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#ふたつの翼、ひとつの空
5.5話 幕間 4808文字

 次の日。風の誓約の日を結果的には無事に終えて、今日は振替の休日だった。
 久々にゆっくり眠れるからと遅くまで勉強をしていたサーヤは、珍しく、そう、本当に珍しく、七時を過ぎても眠りこけていた。穏やかな睡眠、まどろみ、このままこのベッドと一体化して泥のように眠り続けたい――――
「起きなさい、サーヤ!」
 ――――それを、シーアの大きな声に邪魔される。うるさい、と抵抗するように声を上げたが、既に目の覚めたシーアにとってはそんな ことは知ったことではない。
 無理矢理布団を剥がし、身体を起こさせればあっさりとサーヤは目を覚ます。朝に強い自分の身体を少しだけ恨んだ。
「なに、もう……。今日はいっぱい寝るつもりだったのに……」
「あら、そうなの? でも残念、私、良いことを思いついたのよ!」
 シーアはそう言いながら一枚の紙を掲げる。外出届、とプリントされたその紙には既に、シーアとサーヤ、リアム、マシューの名前が記入されていた。
「せっかくの休日だし、遊びに行きましょ。ほら、最近、リアムもマシューもなんだか大変そうだし」
 どうせあいつらも暇だろうし、きっと気分転換になるわよ。楽しそうに笑うシーアの突飛な発言は、これでもみんなのことを考えた結果らしかった。
 うーん、責められない……。そんなことを思いながら、ぼんやりと外出届を眺める。
「……外出届って、前日までじゃなかった?」
「大丈夫大丈夫、出し忘れましたって言って出せば、軽めの注意くらいで済むでしょ」
 必要なら私が怒られるから! 出掛けることはもうシーアにとっては決定事項のようで、サーヤは抵抗をやめ、大人しく外出の準備をすることにした。
 
 *
 
 サーヤが準備をしている間に、さっくりと外出届は提出された。シーアは、このために寮母さんと仲良くしていたのよ、とウィンクをした。
 マシューは乗り気だったが、リアムはしばらく噛み付いていた。いきなりすぎる、とか、なんでそれを先に相談せずに外出届を出したんだ、とか、他に予定があったらどうするんだ、とか。サーヤは全く持ってごもっともだ、と思ったが、シーアにはどこ吹く風だった。
「どうせ暇だったんだし、いいでしょ。それに、入学してからずっと勉強に身を詰めてたじゃない? たまには遊ばなくちゃ!」
 気分転換よ、良いでしょ? シーアがあまりに楽しそうに笑うので、リアムはそれ以上何も言えなくなって、黙ることにした。
 寮を出て、しばらく橋を伝っていくつかの島を渡る。そうすれば、王都セレスティアの商業区に辿り着いた。
 頑丈な建造物は大きめのテントたちによってカラフルに彩られている。ショッピングモールはそれなりに人で賑わっていた。シーアはこの場所が好きで、今までも、気分転換と称してたまにサーヤを誘ってはウィンドウショッピングをしていた。
「僕、初めて来たな。大きな建物だね」
 目を輝かせてそう言うマシューは、きょろ、と辺りを見渡しているさなか、見知った顔を見つけた。ジゼルだ。
 向こうもこちらに気づいたようで、こちらに寄ってくる。手には食べかけのチュロスが握られていた。一人で来ていたらしい。
「おー、お前ら、なにしてんすか?」
「げ」
「げ、ってなんすか」
 嫌そうな顔をしたシーアに、不服そうな顔でジゼルが言う。べつに、嫌われるようなことした覚えはないんすけど、と追撃。シーアはリアムとマシューもまとめて指さしこう言った。
「だってあんたたち、揃って私たちに隠し事するじゃない」
 言ってないこと、沢山あるでしょ。そう言えば、きょとん、と三人は顔を合わせた。たしかに。言わなかったことは、たくさんあるし、言ってないことも、たくさん――――
「……ま、それは僕たちの秘密、ってことに、なんとなくなってるよね」
「言ってやる理由もなくね?」
「おれのせいじゃなくねえすか、それ」
 三人揃って首を傾げる。なにが悪いのか分からなかった。この、こっちが心配してるのも知らないで。シーアはそう思ったが、それを言ってやるのもなんだか癪で、ただただ不満そうな顔をすることしか出来なかった。
「ま、まあまあ、みんな……。とりあえず、なにか見に行こうよ。今日は気分転換、だもんね」
 振り上げた拳をどこに下ろせばいいか分からなくなっているシーアを見かねて、サーヤが助け舟を出す。シーアは助かったと言うように頷いた。
「そうよ、今日は気分転換なんだから。来たいって言うなら別に同行も許可してあげるわよ」
「なんでそんな偉そうなんすか、あんたって」
 不服なジゼルはそれでも着いてくることにしたらしい。シーアは手を上げてこう宣言した。
「私、新しいお洋服が欲しいわ」

 *
 
 ショッピングモールの中は、寮なんかよりもさらに大きく、広い。なんせ、王都セレスティア唯一のショッピングモールだ。
 まずはお洋服! というシーアの強い希望により、手頃な店にチラホラと入ってはこれが可愛い、あれが可愛い、これはサーヤに似合いそう、だの、好き勝手歩き回る。
 そういうものに興味のないリアムとジゼルは、ただただ着いていくのに必死だった。
「シーア、これも似合うと思うよ」
 サーヤはさすが双子というところか、平然とそれについて行っている。
 マシューの方を見れば、それを穏やかに眺めては、二人の発言をたまに拾って意見を出しているのだから、手慣れたもののようだった。
「お前、すげーな……」
「見直したっすよ……」
 ようやく会計に進み、会計待ちの中マシューにそう言うと、マシューは小さく苦笑いを浮かべた。
「あはは……。昔から姉ちゃんによく付き合わされてたんだよね」
 だから、慣れだよ。そう言ってから会計の終わったシーアとサーヤの荷物を持つ。どこまでもスマートだった。
 なるほど、慣れか。仮にそうなのだとしても、しばらくは慣れなさそうだな、とリアムは思った。その隣で、ジゼルがゲームセンターを指さした。
「おれ、ああいうゲームがどんなもんか、見てみたいっす」
 見たこともあんまないんで。そう言ったジゼルに、なるほど、と頷いて、次はゲームセンターに行くことにした。
 
 *

「ほへえ、こんなほっせえアームでこんなでけ~ぬいぐるみがとれるんすか」
 思わず、といったようにジゼルはまじまじとそのアームを観察した。まあぬいぐるみって意外と軽いか? と首を傾げて、シーアたちに向き直る。
「おれ、ぬいぐるみとか持ってたことないんすけど、これはかわいいすね」
 そう言って指差すのは彼のウィンドグライダーに似たぬいぐるみだ。
「ラスカリオンに嫉妬されない?」
 シーアがからかうようにそう言う。
「おれとラスカリオンの絆をなめないでくださいよ」
 ジゼルはふん、と胸を張った。
「そ~お? でもあたし、そんなにお金使えないわ」
「僕もあんまりやったことないなあ」
「ぼくも……」
 自然と視線がリアムに集まる。リアムはぬいぐるみの位置を改めて確認して、財布を確認してから、
「……俺、取れると思う」
 ジゼルの表情がパッと明るくなる。が、とリアムの肩を組んで、バシバシと背中をたたいた。
「流石おれの舎弟! かっこいい! 認めてやるっすよ~!」
「うるせえな、舎弟じゃねえっての!」
 ぱっとそれを振り払うと、リアムはクレーンゲームにお金を入れた。
 軽快な音楽が鳴りだす中、アームを操作する。一回目。二回目。三回目で惜しいところまで行って、見事、四回目でそれを確保した。
「うおお~ッ、すげえ!」
 はい、とぬいぐるみを渡したリアムによくやったすよ、とジゼルが受け取る。その反応に、お前も大概上からだよな、と思ったが言わなかった。
「上手いじゃない、リアム。こういうの好きなの?」
「別に、妹にせがまれることが多かっただけだ。まあでもなんやかんや楽しいとは思うよ」
 ふうん。シーアがニヤニヤこちらを見ているのを見て、しまった、と思った。
「じゃあ私たちの分も取ってよ、リアム!」
「はあ!? なんでそうなんだよ、自分で取ればいいだろ!」
「私たち、やったことないもの」
 ね、とサーヤの方を見る。後ろからマシューが僕も、と声を掛けた。
「リアムお兄ちゃん、僕も欲しいな~」
「うわやめろ、誰だよ!」
「ぼくもほしいのあるんだけど、だめかな」
「……」
 後ろでジゼルが大変すねえ、と傍観を決め込んでいる。結局三人分の期待の視線に抗えずに、三人分のぬいぐるみを取る羽目になった。
 
 *
 
 リアムがぬいぐるみを取っている間、シーアはその輪を少し抜け出して、彼の分のぬいぐるみを取ることにした。
「きっと喜ぶわよ~」
 まあ、ノーヴァには嫉妬されるかもしれないけど。そんなことを考えながらご機嫌にお金を入れる。一回目。二回目。三回目。シーアは忘れていた。自分が極端に不器用であることを。
 そもそもアームがぬいぐるみに引っかからない。四回目。五回目。ここまでくると後には引けない気持ちになって、躍起になってクレーンゲームと格闘した。
 十回に行くか行かないか。そろそろ諦める選択肢を考え始めた頃、
「なにやってんだよ、下手くそ」
「げ」
 とっくに全員分のぬいぐるみを取ってしまったリアムたちは、帰りの遅いシーアを心配して探していたらしい。げってなんだよ、と言いながらリアムがお金を入れる。一回目。二回目。
「なんで取れるのよ……」
「歴がちげーな」
 ふん、とぬいぐるみを取り出してシーアに渡そうとするリアムに、もう、とシーアはふてくされた。
「あんたのに決まってるでしょ、馬鹿」
 リアムは、そのぬいぐるみとシーアの顔を交互に見た。ああ、もう! シーアはなんだか恥ずかしくて、わっと大きな声を出した。
「ノーヴァに似てるなと思ったから取りたかったの! あんたなんか、ノーヴァにそれ見せつけて嫉妬されちゃえばいいんだから!」
 シーアはふん、とそっぽを向いて、サーヤの後ろに逃げた。サーヤがヴァルカに似たぬいぐるみをわたせば、ぎゅっと抱きしめてからシーアは言う。
「さっさと帰るわよ!」
 もう話を聞く気のないシーアはサーヤを連れて一緒に歩き出す。
 お礼も、なにもかもを言うタイミングを無くし、引き留められず行き場のない手をそっと下げたリアムに、マシューとジゼルがポン、と肩をたたいた。
 
 *
 
 寮に戻ってきた。寮母さんに挨拶して、帰ってきたことを報告する。
「昨日の夜は急な嵐だったから、少し心配してたのだけど……。何もなくてよかったわあ」
 サーヤはそれで昨夜の嵐のことを思い出した。やっぱり変でしたよね、といえば、そうねえ、と寮母さんは頷く。
「きっと大人の誰かが解明してくれるわ。気になるようだったら気に留めておくわね」
 そう言いながらハンコを押して、よし、大丈夫よ、と解放される。
 ありがとうございます、と礼をしてから、全員で寮母室を出た。
「よしよし、各々気分転換になったかしら! じゃあ今日は解散!」
「うん。また明日ね、三人とも」
 シーアとサーヤはそう言って部屋に戻ろうとする。
「うす」
「……」
「良いの?」
 ジゼルはさっさと部屋に戻った。マシューはリアムに声を掛ける。
「……、や、……よくない」
 先に戻っててくれ、と、リアムはシーアを追うことにした。マシューはなんだかそれがうれしくて、少し上機嫌に部屋に戻った。
「シーア!」
 部屋の前ギリギリで追いついたリアムは、とりあえず声を掛けて言葉を探す。それを見て、サーヤは先に部屋に戻ることにした。
「……なによ」
 さっきのことなんてとっくに忘れているシーアは、怪訝そうな顔を向けている。それがなんだかさらにいたたまれなくて、リアムはがしがしと頭を掻いた。
「あー……ええと、あれだ、」
 心配かけて悪い、ありがとう。
 聞こえるか聞こえないか。とても小さな声でそう言うものだから、シーアもきょとんとしてしまった。
「ああ、もう! なんでもねえ、こんなの柄じゃねえんだよ!」
 おやすみ! それだけ言い残して、逃げるようにリアムは走って行った。
「あ、ちょ、ちょっと!?」
 取り残されたシーアは、なんなの、と思いながら、確かに聞こえた言葉を反芻した。
 なんだ、ずいぶん素直じゃない。
 少し機嫌がよくなったシーアは、ベッドにぬいぐるみを飾って、今日こそめいいっぱい眠ることにした。
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文章,ふたつの翼、ひとつの空

