作られた食べ物や飲み物が販売されるとの事だった。
その中でも今回の目玉は舞踏会だった。エアリス魔法学校のいちばん大きなホールを借りてみんなで踊る。だから正装指定だったのか、とリアムは納得した。正装は動きにくくて苦手だった。
「どこに行きたいかはお前たちで決めると良い」
「そうだよ〜。僕たちはあくまで引率だからね、決まったら教えてね」
先生方はそう言って邪魔にならないよう二人で話し始めた。シーアが貰ったパンフレットを開いて口を開く。
「さて、どこに行きたいかしら!」
「ぼ、ぼく、本が欲しいな……!」
「私はプラネタリウムに行きたいわ」
「僕は魔法植物が気になるかなあ」
「俺はどこでも……」
「どこでも!?」
リアムの言葉にシーアが食いつく。
「どこでもいいわけないでしょ、こんなにワクワクするんだから! 遠慮せずに行きたいとこ言いなさいよ」
そんなことを言われても。本当にどこでも良かったので、リアムはしばらく悩んで、こう言った。
「どこに行っても楽しいだろうし、どこでもいいよ」
あらま、素直。シーアが目を丸くしたのを見て、リアムはやらかしたと思った。思ったが、そのまま話が進み、訂正する隙もなく向かう場所は決まっていった。
*
まず本を見て買う。次にプラネタリウムに行って、古代文字を習って、ご飯を食べて、魔法植物は嵩張りそうなので最後でいい、とマシューは言った。
先生二人はそれを聞くと、計画的だね、と笑って、立ち上がった。
「じゃあまずは、本を買いに行こう」
並べられた自費出版の本たちは、サーヤの目にはキラキラ輝いて見えた。
風花の生態と分布に関する研究、ウィンドグライダーの飛行原理の解明、古代魔法の復元研究、星魔法の発現条件と遺伝的要因、雲の下に関する仮説、ウィンドグライダーの好む食べ物大全、など。
全員の好みがバラバラなので、それぞれで見て周り、時間を決めて出口に集合、ということになった。
サーヤは星魔法や図鑑を中心に気になるものを買ったし、マシューはウィンドグライダーに関係しそうな資料を気まぐれに買った。リアムは地上に関する資料を集めて、シーアは可愛いものや物語を中心に買った。
時間通り全員が集まったのを確認したイズミ先生もいくつか本を買っていた。
「いやいや、思ったより買っちゃった。面白そうなものが多いね」
「こういう場に来るとまだまだ学ぶべきことがあると実感させられるよな。これから楽しむのに本が嵩張るようなら俺が持つが」
視線がサーヤに集まる。サーヤは慌てて大丈夫です、と伝えたが、ガロウ先生はその荷物をそっと手に取った。
「いや、どう考えても重いだろう。任せてくれ」
そう言ってガロウ先生はその荷物を手にしていた本の中に収納した。おおーっと歓声が上がる。簡単に魔法を使う先生たちはやっぱりかっこよかった。便乗してシーアが荷物を差し出せば、ガロウ先生はそれも収納してみせた。
「お前たちは?」
リアムとマシューは目を見合わせた。二人はなんだか少し悔しくて、首を横に振って大丈夫だと伝えた。
*
プラネタリウムでは月と星座の話が主だった。終わった後、イズミ先生とガロウ先生は、自分たちの苗字には、月を意味する単語が入っているのだと話した。
古代文字を書いてみるワークショップでは、古代文字の五十音順が配られた。長らく研究の進んでいなかった古代文字は、最近になってぐんと進んだらしい。小さくヴェルタ先生の名前を見つけて、ナユタもこれに関わっているのだろうなとサーヤは思った。
ご飯を買って、魔法植物を買って、一通り満足したところで、イズミ先生がよし、と頷いた。
「そろそろ舞踏会の方行ってみる? 必要なら荷物はガロウ先生か僕が預かるし」
「そうね〜! 楽しみだわ、ね、サーヤ!」
「そうだね、シーア……!」
先生たち二人は、舞踏会、という響きだけでわくわくしているシーアとサーヤを微笑ましげに眺めて、それからホールまで足を進めることにした。
ホールは賑やかだった。
並べられた美味しそうな料理たち、楽しそうに踊る人々の靴の音と、談笑の声。みんながみんなこの時を楽しんでいて、活気で満ちていた。
「わああ……!」
思わず、と歓声が漏れた。シーアは、そんなサーヤを見て嬉しそうに笑った。
「まるでおとぎ話みたいね!」
「そうだね、シーア!」
くるくると音楽に合わせて踊る人々を眺めながら、ほうとため息をつく。手を取り合い踊る年上のお姉さんやお兄さんたちは、なんだかとてもきれいに見えた。
「僕たちも踊る?」
マシューがサーヤに声を掛けた。サーヤは少し慌てて首を横に振った。
「ええっ、ぼ、ぼく、踊ったことなんてないし……」
「大丈夫だよ、たとえ下手でも、誰も怒ったりしないさ」
どうしよう、とシーアの方を見れば、そこにシーアはおらず。代わりにそこにいたリアムがこう答えた。
「あいつはケーキ取りに行った。踊りたいんなら踊れば」
滅多にない機会だろ、とそっぽを向いたリアムの視線の先には、シーアがいた。サーヤは少し考えて、リアムにこう聞いた。
「リアムくんもシーアと踊りたいの?」
「なっ」
返ってきたのは沈黙だった。違う、ともそうだ、とも言わなかったが、沈黙は肯定だった。へえ、ふうん。薄々気づいてはいたけれど。
「シーア、踊るの好きだけど、リアムくんとは踊ってくれないかもね。いつも素直じゃないもん」
