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2026年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

SS 帰り着く星
3336文字

 私は、宇宙人だ。
 ――いや、正確には、君たちと同じく地球に住んでいる。地球も宇宙にあるといえばそうだけれど、宇宙という名称は地球のものであり、私が宇宙人を名乗るのは、変だ。
 それでも、私は宇宙人なのだ。心の中にたった一つ、自分だけの星を持っている。

 ――だというのに。
「おや?」
「……な、」
「こんにちは。君、なんでこんな所にいるんだい」

「なんでこの星に私以外の人間がいるのよ――!!」

   *
 
「落ち着いたかい」
「ええ……」
 肩で息をする私を他所に、その男は平然とお茶なんかを差し出してくる。それをぶんどって口に含めば、思ったより苦くて思わず舌を出した。
「さて、……本題だが。この星は僕の星であるはずだよ。君はこの星にいるべきじゃない」
 あくまで穏やかにその男は言った。ギ、と睨めば、きょとん、とした表情が返ってくる。
「この星は、私が作ったはずなんだけど」
「……、そうなのかい? すごいねえ」
 呑気なものだ。すごいねえ、の言葉に拍手まで添えてくる。苛立ちがピークに来ている私は思わず用意された机をだん、と叩いた。
「あーもう! なんで私の星に知らない人がいるの! 勝手に入ってこないでよ!!」
「そうは言われても」
 困った顔を微塵も見せずに優雅に苦いそのお茶を飲む男はまるで幼い頃夢見た王子様の様相だった。こんな状況でさえなければ。そう、ここに板が1枚挟まっていて、これがアニメや漫画の世界であれば。楽しく鑑賞でもなんでもできたかもしれないのに。
「この星を君が作ったのなら、確かに、ここは君の星でもあるんだろうな。でも、同時に、僕の星でもあるんだよ」
 少しの間、ようやくこちらに視線を向けた男は、困ったように笑ってこう言った。
「帰る場所が無くなるのは、困るな」
 少し、心臓がどきりとした。それでも、引く訳には行かなかった。
「それでも、ここは私の星よ」
「うーん……」
 そしてここは、私の帰る場所でもあるのだから。知らない人になんか、踏み荒らされてたまるものか。負けじと睨めば、男は苦笑してからこう言った。
「でも君、地球人だろ」
「……」
「地球に君の家族や友人はいないのかい」
 友人。
「居ないわけないでしょ」
「じゃ、帰らなくちゃならないよ」
 あっけらかんとその男は言う。私は目を伏せる。帰らなくちゃならない。分かっている。
「それでも、ここは私の帰る場所なの」
「……」
「私の、私だけの……」
 堂々巡りだと男がそのお茶を啜る。私は用意された椅子に行儀悪く体育座りをしてしばらく黙っていた。男は何も言わなかった。
「……君は、家族や友人は好きだよね」
「なによ」
 男は言葉を紡ぐ。
「人の記憶や感情を見ることが出来るんだ」
 びく、と私の肩が震えたのが分かった。恐る恐るその男を見上げる。涼しい顔をした男は、小さく小首を傾げてみせた。
「違った?」
「……違わ、ない、けど」
 うんうん、と頷く。今、この男は、記憶や感情を見ることができる、と言った?
「それ以上は――」
「君には好きな子がいるよね」
 私の言葉を遮るように男が言う。ああ、時すでに遅しだ。知られている。
「……だったら、なによ」
「その子のために帰りたいとは?」
「あの子は私なんか好きじゃないもの」
 探るような視線がこちらを覗いている。居心地が悪くて膝に顔を埋めた。
「……そんなことは」
「ないって言う?」
「ないように思うけどねえ」
 暗闇の中で、男の呑気な声だけがする。ああ、出来れば思い出させないで欲しかった。
「あの子のために、帰らないのよ」
 言ってから、涙を堪えるように唇を噛み締める。涙は出なかった。
「あの子は、優しいから、私の相手もしてくれるけど――それが良くないの」
 男は黙っている。
「どんどん、あの子のこと、好きになっちゃう。私、あの子の負担にはなりたくないの。――ともだち、だから」
 男が小さく息を吐いたのが分かった。それに思わずむ、として顔をあげる。
「だからここまで来たの。それなのに私の星に勝手に住み着いて勝手に踏み荒らして、どういうつもり?」
「そんなこと言われてもなあ」
 男は困ったように頬をかく。
「まあでも――自分の力じゃ、どうにもならないことがある、っていうのは、分かるよ。困ったね」
「一人でこの星に住んでるくせに?」
「僕にも『ともだち』がいたんだよ」
 ふうん。私は喉が乾いた気がして改めてそのお茶に口をつけた。相変わらず苦い。美味しくない。
「君のこともどうにもならなさそうだな」
「そうよ。早く出ていって」
「それは出来ないよ。どうしてもって言うなら、君が僕の移住するための星を作らないと」
 ぱちくり。私は瞳を瞬かせた。男は言う。
「僕はこの星と一緒に産まれたんだ。覚えてないかい」
「……どういうこと?」
「うーん、前途多難だなあ」
 男は腕を組んで困った困ったというようなポーズをとった。それから、真っ直ぐな目でこちらを見やる。
「僕は君に作られたんだ。君の味方であるようにって」
「……作られた、って……、味方なんかじゃないくせに。信じられるわけないでしょ」
「そりゃまあ、君の意思だろ。僕は君に動かされているんだから、僕の知った事じゃないさ」
 男はそんな意地悪を言う。思い出したくない。耳を塞ぐ。
「あんなこと言いながら、君自身が帰る理由を探してるんじゃないのか? 分かっているんだろう」
 うるさい。
「だから、帰らなくちゃだめだよ」
「うるさい!」
 ああ、ダメだ。
「作り物のお前に何が分かるんだよ! ああそうだよ、辛いことも苦しいこともほとんどないぬるま湯みたいな環境で、一人で勝手に自分の首を締めて動けなくなって、挙句の果てには宇宙まで逃げてきちゃった!」
 男は静かにこちらを見ている。
「うるさいな、分かってるよ、分かってるけど帰りたいよ、死ぬのって怖いから! でも、帰りたくないよ、怖いんだもん、だって、仕方ないじゃん……」
 涙が溢れて止まらない。男は静かにこちらを見ている。
「私の味方だって言うなら、ちゃんと助けてくれなきゃ嫌だよ、どうしてそんなに意地悪言うの……」
 静かな宇宙に私一人のしゃっくりが木霊する。しばらく男は何も言わなかった。
「……君は僕で、僕は君だからだよ」
 男がぽつり、と呟いた。それが『意地悪』の理由だとすぐに分かった。小さくため息を着いて男は続ける。
「助けて欲しい?」
 男が聞く。
「君が望むなら、ここを君の星にしよう。ここは恒星だから、誰にも邪魔されないように惑星を作ってくれたら、僕が君に仇なす物は全部倒してあげる。でも、そこに君の友人がいても分からないかもね」
 は、と目を開く。男を見る。私の答えなんか分かりきっている、と言わんばかりの顔をしていた。
「それでも、君が寂しい時に君を一人にはしない。名前を呼んでくれたらすぐに駆けつけるし、優しい言葉だけをかけ続けてあげよう。永遠に、二人だけの小さな箱庭で生きていくんだ」
 それは確かに私が望んだことなのに、男の選ぶ言葉のせいで酷く恐ろしいものに思えた。
「どうする?」
 ああ、それが答えだ。これが、帰る理由であり、言い訳だ。彼は言い訳を私にくれている。
 帰って欲しいと、思っているのだろう。ああ、そうだ、そうだった。
「……わかった、よ」
 震える手を握り締めて、私は彼に目を合わせた。
「私はこの星には残らない。けど、いつか絶対に帰ってくる場所はここ。それまで、貴方はこの星を守っていてくれるのね?」
 だって私はあなたを、この星を守る王子様として作ったのだから。
「もちろんだとも、まかせて」
 男は穏やかに微笑んだ。光の中で、私の名前を呼ぶ声がする。ぱちぱちと光が弾けた。
 なにかを言おうとして、何も言えなかった私の代わりに、男が口を開く。
「あいしているよ、僕の主人、いつか、また会う時は――」

 君の友だちも、紹介してね。
 そんな声は光にかき消される。私の返事もきっと、その光に飲まれて、届かなかった。

 ――絶対に嫌だ!