#ふたつの翼、ひとつの空
5話 5029文字

 朝方。サーヤは、ふと、目が覚めた。授業が始まってから数週間。今日は、風の誓約の日だ。ぐうぐうと寝息が聞こえる。シーアはまだ寝ているようだった。相変わらず肝が据わっている。緊張感がないとも言うだろう。
 なんだか緊張するから、少し、散歩でもしようかな。そうして、サーヤはベッドから出て歩き出した。なんとも静かだ。まだみんな寝ているのだろう。足音を立てぬよう廊下を歩いて外に出る。朝の空気が気持ち良かった。
 ふと、裏庭の方から声が聞こえた。顔を出してみれば、リアムだった。ウィンドグライダーと一緒にいる。彼の手元には、ウィンドグライダーのための食べ物がたくさん入った籠があった。
「お前、全部好きじゃん。なんかないの、特別にこれが好き、とか」
 普段の彼とは違い、落ち着いていて、少し困ったような声色だった。ウィンドグライダーは呆れたように彼の頭を小突いた。だからいてえって。
 そういえば、彼がウィンドグライダーと仲良しているのなんて見たことがなかった。
 飛べなくても、実は仲良しなんだな。少し安心したサーヤは、邪魔してもよくないな、と踵を返した。

 今日は、風の誓約の日。
 彼のために与える名前を、リアムはまだ決めあぐねていた。

   *

 大聖堂に向かい、風の神に祈りを捧げる。中心で祈りを捧げているのはフェリシア先輩だった。
 儀式として形式が決まっているとはいえ、信仰に熱くない生徒だってそれなりだ。それはシーアとサーヤもそうで、サーヤがあくびをかみ殺した横で、シーアがふわあ、と大きなあくびをした。
「ゼフィル・ラ・カイラ・ト・アーラ・ス」
 フェリシアが祈りの言葉を捧げる。それに続いて全員で復唱。ヴェルタ先生は、これを昔から続く伝統の言葉なのだと生徒に教えた。
「ウィスカ・ナ・リファル・ラ・ルミナ・ト・フォーレ・ス」
 文字も少し教わったが、授業の本筋には関係ないからと、ヴェルタ先生はその話をさっさと畳んでしまった。
「ヴィナ・ラ・エテルナ・ル・タリア・カレン・アルナ」
 風の神よ、流れを空へ。そよ風の舞は星へと進め。絆は永遠へと、信じる仲間とともに。
「ヴェリア・オフィラ・ス、ヴェリア・オフィラ・ス。タリア・ソルナ・トゥリア・ドナリア」
 祈りを捧げよ。祈りを捧げよ。信じる者に試練は与えられる。授業で教わった言葉の意味を反芻しながら言葉を紡ぐ。
 紡ぎ終えた。そう気づけば、風が吹き抜けていった。しばらく風を感じていれば、静かに空気を震わす音楽が、最期の旋律に入る。フェリシア先輩は静かに礼をして、その舞台から降りて行った。

「――――それでは」
 校長先生が一歩前に歩み出る。
「諸君。今日は、風の誓約の日だ。喜ばしいことに、今日は風に恵まれている。これより、風翼の誓いのための儀式を開始する!」
 わっと、それを見に来た人々が拍手をした。王都セレスティアの民にとって、風の誓約の日は、数少ない催しごとだった。
 ざわめきが広がる中、一人ずつ前に呼ばれていく。ウィンドグライダーに認められる者、そうではない者。反応も結果も様々だった。
 シーア、サーヤ、ジゼル、マシューはあっさりと認められた。常日頃彼に尽くしているマシューなんかは、ウィンドグライダーにキスをもらってしまって、たいそう喜んでいる様子だった。
 
「これからもよろしくね、ヴァルカ!」
 会場の外に出て、シーアは彼女のウィンドグライダー――――もとい、ヴァルカに声を掛けた。ヴァルカはすり、とシーアに寄り添った。
「ぼ、ぼくも、よろしくね、ティネラ」
 ティネラはサーヤの周りをぐるりと軽快に回った。
「素敵な名前だね、二人とも」
 そう声を掛けたマシューの隣でアルヴィがふわりと漂っている。
「おれのラスカリオンには負けるな」
 会話に参加してきたのはジゼルだった。長いんじゃないの、とシーアが抗議すれば、その方がかっこいいだろ、ロボットみたいで、と返事が来る。呆れたように肩をすくめるシーアの隣で、マシューは分からなくもないな、と思った。
 そうしていれば、ふと会場の方が騒がしくなる。
 なんだなんだと見に行けば、騒ぎの中心にいるのはリアムだった。

   *

 少し時は遡る。顔馴染みの面々が次々とウィンドグライダーに認められていて、リアムは不安で唾をのんだ。隣にいるウィンドグライダーを見ても、まったく目が合わない。何を考えているのかもわからなくて、それがさらに不安を助長させた。
 こいつの、名前。
 名前を付けるのは決して強制ではなく、特につけないでそのままにしている生徒も多くはないが存在している。
 名前なんか、ねえ。俺なんかが、わざわざ付けてやるのもなんだかかわいそうだし、と、そんな思考の最中、リアムの名前が呼ばれた。

 儀式の進行を務めるのもフェリシアの役目だった。彼女はリアムの目をまっすぐ見て、それから、問いかける。
「……あなたは、ウィンドグライダーを信じますか」
 信じます、と答える。本心だった。
 フェリシアがウィンドグライダーの方に目を向ける。彼はものは言わないが、それでも殊更静かにリアムを見ていた。
 其れでは、と儀式は続く。
「あなたのウィンドグライダー――――パートナーに、命名を」
 リアムはウィンドグライダーの方を見た。まっすぐ目を見て、こう言った。
「彼には、名前はつけません」――――と。

 それからは、なぜだか怒ったようにウィンドグライダーが暴れ出して、会場がにわかに騒がしくなる。その会場の中、こんな状況でようやくリアムは自身の祖母を見つけた。
 見に来てたのか、と思ったのも束の間、ウィンドグライダーは外へと飛び立っていってしまった。
 残されたリアムは、ただ、惨めな気持ちで退場するしかなかった。

「リアムくん!」
 いの一番にサーヤが声を掛けた。シーアは声はかけなかったが、うしろで見守っていた。
「振られてやんの。なにしたんすか」
「うるせえ」
 リアムはもう相当参っているようで、反発する声は小さかった。
「……リアム」
「だって、あいつ、好きな食べ物だって教えてくんねえし」
 幼い子供がぐずるような、拗ねたような声だった。誰も何も言えなくなる。いや、言いたいことはたくさんあったが、そのどれもが彼を傷つける気がした。
「俺、騎士になりてえのは確かだけど、空飛ぶの、怖いんだよな。はは、こんな奴に名前つけられたって、あいつだって困るだろ……!」
 吐き出すように彼は言葉を口にした。そんなことないよ、も、そうじゃなくていいんだよ、も届かない気がして、サーヤは言葉を選ぼうとした。
 言葉を吐き切ったことによって、リアムがいちばん傷ついたような顔をしていた。
 と、その時。
「それは違うんじゃないかい、リアム」
 後ろから声がかけられた。リアムが振り向けば、自身の祖母が、イズミ先生に付き添われて、そこに立っていた。
「あれは自分の名前が正式になる日を待っておったはずだよ、ほら、覚えておらんのか」
 リアムは狼狽したように黙りこくる。焦れた彼の祖母は、ああもう、というと、イズミ先生にカバンを開くよう指示した。
「わたしはね、あんたのこんな姿を見るためにここに来たんじゃないよ」
 そういいながら取り出したのは、汚い字で書かれたノートだった。男の子が、ドキドキのまま乱雑に書き殴ったであろうそれは、一見すると読めないが――――書いた本人には、分かった。ノーヴァの研究ノート、と題されている。
 思い出す。ああ、そうだ。ノーヴァ――――ウィンドグライダーと出会ってすぐ、空を飛べるのがうれしくて、リアムは彼に名前を付けた。
 彼にノーヴァを預けた、元パートナーだった祖父は、それを聞いて、きっとおまえは立派な騎士になるのだろうとリアムの頭をよく撫でた。
 だからだ。
 女の子は守るべきものだと祖父に教わった。祖母がその横で呆れた顔をしていたのをよく覚えている。
 だからこそ、女の子に――――シーアに負けるのが悔しかった。
 守られておけばいいのに。自分の周りには強くたくましい人しかいなくて、誰も守られてくれやしない。
 むしろ、守られてばかりだった。それが悔しくて、いろんなものに反発した。
 そうしてまた空で競い合っていたある日、無理な飛び方をしてふいに落下した。
 誰も間に合わなかった。唯一それについていけたシーアが雲の中に入りかけたリアムをさらって、それからだ。
 空を飛ぶのが、怖くなった。

 リアムは、震える手でそれを受け取った。開けば、好きな食べ物から、苦手な物、嫌いなこと、全部書いてあった。ああ、俺はもう、忘れていただけで、全部、ぜんぶ、知っていた。
「――――……」
「リアム」
 おばあちゃんはそっと手を重ねた。暖かった。
「あんたなら、できるさ」
 信じているよ、おばあちゃんも、きっと、――――おじいちゃんも、ね。

 風が吹き抜けた。リアムは、その風に押されるように頷いた。

「ふん、お友達に心配かけるんじゃないよ」
 そう言ってから、大きな指笛を吹いた。ピューッ。ピューッ。ピューッ。と、三回。
 そうすれば、ばさばさとはためかせてウィンドグライダーが飛んでくる。――――ノーヴァだ。
「おまえ、これ覚えてたのか」
 と、リアムが問う。ノーヴァは呆れたように、いつもよりも強めにリアムを小突いた。いてえって、とよろけたリアムを、シーアが支えた。
「ふん、情けない顔」
「……うるせえなあ!」
 態勢を立て直して、リアムはノーヴァの方を見た。この名前を正式なものにする火を、彼が待ち望んでいるというのなら。
「いこうぜ、相棒」
 待っててくれてありがとう。早くしねえと、今日が終わっちまう。そう言って走り出したリアムを追って、ノーヴァもまた、飛び立った。

   *

「いつも孫をありがとうねえ、あんたがシーアで、あんたがサーヤだろう」
 そしてあんたがマシュー。生徒全員が、とはいかなかったが、少なくともリアムも含むシーアたちは無事、風翼の誓いを結び、和気あいあいとした祭りの雰囲気の中。そうして一人一人を正しく指差したリアムのおばあちゃんは、ジゼルを見てこう言った。
「あんたは騎士学校でできた友達かい? 初めまして」
「おう、ジゼルって言います。俺が親分なんすよ」
「ちげーよ、誰が舎弟だ!」
 リアムが不満そうに突っ込む。ジゼルはどこ吹く風だった。ばあちゃんも、とリアムは祖母を指さした。
「もういいだろ、挨拶とか! 気まずいって、もうそろそろ暗くなるしさっさと帰れよ」
「そんなそんな、ねえ。わたしゃまだまだ動けるよ」
 そう言いがら彼女は杖をひょいとあげてみせた。おお、と小さく感心の声が上がって、リアムは頭を抱えた。四面楚歌だ。
「うちのは素直じゃないからねえ。たまにはこうやって挨拶しとかないと」
 ね、と祖母はシーアに同意を求める。完全におちょくっているのが分かったので、シーアも頷いた。
「そうね、たまには素直に感謝の言葉でも吐いたらどう?」
「何に対してだよ!」
「しいていうなら心配をかけてること、かしら」
 ねえ、とサーヤを見る。サーヤはそれを困り笑いで流した。
「まあまあ。でもほら、僕たち、そろそろ寮に帰らなくちゃだよ」
「そ、そうだよな!」
 マシューが助け舟を出せば、リアムがそれに食いつく。シーアが不満そうな声を漏らしたが、門限は門限だった。
「ちぇっ、残念。でもそうね、帰りましょ」
「そ、そうだね……」
 リアムのおばあちゃんは、もうそんな時間かい、と驚いてから、そのまま見送る姿勢を取った。
「じゃあ、リアムのおばあちゃん。またねー!」
「また!」
「はいはい、またね」
 そうして、全員が歩き出す。リアムはついていかずに、三人と距離ができたあたりで、祖母に声を掛けた。
「来てくれて、ありがとう……それと、」
 心配かけてごめん。小さな声で紡がれたその言葉を、祖母は鼻で笑った。
「当然だろ、馬鹿!」
 ほら早く帰んな、と背中を押される。リアムがいないことに気づいたシーアたちが呼びながら待っている。
 リアムはそれがなんだかうれしくて、でも素直に認められなくて、それ以上は言葉にせず帰路についた。
 祖母であり育て親の彼女は、そんなリアムの心境なんかとっくに知っていて、素直じゃないねえ、と笑い飛ばしながら、その背中を見送った。