「は」
「素直じゃないリアムくんにはシーアはあげられないな」
リアムにじと、とした視線をやったサーヤは、マシューを向き直って手を引いた。
「行こう、マシューくん」
「えっ、あ、う、うん!」
マシューも驚いたまま手を引かれていく。そうして置いていけぼりにされたリアムの後ろで、イズミ先生が盛大に笑った。
「おい、イズミ」
「だ、だって……。ふふ、あはは!」
そこで戻ってきたシーアが楽しそうなイズミ先生に首を傾げた。
「なにかあった?」
「いや……」
どう答えてもよくなかった。結局なんでもない、と言ったリアムにシーアがむすくれる。リアムに同情気味のガロウ先生が助け舟を出した。
「……こほん。サーヤとマシューは二人で踊りに行ったぞ」
「え――――!?」
シーアの視線がサーヤを探す。踊るサーヤは思ったよりも楽しそうで、それが不服だった。
「何よ、マシューのやつ! サーヤは渡さないんだから」
流石双子というべきか、二人して同じような気持ちを抱えているらしい。そのくせ、自分に向けられたものにはお互い気づいていない様子だったのがなんだか恨めしかった。
「シーア」
リアムが声を掛ける。シーアはケーキを口に突っ込みながらリアムを見た。リアムは、あー、とか、んー、とか、しばらく唸った。先生方は空気に徹してくれている。
「……俺達も踊るか?」
結局出た言葉はそんなもので、シーアは少し考えた後にそれを断った。
「今ケーキ食べてるから、無理よ」
「……そうだな」
シーアは、しおらしくて変なリアム、と思った。
「リアムだって、別に積極的に踊りたいわけじゃないでしょ。私はこういう場は好きだけど、気を使わなくていいのよ」
サーヤが戻ってきたら少し一緒に踊ってもらおう、と心に決めながら、ケーキを次々と口に放り込んでいく。リアムは、しばらく黙っていたが、シーアがケーキを食べ終わったころにようやく立ち上がった。
そのまま、シーアのそばに膝をついて――――
「俺が踊りたいから! ――――……俺と、一緒に、踊りませんか」
ひゅう、と周囲から歓声が上がった。茶化されている。シーアは少し驚いてリアムをまじまじと見た。リアムは顔を真っ赤にしていて、珍しい顔、なんて思った。
「それなら、いいわよ。喜んで」
シーアが手を取って立ち上がる。それから、リアムを見てこう言った。
「踊りたいなら最初から素直にそういえばいいじゃない。誰だって手を取ってくれたでしょ」
サーヤもマシューも。付け加えられた言葉にそうじゃないとまでは言えず、リアムは小さく、おう、とだけ返した。
*
「いや、青春だね。なんだか懐かしいな」
イズミがガロウに向かってそう言った。ガロウも目を細めてそうだなと同意を返す。
「俺達も踊る?」
「仕事中だろ、イズミ先生」
「つれないなあ、ガロウ先生は」
そんな言葉の反面、二人は楽しそうだった。穏やかな空気がその場に漂っている。
「俺も跪いてお誘いしたらいい?」
「生徒にからかわれるのが目に見えてるからなあ」
ガロウが唸る。イズミは悪戯っぽく笑ってこう聞いた。
「恥ずかしい?」
「そうじゃないが、億劫が勝つ」
「うわ、ちょっと分かるな」
イズミは自分の持つ生徒たちの顔を思い浮かべて頷いた。だろ、とガロウが困ったように笑う。
「そんなふうに誇示しなくても、俺は恋人を信じているので。ちゃんと帰ってきてくれると」
「そうじゃなくて、普通にガロウ君と踊りたいだけだよ。下手そう」
「醜態を晒せと?」
「かわいいとこが見たいって話だよ」
じと、と睨んだガロウに、イズミがにこやかに返す。しばらく睨み合ってから、観念したようにガロウは目を逸らした。
「機会があったらな」
「お、言質」
せんせー! と、遠くから声がかかる。シーアたちが戻ってきているのを、少しだけ惜しく思いながら、二人は立ち上がって彼らの方へと向かって行った。
――――そうして、平和な日常は続いていく。
いつか彼らも、自分たちと同じようになるのだろうかと、不確定な未来に思いを馳せながら。先生方もまた、まだ小さな生徒たちのために奔走する日々を、平和と呼んでいるのであった。
畳む
後日談 5466文字
「魔法学校の学園祭?」
「そ!」
いつにもまして上機嫌なイズミ先生が笑顔で頷く。呼び出されたシーアとサーヤ、リアムとマシューは思わず顔を見合わせた。曰く、毎年開催されるエアリス魔法学校の学園祭に、騎士学校からも生徒が数名、招待されるのだという。
「仲良しの君たちにはぴったりだと思ってね。それに、それなりに真面目に授業も聞いてくれているだろう。興味があるなら是非、とのことだけど、どうする?」
エアリス魔法学校。確か、入寮案内の手伝いをしてくれたガロウ先生がいる学校だったはずだと、ふんわり思い出す。
「お祭りかあ、なんだか楽しそう! 私は行きたいわ」
「ぼ、ぼくも……!」
シーアとサーヤがそういえば、リアムとマシューも頷いた。
「ま、お前らを二人で行かせるのも不安だしな」
「はあ? 何よそれ、行きたくないならついてこなくてもいいのよ」
「行きたくねーとは言ってねえだろ!」
「あはは、まあまあ……」
マシューが二人をなだめる。イズミ先生は前向きな返事にうんうんと頷いて、じゃあ、と話を続けた。
「来月のこの日、丸一日開けておいてね~」