畳む

創作,文章

#TrendSync 四話
進捗 1155文字

「お祭り?」
「そう!」
 学校の休み時間。地域のお祭りのポスターを見せつけながら、翼は二人に声を掛けた。
「お祭りのステージに立つトレンドシンカーを募集してるんだって! ボクはもう申し込んだんだけど、二人のステージも見れたらもっと嬉しいから」
 朱希がふうん、と頷きながらスマホを操作する。開いたのはカレンダーアプリだ。何日? 再来週の土曜! いけるな、申し込むわ。ぽんぽんと二人の会話が続く。
「ももちゃんは?」
「えっ」
 桃音はここしばらく、トレンドシンカーとしてステージに立つための覚悟を決めあぐねていた。翼と朱希は当然みたいに凄くて、自分が同じステージに立って見劣りするのが怖かったのもそうだ。
「私は……」
 言葉に詰まる。翼は少しきょとんとしてから、仕方がないなというように笑って、話題を変えた。
「お母さんが、お姉ちゃんもお祭りに連れてきてくれるみたいなんだ」
「奏海さんが?」
「そう。ほら、お姉ちゃんって、ステージ好きでしょ。なにか変わったらいいなって」
「あ……」
 夕空奏海。翼の姉である彼女は、不協和の影と呼ばれる人々のステージを見て、心を壊した。
 それを見ることで心に不調を与えるステージをする人々をまとめて不協和の影と呼び、これは既に社会的な問題になっている。原因の早急な究明が急がれているが、進捗は芳しくはないらしかった。
「奏海さん元気?」
「うーん、変わらずかなあ」
「……そっか」
 奏海が心を壊した日。翼にも、奏海にも、なにもできなかったことを、悔やんでいた。
「じゃあ、私も……ステージ、出る!」
「ええっ」
 翼が首を傾げた。桃音は、翼と目を合わせて笑った。
「奏海お姉ちゃんに、見てほしいから」
 そう言えば、翼も嬉しそうに、少しだけ申し訳なさそうに笑った。

   *

「お姉ちゃん」
 お祭り前日。練習から帰宅した翼は奏海の部屋へと向かった。奏海は変わらず外を見ている。
 ぼんやりして、焦点の合わない瞳の中、彼女が何を考えているのかは、よく分からなかった。
「あのね、明日のお祭り、ボク、トレンドシンカーとして参加するんだ。朱希とももちゃんも一緒なの」
 奏海から返事はない。
「お姉ちゃん、まだ、ステージのこと、好きかな」
 奏海から返事はない。嫌というほど静かだった。
「楽しみにしてて、お姉ちゃん。最高のステージを届けるから」
 奏海は窓の外を見ている。ぼうっとした瞳の奥に隠れている感情を探し当てようとして、諦める。
 それからはしばらく今日あった面白いことや、楽しかったことの話をした。ある程度の話題が尽きたあたりで、翼は奏海の手を握る。
「……じゃあ、おやすみ、お姉ちゃん」
 こうすると安心するでしょ、と、いつぞや奏海が教えてくれた仕草を返す。これも習慣だった。
 自分の部屋に戻って、改めて窓の外を見た。星がきらきらと瞬いていて、こんな時まで能天気だなと思った。

   *

畳む

TrendSync!,文章

2026年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

#TrendSync 三話
7724文字

「おはよう……」
「おはよう、ももちゃん!」
「はよ〜」
 三者三様の挨拶が響く。あんなに大きな宣言をした後日だったので、桃音は二人と顔を合わせるのがなんだか照れくさかった。
「桃ちゃん、トレンドシンカーを目指すんでしょ!?」
「ゆ、ゆうちゃん! 声が大きいって!」
「いやあ、楽しみだなあ、桃ちゃんのステージ……!」
 翼のキラキラとした視線を一身に受けて、桃音は思わず苦笑した。それでなんだか気が抜けたのも事実だった。
 うんうん、と勝手になにか納得したように頷いて、翼は拳を突き上げた。
「よーし、まず二人が目指すは来月のオーディション! というわけで今日から特訓、頑張らなくちゃね」
「おー!」
 朱希と桃音は視線を合わせた。二人で笑いあってから、翼に合わせて拳を突き上げる。
 三人はこの時、お互いに力強い味方に、そして、ライバルになった。

   *

 ――――靴の音が響く。三人は、市内にある貸しレンタルスタジオまで来ていた。目的はひとつ、朱希と桃音のオーディション合格のため。
 朱希は歌が、桃音はダンスと体力がお互いに課題だった。
 特に、桃音のダンスを彼女の体力に合わせて調節しながら、作曲もしつつ、自身も練習をしなければならない朱希は大変そうだったが、それでも毎日楽しそうだった。
「つ、疲れた……!」
「お疲れ様、ももちゃん! 最初に比べたら随分体力もついてきたんじゃない?」
「ありがとう、ゆうちゃん……そうかな……」
「まだまだ課題アリアリって感じだけどな。ま、形にはなるだろ」
「……朱希だって、歌は全然まだまだなくせに」
「うるせえなあ」
 翼が二人に差し入れとして水分を渡す。二人――――特に桃音は随分ヘロヘロで、ペットボトルの半分くらいを一気に飲み干してしまった。
「……形には、なるかな」
「誰がダンス見てると思ってんだよ。大丈夫だって、なんとかするから」
 な、と朱希はにい、と笑って言った。それでも不安そうなままの桃音を差し置いて、翼は唇を尖らせた。
「ボクももっと朱希に見てもらえば良かったなあ」
「おっ、今からでもやるか? 俺は厳しいぜ」
「ももちゃんには甘々なくせに」
「桃音は体力ないからなあ」
 不服そうな翼の様子に、呆れた朱希がデコピンをお見舞いする。痛い、だの、なんだの。翼が騒ぐのを放置して、朱希は桃音に向き直った。
「そんな顔しなくても、大丈夫だって。信じてくれよ、俺を」
「……朱希のことはもちろん、信じてるよ。信じられないのは自分の方」
 困った顔をした桃音は、そう呟いてから、ぱちん、と自身の頬を叩いた。
「だから、もっともっと頑張らなくちゃ」
「おっ、いいぞ、その意気だ。だけど今日はもう休め。へろへろだろ」
 立ち上がろうとした桃音を朱希が押し戻す。不満そうな桃音に、翼が時計を見てから笑ってこう言った。
「頑張ったから、今日はおやつ買って帰ろう。たまにはご褒美も必要だよ」
 桃音は、ご褒美と練習を天秤にかけて、ご褒美を取ることにしたようだ。頷く桃音の隣で、朱希も賛成、とグッドサインを作った。

   *

 帰り道。他愛ない話をしながら、お菓子を買って、アイスも買って、少しお行儀悪く食べながら帰路に着く。
 ふと、帰宅するために駅に群がる人間の集合体の中から一人、朱希は、目が合った。
「……あ」
 目を逸らす。気付いているのか気付いて居ないのか、相手はまじまじとこちらを眺めているのが分かった。
「朱希?」
 不思議そうに翼が声をかけてくる。朱希は、咄嗟に笑顔を取り繕って応えた。
「なんでもない。ちょっと……昔の知り合いっぽい人が」
「えっ、どれどれ」
「や、やっぱ朱希だよな!?」
 気付けば近くにまで来ていたその人――――紫苑は、食いつくように声を掛けてきた。
「元気してたか? 急に辞めたって聞いたからびっくりしたぞ」
「えっ、……あ〜」
「ダンスは続けているんだよな?」
 紫苑の目は真っ直ぐだった。なんだか後ろめたくて、朱希は思わず誤魔化すように目を逸らした。
 桃音と翼は視線を交わした。まずいんじゃない? そうかも。
「……あー! あ、あの! そろそろ門限だから帰らないと怒られちゃうなー!」
「えっ」
「も、ももちゃんのお家って、厳しいもんねー! 行こう、朱希!」
 二人して朱希の手を引っ掴んで走り出す。呆気に取られた紫苑を置いて、三人は人混みをかき分けてその場から逃げた。