   *

「もう一度お聞きしますが、あなたは何者ですか? 何か、身分を証明できるものは……」
 ヴェルタ先生がそう問う。部屋の中には、一人の中性的な容姿の子供と、騎士学校の先生たちが全員、集まっていた。
「ボクはナユタ。身分を証明できるものは特に持ってない。でも、信じてもらえないかもしれないけど、お願いがあるんだ。」
 逃げてきたんだ。あの分厚い雲の下から、この空の上まで。役目も、期待も、全部を置いて。そう言う子供―――便宜上、彼、と表記する―――に、先生たちは顔を見合わせた。
「お願いだ。ボクをこの雲上の世界に置いてほしい」
 それ以上には何も求めないから。

 誰もが困ったように首を傾げる室内で、ヴェルタ先生だけが、真剣なまなざしをしていた。
 外ではびゅうびゅうと風が吹き荒んでいて、まるで嵐の様相だった。

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文章,ふたつの翼、ひとつの空

#ふたつの翼、ひとつの空
4話 6873文字

 朝を告げる鐘が鳴る。同時に、目覚まし時計がわんわんと騒ぎ出した。シーアは慌てて目を覚まし、目を擦りながらベッドから出る。サーヤは先に起きていたようで、起きてきたシーアに挨拶をした。
「おはよう、シーア」
「おはよー……。サーヤはいつも早いわね」
「シーアが寝坊助なんだよ」
 朝弱いもんね、と付け足したサーヤに、うるさいなあ、とシーアはぼやきを返した。頭は働いていなさそうだ。
 顔を洗いに行ったシーアのために、サーヤは櫛を用意して待つことにした。出てきたシーアをこっち、と手招いて髪の毛を梳かし、結ぶ。いつものシュシュをつけてやれば、シーアも目が覚めてきたようだった。これも、もはやいつものことだった。
「今日から授業が始まるね~」
「そうね。どう、サーヤ。楽しみ?」
 シーアが振り返ってサーヤを見れば、に、と笑ってサーヤは言った。
「そりゃもちろん、楽しみだよ!」

 *
 
 リアムとマシューとも合流して、学校に向かう。そわそわした空気の中、しばらく教室で待っていれば、ガタガタガタ! と音を立てて教室の扉が開かれた。
 知らない子だ。入学式の時にも見なかったような気がするが……? 教室を間違えたのだろうか。
 その少年はずかずかと入って来ては、ぐるりとあたりを見渡す。見渡して、ばちり、と目のあったリアムに近づいてきた。
「なああんた、ここって一年の教室であってる?」
「……合ってるけど。あんた、誰だよ」
 その少年が答える前に、ぱたぱたとイズミ先生が教室に入ってきた。
「ああ。いたいた、ジゼル! 急にどこかに行ったから心配したよ」
 ジゼルと呼ばれた少年は、特に悪びれもせず先生の方を見た。
「えー、でも、先生。授業を受けるのってここじゃないんすかあ? 間違ってはないでしょ~」
「だとしても、だよ。まだ話さなきゃいけないことがあったんだから」
 イズミ先生は呆れたようにそう言った。ジセルははいはい、とそれを流した。
「分かってるって、迷惑かけなきゃいいんすよね」
 イズミ先生はちょっと困った顔をして、一瞬だけ押し黙ってしまった。そうではなくて、と改めて説明しようとしたのを、ジゼルは面倒くさそうに聞き流す体制をとった。
 それを見た先生は、諦めたように首を横に振った。
「まあ君はよほど下手なことはしないだろうけどね」
 それから、他の生徒たちに向けて彼の紹介を始めた。
「彼はジゼル。ちょっと事情があって入学式には来れなかったけど、この学校の生徒だよ」
「ジゼルで~す」
 へら、と笑った彼――――ジゼルは、先生の方を見てこう言った。
「あれは言わなくていいの?」
「……どれ?」
 そんな発言を聞き返したはいいものの、なんとなく嫌な予感がして、止めようとするよりも先にジゼルが口を開いた。
「ほら、最近捕まった空賊の首領の息子さんだよって」
 みんな、もっと警戒したほうがいいすよ、ねえ。けたけたと笑いながらあっさりと大きな暴露をしたジゼルにイズミ先生は頭を抱えた。
 生徒たちといえば、ぽかん、と口を開けてジゼルを見ていたが、しばらくして理解が追いついたのかざわざわと騒ぎ出す。え、空賊ってあの? 首領の息子って言った? ――――であればどうして騎士学校に?
 そんな生徒たちの前でイズミ先生は仕切り直すように大きく咳払いをした。
「はあ、だからまだ話さなきゃいけないことがあるって……。まあいいや、ええと、説明するね」
 先生の話をまとめると、こうだった。騎士学校の先生方の努力で一つの大きな空賊の集団が解散となった。大人たちは全員捕まったが、ジゼルはまだ子供だったため、更生のためという名目で騎士学校に入ることになった。
「これでも授業はちゃんと受けるつもりっすよ。だってそうじゃないと捕まるらしいし」
 あっさりとそう言ったジゼルは、に、と笑って、よろしく、と言葉を続けた。
 シーアとサーヤは顔を合わせて、お互いを何とも言えない顔をしているな、と思った。
 
 *
 
 ホームルームを終えて、初めての授業はティア先生のウィンドグライダーの扱いだった。本来は操縦、と題されているらしいが、ティア先生が操縦はちょっとね、と言って勝手に時間割の名称を変えているらしい。
「みんなは今、それぞれのウィンドグライダーに子供向けの装備を搭載して飛んでいると思うんだけど、今日からはそれを外して、戦闘用の装備を載せて飛んでもらうからねー」
 ティア先生はそう言って自身のウィンドグライダーを呼んだ。戦闘用の装備は大きくて硬そうだった。重たくないんですか、と生徒の一人が問えば、負担にならないように作られてるから大丈夫よ、と先生は答えた。
「子供向けの装備は落ちにくいようになっているけど、その分、戦闘用の装備はかなり落ちる可能性が上がるからね。飛ぶときは一人ずつ飛ぶように!」
 そう言って先生はひとまずと生徒たちにウィンドグライダーの装備を配った。装備のつけ方を順に説明していった。無事に全員が装備を終え、さて飛んでみよう、と、先生が見守る列にシーアとサーヤは並んだ。
「上手く飛べるかしらね~」
「ね、楽しみだね」
 そんなほのぼのとした二人の後ろで、ふと、こんな声が聞こえた。
「え、なに。あんた、怖いんすか!」
 ジゼルだった。振り向けば、リアムとマシューとなにやら話しているようだった。
「ちげーし! 馬鹿! んなわけねえだろうが!」
「え~、でもだってあんた、ずっとあの列に並ばないために言い訳してるじゃないすか。怖い以外の何でもなくないすか? それは素直に認めた方が……」
「ッはア!? うるせえなあ、そうじゃないって言ってんだろ!」
「ええ~~~……」
 リアムはずかずかとこちらに近づいてくる。シーアは不思議そうな顔をしていたが、サーヤはなんとなく思い当たる節があってリアムに声を掛けた。
「リ、リアムくん」
「んだよ」
「……」
 そのままサーヤは言葉が見つからず黙ってしまった。大丈夫かと聞いてもやめた方がといっても今の彼には意味がないだろう。それに、――――彼も騎士になりたいはずだ。
「なに、あんた。ほんとに怖いの? やめたって笑いやしないわよ」
 シーアがそう言ったのと、次の生徒を呼ぶ先生の声が同時だった。
「だから……ッ うるせえな、見てろよ!」
 そういってリアムは空へ走り出して行ってしまった。
「お、いい勢いだねえ!」
 先生が笑いながら追いかける。リアムはしばらく安定して飛んでいたので、なーんだ、とその場の全員が安心したのも束の間、彼はぐらり、と姿勢を崩した。
 それを後ろを飛んでいた先生がとっ捕まえて、彼のウィンドグライダーと共に戻ってくる。
 戻ってきたリアムの顔色は相当で、心配していたサーヤとマシューは慌てて彼に駆け寄った。先生は、少し考えてからマシューにリアムを任せ、他の生徒の指導に戻って行った。
「おれも着いてっていい?」
 ジゼルがそう聞いたのを、マシューは断ろうとした、が、リアムがそれを制した。マシューは少し悩んでから、好きにさせることにした。
 
 *

「なーにもあんな無茶に飛ぶことねえすよ」
 訓練所の隅っこ。逸る鼓動を落ち着かせるように水を飲んで、リアムは答えた。
「飛べねえと、騎士にだってなれねえだろ」
 不服そうだった。悔しさ故かもしれないし、それ以上の何かでもある気がした。ジゼルは不思議そうに首をかしげた。
「騎士になりたいんすか」
「じゃなきゃこんなとこに居ねえって」
「じゃ、なにがそんなダメなんすか?」
「……」
 こいつ。なにかしらでは覚えてろよ、と、リアムはいつかの逆襲を誓った。マシューが口をはさむ。
「ジゼルくんは、飛ぶの得意なの?」
「ンえ、まあ、得意というか、飛べないと賊出来ないっしょ」
 これでもある程度の訓練は受けてますよ、とジゼルは言った。ああ、だからか、と一人納得して言葉を付け加える。
「おれなら、あんたのそれ、なんとかできるかもよ」
 ほら、おれって、落ちるのも別に怖くないし。そう付け加えたジゼルにリアムは瞠目した。思ってもない言葉だった。
「……なんの真似だよ」
「えー。別に、興味本位? おれも舎弟がほしいんすよね」
「誰が舎弟だ」
「あんた」
「……」
 ああ、もう。話にならない、とリアムは頭を抱えた。空ではシーアが訓練として飛んでいて、あいつはいいよな、と拗ねるような気持ちが湧いた。
 しばらく無言の時間が流れた。空を飛ぶシーアはなんだか楽しそうで、高笑いがここまで聞こえてくるようだった。いや、実際に楽しくなっているのかもしれない。あんまりにも縦横無尽に飛ぶので、先生さえルートを定めておけばよかったかもしれない、と思っていた。
 と、そんなとき、ぐらりとシーアが体勢を崩した。
「!」
「あ、」
 落ちるっすねえ、あれ。ジゼルがつぶやいた声がやけに大きく聞こえた。先生がそばを飛んでいるのだから、大丈夫だと知っている。それなのに、なんだかすごく不安になった。
 自分が今から飛んでも先生の速さには間に合わない。そもそもあそこまでたどり着けるか怪しい。危うく雲の中を突っ込みかけたシーアを、先生が拾った。当然だ。戻ってきたシーアは楽しそうにしたまま、サーヤに話しかけに行った。
 それを見て、少し安心して息をつけば、それを見ていたジゼルがさらに声を掛けた。
「優しいっすねえ、そんなすか」
「……なにがだよ」
「え、だって、怖いんでしょ」
 自分が落ちるのも、誰かが落ちるのも。自己責任だと思いますけどねえ、とジゼルが言うのはあまり聞こえなかった。その通りだな、と思考にふけってしまったからだ。
 ウィンドグライダーの乗り方の本を、片っ端から集めて読んでいる。落ちないために。みじめな姿を晒さなくていいように。
 それでも、落ちた。そうであるのなら、この恐怖には、慣れるしかないのだろうか。
 いつか、慣れる日が来るだろうか。
「リアム」
 マシューの声で我に返る。彼は少し悩んで、言葉を続けた。
「ジゼルくんの言う通り、なんで怖いのか、僕も知りたいな。それを知れば、解決できる何かがあるかもしれない」
「……」
 人を頼るなんてごめんだと思っていたが、一人では手詰まりなのも事実だった。……確かに、そうかもしれない。納得すれば、言葉は自然と出てきた。
「……本当に誰もいないところで落ちたら、見つけてもらえねえんじゃねえかなって、思ったことがあるんだ」
 スカイラヴィスの世界の人々にとって、雲の下は未知だ。しかし、雲は雲だ。突っ切って落ちれば、何かにはぶつかるだろう。
 それがとても恐ろしく思えた。実は何も無いかもしれないのが怖くて、本を読み漁った。
 分かったのは、地上、と呼ばれるなにかがあること。そこにたどり着けば、もう帰ってこれないことだけだった。
 未知は怖い。もし、先生のいないところで飛んで、落ちて、見つけてもらえなかったら。
 一人ぼっちになるのだとしたら。
 そんなリアムの話を、二人は静かに聞いていた。やがてジゼルが口を開く。
「へえ、想像力豊かすねえ、たしかに」
 なるほど、と彼は頷いた。頷いてから、こう言った。
「リアムって、ウィンドグライダーのこと、あんま信用してないでしょ」
「……え」
 思ってもない言葉だった。思わず自身のウィンドグライダーの方を見る。目は合わなかった。
「おれはあいつが拾ってくれると思ってるから」
 な、と彼は自身のウィンドグライダーを見る。彼のウィンドグライダーは嬉しそうにパタパタと近くに寄ってきた。
「おれらって、二つで一つだからさ。なんせ、落ちたら拾ってもらえるのなんて、子供の時まで、すからね」
 そう言ってから、ウィンドグライダーを撫でる。喜びを表現するように、彼もくるる、と震えた。
「だからあんたも交流増やしたら? 見た感じ、まだあんまお互いのこと知らないでしょ」
 思ったよりも有用なアドバイスだった。意外な気持ちが勝ってしまって、リアムが唖然としていると、後ろからマシューが口を開いた。
「悔しい……ッ」
「は?」
 珍しい声だった。思わず振り返る。わなわなと手を震わせた彼は、ジゼルに噛みつくように近づいた。
「どうやってそこまでの信頼関係を築いたの!? 手入れはどうやってしてる? 好きな食べ物と嫌いな食べ物の把握ってどうやってしてる!? うちの子ほんとに表情が変わらなくて困ってるんだよ、ちょ、ちょっと、ああもう、聞きたいことがありすぎる!!」
 矢継ぎ早だった。さすがのジゼルも目を白黒とさせていたので、仕方なくリアムが止めに入る。
「お、おい、マシュー。少し落ち着けよ」
「落ち着けないよ! 答えてくれるまでこの手を離さないから」
「えー、それは困るすねえ……?」
 首を傾げてからジゼルは答えだした。
「でもあんたら別に仲悪くないでしょ。それくらいわかりますよ。表情が分かりにくいのはそういう個性なんじゃないすかねえ」
 ジゼルがそう言えば、マシューはなるほど、と納得したように手を離した。それから、少し恥ずかしそうに照れ笑いをした。彼のウィンドグライダーは気づけばマシューのそばにいて、一気に詰め寄りすぎだと軽く頭突きをした。
「そこの男ども――――!! 休憩が終わったなら戻ってきなさーい!!」
 ティア先生が叫ぶ。思ったよりも時間を使ってしまった。全員ではーい、と返事をして、授業に戻ることにした。
 