はーい、と全員で返事をする。サーヤは、久々にとっても楽しみな予定が増えて、なんだかとても嬉しかった。
*
――――それがあったのが、先月の、全てが起こる前のこと。時が過ぎるのは早いもので、また、いろんなことがあったのもあり随分長くも感じたが、当日はあっさりとやってきた。
魔法学校の大きなホールに座って待っていれば、大きな音楽とともに、魔法の光がホールを照らし、弾ける。司会を任せられたのであろう生徒が魔法学校に住み着いている幽霊に茶々を入れられながら何とか進めていくのを、客席のシーアたちは笑いながら眺めた。
「それでは――――エアリス魔法学校学園祭、開幕です!」
わぁっと拍手が弾け、いっせいに光が灯る。開会式は豪勢に終わり、はしゃぐシーアたちを先生は穏やかに眺めていた。
「すごいすごい! 魔法って使い方によってはこんなことも出来るのね!」
「そ、そうだよね……! ぼく、感動しちゃった」
「今のは星魔法だね。僕たちが基本的に使えるのは風魔法なんだけど、エアリス魔法学校では星魔法の研究も行われているんだ」
「へえ、そうなんだ……」
「星魔法と風魔法の違いってあるんですか?」
イズミ先生が補足を入れたのに、リアムが質問を重ねる。イズミ先生がうーん、と唸っていると、後ろから声が降ってきた。
「風魔法が生活などのいろいろな物事に役立つのと比べて、星魔法は基本的には役に立たないものだ。生活を彩るもの、とも言い換えられる。だけれど、時に星魔法は強力な魔法を発揮し俺たちを助けてくれる。だから俺たちはそれをもっと上手く生活に役立てられないかと研究している」
「ガロウ先生!」
シーアたちにぺこ、と軽く頭を下げて、ガロウ先生はイズミ先生に視線をやった。
「イズミ、今年の案内役も俺だ」
「やった。じゃ、例年通りよろしくね」
そうしてガロウ先生はシーアたちに向き直る。怖い先生ではないと分かってはいるが、向き合うと少し緊張してしまうのも事実だった。
「ガロウだ。覚えているかは分からないが、入寮の日にお手伝いをさせてもらった。薬草学の授業を担当している。よろしく」
それに倣ってシーアたちも自己紹介をした。ガロウ先生は頷いてから、少しだけ眉を下げた。
「イズミから聞いたが……、なんか色々大変だったらしいな。お前たちが無事で良かった。イズミもそれはそれは心配していて……」
「わーっ! その話はいいの! もう終わった話なんだから掘り返さないで! いいから、学園祭の説明をしてよ」
話を遮られたガロウ先生は目線をイズミ先生に向けたが特に何も言わず、彼の言葉に従って学園祭の説明を始めた。
学園祭は生徒たちが自主的に研究し制作した出し物を楽しむイベントであり、今回出されているのは、星魔法で作られたプラネタリウム、様々なことを占ってもらえるブース、魔法植物の展示・即売会、自由研究自費出版本の即売会、古代魔法の文字を習うコーナー、など。その他には魔法を駆使して作られた食べ物や飲み物が販売されるとの事だった。
その中でも今回の目玉は舞踏会だった。エアリス魔法学校のいちばん大きなホールを借りてみんなで踊る。だから正装指定だったのか、とリアムは納得した。正装は動きにくくて苦手だった。
「どこに行きたいかはお前たちで決めると良い」
「そうだよ〜。僕たちはあくまで引率だからね、決まったら教えてね」
先生方はそう言って邪魔にならないよう二人で話し始めた。シーアが貰ったパンフレットを開いて口を開く。
「さて、どこに行きたいかしら!」
「ぼ、ぼく、本が欲しいな……!」
「私はプラネタリウムに行きたいわ」
「僕は魔法植物が気になるかなあ」
「俺はどこでも……」
「どこでも!?」
リアムの言葉にシーアが食いつく。
「どこでもいいわけないでしょ、こんなにワクワクするんだから! 遠慮せずに行きたいとこ言いなさいよ」
そんなことを言われても。本当にどこでも良かったので、リアムはしばらく悩んで、こう言った。
「どこに行っても楽しいだろうし、どこでもいいよ」
あらま、素直。シーアが目を丸くしたのを見て、リアムはやらかしたと思った。思ったが、そのまま話が進み、訂正する隙もなく向かう場所は決まっていった。
*
まず本を見て買う。次にプラネタリウムに行って、古代文字を習って、ご飯を食べて、魔法植物は嵩張りそうなので最後でいい、とマシューは言った。
先生二人はそれを聞くと、計画的だね、と笑って、立ち上がった。
「じゃあまずは、本を買いに行こう」
並べられた自費出版の本たちは、サーヤの目にはキラキラ輝いて見えた。
風花の生態と分布に関する研究、ウィンドグライダーの飛行原理の解明、古代魔法の復元研究、星魔法の発現条件と遺伝的要因、雲の下に関する仮説、ウィンドグライダーの好む食べ物大全、など。
全員の好みがバラバラなので、それぞれで見て周り、時間を決めて出口に集合、ということになった。
サーヤは星魔法や図鑑を中心に気になるものを買ったし、マシューはウィンドグライダーに関係しそうな資料を気まぐれに買った。リアムは地上に関する資料を集めて、シーアは可愛いものや物語を中心に買った。
時間通り全員が集まったのを確認したイズミ先生もいくつか本を買っていた。
「いやいや、思ったより買っちゃった。面白そうなものが多いね」