「はあ……、はあ……っ」
「も、ももちゃん、大丈夫? ほら、深呼吸深呼吸!」
 桃音はぜえぜえと上がった息を整えてから、ぼうっとしている朱希に声を掛けた。
「朱希、大丈夫?」
「……ああ」
「大丈夫じゃなさそ〜」
 朱希の頭の中は紫苑のことでいっぱいだった。ハッキリ言うのであれば、動揺していた。まさか、こんなところで会うなんて。
「あの人、って」
「……」
 朱希はなにも言わなかった。何を言うか悩んでいるようだった。しばらくの沈黙の後、口を開く。
「なんでもねえ。ごめん、帰るわ」
「え、ちょ、ちょっと!」
 翼と桃音は顔を見合せた。朱希の後ろ姿を視線で追いながら、二人で首を傾げる。
「大丈夫かな……」
「うーん」
 大丈夫には、見えなかったが。でも、深く言わなかったということは、放っておけと言うことなのだろう。少しの心配をそこに置いて、二人も帰路につくことにした。

   *

 ――――ダンスを習っていた。小さい頃の話だ。
 歌うのは得意ではなかったが、踊るのは好きだった。紫苑とはライバルで、親友だった。彼と一緒に踊るのが好きだった。
 でも。本当にたまたま調子が悪くて、うまく踊れなかった日があった。――――緊張していたのだ。柄にもなく。
 それは、親にダンスを辞めさせられるかもしれない、という恐怖からだった。
 ダンスが好きだ。歌うことは得意じゃないけど、好きだ。いつかトップシンカーにだってなりたい。そんな話を親にした、後日、両親はこんな話をしていた。――――やめさせるべきなのではないか、と。
 彼の、失望したような顔をよく覚えている。
 また失敗して同じ思いをしたくなくて、あの日、もう、全部を諦めることにしたのだ。

 そのはずだったのだ。翼のステージを見るまでは。

 まさかまた会うことになるなんて。いや、彼の家がまだ変わっていないなら、当然のことかもしれないが。
 あの時の感情がぐつぐつと煮え立つように湧き出る。ああ、怖いのだ。
 ダンスが好きだった。それでも恐怖に負けて逃げた幼い頃のダサい自分を、もう誰にも見ないで欲しかった。

 ピコン。スマホから音が鳴る。見れば、紫苑だった。ああ、こんなことならブロックしておけばよかった。スマホを手に取る。
『今日は急に声を掛けてごめんな』
『トレンドシンカーには、もうなれたのか?』
 既読をつけずにその文章を読む。もう随分長いこと、彼からの連絡を無視していた。
 しばらくして、また、通知が飛んでくる。
『怒ってる?』
『朱希のステージが見たいだけなんだ』
 どうして。
『俺はもう、諦めたから』
 どうしてお前が、そんなことを言うんだ。

 見ていられなくて、通知を消してスマホを閉じる。明滅するだけになった画面には、『返信待ってる』と新たに表示されて、嫌になった朱希はそのまま電源を落とした。

   *

 ――――そうして、オーディション最終審査、当日。
 朱希は、あれからずっと調子が悪いようだった。翼と桃音は心配していたが、結局、朱希はなにも話してはくれなかった。
「朱希、調子はどう?」
「まあ、普通」
「普通か〜」
 いつもなら、バッチリ、くらいは言ってくれるのにな。そう思いながらその隣でガチガチの桃音を見る。
「ももちゃん、大丈夫だよ。深呼吸深呼吸!」
「う、うん……! 大丈夫、大丈夫……」
 息を吸って、吐く。いつもみたいに茶々を入れなかった代わりに、朱希は桃音の背中をさすった。
「……朱希、緊張してるの?」
 その手が少し震えているのを感じて、桃音は思わず朱希を見上げた。表情はいつも通りだ。いつも通り、だけれど。
「……そうかもな」
 ぽつり、言葉が漏れる。その言葉がなんだか意外で、桃音は急に朱希が心配になった。
「朱希、」
「お、そろそろ出番じゃねえの」
 桃音の言葉に被せるように朱希が言う。慌てたように時計を確認すれば、確かにその通りだった。準備をしなければ。
「翼。俺も準備してくるから」
「あ、うん。行ってらっしゃい……」
 こくん、と頷いて朱希は去っていった。桃音も慌てたように準備をする。翼は、ステージ脇まで、桃音について行くことにした。

「――――ももちゃん」
 ステージの脇で、翼が声をかける。
「なあに?」
「これね、ももちゃんに」
 桃音が目を見開く。翼の手に握られているのは、スタイルコードだった。
「ボクがデザインしたの。もちろん、ももちゃんにはももちゃんの衣装があると思うから、お守りになったらいいなと思って……」
 桃音はまじまじとそのスタイルコードを眺める。ピンクの長めのスカートに、青いリボン。本当は、自分のためのデザインができなくて、オーディション用にと配られるスタイルコードを使う予定だったのだ。
「……ゆうちゃん。これ、使ってもいい?」
「えっ」
 今度は翼が目を丸くする番だった。桃音は嬉しそうに目を細めて続ける。
「だって、とっても嬉しいし……その方が、安心するから。ね、いいでしょ」
 翼はなんだかむず痒くて、目を逸らして頷いた。やった、と桃音がスタイルコードを抱きしめる。
「じゃあ、行ってくるね、ゆうちゃん」
「うん、頑張って」
 桃音が貸し出されたレゾナンスマイクを持つ。翼が一歩離れたのを合図に、スイッチを押した。

 桃音のステージは大盛況だった。ステラ・ノーツこそ出なかったものの、大きなミスもなく最後まで歌い踊った。得点は――――1003点。ギリギリとはいえ、合格は合格だ。
 桃音が戻ってきたのと同時に、朱希がステージ脇までやってくる。
「桃音、おめでと」
「朱希……」
 桃音も翼も、たくさん言いたいことがあった。でも、時間はなかった。
「俺も頑張んなきゃな」
 言葉とは裏腹にどこか不安そうな朱希は、よし、と気合を入れて、レゾナンスマイクを握った。

「レゾナンスマイク!」
 ボタンを押す。
「スタイルコードセット!」
 読み込ませたカードはオーディションで配布されるものだ。
 息を吸って、吐く。期待と不安を綯い交ぜにしたような、複雑な気持ちだった。いや、どちらかといえば不安の方が大きい。
 それでも。
「――――オーディション、合格……!」
 目指すのは、それだけだ。
「オン・ステージ!」
 視線を上げれば、たくさんの人々の顔が見えて、それがよりプレッシャーだった。

 曲が流れ出す。自分で作って、何度も聞いたから、問題なく歌えるはずだ。踊れるはずだ。
 なのに、どうして。
 どうしようもなく集中出来なかった。歌詞を間違えて、焦って音程がズレる。上手く歌えなかった。身体に染み付いたダンスだけが完璧で、それがなんだか、余計に恥ずかしかった。

 ああ、無理だ。

 どうしようもなくそう思った。気付けば曲は終わっていた。得点は――――869点。ああ、そうだろうな、と、ぼんやりと思った。
 翼と桃音の元に戻るのが嫌で、でもステージの上に居座るのももっと嫌で、そそくさとステージから降りた。