 *
 
 その後の授業では、マシューもジゼルも訓練として飛んだが、二人は落ちることなく戻ってきた。シーアは、サーヤがうまく飛べたのをまるで自分ごとのように自慢していた。
「うんうん。このように、ウィンドグライダーたちはその人その人との関係性で飛びやすくなることもあるからね。今回の訓練で一回でも落ちた子たちは、彼らとの関係性を見直してみるのも手だよ~」
 相談は適宜受け付けるからねー、と、そう言ってティア先生は授業を締めた。
「楽しかったわね、サーヤ!」
「そ、そうだね、シーア」
 マシューはリアムの方をちらと向いたが、リアムは何かを考えこむように、ティア先生の方には向かわなかった。
「あ、リアム。大丈夫だったの、あんた」
「……おー」
 シーアが声を掛けてもリアムの返事はほとんど上の空で、シーアとサーヤは顔を合わせ首を傾げた。
「大丈夫かな、リアムくん」
「ねえ」
 そんなシーアとサーヤの後ろからマシューが声を掛けた。
「大丈夫だよ、多分ね……」
「まあ何とかする気はあるみたいすよ」
 ジゼルも後ろから声を掛けてくる。シーアは、本当に怖かったのか、あれ、とリアムに思いを馳せて、まあでもそんなこともあるか、と考え直した。空の上で彼を煽るのはやめようと思った。
 
 *
 
 次の授業はヴェルタ先生だった。
「あら、あらら、出席簿はどこに行ったかしら……?」
 あわ……あわ……、という効果音が似合いそうな、ゆったりした動きで出席簿を探し、あ、あった、とその小さな袋の中から大きさに見合わない出席簿を取り出した。
「よしよし、見つかりましたね」
 そういって出席を取り、うんうん、と頷きながらそれをしまう。それから、こちらを向いてにこりと微笑み、はじめまして、と自己紹介を始める。
「ヴェルタです。歴史とか、文化とか、教養とかの授業を担当しています。担当授業が多いのは、私がいちばん秀でているからよ」
 今日はねえ、風の誓約の日の話をしようと思ってねえ、と彼女が話す傍ら、黒板にさらさらとペンで書き記されていく。
「みなさんはまだご自身のウィンドグライダーに、正式には名前をつけていませんね」
 はい、と生徒たちが頷く。ヴェルタ先生は続ける。
「みなさんの中には知ってる方も多いと思いますが、彼らの名前は風の誓約の日、正式に命名することができます。要するに、ウィンドグライダーと風翼の誓いを結ぶ日、ですね」
 風翼の誓いのことはご存じかしら。先生はあたりを見渡した。マシューがはい、と手を上げる。
「ウィンドグライダーを武装させて乗るための免許みたいなもの、ですよね。ウィンドグライダーたちが僕たちを選んでくれたら結べるもので、彼らとの絆が試されたりもすると聞いています」
 ヴェルタ先生は頷く。素晴らしい、その通りです。とマシューを褒めた後、補足として説明を始めた。
「風翼の誓いを結んだ人々には、彼らからの承認を得たことを証明するためのピンバッチが配られます。それがこれね」
 ヴェルタ先生は自身の胸についたピンバッチを掲げた。教室内がおお、とどよめく。シーアもサーヤも知ってはいたが、いざ説明されて見せられると、なんだかいっそうかっこ良く見えた。
「先生も飛べるんすねえ」
 ジゼルが声を掛ける。先生は笑って、これでも冒険者で研究者だったのよ、と言った。
 
 *
 
 その後の授業は何事もなく、無事に楽しく終えられた。
 その帰り道、リアムはそそくさと訓練所に向かった。自身を選んだウィンドグライダーが飛んでいる。リアムが来たのを見て、彼は飛び近づいてきた。
「お前、何が好きなの」
 突然の問いかけに、彼は首を傾げた。リアムは言葉を重ねる。
「何の食べ物が好きなのかだけでも、知れれば」
 歩み寄れるかなって。彼の声は小さくて、聞き取れるかもわからなかったが、それでも聞き取ったらしい彼は、リアムの頭にとん、と自身の頭を乗せた。
 リアムは困り果てたようにそれを受けて、思い出す。そういえば、昔はよく林檎を持ってきてやっていた。空を飛ぶのが楽しくて、こいつと一緒にどこまでも行けると思っていた頃のことだ。こいつはこれが好きだった。大人になってから、いつしか振り払うようになって、――――そういえば、昔は仲が良かったっけ。
「お前、変わんないんだな」
 もう俺は、空が怖くて、お前に乗ることなんて、いつか夢のまた夢になるかもしれないのに。そんなことを思えば、何かを察した彼は、乗せていた頭をごん、とぶつけた。いて、とよろけたリアムを放置して、彼は飛び去って行った。
 今からでも、歩み寄ったとして。自分はまた空を飛べるだろうか。
 とりあえず次は、好きそうな食べ物を持ってきてみよう、と心に決めて、リアムは寮に戻ることにした。
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文章,ふたつの翼、ひとつの空

#ふたつの翼、ひとつの空
3話 6130文字

 風が、吹き抜けて行った。
 
 セレスティア騎士学校の大広間に、盛大な音楽が流れ始める。高い天井から差し込む光が、整列した生徒たちの上に降り注いで、まるで祝福のようだった。
 
 その光景に、シーアとサーヤは思わず息を飲んだ。
 
 今日は、記念すべきセレスティア騎士学校の入学式だ。
 おじいちゃんもおばあちゃんも、ウィンドグライダーに乗って王都まで見に来てくれているようだった。
 彼らに小さく手を振ってから辺りを見渡す。クラスメイトたちはみんな、まっすぐ前を向いていた。
 
 ここにいる人たちはみんな、強くなりたくてここにいるんだ。
 
 そう思うとわくわくして、今にも走り出したくなった。
「続いては、校長先生のお話です」
 アナウンスが流れて、校長先生らしき細身の綺麗な女性が壇上に上がった。少しの驚きが、空気をざわつかせた。
 少しばかりマイクの確認をしてから、ふう、と一つ息をついた彼女は、声を出す。
「風は、行き先を選ばない」
 強く、芯のある声だった。校長先生――――セラ校長は、壇上からゆっくりと生徒たちを見渡した。
「どんな者にも等しく吹き、どんな者にも等しく翼を与える。強い者にも、弱い者にも。正しい者にも、そうでない者にも」
 一拍。
「だから、風に恥じない騎士になりなさい。それだけでいい」
「――――アタシを失望させないように」
 以上。彼女はその言葉でスピーチを締めた。ぱちぱちと拍手がおきて、来賓の挨拶、校歌斉唱、その後に先生方の紹介。
 一年生の授業を担当する先生はイズミ先生を含め四人だった。
「レナードだ。戦術や作戦の立案の授業を担当をしている。最も、そんなことは必要にならない方がいいんだが……」
 ガタイの良い怖い顔の先生がそう語り出そうとして、ひとつ咳払いをした。
「こほん。この話は長くなりそうだ。えーと、一年生の諸君、よろしく頼む」
「相変わらずお堅いなあ、レナード先生は!」
 隣で楽しそうに笑う女性につつかれて、レナード先生は少し眉間に皺を寄せた。
 気にも止めない彼女は前に出る。
「ティアです! ウィンドグライダーの操縦の授業をします。操縦って言うと機械みたいでやだよねえ、彼らは生き物なのにね~」
 あっはっは。そんな言葉も一人で笑い飛ばして、よろしくね、と言葉が付け加えられた。
 その隣で、穏やかな表情をした先生が一歩前に出る。
「ヴェルタです。座学的なところはおおよそ担当なんじゃないでしょうか」
 うーん、そうですね、と首を捻ってから、言葉がまとまったのかこちらに向き直る。
「歴史や文化、教養、あと魔法の授業を担当しています。よろしくお願いしますね」
 最後にイズミ先生が前に出た。
「はあい、イズミで~す。先に寮に入ってる子達には言ったけど、今年の一年生の担任の先生をやります。あと武道・剣道の授業もやるからね~」
 ひと呼吸。
「分かってる子もいるかもしれないけど、君たちが今日から学ぶ技術は人を殺す技術だからね。授業は真面目に受けること。そうじゃないと、自分の命が守れないからね」
 よろしくね、と念を押して、先生方の自己紹介は締められた。拍手が響く。
 その空気のまま入学式は終わり、新入生の生徒、そしてその保護者たちは、先生に連れられて教室に行くことになった。
 