「こういう場に来るとまだまだ学ぶべきことがあると実感させられるよな。これから楽しむのに本が嵩張るようなら俺が持つが」
視線がサーヤに集まる。サーヤは慌てて大丈夫です、と伝えたが、ガロウ先生はその荷物をそっと手に取った。
「いや、どう考えても重いだろう。任せてくれ」
そう言ってガロウ先生はその荷物を手にしていた本の中に収納した。おおーっと歓声が上がる。簡単に魔法を使う先生たちはやっぱりかっこよかった。便乗してシーアが荷物を差し出せば、ガロウ先生はそれも収納してみせた。
「お前たちは?」
リアムとマシューは目を見合わせた。二人はなんだか少し悔しくて、首を横に振って大丈夫だと伝えた。
*
プラネタリウムでは月と星座の話が主だった。終わった後、イズミ先生とガロウ先生は、自分たちの苗字には、月を意味する単語が入っているのだと話した。
古代文字を書いてみるワークショップでは、古代文字の五十音順が配られた。長らく研究の進んでいなかった古代文字は、最近になってぐんと進んだらしい。小さくヴェルタ先生の名前を見つけて、ナユタもこれに関わっているのだろうなとサーヤは思った。
ご飯を買って、魔法植物を買って、一通り満足したところで、イズミ先生がよし、と頷いた。
「そろそろ舞踏会の方行ってみる? 必要なら荷物はガロウ先生か僕が預かるし」
「そうね〜! 楽しみだわ、ね、サーヤ!」
「そうだね、シーア……!」
先生たち二人は、舞踏会、という響きだけでわくわくしているシーアとサーヤを微笑ましげに眺めて、それからホールまで足を進めることにした。
ホールは賑やかだった。
並べられた美味しそうな料理たち、楽しそうに踊る人々の靴の音と、談笑の声。みんながみんなこの時を楽しんでいて、活気で満ちていた。
「わああ……!」
思わず、と歓声が漏れた。シーアは、そんなサーヤを見て嬉しそうに笑った。
「まるでおとぎ話みたいね!」
「そうだね、シーア!」
くるくると音楽に合わせて踊る人々を眺めながら、ほうとため息をつく。手を取り合い踊る年上のお姉さんやお兄さんたちは、なんだかとてもきれいに見えた。
「僕たちも踊る?」
マシューがサーヤに声を掛けた。サーヤは少し慌てて首を横に振った。
「ええっ、ぼ、ぼく、踊ったことなんてないし……」
「大丈夫だよ、たとえ下手でも、誰も怒ったりしないさ」
どうしよう、とシーアの方を見れば、そこにシーアはおらず。代わりにそこにいたリアムがこう答えた。
「あいつはケーキ取りに行った。踊りたいんなら踊れば」
滅多にない機会だろ、とそっぽを向いたリアムの視線の先には、シーアがいた。サーヤは少し考えて、リアムにこう聞いた。
「リアムくんもシーアと踊りたいの?」
「なっ」
返ってきたのは沈黙だった。違う、ともそうだ、とも言わなかったが、沈黙は肯定だった。へえ、ふうん。薄々気づいてはいたけれど。
「シーア、踊るの好きだけど、リアムくんとは踊ってくれないかもね。いつも素直じゃないもん」
「は」
「素直じゃないリアムくんにはシーアはあげられないな」
リアムにじと、とした視線をやったサーヤは、マシューを向き直って手を引いた。
「行こう、マシューくん」
「えっ、あ、う、うん!」
マシューも驚いたまま手を引かれていく。そうして置いていけぼりにされたリアムの後ろで、イズミ先生が盛大に笑った。
「おい、イズミ」
「だ、だって……。ふふ、あはは!」
そこで戻ってきたシーアが楽しそうなイズミ先生に首を傾げた。
「なにかあった?」
「いや……」
どう答えてもよくなかった。結局なんでもない、と言ったリアムにシーアがむすくれる。リアムに同情気味のガロウ先生が助け舟を出した。
「……こほん。サーヤとマシューは二人で踊りに行ったぞ」
「え――――!?」
シーアの視線がサーヤを探す。踊るサーヤは思ったよりも楽しそうで、それが不服だった。
「何よ、マシューのやつ! サーヤは渡さないんだから」
流石双子というべきか、二人して同じような気持ちを抱えているらしい。そのくせ、自分に向けられたものにはお互い気づいていない様子だったのがなんだか恨めしかった。
「シーア」
リアムが声を掛ける。シーアはケーキを口に突っ込みながらリアムを見た。リアムは、あー、とか、んー、とか、しばらく唸った。先生方は空気に徹してくれている。
「……俺達も踊るか?」
結局出た言葉はそんなもので、シーアは少し考えた後にそれを断った。
「今ケーキ食べてるから、無理よ」
「……そうだな」
シーアは、しおらしくて変なリアム、と思った。
「リアムだって、別に積極的に踊りたいわけじゃないでしょ。私はこういう場は好きだけど、気を使わなくていいのよ」
サーヤが戻ってきたら少し一緒に踊ってもらおう、と心に決めながら、ケーキを次々と口に放り込んでいく。リアムは、しばらく黙っていたが、シーアがケーキを食べ終わったころにようやく立ち上がった。
そのまま、シーアのそばに膝をついて――――
「俺が踊りたいから! ――――……俺と、一緒に、踊りませんか」
ひゅう、と周囲から歓声が上がった。茶化されている。シーアは少し驚いてリアムをまじまじと見た。リアムは顔を真っ赤にしていて、珍しい顔、なんて思った。
「それなら、いいわよ。喜んで」
シーアが手を取って立ち上がる。それから、リアムを見てこう言った。