「朱希!」
 翼が声をかけてくる。ああ、惨めになるから心配なんかしないでくれ。
「朱希……あのね、私たち……」
「んだよ」
 不機嫌な声が漏れる。ああ、いけない。当たってしまう。咄嗟に言葉を止めた。代わりに何を言おうか悩んで、絞り出すように、
「……ごめん、しばらくほっといてくれ」
 それだけ言って、彼らの前を去ることにした。引き止める声はあったが、全てを無視する。冷静でいられる自信が、全くもってなかった。
 背を向ける。歩き出す。そんな時、
「いやだ!」
 がしりと手を掴まれる。桃音だった。翼が目を見開いているのが見えた。
「なっ、」
「朱希って全然私たちに相談してくれないんだから!」
 拗ねたような顔で桃音が言う。面食らった朱希がなにか言い返す間もなく桃音は捲し立てた。
「私たち、朱希のこといっぱい心配してる! あの子と会ってから朱希ったらずっと様子がおかしいんだもの」
 息継ぎ。勢いのまま言葉を続けた。
「どうして何も言ってくれないの、私じゃ……頼りないかもしれないけど! それでも、朱希の力になりたいよ」
 朱希はなにか言おうとして、結局、何も言えなかった。後ろから翼が声を掛けてくる。
「ボクたち、ちょっと当たられたくらいで怒らないよ。朱希だって許してくれるでしょ」
 それはそうかもしれないが。翼は続ける。
「それに、ひとりじゃ解決できない悩みを抱え続けるのは、きっと苦しいことだよ」
 朱希はしばらく悩んだ。しばらく悩んでようやく、少しづつ言葉を口にする。
「いや……悪い。頼りないと思ってたとか、そんなつもりじゃなくて……」
 目を伏せる。なんだか二人と目を合わせられなかった。
「自分が恥ずかしいんだ。ただそれだけで」
 翼と桃音は顔を見合せた。少しの間をおいて、翼が口を開く。
「でも、朱希は変わろうとしてるじゃん」
「そ、そうだよ!」
 桃音も拳を握りしめて言った。
「何の話かは……わかんないけどっ、かっこ悪い自分が嫌で変わろうとしてるのなら、朱希が恥ずかしいって思うようなこと、絶対にないんだから!」
 翼も頷く。朱希は思わず顔を上げた。二人と目が合う。二人は、に、と笑って朱希の手を握った。
「ももちゃんの言う通り。大丈夫だよ、朱希はちゃんとかっこいいから」
 そうだそうだと桃音がヤジを入れた。朱希は、一人で悩んでいたことがなんだか馬鹿らしくなって、ようやく苦笑した。
「お前らも、なんだかんだお人好しだよな」
「私たちがお人好しだからじゃなくて、相手が朱希だからこうしてるんだよ」
 そう真正面から言われて、朱希は照れたように、くすぐったそうに視線を逸らして、それから、小さな声で感謝を述べた。
 もうすっかり、いつも通りの朱希だった。

   *
 
 息を吸って、吐く。それから、紫苑からのLINEに既読をつけた。
『連絡出来なくてごめん』
『オーディション、落ちたよ』
 とりあえず送る。既読はすぐついた。少し悩んでから、追加で送った。
『でも俺、諦めたくないから、諦めない』
 誰に、とも言えない宣言だった。でも、紫苑に聞いて欲しかった。
『それでこそ!』
『俺もまた頑張ろうかな』
 紫苑からはそんな言葉が返ってきた。
 それでこそ、か。朱希は、自身の周りの人々って、こちらを信じすぎるところがあるんじゃないかとぼんやり思った。
 なにはともあれ、友人が、自身のやりたいことを諦めないという選択をするのは嬉しいことなので、最高、のスタンプを送った。
 それから。
『800点は越えたから、一応、もう一回だけチャンスがあるんだ』
 TrendSync Performで、特に大切なのは素直な心だと言われている。そのために、800点を越した未来のトレンドシンカー候補は、その月のオーディションにもう一度だけチャンスを貰える。心は揺れるものだから。
『だから、見に来て』
 勢いのまま、送ってしまった。でも、それで良かったと思った。知ってもらおう。今の、朱希のステージを。
『もちろん!』
 その連絡を最後に、スマホの電源を落とす。そろそろ眠らねばならなかった。

 不安で、なによりも怖かった前夜と比べて、どこか安心した心地だった。

   *

 オーディション会場に向かえば、当然のように、翼と桃音もそこに立っていた。
「お前ら……」
 わざわざ言わなかったのに。翼はいたずらっぽく笑った。
「諦め悪い朱希のことだからと思ってね。調子良さそうで良かったよ」
 桃音も嬉しそうに頷いてから、心を決めたように朱希に視線を合わせる。
「朱希、これ、ゆうちゃんと二人でデザインしたの!」
 スタイルコードだった。
「本当は前回渡そうと思ってたんだけど、タイミングがなくて」
 翼が補足する。そうだったのか。
「気持ちはいーっぱい込めといたから! 頑張ってね、朱希!」
 桃音が押し付けるようにそれを渡して、朱希は思わず受け取った。それだけを言うと、二人は時間を見て、慌てて客席に向かって行った。
「……はは、やってやろうじゃん」
 不安はもう無かった。ちゃんと、覚悟を決めることが出来そうだった。
 その勢いを殺さぬようにと、走ってステージに向かうことにした。

   *

 真っ赤なサイリウムが広がる客席がよく見える。朱希はステージに躍り出た。
 曲が流れ出す。覚悟を決める。上手く歌えなかったあの日から、更に曲を聞き込んだ。身体は勝手に動くのだから、課題である歌に集中する必要があった。
 前回のステージを見ていた人はこの客席の中にどれくらいいるんだろう。
 その人達すらあっと驚かせてやりたかった。――――見違えるようだと、思って欲しい。
 ふと、客席に紫苑を見つけた。
 ああ、紫苑、俺、悔しかった!
 お前に失望されたのが悔しかった。ダンスで負けたのが悔しかった。なにより、そんなことで逃げていた自分の存在がいちばん悔しかった!

 でも、変わるって決めたんだ。決めたから、変わるんだ。

 客席に指を指す。指を指して、手拍子を誘導した。光のノーツが見えた。
 伝われ、伝われ、伝われ! これが俺の決意で覚悟なのだと、ただ、それだけが伝わればなんでも良かった。
 夢中で手拍子を取る。リズムを誘導する。
 ――――爆発的な光だった。

 音を操るように、曲を作る時のように。飛び交う音符を操って、美しい旋律を作り出す。
 そうして完成したその旋律を、ギターを掻き鳴らすみたいに鳴らす。鳴らす。
 その音に合わせるみたいにステップを踏んだ。ああ、楽しい!
 そうだ、そうだとも。

 この瞬間を誰よりも楽しまなくちゃ、トップシンカーになんてなれない!

 大きな歓声が鼓膜を揺らした。朱希はそれで我に返った。気付けば曲は終わっていて、自分の身体も、止まっていた。
 得点は――――1360点。1360点?
「合格……!」
 思わずガッツポーズを作ってから、客席の全員に頭を下げた。拍手は鳴り止まず、大きな拍手の中、朱希はそのステージを降りた。

「朱希!」
 手続きを終えれば、翼と桃音が迎えてくれた。
「凄かったよ、朱希! まさかステラ・ノーツまで出しちゃうなんて!」
 桃音が興奮した様子でそう言う。翼も隣でうんうんと頷いた。
「覚悟の伝わる良いステージだったよ、朱希」
「……おう、ありがとう」
 2人は、どこか上の空の朱希を見て不思議そうな顔をした。朱希は、補足するように続ける。
「いや……、現実味がなくて。まだ夢なんじゃねえかなって」
「ああ……」
「わかるなあ……」
 合格直後ってそうだよね、とトレンドシンカーになったばかりの三人は笑い合う。ともあれ、三人とも無事に合格したのだ。
「朱希〜!」
 その声で振り返る。紫苑だった。翼と桃音がちょっと警戒したのを他所に、朱希は平然とそちらに向かって行く。
「どうだった?」
「めっちゃ良かった! 朱希は昔から才能あったからな、当然の結果だと思うぞ」
 興奮冷めやらぬといわんばかりに紫苑は朱希に感想をぶつける。それをすかした態度で受け止めている朱希は、いつも通りだった。
「……解決したのかな」
「かもね?」
 翼と桃音は顔を見合せて首を傾げた。それから二人して、解決したならそれがいいか、と納得する。
 空には星が瞬いている。いつか、この中の誰かが、あの一番星みたいに。そんな想像をしてしまうほど浮かれたその日を、満喫するように伸びをした。
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TrendSync!,文章

〇自分が楽しむための物語の種を作ってみよう!

①キャラクターに喋らせながらキャラクターを作ってみよう!