 シーアとサーヤはそわそわと辺りを見渡した。今年の一年生は一クラスだけのようだった。
 席順はみんなバラバラで、サーヤはなんだか少し寂しかったが、いやいや、でも、と思い直す。イズミ先生の言う通り、真面目に授業を受けるための計らいなのだろうと思うことにした。
 ざわざわと騒がしい教室の中、イズミ先生がパチリと手を叩く。
「はい、静かに! 色々と話したいことがあるかもしれないけど、一旦僕の話を聞いてねー」
 静かになった生徒たちを見て、イズミ先生はうんうんと頷いた。
「さて、今日からこのクラスのみんなで授業を受けてもらいます。なので、まずは自己紹介からだよね」
 生徒一人一人の顔を見て、にっこりと先生は笑った。
「仲良くするにはある程度をお互いを知ってもらうことが一番! じゃあ君から、どうぞ」
 席の端っこに座っていた生徒が指され、自己紹介をしていく。みんながみんな堂々と自己紹介するので、慌てて自分の自己紹介を考える羽目になった。
「シーアよ。いつかお父様のように立派な冒険者になるために騎士学校に入ったわ! よろしくね」
 シーアがサーヤにウィンクを飛ばした。
「マシューです。ウィンドグライダーと沢山触れ合いたくて騎士学校に入りました。よろしくお願いします」
「俺はリアム。……そんな大それた理由はないけど、戦えたらかっけえなと思って騎士学校に入りました。よろしく」
 二人もあっさりと自己紹介をこなした。
 そうしているうちに、気付けばサーヤの番になってしまっていて、慌てて立ち上がる。
「ええっと、サーヤです! シーアと一緒で、いつか立派な冒険者になるために騎士学校に入りました。よろしくお願いします!」
 無事、自己紹介を終えて座る。自分の自己紹介考えるのに必死で、他の子達の自己紹介はあまり頭に残らなかった。
 あとでシーアに教えてもらおう。そう静かに決心していれば、全員の自己紹介が終わっていた。
 よしよしと満足気なイズミ先生は、その後の連絡事項をさっさと済ませて、パタリと出席簿を畳んだ。
「さて、今日はこれでおしまい! 明日から授業だから気を引き締めて来るように。それじゃあね~」
 手をひらひらと振ってイズミ先生は生徒を解散させる。シーアとサーヤは真っ直ぐにおじいちゃんとおばあちゃんの元に駆け寄った。
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
 彼らは嬉しそうに顔を綻ばせ、二人を穏やかに迎え入れた。
「見てたかしら! 私たち、無事に入学したのよ!」
「ええ、ええ、見てたわよ~」
「……」
 おばあちゃんがニコニコ笑ってそう言った横で、無言で立っているおじいちゃんの目元は少し赤かった。
「おじいちゃんたら、入学式の時ずっと泣いてたんだから。私も泣きそうになっちゃったわ~」
「こ、こら、その話はいいだろう」
 シーアとサーヤは顔を見合せて笑った。しばらくの寮暮らしであまり会えていなかったが、彼らは変わらずだった。
 寮の部屋が広くて嬉しいこと。それでも屋根裏部屋が恋しいこと。おじいちゃんとおばあちゃんがいなくて寂しいこと。でも、楽しみな気持ちが勝っていること。そんな話を次々二人でしていれば、おじいちゃんもおばあちゃんも安心したように笑った。
「二人とも、楽しそうねえ。私たちまで寂しくなっちゃうわ~」
「先生方に迷惑はかけないようにするんだぞ」
「もちろん!」
「当然だわ」
 まあ、なんだ、二人なら大丈夫だろう。とおじいちゃんが言ったあたりで、帰りのウィンドグライダーのタクシーが来たことを告げるアナウンスが鳴る。
「ああ、そろそろね。」
「ああ……。それじゃ、二人とも、また」
「うん、おじいちゃん、おばあちゃん!」
「またね!」
 おじいちゃんとおばあちゃんを見送れば、二人だけ、というのが急に寂しく感じた。
 それでも、きっと、大丈夫だ。
「ねえ、サーヤ! せっかく学園に来たことだし、少しだけ探検してから帰らない!?」
「え、あ、それって良いのかな!?」
「だって、もう私たちの学校でしょ!」
 に、と笑ってシーアが駆け出す。サーヤはそれを慌てて追うことになった。
 シーアがぱたぱたと廊下を走っていけば、どん、と誰かにぶつかる。わ、とシーアがよろけたのを受け止めて、その人は、安心したように微笑んだ。
「ああ、良かった。すみません、よそ見をしていたもので」
 大丈夫でしたか? と、シーアに問う。ふと、思い出した。試験の日、リアムが落ちかけた時に駆けつけてくれた先輩だ。
「だ、大丈夫です! こちらこそ、すみません」
 自然と敬語になったシーアに、先輩はこう言った。
「廊下を走るのは危ないので、なるべくやめましょうね」
 その綺麗な所作に見惚れていたシーアとサーヤにそうやって念を押す。すみません、と答えれば、彼女はまた微笑んだ。
「あの時は受験生でしたね。入学おめでとうございます、わたくしはフェリシア。」
「は、はい! 私はシーアです」
「ぼくはサーヤです」
「いつかきっとなにかで一緒になる日も来るでしょう、頼もしい一年生のおふたりさん。その時はよろしくお願いいたしますね」
 それでは、とフェリシアが去ろうとしたところで、
「ああ、あなたは本当に馬鹿な子!」
 と、近くから怒鳴り声が聞こえた。
 眉根を潜めたフェリシアは、ため息をひとつ着いて、二人に向き直る。
「……念の為、先生を呼んできてもらえますか」
「は、はい!」
 誰かに何かがあったら大変だからと、指示通り、シーアとサーヤは先生を呼びに行くことにした。
 
 *
 
 フェリシアがその声の方に向かえば、一人の生徒とその母親であろう人物が立っていた。揉めているようだ。怒鳴り声がきんきんとしていて耳に悪い。
「本当にこんな場所に通うなんて! あなたは本当は絵を描くべきだって、なんで分かってくれないのかしら」
 生徒――――マシューは事態を悪化させたくないのか、ただ、黙りこくっていた。
 母親の方を見る。フェリシアも見たことがある。確か、著名な画家だったはずだ。あまり良い噂は聞いたことがない。こんなところで人目もはばからず喚いているのだから、おおよそは真実なのかもしれない、と思った。
 だとしても、自身の顔くらいは知っているだろう、と判断して、フェリシアはひとつ、前に出る。
「ご家族でのご歓談中、失礼いたしますわ。今、わたくしの通う学校に何と?」
 突然の乱入に眉を顰めてフェリシアの方を見た彼の母親は、分かりやすく慌てて笑顔を浮かべた。
「姫様!? ど、どうして……、ふふ、いえ、嫌だ、姫様ともなれば、私たちのことだってご存知でしょう。この子に言ってやってくれないかしら、我が家に生まれておきながら、ゼフィルアート学校に入らないのはおかしい、って」
 この子は才能に恵まれているんです、他の子達と違って。彼女はそう言って笑った。噂通りだな、と思った。
 フェリシアは小さくため息をついた。ああ、波風を立ててしまう。しかし、火のないところに煙は立たない。フェリシアは意を決して、口を開いた。
「失礼、わたくしは彼の意思が尊重されるべきと思いますわ」
 あなたはどうしたいの。そうしてマシューに視線を向ければ、彼はまっすぐ母親を見てこう言った。
「母さん、前々から言ってるけど、僕はここで学びたいことがあるんだ」
 彼の母親は口元をひくりと引き攣らせた。
「家系、血筋問わず、子供にはやりたいことをやらせるのが一番、とわたくしは考えます。それが本当にやりたいことなら、尚更。彼の人生はあなたがたのものではございませんよ」
 ところで、とフェリシアはマシューの方を見る。
「貴方のことを先生がお呼びです。ついてきてくださるかしら」
 マシューは慌てて頷いた。それじゃあ、と両親に断りを入れて、踵を返す。
 残された母親の方はなんだかんだと騒いでいたが、そのうち先生方が駆け付け、騒ぎは半ば無理矢理な形で収束した。
 
 *
 
「マシュー!」
「マシューくん!」
 シーアとサーヤがイズミ先生を連れてきた頃には、騒ぎは終わっていた。
「あちゃあ、ごめんね。ちょっと用事があって出ていたんだ、他の先生方が対応してくれて良かったよ」
 大丈夫だった? とイズミ先生は二人――――フェリシアとマシューに問う。フェリシアは頷いた。マシューは静かに頭を下げた。
「ごめんなさい、先生。うちの家族が……」
「ああ、いやいや、いいんだよ。顔を上げて」
 イズミ先生にそう言われて顔を上げたマシューは、心底困り果てているようだった。
「僕、どうしたらいいんでしょうか」
 フェリシアがひとつ、息をついた。
「あなたがやりたいことは明確なんでしょう」
「……はい、ですが」
 マシューは彼女に視線を合わせずに頷いた。続く言葉を制して彼女は話す。
「困っている子供を助けるのが大人の役目、ですよね、先生」
「……そうだね。強いて言うなら、君も子供だよ、ということくらいかな」
 笑って頷いたイズミ先生は、フェリシアに釘を刺すことも忘れない。フェリシアは少し不満気な顔をしたが、特に何も言わなかった。
「沢山迷惑をかけてくれよ、マシューくん。先生たちは大丈夫だから」
 マシューは少し迷ってから頷いた。シーアとサーヤは、その光景を見ていることしか出来なかった。
 
 そのうち、今日の終わりを告げる鐘が鳴る。イズミ先生は、もうそんな時間か、と零した。
「じゃあ、今日は解散! 疲れたでしょう、寮でいっぱい休んでね」
 そうだ、と良いことを思いついたと言わんばかりに先生は指先を振った。
「ゼフィ・ドラヴァン・フォーレ・ス!」
 その言葉と共に、ふ、と身体が軽くなる。翼が生えたよう、とはこのことだろうか。
 本物の魔法だ。おじいちゃんとおばあちゃんが使っていたみたいな。シーアとサーヤは驚いて、イズミ先生の方を見た。
「イズミ先生って魔法使えるんですか!?」
「使えるよー。君たちもそのうち学ぶことになるからね」
 それじゃ、先生は仕事してくるから。そう言って手を振って去っていく彼の背を見送ってから、フェリシアは三人に向き直った。
「寮まで送りましょう。どうせ目的地は同じですから」
 
 *
 
 寮に戻れば、大広間でリアムが待っていた。
 読んでいた本から顔を上げて、咎めるようにリアムは言う。
「どこ行ってたんだよ」
 俺一人ですげ~気まずかったけど。言葉の外にそんな雰囲気を醸しつつ彼はこちらを見た。
「それ、何読んでるの?」
 そんなことは知ったことでは無いシーアが強引に話題を変えた。
「話聞けよ。……別に、何読んでてもいいだろ」
 む、としたリアムは、それでも深入りはしなかった。
「えー! 気になるじゃない、教えなさいよ」
「嫌だよ! シーアには絶対教えてやらないね」
「なんでよ!」
 ぎゃんぎゃん。いつも通りやり合い始めた二人をよそに、サーヤはマシューに声をかけた。
「マシューくん」
「なに?」
「ぼくたちにも頼ってね。リアムくんも、シーアも、きっとその方が嬉しいから」
 マシューは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに破顔して頷いた。
「ありがとう。そうさせてもらおうかな」
 サーヤはそれに頷いてから、シーアとリアムにご飯を食べようと誘いに行った。
 フェリシアは、しばらくそれを眺めてから、ああいう距離の近さが、自分にはまだ分からなくて、少し羨ましい気がした。
 
 *
 
「リアム」
 夕食を済ませ、寮の部屋に戻ったマシューは、リアムに声を掛けた。
 なんだよ。言葉にせずに視線だけを寄越したリアムに、マシューは苦笑してからこう言った。
「気を回してくれてありがとう」
「はあ?」
「踏み込まなかったでしょ」
 別に、お前のためじゃない、と、リアムはそっぽを向いた。ああ、拗ねているなあ、とマシューは思った。
「いつか解決したら、笑い話として聞いてくれたら嬉しいよ。今は、……ちょっと情けなくてね」
 リアムはそっぽを向いたままだ。
 しばらくの沈黙。後、リアムが口を開いた。
「マシューだって、踏み込んで来ねえじゃん」
 だから、これはお前のためじゃない。そう言ったリアムは、マシューがリアムの読んでいる本の内容とその意味を理解していることを知っていた。
 再び沈黙。マシューは何を言うか悩んで、結局何も言わずに、おやすみ、と声をかけた。
 帰ってくる声は、なかった。
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文章,ふたつの翼、ひとつの空

2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

#ふたつの翼、ひとつの空
2話 10823文字

 目覚まし時計がやかましく音を鳴らす。シーアはまだまだこの暖かい布団の中でくるまっていたくて、目覚まし時計を止め、二度寝をしようとする――――。
「シーア! もう、早く起きてよ! 間に合わなかったら寮に入れなくなっちゃうよ~!」
「はっ」
 そうだった。
 あの合格発表から数週間。今日は寮に入る日だ。シーアは慌てて起き上がる。
 合格してからというもの、シーアはすっかり気が抜けてしまっていてダメだった。毎朝サーヤに起こされ、荷造りを後回しにし、昨晩もつい遅くまで起きていたせいで、このザマだ。
「そ、そうよ! ああ、急いで準備しなくちゃ、おばあちゃ~ん!」
 微睡んでいたのが嘘のように立ち上がったシーアは、慌てて階段を駆け下りた。駆け下りたせいで、どすん。と、大きな音。
「シーア!」
「いった~~い!! もう! なんだっていうのよ!」
「あらあら……」
 サーヤが救急キットを持ってすっ飛んでくる。悔しそうにシーアは呻いた。膝に綺麗な擦り傷が出来ていた。
「慌てるからだよ、もう……」
「まさかこんなに綺麗に擦り傷作るなんてねえ」
「うう……」
 おじいちゃんが心配そうにこちらを見ている。今日はめでたい門出だというのにねえ、とおばあちゃんが笑った。その隣で、サーヤは大きくため息をついた。
 