「踊りたいなら最初から素直にそういえばいいじゃない。誰だって手を取ってくれたでしょ」
サーヤもマシューも。付け加えられた言葉にそうじゃないとまでは言えず、リアムは小さく、おう、とだけ返した。
*
「いや、青春だね。なんだか懐かしいな」
イズミがガロウに向かってそう言った。ガロウも目を細めてそうだなと同意を返す。
「俺達も踊る?」
「仕事中だろ、イズミ先生」
「つれないなあ、ガロウ先生は」
そんな言葉の反面、二人は楽しそうだった。穏やかな空気がその場に漂っている。
「俺も跪いてお誘いしたらいい?」
「生徒にからかわれるのが目に見えてるからなあ」
ガロウが唸る。イズミは悪戯っぽく笑ってこう聞いた。
「恥ずかしい?」
「そうじゃないが、億劫が勝つ」
「うわ、ちょっと分かるな」
イズミは自分の持つ生徒たちの顔を思い浮かべて頷いた。だろ、とガロウが困ったように笑う。
「そんなふうに誇示しなくても、俺は恋人を信じているので。ちゃんと帰ってきてくれると」
「そうじゃなくて、普通にガロウ君と踊りたいだけだよ。下手そう」
「醜態を晒せと?」
「かわいいとこが見たいって話だよ」
じと、と睨んだガロウに、イズミがにこやかに返す。しばらく睨み合ってから、観念したようにガロウは目を逸らした。
「機会があったらな」
「お、言質」
せんせー! と、遠くから声がかかる。シーアたちが戻ってきているのを、少しだけ惜しく思いながら、二人は立ち上がって彼らの方へと向かって行った。
――――そうして、平和な日常は続いていく。
いつか彼らも、自分たちと同じようになるのだろうかと、不確定な未来に思いを馳せながら。先生方もまた、まだ小さな生徒たちのために奔走する日々を、平和と呼んでいるのであった。
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⚠︎BL
【和歌月泉/欠月牙狼】
【和歌月泉/欠月牙狼】































7136文字
――――お姉ちゃん。
幼い声がした。今よりはるかに低い視点、姉と手をつないで帰る途中。翼は姉に声を掛けた。
――――なあに、翼。
翼の声に応えるように微笑みを返し振り返る姉の顔はぼやけている。よく見えない、よく思い出せないけれど、姉のことだから、きっと笑顔だった。
――――いつか一緒に、あのステージに立とうね。
TrendSync Perform。歌とダンスとファッションを組み合わせた、この世界における最も重要な未来を紡ぐ手段であり、競技のこと。姉は、その世界でも頂点である『トップシンカー』を目指していた。小さな間の後、姉は息を大きく吸った。
――――もちろん!
嬉しそうな声だったと、思う。もう思い出せない。ああ、これは過去の夢だ、だって、姉は、今――――……
「……ばさ、翼! 起きなさい!」
は、と目を覚ます。目の前には呆れた顔をした母親が立っている。頭が回らない。なんだか怒っているようだった。ぼんやりした翼を前に、母は、す、と時計を掲げてみせた。時間は遅刻ギリギリを示している。
「えっ、うわあ!」
「もう桃音ちゃんたちには先に行ってもらったからね。アンタも早く支度なさい」
ご飯はできてるから早く降りてくるのよと母は部屋を出て行った。翼も、慌ててベッドから出て支度をする。顔を洗って歯を磨き、雑に髪を整え制服に着替える。
先日買ったばかりのかわいいヘアピンを今日こそつけていくか悩んで断念する。顔が幼い方とはいえ、男である自分がこれをつけるという違和感がどうしても拭えなかった。
ふと、さっきまで見ていた夢を思い出して、そっと姉の部屋の扉を開けた。
静かだった。部屋に翼が入ってきて尚、視線は窓の外を向いている。
「お姉ちゃん、おはよう」
声を掛けても反応はなかった。普段だったらもう少し、一方的にでもおしゃべりをしてから行くのだが、今日はそうも言ってられない。行ってきます、とだけ声を掛けて、ご飯を済ませるべく階段を下りた。
*
「お、遅かったな、寝坊助さん」
教室に入れば、クラスメイト兼幼馴染の正城朱希が真っ先にこちらに気付いた。よう、と手を振ってくる彼の隣で、同じく幼馴染の結城桃音がぱあっと顔を明るくした。
「おはよう、ゆうちゃん!」
夕空翼の夕をとってゆうちゃん。その呼び方は幼稚園の頃から変わっておらず、いつも通りの教室内になんだか少し気が解けていくような気がした。
「おはよう。まさか遅刻するなんて思わなかったよ~……」
「なんだか珍しいよね、遅刻するの」
ちょっと心配したんだよ、と言う桃音の横で、朱希が意地悪気にこう言った。
「とか言って、授業中居眠りしがちじゃん。ちゃんと夜に眠らないと駄目だぜ」
「う……」
何も言い返せなかった。言葉に詰まった翼を見て、桃音は首を傾げた。
「夜、あんまり眠れてないの?」
「う~ん……」
眠れている、と言えば嘘になる。最近は、自分がステージに上がるための衣装デザインに苦戦しっぱなしで、夜更かしをしがちだった。そのせいで、授業もおろそかになっている、自覚がある。
「良くないってわかってるんだけどね」
「自分でデザインもやらなきゃなんねえのか。そりゃ大変だな」
翼の描いたデザイン画を見て朱希が唸る。そのまま、無理、専門外、と言いながら桃音にスライドした。桃音が言う。