・はじめに
 キャラクターを作り、掘り下げるということは、時に自分を掘り下げることです。
 キャラクターを動かすのに必要なのは納得感です。自分のキャラクターの気持ちや思想に納得感や理解が無いと、どう動かしていいか分からなくなります。
 逆に言えば、どれだけ自分とかけ離れた思想をしていても、どれだけ自分が抱えないようにしているような嫌な気持ちを気持ちを抱えても、納得さえしてしまえば、理解さえしてしまえば書けるということです。
 そのため、キャラクターを自分に寄せたり、自分がキャラクターに寄り添ったりする必要があります。そういう時、キャラクターは自分の傷や欲求を映し出しますが、キャラクターと自分は違う生き物だと信じ、恥を捨てましょう。
 すぐに出来なくても構いません。長いことキャラクターと関わっていればキャラクターに愛着が湧き、慣れます。多分。それを待ちましょう。

・やりたいことを決める
 ざっくりで大丈夫です! 関係性であれば少女漫画の男女みたいな雰囲気、少年漫画のライバルみたいな雰囲気、勇者パーティご一行、幼馴染、などの、雰囲気と大体の世界観があるとイメージがはっきりしていて良いと思います。
 その方面でやりたいことがない場合は、最近見た好きな世界観(ファンタジー、SF、などのざっくりしたもの)や、職業などをイメージしてください。全ては目安なので、無かったことにしても良いものとします。
 私はファンタジーの勇者パーティご一行が作りたいのでそれを作ります。

・口調を定めて喋らせてみる
 口調を定めましょう。キャラクターのことを知るには喋らせてみるのが一番です。そこから読み取れるものからキャラクターにしていきましょう。ちなみに、私は基本的に自己紹介から始めています。
 思い浮かばない場合は、好きな人(有名人でも、キャラクターでも構いません)の口調で、その人と被らないよう、名前、所属、好きなこと、もの、嫌いなこと、ものを喋らせてみてください。特に、好きなこと、嫌いなことが定まっていると良いかもしれません。

「は、初めまして、私は(名前)です……! (勇者の名前)様のパーティで、ヒーラーを務めさせていただいております! よ、よろしくお願いします……!」

 例えば上記の言葉を話す女の子であれば、少し弱気で、勇者のことを慕っているんだな、という情報が読み取れます。少し吃っているので、自分に自信がない子だ、ということがここで決まりますね。

「俺は(名前)。(勇者の名前)んとこのパーティで魔道士やってるよ〜。お嬢ちゃん可愛いねえ、今から俺とデートしない? だめ? ケチ〜」

 上記は軽薄な男の例ですね。自分の見目に自信があり、勇者とは友達関係なのでしょう。あるいは、腐れ縁などの可能性もありますね。

・口調が固まったら
 個人的に、物語の種を作る鍵はギャップです。弱気な人の隣には強気な人を置くのが簡単ですが、例えどれだけ似た者同士でも違うところがあるから物語が生まれます。

 もし「〇〇な子の裏に、実は〇〇な一面がある」がすぐ浮かぶなら、それでOKです。多分あなたの中に、好きな作品から吸収した「ギャップの在庫」があるので、それを引っ張り出しているだけです。

 パッと浮かばない場合は、以下のどちらかを試してみてください。

(1)表の性格をひとつ決め、対義語を、3〜5個くらい機械的に書き出してみましょう。手っ取り早いのは調べてみることです。その中から好ましい、あるいは思いつきそうなもの、共感できるものを選んでみましょう。
 共感できるものが一番良いと思います。動かしやすいので。

(2) 身近な人や有名人を思い浮かべてみましょう。推しでも大丈夫です。あなたの好きなその人のギャップを思いついたらそれをそのままモデルにしてOKです。エピソードや口調を足していくうちに、自然と原型は消えていきます。

 ギャップの原型が決まったら、それに沿っていよいよ弱音を吐かせてみましょう。

「わ、私、力の制御ができなくて……っ、す、すみません、お役に立てないかもしれません、すみません、私……!」

 弱気な女の子が実は強いとギャップがあって嬉しいですよね。
 例えば、ヒーラーということは味方の回復をする役です。回復が出来るということはその逆もできてしまうこともあるし、過度に回復してしまうこともあるでしょう。それほどまでに魔力が強く、恐れられてきた優しい子、という設定をここで付与できますね。
 じゃあ、ここでこれを解決する方法を模索します。お、ちょうどいいところに魔道士がいますね。
 魔道士ということは、彼は魔法の扱いに長けているということです。もしかしたら助けてやれるかもしれません。

「はいはい、俺、俺! 俺魔道士だからめちゃくちゃ魔法の扱い得意だよ〜」

 もしかしたらここで勇者の補足が入ったかもしれません。例えば、「こいつはこんなだけどちゃんとその道のプロなんだよ」「こんなってなんだよ」みたいな。もしこういうことを思いついたら、物語の種になるので取っておきましょう。いつか勇者を作るのに役立つかもしれません。

 魔道士と一緒に修行することにより、ヒーラーとして強く育った女の子。では、魔道士の弱点も考えましょう。

「だって、仕方ねえじゃん、それが最善だったんだよ。俺、間違ってた? じゃあどうすれば良かった? あの時、ガキの俺一人で何が出来たってんだよ、教えてくれよ……」

 弱音は、必ずしも職業の機能から出さなくても大丈夫です。他のキャラとの関係性から出しても構いません。

 おや? 過去に何かがあったことを悔やんでいるみたいです。詳細を設定しましょう。
 過去、幼馴染の女の子(=ヒーラーちゃん)を助けられなかったことを忘却させられている、とかだとアツいですね。勇者ご一行ということは魔王がいるかもしれませんから、一度ヒーラーちゃんは魔王の手に落ちており、そこからスパイとして派遣されている、でもアツいかもしれません。これも物語の種ですね。
 記憶が抜け落ちているが、パーティの面々のピンチに人一倍敏感で、その分信頼が厚い、とかだと筋が通って良いかもしれません。

 これを解決するのは物語の本筋に関わりそうですね。他のキャラクターも関わらせたいので、これは一度置いておくとして、大分この二人のキャラクターが見えてきたんじゃないでしょうか。

その他キャラクターもその調子で作ってみましょう。まずは自己紹介からキャラクターの性格を掘り下げ、弱音を聞いてバックグラウンドの設定をしてみましょう。

例:

○勇者
「僕は(名前)、今をときめく勇者様だよ。自分で言うかって? 最近(魔道士)にユーモアが足りないって怒られたんだよ。面白くなかった?」
→冗談は言わない、真面目な性格。パーティのことが好きで、メンバーに言われたことはとりあえず取り入れてみるようにしている。
「僕はごくごく普通の人間だよ。力がある訳でも、知識があるわけでもない。でも戦うんだ。いつかの平和な未来のために。……付き合わせてごめんね」
→自分に自信がない。

○戦士
「アタシ、(名前)! (勇者の名前)のとこで戦士やってんだ。よろしくな!」
→豪胆で明るく元気な女性。笑顔が素敵なお姉さんだと嬉しい。
「アタシ、(勇者の名前)みたいに人をまとめたりなんか出来ないし、(魔道士)みたいに知識が豊富な訳でもない。だからといって(ヒーラー)みたいな根性もないんだ。だけど、アタシにはアタシに出来ることがしたい!」
→よく言えば無垢、悪く言えばお馬鹿で、よくわからぬまま流されやすい。だけど自分の芯はしっかり持っていて、それにそぐわないものはしっかり断れる強気な女。

②関係性の掘り下げ
 キャラクターの要素がある程度決まったら、次は関係性を決めましょう。関係性は物語を作る上で重要な鍵です。キャラクターの成長譚はみんな好きですよね。
 関係性を深堀するにしても、また、キャラクターを喋らせてみましょう。今回は、他のキャラクターに何を思っているか、を知るために喋らせます。
 さっき私は四人分キャラクターを作りましたので、四人分喋ってもらいます。

「勇者様は、とても素晴らしいお方で……! 私なんかがそばにいていいのかなっていつも思います、いや、あの人にとっては……パーティにとっては、本当は良くないんでしょうけど、……私は、離れられずにいる」
「(勇者の名前)はな〜、真面目すぎるんだよな。もっと肩の力抜けよ〜って俺は思ってるけど、まあアレは元来の質ってことで、変わんねえもんだろうな〜」
「(勇者の名前)はすげ〜奴だぜ。アタシとも互角に戦えるし、なにより根性がある! 諦めたくない時に諦めないことを選べるやつはすげ〜やつだ。アタシはアイツのこと、尊敬してるぜ」