 荷造りは昨晩のうちに終わっている。身支度を整え、大きなカバンを引っ掴んで、二人は玄関から外に出た。
「おじいちゃん、おばあちゃん、行ってきます!」
「行ってきま~す!」
 おじいちゃんとおばあちゃんは家の外まで出て見送りをしてくれた。おばあちゃんはあっさりと手を振り、見送る姿勢をとってくれたが、おじいちゃんは、忘れ物が無いかとか、先生たちに失礼のないようにするんだぞだとか、そんな小さな心配をいっぱいいっぱいまでしていて、ずいぶんと落ち着かなさそうにしていた。
「大丈夫よ、おじいちゃん。私たち、きっと立派な騎士になって帰ってくるわ!」
「そうだよ。定期的に手紙出すからね。ちゃんと受け取ってね」
 シーアとサーヤがそう言えば、おじいちゃんは少し照れたように咳払いをして、ようやく手を振り、見送ってくれた。
 騎士学校まで、寮の部屋のことを二人で話しながら飛んだ。部屋が綺麗だといいね。広いと嬉しいよね。ちゃんと片付けができるか不安だな。そんな話をしながら飛んでいれば、あっさりと王都が見えてきた。白い塔の群れが朝の光に照らされていて、今日からあそこに住むのだと思うと、不思議な気持ちになった。二人が王都に来るのは、試験の時以来だった。
「あっ、シーアさん! サーヤさん!」
「ふん、不合格じゃなかったか」
 王都のグライダー広場には、リアムとマシューが二人で立っていた。どうやらシーアとサーヤを待っていたらしい。
 二人の顔には、分かりやすく安堵が滲んでいた。随分と心配をされていたらしかった。
「マシュー! リアムもいるじゃない!」
「良かった~! 二人も合格したんだね……!」
「当たり前だろ!」
 リアムがそう吠えるのをはいはいと聞き流して、ウィンドグライダーから降り、お疲れ様、とひとつ撫でる。彼らはふるりと身体を震わせてみせた。
「でも僕もほんとに良かったと思ってるよ、リアム。試験の日のこと、忘れたわけじゃないよね?」
「うっ」
 マシューが呆れたように窘める。ぐぬぬ。リアムが悔しがれば、シーアが勝ち誇ったように笑った。
「ふふん、この私に感謝することね!」
「うるせえな、感謝はしてるよ!」
 ふん。リアムは一度そっぽを向いて、ふ、となにかに気づいたかのように慌ててこちらを振り向いた。
「のんびりしてっけどそろそろ集合時間来るんじゃねえの!?」
「あっ、そうだ、そうだよ! シーアが寝坊するから……」
「はあ!? サーヤが起こしてくれないからじゃない!」
「何度も起こしたよ!」
「あはは。はいはい、ほら、シーアさん、サーヤさん。急ぐよ」
 マシューが二人の背中をぽんと叩く。シーアとサーヤは揃って慌て、「分かった!」と返事をし、バタバタと走り出した。
 
 *
 
「さて、これで全員かな。みんな優秀だね~」
 生徒を到着順に並べて、点呼を取る。シーアとサーヤ、リアムとマシューは最後の到着だったので、四人固まって列に並んでいた。
 名簿を見ながら、全員到着していることを確認したイズミ先生は、うんうん、といくつか頷いてからこちらを見た。
「今年の一年は僕が担当することになってるんだよね~。はい、今日のみんなの入寮及び案内を担当します。イズミだよ~。気軽にイズミ先生って呼んでね」
 これは前回も言ったか、と笑ってから、ちらりと横を見る。イズミ先生とは対称的に、目付きの悪い先生が立っている。彼はああ、と頷いた。
「ガロウです。エアリス魔法学院で薬草学を教えています。今日は、イズミ先生のお手伝いをしに来ました」
「この人数を一人で見るのは厳しいだろうと思ってね。騎士学校の先生方にも声を掛けたんだけど、ちょっとこの時期忙しいみたいだったから」
 顔は怖いけどいい先生だよ、とイズミ先生は笑う。そんなイズミ先生をじと、と睨んでから、よろしくお願いします、とガロウ先生は頭を下げた。イズミ先生は全く気にせず話を続ける。
「さて、まず、寮の部屋分けだけど……」
 イズミ先生によると、寮の部屋はある程度近しい仲の人と組まれているらしい。どこでそんな情報を、と質問した生徒に、「いつでも見てるってことだよ」と先生はウィンクをした。
「鍵に書いてある部屋番号が同じ人を探してみてね。おそらくは、おおよそ隣同士になってるはずだよ」
 そう言われて改めて確認してみれば、シーアとサーヤは同じ部屋のようだった。ということは、と振り返ると、リアムとマシューも同じ部屋のようだ。
 周りの生徒たちも同じように確認し終わったのを見計らって、イズミ先生は笑って手を叩き、視線を集めた。
「今日は記念すべき一日目だからね。部屋に荷物を置いて、一息ついたら大広間に集合するように。今から案内するからね。さ、善は急げって言うし、今から行こうか」
 はーい。生徒たちは揃って返事をして、先生のあとをついて歩き出した。
 
 寮は広かった。広すぎて迷子になるのではないかと不安になるほどだ。
 入ってすぐに大広間があり、大広間を通り過ぎて食堂、食事を作るための大きなキッチン、文房具などを取り扱う売店、階段を登れば居住スペース。
 案内中、後ろからガロウ先生が怖い顔で生徒たちをずっと見ていたので、下手なことは出来ない、と変な緊張感を持ったまま案内は終えられた。
 シーアとサーヤの部屋番号は二〇六だった。リアムとマシューは階が変わって三〇四。イズミ先生は生徒を解散させ、荷物を置きに部屋に行くよう促した。
「はーっ、広いよな。俺らはさっさと荷物を置いてくるよ」
「うん。シーアさん、サーヤさん。また後で!」
 リアムとマシューが走っていくのを見送ってから、シーアはキラキラとした顔でサーヤを振り返った。
「さ、私達も行きましょ!」
 シーアは意気揚々と部屋とは反対方向に歩き出した。それをサーヤが止める。
「シーア、違う違う、こっちだよ!」
「あ、あれ!? そうだったかしら」
「そうだよ。……荷物片付けたら、しばらく探索して道覚えようね」
「うう……どうせ方向音痴ですよ~だ」
「シーア、いつもちゃんと慣れたら分かるようになるじゃん。大丈夫だよ」
 サーヤに慰められて、シーアは悔しそうな、拗ねたような顔をした。それでもそれ以上に何も言えずに、大人しくサーヤについていくことにした。
 
 寮が広ければ部屋も広い。二人の自慢の屋根裏部屋よりも、寮の部屋の方が少し大きく見えた。
「わくわく感は屋根裏部屋の勝ちね」
「そうだね、ぼくもそう思う」
 そんな会話をしながら自分たちのベッドに荷物を放る。備え付けの収納に持ってきた大切なものたちを並べたり、服をしまったりしていれば、慣れない部屋も少しずつ自分たちに馴染むような気がした。
「さっさと終わらせて探検しましょ!」
 と、最初に言ったシーアはサーヤよりも荷物が多く、どこに何をしまうか苦労しているようだったので、サーヤは自分の分をさっさとしまってシーアを手伝うことにした。
 シーアが持ってきた思い出の品の数々。おじいちゃんとおばあちゃんの写真、父からもらったお守り、二人でお揃いで作った栞。それらを棚に並べていれば、早くもホームシックになりそうだった。
 
 *
 
 二人が荷物の整理を終えたタイミングで、コンコン、と部屋がノックされた。時間をかけすぎただろうかと慌てて時計を見たが、集合時間にはまだ早いようだ。
 扉を開けば、ガロウ先生が立っていた。
「シーア、サーヤ、……合ってるか?」
「そうよ」
 サーヤが息を飲む。シーアも少し緊張しているようだった。それを感じ取ったのか、ガロウ先生は困ったように頭をひとつかいて、こちらに向き直る。
「いや、なにか困ったことはないか、と……聞いてこいって」
「へ」
 イズミ先生が、と付け加えられた言葉があまりにも小さくて、シーアとサーヤは二人で目を見合わせた。
 意外と怖くないかも。そうかも。目線だけで頷きあっていれば、ガロウ先生は居心地が悪そうに視線を彷徨わせてこう言った。
「……特にないなら、別に」
「今のところは大丈夫だと思います……! あ、でも、一応なにかあった時のために防災設備は確認しておきたくて」
 サーヤがそう答えれば、ガロウ先生はぱちくり、と目を瞬かせてから、頷いた。
「ああ、分かった。……いや、なんだ、ちゃんとそういうものを確認するのは、とても良いことだと思う。他の部屋の子たちにも確認させよう」
 ありがとう、と彼は二人の頭を撫でて、はっとする。
「……これ、セクハラとかになるか?」
 すまない、そういうくせなんだ、つい、と慌てて弁明するガロウ先生を、もうとっくに緊張なんて解けてしまったシーアが笑い飛ばした。
「あははっ、大丈夫よ、先生!」
「褒めて貰えるのは嬉しいので。私たちは好意として受け取りますね」
 サーヤもそう付け加える。ガロウ先生は安心したように頷いて、部屋の防災設備を説明した後、あっさりと部屋から出て行った。騎士学校なだけあって、防災設備や、防犯の設備は充実していたが、なるべく先生を頼るように、と念を押された。
 顔が怖いだけで、真面目な良い先生なのだろう。そんなことを二人で話してから、寮の探検に出た。
 
 *
 
 入ってすぐに大広間があり、大広間を通り過ぎて食堂、食事を作るための大きなキッチン、文房具などを取り扱う売店、階段を登れば居住スペース。
 
 大広間から全部をぐるりと回って、最後に売店に寄れば、こちらに気付いたリアムとマシューが手を振った。
「おーい! シーア、サーヤ、これ見ろよ」
「ちょうど、こういうの好きそうだよねって話してたの」
 二人の手元を見れば、ふたつの鍵が握られていた。繊細な意匠が施された、ちょっとアンティークっぽい鍵。持ってみると思ったより軽くて、でもどことなく冒険心がくすぐられるものだった。
「どっかの遺跡の鍵だって言い伝えられてるんだってさ。これはレプリカらしいんだけど」
「その遺跡から雲の下の世界に行けるんだって! なんだかわくわくするよね」
「そうか?」
 リアムとマシューがそう話しかけてくるのをそっちのけに、シーアとサーヤはその鍵に見とれてしまった。鍵から、わくわくがふわふわと溢れてくるようだった。
 分厚い分厚い雲の下。一体、そこにはどんな世界が広がっているのだろう!
「ああ、ああ、とっても素敵よ! いつか雲の下に行けたらいいわね~!」
「あ、危ないかもしれないけど……、ちょっとワクワクしちゃうな……!」
「ふふ、二人は冒険が好きだもんね」
「は~、よく分かんねえの」
「あら、怖いの?」
「はァ!?」
 リアムが食いついてこないのが意外だったので、ちょっと煽ってみる。素直じゃないんだから、とシーアは思った。
「そんなんじゃねーよ! 子供っぽいなって思ってんのさ。雲の下なんて、なにもないかもしれないだろ」
「行ってみなくちゃ分からないでしょ! ロマンがないんだから~」
「ぐぐ……」
 行ってみなくちゃ分からないのは事実、そうだ。言い返す言葉が見つからずに悔しそうにするリアムを見て、もっと素直になればいいのに、と三人は顔を見合せた。
「それ、買うの?」
「うわあっ」
 そんな四人の後ろからひょこりと顔を出したのはイズミ先生だった。
「あはは、ごめんごめん。びっくりした?」
 何ら反省してないような声色でひら、と手を振ってみせたイズミ先生は、その鍵に視線を戻した。
「それはレプリカだけど、風の鍵は本当にあるんだよ」
 じ、と鍵を見つめながら話すイズミ先生の声はどこまでも穏やかだった。
「でも、遺跡の場所はまだ分かってないんだ。古い言い伝えだから、本当かどうかも怪しいくらいだけど……。僕たちはそれがあるって信じて、冒険し、旅をする」
 調査の役目は、時に騎士とはちょっとズレるかもしれないけど。そう言ってから、イズミ先生は四人に目を合わせた。
「意外と、君たちみたいなのがあっさりと遺跡を見つけちゃったりしてね」
 話を聞きながら、シーアとサーヤはわくわくが止まらなくなって、目をきらきらと輝かせてしまった。
「先生、私たち、きっといつかその遺跡を見つけてみせるわ!」
「ま、まだ、そうやって言い切るには早いと思うけど……冒険の日々が待ちきれないな……!」
 うんうん、とイズミ先生は頷いた。そんな話をしていると、奥から売店の管理をしているらしいおばちゃんが出てきて、二人にこう言った。
「あらあら、懐かしいお話が聞こえると思ったら。可愛いお二人さん、それを買うのかい?」
「はっ」
 二人は顔を見合わせた。おやつを買うためにとお金は持たせてもらったが、ここでこれを買ってしまっては、歯止めが効かなくなって無駄遣いが増えてしまうのではないか。
 そんなことを二人同時に考えて、困り果てたように黙り込む。
 おばちゃんもイズミ先生もそれを分かっていたかのように頷いた。
「彼女は一人で売店をやっているんだけど、一人だと大変なことも多いらしくてね。学校が始まってからになるけど、たまにお仕事を募集することがあるんだよ」
 おばちゃんも頷いてにこやかに付け加える。
「もちろん、手伝ってくれたらお小遣いが出るよ。それを貯めれば、心置き無く買えるかもしれないねえ」
 シーアとサーヤの表情が分かりやすく明るくなる。リアムが「鍵ひとつで一喜一憂しすぎだろ」と呟いたのを、シーアが睨んで黙らせた。
「それじゃ、いっぱいお手伝いするわ!」
「まかせて! ぼくたち、お手伝いは得意だから」
「頼もしいねえ。それじゃ、この風の鍵はふたつ、取っておこうかな」
 うんうんと頷きながら、おばちゃんは風の鍵と呼ばれたそれをふたつ手に取った。
「手に入るのが楽しみね!」
「うん!」
 マシューもニコニコと見守っている。リアムは態度こそ悪いものの静かに見守っていた。イズミ先生は楽しそうに笑って、将来が楽しみだな、なんて呑気に考えているのだった。
 