「ゆうちゃん、トップシンカーになりたいんだもんね……」
まじまじとデザインを見ながら桃音も困った顔をした。それから少し悩んで、意を決したようによし、と気合を入れる。
「えっとね、ゆうちゃんさえ良ければなんだけど」
そう言いながらごそごそとカバンを漁る。カバンから出てきたのは一つの携帯端末だった。
「それは?」
「トレンドフォージ! これで衣装をデザインして、スタイルコード――――ええと、カードに印刷するの」
こうやって、と、桃音は一つのデータを選択して印刷する。朱希は興味深げにそれを眺めていた。
「へえ、桃音もそういうの持ってたのか」
「ボクでさえ自分のは持ってないのに……」
えへへ、と照れたように笑った桃音は、印刷したカードで口元を隠してこう言った。
「ゆうちゃんの役に立ちたくて。あのね、ゆうちゃん」
桃音はそのまま、そのカードを翼に差し出す。翼は、どこからどう見ても女の子のための服が印刷されたそれと、桃音の顔を見比べた。
「私のデザインを着て、オーディションのステージに立ってみてくれないかな!?」
「……え、」
再びスタイルコードに視線をやる。女の子の服だ。桃音の顔を見る。冗談を言っているようには見えなかった。
「あー、いいんじゃね? 似合うだろ」
朱希の他人事みたいな声がその後ろから響く。キーンコーンカーンコーン……と、そのタイミングでチャイムが鳴った。いけない、と桃音はスタイルコードを翼に押し付けた。
「考えておいて!」
「え、ちょっ」
桃音がバタバタと自分の教室に戻って行く。一人取り残されっぱなしの翼は、それを引き留めることも、朱希に助けを求めることも出来ずに、先生が入ってきて、授業が始まった。
*
トレンドシンカーになるには、レゾナンスマイクを手に入れる必要がある。レゾナンスマイクは、オーディションに参加することで手に入れられる、トレンドシンカーの証明だ。翼は、そのオーディションに、二回落ちている。
桃音の考えた衣装を着て、オーディションのステージに立つ。何度スタイルコードを確認してもそこに描かれているのはかわいいふわふわのスカートと大きなリボンで、翼は小さくため息をついた。
かわいいものは好きだ。でも、身に纏いたいと思うかと言われたら、分からない。だって、男がこんな服を着るのは、変だ。ううん、と声が漏れる。
「何悩んでんの。授業ちゃんと聞いてたか?」
スタイルコードを眺めてぼうとしていると、後ろから朱希が声を掛けてきた。開いている椅子をがたがたと引きずって隣に座る。翼は、少し悩んでから言葉を口にした。
「いや、ボクは男なのになあって……。授業は、あとでももちゃんに教えてもらうよ」
「贅沢な奴。んで、服だっけ、でもお前、可愛いの好きだろ」
「好きだけどさ……」
間髪入れずに入った言葉に尻込みする。朱希は、しばらく黙ってから、改めて口を開いた。
「俺は好きな物を好きだ! って堂々としてた方がかっこいいと思うぜ」
「……わかってるけど」
「それに、今更じゃね?」
じ、とこちらを見据える朱希はいたって真面目な顔をしていてなんだか居心地が悪い。
「今更?」
「トップシンカーになりたいなんて、笑われても仕方ないだろ」
それでもなるんだろ、翼は。そう言われてみて、考える。確かに、同じことかもしれない。トレンドシンカーになることは比較的簡単だが、トップシンカーとなると唯一だ。夢物語と笑われてもおかしくないだろう。
「利用できるもん利用したらいいんじゃねえの。俺はその辺、よく分かんねえけど」
「朱希ってこういうの興味ないもんね」
「裏方の方が性にあってんだよな。曲作るだけ~とかさ」
確かに、それで良いのかもしれない。可愛いものが好きだから、可愛い服を着る。そう言葉にすると、ごく単純な話のように思えた。
「ゆうちゃん、朱希、帰ろ~!」
がたがた、と扉が開かれ桃音が現れる。おう、と返事をして朱希も荷物をまとめ始めた。桃音が近づいてくる。
「何話してたの?」
「えーと……」
桃音はちら、とスタイルコードに目をやった。翼は、少し悩んで、思い切って聞いてみることにした。
「ももちゃんは、どうしてボクにこの衣装が似合うと思ったの?」
「えっ、そうだなあ……」
桃音は少し悩んだ。言葉を選んでいるようだったので、大人しく待つことにした。
「……、ゆうちゃんが、喜んでくれたらいいな、が一番だったの。もちろん、かっこいいのが似合わないと思ってるわけじゃなくて……。ゆうちゃんなら、こっちの方が喜んでくれるかなって」
違った? と小さく首を傾げて見せる桃音は翼のなりたい女の子の形をしていて、なんだか複雑だった。言葉が足りなかったのを察した桃音が、慌てて言葉を付け足す。
「ゆうちゃんに似合うと思ったからデザインしたんだよ! ゆうちゃんは世界一可愛いもの。私を信じて」
ね、と念を押す。翼は困ってしまって、スタイルコードに視線をやった。
「……えっと、まずね。嬉しいのは本当なんだ。ももちゃんがボクのためにデザインを持ってきてくれるなんて思ってなかったから……。でも、戸惑いと不安が強くて。だって、これを着て、ボクが失敗したら……」
「翼」
そんな言葉を、後ろから朱希が止めた。押し黙った翼に、桃音は少し考えてから言葉を発した。