 上からヒーラー、魔道士、戦士です。ヒーラーは、魔王の手先であるという設定を採用して、それでも離れがたく思っている、という設定をつけました。

「(ヒーラーの名前)は、強くてかっこいい子だよ。自分の中に信念がある。最初はどうなる事やらと思っていたけど……、今は、彼女がどう思っていようと、僕たちは彼女の味方だ。」
「(ヒーラーの名前)……、あいつ見てるとなんかザワザワすんだよな。でもあいつは悪い奴じゃないんだ、根性があって良いと思う。ただ……、変な感じがするんだ、ずっと」
「(ヒーラーの名前)は本当に可愛いんだ! 本当はアタシにい〜っぱい甘えてくれ〜! って思ってるんだけど、なんかそうもいかないらしいんだよな。寂しい時は寂しい、辛い時は辛いって言えばいいのにな」

 こちらは上から勇者、魔道士、戦士です。魔道士はヒーラーとは元々幼馴染であるという設定を採用しました。最も、お互いにその記憶はないでしょうが……。

「(魔道士の名前)は……あれでいて、悪いやつじゃないんだよ、本当に。ああいう振る舞いをすることで余裕を見せ掛けているだけだ。そうしなければならなかったんだ思う。だから僕は見過ごすようにしてるよ」
「(魔道士の名前)さん……、あの人を見てると、なんだか不思議な気持ちになるんです。これがなんなのか、分からないけど……。でも、(魔道士の名前)さんは良い人ですよ。上手く魔法が使えなかった私を、いっぱい助けてくれたので……!」
「(魔道士の名前)? 実はアイツのことちょっと苦手なんだよな、何考えてるか分からなくて。でもいつもアタシたちのために動いてくれてるから、悪いやつじゃないのは知ってる!」

 こちらは勇者、ヒーラー、戦士です。

「(戦士の名前)は、何事にも真っ直ぐでかっこいい人だよ。誰よりも勘が鋭くて、危険を察知するのが早いんだ。自分のことをバカだって言うけど、(ヒーラーの名前)のことはわざと見過ごしてると思うから……、自分で選べる人は、バカでは無いと思う。」
「(戦士の名前)さんは……、私のこと、いっぱい可愛がってくれます。もし私にお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかもしれないなあって、不相応ですけど……。いっぱい心配かけてることは知ってるんです。でも、……」
「(戦士の名前)は俺ちょっと苦手なんだよな。真っ直ぐ突っ込まれると誤魔化すしかねえじゃん。俺ってそういう素直なキャラじゃねえし。……ま、でも信頼はしてるよ。」

 勇者、ヒーラー、魔道士ですね。
 このように、それぞれの関係性が見えてきたら、物語のネタが落ちていないかを探します。
 それぞれのセリフを見比べると、本人は気づいていないことに他のキャラが気づいていたり、逆に、気づいていながらあえて黙っていたりすることがあります(例えば、戦士がヒーラーの異変にわざと気づかないふりをしている、という勇者の指摘のように)。このズレこそが、物語の種になります。

 例えば、魔道士とヒーラーの関係性が顕になるときってどんなだろう? とか、勇者がヒーラーに真実を話させるために外堀を埋めていたら嬉しい、とか。戦士が魔道士の弱い所を突いてちょっと喧嘩になったらどうだろう、とか、戦士が勇者を甘やかす日がたまに訪れていたら可愛い、とか。

 これが物語の種です。もし、物語本編を作りたい! ということであれば、この物語の種を頭の中でも紙の上でもストックしておいて、なんとなく時系列順に並べてから、その間を埋める出来事を考えると良いと思います。その間に、世界観が更に深堀出来るとより良いでしょう。
 例えば、私の考えた世界であれば倒すべき魔王のこと。勇者の世間的な立ち位置や、そもそもどんな国に住んでいるのか、どんな世界が広がっていて、どんなモンスターが存在しているのか、など。
 自分が楽しむための創作として見るのであれば必ずしも必要ではないですが、本編を作るのであれば、加われば加わるほど物語に深みが出るので、時間のある時に考えてみましょう。

 以上が、物語の種を作るための個人的な工程です。自分なりに流用できないかと思って書いてみましたが、いかがでしょうか。この文章が、なにかの参考になれば嬉しいです。
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#TrendSync 二話
7864文字

「昔、それこそ小学校までダンス習ってて。その頃、俺も、トレンドシンカーを目指してたんだ」
 翼や桃音と出会う前の朱希の夢は、トレンドシンカーだった。色々あって、諦めてしまったそれを、憧れという感情を、翼のステージを見て、思い出した。
「俺、翼に、『好きなもんは好きだ、って、堂々としてた方がかっこいい』って言ったけど、どの口がって話だよな。それが、なんだか恥ずかしくなっちゃって」
 そんな自分の言葉を、空気が重くならないよう軽く笑い飛ばしてから、朱希は言った。
「俺ももっかいトレンドシンカーを目指したい。歌って踊って、みんなに元気を与えるトレンドシンカーが好きだから!」
 そこまで言って翼と桃音の反応を伺うと、多少なりとも驚いている様子だった。そんな二人を見て、朱希は急に急になんだか恥ずかしくなった。何かを訂正しようと開けた口が音を発する前に、翼がふ、と笑った。
「いいんじゃない?」
「……!」
「堂々としなよ。好きなものは好きだって堂々としてた方がかっこいい、んでしょ」
 自分が発した言葉が返ってくる。ああ、そうだ。確かに自分はそう思っている。
「きっとなれるよ。朱希って普通にかっこいいし、なんでも器用にこなしちゃうんだもん、これは強力なライバルが増えちゃったな」
 ね、と、翼は言葉を押した。言葉とは裏腹に心底嬉しそうで、朱希はなんだかむず痒かった。
「す、すごいね……!」
 桃音も隣から声をかけてくる。
「朱希も、トレンドシンカーを目指すんだ……! 私、どっちを応援していいか分からなくなっちゃいそうだよ!」
 そんなことを言う桃音の声は少し上擦っていて、朱希は思わず怪訝な顔になった。なんだか少し様子が変だ、と思った。
「さて、もう夜も遅いし、ひとまず帰ろう! ゆうちゃんも疲れてるだろうし、今日はゆっくり休まなくちゃでしょ?」
 それについて追求しようと口を開けたところで、桃音にそう言われてしまって、朱希は思わず口を閉ざした。先に歩き始めてしまった桃音の表情は見えなくて、それが静かに不安を煽った。

   *
 
 ずっと、朱希の言葉がぐるぐると回っている。もし彼も、彼までトレンドシンカーになってしまったら、私は一人になってしまうのではないかと、嫌な想像ばかりが桃音の頭に浮かんでいた。
 あまりにも長いこと上の空だったせいで、母親にまで心配されてしまった。これでは良くないと、なんとか思考を逸らすため、時間を勉強に費やす。
 翼のことは良いのだ。いつか置いていかれることの覚悟を、決めていたから。でも、朱希は違う。
 なんとなく、ずっと一緒にいてくれると思っていた。
 そうじゃないかもしれないことが怖くて、ペンが止まる。集中出来ないからとベッドに倒れ込むと、なんだかとても眠たくなった。
 ああ、今日ももう寝てしまおう。明日には、いつも通りの朝が来るのだから。
 
   *
 
「おはよう、翼」
「おはよう朱希。ももちゃんは?」
「LINE見てねえの? 風邪だってよ」
 そう言われて慌ててLINEを見ると、数分前に連絡が来ていた。了解、のスタンプをぽんと押して、じゃあ行こうか、と鞄を持ち直した。
 学校に行く道すがら、朱希がううん、と唸る。
「なあ、こないだから桃音、変じゃないか」
「……そう?」
 翼はピンとこなくて首を傾げた。翼の前では隠してるもんな、と、眉をひそめたまま、朱希は続ける。
「……下手に抱え込んでないといいけどな」
 ま、気のせいだって思っとくよ。朱希はそう言って笑って、いつも通り雑談を始めた。
 朱希の様子から冗談を言っている訳では無いのだろうと察した翼は、桃音のことが心配になった。すぐに話すことができないことがもどかしくて、翼は朱希に声をかける。
「ねえ、じゃあ、今日は放課後お見舞いに行こうよ」
「でも翼、今日は手続きあるって言ってたろ」
「あ」
 そうだった。
「……じゃあ、朱希だけで行ってきて。ちゃんと大丈夫だったか教えてね」
「それも問題じゃね? いくら桃音とはいえ俺だけで行くの意味分かんねえだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
 なんで、と言われると答えられなかった。翼は呆れたように肩を竦めてみせた。
「いいじゃん、気になるならボクがお願いしたんだってことにしたらいいよ」
「……分かったよ」
 朱希は渋々、というようにそう頷いた。よろしい、と翼が頷いた頃には学校が見えていた。
 心配なのはお互い一緒だろうに、素直じゃないヤツ。そんなふうに思いながら、校舎へと歩を進めた。
 