 *
 
  気付けばそこそこの時間が過ぎていたようで、そのままシーアたちは大広間に集まった。パンパンと手を叩いてイズミ先生が注目を集める。
「はいはい、静かに! 今日は記念すべき入寮の日だからね。ここからの流れを説明します」
 こほん。わざとらしく咳払いをしてから、先生は話を進めた。
「まずご飯ね。今日は特別に豪華な食事になっているから、沢山堪能すると良いよ。この後すぐ、食堂に行って食べることになるから、楽しみにしててね」
 ぱちり、ウィンク。室内が少しだけ浮ついた空気になった。
「それで、それが終わったら……なんと! 肝試し大会だよ~!」
「ええ――――っ」
 ここでいくつか生徒から抗議の声が飛んだ。シーアとサーヤも声を上げたうちの一人だった。イズミ先生はそれを笑って流し、話を続ける。
「まあまあ、大丈夫だって! 肝試しって言っても隠れるのは僕らと何人かの先輩方だから! 幽霊なんて居ないよ」
 まさかね、と笑い飛ばしてから、す、と挑戦的な目つきになる。
「騎士になるのに、幽霊が怖いなんて言ってられないよね?」
 それを言われてしまっては弱い。ぐ、と黙り込んだ生徒たちを見て楽しそうに笑った先生は、テキパキと班を分けて、じゃあ僕は準備があるから、とその後をガロウ先生に任せて行ってしまった。
 ガロウ先生はガロウ先生で、呆れたように首を横に振ってからそれ以上には特に何もせず、生徒を食堂に案内して最低限の説明を済ませたと思ったらあっさり居なくなってしまった。
 イズミ先生のこと止めてくださいよ、と絡んだ生徒には、あれはもう俺じゃ止まらん、と答えを返していた。彼らは付き合いが長いらしい。
 食事の席は特に決められていなかった。シーアとサーヤ、リアムとマシューはなんとなく近くに座って食事を取った。
 肝試しのことを思うと食事の味はしない……とでも言いたいところだったが、寮の食事はとても美味しくて、それがまた悔しかった。
「肝試しか。初めて参加するからなんだか緊張するな」
「とか言って、余裕の構えじゃん。シーアとサーヤを見てみろよ」
「ええっ、別になんでもないよ! これは……武者震いだから!」
「そ、そうよ、リアム! 別に怖くなんてないけれど、特別に前を歩かせてあげるんだから」
「な」
「……うーん、この中だと余裕な方かもね」
 おばけなんてよく分からないもの、攻撃できるかも分からないのに出てこられたら困るじゃない。シーアがそう喚くのを全力で揶揄うリアムは意外にも平気そうだった。
 マシューはそれに少し安堵しながら、サーヤに声をかけた。
「サーヤさん、そんなに怯えなくても、大丈夫だよ。おばけなんていないさ。いるのは先生だけ」
「うう……分かってはいるんだけど、やっぱどうしても怖くて……。マシューくんはすごいね、怖くないの?」
「いいや、怖いよ。平気そうに見えるだけだと思う。そう振る舞ってるからね」
「……」
 笑ってマシューはそう言った。あまりにもあっさりしている。でも、嘘をついているようには見えなかった。
「まあ、確かにシーアさんとサーヤさんよりはマシかもしれないけど」
 人並みにはね、と付け加えられた言葉を咀嚼する。そうか、ちゃんと怖いのか。
「……じゃあ、びっくりすることもあるかもね」
「ふふふ、大きな声が出ちゃうかもしれないね。驚かせたらごめんよ」
「いいよ、きっとお互い様だし……」
 話していれば、サーヤの緊張も落ち着いてきたらしい。
「安心した?」
「え? ああ、うん。そう言われてみれば、ちょっとマシかも……」
 ありがとう、とサーヤはマシューに笑いかける。マシューはこの花のような笑顔が好きだった。
「ちょっと、マシュー、サーヤ! リアムったら、おばけなんて全然怖くないって言うのよ!」
「そりゃそうだろ、この世に存在しないものに怯えても仕方ないんだから」
 は、と鼻で笑ったリアムを指さしてシーアはぎゃんぎゃん騒ぐ。マシューとサーヤは顔を見合せて少し笑った。
 
 *
 
 寮は広い。この広い寮の中を一周して、大広間に戻ってくること。大きな声は出してもいいが、基本的には先生や先輩がお化け役をやるので、なるべく無闇に攻撃はしないこと。それが肝試しのルールだった。
 暗い廊下を、リアムとマシューを先頭にして恐る恐る進む。多少マシになったとはいえ怖いものは怖いので、シーアとサーヤは後ろで手を繋いでいた。
 二人が恐る恐る歩いていく先、リアムとマシューは平然とお喋りなんかしながら歩いていく。
 そんな二人を見て、シーアが「なんで怖くないのよ、ありえない……」と恨み言を漏らしていた。
 
 ひたり、ひたり。足音が聞こえる。
「お、先生かな」
「会ったことない先生も隠れてたりするのかな。楽しみだね」
「楽しみ!? そんなわけないでしょ、こんな状況じゃなければ素直に楽しみにしたのに!」
「そ、そうだよ! 肝試しなんかじゃなければ……っ うわあっ、シーア、後ろっ」
「な、何よ……ぎゃ――――!!」
 ばあ、と出てきた先輩にシーアが遠慮なく拳をとばす。うわっ、と、先輩の声が漏れて、その拳はあっさりと捉えられた。冷たい。
「シーア!」
「コラ、あんま暴力振るうなよー。生きてたらどうすんだ」
 おそらくは先輩らしき人影はそのままシーアの手を解放する。そんな言葉とは裏腹に、彼は楽しそうだった。おばけジョーク付きだ。
「私を驚かすからでしょ!? でも、怪我させなくて良かった……です」
 慣れない敬語を使って、シーアがそう言う。
「後輩に怪我させられるほど生半可な訓練は受けてないからね」
 先輩はあっさりとそう言って、満足げに笑うとその場を離れた。しばらくして、後ろの方から他の班のものであろう悲鳴が聞こえた。
「かっこいい……!」
「くっ、そうね……。私たちもいつかああなりたいわね……」
「……今の」
「……」
 羨望の眼差しを向けるシーアとサーヤとは裏腹に、今度はリアムとマシューが真っ青な顔をしていた。
「なによ、どうしたの」
「……いや……」
「ふん、まあ、見間違いだろ」
 リアムが鼻で笑う。強がりだ、と思った。
「ええー! なに!? 気になるんだけど」
「……いや、」
「リアムくん、マシューくん、顔色悪いよ」
 サーヤがそう言えば、リアムとマシューは二人して顔を見合せた。
 観念したようにマシューが口を開く。
「……今の人、足、なかったなって」
「……」
 シーアとサーヤは目を見開いて、さっきの人が歩いていった方を見る。が、もう既にそこは暗闇が広がるばかりで、特に何も見えないのだった。
「もしかして、本当に」
「……生きてたらどうすんだ、って言ってた」
 ぽつり。シーアが呟く。そういえば、触れた手は冷たかった。
「で、でも、触れられる幽霊なんているわけないじゃない、馬鹿ねえ!」
「そ、そうだよね、きのせい……」
「……」
 四人全員顔を合わせて沈黙していれば、ふと影が落ちた。
「……お前たち、」
「ぎゃ―――!!」
 大きな背丈の、ツギハギの顔。頭に刺さったネジ。昔、父に聞いた話を思い出す。まさか、本物のフランケンシュタイン!?
「……」
「いや、ガロウ先生じゃん」
 リアムに言われて改めてまじまじと観察する。フランケンシュタイン――――もとい、ガロウ先生は、シーアとサーヤが悲鳴を上げたので、申し訳なさそうに縮こまっていた。
「……いや、これは、イズミ先生が……」
 しどろもどろな言い訳つきである。
「な、なんだ、ガロウ先生だったんだ……! ビックリした、イズミ先生ってメイクがお上手なんですね……」
「そんなことより、ガロウ先生、大変よ! 私たち、本物の幽霊を見たの、ねえ、リアム、マシュー!」
 マシューがそれにうんうんと頷く。リアムは呆れた素振りで首を横に振った。それを聞いて、ガロウ先生もひとつ頷いた。
「ああ……、エアリス魔法学院にいるやつらだ。イズミ先生にこの役を頼まれた時に、盗み聞きしていたらしくて……」
 ガロウ先生は、困ったようにポリポリと頬をかいた。
「あんまり本気で驚かすことはしないだろうが、楽しくなってしまっては良くないから。釘を刺しに行こうかと思って」
 そうなれば、うちの生徒も困るだろうから、と先生は言った。
「……先生、幽霊って触れるんですか?」
「ん? ああ……聞いたことはあるが、そうでなければポルターガイストを起こせないだろう、と答えられた」
 じゃあ、シーアは本当に幽霊に拳を……。シーアの方を見れば、顔を真っ青にして自分の手を見てから、
「私、殴ろうとしちゃったわ。祟られたりしない?」
 ガロウ先生は吹き出すように笑ってから首を横に振った。
「そこまで悪い奴らじゃないから、大丈夫だ」
 そうして、ガロウ先生が暗闇の奥に消えていくのを見届けた四人は顔を見合わせた。
 
 しばらくして、遠くの方でけたけたという笑い声が聞こえた気がしたが――――気のせいだということにした。
 
 *

「さて、これにて今日の肝試しを閉幕といたします!」
 しっかり怖いメイクを施して、ノリノリで生徒をおどかし回ったイズミ先生が、楽しかったと言わんばかりの笑顔で高らかに宣言する。疲れた生徒達にもしっかりと拍手を求めてきたので、多少間を置いてからまばらな拍手が起こった。一番楽しんだであろう幽霊は、一体どこから取り出したのか、ピロピロと笛を吹き回っていた。
「今日はゆっくり休んで。授業が始まるまでしばらく間があるから、その間にここでの生活に慣れること。先生もたまに顔出すようにするし、寮の管理人さんはいつでもいるから、なにかあれば大人を頼ること。分かったね?」
 それじゃ、解散! 先生が手をパン、と叩いたのをきっかけに、辺りがゆるやかに騒がしくなる。
「お、終わった~!」
「シーア、今日は早く寝よう……」
「そうね……」
「俺らも部屋戻るか」
「そうだね、そうしよう」
 四人が解散しようかといったところに、イズミ先生が近付いてくる。
「マシューくん。ちょっとだけ先生と話せるかな」
「あ、はい! じゃ、リアム、後で」
「おー」
「また明日、マシューくん!」
「また明日~」
 シーアとサーヤが声を掛ければ、マシューは控えめに手を振って去っていった。
 
 *
 
「マシューくん。君の家族のことなんだけれど」
「ああ……」
 マシューは遠い目をした。イズミ先生はひとつ頷いて、事情の説明を始めた。
「学校に対してさんざん連絡が来ているんだ。君を返してくれ、と。でもこの学校への入学は君が決めたことなんだろう」
「そう、ですね。……すみません、ご迷惑を」
「いやいや、大丈夫だよ。いくらでも頼って。……それで、こちらとしても僕たちができる限りの対応をしようと思うんだ」
 イズミ先生はひとつ息をつく。そして、真剣な眼差しでマシューを見た。
「君はどうしたいかな。なるべく、解決してやりたいんだ」
「……」
 マシューは少し黙って考えた。どうしたい。どう、したい?
「僕は、ウィンドグライダーが好きなんです。彼らと触れ合いたいから騎士になりたいと思いました」
「だから、……家族には、感謝しているけど、僕は、」
「……」
 そこで、マシューは言葉に詰まった。
「……うん。そうだよね」
 イズミ先生が言う。
「ありがとう、じゃあ、君がここに居られるように全力を尽くすよ」
「ありがとうございます」
「ただ、ね」
 イズミ先生は、その声に少しの心配を乗せてこう言った。
「ご家族の理解を得るためには、きっと僕一人じゃ足りないと思うんだ。君の力ももちろん必要だと思う」
「はい、もちろんです」
 マシューは頷く。イズミ先生はため息をついて、あんまり力になれなくてごめんね、と笑った。
 