「大丈夫よ、ゆうちゃん。私を信じて。ダメでもいいの、ゆうちゃんが心ときめくかどうかが一番大事なの」
「心ときめく……」
「そう。私、ゆうちゃんのステージが好き! 楽しく歌って踊ってるゆうちゃんが好き。見てると楽しくなって、嬉しくなって、がんばれーって、いっぱい応援したくなるの。ゆうちゃんなら、もしなにか失敗したとしても楽しいステージにできるって、信じてるから」
桃音はふわりと笑みを浮かべた。花のような笑みだった。
「だから、大丈夫。大丈夫よ、ゆうちゃん。それにほら、可愛い服は心の鎧だもの」
「……ももちゃん」
「俺もそう思うぜ」
桃音の言葉に、朱希も頷いた。
「一回やってみりゃいいじゃん。今までダメだったのが嘘みたいに楽しいかもしれないぜ」
かわいい感じの曲を作り直さなきゃな、と朱希は笑った。確かに、と桃音は頷く。翼は、少しだけ自分を――――ひいては、自分を信じてくれている二人を、信じてみることにした。
「……二人とも、ありがとう」
スタイルコードを掲げて、翼は宣言した。
「ボク、やってみる。最高に可愛いトップシンカーになってみせるよ!」
朱希と桃音は、目線を合わせて頷いた。ただ、その信頼が嬉しかった。
*
朱希が爆速で曲を作り、なんとか振り付けを完成させた頃にはオーディションが数週間後に迫っていた。
TrendSync Performのオーディションは一大イベントだ。未来のスターがここから生まれるかもしれない、と、大きなホールで未来のファンたちの視線の元、行われる。
オーディションでは、一次審査で書類を見、二次審査で課題曲をやり、最後にステージに立つ。観客のときめきがそのまま得点となり、それが1000を越せばレゾナンスマイクを手に入れられる。
だから、出来うる限り完璧に仕上げなければならない。翼は、小さくて華奢とはいえ男だ。女性らしい立ち振る舞いを習得するのにそこそこの時間がかかった。
朱希がダンスを見てくれたり、桃音が歌の練習を手伝ってくれたり。
最大限使えるものを使い、利用出来るものを利用し、そうして目まぐるしく時は過ぎ――――
――――気付けば最終審査の当日だった。
「頑張ってね、ゆうちゃん……!」
「ここまで残ったの初めてじゃね? すげえな」
変わらず応援してくれる桃音と朱希がそんなふうに見送ってくれる。翼は頷いて、親指を立てて二人に突き出した。
「ちゃんと寝たし、体調も万全! それに、ボクには二人がついてる。必ずレゾナンスマイクを手に入れて、トレンドシンカーになってみせるよ!」
だから、見てて。そう言って笑ってみせれば、笑顔が硬かったのか、桃音は仕方ないなと言うように笑って、翼の頬に指を当て、ぐいと上にあげた。
「でも緊張してる? 大丈夫、ゆうちゃん。今まで頑張ってきたもん、今まで通り、歌って踊るだけ、だよ」
そのままぐにぐにと顔をもみくちゃにされる。なんだかそれがおかしくて、思わず自然に笑みがこぼれた。
「うんうん、ゆうちゃんは自然体で笑ってるのがいちばんかわいいんだから」
「……緊張するなは無理な話かもしんねえけど、ま、信じろよ。積み上げてきた経験をさ」
「そうそう! あ、これはお守りね」
そう言いながら、桃音は翼に紙袋を突き出した。
「……これは?」
「ふふん。開けてみて!」
言われるがまま開けるとそこには羽根のヘアピンがふたつ、収まっていた。よくよく見れば少し縫い目がブレていたりするところがあって、手作りなのだろうと察することができた。
「……これ」
「朱希と一緒に作ったの! 朱希ったら玉留めもできないのよ。めちゃくちゃ苦戦したんだから」
「それは別にいいだろ、高校生男子の裁縫力なんてそんなもんだって」
二人はそこまで言ってから、オーディション開演の時間が迫っているのに気づいて目を合わせた。
「じゃあ、頑張ってね、ゆうちゃん!」
「見てるからな、ちゃんと」
「あ、……ありがとう!」
朱希と桃音はその言葉に誇らしげな顔をしてから客席に急ぐ。翼は、安心した心持ちで二人に手を振り、ステージへと向かった。
――――お姉ちゃん。
ボクは、お姉ちゃんの代わりに、トップシンカーになる。
トップシンカーになって――――お姉ちゃんを、助けるから。
どこか覚悟を決めた面持ちで、翼は貸し出されたレゾナンスマイクを起動した。
「レゾナンスマイク!」
手順は何度も動画で見たから知っている。翼にとって長く憧れだった、変身の手順。
「スタイルコードセット!」
マイクのボタンを押してからカードを読み込ませる。淡く光ったカードがその衣装を投影した。
息を吸う。吐く。想いはひとつだった。
「――――最高のステージを目指して!」
二人の気持ちを無駄にしないように。
「オン・ステージ!」
視線を上げれば、一面にピンクのサイリウムが広がっていた。
*
曲が流れ出す。朱希が翼のために作ってくれた曲だ。手拍子が多めの、リズムの取りやすい曲。翼はリズム感あんまないからこの方がいいだろ、と言った朱希の思惑は正しくて、翼でもそれなりに踊れるようになった。
「みんな! 今日は楽しんで行ってねー!」
わああ、と歓声が上がる。音に合わせて腕を運び、足を運び、歌う。
観客の顔が見える。楽しんでくれている人、そっぽを向いている人、様々だ。この視線を、全て、自分のものにしなければ、――――トップシンカーになんて、なれない!