   *
 
「とはいえさあ……」
 男女の区別くらいは朱希にもあった。確かに桃音は距離が近いところがあるが、それはそれ、これはこれだ。
 女性の家に恋人でもない男性が一人で入るのってどうなんだよ。そんなことを思いながらチャイムを鳴らす。はい、と桃音の母親のものであろう声がして、扉が開いた。
「お見舞いです。翼は用があって来れなかったんですけど」
「あら、朱希くん。お見舞いありがとう、良ければ上がっていって」
 そう言って、桃音の母親は朱希をリビングに案内した。
「桃音は風邪って言ってたけど……、多分、そうじゃないと思うの」
 紅茶を入れながら、母親は話した。お菓子どれがいい? あ、どれでも大丈夫です。じゃあクッキーにしましょう。そんな雑談も挟みつつ、朱希は口を開いた。
「仮病? って、ことすか? 珍しいですね」
「そうなの。よければ会ってやってくれないかしら」
 そう言いながらクッキーと紅茶をトレーに乗せた。桃音が仮病を使うことは、本当に珍しいので、何かを勘ぐりそうになってしまう。例えば、――――自分に会いたくなかったんじゃないか、とか。
「このまま仮病を続けられても困るもの。一日くらいは休んでも良いけど、勉強についていけなくなったら困るじゃない」
 それもそうだ。もしそうであるのなら、向き合うのは早い方がいいだろう。
「分かりました」
 朱希は頷いてトレーを受け取った。よろしくね、と彼女の母親は微笑んで、朱希を見送った。
 
   *
 
「桃音? 入るぞ」
 声をかけても応答はなかった。代わりにバタバタバタ、と音がしたのでしばらく待つ。
「どうぞ!」
 そうしていると、そのうちに上擦った声が聞こえた。そこでようやく、朱希は扉を開けた。

「仮病だって?」
「……朱希」
 茶化すように笑いながら部屋に入れば、困った顔をした桃音が目に入る。と言うよりは、なにか、思い詰めているような。
「なんか嫌なことでもあったか」
「……」
 桃音は押し黙った。
「俺が……トレンドシンカー目指すって言ったのが、嫌だった?」
「……!」
 びくり、と身体が動く。やっぱりな、と思った。ため息をつくと、怯えたような目が朱希を見上げた。
「ち、違うの」
「何が違うって?」
 再び沈黙。これでは埒が明かない、と朱希は踏み込むことにした。
「なんで嫌なの」
 責めるような物言いになってしまっているな、と自分でも思った。でも嫌だった。翼のことはちゃんと応援するのに、俺のことは応援してくんねえのか、と、拗ねた気持ちがそこにある。
「……置いていかれるみたいで」
 観念したように、ポツリ、と言葉を漏らした。ぽつり、ぽつり、言葉が漏れる。
「ゆうちゃんはいいの。私、いつ置いていかれてもいいって思ってる、覚悟を決めてるの」
「でも、朱希は……一緒に置いて行かれてくれるって思ってた、から」
 朱希は黙って聞いていた。ショックの方が近かった。
「そんなふうに……」
 思っていたのか、ずっと。
 でも、言われてみれば、と考える。
 翼も朱希も男だ。トレンドシンカーになる以上、女性である上に一般人である桃音がそばに居続けるのは、あまり宜しくないだろう。
「わ、私は……トレンドシンカーには、なれないから」
「それは、そんなことないと思うけど」
「なれないよ」
 桃音は首を横に振る。
「……なんで断言できんだよ。まだやったことないだろ」
「……それは」
 そう、だけど。桃音は視線を逸らした。
「桃音もやってみたらいいじゃん、なれないって言葉が出るってことは、ちょっとはなりたいんだろ」
 帰ってきたのは沈黙だった。桃音は下を向いていて表情が見えない。ぐす、と鼻をすする音がした。
「えっ」
「朱希には、分からないよ」
 視線を上げた桃音の頬は涙に濡れていて、やってしまった、と思った。
「……悪い、でも」
「私、完璧じゃないとダメなの」
 ぽつり。その言葉を、朱希は黙って聞くことにした。
「完璧じゃないと怒られちゃうから」
 それは、誰にだろうか。相槌だけを打った。
「トレンドシンカーって、そもそもが不安定じゃない。そりゃなれるものならなりたいよ……!」
 ず、と鼻をすするので、その辺にあったティッシュを渡した。ありがとう、と桃音が受け取る。律儀なやつ、と思った。
「怒られたくない……、見捨てられるのは怖いの」
「……」
 朱希は困りきって何も言えなかった。何も言えないなりに考えて、考えた上で言葉が出てこなかった。
 桃音のことはそれなりに、知っているつもりでいた。知らなかったんだ、知らなかったから傷つけたんだ、というショックが朱希の頭でぐるぐるとしていた。
「……ごめん、俺」
「いいの」
 桃音の言葉はキッパリとしていた。
「私が勝手に怯えてるだけなの、分かってる、分かってるの」
 それでも、と言葉は続く。
「私は誰にも見捨てられたくない……」
 朱希は少し悩んで言葉を探した。何も言えないなりに、何も知らないなりに、桃音を安心させたかった。
「……俺らは」
 少なくとも、俺と翼は、
「完璧じゃないお前も好きだよ」
 別に完璧になりたいなら止めないけど。翼も同じことを言うはずだ、と確信があった。
 桃音の目が少し見開かれて、それから笑みの形を作った。
「変なの。二人ともお人好しだよね」
 でも、ありがとう。涙を拭って朱希に目線を合わせる。
「ごめんね、困らせちゃった」
「別に、いいよ、そんなの」
 そんなことで謝らないでくれ、までは言えなかった。分かっている、というように頷いた桃音は多分、分かってはいないのだろう。
「そろそろ帰った方がいいんじゃない? 色々忙しいだろうし」
「……そうだな」
 朱希は桃音が心配だったが、それ以上何かを言えるとも思えなかった。
「なあ」
「うん?」
 桃音が首を傾げる。朱希は少し躊躇ってから、それでも言葉にした。
「いつでも相談しろよ」
 なんでもいいから。見捨てるつもりはないぞ、という意思表示のつもりで言ってから、朱希は言葉を待たずに部屋を出た。
「……なんなの?」
 桃音は、びっくりして言葉が出ないうちに部屋を出ていかれてしまって、思わずそんな言葉が漏れた。
 でも、少しだけ気が楽になったのは確かだった。明日はちゃんと学校に行くから、安心してね。と朱希に連絡を送れば、OKのスタンプだけが返ってきた。
 
   *
 
 次の日、桃音は宣言通り学校に登校した。
「おはようももちゃん。体調は大丈夫?」
「あ……、うん、平気! 心配かけてごめんね」
「いいって、そんなことで謝らないでよ」
 なんだか気まずくて、朱希に視線を合わせることは出来なかった。それを翼に悟られないよう話題を作る。
「そういえば、ゆうちゃん、今日レゾナンスマイク受け取るんでしょ!?」
「うん! ちょうど昨日必要な手続きはだいたい終わったからね。今日受け取って、希望者はお披露目のライブが出来るんだって」
 もちろん、ボクも希望者の一人! と、翼は心から嬉しそうに笑った。桃音はその笑顔を見てなんだか心苦しくなった。
「……」
「下手くそな、お前」
 後ろから朱希が声をかけてくる。じと、とした視線が桃音に刺さって、翼も眉をひそめた。
「ももちゃん、やっぱりまだ体調が……」
「ご、ごめん! そうじゃないの、そうじゃなくて」
 何かを言おうとして、悩んで、は、と気付く。
「が、学校が始まっちゃうから! また後で話させて!」
 そう言って桃音は翼と朱希を置いて走り出した。翼は、朱希をじと、と睨んだ。
「やっぱなんかあったでしょ」
「いやあ、そりゃねえ……」
 桃音はお前には隠したがると思ったんだよな、と言えば、翼は少し傷ついたような顔をした。
「……そっか」
「そうなんだよ。あいつお前のこと大好きだからなあ」
 ボクからすれば。そうして本音を話されていたり、頼られていたりする朱希の方が余程、羨ましいけど、と思って、言わなかった。
 不安を抱えながらも、学校は始まる。大人しく授業を付けることにした。
 