 
 部屋に戻れば、リアムが本を読んで待っていた。
「起きてたの?」
「ん、や、気使われるのもだりいなって」
「あはは、そう」
「寝る?」
「うん、寝よっか」
 そうして、それぞれのベッドに潜り込んで、目を瞑る。
 家族のことを考えて、先生方の苦労のことを考えて、それから、自分がいますべきことを考える。
 考えれば考えるほど、よく分からなくなりそうだった。
 もう、さっさと寝てしまおう。布団を深く被り直して、マシューは目を瞑った。
畳む

文章,ふたつの翼、ひとつの空

2026年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

【夕空翼/結城桃音/正城朱希】


・夕空翼
一人称はボク、二人称はキミ、アンタ、など
〜だよね、〜だよ、〜だからさ、あたりの口調が基本です。焦ったりとかで荒々しくなるとちょっと男の子っぽくなったりもする。〜だろ! とか。

好きな景色や心躍る瞬間:名前に入っているからという簡単な理由で幼い頃から夕空が好きです。心躍るのはやっぱりステージ上で歌ったり踊ったりしているときなのではと思います。それ以外なら美味しいご飯を食べているときです。

クラスメイトの名前:一通り覚えています。が、顔と名前は一致しません

好印象を抱く人の特徴:自分の好きに正直であるとか、強い信念を持っているとかにプラスして、彼自身の好みについてとやかく言わない人がだいたい好印象です。それ以外はおおよそあまり興味がありません。


・結城桃音
一人称は私、二人称はあなた、君、など
夕空翼と似たような口調を使います。でも夕空翼よりは女の子らしいです。〜よね、〜だよ、〜だからね、のような……

好きな景色や心躍る瞬間:かわいい服のたくさん売っているお店なんかが好きなんじゃないでしょうか。心躍るのは特に気に入ったデザインを翼が着ている時とかだと思います

クラスメイトの名前:顔まで含めて覚えています。

好印象を抱く人の特徴:この世界のあらゆる人々が基本的に好印象からスタートします。幼馴染さえ傷つけなければ「いい人なんだよな……」で止まってくれるでしょう。


・正城朱希
一人称は俺、二人称はお前、あんた、など
〜だろ、〜だよな?、〜だな、など、男の子らしい口調で話します。

好きな景色や心躍る瞬間:好きな景色 景色? 幼馴染といる時間がなんだかんだ好きなんじゃないでしょうか。あるいは、翼の姉である奏海の歌を聞くのが嫌いではなかった、とか
心躍るのはやっぱりダンスをしているその瞬間だろうなと思います。それ以外であれば……、友人に作曲を褒められるのは嫌いじゃないだろうなと思います

クラスメイトの名前:顔とエピソードは覚えています、が、名前はたまに忘れがちです。

好印象を抱く人の特徴:フラットにおおよその他人に興味が無いので、彼が憧れを持つほどの何かがなければ好印象は難しいかもしれません。強い熱を持っている人を好ましく思う傾向があります。


・三人共通
三点リーダーも使うだろうし、伸ばし棒もその時々によって使い分けて頂いて構いません。
また、三人とも声色に出やすいタイプだと思います。
好印象を抱く人の特徴:三人とも、いちばん大きなところに言葉を選んで会話が出来る、という項目が入ります。

また、衣装や髪型については好きにしていただいて構いません。畳む

,文章,TrendSync!

2025年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

#宇宙の箱、しあわせのかけら
562文字


「これ、違くないか」
 テオが設計図を指さしてそう言った。言ってから、余計だったか、と焦った。ミラのものだったからだ。
 駆け寄ってきたミラは、どこが、とテオに聞く。作りたいのはデジタルな手紙をとどける機械だ。破綻している箇所を指さしつつ、上手くいかない理由を話す。ミラはなるほどと頷いて、設計図に何かを書き足し始めた。
 ミラは、設計の天才だ。しかし、そのための知識は圧倒的に足りていない。だから、たまにこういう破綻がうまれる。それなのに、たまにしかうまれないから彼女は化け物なのだ。
「これでどう?」
 ミラがそれを見せてくる。確認すれば、発生していた問題はあっさりと解決されていた。
「……お前、本当に、そのアイデアはどこから……」
「……? 考えたら、分かる」
 不思議そうな顔でミラは首を傾げる。悔しくて黙れば、ミラは、は、と口を抑えた。
「嫌なことだった?」
「……いや、」
 お前のそれに嫉妬しているだけで、嫌ではない。弁明すれば、ミラは理解したというように頷いて、それから胸を張った。
 ミラのこの清々しいところは好きだった。
「でも、テオの知識は頼りにしているから」
 ミラはそう言った。テオはなんとも言えない気持ちになってまた黙った。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
 お前と話すと劣等感が刺激されるから嫌だ。そう言えば、ミラは珍しく笑ってピースを作った。

畳む


▼本編
>250

創作,宇宙の箱、しあわせのかけら,文章

#宇宙の箱、しあわせのかけら
1012文字


 兄は自分の前で無理しがちなところがある。ミラは嫌という程知っていた。
 ルイに手伝ってもらって、確証を得たことがある。人の心の正体は箱のようなものだ。そこから必要なものだけを抜き出し、別の箱に入れる。それだけなら、装置を作るのも簡単なことだった。
 長いこと見ていたから知っていた。兄が最近疲労していたこと。ため息が多くなって、笑顔に無理が滲むようになって、最終的に、彼は弱音を吐いた。
 お兄ちゃんは、やっぱり、幸せじゃなかった。
 これだけは、ミラの中で揺るぎのない真実だった。

 小人たちに手伝ってもらって、その装置を作る。小人たちは、ものを作る技術は高いが、設計するための技術はそこまで持っていないようだった。
 出来たものを迷いなく起動する。その場の誰も止めなかった。
 次の瞬間、ぐわん、と大きな振動がして、箱にそれが集まったことを確認して、立ち上がる。こんなところで留まっている訳にはいかなかった。

 次の星では、一人で起動した。どの星でも、周りのことはあまり見なかった。あの時、ちゃんと現実を見ていれば、こんなことにはならなかったのだろう。

 自分のせいでのたうち回る彼を見て、自分は何を思ったのだろう。心配? どの面を下げて。悔しさ? それはそうかもしれない。が、そんな場合ではなかっただろう。ひとつずつ感情を否定しては何も残らなくなる。

 兄を、幸せにしたかった。本当にそれだけだった。ほとんどの人々はミラを責めなかったが、遠くから刺すような視線を感じた。彼らにも、自身にとっての兄のように、大切な人がいたのだろう。

 考えることは好きだ。けれど、それは技術のことだけだった。それ以外は要らなかった。どちらかといえば、それは兄の得意分野だった。
 
「お兄ちゃん」
「なあに、ミラ」
 だから、兄に聞くのが早いと思った。
「お兄ちゃんにとって、昔の方が幸せだった?」
「……それは、」
 兄は少し黙って考えた。しばらくして、首を横に振った。
「それは、無いよ。星にミサイルが降ったから、今は、テオたちとも友達でいられるんだ。……でも、」
「いや、そもそも幸せって言うのはきっと、比べるものじゃないんだよ。きっといつだって、その時の幸せがあるものだからね」
 なんとなく納得のいく説だった。ミラは続けてこう聞いた。
「それで、納得してる?」
「うん、そうなるかな」
 ノアは頷いた。じゃあ、いいか。ミラも納得したので、それ以上のことは何も言わなかった。畳む


▼本編
>250

創作,宇宙の箱、しあわせのかけら,文章

#宇宙の箱、しあわせのかけら
1768文字


 ああ、夢だ。ノアは自覚した。
 こんな昔の記憶を掘り起こすなんて、今日の僕はナイーブなのかもしれない。そんなことを思いながら、夢の中を漂う。目の前には小さな頃のテオがいた。

 ―――僕たちは、親友なんかじゃなかった。

 父さんは、この星に君臨する王様だった。だけれど、自由を愛していた。子供が好き勝手知らない家の子供と遊ぶのを咎めなかった。
 テオとルイは、城の近くに住んでいる、普通の家の子供だった。たまたま、城から抜け出し遊びに出かけた時に出会った歳も知らない友達。
 父さんも母さんも、勉強をサボったことしか咎めなかった。友達と遊ぶのは見過ごしてくれていた。
 しかし、周りの意見は厳しいものだった。
 王子様なのに、普通の家の子と遊んでいる。きっとあっちの子が金目のものを渡したんだ。いやいや、王子様が好き好んで遊んでるだけだ。品格がない。
 それでも友達は友達だった。僕たちがあんまり気にしなかったのが、良くなかった。
 気づけばテオとルイは、なにやら勉強をしているのだとか言って、家から出てこなくなった。
 遊び相手が居なくなったので、自然と勉強に身を入れた。特に、身体のことを学ぶのが好きだった。この頃から、医者という将来の夢は決まっていた。

 ある日のことだ。
 新しい従者がやって来るのだと父から聞いてはいた。ミラと一緒に会いに行けば、テオとルイだった。
 また遊べるのだと喜んだのも束の間、彼らは似合いもしない敬語を使って首を横に振った。
 王子様と王女様のイメージが落ちてしまうから、と。

 しばらく拗ねてみた。ダメだった。ちょっとだけ荒れた。それでもダメだった。嗜められて終わった。どうしても納得のいかない僕を、ミラが困った顔で見ていたのを覚えている。
 でも、それはきっと、友達と一緒に居るための、父の配慮だった。それでいて、彼らの気遣いだったのだ。
 しばらく時が経ち、その関係性にも慣れた頃―――突然、この星にミサイルの雨が降るようになった。

 父は即座にその星を突き止め一人で交渉に向かった。母は国民たちを大きな船に乗せ他の星へ避難するべく奔走した。
 幼い僕たちは何も出来なかった。知識を振り絞って重傷な怪我人たちを診ている間、ミラとルイが船の点検をしていた。
 テオは、何を言っても僕のそばを離れなかった。
 その船が飛び立つ間際、テオとルイだけでも一緒に乗って行けと説得した。僕たちは、父のために残ることを決めていた。
 彼らは頑として乗らなかった。どこまでも頑固なやつらだった。命令だと言っても、もうそんなのなしだろ、とかえってくる。
 そして、どうして、と聞けば、必ずこう返ってくるのだ。
 お前たちは子供だからだ、と。

 歴史に名を残すような大喧嘩だった。テオはそれでも船には乗らなかった。悔しくて、なんでだよ、とぼやけば、心配だからだ! と返ってきた。痺れを切らしたような声だった。
 僕が何も言えなくなった隙に、彼らは船を飛ばした。そもそも時間がなかった。
 ミラが僕の手を握る。それまで、悔しくて泣いていることに気付かなかった。ああ、これでは本当に子供みたいだ。テオが呆れたようにため息をついて、ルイがおろおろと僕の頭を撫でる。それでも止まらない涙が悔しくて憎かった。
 船を見送った後、僕を振り返ったテオは、敬語も王子様呼びも全てを外して、あんま情けない顔すんなよ、と言った。これで友達に戻れるのだから、とも。

 ああ、遠くで、誰かが呼ぶ声がする。―――テオだ。
 その瞬間、スコン、と頭に衝撃が走った。
「ノア、こら、この寝坊助!」
「いてっ」
 目を覚ます。不機嫌そうなテオが、丸めた設計図を手にこちらを見ている。これで殴られたのだろう。
「寝坊助って……、まだそんなに寝てないじゃんか」
 テオは不機嫌そうな眉間のシワをさらに寄せた。
「あんまりにも魘されてるもんだから、嫌な夢でも見てんのかと思って起こしてやったのに?」
「はあ? ……ああ、」
 どうやら、魘されていたらしい。うるさかっただろうかと謝れば、別に、と返ってくる。
「心配してただけだしな」
 彼らのこういうところを見ると、僕たちはまだ、彼らにとっては子供なのかもしれないと思う。
「スープあるけど、いる?」
「……いる」
 それ自体は多少不満ではあったが、それが一番子供っぽいことをもう知っていた。心配は素直に嬉しかったので、仕方なく、仕方なく受け取ってやることにした。
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▼本編
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