指先まで綺麗に運ぶよう意識しながら、声を出す。歌え、歌え、誰にも負けぬように。
ああ、それにしたって、ステージがこんなに楽しいものだなんて知らなかった。
人の前で歌って踊るのがこんなに楽しいなんて知らなかった!
「みんなっ、もっともっと声を出して! もっともっと――――楽しんで!」
手拍子を誘導する。今なら何でもできる気がした。ぱち、ぱち、ぱち、手拍子が合って行く。観客の前にノーツが現れた。
光が見える。降り注ぐ星のノーツは観客の元に届き手元で弾ける。リズムを取りやすいよう夢中で誘導した。
そうしているうちに、
鮮烈。そんな言葉が似合うような、爆発的な光とともに、――――圧倒的なステラ・ノーツ!
翼の背後に羽が生えたように思えた。みにくいアヒルの子は、白鳥の真似をして美しく羽ばたいた。
あと少し頑張れば、光に届く。ぐうっと手を伸ばした翼の、光に届いた手の、先――――
「すごいよ、ゆうちゃん!」
そこにいたのは小さな生き物だった。マスコット、と言っても差し支えないだろう。
「いいなあ、ゆうちゃんの光は、希望って感じですごいなあ!」
「――――君は?」
そのマスコットは、その身体をふるりとさせてから答えた。
「ぼくはルミィ、メロディアに住んでいる、おとだまさ!」
おとだま――――ルミィは、翼の頬にすり、と頬擦りをして、笑った。
「ああ、君ならきっと、いつか壊れてしまった未来も紡げる……」
――――そんな言葉を最後に、翼の意識はステージに戻った。
わああ、と大歓声が響く。得点は――――1340点。1000点を、こえている。
「……嘘」
信じられない。
「合格……?」
呆然と呟いてから、はっとした。まだステージの上だ。慌てて観客に向き直り、丁寧に頭を下げた。そのままステージを下りれば、あのステージの光も、大歓声も、まるで夢だったかのように静かだった。
*
その後はすごくあっさりしていた。おめでとうございます、と頭を下げたのはレゾナンスマイクを製造する会社の社員さんで、桃音の作ってくれた衣装に合わせた装飾を頼めば快く快諾してくれた。
それが届くまで、数週間いただきますね。この度は本当におめでとうございます。と、そんな言葉を貰って外に出れば、朱希と桃音が駆け寄ってきた。
「ゆうちゃん!」
「翼! おっまえ、すげえなあ!」
朱希がばしばしと背中を叩く。桃音も翼の手を取りぶんぶんと振り回した。
「わ、わ、朱希、痛いし、ももちゃんもちょっと落ち着いて……」
「落ち着いてられないよー!」
そのまま桃音は翼に抱きついた。翼が固まったのを良いことに、桃音は話し出す。
「ゆうちゃん、本当に可愛かったし、本当に凄かった! 本当にステージに立つの初めてなの!? ってくらい、最強だった。私の見立ては正しかった!」
ぐう、と抱きしめて、離す。それから桃音は、心から嬉しそうに笑った。
「ゆうちゃんがトレンドシンカーになるお手伝いが出来て嬉しい! おめでとう、ゆうちゃん」
「ももちゃん……」
翼は、もう、夢なのではないかとばかり思っていたから、桃音の言葉で現実感がようやく追いついてきて、なんだかとても嬉しくなった。
「いや……」
朱希がぽつりと声を出した。少し悩んで、唸って、それからようやく話し出す。
「改めて、めちゃくちゃ良かったと思う。良かった、から……」
それからしばらく、沈黙。焦れた桃音が急かしてようやく、朱希は言葉を続けた。
「あー、えっと、……あのさ」
頬をかいて、朱希は首を傾げてこう言った。
「俺でもトレンドシンカーになれると思う?」
久々に踊りたくなっちゃって。そう続いた朱希の言葉を何度か反芻する。おれでもとれんどしんかーになれるとおもう?
「え――――っ!?」
言葉を咀嚼しおわってようやく、翼と桃音は顔を見合せて、それから二人で大きく声を上げた。
夢への道は始まったばかりだ。
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