   *
 
 授業が終わり、放課後。鞄を引っ掴んで朱希と二人、桃音のクラスへと迎えば、困った顔をした桃音が帰り支度をしていた。
「……ももちゃん」
「ゆうちゃん……」
 桃音が鞄を持つ。視線が合わない。何かを言おうとしているのに、何も言えないような。翼は少し悩んで、自分から切り出してみることにした。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ」
「えっ」
 あ、目が合った。桃音は、どうしていいか分からないような顔をしている。
「その変わり、言いたくなったら教えてね。ボク、ももちゃんの話なら聞きたいから」
 桃音は、少し迷ってから、口を開いた。
「……あのね!」
 口を開けて、閉じる。しばらく迷って、小さく言葉を落とした。
「私、ゆうちゃんにも朱希にも置いていかれたくないって思ってる……!」
 翼の目が見開かれる。桃音は言葉に詰まりながらも、少しずつ、しっかりと話した。
「置いていかれたくないよ、捨てられるのは怖いことだもん……、でも、でも、私、何も出来ないから……!」
 翼は、そんなことないでしょ、と言おうとして、やめた。ひとまず黙って聞くことが先決な気がした。
「わ、私、デザインだって、そんなに上手くないし、……歌もダンスも、完璧には、出来ないから」
 言葉が止まる。しばらくの沈黙の後、翼が口を開いた。
「……だから、置いていかれるって、思ってる?」
「……うん」
 そうか、そんなふうに思っていたんだ。翼は確かなショックを頭に抱えながら、少しずつ言葉を続ける。
「……ももちゃん。ステージの上で、歌もダンスも完璧じゃなきゃダメだと思ってるの?」
「……うん」
 翼は桃音の手を取った。桃音の肩がびくりと震えたのに苦笑して、翼は続ける。
「でも、ももちゃんはボクに、もしなにか失敗したとしても、楽しいステージだったらいいんだって教えてくれたよね」
「それは……、ゆうちゃんのステージだから」
「同じだよ、ももちゃん」
 桃音の視線が上がる。目線が合う。翼は微笑んだ。
「ももちゃんのステージも、みんなが楽しければいいんだよ」
 桃音が戸惑ったように視線を逸らした。翼は桃音の手を離して、よし、と気合いを入れるように頬を叩いた。
「ももちゃん、朱希、今日のステージ、ちゃんと見てくれるよね?」
「おう」
「えっ、あ、……うん」
 頷く。翼は桃音を真っ直ぐ見て、にい、と笑った。
「ちゃんと見ててね、ももちゃん。ももちゃんは絶対大丈夫なんだって、ボクが証明するから」
 突拍子も無い言葉に、桃音はきょとんとしていたが、翼はその答えも聞かずに歩き出した。
 朱希に促されて、桃音も歩き出す。翼の言葉の真意は、はかれなかった。
 
   *
 
 ステージの裏。翼は、受け取ったばかりのレゾナンスマイクを握り締めて、一度、深呼吸した。
 今日の衣装も、桃音のデザインしてくれたもの。オーディションの時とは違ってピンクを全面に出し、差し色に青を入れた、ヒラヒラのかわいい服。ふう、と息を整えてから、レゾナンスマイクを起動した。
「レゾナンスマイク!」
 桃音が言ったのだ、「可愛い服は心の鎧だ」と。
「スタイルコードセット!」
 だから、自分を信じて欲しいのだ。自分のことを、自分の思う可愛いものを、心の鎧を!
「――――心ときめくステージを目指して!」
 ももちゃんの何かを変えられますように。
「オン・ステージ!」
 
   *
 
 曲が流れ出す。この曲は、オーディションの時と変わらない。手拍子を取りながら、光の中に躍り出る。
 サイリウムの光、観客の期待に満ちた瞳、そのすべてがキラキラしていて眩しかった。その中に、――――桃音を見つけた。
 
   *
 
「ゆうちゃん……」
 桃音はなんだかとても不安だった。自分の考えた衣装を着て、翼がステージに立つ。あれだけ豪語しておいて、実感が追い付くと不安が勝った。
 覚悟は決めたはずなのに。
「大丈夫だよ」
 祈るような気持ちでステージを眺めていれば、朱希が隣であっさりと言った。なにがよ、と返せば、朱希は桃音を真っ直ぐ見て答えた。
「俺は翼を信じてるからさ」
 そう言われてしまえば、桃音もそうするしかない。それでも不安は拭えずに、翼のステージが始まった。
 光の中に現れた翼の、楽しそうな表情ときたら! 何回見たってなぜだか羨ましくて、まともに直視できなくなりそうで、その反面、とても綺麗だと思うのだ。桃音は、自分のこういうところが好きではなかった。そんなことを考えていたら、翼がこちらを見たような気がして、桃音は息を飲んだ。
 ふわり。まさしく天使みたいに微笑んだ翼は、そのまま何事も無かったかのように歌い出す。
 ひらりと衣装が揺れる。大きなリボンがふわりふわりと弛んで、誰よりも可愛いという言葉が似合う幼馴染に、この衣装をあてがったのは間違いじゃなかった、と桃音は少し安心した。
「あの衣装かわいいー!」
「リボン大きいのいいねえ」
 ふと、そんな言葉が聞こえた。それでも自分がすごいとは思わなかった。
 着こなしている翼がすごいのだ。誰よりも可愛くて、誰よりもかっこいい、私の幼馴染。
 伸ばした指が、ひらめくフリルが、弾んだ声が、桃音を魅了する。ああ、これは私が好きなステージだ。――――私は、ゆうちゃんのステージが、好きだ。
 翼が手拍子を誘導する。ぱち、ぱち、観客がリズムに乗って、星のノーツが現れる。
 気付けば夢中になってそれを叩いていた。翼の、レゾナンスマイクを手に入れた初ステージだ。楽しまなければ、翼に失礼だ。
 ステラ・ノーツが発動する間際――――
 翼と目が合った気がした。

 ステラ・ノーツが発動した瞬間、光の中に滲み出すように――――溢れたのは、たくさんの衣装。あれは、桃音がデザインしたものたちだ。翼は、たくさんの衣装の中から、ひとつの衣装を手に取った。それは、今着ているのとは違う、――――初めて、桃音がデザインしたもの。

 なんで。
 なんでそんなもの、

 美しい光の中で、翼はその衣装を抱きしめて――――
 
   *
 
 翼のステージは圧倒的だった。翼は、誰よりもステージを楽しみ、誰よりも美しい光を放って、ステージをおりた。
 桃音は、しばらく呆然として動けなかった。それを分かっているのかいないのか、朱希も何も言わなかった。
 完璧でなければダメだと思っていた。でも、幼馴染である彼らは、きっと、桃音が完璧じゃなくても許してくれていた。今までも、ずっと。
 簡単なことだ。簡単なことだったから、すっかり忘れていた。いいのだ、完璧じゃなくても。

「私も、トレンドシンカーになれるかなあ……」
 ぽつり、と漏れた言葉。本心だった。あの光に焦がれている。あの光の中心に、立ってみたかった。
 朱希は、仕方ないなと言うように笑った。
「桃音次第だろ、それは」
 
   *
 
 その後、結局翼とは会えなかった。感想は上手く言葉にならなかったから、それで良かったかもしれない。
 帰ってきてからしばらく悩んで、ようやく桃音は決意した。LINEを開いて、翼と朱希のグループラインをタップする。
「私もトレンドシンカーになりたい。練習、付き合ってくれない?」
 すぐに既読が着いた。OK、のスタンプが二人から送られてくる。翼からは、嬉しい、のスタンプも送られてきた。
 ――――お母さんに、なんて説明したらいいかな。
 母は桃音に完璧を求める。トレンドシンカーという職は、そう簡単に認められるものではないだろう。
 しばらくは何も言わなくてもいいか。
 天井を見上げ、桃音はそう思った。そのまま目を閉じた。心は比較的穏やかだった。
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